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イスラエルの情報機関モサドの長官を2016年1月から21年6月まで勤めたヨセフ・コヘンは長官時代、ICC(国際刑事裁判所)の主任検察官を務めていたファトゥ・ベンスーダを脅迫していたとガーディアン紙が伝えている。イスラエル、アメリカ、イギリスの支配層は犯罪組織を連想させることを行なっているので不思議ではないが、西側有力紙がこの話を伝えたことは興味深い。 ベンスーダは2019年12月、ガザ、ヨルダン川西岸、東エルサレムでの戦争犯罪の申し立てについて本格的な刑事捜査を開始する根拠があると発表したが、2019年後半から21年初頭にかけてコヘンはベンスーダと少なくとも3回、コヘンの要望で会っている。そのうち終わりの2回では検察官と彼女の家族の身に危険が及ぶことが匂わされ、彼女のキャリアに悪影響を及ぼすことになるとも言われ、隠し撮りされた写真も示されたという。 ベンスーダが強迫の対象になった切っ掛けは2015年にパレスチナの状況について予備調査を始めたことにある。ガザ、ヨルダン川西岸、東エルサレムにおけるイスラエル人の犯罪容疑について調べ始めたことからイスラエル政府はユダヤ人が訴追されるのではないかと恐れたとされている。 2018年1月にはアハメド・アブ・アルテマがパレスチナ難民に対し、イスラエルとのフェンス近くに平和的に集まり、1948年以前の家に戻るようフェイスブックで呼びかけ、3月から抗議運動が始まった。シオニストがイスラエルを「建国」した1948年5月はパレスチナ人が土地を奪われ、故郷から追放された日でもある。 近代シオニズムの創設者とされている人物は1896年に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルだとされているが、イギリスでは16世紀にシオニズムが芽を出している。自分たちを古代イスラエルの「失われた十支族」の後継者だと信じる人が現れたのだ。 そのひとりがスチュワート朝のジェームズ6世で、自分はイスラエルの王だと信じていたという。そのジェームズ6世の息子、チャールズ1世は「ピューリタン革命(17世紀半ば)」で処刑されたが、その「革命」で重要な役割を果たした人物がオリヴァー・クロムウェル。その私設秘書だったジョン・サドラーも同じように考えていた。ピューリタンが「建国」で中心的な役割を果たしたアメリカでも先住民が虐殺され、土地を奪われている。 イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設。その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査し、イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収した。その際に資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018) パレスチナに「ユダヤ人の国」を建設する第一歩と言われる書簡をアーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ出したのは1917年11月のこと。これがいわゆる「バルフォア宣言」だ。 イギリスは1920年から48年の間パレスチナを委任統治、ユダヤ人の入植を進めたが、1920年代に入るとパレスチナのアラブ系住民は入植の動きに対する反発を強める。 そうした動きを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用した。 この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立されたのだが、殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。そして1936年から39年にかけてパレスチナ人は蜂起。アラブ大反乱だ。 1938年以降、イギリス政府は10万人以上の軍隊をパレスチナに派遣する一方、植民地のインドで警察組織を率いていたチャールズ・テガートをパレスチナへ派遣、収容所を建設する一方、残忍な取り調べ方法を訓練した。イギリス軍はパトロールの際、民間のパレスチナ人を強制的に同行させていたともいう。 反乱が終わるまでにアラブ系住民のうち成人男性の10パーセントがイギリス軍によって殺害、負傷、投獄、または追放された。植民地長官だったマルコム・マクドナルドは1939年5月、パレスチナには13の収容所があり、4816人が収容されていると議会で語っている。その結果、パレスチナ社会は荒廃した。 シオニストはパレスチナからアラブ人を追い出すため、1948年4月4日に「ダーレット作戦」を始めるが、これは1936年から39年にかけて行われたパレスチナ人殲滅作戦の詰めだったという見方もある。1948年当時、イスラエルの「建国」を宣言したシオニストの武装組織に対して無防備な状態となっていた。 4月6日にはハガナ(後にイスラエル軍の母体になった)の副官、イェシュルン・シフがエルサレムでイルグン(シオニストのテロ組織)のモルデチャイ・ラーナンとスターン・ギャング(同)のヨシュア・ゼイトラーに会い、ハガナのカステル攻撃に協力できるかと打診。イルグンとスターン・ギャングは協力することになる。 まず、イルグンとスターン・ギャングはデイル・ヤシンという村を襲うが、この村が選ばれた理由はエルサレムに近く、攻撃しやすかったからだという。村の住民は石切で生活し、男が仕事で村にいない時を狙って攻撃するプラン。早朝ということで、残された女性や子どもは眠っていた。 国連総会で1948年12月に採択された決議194号はシオニストに追い出されたパレスチナ人が故郷に帰還することを認めているが、実現していない。イスラエル「建国」の議論はこの決議を認めるところから始めなければならない。 2018年から19年にかけての抗議活動が求めたことはここにある。この抗議活動は平和的なものだったが、イスラエル軍は催涙弾だけでなく実弾で参加者を銃撃、250名以上が殺されたという。この件の捜査を止めるため、コヘンはベンスーダを脅迫したようだ。 ICCの予審部は2021年2月、パレスチナ占領地域におけるICCの管轄権を確認する判決を下し、その翌月にベンスーダは刑事捜査の開始を発表。その3カ月後に彼女は9年間の任期を終え、イギリス人のカリム・カーンが引き継いだ。 ベンスーダのケースでは単純な脅迫が使われたが、イスラエル、アメリカ、イギリスなどの情報機関はさまざまな手法を使う。買収、脅迫、暗殺、クーデターなどだが、脅迫の材料を作る仕組みもある。 2019年7月にアメリカで逮捕され、8月に獄中で死亡したジェフリー・エプスタインは若い女性を利用して有力者の弱みを握り、操る仕事をしていた。彼と内縁関係にあったと見られているギスレイン・マクスウェル、彼女の父親であるミラー・グループのロバート・マクスウェルはいずれもイスラエル軍の情報機関アマンに属していたと言われている。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019)
2024.05.31
イスラエル軍は5月26日にラファを空爆、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)がラファで設置した10カ所以上の避難場所を破壊し、約45名を殺害した。ラファには100万人とも150万人とも言われる人びとが避難民として生活している。 凄惨な状況を撮影した映像は世界に発信されているが、その中には少なからぬ子どもが含まれ、首がなかったり、頭蓋骨が大きく欠けて脳がなくなっている死体をおとなが抱いているところを撮影した映像もある。当然、イスラエル政府に対する怒りの声は世界中で高まった。 しかし、アメリカ政府はイスラエル政府に対して「寛容」だ。ホワイトハウスのジョン・カービー報道官はイスラエル軍の攻撃が空爆だけであり、大規模な地上作戦は実施されなかったとして5月26日の虐殺を容認、イスラエルを支援するという政策を変更するつもりはないとし、国防総省のサブリナ・シン副報道官はラファでの虐殺を「限定的」と表現している。ジョー・バイデン政権はガザでの虐殺を止めるつもりはないのだ。 イスラエル軍はハマスに勝てないまま、ガザで大量殺戮と呼べる軍事作戦を展開、3万数千人とも4万人以上とも言われるパレスチナ市民を虐殺している。そのうち約4割が子どもであり、女性を含めると約7割だ。食糧支援活動に従事している人びと、医療関係者、ジャーナリストも狙われてきた。 こうした惨状であるため、ICJ(国際司法裁判所)でさえ5月24日にはイスラエルに対し、ラファでの軍事作戦を停止するようにという判決を出している。ICC(国際刑事裁判所)の主任検察官のカリム・カーンは5月20日、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とヨアブ・ギャラント国防相、ハマスのヤヒヤ・シンワル、モハメド・ディアブ・イブラヒム・アル・マスリ(デイフ)、イスマイル・ハニヤに対する逮捕状を国際刑事裁判所第一予審部に申請した。 ICCの逮捕状申請に激怒したネタニヤフは英語とヘブライ語、2種類の声明を出した。いずれもICCの主任検察官をナチスの裁判官になぞらえているが、ヘブライ語版ではさらに「イスラエルの永遠の神は嘘をつかない」という「サムエル記上15章3節」からとられたフレーズがついている。 そこには「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」と書かれている。ネタニヤフは「われわれは光の民であり、彼らは闇の民だ」としたうえで、イザヤの預言を理解しなければならないと主張している。この部分をネタニヤフは昨年10月28日の声明でも触れていた。 サムエル記にはサウルという王が登場するが、アマレクの王アガグ、そして羊と牛の最上のものなどは惜しんで残した。そこでサムエルは完全に滅ぼさなかったとしてサウルを戒め、「イスラエルの永遠の神は偽りを言ったり、考えを変えたりしない」と語ったとされている。ネタニヤフはこのフレーズをヘブライ語の声明で使ったのだ。つまり、パレスチナ人を皆殺しにし、シオニストの意向に沿わない「王」は挿げ替えるという宣言だ。バイデン政権もこのことに気づいているだろう。
2024.05.30
厚生労働省は5月24日、今年3月分の「人口動態統計速報」を発表した。死亡者数は14万4451人と高い。mRNA技術を利用した「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」の接種が始まってから日本人の健康状態は悪化しているが、これは短期的な副作用。中期、長期の副作用はこれからだろうが、同省がデータの公表を中止しているところを見ると、すでに深刻な状況の悪化が現れているのかもしれない。 この問題では情報の隠蔽が徹底しているが、その理由をサーシャ・ラティポワが明らかにしている。パンデミック騒動が始まって間もない頃から彼女は黒幕はアメリカ国防総省で、バラク・オバマ政権が始めたと主張している。彼女は情報公開法によって入手した文書を分析、この結論に至ったという。 ロシア議会が発表した報告書の180ページから181ページにかけて次のような記述がある。「アメリカは人間だけでなく動物や農作物も標的にできる普遍的な遺伝子操作生物兵器の開発を目指している。その使用はとりわけ敵に大規模で回復不可能な経済的損害を与えることを前提としている。」「避けられない直接的な軍事衝突の可能性を見越して、秘密裏に標的を定めて使用することで、たとえ他の大量破壊兵器を保有している相手であっても、アメリカ軍が優位に立てる可能性がある。アメリカ軍の戦略家によれば、ある特定の時期に、ある特定の地域で、異常な伝染病を引き起こす可能性のある生物学的製剤を、秘密裏に、かつ標的を定めて使用した場合の結果は核の冬に匹敵する可能性がある。」 この「万能生物兵器」の特性は日本で治験が始まった「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」に似ている。それを日本政府は日本人に接種しようとしている。動物の種を超えるだけでなく植物へも伝染する可能性がある「人工ウイルス」、あるいは生物兵器を日本人で実験しようとしている。
2024.05.29
イスラエル軍は5月26日、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)がラファで設置した10カ所以上の避難場所を空爆、少なくとも40名が殺害されたと伝えられている。 ラファには100万人とも150万人とも言われる人びとが避難民として生活、イスラエル軍が攻撃すれば大量殺戮と呼べる状況になることは明白だったこともあり、ICJ(国際司法裁判所)は5月24日、イスラエルに対してラファでの軍事作戦を停止するようにという判決を出していた。その判決に挑戦するかのようなイスラエル軍の攻撃だ。 こうした残虐行為をイスラエルが続けられる理由は「国際社会」と自称するアメリカやイギリスの支援があるからにほかならないが、西側の有力メディアも「国際社会」の宣伝機関としてフル稼働している。その背景は本ブログで繰り返し書いてきたので、今回は割愛する。 そうした宣伝機関のひとつであるアトランティックに掲載されたグレアム・ウッドの記事に登場する「合法的に殺された子ども」という表現はさすがに批判されている。「合法的に殺された子ども」のことが世界に伝えられることはイスラエルにとって好ましくないので、ジャーナリストがガザへ入ることを規制すべきだとウッドは主張している。確かにイスラエル軍は子どもや女性だけでなく、医療関係者やジャーナリストを攻撃のターゲットにしてきた。 イスラエル軍によるガザでの大量虐殺について西側の有力メディアは「イスラエル軍とハマスの戦闘の巻き添え」だと主張しているが、実態はガザやヨルダン川西岸からパレスチナ人を一掃することにある。つまり1948年5月に「建国」が宣言されて以来、イスラエルは民族浄化作戦を展開してきたのだ。殺されたくなければ難民としてさまよえというわけである。 アメリカ軍もイラクへ軍事侵攻した際、「戦闘の巻き添え」と称して非武装の人びとを殺傷している。例えば、2007年7月にバグダッドでアメリカ軍のAH-64アパッチ・ヘリコプターが地上の一団を銃撃し、ロイターの特派員2名を含む非武装の十数名を殺害している。内部告発を支援する活動をしているWikiLeaksがこの銃撃の様子を撮影した映像を2010年4月に公開、問題になった。 WikiLeaksへこの情報を渡したのはアメリカ軍のブラドレー・マニング(現在はチェルシー・マニングと名乗っている)特技兵。2010年5月に逮捕され、軍事法廷は懲役35年を言い渡された。 アメリカの司法当局はWikiLeaksの象徴的な存在であるジュリアン・アッサンジを起訴しようと目論む。自分たちにとって都合の悪い情報が明らかにされることを恐れた支配層が見せしめのため、彼に報復しようとしたと言えるだろう。 アッサンジはロンドンのエクアドル大使館へ逃げ込んだが、2019年4月11日、アメリカの政府機関の要請でロンドンのエクアドル大使館へロンドン警視庁の捜査官が踏み込み、逮捕された。現在、イギリス版グアンタナモ刑務所と言われているベルマーシュ刑務所へ入れられている。 バラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてウクライナでクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。この時に手先として使ったのがネオ・ナチだが、クーデター体制は国民の支持を得ていたとは言い難く、アメリカ/NATOは8年かけて戦力を増強しなけらばならなかった。そのために利用されたのが「ミンスク合意」だ。 準備が整い、ヤヌコビッチの支持基盤のひとつだったドンバスを攻撃しようと準備していた時、ロシア軍は終結していたウクライナ軍や軍事施設、そして生物兵器の研究開発施設を攻撃、ウクライナ政府はすぐに停戦交渉を開始、ほぼ合意したのだが、それをアメリカやイギリスの政府や議員が壊している。 そのアメリカやイギリスをはじめとする西側諸国の支配層は2023年の前半までロシア軍に楽勝できると思い込んでいたようだが、ウクライナ軍は崩壊状態だ。アメリカ/NATOはロシアをあまりにも過小評価しすぎていた。ウクライナが勝利することは不可能に近い。そこで始めたのがロシアの戦略核施設への攻撃や長距離ミサイルによるロシア市民に対するテロ的な作戦だ。 イスラエル軍はガザで苦戦している。非武装の住民を大量虐殺しているものの、ハマスに勝利することはできていない。しかもパレスチナ人はイスラエルの攻撃に耐え、国外へ逃げ出していない。イスラエル政府はパレスチナ人を皆殺しにするつもりのように見える。口先でどのように言おうと、アメリカやイギリスをはじめとする西側諸国はイスラエルによるパレスチナ人虐殺を支えていることは間違いない。
2024.05.28
ウクライナ軍はアメリカのATACMS(陸軍戦術ミサイル・システム)でバロニシュにあるロシア軍のICBM(大陸間弾道ミサイル)レーダー施設を攻撃したと伝えられた。建造物の側面に穴が空いているのだが、損傷は小さく、火災や爆発力の痕跡はない。そこでATACMSによる攻撃ではないと見られているが、早期警戒システムに対する何らかの攻撃があったとは言える。いずれにしろ、こうした攻撃をアメリカ政府が知らなかった可能性は小さい。ウクライナは核戦争の領域へ足を踏み入れたと言えるだろう。 ウクライナ軍がATACMSを攻撃に使い始めていることは確かなようで、例えば4月17日に12機のATACMSでクリミアのジャンコイ基地を攻撃して防空システムS-400を破壊したという。ウクライナ軍はS-400防空システムのランチャー4機以上を破壊したと主張している。 5月1日には1機が訓練施設に飛来、16日にはベルベク飛行場で複数の航空機を破壊/損傷させ、22日には5機がドネスクでS-400などを破壊、23日から24日にかけて複数のATACMSがクリミアのアルシュタを攻撃したというが、撃墜の情報も伝えられている。4月20日には10機、4月29日には5機のATACMSがそれぞれ撃墜され、5月13日にはルガンスクで1機を撃墜、15日には10機が撃ち落とされた。 ATACMSは複数の慣性航法ユニットをソフトウェアで組み合わせて使用しているため、ロシアのECM(電子対抗手段)でGPSを利用したシステムが機能しなくなっても目標に到達しやすいのだが、ロシア軍の別の防空システムによって大半は撃墜されているようだ。ロシアの防空システムが機能していないとは言えない。 それでもアメリカのアントニー・ブリンケン国務長官はジョー・バイデン大統領に対し、ウクライナ軍がロシア領深くにある標的へのミサイル攻撃を許可するように求めているというが、そうした主張を彼だけがしているわけではない。例えばマイク・ジョンソン米下院議長。複数の議員も国防長官に対してウクライナ軍がアメリカ製兵器でロシア領内の戦略目標に対する攻撃を許可するように求め、下院外交委員会のマイケル・マッコール委員長は攻撃すべきロシアの標的の地図を示している。アメリカでは気楽に好戦的な主張を政治家が口にしているが、ロシア領内へのミサイル攻撃はロシアに対する宣戦布告を意味する。 NATO軍は今年1月から7月にかけて「ステッドファスト・ディフェンダー」と名付けられた軍事演習を実施中だが、この演習中、ロシア軍はバルト海周辺で電子戦のテストを実施、さらに非戦略核戦力を実戦で使用する能力を高めるための演習をロシア軍南部軍管区に所属するミサイル部隊は実施した。ロシア側はアメリカ/NATO側の言動をそれだけ深刻に受け止めている。ウクライナでアメリカ/NATO軍が本格的に参加する場合、ロシアは戦術核を本気で使う可能性があることを西側諸国に知らしめる演習だとも言われている。 本ブログでも繰り返し書いてきたように、アメリカ/NATOは特殊部隊や傭兵を2014年頃からウクライナへ派遣、戦闘に参加していると言われてきた。すでにロシアに対する「超限戦」は始まり、ネオ・ナチだけでなく中東などからアル・カイダ系武装集団も送り込まれ、金融戦争なども始められた。ウクライナの外でテロ活動も行っている可能性が高い。 ウクライナでも言えることだが、アメリカだけでなくイギリスの動きは目立つことも事実だ。そのイギリスをウクライナの親衛隊で中心的な存在であるアゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)のメンバー3名が最近訪問、その際、イギリス議会で3名は歓迎された。