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まずは、島を北上せよってことだ。一番綺麗なところは、おそらく、島の最北端で島が分断され流れが速い海峡のところである。泳ぎたい人も概ねそこに集まってきているという感じだ。ここは、キャッシュオンデリバリーで飲み物を頼もうじゃないか。あとは、どこでも空いているところ向かって座れば良いが、運がよければ、海中のプールバー(椅子は海中、テーブルは海上)に座るのも良いと思われる。船着場には、50メートル程度はなれたところにもう一社の船着場もある。どちらで来るかは港の到着時間次第だが、往復にするとかなりの割引なので、帰りの到着時刻も一応チェックしといたほうが、いわゆる賢く正しい考え方である。(そうやって合理的に往復券を購入したわけである)島に入ってまず目に付くのがハートである。 でかい、魚を丸呑みする海鳥、こいつは動物園でしか見たことがない。 そんな感じで島の紹介を終了する。要はいけば、分かる、食えば分かる、知れば分かるである。それも何となく分かるであり、騙し騙し負けているように見えて、負けていくのである。負け方は49対51で負けるのである。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.31
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無事、消費税10パーセント延期発表の言い訳の機会を作った首相、伊勢志摩サミットも終了。この人、本当に行っていることおかしいね。ちょうど1年前もホルムズ海峡がどうのこうのって、イランとオマーンは友好国だし、曽野間に公海はないし、タンカーはオマーン側を通っていて、そこにイランが仮に機雷仕掛けたら、オマーンとサウジアラビアと戦争になっちゃうって。当のイランからもケシカランと抗議受けてさ。某その沿線を走る私鉄会社の社員も全く関係ない路線の高架下に不審人物がアジトを作っていないか点検に刈り出されていた。主にISのテロ対策だろう。(こういうのを機会に公安とかは、関係ない不審人物を何とかあぶりだそうともしている)当日、羽田が全面休止になったので、東京に新幹線で行ったわという知人がいて、サミットで離れているのでそこまでやるかと思ったが、それは大韓航空が火を吹いたからであった。結局最終便のみ出たようである。そもそもISの出現の根源は、ブッシュ息子にあるだろう。おとうちゃんの仇をとるため(といった単純な理由ではないだろうが)、と、アメリカには武器輸出産業ぐらいしか際立った産業がないからそこを儲けささなあかん(自分も儲かる)てな感じでイラクに戦争を仕掛けたことにあるだろう。パパはまだ分かっていたから、叩きのめすことまでシナカッタだけなのに。まあ、そういうアメリカもそれから2代目になる選挙であるが、トランプも今まで見たいな過激なことばかり言ってはいられなくなる。ヒラリーも食い込めない地域、人種、年代、階層があるが、両者とも、今までの支持者には嫌われないよう今まで全く支持されてないところの層を取り込んでいかねばならない時期に来るので、まー、マイルドになっていくんだろうなあということである。本当に大統領になりたいならね。逆にオバマもオバマケアとか銃規制とかまともな政策も反対にあってなかなか実行できないのと同様、無理に大統領になってもそうやすやすと独裁者のようには振舞えないだろうと予想れる。ところで、アメリカって各州で選挙代理人を選挙して、その代理人が大統領選に投票するやん、昔は文字が読めない人が多かったからそうしたとかね。まだ続けているんだね。ブッシュ息子は全米トータルでゴアより得票数が少なかったのに、支持代理人の数が上回ったので、逆転現象おこしたね。いやはや、何故この人間が、ですよね。飲酒運転で2回コカインで1回捕まったのは愛嬌かもしれないが、エール大学にはパパの金とコネで入り、ベトナム戦争もパパのコネで免れ、パパの人脈を生かした石油会社も2つ潰し、アル中生活を続け、40歳になってもまともな仕事のひとつできなかった人間が大統領になれるんだ、希望だ!か。いや政治にだけは、才能あるんです!とおもいきや、政策勉強会なんか大嫌いだ!の人間である。こりゃ、バックに賢い奴がTOPにいたら困るなという考えからきているとしか思えないな。 いやはやオバマさんが広島で哀悼したが、イラクで広島以上に放射能浴びせた(劣化ウランで地味だが)ブッシュ、地獄に落ちるんだろうねえ。hあ、ISのもっと根源はサイクスピコ協定だね。イギリスフランスロシアらが、どこにもいい顔して第一次世界大戦後の三枚舌協定ね。これで中東が変な分断と不自然な国が作られたのが悪かった。結局、欧米自らまいた種が100年後返ってきているってことだよねえ。
2016.05.30
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インタビュアー「先日の続きですがよろしいでしょうか。」トイモイ画伯「いやはや2週間連続仕事に行っているので、今日は夕方から肩こりからくる頭痛で夜の22時に帰るまでが、辛かったですよ、熱されたオフィスは夜は熱かったし。今、夜中前に帰ってきて、ショーチュー飲んでたら、やっと頭痛治まりましたよ。酔ってきて「わけわからんようになっただけなんですけどね」インタビュアー「いろいろ大変なんですね。」トイモイ画伯「最近、引退後の世界を思い描くようになってきたんですが、何セ、食って行かないといけないんで、ジジイになっても働かないといけないような気がして、割と気が滅入ってますよ、年金65歳からだから60歳で引退して無収入になったら、なんらか、それは、自営業せなあかんけど、何の蓄積もないデキノボーなんで、困ったなと思っているんですが、困っただけでは駄目で、引退したら世界旅行、なんか悠長なこと行ってられない状況ですし、年とって貧乏チックな旅行も出来ないし、やっぱ、1日5,000円でも15万円だからねえ。アジアなら何とかなるけど、世界中ウロウロしたらそういう訳にもいかないでしょ?」インテビュアー「まだこの後に及んで、画策してるのですか。タイとかフィリピン行けばいいじゃないですか」トイモイ画伯「住むともなれば、セキュリティとかあって金かかったり、見せ金が必要だったり、いろいろあんだよ、それに、日本での拠点はどうしとくんだって、まあ、実家もあるんだけど。親の面倒見ないといけないかもしれないしなあ。」インタブアー「ほう、何となく考えた振りして考えてないですね。100カ国目、101各国目はメインはビーチでしたが、今後ビーチはどうですか」トイモイ画伯「ビーチはまあだいたいどこでも海の綺麗さを競うなら同じだけど、セーシェルには行こうと思っている。それから、名前だけだが、ボラボラ。でもビーチははどこでもそれなりに綺麗だから、まあ、いいんじゃないの、なにほら、海の綺麗さでは、沖縄かなりのものだと思う。透明度に関しては石灰石が流れ出したり、宮古では川もないから土石も流れず、綺麗だわ」インタビュアー「都市では新たにどこに行って見たいですか」トイモイ画伯「そりゃ、この前にも言ったけど、イエメンには行きたいなあ、一回、飛行機の手配までしただけに惜しい。それから、ダマスカス。ヨルダンやレバノン行った時に、ビザ取らなきゃいけないから、次回、とかいっているうちに、今は、シリアはえらいことになっとる。それから、あげればきりがないのだが、まあ、今日はこのぐらいで勘弁しといたるわ」インタビュアー「それで、珍スポットの方面なんかどうなんですか。まだまだ行きたいところの10分の1も行ってませんよね」トイモイ画伯「だいたい不便なところにあるからねえ。タクシーとかチャーターして行ける物価の安い国ならまああれだけど、そう簡単にはいかないよ。海外なんかまだ全然でだわな。」いんたびゅあサー「それで、今後、行って見たい国はどこでしょうか」トイモイ画伯「まだまだ続くパンピーリーマン生活者として、まずビザがいらない、アライバルビザで済むという地域が減ってきた。ヨーロッパ周辺では、モルドバとアンドラだけになってしまった。アフリカでも、このとおりである。モロッコ、西サハラ(国か?)、モータリニア(ビザいらんのしらなんだ)、セネガル、カーボベルデ(ヨーロッパ人の観光ビーチ)、コーとジボワール、トーゴ、ガボン、エチオピア、ウガンダ、ケニア、・・・でも、これまた予防接種とか、治安とかあってさ、割と現実的なのはモロッコ、エチオピア、ウガンダ、ケニア、タンザニア、ザンビア、マラウイ、ジンバブエ、ナミビア、ボツアナ、南ア、レソト、スワジとかじゃないか、治安がいいというか経済順調なのはボツアナらしいね。スーダンなんか割と首都でも治安いいらしいね。ルワンダ、タンザニアのザンジバルなんか普通の治安で、そう、フレディーマーキュリーの出身。そう、ゾロアスターの人。パーシーね。あ、ゾロアスターの預言者こそツァラトスツラね、ほらニーチェで有名になった神様。ゾロアスターの主神はアフラ・マズダーで、これが、車のマツダがそれにかけてMAZDAになっている所以ってことを学生時代に知ったけど。」インタブーア「あ、ほんとですね、ウキペディアを見るとそう書いてますね。2,30年前にどうやって知ったんですか?」トイモイ画伯「それは、覚えてないけど、もう長いこと生きているから本とか伝聞とかでね。」インタグ^ア^「日本を代表する自動車メーカーのマツダの社名は創業者の松田重次郎の姓からなづけられたものであるが、その英文表記をヘボン式のMATSUDAではなくMAZDAとされている。これは同社が海外が進出したときに、創業者の姓と西洋でも西アジアでも光の神として知られていたアフラ=マズダにひっかけて採用したという。‘社名「マツダ」は、西アジアでの人類文明発祥とともに誕生した神、アフラ・マズダー(Ahura Mazda)に由来する。この叡智・理性・調和の神アフラ・マズダーを、東西文明の源泉的シンボルかつ自動車文明の始原的シンボルとして捉え、また世界平和を希求し自動車産業の光明となることを願ってつけられた。それはまた、創業者の松田重次郎の姓にもちなんでいる。と、HPにも載ってますね。」トモイ画伯「あらそう、そういえば、国として認められてない国ソマリランドが一番経済も治安もいいらしいよ。高野さんも随分前に本出しているよ、ヨーロッパが国家承認しないから、(自分らの言うこと気かないから、でも言うこと聞かなかったらうまくいっているという矛盾)未承認国家、ソマリアはチョ危険てか海賊とかチョ貧乏で無政府状態の治安が悪いトップクラスなんだけどね。ま、観光地ではないけど」インタビュアー「アフリカはだいたいそういうことですね。他の大陸はどうですか」トイモイ画伯「何回か書いているけど、ブラジルだけはビザがいるので行けなかったんだけど、オリンピックがあるので、ビザを暫く無くす期間があって、その間に、できればオリンピックしていない時期にブラジル行きたいな、と思っている。あと南米は大きな国では内陸のパラグアイとチリに行っていないので、ツイデに行けたらと思っているけど、なかなか何もないんだよねえ。まあチリはイースター島とか南部があるんだけど・・・」インタビュアー「なるほど、最後にお膝元、アジアはどうですか。」トイモイ画伯「東南、東、南アジアで行っていないのは、東チモールとブータンと北朝鮮ですね。あとパプアとか、中央アジアが2,3カ国ありますね。まあ、高いからなかなか行く気になりませんね、ブータン。東チモールなんかも便数少ないし。パプアは東京から週3便あるんであるんですけど、まあ、オーストラリアとかとセットで考えるかな、というところですよ」インタビュアー「そうですかー」トイモウ画伯「そんな感じですよー。あと知人が一人だけ南極に行っているネエ。行き方は2種類、チリから行ったみたいね。」 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.29
