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旅でっせ(でっせ、まっせは、私は使わないんですけどネ) 11月21日 山口県の萩たなかホテルです。 たなかホテルというのは、あちこちに何軒かある。 じゃらんの案内には最安料金\14700 とある。 「ふくの王様とらふく満喫プラン(和室)----\21000 ふくの女王まふく会席プラン(和室)-----\15000 松葉かに会席プラン(和室)------\14700 こぴーは 「萩の北長門海岸国定公園、萩湾の一角に佇み眼下に広がる日本海に沈む夕陽は3、9月頃が特に美しい。新鮮な海の幸を使った料理は目も心も楽しませてくれる。2005年4月、はぎ温泉開湯!大浴場もリニューアル」 しかし、お風呂に入っていて、夕日は見逃した。ショータンは夕日朝日に関心がない。ではなにに関心があるのか----温泉だけ。それも、露天風呂は好きではない。泡もジェットもキライ。水風呂、勿論イヤ。打たれ湯、だめ。混浴、若いピチピチギャルがいないからつまらない。熱い湯、困る。そんな程度だ。 福利厚生倶楽部のプランでは、フグはない。なかった。ように思う。刺身盛り合わせの中に入っていたか? わからない。特に美味しいものも、特に不味いものもなかった。 食堂で印象に残っているのは、窓際のテーブルにいた親子連れだ。お父さんとお母さんと娘さん。お母さんと娘さんがこっち向きに並んで、お父さんは一人あっち向き。その娘さんが、顎の下へ料理の入ったお皿を持って来て、親指を立てて箸を握り、おかずを真上から突き刺して口に入れる。ときどき挟んでいるが、親指が立っているのでなんとも見苦しい。十七、八に見えたけど、学校が休みの日でもないのに、何故両親とホテルなんかにいるのだろうか? 娘の箸の持ち方に、親はなんにも言わない。私が、他人事ながら先行きを案じてあげた。 朝。窓から朝日は見えなかった。 ホテルの窓から撮ったのかどうか忘れたが、こんなものが写っていた。海の上にアドバルーンはおかしいから、なんなのか不思議なもので、飛行していたというような記憶はない。どうも、肉眼では見えなかったのだと思う。大きくしてみたところ 次の写真。光ながら雲の間に消えるところ。
2008.12.28
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年中時間が足りないと思っているが、年末は更に時間が欲しい。 私の部屋はいくら片付けてもすぐに衣類や本が出てくる(勝手に出るわけではない)し、ガラス磨きも一人ではなかなかだし、庭掃除も半分しか出来ないし…… 今日は朝のうちに年賀状を作るつもりだったのに、ショータンが散髪に行くというので、美容室まで乗せて貰った。 美容室の近くのスーパーで待ち合わせと決めているので、終わってスーパーへ行った。ショータンはあまり毛が無いのに、私の倍も時間が掛かった。混んでいたそうだ。年金男は大体、家の用事を手伝わないから、年末は散髪屋かパチンコ屋に集まる。 我が家の近くに、潰れた大スーパーの後へパチンコ屋が建って、最近オープンした。いつ通っても、広い駐車場は車びっしりだ。代わりに、前からあった3軒のパチンコ屋は閑古鳥。小さな市だから、同じ人種があっちへ行ったりこっちへ行ったりしているだけだ。儲からなくてもそこそこ遊べたら、喜んで同じ処へ通う。 パチンコ貧乏の話はよく聞く。政府がお金をくれなくても、パチンコ屋へ奉仕するぐらいのお金はあるのだ。 仕事と家を無くした人達をみんな、過疎の村へ移住できるように国が計らったらいいと思うけど……非生産的に暮らしたら、お金はいくらあっても足りない。輸入食品が怪しい時代なのだから、生産会社が仕事をしないのなら農業をやるのが一番だろうに。 政治家達がボーナスを貰ったらしい。アソーさんも辞退しなかった。薄給労働者の1年分の収入より多い400万円だと。 いやいや。あれこれ書き出したらとめどがない。 とにかく今夜は、年賀状作りが精一杯だった。
2008.12.26
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今日は旅行日記をやめて、yahoo のページに書いたブログを持って来ました。 飯島愛さんが亡くなったこと、yahooニュースで知りました。ブログの読者登録してたのに、最後の更新は5日だったとか。 ピロリキンの病気だと愛さんは言ってましたけど、一説にはもっと難しい病気だと噂されていました。 もしそうだったら、お医者さんでは絶対に治らないので、私の家伝薬を勧めたかったんです。「試してみませんか」と、一度だけ掲示板に書きました。彼女のブログのコメント欄はいつも、ファンの励ましや意地悪ないたずらでいっぱいでした。 「藁にもすがりたい」心境なら、連絡があると思っていました。 5月ごろでしたか…… なんの連絡もなくて、「まっすぐ歩けないけど、お医者さんのクスリを飲んでのんびり暮らしています」とブログには書いてありました。 なにを信じるか、で人の運命は変ります。自分で変えられないのも運命でしょうか。 「今年で最後」と、ずっと前から考えていたのかも知れません。それとも、ここ数日で具合がずんと悪くなったのか…… 一人の部屋で、一人ぽっちで死んでしまいました。ご両親のことは、全然語らない人でした。可愛らしくて、可哀想な人でした。 とても残念です。 とてもとても残念です。
2008.12.24
