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昨日はわずか0.1%の塩基配列の違いが、肌の色、容姿、運動能力、知的能力、さまざまな性格、命に係わる疾患なりやすいかどうかなどに大きくかかわっていることを説明しました。今日はその違いの取り扱い方と注意点について深耕してみます。ガンにかかりやすい、脳卒中や心不全になりやすい、糖尿病になりやすい、痛風になりやすい、骨粗しょう症になりやすいという人がいます。ご先祖様から、そういう傾向の遺伝子を受け継いでいるのです。これは、両親、兄弟姉妹、祖父母、叔父や叔母、従妹など見渡しているとだいたい察しがつきます。そのまま放置しておくと、マイナスの遺伝子のスイッチが入ってしまう可能性が高くなります。定期的に検査をして、早期発見、早期治療をすることが肝心です。また、生活習慣や食習慣などを見直して、健康的な生活続けていると、重大な病気で突然死することは免れることができます。それはマイナス遺伝子を持っていても、スイッチがオンにならないからです。スイッチをオフにした状態では、遺伝子の問題を抱えていても病気にはなりません。放置したままにしておくと、ある日突然くも膜下出血やすい臓がんなどで亡くなる可能性が高くなります。さて、容姿、潜在能力、性格などは人によって様々です。これらについては、自分の特徴や個性を早くから掴むことが大事になります。なかでも他人と差別化できる強みや長所を早く掴むことが有効です。他人と比較すれば、自分の強みや弱み、長所や短所、得意や苦手は比較的簡単にみつかります。ここでのポイントは、弱み、短所、苦手、他人が持っていて自分にないものはそっとしておくことです。気になるので、それらを改善・修正して、せめて人並に引き上げようとすると、マイナスの遺伝子のスイッチがオンになる可能性が高くなります。逆に、自分の強み、長所、得意、好きなことに焦点をあてて生活していると、プラスの遺伝子のスイッチがオンになります。私たちは神経質性格を持っています。これを外向的で積極的な発揚性気質に換えてしまおうと考えるのは認識の間違いだと思います。森田理論学習によって神経質性格の強みや長所を掴み、仕事や日常生活に応用・活用していく必要があります。神経質性格者は、行動力、営業力、組織管理能力、人間関係の調整能力面では見劣りしますが、感性が鋭い、リスク管理能力がある。好奇心旺盛、興味や関心の幅大きい、粘り強いなどの優れた性格特徴を持っています。探究心、分析力、論理的、思考力、洞察力、創造力の面では優れた面があるわけですから、その方面を伸ばしていくことです。ネガティブな言葉、思考、感情、気分、身体症状にとらわれていると、頭の中を「防衛系神経回路」が作動するようになります。ノルアドレナリンが脳内を駆け回るようになると、やる気がなくなり、何ごとにも否定的、消極的になります。ポジティブな言葉を使い、前向きな思考、感情、気分、身体感覚を心がけていると、「報酬系神経回路」が作動してくるようになります。ドーパミンやエンドルフィンが活性化すると、行動力に火がついて、陽気になり、肯定的、積極的になります。村上和雄先生は、今まで遺伝子は一生変わらないものというのが定説でしたが、最近の科学では、環境やライフスタイル、精神状態によって、遺伝子の働き(スイッチのオン・オフ)は常に変化していると指摘されています。つまり遺伝子のスイッチのオン、オフの切り替えは、その人の心がけ次第でいくらでも切り替えができるのです。しかもプラス遺伝子の一つがオンになると、脳はネットワークを作って作動していますので、次々にプラスの遺伝子のスイッチがオンになります。生活の好循環が始まり、加速がついていくのです。遺伝子は弾みがついて連鎖現象が起きることを忘れてはなりません。逆に言えば、マイナス遺伝子のスイッチの一つをオンにすれば、次々にマイナスの遺伝子の連鎖現象が起きてしまうのです。生活の悪循環が始まり、加速がついていくのです。村上和雄氏は、次々とよい遺伝子のスイッチをオンにするために、ワクワクすること、楽しいこと、興味や関心のあることにどんどん挑戦し、生活の中に取り入れて、習慣化していくことが大事だと言われています。頭で考えなくても、自動的に身体が動いていくような状態にするのです。規則正しい生活、ルーティンワークを心がけていると、そういう状態になります。同時に、笑いやユーモアのある生活、感謝の気持ちを大事にして生活することも忘れないようにすることも指摘されています。
2026.05.31
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遺伝子に基づいてあらゆる生き物は作られています。遺伝子は身体を作り上げる設計図と言っても過言ではありません。人間のDNA、染色体、遺伝子の仕組みはどうなっているのでしょうか。DNAは、すべてA、T、G、Cという4つの塩基配列で書かれています。日本語表記では、アデニン、チミン、グアニン、シトシンです。その塩基数は、信じられませんが実に30億個あります。染色体は人間の場合は23対(46本)で構成されています。DNAがバラバラにならないように整理整頓して、23対(46本)に束ねて分類しているのです。その中の1対に性染色体(23番目の染色体)があり、この違いによって男性と女性に分かれています。遺伝子は人体の設計図のようなものです。これを元にして人体は作られています。遺伝子は、人間の場合、約21000個あります。かっては、遺伝子は10万個くらいあるのではないかと考えられていましたが、他の動物と大差はないことが分かっています。遺伝子は、建物でいえば基礎部分、柱などの躯体部分、壁などの外装、屋根、給排水設備、電気、ガスなどの配線や配管設備のことを言います。これらがきちんと完備されていなければ住む家とは言えません。これらは人間場合99.9%までは、ほぼ同じ仕様となっています。但し一部例外(たまにイレギュラーが発生する)があることは付け加えておきます。例えばダウン症いうのは、21番目の染色体が1本多いことが分かっています。ここで確認しておきたいことは、脳や目や耳や鼻を作ったり、血管や神経、筋肉、内臓などの設計図は、黒人、白人、黄色人種に限らず全人類共通ということです。見た目はかなり違いますが、人間である限り機能面では大差はないということです。人によって風貌や性格や能力などの違いが生まれるのは、驚くことに、わずか残り0.1%の塩基配列が異なっていることによって起こります。しかし、たかが0.1%といっても、その数は300万文字ほどあります。この300万個の塩基配列の違いが、別々の特性や個性を作りあげているのです。目が黒いか青いか、髪が黒いかブロンズか、皮膚の色が黒いか白いのか、鼻が低いか高いか、背が低いか高いか、あるいは将来どういう風に変化するのかは、この0.1%の塩基配列の違いによります。身体の違いだけではなく、容姿の違い、運動能力の差、知的能力の差、性格の違いなどもそうです。例えば、ピアノの辻井伸行さん、バイオリンのHIMARIさん、ドラムのYOYOKAさんなどは、生まれつき絶対音感を持っています。この人たちの類まれな音楽的能力は、間違いなくご先祖の遺伝的素質を受け継いでいるのです。ガンになりやすい人、脳卒中になりやすい人、糖尿病になりやすい人などもそうです。不安にとらわれやすい人、すぐに流すことができる人かもそうです。アルコールに強い人、弱い人、煙草が好きな人、嫌いな人。運動神経の高い人、低い人、運転技術の高い人、下手な人、動体視力の高い人、弱い人、気が短い人、そうでない人、料理の好きな人や苦手な人、神経質性格者か発揚性気質の人がどうかに至るまで様々な特徴や個性を作り出しています。この0.1%の違いをどう理解して、どう取り扱うようにすればよいのでしょうか。他人の長所や強みと、自分の欠点や弱みを比較しても嘆き悲しむのは問題ではないでしょうか。人間は欠点や弱みを持っている反面、長所や強みも持っているのではないでしょうか。トータルでいえばバランスがとれているように思います。またそれは正比例しています。極端に大きな欠点や弱みを持っている人は、反対に考えられないほどの強力な長所や強みを持っていると思っていたほうが正しい見方のように思います。ですから、大きな欠点や弱みだけを見て、その人を批判・否定するのは問題です。このように考えると、できるだけ早い時期に、自分はどういう遺伝的特徴を受け継いでいるのかを自覚することがとても大事になると思われます。この続きは、明日投稿いたします。
2026.05.30
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生活の発見誌2026年4月号から高良武久先生のお話を元にして考えてみました。「出家とその弟子」の著者である倉田百三氏は脊椎カリエスであったという。立っていることがままならなかったようです。帝国劇場で「出家とその弟子」が上演されたときは、横になって観ることしかできなかった。その倉田氏が、「いろんな病気をやったけれども、強迫観念ほどつらいものはなかった。強迫観念の苦しみに比べれば、他の病気はたいしたことではなかった」と言っていた。倉田百三氏の強迫神経症の主訴は、「観照の障害」だと言われています。あまりお目にかからない症状である。その症状次のようなものです。倉田百三氏は、自然と一体になって、そこに湧き出てくる心穏やかな感じを作品に投影していくことが作家としての自分の使命だと考えていたのです。ところがある日神奈川県藤沢でいつものように夕日を眺めていた時に不思議な体験をした。いつも湧き上がってくる夕日と自分との間に何とも言えない通じ合う陶酔の気分がまるで湧いてこないのである。夕日の美しさが心に湧きあがってこない。あらゆる手段を用いて、やりくりしてもどうにもならない。反対にそうしようとすればするほど、夕日の美しさが自分から遠ざかっていくのである。戯曲作家としての自分の将来にかかわる大変な事件だったのである。倉田氏を診察した森田先生は、百三の苦悩のもとは、観照に一番の価値をおいた理想主義にあると見抜いていた。事実に服従しないで、自分に都合のよいように事実をやりくりしようとするその態度に問題がある。しかし森田先生は、思想の矛盾を倉田氏に説明することはしていない。そのかわり、その苦悩を背負って小説を書けとすすめた。倉田百三氏は、「森田先生のおっしゃることは分からないではないのですが、感興が自発的に起こりもしないのに文章を書くのは私の良心が許しません」と訴えた。森田先生は、「書けても書けなくてもいい。ともかくペンを執って原稿用紙に向かいなさい。そうこうしているうちに感興はいくらでも湧いてくるものです」倉田百三氏は、しぶしぶ森田先生の命令にしたがい、本当につらくてきつい思いを持ちながら原稿用紙の前に座った。こうしてできた小説が「冬鶯」であった。この短編は多くの作品の中でも自信作であると本人が言われている。倉田氏はこの体験を元にして、「強迫観念が治らずに治った」と言われている。強迫観念というものは、最初は小さな不快な感じや考えを感じないようにしよう、思わないようにしようとするところから始まります。最初は自分の力が強くて、イヤな感情や思考をなくそうと追いかけているのですが、そのうち不安の方の力が大きくなって、形勢が逆転して不安にしつこく追い掛け回されるようになることを言います。七転八倒の苦しみでしだいに神経症のアリ地獄に吸い込まれていきます。
2026.05.29
