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平沢寅造 もう一方の口は水噴射故障中にて日本どっか囲まれてしまった。靴の中もカバンの中も傘は差しているものの、ぐちゅぐちゅ状態になりつつあった。デレラ城どじんって崖に暮らす人々何人か本物の人間(従業員)が洞窟の中で飯食ってたので入れない。けっ、どうせ誰も来ないだろう、と考えていたに違いない。儒教になりましたかハスを踏んで、橋を渡ってください。凱旋帰国のガキどもこれが一番有名ではないか遂に休憩、ビール飲んでいる。口の中にはブッダじゃあ、おまえたち、帰ろうか出口出口の土産物屋の店員が人形でした。つづかない。そらもう続くだろ。さて、市内中心部に戻る。シティエン公園1。空港から直行。シティエン公園2。シティエン公園3。シティエン公園4。サイゴンカフェ、アップサイドダウン。サイゴンナイト。べトナムあまり画像。香港経由で帰国。油麻地から尖沙咀まで歩く。尖沙咀から香港島へ。香港空港。バンコクサイゴン香港周遊旅行。
2016.10.31
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迂闊にも仕事帰りだったので、チェックインできたのは70分前であり、あー、セーフと言った感じであった。よくわからないが、昔は40分前でもOkであったが、一応、最近では1時間である。何となく、そういう認識をしているのであるが、当然チェックインカウンターには並ぶ人はおらず、私も、すみません、という感じでの登場の搭乗であった。すぐさま、ゲートに向かい、10分程ゲート前で待つと、機内に乗り込み、3時間少々でグアムに到着した。多分、映画を見ていたが途中で寝たのか、何となく、もやもやしながら機外へ出たような気がする。グアムもエスタの設備ができており、グアム新聞によると、8台5000万円をかけてエスタ設備を完備したのであったが、1番に機外に出て、エスタについてくる日本人はおらず、順調に手続きしたので、機外に出てから税関抜けるまで15分であった。いやあ、はやい。はやいが、夜中の1時を過ぎているということである。エスタの機械を通して終わりというわけではなく、一応人のいるイミグレを通らないといけないのだが、うっかり、女性審査官になってしまい、ひっかかってしまう。パスポートどうみてもハンコ押しまくり、興味本位でメニメニカントリーなんとかかんとか、と笑いをこらえながらゆっくりパスポートをめくっているのである。あなた旅行好きなの?まあ、そんな無駄な質問をされながらも、こちらも笑顔で答えたのであった。いや、苦笑である。早く通過させてね、と。いやあ、たまに興味本位のとしか思えないイミグレの人いるんだよ。まあ、確かにルーティンだからねえ、たまにおやおやこいつは、のが来たら楽しむかもねえ。さて帰りである。帰りはすかさずWEBチェックインしたのだが、そのあと、またぼやぼやしたのである。できれば、あと滞在時間が2,3時間あったらもうちょっとのんびりできたかなあ、という印象である。滞在時間は実質15時間であったが、4時から10時半まで寝ていたので、目が覚めていたのは8時間半である。そういうわけで、空港の滞在時間を極力減らす努力も必要であり、帰りにホテルを出たのは出発90分前である。しかし、この時間帯やたら混んでいるのか、チェックインカウンターあたりはほとんど人がいないのに、セキュリティーは長蛇の列で、仕方ないなと私が並ぶも、その後、私の後ろに並ぶのは10組程度であり、どんどん列が短くなっていくのであるというか、セキュリティ通るのに40分。割とイライラしたというか、飛行機いっちゃうんじゃなかという不安と格闘であった。50分フライトで、35分にゲート閉めるよ、ということで、セキュリティを抜けたのが20分、何とか、そのままトイレにいったりしながらも、ゲートに着くと、乗客は誰もいない。というか、トイモイさんですか、と言われる始末であり、速攻で、乗る。私が乗ってから、もう一組来たらドアが閉められ、定刻より10早く機体が動きはじめたのであった。本来フライトタイムは3時間55分であるのに、機内放送で、「かなり早く着きます」という珍しい放送が流れ、フライトタイムは3時間少々で定刻より45分早く関空に到着。機外に1番に出て、税関に向かうと、強化月間なのか、いつもは荷物開けられないのに、何年かぶりに見てもいいですか、といわれた。「どーぞ」いいつつ、またパスポートを見ながら、旅行好きなんですか。いつも一人ですかと怪しまれ、グアム1日だけなんですかと嫌疑をかけられるのであった。ああ、マイレージで無料旅行ですかね、といわれ、まあお金持ちだからとからかってみたかったが、いつの間にかこういった方々も年下の人がほとんどになったので、まあそういう感じですね、と適当に答えておいた。身体検査してもいいですかといわれて、珍しく検査もされたが、えらく遠慮しているようでささっと2,3秒で終了。終わり?まあそんな感じだったのだが、行きと同様、帰りも着陸態勢入るぎりぎりまで何故か乗務員がワイン勧めてくるので、ボトル1本開けたったので、ちょっと気が大きくなってしまっていたのかも知れないことを反省しつつ、本日は終了とする。
2016.10.30
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ドクターでも何でもない私であるが、遊びでは何気なしに年数回東京に行くが、仕事と称して行くのは、ほんの数年ぶりどころか10年ぶりぐらいである。個人的日記なのであまり個人的なことは書けないのだが、勤務先は超ローカル企業なので、グローバルにはほとんど縁がないのである。勿論、グローバルスタンダードというアメリカスタンダードにも特に縁はないこともないが、濃く考えたら時分の部署には全く縁がないのである。個人的生活も実際のところ、自宅でこじんまりまとまっており、基本的に引きこもりか、たまに外こもりである。妹はイギリス人と結婚してイギリスに住んでいるが、前にイギリスに行ったときはポンドが不当に高かったような気がするが、今でも高いような気がする、というか、ユーロの盟主ドイツが、多分、ケシカランと怒っているのである。私たちなんかドイツマルクのままだたら、もーっと強かったのに、しょもない国のせいでえらい目にあっってるわ、そのくせ、ポンドのままでいいからイギリスさんEUに入ってくださいよ、とかいってて、じぶんらポンドを植民地でダブルスタンダードで不当に扱っているやないか、クソー、ドイツの田舎新聞で暴いたるわ、イギリスメインの悪事をな、パナマ文書でな!ってことか。知らんけど。知らんけどアメリカは出てこないよ、勿論ドイツもな。そういえば、アメリカついでにいうと、かのトランプ、潔癖症らしいね。ただ、首脳の健康というのは、トップシークレットの部類になるので、アメリカでも実際トイレは持ち歩きであり、ホテルも配管付け替えさせたりする国もあるらしいぜ。オバマもニューヨークでは超一流ホテルのウォドルフアストリアにはもう泊まらないらしいね、中国資本になったから。そういえば、昔の職業に天皇のウンチを食べる仕事があったね。その味で病気を判断する、ウンコ屋。あ、運小屋は、あれか、江戸時代の肥料屋か。金持ちの家の運子引き取り値段はちょと高いだよね。まあ、そういうことはいいとして、時間の合間をぬって再訪しているというかたまたま通りがかったということである。万世橋近く自動販売機。増上寺もついでである。横に東照宮東京支店あるのは知らなかったが。カミオカンデもスーパーカミオカンデの時代である。
2016.10.29
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何だか朝からイベントが始まった。皆さん、踊り候え状態で入場行進と相成るのである。多分各地域地区でやってきているのである。寺の入口の道路には更新順番待ち軍団や、バス貸し切りでおそろの服着てやてくるの様子である。寺の前に山車というか団旗をほったらかしにしていくのであったのココロ。耳をツンザクような爆竹を鳴らしまくり、その爆竹通路をああ堂々の行進であるウイズダンシングである。火薬のニホイがスイーティーである。龍のように、いやネズミのように、煙は地を這い、一直線に境内に向かって直進する。ケムケムで直視できない状態がやってきて、やがて爆音にも慣れ、日常に戻るのである。煙と爆音の中、地域諸君の踊り行進が始まる。音楽鳴らしているが、爆音に消されながら。赤い薬きょうが塵となる。さあ、俺たちの時代が始まった・・・だが、もう観客として注視する人もあまりおらず・・・ど派手なマシーンも登場。一仕事終え、さあ、疲れた。だれてきたりもする。にんげんだもの。いぬぜよ(土佐弁)。まあ、そうやって、多くの行進を単純に見学していて、違うところに行ってたら大音量で何故かレディガガが流れ、何事かと。おお、車の上に棒を立てて、何だかメメニメニガールダンシング(3名)である。車が動き不安定ながら、レディガガでノリノリである。車にもダンシンガールとちゃんと書いてある。寺の門のほうに、ぼーっと立っていたのであるが、こちらに向かってくる。ああ、10分程踊り退散であるか。(写真を整理していると、寺に着いたときに、偶然ダンシングガールが映り込んでいた)スピード出ているよ、危ないよ、あ、ポール活躍。なんだかよく分からないが、アンニュイな表情、後ろの縛りつけるために見えるポール、生贄感にちょと興奮した。ゴメン。台風超えて台湾へ、台湾抜かして日本へ。佛光山そのもの。佛光山 浄土洞窟1。佛光山 浄土洞窟2。佛光山 浄土洞窟3。佛光山 浄土洞窟4。佛光山 浄土洞窟5。佛光山記念館。左営駅 瑞豊夜市。高雄から隆田、麻豆代天府へ麻豆代天府 到着麻豆代天府 聖女の生贄麻豆代天府 天国地獄麻豆代天府 十八地獄前編麻豆代天府 十八地獄後編麻豆代天府から高雄に戻る。六合夜市。台湾gourmetの旅1。台湾gourmetの旅2。高雄 西子湾。高雄から帰国。
2016.10.27
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恐る恐る扉を開ける。扉の向こうが入口。いらっしゃまほー、といろいろがお迎えしてくれる。入ると、ちょっとパンクなお姉さんに案内され、何のコースにするか、パンフを広げながら聞いてくるが、当然、分からないので、これって何よと聞くと、ちゃんと英語で説明してくれ、じゃあ、ハマムだから体洗ってもらうのと、マッサージも受けようじゃないか、とうことと相成る。マッサージは30分?1時間?うーん、これはそんなに安くないな、30分でお願いします。(1300円)じゃあ、ロッカーに行って着替えなさい、バスローブいっちょうとなる。あれ、パンツもらったかな?マッサージ室への道程。パンフどうぞとおじさんに渡されるが、もう持っているよ、ははは、ということである。このデカいおばちゃんにムチャンコやられた。ククク。このようにおっさんに、メンチャンコやられた。ククク。やられた。くくく。ぐえーっとしばかれ、バシャーンとお湯をかけられて溺れかける。180センチぐらいの太ったおばちゃんのマッサージも、こりゃ、明日揉み返しだ、グエー。コースが終わると解放され、あとは勝手に好きなところいっていいよ、ということであった。自動ドアの向こうはサウナ本番。これって、ハバロティとMジャクソン。上下階に行くこととなる。自由にせよ。ここはシャワー室。まずは、ここで、体の汗落としてこいよ、とタオルを渡される。地下には、サウナや冷却室、さすがにカメラがやばいのと、裸のおっさん写すのはまずいので。(しかし、平日の昼間空いてるよ)サウナ、プール、アイスルーム、シャワーこんなハーレムじゃないよ。おや、マルクスレーニン主義のグルジア人だ。今日は暇だなあ、従業員たちはたむろする。さあて、せっかくだからビール飲むかな。 日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.10.26
