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1月 正月はベオグラードで迎えました。ホットワイン片手に、0時ぶらぶらしましたのセルビアです。タイのアントン郊外の地獄寺に行き、堪能しました。不動産購入検討しに行ったついでに、宇和島のブランコに乗りに行きました。久しぶりにバブリー結婚式に出席しました。大阪インターコンチです。インターコンチには、エルサルバドルでしか泊まったことはありませんが、むっちゃいいホテルでした。余市にウイスキー飲みに行きました。3杯しか無料で飲ませてもらえませんでしたので、追加購入しました。2月 台湾 鹿港ルーガンの貝殻廟を見学。1日タクシーチャーターして、その他地獄寺や3月 遠野物語してくるのよ。奇跡の一本松も見てくるのよ。 おばあちゃん、99歳で亡くなりました。4月 宮古島で2本の橋を渡りに行きました、下地島まで。昨年頃に橋開通したようですよ。5月 100か国目ジャマイカ親善訪問しました。 ベリーズ、キーカーカー島でバックパッカー時代を思い出しました。6月 有明海に行きました。緩慢さ、いや干満差日本一です。7月 東京出張に行きました。展覧会に行きました。(出張は、自己申告です) アユのツカミドリをやりに父母、帰国中の妹とその娘で姫路の奥地まで行きました。 福岡のメイドカフェ兼博物館にも行きました。8月 オリンピックだったので、ブラジル行ってオリンピック観戦しませんでした。 チリでは、お墓マンション巡りしました。ついでに、ウニ尽くしました。9月 川辺温泉行ったら、まだ営業時間ではありませんでした。仕方なく釜蓋神社寄りました。 台湾高雄、佛光山にお参りに行きました。麻豆代天府では、ダンシンガールも見ました。 モルドバへ行きました。空港に唯一の日本語がありました。 アゼルバイジャンでハマムに行ってきました。10月 ベトナムのテーマパークに行ってきました。 香港で滑走路に出ました。 グアムで立ちサーフィンしてました。11月 バンコクでマッサージとドリンクと屋台を5時間で仕上げました。 アライバルビザでインドに行きました。 福島で霧で欠航の目にあい、初めて日帰り旅行に失敗しました。12月 アムステルダムで変なホテルに出会いました。 札幌空港温泉に行きました。アンコールワットん子しました。そうやって1年が経過しつつ、来年もよろしくお願いいたします、と筆を置く、あ、パソコン切る。じゃあ、年末年始旅行に久しぶりに出かけてきます(というか、その前に会社行った帰りにだけど)。
2016.12.27
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私の年代にとってカンボジアは、地雷を踏んだらサヨウナラ、ポルポトどこいった、の世界であった。学生時代は、基本的にベトナム、カンボジア、ラオスは入国が出来ず、まあ、金払ったら共産圏のベトナムとラオスは入れたかもなあ、って感じであったが、カンボジアは、ポルポトによる虐殺と、地雷があって、行くのは難しずぎる1980年代、そして1990年代に続いていた。 学生時代、ベトナム関連書籍は多かったが、カンボジアは不明で、一ノ瀬泰造、地雷を踏んだらサヨウナラ、あと大野静だっけ女の国になったカンボジアとか数点しか読んでいない気がする。アンコールワットを撮ってみたい・・・に憑りつかれたタイゾー、その本が、赤裸々で面白かった。部屋のどこかにあるはずだ、もう一度読んでみたい気分になった。1970年代だぜ。クレールルージュがまだ跋扈してた時代だぜ。それから、ああ、もう40年たつのか・・・読んだのは80年代だから10数年前の出来事だったけど、いまや、世界に冠たる観光地。そして、今回アジア3大仏教遺跡(まあヒンドゥも混じっているんだが)を遂に完結したのであった。ボロブドール(インドネシア)と)パガン(ビルマ)とアンコールワット(カンボジア)である。まあ、何となく嬉しい感じがするが、どこがいいか、については、時期が違うのでもう分からない。ボロブドゥールに至っては、1987年であり。入場料100円であり、ローカルバスで、ボロブドウール村行に乗ったぐらいであり、まだ観光化される黎明期だったのだろうなあ。そんな人もいなかったし、タバコ吸いながら歩いたと思うし、注意看板もないお大らかな時代だったような気がする。パガンは熱心なガイドに感心したかあ、って人間的思い出。 そうして、高校の教科書で習ったアンコールワット、アンコールトム、周りに行っている人も多いし、何をいまさら、だが、何を隠そう、今更である。それでも、永年、地図では見たことがあったが、いったいどうなっているんだという疑問も、体感的に大まかな位置関係が分かった。詳細地図を見たことがなかったときは、大きなアンコールトムという中にアンコールワットがあるのかと思っていたし、実際、アンコールトムの城壁に囲まれた部分は、広大だが、中心のバイヨン周辺のみ、施設が固まっているということも分かった。分かったとはいえ、その周辺を歩くだけで2時間。アンコールワットも歩くだけで2時間を必要とする。自然にまかせるままのタプロームも1時間あるくだけでかかるとうことが分かったのであった。この過去の大遺跡だけがカンボジアという国を支えているような気がした。 遂にアンコールワットへカンボジア行。カンボジアgourmetの旅。シェムリアップの夜。ホテルからタ・プローム1。タ・プローム2。トマノン寺院とチャウ・サイ・テヴォーダ寺院、チャウ・サイ・テヴォーダ、タケオアンコールトム。バイヨン、バブーオン、象のテラス、ビミアナカス、ライ王のテラス。アンコールトム→アンコールワット。アンコールワット拝観2時間。アンコールワット外伝。地雷を踏んだらサヨウナラ。帰国。
2016.12.26
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うっかり、11時にすんなり、関空発タイ航空の真ん中席に座り、4時間半の待ち時間があるので、まあ、街に行ってマッサージしてビールちょっと飲んでタクシーで戻る、まあそんな優雅なプランを考えていたのであった。考えていたというか、実行したところ、バンコク20時40分発だが、シーロムあたりのマッサージ屋に入ったのは17時半であり、1時間マッサージしたら18時半前、30分弱飲んで、19時10分前ににタクシーを拾おうとするが、スワ何とか空港で乗車拒否3回受け、何とか、エキストラチャージを払うが、ほんまに交通渋滞、いきなり、進まない。しまった、マッカサンまで行って、空港鉄道に乗った方が正解やったわ、わちゃーであり、歩いている方が早いやん、を30分程度続け高速道路に入り、タクシーおっちゃんも、出発時間を聞いてきて時間を気にしてくれて、高速道路側道を思いっきり走ってくれ、何とか、20時5分前、出発45分前にチェックインできたのであった。勿論、誰も並んでいるはずもなく、私だけのために、ぼーっと待っていてくれていた感じであった。それで急いで入ると、セキュリティはすんなりだが、イミグレがまた長蛇の列となっており30分も並び、ゲートに到着したのが、出発5分前であった。何だか分からないが、小さな飛行機のため、バス移動で、出発直前というのに、バスは発車せず、まだ呼び出しもなかった。遅れているのか?と思うと、すぐに招集がかかり、バスに乗り込んだら、1分もせずにバスは出発し、5分程走ってやたら小さな飛行機前に到着し、乗り込んだ。いや、乗客は20数名である。こんなことで、ギリギリにチェクインして何だが、LCCは大丈夫なのか、と思ったが、いやちょっと待てトモダチ、これはカンボジアアンコールエアーであり、国を代表するフラッグシップである!と気が付いた時には、それで66席のATRプロペラ機(フランスイタリアの心細いコンソーシアム)か?LCCじゃないぞ、ないけど、よくあることだが、飛行機代よりTAX関係の方が高いぞ、ってやつであった。それで乗り込んだら、速攻でドアは閉まり、1分ぐらいで、プロペラが回り、2分ぐらいで動き出したのであった。機動力あるなあ、スゲエ。バンコクの明かりはピカピアであったが速攻で眼下は真っ暗に。機体は、順調になかなかボロイ感じ。 機内食BOXが出てきて、まあ、サンドイッチだけ食べて、ぼやぼやしているうちに70分が経過して、シェムリアップ空港に到着した。到着前にぽつりぽつりと光があり、道が分かり、住居が分かるのであるが、チカチカ星のように光っててなんだろうなあ、と思ってたら、ああ、そっか、森の中だから木の下に電灯があるんだ、だからついたり消えたりするんだなあ、面白いなあ、と思った。なんだ、中国にしか飛んでないぞ。それも未来路線って・・・。今回も、機材はカンボジアだが、ベトナムとのコードシェアだな。機内降りて歩きである。 到着しながらも、まずはアライバルビザとらないといけない、昨日証明写真とったからなあ、いつも持ち歩いている証明写真とサイズが違うからなあ、と思たのだが、いつも持ち歩いている小さめのサイズで良かった、しまった無駄な出費してもたな、まあ、何でもいいけど、もたもたしている先に来ていたアプリケーションにもたつく西洋人15人をゴボウ抜きにして、1番に抜けだし、ケー、ビザ30ドルかいな、と支払いをして、速攻にビザがおりて、イミグレに並ぶというか、カンボジア人とビザある人は、通過済で並ぶことなく、イミグレ通過、通過したら、速攻で荷物受け取りもないので、脇を通ったら、外にに出てしまった。あれ?ま、いっか。あれ、だれも言い寄って来ないぞ、どうなっているのだ、と思うと、カウンターがあり、タクシー7ドル、トゥクトゥクとバイタク6ドルと貼ってあり、ここで申し込み一律料金である。バイタクで良かったのであるが、タクシーと1ドルしか変わらないの~?えー、じゃあ、タクシーかな、みたいな金持ちのノリである。まあ、風を切るバイタクにすればよかったわ、明日以降のツアー攻勢があり、面倒だったわ。面倒だけど、一応の一律料金があり、そこからのディスカウント攻勢だが、まー近場は知れている。10ドル20ドルの話で、まあ、昔ならあれだがが、そのあたりなら、まあいいよの世界であり、アンコールワットより規模がデカいとされる未発掘の多いベンメリアとかになると、まー100ドルとかの話なんでねえ、そこは、まあ、考えとくよ、ということである。とにかく、そういうことであり、23時頃にチェクインし、5分で飯&飲みであった。飲んだけど、早起き、まあ、日の出には間に合わな方けど、4時間ぐらい。これが、あのアンコールワット。遂に。 遂にアンコールワットへカンボジア行。カンボジアgourmetの旅。シェムリアップの夜。ホテルからタ・プローム1。タ・プローム2。トマノン寺院とチャウ・サイ・テヴォーダ寺院、チャウ・サイ・テヴォーダ、タケオアンコールトム。バイヨン、バブーオン、象のテラス、ビミアナカス、ライ王のテラス。アンコールトム→アンコールワット。アンコールワット拝観2時間。アンコールワット外伝。地雷を踏んだらサヨウナラ。帰国。
