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Winter on the Middle Fork of the Flathead
Middle Fork of the Flathead Wild and Scenic River
Photo by Forest Service Northern Region
images.jpeg




大藪作品『傭兵たちの挽歌』
U.S. GERBER Folding Sportsman II 用スキャバード製作企画
第七章「煉獄の戦士」Vol.10

  『(※ 前回 からのつづき)
  「チャーリー?」
   片山は囁(ささや)き返した。
  「チャーリー・ストーンヘッド。インディアンなのに、白人の飼い犬になりさがって得意に
  なっている嫌(いや)な奴・・・・・・」

  「チャーリーの馬を見たの・・・・・・わたし、ここから一マイルほどの南のメドウの縁(ふち)に、
  ジャック・ラビットの罠を掛けに行ったの・・・・・・ここに来る途中、あいつらの足跡が沢山雪明
  りで見えた場所を覚えているでしょう?」
  「ああ」
  「わたし、迷わないように、あそこに行くのに、わたしたちのパック・ホースの足跡を逆にた
  どっていったわ・・・・・・そしたら、四分の三マイルほど行ったところで、二頭の馬の足跡が一行
  の足跡から外れて西のほうにそれているのを見たの」
  「・・・・・・・・・・」
  「よく調べてみたら、その二頭は、わたしたちから半時間ぐらい遅れて尾行(つけ)てきてか
  ら、わたしたちのトレイルから西に向けて外れたことが分ったの・・・・・・二頭の蹄鉄の後には、
  ショショーニー・インディアン・リザーヴの保安官事務所のチャーリー専用のしるしの三日月

  「それで、君は二頭の足跡を追ったのか?」
  「ええ、怖(こわ)かったけど、いざとなったらこれを使ってでもと思って・・・・・・」
   エレーンは肩から吊っているウージー短機関銃を軽く叩(たた)き、
  「チャーリーは、残忍な上にしつこいので有名なのよ。何か月か前にも、酔っ払って仲間を殺
  してしまったインディアンが山に逃げこんだのを、二週間もかけて追いつめて、その男の生首

  た、ですって・・・・・・本当は、人殺しを楽しんでいるのよ、チャーリーは・・・・・・だから、あなた
  があんな奴に殺される前に、こっちのほうで先手をとってやろうと思ったの」
   と、囁く。
  「・・・・・・・・・・」
  「二頭の馬の足跡は、一度西に向ってから、四分の一マイルほど行ったところで北に向きを変
  えていたわ。北にちょっと行ったところで、クリークにぶつかったの。ここの前を流れている
  クリークとは別のクリークよ・・・・・・チャーリーの馬は、そのクリークのそばにつながれてい
  た。でも、チャーリーは見当たらなかった。チャーリーは、クリークの向うの、深いブッシュ
  の丘に隠れているに違いないわ。その丘からは、ここが見おろせる筈(はず)よ」
  「畜生・・・・・・」
  「わたし、急に怖さに耐えられなくなって逃げてきたの・・・・・・あなたに早く知らせたかった
  し」
  「君はよくやった。有難う。俺たちがぐっすり眠りこんでから・・・・・・襲ってくる気だろう。君
  が気づかなかったら、ヤバいことになるところだった。でも、もう心配しないでいい。俺が奴
  を片付けてくる」
   片山はエレーンを強く抱きしめ、深くキスをした。片山が舌と唇を放すと、血の気が甦(よ
  みが)えったエレーンは、
  「わたしも一緒に行くわ。連れていって」
   と喘(あえ)ぐように言う。
  「いや、君は何もなかった振りをして、火に掛けてあるグラウスと熾火(おきび)をこのテン
  トのなかに入れるんだ。ランプの灯(あかり)はそのままにして・・・・・・そして、ウージー・サ
  ブマシーン・ガンのスウィッチレヴァーをフル・オートにし、安全装置を外して待機していて
  くれ。俺はここに戻ってくる時には、フクロウの声をたてる。フクロウの声をたてずにこのテ
  ントに忍び寄ってくる者がいたら、テント越しにでもいいからブッ放すんだ。弾倉帯のパウチ
  のフラップを開いて、すぐに弾倉を交換できるようにしておいたほうがいい」
   片山はエレーンの耳に囁いた。
   エレーンから離れると、腰のホルスターのG・I(ジー・アイ)コルトのスライドを引いて
  薬室(チェンバー)に装弾しておき、撃鉄をゆっくり倒す。
   四枚刃の矢を十ダース入れた矢筒(クイーヴァ)を左の腿(もも)に縛りつけ、コマンドウ
  ・クロスボウの銃床を折って弦を引き絞り、リヴァーサル・フックに引っかけると安全装置を
  掛けた。