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旅でんねん(でんねんまんねんで話したことはありません)。 明治最後の年生まれの母は、「でんねん」は「だんねん」、「でっせ」は「だっせ」です。昭和生まれで「でんねん」「まんねん」で喋る人は少ないです。サンマさんやフジタマコトさんは、パフォーマンスかデモンストレーションで使っているのだと思います。同じ年齢の女の人にはいません。いないと思います。 蝋人形のある歴史館 松陰の弟子達が共同で建てたという松下村塾。建て増し建て増しをして、かなり広い。 今上天皇・皇后行幸記念碑 11月20日 萩 たなかホテル 宮島から萩までは細い山越え道を覚悟していたけど、案外広いいい道路で、思いのほか早く着いた。 和室だった。キャンセルした”萩観光ホテル”も高いくせに和室しか無かったのだ。部屋は三階。館内の気配から、部屋はあまり塞がっているとは思えなかった。女子案内係りにショータンは、「洋間は空いてまへんか」と訊いた。「はい」 「空いてます」とは言わなかったが、空いてますという顔をした。「変えて貰えまへんか」「はぁ……でも、こちらにご予約なさったんでしたら……」 面倒くさいことを聞いて帰ったら叱られるという顔。何処だったか忘れたが、案内の青年が、ダブルベッドの部屋からツインベッドの部屋へ独断で変更してくれたことがあった。主任かなにかだったのだろう。パートみたいな女従業員では、そんな客の我侭をハイと聞くわけにはいかない。「あ。よろしいわ。これで…」 困っているのを見て、ショータンは言を撤回した。「すみません」 案内係りはほっとしたように笑顔になって、部屋を出て行った。 お茶を飲むとすぐ、ショータンは畳の上にコロンと横になった。道に迷って長いこと歩いたから、かなり疲れたようだ。横になりたくてベッドの部屋と言ったのだろう。こんな時はやはり洋室がいい。私は押入れから掛け布団と枕を出してやった。 ショータンは5時過ぎまで寝て、それから二人で大浴場へ行った。泡湯と普通の湯と、露天風呂があった。露天風呂の無いホテルは、特筆すべきだろう。 夕食も普通だった。「マイド(毎度)」の一人前用ミニ・コンロがあった。4泊5泊の旅行なら、行く先々でこれにお目にかかることになるということ、ホテルのオーナーは気が付かないのだろうか? チーフは手抜きだからいい傾向だと喜んでいるだろうが、客の身になってヨ、ゾッとする。第一、このミニしゃぶしゃぶで美味しかったためしがない。 部屋へ戻ると、布団が敷いてあった。ここもやっぱり、テレビの方に枕。 テレビが横に来るように、えっさこらさと引っ張って向きを変える。全国的に、テレビの方を頭にしたらテレビが見えないということが判らないホテルばっかりとは恐ろしい。もしかしたらホテルだけじゃなくて、日本人全員がこれを当たり前と考えているのではなかろうか? 次の日、海の上空に妙なものが浮かんでいるのを見た。 写真は明日。
2008.12.23
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旅でっせ11月20日 安芸から萩へ 2キロは歩いた。ように思う。1.5キロは絶対歩いた。元来た方へ引返すとなると、もう1.5キロ歩かなければならない。 (昨夜、ここまで書いたら三時だったので、ここでストップした)。 土地の人に教えて貰ったとおり、お寺まで戻った。「馴れた山で遭難する人があるやろ。なんでや? と思てたけど、山は難しいな」 ショータンは納得していた。 昼で良かった。裏の墓地から、降りて来た階段を登る。夕方だったら怖い道だ。怪しい人ではなくて、なにかが憑いてきそうな…… グラウンドにも人はいなかった。さっき見たカラスがやっぱり遊んでいた。 今度は噴水のある石段と平行した横の道を降りて行った。趣のあるモミジが何本もあった。 ようやく車を停めた場所へ戻った。 車にキーを差し込みながら、「あ。ネコの声がする」とショータンが言った。「車の下や。あ。小さいヤツ」 見つかった子猫は、車の下から飛び出して、石段脇の樫の樹のそばへ逃げた。「逃げるんやったら、ニャー言わんでええのに」 生後1ヶ月ぐらいの痩せたサバ猫だった。私は持って来た揚げおかきを割って、石段の上へ置いてやった。子猫はおかきの所へ行き、及び腰でがつがつ食べた。この間根来寺にいた人懐こい黒猫よりずっと不幸そうなネコだ。ニンゲンは恐ろしいものだけど、それでもニンゲンに訴えなければ餌は貰えないということは知っているのだ。「猫も鳴かずば餌に当たるまいに(雉も鳴かずば撃たれまいに)」 1時を回っていたので、暫く走ってから見つけた個人経営の食堂へ入った。メニューに”えび丼”というのがあった。天丼のことだろうと思って注文した。ショータンは親子丼を頼んだ。 えび丼が来た。えびは天麩羅ではなくて、フライだった。丼物には厳禁の玉葱もしっかり入っていた。青ネギの入った天麩羅丼は美味しいのに、えびフライ丼は食べると酔う。車酔いみたいに胃にモタレル。大ハズレ。 山口県は最初、”萩観光ホテル”に予約を入れた。福利厚生倶楽部の本では一泊二食つき(平日・休日)8000円とあった。予約確認書が来てびっくりした。一人14000円になっている。どうしてかと倶楽部へ電話した。「シーズンですから」と言う返事だった。「なんのシーズンですか?」「モミジのシーズンです」 アホか。ほかの所はどっこもそんなことは言ってない。萩たなかホテルに変更した。本の通り8000円でOKだった。 3時前に到着することになるので、松下神社へ寄った。松陰の生い立ちと処刑されるまでのことを蝋人形にして展示してあった。いろの黒い、笑ってない人形達が黙々と役どころを演じている図は、とても不気味だった。