ボリス・ジョンソン元首相はそのメンバーと会った際、アゾフ大隊の旗を手にしながら、イギリス政府はウクライナへさらに武器と資金を送るようにと語っている。元首相が手にしていた旗は第2次世界大戦中、バッフェンSS師団とドイツ国防軍の部隊が使用していたシンボルをあしらったもの。彼らはナチズムを信奉していることを隠していない。 アメリカにおける好戦派の中心はシオニストの一派であるネオコン。バラク・オバマ大統領は自分たちの命令に従わないウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すため、2013年11月から14年2月にかけてクーデターを実行した。その際、現場で指揮していたのが国務次官補を務めていたビクトリア・ヌランドだ。 彼女の場合、父方の祖父母がウクライナからの移民で、夫はネオコンの重鎮であるロバート・ケーガン、義理の弟はフレデリック・ケーガン、フレデリックの妻はISW(戦争研究所)を設立したキンベリー・ケーガンだ。 ソ連消滅の直後から世界制覇プロジェクトを始動させたネオオンは手始めに旧ソ連圏の制圧に乗り出すが、ビル・クリントン大統領はそのプロジェクトに抵抗する。彼がスキャンダルで攻撃された理由のひとつはそこにあるのだろうが、彼の妻であるヒラリーはヌランドの友人だ。 ウクライナのおけるクーデターをオバマ政権で指揮していたのはヌランドのほか、副大統領だったジョー・バイデンや副大統領の国家安全保障補佐官を務めていたジェイク・サリバンだ。バイデンが大統領に就任した後からもこのチームがロシア攻撃の中心だった。バイデン政権ではここにブリンケンが加わるが、彼の父方の祖父はウクライナ出身だ。 ロシア軍の勝利が決定的になる中、5月20日にウォロディミル・ゼレンスキー大統領の任期は選挙が行われないまま切れた。もっとも、ウクライナの現体制は2104年2月にアメリカがネオ・ナチを利用して仕掛けたクーデターで樹立、当初から基本的人権は守られていない。 クーデターでヤヌコビッチ政権を倒した時点でネオナチはウクライナを自分たちの「縄張り」にしたと考えたのだろうが、クーデター体制に対する反発は強く、ヤヌコビッチの支持基盤だった南部のクリミアはロシアに保護を求め、東部では武装抵抗を始めた。 クーデター後、軍や治安機関に所属していた人の約7割が離脱、その一部が反クーデター軍へ入ったと言われているが、そのためか、反クーデター軍はクーデター軍の軍事侵攻を阻止した。 そこでアメリカ/NATOは8年かけてクーデター体制の戦力を増強して東部のドンバスに対して大規模な攻勢をかけようしたのだが、その直前にロシア軍が介入した。ネオコンはロシア軍に楽勝できると考えていたようだが、そうした思惑通りには進んでいない。兵士や兵器の能力もさることながら、国の生産力でロシアはアメリカ/NATOを圧倒している。 ウクライナがロシアに勝てないことは西側でも軍事専門家の間では常識だろう。ロシア領内を攻撃しても厳しい反撃があるだけだ。それでも欧米の好戦派がロシアに対する直接的な攻撃をウクライナに命じているのは、少しでもロシアを疲弊させたい、あるいはロシアの弱点を探りたいといった理由からだろう。ウクライナは捨て駒だ。その事実にウクライナ人は気づいている。
2024.05.27
6月21日の午後7時から駒込の「東京琉球館」で開く「櫻井ジャーナルトーク」のテーマは「苦境に陥った米国と生物兵器」です。予約受付は6月1日午前9時からとのことですので、興味のある方は東京琉球館までEメールで連絡してください。東京琉球館http://dotouch.cocolog-nifty.com/住所:東京都豊島区駒込2-17-8Eメール:makato@luna.zaq.jp ロシア議会は昨年4月、ウクライナで回収したアメリカ国防総省による生物兵器の研究開発に関する最終報告書を発表しましたが、そこにはアメリカが人間だけでなく動物や農作物も標的にできる普遍的な遺伝子操作生物兵器の開発を目指していると書かれています。この「万能生物兵器」は特定の時期に特定の地域で異常な伝染病を引き起こす可能性があり、秘密裏に標的を定めて使用した場合、核の冬に匹敵する影響を与えることができるというのです。 アメリカやイギリスはターゲット国を攻撃、破壊するため、別の国を利用して漁夫の利を狙ったり、宗教対立を煽って殺し合わせたり、ナチズムやカルトを利用して傭兵部隊を組織したりしてきました。つまり間接的な攻撃です。 しかし、ウクライナの場合は事実上の傭兵であるウクライナ軍の敗北が決定的で、アメリカ/NATOはウクライナの「降伏」を先送りしようと必死ですが、限界があります。そこで、ロシアの勝利を認めたくないネオコンのような好戦派はアメリカ軍をロシア軍と直接衝突させようとしているようです。そうした場合、核兵器を保有しているロシアや中国が相手で生物兵器をも秘密裏に使用すればアメリカ軍が優位に立てる可能性があると考えているようです。 アメリカの国防総省がウクライナで生物兵器の研究開発を行なっていたことは本ブログでも繰り返し書いてきました。医薬品業界で研究開発に長年携わってきたサーシャ・ラティポワは、COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動について早い段階からアメリカ国防総省がバラク・オバマ政権の時代に始めたプロジェクトだと主張しています。彼女は情報公開法によって入手した文書を分析、この結論に至ったようです。 ウクライナでアメリカの支配層は生物兵器の研究開発だけでなく、農地を買い占め、資源を奪い、マネーロンダリングの拠点にもしていました。勿論、ロシアを征服するための拠点にもなります。 生物兵器の研究開発施設はウクライナのほかにもアゼルバイジャン、アルメニア、カザフスタン、キルギスタン、モルドバ、タジキスタン、ウズベキスタン、ジョージア、おそらく中国にもあったようですが、ウクライナでの活動が困難になった現在、別の場所へ拠点も移動させているようです。その中に日本も含まれているでしょう。 日本ではmRNA技術を利用した薬品の製造工場がいくつも建設されていますが、その一部で生物兵器が作られる可能性は否定できません。日本の医学界は1930年代生物化学兵器の研究をしていたのです。その中心は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部で、生体実験を担当していた部隊が中国で編成されました。 当初の名称は「加茂部隊」が編成で、その責任者は京都帝国大学医学部出身の石井四郎中将。後ろ盾は小泉親彦軍医総監だとされています。後に加茂部隊は「東郷部隊」へと名前を替え、1941年には「第七三一部隊」と呼ばれるようになりました。 この部隊は捕虜として拘束していた中国人、モンゴル人、ロシア人、朝鮮人を使って生体実験、こうした人びとを日本軍は「マルタ」と呼んでいました。この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めた人物が石井四郎。途中、1942年から45年2月までを東京帝国大学医学部出身の北野政次少将が務めています。 アメリカ軍は1930年代から生物化学兵器の研究開発を始めました。例えばロックフェラー財団の「衛生委員会」チームの一員としてプエルトリコのサンフアンにある病院で数カ月間勤務したロックフェラー医学研究所のコーネリアス・ローズなる人物は1931年、プエルトリコの被験者に意図的にガン細胞を人体へ注入し、そのうち13人を死亡させたといいます。彼はプエルトリコ人を軽蔑、絶滅を妄想していました。 ローズは第2次世界大戦中にアメリカ陸軍の大佐となって化学兵器部門の医学部長を務め、ユタ州、メリーランド州、パナマに化学兵器研究所を設立、プエルトリコ人に対する秘密実験にも参加します。 1943年末までに化学兵器関連の新しい医学研究所がマサチューセッツ州のキャンプ・デトリック、ユタ州のダグウェイ実験場、アラバマ州のキャンプ・シベルトに設立されました。1944年1月、化学兵器局は生物兵器に関するすべてのプロジェクトを担当することになります。 第2次世界大戦後、日本やドイツによる生物化学兵器の研究開発結果はキャンプ・デトリック(1955年からフォート・デトリックに格上げ)へ運ばれました。 ドイツや日本で行われた生体実験の資料や研究員を手に入れたアメリカの軍や情報機関はアメリカの街中で実験していたことが判明しています。 しかし、その前からアメリカも生物兵器の研究を行なっていました。アラバマ州では1932年から72年にかけてアフリカ系アメリカ人に梅毒を感染させ、その後の経過を観察するという生体実験も行われています。1950年にアメリカ海軍はサンフランシスコで「バチルス・グロビジー(炭疽菌と同属)」や「セラチア菌」を散布したとされ、55年にはCIAがフロリダ州タンパで生物戦争の実験を行い、その後に百日咳の患者が急増、56年から58年にはジョージア州とフロリダ州にある貧困地区で黄熱ウイルスを持つ蚊を使った実験を実施、死者も出ているとされています。 また1966年にはアメリカ陸軍の特殊部隊がニューヨーク市の地下鉄でバチルスを撒く実験を実施、またCIAは68年と69年に上水道へ毒を混ぜる実験をワシントンのFDA(食品医薬品局)のビルで行ないました。(Edited by Ellen Ray & William H. Schaap, “Bioterror,”Ocean Press, 2003) 日本で打ち続けている「COVID-19ワクチン」と称する遺伝子操作薬は未知の薬品であり、生物兵器である可能性が否定できません。ロシア議会の報告書に書かれている「万能生物兵器」の特性は「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」と似ていないでしょうか。 個人情報を集中管理するために作られたマイナンバーカードと治療歴を知ることができる保険証を一体化させた「マイナ保険証」を日本政府は導入しようとしてます。これさえあれば「COVID-19ワクチン」の副作用データを迅速に、しかも正確に集めることができるでしょう。
2024.05.26
ジョージア(グルジア)議会は「外国の影響を透明にする法律」を可決した。国外から20%以上の資金提供を受けているNGO、メディア、個人に対し、「外国勢力の利益を促進する」団体として登録し、資金提供者を開示するよう求めているのだ。 この法案はアメリカのFARA(外国代理人登録法)をベースにしているのだが、ジョージアの法案について西側諸国から批判の声があがり、連動してジョージア国内でも「ロシアの法律」だとして反対運動が展開された。フランス生まれ、同国とアメリカで教育を受けたサロメ・ゾウラビチビリ大統領は拒否権を発動させたが、議会は拒否権を覆すと見られている。 ジョン・パーキンスが『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』(ジョン・パーキンス著、古草秀子訳、東洋経済新報社、2007年/John Perkins, “Confessions of an Economic Hit Man,” Berrett-Koehler, 2004)で書いたように、アメリカはターゲット国を支配するため、買収、スキャンダルを使った恫喝、社会的な抹殺、肉体的な抹殺、クーデター、軍事侵攻といった手段を組み合わせて使う。 アメリカ海兵隊の伝説的な軍人であるスメドレー・バトラー少将が指摘したように、第2次世界大戦の前はアメリカの巨大資本の利権のために海兵隊が使われていたが、大戦後にはCIAが中心的な役割を果たすようになった。その背後で買収や恫喝といった手法も使われたのだ。 ところが1970年代、アメリカ議会でCIAの秘密工作が問題にされた。1975年に上院で「情報活動に関する政府の工作を調べる特別委員会」(フランク・チャーチ委員長)が、下院で「情報特別委員会」(ルシエン・ネジ委員長、すぐにオーティス・パイクへ交代)が設置された。最も重要な証言をしたのはウィリアム・コルビー。CIA長官を務めていたが、それだけでなく、大戦前から破壊工作に従事していた人物だ。その当時は有力メディアにも気骨あるジャーナリストが存在、この問題にメスを入れていた。 そこで支配層はCIA内部の締め付けを強め、言論統制を強化する。規制緩和で有力メディアを少数の資本に統合するのはその一環。そしてロナルド・レーガン政権では秘密工作に「プロジェクト・デモクラシー」や「プロジェクト・トゥルース」というタグをつけ、1983年11月にはNED(ナショナル民主主義基金)が創設された。 NEDへは国務省のUSAID(米国国際開発庁)を含む政府の資金が流れ込むが、その実態はCIAの工作資金にほかならない。NEDからNDI(国家民主国際問題研究所)、IRI(国際共和研究所)、CIPE(国際私企業センター)、国際労働連帯アメリカン・センターなどを経由して各国に設置したNGO(非政府組織)へ流れる。 言うまでもなく、NGOは仕組みにすぎない。その仕組みを利用して人びとの利益のために活動することもできるが、強大な私的権力が自分たちの手先として他国の内政に干渉する道具として使うことも可能だ。 投機家として知られている富豪のジョージ・ソロスもこの仕組みを利用し、内政干渉のために資金を供給してきた。彼の人脈を見ると、ロスチャイルド資本との関係が見えてくる。 ソロスは1930年にハンガリーで生まれ、47年にイギリスへ移住、54年から金融の世界へ入っている。彼が生まれたハンガリーは大戦中、ナチスに占領されてユダヤ人は強制収容所へ送られた。 ソロスはユダヤ教徒だが、キリスト教徒を装い、ナチスに取り入ることでその時代を生き延び、ユダヤ系住民の富を手に入れることで財を築いたという。この話は彼自身も1998年12月20日、CBSの「60ミニッツ」でスティーブ・クロフトに話している。 そのハンガリーでソロスは1984年にソロス財団ブダペストを設立、反ソ連活動を開始した。ポーランドの「連帯」やチェコスロバキアの反体制運動へも資金を提供していた。 1991年12月にソ連が消滅した後、ウクライナやジョージアでいわゆる「カラー革命」に資金を提供、ロシア包囲網の構築に協力している。ジョージアでソロスはエドゥアルド・シェワルナゼ政権を倒し、配下のミヘイル・サーカシビリを2003年の「バラ革命」で後釜に据えた。 マーク・アーモンドによると、その際、ソロスに協力したのはUNDP(国際連合開発計画)や国際連合副事務総長を務めていたマーク・マロック・ブラウンだという。なお、2007年にマロック・ブラウンはソロスのヘッジファンドの副社長になる。 サーカシビリは1994年にコロンビア・ロー・スクールで学び、翌年にはジョージ・ワシントン大学のロー・スクールへ通い、ニューヨークの法律事務所パターソン・ベルクナップ・ウェッブ・アンド・タイラーで働いていた。そのサーカシビリは2008年8月、北京で夏季オリンピックが開催されるタイミングで南オセチアを奇襲攻撃、ロシア軍の反撃で粉砕された。本ブログで繰り返し書いてきたように、ジョージア軍はイスラエルとアメリカの軍事支援を受けていたわけで、同程度の戦力ならイスラエル軍やアメリカ軍はロシア軍に勝てないことがこの時点で明確だった。 ウクライナでアメリカ/NATOの代理軍はロシア軍に敗北、ウクライナ軍を率いてきたネオ・ナチは前線から逃走したと伝えられている。そこで、ウクライナでクーデターを仕掛けたネオコンはジョージアを新たな戦場にしようと目論んでいる疑いが濃厚だ。 そうした中、スロバキアのロベルト・フィツォ首相が銃撃され、一時は命が危ぶまれた。同国では国外の組織が関与していると言われているが、中でもウクライナの情報機関が怪しいと言う人が少なくない。ウクライナの情報機関はイギリスやアメリカの情報機関、つまりMI6やCIAを後ろ盾にしている。 ここにきてジョージアのイラクリ・コバヒゼ首相はEUからの脅しについて話し始めた。もしジョージア政府がNGOに外国からの資金提供の開示を義務づける法律を成立させようとするならば、西側諸国は彼に対して「多くの措置」をとるだろうと警告したと述べている。スロバキアのロベルト・フィツォ首相と同じ運命をたどることになるかもしれないと脅されたという。
2024.05.25
アメリカでは今年11月に大統領選挙が予定されている。有力とされている候補者は現職で民主党のジョー・バイデン、共和党のドナルド・トランプ前大統領、そしてロバート・ケネディ・ジュニアがいるのだが、いずれもイスラエルのシオニズム体制を支持、つまりパレスチナ人弾圧を容認していると言える。ウクライナ問題や「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」問題でこの3候補の政策は一致していないが、イスラエル問題では一致しているのだ。 ウクライナをアメリカ/NATOの支配地にするということはロシアにとって新たな「バルバロッサ作戦」にほかならない。ネオコンはロシア相手でも「脅せば屈する」と信じるようになり、結局、体制を危うくすることになった。 ネオコンの思い込みを危険だとジョージ・ケナン、リチャード・ニクソン、ヘンリー・キッシンジャー、ズビグネフ・ブレジンスキーなど前世代の「タカ派」は警告していたが、ネオコンたちはその思い込みから抜け出せず、その警告通りの展開になり、西側は窮地に陥っている。 バイデンが副大統領を務めていたバラク・オバマ政権はウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権をクーデターで倒した。2013年11月から14年2月にかけてのことだが、その際に手先として利用したのはネオ・ナチだ。ウクライナを制圧することでロシアとEUをつなぐ天然ガスのパイプラインを抑え、ロシアの喉元にナイフを突きつける計画だった。パイプラインを抑えることでロシアからEUというマーケットを、またEUからロシアというエネルギー資源の供給源を奪うことができる。ロシア征服をアングロ・サクソンの支配層は19世紀から計画している。 2021年に接種キャンペーンが始まった「COVID-19ワクチン」は短期間に危険性が明確になり、翌年の前半には大半の国で接種は止まった。その中で接種キャンペーンが続いている日本は例外的な「狂気の国」だと言えるだろう。この「ワクチン」を一貫して批判してきたのがロバート・ケネディ・ジュニアだ。 今回の選挙が1968年や72年の選挙と似ていると言う人がいるようだが、根本的に違う点がある。この2度の選挙には戦争に反対する有力候補者がいたのだが、今回はいない。 1963年6月10日にアメリカン大学の卒業式で「平和の戦略」と呼ばれる演説を行い、パックス・アメリカーナを否定した上でソ連と平和共存する道を歩き始めると宣言したジョン・F・ケネディ大統領はその5カ月後、11月22日に暗殺され、副大統領のリンドン・ジョンソンが昇格、新大統領はベトナムで本格的な戦争を始める。 それに対し、1967年4月4日にマーチン・ルーサー・キング牧師はニューヨークのリバーサイド教会でベトナム戦争に反対すると発言している。ロン・ポール元下院議員によると、キング牧師の顧問たちはベトナム戦争に反対するとリンドン・ジョンソン大統領との関係が悪化すると懸念、牧師に対してベトナム戦争に焦点を当てないよう懇願していたというが、牧師はそのアドバイスを無視した。 ベトナム戦争は泥沼化、1968年2月の「テト攻勢」でアメリカ国民はベトナムでアメリカ軍が苦戦している実態を知ることになるのだが、その2カ月後、リバーサイド教会での演説から丁度1年後の68年4月4日にキング牧師は暗殺された。 兄のジョン・F・ケネディの意志を引き継いだロバート・ケネディは1968年3月16日、その年の大統領選挙に出馬すると宣言し、有力候補と見られていたが、6月6日に暗殺されてしまう。1968年の選挙は銃弾で破壊された。 1972年の大統領選挙では現職で共和党のリチャード・ニクソンと民主党のジョージ・マクガバンが争った。マクガバンは民主党の一般党員から支持されていた政治家で戦争に反対、党の幹部から敵視され、足を引っ張られた。反マクガバンの中心になったのはヘンリー・ジャクソン上院議員で、同議員のオフィスにはリチャード・パール、ポール・ウォルフォウィッツ、エリオット・エイブラムズ、ダグラス・フェイス、エイブラム・シュルスキーなど後にネオコンの中心になる人びとがいた。 結果としてニクソンは再選されるが、デタント(緊張緩和)を打ち出したことで軍や情報機関の好戦派は反発、ニクソンはウォーターゲート事件で失脚し、副大統領のジェラルド・フォードが昇格、デタント派が粛清される。 この粛清劇の黒幕と言える存在がポール・ニッチェやシカゴ大学のアルバート・ウォールステッター、ONA(国防総省内のシンクタンク)のアンドリュー・マーシャル室長。後にネオコンと呼ばれる人脈だ。 