全28件 (28件中 1-28件目)
1

私は101歳まで生きる会に参加しています。まだ会自体は軌道には乗ってはいないが、私の長期目標の一つであり継続したい。ちなみに目的を達成するためには、身体の健康、心の健康、良好な人間関係、生きがいを持つ、経済的に自立することなどが重要となります。私が注目している広島県尾道市の石井哲代さんは元気に106歳の誕生日を迎えられました。日々笑顔でダジャレを振りまきながら感謝の生活を続けておられます。元小学校の先生で80歳を過ぎた教え子を集めて、点呼を取り合唱の指揮をとられていた。石井哲代さんを参考にして長生きするコツを6つにまとめてみました。1、野菜を中心にした腸が喜ぶ食生活を続ける。腸内細菌が喜ぶことを考えた食事を心がける。なにしろ小腸には多くの腸内細菌が住み着いているのです。その重さは1キロにもなるという。小腸は野菜の繊維を好む。頭が喜ぶ肉や魚、揚げ物などは副食と考えた食事を心がける。2、過度なストレスをため込まない。小さな不満、小さな不平、小さな不安、小さな問題を放置しないで、その都度解決するようにする。小さな楽しみ、小さな喜び、小さな感動、小さな感謝を味わうようにする。それを日記に書く。3、身体に少しの負荷をかける運動をする。インターバル速歩は効果があります。その他、マンションの階段上りを続ける。農作業に精を出す。最近は猛暑が続いているので、やりすぎには注意する必要があります。4、規則正しい生活を続ける。淡々とルーティンワークに取り組む。決まった時間に決まったことをする。これにより、前頭前野を休ませることができます。側頭葉、運動野、頭頂葉が盛んに活動するようになります。脳の働きのバランスがよくなります。これが気分本位を吹き飛ばす一つのコツとなります。5、私はアットホームの人間関係作りを心がけています。生活の発見会仲間との交流を楽しむ。カラオケ仲間との交流を楽しむ。楽しい芸能クラブの仲間との交流を楽しむ。町内会の人と交流を深める。チンドン屋の一員として、老人ホームの慰問活動を続ける。広く浅く、必要なときに、必要に応じて、必要なだけの人間関係を続けるのが、私の性に合っていると思う。これは森田理論の不即不離の人間関係を参考にしている。6、自分に合った主治医を見つけて、定期的に診察や助言をうける。冗談が言い合える主治医を見つけることだ。これも長生きのコツに付け加えておきたい。
2026.07.28
コメント(0)

変化に対応する生き方は、一つには今現在の変化に対応する生き方があります。次にこれから起きることを予想して変化を先取りする生き方があります。後者の生き方を会社経営に取り入れた人として、1974年に社内の反対を押し切って、セブンーイレブンというコンビニを始められた鈴木敏文氏がいます。(なお鈴木氏は2026年5月18日ご死去されました)スーパー全盛期に、店舗は持たない、店舗経営のノウハウだけで始められました。始めるとき周囲の反対が多かった。そのコンビニは、今や重要な社会インフラとして、全国各地に網の目のように張り巡らされている。その当時はこのような時代がくるとは誰も想像できなかった。鈴木氏の信条は、「より便利なものを求める顧客の変化に対応する」のがモットーだった。顧客の変化を予測して、どんなに困難な障壁が待ち構えていても、それを解決して速やかに対応するというものでした。1970年代の日本は、高度経済成長を迎え、貧困から抜け出して、豊かな生活を享受し始めた時代の転換期を迎えていた。鈴木氏はその変化を的確に見抜いていたのです。ダイエーのように、安い商品を大量に販売するのは、顧客から見放されてしまうという考えでした。しかも顧客の要求は、今後もどんどんエスカレートしていくと考えていました。その変化に真摯に向き合わなければ、どんなに大きな企業でも生き残ることはできなくなる時代がくるはずだ。特に、販売時点情報管理(POS)システムを構築して、販売状況の把握をリアルタイムに行い、的確な在庫管理と注文数量に結びつけた。在庫切れによる販売機会ロスは顧客に迷惑をかけることにつながるという考えだ。さらに在庫状況に応じて1日2回、3回の配送システムを確立した。それも商品ごとに別々の配送車で配達するのではなく、その地域の拠点配送所から、1台の配送車で行う。そのために、その地域に集中して店舗展開を行っている。さらに店舗には、訓練を受けた社員を配置して、経営指導や店舗運営のアドバイスを懇切丁寧に行っている。2001年には「アイワイバンク銀行」(現セブン銀行)を設立した。ATMを全店舗に導入し、3年間で黒字化を果している。現在はコンビニで引き出す場合、手数料0円という銀行もあり、格段に利便性がよくなっている。それ以外にも公共料金の支払いもできる。社会インフラとして確立している。変化を読み変化に対応する生き方は、私たちも取り入れたいところです。変化に対応するためには、問題意識を持って変化を見極める必要があります。問題意識を持たないでただ見つめているだけでは、課題や改善点などが見つからないのです。森田では見つめていると感情が動き出して気づきや発見があるといいます。それは意識して見つめているからこそ、起りえることだと思います。私はこれをマンション管理人の清掃の仕事に応用しています。蜘蛛が巣を張っていないか、鳥が糞をしていないか、電球が切れていないか、ドレンにゴミが詰まっていないか、手すりにドロ垢が付いていないか、エレベーターの隙間に埃がないかなどという問題意識を持って仕事をしているといくらでも問題点が見つかります。それをすかさず音声録音機に録音して、後から取り組む課題にしています。これが清掃作業を面白くするコツだと思っております。
2026.07.27
コメント(0)

村上和雄先生の遺伝子のスイッチの切り替えの話はとても参考になります。村上先生の話によると体質的、遺伝的にガンや脳卒中などにかかりやすい人がいる。しかしそういう人のすべてがガンになったり、脳卒中で突然死するわけではない。ガン細胞は毎日健康な人でも3000個くらいはできている。それをTキラー細胞などが処理してくれている。免疫細胞の力が弱ってくると、がんを発症させる遺伝子のスイッチがオンになるのです。脳卒中は血圧の高い人がなりやすい。脳卒中を発症させるスイッチがオンになると、血流の通り道が狭くなり、絶えず血管に負荷がかかる。そして血管の中の弱い部分にこぶのようなものができる。これが破裂すると命に係わる。MRIやCT検査で命に係わるコブが見つけると、すぐにクリーピングやコブをふさぐ手術をする。これは応急処置になります。ただし他の個所や心臓を取り巻く血管などに波及する可能性は残ります。私は体質的に痛風の徴候がある。尿酸値が高いのです。以前発作を起こして足の先を針でつつかれているような痛みが走り、歩行困難となった。これは体質的にプリン体がたまりやすく、しかも排出できない体質ということだった。プリン体を多く含むビールや白子や明太子やシシャモなどは控えた方がよいと言うことだった。以後1ヶ月に1回は医師の検査を受けて、注意事項を守るようにしている。現在はかろうじて7以内に収まっている。気を抜くと痛風の遺伝子のスイッチがオンになるので監視は怠らない。村上和雄先生は、遺伝子は中立であり、自分の体質や遺伝的傾向を把握して、定期的に検査を行い、その上で心身によいことを重ねていけば問題はでてこない。悪いことを重ねれば不具合がでてくると説明されている。体質、遺伝的なものは、制御できないので、検査をこまめに行い、その変化の兆候を早く掴むことがとても大事ということになります。早期発見、早期治療で脳卒中や心不全の突然死が予防できるのです。がん検診も必要です。すい臓がんは沈黙の臓器と言われおり、検査を怠り知らないうちに発症すると死に至るガンです。それを踏まえた上で、心身に良いことを積み重ねていきましょう。みなさまもいろいろと工夫されていると思います。ここでは私が心掛けて実践している一端をご紹介します。・体に良い食事をとる。脳が欲しがるものを取り過ぎるのは考えものです。腸には1兆を超える腸内細菌が住み着いており消化吸収を助けてくれています。セロトニンなどもそのもとは腸で作られています。脳よりも腸が喜ぶものを中心にした食習慣を作り上げる。野菜の繊維は腸が一番に好む食べ物です。野菜を主力にした食事に変える。・規則正しい生活、ルーティンワークを大事にした生活習慣を作り上げる。その際物そのものになりきることで、問題点や課題は次々に見つかります。日々取り組む課題が明確になると、これが生きがいに結びつきます。目標と言えば、1年間の目標や生涯目標も持つことも有効です。・太陽の光を浴びながら、一日30分程度、インターバル速歩やストレッチなどの適度な運動を心がける。セロトニン神経系や自律神経系を整えることです。・不安への対応法としては、積極的に対応した方がよいものと、神経症的な不安に分けて対応を誤らないようにする。例えば、地震対策を怠ると足元をすくわれます。神経症的な不安は森田理論を理解して、生活に応用活用していくことが大事です。経済的な不安は大きなストレスになるので、人生90年時代に向けて、ある程度の人生設計を立てておくことが欠かせません。・良好な人間関係作りを心がける。基本は森田理論の不即不離を応用していく。その他、感情と行動の分離、気分と感情の分離、笑顔でのあいさつを心がける。人が喜んでくれることに積極的に取り組む。感謝の気持ちを忘れないようにする。村上和雄先生が指摘されているように、体質や遺伝的に問題があっても、そのマイナスの遺伝子のスイッチをオンにしなければ、深刻な心身の問題は発生しないという考えは無視できないと思います。
2026.07.26
コメント(0)