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プ野球解説者の古田敦也氏のお話です。プロ野球選手は成功体験をくり返してきた人たちの集まりなので、壁にぶち当たってしまうと、元に戻そうとしてしまい、母校に帰って指導を仰ぐ選手がよくいます。私に言わせると意味がないと思います。なぜならプロとアマチュアはレベルが違うからです。違うからこそ、自分が変わらなければいけないのに、原点回帰を目指していては、元も子もないのです。古田さんはこんな話もされています。投手として入団してきた選手が、「僕の得意ボールはストレートです。自信があります。だからストレートでどんどん押していきたい」などと言います。しかし、その選手のストレートが140キロそこそこだったら、プロの打者ならすぐに打ち返します。プロの世界で飯を食っている人は、打撃のレベルが高校時代とは雲泥の差があるのです。さてそこでどうすればよいのか。一つには自分の持っているストレートをもっと速くしていく。145キロ後半から150キロ台になればプロの世界で通用するようになります。もしそこまでレベルアップができない場合は、他の抑え方を考えないといけないのです。制球力、変化球、球のキレなどの方法を工夫してみる。老婆心ながら、球のキレがよいというのは、打者の体感速度が実際よりも速く感じたり、浮き上がって見えるような球のことを言います。そういうふうに周りの環境に対応して自分を変えていくという気持ちや能力がないと、プロ野球選手としては残っていけないのです。ところが投手の場合、例えば「フォークボールを身に着けるとよいのでは・・・」などと提案しても、「フォークボールは得意じゃないから投げたくない」と固辞する人も多いのです。自分のスタイルを変えることを拒み、かたくなに現状維持を押し通そうとすることはリスクが大きく、選手生命を失ってしまうかもしれないことは分かっていても今一歩踏み出すことができないのです。(古田式・ランランク上のプ野球観戦術 古田敦也 朝日新聞出版社)この話は耳が痛い話です。他人からよいアドバイスされても、自分の今までのスタイルを変えないで現状維持を押し通そうとする人は多いように思います。たとえば森田理論の学習会で、規則正しい生活を心がけましょう。そのためには起床時間を守りましょう。また、運動不足で体調が悪い人にインターバル速歩を勧めることもあります。せめて階段の上り下りを日課にしてみてはいかがですか。外食ばかりで揚げ物ばかり食べているという人に、野菜中心の生活に切り替えませんか。毎日暇を持て余している人に、公民館活動に取り組んでみてはいかがですか。人を誘ってカラオケに挑戦してみてはいかがですか。今こんな良い映画が上映されていますよ。等々。少々お節介が過ぎるかもしれませんが、変化を促す様々な提案を行っています。しかし、馬耳東風で聞く耳を持たないで、暇を持て余し気味というのはとても残念なことです。神経質性格者は、元々好奇心が強い。興味や関心の幅が広いという性格特徴を持っているわけですから、活かさない手はないと思いますが、如何でしょうか。
2026.05.28
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進化論を唱えたダーウィンは、「この世に生き残るものは、最も力が強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは変化に対応できる生き物だ」言っています。それがよく分かる事例を紹介しましょう。サボテンは熱い日照りが続く砂漠のようなところで生きています。植物は水が切れるとすぐに枯れてしまいます。周りにはほとんど植物が生えていません。サボテンは水分の蒸発を防ぐために、表面積をできるだけ小さくしています。球体か棒状の形をしています。そして分厚い皮をまとっています。だが水をたくさん含んでいる植物は外敵に捕食されやすい。そのためにトゲをたくさん生やしているのです。砂漠で生きているラクダはコブを持っています。コブの正体は脂肪です。何日も食事にありつけなくても、エネルギー補給の仕組みを持っている。水はどうしているのか。実はラクダの血液のなかには大量の水が蓄えられている。砂漠で生きるための工夫はそれだけではない。砂嵐から目を守るために長いまつげを持っている。さらに鼻の穴は開閉できるようになっている。砂に足が埋まらないように、足の裏の面積は広く平らである。サボテンやラクダが変化を拒み、現状維持でよいと思っていたとしたら、生きのびることができたかどうか疑問である。多分淘汰されて生き延びることはできなかったと思われます。我々人間も変化に対応して、過去の自分を見直して、自分を変化に合わせて変革を続けていくことが大事になります。調子のよいときや成功を収めた時、ホッとして気を抜くことがあります。たとえば、飽食三昧の生活を送っている。欲しいものは何でも手に入る。お金に不自由したことがない。住むところは親が用意してくれている。親が亡くなっても不動産や財産を相続できる。だから仕事はしないで、好きなときに好きなことをして暮らせばよい。現状に胡坐をかいたような生活は、いずれ心身ともに廃用性萎縮現象が起きてきます。緊張状態が弛緩状態に切り替わり、元気がなくなり、覇気が感じられないようになります。これは静かに徐々に進行し命を蝕んでいきます。「これはまずい」と気がついたときはすでに時遅しということになりやすい。特段問題や課題がないときこそ、心を引き締めて次の課題や目標を意識して、カメレオンのように変化していく気持ちを持って生活していくことがとても大事になります。今年の玉ねぎは球太りもよく、サラダにするとシャキシャキしている。玉ねぎは葉の部分も食べられます。ミニトマトやナスなどの夏野菜も順調に成長し収穫が楽しみです。
2026.05.27
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現状に特段問題がなければ、敢えてリスクを冒してまで現状変更は必要ないのではないかという人がいます。現状維持で十分満足だという考えを持っているのです。そんな人はどんなことを考えているのでしょうか。食べることに困らない、どちらかというと飽食三昧である。生活必需品はほぼ完備している。住むところもある。失業して無職になっても親が面倒を見てくれる。親が亡くなっても不動産や遺産を相続できる。一人っ子なので総取りできる。贅沢はできないかもしれないが、経済的にはなんとかなると思っている。物質的に豊かな世界に生まれて成長してきたので、食べ物を求めて必死に生きてきた経験は持っていません。今の生活に満足している人は、森田理論の「生の欲望の発揮」と言われてもピンときません。大きな目標を掲げて意欲的、挑戦的な生き方をしたいと思っている人はそうされればよいと思います。でもそれを他人に押し付けることは止めてもらいたいです。毎日愉快に楽しく生活しているのに、どうして敢えてしんどい思いをしなければならないのですか。無理をして失敗してしまえば、身体や精神的なダメージを受けて、立ち直れないことも考慮した方がよいと思います。でも本音をお話しすると、悩みが全くないというわけではないんですよ。毎日の生活のなかで心の底から喜べることが少ないと思っているのです。なんかこのまま生きいてもむなしいなと思うことがある。すっきりした日本晴れの天気にあこがれているのですが、毎日小雨が降り続いているような鬱々とした日々が続います。抑うつ神経症、気分変調性障害がずっと続いているような感じです。時々精神科に行ってデパスのような軽い精神安定剤をもらって何とかやり過ごしています。いろいろな精神療法も調べてみましたがこれというのがありません。スッキリと心が晴れて雲ひとつない青空のようなもとで、生活を満喫できるような手っ取り早い精神療法があったらぜひ教えてもらいたいですね。現在森田理論学習に取り組んでいる人は二極分解しているように思います。一つには、好奇心や興味・関心のあることに積極的に取り組んでいる人。他方、そんな話を聞いても自分には全く関係のないことだと思っている。こういう人は、現状維持の生活にどっぷりと浸かっていて、他人の趣味や現在取り組んでいる苦労話を聞いても興味や関心が湧いてこないようです。目標や課題を設定して意欲的に生きていきたいという気持ちはあまりない人です。どちらかというと目がうつろで覇気が感じられない人です。こういう人は、変化を観察して、即座に対応するという考え方はありません。その時その場を無難に過ごすことができればそれで十分だという考え方です。変化対応を軽視すると、注意や意識は内向きになってきます。観念的になります。しだいに暇を持て余すようになります。精神的な重苦しさを埋めるために、瞬間的、刹那的、享楽的な刺激を求めるようになります。一瞬心がハイになりますがしばらくすると元の木阿弥になります。気持ちが晴れないで、むしろ自己嫌悪、自己否定感が強くなってきます。また、変化に対応するという気持ちが失われると「マンネリ化」に陥ります。「マンネリ化」は、注意や意識が内向きになり、目の前の出来事に向いていません。問題点や課題があっても、改善しようという気持ちが湧き上がらない状態です。周囲への関心がなくなり、現状に胡坐をかいて、変化対応力が失われてしまうのです。「マンネリ」に陥ると、暇をもてあそぶようになり、精神的には、緊張感がなくなり弛緩状態となります。ますます意欲が失われて、新しいアイデアは湧いてこなくなります。大脳が廃用性萎縮を起こしてくるのです。変化対応力の弱い人は、認知症になる可能性が高くなります。森田理論では変化に対応する生き方をお勧めしています。この生き方は、注意や意識が外向になります。変化を観察するようになります。気づきや発見があります。感情が動き出します。問題や課題、改善点や改良点が見つかると何とかしたいと思うようになります。次第に行動意欲が高まります。目的本位になる。物事本位になる。リスク管理ができるようになる。変化の波を避ける生き方は、無難な生き方ができるかもしれませんが、人生の醍醐味は味わうことはできません。リスクを避けてかえってリスクが高まるような生き方です。変化に対応する生き方は、一見するとリスクのある生き方に見えますが、その方が安定しています。人間が生きるということは、変化の波を予測して捉え、その変化の波に飛び乗る以外にないように思われます。我が家で挿し木から育てたアジサイが2年越しでやっと開花しました。
2026.05.26
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女子マラソンの指導者の小出義雄氏のお話です。以前、高橋尚子がアジア大会に行った時、こんなことがありました。当時の実業団チームの部長とコーチに、日本の予選を通過する前に、本大会があるバンコクの道路の状況やホテルの食事、日本食のある店を全部調べてこいと言ったんです。会社側は「出場できるかどうか分からないのに視察の金は出せない」というわけ。「確かに会社としてはそうだろうな。でも、予選が終わってから下見したのではもう遅いんだ。小出が立て替えるから見てこい」といったんです。小出がそこまで言うのならと会社も渋々金を出して行かせてくれました。帰国した部長たちは、コースの写真も全部撮ってきた。「食事も大丈夫か」と聞いたら「大丈夫です」と言う。10回くらい確認しても「絶対大丈夫です」と言っていたが、大会当日の夜中の2時にご飯を頼んでおいたのに来ないんですよ。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 210ページ)これは大事なイベントを開催する場合、事前に予想される問題点は細大漏らさず取り上げて、一つ一つ丁寧に潰しておくことが大事だということだと思います。本番前や本番の時になって、想定外の異常事態が発生して大慌てしているようでは、成果を上げることは難しいということになります。神経質性格者は細かいことによく気が付きますので、こういうことは得意です。また、他の人たちにも想定される問題点を出してもらうようにすればより安心できます。本番前や本番では、臨機応変に対応しなければならないことが次々に起きます。外国に行った時などは、日本の常識は通用しないと思った方が無難です。そちらの方に多くのエネルギーや時間やお金がかかってしまうというのは、リスク管理が不十分と言うことになります。グチや不平不満でいっぱいになって、本来の目的を果たすことができなくなります。不安案件は湧き上がってきたら、忘れないようにメモ帳やスマホなどに残す作業が欠かせないと思います。私は老人ホームでの慰問活動が時々ありますが、演目ごとにチェックリストを作っています。それを見ながら前日のうちに持参するものを用意しています。さらに当日の朝も二重チェックして忘れ物がないようにしています。一つでも忘れ物があると、それが気になって本番で十分なパフォーマンスが出せないということをイヤになるほど経験しております。