2008.12.19
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旅でござんす 11月20日 安芸----萩 岩国城は見るからに遠そうだった。橋を渡ってケーブルに乗って行き、お城の中を見て戻って来るのは最低二時間は掛かりそうだ。「わざわざ行くこともないナ」と先を急ぐことにした。ホテルには夕食までに着けばいいのに、ショータンは明るい内に着いてお風呂に入ってゆっくり夕食というのが好きだ。 居眠っていた。本も読まないパソコンもしないから家にいる時の3倍も寝ているのに、やっぱり眠い。 車が停まったので目を開けたら、道路わきの駐車場だった。「トイレ」とショータンが車を降りた。私も降りた。 公園の地図を見ると、三ケ所にトイレがある。「公園の入り口はあっちやわ。この道は、風車へ行く道やて」 左へ少し歩いて、「永源公園」と書いてある入り口から入った。大きくて綺麗な公園だ。 広い駐車場とトイレがあった。バスが停まっていて、30人ほどの人がガイドの説明を聞いていた。有名な公園か。 広い石段を登ると噴水があり、更に登るとグラウンドになっていた。山の上に風車の頭が見えた。「風車まで700メートル」と書いてあった。 同じコースで降りなくても、こっちへ行けばさっき車を置いた所へ出るだろうとショータンが言うので、右へ行く道を下って行った。 古い木の階段がある。とことこ降りていくと墓地へ出た。お寺の裏だった。道路へ出て、見当で右へ右へと行ったけど、車の所へはなかなか行けない。 何屋か判らない店のショーウインドーの中で、踊っているネズミを見ている猫がいた。猫は本物で、ネズミはニセ物だった。 自転車に乗った女の人に、「公園の駐車場はこっちでしょうか?」 と訊いてみた。「え? 公園ですか?」「永源公園です」「ああ。ずいぶん遠いですよ。この山の向こうですから」「今、公園の上からお寺の裏へ降りて来たんです」「反対側へ降りられたんですね。山の裾を回ると遠いですから、元へ戻られるのが一番早いですわ」 えー
2008.12.18
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旅でござんす 11月20日 安芸ー萩 早朝必ずお風呂へ入って、身支度してから朝食と決めているのだが、つまらないお風呂だからやめにした。朝風呂パスは、三重県の、転んで怪我をしたお風呂とここと、もう一つぐらいだけど忘れた。 朝食は宿泊費にこみで、食堂へ行った。18日の岡山よりおかずの種類はかなり多かった。(量やないよ、味やで)と思いながらお皿に取って回った。「だし巻き。焼きたてです」と書いて、玉子焼きがてんこ盛りにしてあった。2切れ取った。 ショータンは先にテーブルに付いていた。「玉子焼き、取れへんかったん?」「玉子焼きのうまいとこはないからな」「けど、ええ色に焼いてるよ」 一口食べてみた。あー。やっぱり不味かった。電車の中で化粧していた女だ。「どこがだし巻きや。玉子の味付け、ようせんのかあ」 作ったヤツの顔が見たい。ポテトサラダも味噌汁も不味い。「昨日の朝食、あんた怒ってたけど、お味噌汁もお漬物もおいしかったよ」「そうやなあ」「9000円のディナー、食べなくて正解やったね」 半分ずつ残した広島焼き、1200円の損で済んでよかったよかった。 隣へのお土産に紅葉まんじゅうでも買おうかと思ったがやめた。9時前出発。お天気だけはほんとに良かった。今日は山口の萩泊りだ。 昨夜のボリ・クルージングは寒かったけど、この暖かさだったら軽い上着で歩ける。 カーナビに目的地をセットすると、到着14時22分と出た。これならその辺見物しながら行ける。秋がいいからアキの宮島というのだとずっと思っていたけど、ちっとも綺麗な景色がない。ただの安芸か、飽きるのアキか。 岩国の錦帯橋へ行った。天気が良くて暖かなので、人が大勢いた。橋の向こうの山に、ちらほら赤い木が見えたが、特別に綺麗ということはない。カメラを向けると、山のてっぺんにお城が見えた。「あ。なんていうお城?」「知らん」「岩国城と違うの?」「知ってたら訊くな」 河原に売店があった。ショータンは、ヒマそうに立っていたおじさんに、「あれはなんというお城ですか」と訊いていた。「岩国城やて」「言うたでしょ」「確認したんや」 橋の下に、魚を獲っている人がいた。売店は、弁当や魚のエサなどを売っているらしい。
2008.12.17
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旅でござんす 11月19日 安芸 夕食はそんなわけで、ブーッとふくれているショータンと部屋に戻った。 窓から見える海は暗いのでカメラも仕様ないし、予約したクルージングに行かなければならないからお風呂にも入れない。 テレビを見た。ショータンはベッドの上に寝転がって、すぐに眠ってしまった。ひとつ狂えばなにもかもいつもとは違う。 このホテルには、字の上手な人がいない。あちこちにある張り紙はパソコン印刷だし、たまたま注意書きなどがあるが、マジックペンの下手な字だ。昨日泊まった岡山のホテルは、上手い字の書き物がいろいろあったというだけで楽しかった。 ホテルのカラオケは愉快リゾート以外は高い。むかし、息子の会社の保養所へよく行ったけど、カラオケバーが無料だった。飲み物はめいめい持参。管理人もいなくて自由に使えるから年を追うごとに利用者が増えた。最初の頃は一組か二組だったのに、三年も経つといつも満室になっていた。 