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大阪のおばちゃんたち、思っていた通り、橋桁さんを入れてしまった。主義や党はどうでもいい、「ユーメーな人や」で、名前を書く。 私は小指で辞めました」のノックさんのあと、どこから涌いたか知らないオタオタさんが長いこと知事の椅子に座っていたけど、今回は「知ってる知ってる。オクサン可愛がってはる人や」というだけで充分だった。ほんまに大阪のオバチャン連はやり易い。 ここだけのハナシだけど、私は違う名前を書いた。 そやけど、「家庭を大事にしない人は、人の暮らしも良くはし得ない」という。橋桁さん、がんばってや。 世の中は千々(知事)にものこそあわれなり わが身ひとつの秋にはあらねど
2008.01.28
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「なんで、十三銀行になんか、行ってたん?」「郵便局の通帳、使えんようになってたから」「あんたが持って来ぇへんから、再発行してもうたわ」 姉は、母名義の通帳を2冊、取り出した。1冊は1円しか入っていない。「1冊や、言うのに、この人は2冊あります、いうて2冊作ってくれた。5年も全然使用してない口座やて」 金欠判という悪いハンコで作ってあった。「ハンコ、こっちのに戻さなあかんわ」 一緒に郵便局へ行こうということになって、姉が母に服を着せ、車椅子に乗せた。暖かい日でよかった。 郵便局の窓口で、「紛失した通帳、出て来ました。こっちの通帳、使えますか?」「出て来た方は使えません。一番新しいのを使ってください」「そしたら、届け印変えたいんですけど。もとのハンコに」 姉が、通帳とハンコを窓口へ出した。「はい。この通帳の届け印を、このハンコにしはるんですね。身分を証明するもの、持ってはりますか?」「えー? もとに戻すのに、そんなん要りますのん?」「改印届けして貰わんなりませんから。この用紙に記入して…」「保険証、とって来ます」 記入しといて、と姉は母の家へ戻って行った。私が改印届けを書いて窓口へ出すと、「この、無効にする方のハンコ、持ってはりますか」と局員は言った。「なんで、そんなもん要りますのん!?」「要るんです」「紛失したにしといてください」「紛失されたんですか」「家にありますけどね」「こっちの通帳にある1円を出して、こっちの通帳に入れるのにも、ハンコ要ります」「そんなら、その通帳は持って帰ります。どうせ、使わない通帳ですから」「いや、そういうわけには行きません。きちんと処理しませんと」「そんなハンコ要るんでしたら、姉が保険証取りに戻る前に言うてくれはったらよろしいのに」「取りに帰りはったん知りませんもん」「おタクが、保険証が要ります、言わはったから、取りに行ってきます、言うて出て行きましたやン。そしたら電話しますわ」 ケイタイで母の家へ電話したけど、まだ着いていないのか、姉は電話に出なかった。数分おいて、また電話した。まだ出ない。耳が遠くて私と局員のやりとりが判らない母が、心配そうに見ているので、「なかなかすっと行けへんわ。あの人、難しいことばっかり言うてはる」 と、大きな声で言ってやった。「あの人な、もう30年ほどここに勤めてるけど、一番根性悪いねん。しょうむないこと言うて、ヒト何遍でも行ったり来たりさせるよ」 母は大体の事情を察して言った。あのヒトに聞こえたのか、また電話しようとしている私を局員は呼んで、「あっちのハンコなしで処理します」と言った。出来るんじゃないの。改印届けするのに、無効にするハンコが要るとか、1円しか無い通帳を廃棄するのにハンコなんて、知らんわ。 姉が入ってきた。「いま、こうこうで、悪いハンコも持って来て言おうと電話しててん」「帰ったけど、家へ入られへんかってん。鍵、持ってなかったから」 出て来るとき、私が持っていた鍵でドアをロックしたのだ。姉は、私の鍵を持ってまた郵便局を出て行った。母が言った。「前にな、送金しよと思うたらハンコが要る、言うてな、ハンコ取りに帰ってん。足が悪いからぼちぼちやのにな。それ持って来るとき財布忘れて、今度は送料が2円足らん言うて……それが、5時5分前やってん。行って戻ってきてたら5時過ぎるやろ。2円ぐらいな、ちょっと立て替えといてくれてもええのになあ。どこの誰と判ってるのに、そういう融通きけへんねん、あの人。ほんまにイケズやでぇ。丁度知った人がいてはって、2円くれはったんやけど」