2026.05.25
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森田先生のお話です。人が犬に吠えかかられたとする。もしこのときに小さい子供なら、母にしがみつき、そのふところに顔をうずめ、犬は見ないで泣き叫ぶ。このときは母という力の中に自分全体を投げ出して、これに頼り、帰依するから、ただ恐ろしかったというだけで、すぐに安心しまもなく忘れてしまう。また普通の人ならば、子供のようにはいかないから、仕方なしにその犬をみつめて、自分の態度を決めなければならない。このときには、その犬の一挙一動に対して、逃げるか、立ちすくむとか、あるいは追い払うとか、自然に臨機黄変の処置をとるようになる。このとき本人の心は、一生懸命に恐怖の対象である犬に集注しているから、無我夢中である。自分の身体の態度、足のふみ方などにも気がつかない。まして自分の顔つきや、心臓の博動や、気分がどうかなど、少しも内省し観察批判する余裕はない。これは心が、その対象である外界に向かっているからこれを心の外向化というのである。また前の子どもの場合を他力とすれば、この場合は自力であった。他力は、母の絶対威力に依頼して安心が得られ、自力は自分自身でその困難、恐怖の対象を突破して、不安から解脱するのである。強迫観念はこのどちらでもない。それはほえかかる犬の恐怖にたえないで、一時のがれの目先の安心を得ようとして、ただその犬を見ないように、顔をそむける。しかもそこに、母のような頼るものもないから、このとき本人の注意はどこに向かうか、といえばただ自分の不安の状態、すなわち自分の胸騒ぎ、脱力感とか、さむけやふるえとかいう事だけに集中し、心を奪われ、現実の対象を忘れ、自分の恐怖、不安の結果がどうなるかということが恐ろしくなる。すなわち、私は恐怖を恐怖するというのである。前の場合は犬に対して自己を忘れ、後者は犬を忘れて自己に執着する。これを精神内向化というのである。外向の場合は外界の事実に当面しているから、その事実が去ればまあよかったという歓喜が起こり、大丈夫という自信もできる。内向的なものは自分の気分を目標としていて、気分は事実とは無関係にいつまでも自分に内在しているから、日夜その恐怖に悩まされるようになる。「煩悩の犬追えども去らず」というふうに、他の犬と違って自分の心の中の犬だから、絶えず悩まされることになる。そして、この気分に対する恐怖、不安を中心として、さまざまな不安へと広がっていくのである。(神経質の本態と療法 森田正馬 白揚社 180ページ)不安や恐怖に対して、一旦はきちんと目を向けなければいけないと言われている。観察しないと、事実や事情や実態が分からないので、頭の中で事実を捏造するようになる。憶測が憶測を呼んで不安や恐怖は精神交互作用でどんどん膨れ上がっていく。これは自動車で交差点を右折する時も同じことが言える。信号機が青で対向車や電車が直進しているときは交差点の手前で待つことになります。対向車などがいないときは、次に交差点内を歩行者や自転車で通行していないかどうかの確認作業に入ります。いないことが確認できた時にやっと右折できる。意識の外向化が順序良く正しく行われないと事故につながります。周りの状況が未確認の状態で、右折するということは心がうわの空になっていたり、不安や心配ごとにとらわれている時である。事実にきちんと向き合い、問題ないときは、すぐに次の不安案件に注意を移すことが欠かせないと思う。
2026.05.24
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慈愛園子どもホーム園長の潮谷愛一氏のお話です。人間は平均400グラムの脳を持って生まれてきますが、それがわずか1年で800グラムにまで倍増するといいます。人生のなかで、ここまで急速に脳が成長する時期はありません。したがって、1歳までの時期というのは非常に重要で、ここでわが子の脳にいかにいい入力をしてやるかを、真剣に考えなくてはならないのです。お腹がすいたらオッパイをあげる。眠くなったら添い寝をしてあげる。おむつが濡れたらすぐに替えてあげる。母親が愛情を持って世話をすることで、子どもの脳を気持ちよい状態にしてあげなければいけないのです。アメリカで以前、猿を使った次のような実験が行われました。檻の中に、2つの手作りの母親猿を入れます。一つは布で作った猿、もう一つは針金で作った猿、その檻に子猿を入れると、どっちの方に行くか。ほとんどの子猿が、布の猿のほうへ行くのです。子猿は、冷たくて硬い針金よりも、温かくて柔らかい布を求めたのです。この実験を本で読んだ時、私は、日本のかっての育児のすばらしさを、改めて認識しました。オッパイ、抱っこ、おんぶ、添い寝、どれも柔らかくて温かくて気持ちのよいものばかりです。そういう気持ちのよい状態を赤ちゃんに送り続けることを通じて、母親の愛情が子どもに伝わっていたのです。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 105ページ)岡田尊司氏は「愛着障害」という本のなかで、生まれて1歳6か月までの母親と子どものスキンシップがその後の子どもの人生に決定的な影響を及ぼすと言われています。その期間を過ぎてから、後付けでいくらスキンシップを心がけても、すでに時遅しで身につけることはできないそうです。心の安全基地を持たないということは、安心安全な寄港地である母港がないということです。安全基地である母港があることで、安心して沖に向かって冒険をすることができるのです。母港を持たない人は、大海をさ迷う根無し草となってしまいます。英気を養うことはできなくなります。信頼できる後ろ盾を持たない人は、とても恐ろしくて冒険などができるはずもありません。他人は自分に危害を加える怖いものだという潜在意識を持った人が、自分の意志を相手に伝え、相手の気持ちや意思を確認して調和を目指して交渉するなどということは難しくなります。1歳から1歳6か月までは、子どもの「心の安全基地」を作るという明確な意思を以て子育てに取り組むことが大事になります。自分が愛着障害で七転八倒の苦しみを味わった人は、自分の子どもや現在子育てで奮闘している人にきちんと伝えていく必要があります。
2026.05.23
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森田では「感情と行動は別」と言います。いくら腹が立っても、買い言葉に売り言葉で言い争うことは問題だと言っているのです。このことを心理学では脱同一化と言います。脱同一化とは、「感情と行動を分離」することなのです。どんなに不快な感情が沸き起こってきても、感情は自然現象です。心の中に入道雲のようなものが突然もくもくと浮かんでくるのです。普通はそれを地上から「力強い入道雲だな」と客観的に眺めています。もし仮に、入道雲のなかの上昇気流はどんな感じなのだろうと興味が湧いて、飛行機で突っ込んでいけばどうなるでしょう。機体が激しく揺れて大変な目に合うことでしょう。生きた心地はしないでしょう。日本近海の太平洋が時化た場合、その時に発生する大波は9mからそれ以上に達するそうです。大きな船でも上下に大きく揺れます。気象情報がない時代は多くの船が遭難しています。現在は気象衛星が低気圧の発生と進路を正確に教えてくれています。そのときは、低気圧が通過するのを待つかそれを避けて迂回すれば遭難することはありません。粋がって敢えて力勝負をしようと思うと大変なことになります。大型台風が来た時に、柳の木は枝が引きちぎれんばかりに乱れ狂っています。一方日光街道の松の大木はびくともしません。頼もしい限りです。台風一過次の日、柳の木は何ごともなかったかのようにたたずんでいます。ところが日光の松の大木が無残にも倒壊していたことがありました。不快な感情の取り扱い方もこれと同じことです。買い言葉に売り言葉的な対応は、少しだけ気が晴れますが、その後の人間関係は悪くなります。神経質者の場合は、孤立する可能性があります。不快な感情が湧き上がった時、その感情を客観的な立場から眺めることができると、その後の展開は全く変わります。そのときは注射針を打たれたようなイヤな気持になるのですが、相手と喧嘩をして対立することは避けられます。その後の人間関係が一挙に崩れることはありません。「感情と行動を分離」して取り扱うことができる能力を身につけることはとても大事なところです。このことをメタ認知、脱同一化、脱中心化と言います。森田では自覚(気づき)を深めるといいます。あらゆる感情を自然現象として捉えて、客観的な立場から観察して眺め、山あいを流れる小川の水のように速やかに流していくということです。そして感情と行動に線引きを行い、行動はその時その場に合った適切な行動を選択して実行していく。この「脱同一化」の能力を高めるということは森田ではあまり学習してきませんでしたが、感情と行動を分離する、気分と行動を分離する、身体感覚と行動を分離するという面から見ると深耕してみる価値があります。
2026.05.22
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西田文郎氏のお話です。人間は4種類に分けられるという。これを参考にしてさらに分析をしてみました。①「環境変革型」・・・どんな状況になっても、環境の悪影響をまったく受けない非常にモチベーションの高い人です。すべてをプラスに捉えて即成果に結びつける人です。困難を乗り越えて、目的を達成する意欲やエネルギーがある人です。理想的な人です。世の中にはこういう人がおおむね5~10%存在する。②「環境順応型」・・・自分の目標を明確に持たず、いつも周囲に左右されている人。責任や義務を果そうという気持ちは持っている。仕事をさぼったり、手を抜くことはほとんどない。指示・命令されたことに対して真摯に取り組む。正直者、苦労人、辛抱人である。地道に組織に貢献するのでとてもありがたい存在である。しかし、できる限り辛いことに我慢する。耐えることばかりになると体調を壊し、精神疾患を発症することがある。しんどいことも引き受けてしまうので、心身ともに疲弊してしまうのである。目標や目的の設定能力はあまりない。こういう人がおおむね50~60%を占めている。社会の大半はこういう人で締められている。③「環境逃避型」・・・すぐマイナス思考になって環境から逃げ出そうとする人。気分本位で嫌なこと、しんどいこと、面倒なこと、困難が予想されること、気が向かないことなどはすぐに放り投げてしまう。平気で約束破る。責任や義務を放棄する。現状維持志向が強く、積極的に行動することは回避する。こういう人がおおむね20~30%存在している。④「環境破壊型」・・・自己防衛本能ばかりが強く、愚痴、言い訳、責任転嫁ばかりする。不快な感情と行動を分離できないで、暴言や暴力を振るう。人の足を引っ張り、やる気のある雰囲気や職場のいいムードを壊してしまう人。仲間から嫌われて孤立している。いわば寄生虫のような人です。依存的な人で、人の稼ぎを食いつぶしているような人である。当然嫌われ者である。いずれ仲間内から排除される。こういう人がおおむね15~20%くらいいる。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 158ページ)会社が人を採用する場合は、②の人が無難である。次に会社を成長・発展させるという面では①の人材も無視できない。①の人は、猪突猛進するところがある。ザルで水を掬うようなことになりやすいので、自分を下支えしてくれるような人とタッグを組むことを考えた方がよい。②の人は、会社生活だけがすべてというのでは心身ともに疲弊してくると思われる。生活のバランスを考えた方がよい。家庭生活、子育て、趣味や実益、生涯学習、隣近所との付き合い、人間関係などバランスを取りながら人生を楽しむようにした方がよい。③はきちんと監視していないと、手を抜くことばかり考えているので勤怠管理をきちんと行えば多少の戦力にはなる。営業でいえば、スマホの位置情報で勤怠管理をすることになる。いずれにしても、給料をもらうことが目的なので、たいした戦力にはならない。仕事の中で課題や問題点を見つけるようにすれば、仕事は面白くはなるが、問題はそれが継続できるかどうかである。どうしようもない人かというと、必ずしもそうとは言えない。神経症の人でも③のタイプの人をよく見かける。しかし自分の好きなことややりたいことを持っている人は、執着性を活かしてとてつもない能力を発揮している人がいる。こういう人は、「生の欲望」が強いので、自分の目標設定が大事になると思う。さらに、自分が一生涯にわたって携わる仕事を慎重に見極める必要がある。これがピタッとはまると安心してみていられる。④は会社や組織での仕事には向かない。自営業で仕事を探していくしか生きていく方法は見つからない。基本的に人と関わるよりも物と関わる仕事が向いている。10年くらい同じことをくり返しているとその道では、専門家、エキスパートと言われる人になる。そういう方向で生きていく。例えば、芸能や物つくりの面で「人間国宝」と言われるようになれば、孤立気味の人でも、みんなから一目置かれるようになります。そういう方向で生きていけば自他ともに活かすことができるようになります。