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創業130年の異次元ハマムに行く。地下鉄の終点駅「Icheri Sheher駅」よりマースグ坂を上ること(駅出て右折も左折もせず地下道くぐって)、うーん、3,4分じゃねえか。いやはや、登っていくと道路右側に明らかにおかしい感じのするオブジェが登場するから、ウム、それは公衆浴場である。公衆かどうか知らんけど。とにかく、怪しさに勝って、勇気を振り絞って門戸を叩くべし。鎖でつながれているものの盗られないんだねえ。治安いいな。ゴールドまみれに関し、通行人はもう慣れっこで無視して通り過ぎる。1アセルバイジャンマナトは65円である。門戸を叩くべし、って勇気いるよ。鼓舞せよ。入口でおなか一杯か?やらでか。戦士の前にアヒルがいたら、まあ、間抜け。ひどいなあ、股に顔ができて、目からアイツが出てきている。開いてるぜ。よく見るといろいろすごいねえ。さて、意を決して入る。公式HP 日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.10.25
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平沢寅造 寿司食いねえ、寿司食いねえ。この広場はやばい。12支の化け物がそれぞれ勝手に呪文を唱えている。今年は申年か?あっちこっちからの呪文が流れ、気が狂いそうになるのだ。猿に持たせてはあかんだろ。食べ物。スワンダンスか?ナーガ。ちょっと情けなくないか俺も情けないよ口の中にはブッダ皮膚病本当はピースサイン(Vサイン)したかったんだよな。人口密度唯一高かった。裏出口つづく。そら続くだろ。手に変なものついている。あ、次がシリーズ4弾、もう勘弁してくれの最終回。シティエン公園1。空港から直行。シティエン公園2。シティエン公園3。シティエン公園4。サイゴンカフェ、アップサイドダウン。サイゴンナイト。べトナムあまり画像。香港経由で帰国。油麻地から尖沙咀まで歩く。尖沙咀から香港島へ。香港空港。バンコクサイゴン香港周遊旅行。
2016.10.25
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バクーは風の町と呼ばれている。何となく、石油出る中東のイメージから、アゼルバイジャンもバリバリノイスラム、ヘジャブ、チャドルの世界かと思ていたら、行ってみれば女性はムスリム多いがあっけラカンのカーであった。95パーセント(ほぼイランと同じシーア派)であるが、トルコ系であり、といってトルコより女性の露出度は高い。ミニスカートやノースリーブも普通に見られる。顔覆う人いないねえ。とにかく、皆さん、洋服である。朝の8時頃から歩き始めたのだが、どうみても、ギリギリミニスカートハイヒールの娼婦3人組がいて、割とあけっぴろげなんだなあ、と驚いた次第。ここ何教の国だっけ?まあ、仲の悪い隣のアルメニアはアルメニア教会があるくらいで、国教になったのも、そりゃあ歴史上ムチャはやかったというのもあるから、と思えば、陸国と宗教もちゃいまっせ、ということである。バクーの市内中心部はハリボテ感満載の新しい建物満載なのだが、地下鉄に入れば、いきなり、旧ソ連となる。駅もデコレーションされているし、列車もスコブルぼろっちい、冷房もない。シェルターのように、どこまで降りる年というほど、地下深くまで降りていく。1967年開通ということなので、もう50年、車両の入れ替えはなかったのか?まあ、最初に駅に行って、加算式のぷりぺーどチャージ式カードを買わないといけないのだが、よくわからず、あれこれしてると、おっさんが説明してくれ、これでいいや、でもこれ、俺の予想では4回乗れるなあと思いながら、ピっをして中に入ると、声をかけられ振り向くとあのおっさん、カード貸してくれ、はあ、どうぞというと、自分もぴっと通していた、あれ、おごっちゃったの?まあ、別にいいけど、出るときどうするの?出るときは、全く何もないのである。ピっ、も改札もないのである。見つからなかったら逆走したらそのままプラットフォームに行ける勢いである。去る者は追わない主義である。いやはや旧ソ連形式の地下鉄であった。そういえば、プーチンは2島先行返還(返還という言葉は日本政府自粛)に応じる気持ちがあるのだろう。密かに子分メドベージェフとは対立してんだろうなあ。返還の目的は、経済協力より、どうやら、アメリカとの安保にくさびを打つことのようだ。昔も沖縄より先に返還されそうになったことがあるが、アメリカが、怒って、沖縄返さないぞといって、ひっこめたことがあったな。今回も、北方領土は安保対象外地域だぞ、ということが条件になるのかも知れないなあ。それとも、やはり、アメリカに遠慮して返還を受けないか。4島一括が前提だ!と言ったら、向うは領土問題がないことになているから、返さないだろう。2島先行は、まあ、建前は好意であげるよみたいなことになるだろうからねえ。アルメニア、ジョージア、アゼルバイジャンと3つまとめて語られることが多いのだが、多いのか知らんけど、バックパッカーなら確かにアゼルバイジャンは宿代が2倍3倍になって通過するだけの国になるが、まあ、5,000円ぐらいだしていいよ、という私みたいな中年エグゼクティブに2,30年かけて退化すると、まあ、どこも物価変わらんなあというイメージになってしまう。むしろ、中級になればアゼルバイジャンのほうが良くて安くなるのではという印象を受けたグライダ。ま、あジョージアもアルメニアももう「いったのは随分昔の、3,4年前だからだいたい忘れたけどね。そのあと行ったキプロスが高くて、多分かき消されたんだね。北キプロス安いんだけど、タクシー代が高かったなあ、一律4000円ぐらいで高級車しかないんだよあ、公共移動手段ないし、であった。まあ、宿はタクシー代ぐらいだったけど。帰りもきっと空港だから高いんだなと思ったら、また4,000円、行って泊まって戻って12,000円。飯が1,000円、酒が1,000円ってとこか。あ、土産500円、まあそんなとこだったかな。それから昨日のモルドバではやたらめったら両替所が多かったが、ここでは銀行しかなかったなあ。それから見たことない形の信号機やあ。バクー1の観光名所、をとめの塔メイデンタワー日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.10.23
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龍が行く手に目、いいじゃないか。あ、黒いシンデレラ城だ。ハリポタ?許可あるのですか。隠れてやがったか。動かぬ石のこいつに乗って何になる。ドクターフィッシュ、200円ぐらい。いよいよ雨も土砂降りとなってきて、傘持ってきてよかった。地元民、順調にびしょ濡れになっている。象牙をむやみに取ってはいけません。そういえば、欧米ハンターの猛獣狩りに動物愛護団体が抗議して禁止させたら、収入のなくなった地元民が猛獣食べちゃった、結局いなくなっちゃった、みたいな事態になってしまった事例もあり、地元失業対策立てないと、禁止させるだけで、事態は悪化するってことあるよね。食べ物もコンクリ―で作っときました。まあ、こういうところ歩いたり、雨やむの待ってたりしてたけど。つづく。そら続くだろ。目が×の駄目龍。ところで、登山家田部井淳子さん死去、講演会一度聞きに行ったことあります。昨日は、ラグビーの平尾選手。シティエン公園1。空港から直行。シティエン公園2。シティエン公園3。シティエン公園4。サイゴンカフェ、アップサイドダウン。サイゴンナイト。べトナムあまり画像。香港経由で帰国。油麻地から尖沙咀まで歩く。尖沙咀から香港島へ。香港空港。バンコクサイゴン香港周遊旅行。
2016.10.22
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1万坪の敷地を走り回れの麻豆代天府に到着しました。それも電車とタクシーを乗り継いでという正当な方法でだ。正当過ぎて話にもならない。正統派の俺が笑ってしまう。ネストリウス派だわ。代天府巡狩五府千歳寺に着いたら信仰心の篤い私も、駆け足で巡る。何だか祭りの日みたいで人が多い。しかし、どうも麻婆豆腐を連想してしまうのがいけない、ここの地名が麻豆というだけなのだ。ただの宗教ワンダーランドなのだ。ここでの併設されている宿泊所は2000人以上収容でき、これまた、おかえりなさいのお地場の天理教の天理市みたいな感じでもある。(全然違うけど、泊まれるところがね)。金炉、ま、燃やすところだね。でもそれに似せているだけか、なんか放り込み口あるが。観音宝殿天国の模造、女神の慈悲、アジアって、和洋折衷ならぬ、新古折衷だからね。1万坪といえば、妹の家より小さいのか。しかし、去年3年ぶりに台湾来たと思ったら、今年は2回目じゃん。何か沖縄みたいになってきたぞ。そういえば、俺みたいに人生半分終わると(何か問題起こしてではなく、平均年齢として)、まわりの同年代や年上の方々は、もう早起きしてしまう症候群。早く寝るから早く起きるのだろうか。よくわからないが、このまえ接待にいくと、10ぐらい上の方が、何もなければ昼間で寝ている。朝起きるのはつらいという人が前に座り、趣味や性格は別にしてシンパシーを感じた。理想は遅寝遅起き、そのままだ。台風超えて台湾へ、台湾抜かして日本へ。佛光山そのもの。佛光山 浄土洞窟1。佛光山 浄土洞窟2。佛光山 浄土洞窟3。佛光山 浄土洞窟4。佛光山 浄土洞窟5。佛光山記念館。左営駅 瑞豊夜市。高雄から隆田、麻豆代天府へ麻豆代天府 到着麻豆代天府 聖女の生贄麻豆代天府 天国地獄麻豆代天府 十八地獄前編麻豆代天府 十八地獄後編麻豆代天府から高雄に戻る。六合夜市。台湾gourmetの旅1。台湾gourmetの旅2。高雄 西子湾。高雄から帰国。
2016.10.22
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世界一石油で古い(ということでかつて産油量世界一だったこともある)アゼルバイジャンであるが、ここにきて、また石油で活況を浴びており、10年前なんかは経済成長率30パーセントとなっている第二2のドバイみたいなところに、日本では国立競技場で物議を醸しだしたザハの作品がある。国立競技場の訳の分からないコンペは、結局2回目は、日本語で説明!みたいなことになって、実質的に日本人しか無理、くまけんご当選者をはじめとする数多くの日本人の応募があった(2件)。惜しまれながらも亡くなったが、ヨーロッパでは当たり前のことなのかもしれないが、アンビルドの女王、彼女の出身はイラクであるというのが不思議だった。イギリス国籍だけど。亡命者チックなのだろう。そういえば、妹の結婚式(イギリス、コベントリー)行くと、親戚に、一人イラク人(というかイラク出身)の人いたものなあ。彼女を発見したのは、落選した作品を眺めていた磯崎新だ。(浅田彰文章にも出てきているなあ) それはともあれ、アゼルバイジャンにもザハの作品あるぜよ、ということで、地下鉄Nәriman Nәrimanovで降りる。ここから手書きの地図を描いてきたのだが、駅降りたら公園がるから、それ左に行くとわかる、10分程度で行ける、と書いていたが、公園の道挟んだところを公園もどきがあり、それが公園だと思い、方向を90度誤って歩き出した。10分のはずだから明らかに間違っているのに気が付いたのは10分後であり、じゃあ、左折れてまた左折れたらいいのだな、と方向修正しながら歩き、修正できないまま、1時間10分が経過し、そろそろ、人に聞くか、と自力更生を諦めた頃に、先頭が見えた。実際のところは、市内旧市街中心部から一番後ろに乗って、降りたら地下鉄が来た方向にトビリシ通り(ジョージョアの首都ですが)戻り歩き、7,8分で左手に巨大な建物が見えるので、あとはそれに向かってGOだが、3,4分は歩く。(黄色は私が無駄に歩いた道程)駅に戻るときは、もう3人も人に聞いてしまったからねえ。ヘイダル・アリエル・センターは丘の上というか途中にある感じで高さはそんなにない(74メートル)うにゅうにゅした曲線の建築物、中に入りたい?それは無意味にお金がかかるらしいからやめとく。丘の下にはドバイのハージュアルアラブみたいな、トランプの建物が見える。勿論所有ではない。ここでは、トランプは名義貸しの社長だが、パーtなーは、アゼルバイジャン運輸省の息子であり、親父はイランにマネロンした疑いがかかっているとのこと。大統領になったら、他の国もイーパイあるけど、ここでも、自分の商売優先かアメリカ安全保障優先か選択を迫られるんだろうなあ。まあ、選択って本来ノーチョイスやけど。前の広場の奥は、何だか緑の芝生に、珍的なオブジェ建物の前には、人でごった返している感じ。いやー、9月で良かった。気温も20度弱で。これ夏なら嫌になるだろうなあ。カタツムリすよ。いや、カタツムリというより、ナメクジか。この曲線。もうひとつのナメクジ(炎の塔)まで見えるんだねえ、今はアゼルの象徴だからねえ。隣にも円盤のような巨大な建物を建設中。この1作目の香港のが落選して、磯崎新が審査員を説得して当選させたってやつね。芝生の刈り取りと、表側の床ウォーシャー掛け人見ました。建物は維持しないといけないからねえ。画像それにしても、サウジのキングダムタワーを超える1キロ以上のビル、建設に着手らしいね。これまた不便なところにある。日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.10.20