2016.12.25
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万年赤字続きで、次々と経営者が変わり、それでも赤字脱却できなかったハウステンボスだが、HIS澤田社長が引き継ぎ、引き継ぐときに借金棒引き交渉を終えて引き継ぎ、あれよあれよと1年待たずに黒字、こっりゃすごいな、ということなのだが、私が行って割と感激したのが、この雇用度であった。 ディズニーやUSJのような若者スタッフばかりでなく、いやー、ほんと、若い人からおじちゃんおばちゃん、地元の人3,000人(違うかも)から関係会社含めたらもっとの雇用を、田舎で生み出しているのが凄い、凄いというか、働いていることが嬉しい、みたいな感じが何だか、おばちゃんから伝わってくるのであった。同時に田舎のテーマパークで、働いている人の年齢層高いなあ、いやあすごいなあ、である。これがハウステンボスで感動した一番大きな出来事なのか、アトラクションなのか、よくわからないが、ちょと嬉しくなった感じはあった。まあ、おれも、死にかけおじさんだからそうシンパシー感じただけかも知れないけどねえ。あれ、チェコの作家っていうだけ?カレルチャペックの名は? まあ、プレジデントとかネットの記事で、再建ストーリーをいくつか読んだけど、観光大国になるには、こーゆーことをしていかなあかんねんなあ、と思う次第であり、できれば二番煎じがないようなことだできればいいのだねえ、と思うのであった。あとは、台湾中国や韓国の人も結構来ていて、エキシビション、アトラクションでその言語もできればねえということである。日本の法律では、法律かどうか知らないが、通訳は外国人雇えるけど、コンシェルジュは雇えないんだよねえ、外国人を。アトラクションでも、日本語の説明で韓国人困ってたなあ。これがわりと、日本語達者になると、随分なところまで日本に来るのだなあ、と余市で思った。いやはや、地元雇用、願うもの救われるってことだねえ、大乗仏教だよねえ、みんなで大きな乗り物に乗っていくんだよねえ。聖徳太子の頃にちうごくとの関係を持つために仏教取り入れたってことだが、仏教の定義は、「仏、法、僧」だが、日本には僧がいない。佛像も経典も持ち込まれても、僧がいない、僧を新たに認めるには10人以上の僧が認めなければならないってことがって、遂に、鑑真ご一行さまが来日。目的は形だけでも達成されたってことだったんだねえ。ルーベンスって、ベルギーでは?2016.12佐世保佐世保 変なホテルチェックイン。佐世保 変なホテルチェックイン細密。佐世保 変なホテル外伝。佐世保 アムステルダムに行く。佐世保 ハウステンボス。佐世保 ロボットレストラン。佐世保 アムステルダム案内。佐世保より帰る。
2016.12.24
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パスポート忘れたのに入国できた。ジーユー、イーユー!おまけに、98パーセントぐらいがアジア人。背も低い。白人ちょとだけ、黒人0。それにアムステルダムで働く人は、ほぼ100パー日本人。しかし、ネイティブっぽい。背広着た人が1人、つまり私だけ。コーヒーショップがない。自転車が少ないなあ。まあ、平坦なところだけど。自転車専用レーンもない。花市場に、カンナビスシードが売られていない。トラムが走っていない。スピノザは?安楽死が認められていない。アンネフランクは?飾り窓がない。インドネシア料理屋がない。旧宗主国でしょうが。セクスミュージアムがない。えろちかむーじあむもねえ。ハイネケンはどうした?ゴッホは?フェルメールは?レンブラントは?フィリップス製がない。日本家電ばかり。カンナビスカップの予定がなくなている。光の王国じゃなくって、本当の王は?オランダ皇室は気さくで気軽に街に出てくるって聞いたけど。仲良く、同性愛者が手をつないでいるのをみない。スクォターがいない。まるでオランダじゃないように見えたのであった。2016.12佐世保佐世保 変なホテルチェックイン。佐世保 変なホテルチェックイン細密。佐世保 変なホテル外伝。佐世保 アムステルダムに行く。佐世保 ハウステンボス。佐世保 ロボットレストラン。佐世保 アムステルダム案内。佐世保より帰る。
2016.12.23
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液はいけないでしょクリニックはやばいな、昔、バンコクのVSクリニックにお世話になったでしょ。ケアホームもフンダンに使うでしょ。公民館がらみでしょ支店もあるでしょ体育館でナニするでしょ連絡とって買うでしょ子供の時からでしょ公園でしょ、コペンハーゲンのヒッピー村でしょ。主張所でしょ。見て試して実感してほしいでしょ塾でも教えるでしょ何だか、揺れてみえているようでしょ便利でしょ力でしょやっぱりメディカル利用もありでしょ橋でしょ左折でしょ当麻です。コロラドでは、目張りしたバスツアーあるよ。おおあさ、何か言いかえてる。さて、次行くか。 2016.12札幌 札幌 空港温泉。札幌 大麻。札幌 ご案内。札幌 狸。
2016.12.22
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車を飛ばして、飛行機型の雲を見た。これは、飛行機と一緒に撮らないとと思っていたら、すぐに形崩れた。分かりやすい神戸の地形。空港橋の電灯に海鳥が1匹ずつ、見事にすべての電灯の上にとまっていた。ハートがあったとは。須磨上空懐かしの鉢伏山、旗振り山上空。雲が、流れ出た。雲海となる。間もなく2時間で新千歳(札幌)。中略。いよいよ、帰る時が来た。しかし、珍しく、出発まで2時間時間があったので、ラウンジで割引券もらったものを持って空港3階の温泉へ。源泉は、わざわざお湯を持ってきているとのこと。オバマ!あ、原発のあるところだよ。今日、もんじゅ、やっと廃炉決定か。 2016.12札幌 札幌 空港温泉。札幌 大麻。札幌 ご案内。札幌 狸。
2016.12.21
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今年の単なる余り画像 いやはや、久しぶりに2時まで仕事したら、腹減って、会社出てすぐタクシー乗って、何か食べてもいいですか、臭いするけど、ああいいですよとの返事で、すぐ、コンビニでちょっと待ってよ、と降ろしてもらって、オムライスとアルコール購入。 それでタクシーの中で静かにオムライス食べて、飲みかけているときに到着して、もう4時間後には出ないとなあと思いながら、またおかしくなって腹減って、家で麻婆豆腐作って、ユーチューブ見ながら食ってたら、あ、寝る時間ないやん、あと3時間か、さすがにそれは気持ちが厳しいんじゃないの、という気になった。(ほんまは1日ぐらいは問題ないのである、気持ちである、旅行中は15時間睡眠したと思えば3時間睡眠もよくあることだね) それから、退職独立した会社の先輩を囲む会に出席し、風邪気味なので、1次会で帰る予定が、何だか、先輩ともうひとりと、3人で、バーに行くが、これまた、風邪気味だったからなのか、酩酊し、何だかよく覚えていないが送り出すほうですからお金払いますよ!と言ってお金を出したのだが、外に出てありがとうございました、といいタクシーに乗ろうとしたら、ポケットにそのお金が刷り込んでいた。先輩、かっこつけましたね。すみません。多分、今日は忘年会のピークなんだろうなあ。なかなかタクシー捕まらないなあ。朝、起きるはずもなく、昼過ぎてやっと起き、年賀状がどこかに紛失。年賀状を入れていた袋だけがあった。もう申し訳ないけど年賀状引退するか・・・。だんだん人生を降りているような気がする。テレビも引退したし。それにしても、今は、私も会社員だが、いつ怪我やうつ病になって失職して、貧困に陥るか分からないわ。ところで、常に進歩と発展を厳しく求められる毎日ではあるが、道徳ってのは、進歩も発展もしないことになっている。道徳が変わったら、困るだろう。価値観は変わるのかも知れないが。ところで、子供の頃の家の手伝いって何だっただろう。時代が違うので、鶏の餌やりとかなかったが、まあ単純にゴミ出し、皿洗い、風呂掃除、そんなところだよな。
2016.12.20
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外伝ってイキッテみただけだけど、まあ続きというか、余った画像ってことであるですよ。クロークがあり、まさかの預かり有料である。まあ、預け代が1円、見物代が299円である。運び屋、スマッグラーが部屋まで荷物を運んでくれるシステムなのだが、そのためには、早めのチェクイン(午後10時まで)とA棟B棟あたりの宿泊が必要だ。まったくもって話にならない堕落宿泊者であった・ホテルグッズも自販機で売っていたが、気が付くと、これしか撮ってなかったが、まあそれなりにいろいろあったよ、欲しいものないけど。何かとアピール、売りつけたいシステムであった。市ばかり自動掃除システム、ルンバみたいなもので、形もオサレにスーパーカー。ただ夜中にこっそり刈っていたのは、誰も見られていないようで、少し寂し気に走っていたが、大丈夫、俺が見ていたよ。静かに走れ、軽やかに眠れ。何故か滞在中は演奏してくれなかったね。まあ多分自動演奏なんだろ、と思うのだが、真相は闇の中。何となく、2層型コテージ風で、何となく、アメリカ田舎モーテルって感じである。ああ、サンフランシスコ空港近くで泊まったのもこんなとこだったわあ、ニューヨーク郊外も。モーターインって感じ。フロントの真ん中の女性は落ち着いているが、両端の血らのザウルス君は、まあ落ち着きのない多動症Tレックス君であったよ。何度とっても、目つぶっている瞬間撮れず。案内、ってか変なホテルかも知れないが、こんな変な客いなかったな。むしろ、俺が一番変な客だ。背広着ているんだから。背広率0だよ。ガラス面お掃除ロボット芝刈りロボット各所に配置。部屋に入るとチュー理ちゃんに話しかけるのであるが、2,3分で飽きる。まあ、電気消してもらったり、無視されたり、目覚ましかけたり、やってみるものの。結局観光化が始まってしまい、軍艦島には行けていない。見えるようで見えない(外からも)ロールカーテン。朝起きて、寝ぼけていて、ヨーロッパぽいのだが、何故か、アンコールワット近くに泊まっているのか、と思った。さて、朝、もう帰る感じモードである。2016.12佐世保佐世保 変なホテルチェックイン。佐世保 変なホテルチェックイン細密。佐世保 変なホテル外伝。佐世保 アムステルダムに行く。佐世保 ハウステンボス。佐世保 ロボットレストラン。佐世保 アムステルダム案内。佐世保より帰る。
