トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

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2011.02.04
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 読売朝刊に昨日の地元貝塚市の「水間寺」での節分の豆まきの記事が出ていました

 毎年タレントを招いての恒例の「厄除け」行事で、今回は漫才の海原さおり、しおりさんが来られたようです。

 この水間寺本堂横に、大阪府下唯一の「三重塔」が建っています。

 この三重塔は約300年前に、私の家の本家に当たる町内の「仁左衛門(昭和初期に役所のミスで川岸から川嵜(川崎)に改姓: 昔の嵜(さき)は岸(きし)に似ている 為)」という屋号の家の先祖が本堂と共に建立したもので、貝塚市の有形文化財に指定されています。

 よくもまぁ、300年も前にこの様な神戸の震災にもビクともしない建物を建てたものだと感心します

 そういう意味で、昔から水間との関係が深かったものですから、私の曽祖父の父親は、「お夏清十郎物語」で有名な水間のお夏の実家である庄屋の「楠右衛門」から名越の仁左衛門に養子に来ています(水間寺の境内の東南の愛染堂に、お夏清十郎物語の墓とされる「五輪堂」が建っています)。

 何故?うちの本家の 川岸 家が宮大工をしていたのかというと、もともと三ツ松の「左甚五郎(本名: 岸上

 昔は「本家争い」をしないように、分家には本家の「岸上」を付けずに、岸だけをどこかに付け、 岸本 岸谷 岸田 川岸 と付けたようです。(三ッ松に「本家本元」の岸上姓は既に無く貝塚市内に散らばっており、岸本姓は三ッ松と橋本に多く、川岸姓は名越に多い)

 唯一例外は、江戸幕府の要請によって関東に移住し、日光東照宮などを建立した分家は、「和泉の国」から来たという事で、 和泉 姓を名乗っています。

 お隣の岸和田市の岸和田城周辺の上町、宮本町、野田町周辺に川岸姓が多いのは(30軒くらい)、当時の岸和田城主の岡部家からの要請で、城の建立や修繕で名越の仁左衛門からから分家、移住したようです。

 関西を中心に、日本全国に左甚五郎が建てたと言われる寺社仏閣が沢山ありますが、左甚五郎ひとりで建てたのではなく、本家、分家筋を含めた相当数ある「左甚五郎一族」が建てたと理解するのが正しいでしょう。

 泉州一帯ではだんじり文化が盛んで、寺社仏閣が非常に多いのは、左甚五郎の先祖に当たる100人の建築集団が、約1300年前に近江からが貝塚市の三ッ松に移り住んだのが、そもそもの始まりです。

 それが何百年に渡ってこの建築、彫刻の伝統が「左甚五郎一族」に引き継がれ、泉州のみならず近畿一円、関東まで広がったようです。(貝塚の伝統工芸品「和泉つげ櫛」も左甚五郎と何らかの関係があると思います)



 余談ですが、町内に日本でも非常に珍しい「塔筋(とうすじ)」さんという姓の家が沢山ありますが、親戚筋の塔筋さんによると、名前の由来が「三重の への道 」から来ているそうです。

 江戸時代に、仁左衛門一族が三重 建立の為に、何年も名越から水間に通っていた「水間街道(道

(川岸仁左衛門・一門の作事歴)
・1604年 聖神社(和泉市王子):国の重要文化財
・1636年 願泉寺(貝塚市中)の御堂内北側破風:国の重要文化財
・1686年 水間寺の三重塔:貝塚市の有形文化財
・1746年 明教寺(貝塚市橋本)
・1752年 安養寺(貝塚市名越)
  ※見学稔氏の文献を参照

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↑ 町内の安養寺の前本堂の棟札(宝暦2年、1752年建立)、「藤原朝臣(ふじわらあそん)」という官位を貰っているのが分かる

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↑ 助っ人に、町内から何人かいます



トランクルーム貝塚

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Last updated  2014.09.14 05:30:02
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