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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて3週間。つまり、両腕と右膝を除く全身の好転反応が出始めて1ヶ月。仰向け寝も定着し、だって横向きができないのだから仕方がない。なぜか早起きになった。いつに間にか頭皮と眉毛が分厚いかさぶただらけで、びったりとこびりついている。第2ステージへ突入か?両腕と右膝の湿疹は、どうやって治ってゆくのか想像もできないほど、けがをしたようだったが、ちゃんと治ってゆくのだなぁ。黄色い汁も激減する。ただ、疲れを感じるようになってきて、正直、風呂場へ行くのも夜お布団へ入るのも億劫な時がある。全身湿疹だけど、特に両腕、耳の周辺、頭皮、首、手、脇、股、肘と膝の内側、右膝、がひどい。毎日の掃除機が欠かせない。爪も伸びないようにまめに切る。それにしても、毎日毎日寝ても覚めても、多量の汗をかきながらの湯治。どこへも行かず、半身浴ばかりして、我ながらよくがんばっていると思う。焦らずじっくり「自分の心身と向き合う」という鍛錬。唯一家を出るのは図書館へ行く時だけだが、週に1、2回だけ、しかも図書館滞在時間3分というなんとも外出と言い難い外出のみであった。引きこもり甚だしい。
2016/10/31
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて2週間と半分。少し良くなったかと思えばぶり返し、一進一退を繰り返す。なぜかまた両肘は付けず。右膝は曲げたり伸ばしたりするからなかなかかさぶたにならずジュクジュクしたまま。黄色い汁が出て服とひっつく。今は相変わらず両腕と、そして手首から先、足首から甲、耳の後ろ、脇、股、首など皮膚の弱いところの湿疹がひどい。朝起きれば必ず指に水ぶくれが点々と増えていて、パンパンに張ったものほど、痛むずがゆい感じ。足の甲は、お風呂上がりにひとしきりかく。めがねを耳にかけるところから多量の黄色い汁が出る。目やにだけは激減する。ただ、半身浴をしているから新陳代謝がすごいのか、乾燥するのもものすごく早い。ようやく、夜に少し眠れるようになってきたが、寝ても覚めてもお風呂に入っているので、お風呂が夢にまで出てきてうなされる始末だった。半身浴をしていると、気付いたらお湯がうっすら白く濁っている。埃のようなものも多量に沈んでいて、私の体内から老廃物が出ているのがわかる。猛暑が収まる気配なし。ネットは便利だ。出かけなくても必要なものが買える。出かけないから写真が撮れず少し寂しい。半身浴の排毒の威力は凄まじい。プツッとできものができた時、半身浴をしない時と比べて治りは3倍速になる。お風呂で寝るのは結構気持ちいい。肘を置くことができない。右膝もひどいから湯船でも立て膝のまま。特に膝は曲げたり伸ばしたりするからなかなかかさぶたになってくれないらしい。
2016/10/30
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「書」これだけ美術館へ通い詰めているのに、私は「書」にはまったく興味がない。母は書道教室を開くことができる免許を持っていて、幼い頃から墨と硯がいつも机の上に用意されている中で育てられた。今でも何の気負いもなしにはがきの宛名書きをしたり、部屋にもいくつか母の書が飾られていたりして、それだけ書けたらさぞかしいいなとは思うのだが、悲しいかな私にはこれっぽっちの才能も興味の欠片もないので、美術館でサラサラと達筆で書かれた巻物や俳句などを見ても、素通りなのである。これは別に全く以って反面教師とかいう訳ではなく、素直に私には良さがわからない。というか、何と書いてあるのかそもそも読めないし。何を基準にしてこの書が良いのかいまいちなのか、本当にわからないのであった。黒猫ちゃんが3匹もいましたよ♪
2016/10/29
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趣味生活、再開♪半身浴生活を始めて3ヶ月が過ぎ、やっと以前の生活が戻ってきた。ずっとエッセイばかり読んでいたが、私にとってエッセイは決して知識を身につけるとか感性を養えるとかいう類のものではなく、へ〜、ふーん、とは思うけどテレビと同じく娯楽である。この度やっと湿疹が治まってきたので、ようやく小説を借りた!手始めにページ数の薄ーい比較的短時間で読めるものを。本当は、数冊にも及ぶ分厚い小説の世界に数ヶ月かけてどっぷりと浸ることが好きだけど、今の私にはまだ少し重過ぎるような、あまりに長編小説だと気持ちまでもが暗く沈んでいって這い上がって来られないような、そんな気がしたからだ。初めの数ページを読み、この新しい小説を読み始める時の醍醐味に浮かれている。まず、なかなか登場人物やその背景が把握できず、ハテナと頭を悩ませながら何度も何度も読み返し、紙芝居のように一枚一枚頭に描き組み立てるまでの作業。そして、語り手の人物描写。朧げながらも自分の中でその世界観が完成すると、次のページへと読み進めていく。そう、小説とはこれなのだ。この最初の、どんな物語が始まるのだろうとウキウキワクワクと心踊る瞬間と言ったら!エッセイではこの醍醐味は味わえないのである。やっと小説が読めるようにまで回復したことがとてもうれしい。先日はなんと映画も観に行き、また私の趣味生活が再開してきた♪今まで以上に感性に磨きをかけていきたいな。でも焦らず少しずつね。蛙さんまだ3匹いますよー。
2016/10/28