粛清の中でも特に重要な意味を持つと考えられているのは国防長官とCIA長官の交代だと考えられている。1975年11月に国防長官はジェームズ・シュレシンジャーからドナルド・ラムズフェルドへ、76年1月にCIA長官はウィリアム・コルビーからジョージ・H・W・ブッシュへそれぞれ交代、またリチャード・チェイニー、ジャクソン議員のオフィスにいたウォルフォウィッツもこの政権で登場してくる。ネオコンが台頭するのはこの時からだ。 ネオコンはシオニストの一派で、イデオロギー的にはレオ・ストラウスの影響下にある。この人物は1899年にドイツの熱心なユダヤ教徒の家庭に生まれ、17歳の頃に「修正主義シオニズム」の祖であるウラジミル・ヤボチンスキーの運動に加わっている。カルガリ大学のジャディア・ドゥルーリー教授に言わせると、ストラウスの思想は一種のエリート独裁主義で、「ユダヤ系ナチ」だ。(Shadia B. Drury, “Leo Strauss and the American Right”, St. Martin’s Press, 1997) ストラウスは1932年にロックフェラー財団の奨学金でフランスへ留学し、中世のユダヤ教徒やイスラム哲学について学ぶ。その後、プラトンやアリストテレスの研究を始めた。(The Boston Globe, May 11, 2003) 1934年にストラウスはイギリスへ、37年にはアメリカへ渡ってコロンビア大学の特別研究員になり、44年にはアメリカの市民権を獲得、49年にはシカゴ大学の教授になる。 ストラウスと並ぶネオコンの支柱とされている人物が、やはりシカゴ大学の教授だったアルバート・ウォルステッター。冷戦時代、同教授はアメリカの専門家はソ連の軍事力を過小評価していると主張、アメリカは軍事力を増強するべきだとしていた。勿論、この分析は間違い、あるいは嘘だ。 イスラエルの現首相はベンヤミン・ネタニヤフ。その父親であるベンシオン・ネタニヤフは1910年3月にワルシャワで生まれ、40年にアメリカへ渡り、そこでヤボチンスキーの秘書を務めている。その年にジャボチンスキーは死亡、ベンシオンは第2次世界大戦後にコーネル大学などで教鞭を執った。 本ブログでは何度か書いたことだが、シオニズムは16世紀にイギリスで出現している。自分たちを古代イスラエルの「失われた十支族」の後継者だと信じる人が現れたのだが、そのひとりがジェームズ6世。自分はイスラエルの王だと信じていた。 ジェームズ6世の息子、チャールズ1世は「ピューリタン革命(17世紀半ば)」で処刑されたが、その「革命」で重要な役割を果たした人物がオリヴァー・クロムウェル。その私設秘書を務めたジョン・サドラーもジェームズ6世と同じように考えていたという。 クロムウェルはキリストの再臨を信じ、「道徳的純粋さ」を達成しようと考えたようだ。そのためにユダヤ人は離散した後にパレスチナに再集結し、ソロモン神殿を再建すると考えていたというが、彼の一派は打倒され、国教会の君主制が復活、ユダヤ人のための国家創設提案(シオニズム)は放棄された。それが復活するのは18世紀になってからだ。 「シオニズム」という語句を最初に使ったのはナータン・ビルンバウムなる人物で、1893年のことだとされている。その3年後に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルが近代シオニズムの創設者とされているが、1905年まで「建国」の地をパレスチナだとは定めていない。このヘルツルのほか、モーゼズ・ヘスやレオン・ピンスカーなどのシオニストは当初、聖書には言及していない。 クロムウェルと同じピューリタンは今でもアメリカの核的な存在だと言われている。アメリカを支配しているとされるWASPのWは白人、ASはアングロ・サクソン、そしてPはプロテスタントを意味していると言われているが、アメリカの友人によると、「P」はプロテスタントではなくピューリタンのイニシャルであり、WASPはクロムウェルの後継者だという。アメリカの支配層とイスラエルの親和性が強いのは必然だ。
2024.05.24
5月15日に銃撃されたスロバキアのロベルト・フィツォ首相は容態が安定、命を取り留めたようだ。親欧米派の政党「進歩スロバキア」の活動家だという71歳の男性ユライ・チントゥラはその場で逮捕され、その妻も拘束されたと伝えられている。 銃撃から4時間後、容疑者のフェイスブックの通信内容と履歴が削除されたという。現場にいて逮捕されたチントゥラ自身に削除のチャンスがあるようには思えず、彼の妻は技術に疎い。夫妻以外の何者かが削除した可能性が高いということであり、暗殺未遂事件の背後に組織が存在していることを窺わせる。 スロバキアの内相は5月21日、スロバキアのテレビで銃撃事件について「単独犯でなく、その背後で何かが進行している」と語っている。すでにスロバキアではメディアの一部はチントゥラの背後にウクライナが存在している可能性があると囁き始めた。確かに状況証拠はそうした方向を示している。 モスクワ近くのクロッカス・シティ・ホールでの虐殺、ブラジルのロシア大使館爆破、またイラン北西部においてヘリコプターが墜落、搭乗していたエブラヒム・ライシ大統領やホセイン・アミール-アブドラヒヤン外相が死亡した事件などが立て続けに起こっている。 フィツォ首相はアメリカやイギリスの支配層からの命令に従おうとしていない。ウクライナへの軍事支援を拒否、自国の主権を主張、国民の利益を優先している。ドイツやフランスのように自国民を犠牲にして自分たちの命令に従えと米英支配層は求めている。 アメリカやイギリスは金融資本が支配している。彼らに国境はない。EUの支配層は貴族の末裔が少なくないのだが、貴族は政略結婚を繰り返してきたことから国境を超えて親戚のつながりがあり、その貴族はファシストやナチスとも関係が深い。 アドルフ・ヒトラー時代のナチスはトゥーレ協会と関係が深いが、この名称は北方神話に出てくる「ウルチマ・トゥーレ」に由来、そのメンバーにはドイツの貴族が含まれている。協会のシンボルはナチスと同じように鉤十字で、神智学の影響も受けていた。ヘレナ・ブラバツキーらによって神智学が創設された19世紀の欧米ではカルトが盛んで、ビクトリア朝時代のイギリスも例外ではなかった。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、ナチスを手先として使ったのがイギリスやアメリカの金融資本にほかならない。ビクトリア女王の下でイギリスを動かしていたグループには金融界のナサニエル・ロスチャイルド、その資金を使って南部アフリカを侵略し、ダイヤモンドや金を手にしたセシル・ローズ、そのほかウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット(エシャー卿)、アルフレッド・ミルナー(ミルナー卿)たちが含まれていた。優生学の信奉者もこの人脈と重なる。その人脈にウィンストン・チャーチルも属している。 イギリスでは16世紀から自分たちを「失われた十支族」の後継者だと信じる人が現れている。そのひとりがスチュワート朝のジェームズ6世で、自分を「失われた十支族」の後継者であり、イスラエルの王だと信じていたという。 そのジェームズ6世の息子であるチャールズ1世は「ピューリタン革命(17世紀半ば)」で処刑されたが、その「革命」で重要な役割を果たした人物がピューリタンのオリヴァー・クロムウェル。その私設秘書を務めていたジョン・サドラーもジェームズ6世同じように考えていた。シオニズムはこの時代から始まる。「ユダヤ人」がこの信仰に引きずり込まれるのは後の話だ。 イギリス政府は1838年にエルサレムで領事館を建設、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査し、68年2月から12月、74年2月から80年4月までの期間、イギリスの首相を務めたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収した。買収資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018) ところで、旧約聖書の記述によるとイスラエル民族の始祖はヤコブ。彼には12人の息子があり、それぞれ支族を形成するのだが、そのうちユダ族とベニヤミン族の後裔とされる人びとが「ユダヤ人」と呼ばれている。残りは行方不明で、旧約聖書を信じる人びとから「失われた十支族」と呼ばれている。勿論、これは神話に過ぎないのだが、カルトの信者たちにとっては絶対だ。
2024.05.23
台湾では民主進歩党の頼清徳が5月20日、新総統に就任した。1月13日に実施された総統選挙で40%を獲得、33%だった中国国民党の侯友宜、26%だった台湾民衆党の柯文哲を抑えて勝利している。 就任演説の中で頼は「抑止力」を高めて戦争を回避する主張したが、アメリカ支配層から見るならば、これは「戦力」を増強して中国との戦争に備えるということだ。 頼はハーバード大学を卒業した元医師で、蔡英文の政策を継承していると宣言している人物。前総統の蔡英文と同じように、新総統は中国からの独立を主張してきた。就任演説では「現状を維持する」と主張しているが、有権者の反発を考慮してのことだろう。民進党はアメリカ政府を後ろ盾にしているのであり、「独立」、つまりアメリカ軍へ台湾を提供する方針を変えることはできないはずだ。 1991年12月にソ連が消滅して以来、アメリカ政府は東アジアでも軍事体制を強化してきた。本ブログでは繰り返し書いてきたように、日本は1995年にアメリカの戦争マシーンに組み込まれ、戦争を見据えて法律を整備、ミサイル施設を建設してきた。2016年に与那国島、19年には宮古島と奄美大島、そして23年には石垣島。その間、2017年には韓国でTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの機器を朴槿恵大統領のスキャンダルを利用し、強引に運び込んだ。こうした配備は言うまでもなくアメリカ国防総省の戦略に基づいている。 ジョー・バイデン政権が中国敵視を明確にした2022年の12月にアメリカではNDAA 2023(2023年度国防権限法)が成立、アメリカ陸軍の特殊部隊が「軍事顧問」として金門諸島と澎湖諸島に駐留し、台湾の特殊部隊を訓練していると伝えられている。中国福建省の厦門から約10キロメートルの場所にある台湾の金門はアメリカにとって軍事的に重要な拠点だ。 台湾の場合、2022年8月2日にアメリカの下院議長だったナンシー・ペロシが台湾を訪問、1972年2月にリチャード・ニクソン大統領が中国を訪問してから続いていた「ひとつの中国」政策を壊しにかかり、アメリカと中国との関係は悪化。「ひとつの中国」とは、アメリカなどが台湾を軍事拠点にすることを許さないということを意味、アメリカがそれを壊そうとするのは軍事的な緊張を高めると同時に台湾をアメリカの軍事拠点にすることを目的にしている。 2023年8月には頼清徳副総統がニューヨークとサンフランシスコに立ち寄った。何らかの話し合いが持たれたであろうが、台湾とアメリカとの結びつきをアピールすることが目的だったのだろう。 また、半導体やAI(人工知能)、軍事産業、次世代通信といった産業を育成し、台湾を「AIの島」にするとしているが、すでにこの分野では中国が急速に成長、強力なライバルになっている。中国は大きな市場なのだが、アメリカに従う限り、その市場でビジネスを展開することは難しい。EUと同じような悲惨な運命が待っているかもしれない。 アメリカのジョー・バイデン政権が2022年8月9日に署名したCHIPS 科学法はアメリカ国内における半導体の研究、製造を支援することが目的で、補助金を含む投資総額は5年間で2800億ドルに達するとされている。 半導体メーカーなどに供与する補助金の審査プロセスに「国家安全保障条項(ガードレール条項)」が追加されているため、補助金を受け取る企業は中国、ロシア、イラン、朝鮮で生産規模を拡大したり共同研究することが制限された。しかも規制対象は1世代以上前の「成熟技術」による半導体製造も含まれている。 それに対し、中国は昨年8月からガリウムとゲルマニウムを輸出する際に特別なライセンスを求めている。このふたつの金属はコンピューター・チップの製造に必要。世界市場における流通量の約95%は中国が生産している。 しかも、先端技術力の分野で中国は急速に進歩している。アメリカは国内外の企業に対し、ファーウェイへの5Gチップ提供を停止するよう要求していたが、中国は代替品の開発を開始、高性能コンピューティングやAI開発に使われるNvidiaのA100 GPUに匹敵する速度のグラフィックプロセッサを開発した。 ファーウェイが2023年8月に発表した5GスマートフォンのMate 60 Proには中国企業HiSiliconのKirin9000シリーズの新しい製品が使用されている。発売開始されると中国で爆発的な売れ行きを示し、iPhone 15を凌駕、必然的にiPhoneの販売台数は深刻な落ち込みを見せた。このスマートフォンに搭載されている新型5Gチップは最先端でないものの、本物であり、高度なチップだ。アメリカ政府による「制裁」が中国のエレクトロニクス技術の進歩を加速させたわけである。 こうした中国の技術進歩だけでなく、アメリカ自身の問題もある。その問題を的確に指摘したのはアップルのスティーブ・ジョブスだ。 2010年の秋、ジョブスはバラク・オバマ大統領から工場をアメリカで建設してほしいと頼まれたのだが、それを拒否している。ジョブスによると、アップルは中国の工場で70万人の労働者を雇っているが、その工場を機能させるためには3万人のエンジニア必要。アメリカでそれだけのエンジニアを集めることはできない。アメリカで工場を作って欲しいなら、それだけのエンジニアを育てる教育システムが必要だというのだ。この問題は解決されていない。
2024.05.22
イラン北西部でベル212ヘリコプターが墜落、搭乗していたエブラヒム・ライシ大統領やホセイン・アミール-アブドラヒヤン外相らが死亡したと伝えられている。大統領らはダムの落成式に参加、戻る途中だったようだが、濃い霧で視界が悪かったという。ベル212がイスラム革命より前にアメリカから購入したものだったことも関係しているかもしれない。 イスラム革命後にネオコンやイスラエルはイランを敵視、1990年代からイラクのサダム・フセイン体制を倒して親イスラエル体制を樹立してシリアとイランを分断、シリアを制圧した後にイランを征服する計画を立てていた。 また、ウェズリー・クラーク欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されてから10日ほど後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺はイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、イラン、スーダンを攻撃対象国リストに載せていたという。(3月、10月) そのイランとサウジアラビアが関係修復に向かって交渉を始めていた2020年1月3日、イラン側のメッセンジャーを務めていたガーセム・ソレイマーニーがバグダッド国際空港でアメリカ軍に暗殺された。イスラエルが協力したと言われている。 ソレイマーニーはイスラム革命防衛隊の特殊部隊とも言われるコッズ軍を指揮していたイラン国民の英雄で、イラクの首相だったアディル・アブドゥル-マフディによると、ソレイマーニーが緊張緩和に関するサウジアラビアからのメッセージに対するイランの返書を携えていたのだという。 アメリカ政府はソレイマーニーを暗殺することでサウジアラビアの動くにブレーキをかけようとしたのかもしれないが、それ以降、アメリカの中東における地盤は大きく揺らいでいる。 4月1日にイスラエル軍がシリアのイラン領事館を攻撃、IRGC(イスラム革命防衛隊)の上級司令官や副官を含む将校7名を殺害したが、それへの報復としてイランは4月13日、ドローンやミサイルでイスラエルのネバティム空軍基地、ラモン空軍基地、そしてハルケレン山頂にある「サイト512」基地のAN/TPY-2 Xバンドレーダー施設を攻撃、大半のミサイルは目標にヒットしたと伝えられている。イスラエル単独でイランを攻撃することはできないが明確になり、アメリカ軍を巻き込むしかなくなったのだ。 ところで、アメリカを含む欧米諸国は植民地から富を奪い、文明国面してきた。その仕組みにとって好ましくない人物が事故死することがある。そのひとりが国連事務総長だったダグ・ハマーショルド。1961年9月、コンゴの動乱を停戦させるために活動中、彼が乗ったDC-6が墜落、死亡している。キプロスにはアメリカの電子情報機関NSAの基地があるのだが、その担当官がDC-6を撃墜した航空機のパイロットの通信を傍受していた。 コンゴは1960年にベルギーから独立、選挙で勝利したパトリス・ルムンバが初代首相に就任したが、資源の豊富なカタンガをベルギーは分離独立させようとしていた。そのルムンバをアレン・ダレスCIA長官は危険視、コンゴ駐在のクレアー・ティムバーレーク米大使はクーデターでの排除を提案したという。CIA支局長はローレンス・デブリンだ。このとき、ティムバーレーク大使の下には後の国防長官、フランク・カールッチもいた。当時のアメリカ大統領、ドワイト・アイゼンハワーは同年8月にルムンバ排除の許可を出している。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) イランの要人を乗せたベル212の墜落は事故だった可能性が高いようだが、ソレイマーニーのケースと同じように、アメリカの支配層にとって悪い結果が待っているかもしれない。今回のケースでは墜落直後にロシアのウラジミル・プーチン大統領はモスクワ駐在のカゼム・ジャラリ・イラン大使と会談、哀悼の意を意を表し、イランを助けるために必要なことは何でもする用意があると伝えている。
2024.05.21
このブログは読者の皆様に支えられています。ブログ存続のため、カンパ/寄付をお願い申し上げます。【振込先】巣鴨信用金庫店番号:002(大塚支店)預金種目:普通口座番号:0002105口座名:櫻井春彦 ネオコンをはじめとするアメリカの好戦派が世界制覇プロジェクトを始動させたのは1992年2月、その戦争マシーンに日本を組み込んだのは1995年のことです。それ以来、日本は「戦時体制」にあるとも言えるでしょう。 しかし、ネオコンのプロジェクトは計算違いの連続で、アメリカ中心の支配システムは崩れ始めました。そのシステムを支えるため、西側の私的権力は言論統制を強化しているのです。 彼らにとって都合の悪い事実を隠し、都合の良い話を人びとに信じさせるのため、西側を支配する私的権力はテレビ、ラジオ、映画、新聞、雑誌、出版を駆使、ここにきてインターネットにおける統制も強化しつつあります。 内部告発を支援する活動をしていたWikiLeaksのジュリアン・アッサンジは2019年4月11日にロンドンのエクアドル大使館でロンドン警視庁の捜査官に逮捕されましたが、これはアメリカ政府の意向に沿うものであり、現在、彼はイギリス版グアンタナモ刑務所とも言われているベルマーシュ刑務所へ入れられ、「殺されつつある」と言う人もいます。 この弾圧はジャーナリストに対する米英支配層の意思を明確に示していると言えますが、彼だけが言論弾圧の犠牲者ではありません。ウクライナに住みつつ、同国のネオ・ナチ体制を批判していたゴンサロ・リラはジョー・バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領を批判した直後に逮捕され、拷問の末に獄中死しています。ジョー・バイデン政権は自国民であるリラに救いの手を差し伸べませんでした。 EU諸国も西側にとって都合の悪い事実をウクライナから発信していたジャーナリストを弾圧、帰国すれば逮捕される可能性のある人、あるいは銀行口座を閉鎖された人もいます。ガザではジャーナリストが医療関係者と同じようにイスラエル軍のターゲットです。 情報統制の中心に情報機関が存在していることは本ブログでも繰り返し書いてきました。ハリウッドにはカバラ信者が多いと言われていますが、作品のチェックはCIAが行なっているようです。 CIAの検閲基準のひとつは「支配システムの健全性」。何らかの権力犯罪を描くことは可能ですが、支配システムそのものは健全に機能していることにしなければなりません。つまり、悪事を働いているのは個人、あるいは邪悪なグループであり、最終的にはシステムの浄化作用が機能するというシナリオです。同じことがテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、出版でも言えます。アメリカでは民主党支持者と共和党支持者との間で対立があるようですが、このルールは機能しているようです。 しかし、こうしたルールに拘束されないで情報を発信する余地がインターネットにはまだ残されています。いつまで余地が残されているかは分かりませんが、西側の私的権力がそれだけ必死になっているのは彼らが危機感を抱いているからにほかならないわけで、民主主義を実現するチャンスだとも言えるでしょう。櫻井 春彦