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バンコクからサイゴンに到着したのは、朝であり、前に到着したのが夜中だったので、よく覚えてないのだが、ちょうど空港が新しくなる年で新しくなったのかそうでなかったのかよくわからなかったが、この移動できる椅子は置いてあったような気がする。夜中に到着すれば、席を占領して寝ている人たちがいたりして、だらしなく見えるのだが、さすがに朝だとそうでもない気がした。いやはり違うな。2004年7月26日(月) ユナイテッド航空(UA)はサンフランシスコ/ホーチーミン線を新設する。これは香港経由で運航するもので、12月9日からデイリー運航するもの。機材はボーイング747-400型機で、ユナイテッド・ファースト・スイートが14席、ビジネスクラスは73席、エコノミークラスは260席となっている。なお、この便はアメリカ/ベトナム間を定期運航するアメリカ系航空会社として、約30年ぶりの路線開設となる。2004年12月、ベトナム戦争終了後初めて、アメリカ合衆国の航空会社の飛行機が再就航。多分、国策で飛ばしていたのかもしれない。前に乗ったとき(2007年)もガラガラであり、今回も乗った日は割と混んでいたが、ユナイテッド航空も香港経由行も2016年10月29日をもって運休予定ということだ。もう懐かしんで慰問するアメリカ人もいなくなってきていて、アライアンスの強化とそれに伴う以遠権もどうでもよくなってきたのかも知れない、UAの撤退と共に同時にスターアライアンスのANAは1便増便するようだ。逆にベトナム航空、エアバスA350型機10機を追加発注で覚書 アメリカ西海岸線に就航へ(2016年9月18日)のように、ベトナムが飛ばし始めるのかも知れない。空港を出ると、シティバンクのCD機があったので、差し込んでみると、動かなかったが、隣の欧米人も動いてなかった。じゃあ、まあ、ドル両替しとくか。ということである。カウンターを設けたタクシーの呼び込みは基本無視して、基本ではなく普通にスルーして外に出て、メーターでタクシーに乗る。さすがに、空港からいきなり遊園地に行く人はいないようで、本当にここなのか、と聞かれるが、僧だと答える、日本語が通じるなら、朝でホテルにチェックインできないかもしれないし、荷物も大してないので持ち歩きできるから問題ないぜよ、ってことなのだが、結局そういうことなのである。今、タクシーで21万ドン分走っている。市内とはちょと違う方向であるが、おおよそグーグルで目測した距離は20キロぐらい、渋滞もありもって、30万ドンとちょっと(1500円ぐらい)で公園に到着。入場料は、9万ドン、単位が大きいとびびるが400円ぐらい。土曜というのに、空いてますなあ。さて、入場である。彼女たちを連れてきてよかったよ。掃除もしてるし。広大な敷地である。入口を振り返る。ぐにゃぐにゃ歩いているのでまだちっとも進んでいない。今年は毒キノコの当たり年。日本ではね。うわー、先が見えないな。人生のようだわ。キャンプもできます。テント張ってます。こいつら至る所に存在。ロータスまでが・・・。つづく。そら続くだろ。シティエン公園1。空港から直行。シティエン公園2。シティエン公園3。シティエン公園4。サイゴンカフェ、アップサイドダウン。サイゴンナイト。べトナムあまり画像。香港経由で帰国。油麻地から尖沙咀まで歩く。尖沙咀から香港島へ。香港空港。バンコクサイゴン香港周遊旅行。
2016.10.19
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中編、忘れてました、細菌の三部作です。これで終わりです。 よくよく絵葉書って、何かいたか何かいているのを貰ったのか内容なんか覚えてないが、よくよく考えたら、こんな遠くへ来ちゃってるよ、どうだい、それでもあんたのこと思い出してるよ、どうだい?ってことだ。勿論、海外旅行行ったら、絵葉書出す、といった儀礼的なところもあって、あまり親しくない人にも急に海外から送って、そうだい、普段付き合いないけど、君のこと思い出してるんだぞ、なんてイキることが大切なのであった。そして、何といっても暇だったんだ。絵葉書とは違い、エアログラムのようなものには、もう文字をギュギュウに詰めて書いて、帰国したら、「オメー、よくもあんな1時間では書ききれないような内容書いてくるねえ、びびったわ」と言われたこともあり、考えたら、人生の長さではたいしたことないけど、その親しくもない特定の人物にまで、多くの時間を割いて、書き殴ったものだなあ。はい、それでは、分析してみよう。左上;板門店(ソウル)。今板門店ツアーから戻りました。ツアーガイドのイドさんが強く印象に残っています。しかし、86年秋のソウル3日間行動共にしたねえ。あのときは醜態さらしてすまなかった。P.S.6月に池袋に引っ越します。→そうか、謝るのは風化直前の灯のときがいい場合もあるな。まあ、醜態さらしたかどうか、こちらは覚えてないんだけど。さりげなくおまけに近況をいれるところがミソ。右上:ラワルピンディ(パキスタン)。あまり、単位を落とさないように。先日イスラマバードで中国のビザを取りました。簡単に取得できます。これからギルギット、フンザへ行き、あとは中国です。→旅の行程、定番だね。そこのちょとだけ旅行情報をスパイスのように紛らわせるのもミソか。左下;先日は見送りどうも。シドニーでは居候の身で、金はないわ、物価は高いわ、仕事が始まるのはまだ先やわで、毎日フィッシュアンドチップスです。オーストラリア人は、単純な奴らだ。→その国の国民性を、ちょとだけブレンドするのがミソ。確かにオージーは、単純、マッチョだな傾向だな。右下;今メルボルンにいます。オーストラリアに住む○○さんを紹介してもらったのですが、ハミルトン島で偶然一緒に働いたんですよ。ご存知でしょうが。2か月後には帰りますので会いましょう。→ご存知ではありませんでした。左上;ハミルトン島(グレートバリアリーフ)。なんと、君に紹介してきた○○さんが働いていたぞ。しかし、ここのホテルの従業員らはシドニーに比べたらアマチュア、毎日ムカついている。あーしんど。→どうやら、ご存知でした。私の記憶から長い間抜けてたというか、今みても、あれ、そうやったんや知ってたんや、という新鮮なる驚きです。右上:チェンマイ(タイ)。久しぶりにタイに来たら、排気ガスで死にそうになり、屋台の飯は食えなくなっているし、トィクトゥクは交渉なしの言い値で乗ってしまうし、会社員になったらだめね。P.S.夫婦仲良く旅行を楽しんでます。→あら?違う文字が、あ、これ、新婚旅行だ。ハー。あ、切手がラオスタイのフレンドシップ橋だ。左下;バンコク。国境のタートンからチェンライまでの河下りを楽しんだあと、バンコクに戻りました。5年前シンガポールからバンコクまで自転車漕いで北上したときに泊まったGPO近くのスリウォンのホテルに泊まってます。東京に来ることがあれば寄ってください。→最後には、また寄ってください、みんさんによろしく、まあ、そういう文言は定番ですね。右下;就職が遂に決まったので、青春18切符で浜松に来ました。→ポストカードと関係のない文面も良いものだ。左上;カナダ。先輩、最近どうされてますか、こちらは卒業旅行です。先輩もきっと卒業旅行に行かれていることでしょう。→先輩なのに、卒業旅行が一緒、ナマいってんじゃないよ、留年だよ。右上:バリ(インドネシア)。今ウブドゥにいます。今何日目か覚えてませんが、踊りを見に行くか夕食にいくかぐらいしか、出かけません。あ、先日はそうめんありがとうございます。そのそうめん、ワルンでSATOの中にぶち込んで食べましたら、みんな珍しがってくれました。これからロンボク行こうと思います。→ソーメン?空港に見送りに行って餞別にソーメン渡したのか?左下;パリ(フランス)。パリーに来て5日目で、ソーボンヌ大学の近くで茶しばいてます、しかしみなさん、おされーですな。ここ2,3日は暑いので女性は露出狂みたいで、大変です。今夜はナイトクラビングでブットぶのでこうご期待、帰ったら、京都大阪神戸三都物語飲み会しましょう。→飲みましょう。右下;カイロ(エジプト)。今回は中東の旅に出て3か月が過ぎました。トルコ、シリア、ヨルダンとめぐり、イスラエルからエジプトまで来ました。イスラエルではいつ全面戦争になるかと緊張感漂ってました。おまけに刺激を受けたパレスチナ人の暴動が多発してます。それにしいても、出稼ぎアラブ人インド人の帰国ラッシュでチケットが取れません。とりあえず、アテネに出てチケットを探します。→1990年9月、オー。湾岸戦争のときか。左上;アグラ。インドに来て1か月、カルカッタ、バラナシーそして3都市目です。バラナシではイスラムとヒンドゥの闘争があって、戒厳令が出て外出できず難儀しました。インドのカレーはむっちゃ美味いのですが、できればカツオのたたきが食いたいです。右上:GPO付カイロとかナイロビとか手紙2通もありがとう。もう帰国するので、このはがきを読むころにはすでに会うかもしれないねえ。葉書の意味ないねえ。まあ、会えなかったら、詳しく手紙書くよ。スペースが余ったので、詩でも書いておくよ。左下;シルクロードで精神的に参ることがあり、手紙も出せない状態でした。今デリーに居て、、8月上旬にはまた戻ってくるので手紙くれるならジャパニンフォメーションセンターにください。→おお、日本大使館横にあったんだたtかな、ジャパニンフォメーションセンター。右下;デリーのメインバザールで下呂ってしまいました。ジョードプルでは恐ろしいことがありました(秘密です)。これからカルカッタに向かいます、移動は疲れますね。P.S.バンコクについたらマレーシアに行こうと思うので、マレーシア情報あればジュライホテルまで手紙送っていただけるとありがたいです。ところで、物持ちいいねえ、と思われるかもしれないが、段ボールにガサーっと何の整理もされず詰まっているだけである。
2016.10.18