2016.12.19
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思い起こせば、ガキの頃好きなものは、ヤキメシ、餃子であった。幼稚園の通信簿にも、オカンに好きなもの、ヤキメシギョーザと克明に記載されていると記憶する。(業務連絡:オカン、昨日、イギリスバーミンガムへ妹のところへ。クリスマスはミュンヘン、とのこと)焼きめしの手軽さはともかく、コロッケと並び、手伝いをさせられたのが餃子である。いわゆる家内制手工業、マニファクチャーである、一列に並び、皮に水つけかかり、肉放り込み包み込み係、閉じ係、放り込み係みたいな感じで、コロッケも、卵つけ係、ころも付け係、放り込み係みたいな感じで、妹、俺、オカンが一列に並び、右手と左手は違う作業工程を進むのであった。多分、記憶の脳裏にこびりついた家庭料理が、ヤキメシ、ギョウーザ、コロッケである。焼きめしはどこかに特殊性地域性があるから分からないが、ギョーザとコロッケは、家で食うのが今までの短い人生の中でも幼心にインプットされたため、一番うまいのであり、もはや、超えることはできないのであり、コロッケは正月のおせちの一環として毎年もらうのだが、もうギョーザは、あのべちゃとした、ギョーザそうしこびりついたような、どうみても、あまりおいしくないんじゃないの、のぎょーざは、もう子供時代以来食べていないような気がする。 今も、ギョーザは食べるし、旨いし、であるが、家庭餃子はそれらとは全く別物であった。勿論、自分でも餃子は作ったことが何度もあるが、肉を料理で扱いたくないので、具はシーチキンである。それでも、どこか何か違うのかもなあ、という感じであった。子供時代の記憶には勝るものはないのであった。勿論、ガキの頃は、茹で餃子も無視餃子もあ、蒸し餃子(点心)も知らんかったし、中欧まで広がっているとも知らなかったのである。ちうごくでは、水餃子がまあメインであるが、初めて行ったときは、さすがにクソまずいというか、味がない、まあそういうことであった。あ、チャオズな!。まあ、そうこういううちに、神戸ではだねえ、店に餃子とビールしかないよ、という店舗も2,3店舗存在し、それが死ぬほど旨いかというと、まあ旨いというところが味噌だれである。そう、味噌だれである。あとは故障を入れまくって酢を垂らしまくるという方法も去年聞いた。確かに美味い。とかいいながら、だんだん、京都王将、大阪王将、みんみん、の餃子に舌が侵食されていくのであった。もう実家のべちゃべちゃの脂っこい餃子の味忘れちゃたなー。ま、餃子都市は宇都宮と浜松かもしれないけれど、あとは適当に頼むわ、ググってや。2016年栃木 栃木へ(リンク) 栃木 精神の館1(リンク) 栃木 精神の館2(リンク) 栃木 生姜ミュージアム(リンク) 栃木 塚田さん(リンク) 宇都宮 大谷寺(リンク) 宇都宮 大谷ストーン(リンク) 宇都宮 餃子人間(リンク) 日帰り旅行失敗(リンク)
2016.12.18
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「変なホテル」チェックイン細密。変なホテルの続きというか、その道程手記である。何せその日は穏便平和ですんなり終わりDAYのはずであたのは、前日までであった。まあ、詳細は省略するが、簡単にいうと仕事が急に当日増えて、1便逃したということである。それでも何とか、気を取り戻しながら、各種電話連絡もしながら、まあ、朧気ながら長崎に着いたのであるが、ふと気が付けば、うっかりしていたというか、時刻表の関係とかその他もろもろなのだが、九州については、福岡、佐賀、大分、熊本、宮崎、鹿児島のそれぞれの空港には、ここ10年で5回は行っているのだが、長崎空港は何と、11年ぶりである。グッバイコーナーは健在であるが、さすがにここ10年で携帯電話事情も随分変わり、シーンである。何せ、長崎県に関しては、一時期、佐賀空港1日レンタカー1000円キャンペーンをしてたことと、以前の長崎のタイムテーブルによると、1日の滞在時間が6時間程度になってしまうという事情があったのだ。タイムテーブル変更及び、関西から佐賀行が撤退されてから長崎行は検討としてはあったのだが、生まれながらの面倒がりなので、長崎決死隊を計画するのをついつい忘れていたのである、いや緩く心の奥底に置いていただけだったのである、だいたい、どこかにいくというのには、強い意志が必要なのである。強い意志とは何か。それは、明日休みだったら、昼間までウジウジ寝ていれるな、というところを5時や6時に起きるという強い意志と目覚ましである。いや目覚ましが鳴っても(タイマーズのデイドリームボリバー調で)、今日はやめとくかな、なんて、思うので、いや、実際何度もやめているのである。無駄に金使っているだけだろ、夕方まで寝ていると、今日の支出は0だし、寝るのは最高に気持ちいいぜ、って悪魔が囁くのである。その瞬間だけは、まさに俺も修行僧である。5時や6時に起きるのである。とはいいながら、音階は仕事帰りなので、それでも同じように、仕事だぞ、起きるの嫌だ(仕事が嫌だから起きるのが嫌というわけでもないことにも気が付いた。フレックスで出勤を10時や11時に設定すると、割と7時台に起きるよりすんなり起きることができるのだ。できれば、会社は昼から夜の9時ぐらいまでにしてくれると有難いのだが、などと思うのだが、まあ、飲みに行くとか、年取ったら目が覚めてしまうという人もいるので、そいうわけにはいかないのである。まあ、レンタカー屋に乗り遅れたから1本後の便に乗るから90分程遅れると電話をしたら、え、営業時間20時までなんですよ、といわれ、ごめんなさい20時15分に着くからと嘘言って、到着したのは20時45分であった。平謝りするが、皆さま出来た人ばかりで、ありがとうございます、であった、が、ムカついているだろうなあ、、マジでごめんなさいと反省するのであった、反省自体も心の中だけである。さて、長崎空港からレンタカーを飛ばしながら、まあ、どこかで飯食うよ、あれ、真っ暗やないか、ということで、ようやく、ラーメン屋を発見し、そこで夜飯とする。さすが長崎、すかさず、皿うどんである。やがて、39キロ、乗務時間1時間で、ホテルに到着するのであるが、ホテル前の駐車場が何とタイムズの駐車場で、有料はあかんやろ、ということで、オフィシャルホテル専用駐車場に戻り、よくわからないまま、そこから10分弱かけて(公式7分)ホテルに向かうのである。向かうって歩いてだよ。そして、遂にホテルのフロントでチェックインするのだが、写真撮ったりしてばかりで、チェックイン、いつになったら終わるねんみたいな感じになりながらも、無人だから好き放題である。そうだ駐車場タダにしてもらわないとなと思いながら、横に入ると、警備員のおじさんがいて、うわあ、人間だっと、のけぞったのだが(これが一番びびった)、そこで、無料手続きして、部屋に向かうのである。 荷物をロボットに運ばせようとしたが、うわ、22時で終わりか、カックンであり、まあ肩を落として部屋の棟に向かう。荷物重いな、仕事道具満載だ。あとは、下着と靴下のみ。おお、顔認証システムか、なるほど、と個人情報をさらしながら、顔認証してみる。うわ、カードも何もなしに、部屋入れる、ほう、ということであった。部屋の案内はチューリちゃんというのがしてくれるが、まあせいぜい役立つのはテレビ消せとか、電気消せと命令するぐらいで、でもそんなの、家でも電気つけっぱなしで気失って寝ているんで、まあ、あまりどうってことないのである。明るくても暗くても寝てしまうのである。おまけに、ちょっとビールも追加で買ってしまいながら、家でテレビないのでここぞとばかり、ちょと見てしまうのであった。俺の遅めのチェッキンが終わったからか、時間になったからか夜中の1時には、もうこれ以上誰もチェックインしないよな、ってことでフロントも消灯。1300万個の照明は・・・。夜景間に合わんかった・・・。2016.12佐世保佐世保 変なホテルチェックイン。佐世保 変なホテルチェックイン細密。佐世保 変なホテル外伝。佐世保 アムステルダムに行く。佐世保 ハウステンボス。佐世保 ロボットレストラン。佐世保 アムステルダム案内。佐世保より帰る。
2016.12.17
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S まずは、なんぱ橋横で「茶坊8」でを中華料理食す。1-3 橋のあたりから4-6 松竹座前後7-8 外人に大人気道頓堀ホテル9 個人さんの家なのかABC 道頓堀川の風景D G キノコサイケデリックトリッパーを横目に喫茶店「アナムネ」に到着。 ところで大阪にはUSJがあるが、この前、団体で行ったが、乗り物はひとりずつコーナーに並んで行ったのですいすい乗れたといっていた。そりゃいいことだ。
2016.12.16
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前々から泊まってみようとは思っていた「変なホテル」遂に泊まってみることにした。いや、行くとか、予約するとか、本格的絶対的に決めたのは直前であるが、その存在は、深くも緩やかに心に刻まれていたのであった。変なホテル入口に入ると、軽やかな挨拶。そして、すぐさまチェックイン作業となる。変なホテルフロントで手続きを済ませる。そして、部屋に移動するのであった。変なホテル室内は、またもやチューリチャンの案内である。まあ、詳細画像については、また細密を後日、後世のために残すが、今日は、疲れたので動画でごまかさせていただきます。2016.12佐世保佐世保 変なホテルチェックイン。佐世保 変なホテルチェックイン細密。佐世保 変なホテル外伝。佐世保 アムステルダムに行く。佐世保 ハウステンボス。佐世保 ロボットレストラン。佐世保 アムステルダム案内。佐世保より帰る。
