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2016年11月18日
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テーマ: 戦ふ日本刀(97)
カテゴリ: 戦ふ日本刀

ゼークト・ライン突破

 さて、自分らは、この小戦闘の地区を右に見て、一さんに南へと馳駆〔ちく〕する事一里。
次の部落は戸数四、五戸、ここに友軍の荷物集積所があって、
沢山の特務兵が動作している。
西に接近した部落は敵の陣地で、銃丸が絶えず、ブルッ、ヒューンと飛んでくる。
兵隊は意にも介しないといった風に、
「畜生、いやにうるさいな。」などといいながら、大きい声で員数を読んでいる。
自動車はここで荷物を若干下ろし、兵隊も下りたり乗ったりして再び出発、
さらに若干疾走して、黄家樓という小部落に到着したのであった。
 鍋をふせたような坊主山が三つ、南方にお行儀よく並んで見えている。
中央のはやや小さくて、形通りの名の鍋山、東が胡山、西を雲臺寺山と呼ぶ。
この山々の背面山麓を、古い歴史をもつ大運河が通っており、
西には臺兒荘が俯瞰される。
北麓から北へ十里近い間は、丘阜に富む土地の小高い平野で、
三山を西へ臺兒荘までの一線を底辺として、北へやや長い二等辺三角形を描けば、
その頂点のあたりが蘭陵鎮であって、
ここから三角形の西の一辺に添うて一本の道路が臺兒荘へ抜け、
さらに徐州へとつづいている。
 自分らは、蘭陵鎮から中央の鍋山へ
ぶっつけに直線を引いたコースを南下したのであったが、
行く事数里、左側に小部落というよりも一構え数戸のこの黄家樓があり、
ここから浅い山並みと丘阜とを超えて西々南へ二里弱の地点が臺兒荘である。
黄家樓から三山の麓まで、有名無名二十有余の小部落が、点々として交錯している。
四月の末といっても支那では早や初夏で、十里の平野には、
大麦小麦の穂波が、まさに黄色に移らんとして、黄緑色を呈している。
 これが徐州陥落二十日前頃の東北戦線一角の地形説明である。
 右の三山をつなぐ一線の南、すなわち運河の線一帯には、
この方面の総大将李宗仁が、二十数箇師正味十八万の正規軍を集中し、
三山の頂上に観測所を設けて、北麓一帯まで迫っている我が軍を、
山越しに丘越しに間断なく砲撃している。
 我が方では、蘭陵鎮に○○本部を進め、
黄家樓に長瀬部隊本部が出て山麓一帯に諸部隊を配置し、
敵味方犬牙のごとく錯綜して陣を張り、相対峙して激戦を展開している。
これが大体の戦況説明である。
 敵は小癪にも四月二十九日の天長節当日を期して一斉に攻勢を取ろうとし、
我が軍もまた猛然と猪突反撃して、
三山のうち一つを、是が非でも奪取しようとし、
ここに朝来ものすごい火力戦肉弾戦が随所で開始され、
長瀬部隊本部には、大小の砲弾が雨下集中されたのであった。
この日以来、ある一隊は突撃につぐ突撃を以ってし、
尊い幾多の犠牲によって、翌三十日の午後には、
三山のうちの胡山がついに我が軍の手に帰し、感激の日章旗がたてられ、
待望の砲兵部隊観測所が設けられたその直後に、
自分らは、ここの本部へと到着したのである。
 その日まで、蜿々〔えんえん〕たる徐州北方ゼークト・ラインは、
まだ一寸一分も日本軍の突破するところとはならなかった。
ことに、胡山の一線は、こうした山々の上に観測所を設け、
それによって正確なる射撃をつづけて我が軍を悩ましぬいていたが、
今、我が軍の胡山占領によって、ここにはじめて堅塞の一角が破られたのである。
しかもこれがために、我は敵の秘境を穴のあくほど俯瞰し得るのであるから、
一切の動静が手に取るように判明するだけに、
敵としては、何ものに代えて再び奪還しない限り、
永久に利を失うべき大変な箇所なのである。
 自分らがここに到着すると、ほどなく宿舎の位置が指定され、
そこで装具を解く間も、間断なく敵の巨弾が飛んできて炸裂する。
しかし、自分らの視聴は、ここの人たちと共に、
今の今占領されたばかりの胡山山巓〔さんてん〕に吸引され、各自双眼鏡をとって眺めると、
山の上に存在していて無事観測の任務を果たしつつあるその証左として、
夕日を受けながらかすかに動いて見える日章旗が、極めて小さく認識できた。
その前後左右には、この一点に集中する敵の猛射撃で、
かの全山噴火している地獄のように、パッパッと土煙の柱が立ちのぼっている。
