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Photo by Golden Ginkgo
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大藪作品『傭兵たちの挽歌』
U.S. GERBER Folding Sportsman II 用スキャバード製作企画
第七章「煉獄の戦士」Vol.11






  『(※ 前回 からのつづき)

   国境からブリティッシュ・コロンビアの北端までは約八百マイル、ノースウエスト・テリト
  リーのグリズリー・パウ湖までは千マイルもある。
   一日に三十マイル進めると単純計算しても、グリズリー・パウ湖に近い赤い軍団の秘密基地

  うことを諦(あきら)めたと思いこむか、あるいはどこかでのたれ死にしたと思って油断する
  という利点もある。
   それからも毎日、キャナディアン・ロッキーに沿って北上を続けた。
   馬が参るごとに、元気が残っている馬二頭に片山とエレーンが乗って、山に放牧されている
  馬を投げ縄で捕えて替え馬とする。キャナダの馬はモンタナの馬より登りに弱いようだ。役に
  立たなくなった馬は、焼き印のあたりの皮を剥ぎ取ってから放してやる。
   国境から百マイルほどのクーテネイのシングレア・パスから、さらにその先二百マイルの
  レッド・パスのあたりまでは、ロッキーの東側にバンフやジャスパーといった有名なリゾート
  地帯を控えているせいで、数本のハイウェイが横切っている。
   夜明け前の一番車が通らない時刻を択(えら)んで片山たちは道路を横断した。レッド・パ
  スを越えた頃には、モンタナから連れてきた馬はすべてキャナダの馬に替わっていた。乗馬中

  のスノー・パック・ブーツをはいている。
   キャナディアン・ロッキーには毎日のように風が吹き荒れていた。風に顔を向けると息が出
  来ないほどだ。吹雪も激しい。小さなロッキー・マウンテン・メープルは、キャナダのシンボ
  ルである東部のカエデとちがって、葉の形も完全にちがい、幹からはうまいメープル・シロッ
  プも採(と)れない。

  ル・ヘンと呼ばれるブルー・グラウスやラッフルド・グラウス(エリマキ・ライチョウ)、冬
  眠中のやつを岩から掘りだしたホーリー・マーモットやウッドチャック、それにヤナやヤスを
  使って捕えるカマス(パイク)やさまざまな種類のマス、それに片山がクロスボウを使って禁
  猟区で易々と射ちとめるビックホーン・シープやキャナディアン・ムースの肉や内臓で生きの
  びていた。
   動物の内臓から取出した半消化の植物や、エレーンが採ってくるアルパイン・オニオン等の
  食用の球根や野イチゴ類のせいで、二人ともビタミンCに不足しない。
   ゴールデン・マントルド・スクイーレルのような地リスや赤リスなどの木リス(ツリー・ス
  クイーレル)、それにイエロー・パイン・チップマンクいった小さなシマリスが真冬にそなえ
  て木の空洞(くうどう)や根の下などにたくわえてあったブナやカシなどの木の実はデンプン
  質の補給になった。
   出発してから約一か月後、片山たちはウィリストン湖の北端で再び大陸分水嶺を越えてロッ
  キーの東側に移った。太平洋から時々吹く暖風(スヌーク)のせいか湖はまだ氷結してなかっ
  た。
   このあたりの野生山岳シープは、もう褐色のビッグ・ホーンでなくて、灰黒色の体のストー
  ン・シープだ。
   すでに二人のインディアン・テント(ティーピー)は、ここに来るまでにしばしば、蛋白
  (たんぱく)質と脂肪に飢えきった冬眠前の灰色熊(グリズリー)に襲われ、テントのキャン
  ヴァスを鋭い爪(つめ)に引裂かれて食料の肉を奪われたり、馬を二頭殺されて内臓を食われ
  たりしていたが、その夜襲ってきたグリズリーは、飢えのために狂ったようになっていた。
   片山はその日の夕暮近く、一歳仔のストーン・シープをクロスボウで射ち、ほとんどの肉を
  五十メーターほどの高さのダグラス樅(ファー)の、地上から十メーターほどの枝に吊るして
  あった。
   熟成させずにすぐ食っても固くない上にうまい、肋骨(リブ)のまわりの肉を片山とエレー
  ンが焚火(たきび)で炙(あぶ)っている時、そのグリズリーは枝に吊るされたラムの肉を手
  に入れようと、太いダグラス・ファーの木に体当りしたり、立ち上がって樹皮を掻(か)き
  剥(は)がしたり、苛立(いらだ)って幹に噛(か)みついたりする。唸(うな)り声もあげてい
  た。
   三百キロぐらいの牡グマ(ボアー)であった。グリズリーは爪が長すぎて樹に登ることが出
  来ないのだ。
   ダグラス・ファーの木に八つ当りしていたそのグリズリーは、ブタのような目を血走らせ、
  背中のコブのシルヴァー・チップの毛を逆立たせ、ティーピーに向けてまともに突っこんでき
  た。馬よりも早いダッシュだ。
   片山とエレーンは、グリズリーが枝に吊るしたラム肉を奪おうとあせっている間に防禦(ぼ
  うぎょ)の手筈(てはず)をととのえていた。
   燃える薪(まき)を外に放りだしてティーピーから跳びだした二人は左右に分れた。
   片山は矢をつがえたクロスボウを構えた。エレーンは装塡(そうてん)した二六四マグナムの
  ライフルを肩付けして、矢の威力がグリズリーに対して不足した場合のバックアップ・ショッ
  トにそなえる。銃を支えた左手に懐中電灯を持って、その光をグリズリーに当てる。