宇野千代さんは、「幸せのかけらは幾つでもある。ただそれを見つけ出すことが、上手な人と下手な人がある」と言われている。小さな楽しみ、小さな喜び、小さな感動、小さな感謝さがしを心がけて生活している人は幸せな人生を送ることができると思います。反対に、小さな不安、小さな問題、小さな課題、小さな不満、小さな不平、小さなグチを膨らませてしまう人は苦難の人生が口を開けて待っています。感謝の人生を送るためには小さな楽しみ、小さなよいこと探し、小さな感動、小さな感謝さがしを日々積み重ねていくことだと思っております。どんなことが考えられるでしょうか。最近の私の例からご紹介します。・コンクリート突き破って雑草が伸びている。その生命力の強さに感動した。・インターバル速歩をしている時に、道ばたに咲いている花を見つけた。・梅が今年は鈴なりだった。今年も梅酒が飲めそうだ。・3月に仕込んだ味噌がカビも生えずに発酵が進み完成した。・今年の自家用野菜(ミニトマト、ナス、ピーマン、シシトウ、カボチャ)の初期生育がうまくいった。・ミニトマトのビニールの雨よけが完成した。・草刈り作業を楽しくするハーネスを見つけた。・バイクの風圧と風きり音を軽減する風防を見つけた。・南京玉すだれを友人から格安5000円で手に入れた。口上を覚えた。・血液検査をしたら問題になる所見はなかった。・今日もブログの原稿を1本作った。・一人一芸の練習を一通りできた。ストレッチも入念にした。・アルトサックスの練習ができた。・今日の日記に、良かったこと、楽しかったこと、感動したこと、感謝したいことを書くことができた。これらは、規則正しい生活やルーティーン作業のなかで、たくさん味わうことが肝心だと思います。感謝の反対は、「あたりまえ」と言うことだそうです。「あたりまえ」のことにも感謝の気持ちが湧いてくるようになると、「人生の達人」と言えるようになるかもしれません。
2026.07.25
コメント(0)

アメリカの大リーグで、「アダム・ダン率」が話題になっています。これは、(ホームラン数+四球数+三振数)÷打席数で計算します。三振数が極めて多いが、四球とホームランも多いのが特徴です。これが50%を超える選手はほとんどいないのが現状です。シカゴホワイトソックスの村上宗隆選手は、2026年5月21日時点で、ホームラン17本、四球35、三振69で、合計121です。打席は212ですから、57%になります。村上選手はヤクルト時代の2022年に三冠王のタイトルを獲得していますが、そのときのアダム・ダン率は約49.3%です。この年は打席612、ホームラン56本、四球118個、三振128個でした。三振も多いいが、それと同じくらい四球を選んでいる。ホームランは断トツに多い。ちなみに、その翌年は、リーグ最多の168個の三振を期しています。村上選手は大リーグのシカゴホワイトソックスで打撃スタイルを変えたのではなく、日本にいた時と同じスタイルで野球に取り組んでいるのです。この数字は、メジャーリーグを代表するスラッガーであるフィリーズのカイル・シュワーバー選手の全盛期に匹敵するレベルです。ちなみに、大谷翔平は約44%、松井秀喜は約33%、イチローは約17%です。いかに村上宗隆選手の「アダム・ダン率」が飛び抜けているかが分かります。村上選手の打撃スタイルは明確です。きわどい球は振らずに四球を選び、甘い球は一撃で仕留め、その代わり難しいストライクへのスイングは三振も恐れない。普通の選手は、ホームランや四球が多いという優れたところよりも、三振が多いことを欠点と捉えて、そちらの方に注意や意識が向くのではなかろうか。村上選手は三振が多いのは相手投手の攻めの方が勝っていた結果である。勝つか負けるかの厳しい戦いをしている限り、当然相手が勝って自分が負けることはあり得る。野球の場合は負ける回数が多くなる競技である。三振が多いことを怖れていると自分の打撃が狂ってしまう。それよりも、甘い球は一撃で仕留めてホームランにする技を磨くことに力を入れる。自分はホームランバッターだから、ホームランが打てなくなると、存在価値はなくなってしまう。打つのが難しい球や自分がボールと思った球は思い切って見送る。それが結果として、四球で塁に出るのも、三振でベンチに退くのもその時の運しだいだ。村上選手は自分の長所や強みをよく理解している。さらに自分の役割や目標が明確になっており、ブレがない。目標を達成するために全エネルギーをそこに投入している。これは神経質性格を持っている人は是非とも参考にして、取り入れていく必要があると考えます。つまり、神経質性格の長所や強みを再認識する。自分の才能や能力を再認識する。その長所や強み、才能や能力を活用して、どんなことに取り組むのか。どんな人生を切り開いていくのか。目標が定まったら、わき目をふらないで努力を怠らないように心がける。
2026.07.24
コメント(0)

対人恐怖症の人は、その言葉が意味しているように人が怖いのです。そういう人は、職場や友人との良好な人間関係を築く、営業活動で成果を上げる、部下を指導したり、組織をまとめる仕事に就くと苦労します。次第にストレスがたまり心身ともに疲弊してきます。対人恐怖症の人は、愛着障害を抱えているのか、親の神経質体質を受け継いだのか、原因ははっきりしませんが、他人はうっかりしていると自分に危害をもたらすかもしれないという先入観を持っています。これを仮に遺伝的体質としましょう。しかし仮に遺伝的体質を持っていても、人間関係で対立して会社で孤立し、仲間から排除されて、天涯孤独の人生を余儀なくされるわけではありません。人間関係に問題がある人は、遺伝的素質に加えて、普段の生活態度が大きく影響しています。たとえば次のような傾向に心当たりのある人は要注意です。・明るく笑顔での挨拶を軽視している。無視している。・自分の都合ばかりしゃべり、相手の話に対して聞く耳を持たない人。・自分のミスや失敗、欠点や弱点を隠したり、ごまかしたり、言い訳したり、他人に責任転嫁する人。・怒りや不平不満の感情が発生すると、ストレートに相手にぶっつけてしまう人。一言多い発言を押さえることができない人。・相手のことを、上から下目線で非難、否定、叱責、拒否、脅迫、強制してしまう人。・欲望の暴走に対して制御機能が働かない人。・社会的な義務や責任を果たすことが眼中にない人。仕事では与えられた仕事のノルマを果たさない。冠婚葬祭を無視している。納税の義務を果たさない。町内会行事などに全く参加しない。・気分本位で、他人との約束をすぐに反故にしてしまう人。ドタキャンが常態化している人。・絶えず金銭問題や異性関係の問題を起こす人。この問題について、遺伝子研究の村上和雄先生が興味深い話をされています。ガンになったり脳卒中で突然死する人は、遺伝的、体質的に病気を併発しやすい体質を持っているのは確かです。しかし実際には命にかかわるようなガンにもならない人も多い。また、くも膜下出血や動脈瘤の破裂で突然死しない人も数多い。それはマイナスの遺伝子のスイッチがONに入らなかったからである。OFFのままでやり過ごすことができたということです。マイナスのスイッチがONになるのは、定期的な検査を怠り、最初の病気の徴候を見逃してしまうこと。また片寄った食習慣、暴飲暴食、昼夜逆転の生活習慣、過度な心身のストレス等の外部要因などが相互に影響し合ってシナジー効果を起こし、いつのまにかマイナスの遺伝子のスイッチがONに入ってしまうということになります。一旦マイナスの遺伝子のスイッチが入ってしまうと、弾みがついて、さらに加速してしまうので、手遅れになることが多い。遺伝的、体質的な面はコントロールできませんが、そのほかの面は意識すればコントロール可能です。そこに力を入れることで、マイナスのスイッチをONにしないことが肝心です。この話は人間関係で問題を抱えている人にとって参考になります。人間関係が破綻して、天涯孤独の人生を余儀なくされるというのは、元々遺伝的、体質的な面があって、そこにマイナスの生活態度が追い打ちをかけて引き起こされていると理解すると分かりやすい。マイナスの生活態度は森田理論などを活用して、いくらでも改善の余地があります。森田では、不即不離の人間関係をお勧めしていますが、人間関係で大きな問題を抱えて投げやりになることは避けることができます。
2026.07.23
コメント(0)