2016.12.15
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前に行ったときはヘルメットかぶってない人多かったけど、2008年義務化されて、今回、後ろに乗っても運転手にヘルメット渡されたなあ。劇的に事故減ったらしいよ、いや事故は減ってないかも、怪我人が減ったのかも。確か、私が原付を取った1985年、日本では原付ならヘルメット着用義務なかったものなあ。今考えるとなかなか危ないねえ。私の原付はリミッター外れた奴だったので、100キロ出たものなあ。そういえば、スピード違反で捕まったなあ、50キロ以上オーバー、1発免停。要は80キロ以上で走ってたってことだねえ。あの頃は高校卒業して数か月だったので、高校同級生仲間には、50キロオーバーと、オーバーなあだ名を暫くの間、つけられるという不名誉な出来事があった。それも暫くしたら、インド君になっちゃったけどね。それインド行っただけだろ?おまけに、コレラの予防注射もせずに行ってからに、と同級生に呆れられたけど、そもそも、強制でも何でもなかったんだよ。 台湾ブームの次はベトナムブームらしいけど、俺の中だけではやっているブームが良いと思う。ベトナム戦争があったから昔は、タイに何度も行きながら、タイ本よりベトナム本のほうが書籍は多く、読んだ本も当然ベトナムのほうが各段に多く、じゃあ、ベトナムのこと知っているの?と言われると、1980年代、ベトナムはそうやすやすとは行けませんでしたよ。一部の割高ツアーだけでしたよ。多分、家の中を探せば、ベトナム関連の本イーパイ出てくると思われるが、ほとんどが戦争関連である。間違いない。働き出して、2,3年たたころ、バンコクに行き、カオサンのVSゲストハウスに買い物に行ったときに、宿泊客の日本人が私を見つけて、「ベトナムどうやったらいけるのですか?ベトナム行けるようになったみたいじゃないですか」と質問してきたが、「ごめん、今日、日本から来たんだ」と返事したが、ずっと旅行しているヒッピーに見えたのであろうか。確かに、ベトナム行けるようになったらしいという風の噂では聞いていたのだが。それが90年代前半から半ばあたりのことであった。ベトナムは憧れであった、そして、カンボジアは、まだその頃には、ハードルがもう一段高かった。地雷も埋め放題で(今も)あったし。そして、それから15年ほどが経過し、いくぞいくぞといいながら、やっと香港経由で行った。ホーチミンの空港や、そこからの道のりは、1980年代のバンコクを思い起こさせた。もっと昔は、どうだったか、べトちゃんドクちゃんであり、神戸の病院で切り離し手術とかして、もう、どちらかの子は亡くなりましたね。部屋の奥にベトナム戦争関連の本が何冊も死蔵されている。ところで、年末の行き先検討しようと、お金みたら、ベトナムドンが割とでてきた。ああ、結構残しちゃったんだなあ。 シティエン公園1。空港から直行。シティエン公園2。シティエン公園3。シティエン公園4。サイゴンカフェ、アップサイドダウン。サイゴンナイト。べトナムあまり画像。香港経由で帰国。油麻地から尖沙咀まで歩く。尖沙咀から香港島へ。香港空港。バンコクサイゴン香港周遊旅行。
2016.12.14
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栃木市にやってきた。栃木県は宇都宮市がチャンピオンだというと、多分、その通りなのだろうが、しかりと栃木市もあるのだ。栃木市の方に失礼だろ。人生半分以上終わっているあたしでさえ、栃木市というのはあったかな、なかったかな、あったよな、と思う関西方面の人間である。ただ、ベリーズには首都ベリーズシティーがあり、ルクセンブルクに首都ルクセンブルク市があり、メキシコには首都メキシコシティーがあり、エルサドルには首都サンサルバドルということは知っていたのにである、というか、だいたい行ってる感じでもあるのであった。多分、栃木の盟主、塚田さんの家である、今では、塚田歴史伝説館である。歴史であり、伝説であり、伝説はロボットなり、動くぞ、ということに相成る。受付の9,10代目ぐらいの当主なのか、アルバイトなのか、経営者なのか聞くのを忘れていたが、順調に大枚をはたいで、案内されたのがすぐ裏であり、まずはここでおばあさんにご注目下さいといって、そくさくと受付に戻っていった。先客がいるなあ、と思ったら、おじさんも人形だったので、一瞬、騙されました。ほんの時々、気が付かない時があるんですよね。韓国の最終島、国際平和センターとか四国平家物語館でも香港マダムタッソーでも(有名人向かって写真撮っている人が蝋人形だった)。おばあちゃんは、静かな動きをするが、少しいたたまれない感じにもなり、最後の方には、猫も動くのであった。動きに注目していただけに、語られた内容については一切覚えていないのが、まあ、特徴といえば、特徴だ。いや、それは特徴とはいわないんだけどね、世間としては。三味線と語り部が終わると、受付の方が突然出てきて、こっちに回って自由にご見学ください、と丁寧にも行き先を指示してくれた。蔵には、ジャジャーンの宝物であり、入れば、スイッチが入り宝殿の説明が始まるが、この説明がまた異常に早く、まさに俺にぴったりである。これ絶対、付いていけないよ、ちう速度で説明し、多分見ながらついていける人は少ないだろうという速度である。何故、私がついていけるかというと、興味が薄いというか、造形に浅いからである。説明があった瞬間に、「ほう」「そっか」「なるほど」と無責任な頷きとか相槌を打っているだけで、何の知識もないので疑問点も質問もなく、実は、「ほう」「そうでっか」「なるほど」の間には、「ほう、次!」「そうなんですね、次!」「なるほど、次!」と何も感じていないんである。こりゃ、アナウンスについていけるのは、ダメだわ。簡単に言えば、そういうことである。 「幸せが来る橋」人柱伝説うずま川悲話というんを上映、12分間見学するのである。うずま川ではいつも川が氾濫して、橋がつぶれて人が死んじゃう、ってことで、美しい少女が人柱志願するなんでか忘れたが、自分の子供を助けようと、若者が助けて死んだからだったかな、まあ、そんな感じというか、その辺のストーリーはちょと理解できなかったのハイテクである。人柱になって、苦しい苦しいとか言ってたら龍がやってきて、俺の嫁になれといったんだか、ドレイになれといたんだか、よくわからないが、それに従ったら、川の氾濫なくなりました。しかーし、その村だか集落ではそれ以来、子供が生まれなくなり、生まれなくなったから子供の被害がなくなるというおかしな状態になってしまったのである。でも龍が、たまにか、何年にか、何十年にか、空に飛んでいく日があって、その日がやっとやってきて、子供がうまれるようになったんだよね、って感じの話を、ハイテクを駆使した人形ロボットが繰り広げるパノラマ全自動劇スペシャル劇であったのであった。あったといいながら、いまい躊躇しながらも、よくこんなの作ったなあ、でも随分もう年季はいっちゃったねえ、という感じである。そのあとは、まあ、優雅な日本庭園的な感じである。響く水琴窟の音なんですよね。何度か体験したけど、閉じ込められ感のある澄んだ音なんですよね。誰かと思えば、7代当主の塚田さんの方々ではないですか。こっちも寄ってて下さいね、と言われて寄ると土産物やさんで、いやあ、整理が大変ですと言われ、そうですねえ。あ、祭り先週終わったんですよ、といわれ、先週来たらよかったですね、と答える。こちらのからくり山車機械は踊りだすの状態。時間が微妙になり、次のところにいけば飛行機の時間が微妙になり、行かなかったら1時間程早く空港に着いちゃうなと思い、ゆっくり何か食べながら戻るか、ということになったのであった。帰り際に1台車が止まり、ガイドブックを見ていたが、暫くして発車。うーん、700円は厳しいかと、確かに思うな。まあ、思いながら、高速道路に向かってごごごー。(あら、GOGOGOにしたつもりなのに)ところで、カイロのコプト教のテロ、あそこ行ったじゃん。 2016年栃木 栃木へ(リンク) 栃木 精神の館1(リンク) 栃木 精神の館2(リンク) 栃木 生姜ミュージアム(リンク) 栃木 塚田さん(リンク) 宇都宮 大谷寺(リンク) 宇都宮 大谷ストーン(リンク) 宇都宮 餃子人間(リンク) 日帰り旅行失敗(リンク)
2016.12.12
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何といってもサイパンのガラパン廃墟状態は、毎日誰かが検索してアクセスし、2位のアクセスを1.5倍以上ぶっちぎっている。サイパンの一番の中心街なのに、どうなってんのと、観光から帰ってきてから検索するのかも知れない。アクセスが増えて、グーグルでも「サイパン ガラパン」で1ページ目に出てくるのも加速要因だろう。自己納得。ガラパン廃墟ついでにバンザイクリフもアクセスが多いようだ、行きたい人が多いのか。サイパン、バンザイクリフ何故か懐かしむ人が多いのかウルトラマン関係も多いのである。ウルトラマンを見直す。あと、ゴジラシリーズの異色作の紹介も、アクセスが多い。自己納得。ヘドラ。イベントものでは、万博のユニフォームショー。なかなかこういうのはしないからねえ。資料的な感じでもある。自己納得。万博ユニフォームショー。何故かえろかんけいでは、どのワードで検索されているのか、全く不明だが、これが一番見られている。高柴デコ。えろと海外では何故か、済州島。まあ、ここはラブランドを中心としたえろらんどだからねえ。健康と性の博物館。それから、玉造温泉周辺も何故か人気だ。玉造温泉近くの珍宝さん。ハウツーものでは、入出国の厳しいイスラエルの抜け方だろう。小耳に厳しいと聞いたイスラエル入国予定者は、どんなけ厳しいのか、とりあえず検索してみるのだろう。自己納得。イスラエルで喧嘩を売られる。2番目にアクセスが多いのは、沖縄世界遺産の横にある廃墟である。3番目以降は、よくわからない。自己納得。中城横の廃墟、高原ホテル。大阪 七宝寺。その近くの高燈籠のんがすごいけどなあ。。美術館博物館関係では、足立美術館、入場料が高いので、「足立美術館、入場料高い」とかで検索してくるのではないだろうか。憤慨している人が多くアクセスなのだろうか。足立美術館 2200円。バンコク、コンドムレストランは味はちゃんとしてるし、今度むだらけな以外、全くの普通のレストランで、みんな普通にしている。自己納得。バンコク、コンドムレストラン。しょうけいかんこれがかなり意味なく多いゲゲゲの先生のせいだろうか。スタバ。これもよくわからんがアクセスあるまあ、確かに日本では見ることのできない商品の数々だなあ、今思えば。シンガポール ゲイランは公娼館があるのだが、宿も安いという、飲み屋街で、どこがシンガポールやねん、てところだが、日本人見かけたことないような気がするんだよなあ。自己納得。シンガポール ゲイラン。ソウル軍事博物館にアクセスが多いのは。ソウル、軍事で調べてみる人が多いからかもしれない。ソウル軍事博物館拷問系博物館には、時々、あれば行く。アムステルダム拷問博物館。オーストリア 解剖博物館。自己納得。ジョセフィーヌムは、まあ、凄い。