2024.05.20
ウラジミル・プーチン露大統領は中国政府の招待で5月16日から17日にかけて同国を訪問、歓待された。習近平国家主席との会談で両国が戦略的同盟国だということを世界に示している。事実上、中国とロシアは軍事同盟を結んだ。その中露同盟を潰そうとしている米英の好戦派は虚勢と嘘で世界に君臨している。日本の「エリート」はそうした好戦派に従属、中露同盟と戦争する準備を「粛々」と進めている。 アメリカのラーム・エマニュエル駐日大使はイスラエルに忠誠を誓っていると言われるほどのシオニストで、好戦派だ。そのエマニュエルが5月17日、与那国島と石垣島を訪れ、陸上自衛隊の駐屯地や海上保安庁の巡視船を視察したという。アメリカはロシアや中国の周辺に長距離ミサイルを配備、戦争の準備を進めてきた。 そうした戦略に関する報告書をアメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」も発表しているが、それによるとGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画だ。専守防衛の建前と憲法第9条の制約がある日本の場合、ASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたとされていた。その計画に基づき、2016年には与那国島でミサイル発射施設が建設されている。 韓国の場合、2013年2月から韓国の大統領を務めた朴槿恵は中国との関係を重要視、THAADの配備に難色を示していたのだが、朴大統領がスキャンダルで身動きできなくなっていた17年4月にはTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの機器を強引に運び込んだ。その後、朴槿恵は失脚した。2019年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも自衛隊の軍事施設が完成、ミサイルが配備されることになる。 こうしたミサイル配備に限らず、アメリカ軍の動きについて日本では「防衛」を前提に議論されてきたが、アメリカの軍事戦略は第2次世界大戦の終盤から一貫して先制核攻撃である。「核の傘」などは笑止千万だ。 アメリカはイギリスからの要求で核兵器の開発を始めた。1940年2月にバーミンガム大学のオットー・フリッシュとルドルフ・パイエルスのアイデアに基づいて「マンハッタン計画」は始まり、MAUD委員会なるものが設立されている。この委員会のマーク・オリファントがアメリカへ派遣されてアーネスト・ローレンスと会ったのは1941年8月。そしてアメリカの学者も原子爆弾の可能性に興味を持つようになったと言われている。この年の10月にルーズベルト大統領は原子爆弾の開発を許可、イギリスとの共同開発が始まった。 1943年には核兵器用のウランとプルトニウムを製造するため、テネシー州オーク・リッジに4施設が建設され、そのひとつはオーク・リッジ国立研究所へと発展した。ワシントン州に建設されたハンフォード・サイトではプルトニウムを製造するため、1944年9月にB原子炉が作られている。 この「マンハッタン計画」を統括していたアメリカ陸軍のレスニー・グルーブス少将(当時)は1944年、同計画に参加していたポーランドの物理学者ジョセフ・ロートブラットに対し、その計画は最初からソ連との対決が意図されていると語ったという。日本やドイツがターゲットだったわけではない。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017) 1945年7月16日にニューメキシコ州のトリニティ実験場でプルトニウム原爆の爆発実験が行われ、成功。7月24日にハリー・トルーマン米大統領は原子爆弾の投下を許可、7月26日に「ポツダム宣言」が発表された。そして原爆は8月6日に広島、8月9日には長崎へ投下される。 1945年2月、クリミアのヤルタ近くにアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領、イギリスのウィンストン・チャーチル首相、ソ連のヨシフ・スターリン首相が集まり、その席でソ連の参戦が決まっていた。その期限に合わせてアメリカは原爆を投下したのだ。 その頃からアメリカ軍の内部にはソ連に対する先制核攻撃を計画するグループが存在したが、その中核にはSAC(戦略空軍総司令部)のカーティス・ルメイが含まれていた。 当時、いかなる制約もなしに東アジアで中国やソ連を核攻撃できる場所は沖縄しかなかった。そこで沖縄に基地を建設し始める。1950年代に「銃剣とブルドーザー」で土地が強制接収され、軍事基地化が推し進められたのだ。 1953年4月に公布/施行された布令109号「土地収用令」に基づき、武装米兵を動員した暴力的な土地接収が実施され、55年の段階で沖縄本島の面積の約13%が軍用地になっている。 1956年6月に公表された「プライス勧告」の中で沖縄は制約なき核兵器基地として、アメリカの極東戦略の拠点として、そして日本やフィリピンの親米政権が倒れたときのよりどころとして位置づけられている。 1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めたライマン・レムニッツァーはイギリス軍の影響下にある軍人で、ルメイの同志だった。ドワイト・アイゼンハワー時代の1960年にJCSの議長に就任するが、次のジョン・F・ケネディ大統領とは対立、再任が拒否されている。 ルメイのSACは1954年に600から750発の核爆弾をソ連に投下、118都市に住む住民の80%を殺すという計画を立てた。1957年に作成された「ドロップショット作戦」では300発の核爆弾をソ連の100都市に落とすることになっていた。 その頃、アメリカではICBMの準備が進んでいて、レムニッツァーやルメイを含む好戦派は1963年後半までにソ連を先制核攻撃しようと考える。まだソ連がICBMの準備ができていない時点で攻撃したかったのだ。その作戦の障害になっていたジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺された。ケネディを暗殺したのはソ連、あるいはキューバだとする話が流された意味はそこにある。 こうしたアメリカの計画はソ連の核能力が高まったことで不可能になるのだが、ソ連の消滅でアメリカの核攻撃に報復できる国はなくなったと考える人がアメリカの支配層に増えた。そうした雰囲気を示す論文が「フォーリン・アフェアーズ」の2006年3/4月号に掲載されている。アメリカが近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てると主張しているのだ。 南オセチア、シリア、ウクライナでの戦闘でロシア軍の強さが明確になり、アメリカ/NATO軍は太刀打ちできないことがはっきりしたのだが、世界制覇を夢見るアメリカの好戦派は「神風が吹く」と今でも信じているようだ。 中国との戦争で最前線になるであろう与那国島と石垣島を訪問したエマニュエルは好戦派であると同時に、筋金入りのシオニストでもある。彼の父親、ベンジャミンはエルサレム生まれで、シオニスト系テロ組織のイルグンのメンバーだった。ジョー・バイデン大統領は兄のエゼキエルを「COVID-19諮問委員会」のメンバーに指名している。
2024.05.19
ウクライナ政府に対する武器の供与を阻止すると宣言、「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」の接種やWHO(世界保健機関)の権限強化に反対、欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長とファイザーとの癒着を含め、COVID-19騒動の背後で動いたカネについても調査する準備を進めているような人物がアメリカを中心とする支配システムを動かしている人びとに敵視されるのは当然だろう。スロバキアのロベルト・フィツォ首相が欧米支配層から危険視され、命を狙われても不思議ではないということだ。 ウクライナの体制を転覆させ、アメリカの「縄張り」に組み込もうとする動きは1991年12月にソ連が消滅する直前からあった。そうした動きはバラク・オバマ政権が仕掛けた2013年11月から14年2月にかけてのクーデターにつながる。その前からアメリカの国防総省はウクライナで生物兵器の研究開発を行っていたが、クーデター後に拍車がかかり、同国はマネーロンダリングの拠点になった。2022年2月にロシアが反撃に出た後、ウクライナでは西側を顧客とする人身売買や臓器密売が話題になった。 欧米諸国はソ連消滅後、旧ソ連圏の解体を進め、1997年にアメリカの国務長官がウォーレン・クリストファーからマデリーン・オルブライトへ交代すると、ユーゴスラビアへの軍事侵攻に向かって動き始める。オルブライトと親しいヒラリー・クリントンは夫のビル・クリントン大統領にユーゴスラビアを攻撃するよう説得していたという。 オルブライトは1998年秋にユーゴスラビア空爆を支持すると表明、99年3月から6月にかけてNATO軍はユーゴスラビアへの空爆を実施、4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館も爆撃されている。勿論、この攻撃で多くの市民が殺され、建造物が破壊された。侵略戦争以外の何ものでもない。ユーゴスラビアのスロボダン・ミロシェビッチ大統領は1998年10月の終わりにコソボからの撤退計画を発表、戦争を回避しようとしていたが、無駄だった。 アメリカが「コソボ独立」の主人公に据えたKLA(コソボ解放軍)は麻薬業者だとも言われていたが、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で検察官を務めたカーラ・デル・ポンテは自著(Chuck Sudetic, Carla Del Ponte, “La caccia: Io e i criminali di guerra,” Feltrinelli, 2008)の中で、KLAによる臓器の密売に触れている。臓器が売られていく先にはイスラエルがあったとされている。コソボで戦闘が続いている当時、KLAの指導者らが約300名のセルビア人捕虜から「新鮮」な状態で、つまり生きた人間から臓器を摘出し、売っていたという。 この話は欧州評議会のPACE(議員会議)に所属していたスイスの調査官ディック・マーティが2010年にEUへ提出した報告書にも書かれている。KLAの幹部はセルビア人を誘拐し、彼らの臓器を闇市場で売っていたという。捕虜の腎臓を摘出し、アルバニア経由で臓器移植のネットワークで売り捌いていたともされている。このコソボの業者がウクライナへ入って商売を始めたとも伝えられている。 その前、2006年にコソボからスロバキアへ向かっていた航空機が墜落した。機内にはNATOの平和維持を終えたスロバキア人40名が搭乗していたほか、セルビア人が埋葬されたコソボの集団墓地で発掘された臓器密売を疑わせる証拠が運ばれていた。犠牲者の多くはアルバニア人の人身売買業者が臓器を取り出し、持ち去ったとみられている。スロバキアのチームはNATOへ証拠を渡していたが、それが闇に葬り去られることを想定し、別のセットを持ち帰ろうとしたのだ。航空機の墜落で証人と証拠は消えた。 この墜落は機内に仕掛けられた爆発物による爆破が原因だとする証拠が出てきたことから、スロバキア議会は墜落につての調査を開始、それをフィツォ首相は支持していたという。
2024.05.18
スロバキアのロベルト・フィツォ首相が5月15日に銃撃され、いくつかの内臓が損傷を受けたものの、手術は成功し、容態は安定しているという。フィツォが創設したSMER-社会民主党が昨年9月30日に実施された選挙で勝利、10月25日から彼が首相を務めていた。その場で拘束された容疑者は71歳の男性で、親欧米派政党「進歩スロバキア」の活動家だと伝えられている。 欧米とはアメリカを中心とする勢力を意味するが、この勢力は2013年11月から14年2月にかけてウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除した。ヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部ではクーデター体制を拒否し、クリミアはロシアの保護下に入り、東部のドンバスでは内戦が始まった。オデッサでも大半の市民はクーデターを拒否していたが、そうした住民をネオ・ナチは虐殺、外部から送り込まれたクーデター派に占領された。 ドンバスの反クーデター派軍を倒すためにアメリカ/NATOは8年かけてクーデター体制の戦力を増強、ドンバスの周辺に要塞線を構築して2022年春にドンバスへ軍事侵攻する予定だったことを示す文書が発見されている。 しかし、2022年2月にロシア軍がドンバス周辺に集まっていたウクライナ軍をミサイルで攻撃、同時に軍事基地や生物兵器の研究開発施設を破壊し、機密文書を回収している。 キエフ政権はイスラエルやトルコを仲介役としてロシア政府と停戦交渉を開始、2022年3月にはほぼ合意に達していたが、CIAの指揮下にあるウクライナの治安機関SBUはキエフの路上でウォロディミル・ゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺、4月9日にはイギリスのボリス・ジョンソン首相がキエフへ乗り込んでロシアとの停戦交渉を止めるように命令した。4月30日にはアメリカのペロシが下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めている。 翌年の前半までジョー・バイデン政権はウクライナでロシアに勝利できると信じていたようだが、そうした思惑通りにことは進まなかった。そうした展開になることはアメリカの元情報将校や元CIA分析官も指摘していたことだが、ウクライナ軍の敗北が決定的になってもアメリカ/NATOは戦争の継続を命令している。ウクライナ人はロシアを疲弊させるために「玉砕」しろというわけだ。 武器の支援も戦争を継続させるためだが、フィツォはロシアとの戦争がスロバキア社会に悪い影響を及ぼしている主張、選挙の際にウクライナへの武器供与を阻止すると宣言し、ウクライナのNATO加盟に反対している。3月2日に公開された動画では、EUとNATOからウクライナに兵士を派遣することは、世界的な終末を招く恐れがあると述べている。 また、フィツォは「COVID-19ワクチン」にも批判的で、その接種によってさまざまな心血管疾患による死亡を増加させていると議会で発言した。この「ワクチン」は「実験的」で「不必要」なものだとしているが、その通りだ。 そうした「ワクチン」の接種を推進してきたWHO(世界保健機関)の権限強化にも彼は反対、欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長とファイザーとの癒着を含め、COVID-19騒動の背後で動いたカネについても調査する準備を進めていた。 今回の銃撃/暗殺未遂事件にどのような背景があるか現段階では明確でないが、西側支配層がフィツォの政策に怒っていることは間違いないだろう。
2024.05.17
ウラジミル・プーチン露大統領は中国政府の招待で5月16日から17日にかけて同国を訪問、習近平国家主席と会談する予定だ。3月に行われたロシアの選挙で圧勝したプーチンは5月7日に新たな任期をスタート、その最初の訪問先に「戦略的同盟国」の中国を選び、その絆を世界に示そうとしているのだろうが、10年ほど前まで中国とロシアはそのような関係になかった。 1972年2月にリチャード・ニクソン大統領(当時)が中国を訪問、北京政府を唯一の正当な政府と認め、台湾の独立を支持しないと表明して米中は国交を回復させているが、それは中国とソ連とを引き離すことも目的のひとつだった。 1980年には新自由主義の教祖的な存在だったミルトン・フリードマンが北京を訪問、中国で新自由主義が広がる。その推進役だった趙紫陽が1984年1月にアメリカを訪問、ホワイトハウスでロナルド・レーガン大統領と会談して両国の関係は緊密化していくように見えた。 新自由主義は社会的な強者に富を集中させる仕組みであり、中国でも貧富の差が拡大、労働者の不満が高まる。社会は不安定化して胡耀邦や趙紫陽は窮地に陥り、胡耀邦は1987年1月に総書記を辞任せざるをえなくなり、89年4月15日に死亡した。新自由主義を支持する学生はその日から6月4日までの期間、天安門広場で中国政府に抗議する集会を開いた。 1989年1月からジョージ・H・W・ブッシュがアメリカ大統領となったことも学生の動きに影響している可能性が高い。就任直後にブッシュはイギリスのマーガレット・サッチャー首相とソ連を崩壊させることで合意しているが、矛先は中国にも向いていただろう。 ブッシュはジェラルド・フォード政権時代の1976年1月から77年1月にかけてCIA長官を務めているが、彼はエール大学時代、CIAからリクルートされたと言われている。同大学でCIAのリクルート担当はボート部のコーチを務めていたアレン・ウォルツだと言われているが、そのウォルツとブッシュは親しかった。しかもブッシュの父親であるプレスコットは銀行家から上院議員へ転身した人物で、ウォール街時代からアレン・ダレスと親しかった。言うまでもなく、ダレスはOSSからCIAまで秘密工作を指揮していた人物だ。ブッシュは大学を卒業した後にカリブ海で活動、1974年から75年まで中国駐在特命全権公使(連絡事務所長)を務めている。 大学時代にジョージ・H・W・ブッシュと親しかったジェームズ・リリーは1951年にCIA入りしたと言われているが、そのリリーをブッシュ大統領は中国駐在アメリカ大使に据えた。リリーは中国山東省の青島生まれで中国語は堪能だ。そして中国で反政府活動が始まるが、これをを指揮していたのはジーン・シャープ。背後にはジョージ・ソロスもいたとされている。学生たちと結びついていた趙紫陽の後ろ盾は鄧小平だ。 こうした動きはあったものの、中国労働者の新自由主義に対する怒りは強く、軌道修正が図られた。それでも地方の実力者たちは新自由主義を捨てず、中国ではアカデミーやビジネスの世界に対するアメリカ影響力は強いままだった。 そこで、日本の「識者」たちはアメリカと中国との関係は絶対的で、壊れることはないと主張していた。アメリカの支配層は中国のエリートについて、自分たちに背くことはないと信じていたようだ。 そうした考えをひっくり返す出来事が2013年11月から14年2月にかけてウクライナで引き起こされた。バラク・オバマ政権がネオ・ナチを利用して仕掛けたクーデターだ。このクーデターで東部と南部を支持基盤とするビクトル・ヤヌコビッチ大統領の排除に成功した。 このクーデターにはいくつかの目的がある。アングロ・サクソンの支配者が19世紀から計画していたロシア征服の実現がひとつの目的。ロシアからEUへ天然ガスを運んでいるパイプラインがウクライナを通過しているが、ウクライナを支配下に置くことで天然ガスの輸送を止め、ロシアとEUとの関係を壊そうとしたことも目的だ。ロシアの安い天然ガスを奪うことでEUを弱体化させ、EUというマーケットを奪うことでロシアの経済を破壊できるとアメリカの支配層は計算したと考えられている。 EUの弱体化には成功したものの、ロシアは中国への接近を図った。ウクライナの状況だけでなく、2014年9月から12月にかけてアメリカとイギリスの情報機関、つまりCIAとMI6は香港で反中国運動、「佔領行動(雨傘運動)」を仕掛けたことも中国がアメリカへの信頼を失う一因になった。 中国もロシアへの接近を図り、両国は戦略的同盟関係を結ぶ。その関係を強化するために天然ガスのパイプラインや交通システムを建設、両国は経済的に強く結びつくことになった。 2015年には中国とロシアが「一帯一路」を「ユーラシア経済連合(アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、ロシア)」と連結させると宣言、中国とロシアを中心とするSCO(上海協力機構/上海合作組織)やBRICSは世界各国を引き寄せ、アメリカ中心の支配システムを揺るがしている。 ところで、1991年12月にソ連が消滅した後、ネオコンはアメリカが唯一の超大国になったと考え、好き勝手に行動できるようになったと信じた。そこで米英の私的権力はロシアの富を盗むと同時に世界制覇プロジェクトをスタートさせる。 その青写真とも言うべき存在が1992年2月に作成されたDPG(国防計画指針)草案。大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官はディック・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツだったが、ウォルフォウィッツが中心になって草案は書き上げられた。そこで、この草案は「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 目的のひとつは新たなライバルの出現を防ぐことにあり、警戒する地域には旧ソ連圏、西ヨーロッパ、東アジア、西南アジアが含まれる。また、ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に組み入れ、「民主的な平和地域」を創設するともしている。このプランに基づき、日本は1995年にアメリカの戦争マシーンに組み込まれた。 日米欧の支配層は今でも自分たちを世界の覇者になったと信じているのかもしれないが、それは妄想にすぎない。核兵器で脅し、生物兵器の準備を進めているようだが、彼らの計画通りに進むとは思えない。