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて2週間。夏真っ盛り。暑さが体力を奪います。たかが除湿、されど除湿、除湿がないと暮らせない。ようやく両肘が付けるようになり、ごろんと横になって右肘を付いて頭を抱えてテレビを見てみる。なんと!こんな体勢ができたのはいつぶりかしら!?ただ、少しずつ黄色い汁が減って乾燥してきたので、とにかくかゆい。かゆくてかゆくてかゆくてかゆくて、夜は眠れる気配なし。夜中中、ずっと、ずーっとボリボリとかいている。布団の上は砂漠の砂のような皮の海。仕方がないから、夜の睡眠は諦め、ボリボリとかき続けることに徹し、昼間の半身浴中に寝ることにした。家の中で得体の知れない物体が落ちていたら、それは間違いなく私の皮膚から剥がれ落ちた巨大なかさぶたなのであった。朝起きてベランダからひとしきりシーツを叩くと、その砂のような皮が風に乗ってお隣さんの車の上に降り注ぎ、本当に、申し訳ない、と思う。まさに脱皮。正念場なり。でも、大丈夫、高校生の時はもっともっとひどかったから耐えられる。顔の腫れは引いてすっきりして、心なしか輪郭がシャープになったような。顔の湿疹そのものは、年末の時よりも遥かに遥かに楽。両腕と右膝が顔の肩代わりをしてくれたのか?(のちに調べてみると、ちょうど湿疹が出ていた両腕の箇所が、顔の湿疹に効く「ツボ」の箇所だった。)両腕と右膝の湿疹は、湿疹というよりケガに近い。もしこれが顔に出ていたとしたら、この好転反応を乗り越えることは決してできないと断言する。耳の後ろから黄色い汁が出てきて頭を横にすることができず、仰向けで寝るしかない。私は常にうつ伏せ寝か横向き寝だった。頭皮全体ともみあげのかさぶたが分厚く、取れる気配がない。どうせ夜もまともに寝られないから、お風呂でうたた寝する。1回につき1時間半〜2時間の半身浴、それを一日に2回繰り返す。さらに寝る前の入浴。私の場合一度に長時間入ると疲れてしまうからね。ただ淡々と続けた。出ていないのは足の裏と手の平のみ。手の指は、全指、おびただしい水ぶくれに覆われ、一回り大きく腫れている。お布団に多量の皮が落ちて、お皿に盛ればおそらくこんもり盛り塩ならぬ盛り皮?ができるほど。夜かさぶたがかゆくて本当に眠れない。
2016/10/27
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一時中断来月は私の誕生日月です。毎年誕生日月には、市が行っている健診を受けるようにしてきました。血液検査や尿検査など内科で受けられる一般的な健康診断、歯科検診、隔年の産婦人科検診の3つ。30歳から可能なので、律儀にかれこれ6回ほど受け続けたでしょうか。ただ、歯科検診に関してはこれとは別に定期検診を受けるようになったので、除外します。ということは、健康診断と産婦人科検診。一応受けておくと気休め程度ですが安心するからと思い受けてきましたが、今年からはなんとなく止めようかと思っています。そんなに必要ないかもしれないとふと感じたからです。私にとって健診よりもやるべきことは、日々自分の身体と向き合って心を正し、冷静な自己管理に努めることかなと思います。
2016/10/26
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて1週間。月日がなかな流れません。一日がとても長く、退屈極まりない。寝て起きて半身浴、しかもとても疲れる、それしかない毎日だった。朝起きた時の顔の腫れは5倍増し。目が開かない。普通目と鼻の間の凹にめがねを置きますが、腫れ過ぎてお山のように盛り上がった凸にめがねを置く。半身浴をしたり何なりをしていたら、2倍増しぐらいに落ち着いてくる。夜寝る直前が一番腫れが引いている。そしてまた朝5倍増しになっている自分の顔とご対面。この腫れはなぜか数日で解消する。その後は毎日2倍増しの顔で過ごす。そして、朝起きた時の目やにがものすごい。
2016/10/25
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光と影みな同じように平等に太陽の陽を浴びて、そこに影ができる。人には、その太陽を見上げて満面の笑みで自立している人と、その太陽に背を向けて影に目を落としている人とが、いると思う。
2016/10/24
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瓜二つが二つもんたともんじは双子なのにまったく似ていません。骨格も、目も鼻も口も見事に違い、お揃いの服を着ておらず別々の大人に手を引かれていたとしたら、おそらく双子だと、いえ兄弟だと気付く人はいないのではないでしょうか。ところが、おばさん、ついにこの度似ているところを発見しました。それは声!まだまだ赤ちゃんの頃は泣き声もまったく違ったのに、なぜか今は瓜二つという声質をしています。いえ、何かの言葉を発すると微妙な発音が違ったりするのでわかるのです。そうではなくて、例えば「あ」と言った時の声の質。本当にそっくりで、耳をダンボにして全神経を集中させてもおばさんには難解問題なのです。それを妹にさりげなく聞いてみたところ、もちろん違いはあるけど、母親である自分でさえも区別できない時があるとのこと。ほら、やっぱり!!ピアノから遠ざかって久しいけど、まだまだ私の耳は衰えていないようですよ(笑)こんなに違う双子なのに、唯一似ているところが見つかって、なんだか妙にうれしい気分になったおばさんでした。ところで、私ともんじの顔も瓜二つ。びっくりするほど自分でもよく似てるなーと思うのですが…。
2016/10/23
