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クリント・イーストウッドの『目撃者』と、『toilet』という映画が、同じ時間帯になっていた。 『toilet』は、出演者も監督も紹介文もなにもなかった。『目撃者』を録画予約にした。『トイレット』は、墓地の場面から始まった。ひどく嘆き悲しんでいる痩せた兄と体格のいい弟と妹の3人きょうだいがいて、弟が「ママの遺してくれたものは…」と語る。「ボクはヒトに迷惑はかけないし、迷惑をかけられることも嫌い」。 兄貴はうつ病で4年間も外へ出たことがなく、妹はつまらない作詞教室に通っていて、弟だけがなにかの研究室で働いている。家にはママのママ(ばーちゃん…日本人)がいる。ばーちゃんは毎朝、トイレから出て来ると大きなため息をつく。題名が題名だから、トイレに怪しいものが棲みついているのかと思っていたら…… ノイローゼの兄貴はピアノの名手で、ばーちゃんはエアー・ギターが好き。弟はウルトラマン人形の蒐集を趣味にしている。ばーちゃんの溜息の原因はtoiletにあるんじゃないかと職場の同僚に教えられ、主人公(弟)はばーちゃんのためにオール自動の便器を買う。ばーちゃんが死んでから、toiletが家にやって来る。ラストが面白い。 ラストのラストで、3人がエアーギターの演奏をしているのも良かった。兄貴役者はなんでも器用にこなしていた。 いやー。面白い映画だった。脚本も監督も荻上直子という人だった。テレビ・ドラマでも電化製品でも、女性下着でも、日本の男性が作るものは全部間抜けなものばかりだけど、女の人が作ると映画でも面白いものが出来るんだ。 本も映画も日本ものは嫌いだが、もっと日本女性に期待しよう。
2013.01.27
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友達が編集をしている短歌の会に、誘われてしぶしぶ入りました。年4回の短歌誌を発行しています。会合に出ない会員として、4年ぐらい短歌を投稿していました。私の力作を、理解できずに勝手に添削して、くだらない短歌に変えるので、それは違うと抗議の一文を書き「やめます」と宣言しました。友達が、「今度から気をつけるから、そんなこと言わずに…」と電話で言うので、会費は年払いにしていることもあって(まあいいか)と辞めるのを思いとどまりました。 私だったら、「やめる」と言う人を引き留めたりは絶対にしません。(ここには2度と来ない)と決めたら、ほんとに2度と行きません。 会員作品以外の研究題材があまりにも面白くなくて、やっぱりやめた方がいいなあ、いろいろと思い煩うだけでも不快だとずっと考えていました。昨年の秋の号に、優しくて泣き虫の母が一人で暮らしているから「気丈でしっかりもの」とか、百歳を7カ月過ぎて亡くなったのに「百歳近くで亡くなった」とか、一度も喧嘩したことないのに「喧嘩ばかりしていた母娘」と書いたりするので、またまた抗議文を送りました。提出作品も、もちろん怒っている短歌です。 優しくて泣き虫の母「気丈よ」と言う人のありひたすらかなし 諍いの好きな母娘と噂さる口答えすらせざりしわれを 曲解の噂話が文字となりわが短歌いつも読まれずと知る 私が怒るとは夢にも思っていなかったらしい友達は、「慌てて電話で謝って来ました。「編集会議にかけます」と言うことでした。謝ってもらっても、もう絶対に許せません。誰がなんと言っても退会します。 「橙」という短歌会なので、短歌(狂歌かなあ)を一つ詠みました。 老齢の編集子みなとちちりてん橙ならぬポンカン会
2013.01.22
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友達が編集をしている短歌の会に、誘われてしぶしぶ入りました。年4回の短歌誌を発行しています。会合に出ない会員として、4年ぐらい短歌を投稿していました。私の力作を、理解できずに勝手に添削して、くだらない短歌に帰るので、それは違うと抗議の一文を書き「やめる」と宣言しました。友達が、「今度から気をつけるから、そんなこと言わずに…」と電話で言うので、会費は年払いにしていることもあって(まあいいか)と辞めるのを思いとどまりました。 会員作品以外の研究題材の作文があまりにも面白くない上、優しくて泣き虫の母が一人で暮らしているから「気丈でしっかりもの」と言ったり、百歳を7カ月過ぎて亡くなったのに「百近くで亡くなった」と言ったり、一度も喧嘩したことないのに「喧嘩ばかりしていたお母さん」と言ったりするので、またまた抗議文を書きました。昨年の秋です。もう絶対に許せません。 誰がなんと言っても退会します。 「橙」という短歌会なので、短歌(狂歌かなあ)を一つ詠みました。 老齢の編集子みなとちちりてん橙ならぬポンカン会