2016.12.11
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アゼルバイジャンも最終編である。何を隠そう、植民地を除いても100か国目である。いや、あのね、第二のドバイっていわれるけど、そないにバブッてる感ないんだけど、まあ、建築ラッシュはそのとおりである。いやあ、というか、ドバイと同じように、世界を微々貸せてやるぜって感じの意気込みを感じるだけで、おまけにドバイと違いこっちは石油の力で押しまくりで、ニッポンどうなの?私のこと好きなの?である(あるではないなあ)日本は、国力つくづく弱っているが、それでも、官僚が更に税金を奪取するため(国家の指名の一つは搾取である)、お金ないんですよ~。いやー借金1000兆円超えましたわー。これじゃあやてけません、とふざけたこといって、マスコミも何で同調するんだろう。マスコミに経理ってないのか?私の勤める会社には経理部がある。貸借対照表(バランスシート)も、企業なのである。でも、なんでだ、借金1000兆円あっても、資産や収入が同じぐらいあったらどうなのよ。それに、国家は信用で成り立っているから、人間と違って死なない、いつまでも働く。人間個人は45歳までなら35年ローンが可能だが、国家は、ウーン、1000年ローン汲んでもいいよである。俺も1000年生きることが保証されたら明日10億円借りに行く。国は固定資産だからねえ、土地多いからねえ、そうかな、である。本気で流動資産で返して、残り日銀の資産で返せば、まー、1000兆円届くから、ま、本気も何も、役人は税金を盗ることがレゾンデートルであり、出世の道だわ。俺みたいな素人でも気が付いてたけど、借金1000兆円ですねんうわ、一人あかちゃんも含めて1000万円の借金ですわ、おわり、終わりか?収入がそれ以上あったら、ええやん。でも何で、マスコミは収入のほうつっこんでくれないのよ、不安になっちゃうじゃないかよー。だいたい、そななに借金だけだったら、とっくに国債も暴落して金利もババーンってあがるんじゃん、なんせ経済学部出たからね。まあ、信用なくなったら金利上がるぐらい経済学部でなくても分かるけどね。信用ないから金利高い、ハイリスクハイリターンだね、あれ、そうなってない、市場の動きは単純に正しい。何で嘘ついて、自国民から金盗りたいんだよー。消費税盗りたいんだよ。かつて消費税があがったら税収かわらないどころか、この前の5から8パーに上がったとき税収下がったやん・・ああゆう事実は無視ね。割と実はアホノミクスうまいこといってたのにね。チャラにしちゃったものね。石油がらみで全然関係ない話だが、ヨルダンって国は、まあ、エジプトやドバイと同じように石油が出ない国だが、ISがシリアやイラクなんかで奪った石油を、こそっとヨルダンに輸出、というか密輸している、陸続きだから。サダムの時代のイラクも経済封鎖受けてもヨルダンにどんどんトラックで石油を運んでいた。それも、驚きの無料で石油を提供していたのである。そして、ヨルダン側は、その見返りに交易、まあ、物々交換みたいなことをやっていた。フセインはフセインでもヨルダンの親米フセイン国王、したたかであった。ヨルダンだけが、モハメッドの血を引くハシム家の王だよね。我々は、いや、私は、あのあたりの国、アゼルバイジャン、グルジア、アルメニアをいっしょくたにするが、アゼルトアルメニアはかなり仲が悪い。ブレジネフ後期からフルシチョフ、アンドロポフ、チェルネンコ・・そして、彼がゴルバチョフを押した。30年もソ連の中核にいた人物である。30年近く外務大臣だよ。それはおいて、グルジアといえば、出身、スターリンを思い出すが、もう一人の大物、主÷何故、違う、シュワルナゼだ。懐かしい名前だ、というか、俺の年代では、あれ、ソ連の外相が、いつの間にやらグルジア大統領。元々グルジアで共産党でえらくなって、粛清しまくって頭角を現したシュワルナゼ、ゴルバチョフが、注目、外相に任命。ソ連の外相と言えば、あのこわもて、無口のグロムイコの跡釜だ。実はグロムイコのことを知ったのは高校の時だ。とても、難しい英文練習問題に挑んだのだが、何が難しいか、グロムイコが何か分からなかったし、グロムイコの読み方も分からなかったし、USSRとか、ミスターニエットとか(ニエットがロシア語でノーとは知らなかった)、政治的な英語は高校生には全く分からなかった。分からないまま、グロムイコの性格や外見の説明が続き、辞書で調べて、ソ連の外相と知った。ゴルバチョフがシュワルナゼを選んだのは、簡単、外交はこいつできないだろ、でも「有名人」だからな、おれに影響がないように、俺をひきたさせろよ、ってことだったのである、多分。そしたら、皆が知っているように、シュワルナゼの名前は轟いた、アメリカとの関係改善、ドイツ統一に寄与。まあ、そうはいいつつも、ゴルビーはダメだな、とシュワルナゼは思い、突然適当なことを言って辞任。それで期をみて、2代目のグルジア大統領にかつがれるべくかつがれた、って話。ま、グルジアも破綻国家にひとつになっちゃったけどね。あれ、アゼルバイジャンは?、ま、いっか。
2016.12.10
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寺に到着したら、駐車場の警備員と住職が交代で駐車場の警備をしていたということであった。城壁のような寺であった。大谷官能、いや、観音。弘法大使の作だとはいうが、そりゃあ、9世紀の頃だな。うーん、ちょっと彫刻がバーミヤン風であ、アフガニスタンのだぜ、まずい中華のチェーン店とは違うぜ。バーミーナムじゃないよ。確かになんとなく、バーミヤンだ。バーミヤーン、タリバンに壊されて。日本一古い人骨1.2億年前、写真撮ってはいけないので、写してないが、まあ、若いやつ。庭も見ていってくださいね、ということで、白蛇見る。駐車場警備員に、観音み見ていってくださいねと言われ、テクテク3分歩く。まあ、言っておくが、くいうところでさえ、一人中年はやってこない。老人団体か、若者カップルである。そういう軍団をずんずん、抜かしていくのが、孤高の人、私である。急いでいるんだ!平和観音は、まあ若い、昭和31年とのことなんでまだ5、60年ぐらいね。新らしき、磨崖窟ね。ほれぼれするなあ、寺は薄っぺらいけど。寺はっつけただけだよ。 2016年栃木 栃木へ(リンク) 栃木 精神の館1(リンク) 栃木 精神の館2(リンク) 栃木 生姜ミュージアム(リンク) 栃木 塚田さん(リンク) 宇都宮 大谷寺(リンク) 宇都宮 大谷ストーン(リンク) 宇都宮 餃子人間(リンク) 日帰り旅行失敗(リンク)
2016.12.09
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大谷の地下掘削跡は、資料によると、138メートル×150メートルのデプス30メートル地下60メートル、野球場1つ分、平均気温8度、ま、そういうことである。それにしても観光客多いね。有名どころなんだ、俺、ここ昨日知ったんだけど。昨日知ってもアスクルである。プロモーションビデオは、一番最初に映画で撮影されたのは、おお、セーラー服と機関銃81年、薬師丸ひろこの快感である。その後ウルトラマンギガ、仮面ライダーギキレンジャー、ライヤーゲームファイナルステージ、潜入探偵トカゲ、るろうに剣心京都大火編、ドンペリイベント、BMWイベント、まーそんな感じですよ。ところで、オオヤであり、大谷派ではないのである。大谷派は浄土真宗の東であり、おとん側である。浄土真宗西本願寺は、まあ、おかん側である。でも呼び方はオオタニである。オオタニさんという知り合いは、実は、個人的なことだが、中学生の同級生に居て、卒業以来1回以外そらもう全く会ったこともないのだが、その一回が何だかの同窓会で、何故か、全くいまや行くことのない私も20歳ころは、誘われて同窓会に行ってみて、何だか写真撮って、何だか暇も講じて、友達に、「じゃあ、みんなの家に写真届けようや」みたいなことになって、まあバイクで着いていくことになったが、家も分からず、家に電話したら、親が、「うちにそのような娘いませんけど」とかいわれて、「いいえ、いますよ、だって、同級生でしたから」というも、どうやら下の名前を漢字読み間違えているだけだった。おまけに、実は、彼女の妹が、俺の妹と同級生だったかなんだかで、真面目で天才でタガが緩んだお兄さん(というのは今考えたが)、あのおにいちゃんで妹仲間の仲間では有名な人間だったようで、お兄さんが家に来た、と随分話題になったようだ。假屋崎さんの作品らしいよところで10年前の日記だが、色あせないねえ、要は変わってないねえてことだね。そういうわけで、ちうごく大理の大理石、神戸御影の御影石、そして、おおやの大谷石で終わり、秋の気配であった。 2016年栃木 栃木へ(リンク) 栃木 精神の館1(リンク) 栃木 精神の館2(リンク) 栃木 生姜ミュージアム(リンク) 栃木 塚田さん(リンク) 宇都宮 大谷寺(リンク) 宇都宮 大谷ストーン(リンク) 宇都宮 餃子人間(リンク) 日帰り旅行失敗(リンク)
2016.12.08