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自分治療「更新」のお話ご存知のように私はこれまでありとあらゆる不定愁訴を抱え、自殺願望を抱き、さらにはアトピーに花粉症に難病患者です。この湿疹は、積年の溜め込んでいた内臓から出ている毒らしいのですが、なんだか得体の知れない宇宙人のようになっていました。黄色い汁や膿にまみれる両腕と右膝は、湿疹が出始めて2ヶ月ほど経った頃の7月前半がピークでした。それがだんだん少なくなってきて、カリカリのかさぶたになりました。アトピーの湿疹とは明らかに違い、今まで見たこともない経験したこともない湿疹です。年末の湿疹もそうでしたが、やっぱりこれは「冷えとり」健康法による好転反応の毒が出ているのだと改めて納得しました。と、両腕と右膝のピークが過ぎたところに、またしても顔と首、手首から先、足首から先、と末端に湿疹が出始めるようになりました。ついに恐れていた顔です。そしてあっという間に全身が湿疹に覆われました。人間みな一枚皮なのだから、おへそや鼻の中や耳の中までもです。でも、もう出るものは仕方がないし、これは体調が悪いのではなくてむしろ体調が良い好転反応なのだから、乗り越えさえすればまた一歩健康へと近づくのだし、とあれこれ考えながら(でも悶々としながらも)腹をくくり、薬に頼ることなく、もう一度おそらく過酷になるであろう湿疹と向き合うことを決意しました。どうせ酷暑なので、お散歩などできるはずがなし、幸い仕事もしていないし、だったらもう今向き合うしかないのです。延ばし延ばしにしても結局は訪れる道。逆に考えると、これは仕事もしていない私への最大のご褒美です。きっと今仕事をしていたら皮膚科へ直行ですもの。どれぐらいの期間がかかるかわかりませんが、どうしても限界が来たらまた皮膚科へ行くと決めて、少しの間修行僧になりました。でも、不安という感情はほとんどなく、むしろ毒を出し切ろうという前向きな気持ちの方が遥かに大きかったです。年末に一度目の湿疹が出始めた時はあまりに驚き、ひるみ、心と身体の準備ができませんでした。今から思えば、真っ向から立ち向かう気力よりも、「俗欲」たるものがたくさんあったように思います。◯がしたいとか、◯に行きたいとか。◯しないといけないとか、そういう変な決め事もあったことも確か。一応湿疹の好転反応を一度体験していたので、今回は顔に5日間ほどだけステロイドを塗って一時的に好転反応を止め、その間にしておかないといけない雑用や、行っておきたい美術館や映画館などへ行っておいて、本もたくさん借りておいて、(体には良くないけどおいしいものもたくさん食べて)、いざ湿疹に備えました。この間、いつもより厚めにファンデーションを塗って隠したりしましたが、それには追っつかないほどの私の新陳代謝のすごさに、やっぱりこれは向き合うしかないということなのだと悟った所存です。いえ、これだけ身体が良くなったからこその、喜ばしい好転反応なのだから。7月20日頃から、一時的に塗って湿疹を止めていた顔のステロイドをやめると、徐々に徐々にじわりじわりと湿疹が吹き出てきました。どうせ家で座って本を読んでいるのなら、その時間に半身浴をしようと決め、一日をほぼお風呂場で過ごす日々。夜の入浴も含め、一日最低1時間、長ければ計5時間ほど湯船に入っていたのではないでしょうか。幸い夏だから寒くもなく、比較的すんなりとお風呂場へ向かうことができました。無理矢理湿疹をステロイドで止めていた数日間に、顔をほぼ覆い隠す大きめの帽子も購入しておいたので、その帽子をかぶって図書館で本を借りることだけをして、運動不足にならないようにスクワットをしたりしてただひたすらに湿疹と向き合いました。特にひどかったのは、まず両腕と右膝と、体の末端。首と顔と頭、手首から先、足首から先と人目に触れてほしくない場所に出ました。でも結局あれよあれよという間に全身に広がっていったので、もうどうにでもなれという心境に近かったです。これは好転反応なのだ、身体が良くなる前に一時的にひどくなるだけのことだ、これを乗り越えたら輝かしい「ステロイドを断った」という皮膚に出会える!そう強く自分に言い聞かせて挑みました。ただただ母には感謝です。一日中じっとお風呂にこもる娘、湿疹はびっくりするほどひどい、それは心配だったと思います。私はなんだかんだ偉そうなことを言っても、結局母には頭が上がらないのです。毎日母のおいしい手料理に励まされ、特に愚痴を言われるでもなく、ただ淡々と時が過ぎていきました。私はこうやって実家にいて仕事もしていない身だからこそできたのです。仕事をしていたり、一家を担う主婦であれば好転反応と向き合うことはできなかったでしょう。母のためにもがんばろうと思いました。思いの外、お風呂場は快適でした。昼間からお風呂に入るとはなんとも贅沢なことであり、さらに下半身が温まっている状態だととっても気持ちがいいので、心がささくれ立つこともありません。暑い、汗が出る、というだけで神経は立つので、この神経難病を抱えている私にとっては楽園でした。それまでも毎日夜には1時間近く半身浴をしていたのですが、改めて半身浴の威力を知った日々でもありました。ただ、ずっと湯船に浸かっているだけではやっぱり退屈で仕方がなく、読書と言ってもそうは読めません。映画のダウンロードも考えましたが、積もると結構な出費になるので、結局小説ではなく普段読まないようなエッセイを読んだりしているか、ぼーっとしているか、うたた寝をしているかとなり、でも、不思議なことに美術館へ行きたいとかカフェへ行きたいとか、そういう欲求はまるで生まれてきませんでした。今となってはそれだけ好転反応と向かい合うことを覚悟していたと思われ、精神の軸もどしんと座っていたようです。結果、図書館以外は本当にどこへも出かけない夏を過ごしました。
2016/10/22