そのまた敵の砲撃陣地の方向をめがけて、我が砲兵は一斉に砲撃をしているのだ。
誰も彼も、ただ手に汗を握りしめているばかりであった。
 全山震駭〔しんがい〕しつつあるこの山巓めがけて、
後から後からと決死隊がつづいて突貫してゆく。
敵もまた争奪の一隊を操り出し、登る、登らせまいと相争うさまが、
ものすごい土煙の渦巻きでそれと看取らせた。
 かかる間にも、山巓の一隊からは、刻々と正確な観測の報告が来る。
それによって、我が重砲兵陣地は一斉に色めきたって来た。
時を移さず、正確な砲撃が開始されて、
南山麓に蟠踞する敵の主陣地を砕き始めたのであった。
 夜に入ってから展開された北麓一帯の彼我陣地戦は、相互に白兵戦の交錯で、
我の銃剣攻撃に対する彼〔か〕れは手榴弾突撃を以ってし、
大砲小銃手榴弾等々、あらゆる火器を動員して、遮二無二闘いぬいた。
 敵は抗日教育に徹底した中央正規軍の青年兵だけに、雑軍とは事変わり、
すりこぎ のような形の手榴弾を干し大根のごとく腰間に吊るして、
勇敢に突進してきては投げてゆく。その音があたかも砲声のごとく聞こえて来、
彼我の喊声が相和し、硝煙の臭気が鼻をつく。
赤、青、紫の閃光は、狂舞する電光の連続続発とも見える。
しかしその音とその光は何ともいえぬ荘厳さであり、
それは死線を越えて、臍の下で一旦死んだ者のみが眺めうる絶美だ、
とだけいっておくよりほかにない。
 南面したすぐ最左端の部落に陣地を占めている友軍に対抗している敵の大部隊陣地から、
機銃が十数条の火線を一斉に吹いては消える。
その合間合間に、何回も何回も壮烈なる白兵戦が決行されるもののごとく、
裂帛の喊声と、小砲弾の一斉炸裂かと思われるような敵の手榴弾の音とが、
ひときわ鋭くとどろいてくる。
「あれは○○隊だ。今夜は陣地奪取の命令だろうが、すこし無理だなァ。
うまくゆけばいいが。」
と、左手を包帯して首に吊るした一人の軍曹が、
しきりに気を揉みながらじっと注視したまま動こうとしない。
 この時、敵の部落とおぼしきあたりに、バッと一道の閃光が立ちのぼった瞬間、
皇軍らしい感じの若干の人影が、影絵のごとくに顕現し、
直感的に“突撃の姿”を思わしめた。
同時に突如として猛烈な手榴弾が百雷のごとくに炸裂しだし、
水火となって突っ込みつつある皇軍敢死〔かんし〕の状態が、
まざまざと浮かんでくるのだった。
 外れ弾丸かそれとも狙われたのか、ここへも盛んに小銃弾が飛んでくる。
ついで迫撃砲弾があちこちに落ち始めた。
 かかる激闘の中に夜が更け、やがて朝の光がゆらぎ始めると、
次第に銃砲声は下火となり、太陽が上がる頃には、ぴったりやんで平成に帰した。
“夜出〔い〕で昼は土中に潜んで動かず”
これが支那兵の行動する実相のひとつである。
 朝の太陽は、この大修羅場のあとを覗くように登ってきた。
どこにかくれて一夜を明かしたのか、スズメがまずさえずり出し、
つづいて群鳥がヤオヤオと啼いてゆく。
砲声は時々思い出したように、遠くの方で鳴る。
胡山頂上の観測兵は、四方八方からの敵襲に抗しながら生命をつないでいて、
刻々と通信をしてくる。
昨夜、下から攻め上がる敵兵と、山上から撃退する我が兵との銃火が、
ものすごく閃いていたという。
夜明け近くには、糧食弾薬補給のために、若干の輜重隊〔しちょうたい〕が、
決死隊として敵中を突破して行ったそうである。
鍋山の占領も時間の問題であって、かくて北方ゼークト・ラインの第一線突破は、
もはや確定的なものとなり、敵の奪還戦はすべて徒労に帰してしまったのである。
 この朝、本部の兵隊中には、疲れ切って朝日を浴びながら、
庭の地上でごろごろ寝ている者もいる。
前線から来たらしい兵隊が、あちこちに蓆〔むしろ〕やアンペラを敷き、
毛布をかぶって寝ている。
放れ馬が、うろうろ構内を歩き廻ったしている。
 炊事兵は勇敢に飯をたき、特務兵は愛馬のため麦を刈っている。
周囲の塹壕や掩蓋壕からは、飯盒炊爨〔すいさん〕の煙がのぼり、
部落部落の敵味方の陣地もまた一抹の炊煙をただよわせているらしい。





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Last updated  2017年04月24日 03時51分18秒


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