   再試射を行ってないのが不安だが、出来るだけチャーリーに近づいてから射てば何とかなる
  だろう。外れたら、仕方なく、銃声がほかのハンターに聞かれる危険を冒してでも、G・Iコ
  ルトを使うほかない。
   焦茶色の庇(ひさし)の短いウールのモンタナ帽をかぶった片山は、グリーンのモーリスの
  ウールの手袋をつけた。革で補強されたその手袋の親指の内側と人差し指全体は、ナイロンと
  フォームラバーによる三層の布が使われ、銃の引金を引き絞る時に確実なフィーリングを与え
  るように出来ている。



Morris Feel Glove (vintage)









   エレーンが熾火になりかけた焚火の横から串刺しにしたグラウス二羽をテントに運びこんだ
  時、片山はテントの裾(すそ)をまくって、焚火と反対側からブッシュのなかに身を移した。
   簡易ランプの灯は鈍いので、うまい具合に、テントのなかで動くエレーンの影はテントの外
  からは見えない。
   テントから百メーターほど離れたところでブッシュから這(は)いだした片山は、そっと立
  ち上がった。
   チャーリーが隠れているらしい低く小さな丘の頂上が一キロほど先に見えた。
   しかし片山は、いきなりその丘に近づくようなことはしなかった。
   大回りして、エレーンがチャーリーの馬の足跡を尾行(つけ)た位置に向う。絶えずうしろ
  を振り返ったり、木立ちに身を隠したりして、自分が逆追跡(バック・トラック)されてない
  かを調べる。
   エレーンは、二人のパック・ホースのトレイルからチャーリーの二頭の馬が分れたところま
  では、雪上の馬蹄の跡を踏んでいたが、そこからクリークにかけては、チャーリーの馬と自分
  の足跡のあいだにブッシュをはさんでいた。さすがに、幼時から山に生きたエレーンのことだ
  けはある。
   片山はクロスボウの銃床の矢レールの矢羽根溝に竹筒から出した四枚刃の矢をつがえ、エ
  レーンの足跡をチャーリーがバック・トラックしてないか調べてみた。
   幅三十メーターにわたって調べてみたが大丈夫のようであった。片山はエレーンの足跡の上
  に戻り、静かにクリークの水音のほうに忍び寄る。
   やがて、チャーリーの馬が鼻声を出したり、身を震わせたりする音が聞えてきた。
   その時、物凄(ものすご)い羽音が起り、数十の黒い塊りが星空に向けて飛びさる。
   心臓が喉(のど)からせりあがってくる思いで反射的にクロスボウの安全装置を外していた
  片山は、そっと溜息(ためいき)を吐きだす。
   ハンと呼ばれている、コジュケイを少し大きくしたようなハンガリアン・パートリッジの群
  れを踏み出したのだ。飛びたったハンの群れは羽根を鎌(かま)のような形にすぼめて滑空す
  る。
   しばらく動かないでおいてから、片山は再び歩きはじめた。
   チャーリーの馬を驚かせたくなかったから、その近くには行かなかった。しかし、チャー
  リーがクリークを渡った地点は、両岸近くの氷と雪の上にチェーン型ソールの足跡がついてい
  るので分った。馬たちから五十メーターほど離れた南側だ。