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それは、先日の通り、何だか大きなホテルやチェーン系列のホテルがなく、静かで、まあどちらかというとバックパッカーが集まるのか、というビーチだったからであるが、ボートで運ばれる荷物を見る限り、ザックはほとんどなく、スーツケース系で、ホテルも1,000円や2,000円というのは、見当たらず(見当たらないだけかも知れない)、5,000円から15,000円あたりをうろうろしている感じで数万円のホテルはない。道は、ゴルフカートしか走ってはないが、普通の車も走れる道路が縦にメインに2本、横には数本ある。 今のミンドロ島の状況は知らないが、ジープが何とかプエルトガレラ港からサバンビーチに着てから、海沿いに続く道は1メートル程度で車は通れないし、自転車もなかった。 あの頃は、今は知らないが、ここもそうだが、村と混在しているような感じで、バンガローのテラスで1日中座ってビール飲んだり煙吸ったりしているだけなのだが、入れ替わり立ち代り、村の子供たちや、オカマや、若い女の子から御用聞きのオバチャンまでテラスやってきて、立ち話になったり、居座られたり(別に用事はないので居座っても問題ない)して、たまには、おばちゃんに、洗濯ばさみあげたり、ガキにビール買って来いとお駄賃つけて命令したり、関係ない他者だからこそ深刻な身の上相談あれたり、村の屋台に出かけ、ヤキメシを作るのが上手い方の子がいたら、ヤキメシを頼んだり、だれかれなしに、まあ、散歩でもするかと声をかけ、1メートルもあるトカゲを見たり、たまには海に入ったり、宿屋のオーナーおばちゃんと西洋人をカモに無人島にバンカで出かけたり、要は1日1,000円しか使わないのに、馬鹿みたいなビーチ生活であり、まあ、それが私の人生を、まあ、駄目な人生にしたという訳だ。学生時代は、2,3ヶ月外にでるのに、本は厳選であり5冊ぐらいであり、基本的には読めば終ってしまうので読まないということであり、テーブルの上にインテリアとして置いてあるだけである。 でも、それは、今になって分かるが、それは私が若かったからである。今は、金のあるが、汚いオッサン状態であり、今そんあな状態になっても、おいそれと、暇つぶしに来るはずがない。んー。一度25年ぶりに再訪してみるかな、という気分になってきた。100カ国超えたので、学生時代以来行ってないチベットとかネパールとか。ミンドロ島のサバンビーチは、狭いエリアだから働いている時間以外にも、ばったり何度も知り合った人がいるというか、村なので、噂が絶えず、旅行者トイモイはどこにいる、誰といる、何をしているって、村人にバレバレであり、ばれて困ることは何もないけど、知らない間に有名人であり、村人は暇である。こんな感じか過去の記事。18歳、初めて海外旅行をして、初めて椰子の木を見て、初めて自分の乗るボートに併走するイルカを見て、初めて無人島に椰子が3本という光景を見て、初めて海中の珊瑚礁が海から覗けるのを見て、それでもお金がないので、安いバンガローに泊まって、夜中に雨が降って雨が漏れてきて笑って、翌日宿屋のオーナーネリーさんに部屋を変えてもらって、旦那は働かない駄目なやつだ、と聞いて、ナタを持ったおっさんがココジュースはどうだというので、飲むよ、というと、木に登りだして、上からカットしてのみ口をナタで開けて、オメいい商売だな、といい、でも18年間日本にどっぷり浸かっていたので、カルチャーショックの連続であった。だいたい、ビーチでは、特にすることは食事と散歩ぐらいなのだが、そのくせ日暮れが早い、早すぎるほどの優雅な昼間であり、半年前まで受験勉強で日々を追われていたとは思えない時間のゆるさであった。海に入り、5メートルも歩くと膝ぐらいから珊瑚礁ですよ、草履でないと、痛くてたまらないよ。(2年後行ったら、それは何十メートルの深海にずぼっと落ちる先まで珊瑚礁は跡形もなくなくなっていた。この2年で何があったのだと。あんな浅瀬からビッシリの珊瑚礁って、あれ以来見たことがない。)それでも、18歳、急いで隙間を埋めていくように生きてきた私が、暇で仕方ないと感じてしまうのも無理はなかった。暇に慣れるのはもう少し先であるが、さすがに、ビーチ、暇、といって3日程でマニラに戻った程だ。そう、レストランでは、中途半端な昼間に行くと、テーブルに寝そべっていたウエイトレスがメニューを持って来て、とりあえずビールを頼むのだが、チョウ麺とか、スパゲティとか、野菜炒めとか、まあ、出てくるまでに1時間ぐらいかかる。すっかりビールは「ウメエウメエ」といって飲み干しているのである。多分、そんな快楽を若くして知ったことが、駄目な人のはじまりだったのだろうと、今も思っている。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.28
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グルメの旅にしなかったのは、特段意味はないのであるが、なんだか、昼間から皆さん飲んでいたのでドリンクの旅にしたのである、そりゃ、ビーチだから仕方ないよね。日常において、休みだからといって、昼間からは飲まないのが私である。(イベントや誰かいたら飲むけど)でも旅行に行けば一応非日常なので(まあ旅行は実は割と日常だけど)、昼間からビールの1杯ぐらいはいいんじゃねえの、ということである。それでも、街の中では皆さんマジメなので、何だか茶色の紙とかビニルで隠して、歩きながらビールを飲んだりするのだが、ビーチはさすがに違う、単純に飲んでいる。勿論、レストランでは昼間からアルコール飲んでいる姿は、割とどこでも見られるが、旅行者のほとんどいない場所では、そういう訳にもいかないんだよなあ、特に旅行者がいてもユルイスラムのマレーシアのクアラルンプールやアルマトイ(カザフスタン)とか、何かと法律が厳しいシンガポールとか、隠れるようにして昼間から歩き飲み。(シンガポールなんかレストランでは問題なく座り飲み、旅行者は昼から飲んでるけど)歩き飲みしながら、歩き煙草しているところは、ラスベガスですよ、歩き飲みの歩き煙草が大人のディズニーランドなんかも知れないなという感じである。こんなに昼から酒飲んで煙草吸って、の奴らがだらしなく集まってブラブラ歩いてるんだ、という場所である。近年不思議な光景であった。その横で、売春の(合法)宣伝トラックが駆け抜けて行くって。また行きたいなって強く思わないのは、ギャンブルもしないし、広すぎるからかも知れない。歩くの面倒だよなって思うんだよな。宿泊していた両隣が雑貨屋で、まあ、宿の冷蔵庫代わりなので、1本しか買わないし、レジに栓抜き置いているんだよねえ。それでレジでオカネ払ったらその場で栓抜きで瓶開けて、宿に戻りテラスで飲んで、なくなれば、隣の雑貨屋に行き、冷蔵庫からビール取り出して、レジで金払って栓抜いての無限ループ状態となる。勿論、馬鹿と思われないように配慮して、両隣の雑貨屋を交代に行くのである。お前、1時間前にも来て、栓抜いていっただろうが!まあ、そういう事態の行方である。それで、ループは続き、飲めば、歩いて1分で雑貨屋にビール、雑貨屋をやってるのがチウゴクジンでまあ、来たばかりの英語もできない若造もいる。腹減ったので、併設されているチャイニーズレストランに入る。ムカついたのが、それで、まあ、じゃあ、チャーハンでも食べてみるかとおもいきや、雑貨屋に併設されているレストランで、料理人おらんやん、オマエか?作るの?店員じゃん、さっき勘定してた、英語分からない、まだちうごくから来たばかりの。素人やん、え、塩辛!マズ、半分以上残した。しばく。殺意やん。オマケ、アメリカで口直し。ん?あれ?機内食あったかな?なかったなかった、だから、これ食ったの18時頃で次にメシ食ったの15時頃のアメリカだから21時間ぐらいメシくってねえじゃん。今気がついた。飲み続けたのボレロやん、朝コーヒー飲んだし、機内でコーラ飲んだけど。ベリケン以外にもクブリビールがあるってことよ。てかkubuli beer検索したら激しくカスペルスキーセキュリティが警告を鳴らした。ヤバイな。これってドミニカビール。ドミニカ国とドミニカ共和国違う国なんだよ。ドミニカ国は自然の秘境ぽい感じなんだよねえ。断然、行く人少ない。首都ロゾー、割と今回も調べてたんだけどね。LIATで行けるんだけどね。温泉もあるよ。カリブ海の植物園だよ。ドミニカ共和国とは違うよ。共和国にほうは、便数が多く行き易いから、多分そのうち行くよ。でもドミニカ国は、まあ、LIATで行くか・・・。ドミニカ共和国の島続きはハイチなんだよねえ。地震でもっと貧乏になっちまって治安が悪くて行きにくいんだよねえ。え、治安気にしてる?気にしてるよ。だからベネズエラ行けるのに行かないんだよ、イエメン行きたいのに行かないんだよ。イエー、メーン、サナア首都とコソトラ島でしょ、コソトラだけ行くか。サナアは誘拐やばい、ISやばい。行こうとしたとき、行ってれば・・・後悔している。今はやばくて行けない。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.27
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アメリカ1泊目ホテルに到着したのは23時頃だったが、ホテルの目の前にアメリカの田舎に良く出てくるような24時間の店があったので、飯を食いに行く。このあたりは、トランジット客のホテル滞在者が多いので、国際色も豊かであり、私の3秒後に入ってきたのも中国人だったので、危うく、空いているのに一緒くたに座らされそうになった。ウエイトレスはアメリカのおばちゃんであるが、チップもあるからかサービス人は最初にオーダーとった客に決まっていて、まずはアメリカの薄いビールを頼む。(ついつい3杯頼む)そして、メニューには、朝昼夜いつでも何でもいけまっせということで、本来朝飯になろうエッグベネジクトを注文し、翌朝に備えるのであった。ジャガイモの千切りが異彩を放っていたというのは嘘である。ホテルは朝食付きであったので、出発1時間前に食べに行く。無料パソコンの壁紙がセントマーチンのマホビーチであった朝である。種類は少なく、とりあえず、あるものを用意し、ヨーグルトも食う。(その後スクランブルエッグも出てきたので取りよそう)とりあえず、余白が日本文化である、あ、アメリカだった。ワッフル作製機もあったので、万遍なく液体を敷き詰め、プレスして、裏返しにして数分待つ。液体の素材はチーチーで、機械のノズルを押すと、どろりとした液体が出てきて、それをプレートに乗せるだけである。しまった、ちょと量が多かった、飲み物も飲み過ぎた感満載である。2泊目はホテルに併設されていた神が食べるレストランであり、ここはパスタとする。パスタは2種類しかなく、一方はペンネって書いてあるので、ペンネはすぐ腹が膨らんでしまうからな、もう一方にしよう、と注文したら、そちらもペンネだった。トッピング2つ選べるよ、というのでオクラのフライとマカロニにした。マカロニでいいの?パスタと同じですよとウエイトレスに言われたものの、ああ、それは構いませんといったものの、結局残してしまうのであった。確かに、神は何を召し上がるのだろうか。翌朝は8時の飛行機だったので、7時前に空港で感嘆な食事をとっておく。ラップにしておくが、あちゃ、これで700円高っ、とう訳である。3泊目はホテルの横にあるいくつかの食べ物屋さんの集積である。中華やメキシカンなどがあったが、ここは地中海料理だ。日本じゃあマイナーな地中海料理(トルコ、レバノン料理とかイスラエル料理とか)も欧米ではそっち系の人が多いので、割とメジャーである。タブーリ、ファラフェル、フムス、いいねいいね。ちょっとファラフェル、表面焼きすぎだが。リカーショップもあったのでビールを購入し、ホテルの部屋に冷蔵庫が無かったので、急いで飲むが、無料コーヒーをフロント横に取りにいくと、共用冷蔵庫があったので、そこに入れる。入れるがここはアメリカ、誰か勝手に飲んじゃうかもというのを危惧しながら、そのときは仕方ない、また買いに行くか、2ドル程度のBETである。冷たいビールが飲めるか、なくなっちゃうか。マア、結論としてはなくなってはなかったのであるが、散歩に出かけ幹線道路沿いのガソリンスタンドのコンビニでもう1本追加で買っておく。夜、また少し腹が減ったので、TOGOで中華買いに行く。スモールにしたのに、どこがスモールなんだ。5分もまたないうちに料理が出てくる中華、フォーチュンクッキーの意味は不明。最終日のホテルでの朝食。というか、パンとシリアルしかなく、珍しくシリアルを食べる。嫌いじゃないが、お菓子と私の中では分類されちまうのでな。何でコーラつけてんだか。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.26