イチロー選手は、ホームランを打てば大喜びし、三振すればバットを地面にたたきつけるような選手を軽蔑していたという。実はイチロー選手もホームランを打ったり、ヒットを打ったときは飛び上がるくらいに嬉しいそうだ。ホームランやヒットを打つために過酷な練習を積み重ねており、その結果が出たときはうれしいのは当然のことです。しかし、それを態度に出すことはしない。それは258本のヒットを放ち、メジャーリーグの新記録を樹立した時も例外ではなかった。ここは普通の人が真似ができないところです。試合中のイチロー選手をよく見ていると、ヒットで出塁した時、必ずヘルメットの右の耳当ての小さな穴に右手の人差し指をヒョイと突っ込む仕草をする。盗塁をしたときも同様の仕草をみせるが、フォアボールで出塁した時は省かれることがある。もしかするとイチローはこの仕草によって、喜びで顔が弛むのを押し殺し、感情をコントロールしているのかもしれない。イチロー選手曰く。審判の判定にクレームをつけたり、ホームランを打った後にガッツポーズをしたりというのは、あまり良いものだとは思いません。それで試合が決まっていればいいと思うんですけど、そうでない場面というのは、スキがあるような気がします。選手としてカッコいいと思うのは、表情から気持ちが読み取れない選手です。僕もそうしたいし、そうありたいと思っています。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 335ページ)普通は怒りや不平不満などの感情はぐっと我慢してやり過ごす方がよいと言われます。ネガティブな感情と行動はきちんと区別することが、人間関係を良好に保つためのコツであると言われます。人生劇場という舞台でそれなりにきちんと演技をする必要があるのです。反対に、大仕事をやってのけたあとの喜びの感情は、大いに体一杯で態度に出してもよいなどと言われます。しかしよく考えてみると、いつまでもはしゃぎすぎるのは考えものです。自分の力を過信して、自分一人の力で栄光をつかんだのだのだという気持ちで、周りの人に対して感謝の気持ちを忘れている人は、相手を不快な気持ちにさせることがあります。自分も、気持ちを切り替えて次の課題に向けて活動を開始しなければならないときに、いつまでもそこに留まっていては燃え尽き症候群に陥ってしまいます。次の目標を見失い、緊張感が失われて、精神の弛緩を招いてしまいます。これを立て直そうとすれば、多くのエネルギーを必要とします。喜びの感情はある程度でキリをつけて、心機一転、次の課題に挑戦していくことが大事になります。それと運よく目的を達成した時は、多くの人のサポートのおかげなので、周りの人に対する感謝の気持ちを忘れないようにすることです。そのように心掛ければ人間として大きく成長できます。やっと夏野菜が収穫できるようになりました。真っ赤に熟れたミニトマトはとても甘いです。このほかジャガイモ、枝豆、カボチャも作っています。ピーマンの肉詰、マーボナスで暑い夏を乗り越えたいです。
2026.07.22
コメント(0)

世の中には「送り付け商法(ネガティブオプション)というものがあります。どこで住所を調べたのか分かりませんが、私のところに注文していないのに紙袋にはいったバックが送られてきました。二人家族のだれも注文した覚えがありません。上海から送られたものということは分かりましたが、送り主はアルファベットで書いてあり、よく分かりません。料金は後日請求と書いてあります。不安になって、消費生活センターに電話してみましたが、ずっと電話中でつながりません。次に思いついたことは、最寄りの警察署に電話してみました。警察官は5分くらい事情を確認して、住所、氏名、生年月日を確認後、これは警察署で「落とし物、不審物」として保管しますといって持ちかえりました。この時点で、送り付けられた商品と私の関係はなくなります。つまり警察と送り主の関係に変わります。後で送り主が分かり、警察署に出向いて写真を撮ったり、送り主に送り返すなどということはできなくなります。次に、高額の請求書が送られてくることが予想されます。グーグルジェミニに聞いてみました。回答は次のようなものでした。①現在、日本の特定商取引法(特商法)では、注文していない荷物を受け取った場合、「消費者がその商品を直ちに自由に処分してもよい」と定められている。開封しようが、捨てようが、法律上まったく問題はありません。警察署が不審物として持ちかえってくれたのは正解です。②「後日請求」と書かれているので、忘れた頃に振込用紙などが届く可能性があります。この場合は次のように対応してください。絶対に支払わない。連絡しない。相手の目的は、不安に駆られたあなたからお金を振り込ませること。または連絡させて「本物の電話番号や個人情報」を引き出すことです。請求書が届いても完全に無視してください。③請求書などの「証拠」は保管しておく。届いた請求書、封筒、あるいは宅配便の伝票などは、捨てずに手元に保管しておいてください。万が一の時に証拠になります。警察に荷物を引き渡した日付や、対応してくれた警察署の名前もメモに残しておくと安心です。④もし催促がしつこい、あるいはどうしても不安が消えないという場合は、局番なしの「188」(消費者ホットライン)に電話してください。私と同様の「送り付け商法」で困っている方は、参考にしてください。
2026.07.21
コメント(0)

森田理論に「生の欲望を発揮する」というのがあります。森田先生の時代は、都会で一旗揚げて故郷に錦を飾るという風潮がありました。「仰げば尊し」の歌詞の中にも、「身を立て、名を上げ、やよ励めよ」とあります。今そんなことをいうと何を粋がっているのだと笑われます。大げさなことを言う身の程知らずの奴だと言われるのが関の山です。そういう意味では、現代人の生の欲望は骨抜きにされているとも言えます。今の日本では、欲しいものがほぼ何でも手に入り、飢えて死ぬ人もいません。生活にカンフル剤を打って、今の生活をもっと楽しむことができればそれでよしといった風潮です。でもカンフル剤は即効性はありますが、持続性はありません。逆に離脱症状で苦しむことになります。人間が生きる欲望や目標を見失うことは、死ぬより辛いことだと思います。太平洋上で自分の位置がわからなくなり、あてどもなくさまよっているようなものです。課題や目標、夢や希望を見失うと、注意や意識は内向的になります。自己肯定感が持てなくなり、自己嫌悪、自己否定で苦しむようになります。「1億総半病人」という言葉がありましたが、1億総うつ状態と言っても過言ではありません。うつ状態というのは、心の中で1年中雨が降り続いているようなものです。うっとうしくて気が狂いそうになります。考えただけでも怖いです。では今の時代、どうすれば「生の欲望」を活性化することができるようになるのでしょうか。まずは、短期目標、中期目標、長期目標を明確にすることから始めたいと思います。短期目標・・・日々の目標を持つ。そして1週間の目標を明確にする。中期目標・・・元旦に一年間の目標を明確にする。例えばバイクの免許を取る。自家用野菜作りを始める。アジサイの挿し木に挑戦する。3000m級の山で一番登りやすいと言われる乗鞍岳に登る。など。長期目標・・・生涯目標を持つ。例えば、ボケずに元気で100歳まで生き抜く。そのための学習会に参加する。ブログを生涯わたって続ける。次に、仕事をする場合、ただ単に給料をもらうためだけだと考えると仕事は苦痛になります。人生のかなりの部分を占める仕事が苦痛というのは何とかしたいです。仕事を面白くするコツがあります。それは仕事をする中でチェックポイントを明確にして、問題点、課題、不具合ヵ所、改善点、改良点を探すようにするのです。まるで宝物を探すようなつもりで仕事をしていくことです。そして見つかったらそれを忘れないようにメモしておく。課題や目標が明確になると途端にやる気が出てきます。仕事に対する生きがいというのはここがポイントになると思われます。さらに仕事を面白くするコツは、「行列ができる法律事務所」というテレビ番組が教えてくれています。それは仕事を面白くするために、相手をどうすれば喜ばせることができるか、どうすれば相手を感動させることができるかという目標を持つことです。「行列ができるラーメン屋」「行列ができるお寿司屋さん」も同じことです。こういう目的を設定すると、俄然やる気が出てきます。生きがいが生まれて、人生を謳歌することができます。集談会では1年に1回くらいみんなの前で発表するようにすることが肝心だと思います。
2026.07.20
コメント(0)

田舎の講中の奥さんが亡くなられたので葬儀に参列した。まだ60代であったという。原因はくも膜下出血であったという。倒れるまでは元気であったようです。ただし時々頭が痛いと言っていたそうです。帰宅してから少し調べてみた。くも膜下出血は、脳の表面を覆っている「くも膜」という薄い膜の内側に出血が起きる脳卒中の一種だという。非常に恐ろしいというイメージがありますが、原因やリスク要因がはっきりしているので、日頃から対策を講じていれば予防できます。血縁関係のある両親や兄弟姉妹、祖父母や叔父叔母がくも膜下出血で倒れた人がいる場合は要注意です。こういう方は脳動脈瘤ができやすい傾向があります。この病気は、脳動脈瘤が破裂することが発生原因です。また健康診断で血圧が高いと言われている方も要注意です。その他、タバコの吸い過ぎや過度の飲酒もこの病を誘発しやすいそうです。そうした傾向がある方は、定期的に血圧測定をする。血液検査をする。その結果、薬物療法が必要になる場合があります。脳動脈瘤は、時々MRIやMRA検査を受けることが必須です。破裂する前の動脈瘤が早期に発見できれば、その大きさや位置に応じて、破裂を防ぐための手術(クリーピングやコイル塞栓術)ができます。森田理論に「死は恐れざるを得ない」というのがありますが、くも膜下出血でいえば、その病気の予備軍であることは、血縁関係や定期的な血圧検査などをすればあらかじめ分かるわけですから、準備万端予防をすることが必要になります。森田理論では、「死の恐怖に取りつかれるのではなく、生の欲望の発揮に注意や意識を向けていくことが肝心である」と言います。私はその前に、死の恐怖を感じたら、できる限りの予防策を講じることが欠かせないと考えます。予防策を講じないで、手遅れになってしまうことは悔やんでも悔やみきれない。生活の発見会の協力医の伊丹仁朗医師も、ガンになったら自分が自分の主治医になったつもりで、万全を尽くすべきであると言われています。そのうえで、現代の医学で対応できない病気に対しては、好むと好まざるにかかわらず、それを受け入れるしかありません。その時は残された時間を精いっぱい生き切ることが大事になると考えます。みなさんの考え方はどうでしょうか。
2026.07.19
コメント(0)