2024.05.16
オーストラリアのSAS(特殊空挺部隊連隊)に所属する25名の隊員がアフガニスタンで民間人や捕虜39名以上を殺害したことを示す証拠をABC(オーストラリア放送協会)へ渡したデイビッド・マクブライドに対し、キャンベラの連邦判事は5月14日、機密情報を開示したとして懲役68カ月(5年8カ月)を言い渡した。オーストラリアの警察当局はこの件でABCを家宅捜索している。 オーストラリア軍は2001年にアメリカ軍やイギリス軍などとアフガニスタンへ軍事侵攻している。SASによる虐殺が2009年から13年にかけての時期にあったことはオーストラリア軍も2020年11月に提出した報告書の中で認めているのだが、そうした軍の犯罪行為を明らかにすることをオーストラリアの裁判官は許さないという決意を今回の判決は示したと言える。オーストラリア政府も当初から殺害に参加した軍人を処罰する意思を示していないが、その軍人は今でも自由の身だ。 アメリカは2003年にイラクを軍事侵攻したが、その作戦にもオーストラリア軍やイギリス軍は参加している。そのイラクで2007年7月にアメリカ軍のAH-64アパッチ・ヘリコプターが非武装の一団を銃撃、ロイターの特派員2名を含む十数名が殺された。 内部告発を支援してきたWikiLeaksがその様子を撮影した映像を2010年4月に公表したのだが、その映像を含む情報を提供したアメリカ軍のブラドレー・マニング(現在はチェルシー・マニングと名乗っている)特技兵は逮捕された。 WikiLeaksの象徴的な存在であるオーストラリア人のジュリアン・アッサンジは2019年4月11日、エクアドル大使館の中でロンドン警視庁の捜査官に逮捕され、イギリス版グアンタナモ刑務所と言われているベルマーシュ刑務所で拘束されている。 アメリカの当局はアッサンジをハッキングのほか「1917年スパイ活動法」で起訴している。本ブログでは繰り返し書いてきたが、ハッキング容疑はでっち上げだ。アッサンジがアメリカへ引き渡された場合、懲役175年が言い渡される可能性があるのだが、オーストラリア政府は自国民であるアッサンジのために動いているとは思えない。 アメリカ、イギリス、オーストラリアのような国々は「知る権利」を認めていないと言えるが、この3カ国は2021年9月、AUKUSなる軍事同盟を創設したと発表した。中国やロシアを仮想敵としているはずだ。 その際、アメリカとイギリスはオーストラリアに原子力潜水艦の艦隊を建造させるために必要な技術を提供するとも伝えられたが、そうした潜水艦を動かすためにはアメリカの軍人が乗り込む必要があり、事実上アメリカ海軍の潜水艦になる。山上信吾オーストラリア駐在大使はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで2022年11月14日、日本がオーストラリアの原子力潜水艦を受け入れる可能性があると表明した。 岸田文雄政権は2022年12月16日に「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額して「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにしているが、その日本政府はAUKUSへ参加しようとしている。 AUKUSが言論の自由や基本的人権を否定、国際的なルールを無視していることは明確であり、勿論、民主的でもない。日本政府が言論統制を強化しているのは必然だ。
2024.05.15
ロシアのウラジミル・プーチン大統領は新内閣の陣容を明らかにしているが、中でも国防大臣の交代が注目されている。2012年から国防相を務めていたセルゲイ・ショイグを安全保障会議の書記へ移動させ、副首相を務めていた経済を専門とするアンドレイ・ベローゾフを後任に据えた。この人事は先月、国防副大臣だったティムール・イワノフが収賄の容疑で逮捕されたことと関係があると推測する人もいる。この逮捕がショイグにも影響を及ぼしているはずだ。 ロシアがウクライナに対する攻撃を初めて間もない2022年夏にイワノフはスベトラーナ・マニオビッチと離婚しているが、これは西側によるイワノフへの「制裁」を回避することが目的だったと言われている。ヨーロッパで贅沢な生活をしていた「元妻」はイスラエルとつながりがあり、息子が留学している(徴兵逃れと言われている)というイギリスへ渡ったとも伝えられていた。 当然のことながら、ロシアでは軍事予算が膨らんでいる。イワノフが行ったような行為は許されない。彼の事件を利用してプーチン政権は軍の粛清を実行したのではないだろうか。 ベローゾフを新国防大臣に据えた理由は「軍事経済を国民経済とより深く統合する」ことにあるという。軍事予算が一般経済に悪影響を及ぼすことがないよう、先手を打ったのかもしれないが、軍事分野で進む技術的な革新を一般経済へも波及させる意図があるのかもしれない。 ロシアを壊滅させるのは簡単だとアメリカの好戦派、いわゆる「チキン・ホーク」は信じ、ロシアを「国を装ったガソリンスタンド」、「核兵器を持ったガソリンスタンド」だと表現していた。アメリカ支配層の広報誌的な存在である「フォーリン・アフェアーズ」の2006年3/4月号に掲載された論文には、アメリカのエリートはアメリカが近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てると主張する論考が載っていた。 また、ロシアについて詳しい専門家とされていたアン・アップルバウムは2018年春、プーチンたちが「技術革新と起業家精神を阻害する腐敗した経済」を作り上げ、ロシアを貧困化させたとしていたが、実際は逆だ。大多数のロシア人を地獄へ突き落とし、富を欧米の私的権力へ流していたボリス・エリツィン政権の仕組みを壊し、生活を向上させてロシアを繁栄させている。アップルバウムが西側で引っ張りだこになった理由は、西側の人びとが聞きたい話をしたからにすぎない。 プーチンがロシア経済を復活させたということは、西側の私的権力が甘い汁を吸えなくなったことを意味する。しかも軍事力も再建、アメリカ/NATOは軍事力で世界を脅すことができなくなった。プーチンに罵詈雑言を浴びせたくなる気持ちがわからないでもない。 その私的権力は2022年2月にロシアをウクライナでの戦乱に巻き込むが、先制攻撃で叩くことには失敗した。彼らはロシアに対する「経済制裁」でロシア経済は崩壊すると信じていたようだが、ロシア経済は成長し、経済の崩壊が始まったのはヨーロッパで、アメリカでも悪い影響が現れている。 エリツィン時代のロシアでは西側資本の手先になったグループが大儲けし、オリガルヒと呼ばれるようになった。例えばミハイル・ホドルコフスキー、アレックス・コナニヒン、ロマン・アブラモビッチ、ボリス・ベレゾフスキーたち。ソ連が消滅した1991年当時、ベレゾフスキーは45歳だが、その他は25歳から28歳と若い。 その背後にはソ連消滅を画策したKGB人脈が存在していたとも言われている。KGBの頭脳とも言われていたフィリップ・ボブコフのようなKGBの幹部だ。オリガルヒは犯罪組織を後ろ盾にしていたが、その組織にはソ連時代の情報機関員や治安機関員が加わっていたという。ちなみに、ミハイル・ゴルバチョフはボブコフのプランに従ってペレストロイカを進め、1990年に東西ドイツの統一を認めている。【追加】 ロシア国防省人事局長のユーリー・クズネツォフ中将が拘束され、家宅捜索が実施されたと伝えられている。クズネツォフは2010年から23年まで参謀本部第8局長を務め、国家機密保護業務を担当している。主要人事局長に任命されたのは2023年5月だという。ウクライナでの勝利が確定的になる中、軍内で掃除が始まったようだ。
2024.05.14
イギリスのデイビッド・キャメロン外相やフランスのエマニュエル・マクロン大統領はロシアを軍事的に挑発したが、ロシア政府から警告を受けた後、おとなしくなった。これは本ブログでも書いたことだが、ドイツからも好戦的な声が聞こえてくる。 アンネグレート・クランプ-カレンバウアー国防相(2019年7月から21年12月まで)の首席補佐官を務め、今はミュンヘン安全保障会議のシニア・フェローを務めるニコ・ランゲは、ロシアのミサイルやドローンを撃墜するため、ポーランド領内のパトリオット対空システムを使うべきだと主張している。壊滅状態のウクライナの防空システムを補うつもりなのだろう。 そのアイデアに賛成している議員も複数いて、その中にはCDU(キリスト教民主同盟)のローデリヒ・キーゼベッター、同盟90/緑の党のアグニェシュカ・ブルッガーやアントン・ホフライター、自由民主党のマーカス・ファーバーも含まれている。元NATO事務次長のハインリッヒ・ブラウス中将も同じだ。 イランは4月13日、ドローンとミサイルを組み合わせてイスラエルの軍事施設を攻撃した。イスラエル軍が4月1日にダマスカスのイラン領事館を空爆し、IRGC(イスラム革命防衛隊)の特殊部隊と言われているコッズのモハマド・レザー・ザヘディ上級司令官と副官のモハマド・ハディ・ハジ・ラヒミ准将を含む将校7名を殺害したことに対する報復だ。 イラン軍はイスラエルのネバティム空軍基地、ラモン空軍基地、そしてハルケレン山頂にある「サイト512」基地のAN/TPY-2 Xバンドレーダー施設を攻撃したが、その際にドローンを囮に使った。大半のミサイルはイスれるの防空網やアメリカ/NATOの戦闘機による迎撃を突破、目標に命中したと言われている。ネバティムの場合は滑走路が損傷を受けていることを示す衛星写真、ラモンの場合はミサイル攻撃を受ける様子を撮影した映像が公表された。 ウクライナでもこれと同じようにNATO軍のミサイルや戦闘機を使えると考えているのかもしれないが、相手がイランでなくロシアだということを忘れてはならない。ロシアのウラジミル・プーチン大統領はF16戦闘機がNATO諸国の飛行場で運用された場合、その飛行場は攻撃の標的になると警告している。 ドイツで外務大臣を務めるアンナレーナ・ベアボックは2022年にプラハで開かれた「フォーラム2000」で、「ドイツの有権者がどのように考えようとも、私はウクライナの人びとを支援する」と発言、昨年1月には欧州議会で「われわれはロシアと戦争している」と公言している。 NATOは今年1月から7月にかけて「ステッドファスト・ディフェンダー」と名付けられた軍事演習を実施中だが、これをロシア側はNATOが攻撃の準備をしていると考えているはずだ。直接的な軍事衝突が現実になった場合、現在の戦力ではアメリカ/NATO軍がロシア軍に勝つことは不可能だ。 この演習中、ロシア軍はバルト海周辺で電子戦のテストを実施、63時間にわたり、どの程度かは不明だが、NATOのハイテク機器に影響が出たと言われている。こうした攻撃はNATO側も想定していたはずで、どのように対応するかをロシア軍は見たかったのだろうと推測する人もいる。 アメリカの好戦派であるネオコンは1992年2月、国防総省のDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇計画を作成した。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。その中でドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、新たなライバルの出現を防ぐことが謳われている。「第3次世界大戦」が始まったのだと言う人もいる。日本がアメリカの戦争マシーンに組み込まれたのは1995年だ。 フランクリン・ルーズベルトが1945年4月12日に急死するとニューディール派の力が弱まり、ナチスを支援していたウォール街が実権を奪還した。ドイツが降伏するのはルーズベルト急死の翌月だ。 第2次世界大戦でドイツの敗北が決定的になったのは1943年1月のことである。ドイツ軍がスターリングラードで降伏したのだ。ドイツ軍は1941年9月から44年1月にかけてレニングラードを包囲、アドルフ・ヒトラーは市民を餓死させると宣言していた。その包囲戦で死亡したり行方不明になったソ連人は100万人を超したとも言われている。 包囲戦が始まって間もない1941年10月頃、ヘイスティング・ライオネル・イスメイはアドルフ・ヒトラーと同じようにモスクワは3週間以内に陥落すると推測、高みの見物をきめこんでいた。イスメイはイギリスの首相を務めていたウィンストン・チャーチルの側近で、NATOの初代事務総長になる。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015) ドイツにとって戦況が思わしくなくなっていた1942年冬、SS(ナチ親衛隊)はアメリカとの単独講和への道を探りはじめ、密使をスイスにいたOSS(戦略事務局)のアレン・ダレスの下へ派遣、ルーズベルト大統領には無断で交渉を始めた。 ダレスたちが接触した相手にはSA(突撃隊)を組織、後にヒトラーの第一後継者に指名されたヘルマン・ゲーリングも含まれる。ウォール街人脈はゲーリングを戦犯リストから外そうとしたが、ニュルンベルク裁判で検察官を務めたニューディール派のロバート・ジャクソンに拒否され、絞首刑が言い渡された。処刑の前夜、彼は何者かに渡された青酸カリウムを飲んで自殺している。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) 1944年になるとOSSのフランク・ウィズナーを介してダレスのグループがドイツ軍の情報将校、ラインハルト・ゲーレン准将(ドイツ陸軍参謀本部第12課の課長)と接触している。ゲーレンはソ連に関する情報を握っていた。ちなみに、OSS長官のウィリアム・ドノバン、ダレス、そしてウィズナーは全員、ウォール街の弁護士だ。 ダレスたちは1945年初頭にカール・ウルフなる人物に隠れ家を提供した。ウルフはハインリッヒ・ヒムラーの側近で、ナチ親衛隊の高官。さらに北イタリアにおけるドイツ将兵の降伏についての秘密会談が行われている。「サンライズ作戦」だ。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995 / Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014) 1945年5月にドイツは無条件降伏、それと同時にゲーレンはCIC(米陸軍対敵諜報部隊)に投降、携えていたマイクロフィルムには東方外国軍課に保管されていたソ連関連の資料が収められていた。 ゲーレンを尋問したCICのジョン・ボコー大尉はゲーレンたちを保護したが、彼の背後にはアメリカ第12軍のG2(情報担当)部長だったエドウィン・サイバート准将、連合国軍総司令部で参謀長を務めていたウォルター・ベデル・スミス中将がいた。(Christopher Simpson, “Blowback”, Weidenfeld & Nicloson, 1988(クリストファー・シンプソン著、松尾弌之訳「冷戦に憑かれた亡者たち」時事通信社、一九九四年)) サイバート准将とゲーレン准将は1946年7月に新情報機関の「ゲーレン機関」を創設、ナチスの残党を採用していく。ゲーレンはダレスのグループに守られ、組織は肥大化していった。 大戦後にアメリカの内部では軍の内部でソ連に対する先制核攻撃が計画され、国務省はコミュニズムに反対する亡命者、つまりナチスの元幹部や元協力者の逃走を助け、保護し、雇い入れる。1948年に始まった「ブラッドストーン作戦」だ。 この作戦で助けられた人物の中には親衛隊の幹部だったオットー・スコルツェニーやゲシュタポ幹部で「リヨンの屠殺人」とも呼ばれていたクラウス・バルビーも含まれている。この作戦を実行するための指令がNSC10/2。この指令に基づいて破壊工作を担当した極秘機関OPC(政策調整局)も設置されている。 スコルツェニーは大戦が終わってから裁判にかけられたが、拘束される前にナチスの仲間をアルゼンチンへ逃がす組織ディ・シュピンネ(蜘蛛)を設立している。1948年7月には収容施設から逃亡することに成功した。 この逃亡にはアメリカ軍憲兵の制服を着た元親衛隊将校3名が協力しているのだが、スコルツェニーはアメリカ政府が協力したと主張している。ナチスの幹部を逃走させる組織としてODESSAが知られているが、これはアメリカで使われていた逃走組織の暗号名だという。 また、アメリカの情報機関人脈は1945年から59年にかけてドイツの科学者や技術者16000名以上をアメリカへ運び、軍事研究に従事させている。「ペーパー・クリップ作戦」だ。そうした研究者の中にはマインド・コントロールに関する研究者も含まれていた。 ダレスを含むウォール街人脈がナチスの高官を保護、逃亡させ、雇用しているわけだが、そもそもウォール街はナチスのスポンサーだった。CIA長官を経て大統領になったジョージ・H・W・ブッシュはエール大学時代にCIAからリクルートされたと言われているが、ジョージの父親であるプレスコット・ブッシュは上院議員になる前、ウォール街の銀行家で、アレン・ダレスの友人だった。 プレスコットが結婚したドロシーはウォール街の大物、ジョージ・ハーバート・ウォーカーの娘。プレスコットは1924年、ウォーカーが社長を務める投資銀行A・ハリマンの副社長に就任している。この銀行を所有していたのはハリマン家だが、その一族のW・アベレル・ハリマンはプレスコットの友人。この人脈は1924年、ナチスへ資金を流すためにユニオン・バンキングを創設、プレスコットたちが重役になった。 ナチスが台頭して以来、ドイツはウォール街の支配下にあるが、支配の仕組みの中にナチス人脈も組み込まれている。そうした支配構造は今も生きているのだ。明治維新以降、現在に至るまで日本が天皇制官僚体制にあることに似ている。その天皇制官僚体制の上に存在しているのが米英金融資本だ。
2024.05.13