閑古鳥の鳴いているホテルは、カラオケバーを無料にするだけでお客が増えるだろうに、一時間1500円とか2000円とか取る。いや、正確に言えば、取るつもりなのだが敬遠されて誰も利用しない。で結局、客足はますます遠のき、やがて閉鎖ということになる。国経営のウェルピアやグリーンピアがそうだった。 8時30分。ショータンがむっくり起きてトイレへ行き、車から持って来た防寒用ブルゾンを着た。毛糸の帽子に手袋まで……「今晩は寒いぞ」 三日前、東京は寒いと聞いていたけど、私は冬物の上着を持って来なかった。合いの半コートの下に毛糸のカーディガンを着込んだ。帽子の上からするネッカチーフはバッグに入っている。 エレベーターで、クルージングに参加する4人組の女性と一緒になった。 時間までに、20数人の人達が集まった。洋食店へ行く階段を下りると海に面した出口があり、龍の飾りを船首に付けた白いクルーザーが繋いであった。 船内へ降りて、奥の方に座った。外がよく見えるように船内は暗くしてあり、船首の方におじさんが立って、「イチキシマヒメノミコトを祀ってあるからイツクシマと言います」などとマイクで厳島の案内をした。私の側は暗い海で、反対の窓には灯りが点いた島があった。 ライトアップした大鳥居が海の中に立っているのが見えて来た。ガラス越しに何枚か写真を撮ったけど、かなり暗い。「着きました。後ろの方から甲板へ出てください」 とおじさんが言って、女の係員が甲板へ出るドアを開けた。「足元に気をつけてください。外は寒いですよ」 カンパンに出て、鳥居に向かって並んで立った。おじさんが艫に立って、また説明を続けた。風が強いので、私は帽子の上からネッカチーフを被ってしっかり顎の下で結んだ。「五重塔が、あの向こうに見えます」 木立の上に少し、黄色い灯りが点いている五重塔が見える。島は暗い。塔は無論、大鳥居さへフラッシュの明りが届かないからうまく撮れる筈もないのに、みんな鳥居に向かって交々フラッシュを焚いた。「さあ。ここから拝んでください。二礼一拍一礼ですよ」 みんなおじさんの言う通りに拝んだ。なんで? 島へ降りるんじゃないの? 島へ降りて、回廊が歩けるのだと思っていた。昨年、昼間の干潮の時に来たので、伽藍の灯が水に映っているのが撮れるのだとばかり思っていた。これで引返すのだったら、わざわざ来るんじゃなかったのだ。わざわざ、和歌山から…… ぞろぞろと船室へ降りると、船はそのまま戻り始めた。インチキや、そんなん。これで千五百円は高いよ。暗くて景色も鳥居もろくに見えなかったのに。船の出る時間が晩過ぎると思ったのに、回廊が歩けるのかどうか、何故訊いてみなかったのだろう。 部屋へ戻るとすぐに、ショータンは浴衣に着替えた。「温泉へ来たら温泉に入るのが一番ええ」 いそいそしていた。 男の大浴場は2階。女の大浴場は1階。海が見える露天風呂があるのだろう。 ところがところが、予想に反してなんにもない浴槽一つだけの、ダイヨクジョーだった。ワイドな窓はあったけど、窓の外のスペースには楓一本、竹一本植えてない。 私が出る時、5人がハダカで列を作って洗い場の空くのを待っていた。写真に撮りたい光景だった。 今まで行ったホテルの中では一番つまらないお風呂だ。 先日電車の中で、大きな鏡を覗き込んでしきりに目の化粧をしている女がいた。二駅ぐらいの間目をいじって、その後まぶたにアイシャドーをつけた。これが一駅。その後は頬紅。刷毛で何度も何度も頬を撫でていた。結局、五駅はたっぷり鏡を見ていた。 それがどうした、って? いや、玄関綺麗にしていたホテルだから……
2008.12.16
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infoseek のメールがまた、1500通を越えた。最近は、ラクテンからのメルマガも殆ど開いていないし、オークションもゲームもしていないのに、やっぱり新しいメルマガが増えている。だいぶ前に「配信停止」にしたやつも、復活している。一括削除すると、必要なのも消えてしまうから、一ページずつ消す。何時間も掛かる。「過ぎたるは及ばざるが如し」っていう諺、知らんのかなあ。バカッ
2008.12.15
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旅の先を急ぎますホテルチェッカーは行く 11月19日 安芸グランドホテル 海を背にした綺麗なホテルだった。玄関ホールにプールを作って、厳島神社のミニ鳥居が立ててある。 夕食なしの予約だったが、ホテルの別注ディナーは用心しなければいけない。那須ビューホテルの粗末で不味くて高いやつで懲りている。 ここはロビーで予約するのではなく、「食堂の方で、ご自由にご注文ください」ということだった。フロントは2階で、上の客室へ行くエレベーターは、1階の食堂へは行かない。ホールの広い階段を下りるとあるそうだ。「和食は、この階にございます。どちらも6時に開店致します」 「厳島神社へのクルーザー」と書いたポスターがあった。1500円。申し込んだ。「夜。8時40分にこちらへお集まりください」 遅いんだ。外で夕食食べるのなら、そういうのは遅い方がいい。 部屋は3階で、エレベーターを出てすぐの所だった。窓から海が見えた。 服を脱いだり着たりするのは面倒だから、入湯は後にした。 5時半に降りて来た時は、もう暗くなりかけていた。一応、食堂のサンプルを見てみようと、まず和食の店へ行った。途中に”広島焼き”の店があった。ここもまだ閉まっていた。和食の店は、サンプルなしでメニューと金額だけが書いてあった。