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自分治療「更新」のお話4月か5月だったか、今回の好転反応のきっかけは右の腕の外側にできた直径10cmほどの湿疹からでした。年末の一度目の経験を踏まえ、もしや好転反応か?とは思いましたが、それほど気にすることもなく、でもやっぱり少しずつひどくなっていったので、これは正真正銘好転反応だと確信したことが始まりです。その後、左の腕にも出て、右膝にも出て、夏本番になると汗もができたりもして(汗もは好転反応ではないと思い込みステロイドを塗っていましたが、汗もも好転反応の症状らしいです)全身の湿疹に広がっていった、と、ざっとそういう経過でした。誰しも幼い頃にすってーんとすっ転んで膝小僧に大きな傷を作ったことがあるかと思いますが、右腕はまさにその傷跡のような大きな湿疹でした。私の場合は、かゆくてかゆくて掻きむしったことによる。さらに左腕と右膝にも同じ種類の湿疹が出、これがまたちょっとやそっとのかゆさではなく、皮膚のもっと奥のもっと深層というか、ただ皮膚の表面だけがかゆいようなそんなかわいらしいものではなく、何と言えばいいのでしょうか、もう骨の髄からかゆい感じなのです。そして、初期の、ふつふつと湧き出てくるような膿から放たれる悪臭の臭いことと言ったら。そして、7月半ばからは全身にも湿疹が出始めたので(腕や膝よりは遥かにマシな湿疹でしたが)、3ヶ月は覚悟の上での怒涛の半身浴生活が始まります。半身浴の威力を身に染みて実感している今、一度目の年末の好転反応の時、もしかしたら半身浴をしていたら乗り越えられていたかもしれないと思わなくもないですが、あの時はあの時で、もし半身浴をしていたとしても心が好転反応に付いて行けず、結局皮膚科へ直行だったと、今はそんな風に振り返ります。さて、その半身浴の排毒促進力は半端なく、当の私本人が一番驚いている次第でありますが、目に見えて積年の溜まりに溜まった毒素が体から出ていく実感は、とても貴重な体験でした。正直、辛かったです。泣きたかったし逃げ出したかったです。でも、いつも嫌なことがあれば逃げてきた自分を顧み、これを乗り越えなければ未来はないととくと自分に言い聞かせて、泣き言は言わずここまで耐えました。何が原動力だったか ー それは、体を今よりも少しでも治したいという強い意志、その一言に尽きます。MSを経験しているからこそ、日に日に歩けなくなっていくというあの苦しさだけは、もう絶対に絶対にあってはならないのです。実は今日で半身浴を始めて3ヶ月なのです。まだまだ湿疹は出ているので、完治まではほど遠い道のりですが、ようやく自分なりに目処が付いてきて、覚悟していた期間をなんとか耐えたしるしとして、好転反応記録を綴り始めます。大変ご心配をおかけしました。ただ、不快感が呼び起こされる表現も多々あるかと思うし、また、とてつもなく長い日記にもなりますので、必要のない方はスルーしてくださいね。さぁ、MS発病後、左側の片側(へんそく)顔面痙攣に続くの最大の試練、二度目の好転反応日記スタートです。無事に完治して<完>と書けるでしょうか。それはまた、一体いつになるでしょうか。よろしくお願いします。
2016/10/21
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あゝ、諸行無常の響きあり毎日半身浴をしていた8月に、地元の石窯で焼いたパンがそれはそれは美味なパンカフェが閉店していた。まさかの事態にショック極まりない。私は特にそのパンを生地にした野菜がどっさり乗ったピザが大好きだったのに。マイカフェランキングベスト10に入っていたカフェだったのに。あゝ、諸行無常の響きあり。へへ。久しぶりにねこちゃん撮れた♪きれいきれいお風呂タイム。そしてアキヲがいたー!超豪邸に住むアキヲのカメラ目線したり顔(笑)
2016/10/20
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第九十八回「私、社会復帰できますか? 」建築中だった裏手の一軒家が完成したらしい。しーん、しーんと静か。作業をされていたみなさん、お疲れ様でした。少しゆっくり体を休めてくださいませ。(2016.9.30. 14:30)
2016/10/19
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泳ぎたい私、幼い頃から体は弱かったけど、決して運動ができない訳ではなかったし、嫌いでもなかった。女の子がするようなお人形さん遊びではなく、鬼ごっこなんかをして走り回るのが大好きだった。体育の時間は結構楽しみにしていた。逆上がりと側転は誰よりも早くできた。水泳も習っていて、全種目習い終えて卒業もした。ただ、球技だけはまったくびっくりするほどできなかった。ドッチボールなどはただコートをぐるぐる走り回って逃げていただけだったし、サッカーやバスケットはボールが近付いてきただけで動揺する始末だったし、ボールをありったけの力で投げてもそこにポトリと落ちる。本当に誰が見ても音痴だった。と、今年はオリンピックを少々たしなみ、お恥ずかしながら触発され、なんだか私も泳ぎたくなってきたのであった。泳ぐのって気持ちいい。1時間ぐらいゆっくりとただただ自由にイルカのように泳いでいたい。全身運動だから代謝が良くなりそうだしね。もうちょっと良くなったら泳ぎに行くのもいいかもしれないな。
2016/10/18
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第九十七回「私、社会復帰できますか?」 家のすぐ裏手に一軒家が建築中なのだが、予定よりも進行が遅れているのか、土曜日も日曜日も祝日も含めみなさん現場で13時間も働いている。しかも、猛暑や台風に見舞われながらの屋外での作業。聞こえてくる声や携帯の着信音はいつも変わらないから、同じみなさんだと思うんだけど、一体何連勤しているの?そんなに働いて体は大丈夫なの? (2016.9.17. 21:00)