生活の発見会では、集談会で自分のことばかり話すのではなく他人の話をよく聞きましょうと言われます。相手の話や行動に対して、共感や受容できないなと思っても、とりあえず形だけ整えるようにしていると、そのうち共感・受容できるようになります。すぐに反論・反発しないように心がけましょうなどと言われます。これは、集談会に参加し始めた人に対しては必須だと思います。では、長く集談会に在籍している人が、不安や症状について話される場合があります。自己紹介や体験交流の場で、何度も同じ話を聞いている人にとっては、つい「また始まった」という気持ちになりませんか。この問題を考えてみたいと思います。初めて参加した人がいる場合は、自分の神経症の経験を詳しく話すことは、とても大切なことだと思います。この場合は、その人一人に向けて、自分が過去に不安や症状に振り回されて観念上の悪循環、生活上の悪循環について、赤裸々に告白していることになります。初心者はその話から私と同じような問題を抱えた人たちの学習会なのだと理解します。本当なら隠しておきたいような、失敗体験、挫折体験、傷ついた体験、誤った考え方、誤った行動などを公開することは大変大きな意味かがあります。では初参加者がいない場合はどうでしょうか。しゃべっている人は、しゃべることによって精神交互作用を助長することになります。森田では「不安や症状はそのまま抱えて、なすべきをなす」という方向を目指しているのに、真反対のことをしているということになります。またそういう話を何回も聞いている他の参加者はうんざりしてしまいます。このような時は、次のように対応してみるのは如何でしょうか。相手が今興味を持っていること、これから取り組んでみたいこと、最近おもしろかったこと、楽しかったこと、役に立ったことなどから話題を提供してもらうようにするのです。たとえば先日の集談会の自己紹介でこんなことがありました。先輩の方に触発されて、自家用野菜作りを始めました。でも出来が良くなかったです。その話を具体的にしてもらうと、他の人も興味深く聞きます。中には野菜作りの名人がいて、コツを伝授してもらうこともあります。こういう方向は、「不安を抱えたまま、なすべきをなしている」相手の姿勢を高く評価して、援助していることになります。これが、昨日の投稿記事の「私はあなたの伴走者、あなたは私の伴走者」につながります。長く在籍している人の生活や趣味、好きなこと得意なことに話をふって聞くことは楽しいものです。
2026.07.18
コメント(0)

私の近くの集談会で劇的に参加者が増えた集談会があります。それはF集談会です。数年前には風前の灯火状態だったのに、今や常時10名を超えて15名くらいの参加者がある。現状維持に甘んじていたらこんな現象は起こりえないはずです。どんな変化があったのか興味が尽きないです。表面的に見て変わったことといえば、ある単身赴任のベテランの会員の方が、定年退職されて運営に加わったことです。その方がどんな魔法をかけられたのか、所属集談会が違う私が取材した。印象に残ったことは、集談会で、相手の存在を認める、評価する。ほめる、たたえる、励ます、その気にさせることに意識して取り組んでいるということでした。始めてきた人には、「ドアを開けるのに勇気がいったでしょう。思いきってよくいらっしゃいましたね。もう大丈夫ですよ」と声掛けをする。ベテランの参加者には、「あなたは苦しいと言いながらも、毎日仕事に行かれています。日常生活も丁寧にこなされています。食事も自分で作られています。掃除洗濯も何とかこなされています。それって自分では気づいていないかもしれませんが、森田の世界ではすごいことなんですよ」こんな感じです。森田理論は、「不安や症状はあるがままに受け入れて、なすべきことをなす」と言われます。不安を持ったまま、「なすべきこと」をなしていることは、実はすごいことだったのかと自覚を深めることは、森田の核心部分に関わります。 不安にとらわれる。症状に振り回されている人は、注意や意識が内向化しています。そして自己嫌悪、自己否定して苦しんでいます。症状を抱えながら、「なすべきこと」をなすことが、どんなにすごいことかについて本人の自覚はほとんどありません。F集談会では、それを第三者の目から客観的に正しく評価して、参加者に自信や希望を持たせてあげることに注力しているのです。参加している人にとっては、思ってもみなかった言葉が返ってきて最初はびっくりされます。でも自分を受け入れて、評価してくれる仲間がここにはいる、この人たちなら、右往左往している私を支えてくれるかもしれないと思って居心地の良さを感じます。このような学習会は、先生が上から下目線で一方的に森田理論を教えるような学習会ではありません。雑多な失敗や挫折の経験、学習経験の豊富な先輩が、苦しんでいる人の伴走者としての役割を果たしているのです。視覚障碍者がマラソンに挑戦する時、紐を持った伴走者がいます。それと同じことです。私たちは不安にとらわれやすいという性格に加えて、雑多な社会経験が不足しています。そういう人が就職して社会の荒波に立ち向かうことは困難を極めます。そんな時に集談会の仲間が心の支えとなって、伴走者の役割を果たしてくれるとすれば、なんとなく勇気が湧いてきます。生活の発見会に日記指導というのがありますが、これは症状で苦しみながらも、「なすべきこと」に向かって歩みだそうとしている人を伴走者として寄り添っているのです。決して森田の極意を伝授したり、カウンセリングのように誤った考え方の原因を掘り下げて自覚を深めるようなことはしていません。私もF集談会のやり方をとり入れています。全国の集談会がこの方法を取り入れていけば、F集談会のようにV字回復する可能性があります。キーワードとしては、「私はあなたの伴走者、あなたは私の伴走者」です。素敵な言葉だと思います。
2026.07.17
コメント(0)

新潟大学の安保徹先生は、免疫力を高めるためには、白血球のリンパ球と顆粒球のバランスがとれていることが重要になると言われています。これについては過去のブログを参照ください。バランスを整えて維持していくためには、自律神経を整えていくことが大事になります。今日は自律神経の仕組みと整え方を見ていきたいと思います。自律神経は視床下部が最高司令塔です。体温調整、食欲、睡眠、そして自律神経のバランス全体をコントロールしています。精神的なストレスなどの影響を真っ先に受け取る場所でもあります。次に、脳幹は、視床下部からの命令を受けて、生命維持に直結する個別の機能をコントロールしています。中脳・橋は、瞳孔の調整をしています。延髄は、心拍数、血圧、呼吸、飲み込み(嚥下)などの反射を司ります。まさに生命維持の要です。これらが自律神経と言われるものです。交感神経と副交感神経があり、そのバランスを維持することが大事になります。過度なストレスは、この自律神経の働きに大きな影響を与えています。例えば、大脳新皮質(前頭前野)で不安、恐怖、不快なことを考えたり、扁桃体でネガティブな感情に振りまわされたりすると、すぐに視床下部に伝わり、自律神経(交感神経と副交感神経)の円滑なバランスを崩してしまいます。その結果、脳幹が司る呼吸や心拍が乱れ、動悸や息苦しさを感じられるようになります。自律神経のバランスが崩れると、だるさ、疲れやすさ、不眠、高熱、ほてりなどが現れます。頭痛、動悸、息切れ、めまい、喉の違和感、便秘、下痢、頻尿などの身体症状があります。精神的症状としては、イライラ、不安感、やる気の低下などがあります。原因としては、一つではなくいくつもの原因が重なっています。昼夜逆転の生活、険悪な人間関係、過度な仕事、仕事への意欲、自分を取り巻く環境の変化などがあります。生まれつき自律神経が敏感な体質の人もいます。その他更年期障害などのホルモンバランスの変化なども影響します。対策としては、まず他の器質的な病気がないかどうかを医師に診断してもらう必要があります。次に規則正しい生活習慣をつくる。ルーティーン作業を確立する。これが一番です。これは森田理論と共通する考え方です。特に昼夜逆転の生活は避ける必要があります。朝起きて朝日を浴びる習慣を作る。セロトニン健康法は有効です。呼吸だけは人間の意志の力でコントロールできますので、吸う息短く、吐く息長くの呼吸法は自律神経を整えるのに役立ちます。
2026.07.16
コメント(0)