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この旅行では100カ国目に突入したことに加え、気がつけば、中米も一通り巡った結果となった。中米といっても、そんなに国はなく、メヒコ(北米にされるか)、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ベリーズ、ニカラグア、コスタリカ、パナマである。 概して、コスタリカ以外は治安もあまりよくなくて、夜中にひょこひょこ出かけるということはなく、さすがにヒューストンからニカラグアに飛んで、危険な首都マナグアは避けてタクシーで45キロほど離れたグラナダまで40ドルで到着したときは夜中であり、宿はガッツリ入り口には鍵がかかり、早く開けてくれヤバイヨ、という感じであった(とうほどでもない、さすがに夜中誰も歩いてなかった)。むしろ、翌日の夜8時ころにブラブラ散歩して、途中でビール買って行儀悪いことに紙に包んでだが歩き飲みをしていたら、前からチンピラ兄ちゃん3人組が立ちはだかり、「おれにもビールくれよ」、といわれ、「いいよ、一口どうぞ」、と缶を渡すと、3人でラッパ飲みされ、ビールなくなった。「へ?そうなの?」となり、仕方ないのでもう一回買いに行った。まあ、そのぐらい危険なのである。 あとは、グアテマラの首都グアテマラシティーも大層治安が悪いようで、さすがにロサンゼルスからグアテマラに飛んで、危険な首都を避けてタクシーで50キロほど離れたアンティグアまで30ドルで到着したときは、早朝であり、宿も取ってなかったが、部屋が空いていたので早朝7時前にアーリーチェックインさせてもらったよ、という感じであった。いやー、タクシー代安く済んでよかったよ。 それからホンジュラスの首都テグシカルバも近年、世界を代表する治安の悪い都市となっており、ここにはかすりもせず、マヤ遺跡の村にノウノウと泊まったという次第である。(今では、世界1とか2とか3とかいわれる) エルサルバドルは首都のサンサルバドルに滞在したが、なんだか夜にホテルまで3キロほど歩いて帰ってきたが、今考えたらやばくなかったのか?矢鱈、ラテンの血が激しいと感じたが。 パナマは首都パナマシティに泊まったが、宿泊地周辺は特段なんともないが、旧市街からタクシーに乗ってホテルに帰るかと、旧市街の入り口辺りまで出ると、急に空気が変わり、風景が荒んだので、こいつはヤバイと、急いでタクシーを捕まえたのであった。(夕方で渋滞中なので、タクシーが全然止まってくれないのであったが、もう、無理に車内に入り、そして、納得できない料金であったが、渋滞料金も加算だといわれ、まあ、ヤバイ地域を脱出したからいいか、と大きなスーパーマーケットの前で降ろしてもらった) おっと、すっかり、中米最後の国のことを書くことを忘れそうになっちまったよ。最後の国は、ベリーズである。ベリーズだけ何故飛ばしていたかというと、昨年までビザが必要だったこともあるが、アメリカからの乗り継ぎが悪くてアメリカに1泊しないということだったので、避けていたという按配。今回は、そんな訳で都合乗り継ぎの関係で空港近くで3泊しちまったという乗り継ぎのための旅行みたいな感じであった。 中南米には、前回は成田からヒューストンまで、そこで2、3時間で乗り継ぎ、リマ(ペルー)へ。帰りもボコタ(コロンビア)から早朝に到着して4、5時間待ちぐらいで11時前の成田行きに乗り継いだ。 前々回はというと、サンフランシスコで、2時間程度乗り継ぎ時間でヒューストン2、3時間で乗り継ぎ、マナグア(ニカラグア)へ。帰りもボコタ(コロンビア)から早朝に到着して4、5時間待ちぐらいで11時前の成田行きに乗り継いだ。帰りもキト(エクアドル)から早朝に到着して40分乗り継ぎ成功で、サンフランシスコも関空行き出発の1時前に到着し乗り継げた。 前々々回はというと、関空サンフランで乗り継ぎ便が遅れ、女性機長が「ぶっ放すわよ」とアナウンスしてくれワシントンDCまで5時間で到着したにもかかわらず、目の前でブエイノスアイレス(アルゼンチン)行きゲートは閉められ、残念!24時間待ち!となり翌日の夜のアルゼンチン行となった。帰りは夜にブエイノスアイレスを出て12時間でワシントンDC、3,4時間の乗り継ぎで成田に帰った。 前々々々回はというと、成田からロサンゼルスまで、そこで待ち時間が12時間近くあったので、空港近くの安ホテル、ハッチエンダでにディユースでチェックイン数時間街に出て、夕方からホテルでウダウダ、それで夜中発のグアテマラへ。帰りも早朝にサンサルバドル(エルサルバドル)出てロサンゼルスでまたハッチエンダに泊まり、翌日サンディエゴに飛んで、翌々朝サンディエゴからサンフランシスコ2,3時間待ち経由で関空帰った。 まあ、そういうことで、ベリーズの話はもうちょっとここではでなかったということである。写真は、キーカーカーのままである。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.25
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キーカーカー島では朝日を拝めるほどの早起きであった。健康的である。6時にもどの店も閉まっているが、屋台でコーヒーを購入。インスタントだが1ドルもする。それもって、宿に戻る。 出航30分前にチェックアウトし、5分で船着場に到着し、桟橋の手前で荷物を預ける。桟橋の奥で出発を待つ。船はサンペドロからやってくるのだが、5分ほど遅れて到着。しかしながら船内は酔いどれ超人達が二日酔いと船酔いを我慢しているのであった。 50分ぐらいかかり、飛行機離陸の時間は2時間切ったが、空港まで30分かからないので、想定どおりである。ここから、メキシコのボーダーやグアテマラやマヤ遺跡行きのバス会社(とうか代理店)がいくつかある。 荷物到着地点で荷物を待っていると、すぐ後ろはタクシーブースで、まあいくらいっても固定の25ドル。隣の西洋人女性単身が駄目だ、10ドルだといったら、速攻で無視されていた。(タクシー乗ったら、その横をさっきの彼女が同乗者2人を見つけていて、乗って行った.俺も昔なら4人集めただろうなと懐かしく思う。)荷物が荷台に運ばれてこのブースに入ると、ブースの後ろを締める。盗難防止だろうか。預けている者は皆、荷物の半券を持って手を挙げることとなる。タクシーは空港の真横を通りながら、空港に向かう。茶目っ気ある文字体の空港マヤアイランド航空ってのがある。この近場を飛んでいるやつだ。うわ、ローカルやな。(全然関係ないが、マリオボロ通りというのを急に思い出した。マルボロ通りみたいだなあと昔思いながら歩いていたのだが、どこだったか思い出せなく、検索したら、インドネシアの古都ジョクジャカルタのメインストリートだった。ほう、マリオボロってサンスクリット語で「花の首飾り」という意味か。)フィリップ・スタンレー・ウィルバーフォース・ゴールドソン空港が、正式名称だが、さて、これが誰だか分からない。それにしても、ベリーズからのアメリカ便は昨日までヒューストンから2便、ニューアークから1便あったのに、今日からヒューストン1便のみとなり、急激にだだ混み。これは、3,4時間後のサウスウエストのヒューストン郊外ローカル空港行のチケットを買わないといけないのではないかと思ったぐらいである。いやはやさすがアメリカの優良格安航空会社、国際便で2時間半のフライトで、ネットから正式に予約しても150ドル弱であったことは確認してある。何セ明日の便にしてたら全部ずれて日本に帰れなくなっちゃうからね。(何とかそのときはそのときで帰るんだけど)いやはや、ベリーズは「マイナー」かと思いきや、日本人、帰りの機内にはカップルと、若い女性3人組が乗っていた。ブルーホールできたか?という感じである。同じホテルにも会社員1人組が一人文庫本読んでたし、バーでも新婚旅行らしきカップルを見かけた。思い起こせば、中米でたまたまだけど、今まで日本人見なかったなあ。グアテマラ、コスタリカ、パナマ、ニカラグア、エルサルバドル、ホンジュラス・・・。ヒューストンに15時前について、エスタコース、今度はエスタにも人が割りと並んでいて15分ぐらいかかった(それでもいつもの2~8倍早い)が、速攻で外に出て、宿検索である。その混み具合とか週末とかで、うわ、先日泊まったホリディインが2倍になっている。どの旅行サイトみても2倍だ、駄目だ。(駄目じゃないけど、悔しい)、その前に泊まったラマダも、え、100ドル越え?うわあ、どこも100ドル越え?あ、一つだけ70ドル弱見つけた、ここだ!と空港の席にて予約。空港のパネルにある近隣ホテルパネルとその横に備え付けられた電話機を見ながら、受話器を上げてホテルのボタンを押すと、つながり、そして迎えに来てくれるというシステム。4時前なのに、街中に行かずに、空港郊外でこの旅行終了のヒューストンなんだぜ、赤い屋根。何故、ヒューストンの街中にいかないのか?いやいや、ここから3キロぐらい先に、国際葬儀博物館(The National Museum of Funeral History)があるからそこにいきたかったのだ。でも16時までヤン、終わりヤン、ナンヤネン。フロントに行き、チェックインしようとしたら、まだ旅行代理店(ネット)から予約は行ってないわね、といわれ、うん、予約したの30分前だからということで、じゃあ、荷物預けるからご飯食べてくるよ、ということになった。それで1時間程度で飯を食い終わって戻ると、予約の連絡入りましたよといわれ、鍵をもらう。それでチェックアウトまで15時間ぐらいとなり、ダダッピロイ意味のない郊外を歩く。テキサス州って、でかい町はヒューストンとダラス。多分、州都で喧嘩しないように、ヒューストンのとダラスの間(から微妙にずれているが)オースティンを州都にしている。あれみたいな、シドニーとメルボルンの間に首都キャンベラ作ったみたいな。あとテキサスにはダラスの横にフォーとワースがあって、もっと西に行ったところにメキシコとの国境エルパソがある。エルパソと国境を挟んであるメキシコの町がメキシコで一番治安が悪く、治安の悪い都市といえば、ホンジュラスのサンペドロスーラ、ヨハネスブルグと並び3位以内に入るシウダーファレスがある。いやはや、世界の都市は危ないところばかりであると思ってしまうほど。行きたいし、すぐ行けるベネズエラもずっと二の足を踏んでいる。(逆に急に治安が改善されつつあるボコタには、それで行った。行ったけど、夜はやはり不穏であった。てか、ホテル常時入口鍵締められてるのですが。)ガスリンスタンド横のコンビニでビール買って、部屋に持ち込んだが、部屋に冷蔵庫なく、共用冷蔵庫に盗まれること覚悟で部屋番号書いて入れておいたが、善良な市民が泊まっていたおかげで、無事飲めたわけである。そういえば、部屋はバリアフリーの部屋を与えられ、またぎのバスタブは無く、でかい洗濯パンのようなFRPにビニルカーテンであった。椅子つきの。明日帰る。多分。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.24
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2016.05.23
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ホテルの食べ放題夕食というのを、グルーポンで買っていたので、日付も迫り、急いで行くのである。大きな声では言えないがノボテルである。ノボテルはアコーズグループなので、その特典の何かは持っているはずなのだが、それはなんだか発揮されたことが1,2回しかないような気がする。あ、そっか、日本じゃ2つしかないの?世界中に400以上あるけど。アコーズにはソフィテルやイビスがあるからね、何となくトキドキお世話になっているはずだと思いきや、いつも調べるだけかな。メルキュールは何度か泊まっているな、マカオとかポーランドで。こういうラグジュアリー系からバジェットまで幅広く展開するアコーズであるが、多岐にわたるチェーン展開もまあ、珍しいということである。この前日本に帰ってきて何食ったか?そばかウドン食った。いつぞやの日みたいに、機内の朝食寝過ごして食えず、成田の国内線の搭乗口近くのマズくて高いソバではないよ。大阪に帰ってきてからちゃんと、フードコートで普通のソバだよ。 それでグルーポンで4割引でメシ食いに行ったが、早い時間に来たら、ガキが鬱陶しいかった、何だか、団体で来ていたということである。それにバイキング形式で、何だかよく分からずに来て、1皿だけ盛って来てビールなんか飲んじゃっているモッタイナイおじさん軍団と、どれだけ食べるねん、見た目太ってないのに、みたいな家族軍団、凄いわ。今日のメインは、ローストビーフだから、ひたすらこれを食べ続ければ元が取れるのだが、一口サイズを4枚食べると、もうええわ、野菜とかソバとか寿司にするわ、ということで、食べ放題、永遠に元が取れないシステムである。どれが美味しかったかといえば、葉ワサビである、というか、それローストビーフや寿司にちょこっとつける奴ジャン、沿うじゃん、最後に勝手にワサビ茶漬け作っちゃうジャン、という悲しき食の細いもうすぐ死んじゃうオッサンの定めである。もうすぐといっても、あと34年ぐらいだけど。ワサビってのは、最強である。インド人もびっくりである。英語で辛いとかいいようがないのだが、ワサビの鼻にくるやつは、辛いシステムに最強な奴らもたじたじであり、泣くのである。ノーヒューマンビーングノークライのボブである。イキッテ帰国してからとか言っているが、連続性のある日常のままなので、よく分からないが多分、帰ってきてから奈良県で一度飲んだような気がするのだが、取引先に初めて飲みに行きますネエとか言われて、いや南森町で6年前に2人で行きましたよ、と答えるとオボロゲに思い出してくれたようで、○○さんとその後合流しましたね、といわれ、いや最後まで2人でした、と私は主張した。インフェアリアーコンプレックスという劣等感の英語訳はあるけど、そんなの欧米ではあまり使われないんじゃないの?って話をしたような気がするが、そういう系の人ではないからシナカッタような気がしてきた。それで3件目行きましょうよ、最近いってないのでイカナ怒られるんですといって、上本町で降り、上本町で飲むのは数年ぶりだなあと思いながら、場末ババアバーで飲む。まあ、俺もオッサンやけど、隣の客は愛嬌あるおばさんで、何か絡まれたけど、本筋は覚えてないが、店に来たときには飲んでいて、帰るときもまだ飲んでいたということだけは覚えている。 