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Fly毎日毎日ここに日記を綴っている。書くという作業はそれはそれは楽しく、いくらでも書きたいことは思い浮かんできて、私の頭の中はいつも溢れるほどの話題でいっぱいだ。でも、自分の文章が好きだと思ったことはない。多少おこがましいが、年に数回だけ「今日はまぁ上手く書けたかな」と思う日はあることはあるのだが、一年三六五日のほんの数える程度である。それよりも、ここの表現の仕方はもっと他にないものか、とか、語彙にもっと幅があればな、など、少しでも今より高めたいと思う気持ちの方がついつい勝ってしまう。(おそらく言葉の遣い方もたくさん間違えてるし…。)ここだけの話、実はびっくりするほどの時間をかけてひねり出して書いている文章もあったりする。一方写真は、文章よりも遥かに「これは上手く撮れた!」と自己満足する機会が多い。写真は一年三六五日撮っている訳ではなし、それよりも大幅に少なく、決して上手い訳でもない癖に、写真に関してはなぜか私は自己満足度が異様に高すぎるようである。そして、さほど執着もなし。余談だが、好転反応が始まった為、半身浴生活になり写真が撮れない日々が続いたが、再開してからの写真は以前と少し変わったような気がしている。もちろん良い方へ(笑)文章も写真も私にとっては趣味である。でも、それらの違いは、「趣味は趣味だけど文章は趣味のままでは終わらせたくない」という強い想いがあるからだろう。どちらも同じぐらい本当に楽しい。私の日々の活力であると言っても過言ではない。ただ、写真はこれで十分満足、いや、文章はもっともっと上達したい。そこの差はとてつもなく大きいと思う。とは言え、今の私にはこれが精一杯だ。なるべく私が感じたままの心を、きちんとした言葉で素直にわかりやすく、私らしい文章で、をモットーに、でも向上心は常に忘れることなく、本も良い物をたくさん読んで、とにかく毎日休むことなく書き続けようと思っている。急には力は付くまい。でも、継続こそ力なり。夢はたとえ夢のままであったとしても、決して諦めることはありません。来年はもちろん現状維持が前提だけど、でもやっぱり少しでも羽ばたけますようにと願って。みなさん、よいお年をお迎えくださいね(^ ^)
2016/12/31
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【左側の顔面痙攣 エピソード279】それにしても、今年は事が大きく前進した。このまま行くと、物理的に来年以降は受給者証が取れないことになる(2017年のものは既に今年の夏にいただいています)。ということは、通院をする度に(私の場合年に2回だが)何万円という医療費を支払わないといけないことになるが、そんな額はとてもじゃないが支払えるはずもない。不思議なことに、「受給者証をいただけなくなったら自分で医療費を負担しなくてはいけなくなるではないか」という難病患者ならば当然生まれそうな怒りは皆無だった。私の頭は、うれしいという感情だけで一面埋め尽くされてしまった。(でも、年間にある一定額を支払っていないからといって受給者証を持てなくなるこの制度に関しては、一患者としてもう少し議論していただきたいと思う。)ということで、通院することもあっさりと止めようと思っている。主治医はこんな私の気持ちを知る由もなし。数年前から、いずれ受給者証を持たないMS患者になりたいと思っていた。私はありがたいことに再発という再発はしていないし(顔面痙攣は置いておいて)、発病した時、当時の主治医が予防治療はしなくてもいいのではないかという考えだった為、私もとっさに拒否したから、私の分の医療費を純粋にもっともっとひどい病気で辛い想いをしている方々に使ってもらいたいと考えていた。それに加え、普段の通院や受給者証を更新する際の書類更新や市役所などのもろもろの手続きの自分への精神的負担を軽減したかったこと、さらに私自身の病院や病気との向き合い方の考え方が自分治療を通して変わってきて、とにかく「一般人」になることを夢見ていたこと、が挙げられる。かと言って、じゃあすぐに行動に移せるかと言えばそうではなく、もちろんMS患者であることは間違いない訳で、日々再発の不安は消えることもなし、病院へ行かないことも受給者証を更新しないこともできなかった。もっと言えば、今こうして国から受給者証をいただいて医療費を補助してもらっている身なのだから、主治医の言う「研究」に協力することも義務かなとさえ思っていた。今の私たちは日進月歩の医学で成り立っているからである。でも、そうだとわかっていながらも、どうしても私の心がそちらを向かなかった。主治医との相性や予防治療云々ということ以前に(否、以前の主治医であってもそうだっただろう)、そんなものでは計り知れない私自身の心の問題であった。やっぱりこちらの方向は違う、というのが、その問いに対する私の心の答えだったのであった。この度、想定外の展開を見せ、来年以降受給者証が「持てない」ということが判明した。否、それこそが、私が心底望んでいた夢だったのだ。現実を無理に捻じ曲げることなく、自然に身を任せていたら、いつの間にやらそういう流れになっていた。ということは、やっぱりそうだったということである。受給者証を持った患者から外れるということだったのである。じゃあ、そうしよう。流れに乗ろう。知らない間に念願の夢が叶っているではないか。これだけMSに縛り付けられた約10年間からの解放。こんなにも身も心も軽くなるなんて。逆に言えば、こんなにもこれらが私には負担だったなんて。自分治療に励んできた日々がようやく報われ、証明されたということだと思う。今、改めて思い起こす日々である。私、このまま再発がなければ、外れるようです。おそらく来年に2度通院して終わりになると思われます。これからもMS患者には変わりないけれど、つまりはもう通院もしないし、もちろん予防治療もしません。長い歳月でしたが、この10年間という歳月は、奇しくも私を「健康にしてくれた」歳月でした。感謝というありきたりで使い古された言葉しか思い浮かびませんが、本当に心の底から感謝の念でいっぱいです。発病した時の絶望は今でも鮮明に覚えています。大声で泣き叫んだこと、何度も何度も真剣に死を考えたこと、世の中はなんて不公平なんだと思ったこと。あの時、私が10年後には「一般人」に戻れることを誰が想像したでしょうか。さぁ、新たな私が始まります。発病した時は第2章の始まりでしたが、これからは第3章を歩むようです。これからも精一杯精進致します。今年も一年ありがとうございました。
2016/12/30
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はいはい尚さんわかりましたよ「第六感」と言うと女性特有のしたたかさの妙が含まれている気がするので、私には「直感」や「勘」という言葉がしっくりくる。さて、昨今ますます勘が働くようになり、はいはい尚さんわかりましたよ、とそれに忠実に従うようにしている日々である。例えば、明日は◯の美術館へ行こうと思って例のごとくワクワク気分で就寝するが、朝起きてみるとどうも気分が乗らない。すると、その日人身事故があってその線の電車が止まっていた、とか、例えば、ある小説を読んで、これまたその文中に出てきたある小説も続けて読むと、以前からどうしても気になっていたけど意味がよくわからなかったことの解決に繋がった、とか、自然とそういう機会が向こうからこっちにやって来ることが本当に増えた。この間などは、ある映画の中で、ある小説の登場人物の名前を新婚カップルの飼い犬に名付けるというシーンがあったのだが、これは絶対に小説を読んでいないとそれに込められている揶揄の響きが理解できないと思われる会話が繰り広げられたので、その小説を読んでいた私は大いに皮肉の意味がわかり苦笑いした。また、ある日、Aという場所とBという場所のどちらに行こうか決めあぐねている時、ベランダから大きく空を仰いでピンッと直感で決めたりすることもよくある。道中でも気分が乗らなればさっさと方向転換することも何度だってあった。今の私にとって、一番頼りにしているのは自分の直感かもしれない。いや、でもね、体は自然の一部なのだから、直感が最大限に働く体にしてあげることは大事なことだと思うのである。きっと、あるべき方向へと導いてくれるのも直感の力だと思うから、自分自身に無理矢理逆らうことはやめている。
2016/12/29