2026.05.21
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脳神経外科医で認知症に詳しい石川久氏のお話です。著書としては、「100歳まで冴える脳習慣10」(主婦と生活社)、「70歳からの脳が老けない新聞の読み方」(アスコム)などがあります。脳の神経細胞は一度失われると、皮膚や内臓細胞のように再生はしないので、普段からケアする必要があります。動脈硬化などによって血流が低下して、アミロイドβやタウタンパクという老廃物が蓄積すると、脳細胞は傷つけられて脳機能が低下します。これは40代から始まります。普段から脳を活性化させて脳の隅々まで血液を行き渡らせることが肝要です。石川医師は血流をよくする方法として、姿勢を良くして歩く、骨盤回しを行う。アイーン体操などを勧められている。アイーン体操とは、背筋を伸ばし両手を頭の後ろで組み、頭を寝かせて、顎を上げて10秒ほどキープをするというものです。次に石川医師は「新聞脳トレ」も勧めておられます。高齢者調査「JAGESプロジェクト」の2016年の調査では、新聞を読んでいない人は、読んでいる人に比べて1.51倍も認知症になりやすいというテータが示されました。石川医師は新聞の読み方を具体的に紹介されています。①人物の名前を思い出して、どんな顔だったか思い浮かべる。単に新聞を読んでいるだけでは、言語処理をする左脳は活性化しますが、空間情報処理をする右脳はあまり活動しません。脳の老化を抑えるためには、右脳も左脳もバランスよく活性化することが大切です。②広告活脳を勧めておられます。広告は短い文章と、少ない画像から最大限の情報を伝えようとしているので、そこから何かを感じようとしたり、創造を膨らませたりすることで脳が刺激され、基礎思考力が鍛えられます。週刊誌の広告などからどんな内容の記事かを想像してみる。健康法や相続関係の特集記事から自分の取り組みを考えてみる。③上下逆さ読みを勧めておられます。文字を逆さにして読む場合、右脳は逆さまの文字を画像として認識し、これを元に戻そうとして活発に働きます。自ずと集中力も高まる逆さ読みは、脳トレに最適です。ただ、長時間行うと脳も目も疲労困憊になるので、1回5~10分、1コラムくらいが適当でしょうということでした。認知症予防には、日頃から好奇心を絶やすことなく、主体的に情報に接していくことが必要です。また、認知症の一番の敵は孤独感です。テレビやニュースを垂れ流し、受動的に情報を得ているだけでは脳は衰退し続けます。新聞を上手に活用することで、会話の引き出しが増え、一人であっても社会やコミュニティと繋がっている実感が持てます。それこそ、脳が老けないための極意です。(人間学を学ぶ月刊誌 致知 4月号 124ページ)
2026.05.20
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一言多いと言われる人は、自分の頭に浮かんだネガティブな感情や考えをすぐに人前で口に出す人である。たとえば、カラオケが苦手な人が歌を唄ったときに、「下手くそだね。人前で歌うときはもっと練習しないとダメだよ」などという。約束の時間に遅れて来た人に、「人の時間を何だと思っているのだ。約束の時間を守らないとみんなが迷惑する」などと非難する。その人がいない場で、その人の人格や行動を取り上げて面白おかしく噂話をする。せっかく配偶者が作ってくれた料理を、「この料理はまずくて口に合わない」などと非難する。電車でマナーを守らない人に対して、正義感を前面に出して注意喚起する。相手によっては反撃されてケガをすることがある。森田で愚痴は不平不満などは自然現象であって意思の自由はないと学んだ。相手の問題行動に対するネガティブの感情の発生もそうです。その時、こんなことを言えば相手にけんかを売るようなものだからしばらく我慢できればよいのです。良好な人間関係を維持するためには最低限心がける必要があります。これは森田理論でいえば、感情や思考と行動を分離することになります。分離できない人は、まだ分別がつかない幼児とよく似ている。図体は大人でも、やることなすこと幼児並というのでは社会生活は困難きわまる。あるいは酒を飲んで脳の機能が低下している大人とよく似ている。普段はおとなしい人でも、酔っぱらってしまうと、本音をさらけ出したり、暴力的になる人がいる。言いたい放題、やりたい放題で制御力は一時的に機能不能に陥っている。酔いがさめて反省しても、交通事故と同じで後の始末が大変になる。そんな人は、スズメバチの巣を見つけると、石を投げたり長い棒でつついてみたりする。あるいは、街中で反社会勢力の人に因縁をつけて、袋叩きにされるのとよく似ている。一言多い人は、人間関係を棄損し、まともな社会生活を送ることは困難です。こういう人は何としても改善しないと最後には孤立してくる。まずは自分はいつも一言多いという事実を自覚(気づき)することが肝心です。自覚できれば、人前では思ったこと感じたことをそのままべらべらしゃべることを抑制する方法を身につける必要がある。口外したくなったときに、歯止めをかけるようにする。これには、「割り込み動作」という手法が有効です。これができるようになると、一時的に感情の暴発を押さえることができるようになります。①口外したくなったときに、親指の爪を尖らしておいて、中指で押さえる。痛いのでそちらに注意が向く。②次に、「ん」で衝動を飲み込む。思ったことや感じたことを口にしそうになったときに、口を開かずに「ん・・・」と短く発音する。③思ったことや感じたことを口にしそうになったとき、例えば時計みる。スマホのメール確認を行う。メモの確認を行う。簡単なことばかりです。自分がやりやすいものを一つ選んで実行する。一つでは心もとないという人は、これら3点を立て続けに行う。これで一言多い発言が少しでも抑えられればうれしいかぎりです。
2026.05.19
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森田先生のお話です。僕も少年の頃、土佐の海で泳いだが、沖へ出て浜辺へ帰ろうとするとき、波が荒いので早く上がろうともがくと、波に巻き込まれたり砂に打ち付けられたり、ひどい目にあうのである。素直に波に乗って、静かに泳いでいれば、浜辺の方へ寄ったり、また先の方へ押し流されたりするうちに、しだいにしだいに浜辺に上がることができる。波に抵抗しないから、少しもくたぶれることはない。また、自分の心の自然の発動に反抗し闘争することを、禅では「一波を以て一波を消さんと欲す。千波万漂交々起こる」と言うことにたとえている。心に起こる雑念を抑えようと打ち消そうとすればするほど、ますます心の葛藤が激しくなるものである。私はこれを心の拮抗作用ということで説明している。(現代に生きる森田正馬のことばⅠ 生活の発見会編 白揚社 120ページ)これは精神交互作用の説明である。精神交互作用は、気になる不安、恐怖、違和感、不快感などを、なくしてスッキリしたいという気持ちになることから始まる。最初はそんなものは意志の力で何とでもなるものだという気持ちである。しかしなかなかとれない。それもそのはず、それらは天気と同じ自然現象だからである。それなのに向きになって闘いを挑むことになるとどうなるか。最初は不安、恐怖、違和感、不快感などを甘く見て追い回していたのだが、いつの間にか形勢が逆転して不安などの方が自分を追い回してくるようになるのである。このことを強迫観念という。注意と感覚は相互にマイナスに作用しあい不安などはどんどん膨れ上がっていく。仕事でミスや失敗をしたとき、人間関係で非難・否定されたときに精神交互作用が作動すれば、「もう自分はこの会社での居場所はなくなった。もう退職するしかない」などと最悪のことを考えてしまう。普通の人から見ると、誰でも絶えず湧きあがってくるような不安などが、自分の一生を左右するかのような問題に膨れ上がってくるのである。不安などは自然現象でどうにもならないものであることを素直に認める。それを抱えたまま目の前の必要なことを必要な範囲でこなしていくという態度になれば、時間の経過とともに不安などは霧散霧消していくということを森田理論で学習して、実生活に応用していくことが肝心である。このことを森田理論では「自然に服従して、境遇に柔順になる」という。この言葉を座右の銘にして、仕事や日常生活、人間関係などで実践している人は「森田の達人」と呼んでもよいと思う。
2026.05.18
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トーイズ社長の北原照久氏のお話です。北原氏は4人兄弟の末っ子でした。上の3人は近所でも評判になるほどの秀才でした。それに対して、彼は体育を除いてオール1でした。中学に入ると、勉強できないため授業をさぼるのが当たり前になり、盛り場に入り浸って喧嘩をしたり、悪友と遊び耽るようになりました。挙句の果てには、中学校3年生の2学期に、ある事件をきっかけに退学処分を食らいました。それを救ったのは母でした。次の言葉でダメ人間にならなくて済んだ。「お前の人生はこれで終わったわけではない。これからの人生の方がずっと長い。だからめげることはないよ。人生のやり直しはできないけど、出直しはできる」それから何とか高校に入れてもらった。800人中800番での入学だった。入学して間もない頃、3択式のテストがあり、たまたま勘がさえていて60点をとった。すると担任の沢辺利夫先生が、我がことのように喜び、思いもかけない言葉をかけてくれた。「北原、すごいな。おまえはできないんじゃなくて、やらなかっただけだ。やればできるぞ」本心から誉めてくれた先生のこの言葉が私の心に火をつけた。その結果卒業式の時には、学年トップになり、総代として謝辞を述べることになった。母親と担任の沢辺先生の温かい励ましがなかったら現在の自分はないと言われている。これからの経験から北原氏が学んだことは、子供や生徒に対して不平不満、愚痴、悪口、恨み、妬みを口にしている親や先生は、子供や生徒の成長の芽を摘み取ってしまっている。現在北原氏はおもちゃのことは知らないことはないというほど勉強されて、なんでも鑑定団で活躍されている。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 119ページ)過去のことを後悔したり罪悪感で苦しんでいる人は多いのですが、人生は一回限りのぶっつけ本番です。失敗や後悔のない人生なんてありえません。過去の不祥事で苦しむよりも、「人生はやり直しはできないが、出直しはできる」というふうに考えて、これから先の人生で帳消しにするという意気込みで取り組んでいくほうがよほど意味があります。私は集談会で、相手の話を最後までよく聞く。励ます。ほめる。のせ合う人間関係を作ることを心がけています。傾聴、受容、共感、許容の態度です。これでアットホームな人間関係を築くことができます。山本五十六の言葉に、「やって見せ、やらせて見せて、ほめてやらねば人は動かず」という言葉がありますが、親と子ども、先生と子ども、上司と部下、監督と選手、コーチと選手、先輩と後輩の関係はすべからくこうありたいものです。