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空港からタクシーはコンノートプレースに到着した。コンノ―トプレースはサークルになっているので、それがブロックに分かれており、行くところはLブロック、運転手は車を止め、歩いている人に声をかけた。彼は、「ああ、そこなら車は入れないから(嘘、実際前まで車止められる)、ここで降りて1ブロック歩くだけでいけるよ(嘘、3ブロックも歩いた)、降りろ降りろ」といったので降りた。あ、運転手チップ暮れも何も言わないねえ。降りたら、その男は、「ここと向う側の駐車場を管理しているんだとかいいながら」、とりあえず、ここで道を聞きなよ、といい、旅行代理店を紹介。まあ、代理店には興味ないけど、道聞くかと入ると、いろいろ質問してきて、「まあ、そうだねえ、アリムツアルとダラムサラに行こうかと」なんて適当なことを言うと、勝手に旅行日程を組みだしたので、「いやいや、そんなことよりここはどこなんだ?」というと、「Gブロックだよ」、と言われたので、じゃあ、またと出ていく、「ちょっと待て」というのを無視。何の10分だったんだ、と私も思いながら。すると、いつの間にか最初の案内した男はいなくなり、出た瞬間に次の男の登場。「どこに行くのだ」、というのを適当にあしらうが、何故かこっちだこっちだ、といいながら2ブロック程10分程一緒に歩き、話するの面倒だな、と思いながらも、「あとまっすぐ行くぐらいだからね、じゃあ」、と言って消えた。あれ、終わり?邪心なかったの?ホテルに到着し、適当にチェックイン。5分後に出かける。暫く歩いていると、「そっちに行っても何もないぞ、こっちはバザール(嘘)があるぞ」、とじいさんに言われ、まあ、じゃあ、ちょといてみるか、と思って歩き始めると、学生と称する若者が付いてきた。何だこいつと思いながら、ガバメント町営のティーが有名だとか、俺の英語大丈夫?とかいろいろ聞いてくるが、適当にああそうほうへえ、とか言っていたが、思え、自分の紹介する店からマージン受け取るんだろ、と思いきや、20分も歩いて、ああ、遠いな面倒だなあ、と思っていたら、1件のショップが現れ、「じゃあここだから」、と彼は去っていった。あれ、終わり?邪心なかったの?「あれ、あいつ終わり?何で20分も歩いてきたの?まあ仕方ないから店入るか、バザールなんかないやん」といいながら店に入り、1分で出る。店員はびびってついてくるが、もう一軒紹介するよと、1分先の店を紹介され、そこも30秒で店を出る。何だったんだ、と思いながらまた20分歩いて元来た道を戻り、コンノートプレースにある地下のバリカバザールに入り、うろうろして出てきた。多分、30年前にここに来たようなきがするが、もっと狭かったような気がするんだよなあ。地下に入っていったのだけは覚えているのだが。そして外に出て、道を歩いていると、足元が生暖かい、あ、牛の運子踏んでもた!拭かないととカバンからテッシュを探す(しかし、コンノ―とプレイスには牛入れないんだけどなあ、ずぼっとノグソに足突っ込んだかな)。とカバンをごそごそしていると、通りがかった男が、「おお、鳥の糞か、頭に落とされなくてよかったねえ、そこに水道があるから洗い流せば?」といわれ、「ああ、そう?(こんなでかい運子鳥がするはずないだろ、と何故か牛のことを忘れてしまう)じゃあ行くわ」というと、彼もこっちこっちと案内される。芝生に入ったところで、靴磨きの男が私の足元を発見し、おお、取ってやるよ、といった。水道まで連れて行こうとした男は、「ああじゃあ」、と言って去っていく。靴磨きは布で運子を拭き取り、水を持っていたので、足と草履を拭いてくれた。(こいついいやつだな、チップやるかと思い、こそっと100円ぐらいを財布から取り出し、ポケットに入れておく)念入りに靴磨き屋は足と草履を洗ってくれて、小さな声で「3000円」といった。ん?意味が分からなかった。もう一度、「2000ルピー(3000円)」といった。「は?あほかこいつ?」と困っていると、人が通りがかり、「お前英語分かるか?」といわれたので、「さっぱり分からない」という。「何かこの男が何かつぶやいているんだよ。」と通りがかりの人にいう。彼は「2000ルピーはありえない700ルピーが相場だ(1000円)、君は旅行者で分からないが、おれは銀行員で、まあ運子は700ルピーが相場だな」、とちゃんと背広男の奴は言った(そりゃ、高いな、でもこのちゃんとしている人がそういうのなら、そうなんかもね)(あとから気が付いたら、何で通りがかって2000って言っているのが分かったのだ?)それで、靴磨きに、「ありがとう悪いね」、何だか相場700かもしれないけど、俺は納得できないからね、(でも感謝しているから50ルピーを)100ルピー渡す。150円である。普通の靴磨きが今の相場知らないが、10円か20円か30円のはずである、で、運子なので、もっと出すよという感謝の気持ちであるが、彼はこれは少ない、布をダメにしたもっとチップをといい、銀行員もこれはいけない、こういうことはダメだ、といったが、俺は俺の判断だ、感謝しているでも感謝代は150円だ、1000円ではない、まして3000円ではない、ごめんね、喧嘩はしないから、逃げるね、と早々に罵声を背中に浴びながら、その場を去る。相変わらず、罵詈雑言のようなものが後ろから聞こえるが無視。 すると、また男が寄ってきて、「おまえいくら払ったのだ?」という。「何でだ」と聞くと、「あれは詐欺だぞ、運子擦り付けて、洗わせて金盗るんだ。」しまった!感謝したことにムカついた、やられたやっぱインド舐められないな!クッソ。と思ったが。考えれば、あんなデカい鳥の運子あるか!時間損した、まあ、金は詐欺なら1銭も払いたくないが、お金持ちなので150円なので、まあ、ムカつかない。「騙されたなお前」とその男に言われ、「ところで君この辺の地図持っているの?」というので、「そんなのないよ」、というと、「ほらあそこガバメントツーリストオフィスって書いているでしょ、あそこで無料で貰いなよ」、というので、「ああ、どうもありがとう」、と言って無視して歩くと、「いやいや君、無料だから行ってきなよ」、と言われて、「まあああそう、じゃあ地図貰うか」と言ってツーリストオフィスの方向に向かう。男は「じゃあね」と言って去っていった。入って、「地図をくれというが」、「デリーのどこに行くの?」と言われ、まあ、別にいくとこないけど「これからパハールガンジとチャンドニーチョークあたりかな」、というと、地図に丸を付けてくれた。「そして明日以降は?」といので、「それは別に決めてないけど、スリガナルとかかな」、といい、デスクの男はグーグル画像でスリガナルの映像を見せながら、旅行スケジュールをまた勝手に組み出したので、「いや、そこまではいいよ」、といい、「地図くれ」というと「200ルピー(300円)」というので、「あーじゃあ、いらない」、と出ていく。何なのだこれはと思うと、すぎさま次の若い男が現れ、「ガバルメトって書いてあるけど、政府とはなんの関係もないぞあそこは」、といい、「そうなのか?」時間を無駄にしたと思い、ガバメントショップでガンジャ売ってたよなあ。なんだたんだろうなあ、昔、と思いながら、そのクオリテイときたら、もうブッシュ(最低)であったことを不意に思い出し、もしかして、ガバメントショップも適当に言っているだけの店もあるのかもなあ・・・。よくよく見るとトラベルエージェンシーのあちこちにガバメントなんちゃらって書いてあり、嘘ばっかってとこである。若い男は学生だといい、「本当のツーリストインフォメーションはあっちだ、行こう」というが、いや目の前にあるなら行くがたかが地図がもらえるなら寄ってもいいよなので、「わざわざ行かない」というと、「じゃあどこに行くのだ」というので、「さあ」、といいながら、あ、酒屋だ、ビール買うわと思い中に入る、若いやつは、俺にも1本おごってくれというが、あほかと無視してアルコールを買い、重たいので一旦宿に戻ることにする。「じゃあ、ガイド料くれ」というが、無視して、チョロー(どけ)というと、何だかすごすごいなくなった、あれ、ゴメン言い過ぎたかな・・・チョローってあまりいい言葉じゃないんだよね・・・。そうやってホテル戻るがワンブロックずつにややこしいやつらがやってくるコンノートって鬱陶しいな。常に誰にも今から日本に帰ると言っとけばよかったよ、運子は自分で拭くからいいよっていっておけばよかったよ、トラベルエージェンシーや土産物屋は興味ないからどうせろくなことないから最初から行くのをやめといたら良かったよ、まあ、トラベルイズトラブルの範囲内であった。でも、何だか考えたら意味ない時間に1時間から2時間とられたよなあ。金より時間を無駄に感じた社会人のワタクシでした。反省点:牛の運子踏んだのに、すぐ、通りがかりの詐欺に鳥の運子落とされた、と言って、ああ、そうだな、と思ったこと。だいたいカラス類でさえ、こんなでかい運子しないし、鳥は大小がセットなんで、緩い個体と透明の液体が一緒になっているはずだ。だいたい、コンノ―とには牛はいないと知っているのに、なぜ瞬間に忘れた?しかし、一刻も早く運子を取り除きたかったのであろう。水道の蛇口に行く途中で(そんなのなかったのかも知れない)、靴磨き屋が来たとて、手伝ってくれるというより、水道で流したほうがよっぽど早い。しかし、一刻も早く運子を取り除きたかったのであろう。銀行員と称する男を多少とも信じてしまった。銀行員という名の詐欺であろうが、銀行員は世の中で最も信用のおけない職種のひとつだったことも吹き飛んだ。しかし、一刻も早く運子を取り除きたかったのであろう。靴磨き屋が「2000ルピー(3000円)」っていた時、詐欺ぼったくりと何故気が付かなかったのであろう。しっかり、教育がないからツータウザンドと英語で言っていたが、「かわいそうに、ツエンティっていうんだよ」、と思ってしまったぐらいだ。しかし、一刻も早く運子を取り除きたかったのであろう。まあ、100ルピー払って揉めたが、強硬に出なかったのは、曲がりなりにも手伝ってくれた感謝があったからであり、感謝した糞損したわ。 インドへ1。インドへ2。うんコ詐欺に会いにインドへ。インドgourmet drinkの旅。デリー観光シャルダーム寺院。30年前のデリー。パハールガンジ、ニューデリー駅前。デリーから帰国に向かう朝。バンコクトランジット。
2016.12.07