会席料理で7000円から。一品料理を組み合わせても、それぐらいになる。 階段を下りて、洋食店へ行った。やっぱりサンプルは無い。和服を着た従業員がいて、「いらっしゃいませ」と言った。「開店は6時ですけど」「サンプルは、ないんですね」「はい。テーブルでご注文承りますので」「いや。大体、どんなもんかなあと思いましてネ」 従業員は、字だけのメニューを見せてくれた。8000円、9000円。と書いてあった。サンプルも見ずに「これ」にしようとは決められない。私はすぐに回れ右して階段を昇り始めた。ショータンは格好をつけて、いろいろ質問したり冗談を言ったりしていた。 外へ出ると、ホテルの前庭の大きな樹に飾ったイルミネーションが光り初めていた。 走っても走っても、レストランが無い。うどん屋が2軒あっただけだ。犬山より田舎なのか? 反対の方へ行けば良かったのか?「おれは、ホテルの広島焼きにしとくわ」 ショータンが言った。広島焼きは名物で、まだ食べたことがない。ターンして戻って来ると、通らなかった道路の先の方に、賑やかな灯りが見えた。「あっちの方へ行ったら、レストランありそうやん」「もうええ。広島焼きにする」 カラーンとした寒々しい店だった。女の子は三人いたけど、お客は一人もいなかった。テーブルはヒーターつきではない普通のやつで、椅子は二人掛け。窓際のは作り付けの長い床机で、薄い座布団が並べてある。 私は1200円の”蕎麦入り”を注文した。ショータンも、同じものを頼んだ。大阪のお好み焼きは、鉄板付きコンロテーブルで焼いて、テコで切りながらあつあつのを食べる。店中にいい匂いがしている。この店では、匂いもしない。 女の子はお喋りしながら奥の方で焼いて、お皿に乗せて運んで来た。「うわー。大きい」 大きくて分厚い。薄い皮の下に蕎麦がこってり入っていて、蕎麦の下に刻んだキャベツ、一番下はまた薄い皮だ。 ちょっと食べてショータンは、「甘いな」と言った。大阪のお好み焼きは、甘いソースと辛いソースをミックスして、かつおと青海苔と胡椒をふり掛ける。牛肉か豚肉かイカなどをお好みで入れる。玉子や紅生姜も入れる。「肉も入ってへん」 ショータンは不味そうに言った後黙々と食べ、半分になって「食われへん、こんなもん」と箸を放るように置いた。「そやから、明るい方へ行ったら良かってん」 思ったとおりに私が言うと、ショータンは怒り出した。「たら……、の話はするな! 気の悪い奴やな」 自分がこれと決めて、別の店を探さなかったのに、怒るのはこっちやないの。お金払うのは私なんだから。 それにしても不味い。私も半分残して席を立った。食べ物は量じゃない。味だ。不味くて量の多いのは最低だ。大阪のお好み焼きは、600円で4倍も美味しい。私が家で作ったら、肉を入れて一枚100円でおいしい。 どっちにしても、ホテルの夕食に食べるものではない。「お前とは、二度と旅行せーへんぞ」 と言いながらショータンは、私が差し出す5千円札を受け取ってレジへ行った。
2008.12.14
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11月19日 旅二日め 岡山から広島へ向かって少し走ると、鳥居の立っているお寺があった。この道には全然紅葉が無かったのに、鳥居のそばに紅葉が見えた。綺麗そうだから寄った。鳥居の中に”竜泉寺”と書いた標識が見えた。 鳥居を潜った所から紅葉紅葉で、パチパチ写真を撮った。 車を上の方へ停めて、坂を下って本殿へ行った。ビニールを張って、修復中だった。「紅葉の見ごろやのに、お寺ヤスミやねえ」「お正月までに修復するつもりやろ」 裏へ回った。思ったよりずっと紅葉が多かった。裏の広い敷地に、まだ2年ぐらいにしかならない楓が多くさん植えてあった。 帰りりかけると、犬がいた。なにげなく呼んだらこちらへ来た。「あ。テレビで見た犬……」 名前は忘れたけど、三本足の犬だった。 ショータンが頭を撫でているところ
2008.12.12
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12月7日 二、三日寒いから、もう遅いだろうと思っていたけど、三日前、「紅葉は見ごろ」と新聞に書いてあったので根来寺(ねごろじ)へ行ってきた。 やっぱり少し遅かった。大方色褪せていたし、散り敷いた葉っぱも茶色で枯れていた。 根来寺は敷地が広く、お講衆も大勢いるので裕福だ。駐車場は無料。日本庭園と多宝塔以外は拝観料も要らない。楓も多いけれど、桜の方が少し多いようだ。 もう六回ぐらい行っているが、今日は初めて日本庭園を観ることにした。本堂と聖天さんのお堂と行者堂と、多宝塔もこみで五百円だ。「中にお茶のご用意もしてあります。どうぞごゆっくり」 これも社務所というのだろうか? お寺グッズと拝観券を売っている処のおばさんが、愛想良く言った。入り口で靴をスリッパに履き替える。 ショータンは、脱いだ靴を下足箱の上へポンと置いた。「下足は上へ置かないでください」と張り紙がしてある。「ここへ靴置いたらあかん、て」「え? ほな、何処へ置くねん」「下」 向こうの注文には必ず反発するのだ。上がダメなら下と決まっている。私はショータンの靴を下の段へ移動させた。拝観者は私たちだけだ。 建物の真ん中が日本庭園で、渡り廊下がある。植え込みにも、赤い色は少ない。砂に箒目がつけてある。廊下の板や階段に、所々接ぎがある。離れ座敷に、給茶器と50個ほど湯飲みを並べた台があった。お茶の用意というのは、セルフサービスか。 庭を眺めながら私とショータンがお茶を飲んでいると、女三人連れが入って来た。