2026.05.17
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楽器の演奏やスポーツなどで本番で舞い上がってしまい、練習の成果が出せないことがあります。これは脳仕組みを理解すれば納得できます。そして改善の糸口が見つかります。初めての曲を楽器で練習する場合、大脳の前頭前野が盛んに活動しています。アルトサックスでいえば、どこを押えていくのか(運指)は、前頭前野との対話そのものです。小節毎に区切って繰り返して練習していきます。次に小節をつなげて演奏出来る範囲を伸ばしていきます。そのまま練習を続けていくと曲りなりに全体を通して吹けるようになります。しかし、この段階ですぐに本番に臨むというわけにはいきません。なぜなら、前頭前野が盛んに「お節介」をやきに出てくるからです。「お前本当に大丈夫か」といわれれば、やっと吹けるようになったばかりで、予期不安でいっぱいですので、演奏どころではないというのが実情です。「継続は力なり」という言葉がありますが、さらに練習を繰り返して完全な状態に仕上げなければ、不安に押しつぶされてしまいます。ユーグレナ社長の出雲充氏は、459回の練習をくり返せば成功確率は99%に高まるといいます。200回の練習では成功確率70%、300回の練習では80%、400回の練習では90%と説明されています。そういう目標がはっきりしていれば、挑戦する意欲が湧いてきます。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 45ページ参照)このとき、脳内では面白いことが起こっています。ここでは、複雑なことは省いて肝心なことだけを説明します。練習を繰り返すことで、前頭前野主導から「大脳基底核」と「小脳」へ指示・命令系統の権限移譲が行われているのです。前頭前野が主導しているときは、「この指をこう動かして、次はあそこを押さえて・・・」一つ一つの動作確認を意識的にコントロールしています。この時は前頭前野がフル回転して、とても疲れやすく、しんどいばかりです。反復練習をしていると、そのパターンが「一連の流れ」として大脳基底核の線条体に徐々に書き込まれていきます。ひとたび演奏が始まると、線条体が「いつもの演奏を始めます」と合図を出すと、同じ基底核の「淡蒼球」などを介して運動野、側頭葉などに指令・命令が届きます。運動野、側頭葉などの主導で末端の筋肉などの器官を動かしているのです。ここで注目したいのは、前頭前野からの指示命令で手先が動いているわけではないということです。前頭前野が監視作業を止めて、休養に入っている時の方が成果が出やすいのです。練習が十分であれば、「自動モード」で最高のパフォーマンスを上げることができます。本番で成功を目指す場合は、前頭前野を休眠状態にさせることが欠かせないのです。前頭前野が「お節介」をやきに出てくるようでは失敗する可能性が高くなります。もう一つ興味深い事実があります。練習を何度もくり返すと、ニューロンの軸索にオリゴデントロサイトが巻き付いてきます。これは、ミエリン化と言われています。軸索を太くすることは、パフォーマンスに大きく影響します。軸索が太くなると、高速かつ強力に情報を飛ばすことができるようになるのです。よくあの人は頭がよい、機転が効くなどと言いますが、生活の習慣化、練習の繰り返しによって、軸索のミエリン化が進み、脳の活動レベルの高速化が起きているのです。最大で100倍の速さになるそうです。高速光ファイバーのイメージです。東大に入った人が言うには、いろんな参考書や問題集を幅広く学習するよりも、各教科で信頼できる1冊の参考書と1冊の問題集を擦り切れるくらいまで繰り返し学習する方が効率的だという。これは大脳の仕組みや働きを理解すれば納得できる話です。本番でいつもしどろもどろになって、練習の成果が出せないという人はぜひ参考にして取り組んでみてください。
2026.05.16
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木野親之氏のお話です。私は松下幸之助氏の名代として東方電気(現・松下伝送システム)の再建に取り組むことになりました。ところがこの会社は、マーケットはないし、設備もなければ、有為な人材もいない・・・。悪条件ばかりそろっていて、会社が存続しているのが不思議なくらいでした。その悪条件を書き出してみると、B4版の用紙に3枚になりました。3枚の用紙を持って松下さんのもとへ報告に行きました。それを見て「大変やな」と言ってもらえると思っていたのです。ところが、「悪いところはこれだけしかないんか。もっとあったらよかったのにな」と平然としていました。唖然としている私に、「きみなあ、この悪いところ一つずつ直していったら、その欠陥が全部財産になるんやで。その3枚の紙はきみの師匠だよ」東方電気では問題が次から次へと出てきます。松下氏は「困っても、困らんこっちゃで。困るというのは、きみの外側の問題やろ。その外側の問題に自分の心が左右されてはいけない。どんなに困る問題が起きても、自分がしっかりしていれば困ることはないはずだ」と申されました。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 115ページ)人は誰でも一見して解決困難な問題を抱えると、やる気が失せて、できない理由を色々と考える生き物のようです。暇を持て余して、満たされない心を刺激的、享楽的な欲望を追い求めることで癒そうとするようになります。さらに自己嫌悪、自己否定で苦しむようになります。そんなときは、この松下幸之助氏の話は参考になります。まず、目の前に立ちはだかっている障害物をすべて明らかにする。それらは神様から自分に与えられた課題や宿題と受け取る。私にはそれらを解決する能力があるから出されているのである。つぎに解決すべき問題を次の項目に従って区分けする。①今のやり方ではできない。②一人ではできない。③難しくてできない。④今の時期はできない。時期尚早である。⑤モチベーションが低くてできない。⑥複雑すぎてできない。⑦能力的に無理である。⑧資金不足でできない。⑨人材不足でできない。⑩生産手段が不足していてできない。原因が明らかになれば対策が立てられる。しだいに意欲が出てくる。優先順位をつけてできるものから順次手をつけていく。たとえうまくいかなくても、「努力即幸福」は味わうことができる。
2026.05.15
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立命館大学名誉教授の白川静氏のお話です。学問には、「志あるを要す、恒あるを要す、識あるを要す」という言葉があります。これは中国の有名な曾国藩という人の家訓にある言葉です。①「志あるを要す」は、目標や目的を明確にするということです。②「恒あるを要す」は、同じことを難度もくり返してやるということです。本などでも一回読んだから内容があらかた分かったというのは問題です。白川氏は、同じ本を何回も読む。重要なところ、いいなと思うところは書きながら読む。そして読み終わったときに書いた紙を復元してみる。それを2から3回やると本当のことを覚える。読んだことを自分の身につけるためには、繰り返さないといかん。そして要約して肝心要のことは球の中に打ち込んでおく。すると、後でその見出しの部分を打てば、ある程度ぱっと広がって内容が出てくる。これが大事なんです。③「識あるを要す」は、価値判断ができなければいけません。愚にもつかないようなことを一生懸命覚えても何にもなりません。知識は断片的では役に立たないのです。一つの面積、できれば立体的、構造的になるのがよろしい。「識あるを要す」というのは単に分別するということではなくて、自分の持っている過去の知識体系の中に、それをどのように組み込むかということなんです。単なる部分は消えてしまうが、全体の中の部分であれば、忘れることはない。この話は、難しいところがあります。さらに深耕してみたい。①森田理論学習の目的は、まず神経症を克服することです。それ以上に大切なことは、神経質性格者の人生観を確立することです。このような目標を設定すると、学習への取り組み方が変わってきます。②そのためにこれはという本を何度もくり返して読む。最低10回を目標にする。理想的には擦り切れるくらいまで読み込む。たとえば、神経症を治すためには、「実践森田療法」「森田療法のすべてが分かる本」(いずれも北西憲二先生)をお勧めしたい。神経質性格者の人生観を確立するためには、「森田正馬全集5巻」をお勧めしたい。これは分厚い表紙がついていますが、分冊にして実用書として活用していくことをお勧めしたい。これはと思ったところは項目別にノートに整理していく。項目別に分類する作業は、頭の中が徐々に整理されます。折に触れて、テーマに沿って読み返すと、自分の考え方がまとまってきます。これが神経質性格を活かした人生観の確立に役に立つのです。これの作業を3年、5年、10年と続けて、日常生活に応用していくと味わい深い人生を送ることができるようになります。③森田理論を生活や仕事、人間関係や子育ての中で応用・活用していくという視点を持っておく。森田理論学習と実践・応用は車の両輪です。バランスがとれていると、力強く前進させることができます。森田理論を深耕しているだけで、生活面の変化がほとんどないというのは、苦しみが解消されることはありません。森田の学習会に参加して、他の参加者の応用・活用例を教えてもらい自分の生活に取り入れていくのが有効です。
2026.05.14
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漁師の山田重太郎氏のお話です。最近の漁師は高性能な魚群探知機や他の船の無線情報を重視して、自然現象や魚が持っている特性などを軽視している。なかにはどこに漁船が多く集まっているかに注意や意識を向けている人もいる。するとみんなが一斉に同じころに集まり、結局魚を取り合うことになり思うような漁獲量が得られないと嘆くことになる。昔の漁師は自然の変化を読んで船を出していたという。例えば、この時期にこの花が咲けば潮の流れが変わり、沖に花かつおが来るなどといった。山田氏は自然を師と仰ぎ、水温や潮の流れなど、漁に出た時の周囲の状況を丹念に記録しているという。その結果分かったことは、時々鳥が群れているときがある。その下には必ず魚がいる。イカの子どもが生まれて群れだすとマグロが追いかけてくる。漁師の間ではシャチは疫病神のように言われているが、シャチはマグロを追いかけているのです。シャチの先回りをすることができると、マグロが面白いように釣れるのです。研究を続けるうちに、私はマグロの行動パターンが分かるようになりました。マグロは後ろから追いかけていっても釣れるようなものではありません。マグロは住みやすく食料の豊富なところに集まってきます。マグロの通り道にエサをくり返しまいていると、船の音を聞くだけでマグロが追いかけてくるようになります。マグロをペットのように手なずければ、向こうから集まってくるのです。すべての生き物は生きながらえるために学習します。その習性を研究して、それを活用した漁法を「山田式漁法」と言います。常識にとらわれない私の漁法を見て、最初の頃は「あいつ、頭がおかしくなったのではないか」と言われました。しかし私はなにを言われようと、「今に見ていろ」と研究を続けました。そのうち運や勘に頼ることなく、計算で確実に釣れるようになりました。好、不調の波がなく、いつ漁に出ても成功するのです。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 95ページ参照)今の世の中、情報があふれかえっています。フェイクニュースもたくさんあります。自分の目で確かめないで、情報を鵜呑みにして後で後悔するというのは避けたいものです。森田の原点に立ち返って、現地に出向いて、その情報の裏をとることが欠かせないと考えます。