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仏光寺には、何を隠そう、洞窟浄土だけでなく、ちゃんと、表情豊かな羅漢もそろっているのですよ。それにしても、全然関係ないが、ウインドウズなんちゃらにしたら、ブラウザ不安定やわ、画面フリーアウまるわ、何かメモリ足りませんとか出たり、しょっつうセーフモードになってもたり、早く起動すること以外いいこと何もないわ。ウインドウズビスタみたいに、サポートなくなったら困るから無料最終日にインストールしたら、まあグレードダウンされたわ。日本語ソフトも時折使えなくなるし。さて、見学は終わり、誰も歩いていない車道を10分から15分程歩けば、記念館である。そこにはスタバとかベジタリアンの店とかが入っている。うわー、遠いなあ、もうバスの時間ないから、眺めるだけにしとくよ。義大客運バス8501番のバスがやってきたので、左営駅までの60分間乗り込む。300円ぐらいだったかな、とにかく、空いていたのだが、それも、途中、義大世界購物広場というアウトレット兼遊園地のようなところで、空席を数え、並んでいる中でその人数だけが順番に乗れるシステムということで、バス停には多数の人が溢れかえっていたのである。そこからは田舎道も終了し、半分寝ぼけていたころに、終点に到着したのであった。戯れましたか。台風超えて台湾へ、台湾抜かして日本へ。佛光山そのもの。佛光山 浄土洞窟1。佛光山 浄土洞窟2。佛光山 浄土洞窟3。佛光山 浄土洞窟4。佛光山 浄土洞窟5。佛光山記念館。左営駅 瑞豊夜市。高雄から隆田、麻豆代天府へ麻豆代天府 到着麻豆代天府 聖女の生贄麻豆代天府 天国地獄麻豆代天府 十八地獄前編麻豆代天府 十八地獄後編麻豆代天府から高雄に戻る。六合夜市。台湾gourmetの旅1。台湾gourmetの旅2。高雄 西子湾。高雄から帰国。
2016.10.17
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やばいぞ、プミポン国王の息子。まあ、ワチラロンコンで、すぐやばいひとだと検索可能。何だか、ン2000年代前半のネパール王室殺人事件を思い出す。あれをきっかけに、王室が廃止されてしまったのだが、真相はやぶの中、タイではこのようなことはないとは思うが・・・。国王のタイ人の精神的支柱は、あちこちで見られる肖像で分かる。うーん、そういえば、ネパールもどこでも王室の写真飾られいたな。何だか、日本じゃ、天皇を尊敬していても、写真を家に掲げているってのはあまりないのではないか。知らんけど、友達の家で見たことはない。それに朝夕は放送が流れて、すべての活動を止めて拝聴。昔、自転車旅行でタイ北部を走っているとき、朝8時に小学校前を通りがかり、国歌が流れ、私も校門前で何故か運動場にいる生徒たち同様に、国歌が終わるまで自転車を降り、直立不動にしていたが、やってきたトラックも私の横に停まっていた。国歌が終わるまで。 学生時代にバンコクに居た時に、やたらモテル日本人の男がいた。精悍な顔つきなのだが、どうしてそこまで持てるのか、女性たちに聞いて分かった。若い頃のプミポン国王に似ているとのことだった。タイバーツ札を見る、ううーん、確かに似ている感じもする。まあそう思った記憶がある。まあ、ボブデイランのカセットテープをラジカセで流しながら走ったタイ自転車横断、タイとボブではそれがダブる、あ、なんか、ノーベル文学賞をボブデイラン受けたそうだよ、昔なら、ケッ、なんですかー、そんなのいりませんーと行ったかもしれないが、今は、多分沈黙しているのは、面倒だなーって思っているのかも知れない(発表2日目)その後、ラスベガスのコンサートを開いても、ノーベル賞には一切触れず、いいね。勿論、ボブデイランにしても、タイムリーに60年代を迎えたわけじゃない、20年遅かった。まあ、ビートニクてもないし、ひっぴーでもないし。アレンギンズバーグをライブに読んで朗読してもらていたりとかしてたね、死んじゃったね。瓶入りというだけで、高いね、ボスウォーター。考えたら、会社では、この2つの話題皆無だ。おれのまわりでは、この話題ばかりなのに。仕事とプライベートは、ほんま相当の隔たりがあるような気がした。18歳、友人はウォークマンを聞いていた。俺を見ると、「お、デイラン節を聞いてくれ」と私にイヤホンを渡してくれた。彼は、去年もコンサートに行っている。やばいぞ、デイランチェンマイ、30年近く前の早朝五時。当然ゲストハウスの人は見当たらない。急遽、私は出発することにした。枕の下に三日分の宿泊料とチップを置いて、初めての荷造りを始めた。前の籠に空気枕を敷き、バンコクで買ったラジカセを入れ、スコールに備えてビニールをかぶせた。後のキャリアには体積の半分がカセットテープで占められているという荷物をゴムロープでくくりつけ、真ん中には私が勢い良く乗り、ペダル初一漕ぎ。出発の音楽はボブディランの「チェンジン・イン・ザ・ガード」進む。が、自転車気侭お気楽旅行企画を怨むのに一時間を要しなかった。黒塗りの渋い豆腐屋専用おやじ自転車のペダルが元来無茶苦茶重く、仮にも多少の山岳地帯のこの辺り、少しの坂だけで、撃沈寸前。「俺はただ限界を楽しんでいるのだ。このために運動をして鍛えてきた訳でもないし、死に場所を探して生きている訳でもなくて、当然、死ぬために生きている訳ではないのだあ。せいぜい、最低限他人に迷惑をかけないように野垂れ死にするだけなのだあ」と結構やけくそ気味に叫んでみたが、当然誰も聞いていなかった。次に、私は既に坂道を押して歩いていた。直射日光が麦わら帽子を通して、二十五パーセント程の日射病にやられ、その横を無情に通過していくトラックに意味もなく手を振る。インドの田舎道でバスに乗っている私に向かって手を振ってくれていたウンチをしている男の子のことを思い出した。アスファルトに垂れる下痢状の糞に罪悪感も羞恥心も持たず、ただひたすら無垢に手を振ってくれた男の子よ、その後元気にしているのだろうか?子供は大きな労働力だ。彼は自分が何故、生きているのか考えているのだろうか?人間以外は自由だから、そのようなことは考えない。男の子よ、どうしてる?遂に休む。若い女性三姉妹(と勝手に名命する)道端の簡易レストラン。酒を飲んでいる男達、その中の男の一人になびいている女一人。招待され、から揚げを食べる。コウロギの。メコンウイスキーで流し込む。少し嫌な顔して、頑張って食べると受けるということが分かっていて、そのようにしてしまう猿芝居屋の私。出発する。ノー天気に行けますように。チェンマイから十二時間走行距離百十キロ平均時速十キロ。一キロにビートルズ二曲でランパン着。ホテル探しに手間取り、ホテルもじめじめしていて、もう日はどっぷり暮れて、歴史のある街の割には侘びしい気になった。シャワーを浴びる。復活!はしなかった。尻が痛くて、尻を確認するが四つに割れていなかったので少し安心する。食欲もなく道路マップを眺める。疲れ過ぎて、精神が高ぶりすぎ、寝付けない。起きているのか寝ているのか分からない夜をやり過ごした。
2016.10.16
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見どころ満載のモルドバ、首都岸キシナウ、これで終了である。終了は時間が余ったので、ふと見上げると、国立博物館、ちょとだけ事前に気になっていたのだが、目の前にあるなら入るだろ、まあ、時間は1時間程度にしておかねば、寝る時間がなくなるのである(結局寝る時間なくなって睡眠1時間であったが)。ああ、このスカスカ感と大上位な建物と外にあるへんちくりんな石造どかでみたぞ、ああ、やぱ、旧共産圏の切キルギスだわ。同じ系だね、でも向うは、もっと共産色強いねえ。勿論、見物する人より係員のほうが断然多く、監視されているという感じになるのだが、そこは、愛嬌だ。よくわからんがチケットは2枚、1階と2階のチケットで50円ずつだ。ハイ、わかりました、地下もあるよ、今フェアで中古家具売っているからみたいなこと言われたような言われてないような、なんで国家が一企業に中古家具、国立博物館で限定期間とはいえフェアしているのか、よくわからなかったが、、それが、国家の横暴というかパワーなのであろう。あっ、アルバニアもそうだねえ。スカスカ。(全然関係ないけど、会社で、大丈夫ですか、顔色悪いですよ、酒臭いですよ、お疲れですね、を約3名から指摘、厳しい二日酔いではないものの、何故か酒は残っているものの、とにかく眠い、眠いといっても昨日は4時間寝ているはずなのだ、年には勝てない、だめだ、仕事中睡魔に4回ぐらい襲われ、今日は早く買って寝るぞ、と思いながら帰宅したが、あれ、今パソコン右端の時間みたら3時前じゃん。道理で眠いわけだ。てか、今日の昼の眠気と二日酔いなんだったの?)自己管理できない奴は、まあ、世間的にはダメじゃん。まあ、年取ったら何となく教条主義も分からんでもないなと思い始めたわ。はは。キンキン黄金シリーズ割とそろえていたんだよねえ。考えたら、東欧は、自由旅行できない本国ロシアとベラルーシ以外、遂に貫徹。モルドバ、ウクライナ、エストニア、ラトビア、リトアニア、アルバニア、旧ユーゴ(クロアチア、セルビア、ボスニアヘルツェゴビナ、マケドニア、モンデテグロ、スロベニア)、ブルガリア、ルーマニア、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランド・・・ロシアは衛星国というか緩衝帯を作るのが好きな国である。だからソ連にとって満州(時代ずれるけど)ってのは、自分らにはいい感じdったのかもねえ。中国とも、モンゴルあったし、中央アジアもイランとの緩衝帯になるし、まあ、インドとは親和性高かったけどねえ・・・。昔、セブ島のセブ市の反対側にあるモアルボアルで知り合った日本人(郵便局員)は、まだソ連があった時代なんだけど、春はモアルボアル、夏休みは東欧の決まった人の家を訪問というのを毎年繰り返していた、いやあ、1980年代90年代って東欧行くのもほんま大変やったによ。ホテルと移動費先払いで、それも高い、だから知り合いにも学生時代2人しか東欧行ったことある人いなかったからねえ。今なんか、明日チェコ!(はないか)やからねえ。建物、すごいな、それが印象。ま、トルコから日帰りやけど、のんびりしてもよかったなあ、意味なく、まあ割と気に入った国でしたわなあ。といった感じでモルドバ終わり。日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.10.15