2016/10/17
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mちゃん家の事情妹の幼なじみのmちゃんを覚えておられる方はいますでしょうか。旦那さんの不倫が原因で離婚調停にまで発展したあのmちゃんです。現在実家でお母さんと息子と3人で暮らしているのですが、実家が引っ越しをして、なんと今我が家から徒歩10分ほどの目と鼻の先に住んでいるのです!ということで、この間泊まりに来た時にもんもんと3人で遊びに行ってきたそう。ところが、妹はなんだか浮かない表情です。というのは、実はmちゃんの息子、障害があるらしいのです。息子はもんもんの一つ年下なので、今2歳。異常なほどまでの攻撃と多動で、顔は無表情、もんもんが会って早々こっそりと「怖い」と言い出したので、長居ができずにすぐに帰宅したと言います。ごたごたがあった家庭環境も多分に影響していると思うけどこれは障害だ、と言い切る妹。もちろんmちゃんは大切な友達だからどうにか手助けしてあげたいと言いますが、なんだか大変そうな子育てになりそうな予感が襲います。お母さんが看護師さんなのでなんとか家計は成り立っているようですが、mちゃんは息子の状況を見ると仕事に復帰するのは難しいようで(保育園など)、かと言ってこのままずっと働かない訳にもいかず、日本の現状では厳しそう。まさかの、たった数年の間に、mちゃん家がこんな事態に発展するとは誰が想像したでしょう。だって、私も、それはそれは幸せそうな笑みを浮かべるmちゃんの結婚式の写真を見せてもらいましたもの(にもかかわらず瞬時に離婚を言い当てましたが)。私の地元の友達も、交際相手からDVを受けていたのにもかかわらず結婚して今子どもが二人もいるし、人生とはなんとも先が見えず儚いものですね。私もmちゃんを幼い頃から知っているので、雨にも負けず風にも負けず息子と共に穏やかに健やかに生きていってほしいと、心から思います。
2016/10/16
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ど真ん中現代の社会問題にばっちりと当てはまっている私。自分はそんなことには絶対にならないと大股広げてしゃくしゃくと余裕をこいていたのに、気付けばそのど真ん中にいるではないか。間もなく36歳で仕事もなし、独身実家暮らし、難病持ち、性格に問題あり、社会性ゼロ。ふふ、なんだこれは。もう笑うしかなくなってくる。ところで、このブログは一体どんな方が読んでくださっているのでしょう。この上なく地味だし、内容も暗いし、おもしろ味なんてゼロを通り過ぎてマイナスだし、題名が題名だけに同じ病気の方が多いのかなと推測しますが、もしかしたら私のようにいつも心の奥底に消えない闇を抱えておられる方でしょうか。もしそうであれば、良い意味で宿り木になれたらうれしいなぁ。どんどん宿ってくださいね(笑)
2016/10/15
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きっと、きっと。先日、数少ない服をささっと衣替えしたのですが、そのついでに、保管していたステロイドやら以前もらって残っていた風邪薬やら目薬やら、とにかく「薬」と名のつくものは思い切ってすべて捨てました。金輪際、薬と、いえ、医者と縁を切ります。もちろん自分の将来の為とは言え、ここまでいろいろな犠牲や制限や欲望を払ってまで耐えに耐えている好転反応。好転反応とは良くなる前に一時的に悪くなるというものですが、想像以上に過酷で精神的にもかなりのストレスがかかっていることは否めません。体内から長年の毒を出す、つまりステロイドを抜くことはこんなにも大変なのですね。誰を、何を責めるものでもありませんが、だからこそ、この経験を絶対に無駄にしたくありません。目に映るのは明日の私のみ。過去を振り返ることはしないし、もうその次元を生きていた私は卒業しました。今の私は、新たなステージへと階段を昇っている途上なのです。明日へ向かって。1年後へ向かって。きっと、きっと。
2016/10/14
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子どもとは、ある男女が出会う。恋愛関係になる。「じゃあ、結婚しよう」は、辛うじて、辛うじて理解できていた。当たり前のように、「じゃあ、子どもを作ろう」は、心底理解できなかった。だけど、身近な妹夫婦という存在を見ていると、やっとその長年の疑問が解せたような気がする。でも、それは、私にとって、ますます理解できない、闇夜に針の穴を通すような難問になっただけだった。
2016/10/13
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日日是好日友人との会話中に、情緒不安定なのか、更年期障害なのか、急に感極まって泣き出したくせに、数分もすると息を吹き返したようにころりと復活して陽気にしゃべり出すおばさん。こちらはまだ昼間は半袖で十分歩けるのに、ブーツにフード付きロングコートを着てタオルでせっせと顔の汗を拭うちょっと太めの女性。観光客(おそらくヨーロッパ人)のカップルが夫婦ゲンカしたのか、道のど真ん中で喚き散らしているそばかすがかわいらしい巨体の妻と、鳥の足のようにか細い夫。カフェのテーブルで頭を突き合わせ、一見いじらしく泣くどこからどう見ても40代女性と、おそらく若い女の子と浮気したらしい20代男性カップルの修羅場。世の中はそんな人たち中心に回ってる。平和だー。日日是好日。
2016/10/12
