イギリスではEUからの離脱を巡って混乱が続き、テレサ・メイ首相は辞任を表明した。この離脱、いわゆるBrexitは2016年6月に実施された国民投票で決まったのだ。
その背景には巨大資本の横暴があった。強者総取りの新自由主義に対する反発だ。その6年前、ギリシャの経済危機でEUが抱える根本的な問題に人びとが気づいたことも大きいだろう。
EUは決して民主的な仕組みではない。堀田善衛はEUの前身であるECについて「幹部たちのほとんどは旧貴族です。つまり、旧貴族の子弟たちが、今ではECをすべて取り仕切っているということになります」(堀田善衛著『めぐりあいし人びと』集英社、1993年)と書いている。1993年のマーストリヒト条約発効に伴って誕生したEUも基本的に同じだ。
新自由主義では富の独占を正当化するため、「トリクルダウン理論」なるものを主張してきた。富裕層を豊かにすれば富が非富裕層へ流れ落ちて国民全体が豊かになるというのだ。「搾取」に対抗するために誰かが考えたのだろうが、荒唐無稽なおとぎ話にすぎない。
しかし、国民投票では支配層の一部もEUからの離脱に賛成していたと言われている。理由は明確でないが、EUが定める人権などにかんする規定や対ロシア政策に反発していた可能性はある。
イギリスでEUからの離脱が議論される直前、そのEUは大きく揺れていた。ギリシャで財政危機が表面化したのだ。
ギリシャの財政危機を招いた大きな原因は第2次世界世界大戦や軍事クーデターによる国の破壊。年金制度や公務員の問題を宣伝していた有力メディアは真の原因に人びとが気づかないようにしたかったのだろう。いや、何も考えず、支配層に言われたことを垂れ流したのかもしれない。
そうした経済状態だったギリシャだが、それでも破綻が差し迫っていたわけではなかった。経済破綻に向かって暴走しはじめたの通貨をドラクマからユーロへ切り替えた2001年のことである。この切り替えでギリシャは経済的な主権を失ってしまった。
EUのルールに従うとこの通貨切り替えはできなかったはずなのだが、切り替えられた。そこには不正が存在している。財政状況の悪さを隠したのだ。
その作業で中心的な役割を果たしたのが巨大金融機関のゴールドマン・サックス。財政状況の悪さを隠す手法をギリシャ政府に教え、債務を膨らませたのだ。
その手法とは、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などを使って国民に事態を隠しながら借金を急増させ、投機集団からカネを受け取る代償として公共部門の収入を差し出すということが行われていたという。借金漬けにした後、「格付け会社」がギリシャ国債の格付けを引き下げて混乱は始まった。
ギリシャを破綻させる作業が続いていたであろう2002年から05年にかけてゴールドマン・サックスの副会長を務めていたマリオ・ドラギは06年にイタリア銀行総裁、そして11年にはECB(欧州中央銀行)総裁に就任する。
経済破綻したギリシャに対する政策はECB、IMF、そして欧州委員会で編成される「トロイカ」が決定することになった。トロイカの基本スタンスは危機の尻拭いを庶民に押しつけ、債権者、つまり欧米の巨大金融資本を助けるというもの。それが緊縮財政だ。
そうした理不尽な要求をギリシャ人は拒否する姿勢を示す。2015年1月に行われた総選挙でシリザを勝たせ、7月の国民投票では61%以上がトロイカの要求を拒否した。
トロイカの要求に従うと年金や賃金がさらに減額され、社会保障の水準も低下し続け、失業者を増やして問題を深刻化させると考えたからだ。選挙で勝ったシリザはアレクシス・チプラス政権を成立させる。
それに対し、アメリカのバラク・オバマ政権は2015年3月にネオコンのビクトリア・ヌランド国務次官補をギリシャへ派遣する。その前年の2月にアメリカ政府はウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させたが、その際に現場で指揮していたのはヌランドだった。
この次官補はチプラス首相に対し、NATOの結束を乱したり、ドイツやトロイカに対して債務不履行を宣言するなと警告、さらにクーデターや暗殺を示唆したとも言われている。イギリスのサンデー・タイムズ紙は7月5日、軍も加わったネメシス(復讐の女神)という暗号名の秘密作戦が用意されていると伝えていた。
チプラス政権はアメリカやイスラエルとの間でEMA(東地中海同盟)を結び、2018年春からギリシャのラリサ空軍基地はアメリカ軍のUAV(無人機)、MQ-9リーパー(プレデターBとも呼ばれる)の拠点として運用されている。カルパトス島にアメリカ軍とギリシャ軍の基地を建設、アメリカ軍のF22戦闘機の拠点にしようという計画もあるようだ。この島はエーゲ海のデデカネス諸島に属し、ロードス島とクレタ島の中間にある。
また、ギリシャ政府は同国の東北部にあるアレクサンドルポリをイスラエルから天然ガスを運ぶためのハブ基地にしようと目論んでいる。地中海の東側、リビア、エジプト、パレスチナ(ガザ)、イスラエル、レバノン、シリア、トルコ、ギリシャを含む地域に天然ガス田があり、その利権をイスラエルとそのスポンサーが手に入れようとしている。この資源調査に加わったノーブル・エナジーのロビイストにはビル・クリントン元米大統領が含まれている。
ノーブル・エナジーは2010年、イスラエル北部で推定埋蔵量約4500億立方メートルの大規模ガス田を発見したと発表したが、USGS(アメリカ地質調査所)の推定によると、エジプトからギリシャにかけての海域には9兆8000億立方メートルの天然ガスと34億バーレルの原油が眠っている。
ギリシャ政府にはもうひとつの選択肢があった。ロシアのサンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムでチプラス首相はロシアのウラジミル・プーチン大統領と会談、天然ガス輸送用のパイプライン、トルコ・ストリームの建設に絡んで50億ドルを前払いすると提案されているのだ。このロシアからの提案をチプラス政権は拒否し、アメリカに従う道を選んだ。
新自由主義体制の支配者に対する国民の怒りはイギリスでも高まり、労働党の党員はニューレーバーを拒否する。2015年9月には本来の労働党と考え方が近いジェレミー・コービンが党首に選ばれた。
2007年11月から11年5月までIMFの専務理事を務めていたフランス人の ドミニク・ストロス-カーン
彼は2011年4月にネオコンの拠点と言われるブルッキングス研究所で講演し、失業や不平等は不安定の種をまき、市場経済を蝕むことになりかねないと主張、その不平等を弱め、より公正な機会や資源の分配を保証するべきだと語っている。
進歩的な税制と結びついた強い社会的なセーフティ・ネットが市場の主導する不平等を和らげることができ、健康や教育への投資は決定的だとも語っている。さらに、停滞する実質賃金などに関する団体交渉権も重要だとしていた。そうした認識がEUでは支配層の内部でも広がっていたことを暗示している。
そのストロス-カーンは講演の翌月、ニューヨークのホテルで逮捕された。レイプ容疑だったが、後に限りなく冤罪に近いことが判明するものの、その前に彼は専務理事を辞めさせられ、大統領候補への道は閉ざされていた。ストロス-カーンの後任専務理事は巨大資本の利益に奉仕するクリスティーヌ・ラガルドだ。
過去を振り返ると、イギリスの破綻はアメリカやイギリスを支配している勢力にとって悪いことではなさそうだ。そうした展開を避ける道をイギリス国民が選べるかどうかで未来は変わってくる。