それから梅田の東通りの餅鍋屋というのもあったのだが、これが仕事のトラブル発生のため、私のみ、ほんの90分遅れの参加となり、1次会は30分程度であり、肉は5切れ食べて終了、まあいいんじゃないの、でも、まだ飲むから2次会全員参加な、と私は辞令発令し、じゃあどこいくねん、そんなん面倒ジャン、店出て20メートル先に見つけた単なるカウンターバーに突入。入ってからここにしようや、ということで、まあ、この会は、韓国好きの後輩から韓国情報を収集する目的しつつ、おっさん、2回目を知っているのか?と馬鹿にされた次第。知ってるよ、台湾人と関西人交じってるグループやんと。マア誰が誰かまでは分からんのが玉に瑕やけどな。そしたら2日後の飲み会が、またもやモツ鍋であり、またもや仕事上のトラブルに巻き込まれ、1時間遅れの参加となり煮込んだ野菜は沢山食べたが、モツは2つぐらいであった。別にいいけど。別にいいけど、若い頃は、ホント肉嫌いだったんあだなあ。家庭でステーキだされたら必ず手をつけなかったからあな。オエーだったんだよなあ。でも年取る事にだんだん肉が好きになってきた気がするなあ。その変遷は、学生時代の肉食べ放題スキヤキでは一切肉を食べなかったし、働いた20代も手をつけなかったが、そのうち団体の飲み会ならちょと食べるようになって、高級焼肉はうまいと思うようになって、まださすがに個人的に焼肉行くことはまだないけど、少量でエネルギー蓄えられるからいいよね、と考えるようになってしまった。年取って、効率的に栄養とったほうがいいんじゃね、と体が変質してきたのだと考える。それで、2次会は遠慮しようかと思いきや、いきましょういきましょう、付き合い仕方ないですね、でババアバーに連れて行かれ、カラオケ歌ってください、仕方ないですね、何だか、今日は自分で盛り上がらないから駄目です、といいながら、最後に萌えろいい女か匹がねかなんかツイストの歌シャウトして、スミマセン、と店の人に謝って帰った。決してツイストを踊ったわけではありまおんせん。(ところで「どん底」は学生時代に通った悲しき店、まだ三ノ宮の地下街にあるよ、あのときは、ほんま暗かったのに、元気やん)そういえば、1回目のモツ鍋の会では、100カ国おめでとうございます、ということで祝ってもらった。いや、30年前なら厳しかったが、今ならほんま簡単になりましたね、ということである。ネットがなく飛行機チケットも高かった時代(LCCもなかった)1980年代や90年代に読んだ100カ国旅行記は、まあ、6年かけてたからねえ。まあ、自分でも50カ国5年で巡るというのは、年3回で毎年10カ国更新だったからねえ、それ今だから出来るんだろうなあとシミジミ思うのであった。(シミジミ思ったのは今だけど)
2016.05.22
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さすがに長閑なビーチ安全である。午前2時でも、女性旅行者がふらふら歩いていた。ラスタヘア多し。帰った。実はあの泳いでいたのは中国人で、帰りベリーズ空港で見かけた。なんだ泳いで故国帰らなかったのか。ホテル前。風は吹き続ける。昼間の貝殻売り屋さん、商品置きっぱなしで帰る。朝、そのまま、誰も盗んでいない、誰もいらない。何も足さない。何も引かない。誰も盗まない、誰もいらない。何も足さない。何も引かない。ホテルに戻る。朝となる。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.21
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世界最大の輸送機無理や(ウクライナなんだよね、バカデカイ輸送機作ってるよってのは知ってたけど、ウクライナってか80年代だからソ連製だよね。アントノフがty食った世界に1機しかないのが4箇所ぐらい経由してパースに到着、何だか年1回ぐらいしか飛ばないって、この飛行の免許持っているパイロット何人おるねん、って話。年1回の鯨飛行機に、経由地のプラハでもお祭り騒ぎやったらしいね。さて、3回読みきりの最終版である。2ヶ月ぶりの旅行であり、長いこと行ってなかったなあ、という印象を持ちながら、結局島一周ということになり、サトウキビ畑を行く。フナウザギバナタ、ということである。まあ、変な置物があるから、道の途中、寄ってみるか、3分、という奴である。サシバという鷹科の渡り鳥である。へえ、鷹も渡り鳥するのね。その風景は、といえば、ウム、海である。見ている方向は、東シナ海抜けたら、韓国と中国の間の黄海かなって感じ。右向いたら宮古島見えます。それでは次向かいます。茄子ですね。ナス科であり、宮古諸島にしか自生しない希少種らしいが、宮古島ではもう見当たらないらしい。お墓やらでかヤマトブー大岩3万トン。高さ25メートル。 要は、でかい岩。パワースポットか、それは景色のいいところ。景色の悪いパワスポないかな。イマイチパワスポとか。歌もいいよね、知らんけど。蟹じゃないよ。宮古島見える~大人の階段上る~5月17日トライアスロン2016サバ沖井戸130段下に井戸があるということ。行かないけど井戸。 2016年宮古島 宮古島直行便就航(リンク) 伊良部大橋へ(リンク) 伊良部島 下地島1(リンク) 伊良部島 下地島2(リンク) 伊良部島 下地島3(リンク) 池間大橋(リンク) 狩俣地区(リンク) 宮古島本島(リンク) 宮古島→帰宅(リンク)
2016.05.20
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さすがに、なかなかベリーズを知る人は少ない。私が知ったのも、多分、学生時代は知らなかったのではないだろうか。勿論ベリーサンの綴りとも違うのである。ベリーズで有名なのはブルーホールであろう。これならTVで観たこともある人もいるのではないだろうか。グレートバリアリーフに続く珊瑚礁のある国である。独立(イギリスから)したのは、何と1981年。これで中米での植民地はなくなった、つまり中米最期の独立国家である。(南米では最期にフランス領ギアナが残っている)なんだか、1980年代で覚えているのは、ジンバブエが、昔のローデシアといわれてたときから独立、ブルネイも独立、私の大学旅行中に活躍していた中学生時代の教科書の副本の世界地図帳は、どちらも独立してなかったな(英)となってたなあ。2000年以降独立したのは(できたのは)、東チモールと南スーダンだよねえ。90年代は、ソ連の崩壊で、割と独立したよねえ。ユーゴスラビアも解体、独立してばらばらになったし。ベリーズはメスチーソ(欧米とマヤの混血)が5割、そして他の南米と違い多いのがクレオール(欧米と黒人混血)で2.5割、カリブ海との結びつきが強く、レゲエ頭の人も多く見られ、実際にジャマイカtおの結びつきは強いようである。タクシーで流暢な英語を話していたので母語かと思ったが、公用語であって、母語として英語を使っている人はほとんどいないようである。確かに、黒人多かったなあ。ちなみに中米で公用語が英語なのはこの国だけである。英国からの独立って、かつて、英国は確かに、ジャマイカを含む英領ホンジュラスであった。 地図を見れば、メキシコとの国境は分かるが、酷い、アフリカのように、グアテマラとの国境線がマッスグである。91年に仲の悪かったグアテマラが、独立を承認した。最近ジャン。国土面積は、まあ四国ぐらいで、人口は30万人というから、中米1のミニ国家である。面積はエルサルバドルのほうが狭いかも知れないけど。エルサルバドルは、何セ人口が多い、人口密度中米ナンバー1だったと思う。 CIA FACTを見ると、面積は世界152番、人口178位、随分下やなア。アイスランド、モルジブぐらいの人口やな。ちなみに、ベリーズシティの海が泥のようだったのだが、国名の意味も泥水(マヤ語)である。ちなみに、私の知り合いでベリーズに行ったのは、新婚旅行で行った1組があり、あれは、2000年前後だったかなあ。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.19
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約80家族の住む村、キーカーカー、懐かしい感じは、高級ホテルのないバックパッカー向け長期滞在リゾートという感じだからだろうか。随分違うが、かつてのフィリピンのミンドロ島やタイのコサムイ島を思い出す。バンガロー形式ではないが。宿も小さな宿が30以上あり、アイテルヨ、との看板が上がっていたりなんかして、安く過ごせるのではないだろうか。 道はメインストリートが1本、ほとんどが店や宿、エージェンシー、飲食店である。それに平行して道があり、その2つの長い道を何本もの道が結び、さらに結んだ道は延び、反対側の海岸へいく。右を向くと、向こうの方に海が見える。左を向くと、向こうの方に海が見える。民家エリアニモウィークリーホテルのような家がいくつかあり、故伊達に旅行者のような人が入っていくのを見かける。反対側の海辺は、静かで波もなく、少し寂しい。島の発電所、ここだけが爆音鳴らす。隣の家の人、良く耐えているな。工事現場か港の労働者、少しドリンク。2階にどうやっていくの。プレスクール、って、民家やん。キーカーカー島に着いて、ホテルと反対側に歩いていってしまい、引き返した地点。もしもし、使えますか。メインストリートの南端。海に面する墓。海の奥、水平線の辺りに波があり、浅瀬の珊瑚礁だと想像される。考えたら、ミンドロ島、プエルトガレラあたりのビーチもバンガローが100ほどあったか?レストランが数件、終わりであったが、その横には村があり、村の屋台でビールを飲んだり、地元のチャンプルメシを食べるのが安くついたなあ、という思い出もあり、村とこれだけ隣接しているというかだぶっていても、観光客はそうそうには来ないという感じであったが、村人と遊んでばかりであった。こういうのをタダの感傷という。今、サバンビーチを検索したらさすがに30年たつと大変貌である。ただ、石垣とか面影は残っているね。いつの間にかサバンに直接バタンガスから船が来るようになったんだねえ。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.18
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通り池上空しげちゃんツアーには参加しなかったが。車を降りて5分程あるく。ウキペディアよりコピペ下地島北部の海岸近くにある大小2つの円形の池で、海側(南側)の池が直径75メートル、水深50メートル、陸側(北側)の池が直径55メートル、水深40メートルである。地上からは2つの池が並んでいるように見えるが、これらは地下部分でつながっており、さらに海側の池は洞穴で海とも通じている。「通り池」という名は、このような池の構造に由来する。この地形は、海岸にあった鍾乳洞が、波によって侵食されて大きくなり、天井が部分的に崩落して形成されたものと推測されている。このような地形はブルーホールとも呼ばれる。池の周辺には石灰岩が点在するカレンフェルトと呼ばれるカルスト地形が発達している。この池は海とつながっているために潮の干満につれて水面が上下し、サーモクライン(水温の違う水が接してできる境界面)によって色が変化して見える。また、深度によって塩分濃度や水温に差があるため、多種多様な魚介類が分布しており、サーモクラインによる神秘的な景観とも相まって、絶好のダイビングスポットとなっている。このような地形は希少であり、また、周囲に学術上貴重な植物が分布していることから、通り池は、2006年7月28日に国の名勝及び天然記念物に指定されている。名勝と天然記念物との二重指定は33年ぶりのことである。世界最大の津波石と言われている。高さ10メートル以上、周囲60メートルの巨石が250年前の明和の八重山大地震の津波で打ち上げられたとのことである。乾隆帝の時代である。しまった、ウッドデッキ終点を越えたら鍋底池があった・・・ダイビングスポットとはいうけど、何だか、怖いなあ。海の中の洞窟、上下左右が分からなくなったらどうすんだ。何だか、・渡海船のような気分だよ。 修行だよ、他の人の苦しみを一気に引き受けて、窓のない船に乗って、釘打ちつけられて海の彼方へ消えて行くってやつ。土中入定でお経唱えながらミイラになっていく海バージョンね。釘打ちつけられたら怖いなあ、ただし、波の関係ですぐ近くの海岸に打ち上げられたりして、でも、もう旅立っちゃったか故郷に戻れない、ひっそり隠れて余生をすごすとかもあっただろうし、一説によると沖縄まで運ばれて上陸した僧侶もいるらしい。静かである。ちょっと神々しい感じがして、ソレも何だか、沖縄なのに、八百万という感じで、反吐の神様(金属)とか、ウンチの神様(土)とかいオシッコの(水)とか、混ざってる感じがした。伊良部観光協会HPよりコピペ 昔、下地島の「通り池」付近に木泊村という小さな村がありました。この村は漁をして生計を立てていました。ある晩、漁師が漁をしていると7匹のユナイマタ(人魚)が泳いでいました。漁師はそのうちの1匹を捕らえ、家に持ち帰りました。漁師はユナイマタが大きいので、村人にも分けて食べようと隣り近所に分け与えました。 その晩遅くのこと、寝ていた子供が急に泣き出し伊良部島へ行こうと何かにおびえるようにしがみつくため、母親も怪しく思っていました。するとはるか海の方から『ユナイマタ、ユナイマタ、早く帰っておいで・・・』という声が聞こえてきました。しばらくして島の方から『私は体の半分を食べられてしまって、とても動くことができません』と悲しそうな声でユナイマタが答えているのが聞こえます。『それなら、大きな波を送るので、それに乗ってきなさい。』と海の方から怒っているような声が響きました。ユナイマタは『一回では波に乗ることができないので、三回、大波を送ってください』と悲しそうな声で言いました。母と子は、身の毛もよだつほど恐ろしくなり、急いで伊良部島へ逃げていきました。 しばらくすると、沖の方から轟音とともに大波が一回、二回、三回と押し寄せてきました。木泊村はみるみるうちに大波に呑まれてしまい大波がさった後、ユナイマタを捕らえてきた漁師の家の跡には大きな穴が2つできていました。とさ。2016年宮古島 宮古島直行便就航(リンク) 伊良部大橋へ(リンク) 伊良部島 下地島1(リンク) 伊良部島 下地島2(リンク) 伊良部島 下地島3(リンク) 池間大橋(リンク) 狩俣地区(リンク) 宮古島本島(リンク) 宮古島→帰宅(リンク)