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赤い傘以前もこのブログに綴ったのですが、傘屋さんに長い雨傘を設えてもらいました。布選びから始まり、持ち手や留め具まですべて完全オーダーなので、世界に一つだけの私仕様の傘です。少し気持ちがどんよりしてしまう雨の日も、素敵な相棒が身を守ってくれるので、雨の日のお出かけも楽しくなりました。さて、遡ること5月。実は、折りたたみの雨傘もオーダーしていたので、先日妹ともんもんが泊まりにきていた日に取りに行ってきました!やっぱり長い傘だけではいろいろと不便なこともあるので、折りたたみの傘も設えてもらおうと決めていたのでした。ところで、何色の傘だと思いますか?なんと、正解は赤!赤と言えばこれと誰もが想像する鮮やかな真っ赤です。私は、基本的に服やかばんなどの持ち物は本当に地味で、色柄のない無地の無難なものばかり。色味も白黒グレーベージュぐらいしかありません。今の私の中で最大の「派手」はしましま柄なのです(笑)それを傘屋さんの奥さんに相談してみたところ、意外にも赤なんかどうですか?と言われ、ふと赤い布を鏡を通して当ててみたところ、思いの外自分に馴染んでよかったような気がしたのです。まさか私が赤い傘をオーダーすることになるだろうとは思ってもみなかったので、かなり時間をかけて悩んでしまったのですが、傘なら派手な色のものでもすんなり持てそうだし、何より雨の日だから逆に持ちやすいような気がして、思い切ってお願いしました。そんなこんなで待つこと4ヶ月。完全に手作りなので、焦ってはいけません。忘れた頃に知らせは入るものなのです。わーオーダーしていた赤い傘だー♪隅っこに小さく入れてもらった刺繍のイニシャルのNがなんとも愛おしく目に映ります。頭の上に広げてみると長傘と同じ大きさになるので、大雨でも私をしっかりと守ってくれそうです。そして、差してみると意外としっくりした赤。とても新鮮で、まさかの新発見でした。余談ですが、日傘は違う傘屋さんの手作りの折りたたみを使っているのですが、ずっとHPの更新が途絶えていたので、もう営業されていないのかもしれないと残念に思っていました(今はまた更新されています)。そんな折、なんと日傘の生地が大きくぱっくりと裂けてしまい、生地の張替えをお願いできないかと問い合わせたところ、快くオッケーとお返事をもらえたので、さっそく修理に出しました。何と言ったって、日傘はアトピーの私にはなくてはならない夏の相棒です。丸々5年使っていたらしく、そりゃあ痛んできますよね。私仕様の傘が3本。これからも、壊れたら修理をお願いして、末長く愛用していきたいと思います。こうやって愛着が沸いてくるのはとってもうれしいものです♪
2016/10/11
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ふたごのケンカこちらに泊まりに来ても、家にこもりきりでは退屈だし、何せ動いていないと疲れないからどこかへ行きたいということになったのですが、母は家で掃除やら洗濯やら食事の支度がしたいからと拒否し(そりゃそうです)、白羽の矢が立ってしまった私(私しかいないか)。妹のじっと射るような目付きが私にぐっさりと突き刺さり、付き合えよと脅されているようで怖くて断れず、久しぶりにお世話係出動しました。妹の運転する車で、近所のちょっとしたおもちゃで遊べるスペースがあるカフェへ。二人は大喜びで遊んでいましたが、案の定おもちゃの取り合いのケンカに発展してママに叱られて帰宅するはめに(苦笑)男の子にしては大人しい方だとは思いますが、でもやっぱり男の子は男の子、もうしっちゃかめっちゃかですよ。結局もんたが泣いてママに抱っこしてもらって、私がもんじをなだめて言い聞かせて、1時間半ほどのお出かけは終了しました。でもまぁ、なんだかんだで結局楽しめたからよかったのですけれどね。昨日はもんじがもんたの腕に噛み付いたそうで…。その内決闘でもするんじゃないでしょうか…。
2016/10/10
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りんごやさんとバナナやさんとパンやさん昨日と今日、妹がもんもんを連れて泊まりに来ると言うので、私は出かけていました。ちょっと行きたいところがあったかったから、ちょうどよかったです。妹は常日頃疲れているからリフレッシュできたようで、もんもんは旅行気分。たまには旦那さんと現実から少し離れるのも必要なのでしょうね。と、その分母は大忙し。荒れ狂う部屋はやっぱり夜逃げの現場のようでした…。さて、もんもんは一段としゃべりが上手になり、成長の早さに驚くばかりです。3歳、なんでも吸収する時期ですね。ひたすら何かしゃべっています。先日3歳検診を受けたそうですが、先生「お名前は?」もんじ「◯◯もんじです!」先生「はい、良好っと…」しっかり受け応えもできるようになりました(笑)もう大人と同じだけしゃべるもんだから、こちらはタジタジですよ。もんたはお歌が得意で、将来はりんごやさんとバナナやさんと体操のおにいさん(NHKおかあさんといっしょの)になるそう。もんじは料理が大好きで、将来はパンやさんになるそう。「じゃあ尚買いに行くね」と言うと、「あげる」と言ってくれました。私は「なお、なお」と二人から連呼され、かなりの人気者です(笑)まだオムツはしていますし、ケンカは絶えないですけれどね。おばさん、元気なもんもんに会えてよかったわ。
2016/10/09
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第九十六回「私、社会復帰できますか?」 以前の職場では、7時半にはもう出勤していたのだが、私よく働けていたなと思う。本当に私が働いていたのだろうか。朝から晩まで毎日毎日休みもなく。今となっては幻だったとしか考えられない。(2016.9.16. 11:30)