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年末年始が、やって来たなんだか一年があっという間だ。さて、また一年の中で最も苦手な時期がやって来た。年末年始。この胸のざわつく感じは一体何なのだろう。何歳になっても慣れることはない。でも、体調を壊すことはなくなっただけ、一応よしとしておこう。幼い頃は、楽しくもないのに父親の兄夫婦(そもそもお正月にしか会わないから他人以上に他人だったし、幼いながらにおばさんが好きではなかった。父が他界するとすぐに会わなくなった)のお宅で過ごし、その後は嫌だと言う父と妹と私を無理矢理並ばせて家族写真を撮らせる母、仏頂面で写る3人、という二大恒例行事が苦痛で仕方なかったことが要因であるかと思う。そして、この世の中が大いに浮かれ乱れる感じ。「家族」という私にとっては一番居心地の悪い場所にスポットが当たり続け、帰省したり、親戚一同でどんちゃん騒ぎする光景などを目の当たりにしたりすると、もう反吐が出そうになる。おそらく私と同じようにそんな世の中から弾き飛ばされ、違和感を感じている人も多いのであろう。(年末は自殺者が多いと言うが、クリスマスの夜には、私の家の前のお宅に警察と救急車が来た。ここの30歳代の女性が誰がどう見てもうつ病で、以前もクレーン車が出動する騒ぎとなったのだが、今回もおそらくこの女性絡みの一件だったと思われる。)今年は2日から一人でカフェで過ごしたが、カフェは一人客がほとんどだった。お正月だというのに、みな一様に俯き加減で表情は浮かない。思いの外、高齢者が多いのも、今の時代を如実に物語っていると思う。そこでは、何とは無しに、一種独特の連帯感が生まれていた。(ね、お正月なんて、ね、別にいらないよね、ね。)来年も2日から一人でカフェへ行くだろう。妹家族が帰ってくるのだから、母親と話すことができない私は家にはいられない。せっかくのお正月なのに、私一人のせいで場を乱すことなど許されないのだ。こんな私はおかしいですか?こんな私は恥ですか?こんな私はいずれバチが当たると思いますか?仕方ないじゃない、だってこれが本心なのだから。
2016/12/28
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「変わる時」去年が明けた辺りから、漠然といろいろと自分が「変わる時」だと感じていて、ここでもそう豪語し続けてきた。それはなぜだかはわからないけれど、35、36歳という年齢的なものもあり、MSもそこそこ年数が経ってきて、また、これまでの人間関係や生活環境が一掃されたことにも関係していると思われる。さらに、私のお得意の直感も影響しているのだろう。今、冷えとり健康法の好転反応(良くなる前に一時的に悪くなること)が出ているところだが、やっぱり私の漠然と抱いた予感は当たっていたなと我ながら自負しているところである。体はみるみる変わってきた。今まで見たこともないような、ステロイドを断ったつるつるの肌の健康体の自分が、目で確認できるところまで来ているではないか。間違いなく「私の体」は「変わる時」であった。そしてこれもまた漠然とした勘だが、おそらく、この好転反応を完全に乗り越えられたなら、これを機にいろいろなことが好転していくような気がしてならない。いえ、それは喜ばしき予感である。さらに、来年はMS10年、父が他界して15年、ここへ引っ越してきて20年というなんともキリのいい節目の年だ。おそらく来年以降はMSの受給者証を持たない患者になると思われ、確実に希望が見え始めた今日この頃、幼い頃からずっと不調と共に生きてきたこんな体だけど、自分の体にもちゃんと備わっていた自然治癒力と、それを発病後約10年かけて遺憾なく発揮できる体にまで回復して来られたことに、心からありがとうと思う。久しぶりにかわいいねこちゃんに会えた♪
2016/12/27
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて10週間。えー、数ヶ月ぶりに両腕を湯船に浸けてみた。なんか気持ちいい!もう肘も付けるよ。でも、右膝だけは黄色い汁が止まらないから数ヶ月間湯船に浸けられず、半身浴中もずっと立て膝のままで入っている。首と両腕がだいぶん良くなってきて、湿疹の範囲は明らかに狭くなってきた。顔はもともとそこまで湿疹がひどくなかったから、人目に触れるところは何とも言っても頭と耳である。ただ、帽子を目深にかぶってしまえばそれも解決する訳だが、もう本当にびっくりするようなかさぶたに覆われているので、帽子の不快感と言ったら甚だしい。やっぱり帽子は蒸れるので、むくむくとかゆくなってくるし、9月も終わりというのにまたこちらは30度以上の夏日、じっとりと汗をかいたら異臭も放つ。とにかく早く帽子を取りたいと思ってしまうから、長時間の外出は億劫になり、結果美術館へ行きたいなと思っても、何せ私は美術館の滞在時間が半端なく長いので、躊躇してしまうのが本音であった。だって、頭と耳が全部分厚いかさぶたでバッリバリなんですもの。その癖、かさぶたの中からはまだ黄色い汁が出るんですもの。もう、頭皮がどこへ行ったかわからない。でも、びっくりするほどに下半身はつるつるすべすべ肌になった。こんなにもきれいな肌になったのは、生まれてこの方初めてである。うれしすぎる。なんとなく色素沈着も薄くなっている。冷えとり健康法あっぱれ!その内上半身も顔も…全身も…と考えると目が輝く!もう少しの辛抱、がんばろう。まさに、尚、全身脱皮である。それにしても、もう少し涼しくならないもんだろか…。へへ、先日に引き続き、カフェへ行く♪
2016/12/26
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新もんもん邸へおじゃましまーす引っ越しから1週間。昨日は妹家の新居へ遊びに行って来た!新居は以前住んでいたマンションからバス停が2つ分向こうになっただけなので、行き方も時間も変わらない。いつもは最寄りの駅からバスに乗るのだが、外へ出ないと疲れないからという理由で「お出かけ好き」のもんもんと一緒に迎えに行くと言ってくれた。しばらくすると、ピカピカの軽自動車が私の前に颯爽と滑り込み、後部座席にはちゃっかりもんたともんじが(笑)久しぶりね、もんもん。お決まりのハイタッチで意思疎通。元気だったかしら?さて、見慣れたマンションを通り越してさらに車は進む。妹がコレと指差した新しいおうちは、陽の光を浴びてキラキラと光る二階建ての一軒家だった。一階部分がレンガ、二階部分は白壁でその上に三角屋根、車も2台分駐車できるスペースがあり、家族4人申し分ない広さだと思われる。家の前に降り立ってみると、とにかく空気が澄んでいて、とても静かだと感じた。というのは、以前のマンションは、2棟続きのマンモスマンションで、玄関の目の前がバス停だったのだ。つまり、メイン通りに面していたので、騒音がものすごかったのだが、一本だけ中の道に入るだけで驚くほどに静かである。もんもんを育てる上での生活環境は、そりゃあこっちの方がいい。おじゃましまーす。1階が生活スペースで、リビングキッチンと解放された和室、2階がいずれもんもんそれぞれの個室にする為に仕切りを作ることになる予定のガラーンとした部屋、夫婦の寝室になる予定の部屋、ちゃっかり旦那さんの小さな書斎。建築を請け負った工務店がムクの木を専門に扱うことを売りにしていたらしく、家全体にムクの木がふんだんに使われていて、ロッジを思わせる素敵な内装だった。(昨日は頭が痛くならなかった。)さらに、収納部分がとてもきれいで広いので、大きな家具はリビングを除くとベッドぐらいのものだった。さて、家の中はと言うと、以前のマンションと何ら変わらない。得てして、そういう、もので、ある。おもちゃやよくわからない細々とした電化製品が床いっぱいに散らかっていて、とにかく雑多な物が多い。ゴミと化していて、逆に引っ越してきて1週間とは思えないほど足の踏み場もない有り様だった。もんもんはよくそれらにつまずいてこけて泣く。妹はだいぶん捨ててきたと言ったが、うーーんと口には出さないが頭を捻らざるを得ない私だった。とは言え、もんもんはむしろその散らかった部屋の方が落ち着くらしく、おもちゃまみれで遊び回っているようで、あれだけテレビが好きだったもんたが、テレビのテの字も言わなくなっていた。大好きな階段もある。きゃっきゃと言いながら、自分の足の長さと同じ高さほどの階段を何度も何度も上ったり下りたりして、旦那さんの言う「のびのびと育てたい」と子を想う親の気持ちが、親ではない私にさえもわかった気がした。