2016.05.17
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11時に空港に到着しタクシーで市内に入っていく。ベリーズシティの街は何故か曜日のせいなのか人はあまり出歩いておらず、割と廃墟なところも多く(どうやら、ハリケーン被害のようである。被害が酷すぎたのか、首都もベルモパンに遷都したようである)、殺伐感が漂っていたが、危険な感じはなかったわけだが、まあそれは、さておき、11時半に船着場にタクシーは到着。船はキーカーカー経由サンペドロ行だが、この時間帯は非常に人数が多く、3台に分かれての出発となり、サンペドロ行きとキーカーカー行きとキーカーカー経由サンペドロ行の3艘の混合部隊であった。往復25ドル。もう少し時間あれば、さっきタクシーの中から見たちょっと気になった場所あったんだけど・・・、まあいいか。海、汚いな。「はいこっち、サンペドロ行きね、こちらの列はキーカーカー、ハイ今から並んで並んで」と、待合室に大声が響き渡る。 こんなに小さい船で、こんなに乗れるのかと並んでいる列を見ながら思う。チッ、少し出遅れた、と思ったものの、ボートには乗れたものの、これは直射日光である。暑い。西洋人ども、すでに乗船片手にビールやんけ、しまった、真似したらよかった・・・。 スピードボートなので、30キロ先を45分で到着。途中15分程で島の間を抜けたので、近いのか、と思ったが、また波のある地域を走り出す。小さな平坦な100平方メートル程度の島があり、そこに、立派な戸建てが建っていた。けったいな名前というだけで、行く気を起こしたキーカーカー島がやがて見えてきた。全長7キロの島だが、南北で分断され、主な道があるのは概ね8~1000メートルぐらいで、横は2、300メートルで海の反対側である。到着し、桟橋から眺めると、すでにリゾートで寝っころがっている人達が見える。帰りは、どれに乗るか、飛行機出発の3時間前に一番近い便を確認。ボート乗るのに、何となくボート45分タクシー15分、予備30分として出発1時間半前に空港到着とみる。荷物が運ばれるまで日陰に行き、昨日予約したホテルの位置を確認する。手書きだが。舗装された道は無く、車はなく、すべてゴルフカートであり、これがタクシーである。多分数ドルで、荷物もあるからどうかと考えたが、多分2,300メートルも歩かないからカート引っ張っていくかということにした。桟橋から、バスケットコートをショートカットし、メインストリートに出たのは良いが、しっかり反対側に歩き出した。そして5分程歩いたら、パラダイストゥーホテルを予約していたのに、トロピカルパラダイスホテルに来てしまった。しまったと思ったが、きっとパラダイスつながりでその奥にあるに違いないと更に進んでしまうと、宿はなくなりかけ、どこにいくのと声を掛けられ、それはあちらといわれ、元来た道に戻り、10分ぐらいかけて再びバスケットコート横を通り抜け、更に人に聞きながらまっすぐあるくと、単純にまっすぐバスケットコートから200メートルあるいたら、道に面してホテルがあった。道を挟むと、ビーチである。気持ち、誰も泳いでいない。今、1時過ぎだけど、チェックインは3時からなんだ。荷物預かっておくから、ブラブラしてきなよといったことを言われたかどうか忘れたが、いずれにせよ、まあ、じゃあ、早速急いでゆっくりするか、ということになり、バーに向かう。キンキンに冷えたベルキンビール、キーカーカーに乾杯だ。しかし、風はあって日陰気持ち良いが、割と湿気あるなあ。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.16
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飛行時間は2時間半であり、出発は8時過ぎである。そんな訳で6時の送迎車に乗りつつ、ターミナルEにまた来たよ、ということであり、またも機械チェックインにて日本人の人が出てきて、「どちらに行かれますか?(あなたこの前も見たよ)」「今度はベリーズです」「おー、ベリーズですか。1ヶ月以上滞在しませんよね」「しませんよ」「はい、これで発券です」「ありがとうございます」というのは、前述までの粗筋である。 早速、機内でもご飯はでない(パーチャスのみ)ので、空港で朝食を食べておく。ベリーズ行は本日まで1日2便およびニューアークからも便があるのだが、明日からは1便に減便の上、ニューアーク便もなくなるので、本日はガラガラなのだが、明日以降ほぼ満席であることは、事前に調査済みである。抜かりは無いのである。まあ、そんな感じで、カウンターの係員に、「あなたベリーズに住んでいるの?」と聞かれ、「観光に行くだけですよ」と答えておく。 ジャマイカまでは3時間半であったが、ベリーズは2時間少々と、大変近い。ところで、うっかり、ずっとエコノミーだったので、ビジネスクラスはご飯が出ることを忘れており、しまった、しかし、食べるよ、と朝食2時間後に2食目となり、おまけに遠慮しながら朝の9時過ぎからビール飲んじゃったりなんかして、駄目な人になる。いや、もともと駄目な人だった。私が何とかしてあげなければこの人もっと駄目になるわ、と思わせる駄目な人でもある。気がついたら気を失って寝ていたり、明日二日酔いが予想されるぐらい飲んでいたり、本読むのに飽きたから別の本を読む、みたいな駄目な人でもある。そして自分の乗るクラスも忘れるぐらい駄目な人である。まあ、それはいいとして、ニュースや映画もビジネスクラスは無料だったので、クリードを観る。ロッキーっていつだった?もう40年近く前の映画だぜ、そりゃ今回のシルベスタースタローン老人になっているわなあ。ロッキーチャックではないし、ロッキーマルシアーノでもないぜ、ロキーバルボアだぜ、生卵飲んだり、生肉工場で肉パンチするぜ。クリードは、アポロ・クリードだぜ、というか、アポロという名前しか覚えてなかったよね。まあ、その息子の物語って訳よ。訳って、映画見るまで映画の存在知らんかったけど。(帰ってから、歩いてたら「レヴェナント」の宣伝やってた。あれ、これ、飛行機で見たぞ、映像美はあれ退屈なストーリーの映画だった、というネイティブアメリカンの映画か、と思いきや途中からストーリー変更になるのであった。しかし、こりゃ八甲田山みたいに撮影厳しい映画やなあ、と思いながら観たというわけであった。) さて、メキシコ湾やメキシコ本土を通り過ぎ、早々にベリーズシティに到着し、最近テロが激しいからイミグレもうるさくなったから今回も注意だ、ジャマイカでも随分やられたからな、と思いきや、「どこ行くの?」そのとき、わたしは、cyae kaulkerを何と読むのかはっきりわからなくて、「カエカウカー」といったが、「は、何それどこ?」と聞かれ、日本語の案内にあるとおり、「キーカーカー」というと、「うんうん。どこに泊まるの?」「えーっとパラダイス」「ああ、あそこね。ハイハイ」でスタンプ押されて終わり。昨年からビザもいらなくなったのだが、ついつい油断していて(ブラジル以外は中南米はビザ要らないと思い込んでいた)、調べもせずに5年ほど前から暢気にベリーズの行き方、なんか調べてたわけね)空港で両替所を探すが、(もっと探せばあったのかも)見当たらず、タクシー乗り場に行って運転手に聞くと、ああ、アメリカドルでこの国はいけるよ、とのことであった。(おつりは現地通貨でもらい、どこでもアメリカドルは通用する。) 空港には公共機関の移動手段がないんで、タクシーである。もはやこれも談合一律料金の25ドルである。多少粘っても25ドルである。港までよろしく。ベリーズシティは見る所ないもので。タクシー運転手は流暢な英語というか、普段言葉である。中米で英語が話されているのはベリーズだけである。珍しい元イギリス領。空港の脇を通り、河沿いを行き、頼りない橋を渡るとベリーズシティに入る。建物が建築途中や破壊途中が多く見受けられ、平日なのに、人もまばらである。少し荒んだ感があった。11時半頃に港に到着し、30分後のボートに間に合った。港に到着すると、そこだけは賑わっており、入口で、荷物をチェックインし受け渡し票を貰う。奥で船のチケットを買えとのことであった。荷物はカゴに入れられて50メートルほどの護岸に運ばれる。自分の荷物があるか、チェック。あるじゃないですか。急ぎ、土産物屋で、暑いのでビール一気飲み。いくら4ドルといわれ、高っ、観光地価格や、といいながら4米ドル渡すと、2米ドル返してくれた。1米ドル=2ベリーズドルなのである。ホボ固定、計算し易いし、だいたい、米ドルで払ってベルーズドルでお釣り貰うということであった。(ビールは雑貨屋でだいたい1.5米ドル)しかし、このビールビリケンに見えて仕方ないベリーズの代表ビールである。 それにしても、機内からはあちこちで焼畑の煙が見えるのであった。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.15
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(2日ほど前に200万アクセスしたようである。)このボロイ自動車でもタクシーなんだよなあ、昨日、タクシー乗るかと聞いてきたおっちゃんのタクシーで、このホテル専属なのかいつもここに停めてるよなあ、と呟きながら、ホテルに戻り、荷物預けてたのを整理して、飛行機に乗るので正装(背広)に着替えて外に出ると例の、ホテル常駐らしいおっちゃんが、どこいくのと聞いてきたので、空港だよイクラと聞くと、ああの、一律料金。15ドルだよ。昔なら外に出て、いろいろ交渉しまくったかも知れないが、まあ、いいよ、という投げやりな感じ。学生時代は1日500円から1000円が1日予算だったが、今は、500円か1,000円ぐらい高くなっても安くなっても、あまり気にしなくなったところが大人である。勤め人である。収入有の人である。孤高の人である。スターゲイザー(星を見つめる人、占星術師)である。 サングスター国際空港、モンテゴベイ空港、着いたときのアライバルエリアは、旅行代理店ブースで溢れかえっているのであったが、さしがにディパーチャーは、客引きもおらず、静かなものだ。帰るのに客引きいるはず無いよね。チケット発券で、ハンドリングしている女性係員が、それであなたジャマイカ住んでいるの?とニコニコして質問してきたが、残念ながらチョトダケ単純な旅行者ですよ、という返事しかないのである。 おー、空港内はボブの店があるじゃないですか、レジェンドですなあ。レゲエマートって・・・そういえば、ランダムセキュリティ強化されてて、任意の人選びで空港チェックイン内なのにパスポートチェック及び尋問されるのであった。オマエ、ジャマイカの滞在短すぎるだろ、おかしいだろ、ってことである。面倒なので、家族にトラブルがあって急遽帰国だ、と答えておく。何のトラブルかまでは聞かれなかったが、コイツ「アホみたいに」スタンプで埋められているな、と呆れ顔と興味本位でチェックされる。 今回の旅行は、乗り継ぎが悪いのである。逢えて勝手に乗り継ぎが悪い勝手旅行なのである。そんでもって、結局アメリカ、更に1泊である。スゲエのであるが、アメリカ入国はたいてい長蛇の列となり下手したら2,3時間も並ばなければならないこともあるのだが、ヒューストンではエスタコーナーが出来、そちらに行くと、機械の前でパスポートをかざして指紋もとられ、いくつかの質問に答えるだけで紙が出てきて、それ持って並ぶと、すぐにスタンプを押してくれるという画期的システムが導入されており、うおおと10分かからずして、外に出ることができたのである。これ全米で導入して欲しいなあ、と思いながら、今度は到着すればすぐにホテルに電話をして迎えに来て欲しいというと、順繰りに回っているからちょっと待っててといわれ、颯爽と10分程度で送迎車がやってきた。