フィギュアスケートの坂本花織さんが25歳で引退した。フィギュアスケートの選手寿命は短い。世界選手権やオリンピックでメタルを取ったような人でも、おおむね25歳までには引退している。フィギュアスケートの選手は、引退後どうするのか興味が尽きない。人生90年から100年時代に突入しているのだから、引退後の人生のほうが圧倒的に長いのである。ここで燃え尽きてしまうと、しばらくは無為の人生に甘んじてしまうことになる。フィギュアスケートの選手は、選手寿命が限られているのだから、現役の時から、次に挑戦することを明確にしておくことが必要になる。坂本選手は、スケートの指導者になることにしているという。この問題を考える時に、井上富雄氏の「ライフワークの見つけ方」という本が役立つ。井上氏は、日本IBM常務を務めた後、45歳で転職して、経営コンサルタントになった。井上氏曰く。昨年までで、私の「一人目」の人生は終わり、第二の人生ではなく「二人目」の人生を歩んでいる。二人目の人生における私のライフワーク、経営コンサルタントである。65歳までの約20年間で、ピーター・ドラッカーのような世界的なコンサルタントをめざしたいと思っている。そしてそのあと、65歳から85歳までの20年間に「三人目」の人生を送り、三人目のワークライフを見つけて、人生を3倍生きることに挑戦してみたいと考えている。そういえば、外科医だった人が、転職して日本料理の世界で活躍しているのをテレビで見たことがある。帚木蓬生氏は、精神科医だったが、今やベストセラー作家である。私の知り合いには、小学校の教師をしていた人が、公認会計士の資格を取り20年くらい公認会計士の仕事をして、その後また代用教員や塾の先生をしていた人がいた。その他、営業の仕事で頑張っていた人が、造園や盆栽作りの仕事についた例もある。野球選手だった人が、レモン農家に転職した人もいる。土木会社に勤めていた人が、ドローンの会社を経営している人もいる。一旦燃え尽きても、新たな気持ちで意欲的な生き方ができることもある。普通は生涯にわたって取り組む仕事を見つけていくことが肝心だと考えますが、その枠にとらわれなくてもよいということだと思います。人生を3つに分けて、20代から40代、40代から60代、60代から80代までに取り組むことを見つけるのも一つの考え方だ。別に3つにこだわる必要もない。例えば人生を2つに分けてみるのは現実的である。例えば、20代から50代、60代から80代というふうに考えてみる。特に転職が一般的という社会では、人生を2度楽しむという考え方は必要なのかもしれない。そのためには、20代までに大まかにやってみたいことをいくつか決めておくことだ。目標が明確にならないと、人生を2倍、3倍と楽しむことはできない。生活費にある程度余裕が持てるようになれば、別に仕事だけに固執する必要はなく、趣味や特技や研究やボランティアの世界に挑戦することもありだと思う。(人間学を学ぶ月刊誌 致知 2026年6月号 106ページ参照)
2026.07.15
コメント(0)

このブログでは、規則正しい生活習慣を作り上げることを推奨しています。これは真剣に取り組めば、3か月くらいで身に付きます。規則正しい生活習慣が出来上がると、前頭前野で、「この次に何をしようか、何をしなければいけないのか」などと考えることはなくなります。無意識のうちに身体が動いてきます。考えなくても、さまざまな問題が処理できるので、嬉しい限りです。私はルーティーン作業に従って、毎日同じ時間に同じことをするようにしているのですが、たまにすっぽかすと物足りなさ、居心地の悪さを感じるようになります。順序を変えただけでもなんか違和感を覚えます。規則正しい生活習慣は、前頭前野は関わっていません。大脳基底核や小脳が指示・命令を出して、運動野や側頭葉や頭頂葉が動き出して、手足の筋肉を動かしています。前頭前野は、どうしたらよいのか分からないときや新しいものを作り上げる時には欠かせないものですが、規則正しい生活やルーティーン作業をしている時には特に必要ありません。そこに前頭前野が絡んでくると問題が出てくるのです。前頭前野でやるべきことを詮索していると、気分に振り回されるようになります。いやだ、面倒だ、しんどそうだ、失敗するかもしれない、見返りがない、やる気がしない、失敗したら軽蔑されることになるなどという感情が湧いてくると、とたんに行動力は鈍ってきます。消極的、内向きになります。観念的で自己嫌悪、自己否定で苦しむようになります。行動から逃避していると、成長が止まったままになります。精神的には、幼児がそのまま大人になったようなものですが、社会の荒波に対する適応力はありません。前頭前野をフル回転させていると、脳が疲労してきます。観念的で行動力に見るべきところがあまりないというのは問題です。暇を持て余すようになると、刺激的、快楽的、享楽的な刺激を求めてカンフル注射をするようになります。最悪依存症に陥ります。前頭前野は要所要所で活動してくれれば十分です。普段はその他の部位にまかせて静観してくれればよいのです。その状態に持っていくのに、規則正しい生活、ルーティンワークの習慣を作り上げることは大きな意味があります。
2026.07.14
コメント(0)

北野武氏がYouTubeでボケずに元気で長生きする4つのコツを説明されていた。これらが習慣化している人は、長寿者10%に入ることができるそうだ。誰でもできることばかりだった。①負荷をかけて歩くこと。歩くのがよいからといって、だらだら歩いて距離だけを稼いでいてもあまり意味はない。階段上りは負荷がかかるので効果がある。時々早歩きをして負荷をかけて刺激することも有効だ。このブログでよく取り上げている、インターバル速歩が有効です。3分間少し早歩きをして、次の3分間はゆっくり歩く。それを毎日5セット行う。早歩きする時間は1日15分です。これを週4日行う。これで十分です。②歯のメンテナンスをすること。歯医者には半年に1回は行って、歯垢を除去して、メンテナンスをしてもらう。歯磨きは5~6分かけて丁寧に行う。自分の歯で何でも食べられるのは、とても恵まれた人です。キシリトールガムも効果がある。③水をこまめに補給すること。1日1.5リットルの水をこまめに飲むことが必要だ。500mlのペットボトル3本分です。特に朝起きたとき、夜寝る前にコップ1杯の水を飲むように心がける。それに加えて、夏は塩飴をなめる。④人と話す習慣を作る。配偶者が亡くなると、人と話す機会がなくなるというのは問題です。田舎では1日中誰とも話さなかったというのが常態化していると聞く。人と話す機会がなくなると認知症になる可能性が高くなる。会話の効果としては、相手の話を聞く。内容を理解しようとする。何を話すか考える。相手の感情を読み取ろうとする。前頭前野が盛んに活動している。最近は公民館活動が盛んです。いたるところに公民館があります。好きなものを見つけて参加することをお勧めします。私は老人福祉施設を利用している。利用料金は0です。一番にぎわっているのは、カラオケです。その他健康マージャン、男の料理教室、味噌作り、そば作り、ウクレレやオカリナ、傘踊り、南京玉すだれ、盆踊り、楽しい芸能教室などです。そういう会に参加していると、自然と人と会話する機会が増えます。
2026.07.13
コメント(0)

森田先生が言われている「自然服従」という言葉ですが、大変に重みのある言葉です。自然というのはとても幅広い、天候や地震、火山の噴火なども自然現象です。これらに対しては、できる限り予防対策を講じる必要があります。にもかかわらず、想定以上の災害が発生した場合は、好むと好まざるにかかわらず、受け入れざるを得ません。森田先生は、不安や不快な感情も自然現象であり意志の自由はないと言われています。夏は暑い、人前は恥ずかしい、心配ごとは苦しい、これらはすべて心の自然の現象であって、どうすることもできない、しかたないから、そのままに我慢しておくのを「自然服従」という。これに反して、人前で平気に振る舞おう、心配ごとを取り除いて楽になろうなどと考えて、我情を張るのを「自然に反抗する」と申します。イヤなことは苦しいけれども、しかたがないから我慢して、現在の境遇に応じて、なすべきことを忠実に為すことを「境遇に柔順」と言います。(現代に生きる森田正馬のことばⅡ 白揚社 83ページ参照)森田先生は、不安や不快な感情に対しては「自然に服従」する態度が大事になると言われています。これは、不安になったら不安のまま、怖いと思ったら怖いまま、不快になったら不快のまま、後悔の気持ちが湧いてきたら後悔したまま、罪悪感が湧いてきたときもそのまま、はからいの気持ちが湧いてきたときもはからったまま、苦しくて気が狂いそうだと思ったときもそのままにして時間の経過にまかせる。反抗する態度はご法度です。自然に湧き上がってきた感情に対しては、「絶対服従」「完全服従」という立場です。取り除いて楽になろうとか、苦しいので目を背けて逃げ回っていると、神経症でのたうち回るようになります。これは言葉では理解できますが、実行はなかなか困難です。それができないから,強迫観念で苦しんでいるわけですから。これに対して、森田先生は「境遇に柔順」になることが重要だと言われています。「自然に服従」することが、難しい人はこちらに力を入れた方がよいと思います。これも難しく考えるのではなく、「凡事徹底」の生活をするように心がける。規則正しい生活を作り上げて、ルーティーン作業に従って手足が自動的に動いていく状態にしていく。この時考え事を司っている脳の前頭前野は休んでいます。ここがポイントです。楽しいことやなすべきことを前頭前野で考えてからおもむろに行動しようとすると、迷いが生じ、気分本位になる可能性が高くなります。物そのものになりきって生活していると、小さな気づきや発見、小さな感動や感謝のかけらは幾つでも見つかります。これを簡易録音機などにすぐに吹き込んで宝物をみすみす逃さないようにする。課題や問題点や目標が明確になれば、心身ともに外向きになります。これが不安に振り回されないコツとなります。
2026.07.12
コメント(0)

