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テーマ: 戦ふ日本刀(97)
カテゴリ: 戦ふ日本刀

超巨砲

 「臺兒荘からバケツのような弾丸が降る。」
徐州南下軍の陣中にこういう言葉が流行した。
ビヤ樽のような弾丸とも、またドラム鑵のような弾丸ともいった。
物蔭で居眠りでもしていると、
「そんな所で舟を漕いでいると、それ、バケツの弾丸がおっこちるぞ。」とか、
いい気持ちになってドラム鑵の野天風呂なんぞで、
悠悠長風呂をきめこんでいると、待ちきれない兵隊が、
「早く出ろやい。ビヤ樽の弾丸がおっこちるぞ。」
といった具合に応用されていた。超巨砲とだけいっておこう。
それが七門から臺兒荘附近に隠匿して据えつけられてある。
どこにあるかさっぱり分からないが、かねて充分に実測して置いたものらしく、
各地に向かって実に正確なものすごい砲撃を間断なく浴びせてくる。
この砲弾の威力は言語に絶し、屋上数尺のところを通っただけで、
あおりを喰って人馬は倒れ、屋根瓦が飛び、
附近に落下炸裂すれば、屋内などはさながら地震の如き惨状を呈する。
 これがため我が軍は非常に悩まされたのであるが、
悲しいかな我には対応すべき強力な砲とては未だ一門もなく、
ただ◯砲兵隊が、危険を冒し、敢然〔かんぜん〕と接近して砲撃するという、
無念極まる状態であった。
 自分は一度胡山の線で、この砲弾が飛ぶのを側面から見た事がある。
ちょうど羽をすぼめた鳥の行くように見えた。
その飛んでいく下の麦畑が、一直線にビュウと線をなして、
麦が目にもとまらぬ早さで倒されてゆく。
何とも形容のできない奇麗さだ。
はるか彼方に落達した砲弾が、炸裂したのであろう、
ダッヂンというような強烈な爆音と共に、活火山が噴火した時のように、
もくもくと土煙の柱がたちのぼった。
 かつて四、五日前に落下したという所を教えられるままに行ってみた。
旋風でも捲き上げた跡のように、附近の麦がねじれ倒れ、
その箇所には、よく神社の椽〔えん〕の下などにある蟻地獄の巣のような、
直径二間ほどもある、大穴があいていた。
砲弾の破片などは一片も見えない。地中深く切れ込んでしまっているからだ。
 この砲弾が盛んに来る日には、さすがに誰の顔にも生色〔せいしょく〕がなかった。
五月に入ってから、誰いうとなく
「内地から超巨砲が◯門来た。今頃は兗州あたりを通過する頃だ。」とか、
「五月五日に兗州を通ったそうだ。」とか
「鉄道では運べないから大がかりなトラクターで牽引して来るのだ。」とか
いろいろと噂がたった。
どうせ噂に過ぎないと思っても、誰も彼も無念骨髄に徹している事とて、
「たった一発、我が軍の手でうつのを見てから死にたい。」などというものもあって、
切ない一縷〔いちる〕の望みをこれにつないだ。
 自分は五月五日に臺兒荘から一つ置いた北驛の嶧縣に出で、
小林部隊に宿営して作業につく事になった。
嶧縣にもこうした噂がたっていて、ここの噂には何となく確実性があるように思えた。
 五月十二日は朝から晴れたいわゆる日本晴れであった。
今日から、自分の郷里桑名市に鎮座まします鎮國守國神社という藩祖神の、
俗に金魚祭りといわれる情趣豊かなお祭りだ。
久しぶりで郷愁といった感じも起きてきた。
その日は朝からむしむしと蒸し暑くて、皆上着を脱いで仕事をしていた。
自分は御神符を肌身からはなして、恩賜の煙草と共に棚にのせ、
うやうやしく拝礼した後、さらに祖國日本の郷里の空を遥拝した。
何となく気の浮きたつ日で、作業もろくろく手につかなかったが一つの不思議さ、
昼食をしてから午睡をとっていると、誰か黙って自分をつつく者がある。
ひょいと見ると、同じ杉村部隊下の杉浦という砲兵伍長ではないか。
済南にいた頃格別に呢懇〔じっこん〕にした兵隊で、浜松市の製糸家の主人公だ。
伍長は噂の超巨砲に乗って来たのであった。
自分が今の今しがた神に祈ったのは、一身の安全ではなくて、
ただ噂の超巨砲をして一刻も早く実現到着せさせ給わらむ事の至情を訴えたのであったが、
はからずも今現実に到着したその第一報に接したのである。
その上、みつ豆とか牛罐とか数々の好物まで持ってきてくれたのだ。
 伍長の話では、巨砲は某地点に陸揚げを了し、
それからずっと◯◯◯◯◯で運びつづけたもので、
道路の完備した内地の運搬でも故障が起こりやすのに、
不完全なところをとにかく無事で運搬し得た事は、まったくの御神助であるといっていた。
 この事実は、はやくも電光のごとくに各部隊に知れ渡っていた。
この砲が我が手にも入ったからには、一門が一箇師団に匹敵するなどと話して行く者もあった。
早速この方面に◯門据えつけ中だという。
「では帰ります。そうだね、明朝四時半ごろ第一発が唸るよ。かなりひびくぜ。」
といい残して伍長は去った。
 はたせるかな十三日早朝、予定より三十分おくれて突然ダダァン、グワグワッ、と、
豪壮天地も顚動〔てんどう〕せんばかりの大音響と共に、
ゴゴウッと長い地響きを打って、全軍待望の第一発が鳴り響いた。
後で聞いた話であるが、ここの野戦病院に収容されていた無念一杯の負傷兵等は、
この一声を聞いてうれし泣きに泣いたという。
それから約◯◯分間ずつ間をおいて打っ放す景気のよさ、
その日からさしもの臺兒荘も、一角からもりもりと崩れ始めたのである。
 自分は東に向かって直立した。そして心からなる感謝の念に燃えて遥拝した。





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Last updated  2017年09月18日 10時13分58秒


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