ホテルもホリデーインにしたのは、前回、ホリデーインの送迎車よく見かけたからというのもあるし、この日はネット予約で半額以下で泊まれることが判明したので、まあ、じゃあ、泊まろうやんけ、ということになったのである。チェックインしたのも、早々の、えーっと、19時過ぎである。今日の残された仕事は、飯を食うだけである。そんでもって飯を食い、だらだらと夜中になる前に寝るのである。明日は、だらだらと5時ぐらいに起床なのである。睡眠時間はズドーンの6時間はありそうな勢いであった。まあ、そんな訳で30分起きの、つまり7時の送迎車に乗るのである。コンシェルジュのブースをみると、空港以外にもウォルマート行きの送迎車なんかあったりして、次回はスーパーにでも行くかと思った次第である。仕組みは良く分からんが、人数と部屋番号を書いていたので、人数そろえば行くのかもね。まあ、結局、他にこの便に乗る人はおらず、E国際ターミナルに直行である。ドライバーが女性だったので、チップの用意はしたが、荷物の上げ下ろしは、自分でやったので(男性運転手のように率先して持って荷物を車に積み上げる気配なし)、チップはナシとした。男の人荷物積み上げ当然、女の人荷物積み上げ申し訳ないチップ、の法則であったがあなた自分で乗せてね雰囲気だったので、OKOK1ドル浮いたということである。イキッテ空港に到着して、マシーンでチェックインしようとすると、日本人女性係員に声を掛けられた。ああ、11時前に日本便があるから同じような時間帯に待機してくれてんだな、でも、日本人いないねえ。「どちらまで行かれますか?」(オー。この前も同じこと聞かれたなあ)「おー。1ヶ月以上滞在ですか。」「いえいえ。」「はい、分かりました」、キ~がしゃん、ペラペラの紙が吐き出され、良い旅をといわれ、どもども、と答える。さて、飛行機は出発したのである。フライトタイムは2時間半、この前の関空宮古島と同じような所要時間である。すぐついた。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.14
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帯岩 なんだか勝手に設置した感満載ですね。世界最大の津波石と言われている。高さ10メートル以上、周囲60メートルの巨石が250年前の明和の八重山大地震の津波で打ち上げられたとのことである。乾隆帝の時代である。これ、おぴいわって読むのよね、風体に似合わず可愛らしいね。レンタカー傷つくよ下地島空港は、民間航空会社のパイロット訓練空港として有名でタッチアンドゴーが見られるので、これを見に行ったというのが第一目的だったのであるが、いやはや、なーんも飛んでないということである。と思って調べたら2014年に訓練空港としての役割終ってんじゃん。セントマーチン再びって思ったんだけど。こう、ビーチから飛行機飛んでくるのみたら、楽しい、このセントマーチンのマホビーチで思ったのは、ここ5年で身体的に楽しかった良かったわアってのがこのビーチとアイスランドの世界最大露天風呂プールと、ヨルダンノプカプカ体が浮く死海。そうかもしれない。快楽は、限界がないのが怖いよな。 あと不思議のはピラミッドタイムとマンナドール、人が訪れたら雨がフルって、ほんまに急に降ってきた。 なんだか、怒られるような気がしてしまうんだよな、空港見回りシバキ隊に。 まあ、ノンビリ釣りしてる人もいるけど、まあそれは地元民の特権やわな。 下地島空港 佐和田の浜にやたら存在する海面から見える石も津波で運ばれてきたものだといわれている。昔はもっとあったらしいが下地島空港建設で随分爆破されたらしい。 佐和田の浜それにしても、伊良部島と下地島は離れているったって、30メートルぐらいの水路幅で、3キロにわたり別れている。ウッカリすると、島が変わったことに気がつかないぐらいである。航空写真では1つの島に見える。勿論のことであるが、住民にインタビューはしないが、ここ八重山は尖閣にも近いところである。伊良部島には6,000人ぐらい住んでいるが下地島は5、60人である。よくよく考えたら、島民見たか?というぐらいである。戦争は反対かといわれると、100人中100人反対であるが、すぐ近くの領土奪取されたらどうなの?となると、ウームになり、尖閣おさえられて攻めてきそうな勢いだといわれると、ウームになり、尖閣から攻めてきて若い男は労働力、若い女はセイドレイ、役に立たない奴は皆殺しですよーって攻めて来ても話せば分かる戦争反対を貫かれるかとうと、心もとない。(マア、戦争反対だが、戦わざるえない、というのだろうか)集団的自衛権というわけの分からない言葉もありながらも、政府がいうと、胡散臭いのだが、実は、個々の国で個別自衛するより、皆で守るほうがいいんじゃないの?じゃないの?手段的自衛権辞めるわ、アメリカさん、サイナラ、あ、チウゴク舐めてやって来よった、ってことのほうが怖いよねえ。まさに、トランプがそうしようとしている、アメリカだけが唯一貿易なしの孤立主義で生きて行ける国だ。おまえらオマエラ自身で身を守ってくれな、わしらは自分らで金儲けするから、カッカッカー、とか言われると、喜ぶのは、日本国民ではなく、ちうごくである。トランプは不動産屋さんやからねえ、金融都とは、同じ金儲けでも割と相性が悪くて、時刻のハゲタカ金融にもメスいれるんじゃねえか、金持ちみな、トモダチではなく。挑発してアホなフリしてるけど、したたかジャン。ま、ワシら、グアムかどっかに撤退しますから、あと、個別自衛でヨロシクね、ほんまにそうなったら、政府どころか、今、集団的自衛権に反対している方々も、チョトマッテーっていうんじゃねえの?あ、個別的になれば、もっと防衛費増やせるからいいのか?もう、割とワシら貧乏なんですけどねえ。そんなミサイルや空母に金かけたくないんですけど・・・。(まあ、オバマが自分の主張をちーとも妨害されて実現できないように、トランプも実現できないような気はするのだが)それにしても、オバマのときから、もう世界の警察官辞めたいから、辞めるわ・・・逆にアメリカから、他国まで守るつもりないから集団でなく、個別でやってねーといわれそうだなあ。ちうごく、大喜びだ。20年前とは違うんだよなあ。関係ないけど、下着や靴下脱ぐ時、よく反対に履いていることがある。これって身に付けるときに見てないってことだよね。質問の仕方で答えは、導き出される。原発廃止したら、電気料金10倍になってもいいですか?いいよね、仕方ないよね。夏と冬に我慢したらいいよね。反対するのは、結局原発は廃棄まで考えると高くなるからですよね。10万年分先までの放射能が安全になるまでのコストね、みたいな。2016年宮古島 宮古島直行便就航(リンク) 伊良部大橋へ(リンク) 伊良部島 下地島1(リンク) 伊良部島 下地島2(リンク) 伊良部島 下地島3(リンク) 池間大橋(リンク) 狩俣地区(リンク) 宮古島本島(リンク) 宮古島→帰宅(リンク)
2016.05.13
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ジャマイカ第2の都市、モンテゴベイのダウンタウンに行くオールインクルーシブ、ブッチャケズバリ、空港送迎、全食事、アルコール、マッサージ1回、ゴルフする人ならゴルフ、ウォータースポーツ、ワイイン1本、施設内エンタメなど、考え用、人、そのときのスタイルによっては決して悪くないような気もしてきた。全部込みの考え方ホテル発祥はジャマイカらしい。ジャマイカに来て、リゾートで、一切外にも出ず、安全で、ホテルのいるジャマイカ人以外には会わずに終る。 概ね、2.5万円ぐらいからあるので、一般普通ホテルの2、3倍払えばいけるということである。勿論ブッチャケズバリ、私も、1泊2泊なら十分に払える金額であり、そのぐらいのささやかな稼ぎのある庶民なんである。 勿論、広大なリゾートホテル内にいたら、空港ホテル空港と、町に出る必要なぞないのである。昼間からカクテルなんかプールサイドで飲んで、ノー天気バカンスである。しかし、ブッチャケズバリ、現地の人とのふれあいを既にどの国にいってもあまり求めなくなってしまった私でも、現地の人を見ないとか会わないとか完全閉ざした道まではさすがに思わない年頃である。そんな訳で、ブッチャケズバリでもないが、ダウンタウンに行くのである。ホテルから徒歩10分少々の近さである。途中、ブッチャケズバリ、予想通り訳の分からない現地の人が声を掛けてきてガイドなのか金をせびるだけなのか、近寄ってきたが、こいつは駄目だと、無視。ダウンタウンは、ブッチャケズバリ、日曜で、散々閉まっている。勿論観光客は見当たらない。黒人だけのアフリカには足を踏み入れたことがないので、黒人ばかりというのは、カリブのアンティグアバーブダ以来のことである。ブッチャケズバリ、IQの事実としては、黒人は白人に劣る。劣るが白人はアジア人に劣る。だから駄目なんだではない。IQのシステムを考えたのは黒人じゃないでしょうからね。運動能力は、まあ黒人が一番でしょ。水泳も黒人が泳ぐようになったら、世界の壁は変わるでしょうな。しかし、社会ではこういうことを行ってはいけないのである。どの人種も平等を前提としているからね。しかし、能力にはその分野に置いて遺伝子的に最初から優劣あるよなあ。ダウンタウンの観光的見所は、ずばりぶっちゃけ、サムシャープスクエアのみである。いや、誰も観光していない。逃げた奴隷を閉じ込める牢獄と、人のモニュメントがあるだけである。ある、というか、ここが町の中心である。イマイチエリア 町では、ラスタファリズムにちなんだのか菜食主義のアイタルフードがあったりするが、ラスタファリって国を挙げてというイメージがあるかもしれないが、所詮キリスト教メインであり、ラスタファリズムは数パーセント。ウーン、ラスタファリズムが宗教なのか、アフリカ回帰運動なのかよく分からんが。少なくともISM(主義)ではなく、MOVEMENT(運動)か。ブッチャケズバリ、ダウンタウンはすさんだり、不穏な空気を感じることもなかったのだが、それは午前中だったからだろうか。それより、さすがに何も見るところも特になく、フラフラ歩くのみである。ダウンタウンそのものは小さな町であり、実は危険なエリアも事前に調べており、しかし、それは離れているので問題もなく、いつも結果的に問題なかったのは偶然なんだが、もう一度書くと行くところがないのであった。海沿いにも店があるのだが、まあパスクラフトマーケットに寄ってはみるものの、オー、観光客0人のあちこちから声が掛かる、でももともと欲しいもの何もないの世界で急いで一周5分で終了。tastee有名らしいで。2店舗みたけど。スーパーマーケットがオープンしたので入ってみると、おお、ここにも中国人、言葉はマンダリンではなく、広東語。帰りは、オールドフォートクラフトマーケット、途中まで行くが、さっきと同じか、どうせ買わないかと引き返す。そういう訳でジャマイカでの買い物はジャーク小分けソース3つの1ドルのみとなった。(てか、今回旅行の買い物の全ては1ドルで終了)遠くからも、大声で呼び込みされるが・・・誰も客おらんな。どこいっても土産物で欲しいもの無いよねえ。ん?ジャマイカで何度かガンジャの香りに気がついたが、ダウンタウンではしなかったな。まあ午前中だからか? 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.12
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宿に荷物を置けば、食事である。ホテルを出て5分程度、静かな感じで休みかと思ったが、ファミレスのような1960年代からの店、ペリカングリル。メニューからまずは、スターターとして本日のスープ。最初はイマイチな感じだったが、いろいろ柔らかく溶け込んだ感じ。名物、アーキー&ソルトフィッシュ。黄色いのがアーキーである。アキーは、ジャマイカの道端で見かける赤い実が生る木。完熟すると自然に割れ、黄色い果肉と黒い種が見えるのだが、熟すまでは有毒。アキーと塩漬けの干タラを炒めた料理であり、この黄色いアーキーの味はなんていうかなあ、卵の味が無い半熟卵食感でウニの味が無いウニ食感でアボカドの感じもしないでもない。アーキーはジャマイカでしか食べられていない模様。(揚げパンはオサレにしてるだけ)もうひとつの国民食がジャークチキンやジャークポーク。ジャークチキンサラダとする。ジャークは、まあ、ジャマイカ生まれの辛いソースってことで、当然店によって違い、路上でも販売。その中味は、元々自生するオールスパイス(ピメンタ、ジャマイカンペッパー)にスコッチボネット(ハバネロに似た激辛トウガラシのようなもの)、タイムなどを混ぜたもののようだ。一口目、二口目は単に辛いだけかなと思うのだが、中毒性があるのか、パクパク食ってしまっていた。あ、しまった、サラダ食ってない・・・。ところでバーベキューの語源はこの西インド諸島一帯に住むタイノ族の肉丸焼きという説が有力らしい。割と気に入ったので、スーパーでジャークの元買う。ほら、瓶や缶買いしても全部食べないジャン。1袋30円ぐらいの、こういうのが良くないか。まあ、ブランドは世界中で見られるマギー(ネスレの子会社)だけど。ビーチバーでは、すんなりビール。横を見ると、西洋人おじさんがしょんぼり大飯を食らっておる曳航の17時であった。部屋に戻る前にスーパーマーケットで、レッドストライプ以外のジャマイカンビールを漁り、持ち帰る。おお、GONG ワンラブワンハートか。レモン味か。ビールのフレーバー系はイマイチ元々好きではないんだけど、まあレモンならまだいける。でもスイバ(ソレル)味は、葉じゃなくて、実は甘くて駄目。あとは、スタウト黒ビールもあった。空港まで歩いていけるよねえ。朝食もアーキー&フィッシュ。プランテン(食用バナナ)。ダンプリン(小麦粉を炒めて固めたもので、餅のような食感)。ヤムイモを練り上げたもの(イエローヤム)。サーターアンダーキーみたいな甘いパンだかドーナツだか。なかなかボリューミーだ。チェックアウト前に、もう一杯ね。海に面するエンタメ系レストラン、ジミーバフェット(アメリカカントリー歌手)のチェーン店)の店に行く。とりあえずはビール。見渡すと、うわあ、ボリュームありすぎるわ。ちょっとセーブしよ。マア、サラダのヒュージョン料理にしましたとさ。アア、アイランドタコサラダかいな。さて、飲み干したら、空港向かう。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.11