昨日の続きです。苦痛から逃れよう、心配のない世界に行こうというのが神経症に陥る原因です。苦痛、心配は感情の自然現象ですから、そのまま苦しみ、心配する以外にない。手出し無用です。自然に服従する以外にない。自然に絶対服従です。「恐怖突入」という言葉は誤解されることが多い。一般的には、恐怖に耐えて、思い切って行動することだと言われています。思い切って行動することで、苦悩や恐怖を取り去ろうという意図があります。目の前の物を見て的確な行動しているのではなく、不安や恐怖取り去ることが目的になっています。適切な行動がとれなくなり、目的を達成することができなくなります。案の定失敗して自分を否定してますます行動することを回避するようになる。恐怖突入に対する、森田先生の本意は、「苦痛や恐怖の中に入り込む」という意味です。神経症の苦しみを払拭するための恐怖突入は問題をさらに悪化させる。次に大事なことは、はからいながら日常茶飯事や仕事や子育てや人との付き合いを続けていくことです。症状や不安を頭の中でやりくりして、安心・安全な心の状態を作り上げて、満を持して重い腰を上げるのではない。家族、他人、職場の人、社会に依存して何もしないというのは問題です。吃音恐怖の人は、吃音を気にしながら発言すればよいという問題ではない。書痙の人が、手が震えるままに書けばよいというだけでは不十分です。この方法は、注意や意識は絶えず、症状と格闘している状態であり、再発はまぬがれない。森田先生は、症状から逃れる方法として2つあると言われている。一つは「苦痛や恐怖に入り込む」ということです。もう一つは「目的物から目をそらさない」と言われています。丸木橋を渡るとき、薪割りのコツ、ボール投げのコツの話で、「目標本位」の重要性について説明されています。吃音恐怖の人は、自分の気持ちや考えを何とか相手に伝えるということです。書痙の人は、どんなに変な字でも必要なことを書くということです。意識の外向化、意識の目的志向が希薄になると、すぐに意識の内向化を招き、神経症と格闘するようになります。
2026.07.11
コメント(0)

2026年5月10日に九州から派遣講師をお招きして講話を拝聴しました。その中で印象に残った話をご紹介したい。最近思うことですが、神経質の症状というものは、片腕を失った人と同じに考えてよいのではないかと思います。神経質の症状は、誰にでもありがちな当然のことだとよく言われますが、そうばかりは言えない面もあるように思います。やはり一つのハンディだと思います。片腕を失った人が、その腕をつなぎ合わせようと一生懸命に不可能な努力をしている状態、これが神経質の症状にとらわれている状態ではないでしょうか。片腕を失ったままで、そのままでできる範囲のことを精一杯やっていく以外にないと思うのであります。私たちも、一つの症状というひとつのハンディを背負ったままで、精一杯生きていく以外にない、これが「あるがまま」の生き方だと思います。私が森田を学んで得た結論は、「しかたがない」ということです。自分以外の自分になりたいともがき苦しんできたわけですが、自分は自分である以外「しかたがない」わけです。自然も、人も、家族も、また自分自身も、自分の思うようにならない。これが事実であり、これも「しかたがない」ことです。自分を否定して意のままに操りたいと思うところから苦悩が始まるようです。ではどうするか。「その時、その時の目的に向かって、自分の出来る範囲のことを、自分なりに精一杯やる」以外にないようです。これが「あるがまま」なのだろうと思います。その他参考になったところをランダムに紹介します。・人生は思い通りにならない。人生はすっきりしないのが当たり前だ。・神経症的な不安は受け入れなくてもよいのです。肝心なことは人生を全うすることです。苦しいときは苦しむ以外にない。はからいながらでも目的から目を離さないで行動していく。行動は不安や症状を抱えたまま、イヤイヤ仕方なしにするものです。・「はからうこと」は「あるがまま」に反することであり、「はからわない」ようにすることが「あるがまま」と考えられがちだが、これは間違いです。「はからう心そのままでよい」のです。はからいながら、苦しいときは苦しみながら、毎日の生活を進めていく以外にない。・ここで大事な事は、書痙の人が、単に「そのままでふるえながら書いていけばよい」ということではなく、肝心なことは毎日の勤めを果していくことです。目的本位の行動を続けていくことが大事です。震える時にどうするかというような生活の一部を問題にするのではなく、生活全般を問題にするところが、森田療法の最大の特徴でしょう。
2026.07.10
コメント(0)

森田先生のお話です。夏は暑い、人前は恥ずかしい、心配事は苦しい、これらはみな人の心の自然の現象であって、どうすることもできない、しかたがないから、そのままに我慢している。これを「自然に服従」という。これに反して、人前を平気にしよう、心配ごとを安楽の気持ちにしようとかいうふうに、我情を張るのを「自然に反抗する」と申します。いやなことは苦しいけれども、しかたがないから我慢して、現在の境遇に応じて、なすべくことを忠実に為すことを「境遇に柔順」と言います。「迷妄より脱しよう」としたり、「呑気に暮らそう」と考えたりするのは、みな「自然に反抗」で、「解決がつくまで上級の学校に行かない」というのは、全く「境遇に不従順」であります。(現代に生きる森田正馬のことばⅡ 白揚社 83ページ)森田先生の言葉は、神経症を克服するためのコツが書いてあります。対応することが難しい不安、恐怖、違和感、不快感、ストレス、病気やケガ、運命や境遇、自然災害などは、事前に頭で納得できる答えを出すことが多い。まず安心・安全な心状態を作り上げてから、やるべきことややりたいことに取り組む。この態度で生きていこうとすると、神経症でアリ地獄に落ちてしまう。イヤイヤ仕方なし、不安や問題を抱えたまま、当面の課題に取り組んでいく。最低限の対策を取った後は、たとえそれが不十分で、たとえ後ろ髪をひかれるような気持ちを持っていたとしても見切り発車していく。飛行機に乗るのが怖いからといって、安心できる心の状態を作り上げようとしていると、飛行機に乗り遅れてしまう。クロールができないといって、畳の上で手足の所作、息継ぎのタイミングを練習しても、プールですぐに泳げるようにはならない。子どもは誰に教えてもらったわけでもないのに、プールに入り、自由に泳いでいるうちに、いつの間にか様になっている。観念上の悪循環を繰り返し、実生活は停滞したままとなる。この状態が続けば、不平や不満でいっぱいになり、自己肯定感が持てなくなってしまう。考えることはほどほどにして、問題が出てくればその都度修正していく。とにかく生活を前進させることにエネルギーを投入することが肝心です。森田先生は最初から入院生に理論を教えることはしなかった。とにかく目の前のなすべきことに集中することを教えた。後に形外会という学習会で理論や理屈を教えています。現代の森田理論学習は理論を完璧に理解した後で行動に取り組む傾向が強い。これは順序が逆になっています。理論は後付けでもよいので、とにかく日々のなすべきことをきちんとこなすことです。キーワードとして「平凡道をきわめて、非凡な人間を目指す」というのが励みになります。平凡に徹して10年真摯に取り組むと、きわめて非凡な人になれます。「10年偉大なり、20年畏るべし、30年歴史なる」という言葉もあります。私の前にはこの道しかない。そう思って、愚直にこの道をまっすぐに歩いていくと、人生の悟りを得るということだと思います。
2026.07.09
コメント(0)

着手恐怖というのがあります。やらなくてはいけないのにおっくうで行動できない。森田先生は、急いでやらなければならないようなことは、わざと目につくところに置いておくのが有効であると言われています。例えば、旅行から帰ってきたときに、郵便物がたくさん来ている。開封すると、そのままにしておくことができないので、無理なく整理できるようになる。小説家の宇野千代さんは、前日寝る前に原稿用紙に、「私は・・・」「今日は・・・」と書いてそのまま止めて置くと、次の仕事をスムーズに始められると言われていました。私はこのブログの投稿をする時、いきなり書き始めているのではありません。6時20分になるとその日予約していた原稿が自動的にアップされています。それを読み返して、誤字・脱字や改行の修正作業をしているのです。続いて今日アップした原稿を印刷しています。次に外付けハードディスクに保存しています。続いて全部の記事を14分類していますので、整理整頓作業を行っています。それから明日投稿予定の記事の見直し作業をしています。投稿記事は常に49本確保していますので、毎日1本は予備の記事から補充しています。これらの作業に30分を要しています。これらの作業が完了した後に、いよいよ満を持して今日の投稿記事の作成に移るのです。ですからいきなり前頭前野をフル回転させているわけではありません。つまり、簡単なこと、どうしても手を抜くことができないルーティーン作業から入っているのです。そして、行動の弾みをつけてから、前頭前野を使うブログ作成に取り組んでいるのです。脳でいうと、前頭前野を使う前に、運動野や側頭葉が活動しているのです。助走を終えて、時間の経過とともに、前頭前野のエンジンが回り始めるのです。これだと無理がありません。最初から前頭前野をフル回転させるのは感心しません。多分気分本位になって途中で嫌になってブログの投稿は中止していたと思います。ですから、着手恐怖で考えているばかりで手足が動かないという人は、あらかじめ自然に手足が動くものを用意しておけばよいのです。例えば真っ先に観葉植物の水やりをする。メダカやペットにエサを与える。太陽を浴びでストレッチをする。まず一杯の水を飲む。トイレで用を足す。服を着替える。布団をたたむ。等々。それらが呼び水となって行動にはずみがついていくのです。さて、神経質者は動き出すのに時間がかかり、一旦やり始めると今度はなかなかやめることができない特徴があると言われています。ネットゲームに凝って、朝方まではまっているというのは考えものです。これを反対にして、尻軽く行動して、ひと段落ついたらキリをつけて、次の案件に取り掛かるというのがよいと思います。森田に「休息は仕事の中止ではなく転換にあり」というのがあります。これを応用して、30分をめどにやるべきことをどんどん変えていくようにしている人がいました。かなりの課題が片づきます。この心掛けを見習いたいものです。
2026.07.08
コメント(0)