一方、妹は若干やつれたように見え、風邪気味だと言ってゴホゴホと咳き込み、疲れがありありと顔に表れている。私が揉みくちゃにされてもんもんの遊び相手に精を出している間、妹は静かに眠っていた。仕事も持つ身だし、そりゃあ引っ越しは大変だったろう。しかも、最近になって「ナッツアレルギー」を発症したとかで、ナッツを食べると気管が詰まって息苦しくなったり、首の辺りにじんましんが出たりするそうである。下手をすると生死に関わると思われる為、今度病院でちゃんと検査を受けると言っていた。格好の餌食となったお世話係の私は、もんもんと「サンタさんごっこ」をして遊ぶ。なお、ねて、と言うのでソファーに寝そべって目をつむると、二人揃ってしばらく何やらドタバタと動き回り、でも声は押し殺している様子。おはよう、とおもむろに目を開けると、もんたサンタともんじサンタが私の周りに山盛りにおもちゃを積んで、はい、プレゼントと言ってくれた。その光景があまりにかわいかったので、思わず大喜びすると、二人同じように得意満面の表情をして「作戦成功!」とでも言いたげに戯れていた。もんたともんじはサンタさんに何をもらったの?と聞いてみると、サンタさんが来るのは「今日」なのだそう(笑)尚サンタもクリスマスプレゼント持ってきたよ、と例の如く絵本を手渡す。事前に妹にリサーチをしていたので、とても喜んでくれた。その後、お昼ご飯を食べて、お昼寝をして、おやつも食べた後は、もんじと二人でバス停まで時刻表を見にデート(笑)なお、(うんちが)でた、と言うので、順番におむつも替えさせていただいた。そうこうしている内に旦那さんが仕事から帰宅。あっという間に時間が過ぎていった一日だった。姉から妹へ結婚祝いと新築祝いを兼ねたプレゼントも手渡した。目の下に幾重にもクマができて顔色の悪い妹だったが、この時ばかりは目が輝いて、高揚した気持ちできれいに包装された袋をほどいてゆき、ポーチが顔を見せた時には「かわいい(嘆息)」と大喜びしてくれた。もんもんも妹の右に左にくっついて興味深々。昨日一日の中で一番うれしかった瞬間だった。姉妹でしかできないような会話もゆっくりとできたし、私自身の年内の締めくくりとして、妹家を見届けることができてよかったと思った。あんまり無理をしないように、と念を押して妹家を後にする。もんもん、新しいおうちよかったね。サンタさん、妹家がみんな健康でありますように、ますます繁栄しますように。
2016/12/25
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて9週間と半分。頭と耳のかさぶたが取れさえすれば治るのだろうけど、まさかこんなに分厚いかさぶたがびったりこびり付くなんて経験がないから、どれぐらいの期間で取れるのかがまったくわからない。しかもステロイドを使わないスローモーションのような自然治癒だからね。本当に珍しい経験をさせてもらってるわー。いつになったら普段の生活に戻れるのかしら。でも、小石の大きさが少ししょぼくれて小さくなってきたような気はするな。左耳の中が無性にかゆくて耳かきでごそごそほじくっていたら、黄色い汁が出てきてしまった。しまった、やってしまった…。アキヲは近所のおばさんが世話をしているのだけど、朝起きてシーツを叩いていると(苦笑)、ちょうどアキヲへご飯をあげに行く途中のおばさんを目撃した。アキヲ、おはよう、ご飯だよ。ついでに蛙さんもゲコと鳴いた(2匹確認)。そしてなんと、好転反応が始まって以来初めて喫茶店へモーニングを食べに行った!なーんかうれしいなーーー♪
2016/12/24
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メリークリスマス先日美術館へ行ったら、「(チケットは)一般ですか?」と尋ねられた。どうやら学生と間違えられたらしい。いや、まぁ、どこからどう見てもOLや主婦のような責任感や威厳はなくて薄っぺらい風貌なのは確かだけど、うーん、でももう結構いい歳よ、私(苦笑)電車でつり革を持って立っていたら、何やら後ろから腰の辺りをつつかれて振り返ってみると、おばあちゃんが自分の座っている横の席をポンポンと叩いて「空いてるわよ」と仕草で教えてくれた。こんな経験は初めてだったけど、少しうれしい気持ちになった。朝、例の如く、ベランダでシーツを叩いていると、どこからともなくリンリンリンリンという鈴の音が聞こえてきたので、きょろきょろと辺りを見回してみると、ねこちゃんだった。きっとどこかのお宅の飼いねこちゃんね。朝からねこちゃんに遭遇した日は縁起がいい。私、幼い頃から蜘蛛の巣が大好きだった。いえ、蜘蛛の巣の模様のことである。幾何学模様などにとにかく興味があったから、見惚れてしまい、あんな素晴らしい芸術作品はないと思っていた。今でも、蜘蛛の巣ばかりが並ぶ写真集なんかがあれば絶対にかぶりついて見入るのにな、と思ってしまう。あ、あと、亀の甲羅とかトカゲやヘビの模様とか爬虫類全般も大好き。あの、いえ、くどいようですが、模様が、ですよ。自然が織りなす芸術に勝るものはなし。家の近所で、アキヲと瓜二つのかわいいねこちゃんに遭遇した。間違いなくアキヲと血が繋がっているわね。メリークリスマス。素敵なクリスマスをお過ごしください。
2016/12/23
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて9週間。つまり2ヶ月だ。まだ2ヶ月か。かなりの月日が、もう半年ほど経っているような気がするのだが。もう秋の匂いがするよ。この夏は好転反応のみで終わった。一生この経験を忘れることはあるまい。手の水ぶくれはだいぶん減った。両腕の湿疹もかなり回復してきた。長袖を着ようかという気温になってきて、もう服に黄色い汁が付いてシミになることもないようである。季節と回復のタイミングがちょうどいい。今は、頭、耳、顔、首、脇、両腕、手、背中の上半分、おへそ、に湿疹が出ている。半身浴でお湯に浸かっている下半身は本当に見違えるほどよくなった。異臭も減った。お風呂のお湯も、ただ浸かっているだけなのにいつの間にか白濁していたのだが、少し濁りがましになったような気がする。めがねを耳にかけるところにいつも黄色い汁が付くので、ティッシュを挟むなどしていたのだが、だいぶん付かなくなってきた。ただ、頭と耳のかさぶたはまるで乾麺のような乾燥具合。バリバリとしか表現できず。それが一面びったりとこびり付いているのだから仕方ない。大きなかさぶたは髪の毛を滑り落ちてくれないから、かさぶたと一緒にどうしても髪の毛がいっぱい抜けていく。たぶん、毛量がかなり減ると思う。どうやら髪の毛までもが生え変わるらしい。当分は帽子生活だな。というか、髪の毛が生え変わるのって一体どれぐらいかかるんだ?と、私が湿疹だとばかり言っているので、冷えとり健康法の好転反応とは湿疹だけだと思われる方もいるかもしれませんが、一概にそういうことではなく、好転反応とはその人の「弱い」ところに出るそうです。私の場合は言わずもがな皮膚でしたが、例えば気管の弱い人ならぜんそく、胃腸が弱い人なら嘔吐や下痢など。一方で、湿疹などとは縁もゆかりもなかった人でも急に湿疹が出ることもあったりするそうで、つまりは結局いつどこにどんな症状が出るかはわからないそうです。100人いれば100通りの好転反応があると言われているそうですよ。無事に好転反応を乗り越えられたならば、化粧をしないで素顔で日々を過ごしたい。
2016/12/22
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乞うご期待!年賀状を作りました。毎年干支は外している節があります。意識的にか、はたまた無意識か、いや、意識的なんですけれどね。まぁ、私が毎年年賀状に用いる図案はいわゆる縁起物ってやつです。大体いつも手ぬぐいの図案集からちょうだいして、少し自分仕様に手を加えます。日本の縁起物って実に多様で、謂われを読んでいるだけでおもしろいし、美術館が好きな私には実に興味深い対象なのです。蛙さんも「返る・帰る」で「福がカエル」という意味で縁起物なので、いつか蛙さんの図案で年賀状を作ってみたいとは思っているのですが、客観的に見て蛙さんの年賀状ってどうなのか?とも思い、長年保留中です(笑)地元の友達は、私の一風変わった年賀状がいつもシュールだと言います。でも、気心の知れた友達はそれが私だと知っているので、私にとっては褒め言葉です。ということで、乞うご期待!なかなか力作です!