2013.01.21
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10年前に5000枚刷った家伝薬の「説明書き」が無くなった。 安いコピーで500枚作った。それもあと数枚になった。 明日増刷して来ようと思ったが、原稿が見つからない。(階段下の物入れに置いた筈)と掃除機を出しほかのものをいろいろ出し、二階の物入れも探し、私の部屋もひっくり返し、毎度毎度の大探し。 10枚ほど出て来た。あー良かった。 けどよく見たら前の住所で、内容も少し物足りない。やっぱり一から書き直しか。最初から新しい原稿作っておけば、片付けごとしなくて済んだのに。あーしんど。
2013.01.15
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朝刊に、いつも行くえびす神社とは違うえべっさんのチラシが入っていた。「行ってみよか? 甘酒進呈と書いたあるわ」と言ったら、ショータンは「あっちの方やったら、おれは証券会社へ行く用事がある」と、迷っていたけどふんぎりが付いたという顔をした。 いつもの蛭子神社のバス停を通り越して、まだ5つほど向こうのバス停に、「えびす前」という所があった。「ここから北へ入るねんわ」「先に行くのんか?」「帰りでええわ。今日は宵戎やから」 大阪の今宮戎はもの凄い人出で、車で行っても駐車するところがない。道の両側に、福笹売りの屋台がずらーっと並んでいて、大勢の人が神社に向かってぞろぞろ歩く。「えべっさんやー」という気はするけど、福の獲りあいになるようで、近くの空いたえべっさんの方がいい。このバス停「えびす前」が、家から2キロぐらい。そのまま西へどんどん走って、和歌山市に入った。ついでの方が30キロ以上。和歌山城のそばを通る。暖かだったが、お城は行く人も見えず、木立ちの向こうに天守閣だけ少し見せてしーんと建っていた。この辺りは証券会社と銀行がかたまっている。 ショータンは、インターネットで取引している所ともう一つ新しい会社へ寄った。私は車の中で、昭平のおしゃべりを聞きながら待っていた。20分あまりして車に戻って来たショータンは、「信用取引始めようと思たけど、審査は4、5日かかるねんて」と言った。信用取引なんかしない方がいい。損するのは見えている。和歌山市はガソリンが安い。レギュラー138円。136円。でも、暮れに満タンにしてから何処へも行かず、月曜日にちょっと仕事しに40キロほど走っただけだから、スタンドには寄らなかった。 オータニエビスはずいぶん小さいお宮さんだった。人もぱらぱら。甘酒は有料。狭い境内の真ん中の誰もいない処で、大きな炭ががんがんいこっていた。「智の輪」という丸い藁の輪を潜ると、本殿の前に、1メートルほどの恵比寿さんと大黒さんが並んでいて、「頭を撫でて、福を頂いてください」と書いてあった。ショータンは珍しく、自分の財布からお賽銭を出して箱に入れた。 いつもの神社では必ず100円の福引をするのだけれど、福引所へ行くと、「あっちで先におみくじを引いて来てください」とおじさんが言った。面倒だから、そのまま帰って来た。お宮さんへお詣りして、(面倒くさいから……)というのは良くないな。木像だったか鋳物像だったか判らなかったけど、えべっさんの笑顔が妙に頭に残っている。 家に帰って来ると、ファックスに今年初めての『注文』が入っていた。 足の薬、今朝は替えなかった。第二指以外、青じみはきれいに無くなった。
2013.01.10
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包帯を外して調べてみても、痛い小指はなんともなっていない。親指以外は打ってないようなのに、どうして痛いのだろう? まあいい。ついでに薬を付けるぐらい、簡単なことだ。第一指の薬を取り換え、第二指と第三指をとばして第四と第五指に薬を付け、綿花を乗せラップして五本一緒に包帯した。書き忘れたが、左足の親指の下に底豆が出来て治療中だ。1週間ぐらいになる。豆は柔らかくなったから、カミソリで少しづつ削ればいいのだが、左は膝が曲がりにくいので薬を貼り換えるだけ。だいぶ柔らかくなったから、その内無くなるだろう。 左右の親指が故障するというのは、母の新しいお墓へお参りしないせいかも知れない。義理の父の代々墓は、滋賀県の雪積もる山の上にあって行ったこともないから、姉が大阪の明治の森に夫婦墓を建てた。