   そのあたりの、凍ってない流れの中心に岩が幾つか置かれ、対岸側の氷と雪の上にもチャー
  リーのものらしい足跡がついていた。
   片山は流れの上に突きだした岩から岩へと跳んで対岸に渡った。慎重に慎重に、丘を登って
  いるチャーリーの足跡を追う。
   わずか四分の三マイルぐらいの距離を二時間ほど掛けて忍び寄った。
   頬骨(ほおぼね)が鋭く突きだしたチャーリー・ストーンヘッドは、丘の向う側、つまり片
  山はとエレーンのテント寄りの中腹にいた。
   雪をかぶって天然の屋根のようになった、常緑(エヴァー・グリーン)の這い松(ドワーフ・
  ジュニパー)の茂みの下にもぐりこんだチャーリーは、防水タープの上に腹這いになり、体の
  上に手織りのインディアン毛布を掛け、火が消えたパイプを横ぐわえにして、双眼鏡を時々テ
  ントのほうに向けている。
   狩猟民族には信じられぬほどの視力を持つ者が珍しくないが、チャーリーは狼(おおかみ)よ
  りも夜目が利く片山にまさる視力の持主なのであろう。
   チャーリーの近くに、スキャバードに入ったライフルと、サーモスの魔法壜(まほうびん)と
  干肉とビスケットが置かれてあった。
   片山は自分の心臓の鼓動が激しく鳴るのを覚えながら、風下の斜めうしろからチャーリーに
  向けて、這って忍び寄った。
   コマンドウ・クロスボウのライフル・スコープを通してチャーリーを覗(のぞ)いてみる。倍
  率はわずか二・五倍と低いから非常に明るいレンズだが、這い松のカヴァーの下にいるチャー
  リーの姿は、レンズを通すとおぼろにしか見えない。
   それに、矢が枝や葉に当ってそれる怖れもあるから、片山は出来るだけチャーリーに近づき
  たかった。呼吸音をたてぬよう口を開いて呼吸をしているので、寒気で肺のなかまで痛くなっ
  てくる。
   十五メーターの近さに忍び寄った。それがチャーリーにカンづかれない限度と思えた。
   片山は、毛皮越しにチャーリーの胸を狙って、クロスボウの引金を絞り落とした。
   矢を射ちこまれたチャーリーは、物凄い悲鳴をあげて上体を起した。スキャバードからライ
  フルを引抜こうとする。
   矢が途中で木の枝に当たったためでなく、やはり弓をフレームに組立てたあとに再試射して
  照準修正をしてなかったため、矢は狙った胸をそれて、腹を貫いたのだ。
   チャーリーがスキャバードからライフルを抜いて片山のほうに向き直ろうとした時、体を起
  して片膝(かたひざ)をついた片山はクロスボウの弦を張り、二本目の矢を装塡し終えていた。
   狙点を変えて二本目の矢を発射する。
   一本目の矢に毛布を体に縫(ぬ)いつけられていたチャーリーの胸を二本目の矢が貫いた。
   ライフルを放りだしたチャーリーは仰向けに倒れ、全身を痙攣させていたが、すぐに動かな
  くなる。
   片山はカラカラに渇いた口に雪を押しこみ、G・Iコルトを抜いてチャーリーに近づいた。
   チャーリーは死んでいた。片山はG・Iコルトをホルスターに戻す。
   チャーリーのポケットをさぐり、チャーリーが身につけていた一ドル・ライターの灯で財布
  の中身を調べてみると、ジム・サンダース誘拐(ゆうかい)容疑とシックス・ポイント・ラン
  チのパック・ホース窃盗容疑で地方判事が出したエレーンの逮捕状があった。
   ジムが死体となっていることはまだバレてないらしい。
   片山はその逮捕状を焼き捨て、チャーリーが落した双眼鏡の近くに蹲(うずくま)ってテン
  トのほうを見渡す。
   テントの前の熾火の残りと、テントから漏れる簡易ランプの鈍い灯がかすかに見えた。
   片山はチャーリーのライフルをスキャバードに戻した。遠距離射撃用の二六四ウィンチェス
  ター・マグナム口径の、通信販売で買える安いハーターのボルト・アクションのハンター・モ
  デルで、充分に使いこまれていた。
   片山はそのハーターのライフルの薬室に装塡されていないことを確かめてからスキャバード
  に収めた。チャーリーが腰のベルトにつけていた三十発入りの弾薬サックと、雪が解けた地面
  に落ちていたブッシュネルの双眼鏡を自分のポケットに移す。
   毛布と防水タープにチャーリーの死体や魔法壜などを包んで、深い雪の吹きだまりに引きず
  り降ろし、雪の下に埋めた。
   チャーリーの馬に、優しく声をかけながら近づいた。常緑のスノーブラッシュの下に隠され
  ていた鞍(くら)を一頭につけスキャバードを縛りつけた。もう一頭には、やはり隠されてい
  た、防水タープにくるまれた荷物をつける。
   チャーリーの荷物の包みの中味は、予備の毛布三枚と食料、それにコーン・ウィスキーと粉
  末ジュースとダッチ・オーヴンとヤカンと弾薬と岩塩と砂糖とコーヒーといったものであっ
  た。
   鞍をつけた馬にまたがった片山は、荷馬を曳(ひ)いてテントのほうに戻っていく。テント
  に近づき、フクロウの声の真似(まね)ると共に、
  「エレーン、大丈夫だ。奴は俺が片付けた!」
   と、叫ぶ。
   テントのなかが急に明るくなり、樹脂(ピッチ)が多いタイマツの火を左手でかざし、右手
  でウージーを腰だめにしたエレーンが跳び出してきた。
  「ああ、ケン・・・・・・生きて帰ってくれたのね!」
   と、ウージーを近くの灌木に立てかけ、泣き笑いしながら走り寄ってくる・・・・・・。