「お茶」「お茶」と言いながらめいめい湯飲みにお茶を淹れ、廊下の椅子に腰掛けた。椅子はこっち向いているから、私たちを眺めている格好。庭を観るより、お喋りの方が目的らしい。 次の部屋の床の間に、おかしな顔の大黒様が、短い足で立っていた。それでもさすがに大黒様は大黒様で、前の三宝にはお賽銭が山盛り集まっていた。一段高い所に西陣織の大きな巾着も飾ってある。触ってはみなかったが、半分ぐらい硬貨が入っているようだった。「番してる人おれへんのに、袋持って行かれへんのやろか?」「持って行くヤツがおったら、大黒さんが追いかけるんと違うか。立ってはるもん」「あ。なんで立ってはるのかと思たら……」 木像でも、立つ、座る、は理由があるのだ。「写真撮影厳禁」と書いてなかったので、写真を撮った。 部屋の真ん中には、コの字型に机を並べ、20冊ほど教本を置いてある。 廊下の端に、広い近代式トイレがあった。矢印に従って曲がる。浴室みたいなガラス戸の部屋------覗いたら、井戸だった。「水が枯れない、濁らない井戸です。金剛清水と呼んでいます」の張り紙。「いま飲んだお茶、この井戸の水と思う?」「普通の水道の水と思う。井戸の水やったら、このお湯は金剛清水ですと書いとくやろ」 奥が行者堂。部屋の片側に黒い等身大の立像があって、”役の行者”だと思ったらナントカ菩薩と書いてあった。今日行ってきたばっかりなのに、ナニ菩薩だか忘れてしまった。左右にも菩薩坐像。部屋の中央に、読経用の分厚い座布団やお鈴が置いてある。夜、この菩薩像の前でひとりお経を上げるのは気色悪そうだ。 三人連れは同じようについて来るけど、遅い。 聖天堂でおわり。中廊下を通って戻る。 スリッパから靴に履き替えていると、切符売り場のおばさんが来て、「ごゆっくりしてください」と言った。もう帰るところだ。「ゆっくりさせていただきました」 ショータンが言った。そう。30分あまりいた。「紅葉、もう晩かったですね」「一週間ですわ。ここの前の樹はまだ紅いですよ。今日はちょっと曇ってますからあんまり綺麗には見えませんけど。多宝塔も行ってくださいね。大門は、反対の方です」「大門もあるんですか」「歩いて2キロです」 2キロは遠い。 多宝塔へ行った。敷地に入ると、向こうの方に黒い猫がいた。こっちを見ていたので、「おいで、おいで」と呼んだ。「来るかいな」 とショータンは言ったけど、猫は急いで走って来た。真っ黒ではなく、やや褐色の毛足の長い、珍しい種類の4ヶ月ぐらいの猫だった。人懐こく足元へ体をすりすりする。多宝塔の階段も一緒に昇り、私と同じように中を覗き、一緒に階段を降り、隣の不動堂も、も一つとなりの大師堂も、更に隣のも、ずっと付いてきた。だっこするとゴロゴロ喉を鳴らしていた。ショータンに写真を撮って貰った。 最後の光明真言殿の階段を下りたところで、「ではサヨナラ」というようにネコは「ニャー」と鳴いて蹲った。「もう付いて来えへんのん?」 敷石伝いに芝生から道へ出て振り返ると、何処へ行ったか姿は無かった。 出口で切符チェックの女の子に、「可愛らしい猫が付いてきましたよ」と言うと、「沢山いるでしょう」と清まなそうな顔をした。「お寺が飼ってはるんですか?」「いいえ。誰かが捨てに来るんです」 そういえば、拝観キップを売っている売店にも、カウンターの上に白と黒の大きなネコがいた。 駐車場へ戻った。吾妻屋の前に、よく肥えたトラネコが座っていた。「此処にもネコおるわ」 と、先へ行くショータンに言った。「こっちにもおる」 ショータンが指差す所に、少し色の違うサバネコが2匹、座っていた。写真を撮る。「あ。あそこにも……わぁ、ようけおる」 ショータンが言った。石垣の上に、大小で6匹もいた。頭を撫でてやった。「シャー!」 と威嚇しているのが一匹いたけど、みんなオトナシかった。 車に乗る前にひょいと見ると、吾妻屋の横に白と黒のぶちが2匹いた。「さっきのネコ、種類が違うから仲間はずれやってんね」「そうやな。ひとりで寂しいから、付いて歩いててんな」「この連中より痩せてたし……連れて帰ったる?」「トイレの世話せんならんぞ。何日も留守する時はどうする?」「そうやなあ」 思いつきで連れて帰っても、いろいろと厄介だ。「また新入りが来たら、友達になるよ」「うん。ここは、ねごろ寺とちごうて、ネコ露寺やね」 お功徳お功徳。
2008.12.09
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6時に朝風呂へ行った。男女チェンジしていた。 誰もいないから、一人で露天風呂に浸かった。 夕食のメニュー”貝柱のチーズ焼き”というのもあったこと、書き忘れていたの。珍しくて美味しかった。料理は素材ではなく、味付けだ。「素材の味を生かして…」なんて言うのは下手料理人の言い訳だ。 朝食は上の階の食堂だった。ヴァイキング。おばさんが一人いるだけ。おかずの種類が多くないから、卵焼きもお皿に入れた。御飯は麦飯。 ショータンがおばさんになにか言った。「並んでいるだけです」 と答えたおばさんの言い方が気に入らないと、ショータンは腹を立てて、「そんな言い方したらあかんで」 と語気荒くおばさんに注意した。 何気なく答えたらしいおばさんは、びっくりした顔でショータンを見つめた。私は慣れているけど、些細なことで怒り出す人間は、初めてだったようだ。テーブルに付いてからもショータンは不機嫌だった。持って来たお盆の上の物を半分残して、「食われへん」と箸を置いた。 母が、初めてショータンに会ったあと、「難しそうな人やね」と言っていた。