トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

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2026.08.10
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カテゴリ: ライフスタイル
私は今年70歳です。

人生100年時代と言われますが、私の目標は100歳まで元気に生きることです。

つまり、あと30年。

そして「平均寿命(81歳)より約20年長く生きる」ということを前提に人生設計をしています。

平たく言えば、20歳年下の現在50歳の人と同じスタンス(仕事、健康)で生きる・・・という事になります。

50歳の人との違いは私は既に子育てが終わり(3人娘も結婚独立し孫6人)、妻も亡くなって独り暮らし、両親は既に他界し、住宅ローンもなく(会社も無借金経営)・・・という非常に気軽なポジションで余裕があり年金も満額もらっており、健康でさえあれば「これから100歳までの30年間」は自分の好きなコトに集中できるのです。

これまで時間的にも人の2倍どころか3倍は仕事をしてきたという自負があり、散々苦労もしましたが、楽しい事も沢山あり・・・70年経って、やっと掴んだ本当の自由・・・と言えるかも。

正に、願ったり叶ったり・・・の今です。

まだ幸いにも内側からフツフツと湧き出る有り余ったパワーがありますので、30年もあれば、相当イロイロできるなぁ・・・とワクワクします(笑)。

トランクルーム 音楽スタジオ 、不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場)で多趣味(ウインドサーフィン、ドラム、音楽ライブ、旅行、ボランティア空手)なので、まだまだヤリ切っていない・・・という焦りがあるのかも知れません。

更に今年から海外旅行を6年ぶりに再開し、趣味にテニスとウイングフォイルが加わり・・・(汗)。

今年1月に2度目の脊柱管狭窄症の手術をし長年のウイークポイントだった腰の調子がほぼ回復したので(まだまだ油断はできませんが)、まぁ気力があっても身体がついていけないかも知れませんので、ブレーキとアクセルを上手に操作しないと・・・(汗)。

もちろん、ただ長生きするだけでは意味がありません。

健康で、自分で稼ぎ、自分の好きなことを楽しみながら生きること。

「人生とは何ぞや?」という根本を考えると、これが私の理想の生き方だったのです。

もし平均寿命より20年長く生きるなら、その20年間をどう過ごすのか。

年金だけに頼るのか。

それとも、自分の好きなことを仕事にして毎日を楽しむのか。

私は迷わず後者を選びました。



<家業の織物業からトランクルームへ転業>

私は49歳の時、大きな決断をしました。

思い切って家業だった織物業から完全撤退し、2棟の織物工場をコンバージョン(用途変更)して トランクルーム事業 を始めたのです。

当時、中国からの洪水的な繊維製品の輸入で織物産業が非常に厳しい状況に陥っていました。



先祖には申し訳ないですが、このまま家業を続けいても将来性はないと判断しました。

このままでは家族5人を養っていけない・・・と。

そして、思い切って新しい事業へ転換しました。

2棟の織物工場という大きな建物は、そのままでは遊休資産になってしまいます。

しかし発想を変えれば、収納スペースとして活用できます。

こうして始めたのがトランクルーム事業でした。

現在では「レンタル収納」「貸し倉庫」「セルフストレージ」といったサービスは一般的になりましたが、当時の泉州ではまだまだ珍しい存在でした。

そりゃそうです。

トランクルームなんて、居住空間が限られるマンションが多い大阪市内や東京23区といった都会型ビジネスでしたから。

平均敷地面積が100坪もある貝塚市の山手エリアで流行る訳がなかったのです。

まぁ結果的に、早い時期から取り組めたことも幸運だったと思います。

土地や建物は、使い方次第で価値が大きく変わります。

私は織物工場を新たな収益を生む資産へ生まれ変わらせることができました。

ここでのポイントは、織物時代の反省として業者に頼らない「エンドユーザー直」というビジネススタンスです。

繊維業界で独り勝ちのユニクロを見て、従来の長い流通に頼っていれば最終消費者の動向を掴むことができず良い事は一つもない・・・と(汗)。

20年間で立ち上げてきた6事業すべて、中間業者を一切挟まないエンドユーザー直のビジネススタイルを5年前から後継者の娘が加わりましたが、最初の15年間は全く1人で築き上げてきました。

1番苦労したのがトランクルーム立ち上げの頃で、殆ど集客ができず「失敗したか?」と落ち込みましたが、職安に行って副業を探し・・・1年半も副業(プライドを捨て同業の織屋で毎日12時間の機織り)をしている間に夜中2時に起きて宅建士の受験勉強したときです。

これまで15時間くらいは働いていたので肉体的には耐えれたのですが、10代の女工さんに現場で顎であしらわれた時は、さすがに怒り爆発寸前でしたが・・・(汗)。

まぁ幸い1発で合格し、トランクルームの副業として会社の定款を変えて副業としての不動産仲介業という新たな収入源を見つけ、その仲介手数料を稼いだお陰で後のスタジオ資金になったのです。