2016/12/21
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クリスマスプレゼント今更だが、私、妹へ結婚祝いをしていない。旦那さんと結婚を前提にお付き合いしているだろうことは知っていたが、結婚の話が出始めた時は発病直後、結婚した時はまだ発病して2年ほどしか経っていない時だったので、とてもじゃないが他人の結婚なんぞを祝えるような心境ではなかった。心は荒み、足の動きさえもままならず、仕事も何もかもを失ってこれからどうやって生きていこうか途方に暮れている最中だった。まるでこの呪われた家から一刻も早く逃げ出したいとでも言わんばかりに、妹は風の如く出て行ったが、私も自分自身を見つめ直す日々の中で徐々に心の靄が晴れてゆき、もんもんの出産祝いはすることができた。この度、妹家念願の新居が完成したということで、大変大変遅まきながら結婚祝いと新築祝いを兼ねたお祝いをしようかと考えている。と言っても、今の私には到底たいしたことはできないから、気持ち程度の物ですけれど。何がいいかしら?家族で使うような物ではなく、姉から妹個人へのプレゼントという形で選ぼうと思うのだけど…。と、あれこれ考えあぐねた末、妹の好きそうなあるブランドの化粧ポーチを買った。週末に新居へ遊びに行くことになっているので、その時に手渡そうと思う。日用品やもんもんの物は例の多くの知り合いから日常的に多量にプレゼントしていただいているらしいが、妹個人へのプレゼントとしてもらうのはおそらく久しぶりだろうから、顔がパッと輝いてくれたらうれしい。疲れが吹っ飛んでくれたらうれしい。それにしても妹へプレゼントなんていつぶりだろうか。たまにはこういう機会があってもいいかもしれないな。
2016/12/20
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許しとは、親というものは、子にとって完璧なものだと思い込んでいた。何一つ非がなく、神様の次に存在するような。知らないことなどないし、できないこともない、子の道しるべを、ほら、こっちよ、と指差してくれる。子はその道を何も考えなくても素直に歩んでさえいれば、人生何の問題もなし。この世に生まれたばかりの子にとっては親が世界の中心であり、自分のすべてだから、誰しも少なからずそう思って幼い時間を過ごしてきたのではないだろうか。子は、世間に揉まれ、成長する過程で、うっすらと気付き始める。実は親だって不完全な人間なのかもしれないと。親だって経験値浅い子と同じで、完璧であることなどなく、できないこともあるし、知らないこともある、親に手を引かれる未熟な子とさほど変わらないのかもしれないと。不登校になった時、母は私を見放した。そうなった子を一番に認めてあげるべき存在である母が。母は、我が子である私を見て見ぬふりをした。他に救いを求め、私と向き合うことを拒絶した。私はショックだった。母からこんな仕打ちを受けたのは初めての経験だった。いつだって私の味方だったのに。心に大きな闇が覆いかぶさり、自分は見放されたのだという劣等感に苛まれ、日に日に卑屈になっていき、自分の存在意義や価値を否定するようになっていった。この両親の元に生まれてきた意味がわからず、将来を悲観し、どうやって死のうかと自殺願望さえも抱くようになった。と同時に、こんなに私を貶めた母を何度も何度も殺してやろうとも思った。自殺願望と他殺願望は実は表裏一体だ。だから私も母に対して心を閉ざした。そして今に至る。母は、私がなぜ一言も話さなくなったかを知らない。なんでこうなったんだろうねぇ、とお腹の底から息を吐いて言う。知る由もないではないか。だって、他に救いを求めようとしたのだから。我が子と向き合おうとしなかったのだから。気が付けば、いつの間にか約20年という年月が過ぎ去ろうとしていた。母が私を産んだのが32歳の時。私は36歳になった。この歳になって、ようやく腑に落ちた。母だって不登校で引きこもってしまった子の明日さえ見えず、途方に暮れたのだ。他に救いを求めたのは、逃げたのではなく、見放したのでもなく、良かれと思って行動した母なりの精一杯の向き合い方だったのだ。だが、残念なことにそれが仇となり、子には伝わらなかった。まったく、まったく、伝わらなかった。だから、私は自分で約20年かけて、知恵の輪を解くかの如く、ゆっくりゆっくり自分を解き放っていった。そんな母も、罪滅ぼしなのか、子のために毎日毎日手料理を作り続けた。20年。長い。ちょっとやそっとの言葉では語り尽くせないほど重苦しく鬱積した憎しみを抱いて過ごした歳月だった。憎しみは闇と化して私の心の一番奥深いところに覆い被さり、20年間一瞬たりとも晴れたことはなかった。さて、思いの外、年月がかかってしまったようだ。今やっと、母を許してもいい頃合いかと思えるようになってきた、かもしれない。
2016/12/19
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて8週間と半分。台風そして雨、そして蛙さん。半身浴って、汗から体の老廃物を出すというけれど、もしかしたら心の老廃物も出すのかもしれないな。母への憎しみの感情は急下降。下半身はつるつるになったけど、上半身もなんとなくつるつるになってきたように思う。まだまだ湿疹は出ているけど、肌の質が変わってきた。予想だけど、おそらく最後の最後まで残るのは、頭と耳と右膝の湿疹だと思う。右膝は動かすから治りがとても遅い。ま、頭と耳は帽子をかぶって出かけられるから許してあげるよ。耳の後ろから黄色い汁が出るからティッシュを挟んでいるけど、見えないでしょ?ボーリボリボリボリ頭を思いっきりかきむしりたい衝動に駆られる。そんなことしたらどうなるんでしょ。でも、頭と耳から出る黄色い汁はとても少なくなったし、かさぶたも日に日に乾燥するようになってきたから、放つ異臭までもがましになってきた。頭のかさぶたがバリバリでもうなんというか、まさに硬い小石なのである。小石が、神社の境内のように、私の頭一面に隙間なくばら撒かれている。本当に、つくづく、好転反応とは忍耐力がないと乗り越えられないと思うし、ますます忍耐力だけは養われてゆく。まぁ、いいことだ。そろそろこの好転反応日記を公開し始めてもいいかもしれない。何せ、長ーい日記だからね。毎日ちゃんと記録してきたのよね。こつこつと記録するのは得意なの。一度目の好転反応は辛すぎて泣いたけど、今回は泣いてないよ、私。
2016/12/18
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無事に引っ越しました今の家に住むようになってちょうど20年。ここに引っ越してきた4ヶ月後に不登校になったのだが、引っ越したこともうつになった原因の一つであったと今になって感じている。私は環境の変化にすぐさま対応できない身体だ。とにかく、アトピーの悪化がすごかった。何かの化学物質が合わないのだなと漠然とは感じていたが、忙しくバタバタと流れる日々の中でどうすればいいかわからず何の対処もしなかった。妹のマンションへ行ってもすぐに頭が痛くなって、一日中調子が改善せず、一晩眠らないと治らなかった。昨日、妹家はなんとか無事に引っ越しを終えたそう。新居はどうだろうか。特にもんじはアトピーがあるので、少し心配ではある。
2016/12/17
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ありがたいことである。好転反応がぶり返しているとは言え、まぁそれも身体の中から老廃物がたくさん出ているということなので、喜ばしいと言えば喜ばしい。さて、人生が良い方向へと流れ始めているらしい今日この頃。ようやく36年間という人生が相殺されるのかもしれないな。ありがたいことである。病院の翌日ひょっこり現れたアキヲ。会えてうれしいよ♪
2016/12/16