ほんとによく腹を立てる。毎日一度は怒っている。ショータンが怒る度にこちらも気分を損ねていたら、なん十年も前に別れていただろう。 つまらないことで怒っている時私は、「シネ! あほ」と腹の中で呪う。「人は、どんな時に誰に恨まれているか判らない」とよく言うが、感情をもろに出したら危ないわけだ。 卵焼きは、思った通り美味しかった。怒っていたら、美味しいものも美味しく食べられないだろう。ショータンは怒っているから、食後のコーヒーも飲まなかった。 部屋へ戻って出発の用意をしていると、「グオーン」と飛行機の音。「飛行機!」 カメラを持って窓際へ。音は昨夜より短い。(あれ?) 昨夜のようにこっちへ向かって来ると思ったのに、向こうの方へ飛んで行った。「なーんや」 昨夜、変った照明が点いていると思っていた処は空港だった。 窓からズームで撮って更に拡大したら、飛行機が写っていた。 浴衣を畳んだり、ベッドの掛け布団をきちんとしたら、ショータンは文句を言う。「そんなこと、せんでええやないかッ」 したってええやないの、と私は思うけど、言わない。 部屋を出る時に電気を消したり暖房のスイッチをオフにしたりしても、「そんなこと、せんでええやないかッ」だ。全くおかしなヤツだ。 チェックアウトしてからフロントで聞いた。「飛行機は、次、何時ごろに飛ぶか判ります?」 フロントマンはカウンターに置いてあった時刻表を取って眺め、「次は9時半です」と言った。あんまり頻繁に離着陸しないのだ。 ------ひんぱんと入力して変換したら、ヒンパンと出た。 次に飛行機が飛ぶまでまだ30分以上ある。待っているわけにはいかないので、すぐにホテルを出た。宿泊料金がすごく安かったので、ショータンは機嫌を直していた。 普通は2食付1万3千円のところ、福利厚生倶楽部は5500円だった。「あんなサービスしてるのに、文句言うたったらあかんなあ」 にこにこして、反省の弁を洩らした。「げんきんな男」というのがピッタリ。 今夜は安芸泊りだから、寄り道しながら走れる。
2008.12.07
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「ハロゲン・ヒーター出そう」 編み物をしていると、ショータンが言った。「あれ使こたら電気代食う言うてたやン」「あるもんは使わな勿体無いやないか。おれの部屋のストーブも出さな寒い」 手伝いたがっている。でも、手伝って貰うと必ず小言を聞くことになるので、すぐには腰をあげず編み針を動かしていた。「買い物も行かんならんやろ?」「昼から……」 お昼御飯も済んで、コタツでまた編み物の続きをしながら、「下手な脚本やなあ」「そんなヤツないわ」などと言ってサスペンス・ドラマを見た。ドラマが済むと、「散歩して来る」とショータンは出かけた。 居ない間にと、物入れからヒーターを出した。狭い物入れだから、手前に置いてあるものを全部廊下へ出し、仕舞う時はパズルみたいに順序良く奥の方から納めなければならない。ちょっとでも順序が狂うと、納まっていたものが納まらなくなる。大きな箱を斜めにしたり引っ張ったりしていると、アーム棚から洗剤の箱が足の上へ落ちた。「イッター! 外反母趾を手術してからずっと具合の悪い親指の付け根に箱の角が当たった。 暫くすると痛みが薄れたので、片付け続けた。ショータンが帰って来た。「あ。ひとりで出したン」 仕舞ったばかりの大きな脚立を見て、「サークラインの小さい球あった?」と言った。この間から点燈し難かった洗面所の球を替えるつもりなのだ。「食器棚の上」 食器棚の上ぐらいならと踏み台を持って行った。「なんや。えらい汚れてる」 布巾で拭いている。「あ。そんなんで拭いたらあかんわ。布巾真っ黒になるやん」「なにで拭くねん」「雑巾」 洗濯機の所まで取りに行って、バケツに水を入れて絞って渡す。ショータンがなにかするとこっちの手間が増える。 折角仕舞った脚立をショータンはまた出して、洗面所へ持って行った。 ショータンが球を取り替えてコタツへ行ってから、雑巾を濯いだり脚立を片付けたり、廊下へ出していたものを元通りに仕舞ったり、足の手当てが後回しになった。 足がズキズキし始めた。2階へ包帯や綿を取りに行った。綿花がいつもの場所に仕舞ってない。「使こうたらすぐに元のとこへ仕舞うとけよ」とショータンはいつも言うけど、大体手じかな所へちょっと仕舞うくせがある。 綿花とクスリと包帯を揃えて、靴下を脱ぐ。親指の付け根は青じんですごく腫れていた。うちには家伝薬があるから良かったけど、薬の無い人は救急車を呼ぶのだろうか? 手当てをして包帯を巻くと、痛みは治まった。 お風呂はやめた。 九時からパソコンの前へ座り、いつものように書いたり整理したり飛んだりして12時。立ったら包帯した指が痛い。椅子に腰掛けているとなんともないけど、かなりの重傷らしい。 明日あたり母を訪ねようと思っていたのに、靴は履けそうにない。 旅行日記に添付するつもりの写真
2008.12.06