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1.首都キングストンは大層治安が悪いようで、ボブマーリー博物館にもおいそれとブラブラいけるのか、というと、分からん。第2の都市モンテゴベイは、ダウンタウンも昼間なら問題ないが、夜は何となくヤバそうだ。リゾートホテル内は何ら問題ないが、幹線道路に出ると、いまいち夜中なら何となくヤバイ感じはある。ビーチを夕方にうろついていて、人気のいないほうまで歩いて行くと、急に人相の悪い奴が現れ、怖がるな、といいながらメシ一緒に食うか?ガンジャいるか?と声を掛けられ、断ると、すんなり引き下がっていった。2.警察も割とウロウロしているが、治安もあるが、ガンジャ取締りもあるのかも知れない。そういえば、街中、ガンジャどころか、誰も煙草をふかしているのを見ることがない。何故か分からないが。まあ、どこへ行っても、ガンジャどうだいイラナイカ、と声を掛けられるのだが。ちなみに、2015年に非犯罪化された。え、え、今更?という意外な感じもあるが。まあ、世界で見たら3分の1がイリーガル、2分の1が合法または黙認、玉虫色。3.ホテルは、海岸に面した幹線道路沿いにあったのだが、夜中の2時や3時に、爆音でテンポの速いレゲエをかけたキンキンの車が何度も通っていく。静かな時間がないぞという感じである。3-2.朝、たまたま、ホテル前が、市民マラソンコースの出発点となっており、6時頃からスピーカーで出発までの1時間程度、ガーガーがなりたてている。さすが、陸上王国、ボルトやパウエルの国であり、走っている姿は、勿論人にもよるが、筋肉のバネが走っている感じである。そういえば、雪も無いのにどうすんだよの、クールラニングという映画面白かったな。4.ジャマイカは黒人系が9割であり、ボブマーリーやウサインボルトを見ての通り、英語である。しいて言えばジャマイカ英語であるが、北南米では、アメリカ、カナダに次いで英語の話者が多い国である。人口は300万人ぐらい。町を歩いていて、英語じゃない言葉で話している人もみたが、クレオールのパトワ語という奴かも知れない。5.夜の8時からビーチでレゲエライブが20ドルであったので、手ぶらで出かける。CAPLETON REGGAEこの人のライブユーチューブで調べるとイーパイ出てくるが、日本語では紹介されてないねえ、ほとんど。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.10
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不用意にいつも、ラスタカラーですな、レゲエですな、という言葉を日常にて何気なく何十年も使っているが、ついに、本拠地に来たという訳である。ジャマイカといえば、煙モクモク、ハーブと称した神の草が蔓延しているものと認識しており、最近じゃ、伝説のウサインボルトであり、昔から陸上競技は盛んで、強い国であった。あとは、ブルーマウンテンか、いやはやこの島に2000メートル級の山があり、多分、ブルーマウンテンコーヒーの8割が日本向けなんで、高級こーひーブルーマウンテンって知っているのは日本人が大方かも知れない。あと、ハーダーゼイカムだよなあ、レゲエの前身スカ、山川健一だっけ、の本で読んで知ったけど、懐かしいなあ。あれ、リバイバルしたの? そもそも、ラスタファリって何かというと、エチオピアの皇帝でハイレ・セラシエという最期の皇帝というかアフリカ唯一の独立国家皇帝がいて、その本来の名前が、タファリであり、ジャマイカのラスタファリアニズム(称号ラス+タファリ)に通じる。レゲエである。レゲエの神ボブマーリーである。私も何十本とうテープを持っていたのであり、学生時代はウォークマンでいつも聞いていたのである。いつかアフリカに還るのである。ガンジャ、ドレッドヘア、菜食主義である。ほんま、泣かない女はいないよ、愛ショットザシェリフが大ヒット、クラプトンもカバー。 無茶恥ずかしい話なんだけど、当たり前すぎて笑われるけど、ボブマーリーを好きになったのはバリ島である。はまりました。ゴメン。陳腐かもしれないけど、レゲエというかボブマリーに目覚めたのは、バリ島でであった。バリ島で、よく流れていた当時、テープを買いまくり、それからインドネシアを北上しながらも、宿屋にカセットデッキがあると、かけてもらっていたのであるが、ある日、スマトラ島のトバ湖で、是非記念にくれと宿屋の女主に言われ、口論になっているときに、するりと似非プシャーが来てパチモンを売りつけようとした暗い過去を持つ男です。あれから倍以上も生きてしまった。そして、何度か行こうとしたジャマイカに来てみました。考えたら、ジャマイカに行ったという旅先の知り合ったのは、小川君とヨーコちゃんしか知らない。1990年2月、インドのカルカッタに到着し、安宿街サダルに向かった。以前泊まったモダンロッジだのパラゴンはいっぱいだったので、隣のマリナホテルに泊まることになった。ドミトリーのベッドがひとつあったので、ここにしようかと思いきや、宿屋のおっさんが、そこは予約済みだからダメだといわれ、もうベッドはなく、屋上で雑魚寝となる。雑魚寝組は数人いるようだった。 散歩に出かけて帰ってくると、日本人の女の子がそのベッドでごそごそしていた。ああ、こんなホテルででも予約できるんですね、と声をかけると、予約なんかしてないよ、ということであった。その子がヨーコちゃんだ。漢字は知らない。そして、屋上雑魚寝組の彼が降りてきた。それが小川君だった。 我々3人組は意気投合し、屋上で煙プカプカやっていた。彼らはインドは初めてで、海外旅行も2回目ということで、前はジャマイカに行ったとのことで、ビーチで静かにしていると、虫が鳴く音が波の音より凄く大きく心地よく聞こえて来るんだ。現地の人と一緒にプカプカやっていると、すぐ警察が来て、あいつら、火ついているのに、食べちゃって証拠隠滅するんだよなあ。という話などを聞いた。そして、3泊ほど一緒にいたのだが、連絡先を教えあうこともなく別れた。 7日後、聖地ベナレスを歩いていると、また2人に会った。2人の泊まるホテルに移り、その日からまた部屋に篭って煙を吐きながら、談義を繰り返した。 小川君は、小中学校に入っていってカバンを売ってますといっていた。勿論、パチモンのカバンで、関係業者のふりをして、飛び込みで行くのだそうだ。それ以外のことは、覚えていない。そして、3泊ほど一緒にいたのだが、連絡先を教えあうこともなく別れた。 10日後、ネパールのポカラにを歩いていると、また小川君とヨーコちゃんに会った。我々は意気投合し、2人のホテルに引きこもり、談義した。窓を開けると6000メートル級の山々が見え、窓の上に、大きなポスターが貼られており、そのポスターの光景がそのまま窓の向こうにあった。外で、ギャギャー騒ぐ音がしたので、見に行くと、豚が車のトランクルームに無理矢理押し込められようとしているところだった。死期を悟ったのか、巨大な豚は、トランクに入れられるのを懸命に拒否しながら、叫んでいるのだった。本当に死ぬのが嫌だという叫びであり、バッドトリップしそうになった。そして、3泊ほど一緒にいたのだが、連絡先を教えあうこともなく別れた。90年当初でさえ、ボブマーリーは、ジャマイカでは既に演歌の域に達してるよ、と彼らは言った。今回ジャマイカでボブマーリー聞いたのは1度だけ。でもホテルフロントの人、歌いだしたけど。 1年後、1991年2月、1年後私は、バンコクに来た。そのままボルネオに行く予定であったが、荷物がイスタンブールに行ってしまい、バンコクでスタックしたのであった。カオサンを歩いていると、また小川君とヨーコちゃんに会った。彼らは、カオサンの近く、チャオプラヤー沿いに宿を取っており、じゃあ、早速再開を祝ってというと、そうなんだ、今日が日本から着いた1日目なんだ、いいなあ、久しぶりにやるなんてうらやましいよ、と小川君はのんびり言った。横でヨーコちゃんが笑っていた。多分、同じ年ぐらいだったのだろう。あれから20年以上の月日が流れ、ジャマイカに来た。そういえば、取引先で、もう一人いたな。ジャマイカに行った奴が。海外旅行はジャマイカ1回のみの新婚旅行だそうだ。いやでいやでたまらなかったですと言っていたが、多分奥さんが大のレゲエ好きだったのだろう。彼は悪態だけついていたなあ。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.09
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インタビュアー:「本日は、お暇というか、時差ボケの中ありがとうございます。あれ、帰ってからもぅ飲んでい る の ですか?駄目な人ですね」トイモイ画伯:「いやはや、お褒め頂きありがとうございます。帰国日は、0時過ぎにどうやら気を失って座ったまま 寝てて、1時間後起きた瞬間に、お、今日はあまり寝てないな!まだ夜中やん、と思った瞬間に、あ れれ、オレ座ってるじゃん何故ゆえに?て気がつきました。それで3時頃に寝た7時に起きて、9時 に寝て13時に起きました。」オカネと時間があればできる。インタビュアー:「早速ですが、これまで意味のない旅行を続けてきたトイモイ画伯、遂に意味なく100国目を踏査しましたね、ご感想はいかがですか」トイモイ画伯:「いやはや、お褒め頂き、ありがとうございます。今、トイモイ日記調べによると、2010年に50ヶ国目になったいたので、6年間で50カ国ということになりますね。毎年10ヶ国ぐらいずつ更新していったという感じですね。確かにここ5年は、出鱈目な飛行が多かったですね。この冬も、ラトビアからルクセンブルク、スイス(陸路リヒテンシュタイン)、セルビアと飛んでますからね。10年前で30ケ国ぐらいでしたね。5年前までは、確かに目標は定年までに100カ国どうよ、なんて思っていましたが、10年以上短縮してしまいましたね。よく覚えていないのですが、学生時代に35カ国ぐらい行った気分でずっと思っていたのですが、今数えると、韓国中国インドネパールパキスタンイラントルコギリシアフィリピンタイ台湾マレーシアシンガポールインドネシア、とかぐらいしか行ってませんね。これらの国に学生時代にはトータル1年滞在していたということですね。アジアとギリシアぐらいですね。アメリカにも行ってないし、オーストラリアに関してはまだ行ってないんですね。」インタビュアー:「どの国が良かったですか」トイモイ画伯:「これがよく聞かれる質問ですね。ジャンルに寄るのですが、景色で印象深いのはチベットですね。高山病でフラフラしていたからかも知れません。あと、アジア唯一のラテン(韓国も多少入っているが)のフィリピンは、初めて行った国だったので印象が深いですね。それから、楽チンで緩いのが誰もが認めるタイですよね。10年前までは、住むならスペインかオランダかな、と思いましたけど、今はどうかな。まあ、実際は、そこで誰と会ったかが、その国の好き嫌いですよね。」インタビュアー:「そういえば、一時期、毎年オランダ行かれてましたね。何故ですか?」トイモイ画伯:「ん、あー、んー。年2回ぐらい修行に行ってたなあ、ゴホン、ゴホン。」インタビュアー:「・・・。で、他に最近で良かったところはありますか」トイモイ画伯:「修行の道ではありましたが、そこにもオアシスはありました。旅行に感動はなくなりましたが、それでも、ここ数年で良かったのは3つありますね。馬鹿にしていたエジプトピラミッド、これはマレにみる迫力であり、エジプト駱駝商人とも戦い、エジプシャンマジックにも掛かりました。私は、このときパラレルワールドをちょとだけ信じました。今の私は30分前の私と入れ替わったままなんです。それと、世界最大の露天風呂ですね。あっという間の半日のブルーラグーンでした。3つ目は、セントマーチンのマホビーチですね。