ネゲブ砂漠にあるイスラエル軍の軍事基地には収容所があり、パレスチナ人が劣悪な環境の中で拘束され、拷問されているという。その様子をCNNが伝えている。ネオコンの広報機関のひとつとみなされているメディアがこうした話を明らかにしたのだ。アメリカとイスラエルとの間に亀裂が入っていることは事実なのだろう。 何千人もの人びとが拘束されているが、その多くはイスラエル当局が適切な手続きを経ていない。それでも無期限に投獄できる法律が作られている。CNNによると、拘束されている人びとは人間扱いされず、拷問だけでなく、常に手錠をかけられていたために負傷し、手足を切断される人もいて、放置された傷口の腐敗臭が充満していたという。 アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権は2003年3月、アメリカ主導軍を使ってイラクを先制攻撃し、サダム・フセイン体制を破壊して100万人を超すと見られるイラク人を殺害した。 その際、アメリカの軍や情報機関は戦闘員も非戦闘員も関係なく拘束して拷問を繰り返し、少なからぬ人が殺されたと言われている。そうした行為を正当化するため、ブッシュ政権は「敵戦闘員」というタグを考え出し、捕虜の待遇について定められたジュネーブ条約(第3条約)も刑事訴訟手続きも無視することにした。 アメリカによる拷問の実態が初めて発覚したのはイラクのアブ・グレイブ収容所において。アブ・グレイブを含むイラクの収容所で拷問が横行、死者も出ているとAPが2003年11月に報道、軍隊の内部でも調査が始まった。 この収容所ではCACI、タイタン、ロッキード・マーチンのようなアメリカ企業の社員が尋問官や通訳として働き、人道に反する方法を使っていたことが明らかにされた。(William D. Hartung, “Prophets of War”, Nation Books, 2011) アブ・グレイブ収容所を管理していたのはアメリカ軍の第800憲兵旅団であり、その司令官を務めていたのはジャニス・カルピンスキー准将。2004年1月に停職になったが、その5カ月後、BBCに対し、収容所内で拷問が行われていたセクションを管理していたのは軍の情報部であり、彼女は実態を把握していなかったと主張する。当時、収容所内で撮影された写真が外部に漏れていたが、これについて彼女は兵士が独断で撮影することはありえないと主張、収容所にイスラエル人の尋問官がいたともしている。カルピンスキーは告発した後の2005年5月、准将から大佐へ降格になった(BBC, 15 June 2004) アメリカでは軍だけでなく警察も治安対策をイスラエルに学んでいる。パレスチナ人弾圧の手法がアメリカへ持ち込まれているのだ。収容所にイスラエル人の尋問官がいても不思議ではない。アメリカやイスラエルの収容所における残虐行為とガザでの虐殺は関連している。 現在、ガザで殺されているパレスチナ人はイスラエル軍とハマスとの戦闘に巻き込まれたのでなく、イスラエル軍に虐殺されているのだ。これは民族浄化作戦だ。その作戦を支えてきたのがアメリカ、イギリス、ドイツをはじめとするNATO諸国、あるいはインドなどにほかならない。 アラブ系の人びとが住んでいたパレスチナでシオニストがイスラエルの「建国」が宣言したのは1948年5月14日のこと。シオニストとはエルサレムの南東にあるシオンの丘へ戻ろうという「シオニズム運動」の信奉者で、ユーフラテス川とナイル川で挟まれている地域はユダヤ人の所有物だと考えていた。その計画を実現するため、破壊と虐殺を続けているのだ。ヨーロッパから移住してきた人びとがアメリカで行ったことを繰り返しているとも言える。 イタリアのジェノバに生まれたクリストバル・コロン(コロンブス)がカリブ海のグアナハニ島に上陸したのは1492年。ピューリタンたちを乗せたメイフラワー号がにマサチューセッツのプリマスに到着したのは1620年12月。「ピルグリム(巡礼者)・ファーザーズ」と呼ばれているプリマスについたピューリタンは「新イスラエル」を建設していると信じていたという。 イギリスでは16世紀に自分たちを「失われた十支族」の後継者だと信じる人が現れた。旧約聖書の記述によると、イスラエル民族の始祖はヤコブ。彼には12人の息子があり、それぞれ支族を形成するのだが、そのうちユダ族とベニヤミン族の後裔とされる人びとが「ユダヤ人」と呼ばれている。残りは行方不明で、旧約聖書を信じる人びとから「失われた十支族」と呼ばれている。勿論その話は神話であり、背景に史実が隠されているのかどうかは不明だ。 スチュワート朝のジェームズ6世も自分を「失われた十支族」の後継者であり、イスラエルの王だと信じていたという。そのジェームズ6世の息子、チャールズ1世は「ピューリタン革命(17世紀半ば)」で処刑されたが、その「革命」で重要な役割を果たした人物がピューリタンのオリヴァー・クロムウェル。その私設秘書を務めていたジョン・サドラーもジェームズ6世と同じように考えていた。シオニズムはこの時代から始まる。これがイギリスの権力者がパレスチナを侵略し、アラブ系住民を虐殺してきた背景でもある。 イギリス政府は1838年にエルサレムで領事館を建設、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査し、68年2月から12月、74年2月から80年4月までの期間、イギリスの首相を務めたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収した。買収資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018) ディズレーリは1881年4月に死亡、その直後からフランス系のエドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドがテル・アビブを中心にパレスチナの土地を買い上げ、ユダヤ人入植者へ資金を提供しはじめた。 シオニズムという用語を1893年に初めて使用したのはウィーン生まれのナータン・ビルンバウム。近代シオニズムの創設者とされている人物は1896年に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルだが、いずれも「熱心なユダヤ教徒」ではなかったようだ。
2024.05.12
アメリカの好戦派、いわゆる「チキン・ホーク」はロシアについて「国を装ったガソリンスタンド」、「核兵器を持ったガソリンスタンド」だと表現、自分たちはタフ・ガイぶっていた。アメリカ支配層の広報誌的な存在である「フォーリン・アフェアーズ」の2006年3/4月号に掲載された論文には、アメリカのエリートはアメリカが近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てると主張する論考が載っていた。 2008年8月、北京オリンピックの開幕に合わせてジョージア軍は南オセチアを奇襲攻撃したが、ロシア軍の反撃で完敗している。ジョージア軍にはイスラエルが2001年から武器/兵器を含む軍事物資を提供、将兵を訓練、のちにアメリカの傭兵会社も訓練に参加している。奇襲攻撃の作戦はイスラエル軍が立てたとも言われている。つまり、南オセチアではアメリカ軍やイスラエル軍がロシア軍に負けたのだ。 アメリカのバラク・オバマ政権は2011年春、アル・カイダ系武装集団を利用してリビアやシリアへの軍事侵略を開始、リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制はその年の10月に倒すことに成功、カダフィ本人はその際に惨殺。並行してシリアへも軍事侵略していたが、バシャール・アル・アサド政権を倒せないでいた。 アメリカ政府は2012年からシリアのアル・カイダ系武装集団への支援に集中、14年にはダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)を生み出した。ダーイッシュは拘束した人物の斬首を演出するなど、残虐さをアピール、それを口実にしてアメリカ/NATO軍が介入する動きを見せていたが、その前にシリア政府の要請で2015年9月末にロシア軍が介入してアル・カイダ系武装集団やダーイッシュを敗走させた。その際、ロシア軍は戦闘能力と兵器の性能が高いことを世界に示している。 オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてウクライナでネオ・ナチを利用してクーデターを仕掛け、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。ヤヌコビッチが支持基盤にしていた東部や南部の人びとはロシアの保護下に入ったり武装抵抗を始めたが、ロシア軍は介入しなかった。内戦は反クーデター軍が優勢でロシア軍が住民を保護する必要はないとクレムリンは判断したのだろう。実際、アメリカ/NATOはクーデター体制の戦力を高めるために8年を要した。 そして2022年2月、アメリカ/NATOを後ろ盾とするクーデター軍がドンバスを攻撃しようとした直前にロシア軍が介入、2月末にはウクライナ軍の敗北が明らかになり、イスラエルやトルコを仲介役として停戦交渉が行われ、ほぼ合意した。これを壊したのはイギリス政府やアメリカの政府や議会だ。 この段階から2023年途中までアメリカ/NATOはロシア軍を降伏させられると本当に信じていたようだ。西側でもウクライナの敗北は避けられないと分析されていたが、チキン・ホークは違ったようだ。言うまでもなく、彼らの見通しは間違っていた。ウクライナ軍は戦死者が膨らみ続け、国外へ脱出したウクライナ人を帰国させたり、外国人戦闘員を増やそうとしている。 ここにきてイギリスのデイビッド・キャメロン外相は、「ウクライナにはイギリスの武器を使い、ロシア領土を攻撃する権利」があると発言し、フランスのエマニュエル・マクロン大統領はNATOの地上軍をウクライナへ派遣すると口にしている。フランス軍は約1000名の兵士をオデッサへ入れ、さらに同程度の部隊が送り込む予定だとも伝えられている。 これに対し、ロシア外務省はイギリスのナイジェル・ケイシー大使を召喚、モスクワはウクライナ領の内外にあるイギリスの標的に対して報復攻撃を実施すると警告したという。具体的な話があったとも言われている。フランスのピエール・レビ大使も召喚され、警告された。 イギリス、フランス、あるいはドイツなどの政府はロシアに対して敵対的な姿勢を示し、軍事攻撃も示唆してきた。ドイツのアンナレーナ・ベアボック外相は2022年8月31日に「フォーラム2000」で「ドイツの有権者がどのように考えようとも、私はウクライナの人びとを支援する」と発言、23年1月24日に「われわれはロシアと戦争している」とPACE(総州評議会議会)で口にしている。オラフ・ショルツ独首相はアメリカ政府の圧力でロシアとの軍事衝突に向かって歩いている。簡単にロシアに勝てると信じていたのだろうEU諸国の政府はパニック状態になっているようだ。 要するにアメリカやEUの「エリート」は思考力にかけている。それをカバーするために利用したAIの判断が間違っていた可能性がある。「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」、つまり遺伝子操作薬の問題でも彼らは見通しを間違っていたのかもしれない。 COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動はアメリカの国防総省が始めたプロジェクトであり、その目的は「COVID-19ワクチン」なるタグをつけた遺伝子操作薬を世界の人びとに接種させることにあった可能性が高い。 日本のみで治験計画が進められている「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」は一種の人工ウイルスで、動物の種を超えるだけでなく植物へも伝染、生態系を破壊する可能性がある。ウクライナでアメリカ国防総省が研究開発していた「万能生物兵器」なのかもしれない。その治験で彼らが見通しを誤っていた場合、人類、最悪の場合には地球の全生態系が死滅することもありえる。
2024.05.11
ガザでイスラエル軍が行っている軍事作戦(民族浄化作戦)はアメリカ、イギリス、ドイツ、インドなどの支援がなければ不可能である。そうしたガザにおける破壊と虐殺に抗議する活動をアメリカやイギリスの学生がキャンパスで始めた。政府や大学当局は「反セム主義」だと批判、警官隊を導入して弾圧に乗り出したものの、抗議の声は収まっていない。 半年後に大統領選挙を控えているジョー・バイデン政権は「虐殺者」というイメージを払拭しようとしているようだ。ロイド・オースチン国防長官がイスラエルへの高積載弾薬納入を一時停止したと述べたのもそうした理由からだろうが、アメリカ政界における強力なロービー団体のAIPACはそうした話を非難している。 少なからぬ人が指摘しているように、イスラエル軍の攻撃能力はアメリカなどからの支援がなければ急速に低下する。これまでイスラエル軍の攻撃が続いてきたのはアメリカなどからの支援が続いてきたからである。そうした支援の結果、3万数千人以上の人が殺され、そのうち約4割が子どもであり、女性を含めると約7割に達した。食糧支援活動に従事している人びと、医療関係者、ジャーナリストも狙われてきた。 イスラエル軍は5月6日、100万人とも150万人とも言われるパレスチナ人が避難しているラファに対する空爆、それに続く地上部隊の軍事侵攻を始めたが、オースチン長官の発言はそうした中でのこと。その後、イスラエル軍のダニエル・ハガリは、どのような意見の相違も解決できると語っている。アメリカの作戦支援はイスラエルにとって安全保障支援よりも重要だという。ラファへの軍事作戦が「限定的」であり、「制御不能」にならない限り、バイデン大統領は容認するとしているとも伝えられている。アメリカ政府は特定の兵器供給を停止する一方、他の兵器を裏で渡している可能性もある。イギリス、ドイツ、インドなどが供給量を増やしていることも考えられる。 アメリカ政府の承認なしにイスラエル軍が軍事作戦を始めることはないと言われている。イランに対する大規模な攻撃を実施しないという条件でアメリカ政府はイスラエル政府に対してラファ攻撃を認めたとエジプトの高官が語ったと伝えられていた。 イスラエルの「建国」をシオニストが宣言したのは1948年5月14日のこと。シオニストとはエルサレムの南東にあるシオンの丘へ戻ろうという「シオニズム運動」の信奉者で、ユーフラテス川とナイル川で挟まれている地域はユダヤ人の所有物だと考えていた。 シオニズムという用語を1893年に初めて使用したのはウィーン生まれのナータン・ビルンバウムで、近代シオニズムの創設者とされている人物は1896年に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルだが、その背後にはイギリスの強大な私的権力が存在していた。 イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設し、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査している。 1868年2月から12月、74年2月から80年4月までの期間、イギリスの首相を務めたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収したが、その際に資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018)ディズレーリは1881年4月に死亡、その直後からフランス系のエドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドがテル・アビブを中心にパレスチナの土地を買い上げ、ユダヤ人入植者へ資金を提供しはじめる。 イギリスは第1次世界大戦(1914年7月から18年11月)の最中にフランスと「サイクス・ピコ協定」を結んでいる。オスマン帝国を解体し、両国で分割することを決めていたのだ。これは秘密協定だったが、ロシアの十月革命で成立したボルシェビキ政権によって明るみに出されたのである。 協定が結ばれた翌月の1916年6月にイギリス外務省アラブ局はアラブ人を扇動して反乱を起こさせた。その部署にはトーマス・ローレンス、いわゆる「アラビアのロレンス」も所属していた。その当時、イギリスはエージェントを後のサウジアラビア国王でワッハーブ派のイブン・サウドに接触させている。 パレスチナに「ユダヤ人の国」を建設する第一歩と言われる書簡をアーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ出したのは1917年11月のこと。これがいわゆる「バルフォア宣言」だ。 イギリスは1920年から1948年の間パレスチナを委任統治、ユダヤ人の入植を進めたが、1920年代に入るとパレスチナのアラブ系住民は入植の動きに対する反発を強める。 そうした動きを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用した。この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立され、殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。そして1936年から39年にかけてパレスチナ人は蜂起。アラブ大反乱だ。 1938年以降、イギリス政府は10万人以上の軍隊をパレスチナに派遣する一方、植民地のインドで警察組織を率いていたチャールズ・テガートをパレスチナへ派遣、収容所を建設する一方、残忍な取り調べ方法を訓練した。イギリス軍はパトロールの際、民間のパレスチナ人を強制的に同行させていたともいう。 委任政府は外出禁止令を出し、文書を検閲、建物を占拠、弁護人を受ける権利を停止する一方、裁判なしで個人を逮捕、投獄、国外追放している。この政策はイスラエル政府の政策につながる。 反乱が終わるまでにアラブ系住民のうち成人男性の10パーセントがイギリス軍によって殺害、負傷、投獄、または追放された。植民地長官だったマルコム・マクドナルドは1939年5月、パレスチナには13の収容所があり、4816人が収容されていると議会で語っている。その結果、パレスチナ社会は荒廃、1948年当時、イスラエルの「建国」を宣言したシオニストの武装組織に対して無防備な状態となっていた。 イギリスが中東支配を始めた理由には軍事的、あるいは経済的な側面があるが、それだけでなく宗教的な理由もあった。 16世紀になると、イギリスでは自分たちを古代イスラエルの「失われた十支族」の後継者だと信じる人が現れた。そのひとりがスチュワート朝のジェームズ6世で、自分はイスラエルの王だと信じていたという。そのジェームズ6世の息子、チャールズ1世は「ピューリタン革命(17世紀半ば)」で処刑されたが、その「革命」で重要な役割を果たした人物がオリヴァー・クロムウェル。その私設秘書だったジョン・サドラーも同じように考えていた。 旧約聖書の記述によると、イスラエル民族の始祖はヤコブだとされている。彼には12人の息子があり、それぞれ支族を形成、そのうちユダ族とベニヤミン族の後裔とされる人びとが「ユダヤ人」と呼ばれているのだ。残りは行方不明で、旧約聖書を信じる人びとから「失われた十支族」と呼ばれているのだが、その話は神話であり、史実に基づいているのかどうかは不明である。 旧約聖書が主張したかったのはユダ族とベニヤミン族が「ユダヤ人」だということだが、後の時代にある種の人びとは自分たちの妄想を「失われた十支族」という話の中に投影させたということだろう。 ところで、クロムウェルはキリストの再臨を信じ、「道徳的純粋さ」を達成しようと考えたようだ。そのためにユダヤ人は離散した後にパレスチナに再集結し、ソロモン神殿を再建すると考えていたというが、彼の一派は打倒され、国教会の君主制が復活、ユダヤ人のための国家創設提案(シオニズム)は放棄された。 それが復活するのは18世紀、アメリカにおいてだ。18世紀以降、数秘術などオカルト的な要素が加わり、優生学を結びつくことになる。アメリカを支配していると言われているWASPは白人、アングロ・サクソン、そしてプロテスタントを意味していると言われているが、アメリカの友人によると、「P」はプロテスタントではなくピューリタンのイニシャルであり、WASPはクロムウェルの後継者だともいう。 19世紀の後半、イギリスではビクトリア女王にアドバイスしていたネイサン・ロスチャイルド、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット、そしてセシル・ローズらが大きな権力を握っていた。 イギリスはボーア戦争(南アフリカ戦争/1899年~1902年)で金やダイヤモンドを産出する南アフリカを奪い取ることに成功、ローズはその戦争で大儲けしたひとりだ。その侵略でウィンストン・チャーチルも台頭してくる。 1871年にNMロスチャイルド&サンの融資を受けて南部アフリカでダイヤモンド取引に乗り出して大儲けしたセシル・ローズはアングロ・サクソンを最も高貴な人種だと考えていた。優生思想だ。 ローズは1877年6月にフリーメーソンへ入会、『信仰告白』を書いている。その中で彼はアングロ・サクソンが最も優秀な人種だと主張、その優秀の人種が住む地域が増えれば増えるほど人類にとってより良く、大英帝国の繁栄につながるとしている。秘密結社はそのために必要だというわけだ。 1890年にローズはロンドンでナサニエル・ド・ロスチャイルドのほか、ステッド、ブレット、ミルナー、サリスバリー卿(ロバート・ガスコン-セシル)、ローズベリー卿(アーチボルド・プリムローズ)たちへ自分のアイデアを説明、そのうちローズ、ロスチャイルド、ブレット、ステッドの4人が協会の指導者になったとされている。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013) ステッドによると、ローズはチャールズ・ダーウィンの信奉者で、トーマス・マルサスの『人口論』から影響を受けたとされている。ダーウィンの従兄弟にあたるフランシス・ゴールトンは優生学の創始者だが、その優生学は人口論と結びつく。人口の爆発的増加を防ぐために「劣等」な人間を削減の対象にしようというわけだ。ハーバート・スペンサーもダーウィンの仮説を社会へ持ち込んだ人物である。ローズも優生学を信奉していた。 貧困問題の原因を社会構造でなく先天的な知能の問題に求め、産児制限を提唱、フェミニストの運動を支持していたマーガレット・サンガーもマルサスの人口論やゴールトンの優生学を信奉していた。彼女は劣等な人間は生まれつきだと考え、そうした人間が生まれないようにしようということになるからだ。 キャロル・クィグリーによると、1901年まで「選民秘密協会」を支配していたのはローズ。彼以降はアルフレッド・ミルナーを中心に活動した。ミルナーはシンクタンクのRIIA(王立国際問題研究所)を創設した人物としても有名で、「ミルナー幼稚園」や「円卓グループ」も彼を中心に組織されたという。アメリカのCFR(外交問題評議会)はRIIAの姉妹組織だ。 こうした歴史を考えると、シオニストはクロムウェルの後継者だと考えるべきで、イギリス、アメリカ、イスラエルは同じ国だということになる。イギリスとアメリカを支配している金融資本がナチスを資金面から支えていたことは明確になっているが、その私的権力と根が同じシオニストがナチズムと親和性が高いことも必然だ。