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて8週間。9月も十五夜を過ぎ、うっとうしいお天気が続いているが、かなり涼しく過ごしやすくなってきたので、お散歩に出かけた。蛙さんまだいるよ。久しぶりにお花の写真撮ったよ。想像を超える頭のかさぶた。ここまでになるとは思ってもみなかった。両腕の湿疹が落ち着き始めた頃、好転反応も後は時間の問題かなと思ったのに、2度目の大きな試練が待ち構えていた感じ。いや、良いように考えよう。これが顔でなくてよかった…。というか、年末の1回目の好転反応はこれに近い湿疹が顔に出ていたのよね。耐えられるはずがない。いっぱい毒が出ている、ヤッター!と思いなさい、だって。それはわかっているけど、ヤッターとは思えるはずもなく…、筆圧の薄い極小の文字でヤッターと書いたことにしておこう…。まぁでも、気持ちは外を向いてきた。いつ美術館へ行こうかと考えているもの。
2016/12/15
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マイ・デイ美術館へ行く時、家を出る際に、無意識の内にスニーカーの中でも特に軽くて歩きやすくて疲れないスニーカーを選んでいるようで、ふとした時にそれに気付いた時には自分で自分のことをぷぷぷと笑いそうになる。さて、先日宗教画を観に行った。もともと、イエスキリストが十字架に磔(はりつけ)にされて迫害されるシーンや受胎告知やらのシーンが大好きで、というか、美術館へ通い始めた当初はこのような宗教画に何よりも一番興味があった。キリスト教に関してもいずれ勉強したいと思っているのだが、生々しいえぐさのある絵というものは、人の心を惹きつけてやまないと思う。気持ちよく美術館を後にし、少し疲れたから休憩しようとカフェに入ると、バイオリン協奏曲が流れていた。温かい飲み物を飲んでホッと一息つき、あの壁一面の絵画の天に召される光は吸い込まれそうだったな、あのマリアの表情が淡くて儚かったな、などとバイオリン協奏曲をBGMに一人でうっとりと思い起こしたのち、アンドレ・ジイドの小説を読む。何やら高尚な気分になった一日だった。
2016/12/14
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もう、ここらでやめておけ。妹は、今、ある資格を取得するために勉強しているらしい。既に持っている資格の免除を受けられるから試験科目が大幅に減る、という理由から受験を決めたと言っていた。お給料が上がるという利益がある訳ではなく、純粋に我が能力を上げて仕事に生かす為だけにがんばっているがんばり屋さん。そういう面に関しては本当に尊敬するし、自慢の妹である。ただ、どこにそんな勉強をする時間があるのかと我が目を疑ってしまう。正社員として働きながら、子育てをしながら、休日にはお付き合いもし、さらに試験勉強だなんて、私には一日26時間あっても足りない。まぁ、もともと賢く、要領もよく、いろいろなことに長けている妹なので、お風呂に入るような感覚でそつなく勉強もこなしているのだろう。試験は年明けだと言っていた。妹は、結婚し、盛大な披露宴もし、マンションを購入し、双子を出産し、転職し、車を新車で2台購入し、一軒家まで購入して、目まぐるしい怒涛の人生を送っている。日々が著しく濃い、濃すぎる。その上さらに資格を取るだなんて、妹は一体どこまで突き進んでいくのだろうか。数年後にはもんもんのお受験などと言い出すのではあるまいな。旦那さんは「◯◯(旦那さんの下の名前)御殿」と名付けて完成した一軒家を見上げて王様気分で陶酔しきっているようだし、もんもんも現在3歳ですくすくと育ち、妹家はまさに今幸福の大絶頂期だ。怖いもの無しとは、ずばりこういうことを言うのだろう。一方、私はといえば、その間、ただただじっとしてそこに深い根を張り、なんにも、な〜んにもして来なかった。毎日ぷらぷらと自由気ままに生きて、社会に役立つでもない、仕事で特技を生かして経験値を高めるでもない、と嘆く割には特に実際に行動に移すでもない、かと言っていまいちそういう意欲さえもない ー 、一体私は何をしているのだろうかと妹と比べずにはいられないが、妹家がここまで人生をあり得ないスピードで猪突猛進していると、逆に心配になってきてしまう。なんだかもう、私とは天と地のように差が開き過ぎて、端から呆然と眺めるしか術がないとしか言いようがない現状である。妹よ、よーく考えてみたまえ。無理をしてはいないか?これ以上どうしようというのだ。もう、夫婦33歳にして頂点ではないか。やめておけ。もう、ここらでやめておけ。十分過ぎるぐらい十分ではないか。少し腰を下ろして、家族4人で手を取り合い、そこでゆっくりお弁当でも食べたらいい。おにぎりがおいしいね、鳥さんがピーチク鳴いてるね、鬼ごっこでもしようか、今日は良い汗をかいたね、きっと妹家にはそういう時間が必要だ。念願の城を手に入れた旦那さんは、物欲の多い人だ。今は心の底から満たされているだろうが、数年も経てば次のターゲットがどこからともなくふわふわと漂着し、心が居ても立っても居られなくなってそれへ向かって一直線になること間違いなしだろう。もともと趣味が多い上にさらに趣味が増えるか、はたまた新たな物への物欲が頭を支配し始めて抑えきれなくなるか、いずれにせよ、妹家はいつまで経っても見栄と煩悩にまみれた暮らしになることを予言しておこう。いつかはたと気付く時が来ると信じて、しかるべき時に姉として妹を支えてあげられたらいい。姉は変わらずずっとここで見ているさ。
2016/12/13
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ぶり返し真っ只中です12月に入った頃から、なんとなく好転反応がぶり返しているような気がしていたが、確実にぶり返している。というか、毎年この季節の変わり目には急激な乾燥でアトピーがひどくなっていたので、そのせいだと思う。そろそろマスクがしたいと思っていた→帽子もかぶってマスクもするのは私には暑過ぎる→究極の選択でマスクに軍配があがる→でも髪の毛がなんとなく薄いし、耳の湿疹もひどい→髪の毛を下ろして隠そう→ついでにマフラーの季節だ→首や肩に湿疹が出るそうだ、伸びきっていた前髪を切らなくちゃ→切った→おでこや眉間がかゆいただ、良いことが一つだけあった。今、顔の中心部(鼻以外)に湿疹が出ている→大きめのマスクをするとちょうどいい感じにそこだけ隠れてくれる…(苦笑)それにしても、今頃になって顔の湿疹がひどい。特に鼻の脇と口周り。バッリバリの皮がボロボロと張り付いていて、黄色い汁も出るし、何せかゆい。そして赤い。去年の今頃の湿疹ほどまでではないが、あの時の湿疹を思い出してしまい、お願い、これ以上ひどくならないでと祈るばかりである。7月から半身浴を始め、ようやくこのまま終息に向かうと思っていたのに、まさかの試練がまたも待ち受けていたような感じで、少し落ち込んでいる。ピークが過ぎてお出かけができるようになって、半身浴の時間が半減していたから、我慢してお出かけを控えて半身浴に勤しんだ方がいいのだろうか。8月の手帳を振り返ってみても、文字が一文字もなく、白紙だ。見事にどこへも出かけず(図書館だけは数回行ったけど)、ずっと引きこもって半身浴をしていた。寝ても覚めてもお風呂場。一日計4、5時間。またあれをするのか?勘弁してほしいなぁ。あーあ。一体いくつ乗り越えなければならない壁があるのだか。これがまた予測がつかないからより厄介なのよね。
2016/12/12
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【左側の顔面痙攣 エピソード278】おととい、つまり診察の翌日、最近会わないなぁと思っていたアキヲがひょっこりそこにいた。ね、ほら、いつも私の心がわかるみたい。相思相愛なのよ。いつでも応援してくれているのよ。昨日、疲れが一気に出たのか、とてつもない眠気が襲ってきて一日中寝て過ごした。そして、診察から3日が経って、主治医に診ていただいた3年間を落ち着いて回想する…。受給者証から外れてしまったらもちろん自己負担となる訳なので、再発の回数を更新書類に多めに書いたのも、予防治療を執拗に勧めたのも、実は今後もずっと私が受給者証を持ち続けることができるようのするための主治医の目一杯の優しさだったのかもしれない、とも思えてきた。先日の診察での主治医の言葉、「自分は医者だから、医者としての常識を伝えなければならないから、あくまで私は予防治療を勧める」という言葉が、この3年間のすべてを物語っているような気がしてならない。