2026.05.13
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元WBC世界ライト級チャンピオンのガッツ石松氏のお話です。おれはチャンピオンになるまでに11回負けて、5回引き分けているんですよ。引き分けは負けと一緒だから16敗もしているボクサーが世界チャンピオンになった例はないんですよ。その後世界チャンピオンを5度も防衛しました。普通1、2度負けると、おれにはボクシングの素質はないと思ってあきらめてしまいますよ。目標を見失って底辺の世界でただ食いつないでいく生活に甘んじてしまうでしょう。おれは「お前なんか、モノになるわけがない」と言われてバカにされ続けたけれども、じっと時期を待っていたんだよ。イメージとしては桜の木のようなもんだ。開花の時期が来ればみんながびっくりするくらいの花を咲かせて感動させるだろう。おれもいつかボクシングの世界で満開の花を咲かせる希望を持ち続けてきたんだ。ガッツ石松氏は、15歳で東京に出てきてから、いろんな仕事をされている。ネジ屋から始まって、弁当屋、喫茶店、酒屋の御用聞き、アイスクリームの配達、牛乳屋、印刷屋、ガラス屋、ラーメン屋、バーのマスターなど22、3種類の仕事をした。いわゆる底辺の仕事を転々としながら、ボクシングで世界チャンピオンになるという夢は貪欲に追い求め続けていったということだ。普通の人があきらめてしまう逆境をはねのけて、目的を果されたことが素晴らしい。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 100ページ参照)ガッツ石松氏は、反骨心旺盛で自分の夢を貪欲に追い求めていったということがよく分かります。失敗は反省して二度と同じ過ちは繰り返さないという教訓として次に活かしてきた。夢や目標を持って生活をするということは、人間として生きている限り、絶対に必要なものだということを教えてくれているような気がします。このことを森田では生の欲望の発揮と言います。それがなくなってしまうと、姿かたちは人間であっても、もはやまともな人間とは言えない。私は目標という点では、短期目標(その日の目標、週間目標)、中期目標(1~3年間の目標)、長期目標(生涯目標)の3つを持っていることが肝心であると思っている。短期目標は、規則正しい生活とルーティーン作業の習慣を作り、凡事徹底で取り組んでいくと達成できる。中期目標は、年の初めに日記などを見て大まかな目標を立てる。生涯目標はライクワークである。仕事でも趣味でも何でもよいと思う。目標が明確な人は、注意や意識が外向きになり、神経症で苦しむことは少なくなります。
2026.05.12
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トヨタ自動車相談役の張富士夫氏のお話です。トヨタでは「なぜ?」を5回繰り返す訓練のほかに、現場ではもう一つ、「見たか?」という言葉も教わりました。何かある度に「見たか?」と問われる。実際にものを見ないでアイデアを出したり、批判したりすると厳しく叱られるので、「見たか?」という言葉を自分に投げかけながら意見をいう習慣が養われました。失敗から学ぶことの大切さも教わりました。現場では失敗しても怒られることは全くありませんでした。「おまえが最初から成功するなんて、誰も思っていないから、思い切ってやれ。ただし、失敗したときには必ず原因をチェックしろ。そしてまずいところはすぐ直せ」というわけです。そういう姿勢で取り組むと、現場の仕事は随分忙しくなるものです。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 30ページ)森田先生も「見つめよ」と言われています。目の前の物を見つめていると感じが動き出す。例えば鉢植えの植物が水きれを起こしている。このままでは枯れてしまうかもしれない。すぐに水をやろうという展開になります。上司などから指示・命令されてする仕事は、どうもやる気が出ないという経験は誰でも持っておられると思います。これは、「見つめる」「感情が動き出す」「行動に移る」という流れではなく、有無を言わせないで行動することを強制されているのです。無理なく行動に移行するためには、「見つめる」「感情が動き出す」というプロセスを踏む必要があるということです。また、目の前の物を観察しないで、頭の中で判断して行動するととんでもない間違いを犯してしまうことが多くなります。観念中心の行動は、先入観、決めつけ、思い込み、早合点で拙速に行動することになるので始末が悪いのです。私たちの頭のなかには、雑多な成功体験や失敗体験が記憶として蓄積されています。同様の問題が出たときは、それらを基にして条件反射的に行動しているのです。ここで問題になるのは、失敗やミスの体験です。1回でもマイナス体験を持っていると、それが予期恐怖となり、積極的、挑戦的な行動が抑制されてしまうことです。過去のミスや失敗は次の成功のための反省材料として活かすべきものです。自己否定や尻込みの材料として活用していると将来の展望は開けてきません。ミスや失敗に学んで、同様のミスや失敗を避けるためにどういう点に気を付けたらよいのか。どういう対策を立てて実行すればよいのか。自分一人で無理な時は誰に相談すればよいのか。どういう協力を取り付ければよいのか。ミスや失敗を自己嫌悪、自己否定、隠蔽、ごまかし、責任転嫁の材料にするのではなく、そこから何を学び次の成功に結び付けるためにはどうすればよいかを考えることが肝心です。
2026.05.11
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人間関係で外証を整える時のポイントについて考えてみたい。①どんなに馬が合わない人でも、挨拶だけはきちんとする。これを意識して実行すれば、多くの人を敵に回すことはなくなる。②腹が立っても、買い言葉に売り言葉的な言動は抑える。怒りの感情が湧いてきたときに、それを態度に出すということは、スズメバチの巣を棒でつつきまわすようなものです。あるいは反社会勢力の人に因縁をつけるようなものです。最悪命に係わる惨事を招きます。そんなことをする人は幼児か酔っ払いのようなものです。よく腹が立ったときは頭に血がのぼっているなどと言いますが、実際は血は相手と戦うために手足に回っているのです。つまり頭が空っぽで冷静な判断力はありません。では腹が立ったとき、反撃の衝動を抑えられない人はどうすればよいのか。まずは緊急避難的行動(割り込み動作法)で数秒間の隙間時間を作りましょう。①親指の爪先をとがらせておいて、腹が立ったとき中指で押さえる。②さらに怒りの言葉が出そうなとき「ん」という言葉を発して踏みとどまる。③ある一点を見つめて気をそらす。この3点で5秒ぐらいは取りあえず我慢できるはずです。次にマインドフルネスの手法を使いましょう。腹が立ったときに、その感情を流れる雲を眺めるように、一歩引いてみるようにするのです。具体的には自分専属のレポーターにその感情の実況中継させるのです。これは客観化と言われる手法です。森田では自覚を深めるといいます。心理学では脱同一化と言います。つまり感情と自分を同一化しないで分離するという手法です。これを身につけると、人間関係はすぐに改善できます。③いやだ、しんどい、面倒くさい、つかれる、無意味だ、やる気が出ないなどという気分による行動は抑える。気分は自然現象ですからどうすることもできません。森田先生は富士山の強力の話をされています。普段は農作業をしている人が、登山シーズンになると強力になります。始めた当初は便所でかがめないほどの激痛がある。そこで休めば楽になるのですが、それでは仕事にならない。何日か我慢してボツボツ仕事をしているとそのうち痛みがなくなりシーズン通して仕事ができるようになります。主観的事実は大事ですが、客観的事実を見ることを無視してはいけないということです。この場合仕事をして生活費を得たいということです。その目的をしっかり持っていると、問題が収束してくるということです。気分本位になる人は、行動した場合のメリットとデメリット、行動しなかった場合のメリットとデメリットを書きだして分析することをお勧めします。たとえば、月曜日に出社したくないという気持ちになってしまう場合があります。そのときにこの手法を使って分析してみると、自ずから自分のとるべき行動が分かってくるようになります。
2026.05.10
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昨日の続きです。私が外証を整える上で最も重視しているのは、起床時間を6時20分に決めて実行していることです。もう14年になる。不思議なことに最近は目覚ましが鳴らなくても自然に目が覚めるようになった。起床時間が一定になると1日のスタートダッシュが可能となります。3月になると窓を開けて、太陽の光を体一杯に浴びることにしている。それから布団を収納し、着替えをして、このブログの作成に取り組んでいる。6時30分から8時まではブログの作成に充てている。その後は簡単な朝食をとる。そして洗面や歯磨きなどをする。新聞にざっと目を通した後は、一人一芸に取り組む。ストレッチ、ドジョウ掬い、傘踊り、100歳音頭の踊り、皿回し、カラオケ「男人生九十九坂」、南京玉すだれの練習をしている。その後11時過ぎまでは、明日の投稿材料を求めて本を読んでいる。それが早く終わればkindle電子本の作成に取り組んでいる。11時10分からは、オカリナとアルトサックスの課題曲の練習に励んでいる。本番であがらないためには、ひたすら練習を459回続けることと学んだ。これを信じて練習に真剣に取り組んでいる。昼ご飯を食べた後は、12時20分には125ccのバイクで仕事に出かける。1時から5時までの4時間、マンションの管理人の仕事をしている。仕事はルーティーン作業を淡々とこなしている。問題点や課題はないか探しながら取り組んでいるので、マンネリになることは少ない。最近発見したことで嬉しいことがあった。大量のカラスがやってきて解放廊下に糞をしていた。管理人仲間に相談すると、釣りで使うスジを張ると効果があるという話を聞いた。早速これをとり入れてみると、カラスが警戒してやってこなくなった。管理会社に報告したところ、早速指導員がやってきて写真を撮っていった。もう一つ最近取り組んだことで、良かったことがありました。マンションは時々内装工事があります。内装業者は千差万別で居住者に迷惑をかけないように細心の注意を払う施工業者もいれば、そんなことはお構いなしで杜撰な仕事をする業者もいます。そこで12点に渡り注意喚起の文章を作成した。他の管理人や管理会社の人たちの評判がよく、改装工事のときの提出書類の一つとして採用されることになった。その後5時30分過ぎには帰宅するので、自分が抱えている問題に取り組み、6時30分から晩酌を兼ねた食事をしている。その後は11時過ぎまでは自由時間である。ビデオに録画した番組を見たり、you tubeの視聴やネットマージャンなどをやっている。ときには疲れて仮眠をとることもある。私は外証を整えるために一番大切なことは、規則正しい生活習慣をつくることだと思っています。そして毎日同じ時間に同じルーティーン作業を確立することだと思います。これの利点は、「この次に何をしようか」と前頭前野で考える必要もなく、淡々といつもの作業が進んでいくことです。前頭前野をフル回転させる必要はありません。生活リズムがよくなります。神経症でイライラすることは少なくなると思います。
2026.05.09