2016/10/08
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何あげる?まぁ、すべてが上手くいっているのでしょう。一軒家も買ったことですしね。新居が完成するまで、それはそれは夢が膨らむことだろうと思います。ただ、少々浮き足立っていて地に足がついていない妹家族ですが。今が一番楽しい時なのでしょうけれど、人生とは山あり谷あり、いつどこで何が起こるか…、もんもんが生まれた辺りからどうしてもその心配は消え去りません。とにかく全力で生き急ぎ過ぎだと思うのです、妹家は。さて、もんもんのお誕生日やクリスマスには絵本をプレゼントしていました。実は、絵本をもらっても妹家はそんなにうれしくないことにうすうす感づいていて、というのは、もんもんはテレビとDVDで育てられているから、特にテレビが大好きなもんたはずっとリモコン片手に「ディーブー(DVD)みたいよー」と言っています。もんじはもんたほどテレビに興味がないようですけれどね。いえ、絵本をもらってうれしくない訳ではないと思うのですよ。ただ、それよりも欲しいものが他にある、というだけであって、欲しくないと思っているとは思いません。私は、決してテレビを否定する訳ではないけれど、付けっ放しで見させておく、というそればかりはどうかという考えです。それは妹と旦那さんの教育方針であって、私などの部外者がとやかく言う筋合いはないし、良い悪いもないですが、まぁ仕方ないのでしょう。共働きで忙しくがんばっているのだから、ゆっくり家族団欒を楽しめるような時間などないだろうし、多少はそういう育児になるのも当然だと思います。それでも、そう感づいていながらも、私からのプレゼントはいつも頑なに絵本と決めていました。でも、相手が欲しいもの、喜ぶものを選んでプレゼントするということの方がお互いのためにもいいのではないかと気づき始め、次回からは絵本とDVDにしようかなと思っています。少し自分を省みてみました。自分に置き換えて考えてみると、そりゃあ欲しいものをもらえた方が断然うれしいですもの。なかなかプレゼント選びも難しいですね。もんもんを思えばこその悩みなのでしょうけれどね。
2016/10/07
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我慢ばかりが美徳ではない「運動や身体的なメンテナンスも大切ですが、それよりも心の運動やメンテナンスが、ずっとずっと大切だと思います」「邪気は、身体のどこに溜まるかというと、背中に溜まるといいます」「自然という、無邪気な存在は、邪気を流すことを助けてくれます」「十数年前から、「母なるもの」とは何かということを漠然と考えるようになった。(略)性別をこえた母である。そういうものってあるだろう」「朝、目がさめたとき、気持ちがほがらかでいられればそれでいい」「大量消費じゃいけない、昔の日本人が実行していた消費に戻ろう」「「ありがとう」も「ごめんなさい」も、相手の心にまっすぐ届くきれいな言葉で伝えられる人でありたいものですね」「ウールだけでなく、コットン、カシミア、革などの天然素材は、製品になってもなお、呼吸をしています」「彼は、自分の小舟が浸水しているのを知りながら、その浸水口を見つけもしなければ、捜そうともしなかった。ひょっとすると、わざと自分で自分を欺いていたのかもしれなかった」「死もまた人生の一部なのだ」「この老人は孤独に見える。しかし、その姿がほほ笑ましく見えるのは、私自身もその仲間のひとりであるからか」「直訳すると「よき死」となるのだが、それを「大往生」としては、おおげさになってしまうだろう」「妻の病状が思わしくなくなったとき、家族は覚悟したが、生涯の質(クォリティ・オブ・ライフ)を諦めるつもりはなかった」「満足こそ、贅沢」「生まれてくる家は選べない。親も、住まいも、町も、自分を取り巻く世界のすべては、好むと好まざるとに関わらず最初から与えられるものだ」
2016/10/06
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孤高の蛙さんまだ2匹の蛙さんがいる。「オレはここだぜ!」「オレだってここさ。」お互いの声で潜伏先を確認し合っているよう。それぞれが孤高であり、でもちょっぴり仲間を感じていたいかわいらしい2匹の蛙さんである。今年も晩秋まで声聞かせてね。
2016/10/05
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ふふふ。この間2ヶ月ぶりにお出かけらしいお出かけをして(喫茶店のモーニング)以来、ちょこちょことカフェへ行ってみたり、都会へ出てみたり(都会はやっぱり空気が汚れていますね…)行動範囲が広がっていたのだが、ついに今日は美術館へ行った!ざっと2ヶ月半ぶりである。ここ数年、月に4、5回は通い詰めていた美術館なので、ようやく行けたとホッとおいしいコーヒーを一口口に含んだ時のような安堵感である。うっとり幸せ♪久しぶりにランチも食べてきたよ!やっぱり私は美術館が好きだと再認識した。美術館へ行くと感性が刺激されるから、むくむくとピアノが弾きたくなったりもする。今日はたっぷりと英気を養い、また元気になれた。それから、やっぱり歩くことって気持ちいい。無条件に体が喜んでいるのがわかるし、血流がぐんと良くなるのをすごく感じる。体と相談しつつ、少しずつ趣味も復活していきたいと思う。(趣味に没頭していると、好転反応の辛さを紛らせてくれるという効果が多分にあるらしく。)でも、久しぶりの美術館でちょっと疲れてしまったみたい…。明日はゆっくりしよう。