2008.01.25
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落語の「七尾狐」に、金貸し婆ァが棺桶から出て来て、「金返せェ、金返せェ」というくだりがある。金貸し婆ァじゃあるまいに、「金返せ。金返せ」と母が何度も電話して来るから持って行くことにした。いろんな人が鍵を預かっていて、自分は大方寝ているのだから母が管理するのは無用心なのだ。 母の貯金通帳が再発行されていて使えなかったから、ゲンナマ持って大阪へ行った。使えない札束は、妙に嵩張って重たい。 バスの通り道に母の取引銀行があるので、そこへ入れておこうと考えた。3つめの十三バス停で降りた。6歩も歩くことなく銀行に入れた。客の少ない銀行だ。残高の少ない口座だったが、すんなり入れることが出来た。「ありがとうございました」と窓口の子は言ったけど、ティッシュ一つ呉れない。さびれるわけだ。 電車の駅へ行ったら手土産の買えるところがある。バスに乗らずに駅まで歩いた。駅のそばに有名な和菓子屋がある。覗いてみたがどれも高い。キンツバ一つが160円もする。なに様へ行くのでもなし、と駅へ入った。ホームに551の豚まんが売っている。6個入り850円のを買った。お釣りを待っているとき電車が来た。受け取ったおつりを財布ではなくポケットに入れて電車に乗った。母の家へは駅一つだ。ドアの前に立っていた。ブタマンが臭う。現金が臭うのだったら、突っ転ばされて盗られていたなあ。 と、席の端っこに座っていた人が立ってくれた。折角だから座った。紙袋の口をしっかり折り曲げて膝に乗せ、上にバッグを置いた。「この電車は神戸行き急行でぇす。次はぁ、西宮北口まで停まりませーん」 えー? 幾つになっても、電車の種類確認せずに乗る癖直らない。西宮北口から各停梅田行きで、豚まんのニオイ気にしながらゴットンゴットンと戻って来た。 駅降りてから、商店街のかかりのうどん屋でうどんを食べた。 母の家へ着くと姉が来ていた。「何処へ行ってたん!? なんで十三なんかで降りたん!? 」「なんで知ってるのん」「おんなじバスに乗っててん。十三で降りるのん見てたよ。よう似た人やなあと思うたら、やっぱりあんたや」「銀行へ行って、電車に乗ったら急行やった」「よう急行になんか、乗るわ」
2008.01.21
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母が電話で「通帳返して」とうるさいので、今日は持って行った。貯金通帳から抜いてあったお金を戻そうとしたら、「向こうで再発行しておられますから、このお通帳はご使用になれません」と窓口が言う。 仕方なく現金でバッグを膨らませて電車に乗った。突っ転ばされて盗られたら面白い展開になる。 でも、私が大金バッグに入れて歩いているなんて、誰も思わなくて、無事大阪まで。大阪駅前の、いつものバス停で待っていたのに、違う行き先のバスが2台も来て出て行った。「おかしいなあ」と標識を見たら、いつものバスの行き先ではなく、守口車庫行きとある。半月来なかったらバスの停車場まで変わってしまうんだ。 駅の職員の制服を着たおじさんに訊いた。「あっちへまっすぐ行って左側です」 だいぶ遠くなっていた。バス待っている間に思いついた。なにかと手続きの面倒な郵便局にしなくても、銀行へ入れとけばいいんだ、と。母名義の、残額のない預金通帳も持っている。 ------続く------
2008.01.15
