トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

     トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

PR

×

Category

カテゴリ未分類

(0)

トランクルーム貝塚

(650)

音楽スタジオ(スタジオ0724)

(590)

だんじり鳴物(和太鼓)

(118)

ピアノスタジオ

(5)

貝塚不動産.com

(146)

貝塚名越パーキング

(24)

サンドバッグ&フラメンコ練習場

(37)

貝塚卓球センター

(43)

テレワーク&スタディ貝塚

(131)

ドラム drum

(24)

音楽ライブ

(53)

音楽(rock,funk,soul,latin,jazz,fusion)

(99)

オーディオ・ビジュアル(AV)

(10)

資格(宅建士・FP・不動産コンサルタント)

(76)

ビジネス最前線

(68)

中小企業の生きる道

(243)

日本の将来が危ない?

(50)

ビジネスのアイデア?

(129)

人生訓

(70)

日本のココがスゴイ!

(6)

このワナに嵌るな・・・

(12)

これで一発逆転!

(6)

愉快なサラリーマン時代(20代)

(8)

辛苦の織物業時代(30,40代)

(50)

ウインドサーフィン

(104)

ウイングフォイル

(2)

テニス

(1)

空手 karate

(108)

ジョイフィット岸和田(combat,dance)

(62)

健康

(156)

ダイエット

(33)

だんじり祭&左甚五郎

(63)

ライフスタイル

(79)

日々の日常生活

(160)

英語

(18)

保険

(7)

IT

(98)

貝塚の魅力

(17)

地元情報(貝塚市)

(139)

地元情報(岸和田市)

(33)

地元情報(泉佐野市)

(18)

地元情報(熊取町)

(9)

地元情報(堺市その他)

(38)

グルメ(泉州の地元料理)

(5)

グルメ(和食)

(55)

グルメ(洋食)

(13)

グルメ(中華)

(12)

グルメ(肉料理)

(24)

グルメ(カフェ・スイーツ)

(32)

歴史文化

(29)

海外旅行

(76)

国内旅行

(51)

書評

(98)

映画

(16)

ファッション

(13)

昭和(小中高大)の思い出

(80)

Profile

テツ0711

テツ0711

Keyword Search

▼キーワード検索

2017.09.03
XML
本日9月3日が、20年前に亡くなった父親の命日です。

早くも20年も経ったのか・・・

というのが実感です。

ちょうど私が41歳の厄年に、父親が亡くなったのです・・・

長年心臓病を患っていましたので、突然の心不全でした。

ちょうど昼御飯を食べて、自宅の居間でエアコンを掛けながら昼寝をしていたようで、苦しむことなく正に眠るように亡くなっていました・・・

時間が経つにつれ、微かに笑っているようにも見えました・・・

正に、理想的な最期です。

孫達に葬儀まで囲まれ頬をスリスリされて、本当に幸せだったろうと思います・・・



しかし、私にとって父の死が会社を存続させるという「突然の事業承継」です。

父親が代表取締役で、長男の私は既に嫁いでいる妹と2人兄妹でしたし、実際私がサラリーマン経験を経て29歳で家業の織物工場に戻っていたのです。

父親が亡くなったという悲しみは後回しにして、先ず会社をスムーズに引き継がなくてはなりません。

メインバンクの担当課員に最初に言われたのは「小切手の代表者印の有効期限は2週間ですから、それまでに変えてください・・・」でした。

何とも、現実的な話をする奴やな・・・と心の中で思いましたが、確かに彼の言うことは的を射ていると。

そして泣くのは後にして、葬儀の段取りと並行で税理士と銀行との打ち合わせに奔走したのでした・・・

突然襲ったアクシデントに「これが夢か?幻か?現実なのか?・・・」と混迷と混乱が渦巻く頭を引き摺りながら、目の前にある課題をひとつひとつ片付けていくしかなかったのでした・・・

しかし窮地に陥っているのに、案外冷静な自分がいる・・・20代の時にウインドサーフィンで遭難して死にかけた時もそうでした・・・

客観的にみると大変な事になっているのに、「この間契約した分の糸、今日の午後から入荷するはずやけど止めとこ・・・」「海で溺れ死ぬ時は、みんなこうなんだろうなァ・・・」と驚くほど冷静沈着でした。

なんなんでしょう・・・これは?