2024.05.10
100万人とも150万人とも言われるパレスチナ人が避難しているガザ南部のラファに対する攻撃をイスラエル軍は5月6日に開始した。ハマスはエジプトとカタールの停戦提案を受け入れる用意があると発表した直後のことだ。この攻撃でイスラエル軍は検問所を制圧、人道支援の重要ルートを遮断。銃撃が爆撃での殺害はイメージが悪いため、兵糧攻めで人びとを餓死させるつもりだろう。 ガザでは2月29日に小麦粉を積んだ援助トラックがイスラエル軍に攻撃され、少なくとも112名が殺され、数百人が負傷した。援助トラック31台は検問所から北へ向かい、所定の場所で小麦粉や缶詰の入った箱を降ろし始めたところを兵士が自動小銃で銃撃、さらに戦車からの発砲もあった。アル・ジャジーラによると、「発砲後、イスラエル軍の戦車が前進し、多くの死傷者を轢いた」という。犠牲者の多くは胴体や頭に銃弾を受けた状態で病院へ運ばれていることから、兵士は殺害を目的として銃撃していると言われている。 4月2日にイスラエル軍はガザで支援活動に従事していたWCK(ワールド・セントラル・キッチン)のメンバー7名を乗せた自動車の車列をドローンで攻撃、全員を殺害している。そのうち3名はセキュリティーを担当していたイギリスの元軍人で、イギリスのメディアは少なくともふたりは特殊部隊員だったと伝えている。 こうしたイスラエル軍によるガザでの破壊と殺戮をアメリカやドイツと同じようにイギリスも支援している。インド国防省傘下のインディア社が今年1月にイスラエルへ製品を輸出する許可を与えられ、弾薬や爆発物をイスラエルに供給しているとすることがここにきて明らかにされた。また、PEL(プレミア・イクスプロシブ)社がSCOMET(特殊化学物質、生物、材料、設備および技術)のライセンスに基づいて爆発物とその関連付属品をイスラエルに輸出していると伝えられている。 イギリスの元軍人が殺された日もイギリス空軍(RAF)の偵察機がガザ上空から監視飛行を実施、地上を撮影していた。昨年12月からRAFはガザの上空を監視飛行、その回数は200回に達すると言われている。こうしたスパイ飛行はキプロスにあるイギリスのアクロティリ空軍基地から離陸しているという。 2月13日にアクロティリ基地から離陸したイギリス空軍のISR(情報収集・監視・偵察)機、シャドウR1はイスラエルのベールシェバへ飛行しているが、ここにはイスラエル空軍のネバティム基地がある。4月13日にイラン軍はラモン空軍基地、そしてハルケレン山頂にある「サイト512」基地のAN/TPY-2 Xバンドレーダー施設、そしてネバティム基地を攻撃している。イスラエル軍は4月1日にダマスカスのイラン総領事館を攻撃、イスラム革命防衛隊(IRGC)幹部を殺害しているが、それに対する報復だった。
2024.05.09
非戦略核戦力を実戦で使用する能力を高めるための演習をロシア軍南部軍管区に所属するミサイル部隊は近い将来に実施するとロシア国防省は5月6日に発表した。航空機や艦船も参加するようだ。ウラジミル・プーチン露大統領の指示によるものだという。 この発表はロシアに対する挑発的な発言が増えている西側諸国に対する警告だと考えられ、ロシア外務省はイギリスのナイジェル・ケイシー大使を召喚した。デイビッド・キャメロン外相が「ウクライナにはイギリスの武器を使い、ロシア領土を攻撃する権利」があると発言したことに対する警告だ。キャメロン外相はキエフを訪問した際、ウクライナはイギリスの武器を使ってロシア国内を攻撃する「絶対的な権利を持っている」と述べている。 それに対し、ロシア外務省は「ウクライナがロシアの領土でイギリスの武器を使って攻撃した場合、ウクライナ領土内外のイギリスの軍事施設や設備が攻撃される可能性がある」と警告したという。 また、フランスのピエール・レビ大使も召喚された。同国のエマニュエル・マクロン大統領はNATOの地上軍をウクライナへ派遣すると口にし、フランス軍部隊約1000名がオデッサへ入ったと伝えられている。さらに同程度の部隊が送り込まれる予定だともいう。セルゲイ・ナリシキンSVR(ロシアの連邦対外情報庁)長官は3月19日、フランス政府がウクライナへ派遣する部隊を準備しているとする情報を確認、初期段階では約2000人を派遣する予定だとしていた。 この程度の戦力で戦況が変化することはなく、ロシア政府は容認すると考え、「タフ・ガイ」を演じられると思ったのかもしれないが、戦闘部隊をウクライナへ入れる行為自体を許さないということだ。「この程度」を許せば、エスカレートしていく。 言うまでもなく、ロシア政府の英仏両国の大使召喚は非戦略核戦力の演習計画発表と関係している。 すでにウクライナ軍は壊滅状態で、徴兵の年齢制限をさらに緩和するだけでは間に合わず、国外へ脱出したウクライナ人を帰国させたり、外国人戦闘員を増やすしかない状態。西側からの資金供給が途絶えれば夏頃にはデフォルトだと言われている。 ロシア軍は1月16日にハリコフを攻撃した際、軍事施設のほか旧ハリコフ・パレス・ホテルを破壊したが、この旧ホテルは西側の情報機関や軍関係者に使われていて、爆撃された際、200人近くの外国人傭兵が滞在していたと言われている。その攻撃で死傷した戦闘員の大半はフランス人傭兵で、そのうち約60名が死亡、20人以上が医療施設に搬送されたと伝えられている。 ここにきてアメリカは最大射程距離300キロメートルの戦術ミサイルシステム「ATACMS」をウクライナへ供給したが、アメリカが開発された「HIMARS(高機動ロケット砲システム)」、英仏で開発された長距離巡航ミサイル「ストーム・シャドー(SCALP-EG)」、戦車はアメリカ製のM1エイブラムス、イギリス製のチャレンジャー2、ドイツ製のレオパルト2などが供給されてきた。西側の宣伝とは違い、いずれも戦場で無惨な姿を晒しているが、こうした兵器を動かす要員も提供国が派遣していたと言われている。 ル・フィガロ紙の特派員、ジョージ・マルブルノによると、ウクライナではアメリカ陸軍のデルタ・フォース(第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊)やイギリス陸軍のSAS(特殊空挺部隊)が戦闘に参加、フランス軍も兵士を送り込んでいる疑いがあるとされていた。 バラク・オバマ政権は2014年2月にビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒し、ネオ・ナチ体制を樹立させたが、その直後にCIAやFBIの専門家数十名を顧問として送り込み、傭兵会社の「アカデミ(旧社名はブラックウォーター)」の戦闘員約400名もウクライナ東部の作戦に参加させていた。2015年からはCIAがウクライナ軍の特殊部隊をアメリカの南部で訓練している。それでも足りず、「ミンスク合意」で時間を稼ぎ、クーデター体制の戦力を強化したわけだ。
2024.05.08
ガザ南部のラファには100万人とも150万人とも言われるパレスチナ人が避難している。そのラファに対する攻撃をイスラエル軍は5月6日に始めた。絨毯爆撃を実施すると同時に地上部隊を軍事侵攻させたと伝えられている。イランに対する大規模な攻撃を実施しないという条件でアメリカ政府はイスラエル政府に対してラファ攻撃を認めたと伝えられていた。ラファに避難している人びとに対し、イスラエル政府は破壊済みの場所へ「避難」するように求めているが、要するに、「立ち退きに応じなければ殺す」と脅しているようなものだ。 攻撃の直前、ハマスはエジプトとカタールの停戦提案を受け入れる用意があると発表している。ハマスによると、この提案にはガザからのイスラエル軍を撤退させ、避難しているパレスチナ人の帰還、さらにはイスラエル人捕虜とパレスチナ人捕虜の交換が含まれているのだが、イスラエル政府はこの提案はイスラエルの要求を満たしていないと主張、話し合いのために代表団を仲介国へ派遣するとしていた。 イスラエル軍によるガザでの破壊と虐殺はアメリカ/NATOの支援なしには不可能。ジョー・バイデン政権はイスラエルにブレーキをかけているかのような演出をし、自らを「善玉」に見せようとしているが、実態は共犯だ。 そのアメリカ/NATOは5月7日にウラジミル・プーチンが大統領に就任するのに合わせ、ロシアに対する大規模な軍事作戦、テロ攻撃、ドイツなどでの偽旗作戦などを実行する可能性があると噂されている。
2024.05.07
権力は情報と資金が流れる先に生まれ、強大化していく。新自由主義が世界を席巻していた1980年代、「トリクル・ダウン」なる政策が推進され、強者はより強く、弱者はより弱くなった。富裕層へ資金を流せば貧困層へも流れていくはずはないのだ。権力を握るためには資金と同じように情報を握ることも重要だ。支配者は情報を入手する仕組みを築く一方、被支配者が情報を入手できないようにする。 日本で導入された住民基本台帳ネットワークやマイナンバー制度は個人情報を集中管理するためのものだが、その情報は日本政府を経由してアメリカの私的権力へ伝えられるはずだ。 岸田文雄内閣は昨年10月13日、「マイナンバーカード」と健康保険証を一体化させ、現在使われている健康保険証を2024年の秋に廃止する計画の概要を発表したが、これは「カード取得の実質義務化」であるだけでなく、政府が接種を推進してきた「mRNAワクチン」の副作用を調べるためにも便利な制度だ。治験結果を集め、分析するためにもマイナンバーカード付きの健康保険証は必要なのだろう。 政府や自治体は個人情報を集め、保管しているが、銀行、クレジット会社、交通機関など私企業にも情報は存在している。それらを集めて一括管理、そして分析するシステムを米英の情報機関は開発してきた。おそらく中国やロシアでも研究されているだろう。 1970年代にアメリカではPROMISと名付けられたシステムがINSLAW社によって開発された。不特定多数のターゲットを追跡、情報を収集、蓄積、分析することができ、アメリカやイスラエルの情報機関だけでなく日本の検察も関心を持っていた。追跡するターゲットは反体制派、環境保護派、労働組合、ジャーナリスト、政敵、カネ、プルトニウム、あるいは全国民、全人類でもかまわない。 検察の人間でINSLAW社に接触したのは敷田稔。後に名古屋高検の検事長に就任する。敷田の上司だった原田明夫は後の検事総長。駐米日本大使館の一等書記官だった当時、原田もこのシステムを調べている。法務総合研究所は1979年3月と80年3月、このシステムに関する報告を概説資料と研究報告の翻訳として、『研究部資料』に公表している。 アメリカでは国防総省もそうしたシステムの研究開発を進めてきた。その中心であるDARPA(国防高等研究計画局)が開発したTIAは、個人の学歴、銀行口座の内容、ATMの利用記録、投薬記録、運転免許証のデータ、航空券の購入記録、住宅ローンの支払い内容、電子メールに関する記録、インターネットでアクセスしたサイトに関する記録、クレジット・カードのデータを含むあらゆる個人データが収集、分析されている。(William D. Hartung, “Prophets Of War”, Nation Books, 2011)2001年9月にはMATRIXと名づけられた監視システムの存在が報じられた。(Jim Krane, 'Concerns about citizen privacy grow as states create 'Matrix' database,' Associated Press, September 24, 2003) MATRIXを開発、運用していた企業はフロリダ州を拠点とするシーズント社で、同州知事でジョージ・W・ブッシュ大統領の弟、ジェブ・ブッシュも重要な役割を演じたとされている(Jennifer Van Bergen, "The Twilight of Democracy," Common Courage Press, 2005)が、ACLU(アメリカ市民自由連合)によると、シーズント社はスーパー・コンピュータを使い、膨大な量のデータを分析して「潜在的テロリスト」を見つけ出そうとしていた。 どのような傾向の本を買い、借りるのか、どのようなタイプの音楽を聞くのか、どのような絵画を好むのか、どのようなドラマを見るのか、あるいは交友関係はどうなっているのかなどを調べ、個人の性格や思想を洗い出そうとしたのだ。図書館や書籍購入の電子化、スマートテレビの普及などと無縁ではない。勿論、インターネット上でのアクセス状況も監視される。 かつて封書が通信の中心だった時代もあるが、電話の時代も過ぎ、最近はインターネットが利用されている。電子メールやそれに類する手段が一般的になっているが、このインターネットの前身は、ARPA(後のDARPA)が1969年に開発したARPANET(高等研究計画局ネットワーク)だ。ネットワーク局NBCのフォード・ローワンは1975年にARPANETがアメリカ人を監視するために使われていると伝えた。(Yasha Levine, “Surveillance Valley,” Hachette Book Group, 2018) 電話やインターネットのような電子技術を利用した通信手段を傍受する情報機関が存在する。アメリカのNSAやイギリスのGCHQが代表格である。この2機関は連携、UKUSAという連合体を編成、地球規模の通信傍受システムECHELONを開発した。1988年、この通信傍受システムの存在をダンカン・キャンベルは明るみに出したが、このジャーナリストは1970年代にGCHQの存在も明らかにしている。 カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの電子情報機関もUKUSAに加わっているが、NSAやGCHQの下で活動しているだけ。米英の機関と同等の立場で連携しているのはイスラエル軍の8200部隊だと言われている。この部隊はイスラエル軍の情報機関AMAN(イスラエル参謀本部諜報局)のSIGINT(電子情報)部門だ。 8200部隊は少なからぬ「民間企業」を設立、その一つであるカービンはあのジェフリー・エプスタインと関係が深い。カービンの重役は大半が8200部隊の「元将校」だ。エプスタイン自身もAMANのエージェントだったと言われている。 個人情報を収集するセンサーは人間の体内へ入ろうとしている。国連でも推進されているデジタルIDはチップ化され、それを体内にインプラントする計画があるのだ。 例えば、WEFのクラウス・シュワブは2016年1月にスイスのテレビ番組に出演し、そこでマイクロチップ化されたデジタル・パスポートについて話している。チップを服に取り付けるところから始め、次に皮膚や脳へ埋め込み、最終的にはコンピュータ・システムと人間を融合、人間を端末化しようと考えているようだ。 人間をサイバー・システムの一部にしようということだろうが、シュワブたちは、そのサイバー・システムにコンピュータ・ウィルスを蔓延させ、「パンデミック」を引き起こそうとしている疑いがある。
2024.05.07
アメリカのバラク・オバマ政権がウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すため、ネオ・ナチを手先に利用してクーデターを実行したのは2013年11月から14年2月にかけてのことだったが、ヤヌコビッチの支持基盤だった東部と南部の人びとはクーデターを拒否、そこでアメリカを後ろ盾とするクーデター政権は東部や南部の制圧に乗り出した。 オバマ政権でクーデターを指揮していたのは副大統領だったジョー・バイデン、国務次官補だったビクトリア・ヌランド、そして副大統領の国家安全保障担当補佐官を務めていたジェイク・サリバン。2021年1月にバイデンが大統領に就任すると、サリバンは国家安全保障補佐官になり、ヌランドは同年5月から国務次官を務め始めた。 バイデン、ヌランド、サリバンのトリオは対ロシア戦争を始めたと言えるが、ネオコン(シオニスト)はソ連が消滅した直後、1992年2月に国防総省のDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇プランを作成している。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。このプランに基づき、アメリカが日本を彼らの戦争マシーンに組み込んだのは1995年のことだった。 そして1999年3月、アメリカはNATOを利用してユーゴスラビアに対する侵略戦争を開始するが、これはロシア侵略の始まりでもあった。そして2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、それを口実にしてウォルフォウィッツ・ドクトリンは始動する。 2008年8月に南オセチアをジョージア軍が奇襲攻撃、ロシア軍の反撃で惨敗しているが、この攻撃の黒幕はイスラエルとアメリカだ。ジョージアは2001年からイスラエルの軍事支援を受け、武器/兵器を含む軍事物資を提供されるだけでなく、将兵の訓練も受けていた。後にアメリカの傭兵会社も教官を派遣している。事実上、イスラエル軍とアメリカ軍がロシア軍に負けたのだ。 しかし、ネオコンは反省しない。オバマ大統領は中東での軍事作戦をスタートさせる。ムスリム同胞団を使った体制転覆作戦を始動させるため、2010年8月にPSD-11を承認したのだ。そして「アラブの春」は始まった。 2011年春にはサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とするアル・カイダ系武装集団を利用してリビアやシリアに対する侵略戦争を開始、リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制は同年10月に倒されるが、シリアのバシャール・アル・アサド政権は倒れない。 そこで新たな武装集団としてダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)を2014年に登場させ、15年にロシア軍が介入してダーイッシュを敗走させるとオバマ政権はクルドと手を組むが、それが引き金になってアメリカはトルコとの関係を悪化させる。シリアでもロシア軍の強さが明確になるが、それでもネオコンは反省しない。 中東でダーイッシュを出現させた2014年、オバマ政権がウクライナでヤヌコビッチ政権を倒し、ロシアと中国を接近させることになる。ウクライナのクーデター政権は2014年の5月2日にオデッサで反クーデター派の住民を虐殺、5月9日に東部の都市へ戦車を含む部隊を派遣して住民を殺傷した。 5月9日は旧ソ連圏の戦勝記念日。第2次世界大戦でドイツに勝利した日ということで、例年、ウクライナの東部でも住民が外へ出て祝っている。それを狙い、キエフのクーデター政権は東部のアルドネツク州マリウポリなどに戦車を突入させたのだ。クリミアやオデッサと同様、マリウポリは軍事的にも経済的にも重要な場所である。 デレク・チョレット米国防次官補がキエフ入りしていた6月2日、クーデター政権はルガンスクの住宅街を空爆、住民を殺している。住宅の爆撃を西側やキエフ政権は否定していたが、インターネットで映像がされている。OSCE(欧州安保協力機構)も空爆が行われたことを認めている。
2024.05.06