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旅行中は、まあ、流動定食と機内食が最近、メインとなっているやがて悲しき現実であった。ベトナム料理は、そりゃハーブだわ。ノコギリコリアンダーにオリエンタルバジル、まあ、生モヤシとトウガラシが別皿に入れられてくる。ビルマもこんな感じだったなあ。コリアンダー(パクチー)の中でも、ノコギリコリアンダー(パクチーファラン)は、臭いも強いほうだ。ファラン?外人?ああ、タイから見れば外来のものか。そもそも、パクチーとは味が何となく似ているが、種類が違う。あとオリエンタルバジルは、タイバジルじゃないのか。俺は何食ってるんだ、という感覚もたまらんな。暑い国じゃあ、甘ーいアイスコーヒーも旨い。日本じゃ飲めたものじゃないが、ベトナムコーヒー、ベトナムで飲むからウメー、である。ベトナムコーヒー、日本で飲んでもあまり美味いと感じられない。でも、ここでは、即、お代わりである。お金があるっていいよねえ。とりあえず、昨日から1時間ぐらいしか寝てないので、夕方から2時間程寝ることとする。その前に寝酒、3種類のビールを買ってみる。そういうわけで、日本ではそんなに美味しくもないフォーを現地で(9年ぶりである)食べてみると、うわっ、これ旨いやないか、なんでや?何でか分からんが、だめだ、も一回食べよう、まあそんな感じで3,4時間後にもう一回食べている。まあ、チェーン店だけど、まあ250円ぐらいだけど。まあ、屋台で食えばもっと安いんだろうけど。あと3時間後に起きて空港向かわないといけないが、ここで熟睡するとヤバイなあ、と言いながらバーで飲んだ後は、部屋飲み。コンビニで、ビールに、おつまみの卵も20円ぐらいだったので、買ってしまう。部屋で飲んでいると、大学の同輩からラインが入る。「O先輩が肝硬変で亡くなった」「ええーいつよ」「今日」「ずっと病気やったんか。葬式どうする?」「前から調子悪かったみたいや。葬式は家族だけで送るらしい」「先輩はずっとどうしてたん?」「最後は文化住宅で生活保護受けながら時々新聞配達してた」「そうなんや、昔、新聞社じゃないけど、新聞記事書いてたよなあ、ハローOLさんみたいな連載物、それに、びっくりテレビで、普通の喫茶店でウエイトレスが注文されたもの持ってきたときに、頬にキスされたらどんな反応みせるか、みたいなコーナーで出てたなあ。」「数々の武勇伝説を残した人やった。でも、家族はエリート一家だったが、ドロップアウトしてもた」追悼の酒となった。ドン再両替できなかったので、空港で高いチョコレート買う。(再両替もっと真剣にさがしたらあったかもしれないが)(チョコじゃなかった、開けたらクッキーだった)1時間の飛行時間でも、タイ航空はホットミール(カレー味チキンライス)を提供。バンコク朝6時には、まあ、飲んでいましたすみません。バーバーバーというと、おばちゃんは、「バーバー」と言って555を出してくれたが、バーバーでは55ではないのか?まあいいかと休憩する。(お金見せびらかしているけど、20万ドン、ここは日本円にドドーンと換算すると、900円。シティエン公園1。空港から直行。シティエン公園2。シティエン公園3。シティエン公園4。サイゴンカフェ、アップサイドダウン。サイゴンナイト。べトナムあまり画像。香港経由で帰国。油麻地から尖沙咀まで歩く。尖沙咀から香港島へ。香港空港。バンコクサイゴン香港周遊旅行。
2016.10.14
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六合夜市ですか 高雄1.プミポン国王死去。2.ボブディラン、ノーベル賞10年近くぶりでしたから、思っていた方向が違いましたし、何だか店も品ぞろえも多く変わったような気がします。場所は美麗島駅降りたところだし、高雄駅から1駅、歩いても行けるからね。帰りは歩いてホテル戻ったからね(高尾駅周辺に宿投ゆえ)。まあ、12時近くだったからかもしれないが。随分、観光客向けのこの夜市はメインランドのちうごくじんにメチャンコ散らかされているという噂。そういうわけで、意味なく値段もボッタクリ価格になっているというが、そうなのか?まあ、そういうわけで、時間をずらしたのは正解なのか。店舗はざっくり100から150リン・チーリンさん、髪の毛切ったのか?おばあちゃんの焼きトウモロコシ、と書いてあるのに、しっかり茹でであることがミソ。トウモロコシも黄色に白(もちもち感)に紫から選ぶの心よ。無造作にイカ立てます。焼き肉の家も、人気屋台のひとつらしいよ。いやー燃えてる、燃えてる。小腸を大腸で包みます。やっぱり小腸を大腸で包みます。シーラカンス食べられます。(ハタ化の深海魚ですが)おもちゃ買って帰るかな。屋台入れ墨すか。ここは、永遠に忙しそうに餃子作っている、餃子工場である。水餃子にサンラータン。四川料理やね。酢!トウガラシ!胡椒!野菜にキクラゲぶち込んで、片栗粉でとろみ付けてタマゴ落とす!以上!です。台南と言えば度小月の担仔麺。ここのタンツーメン、リンチーリンも陳水扁、馬英九、故蒋経国も大好きなのさ。ヤラシイ目では見てはいけないんドエスが、何だか数名行列になっているので、見たら、屋台のお姉さんの胸が超ド級で、並んでいる人が釘付けになっていたのが涙を誘った。何故か有名な飲みモノや、あれ、来た記念に自分のパネルおいていったのか馬英九。さすがに2時までやっているとはいえ、深夜近くになり、歩行者天国、わりとすいすいと歩ける状態である。考えたら平日であるし。馬英九だけでなく、熊本放送もあるよ。子分も負けじと燃やしております。(昨日、会社の接待で焼き肉行ったけど、焼き肉好きかと言われると、やっぱり普通だった)今は、知らんケど、エビが流行っているのか、あっちもこっちもエビでしたよ。ブクブク水槽にエビ入れて、隅でジャンジャン焼いてましたね。あーおいしかった!見るだけタダ。さっき飯食ったから、もう続けて食べられないんだよね。残念、斬りですね。質問。台湾高雄の六合夜市のお勧めの食べ物や屋台を教えてください回答。どうだかね。そういえば、初めて行った時も何も買いませんでした。そうだ、初めて行ったときに、そのまま、何故か近くのショットバーみたいな店に入って、全く日本語も英語も通じないので、とりあえずビールにして困っていたら、バーの店員が電話に出ろというので、でたら日本語で料金システムを教えてもらった。多分、バーの店員が日本語のできる友達(多分店員も友達も学生)に電話してくれたのだと思う、親切だねえ。どうせ、ビール飲むだけなんだから。台風超えて台湾へ、台湾抜かして日本へ。佛光山そのもの。佛光山 浄土洞窟1。佛光山 浄土洞窟2。佛光山 浄土洞窟3。佛光山 浄土洞窟4。佛光山 浄土洞窟5。佛光山記念館。左営駅 瑞豊夜市。高雄から隆田、麻豆代天府へ麻豆代天府 到着麻豆代天府 聖女の生贄麻豆代天府 天国地獄麻豆代天府 十八地獄前編麻豆代天府 十八地獄後編麻豆代天府から高雄に戻る。六合夜市。台湾gourmetの旅1。台湾gourmetの旅2。高雄 西子湾。高雄から帰国。
2016.10.13
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動植物編の続きだるが、入場料は50円でり、写真撮り放題料金が75円である。フォトというバッジを胸につけろとのおばあちゃんの案内であった。いやあ、各ブースにいるのが、もう共産時代から勤めてますよという6,70歳代のおじいちゃんとおばあちゃんだけである。展示品もここ50年は変わってませんよ、気にせずに、という感じのレトロ感満載のいい感じミュージアムだ。床はキシキシ軋むところもいっぱいで、おじいちゃんおばあちゃん監視人がやたら親切というか、こういうふうに回れ順番はこうだ!と力説である。はい、分かりました、という感じであり、時代に取り残された展示品と人々に完敗あれ、いや、乾杯あれ、であった。ワインブドウ押し付け機伝統的な結婚式かなそれにしても、展示品と展示方法と職員は旧ソ連時代のまま、という感じである。マルクスレーニン像の影が残るのは、モスクワ、ソ連から離れるほど、放置度が高くなる。中心では早々に撤去したからね。ブルガリアとかルーマニアとかキルギスとか・・・あ、キルギスの博物館に何となく似てるなあ。当たり前のことだが、レーニンは、マルクス主義と自分でいっていた。マルクスレーニン主義と言い出したのは、スターリンでしょ。つまり、マルクスレーニン主義はスターリン主義ってことだね。外の風景見学終了すべて回ると、受付のおばあちゃんが、また最初から、こういくのよ、と説明しだしたので、いや、もう全部回ったんだよ、みたいなことをいうと、あらそうだったの?とのこと。入るとき、日本人か~!と珍しがってたのに、この戻ってくるまでの短時間で日本人通過だらけでした!ってことだったのだな。外では、一度も東洋人みなかったのになあ。不思議なもんじゃい。確かに混んでたからねえ、3人ぐらい見学者見たからね。枕男でフィニシュ。外にでると、何だか、でっかいカメラを持ったスノーデン君みたいな青年が取材するよ、といったいで立ちで立っていた。ところで、スノーデンの雇用、CIAも情報機関に雇う人間を精査できなかったようだね。正義感の強すぎる人はスパイには向かんだろ、自己矛盾をきたし、こんなこと黙ってしてていいのか!世界各国なんでも傍受している実態!告発しないとエライことになる!世間の評価の良い悪いは別にして、よくよく考えたら、彼は、高校中退。アニメや日本にも関心を寄せるオタク。こういう人に、階級社会学歴社会のアメリカが年収2000万を用意するか?多分、コンピューターオタクのハッカーじゃないか元々は。でもそういうかなり外部の人間に重要(かどうかしらんけど)で違法なことさせるか?させるやろなあ、すぐ切れるし、何かあっても末端がやったことだと、上部や組織は責任とらんでいいからなあ。あーこわ。日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.10.12
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気が付いたら、香港は5年ぶりだわ。自分の日記で調べるのだが、まあ、そういうときは、HP開いてからCTRL+Fで検索できるからね。香港空港から市内中心部に安く行く方法は、ターミナル1に到着したら1階に降りてS1の循環バスかS56に乗ると10分ぐらいで東涌(トンチュン)まで行けて、料金はS1は3.5ドル、S56バスなら3.6ドル、つまり50円弱で、10分に1本ぐらいある。そこからMTRに乗って尖沙咀チョムサーチー(半島端っこ)まで、19.5ドル、香港島の香港なら21ぐらいだったようにい思う。これだと、300円ぐらいで行ける。でも、まー、時間かかるねえ。慣れてないと1時間ぐらいかかるか。香港から新幹線で100ドル(1,300円)で20分だけどねえ。そういえば、夜に着いて、バスで市内に行ったこともあるなあ。2階建てバスの1番前に座ると、それも楽しいなあ。ってことだよ。 ターミナル2の方に移動し、チェックインカウンターの上の階、6階に行くと、エンターテーメントコーナーがあり、そこにアヴィエーションコーナーがある。入口までが、滑走路、いいね。おされ。そういえば、イスタンブールまた新しい空港作っているねえ、いやあ滑走路6本、年間総旅客数2億人。今一番旅客が多いのは、唯一1億人を突破しているアトランタだよね。今でもイスタンブール空港は年間9千万人を年間運ぶヨーロッパ利用者数3位である。ドバイもそうだが、世界の主要都市どこも近いからなあ。しかも、イスタンブールのほうがドバイよりアフリカに近い。しかし、空港って儲かっているのかどうか?Airports Council International、こいつによると、世界の空港、一人当たり航空会社から12ドル、それ以外(店とか駐車場)が9ドル、合計21ドル入ってくる。それでセキュリティやなんだかんだで一人当たり空港を利用すると17ドルかかる、まあ、残るのが4ドル、これが一人あたりの儲けのようだ。(勝手に計算したので間違えているかも)1930年代、シートベルトないよ。オーバーヘッドビンもいいね。昔制服。エアアジア、サロンケバヤ航空、チャイナエアライン。1940年代。1960年代。1970年代、ああ、コンコルドあるやん。1990年代。2000年代。最近。香港空港いまのところは1998年オープン(ほんまは1997年中国返還時にオープン予定だったが)。2007年にターミナル2オープン。学生時代は啓徳(カイタク)航空だたものねえ。今回、帰りは香港エキスプレスで帰ろうかと思ったのだが、1日関西に3便も4便も飛ばしているんだねえ。安いし。それでもANAにしたのだが、1時間50分前にカウンターに行くと、え?誰も並んでいない?それで、発券してくれる女性の横に、日本語でお話下さいバッジを付けた男の若い子が来て、お席はこちら通路側です、とか出発前何分前に搭乗口にとか、まあ、タドタドシイ日本語で親切にしてくれた。一瞬なぜ、この人出てくるのだろうか・・・と思ってチケットを受け取り、アビエーションコーナーに行く。ああ、乗っている人ほとんど日本人だからか・・・。まあそう気が付いたのだが、まあ、いいや。そういえば、欧南米と違ってアジアでは、仕事で日本語の単語ちょこちょこ出てくるね。荷物?とか、どうぞ、とか。ところで、割と日本の日本円持ち出しとか、海外の持ち込みに制限あるけど、割とセキュリティ通っても何百万円ぐらいなら言われないようだ。なんでか知らんけど。日本では1万ドル100万ぐらいだっけ。でも2,300万ならか、どうかしらんけど、香港持ってきて、香港の銀行に預けちゃうってのが割といけるようだ。知らんけど。かつてのカイタク空港、ほら、九龍城の洗濯物がよく飛行機に引っかかってたじゃん。ところで、アメリカのポートランド空港は、州法でガンジャ合法化で、セキュリティも通れてしまうらしい。でも禁止されている他州には持っていけないと思うんだけどなあ。じゃあ、セキュリティ内で吸うのかな。今回はそういうことで5年前の香港ドルで事足りて、お土産も買わなかったので、そのまままた次回に1000円程香港ドルの持ち越しになったよ。出発の1時間前になったので、滑走路を横切って、ターミナル1に戻れ。シティエン公園1。空港から直行。シティエン公園2。シティエン公園3。シティエン公園4。サイゴンカフェ、アップサイドダウン。サイゴンナイト。べトナムあまり画像。香港経由で帰国。油麻地から尖沙咀まで歩く。尖沙咀から香港島へ。香港空港。バンコクサイゴン香港周遊旅行。