<趣味だったドラムが音楽スタジオ経営へ>

さらに59歳の時、もう一つ新しい挑戦をしました。

「トランクルーム貝塚」 別館1階にリハーサル音楽スタジオ 「スタジオ0724」 を作ったのです。

きっかけは私自身の趣味でした。

私は若い頃からドラムが好きでした。

「好きなことを仕事にできたら楽しい。」

そんな思いがずっと心の中にありました。

部屋数が171室もありますので、空室対策として活かせれば・・・という思いがあったのです。

トランクルームの建物には防音性を活かせるスペースがあります。

そこで音楽スタジオを作り、バンド練習やドラム練習、個人練習ができる環境を整えました。

趣味が仕事になる。

仕事が趣味になる。

このような働き方は、お金だけでは測れない大きな価値があります。

利用者の皆さんが音楽を楽しむ姿を見ることも、大きな喜びです。

スタジオ起業10年で泉州最大級5室、会員数3400人にまでに成長した事に少し自信がつきましたが、更に会員数5000人を目指し泉州の音楽(バンド)文化の発展の一助になれば幸いです。

4年前にバンドスタジオでありながら和太鼓6台も導入し、和太鼓の騒音が社会問題化する「だんじり鳴物」の練習場として泉州だけでなく河内エリアにも商圏が広がり、社会問題の解決にも一役買っている事に使命感を感じるようになりました。

10年前が半分冗談か趣味の延長でスタジオを始めたのが、ここまで輪が広がってきた事に自分自身驚きます。

ここで大事なのは、あくまでも「安定収入があるトランクルームが本業で、あくまでも音楽スタジオは副業だ」という考え方で、決して月の売上が上下する水商売的なスタジオを本業にしない・・・という事です。

売上が上下すれば、こっちのメンタルも上下するので、決して身体には良くないのです。

例え売上が半減しても、別にどうってことないわ・・・くらいの心の余裕が欲しいのが副業です。

コロナ期も6か月は自主休業で、文字通り売上ゼロが続き補助金もありませんでしたが、別に経営を揺るがすほど大した問題ではありませんでした。

<サイパンで出会った理想の生き方>

実は、この考え方には原点があります。

約20数年前、私は45年前の新婚旅行でも訪れたサイパンへ行きました。

そこで出会ったウインドサーフィンショップのオーナーの生き方に感動したのです。

毎日好きな海で仕事をする。

好きなスポーツを教えながら収入を得る。

お客様と笑顔で接し、自分自身も人生を楽しんでいる。

「老後とは、こういう生き方が理想なんだ。」

そう強く感じました。

仕事は生活のためだけではありません。

人生を楽しむための手段でもあります。

その時の経験が、後の音楽スタジオ経営につながっています。

ショップオーナーに「遊んで儲けられてイイですね」と言うと、エヘヘという笑顔が忘れられませんでした。

老後は遊んで儲けるぞ・・・と心に誓ったかどうかは覚えていませんが、楽(ラク)して儲けようと思いました(笑)。

もちろん業者に丸投げして不労所得なんていうのは幻想で(自分は全然儲からず業者に儲けさせるだけ)、業者に任せず「エンドユーザー直」の少しの労力でレバレッジを利かせる工夫をしようと考え、アレコレ自分なりに試行錯誤した結果、今の経営スタイルに辿り着いたのです・・・(汗)。

<人に雇われず、自分で創業した喜び>

大卒後、4年間のサラリーマン生活を経て泉州の地場産業だった家業の織物業に戻りました。

しかし家業の織物業も商社の100%委託生産(賃織り)という下請けで、自分の裁量で値段を決められる訳ではなく、それに対してスゴク違和感がずっとありました。

確かに売上が何十兆円もある総合商社との直接取引は魅力でもあり自慢でしたが、それと儲けるのは別の話で、いくら年間355日24時間エンドレスで工場を操業しても儲けるどころか、肉体労働中心だった私の身体が悲鳴を上げていたのです。