2016/12/11
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【左側の顔面痙攣 エピソード276.5】左側の片側(へんそく)顔面痙攣がまだまだひどかった頃、顔が痙攣しているというのに目の色を変えてMRIの画像ばかり見て、私の顔をちらりとも見ようとしなかったこと。左側の片側(へんそく)顔面痙攣が百歩譲って再発だったとして、まぁそれは千歩譲って認めるが、書類には再発の回数が「3回」になっていること。口を開いたと思ったら「予防治療」としか言わず、通り一遍の治療方針だけをすべての患者に示し、明らかに私を個人としての患者と見ておらず、そもそも主治医には患者を人として尊重するという考えを持ち合わせていないこと。研究の為、血液検査をさせてほしい、研究の為、MRIを撮らせてほしい、と論文をたくさん書いて出世をしたいからか、「研究」と「させてほしい」という言葉を連発すること。(以前論文を書いてそこそこ認められたらしく、それ以来精力的に活動していて、無名だったのに急にさまざまな場面で主治医の名前を耳にするようになった。私の通院する病院に専門医として勤務するようになったのもその後のことで、私たちMS患者はそれぞれの以前の主治医から一斉にこの専門医に回された。)私は主治医の研究材料として使われるために、研究費を捻出されるために、「あなたのために」、病院へ行っているのではない。本末転倒もいいところだ。何かの本に「医者とか科学者とかいうものは、自分の研究のためなら何でもするものなのです」と書かれていたが、まったくその通りである。これで専門医だと言われると、患者側はもうどうにも手の打ちようがない。否、そんなに研究がしたいのであれば、そもそも患者を診る立場ではなく、裏で研究に専念された方がよろしいのではないか。専門医に振り回されている感、支配されている感は否めない。私は、少しずつ少しずつ塵のように溜まっていった不信感をどうしても払拭することができなかった。この専門医に対して、信用という気持ちが芽生えたことは未だかつて一度もない。約3年という年月の中で、私なりに歩み寄ろうとしたけれど、これ以上主治医との距離を縮めることはできないな、平行線、いえこれからもっと距離は広がっていくだろうなと心底悟った。こんな奇病の為に日夜勤しんでくださっていることは、一患者として心から感謝している。でも、これではいくら医師と患者とはいえ、お互いのためにもあまりよろしくないと思われた。もし、次回の診察へ行かず、来年の受給者証も更新しなかったとする。晴れて私は密かに念願だった「受給者証を持たない難病患者」となる訳である。さて、ここまでは順調だ。問題はここからである。その事実に私が動揺することはないかという「心の問題」のことである。受給者証を持っていないことで不安になったり、不安が大きくなり過ぎればストレスとなって再発の可能性だって出てくるかもしれない。もし再発したならば、医療費は相当なものになるし、改めて受給者証を申請するにもかなり面倒な手続きが待っていること請け合い。それ以前に、再発とまではいかないにしても、例えば左側の片側(へんそく)顔面痙攣のように再発を疑うような症状が出た場合にとっさにどこへ駆け込むか…。悶々と考えればキリがないが、私は実際に難病患者であるのだから、そこはきちんと考えなければならないと思う。でも、私は逆に、病院へも行かない、受給者証も持たない一般人になることで、気持ちが晴れ晴れするような気がしてならないのだ。不登校になった時、何人かの友達に「勇気がある」と言われた。私だったら、行きたくなくてもどんなに休みたくても休む勇気はないし、大学とかその先の進路のことを考えたら高校に行かないなんてそんな大それたことはできない、と。いや、勇気があるもないも、私は先のことなどどうでもよく、ただもう今日行きたくなかったから今日行かなかっただけであって、勇気があるとかそんなことではなく、ただただ体が拒絶したから行くことを自ら止めた、それだけのことだった。2年間という引きこもり生活の中、幾度となく後悔したし、絶望は計り知れなかったが、結果的には私のこの選択は間違っていなかった。これと同じで、とにかく主治医を、いえ病院を私の生活から削除した方が私は元気になれるように思えてならないのである。また病院へ行かなければならない、やれMRIだ、やれ予防治療をしろ、5年後10年後には車いすになるかもしれないよと脅される、また年一回の更新のために保健所へ行かないといけないのか、こういうストレスが私にとってどれだけ負担か汲み取っていただけるだろうか。これらのストレスが一切ない生活!と想像するだけでなんと清々しい気分になるだろう。そもそも病院へ行くから難病患者に祭り上げられる訳だ。行かなかったら難病患者にはならず、一般人のままである。もしそれを勇気と呼ぶならば、おそらく私は生まれながらにしてそれを兼ね備えているであろう。それか、以前の主治医に戻してほしいと掛け合うか。私にはある意味こちらの方がよっぽど勇気がいることのように思われるのだが。兎にも角にも、難病患者という証である受給者証を持たないことによって国が指定する難病患者から外れ、晴れて「一般人」となり、それこそが私らしく今後の人生を歩む励みとなり、私にとっての真の心の健康であるように思えてならないのであった。以上。
2016/12/10
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また一つ、時が進み、年末年始に図書館が1週間休館になるので、少しずつ本を借りてきては溜め込んでいる最中である。最大4週間借りられるので、うん、ちょうどいい。おねえさんのカフェがあった跡地が、現在建築中だ。もともと、◯◯荘という名前の文化のような築50年の小さなアパートの、1階の道路側がおねえさんのカフェだったのだが、おそらく建て替えという形でまたアパートになるのだと思う。なんだか懐かしい。今の私はおねえさんのカフェあっての私だ。取り壊しが決まり、閉店することを聞かされた時はすごくショックだったけど、何度も何度も通い詰めて過ごした時間は、素敵な素敵な想い出として胸に刻まれている。おねえさん元気かな。また、いつか会えたらいいな。カフェがなくなってしまっても、好きという想いは変わりません。
2016/12/09
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【左側の顔面痙攣 エピソード277】MSを発病してちょうど9年半。今日は病院へ行って来た。そういえば、去年の今頃行った時も1回目の好転反応真っ只中で、顔の湿疹はピークだったっけなぁ。アトピー?と主治医に聞かれたっけ。あれからもう1年も経ったのか。またしても好転反応中である。もう別にいいのだけど。耳の後ろ側が全部かさぶたで、マスクを引っかけるのはどうも憚られたが、さすがに病院へ行くということで、無理矢理マスクをする。紐の部分が黄色い汁まみれになったけどね。(以前はマスクをしたままでMRIを受けられたのに、今日は取れと言われ、少し理不尽だと思った。)さて、先週「果たしてMRIの時に耳栓はできるのか?」と日記に書いたが、結局昨夜寝る直前まで悶々とし、朝起きて電車に乗るまでも悶々とし、早めに病院に着いてお昼ごはんを食べている時も悶々とし、MRIの待合席でさえもそれは続き、尚さーんと呼ばれてやっぱり断ろうと心に決めた。ここでようやく私と賑やかなオレンジ色の耳栓との因縁の決着は幕を閉じる。実に大袈裟である。それなのに、シャワーキャップを持ってきた検査技師の手には既にあの忌々しいオレンジ色の耳栓が見え隠れし、結局流れに任せてそのまま受け取ってしまった。手の平に転がるとんがりコーンのような耳栓と対峙し、しばし沈黙…。いやいや、左耳には絶対に入れられない。だって、耳の入り口が全部かさぶたで覆われていて手の小指でさえも中に入らないのに。仕方ない、右耳はかなり良くなってきているから、右耳にだけ入れるか。試着室のカーテンの中で準備し、まだ湿疹は出ているからそろ〜りと右耳だけに装着し、もう一つは「ないない」した。