2016.10.11
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高雄起床は、6時半過ぎであった。チェックアウトとする。朝もフロントの人は、屋台のおばちゃんみたいな感じであった。気さくにサヨーナラーであったが、やたら、自動ドアはあちこちで日本製そのままでもあった。5分で在来線高尾駅に到着5分の間に、道のりで5,6のホテルと2,3のバスステーションを通り過ぎる。高雄駅では昨晩駅で時刻表を調べていたつもりだったが、一時間に2,3本あるね、ということだけを確認していたので、何時何ですか、それに向けてGOということにはなっていなかったのであった。Oということにはなっていなかったのであった。まあ、とりあえず、時刻表を見て、出発時間と隆田と紙に書いて、「ロンティエン」と窓口で小さくつぶやく。1枚かと聞かれたが、理解したということは、英語か、1本指あげられたかのどちらかであろう。改札口は2階であり、コンビニがあったので、コーシーを買おうとするが、買ったら良かったのに、水があるからいいやと店内を一周してからプラットフォームに向かう。急行座席指定だったようで、127元、各駅停車で106元だったので(帰り)、あら、急行で座席指定で6,70円高くなるだけなの?空いてるし。1時間15分の旅立ちの手記である。おお、左営駅にあいつの頭がいる!岡山までできちゃったよ。30分ぐらい乗っているんだけど、MRTもここらまできているんだねえ。随分郊外感あるんだけど、まあ、地下鉄の終点あたりってそんな感じか。まあ、大阪地下鉄でもヒーロー御堂筋は終点も千里中央とかなかもずあたりで、ベッドタウン賑やかだが、谷町線ダイニチ、ああ、マンションラッシュとイオンモールでぶり返しているか・・・。でも反対の八尾南、これなんもない。中央線は近鉄やニュートラムに最終駅は接続するが、長田駅もコスモスクエア駅も何もない。まあ、あのなんもない感よ。住むとしたときの売りは、座って通勤できますよ、の一点張りである。しれーっと数分遅れて隆田駅に着く。ここで降りるとしたらの日本人は、基本的に、日本の誇るヒーロー八田よいちさん及びその人口湖である鳥山頭水庫に向かうのである。(八田與一については。まあ検索ください)残念ながら私は向かわずである。駅は意味不明のキャラクターが迎えてくれ、タクシーも2,3台停まっており、誰も降りた人は利用しなかった。おれはする、何を、タクシー利用を。一応、駅前地図を俯瞰しておく。そして、朝食だ。魚スープを飲んで、タクシーに乗る。麻豆代天府と書いたものを見せると、200といわれ、速攻でOKという。あら、メーターじゃないの?まああ、いいや。見えてきたよ、ワオ、メーターは205。210払うと、200でいいって。と10返してくれた。いいおっさんだなあ。失敗したのは、ここは人は多いが、誰もタクシーで来ないということだった。暇だったら、1,2時間タクシー待ってもらったら良かったわ。帰りはタクシーがなかったので、離さない、離せない、帰りたい、かえれない、のジュンコ状態であった。BYながぶちさ、入るか。1万坪宗教テーマパークにウエルカム!(つづく、そらつづくよな、到着しただけじゃん)観*音*祭*殿*お*も*て*な*し台風超えて台湾へ、台湾抜かして日本へ。佛光山そのもの。佛光山 浄土洞窟1。佛光山 浄土洞窟2。佛光山 浄土洞窟3。佛光山 浄土洞窟4。佛光山 浄土洞窟5。佛光山記念館。左営駅 瑞豊夜市。高雄から隆田、麻豆代天府へ麻豆代天府 到着麻豆代天府 聖女の生贄麻豆代天府 天国地獄麻豆代天府 十八地獄前編麻豆代天府 十八地獄後編麻豆代天府から高雄に戻る。六合夜市。台湾gourmetの旅1。台湾gourmetの旅2。高雄 西子湾。高雄から帰国。
2016.10.10
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当日、カバンに荷物を入れた。夏から偽ブラジル人をしてからのスポーツバッグで、しょぼい役割を演じている。しかし、このしぽーつバッグ買った覚えないのだが、何なのだろうか、カメラとその充電器類、パンツシャツ靴下各1、三口財布(過去訪問のジェニッコ詰め込み)に、普通軽い財布、文庫本3冊、筆記用具、テッシュ2つに濡れテッシュ1つ、とりあえず変電器、折りたたみ傘。旅行スケジュール紙、パスポートに携帯電話と充電器、各種カード(パスケース)。以上、うーん、南下足りないんじゃないか、この前の台湾1泊より随分軽いぞ、何かおかしいな、と思う。結局歯磨きセット忘れていたことにリムジンバスに乗る前にに気が付き、購入。一旦自宅に戻り、ああ堂々に凱旋出国である、ナンセ、出発は0時半である。空港には11時前に行けばOkである。それで11時過ぎに行ってみたら、すみません、席がほぼ満席で、真ん中席です。うう、痛恨のじっと我慢の5時間45分のが満席である。あれ?今回はタイにお住まいですか?って聞かないの?いやあ、大らかなるタイ、野暮なことは聞かない。タイ航空、初めて乗った飛行機だけに感慨深いのである。しかし、6時間も真ん中でトイレ大丈夫か、トイレ至上主義の私は困惑しながらも、機内にぎりぎりに入り、まずは、席に着く前にトイレである。そして、隣のずっと寝ているおっさんが(俺もおっさん)4時間後にトイレに行った隙に、俺も、俗語で言えば連れションである。(窓側の青年は1度もトイレ行かず)そうこうするうちに、しまった、映画を2本と6分の5ぐらい見てしまったところで、朝4時過ぎに着陸、何がしまったか、それは寝るのを忘れてしまったしまったなのであった。 次の離陸は7時過ぎであり、3時間の猶予があり、じゃあ、ちょと高いけど空港で(昔、一度、ラオスに行くときか帰るときに行った)タイマッサージするかな、と思って外に出ると、6時からである。いや7時だったかな。まあ、そういうことで、受けることができず、くぞーといいながら、カウンターで搭乗券を発券してもらったら、何だか職員のお姉さんが何かとニコニコしながら聞いてくる、さすがに微笑みの国タイである、カーである。コップンカー。何を聞かれたかというと、まあそういう重要なことは忘れたが、ベトナムは何回行ったのとか、まあそういう当たり障りのない質問である。それで、興味本位の質問が故、荷物預けますかという質問がなかったのだが、まあ預けないので問題はなかった。早々に2時間前にチェックインどころか1時間半前に搭乗口に到着して、末席占領して、睡眠であり、何かうるさいな、と気が付いた時には、搭乗している行列が見えた、見えたかというと霞んでいた。しまった、横に眠ったはいいが横に行き過ぎて眼球を押していたようだ。うむむ、暫く、右目が見えない、霞んでいる、でも左目は無事だ。タイに行ったら、みな馬鹿みたいにテンションあがるでしょ。思わず、早朝からイッキ飲みしてもたスンマセン、近年、バンコク素通りなかったので。思わず、沖止めでえらい遠くまで護送。近隣路線なんで窓側リクエストさせてもらいました。スワなんとか空港、でもスワナンプームを覚えると、カトマンドウのスワヤンブナート寺院を忘れそうになる。いや、多分、2,3年以内に多分ネパール2,30年ぶりに行くよ。行くよ、はいいけど、すっかり忘れてたけど、うわあ、ホーチミンでさえ9年ぶり(トイモイブログ調べ)バンコクサイゴンは、まあ、知らなかったけど、南下するんだねえ。実質飛行時間も1時間を切っているが、まーキャセイパシフィック(香港)と同じように、それでも、ホットミールは出すわ、すごいねえ。(朝だから勧められなかったけど)ワインは出すわの親切設計、ユーザーフレンドリーである。バンコクからだと1時間でビルマ、ラオス、カンボジア、ベトナム、マレーシアに行けちゃうからねえ。囲まれているんだねえ。(タイ航空でマレーシアに行ったことはないけど、シンガポールはあるがさすがに、結構遠いんだぜ、2000キロだから2時間はかかるんだぜ)デルタ、それこそデルタやんな。泥の河こそ。宮本輝じゃないよ。いやはやホーチミン出発は朝の5時半という超ド級の時刻であり、これじゃあ、3時半には起きないといけないんじゃないの?まあそういいつつ、少し寝とかないとなと眠りについたのは1時半であり、割と、バクーで失敗したことを教訓にアラームは2つである。タクシー頼んでなかった(1昨年シンガポールにオカン連れて行ったときには早朝タクシー呼んでいて、アラーム気が付かず、フロントからタクシー来たぜ、って電話が入って飛び起きた、さすがに母上、年齢的に早起きするやろ思たラちーとも起きてなかったからねえ)。ま、それで、ちゃんと3時20分に早起きして、下着を着替え(実は雨でカバン全体がべしょ濡れにいなって(後日書く)、パンツ、てーちゃつがはく前から濡れていて干していたのであった。)、顔洗い歯磨き水イッキ飲みパッキングを終えて、フロントに行くと、さすがにフロントの人もソファーでグースカ寝ており、たたき起こさず、そっと起こして、チェックアウトし、タクシー呼ぶか聞かれたが、2時間前、ジャンジャンタクシーが走っていたので、いいよ(呼ぶ時間だけ無駄)と答えチェックアウトするが、この2時間で随分状況が変わっており、走るタクシーのすべてに乗客が乗っており、10分経過し、またフロントに戻り(再び施錠されてたけど、ドアを叩き)やっぱタクシー呼んでくんない、とリクエストしたら、何故かはやく3分以内にタクシーが来た。一応、ドメステックとはちょと離れているから、インタナショナルエアポートでお願いすると、最悪1500円を見込んで30万ドンを用意して残していたが、15万ドン以下であり、あとは数ドル分にドル換金しようかと思えば、あれ、換金するとこねーじゃん(もっと調べたらあったんかも)、弱い通貨困るねーだわ。ゴメンね、ムービーないんだ、そうチェックインカウンターで言われて、(アーマー2時間半なんで)はいはいというと、いやー機内自体にディバイスなかったすね。早朝2時間にいらんけど。仕方なく、急いでチョコレートとか買ったけど、水を無意味に買ったら、搭乗口でダメと言われ、そこで500CCをイッキ飲みして非常に苦しい搭乗となった。さすがアメリカ系、煩いね、と思いながら、アメリカじゃないけど、まあ、そういうことなの?といいながら、睡魔と戦いながら、フルーツだけを朝ごはんにする、というか、多分子供みたいに食べている最中に寝てたのだと思う。記憶によると、メインも来た覚えもないし、バターあるのに、パンも配りにきた覚えがない。多分、寝ては食べ、食べては寝ていた模様。覚えもないというか、まーサイゴン香港は近い。2時間半だ。よくあることだが、あ、香港見えてきた、あ、あ、寝た、あ、起きた。ということであるが、気になったのは、離島にキーウエストみたいな橋が完成間近の後継であった、うわー海にえらい長い橋かけてますなー、実はこれ香港マカオの35キロだか55キロだかの橋。ついに来年完成するの?機上からみたら、割とうわーて感じだったケど、ちょと眠気と格闘してたので。