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深夜族とはいえ、真夜中ドーッと過ぎると、字の間違いが多い。反省! 思ったとおり浴衣のサイズが大きい。腰紐を入れて来たのに、車から降ろさなかった方のカバンの中だ。フロントに言うのも面倒だから、夜は持参のパジャマを着ることにして服のまま大浴場へ行った。日帰り入浴のお客さんもいた筈なのに、7人しかいなかった。 ワイドガラス越に露天風呂が見えた。3人入っていた。打たれ湯がある。 室内の浴槽は、ジェットと泡と普通のと水風呂との四つ。誰も入ってない普通の桧風呂に入った。露天みたいな風がある。向こうへ出た人が、きちんとガラス戸を閉めてないのだ。庭に夕日の射す小さい紅葉の木がある。桧の効用を書いた札がある。字という字は全部、同じ筆跡だ。明朝体もロゴ文字もない。 「桧玉を湯船に浮かべて、香りを楽しんでください」と書いてある。 桧玉? 何処に? 木の枕みたいなのが、湯船のへりに積んである。 (これは……ヒノキダマと違うわ、な) 露天風呂的カゼがあったから露天風呂へは行かず、そこだけでじっと浸かり、上がった。桧と温泉はどう関係があるのだろうか? 夕飯に行くと、おじさんが一人だけで食事していた。「え? ここやろな」 おじさんが私たちを見て、「おねえさーん」と大きな声で呼んでくれた。「おねえさーん」 返事が無い。ショータンは奥の方を覗いた。「おねえさーん」 横の通路の方から、おねえさんなる女の人が顔を出した。「あ。こちらです」 通路の左右に障子の嵌った個室があった。「どうぞ」 テーブルに食事の用意がしてあった。床の間があるから座るのかと思ったら、掘り炬燵式になっていた。 刺身。天麩羅。煮物。前菜。酢の物。一口寿司。お馴染み一人用コンロ。仲居さんが火を点け、お皿に盛ってあった材料を半分入れてくれた。「なんですか?」「豆乳のしゃぶしゃぶです」「へええ」 「お味はついていますから、煮えましたらこちらへ取ってお召し上がりください」「はい」「そのお豆腐は、そちらのお塩をちょっと付けてください。甘くて美味しいですよ」「シオ!?」「はい。美味しいんです」 向かいの部屋で宴会が始まった。声がよく聞こえ過ぎると覗いて見たら、向こうは障子を全部取っ払っていた。「すみません。同窓会です」 仲居さんが去ってから、まず豆腐に塩をつけて食べてみた。「あ。ほんま。オイシイわ」「シオが? トーフが?」「どっちもと違う?」 ショータンは豆腐にうるさくない。高くても安くても豆腐は好きだ。それも冷奴。私は湯豆腐なら一丁食べるけど、冷奴は好きではない。絹豆腐しか食べない。湯豆腐も絹で。 料理の味はみんな良かった。 男の人が、大きなボールを持って来た。赤いとろりとしたものが入っている。「名物の餡かけ豆腐です」 豆腐を流し込んで鉢の格好で固めてあるのを、チリレンゲで掬って小鉢に入れてくれた。これもいい味だった。「お豆腐が美味しい」と感心したら、ショータンは「豆腐は豆腐の味や」と言った。よかった。「スーパーの豆腐は不味い」と食べなくなるというようなことにはならない。 部屋へ帰って窓の外を見ると、真向かいに変った灯りが並んでいた。「なんやろね、あれは」「なんかやろ」 テレビを見ていると、突然「グォーン」とスゴイ音がした。「「あ。飛行機……」 カメラを持って窓際へ飛んで行った。音は3秒ほどで止んだ。「飛行機やったねえ。今の音」「飛行機やなあ」 窓へ目をやったショータンが叫んだ。「あっ。そこに……。大きなやつ……」「何処?」「ほれ。羽根に電気が点いてる」 見た。暗いガラスの向こうに黒い巨大なヤツ。こっちへ向かって来る。「ウワッ」 カメラのスイッチを入れている間に黒い飛行機は、上へあがってしまった。「ああ。もうおれへん。惜しかったァ」「音がする前にカメラ構えてんと、あかんわ」 このホテルを選んだとき、飛行場の前だから飛行機がよく見えるだろうと思ったのだった。すっかり忘れていた。「あんな大きな飛行機、カメラに入るかなあ」-----続く----- 写真は、伊丹で撮った飛行機。小さいのを切り取ってアップにしました。
2008.12.04
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「今日やることは明日に延ばすな」という教訓がある。 毎日深夜までいろいろと忙しいから、ここの日記明日へ送っている。 旅の最後の日に、ショーウインドーの中に座っていたネコのことを言ったら、ショータンは全然覚えてなかった。「えー!? もう忘れたン?」「昨日の晩御飯のおかずも忘れるもんな」 威張っていた。覚えることより忘れることの方が大事だというけど。 旅日記、いつまで経っても先へ進まない。お正月になってしまうゾ。 11月18日 最初の泊まりは岡山のレスパールホテル。岡山空港温泉”レスパール藤ケ鳴”。フジケナリではない。Fujiganaru 。なんのことやろか? 「レスパールとは、どんなことでもいい、自分の持っているなにかで、人に喜んでもらう場所」と案内に書いてある。 3時40分に到着。。 案内係りの青年が、ロビーの横のサロンの椅子を勧めてくれた。チェックインの手続きを終えたショータンも来て座った。和服の女の人がお盆におうすの茶碗を二つ乗せて持って来た。 4年ほど前にも岡山へ来たけど、やっぱり部屋へ案内される前にお茶とキビ団子が出た。ロビーでお接待というのは、岡山以外の所ではない。茶碗は備前焼。 売店にも並べてある。一つ5千円以上する。3万、5万というのもあった。ホテルでそんな焼き物、どんな人が買うのだろう? 壁に、絵入りの唄や詩や案内などいろいろ達筆で書いて貼ってあった。 部屋は3階の、エレベーターに近い部屋だった。あまり大きくない洋間で、窓からの景色は海ではなかった。遠くに山がある。 なんの変哲もない。と思ったけど、凄い部屋だということが、夜になってから判った。 なでなですると幸せになるという「しあわせ娘」。食堂の入り口の台の上に飾ってあった。------続く------
2008.12.03
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