1日中飛行機朝から見ているんだよねえ。ジェット噴射にやられるのも面白いし、石投げると機体に当たりそうなくらいで、笑えるよ。」インタビュアー:「・・・。で、他に珍しい国ってのははありますか」トイモイ画伯:「何が珍しいか分からないのですが、マーシャル諸島は年間世界から5,000人しか観光客が来ないようですね。あとはキューバとかジャマイカ以外のカリブ海も、アジアにいい海岸があるから日本人はいかないですねえ。前調べたらアメリカ人がイーッパイいくアンティグアバーブダも日本人は年間50人だったかな。500人だたかな。アンギラなんか行かないよね」インタビュアー:「・・・。で、行っとけば良かった、って国ってのははありますか」トイモイ画伯:「世界は流動するからねえ。、シリアはほんま、ビザいったけど、ダマスカス、いいところらしいよ、2010年には1.3万人も日本人が訪問してて、翌年には3000人、2012年からは今に至るまでホボ0。あと、イエメン、チケットまで手配したのに、ビザがいることが判明して諦めたけど、あれからどんどん治安が悪くなって、こっちも、今行けば拉致られそうだなあ。コソトラ島に行きたいんだよネエ。」インタビュアー:「なるほど。次は200を目指しますか」トイモイ画伯:「目差しません。ただ100カ国ですが、セントマーチン(蘭仏)や、プエルトリコ(米)、香港(中国)、マカオ(中国)、アンギラ(英)といった植民地の5つを除くと95なので、一応あと5各国はノンビリ増やしたいと思いますが、もう目差しません。」インタビュアー:「なるほど。目差さないとすれば、次は、どこでしょうか。」トイモイ画伯:「要は、また行ってみたいところですよね(しみじみ)。アジアですよね。ネパールとかラオスとか。いやー、ネパールなんかもう25年ぐらい行ってませんからね。そうだ、夏は、できればオリンピックがあるブラジルとか有馬温泉とか乳頭温泉に行きたいですね。期間限定ビザいらなくなるから。空いてそうなオリンピック開催していないときにね。あとは、スペイン行きたいですね、ツイデにアンドラ行って、旧西側のヨーロッパの国、全部完成ですね。そういえば、今回、100カ国に加えて、中米も全部制覇になったんですよね。なはは。」インタビュアー:「なるほど。で、100カ国目の国は意識して選択されたのでしょうか。(有馬温泉は30分で行けると思いますが)」トイモイ画伯:「そうでもないんだよね。行けそうなところはモロッコ、モルドバ、エチオピア、それからカリブ海、そして、南米系でパラグアイとチリ、それからオーストラリアが候補に勝手に掲げたんだよね。それで、出国1週間前の休みに家にこもって調べて、キューバだ!と思ったんだけど、ビザはいらないけど、何だか訪問カード(実質のビザ)がいることが分かって、駄目ジャン、てことになり、あとアメリカが国交回復したからアメリカから行けるのかなと思うと、マイアミからアメリカンが飛んでいたけど、キューバ行きのチケットはマイアミでしか買えませんって公式HPに載ってて、なんだよそれ、って感じで、パナマ経由のコパエアかなと思ったけど、訪問カード取るのに、東京のキューバエンバシーににパスポート送らないといけないので、1週間じゃ駄目ジャン、ということになって諦めた訳だけど、地図見てたら、レゲエの国があるじゃん。ああ、昔から関わりのある国がるジャン、ボブマーリーは逝っちゃった~、ブルーマウンテンの向こうに~、ボブマーリーは逝っちゃった~、ガンジャマウンテンの向こうに~、と閃いたんだよね。それでラスタファリの国に行こう!とそれを100カ国目の国にして、ケリをつけようとオモッタ出国3日前なんだよね。」インタビュアー:「何のケリなんですか。諦めるのも早いですし。」トイモイ画伯:「何でそんなこと聞くのですか。」インタビュアー:「ありがとうございましたか。」トイモイ画伯:「どういたしましてすか。」ボブ、歴史の和解ライブを。有名な話。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.08
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朝食を終え,体調を整えるほどでもなく、30分に一度という送迎車を待つ。0分30分というが、10分程度遅れ、これがどんどん遅れていって、うまい具合に30分遅れて1本なくなるの法則だなと気がつく。10分前にチェックアウトし、既に多くのチェックアウト人達がいた。ギリギリに家族連れが来た瞬間に送迎車も来て、先に乗ってしまった。そして何人か乗り、もういっぱいになると、アメリカ人カップルが「このジェントルマンは最初から並んでいる、彼を乗せろ」と言ってくれ、お礼をして乗り込むと席が満席となったが、まだ詰めたら行けるよといい、何とか彼らも無理に乗り込むことがでいた。俺はジェントルマンじゃないんだ。キミこそ、ジャスティスマンだよ。運転手はか細い声で、行き先のターミナルを聞き、ジャスティス夫婦はターミナル1のフロンティア航空であり、ほとんどが降りた。国際線ターミナルEについたときには、豪雨であり、運転手はトルネードがなんちゃらといっていた。そいうえばテレビではヒューストンは今日とあさってがサンダーストームと言っていたが、今更、直訳すればトルネードとサンダーストームは全然違うが、日本じゃあまり無いいから、一瞬、同じ意味なのか?と思ってしまったほどである。竜巻と暴風雨みたいなもんあろうが、多分、日本人とアメリカ人は、意味は同じでも感覚は違うのだろうな、と思う。イキッテ空港に到着して、マシーンでチェックインしようとすると、日本人女性係員に声を掛けられた。ああ、11時前に日本便があるから同じような時間帯に待機してくれてんだな、でも、日本人いないねえ。「どちらまで行かれますか?」「ジャマイカ、モンテゴベイまでです。」「おー。1ヶ月以上滞在ですか。」「いえいえ。」「はい、分かりました」、キ~がしゃん、ペラペラの紙が吐き出され、良い旅をといわれ、どもども、と答える。 季節便か儲からないのか分からないが、モンテゴベイ行のユナイテッド航空は今日が最後である。明日からない。調べたから知っている。だから今日行くしかない。そういうことだ。どういうことだ。空いている飛行機に乗り込み、ヒューストンを後にする。あれが、ヒューストン宇宙局か。う、ビデオ有料か。メキシコ湾に突入していく。メキシコ湾検索したら、あの原油流出事故の映像が多い。飛行機は国内線扱い。国際線だが、有料ミール。1回だけ買った事あるが、4時間でも国内線扱いか。海を写すと蜘蛛が見える。やがて、ラスタファリ、神の島。ブルーマウンテンか、いやいや違うけど。再び海沿いに。モンテゴベイダウンタウンが見え始めた。今分かったが、泊まったホテルも見えている。最期に綺麗なドクターケーブビーチ映し損ねた。イミグレでは、割といろいろしつこく聞かれ、会社名聞いてどうするの、地位聞いてどうするの、と少々困った。まあ、チームリーダーだ、まあナネージャーだ、まあヴァイスプレジデントみたいなものだ。まあ、空港を出ると、タクシーだのなんだのに取り囲まれるが、どうやら3,4人聞いたが皆一様に15ドルである。看板にもそう書いており、10ドルでどうだ、というが無視される。結託している。同じタクシー会社の服着ているのに何で客探すのだ?客見つけると金が多めに入るシステムなのだろうか。まあ、こっちは一律らしいからどうでもいいけど。でも、15ドルは観光価格で高い。まあ、バスないけど。それに、客の多くはオールインクルーシブで、そんな金持ちリゾート地なのか、とビビル。オールインクルーシブなんか、イミグレの前から名前持って待機しているのだから、そのまま、イミグレもカスタムも軽くスルーするんだろうな。ええのう、いやいや堕落だのう。まあ、1泊2.5万ぐらいからオールインクルーシブあったけどね。ちなみに、タクシーって、宿まで3キロぐらいしか離れてないんだよなあ。おまけにタクシー、宿通り過ぎて、おいおい、今看板見たぞ、と言ったらUターンして戻って。宿でチェックインして鍵貰って開けると荷物があって、オイオイ、部屋に荷物あるよ、というと、女性従業員、テヘペロ、隣の部屋の鍵渡しちゃったわ、みたいな。まあ、オレが手癖悪かったらどうするの?ジャー。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.07
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尼崎から関空バスに乗る。最近何だか大阪のバスが混んでいる気がして、こちらから乗るほうが良い気がする。2時間前に早々に関空に到着。出国する。機内に持ち込んだ文庫本、アチャー、これ既に読み終わった本だった・・・。怒涛のエコノミークラス苦行の8時間53分間である。スターウォーズ最新版を含め、4本の映画に挑戦。いやはやハリソンフォードも年取ったが、キャリーフィッシャーもいい具合に年とったんじゃねえか。(4本目の途中で映画終了)(4本目の途中は、サンフランシスコからヒューストン間で見る。百舌 )定刻より45分早く到着し、予定の2本前のにも乗れそうな勢い。3時間待ちとなり、やたらボヤボヤする。クラムチャウダー食べるか、と出発1時間前に購入し、ノンビリ食べている様子。何セ4時間弱も国内線に乗るもので。出発20分ぐらい前に搭乗口に行くと、「待ってたのよ」、みたいな最終コールに近い状態で、隣の係員が、「いや日本かっらの乗り継ぎなんできっとぎりぎりだったんだね」、と慰めてくれるが、私の手にはコーヒーとクラムチャウダーを持っていたのが恥ずかしかった。19時過ぎにヒューストン到着。ホテルの送迎車がどんどん来るので、ぼけーっと待っている。ぼけーっとしているうちに1時間が過ぎ、ラマダサウスなのだが、ラマダウエストがやって来て、「これじゃないよ」と運転手に言われ、「え、1時間も待っているのか、この時間帯は便数が少ないから、電話しないと来ないからね」、と電話をしてくれた。もう暫く待ってな、といって30分後またラマダイーストがやってきた。「まだ、いたのか、迎えに来ないのか? 」 仕方ないので、直接ホテルに電話をすると、「今から迎えに行くから、待ってろ」と言われ、ターミナルC及び、外に出る出口の番号を確認した。しかし、30分たってもまだ来ず、近くのおばちゃんが、「催促の電話もっかいしろ」、というので、もう一度すると、「間違えて出発口にいちゃったみたい」などと訳の分からん言い訳して、やっと30分たってから送迎車が来た。ここまで待ったら、タクシーで行くのも癪であった。 うわあ、3時間近くもここでぼーっとしてたじゃん。ホテルの前にある24時間ファミレスで飯を食う。アメリカ郊外の映画に出てきそうな店だわ。飛行機もビュンビュン頭上を飛ぶ。もう夜中の2時になっちゃったよ。睡眠時間は4時間しかないよ。泳ぐか。半袖じゃあ、ちょと肌寒い。それにしても、空港近くに泊まるのは、ロサンゼルス、ワシントンDC以来であり、しかし、2都市とも市内に行ったが、今回は行かない。明日の朝は10時の便だからである。そして朝となる。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.06
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帰国する。映画修行1本目。結局4本鑑賞。ヒューストン俯瞰。えらく冷えたカベルネソーベニオン、カルフォルニアワイン。カリフォルニアワインのピノワールというと、カベルネか?といわれ、、まあ、何でもいいから、ウン、それ、と言った。年取ると和食希望。謎の模様メルカトルでは分かりにくいが、やたらアメリカ本土上空を通り、カナダを抜け、アラスカを抜ける。チーズうまいなコロラド山脈か飲む。朝食14時間半で成田到着。遠いな。銚子付近。成田の来ると、ああ、アジアの1国だなあ、と俯瞰して思う。羽田まで1時間15分。関西に帰るよ。お金持ちエリアですかね。 大阪→サンフランシスコ→ヒューストン(リンク) 100か国目の国ジャマイカへ(リンク) ジャマイカgourmetの旅(リンク) モンテゴベイ観光案内(リンク) モンテゴベイダウンタウン案内(リンク) ジャマイカの治安、音楽(リンク) レゲエ島(リンク) モンテゴベイビーチでタイビーチを思い出す(リンク) モンテゴベイビーチでフィリピンビーチを思い出す(リンク) 100か国目の対談1(リンク) 100か国目の対談2(リンク) ジャマイカ→アメリカ(リンク) ヒューストン→ベリーズ(リンク) ベリーズ概要(リンク) キーカーカ島へ(リンク) キーカーカ―島で思い出すビーチ(リンク) キーカーカー島案内(リンク) 100か国目の対談2(リンク) キーカーカー島でフィリピンビーチを思い出す(リンク) ベリーズナイト(リンク) ベリーズdrinkの旅(リンク) 中米制覇(リンク) アメリカ料理(リンク) ベリーズ→ヒューストン→帰国(リンク) お土産(リンク) ヒューストン→成田→伊丹(リンク)
2016.05.05
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