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表題の言葉は、徒然草にある言葉です。森田理論学習の要点では「外相整えば、内相自ずから熟す」とあります。心のなかがどんなに苦しくても、まず形だけ整えてみる。「やる気」になるのを待つのではなく、外側(行動や態度)をひとまずととのえれば、不快な感情も、その外側につられて後退していくものです。例えば、勉強するには、まず椅子に座り、本を開く。宇佐晋一先生は、「心に用事なし」と言われています。私は集談会で、「靴が揃えば心が揃う」と教えてもらいました。私は大学卒業後書籍の訪問販売の仕事をしていました。対人恐怖症ですから、断られることがとても怖いわけです。そこでどういう対策をとったかというと、本を読んでセールス技術や話法を完璧に理解・体得してから仕事をしようと思いました。その日のノルマを達成するよりも、断り文句を巧みにかわして、成約に持ち込むにはどうすればよいのかそればかり考えてテクニックを頭の中で確立しようとしていたのです。買ってくれそうな人(見込み客)を厳密に見極めて、一発必中の営業で成果を出そうとしていたのです。そうすれば、断られることも少なくなり、精神的なダメージが少なくなると考えていました。後からこの戦略は間違いだということに気がつきましたがすでに時遅しでした。9年目に自分には営業の適性はないと判断して転職しました。成果を上げている人は私のやり方とは違いました。確率という考えを持っていて、ローラー作戦でどんなに多くの人に断られようができる限り多くの人に営業攻勢をかけるというやり方でした。私のように見込み客を選別するというやり方ではありませんでした。確率というのは、例えばサイコロをふると出目は6つありますが、最初のうちは頭の中に思い描いている数字が出ることはあまりありません。ところが2000回を過ぎた頃から、1から6の出る確率は不思議なことに16.6%に収束してくるという法則です。これを営業に当て嵌めると、2000回の営業をかければ、1667回は断られるが333回は成約に結びつくということになります。この考えでローラー作戦をとっていると、断られてもそんなに落ち込みません。むしろ、早く断られる数字を積み重ねていくほうが、成約に近づくと思うようになります。また断られることを経験することでセールス技術はどんどん向上していきます。私は途中で転職しましたが、そのやり方でどんどん成績をあげて、幹部にまで上り詰めた人がいたことを噂で聞きました。まずやる気や安心感を作り上げて余裕をもって営業活動をすれば、自ずとよい成果に結びつくというのは間違いだと思います。それよりも、未熟な営業能力のまま、不安を抱えたまま、確率理論を信じて、さぼらないで地道に営業活動をしていった方がよいということです。両者の差はどんどん開いていくばかりとなります。
2026.05.08
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セブンイレブンジャパンの社長をされていた鈴木敏文氏のお話です。昭和49年に福島県の二本松に店を出しました。地元の人は、「ここは6時過ぎると暗くなり、それ以降は駅に降りた人が帰宅するために通るだけだよ。あとはシーンとしていて、夜の11時まで店を開けていても来店する客はいませんよ」と怪訝そうにいっていました。私は、「ここの辺は夜、夜テレビを見ないのですか」と聞くと、「逆にテレビはよく見ます」という。「では受験生はこの地域にいないのですか」と畳みかけると、「いえ、いますよ」という。「それならば、みんな遅くまで起きているでしょう。テレビを見て起きている。勉強しているということは、もし便利な店があればちょっと買いに出てくるでしょう」と私は言いました。人間はいつの時代も、自分の世界だけにとらわれて、自分の立場だけから物事を見てしまいがちです。そうではなくて、そういった自分の立場から離れてみるということが大事です。客観的に見られるかどうかはとても大切です。自分の立場からだけ見ていたのでは、いつまでたっても、その能力は眠ったままです。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 42ページ)私たちは過去に経験した失敗や成功などは記憶として頭の中に残っていて、それを基にして目の前の出来事を判断してしまうという特徴があります。事実を確認する、改めて検証することをしなくなってしまうのです。拙速に先入観、決めつけ、思い込み、早合点で確信してしまうと、物事を見誤ってしまうことが起きます。みすみす絶好のチャンスを逃してしまうことも起きます。自分のことを、「なにをやってもうまくいったためしがない」と思ってしまうと、前向きにチャレンジしようという気持ちはなくなります。人を見る場合も、一度でも不祥事を起こしたことがある人を、危険人物と判断して相手にしなくなります。過去はそうだったかもしれないが、今度も必ずしもそうなるとは限らないと考えることができれば、少し明るい希望が見えてきます。取り組んでいるうちに弾みがついて、成功することもあります。その時過去のミスや失敗の経験が大いに活きてくることにもなります。エジソンは電球のフィラメントの材料を見つけるために5000回も失敗作品を作り続けました。エジソンはその失敗をプラスに捉えていました。フィラメントに適さない材料がまた一つ見つかったといって喜んでいました。物事を見るときに、先入観、決めつけ、思い込み、早合点で拙速に決めつけていないか。人の話を鵜呑みにして間違いないと決めつけていないか。事実は確かめたのか。現地に足を運んで確認したのか。この気持ちを持って振り返ってみることが肝心です。
2026.05.07
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私は週末の家庭菜園に力を入れています。これは60キロ離れたところに田舎があり、主に125ccのバイクで出かけています。ツーリングも楽しみです。時間は片道1時間10分ほどかかります。年間育てる野菜は数多い。ジャガイモ、タマネギ、冬野菜としてハクサイ、ダイコン、キャベツ、芽キャベツ、ブロッコリー、ホウレンソウ、ニンジン、夏野菜としてトマト、ナス、ピーマン、シシトウ、カボチャ、枝豆などである。今日は私が掴んだ春夏野菜を上手に育てるコツについて紹介します。仕事があるので週末や祝日、有給休暇をとって出かけています。ウィークディは手入れできません。ウィークディの水やりは自動灌水装置で行っています。畑は幸運にも実家の周りにあり、井戸水をポンプでくみ上げています。電源にタイマーを取り付けています。時間になれば水やりが自動でできます。蛇口のところから3ヶ所に分けてホースを伸ばし、その先にホームセンターの自動灌水チューブを取り付けています。安価です。暑さに応じて1日に1回から3回、15分程度自動で水やりができます。野菜作りをする時は、周りの草を刈ります。そしてミニ耕運機で耕うんします。そして牛糞堆肥、化成肥料、苦土石灰をまいて1週間は寝させます。最近は「リキダス」という微量要素を含んだ液体肥料を定植の時に使っています。気をつけたいのは鶏糞堆肥です。土の団粒化は期待できません。これは堆肥とはいっても肥料ですから、肥料過多になります。その後植えつけです。野菜はほとんど連作障害があります。特に、ミニトマト、ナス、ピーマン、シシトウ、ジャガイモなどのナス科の野菜は必ず植え付け場所を変える必要があります。そうしないと病気に罹りやすくなりますし、収穫量が少なくなります。1週間後に植えつけです。野菜は初期生育がとても大事です。これは子育てと同じです。つきっきりで面倒を見ることが必須です。野菜の苗がきちんと育つ期間は、無理しても何回も帰省します。というのは、地温が15度以下に下がると大きなダメージがあります。天気予報の最低気温はとても気になります。あと大雨も気になります。さらに、定植したての苗は風に極端に弱いのが特徴です。用心しないとすぐに枯れてしまいます。これらの対策としては、必ず黒マルチをしています。そこに植えつけます。風対策としては、畑の廻りにシカやイノシシ除けの防護柵を取り付けています。そこに風よけ用の網をぐるりと張っています。さらにしばらくは白の寒冷紗で苗を完全に覆って保護しています。これは100均で安く手に入ります。ミニトマトは雨に弱いので株全体をミニハウスのビニールで覆います。きちんと張らないと雨が降ったときにビニールが破損します。ビニールの張り方はコツがあります。これが分かるのに3年くらいかかりました。5月中旬以降になると、苗が大きくなって寒冷紗の中が窮屈になります。まだ独り立ちしているわけではないので、今度は肥料や堆肥の空き袋で作った行灯を取り付けます。風よけにはこれが一番です。初期生育を無事に通過すると一安心です。これは6月いっぱいかかります。野菜作りのコツは初期生育にあるというのが私が野菜から学んだことです。7月くらいから芽かきと追肥が大事になります。ミニトマトは10段くらいになると、それ以上は実はつきません。早く収穫が終わってしまうので、多少煩雑になりますが芽かきは厳密にしなくてもよいと思います。その方が収穫量が多くなります。私たちは専業農家ではないので、専門家の芽かきや誘引法はあまり参考にならないと思っています。この点では少しすぼらでもOKです。ナスは絶対に芽かきが必要です。ナスは芽かきをしないと木が大暴れします。特に接ぎ木苗の根元から盛んに芽が出てきます。これを確実に取り除くこと。そうしないと実がなりません。ピーマンなどは込み合わない程度の芽かきをします。シシトウは特に芽かきや誘引は必要ありません。追肥は根が伸びる先端に化成肥料を2週間に1回一つまみくらいやります。カボチャは伸び放題に伸びてきます。きちんと誘引してやることが必要です。特に、防護柵に蔓を絡ませて横に伸びてきます。そこに棚を作ってやるとよいようです。収穫期は7月からになります。ミニトマト2本、ナス2本、ピーマン2本、シシトウ1本、カボチャ2本を植え付けていまが、最盛期を迎えると山のように収穫があります。ナス1本から150本は確実に収穫していると思います。夏のマーボナスは極暑を乗り越えるスタミナ源です。晩酌の楽しみです。とにかくよくできるので、料理や加工方法はいろいろと勉強しました。食べ切れない野菜は近所の人や知り合いにお裾分けしています。こうしてみると、野菜作りというのは学校の先生が生徒を統率したり、会社の管理職が部下のマネージメントしているのと何ら変わりがないように思います。ニンジン、ホウレンソウ、枝豆などは自宅で芽出しをしてから、畑に移植するとほぼ成功間違いないと思います。これらの野菜は芽出しが特に難しいのです。枝豆は鳥がやってきて食べてしまいます。あとは栽培時期を間違えないことです。キュウリは作りません。毎日収穫しないと、次の日にはもう食べられなくなるほど大きくなりすぎるのです。今までいくら廃棄したことか。これは毎日畑に行く人はよいと思います。ジャガイモ、ダイコン、タマネギなどは誰でも比較的楽に作れます。神経症で悩む前にまずは家庭菜園をというのが私からの提案です。畑が借りれない人は、まずはベランダのコンテナ栽培から取り組みましょう。趣味と実益を兼ねた家庭菜園は楽しいですよ。
2026.05.06