アラブ人の住む豊かな土地に「自分たちの国」を作るという妄想に取り憑かれ、欧米の強大な私的権力の支援を受けてその妄想を現実にしたシオニスト。彼らは現在、ガザで住民を虐殺し続けている。3万5000人以上のパレスチナ住民が殺されたと言われているが、瓦礫の下で死んでいる人は数千人なのか数万人なのか不明だ。 イスラエルによる破壊と殺戮を可能にしているのはアメリカをはじめとする「西側」の支援があるからにほかならない。ガザでの虐殺が問題になっているにも関わらず、こうした国々は資金や武器弾薬をイスラエルに提供し続けている。こうした支援が止まれば、すぐにガザでの破壊と虐殺は止まる。つまり破壊と虐殺の黒幕は西側諸国を支配している私的権力にほかならない。アメリカの大学で学生が抗議している相手はこうした私的権力である。 アメリカでは学生の抗議活動が広がっているが、その中心的な存在はニューヨークにあるコロンビア大学。この大学では抗議活動を弾圧するために警官隊を導入し、数百人の学生が逮捕されたという。同じ動きはアメリカ全土に広がり、全体では1500人以上の学生が逮捕されたと伝えられている。 コロンビア大学における警官隊の導入、学生弾圧への道を開いたのはニューヨーク市警で対テロ部門を率い、同大学のSIPA(国際公共政策大学院)で非常勤教授を務めるレベッカ・ウェイナー。CFR(外交問題評議会)のメンバーであり、彼女の祖父はマンハッタン計画に参加、後に水爆の設計にも関わった人物。単なる警察官僚ではない。 ウェイナーがニューヨーク市警へ入ったのは2006年だが、その前にはハーバード大学のジョン・F・ケネディ行政大学院のベルファー科学国際問題センターで国際安全保障フェローを、またOECD(経済協力開発機構)でバイオテクノロジー担当コンサルタント、外交問題評議会では科学技術研究員を務めた。アメリカやイスラエルの情報機関と何らかの関係があるのかもしれない。 アメリカの学生はガザでの虐殺に抗議の声を上げ、国家権力の弾圧を受けているが、「リベラル」であり、「人権派」と見なされている知識人は沈黙している。その典型例がレバノンとイギリスの二重国籍でパレスチナ系の弁護士、アマル・クルーニーだ。昨年10月7日からイスラエル軍はガザで破壊と殺戮を繰り広げているが、彼女はこの問題について沈黙している。 彼女の顧客にはWikiLeaksのジュリアン・アッサンジも含まれているが、タイム誌が2022年に「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」に選ぶような人物で、アメリカの支配システムから抜け出すようなタイプではないだろう。 彼女とマーチン・ルーサー・キング牧師は本質的に違う。牧師はリンドン・ジョンソン政権が始めたベトナム戦争に反対、1967年4月4日にニューヨークのリバーサイド教会で「ベトナムを憂慮する牧師と信徒」が主催する集会に参加、「なぜ私はベトナムにおける戦争に反対するのか」という話をしている。その丁度1年後、テネシー州メンフィスで暗殺された。支配層の定めた枠から飛び出したからだ。 現在の支配システムは19世紀のイギリスで生まれた。その中心には金融資本が存在している。中東にサウジアラビアやイスラエルを作り上げたのも彼らに他ならない。「自由」、「民主主義」、「人権」といった衣をまとっているが、実態は侵略、破壊、殺戮、略奪によって富を築いてきた帝国主義以外の何物でもない。イギリスもアメリカもイスラエルも彼らの国である。
2024.05.05
今から10年前、2014年の5月2日にウクライナのオデッサで反クーデター派の住民がネオ・ナチの集団に虐殺された。ネオ・ナチを操っていたのはアメリカのバラク・オバマ政権だ。 その日の午前8時にオデッサへ到着した列車にはサッカー・ファンの一団が乗っていたのだが、その一団をネオ・ナチの「右派セクター」が挑発、ネオ・ナチ主導のクーデターを拒否していた住民の活動拠点だった広場へ誘導していく。ナチズムが浸透していたサッカー・ファンと反クーデターと反クーデター派住民とは対立関係にあった。その一方、広場に集まっていた住民に対し、ネオ・ナチのメンバーは右派セクターが襲撃してくるので労働組合会館へ避難するように説得、女性や子どもを中心に住民は建物の中へ逃げ込んだ。その建物の中で住民はネオ・ナチのグループに虐殺される。 焼き殺された人もいたが、撲殺したり射殺した後、焼かれた人もいたようだ。その際、屋上へ逃げられないよう、ネオ・ナチはドアはロックしていた疑いがある。このとき50名近くの住民が殺されたと伝えられているが、これは地上階で確認された死体の数にすぎない。地下室で惨殺された人を加えると120名から130名になると現地では言われている。 この虐殺の前、4月12日にCIA長官だったジョン・ブレナンがキエフを極秘訪問、14日にはクーデター政権が東部や南部の制圧作戦を承認し、22日にはジョー・バイデン米副大統領がキエフを訪れ、その直後から軍事力の行使へ急速に傾斜していった。バイデンのキエフ入りに合わせ、クーデター政権は会議を開いてオデッサ攻撃について話し合っている。5月2日の虐殺をその結果だ。 旧ソ連圏では第2次世界大戦でドイツに勝利した5月9日は戦勝記念日として祝われていた。ウクライナの東部でも住民が外へ出て祝うことが予想されたいたが、バラク・オバマ政権を後ろ盾とするクーデター政権はそれを狙い、キエフのクーデター政権は東部のアルドネツク州マリウポリ市に戦車を突入させ、住民を殺しはじめる。 それに対し、マリウポリの住民は素手で抵抗を始めるが、クーデター政権はネオ・ナチを中心に編成した内務省のアゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)を送り込んで制圧、拠点にした。 6月2日にクーデター政権はルガンスクの住宅街を空爆、住民を殺しているが、その日、デレク・チョレット米国防次官補がキエフ入りしていた。住宅の爆撃を西側やキエフ政権は否定していたが、インターネット上にアップロードされた映像を見れば、空爆が行われた可能性は高いことがわかる。OSCE(欧州安保協力機構)も空爆があったことを認めていた。
2024.05.04
ガザで破壊と虐殺を繰り広げているイスラエル政府を批判、パレスチナ人を支持する抗議活動がアメリカの大学で広がっている。その抗議活動を弾圧するために大学当局は警官隊を導入、暴力的な排除に乗り出した。アメリカにおける大学の授業料は多額だが、富裕層や企業からの資金なしで運営できない仕組みになっている。こうした富裕層や企業はシオニストであり、今回のようなパレスチナ支援の行動を許さない。 アメリカでも若者は社会の不正に沈黙を守ってきた。ベトナム戦争当時のような抗議活動が引き起こされないよう対策を講じてきたからだろう。高額の授業料もそうした方策のひとつだ。 本ブログでも繰り返し書いてきたが、アメリカはカネとコネの社会である。「アイビー・リーグ」と呼ばれている有力大学でも、資産とコネがあれば愚かな人物でも入学が認められる。その前段階として膨大な学費が必要な私立の進学校へ子どもを通わせる必要もある。その一方、公教育は崩壊状態だ。 大学の授業料を払えない場合、女性なら「シュガー・ベイビー」なるシステムを使う学生もいる。女子大学生(シュガー・ベイビー)と富裕な男性(シュガー・ダディー)を引き合わせ、「デート」のお膳立てをするというビジネスが存在するのだ。売春の斡旋と見られても仕方がないだろう。現代版のクルチザンヌだと言う人もいる。 体を売らなければ大学へ通えないという状況はアメリカ以外の国でも問題になっている。例えば2012年11月イギリスのインディペンデント紙は学費を稼ぐための「思慮深い交際」を紹介するビジネスの存在を明らかにした。日本では「援助交際」と表現されている行為だ。 アメリカと同じアングロ・サクソンの国、イギリスも事態は深刻なようだ。昨年11月にイギリスのインディペンデント紙が行った覆面取材の結果、学費を稼ぐための「思慮深い交際」を紹介する、いわゆる「援助交際」を仲介するビジネスの存在が明らかになったのである。 体を売るような手段で学費を稼がずに済んでも、富豪の子供でない限り、学資ローンで卒業時に多額の借金を抱えることになる。その借金を返済するためには高収入の仕事に就かねばならない。その仕事を失えば破産だ。医師や弁護士が権力者の不正に沈黙する理由のひとつはここにある。アメリカの学生はこうしたハードルを乗り越え、立ち上がったとも言える。 こうした抗議行動はアメリカの実態を浮かび上がらせた。シオニストと政府、議会、有力メディアが深く結びついていることが明確になっている。この問題ではジョー・バイデンとドナルド・トランプに大差はない。イスラエルによる虐殺を政府、議会、有力メディアなどは容認しているのだ。 ガザでイスラエル軍がこうした行為を続けられるのは、勿論、アメリカ、イギリス、ドイツをはじめとする欧米諸国がイスラエルを支援しているからにほかならない。 彼らの行動は彼らが虐殺を望んでいることを示している。イスラエルの行動に手を焼いているかのような発言も伝えられているが、アメリカ/NATOが資金や武器弾薬の供給を止めれば虐殺は続けられないのだ。アメリカ/NATOがその気になれば虐殺はすぐに止まる。 そうした意味で、アメリカ支配層にとって学生の抗議活動は望ましいとも言える。ガザでの破壊と虐殺により、世界でアメリカから離反する動きが強まっている中、こうした抗議活動があれば、「まだアメリカという仕組みは健全だ」と錯覚する人もいるかもしれない。 しかし、抗議活動がさらに広がる可能性もあるのだが、ベトナム戦争の際の経験に基づき、支配層はすでに準備を済ませている。 公民権運動の指導者として知られるマーチン・ルーサー・キング牧師がニューヨークのリバーサイド教会で「なぜ私はベトナムにおける戦争に反対するのか」という説教を行った1967年4月4日当時、アメリカで反戦を叫ぶ人は多くなかった。そこで、キング牧師の周辺にいた「リベラル派」はこの演説に反対していた。 状況が変わるのは翌年の1月。解放戦線によるテト(旧暦の正月)攻勢でベトナム戦争が泥沼化していることを多くのアメリカ国民が知り、反戦の機運が高まったのである。そして1968年4月4日、リバーサイド教会での演説から丁度1年後にキンブ牧師は暗殺され、暴動が引き起こされた。 そこでリチャード・ニクソン政権は1970年、令状なしの盗聴、信書の開封、さまざまな監視、予防拘束などをFBIやCIAなどに許そうという「ヒューストン計画」が作成されたが、それを知ったジョン・ミッチェル司法長官は怒り、ニクソン大統領を説得して公布の4日前、廃案にしてしまった。(Len Colodny & Tom Schachtman, “The Forty Years Wars,” HarperCollins, 2009) それだけでなく、暴動鎮圧を目的として「ガーデン・プロット」が作成され、2旅団が編成されたがのだが、ケント州立大学やジャクソン州立大学で学生に銃撃したことを受け、ニクソン政権はこの旅団を1971年に解散させた。 ところが、1978年にこの計画は「FEMA(連邦緊急事態管理庁)」という形で復活(Peter Dale Scott, “The American Deep State,”Rowman & Littlefield, 2015)、その中から「REX84(準備演習1984)」が生まれる。国家安全保障上の緊急事態が宣言された際、その脅威と見なされたアメリカ市民を大量に拘束するというもので、演習にはCIAやシークレット・サービスを含む政府機関が参加した。(John W. Whitehead, “Battlefield America,” SelectBooks, 2015) 当初、「緊急事態」は核戦争が想定していたが、1988年にロナルド・レーガン大統領は「大統領令12656」を出し、その対象を核戦争から「国家安全保障上の緊急事態」へ拡大させた。これは「愛国者法」へ、そして「パンデミック」を口実にした社会の収容所化につながる。 日本はこの後を追っている。
2024.05.03
日本では5月3日を「憲法記念日」と定め、祝日のひとつにしている。現行憲法は「明治節」の11月3日に公布され、5月3日に施行、それを記念してのことだという。 ちなみに「紀元節(建国記念の日)」の2月11日、天皇誕生日の2月23日、「昭和節(昭和の日)」の4月29日、「新嘗祭(勤労感謝の日)」の11月23日、そして「春季皇霊祭(春分の日)」と「秋季皇霊祭(秋分の日)」も祝日だ。 憲法を掲げる国の基本理念は、その第1条を見れば想像がつく。「日本国憲法」の場合、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」。その後第8条まで皇室に関する規定が続く。 日本人が中国から引き揚げ始めていた1945年3月から46年12月にかけての時期に上海で生活していた堀田善衞は上海の大学で憲法草案について講演させられたという。その際、草案の第1条について「日本人はまだ天皇制を温存するつもりか」と質問されて困ったという。(堀田善衞著『めぐりあいし人びと』集英社、1993年) 「あなた方日本の知識人は、あの天皇というものをどうしようと思っているのか?」と噛みつくような工合に質問されたこともあるという(堀田善衞著『上海にて』筑摩書房、1959年)が、「知識人」を含む日本の人びとは天皇をどうもせず、アメリカと日本の支配層は天皇制を温存させることに成功、大多数の日本人はそれを受け入れた。 加藤周一は大正デモクラシーについて「天皇制官僚国家の構造の民主化ではなく、帝国憲法の枠組のなかでの政策の民主化、または自由主義的な妥協である」(加藤周一著『日本文学史序説』筑摩書房、1975年)と説明しているが、「戦後民主主義」の実態も大差はない。支配構造の民主化を意味しているわけではなく、天皇制官僚国家という枠組みの中における政策的な民主化を意味しているにすぎないということだ。 日本が降服した後、東アジアでは日本軍の将校、下士官、兵士が処刑されているが、支那派遣軍総司令官だった岡村寧次大将や生物化学兵器の研究開発に絡んで生体実験を指揮していた石井四郎中将のような軍人はアメリカ軍が保護している。 そのほか、有末精三陸軍中将、河辺虎四郎陸軍中将、辰巳栄一陸軍中将、服部卓四郎陸軍大佐、中村勝平海軍少将、大前敏一海軍大佐のような軍幹部がアメリカの軍や情報機関の手先として活動、「KATO(あるいはKATOH)機関」と呼ばれていたことは有名だ。大戦前、思想や言論を統制するシステムの中核だった思想検察や特別高等警察の人脈は戦後も生き残り、要職についている。 第2次世界大戦で日本は「ポツダム宣言」を受諾、つまり無条件降伏した。連合国は「戦争犯罪人」を裁く極東国際軍事裁判(東京裁判)を1946年年から48年にかけて実施、7名が絞首刑になっているが、公平性を欠くと批判する人がいるのは当然だろう。 最も奇怪だと言われているのは「最高責任者」が視界から消えていること。東京裁判や新憲法制定を急いだのはアメリカ以外の連合国の日本に対する影響力が強まる前に戦後日本も「天皇制官僚体制」を維持することを決めてしまいたかったからではないのだろうか。 明治維新以降、日本は米英金融資本の影響下にあった。関東大震災の後はウォール街に君臨していたJPモルガンだ。その時代に日本では治安体制が強化されている。 関東大震災の翌日、総理大臣に任命されたのは山本権兵衛。その政府で大蔵大臣を務めた井上準之助と緊密な関係にあったJPモルガンは日本へ多額の融資をしている。その半分以上は電力業界へ流れた。(NHK取材班編『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川書店、1995年) アメリカでは1932年に大統領選挙があり、ウォール街が担いでいたハーバート・フーバーがニューディール派のフランクリン・ルーズベルトに敗れてしまう。ニューディール派を潰すためにウォール街の金融資本は1933年から34年にかけての時期にクーデターを計画、その際に金融資本はファシズム体制の樹立を口にしていたした。この計画を潰したのは海兵隊の伝説的な軍人だったスメドリー・バトラー退役少将だ。 フーバーは1932年、駐日大使としてジョセフ・グルーを日本へ送り込んだ。その年、血盟団は井上準之助や団琢磨らを暗殺している。 グルーのいとこはJPモルガンを率いていたジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻になっていた。グルーの妻、アリスは父親のトーマス・ペリーが慶応大学の教授に就任したことから少女時代、日本で3年ほど過ごし、その間に女学校へ通っている。アリスの曽祖父にあたるオリバーはアメリカ海軍の英雄で、その弟であるマシューは「黒船」で有名だ。 第2次世界大戦でドイツが降伏する直前、1945年4月にルーズベルト大統領が急死、ホワイトハウスの実権をウォール街が奪還した。降伏した後の日本はウォール街の人脈を後ろ盾とする「ジャパン・ロビー」と呼ばれるグループがコントロール、そのグループの中核的な団体が1948年6月に設立された「ACJ(アメリカ対日協議会)」、その中心人物がジョセフ・グルーだった。
2024.05.02
COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動はアメリカの国防総省が始めたプロジェクトであり、その目的は「COVID-19ワクチン」なるタグをつけた遺伝子操作薬を世界の人びとに接種させることにあった可能性が高い。現在、日本では「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」の治験、接種を推進しているが、これは動物の種を超えるだけでなく植物へも伝染する可能性がある「人工ウイルス」だと指摘されている。 ロシア軍はウクライナの軍事施設や発電システムなどだけでなく生物兵器の研究開発施設を攻撃、機密文書を回収した。その文書を分析するためにロシア議会は委員会を設立、ロシア軍の放射線化学生物兵器防衛部隊と連携して分析したが、その結果、アメリカはウクライナで「万能生物兵器」を研究していたことが判明したという。 万能兵器とは、敵の兵士だけでなく動物や農作物にもダメージを与えることができる兵器だという。そうした病原体を拡散させることでターゲット国を完全に破壊し、民間人、食糧安全保障、環境にも影響を与えることを目的としている。アメリカの国防総省は人間だけでなく動物や農作物にも感染できる万能の遺伝子操作生物兵器の開発を目指しているのだ。この特性は「レプリコン・ワクチン」と同じだ。 接種が始まって間もなく、「COVID-19ワクチン」が深刻な副作用を引き起こし、少なからぬ人を殺していることが判明した。その際、CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)やアルツハイマー病のようなプリオンが原因の疾患を引き起こすとする報告もあった。それによると、mRNAワクチンに含まれるスパイクタンパク質がタンパク質と結合し、プリオンになる可能性あるなどとされていた。CJDもアルツハイマー病も異常ブリオンが関係、伝染する可能性が指摘されている。脳神経がダメージを受けて認知症になるだけではないということだ。この指摘を裏付ける研究結果が発表されている。
2024.05.01
イスラエル軍がガザで行っていることは住民の虐殺であり、民族浄化作戦以外の何物でもない。その事実に対する怒りを緩和させるためなのか、「ロシア軍によるウクライナ侵略」なる語句を枕詞のように使っているのだが、その8年前にアメリカのバラク・オバマ政権がネオ・ナチを利用したクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したことには触れない。クーデターは勿論、ウクライナ憲法を破る行為であり、ヤヌコビッチの支持基盤である東部や南部の人びとはクーデター体制を拒否し、クリミアの住民はロシアに保護を求め、ドンバスでは軍事抵抗を始めた。「護憲」を主張する人なら、このクーデターで成立した体制を容認するはずはなく、容認しているなら「護憲派」ではない。 日本では5月3日を「憲法記念日」と定めている。その憲法の第1条で天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」だと定め、第8条まで皇室に関する規定が続く。そして第9条で「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と宣言しているが、おそらく、この規定は日本がアメリカに対して反旗を翻すことを恐れて入れたのだろう。その心配がなくなると、この規定をアメリカは無視させるようになった。 本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、1995年以降、日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれている。この段階で日本は「戦争する国」になったのだ。
2024.05.01
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