2016/10/04
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価値観とは妹は、世間に流されることが大好きである。世間一般の考えが自分の考えになり、世間一般の考えが覆れば、妹の考えも覆る。というか、無意識の内にそうなっているのだろう。そうでなければ、あんなにたくさんの上辺だけの友達と付き合っていけやしない。決してはみ出してはいけない、細かい粒子で溶け込んで目立ってはいけない、世間のみなと同じことをしていなければならないという価値観が妹の生きる根本的な目標であるので、否が応でもそうならざるを得ない訳だ。○ニクロの今流行っているような、もう半年後には流行遅れになって処分されるような服を着、一日に2回も自分と同じ服を着ている人を見かけた、と言っている。でもなんだかうれしそう。私にはまったく以ってその感覚が理解できないが。私のある知り合いは、他人の行動や言動、服装などありとあらゆることに影響される。もっぱら女性はそういう類の生き物だと思うが、その影響のされようが半端ない。他人と自分自身を重ね合わせ、他人自身になりたがるのである。その特定のターゲットにした他人と自分と、価値観が「同じ」という言葉の遣い方をよくする。能無しの頭で考えたって、そんなことあるはずがない。次に会えば、前回に会った時の他人の意見がそのまま自分の意見となり、あたかもそれが知り合い自らの口から発せられた意見のような錯覚に陥るほど話しぶりは流暢になる。どうやら他人の言葉を一言一句記憶する才能があるらしい。服装や行動や習慣もしかり。何らかの理由により合わせられない価値観には、何もこちらは求めていないのに、あらかじめ言い訳が用意されている始末。さらに、なんと、抱えている悩みまでもが「同じ」と言う!ここまで来ると、それはもう特技である。ただ、残念なことに、知り合いはその事実にまったく気づいていないのであった。そうやって他人になりすまして生きることが当たり前になっていた結果、うつ病になった。そりゃそうだ。会う人会う人の価値観と自分の価値観が「同じ」だと勘違いして成り済ますのだから、いつまで経っても自分という人間がこの世に存在しない。私なぞは、世間一般からはみ出している方が多い。それは不登校や病気などの大きな経験をする毎に顕著になっていき、今後ますますはみ出していくと思われる。さて、どちらがいいか。別にどちらでもいいじゃないか。人生観はその人の自由だし、とやかく言う筋合いもなければ、とやかく言われる筋合いもない。自分の思った道を貫けばいい。だって、その人だけのたった一度きりの人生だもの。
2016/10/03
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醍醐味私は文章を書くことが好きです。このブログを始めてから、どんなことをしていても、例えば読書、お散歩、美術館など、いつもブログのことが頭の片隅にあります。今日は何について書こうかな。どんな文章にしようかな。これだという的を得た言葉はないかな。ここをこう表現したい。(本を読んで)そうか、こういう表現の仕方があるのか。この体験はブログに書かなくては!言葉遣いなど自分なりのルールも作ったりして、ますます簡素化されていく暮らしの中で、おそらくブログに関してだけを言えば珍しくかなり貪欲です。いつの間にかブログが日々の生きがいになっていました。と同時に、自分自身を見つめ直す場でもあり、このブログなしには成長できないと言っても過言ではないと思っています。私のささやかな夢は、文章を書く人になること。いえ、もう毎日書いていますが、そうではなく、僅かながらでいいから仕事になればうれしいなということです。でも、うーん、やっぱりそれはちょっとこの程度のレベルじゃおこがまし過ぎるし、これは呑気なブログだから楽しいのかなぁ。趣味で留めておく方が私にはベストなのかなぁ。もっと語彙や言い回しが増えたらいいな、とか、文章が上手くなりたいな、とか、ニュースを聞いていても文脈の構成の仕方なんかの方が気になったりして、向上心だけは人一倍あるつもりなのだけど。と、そんなことを考えるのも割と楽しく、我ながら呆れる次第です。ただ一つ言えることは、私の一人生において、文章を書くという醍醐味を見い出すことができて本当によかったということです。毎日ブログを書くのも、こんな拙い日記なのにお恥ずかしい限りですが、実は思いの外時間がかかって仕上げている日記もあったりするのが正直なところです。だけど、それでも書いているととにかく幸せな気持ちになります。面倒くさいと思ったことはないし、逆に書かないとむずがゆくなってくるのですよね(笑)そのきっかけを与えてくれたのは紛れもなくMSであり、MSには感謝してもしきれません。今の私は病気あっての私以外の何者でもないのです。
2016/10/02
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第九十五回「私、社会復帰できますか?」働き盛りの盛りの盛りであるこの年代を、仕事もせずにただじっと銅像のように固まったまま過ごした。年相応の熟しかけてきた器もなければ、地位も社会性もお金も何もないけれど、でも、「自分の心と体に向き合うこと」だけに関しては人一倍精を出してきたと自負している。以前よりも少しぐらいは人間としての深みが出てきただろうか。いや、それはまだまだ自惚れだが、仕事をするだけでは得られない、何か目には見えない、私なりの人として生きる上での確固たるものは、得られつつあるんじゃないかと、そう思う。(2016.9.5. 18:00)
2016/10/01
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