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1枚ずつキレイなビニール引き紙に包んだお煎餅がある。四角い缶に入っていて、塩味、醤油味、砂糖醤油、サラダ、豆入り、5種類の味詰め合わせ。これが不味い。どれを食べても美味しくない。食べるたびになんだか腹が立つ。 毎年、同じ缶をお歳暮に呉れる人がある。 昨年は横流ししたけど、貰った人も多分迷惑に違いないと、今年はやっぱり家で食べている。私しか食べない。捨てるわけにはいかない。 いま、パソコンしながらお茶を飲み飲み、腹の立つお煎餅を食べている。1枚ずつ、たいそうに包んであるのも憎らしい。よくこんなものが作れるよ、と感心。 よくこんなものが買えるなあ。 いやいや、よくこんなもの呉れるわなあ。 娘が、「ヒトさまがくれはるものは、有りがたく戴かないとあかんよ」と言うけど、絶対に有り難くない。 有り難いというのは、なかなかないということか。有り、難い。無い易い。ありりりり。ありゃりゃ。
2008.01.13
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幸か不幸か、暮に風邪をひいた。 インフルエンザの予防注射をしたショータンが咳をしているから、うつったのだ。退院したばかりの母にうつしてはいけないからと、母の家へ行かずにいる。 姉が10月に病院で母とケンカしたあと、私の娘タキーが毎日行って世話したり、肺炎を起こしたとき病院へ入れたりしたのに、「タキーには来てもらわんでええよ」と言ったので、タキーも行ってない。 母が姉のことばかり言うので、世話は姉に任せた。姉の娘とその息子たちが交代で通っている。 風邪の前に行った時、介護士の資格を取ったマミの息子がお風呂へ入れた。「上手や。文句つけるとこない。ええ仕事選んだなあ」 と、母は大満足だった。一ヵ月半の病院生活では、熱が下がったあと身体拭きのみ、退院一週間めのお風呂だった。 南向きの部屋は暖かいから、風邪もひかずにいるだろう。「お姉ちゃんには一番世話になってる。空襲の火の中を、小さい妹の手ぇ引いて一緒に逃げた。買出しにも何遍も行った」 64年も昔のことを言って泣いていた。怖がりの姉は、「死んだ人がごろごろ転がってるから、見んように足元ばっかり見て走った」と言っていたけど。「一人で暮らしてても、なんやかやと買うて来てくれる。よう気がつく。ほんまにお姉ちゃんには世話になった」 よく電話して来て、「お姉ちゃんがいじめる」「お姉ちゃんが来て怒ってばっかり……」などと愚痴っていたのをきれいに忘れている。それで、持っているお金を半分以上もやってしまって、「残りはお姉ちゃんに全部やって」と言う。 母の思い出は、安い羽根布団みたいにあっちで塊り、こっちはすかすかの状態。私もタキーも、どうしたら母が一番安心に暮らせるか、いろいろと考えたのだ。 分別のない子供に返ったから言っても仕方ないけど、それにしても、下手な生き方だ。
2008.01.06
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ジェット機が速い、光ネットが速いたって、月日の経つのほど速くはない。月日はアッという間に経つ。2007年から2008年へ飛んだばかりとと思ったのに、もう4日だ。 先日(といっても昨年)、隣の子を見た。小学校の2年生の筈だったのに、中学校の服を着ていた。 「14歳だから出場できない」と日本を残念がらせたスケートのマオちゃんが、昨年はオトナみたいに見えた。 一人暮らしの元気な母が、96歳でダウンした。 服なんかみんな手製で、「百まで生きてテレビに出る」と言って、新しいミシンを買うと言っていたのに、もうミシンの前には座れないだろう。「お墓は田舎からこっちへ持って来て、お葬式は何処そこでこうこう……」 などと、病院でしきりに考えていた。「お金はお姉ちゃんに全部やる」 と言ったので、「それはあかんわ」と通帳を持って帰ったらたちまち元気になって退院してしまった。「タイヘン」は点滴より効いた。 月日よりもっと速いのは、私の忘れ癖。 ここへは毎日来てブログを書こうと思って、パソコンを消したとたんに忘れている。
2008.01.03
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