お盆には姉と一緒に行ったけど、お彼岸も年末も行かなかった。 小指の痛みはすぐに治まった。 二日の朝、薬を取り替えた。テレビはなんにも面白い番組がない。初詣でも億劫で、一日コタツに入って、カレンダーに気学のハンコを押していた。昨年は気学暦を作らなかったから、いろいろと良くなかったのかも知れないな。 夕方、またまた小指がじがじが痛み出した。おかしいなあ。 歯医者で、「悪い歯と違う歯が痛いと思うことがあります」と言われたことがあるけど、同じかなァ。神経が故障してるのかなァ。 夜、就寝前、包帯を外してみてびっくりした。包帯を取る度にびっくりするって、アホや。親指の腫れは大方引いていたけど、隣の第二指と、も一つ隣の第三指の指の付け根が紫色になっている。あの重い瀬戸焼きの鉢は、足先にゴン! と落ちたのだ。状況としては納得。で、結局五本とも薬を付けた。目で見ただけで怪我しているかいないか決めないで、「痛い」ということを信用すれば良かった。ハァー。大層な包帯になった。着物は着ない。足袋も穿かない。靴も履かないからいいけど…
2013.01.07
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大晦日の午後。門の外に置いていた大きな“金のなる木”の太い幹が霜で曲がっているので、玄関ドアのところまで移動させようと思った。大阪の母の家のベランダで15年も元気でいたのに、こちらはだいぶ寒いのだろう。瀬戸焼きの植木鉢は、いやに重かった。一歩横へ右足を出した時、左脚が溝蓋の角に引っかかった。アッ。横ざまに、ドッテーンと転んだ。回転レシーブ。道路の方を向いて両足の先が上がっている。鉢は、私の頭の右上で横になっている。コタツの前の座椅子から立つときより素早く立ち上がった。なんて重たいんだ?此処へ置いたのは私だけど。どこも打ってないか? 腰。肩。…頭は、いつも打たないようにうまく転ぶ。……大丈夫みたいだ。見ると、金のなる木は根こそぎ鉢の外へ飛び出している。よっぽど底を強く叩いたようだけど、鉢は割れていない。木を鉢に植え直してもう一度、慎重に鉢を持って20センチ上がって庭へ入り、もう20センチ高い玄関ポーチまで運んだ。あ? 右足の親指が少し痛いようだ。門扉の外に折れた幹や葉っぱが散乱したけど、そのままにして家へ入った。台風で鉢が転んでも割れても触ったことのないショータンは、大晦日でもテレビのお守りしかしない。「いま、大きな植木鉢持って転んだ」「ケガしたんか?」「足の先に鉢落としたみたい」「救急病院へ行くか?」 うちには世界一の家伝薬があるのに、ショータンは病院が一番だと思っている。「うちの薬つけとく」 親指は、見たところ大したことはなさそうだった。薬を綿花に伸ばして巻きつけ、ラップで覆って包帯した。そのあと、煮しめ造り。夕飯前にお風呂に入って新しい薬をつけた。夜中。足の小指が痛いような気がしたけど、朝までなにもせず寝ていた。 元旦。御節料理とお酒とお雑煮で新年を祝い、さて薬を取り換えようと包帯を取ってみてびっくりした。親指が真ん丸に腫れて、指の付け根が黒くなっていた。やっぱり鉢は足の上に落としたのだ。最近はよく転ぶ。転倒虫になったんだ。転んだ時は(これからはもっと注意しよう)と思うのだけど、そんなに注意して暮らしてはいない。 昼過ぎてから、小指がじわじわと痛くなってきた。
2013.01.05
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昨年の同窓会で、母が亡くなった話をした。 「一人暮らしが心細いから救急車呼んで病院へ入ったんやけど、担当のセンセは年齢聞いただけでボケの寝たきり扱い。その日から絶食でおむつ使用。なんで絶食ですか? と訊いたら、『誤飲するから』『トイレは一人で行けますよ』『起こしたら心臓が止まることがあります』『退院します』『無理です』いうて、結局20日間退院もさせてくれへんかった。 点滴や心電図や、カラダ゙につけられてるクダ全部外してもうて、無理に連れて帰ったら、二日めにあかんかった。絶食で弱ってしもてたからねえ。病院はあかんよ。病院へ入ったら助かるもんも死んでしまう」 母は寂しいがりだったけど、姪や甥もみんなひとりで出歩ける年齢ではないので、死んだことを知らせなかった。お葬式は姉の子供と孫と私だけでした。喪中葉書は何処へも出さなかった。 同窓生は除外して、私の知り合いへの年賀状は普通に書いて出した。 一月一日。同窓会で会った友達から、一人を除いてどかどかと年賀状が来た。
2013.01.01
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