村上和雄先生のお話です。今の日本は、物質的には大変恵まれており、治安もよく、医療水準や教育水準も高いレベルにあります。2010年8月、ニューズウィーク誌の世界の世論調査によれば、日本はベストカントリーの一つに挙げられております。たとえば、アメリカ、ヨーロッパなどの先進国、ロシア、ブラジルなどの大国のなかで、日本は第一位に選ばれているのです。外から見ると、日本は大変幸せな国です。しかし、私たち日本人は本当に幸せでしょうか。自殺者が年間3万人を超える自殺大国でもあるのです。そして、日本人の主観的幸福度は世界で90位なのです。幸せというのは、人よりお金を持っているとか、地位があるというような外からの基準では判断できないのではないでしょうか。例えば会社の社長で、家庭もうまくいっているような人が、「自分はなんのために生きているのか」「死んだらどうなるのか」などの不安を訴える例があるそうです。また子供が不良仲間に入って困っている親は、「うちになんの不足があるのでしょう」というのですが、なんにも不足がないから子どもはかえって困っている、ともいえるのです。これが今の日本の大きな問題です。(人を幸せにする魂と遺伝子の法則 村上和雄 致知出版社 38ページ)村上先生は経済的な豊かさと精神的な豊かさのバランスが大切だと言われています。今の日本人は精神的な豊かさを高めることに力を入れる必要があります。森田理論の視点から精神的な豊かさを高める方法を考えてみたいと思います。私は、日々課題や目標を持った生活をする必要があると思います。他人が真似できないような大きな目標ではなく、誰でもできるような小さな課題や目標を持っていることが必要だと思います。誰でもこれはなんとかしなければまずいなと思うことは次々に湧きあがってきます。小さな問題点、小さな課題、小さな不具合、小さな心配事、小さな緊張、小さな違和感、小さなストレス、小さな欲求不満、小さなイライラ、小さな怒り、小さな悲しみ、小さな罪悪感などです。問題意識を持って見つめていると、いくつも見つけることができます。次にそれらをきちんと掴まえることが必要になります。一般的にはメモ帳を使います。私も声が出せないときはその方法です。今の私が活用しているのは小型の録音機です。写真のものです。首にぶら下げて赤いボタンを押せばすぐ録音できます。ヨコ2.5cm×タテ10cmと小さいです。キーワードを素早く録音(10秒以内)して後で再生ボタンを押すとすぐに用件が思い出せます。このようにして、小さな課題や目標が持てるようになると、積極的、意欲的な行動につながります。スマホでも同様の機能があります。録音するまでに手間がかかるのが難点です。頭の中で、次に何をしようかと考えることはなくなります。暇を持て余すようになると、自己内省ばかりで苦しくなります。これは気づきを見逃さない方法となりますので関心のある方は試してみてください。
2026.07.07
コメント(0)

シルバー川柳の紹介です。川柳やユーモア小話は不安につける薬です。薬よりも効能あり。自分で作れなくても収集に力を入れましょう。朝起きて 調子がいいから 医者に行く靴下を 立って履くのは E難度私だけ 伴侶がいると 妻嘆くベンツから 乗り換えたのは 車椅子デイサービス 「お迎えです」は やめてくれメモ帳の しまい場所にも メモがいる老体に 耐震補強か 杖一本年金を 親子でもらう 家が増えカードなし 携帯なし 被害なし化粧品 無駄だと妻に まだ言えず医者と妻 急に優しくなり 不安祖母の知恵 教科書よりも 役に立ちデパートで 買い物よりも 椅子探しよっこらしょ 勢いつけて 立ち上がるまっすぐに 生きてきたのに 腰曲がる古希になり 骨が鳴るなり コキコキと人生の 時間は減るのに 暇増える定年で 働き蜂から おじゃま虫威張ってた 上司地域で 役立たずあと2秒 待ってくれない 我が尿意来世では めぐり合ったら ほっといて迎え来た あの世じゃなくて 介護車よ起きたけど 寝るまで特に 用はなし診察は 3分なのに 待ち2時間実るほど 頭を垂れる 猫背かなこの動悸 昔は恋で いま病
2026.07.06
コメント(0)

服従というのは、支配者が多くの人を意のままに操り、私利私欲の拡大を図っているとイメージが強い。森田理論の中に「自然服従」という考え方があります。森田先生はこの言葉で何を伝えようとしているのでしょうか。人類は自然に対して収奪を繰り返してきました。その結果地球は病んでしまいました。化石燃料を燃やし続けてCO2が増大して異常気象による災害が頻発しています。海水面の上昇、資源の枯渇、酸性雨、オゾン層破壊、熱帯雨林の減少、海洋汚染、核開発などの問題がクローズアップされています。これらは人間と自然との付き合い方が、共存して繁栄を目指すのではなく、支配・被支配の関係になっていることを意味します。このままの状態が続くと、いずれ人類の絶滅を招きかねません。人間が自らの欲望の暴走を制御しなければ希望の持てる人類の未来は見えてきません。一旦暴走が始まれば、欲望の暴走の制御は不可能になることを自覚する必要があります。そのうえで、人間が自然をリスペクトして、自然循環を基本にした付き合い方を見直すことが大事になってきます。森田で問題にしているネガティブな感情や気分についてはどうでしょうか。森田では感情や気分と行動はしっかりと分離する必要があると言っています。感情や気分は自然現象であり、人間がコントロールすることはできません。普通はネガティブな感情が湧きあがってくると、きちんと向き合わないで、すぐに目を背けて逃げてしまう。すると、不安や恐怖は頭の中に居すわり続けて昼夜を問わず出没して苦しめる。これを強迫観念という。エネルギーのある人は、不快な感情や気分を目の敵にして、すぐに取り除いてすっきりとした感情や気分を作り出そうします。両方とも、感情や気分と敵対しているのです。自然に対する態度と同じです。不安や恐怖は人類が生き残るために、淘汰されないで現在に残されているものです。不安や恐怖があるおかげで、リスク管理ができている。また精神拮抗作用が働いて欲望の暴走を制御しています。不安や恐怖は、私たちが安全安心に活きていくために、日夜活動しているのです。不安や恐怖はともに困難な人生を手を携えて生きていくための仲間と捉える必要があるのです。不安や恐怖にも居場所を与え、活躍の場を提供してあげることが必要なのです。そういう意味では、一方的に自然の前に服従して言いなりになっているわけではないのです。お互いをリスペクトして共同作業を行っている仲間としてとらえ直す必要があります。そのためには、まず感情や気分から目をそらさないできちんと向き合うことが必要になります。次に不安や症状を、是非善悪の価値判断をしないようにして、ただそのまま認めて眺めることができるようになるとよいと思います。逆に反抗的、敵対的な態度をとると事態の悪化は避けられません。森田先生の「自然服従」という言葉は、このような意味を持っていると思いますが如何でしょうか。
2026.07.05
コメント(0)

NHKのダーウィンを視聴した。力の弱い、歳を取ったチーターのドキュメンタリー番組でした。その名をオルニョクという。オルニョクは、幼い頃は5頭の同年代のチーターと行動していた。非力で仲間たちからいじめられていた。力がないのでじっと耐えていた。非力なので仲間たちと戦うような場面は極力避けてきた。協力して獲物を捕らえても、おこぼれにあずかるのが精いっぱいだった。ところが仲間内の勢力争いで、他の4頭が次々に命を落とす中、最後まで生き残ったのはオルニョクだけだった。非力なチーターが生き残ったのは痛快だった。チーターは素早く獲物を捕らえるが、ライオンやハイエナにその獲物を横取りされるケースが多い。だから獲物を捕らえると素早く食べてしまう。オルニョクはすぐには食べられないので茂みに運んでゆっくり食べていた。そんな時に群れから離れたハイエナがやってきた。しかしオルニョクは逃げ出すことはしなかった。群れから離れて単独行動をとっているハイエナは、自分を追い払って獲物を独り占めしないことを体験上よく知っていた。ハイエナにも獲物を分けてやって仲よく食べていた。だてに歳をとっていたのではなかった。生きる知恵を身に着けていた。子孫を残すための戦略に驚いた。みんながあこがれていたメスのチーター「ナシパイ」がいた。仲間同士が勢力争いで脱落していく中でオルニョクは好機が来るまでじっと待っていた。オルニョクは毎日20キロ動いてあちこちにマーキングしていた。ナシパイに好意を持ってもらうためだ。実に細かな活動をしていたのだ。縄張り内にヒョウなどが入り込んでくると、勇気を振り絞って追い出していた。「ナシパイ」に、力強さと頼もしさをアピールしていたのだ。メスのチーターは年に1~2回しか発情しないが、オルニョクは絶好の機会を逃さないでナシパイと交尾をすることができた。非力で年老いたオルニョクだったが、子孫を残すことに成功した。弱者の戦略とはこういうことを言うのだろう。人間も非力で何をやってもいつも負け犬という人がいる。そういう人は90年から100年の長寿を全うすることを目標にするというのは如何でしょうか。それもボケずに、寝たきりにならずに元気で人生を謳歌することを目指す。そういう人の経験と知恵を若い人たちに伝えれば生きがいになります。そのためには、身体の健康、精神的な安定、生きがい作り、良好な人間関係作り、経済的自立を確立する必要があります。そのための学習会には積極的に参加する。人間の最大のミッションは、御身大切にできるだけ延命することだと言われる。そしてできることならたくさんの子孫を残す。それらの目的が達成できた人は、ある意味で人生の勝利者といってもよいと思います。
2026.07.04
コメント(0)