Youtube -
barnett commando 175lb crossbow by animal tendencies
https://www.youtube.com/watch?v=6l_xg9oUdfI





Shooting Barnett Commando Crossbow by xtremgrl
https://www.youtube.com/watch?v=2-DzbMQytsg






   グリズリーが四十ヤードの距離に迫った時、片山はクロスボウの引金を絞り落した。すぐに
  雪上に片膝をつき、クロスボウの銃床を折って弦を引く。
   約三十五ヤードの距離で、グリズリーの顎(あご)の下をかすめた四枚刃の矢は、胸に深々と
  射ちこまれた。
   血も凍るような咆哮(ほうこう)をあげたグリズリーはマリのように転(ころ)がった。
   しかし、グリズリーは射たれると、致命傷を負ってなくてもまず転がるクセがあるから、片
  山は素早く二本目の矢をコマンドウ・クロスボウにつがえた。
   果たしてそのグリズリーは、肺から逆流する血を口からこぼしながら四本足で起き上がり、
  再び突っこんできた。
   片山は再び矢を放った。クロスボウを放りだし、腰のホルスターのG・Iコルトを抜いて撃
  鉄を起す。
   二本目の矢を心臓と肺に射ちこまれたグリズリーは、突んのめると、勢いあまって雪上を
  滑(すべ)ってくる。
   片山とエレーンは、大きく左右に逃げた。
   ティーピーの入口から五メーターほどのところで停(と)まったグリズリーは、断末魔の唸
  りを漏らし、全身を痙攣(けいれん)させた。
   片山はそのグリズリーの背骨を三本目の矢で砕いてトドメを刺す。エレーンは顔の産毛(う
  ぶげ)を総毛だたせて震えはじめた。
   そのグリズリーからは、料理用の脂肪が大量にとれた。シカの脂肪はローソク臭くて料理に
  は向かないが、クマ類の脂(あぶら)は豚脂(ラード)や牛脂(ヘット)よりもうまいという
  者もいる・・・・・・。


   片山たちは渓谷と林とメドウの境をたどって、レッド・ウルフ一族の本拠地があるムスクワ
  河の上流に一日一日と近づく。未明には気温は零下二十度Cぐらいに下がる。
   かつてはストーン・シープ猟のメッカであったこのあたりは、ムースが異常なほど多い。ア
  ラスカン・ムースよりも少し小型だが、それでも牝(カウ)を連れているスプレッド六十イン
  チ以上のヘラ状の角を持ったレコード・クラスの牡(ブル)をしばしば見た。
   仔(カーフ)を連れた牝(カウ)ムースなど、薄暗い夕暮だと十メーター近くをパック・ホース
  が通っても、近視眼を見開いて珍しそうに見つめている。一時間ほど馬に乗っているうちに、
  そんな親子を二十組以上も見ることがある。
   ちょうどサカリ(ラット)のシーズンなので、角が無い馬を牝(カウ)ムースと間違え、鼻
  息荒く乗っかってくるブル・ムースもいる。
   ある時は、灰色の森林狼(ティンバー・ウルフ)の一族が、年老いたためにひどく小さな角
  しかその年は生やすことが出来なかった牡(ブル)ムースを深い雪の吹き溜りに追いつめ、自
  由のきかない体で必死に反撃しようとするそのブルのハラワタを引きずりだしたり背や尻の肉
  を食いちぎって丸呑みにしたりし、生きたまま貪(むさぼ)り食っている光景に出くわした。
   林やメドウは独身のブル・ムースの、グーッ、グーッという威嚇音の響きに満ち、片山が
  戯(たわむ)れにオンワー、オンワー・・・・・・と挑戦のコールをたててみせると、木の枝をバリ
  バリへし折りながら、目を血走らせたブルが迫ってくる。
   エルクは少なかったが、時々、マウンテン・キャリブーの数百頭の大群を見る。キャリブー
  が移動する際のクルブシのカチカチ鳴る音は遠くからでも聞える。
   グリズリーに殺されて食いちらかされたムースの残骸(ざんがい)もしばしば見る。この寒
  さなのに物凄(ものすご)い悪臭を放ち、片山は、アフリカでライオンや豹(ひょう)を待射
  ちするために仕掛けたインパラやウォーターバックやイボイノシシ(ワートホッグ)などの
  囮(おとり)の死骸の腐敗臭を思いだした。
   グリズリーは雑食獣だが、肉食性が強い。ライオンや豹と同じように腐った肉が大好きなの
  だ。