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ハマムですっきりすると、再びビールである。軽い感じ喉越しすっきりタイプ。まあ、メインがシーア派の国っていうが、女性も露出度高い洋服きているように、ビールも全然問題なく、まー100円台かな。なんだか、こういうものが入ってますよ~というシグナル。アゼルバイジャン料理はねえ、トルコ料理よりペルシア料理だねえ。あとは、カスピ海っていったらチョウザメだろ、キャビアだろ、食べるか、食べたいな。こんな感じ。コンビニで買って部屋飲みもするよ。しかし、寝てないのに、飲んだものだから、やばいことになりそうになったわ。バクー油田は歴史があり、当然その頃はサウジなどの油田は発掘されておらず、ペルシャ湾の油田がでるまでは、世界の過半数を占める世界一の油田であった。なんせ紀元前から地上に湧き出ていたので、いろいろ火を扱っていたのであった。まあ、ロックフェラーがスタンダードオイルを立ち上げた頃、バクー油田も活発になり、その利権を奪取したのがノーベルとロスチャイルドだ。ロスチャイルドは、スエズ運河の利権も手に入れて、まー、日本にも石油輸入させて、まー、そりゃシスもかかわっていて、この人、日露戦争で日本に融資した人ね。石油って、何からできているの。一部分は無機物からもできているらしいね。まあ、採掘も進化するから、まだまだ何万年も理屈的には枯渇しないよね。それに比べりゃ、ウランは先になくなりそうな・・・まあこれも技術開発で100倍ぐらいには寿命伸ばせるんだろうけど。でも、こちらはコストが高すぎるからなあ。まあ、太陽光よりは安いんだろうけど。日本→モルドバ。ホテルキショナウ。キシナウ観光案内。キシナウ国立博物館1。キシナウ国立博物館2。キシナウ ナショナルミュージアム1。キシナウ ナショナルミュージアム2。モルドバgourmetの旅。モルドバ→アゼルバイジャン。バクーのザハ建築。風の町バクー。ヴァンダーカマーサウナ1。ヴァンダーカマーサウナ2。ヴァンダーカマーサウナの後。カスピ海は塩辛い。バクー世界遺産。アゼルバイジャンgourmetの旅。アゼルバイジャン→日本。
2016.12.06
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昼飯は、まあ、こういうのがあったので、奈良の登美ヶ丘なんかけど、奈良じゃないもの食ってみた。まあ、普通に美味い程度。私のパロメーターでは200円高いな、ちょとだけ損したなという感覚であった。(登美ヶ丘なんか数年ぶりである)今宵は、何故か、飲み屋で、台湾談義である。台湾は、どうですか?俺もよく知らない。台湾料理にしろよ、と言ったのに、中華料理をセッティングされてしまったが、「あ、そ、」で特に何とも思わなかった。鈍感力は、昔の人である。今、いろいろ、いろんなこと(個人情報とか)に煩くなったのだるが、それは敏感になったとか、意識が高まったとか、いろいろ問題が出てきたからではない。昔は、みーんな鈍感だっただけだ。個人情報とか反社勢力については、天下り先を作るために作っただけなのだからね。それを国民は振り回されているだけだわ。どこに行きたいか、考えると、やはり昔に行きたいよなあ。明治時代とかね。明治時代も長く、イザベラバードとか有名だが、アメリカ人やイギリス人が1か月ぐらい来たら、まあ、現在価値3~4000万円という旅行だったようだ。まあ、そりゃ、当時でも金銭的成功者だねえ。カジノ法案はあかにんやろ!って話したかどうか覚えていないが、ちゃんと日本人は入店禁止でオープンさせるべきである。パスポート必要だ。外人から毟り取れ!がいいんじゃないの、韓国先輩を見習え。結局今夜は、今年、珍しくも2回台湾に行ったので、台湾についてよろしければ教えんかい!ってことでったが、台湾ウユニに付いて来てくれるなら俺も行くよ、行けたら、という話になったのであった。但し、まだ行けるかわかんないけど、でも台湾の休みの中心は旧正月なので、日本から出ていくより空いているかもねえ、とも考えるのであった。ここから近場に行くのか、よおろっぱに行くのかアメリカに行くのか、はたまた南下か、しかし、今年の正月休みはいつもより2,3日短いんだよなあ。國村 隼似の親父が、麺削ちゃろか、と気さくにきてくれるので、よろちくおねがいします!である。そのあと、麺食ったかどうかは、覚えていない。仕方ないので、ガイドブックを作成することを心に近うのであった。最近、ガイドブックも重いので、コピーしたり、自分で作ったりしているのだが、必要なのは地図である。あとは、ネットから拾ってくるのみだ。どこに行きたいのか、それは、あまり大きな声では言えないが、適当な文字を検索にれて、画像で探すのである。すると、これ見たい、行きたい、なんて画像が出てきたら、そこ目がけて行き方などを検索していくのである。まあ、そういうわけで、誰かの真似なんだよね、ほんのたまーに、自分で偶然見つけることはあるけど、まあ、そりゃ、地元の人には知られたものね。まあ、こういう大田村なんかは、偶然の発見、ウエブ上にもほぼ紹介はないねえ。
2016.12.05
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会社帰りに、車内放送で、ルミナリエで車内が混んですみません、とかいっているが、ちっとも混んでいないのである。そうか、1回だけ、第1回のときに、つまり震災の年、22年前に行ったかもしれないな、その後、ルミナリエ期間中に何度も三ノ宮には行ったもののJR阪急より北側、即ち飲み屋エリアに行き、「今晩は、南側混んでいるはずだぜ、ぐはは」と言っていたのである。 しかし、電車車内放送を聞いた時には、電飾の写真でも撮ってみるか、写真持ってないしね、まあね、という気になり、家に戻った後、そう思いながらも、ピュシューと缶を開けて、グビグビやっていると、やるっても500CCだけだけど。寒くなってきて、温泉も行くかな、という気分にもなってきたのである。とりえあず、土曜なので混んでいるだろうな、と思いながら、終点に行くだけならすぐ行けるとの情報を得たので、そうするか、30分もあれば終わるだろう、そう予想した。あと1時間でルミナリエは終わりだな、というときに、トイモイ博士、遂に21時立ち上がるのであった。あ、飯食うの忘れてた!まあ、それでも立ち上がるのである。それでも、立ち上がり、急いで電車に乗るのである。 すでにそんなに混んでいる訳ではないが、警備員は多分23時契約ぐらいになっているのか、何名かは気もそぞろに、誘導をやっているのである、もう誘導のいらない程度の混み具合である。 まあ、それで21時30分には終点地点に到達し、ぐるりと回るが人が多いので早々に退散することにした。 市役所からも上から見ようということで、エレベーター待ちをみたらさすがに終わりかけ、列に並んで3分程度でエレベーターに乗り込み、リミナリエもイルミナティの意味や思想も鑑みることなく、何となく、ふわっと終了である。 さて、10時ちょっと前となり、途中の駅で降りて、温泉で暖をとらなければの420円である。温泉に入りながら24時間を思い起こすのである。昨晩の21時前に何だか会社の後輩から電話のようなものがあり、取引先さんと、トイモイサンの隣の駅で飲んでますよ~、どうですか~、という間の抜けた電話で20歳も年下なのに失礼な奴だな、と8割思ったものの、まだ飯食ってなかったので、「んじゃ、10分で行くわ」と心なしかフレンドリーに返事しながら、「今日、金曜だな、あれ?おかしいな12月だったら週に2,3回は忘年会のはずなのだが・・・あれ、12月全体で1,2回しか今年ないやん?」と急に気が付いたのである。いいことだ!私は安堵するのである。私か私の味方が企画する飲み会以外は面倒なのである。特に仕事関係は、なければないほど、私は嬉しいのだが、そういうのは、ある程度の立場になったら、あまりよろしくないのである。会社からはその年と役職で交際費少なすぎないか?と警告されるというか、全部おごられていると勘違いされ疑われているぐらいなのだ。(おごられたら、おごおられ報告書を提出しなければならないのだが、それもないから)まあ、そういうことで、何だか20代3名と、死にかけおっさんは飯を食い、僕たちのも砲台なんですけど、そうしますか、おれは砲台じゃないから単品で頼むわ、といいながら、結局、ひとりおっさんなので、セットコースの飯をちょっとづつ恵んでもらいながら、飲み放題コース以上の金を金持ちなので渡すということになるのであった。まあ、それが年の功みたいなものである。ものであるが、次、2次会カラオケいきましょう、っておれモモクロの曲知らんけど、FMで車内で土曜日午後時々聴くよ、みたいな感じで聞きながら、すべての曲が知らないということになりながらも、結局最後のほうはアナーキーインザUK(せくすぴすとるず)みたいなこっちの曲のペースになり(そのあとクラッシュ)、ごめんなおまえら、となりつつ、会社の後輩は、電車がなくなるので帰ります、勝手に帰れや、になり、取引先2社の20代の若者と更に、バー誘われてに行きつつ、人生論を垂れるのである。生きていることに特段の意味はないとか、勝手に好きに生きろや、明日できることはずっとするなとか、とか、空港税関で台に手をついて近づく奴ほど危しいやつとか、電話はやっぱりダイヤル回せや、やっぱ湯たんぽやぞ、虫テキーラ飲めや!まあ、家が近いと真面目に好き放題である。まあ、あなーきーいんざJPぐらいである。こころのなかでは。こういう飲み会待ってたんですよ!みたいに言われ、何だ、毎日おもろないんけ?俺、特におもんないけど、と言いながら、バーの金も払おうとするが、ダメですよ、と若いくせに払おうとするので、君たちうっとうしいな、じゃあ100円!というと、それもだめですよ、というので、200円、300円、と値段を吊り上げ、最終500円で手を打った。なんせ、君、ずっと水飲みまくっているだけやん。何で若いやつら、カラオケで、男同士、ビールを口移しでキスして飲ませるのか、真面目というかヘテロな俺には理解できなかった(野するつもりもなかった)のであるが、それはあまり気にしなかった、というか、京大卒君も、まあ学生時代からそんな感じだったのかもねーって感じるのみであった。(服脱ぐのは、まあ20代の頃俺らの世代も普通だったから、普通に理解したけど)おれも、ほら、力なく笑うのが得意だからさ、言葉にすればトホホだからさ。でも大笑いしても、目が笑っていないよりはいいじゃん。そんな感じで、12時45分ぐらいに終了し、1時前には自宅に戻り、3時ぐらいまでゴソゴソして、7時半にアラームをいつものように鳴らしてスヌーズ2,3回終えてやっと起きて、なんばに向かうのであった。難波、仕事やで、難波、まあ、そういうことで、昼間には台湾らーめん(っていったいなんなんだろうね)を食べつつ、昼過ぎに久しぶり(数年ぶりに)グランドキャニオンに似せたなんばパークスを通り抜け会社に行く。そして、事務作業をしながら、冒頭、この日記最初に戻るのである。ま、若いやつらってかわいいね。