詳しくはネットで検索だよ。ところで、何故か分からないがメインランドに遠慮しているのか、北キプロスとかイスラエルみたいになってて、パスポートに判子がない、ぺら紙を発行。なんだこれは。時差は日本から換算し2時間から1時間になり、まあそれとは関係なしに凱旋出国に引き続き凱旋帰国である。だれも期待してないし、誰も凱旋してないけどである。何年ぶりかに日系航空会社に乗ったら、マー誤りっぱなしである。空港混んでたから30分うろうろ、空港を這いつくばってても、あなたたちのせいじゃないじゃん、といいながらゴメンを繰り返していた。香港大阪4時間に認識があったが、まあ、今回遅れを取り戻すというんもあったのだが、実際の飛行時間は3時間15分、確かに台湾も実際は2時間半ぐらいだから、どなんだかと思っていたが、ま、そううことで。バファー30分ぐらいみてるからね。香港台湾も1時間。俺の認識、勝手にソウル90分、沖縄札幌上海2時間、台湾北京3時間、マニラ香港グアム4時間、バンコク6時間、シンガポールハワイ7時間ですからね。何だかチェックインカウンターで日本語対応可能のバッチつけた人、多分研修中なんだろうな、突然出てきて、説明してくれた。ありがとう。搭乗券もらったら無言でも全く問題ないけど、彼の実験材料か、私は、ハイ、ありがとうございます、ハイ、ハイ、分かりました、を日本語でTwitter、いや答えるのみでありました。 久々にANA国際線乗ったら、国内線と同じやったわ。うーん、昨日徹夜、ベンチ1時間、サイゴン便もうろう、昼寝2時間、夜寝2時間、香港便朦朧、なので、この4時間は睡眠だなと思ってたら、しっかりしたディバイスがあって、寝る暇もなく映画を2本見て、関空着20時20分。随分遅れ取り戻した。大阪までのリムジンバスはどうも熟睡だが、20時45分発だが、20時35分に列に並び、乗り込んだらもう満席。俺の感覚では満席だろ、出発、だが、何故か5分ぐらい意味なく待機、定刻45分に出発。なんでだろう・・・もう乗れないんだからさっさと出れば?まあ、だいたい良くわからないシステムで動いているんだけどね、45分間に合う思ってきたのにバスおらんやないか!満席なんでもう出ました!ほんまか!まあそいいった想定問題があるのかも知れない。お客様は神ではないだけどね。香港大阪はまあまあ空いていて、ひとつ空席置いて、30代ぐらいの日本人だったけど、横柄だったな。おれ、そういうの嫌になるんだよなあ。世界基準はやってもらって当然じゃないんだよなあ。(ごめん、のどか渇いて、着陸50分前に後方ギャレーに行って、ビール貰いにいったけど)・・・あいた仕事嫌やなあ・・・シティエン公園1。空港から直行。シティエン公園2。シティエン公園3。シティエン公園4。サイゴンカフェ、アップサイドダウン。サイゴンナイト。べトナムあまり画像。香港経由で帰国。油麻地から尖沙咀まで歩く。尖沙咀から香港島へ。香港空港。バンコクサイゴン香港周遊旅行。
2016.10.09
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全然関係ないが、21時45分から「ハドソン川の奇跡」レイトショー見てきた。BRACE,ブレース!ブレース!繰り返すんだね、デルタの場合。なかなか、リアルな感じがしたねえ。それに冬のニューヨークの上空からの風景もいいねえ。Evacuate now!4のつづきであるが、浄土の様子が動く動く、ディズニーを参考に作ったというがほんまか2?(これで浄土終わりですよ、喜んで!)浄土は4部構成であることが分かった。ブッダにあこがれる人動物の世界、修行僧の世界、レリーフの世界、スモールワールドの世界、である。やっと出口。まさきく、浄土は永遠に感じられるなり。
2016.10.08
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キシナウのホテルを19時半にチェックアウトし、表に出ると、タクシーは、うーん、よく走っているな、あ、停まっているタクシーもあった。空港に行ってくれ。空港までは15分から20分ぐらいで到着するのであるが、うっかり、値段交渉するのを忘れていた。空港に着いたら、若い運転手が、自分の財布から100レイを見せた。おお、500円か、ぼってないな、良心的な奴やな、いい国やな。来るときはまあ、空港なんで仕方ないが200レイ(1,000円)で交渉というか、大人なので、速攻で言い値でOKを出したのだが、150でどう?と言ってもよかったのかもなあ。まあ、安いので、即決してしまったのだが。まあ、最後にいい国だなあ、と運転手だけをみて思ってしまうのであった。空港に着くとガランとしていた。パネルを見ると、なんだ1便しかないじゃん、次の便は翌日だ、そらおらんわ、そらのんびりやわ、カウンターにもノッソリまだ何人かチェックイン手続きしている。すんなりと、イミグレを超えると免税店がちょっとあり、終わり。それにしても、ターキッシュエアラインズって世界で一番各国に飛行機飛ばしている会社なんだよねえ。うわー誰もいないなあ、掃除の人のほうが多いのか?チケット見ると50人少々チェックインしており、私の後に何人か来たとしても、こりゃ200席ぐらい空いてそうだな。機内食も多少凍ってて、思わず苦笑するが、霜がついていただけ。席はエグジッドロウだったが、パンチされた説明ボードを渡され、読んどいてということであった。行きもそうだったが、私は明らかに外国人だけど、前や横のイグジッド席の人には、ターキッシュオアイングリッシュ?と聞いて説明ボードを渡していた。21時45分発、23時イスタンブール着で、広い空港なのに、速攻で機体は沖止めで停まり、バスは10分近く走り続けゲートへ。イミグレ税関抜けるまでに30分もかかっちゃったよ。イミグレ自体は人も少なく5分で通過したのに。まあ、それでも2時間待ちなので、一旦、外の空気を吸いに。夜中1時35分バクーに向けて出発。そういえばカウンターでバクーといったら、ああ、バキュー、と言われた。まあ何手呼ぶのか知らないが、エンジントラブルで30分程機内待機となるが、3時間のフライトは睡眠、1時間の時差で定刻通り5時半に到着したのであった。アゼルバイジャン、最近じゃあ、第二のドバイといわれるほどで、近代的な空港であった。石油、天然ガスで沸いている。沸いている割に、割と物価は安い。ああ、あとキャビアね。実は、アゼルバイジャンに行こうと思ったのは、2016年の3月ぐらいからアライバルビザができて、ビザ事前に取る必要がなくなったからで、ちょこちょこ調べたら写真を出した人もいたようだが、まあ、そんなこともあろうかと、いつも写真持っているし、ビザ代金無料らしいし。イミグレの手前にVISAというコーナーがあり、1人何か書いていた。私もアプリケーション貰って、さくさくと書き、招待者の欄は空欄にして、提出。2,3分でビザ完成、お、写真がパスポートの写真だ、流用している。わりと、すんなりいったなあ。次は、事前に調べていたのだが、隣国アルメニアとの関係が悪く、アルメニアの入国記録があると嫌がらせ(入国拒否はないが)させられ、最後まで入出国できない、時間がかかる、しばらく無視されるなどの情報があったので、アルメニアスタンプ見つかりませんように、と思いながらも、アルメニアも堂々のアライバルビザであり、パスポート1面ちゃかり使っている。こりゃばれるわ。やばいなと思っていたら、すんなりスタンプ、ポーン。(帰りも超スンナリ)アゼル航空。タクシーたちの客引きがしつこい。空港のタクシー客引き、声がけがあるかないかで、その国の発展度がある程度観察できるが、ここは、なかなか酷いな。こりゃ多分、交渉してもウソつくだろうな。でもまあ、とりあえず交渉だ。まあ、バスでもいいんだけど。事前に調べた情報では20~25マナト(1200円から1500円)20キロであるから、まあ、情報が古いかもしれないので、まあ最悪30にしておこう。と決めるが、いくらか聞いても、大丈夫としか言わないので、お前はもういい、と無視。だいたいがそうで、メーターで行くという奴が現れたので、じゃあ、それで行くけど、いくらぐらい?ト言ってらまたモグモグ、だからだいたいいくらなんだよ、出ないと乗らねえよ、というと、場所にもよるが、22,23,25ぐらい、まあ最高でも30までだよ、というので、分かったト言って乗った。乗ると、あほか、メーターないやないか!と降りようとするが、25でいいから、というので乗る。乗った横に、ロンドン型タクシーが並んでいて、これが正式なタクシーじゃないのか?まあこちらも一応ちゃんとしたタクシーだが。(調べると、こちら2011年に始まったメーター制のタクシー)あちら乗り換えるかと思ったが、意地でもこいつには25でいかせてやる!とムカつき始めていたのであった。おじさんの頭からも後光が差してたしな。最高速度120キロ規制である。オリンピックスタジアム市内に入っても、おお、油田!さて、ホテル前に到着した。時間はよくわからない、時計が7時20分と7時50分が町中で見られ、どちらかよくわからないのだが、あまり世界時計で30分差がある地域はすくなそうだから、イスタンブールからの時差は1時間なのだろう。1時間半はないよな、まあ、ネパールはインドと10分の時差設けて、ちょと対抗してたけどねえ。 さて、お決まりの揉めどころである。さて25払ったら、いや足りないと言い出したので、どうせそんなことだろう。空港戻ってくれ、それでもう払わないから、嘘ついたものね、払ったからドアロック解除してくれない?そこから相手の言い値を無視続け、もう払うまで寝るわ、とシートを倒していた。どーぞどーぞ、(俺も早朝でチェックインできるか分からないから)余裕である。これしか払わん。お前こういっただろ、嘘つきか?空港戻れ、それだけである。やがて30分が経過した。まあ、たかだか1,000円の話だが、運転手だけみて、アゼルバイジャン嫌いになった。1分1マナト(60円)なといって、時々早く払えと言っているが、こいつも、割と暇なんだなあ、折れないな、面倒だなあ、300円バクシーシしてやる。だからドアを開けろ!どなって、そうやって、ホテルの前でタクシーから降りたのは停車してから40分後である。いやな予感は当たったのであるが、まあ、敢えて何故か挑んでしまった私がばかだった。すんなりメーターがない時点で降りれば良かったのであるが、何故か勝負してしまったのである。カックン。それで、宿に入ったら、早朝で、椅子に座ったあんちゃんがぐっすり寝ていた。フロントには誰もおらず、このあんちゃんがフロントの人なの?と思って声をかけても爆睡の人であり、声がけしても、一瞬フラフラとするのだが、1秒後に眠る。仕方ないので、揺らすと、起きて、完全寝ぼけていて、パスポートのコピーを取っっただけで、また眠る。あれ?なんだ、こいつ?あっけにとられたが、また揺り動かすと、やっと「ああ、今日は部屋が満室で、食堂で待っててくれない?」と言われ、どのくらい?と聞くと、10時、9時かも・・・まあ、9時まで1時間少々か、9時なら、朝食も勝手に食べるかと思ったが、誰もいない。ようやく8時頃にバイキング式の朝食が用意されたが、一人降りてきただけで、8時誰も飯食いに来ない、来ないけど、オレも勝手に食っていいよねいいよいいよだけど、機内食食ったの2時過ぎてたからなあ、あまり腹減ってないんだよね、でも食べるよ、もともとの予定は午前中はホテルで睡眠することにしていたのだが、飯食うとちょと元気になってしまい、フロントに戻り、荷物預かってくれない、ちょっともう出かけるからさ、と寝ているフロントマンに大声でいうと、ああ、OKOKといい、じゃあ、荷物どこに置いてたらいいの!と聞くと、ウーン、frontの中に・・・また彼は夢の世界に戻っていくのであった。オマケ、トランプタワー。トランプが不動産を所有しているのではなく、もう虚業とうか、名義貸し業なんだよね。多分、たとえば、アゼルではここのことだと思うのだけど、アゼルの大物政治家かなんかとつるんで、建てちゃった、みたいな感じで、その政治家捕まったんだっけなんだよね。日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.10.07