則天去私・・・諦観の境地か。



当たり前の事ですが、自分が新しい代表取締役になる趣旨を伝え、これまでと全く変わりは無い取引をお願いしに行きました。

所謂、先制パンチです。

銀行や商社が一番心配しているのはココなのです。

次の代表は「シッカリしているか?」・・・彼らの関心はこの一点に尽きます。

しかし、既に次の代表を数年前から彼らは観察していますので、今更ジタバタしても遅いのですが・・・



銀行や商社が痺れを切らして「どうなっているのか?」と向こうから問い合わせが来るようでは遅すぎます。

相手から言われる前にこちらから「私がやりまっせ!」と意思表示することが何より大事なのです。

空手で言う「後の先」です。

親父が亡くなった時点で、もう勝負が始まっていたのです・・・・

ゴチャゴチャ悩んでいる暇もなかったのです。

唯一のビジネス上のアドバイザーであった親父がいなくなったので、これまで41年間生きてきた経験と勘を頼りに前に進むしかありませんでした。

まァしかし突然の事でしたが、ちょうど3人の子供が小学生から中学生で、これから1番お金の掛る時期で、バブル崩壊後少し景気が悪くなりかけの頃でしたが、これから来シーズンに向けての繁忙期に入るところでしたので、仕事の事業承継という意味で、まだラッキーだったと言えるでしょう。

ただ、当時は現場と営業しかやっていませんでしたので、会社で最も大事な経理のことはサッパリでした・・・

その経理で悪戦苦闘したのは言うまでもありませんでした・・・

40超えて人生初の事は壁が高すぎますが、でも当時の心境は「やるっきゃない!」です。

経理を自分がやらなければ、会社が成り立たないのです。

現場と営業は、これから始まる「10先、イチサン」というシーズンインですので、苦労はそれほどなく、とにかく毎日経理に没頭できたのが幸いでした・・・(涙)。

会社の財務状況を把握し、税理士に渡す金銭出納帳と銀行帳を記帳する事がメインの仕事です。

これを何とか乗り越えた事が、大きな自信に繋がりました。

年取ってから、全く畑違い事をヤル・・・このプレッシャーに打ち勝つ経験を積めば、あとは何でも楽に見えます・・・

その後、ウインドウズ95が発売されて直ぐに織物管理と請求書にパソコンを導入するのも割と簡単でした。

織物業とパソコン・・・殆ど無関係の業界でしたが、導入することによって月産20万メートルの「製造現場」「営業」「受け渡し(糸と織物)」の3役を一人でこなしながら、全体の会社経営をするのは必須のアイテムでした。

これによって、私の仕事が格段と効率がアップしたのは言うまでもありません。

その後仕事的には、100%取引だった大手総合商社とはグローバル化で縁が徐々に切れ、専門商社へと新規開拓でシフトせざるを得なかった事が大きな転換期でした。

その時に救ってくれたのが、20代のサラリーマン時代に磨いた営業力でした・・・

サラリーマンの経験がなければ、ココで潰れていたかもしれません・・・

まァ、この難局を乗り越えてきたことが、大きな自信に繋がったのだろうと思います。

大手に「おんぶにだっこ」の少品種大量生産は変わりゆくグローバル化したビジネスシーンとはかけ離れ過ぎて、専門商社の多品種少量生産スタイルが目を覚まさせてくれました・・・