2016.12.04
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ショウガについて、今まで真剣に考えてこなかった人生を歩んできました。この機会に真面目に一度ぐらいかんがえてみようか、ということでもなく、今後もそう多く考えることもないような気がします。勿論、一般的な生姜の効用は、一般人と同様程度には知っているような気がしますし、どちらかというと、食材を適当に扱うので、腐らせ速度を落とすためにも私には生姜が必要と思われますし、ソーメンや冷ややっこといった私の主食にはチューブ入り練り生姜が必要ですし、そばには生わさびも必要かと考えます。でもニューっていうぐらいだからオールドもあったんだろうなあ。でもごめん、岩下生姜って全く知らなかったよ、全国的に有名なんだろうか。少なくとも、私は聞いたことがないが。まあ、聞いたことなくってもいいじゃないんですか、団体客が押し寄せているんですからね。すみません、岩下さん。生姜にまでコミュニケーションなんですね。コミュ力って言い方、いやだなあ。そんなのねえよ。ああ、ポップアート、キャンベルスープ、ウォホールだったんですね。更に、ウォホールだったんですね。手を入れるといいのでしょうか。いいことずくし、ですが、ほどほどにですよね。中村さん?青春?ごめんなさい、ボウフラに見えました。カルタ、したくないです。飲ませろ。チーピーなところ、気に入りました。小学生が純粋に作ったようで素敵。一歩間違えれば、エイリアンですね。実妹の飼っている犬はジンジャーさんです。もう一匹は、日本名だったような気がします。私も犬飼うなら名前は、シャージャハンにしたいです。(タージマハル作らせた人)さっきまで、精神の館に行っていたもので、ヒワイに見えてしまいます。すみません。よくできているなと思ったものは、生姜はどこに消えたって食べ物はチーズでしょ、食べたい生姜って、蹴りたい背中と、「たい」しかかぶってないでしょ?ジンジャー畑で捕まえてって、作者、サリンジャーでしょ、ジャーだけよ。ジンジャー鉄道の夜って、銀河鉄道と何らかぶってないですよね。時をかける少女、生姜、惜しいですね。辞典にいたってはジーニアスをもじったものなの?やっぱり、ヒワイに見えてしまいます。すみません。(あ、全然関係ないけど、夜中の1時過ぎに飛行機音だ、こんな時間に神戸上空何かが飛んでいます、スクランブルでしょうか。)老人夫婦が、何だかいじっていたが、意味わからんな、と言って去って行きました。私もいじくりこそしなかったものの、見た感じでは、意味が分かりません。世の中、だいたい不条理ですね。オマエ、誰や、そういいたくなりました。でも、ようけで来られると、ああ、そうなですね、という気になりました。どう見ても、エイリアンですね。なるほど、いい駄洒落に気が付きましたね。但し、有難さはありませんです。願いも一部を除いて、みみっちいです。何で、生姜をえろくしたんですか?それが人を引き付けるんです!感じなさい、感じなさい。ジンジャー神社 2016年栃木 栃木へ(リンク) 栃木 精神の館1(リンク) 栃木 精神の館2(リンク) 栃木 生姜ミュージアム(リンク) 栃木 塚田さん(リンク) 宇都宮 大谷寺(リンク) 宇都宮 大谷ストーン(リンク) 宇都宮 餃子人間(リンク) 日帰り旅行失敗(リンク)
2016.12.03
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夜中について、翌日夕方帰る、去年と同じである。リゾートだから何もしない。ただ、ホテル前のビーチと、ホテル前の道路2,300メートル歩いただけである。ビーチは、まあ、シングルモルトいうスキーのようなものだ。何も足さない、何も引かない。ついでに、やることない。海ではないほうをぼーっと眺める。ちょっと、夜中2時半にビール片手にビーチをぶらぶら、プールの水も海の水も生暖かく心地よい。部屋から目の届く範囲ぐらいまで歩いてみる。コーヒーを飲みに。買い物は無。空港は見えているのだが、直登で行ければ30分ぐらい歩いていけそうなものだのだが、右であれ左であれ大回りしなければならない。眺めているだけである。。すぐに部屋に戻り、雑誌を読んでいる。外で読まないの?ビーチ際で?暑いからね。それで、時々雑誌から目を離し、外を見る。NHKみたりなんかもしている。夜通りがかり、明日は昼ご飯は外に出るのも何だからここにするとした。どうも、ランチに来たら、ちょとめかした地元ちょもろ人の方々が多く、ああ、宿泊客は朝食付きで朝ここで食べたのかも知れないなあ、と思うのであった。おれ、朝食は?寝てたよ。蟹は、もう手がべたべたになって、日本みたいなほぐし機がないから手でちぎって引っ張り出して、一言でいうと嫌になった。部屋では、出発までビール飲むよ。グアム新聞も読み込むよ。誰もいないのはいいなあ。昼間は人がいるからいやだなあ、しゃあないか。一応チェック。いよいよ帰国、日は沈む。
2016.12.02
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何を隠そう、パート2である。山本晋也監督も絶賛(滞在時間4時間)とのこと。各都道府県の道祖神、ソレ関係の寺をご紹介。最後に、真面目な映画ふざけた映画、どちら見ますか、といわれて、真面目な映画、というと、カジュラーホ特集であった。栃木の誇る神社、金精神社。金山神社。 エローラは、これのちにやってきた異民族に切り取られたのだろうなあ。野菜ハワイ。 こいつは、痛そうだ。ニューギニア高地人、コテカ。本多勝一の本では、ゴサガだったと思う。お金持ちや大奥は、べっ甲。べっ甲は高いから庶民は水牛を使ったとのこと。子供に見せないように皿の裏、子供が見ないようなもの(使わないようなもの)は、堂々と。意味は、よく分からない、自分の身長の300倍飛ぶからか?これじゃあ、メスも痛くて嫌がるであろう。ぞーさんぞうさん、〇〇〇が長いのね~、そーよ、父さんもなーがいのよー。明治時代大正時代何でも熱心にシナから文化などを輸入してきた日本、聡明だったのは、纏足と宦官だけは輸入しなかったことだねえ。あとアヘンもか。朝鮮からは、シルクの高級品に描かれているものを展示。百手を紹介しているのだが・・・>これは、碁盤に乗っているだけだと思います。時代ですなあ。アクエリアスです。お土産もありますよ。男性のほうは本物だそうです。女性のほうは作り物だそうです。 その道訪問北海道 レトロスペース2札幌市洞爺湖の珍小島虻田郡洞爺湖町乳神神社浦幌町岩手県花巻温泉郷・金精長根花巻市コンセイサマ 遠野市福島県浄土松公園キノコ福島県郡山市新潟県金玉神社新潟市遊郭に泊まる・東光院・十上神社・岩屋山石窟佐渡島雲母神社関川村ほだれ祭1・ほだれ祭り2長岡市 雁田神社 上越市茨城県御前岩 那須川町栃木県門田縁切稲荷神社足利市性神の館・ 性神の館2宇都宮市日光東照宮横、輪王寺 観音堂 香車堂日光市群馬県迦葉山弥勒天狗寺沼田市縁切寺満徳寺太田市命と生命のミュージアム・ 命と生命のミュージアム2階・珍宝館 渋川市東京都オリエント工業1・オリエント工業2・オリエント工業3・オリエント工業4局部に宿る1・局部に宿る2・局部に宿る3・局部に宿る4渋谷区ロボットレストラン1・ロボットレストラン2・ロボットレストラン3・ロボットレストラン4・ロボットレストラン5・・ロボットレストラン6・ロボットレストラン7・ロボットレストラン8新宿区神奈川県金山神社祭り ・かなまら祭り2・かなまら祭り・かなまら祭り3川崎市静岡県最後のエンタメ系秘宝館熱海市伊豆極楽苑 ・伊豆極楽苑2 伊豆市まぼろしアート館1 ・まぼろしアート館2 ・まぼろしアート館3 ・まぼろしアート館4 ・まぼろしアート館5 ・まぼろしアート館6 ・まぼろしアート館7 ・まぼろしアート館8伊東市山梨県夫婦木大神甲府市長野県姥捨・澳津神社・岩鼻上田市愛知県間々観音小牧市高浜茶屋吉貴高浜市野間大坊 美浜町 大縣神社・田縣神社 犬山市石川県スッポン堂 加賀市和歌山県円月島・歓喜神社 白浜町京都府縁結び神社 ・縁切り神社・五条楽園京都市奈良県宝山寺、色町 生駒市大阪府バーレスク大阪1・ バーレスク大阪2・バーレスク大阪3・バーレスク大阪Ⅰ・ SMクラブ潜入 ・メイドカフェ潜入・滝井新地 ・松島チョンの間大阪市橋本遊郭跡 枚方市兵庫県 なぞのぱらだいす1・ なぞのぱらだいす2・ なぞのぱらだいす3 ・芝右衛門狸、キティ 兵庫県淡路島岡山県軽部神社総社市金勢大明神赤磐市金精神社 高梁市島根県玉造温泉の珍宝石さん、八重垣神社松江市香川県お花権現、林下寺1みよし町愛媛県 凸凹寺宇和島市広島県阿伏兎観音福山市喫茶伴天連東広島市山口県マラ観音長門市福岡県鬼塚観音 岡垣町縁切神社 福岡市不思議博物館1 ・不思議博物館2 那珂川市男根岩 八女市長崎県木花咲耶姫神・雲仙大仏別院いのりの里 長崎県雲仙市壱岐 男岳 男獄神社・壱岐 男岳 賽神社・壱岐 島沖の島壱岐島愛の駅諫早市佐賀県鏡山道祖神・太閤一里塚 佐賀県唐津市秘宝館 ・秘宝館2 ・秘宝館3 嬉野市大分県秘宝館 、秘宝館2 、秘宝館3大分市熊本県七郎神和水町 潮神社(おっぱい神社) ・賽神社(だんこん神社)湯前町柴立姫神社 球磨村弓削神社龍田町弓削法皇社弓削町おっぱい岩 ・おっぱい岩再訪天草市宮崎県鵜戸神社・鵜戸神社再訪1 ・鵜戸神社再訪2日南市陰陽石・陰陽石再訪1・陰陽石再訪2・陰陽石再訪3小林市鹿児島県子授け岩日置市三角関係岩ウエルカメ与論島小山神社屋久島韓国ラブミュージアム・ラブミュージアム2・ラブミュージアム3ソウル女郎街釜山 済州島ラブランド ・ラブランド2 ・ラブランド3 ・済州島 健康と性の博物館 ・健康と性の博物館2・健康と性の博物館3 ・済州島 ワールドエロスミュージアム 済州島タイスイスホテル裏バンコクシンガポールゲイラン地区デンマークエロティカミュージアム コペンハーゲンチェコセックスマシーンズミュージアムオランダソドム街飾り窓・ソドム街飾り窓2・セックスミュージアム・エロチカミュージアム ・エロチカミュージアム2 ・ソドム事情・2018レッドディストリクト
2016.12.01
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