   ビーヴァー・インディアンのレッド・ウルフ老人は、無愛想ながら、快く片山を客人として
  迎えてくれた。エレーンと片山はウルヴェリンの生皮(なまがわ)三十枚ほどを進呈する。
   集落の外れの天幕(ティーピー)がエレーンと片山のために提供され、片山はそこで三日間
  休息をとった。エレーンと体を交えたあと、
  「俺は明日一人で出発する。世話になったな。保安官補のチャーリー・ストーンヘッドのこと
  で君に助けてもらったことは忘れない。だが俺はもっと北に向わねばならんのだ。どうしても
  やりとげねばならぬことがあるんだ。俺の我儘(わがまま)を許してくれ」
   と、暗い眼差しで言う。
  「教えて、あなたの本当の目的を・・・・・・これまでも、何度か尋(き)こうと思ったの・・・・・・
  でも、そのことを問いつめたら、あなたの心がわたしを離れるのでないかと思って黙っていた
  の」
   エレーンは片山にしがみつきながら激しい声で言った。
  「俺の女房と二人の子供は殺された。一年ほど前にパリで・・・・・・ある邪悪な組織がやった爆破
  事件に捲きこまれたんだ。その邪悪な組織の、醜悪な野望を持つボスが、ここからもっと北に
  隠れてるんだ。いや、俺を待伏せてるんだ。俺はそいつに報復する。君はレッド・ウルフか
  ら、ここから百二十マイルほど先から、四州にまたがった一般人立ち入り禁止の広大な地域が
  あることを聞いたことはないか?」
  「聞いたわ。軍隊のようなパトロールが、狩猟のために入ったビーヴァー・インディアンを見
  つけると、銃で嚇(おど)して追い返すそうよ。なかには、あのなかに入りこんだまま帰って
  こない仲間もいるそうよ。殺されたとしか考えられないって言ってたわ。何でも、あのなかで
  は、戦争ゴッコのようなことをやってるんですって」
  「あそこは、邪悪な組織の、秘密軍事基地なのだ。それに、中性子爆弾の研究開発所もある。
  君は信じないだろうが、あいつらはキャナダの都市や工場地帯を中性子爆弾で攻撃して、キャ
  ナダ全体を乗っ取ろうと企んでるんだ」
  「都会や工場が潰(つぶ)されても、わたしたちは生きていけるわ」
  「いや、中性子爆弾は、穀倉(こくそう)地帯や鉱山施設がある山岳地帯にも射ちこまれる。
  中性子線の放射能によって人間だけでなく動物たちも殺される」
  「・・・・・・・・・・!」
  「もし君たちが生残れても、狩るべき獲物がいなくなったら、どうやって君たちは生きていく
  んだ? だが、俺はキャナダの全住民のためを思って北に向うのではない。あの狂人をなぶり
  殺しにしないことには俺の気が済まないからだ」
  「やめて! 自殺しに行くようなものよ」
  「やってみないことには分らん。ともかく、俺は何としてでも生還する積りだ。生きて帰った
  ら、また一緒に猟をし、魚をとり、楽しい時を過ごそう。日本にも一緒に行こう」
  「どうしても北に向うというのなら、わたしも連れていって!」
  「いいかい、これまでは・・・・・・モンタナからここにたどり着いくまでは、楽しいヴァカンスの
  ようなものだった。だけど、これから先は本当の戦争、君の想像を絶する汚い戦争がはじまる
  んだ。これからは、はっきり言って、君が足手まといになる」
   片山の表情が冷酷そのものになった。
  「ひどいわ、そんな言いかた!」
  「君に告白しておくことがある。エレーン。俺は君が大嫌(だいきら)いな筈のグリーン・ベ
  レーにいたことがある。准将にまで昇進したことがある。人殺しのプロなんだ」
  「それでも、あなたを愛しているわ・・・・・・行かないで!・・・・・・もう何も言わないで!」
   エレーンは片山の唇を自分の唇でふさいだ。
   エレーンを説得するまでには未明近くまでかかった。その間、二度交わる。エレーンは二人
  の天幕(ティーピー)を出てレッド・ウルフのティーピーに行き、夜が明けてから戻ってくる。
   十時近くになって片山がレッド・ウルフに別れの挨拶(あいさつ)に行くと、パック・ホー
  スに替えて、極寒地向きの、集落内で最強の馬三頭を贈ってくれた。灰色の馬だ。しかもその
  馬たちは、放牧しておいても口笛で呼び戻せるだけでなく、西部劇に出てくる馬のように、馬
  上から発砲してもパニックにおちいらない、ということだ。普通の猟用の馬は、騎手が発砲し
  たりしたら恐怖で見さかいがつかなくなり、騎手を振り落として暴走する。
   よく鞣(なめ)したアメリカ野牛(バイソン)の毛皮二枚とキャリヴーの毛皮四枚、それに
  片山の食糧になるインディアン・ペミカン    粉末状にした干肉とブルーベリーと脂肪を混ぜ
  て固めたもの    を百ポンドと、馬のための燕麦百五十ポンドも贈ってくれた。
   エレーンは、集落があるメドウから片山が林のなかに消えるまで手を振っていた。

 (つづく)




大藪春彦 著『孤高の狙撃手』(エッセイ集)
光文社文庫
 2004/6/20







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Last updated  2021年04月04日 13時29分32秒


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