   次の日も、また次の日も、二人は一刻も惜しんで、出来るだけ北へと遠ざかった。無論、
  チャーリーの二頭の馬も連れている。休憩時間を利用して片山はコマンドウ・クロスボウの照
  準再修正を終えていた。
   出発してから六日目の早朝、どうしても大好きなエルクのリヴァー(レバー)焼きと肋骨付
  きのリブ・ステーキが食いたくなった片山は、肥満した牝(カウ)エルク五頭の足跡を雪上に
  追跡(トラッキング)する。
   エルクは追われていることを知ると、ハンターをやり過ごして逆追跡(バック・トラック)を
  することがある。ハンターが自分の臭覚内や視界にいないと、かえって不安になるからだ。
   だが、そのカウの群れは、追われ慣れながらも生きのびたトロフィー級のブル・エルクのよ
  うに留(と)め足を使った。
   以前通った自分たちの足跡に突き当たるとそこで一度停まり、いまやってきた足跡の上を
  バックし、大きく横に跳んで灌木の奥に隠れたのだ。
   片山は猟のプロだから騙(だま)されなかった。風下から回りこんで彼女たちが伏せている
  あたりに忍び寄り、気配を感じて跳び上がった一頭の肺に、二十ヤードの至近距離から、張力
  二百五十ポンドのコマンドウ・クロスボウの四枚刃の矢を射ちこむ。
   雪を蹴たて地響きをたてて逃げる群れと共にその獲物は走ったが、五十ヤードほど走ったと
  ころで尻(しり)から崩(くず)れ折れる。鼻と口から垂らした血で雪を染めて全身を痙攣(け
  いれん)させる。二百五十キロぐらいの体重であった。
   合図の口笛を吹くと、エレーンが片山の鞍をつけた馬に乗り、二頭の馬を曳いてやってき
  た。その間に片山は、カウ・エルクの皮を剥(は)ぐ。
   ムースとちがって、エルクの皮剥ぎは赤シカと同じように、体温が残っている間は簡単だ。
  皮にナイフで切れ目を入れ、拳(こぶし)を皮と肉のあいだに突っこんで剥がすか、体に足を
  掛けて皮を引きはがせばいい。
   エレーンがカウ・エルクの解体を手伝う。大型獣に対してもコマンドウ・クロスボウの威力
  がかなりのものであることは、肺腔のなかが血の池になっていることで分った。
   エレーンは下を切取り、腸を小川に運んでグリーンの内容物をしごきだしてよく洗う。片山
  は背筋の二本のバック・ストラップと大きなリヴァーを取出した。首を落し、膝(ひざ)関節
  の軟骨をナイフで切断して臑(すね)から下を捨てた四本の腿(もも)と、斧(おの)四つに
  割った胴体を、ひろげて裏返しにした皮の上に乗せる。
   その日は、腸に刻んだ肉と塩コショウと天然の香料を詰めてボイルしてから茹(ゆ)でたソー
  セージを作ったり、燻製(くんせい)干肉を作ったりで一日が潰(つぶ)れた。
   朝食は塩茹でのタン、昼食はリヴァーの塩焼き、夕食はリブ・ステーキという具合であっ
  た。
   おまけに、カウ・エルクの解体中に、内臓の匂(にお)いに惹(ひ)かれて、冬眠前の黒ク
  マまでやってきたので、それもコマンドウ・クロスボウで射殺して皮を剥ぎ、五十キロほどの
  脂肪(ファット)を切り刻み、料理用に大鍋で数回に分けて溶かしてから固まらせた。
   だから、次の日の朝食は、エルクの背肉(バック・ストラップ)のカツレツであった。その
  夕暮、二人のパック・ホースは、フラットヘッド・ナショナル・フォレストから地図上では存
  在する国境線を越えてキャナダのブリティッシュ・コロンビア州に入る。片山は精密なトポグ
  ラフィック・マップ数綴りのほかに、磁石は当然として、グレート・フォールズの町で買った
  天測用の六分儀を持参していた。
   国境を越えてから七マイルほどの森にテントを張る。四角なテントではもう夜が寒すぎるた
  めに、ロッジボール・パインの若木を数本斧で切倒し、それを支柱にしてインディアンの三角
  形の天幕(テイピー)を張る。天井の中心に煙抜きがあるので、テイピーのなかで焚火ができ
  る。焚火に掛けた大鍋でエルク・ソーセージを熊の脂肪で揚げると、なかなか乙な味がした。
   だが、困ったことは、国境に近づいた頃から、外観が小型のクマに似たイタチ科の、凶悪な
  ウルヴェリン(クズリ)が、毎夜のように押しかけてくることだ。
   二十センチほどの尻尾(しっぽ)を含めて全長約一メーター、体重わずかに二十キロほどとは
  いえ、ウルヴェリンは、アフリカのハニー・バッジャーと共に、体重当りの獰猛(どうもう)さ
  からすると、動物界最強のファイターだ。