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阪急電鉄や宝塚歌劇団などを作った実業家の小林一三氏の言葉です。「金がないから何もできないという人間は、金があっても何もできない」(人間学を学ぶ月刊誌 致知 2026年4月号 22ページ)こういうことを言う人は、本当はやりたくないのだと理解すれば分かりやすい。やらないと言うと、格好が悪いので、言い訳の方便としてこの言葉を利用しているとみた方がよいのです。これは人の為になることだから何としてもやり遂げてみたいという強い意志を持っている人は、どうすれば必要な資金を確保できるかを考える。最近はインターネットを使って不特定多数の人から資金を集めるクラウドファンディングという手法もあります。その他さまざまな資金集めの方法を調べてみるでしょう。自分でよいアイデアを思いつかない人は詳しい人に相談するでしょう。このようないいわけをする人は、「自分には能力がないからできない」「忙しくて時間がない」「道具や設備がないからできない」「協力してくれる人がいないからできない」「周りの人が反対するからできない」などという言い訳をする人です。困難な状況を踏まえて、どうすれば一歩を踏み出すことができるかと前向きに考えることは一切しない。神経質者は細かい繊細な神経を持っているために、良いアイデアをよく思いつきます。しかし、思いつくだけで、実行に移さなければ、アイデアを思いつかなかった人と結果は同じです。自分の神経質性格や能力や交渉力・説得力のなさを嘆いていると、自己嫌悪、自己否定感で苦しむことになります。このやり方は森田理論でいうと、事実に対しての向き合い方に問題があると思われます。事実を否定する。反抗する。敵対する。事実をごまかす、捻じ曲げる、不都合な事実を隠す、人のせいにする。責任転嫁をする。気分を優先する。事実を無視して、観念優先で「かくあるべし」を自分にも相手にも押し付けている態度です。一時的にはホッとしますが、後悔や罪悪感というつけはいつまでも続きます。ではどうすればよいのか。「金がないからできない」「自分には能力がないからできない」「忙しくて時間がない」「道具や設備がないからできない」「協力してくれる人がいないからできない」「周りの人が反対するからできない」などというネガティブな感情は事実ですから認めるしかありません。次にここが大事なところですが、そのネガティブな感情と自分を同一化しないことです。ネガティブな感情に引きずられて行動に移さないというのは芸がありません。ネガティブな感情と行動を分離することが大切です。心理学やマインドフルネスにメタ認知、脱同一化、脱中心化という手法があります。これはネガティブな感情を一歩引いて客観化する方法です。一呼吸置く手法です。そして冷静になってから事実の洞察や分析に移るというものです。自然現象である感情を、流れる雲を眺めるように、あるいは大河に浮かぶ浮遊物を川岸から眺めて、その様子をレポーターになったつもりで実況中継するのです。感情と行動の分離、気分と行動の分離は良好な人間関係を築くために大切なことです。
2026.05.05
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森田先生のお話です。ミスや失敗をしたときに、修養のできていない人は、すぐに自己弁護をする。不祥事をあらゆる手段を使って隠蔽しようとする。あるいは、人のせいにする。責任転嫁して私には何の落ち度もありませんというと言い張る。形外先生言行録に片岡武雄氏が次のような話をされている。ある入院生がウサギの世話をしておられた。ウサギにエサをやりに小屋にはいったとき、突然猛犬が飛び込み、一羽のウサギを加えて逃げ出し、噛み殺してしまうという事件があった。その方はこれは入り口の作り方が悪いからこんなことになってしまったと弁解された。途端にそこに居合わせた私たちもびっくりするほどの森田先生のお叱りがあった。そのお叱りのお言葉の意味は、責任回避の単なる表面的なことではなく、何故可哀そうなことをしたと思わないのかと。(形外先生言行録 59ページ)私が思うに、この方も一瞬「かわいそうなことをした」という感情は沸き起こったと思う。これは初一念であるが、初一念の特徴はすぐに、初二念、初三念にとって代わる。すると言動としては、この方のように自己弁護するようになるのである。森田先生は、不都合な事実をごまかさないで素直に認めるようになるには、相当の修養が必要になると言われている。茨の道ではありますが、「純な心」を身につける必要があります。人間は大脳が発達しているために、初一念の感情が湧きあがってきても、すぐにかき消されて、初二念や初三念が主導権をとってしまいます。観念に基づいた行動は、事実を無視してしまう。観念優先で対応しようとする。その結果事実と観念との間に容易に埋めることができない溝ができてしまう。まずはそのからくりを森田理論できちんと理解すること。あとは実際の生活の場面で、今のは初一念に基づいた行動だったのか、あるいは初二念、初三念だったのか検討してみる。その繰り返しである。「純な心」を体得したいと思えば、数多くの失敗体験を積み重ねて、徐々に体得していくものであると考えます。「純な心」を身につけることは、神経症を予防する意味で大きな力になります。それは観念と事実の乖離がなくなるからだと思います。「事実唯真」の心穏やかな世界が訪れてくるのです。
2026.05.04
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ある先達の言葉がある。窮達は命なり。吉凶は人に由る意訳・・・人が困窮したり栄達に恵まれたりするのは運命だが、それを吉とするかはその人次第だ。困窮の中にいても、そのことによって運命を発展させる人もいるし、栄達の中にいてもそのことで運命を衰退させてしまう人もいる。吉凶を分ける基になるものは、その人の困窮についての受け取り方である。これは、文芸評論家の小林秀雄氏の言葉である。困難な事態を試練と受け取るか、災難と受け取るかが、個人の生活でも一生の分かれ道になる。困難や苦悩を災難と受け取れば、不平不満、愚痴しか出てこない。運命を呪う。果てには自暴自棄に陥る。そういう人の人生が充実・発展するわけがない。むしろ坂道を転がるように悪くなっていく。逆に、この困難は自分という人間を鍛え成長させるために、天が自分に与えてくれた試練だと感謝して受けとめていくと、しだいに運命は好転していく。(人間学を学ぶ月刊誌 致知 2026年4月号 14ページ)人生には次々と困難な壁が立ちはだかってきます。それは人それぞれ違いますが、ほぼ間違いなく訪れます。病気で生死の境をさまよう人。事故や災害に巻き込まれる人。紛争や戦争に巻き込まれる人。経済的にダメージを受ける人。神経症でのたうち回るのもその一つです。これらは神様が人それぞれに難問をだされたと捉えるのは如何でしょうか。一目見て「こんな難しい問題は私に解けるはずもない」といって席を立つ人もいるでしょう。あるいは、放心状態に陥りながらも、しばらくして果敢に立ち上がる人もいます。神さまは天上から、その人がどう立ち向かうかをじっと見ておられる。そう思うと、簡単にあきらめてしまうのは考えものだと思います。私は対人恐怖症でしたが、40年近く症状に振り回されてきました。偶然にも森田理論に出会い、乗り越えるためのツールと出会いました。これも神様が用意して下さったのではないかと思っております。今では症状の向き合い方が分かるようになりました。それよりも大きかったのは、森田理論が神経質性格を活かした人生90年から100年時代の生き方を提示してくれたことでした。今では神様に向かって、神経症の乗り越え方と神経症を活かした人生観についてレポートが提出できる段階に達したと思っております。
2026.05.03
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西田文郎氏は、スポーツの世界で負けず嫌いに2通りあるといわれる。一つは、「ひねくれた負けず嫌い」です。こういう人は負け続けると、相手の上げ足をとるようなことをして勝とうとする。勝つために裏で汚い策略を練って、とくかく相手に勝ちさえすればよいと考えるようになる。勝ち続けると天狗になって、自分一人の力でのし上げってきたかのような錯覚に陥る。世話になった人への感謝を忘れるようになる。周りの人の助言は無視するようになる。格下の人を上から下目線で見て、軽蔑するようになる。そういう人は目の前の試合に勝つことだけが唯一最大の目的となり、いずれ不安や恐怖などのプレッシャーで苦しむようになる。モチベーションを持続することが難しくなりいずれ勝てなくなる。もう一つは、「素直な負けず嫌い」です。自分より強い人がいると、その人をライバル視して、努力するようになる。ライバルを同じ目的を目指す同士とみなして、切磋琢磨し努力精進するようになる。負け続けると、どこに問題があるのか分析して対策を立ててリベンジを果したいと思っている。自分で敗因が分析できないときは、コーチや指導者の助言を仰いでいる。自分より格下の人からアドバイスを求められたときは丁寧に対応している。それが自分をさらに高める肥やしになっている。勝った時は、真っ先に周りの人のサポートに対して感謝の気持ちを伝えている。競技をする目的がみんなに喜んでもらいたい、感動を届けたいが基点になっている。周りの人すべての人に気持のよい挨拶ができる。目上の人から助言をもらった時は、「助言ありがとうございます」と答えている。(人間学を学ぶ月刊誌 致知 4月号 28ページ参照)赤面恐怖の人は負けず嫌いの人が多い。心の中にライバルを持って素晴らしい営業成績を上げている人を何人も見てきた。私は赤面ではないが、自己顕示欲が強い。つまり人と比較して絶対に上にいきたいという気持ちが強いのです。負けず嫌いは相当強いが、「ひねくれた負けず嫌い」に近い。せめて感謝の言葉を毎日仏壇の前で唱和し、一日一つは感謝の言葉を日記に書くようにしたいと思う。
2026.05.02
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福岡ソフトバンクホークスの小久保裕紀氏のお話です。小久保氏は大学を出てホークスに入団しました。2年目には本塁打王になりました。その時、「俺はパリーグで1番だ」と天狗になってしまい、翌シーズンは全く打てず、焦りは募るばかりでした。その頃イチロー氏は、3年目の1994年に初めて最多安打と首位打者に輝くと、翌シーズンはその2つのタイトルに加えて打点王を獲得しました。1996年も首位打者に驀進中でした。そういう状況で迎えたオールスターの試合前にイチロー氏に「モチベーションって下がらないの?」と尋ねました。イチロー氏は「小久保さんは数字を残すためだけに野球をやっているんですか」と言われたのです。私は、「成績を残さないとレギュラーを奪われてしまいますよ」と答えると、「僕は心の中に磨き上げたい石がある。それを野球を通じて輝かせたい」と言われました。この言葉は衝撃的でした。それまでは成績を残す、得点を稼ぐ、有名になることばかり考えていました。この日を境に、野球の練習をしていただけではダメだ。自分をもっと高めなければいけないと思いいたりました。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 53ページ)この話は目標の立て方について教えてくれています。目先のノルマを果たすことは大切なことです。しかし目の前の目標だけに固執してしまうと、モチベーションの維持は難しくなるということです。目標には短期目標、中期目標、長期目標があります。短期目標はその日の目標、1週間の目標です。凡事徹底で取り組む必要があります。その時、中期目標(1年から3年、あるいは5年のスパンで立てる目標)や長期目標(生涯にわたって追い求めていく目標)がないと、根無し草のような生き方になってしまう可能性がある。イチロー氏は長期目標の重要性について語っておられたのだと思います。その内容はよく分かりませんが、今まで誰も到達したことのない10年連続200本安打達成、50歳までMLBの現役選手として野球を続けることを目指されていたのではないでしょうか。そのための身体のケア、筋肉の使い方、ルーティンワーク、道具を大事にする、時間の使い方には見るべきものがありました。森田理論学習に取り組んでいる人は、誰でも神経症から解放されたいという短期目標を持っています。それは異論はありませんが、それ以外の目標も意識したいと思います。我々は生きづらさや人間関係などに問題を抱えているわけですから、森田理論を学習して神経質性格者としての確固たる人生観を確立するというのはどうでしょうか。この目標は生涯目標となります。私はこの目標を追い求めてきたおかげで、心豊かな境地に到達することができたと思っているのです。
2026.05.01
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