それにしても手足が妙に冷えているんだけど。至れり尽くせりでごろーんとMRIに寝っ転がると、シャワーキャップの上から大きなヘッドフォンをつけられて頭を固定され、さらに顔の周りにボクサーみたいに小さなクッションを詰め込んでガチガチに動けなくされ、この上なく耳の湿疹が不快で仕方なかったが、左耳だけ耳栓がない状態で大小と変な聞こえ方のする爆音の中、なんとか耐え忍ぶこと数十分。今回は気持ちよく居眠りすることができなかったな。あ〜残念。シャワーキャップの中に耳栓を一つだけコロンと入れて、しれっと技師さんに返却する。これでようやく1ヶ月にも渡る耳と耳栓の悶着から解放された。これで年を越せる。と、ふざけている場合ではなかった。私は診察を受ける為に来ているのだった。例の主治医と半年ぶりのご対面。どうも、こんにちは。ここからは、今日の詳細です。なんと、うれしいお知らせ尽くしですよ!!・まず、頭部MRIではっきり増えた病変はない・脳萎縮もない(再発しなくても脳萎縮のある人がいる)・来年でMS10年を迎えるが、この年月を鑑みても脳萎縮は見受けられない・確認だが、予防治療はしないよね?はい、しません・発病から5年間予防治療をしていない人で、ポジティブな報告がある一方で、車いすになっている患者さんもいる。尚さんの場合はまだ余裕はある・余裕?つまり、再発も脳萎縮もないから、例えば1年後や2年後に、又は再発した時点で予防治療を始めたとしても遅くない・予防治療は、したからと言って再発しない訳でもないし、しなかったからと言って再発しない訳でもある・個人差がある訳ですね?そうだ。医者としては「常識」を伝えなければならないからあくまで私は予防治療を勧める・注射が嫌なら飲み薬もあるよ。しません・わかりました。でもね、特定疾患の受給者証取ってるでしょ?あれが来年で取れなくなるよ・……はっ!?制度が変わったでしょ。3年間、年間にある一定額の医療費を支払わなかった人は外されるよ・へ?そうなんですか??うん、制度が変わる前はずっと取ることができたんだけどね。はぁ、知らなかったです、そうなんですか、わかりました…・じゃあまた半年後にMRIね。尚さんは普段血液検査することなんてある?まったくありません・じゃあ次に血液検査もさせてください。研究用に使わせてもらっていい?はい、いいです診察室を出てしばし呆然…。回想…。…。………。はず、さ、れ、る………。外される。外される。外されるっ!?えぇっ!じゃあちょうどいい!どうせ病院に通うのも受給者証をもらうのも止めようと思ってたもん!数年以内にはそうしようと思ってたから夢が叶うやん?いや、叶うも何も、そっちから叶えてくれた!まさかの事実に、私は大人気なく飛び上がってしまった。というか、制度が変わったことを知らなかった私って一体…(苦笑)しまった、私としたことがしくじった。みなさん、知ってらした?でも、ある意味サプライズのようでよかったかもしれない。だって、その為に辛い好転反応にだって耐えて自分治療に励んできたんだもん。うん、やっぱり私は外れることになっていたのだよ。主治医に「もう受給者証はもらいたくない」と自分の口から告げるのかと思うと気が重くて仕方なかったが、自然とそういう流れになってくれた。なんて私は運が良いのだ。なんて私は幸せなのだ。発病して来年でちょうど10年という節目に、受給者証を持たない患者になる。は、ず、れ、る。こんなに恵まれているなんてすべてに感謝してもしきれないよ!嬉々と病院を後にして、カフェへ向かう。高揚した気分のまま「これ」を一気に書いた後、ただただるんるんとして「外れた」私を思い浮かべてみる。あの疎ましい保健所にも行かなくていいんだ!それを考えるだけで笑みがこぼれ、心がさーっと晴れ渡り、もううれし過ぎて涙が出そう。へへ、ケーキも食べたもんねー。さ、今年の大仕事終わり!今日もありがとう、主治医。こんなに素敵な今年の締めくくりはないです!感謝!
2016/12/08
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SNS再開好転反応で外出できず、一時は写真のストックもなくなってしまって悲しかったのだけど、また最近順調に増えてきたので、ブログのように細々と続けている写真のSNSの投稿を再開している。自分でも感じるのは、写真も日々変わってきていて、それは良し悪しという意味ではなく、これも私自身の心境の表れなのだろうと思っている。より私らしくなっていくというか、あまり捉われずに自分の感覚に頼る写真を気負わず撮れるようになってきたかな、と少し誇らしい。何事も最初は模倣から始まるのだろうけど、このブログは長年続けているおかげか私の味が出ていると思うし、それと同じで、写真にも私の味が出てきたのだと感じている。以前はスナップ写真みたいだったけどね(笑)写真を撮るようになったきっかけはリハビリを兼ねてのお散歩だったけど、まだ年月が浅く、とてもじゃないが上手いとは言い難い。でも、撮ることはとにかく楽しい。晴れの日には晴れの日の良さがあり、雨の日には雨の日の良さがある。アキヲとの距離が縮まる機会でもあるしね。このブログも写真も含め、すべてが私の人生そのものに繋がるような、私という一人の人間を表現できたらいいなと思っている。写真は見えないものを見えるようにしてくれた。
2016/12/07
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて7週間と半分。急に秋めかしくなってきた。なんとなく全身の肌が白くなったような気がする。今一番ひどいのは頭と耳。その他湿疹が出ているのは主に上半身で、顔、首、脇、腕、手、背中の上半分、おへそ、と、一向に良くならない500円玉大の右膝、と言ったところ。朝起きた時、パジャマの上着が黄色い汁まみれ。でも、下半身の肌の回復ぶりは著しい。あっぱれ。無理矢理頭の粘着質のあるかさぶたとむしると、一緒に髪の毛がごっそり抜ける。いや、カリカリに乾燥したかさぶたなら髪の毛をススーと滑らせると取れるが、何せ黄色い汁が固まって粘着質でネチネチしているかさぶたなので(しかも特大サイズ)、髪の毛を上手く滑らずにそこの髪の毛が根こそぎごっそり抜けるのである。頭中全部かさぶたなのに、かさぶたが取れるごとにこんなに抜けていたら私薄毛になるんじゃなかろうか。近頃は抜ける髪の毛を見て病む。そしてかさぶたの周辺から落ちるフケのような皮がひどい。とにかく早くこのかさぶた帽という名の帽子を取りたい。おでこの生え際に1円玉大の大きさのボコボコの小石が行儀よく並んでいたので、おもむろに厚みをものさしで測ってみた。なんとその厚み5mm。もうなんか、この世のものとは思えない奇妙な物体。こんな経験は初めてである。好転反応の湿疹は、アトピーの湿疹とは違う。似ているようで似ていない。アトピーのような湿疹ではあるが、アトピーの私が初めて経験する湿疹なのである。体内の毒が湿疹となって出ているそう。確かにピークは過ぎ、少しずつ少しずつ毒が少なくなってきているのは感じているが。それにしても、この頭のかさぶたはどうやって取れていくのだろうか。頭全体を昔の剥がせないべったりと張り付いたままのシールのように、かさぶたが覆い尽くしている。あまりにかさぶたがかゆいので、小石のようなかさぶたを上から押してみる。カリカリに乾燥したものは、当たり前だが押してもカチカチに硬い。一方、まだ黄色い汁が固まりきっていないかさぶたは、押すとへにゃっと凹む。なんとなく黄色い汁がじんわりと滲み出てくるものもあるので、これをむしり取っては大変なことになる。我慢、我慢。かゆくても我慢。あーかゆい。
2016/12/06
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【左側の顔面痙攣 エピソード276】左側の片側(へんそく)顔面痙攣になって2年半が過ぎた。もちろん母には言っていないし、結局妹にも言っていない。というか、たまたま当時妹家がみんな揃いも揃って調子が悪い時で、もんじが入院したり、旦那さんが入院したり、私がちょうど痙攣がピークの時には妹が入院していた。だから、敢えてそんな状況の中で私から切り出すのもなんだか憚られ、という訳でそのままずるずると今に至ってしまったのである。妹は、会えば私の体はどうかと気遣ってくれるが、もうこのまま言わないで通そうと思う。時効だ。なかったことにする。なぜかこの3ヶ月ほどは左まぶたの痙攣が止まらないのですけどね。