Youtube -
Meet the Real Wolverine by Nature on PBS
https://www.youtube.com/watch?v=P3xhQm7wMxI







   猛烈な食欲の権化であるウルヴェリンは、獲物を倒して食事にかかった、自分の二十数倍の
  体重の灰色熊(グリズリー)を強力な爪(つめ)と牙(きば)で絶え間なく攻撃して獲物を横
  取りすることさえある。
   ウルヴェリンは、ゴムのような皮と肉のあいだにクッションがあって、噛みつかれても強力
  なパンチを浴びても、あまりこたえないのだ。
   おまけに頭がよく、罠猟師が木の上や岩を重ねた地下に隠してある非常用の食料を貪(むさ
  ぼ)り食った上に、食い残しには大小便を引っかけておくという悪辣(あくらつ)さだから、
  キャナダとアラスカでは害獣のナンバー・ワンになっている。
   その上にウルヴェリンは、ヤマアラシ(ポーキー)と同じように、汗の塩分を求めて、馬具
  の革や毛布などをズタズタに嚙みしゃぶってしまうのだ。リスも食料や塩分を求めて悪さをす
  るが、馬具の革までは嚙み破らない。
   ウルヴェリン対策には、エレーンがシックス・ポイント・ランチからわざわざ運んできた金
  属製のアニマル・トラップ(トラバサミ)が役立った。
   ウルヴェリンは、ずる賢いから、罠にかけることは非常にむつかしい。だがエレーンは罠猟
  にかけては最高のプロであった。
   トラバサミにかかったウルヴェリンのなかには、罠にはさまれた自分の脚(あし)を食いち
  ぎって逃げる奴もいた。そうでない奴は物凄い唸り声をあげ、牙を剥きだして反撃しようとす
  る。
   片山は、そんなウルヴェリンの頭を斧で断ち割り、皮を剥ぐ。
   吐く息が凍りつきにくいとされているため、ウルヴェリンの皮は、防寒パーカーのフード用
  に珍重されているのだ。
   膀胱(ぼうこう)や臭腺袋は中身がこぼれないように巧みに取出し、次のキャンプ地でウル
  ヴェリンを防いだり、あるいは罠のルアーとして中身を利用する。

 (つづく)




大藪春彦 著『孤高の狙撃手』(エッセイ集)
光文社文庫
 2004/6/20







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Last updated  2022年01月30日 17時56分50秒


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