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週末に、築城400年イベント第1章「花絵巻」に行ってきました。 交通センター近辺の桜町でも「桜まつり」が開かれてあちこちで県内名産品の屋台やら、歌謡ステージやらで大賑わい。清正公像の脇から行幸坂を上がってメイン会場である「奉行丸広場」へ。像の横の桜も、坂の並木も、満開にはまだかかりそうな感じです。 去年秋のお城まつりをイメージ してたのですが、いささか小規模 な感じが・・・。それでも「奉行丸 広場」は普段入れる場所では ないので、この機会にと南大手 門を入れた天守閣を撮影。 テントが入ってしまうのは イベント中なので、ご勘弁を。 城内の桜の様子は、5分咲き程度ですが、天守閣横の茶店の桜が見頃を迎えていてので、数奇屋丸の辺りから撮影してみました。(一番上の写真です) 長堀から見る桜の様子なども満開にはまだかかりそう。お城での花見はもう少しおあずけのようです。
2007.03.27
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お久しぶりです。ご無沙汰している間に、お城の山桜も花が咲き、「観光文化検定」の合格通知が届きました。 先日、「若冲と江戸絵画展」を鑑賞がてら、大宰府へ行ってきました。 大宰府といえばこの時期、天満宮の「飛び梅」ですが、残念ながらすでに花は終わっていました。展覧会を観た後に、お参りをすませ参道で蕎麦を食べ、熱々の「梅が枝餅」を頬張り、駅前でレンタサイクルを借りて「大宰府政庁跡」を目指しました。今回は、平日の昼間一人旅で、7世紀の後半から奈良・平安時代を通じて九州を治めていたここと、唐・新羅連合軍の侵攻に備えて築かれた土塁「水城」を観たいと思ったのです。 途中、観世音寺と戒壇院に 寄り、いくつかの史跡を通っ て「大宰府政庁跡」に到着。 広大な敷地に礎石が残り、 当時の建物の大きさが感 じられます。ここで九州 一円を統轄し、中国や 朝鮮半島との外交の窓口 やわが国の西の守りとし て防衛がおこなわれたのです。天慶3年(940)に藤原純友の乱で焼失し、現在はこうして史跡公園として、多くの人たちに親しまれています。 再び自転車を走らせて「水城」に向かいます。しばらく行くと右手に駐車場のようなスペースが見えてきました。自転車を止めて、高台にある展望スペースに上がると目の前に、こんもりと小山のような緑の帯が見えました。これが天智3年(664)、唐と新羅の攻撃に備えて築かれた防衛施設「水城」です。四王寺山の大野城から、下大利に至る全長約1.2キロメートル、幅80メートル、高さ13メートルの人工の盛土による土塁で、博多側には幅60メートルの濠がありました。当時は水を貯えた濠があり、そこから「水城」と呼ばれたといいます。高台を下り、「水城」の傍へ行ってみることに。この土手を1300年以上前の人たちがつくったのかと思うと不思議な感じがしました。 今回は電車+自転車なのでここから引き返したのですが、機会があれば大野城跡にも行ってみたいものです。
2007.03.15
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