日記指導とカウンセリングは似たところがありますが、中身は大きく違います。まず目的から見てみましょう。カウンセリングは、生きづらさや人間関係の悪化などの問題点をカウンセラーの力を借りて、クライアント自身がしっかりとその原因を自覚することが目的です。決してカウンセラーから改善策を指導をしてもらって、カタルシスを得るようなものではありません。カウンセリングを受ける方は、この点間違えないようにしたいところです。カウンセラーは臨床心理学の専門家ですから、認知の誤りや誤った行動パターンをクライアントの悩みに応じて鏡のように提示します。つまり自覚を深めるためのヒントを出してくれるのです。それを基にして、クライアントは自分に向き合い、自分の思考パターンの歪や誤りなどに自ら気付いていくのです。考え方の歪や誤りがしっかりと自覚できれば、その後の生き方が変わってきます。これに対して森田の日記指導をする人は臨床心理学の専門家ではありません。神経質性格を持ち、以前に神経症で苦しんだ経験を持っている人です。そして今は神経症を問題視しなくなっている人です。いわば神経症を克服している人です。そういう意味では日記指導をしている人はあなたの身内のようなものです。決して学校の先生のように、森田の核心部分を一方的に教えて、考え方や行動の誤りを指摘してくれる人ではありません。専門家ではないのに、どうして日記指導が役に立つのかを説明します。神経症で苦しんでいる人は、自分では気づいていませんが、社会体験が不足しています。それはイヤな場面から逃げまくってきたため、大人になってそのつけが回ってきたのです。普通の人が難なくクリアーできるようなことで右往左往してしまうのです。そういう人が自信をもって一人で社会の荒波に立ち向かうことは困難です。森田理論を学習して、頭で理解しても、すぐに実践・行動できないのです。せっかくの森田理論を学んだのに宝の持ち腐れになってしまいます。こんな時に伴走者がいたら何とか目標に向かって歩き出す勇気が湧いてくると思いませんか。視覚障害者がマラソンに挑戦する時、紐を持った伴走者がいます。日記指導では、それと同じことをしていると思っていただければよいと思います。それなら社会体験が不足している人でも、なんとか実践・行動できるようになると思いませんか。近くにいて私を見守ってくれる人がいる。時には不安や神経症で苦しいときに励ましてくれる。思い切って一歩を踏み出した自分のことを評価してくれる。これが社会経験が乏しく、自信が持てない人に大いに役に立つのです。日記には感情の起伏や症状のことは、書いてもよいのですが、短く簡単に書くことをお勧めします。そのうえで、苦しさを抱えたまま、行動できたこと、挑戦したことなどを書いていきます。これは、森田理論自体が目指していることです。つまり、不安や症状を抱えたまま、実践・行動というのが森田が目指していることになります。日記指導をする人はその援助をしているのです。伴走者のもとで、小さなことから取り組んでいくと安心感があります。それが大きく成長していくきっかけとなるのです。一人ではできないことでも、過去に神経症でのたうち回り、今は普通の人と同じように生活している人が、伴走者として自分をしっかりとサポートしてくれていると思うと、目の前の霧が晴れてくるような気持ちになります。そして、神経症から立ち直ったときに、今度はあなたが後輩の伴走者になってあげると、あなたに生きがいが生まれます。実はこれは、日記指導に限らず、生活の発見会の集談会という学習会で繰り返してやっていることなのです。
2026.07.03
コメント(0)

森田理論に「物の性を尽くす」というのがあります。その実践として、家計簿をつけてお金の有効活用を心がけることが大切だと思います。森田先生も1000円は1万円に、1万円は3万円というように、活きた使い方をすることを推奨されています。私は現在主に年金暮らしです。これを元にした家計簿をつけ方を考えてみました。年金は2ヵ月に1回、偶数月の15日に自分の口座に振り込まれます。家族合算ではなく、夫婦別々に計算されて別々の口座に振り込まれます。ですから、一家の家計の管理を考える場合は、これを一元管理する必要があります。時々別々に取り扱っている人がいますが、これは問題ではないでしょうか。次に年金が支給されるときにあらかじめ天引きされるものがあります。介護保険料、後期高齢者健康保険料、国民健康保険料、県民税、町市民税、固定資産税などです。地方税や固定資産税は、毎月ではなく、年4回に分けて引き落とされますので、意外に見落としがちになります。私の場合は、3月、4月、7月、12月です。その他毎月定期的に口座から引き落とされるものがあります。マンションの管理費、修繕積立費、駐車場代、個人の医療保険、自動車保険、生命保険、火災保険、下水道代、電気、ガス代、携帯やパソコンなどの通信費、新聞代、NHK受信料、クレジット代などがあります。これらは、夫婦別々の口座から引き落とされている場合があります。人によっては、医療費、介護費用、趣味、交際費、家や車のローン、教育費などが加算される場合があります。以上をまとめると、次の点に留意する必要があります。・家計費は一家で一元管理をする。・毎月の生活費は予算の範囲で留めるように、家計簿をつける。・できれば予備費として貯蓄を行う。・年金に合わせて、2か月単位で予算管理を行う。・進捗状況は2か月後にきちんとまとめる。使い方の工夫を考える。その他、家電製品などの買い替え、家の修理、車の買い替え、冠婚葬祭費、入院や介護費用、子や孫への援助が発生すると、突発的な出費が発生します。これに対してどう対応するかは、あらかじめ決めておく必要があります。貯蓄のある人は、それを取り崩すだけで済みますが、どんどん減ってくると不安になります。私は元気なうちは働いた方がよいと考えています。毎日3時間20日働くと、月に6万程度の収入になりますので、多少ゆとりが持てるようになります。たまに、株式投資やFX投資などをしている人を見かけますが、老後の生活資金を失うことは絶対に避けるべきと考えます。また最近はオレオレ詐欺まがいのことがに日常茶飯事なのでお互いに気を付けましょう。そのためには固定電話は留守番電話にしておくことです。携帯も知らない人からの電話は、基本的にとらないことです。必要な電話は宛先登録をしておくことです。家計簿の管理は多岐にわたります。やりくり名人を目指すことは森田実践に繋がります。
2026.07.02
コメント(0)

日本画家の堀文子氏のお話です。「群れない、慣れない、頼らない」というのが私の生き方の指針かもしれません。「群れない」は、お付き合いはあまり広めないようにしています。「慣れない」は、慣れ慣れしくなると感性が鈍ります。子どもの頃、何かを初めて見た時に感動した、あの瑞々しい感性を取りもとせしたいと思います。物知りになってくると、つい分かったふりをして、本物のものが見えなくなる。動物や昆虫などを見ていますと、絶対に慣れ慣れしくはなっていない。絶えず死と生を分けながら、ぎりぎりのところを生きています。「頼らない」は、何ごとも自分で処理しなければなりません。確かにやり方を教えてもらったら、その通りにすることになり、自分で決め責任をとることを忘れます。人に褒められたり、いい気になったりしていると、自分が目減りするんです。やっぱり最後の最後まで、少しでも、1ミリか2ミリでもいいから、上り坂でいたいと思います。そして惨めに死ぬのではなく、生き生きと死にたい、と思っております。(1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書 致知出版社 藤尾秀昭監修 236ページ)これを森田理論で考えてみたいと思います。「群れない」というのは、賛否両論あるのではないでしょうか。何をするのも家族一緒、何をするのも仲間と一緒を信条としている人もいます。特に外向的な人、発揚性気質の人は絶えず仲間を作って行動しています。私の場合、いつも仲間と一緒というのは、安心安全な面がありますが、絶えず人の思惑を気にしなければならないので、精神的に疲れます。普段は自分の好きなこと、目標や希望に向かって努力するスタイルがあっています。一番大事な事は、「群れない」と決めつけて、常に単独行動をするというのではなく、適度に「群れる」し、時は「離れて自分一人の生活を楽しむ」というスタイルがよいのではないかと思います。つぎに「慣れない」ですが、これについては、森田から「不即不離」の人間関係を学びました。引っ付きすぎず離れすぎない適度な距離感を意識した人間関係です。この考え方の基本は、人間は必要なときに、必要に応じて、必要なだけつき合っているというものです。ですから濃密な人間関係を少量築き上げるというよりも、コップに少ししか飲み物が入っていないような人間関係をたくさん作り上げるということです。薄い人間関係をたくさん作り上げていくやり方です。私はこのやり方でずっとやってきました。結果的には、とても良い方法だったと思います。デレデレ慣れ慣れしい人間関係は新婚の時くらいで十分だと思います。最後に「頼らない」ですが、これはとても大事なことだと思います。特に最近は金銭的にも精神的にも親に頼る傾向が強い傾向があります。楽な生き方ができますが、心身ともに不安定になります。自立して生きると、絶えず目的本位の生活になります。食事について、自分でほとんど作らないで外食にたよりきりという人がいます。これでは食事が偏り、体調悪化を招きます。ついで生きがいもなくします。基本的に、自分のできることは自分でする。そのうえで、自分ではできないものは、人に助けてもらうのがよいと思います。現在人生90年から100年時代を迎えています。長生きリスクに備えて、自ら率先して、身体の健康維持、心の健康維持、良好な人間関係作り、生きがい作り、経済的自立の目途をつけて、悔いのない生き方を目指していきたいものです。
2026.07.01
コメント(0)
全28件 (28件中 1-28件目)
1