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喉が渇いたらまあ、ビールだろう。それも単純、キシナウ(首都の名前)ビール。プルトップ。気温は9月だが、多分20度切っているかも知れない。日向に座って飲む。モルドバ国内スーパーマッケト1号店に行く。水は色分け三種類あって、店員に聞くと、ガス、弱いガス、ノンガス、みたいな感じで言われ、勿論日本人は、まだ水(スティルオォターノンガス)でしょ。なんでガスなんだ。分からんが腹が膨れてダイエット効果?または水道水じゃないよ、という証明?レモンとかライム入れてみたい?炭酸好き?まあ、ビール飲むんあだよね。部屋でテレビ見ながら、庶民なんだよね。それで、あて、として、缶詰食べるのだよね。あれ?モルドバ料理は?そこまで考えてなかったなあー。だって、もう寝ないといけないからねー。終わり。日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.10.06
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高雄は、海鮮料理だ、海が近いからというだけでシーフードだ、昼間の機内食から何も飲んでいない、何も食ってない、いやビールは飲んだ、でも22時まだ固形物は未完である。未踏である。大概腹も減ってきた。ホテルでネット検索してきて、瑞豊夜市では海鮮スープか海鮮炒麺を食することにするが、何だか、この魚フライもうまそうだな、と頼んでみる。座って、これと指を指すが、なんだか、まだ何か言っているので、ははは、ワカリマセーン、とお手上げすると、英語を話す人が現れ、先払いですよ、それからついでにお茶とスープは向うのコーナーで取り放題ですよ、と言われる。それで、早速スープと、紅茶(冷たい、甘い)を汲んできたら、もうテーブルに飯が置かれてて、一口食って、失敗したと感じた。これあまりおいしくないな、それに、パスタついているの?何で?何かを間違ったようである。骨も多いね、面倒ね。深海魚だったかな、なんだったかな。無料スープは美味かった。残して、隣に見える小籠包とかのコーナーに移るかと思案しながらも、8割食って、腹がいっぱいというか、気分悪くなってきて、退散だ。アルコール消毒するわ。翌日、朝、田舎の隆田駅前でいくつか、数少ない店をウロウロして、朝食を思案しながらも、魚スープ、とする、昨日の逆襲か、まあ、そうかな、いや、そうでもないかな。おっさんらがのんびりしているのも、よろしかったしね。骨は多いが、こいつはいける。スープ美味い、60円。勿論、私もいつもこうではなく、見栄をはっていうと、フカヒレ専門店とかも行ったことがあるんだぜ。 そして、昼ご飯は、プレミアム台湾ビール、うーん、これ初めて飲んだかな、ふしだらにも人に見られないように歩いて飲む。何故なら、セブンイレブンの飲食コーナーで写真だけ撮る)空港では、割とビールがリーズナブルな値段だったので、まあ、乗り込むまで20分ぐらいあるから飲んでしまおうかなーなんて思って買ってしまい、テーブルで飲んでしまって、日本(関空)で、1万円台湾ドルに両替してきたけど、春に台湾行った時のお金もあったので、何だか5、6千円分余ってしまった。まあ、これは次回使うとしよう。(行くことコミットしているの?いや、コミット以前に行くでしょ。ドルもユーロも数万円分持っているやん、トルコリラもタイバーツも韓国ウォンもフィリピンペソも香港ドルも何千円か持っているやん)さて、帰国は機内食だ。あら?固形物2回食べただけだったか。こりゃグルメだから仕方ないな。あれ、前回も2食しか食べてないねえ。それも、ホテルと空港。台風超えて台湾へ、台湾抜かして日本へ。佛光山そのもの。佛光山 浄土洞窟1。佛光山 浄土洞窟2。佛光山 浄土洞窟3。佛光山 浄土洞窟4。佛光山 浄土洞窟5。佛光山記念館。左営駅 瑞豊夜市。高雄から隆田、麻豆代天府へ麻豆代天府 到着麻豆代天府 聖女の生贄麻豆代天府 天国地獄麻豆代天府 十八地獄前編麻豆代天府 十八地獄後編麻豆代天府から高雄に戻る。六合夜市。台湾gourmetの旅1。台湾gourmetの旅2。高雄 西子湾。高雄から帰国。
2016.10.05
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イスラム建築のようなファサードである。入場料は50円でり、写真撮り放題料金が75円である。フォトというバッジを胸につけろとのおばあちゃんの案内であった。いやあ、各ブースにいるのが、もう共産時代から勤めてますよという6,70歳代のおじいちゃんとおばあちゃんだけである。展示品もここ50年は変わってませんよ、気にせずに、という感じのレトロ感満載のいい感じミュージアムだ。床はキシキシ軋むところもいっぱいで、おじいちゃんおばあちゃん監視人がやたら親切というか、こういうふうに回れ順番はこうだ!と力説である。はい、分かりました、という感じであり、時代に取り残された展示品と人々に完敗あれ、いや、乾杯あれ、であった。入口中央には岡本太郎ばりまずは、解体新書から。モルドバ人の理想郷。鳥獣戯画。ANCIENTな時に遡る。建物も古代的で、電球は切れてるわ、ミシミシ床は行って、時々へこむは、予算厳しい状態ですよ、監視員のジジッバも、見学始まると電気つけて、見学終わると電気消す。この道を行きなさいって、細くなってるけど。ハイテンション熊。白いやつ、いきってるけど、なかなか、迫力ないねえ。ダンス、ダンス、ダンス フォーミー日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.10.04
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3のつづきであるが、浄土の様子が動く動く、ディズニーを参考に作ったというがほんまか?イッチアスモールワールド、意味なく何度繰り返し入った?ドブネズミ公が世界はひとつと合唱するウォルトディズニーの夢。それを男数人で、フラフラしながら合唱。まだ20代の学生時代だからできた話で、今や、全く興味がなくなっているという事実、ただ、ドブネズミを主人公にしてしまうあめりかの姿に驚くだけである。大人がいないからね、多分、ウォルトはローリーだったのかも知れないねえ。あるいは、子供=無垢=平和の単純公式か。腹を割る。台風超えて台湾へ、台湾抜かして日本へ。佛光山そのもの。佛光山 浄土洞窟1。佛光山 浄土洞窟2。佛光山 浄土洞窟3。佛光山 浄土洞窟4。佛光山 浄土洞窟5。佛光山記念館。左営駅 瑞豊夜市。高雄から隆田、麻豆代天府へ麻豆代天府 到着麻豆代天府 聖女の生贄麻豆代天府 天国地獄麻豆代天府 十八地獄前編麻豆代天府 十八地獄後編麻豆代天府から高雄に戻る。六合夜市。台湾gourmetの旅1。台湾gourmetの旅2。高雄 西子湾。高雄から帰国。
2016.10.03
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男の中に女がひとり、って。ロシア、トルコ、ルーマニアにまあ領土をぐちゃぐちゃに取り合いっこされた地域である。東欧衛星国ではなく、ウクライナのようにソ連の一部であった。1991年、USSRより独立。人口350万人。4分の3がいわゆるボルドバ人、あと1割ウクライナ人。ルーマニア人は2パーセントしかいないが、ルーマニア語を話す人が2割弱。まあ、モルドバ語はルーマニア語の親戚。ロシア語もまあ通じるというか、歩いてたら、やたら、皆さん、ダーダー言ってた。ニエットニエット。宗教はキリスト、オーソドックスが9割。GDPは、わお、人口少ないからだろうけど、アイスランドより高いね。あら、一人あたりはアイスランド4万6千ドルだったわ。わ、国民一人あたりは5000ドル(IMFによると2200ドル)・・・え、ラオス、ビルマ以下、パキスタン、ホンジュラスと同じ?あら日本は42位の400万円切っているねえ。1位、カタールだけが1000万超え、しかも税金なくて医療教育ただでしょ?結婚したら家貰えるんじゃなかった?電化は、さすがのヨーロッパ、100パーセントだね。経済成長率は2013年10パーセント、2014年5パー、2015年、あれ、マイナス・・・。農業は経済の15パーセントで、vegetables, fruits, grapes, grain, sugar beets, sunflower seeds, tobacco; beef, milk; wine・・・工業は経済の2割で、砂糖、植物油、加工食品・・・非合法 limited cultivation of opium poppy and cannabis, mostly for CIS consumption; transshipment point for illicit drugs from Southwest Asia via Central Asia to Russia, Western Europe, and possibly the US; widespread crime and underground economic activityソ連時代のほうが良かったよ、独立していいところの領地なくなったし、もともとソ連に頼った経済だし、資源もないし・・・ということで、何とも社会党、共産党あたりが第一党となっている。それでも議席が少ないので連立政権で、欧米寄りでEU入りたいなあーということである。それでロシアに嫌われて、オマイラのワイン輸入したらんわ!としばかれ、何とかアメリカとか日本にモルドバワインを輸出活路探っているのである。輸出は、ずばり、ワイン。あら。うきぺでぃあみたら、観光客年間18000人、そっか、じゃあ、9、6万人は仕事含めてか?1989年8月31日が記念すべき言語独立の日。多分キリル文字をローマ字に変えたものと思荒れる。モルドバ語はほとんどルーマニア語。ちなみに1989年8月31日は通りの名前にもなっている。キリル文字もノスタルジーでちょと残るのか。なんや、ウクライナの近くで、第2のクリミアになりたくないよ、とロシアを警戒している模様。でも攻めてこられたらイッパツやなあ。日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.10.02
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2のつづきであるが、天国というのは、雨漏りしていて、空調が効いているんだかどうだかよくわからないということが分かった。つららの世界ということも分かり、ところどころCUTION看板があることも分かった。天国はレリーフの世界であるのよ。とにかく、天国は人口密度が低いことが分かりました。私以外にどこに、天国候補生が歩いているのだろうか。ところで、仏教では、要は、天国は浄土だね、その浄土宗では極楽だね。全然関係ないが、高校の同級生が新書出してたので、宣伝しとくわ。(本屋で見かけて、購入済みですが)台風超えて台湾へ、台湾抜かして日本へ。佛光山そのもの。佛光山 浄土洞窟1。佛光山 浄土洞窟2。佛光山 浄土洞窟3。佛光山 浄土洞窟4。佛光山 浄土洞窟5。佛光山記念館。左営駅 瑞豊夜市。高雄から隆田、麻豆代天府へ麻豆代天府 到着麻豆代天府 聖女の生贄麻豆代天府 天国地獄麻豆代天府 十八地獄前編麻豆代天府 十八地獄後編麻豆代天府から高雄に戻る。六合夜市。台湾gourmetの旅1。台湾gourmetの旅2。高雄 西子湾。高雄から帰国。
2016.10.01
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