難聴になり、脊柱管狭窄症の症状が悪化していました。

もうダメだ・・・と49歳の時に転業を決意し、それ以降は人に雇われる道(下請け)ではなく、自分で創業する道を選びました。

もちろん苦労もありました。

すべて自己責任です。

しかし、自分で考え、自分で決断し、自分で結果を出す。

この積み重ねが、大きな自信になっています。

年齢を重ねても挑戦できる。

これは創業した人間だからこそ味わえる喜びかもしれません。

「もう年だから」

そんな言葉を私はあまり使いたくありません。

人生は何歳からでも新しいことに挑戦できます。

49歳で業者を排除した自主運営のトランクルームに転業。

59歳で音楽スタジオ開業。

そして70歳の今も、新しいことを考え続けています。

そんな起業家魂も、今思えば大学に学連加盟のウインドサーフィン同好会を創部した経験がベースになっているのかも知れません。

ただチャラチャラと遊んでいればイイのに、わざわざ苦労して体育会系のクラブを立ち上げるなんて。

当時は「新しいスポーツをもっと広めたい」という純粋な気持ちで始めたのです。

今思うと顔から火が出ますが、当時は純粋だったんですねェ・・・(笑)。

しかし今でもそんな経験から多少なりとも素直で純粋な気持ちがあるからこそ、70歳になった今でも新しい事にチャレンジしよう・・・と思うのでしょう。

もし平均的な学生生活を送っていれば、今ではどこにでもいる70歳の普通のジイサンになっていたでしょう。

<平均より20年長く生きるなら、20年分の収入も必要>

平均寿命より20年長く生きるなら、お金も必要になります。

だからこそ「長生きの準備」は健康だけではありません。

収入源を持つことも重要です。

年金だけに頼るのではなく、自分で収益を生み出せる仕組みを持つ。

それが安心にもつながります。

トランクルームは比較的安定したストック型ビジネスです。

毎月の利用料によって収入が積み重なります。

一方、音楽スタジオは人との交流があり、毎日が楽しくなります。

安定と楽しさ。

この二つを組み合わせられたことは、とても幸運だったと思っています。

<好きなことは人生を豊かにする>

趣味は、お金を使うものだけではありません。

工夫すれば仕事にもなります。

音楽が好きなら音楽を仕事に。

スポーツが好きならスポーツを仕事に。

旅行が好きなら旅行に関わる仕事を。

好きなことだから続けられる。

続けられるから経験が増える。

経験が増えるから価値が生まれる。

そして、その価値がお客様に喜ばれ、収入にもつながっていくのです。

<トランクルームも音楽スタジオも、人の役に立つ仕事>

私が運営するトランクルームは、お客様の大切な荷物を安全に保管する場所です。

引っ越し、リフォーム、趣味の道具、季節用品、仕事の在庫など、多くの方に利用していただいています。

また、音楽スタジオでは、バンド練習、ドラム練習、ギターやピアノの個人練習など、音楽を愛する方々が集まります。

どちらも、人の暮らしや楽しみを支える仕事です。

だからこそ、私自身もやりがいを感じています。

<私が考える「100歳まで楽しく生きる秘訣」>

私は100歳まで生きることを目標にしています。

そのために大切だと思うことがあります。

一つは健康。

一つは好奇心。

一つは収入。

そして何より、自分が楽しいと思える仕事を持つことです。

「好きだから続けられる。」

この言葉は、私自身の人生そのものです。

49歳で大きく転業し、59歳で音楽スタジオを始めた決断は、どちらも「好き」と「将来」を考えた結果でした。

もし私が何も変えずにいたら、今の充実した毎日はなかったかもしれません。

人生100年時代。

平均より20年長く生きるなら、その20年を誰かに養ってもらうのではなく、自分で稼ぎ、自分で楽しみ、自分らしく生きたい。

私はこれからも、トランクルーム事業と音楽スタジオを通じて、多くの人との出会いを楽しみながら、自分自身も挑戦を続けていきたいと思います。

100歳になったとき、「人生は本当に面白かった」と笑って言えるように、今日も好きな仕事を続けています。

という事で、現在6事業の中心は トランクルーム 音楽スタジオ ですが、他の4事業(不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場)も決して疎かにしていません。

確かにプラスαという感じですが、余裕と捉えてもイイかもしれません。

これら6事業を娘と2人だけの家族経営で営んでいます。

いずれしろ、サラリーマンのように「住宅ローンを組めば、会社を絶対やめられない」といった必死感を持たず、余裕で生きる事によって良いアイデアを生み出す事だけは確かなようです。

逆に言うと、心の余裕の中でしか良い仕事はできないのです。

東京港区のタワマンのパワーカップル(ダブルインカム)が理想的だなんて言われていますが、身を削って仕事をしても雇われている限り会社を首になれば長期の住宅ローンを組んでいればライフスタイルが一瞬で崩れ去ってしまうほど底が浅く、富裕層の外国人のように余裕の〇億円のキャッシュでタワマンを買っていれば何も問題はないのです。

要は借金がある限り、本当の自由はないのです。

20年前に織物業を廃業できたのも借金が無かったからで、更にトランクルームに転業できたのも余剰資金があったからです。

借金まみれだと崖っぷちギリギリまで追い詰められ、2年後のリーマンショックで谷底に転落していたところです💦

まぁ無借金経営で子供らも結婚独立し、親の介護もなく、病気で亡くなった妻だけが心残りですが・・・ある意味、一人暮らしの気軽さが70歳になっても、仕事だけでなくプライベートのアイデアが毎日ボンボンと出るのか?





「トランクルーム貝塚」 「スタジオ0724」 「 貝塚不動産.com」
「貝塚卓球センター」 「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」
大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798  mail: info@sasatani.com

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Last updated  2026.08.10 15:06:03
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