2016/12/05
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幸福の思出ほど幸福を妨げるものはない「誰しも一度は死なねばならなぬ身だ、どうか静かに放っておいてほしい」「わたしたちが欲しいのは、お金でも、伴侶でも、子どもでも仕事でもなく自由なのだ」「わたしね、過度のきれい好きや潔癖性の人が、実は地球を汚しているのでは?って思っているの。石油由来の洗剤、デオドラント剤、消臭剤…みんな地球を汚すものです」「ただ自分の目的に向って、たゆまず進んで行けばいいのだ。そうすれば、かならず初志を達することができるだろう」「貧乏のかわりに、万人の富と満足が、敵視のかわりに、利害の調和と一致が生れなければ。いや、一口にいえば、無血革命が必要なんだ。それこそもっとも偉大な革命で、はじめはこの郡だけの小さな範囲にすぎないが、やがて県にひろがり、全体となり、全世界の革命となるんだ」「このふたりは肉親であり、互いにきわめて近い間がらだったので、ほんのちょっとした動作や、声の調子だけでも、ふたりにとっては、言葉で表現しうる以上のことを悟ることができた」「勤務に失敗した人間が、出世した同僚に対していだく、勤め人なら容易に理解できる、あの憎悪の念を、禁ずることができないのであった」「人生にもおけるたった一つの小さな事実 ー 死がやってくれば、すべては終りを告げる」「おれは今働いている。なにかをしでかそうと欲している。しかし、すべてのものには終りがあるということを、死というものがあることを、すっかり忘れていた」「いかに生きるべきかという問題がようやくいくらかはっきりしてきたかと思うと、たちまち、解決のできない新しい問題 ー 死が現われてくるのだった」「おまえは信念なんてものを、もったことがないし、今ももっちゃいない。ただ自尊心を満足させたいのさ」「彼はなにを見ても、ただその中に死か、死への接近だけを見るようになっていた」「死が訪れるまでは、なんとかしてこの人生を生きぬいていかなければならなかった。暗黒がすべてのものを彼の目からおおいかくしてしまった。しかし、ほかならぬこの暗黒のために、彼はその中の唯一の導きの糸は、自分の仕事であることを感じ、最後の力をふりしぼって、それをつかみ、しっかりとそれにしがみついたのであった」「自分の食卓の用意に、お金や時間ではなく、心を使うことが、どれほど子どもや家族の精神保健に大切なことか」「幼い子どもに、優れた絵本を読み聞かせるもっとも大切な意味は、この、喜びを分かち合う体験にあります」「誰も知っててくれなくたっていいじゃないか。俺の苦労はお前が知ってる。お前の苦労は俺が知っているよ」
2016/12/04
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玉梓もんたの好物はサンマの塩焼き、もんじの好物は納豆、二人揃っての好物はぎょうざ、なんとまぁ居酒屋でほろ酔いのおじさんでしょうか(笑)私も幼い頃は、子どもが好むようなものより「フキの炊いたん」なんかが好きでしたけれど、まぁ良いことでございます。ところで、今日、妹が結婚式の二次会に招かれたとかで、都会の某トイレで待ち合わせをしてヘアセットをして差し上げました。何せ妹は友達や知り合いがわんさかおりますので、結婚式のお呼ばれなんぞも頻繁なんでございます。因みに来週も飲み会だそうです。妹とは他愛もない話をしましたが、知り合いの子どもに「春夏秋冬ちゃん」という名前の女の子がいるそうです。みなさま、なんと読むかおわかりになりますか?わたくし、もうびっくしてしまいまして思わず大きな声を上げてしまいました。あら、恥ずかし。なんと「ひとときちゃん」と読むのですって!いえいえ、一年一周回っていますけれど。希莉姫(きりひめ)ちゃんなんて子どももいるのだそうですよ。もう若い方についていけませんわね。ヘアセットをしてもらいまた一段とあごがツンと上がりました妹は、ハイヒールをコツコツと鳴らしてお尻をぷりぷり振り、風を切って颯爽と出かけて行かれました。姉はその妹の背中を見送りました後、まるで今日一日何事もなかったかのように静かに帰路につきました。追伸新居は完成致しました。旦那さんは、◯御殿と呼んでいるそうでございます。もちろん◯には旦那さんの名前が入りますことよ。16日に妹家大移動致します。かしこ
2016/12/03
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて7週間。33度ぐらいなら、なんなく耐えられる体になったな。最近の唯一の楽しみはアイスクリーム。ほんとは良くないけど、これぐらいいいよね!というか、もう2ヶ月近くも毎日明けても暮れても半身浴生活なんだから、ちょっとぐらい楽しみがないとやってけないわ。半身浴でお湯に浸かっている下半身の肌はびっくりするほどつるつるになった。自分でも驚くほどのつるつるぶり。今はまだ湿疹の直後で皮膚が丈夫ではなく薄っぺらい状態だけど、きっと数週間もすれば強い肌に生まれ変わっているはず。頭と耳はもうすごい。小石のような塊のかさぶたはそのままで、周辺からボロボロとフケのように皮が剥がれてきた。かっゆい。ついつい頭に手が伸びてしまい、ぽりぽりとかいている内にエスカレートしていきボリボリになり、小石のような塊のかさぶたを少しでも剥がそうとしようものなら、途端に黄色い汁が一気に出てきて、一瞬で自己嫌悪に陥る。そして黄色い汁で髪の毛が糊を付けたようにバリバリに固まる。はて、これは良くなっていっているのか…?先が見えず、少し気持ちが沈む。かきむしらないように、かきむしらないように、自己暗示をかけてから眠る。半身浴をし始めてからは、出かけるところと言えば徒歩5分の図書館だけだったが、その回数も1週間に1日から3、4日と増え、なんとこの度帽子を目深にかぶって初めて3駅電車に乗ってカフェへ行った!ずっと引きこもっているから、久しぶりのカフェがこんなにもうれしいなんて!そしてアキヲがいたから写真を撮った!!アキヲ、これでまたがんばれるよ。ただ、帽子をかぶったまま歩いて汗をかくと、頭全体が蒸れて、なんとなく汁っぽい感じになるのが気持ち悪くて仕方がない。もう、私は文句ばっかりですね。
2016/12/02
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あと1ヶ月12月、ですね。早い、と感じるというより、今年は去年の11月から年始にかけての第一弾と、春から再び始まった第二弾の好転反応とが思い出のすべてになり、もう年の瀬もそんなもの関係なく、ただただ好転反応の一年、それのみでした。だから、今年は特に何ら綴ることもないし、そもそも好転反応以外にどんなことがあったかすら記憶に留めていません。いや、別に何もなかったのだと思います。まぁ、平和と言えば平和だったのですね、好転反応を除けば。とは言え、今年は私の体にとっては本当に大きな転機でした。まだまだ継続中だけど、好転反応をこれだけ耐えられた自分が信じられないし、ステロイドを絶つことができた自分も信じられない思いです。私の36年間のアトピー人生は一体何だったのでしょう。あれだけ苦しみ、不登校の要因の一つになるほどまで私を悩ませ続けた過去が、今から思えばげに滑稽です。自分ではどうにも操ることができず、予測も立たない好転反応でしたが、これからの人生の予測だけはついたらしい私です(病気や医者や薬との向き合い方という面で)。なんだか今年を締めくくるかのような日記になってしまいましたが、そうか、まだ1ヶ月あるのか。ほらね、月日や季節の感覚もなし(笑)実はヘルペスができてしまい、ここ数日ゆっくりしています。でね、いろいろ考えたんだけど、気持ち新たにブックカバーを新調しようかと思うんだ♪
2016/12/01
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