という事で、今から思えば20年なんて、アッと言う間でした。

小中学生だった3人娘は、既にみんな結婚して子供まで出来ました。

2人の孫娘は2歳・・・来年早々までにあと2人生まれます。

どうやら2人とも女の子らしく、来年早々には4人孫娘のオジイチャンです・・・(笑)。

孫4人とも女の子。

可愛いじゃないですか・・・(笑)。

子供も孫も7人全員女子。

これ以上心強い事はありません・・・(涙)。

女は男と違って、親想いですから・・・

まだ娘達も30前後ですので、まだ子供が出来る可能性があります・・・ねェ。

親父は9人兄妹で、男4人とも全員20年前には既に亡くなっていましたが、叔母さん5人のうち1人先日亡くなりましたが、残り4人は健在です。

やはり、父方は女系か・・・(笑)。

父親はここまで想像しなかったでしょう・・・(笑)。

残念ながら家業の織物業は継続する事は出来ず、父親が亡くなってから9年後に廃業してしまいました・・・(涙)。

これだけは、本当に心残りです。

いくら悔やんでも仕方がありませんので、「次のステップ」で頑張っているところを、ご先祖さんに天国から見てもらう事が自分に課せられた使命だと肝に銘じたのでした。

「次のステップ」としてトランクルーム賃貸業に転業して割と順調に推移してきたのも、今から思えばご先祖さんが守ってくれたのかと思うのです・・・

何故なら、トランクルーム所在地は私の本籍地でもあり、150年前の江戸時代末期に曾祖父が2軒隣りの「本家」から「分家」した場所で、祖父も父もココで生まれたからです・・・

そして、これからの20年はどんな人生を歩んでいくのだろうか・・・?

波乱ではなく、もうユッタリとした6,70代を送りたいものです・・・

4人の孫娘達は、キレイなお嬢さんに成長しているでしょうか・・・?

私も生きていれば81歳です。

どんなジーサンになっているか・・・?

1年の半分(夏と冬)はハワイで過ごし、アメリカの宅建を取って貝塚不動産.comワイキキ支店をコンドミニアムに置き日本人向けのコンドミニアムの売買仲介をしながら、朝は現地の人達にボランティアで空手を教え、昼はサーフィンやSUP、夜はライブハウスでドラムを叩いている・・・

空手の黒帯(ブラックベルト)を持っているというだけで、外国人から無条件に尊敬の眼差しで見られ、話がパーッと広がります。

この恩恵は計り知れず・・・

よく35年ぶりに空手を再開したものだと・・・

日本で医者や弁護士をやっていると言っても何も驚かれませんが、ブラックベルトだというだけで相手の顔色が変わるのです・・・

という事は、医者や弁護士で空手黒帯というのは、外人にモテモテということです・・・(笑)。

外国の何処へ行っても、想像以上のこのKARATE効果は何・・・?

と自分でも驚嘆します・・・

世界中で空手より人気で既にオリンピック種目でもあるテコンドー(韓国の国技)も、ニュージーランドのレスミルズ社が世界中に発信しているスポーツクラブのスタジオプログラム「ボディコンバット」もルーツは日本の空手(松濤館流)です。

柔道や剣道と話にならないくらい、外国での空手人気は凄いです。

次期2020年東京オリンピックに採用されるはずだと。

しかしハワイのロングステイで、ただ遊ぶだけでは勿体な過ぎます。

ハワイで遊びながら仕事をする事によって、地元スーパーで食材を買ってコンドのキッチンで料理してもハワイの滞在費用が高く(全米平均の40%高)、その少しでも足しになれば・・・と。

そして、日本人にとって法的に非常に複雑なワイキキのコンド事情に、何か介在できそうな気がします・・・

去年ワイキキで知り合ったシアトルの不動産屋は、ハワイで休暇を取りながら現地でビジネスに精を出していました。

これがヒントになったのです・・・

失敗しても、英語が多少身に付けばヨシとしましょう・・・(笑)。

その英語力で、まだ誰も殆どやっていないこれから増加するとみられる外国人向けの泉州での不動産仲介を・・・

日本ではビジネスの第一線を退いていますがライブハウスを兼ねたスタジオ3室とダンススタジオ(兼空手道場)1室に増え、朝は仕事やドラムの練習をし、昼はボランティアで空手を教え風が吹いたらウインドサーフィン、夜はバンドのドラマーとして同年代らがいる老人ホームを慰問で回ってディープ・パープルやアース・ウインド&ファイヤーを演って彼らを元気づけている・・・なんて。

今日の妄想は飛びすぎ・・・(笑)。

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 堺情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 岸和田情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 和泉情報へ
にほんブログ村


大阪府 ブログランキングへ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2017.09.05 09:22:59
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: