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3月19日 この日行くと、また部屋が変わっていました。今度はナースセンターのすぐ前でした。部屋は、センターの後ろの部屋と全く同じでした。入ったすぐ右側がトイレと洗面所、ベッドが奥に、窓と平行に置いてありました。「詰所の前や、言うたら、『死に部屋か』言うてた」 義父も、詰所の前の部屋に入って13日めに亡くなったのです。10年前の、暑い5月でした。姉「ほんとに危いらしい。昨日から、なんにも食べへん」私「食べんとおったら、死ねると思てんのと違う?」姉「そうやなあ。無理にでも食べさそう」 姉は、うとうと眠っている母に「おかあちゃん。カステラ食べる?」と訊きました。母「要らん」姉「なんにも食べんかったら、家へ帰られへんよ。ここで死ぬのん嫌やろ? 一人でトイレへ行けるようになったら、車椅子で動き回れる病院へ移れるし...」母「そうやなあ。お風呂も入りたいしなあ」姉「カステラ食べ」 姉は一切れのカステラを小さく割って、母の口へ入れました。「お茶も、飲ました方がええな」 カステラがまだ口の中にあるのに、ノズル容器に入った液体家伝薬を入れました。苦い油薬です。「はい。お茶」 吸い飲みで、母はお茶も飲みました。「不味いわ、そんなん...」 姉と私は笑いました。母も文句は言わず、少し笑っていました。「なんにも治療して貰えへんのやったら、家へ帰ってうちの薬飲んでる方がましや」
2012.04.29
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3月17日 「テレビ、見たらええよ」 と母は言いました。ベッドの足元の隅にもう一つ整理箱があって、小さなテレビが乗せてありました。母は入院してからずっと、補聴器をしていませんでした。私や姉がいない時は、大方眠っているようです。「別に、見たい番組も無いから...」「椅子持って来て、腰掛け」 いつも、人のことに気を配っています。ベッドの横に椅子を寄せて腰かけました。「あんたらのお父さんの従兄の幾さんがな...」 と、話初めました。この話、書いたような気がしますが、何処へ書いたか忘れましたので、また書きます。「川のそばに住んでてん。大水が出た時、死んだ人がようけ川を流れてくるねん。それを引っ張り上げて、川の縁に並べてたら、身内の人が探しに来て、『あ。これはうちのダレソレですわ』言うねん。『焼きはりまっか。埋めはりまっか』『焼きます』言うたらそこに木ィ組んで死んだ人を乗せて焼く、『埋めます』いうたら荷車でお寺へ運んで埋めさして貰うねん。みな、お葬式やお墓やしはれへん。幾さんは、遺族の人にそれなりのお金貰う。二歳の女の子がおって、賢い子ォで、お父さんが家の中におる時はじぃっと川を見てて、「死んだ人が流れて来たよォ」と教えてくれるねん。それで、お金貯めて、お葬式屋を開きはってん。人5人使こうて、ようはやる(繁盛する)お葬式屋やった。お葬式屋というのは、まだようけ無い時分やった。女の子は、お寺さんに気に入られて、お寺の息子さんのお嫁さんになった」 四、五日前にも姉にこの話をしたそうです。姉が言っていました。「何でそんな話するのん?!」と訊いたら、『面白いやろと思うて、言うたってんねん』言うて...。コワイわ、そんな話」 うとうと眠っている間に、死んだ人が川の縁に並んでいる夢を見たのかも知れません。病院という処は、妙な夢を見るところなのでしょう。それともただ、私たちが退屈だろうと思って母が作った話なのかも知れません。
2012.04.26
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3月17日 「おむつは嫌です」と言ったので、コールボタンを押すと車椅子でトイレへ連れて行ってくれるようになっていました。病院という所は、100歳には羞恥心はないと決めているのです。 3人部屋は詰所の後ろ側の、ナースの目の全然届かない部屋でした。「今日明日知れない」という状態なのに、よくそこへ移せることです。夜中に歌を歌ったから一晩だけで別の部屋に移動させられましたが、やはり詰所からはうんと遠い部屋でした。窓から阪急電車の中津駅が見えました。電車の音は聞こえませんでしたが、右へ左へひっきりなしに電車が走っていました。 ベッドは入り口と直角に置いてあって、ドアが開いていると廊下から下半分丸見えでした。トイレが付いているので、車椅子をベッドの横に置いといて貰えば一人で行けると母は言いましたが、車椅子に移り損なったりベッドから落ちたら危ないと、一人では動けないようにしてありました。「私はどこが悪いのん?」「肺に、水が溜まってるねんて」「ふうん。別に、しんどいことないけどなあ」母は、ベッドの横のスタンドにぶら下げられた点滴の袋ばかり気にしていました。「もうないようなったんと違うか?」「まだ、だいぶある」暫くすると、「もう終わったんと違う?」「あと、5センチぐらい」「気ィ付けてんと、終わっても来てくれへん。空の針、刺されてんのんイヤやもんな。こっちの手も、こっちも、腕も足も、みな漏らしてんで。下手や」 病院な26度に設定してあるので、暑い暑いと言って薄い小さなひざ掛けを布団代わりに着ていました。足はひざ掛けから出ています。「足は、冷たいことない?」「足は火照る。足、あっちこっちに怪我してるやろ? 車椅子の足乗せで打ってん。短い脚やから、トイレへ行く間ぐらい足乗せ要らんのにな。下ろしたり上げたりしはるたんびに足打つねん。手荒いわァ」 点滴漏れの青じみ黒ずみ、車椅子で打った青じみ赤じみ、いたいたしい限りです。 お昼ご飯はまだ、離乳食状でした。「こんな気持ちの悪いもん、食べられへん」 梅干しを少しお粥に乗せて、3匙ほど食べて「もう要らん」と言いました。看護師さんが下げに来た時、私は言いました。「胃や腸が悪いわけやないですのに、なんでこんな食事なんですか? 見ただけで食欲がなくなりますわ。量は少なくていいですから、普通の食事にしてください」「先生に訊いときます」 1時間ほどして、看護師さんが来ました。「今夜から普通のお食事が出ます」 言わないと変わらないのです。絶食の必要ないと言ったら離乳食が出て、こんなのは食べられないと言えば今夜から変えますと言うのです。 母が「トイレ」と言いました。コールボタンを自分で押しました。 ナースが来て、おむつを替える準備をしました。母「まだ出てません。トイレへ行きます」ナ「このまましてください。終わったら呼んでください」私「このままするのが嫌やから、先に来て貰うたんです。本人はトイレに行くつもりやのに、なんで、おむつなんですか」ナ「動かしたら心臓が止まるかも判らないと、先生が言われたので......」私「なんにも判れへんセンセですねえ。ボケにしたり重病人にしたり。トイレへ行くぐらいで心臓止まったりはしないと思いますわ。」 若いドクターに若いナース。病人の感情や身体の状態を見るより、年齢だけでいろんなことを決めているのでしょう。 ナースは母の耳に口を寄せて、「今は、このまましてください」と言いました。母はしぶしぶ肯きました。意識があっておむつにするというのは、気持ちの悪いことです。
2012.04.24
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この晩、離乳食みたいな食事が出たそうです。見ただけで、「不味そうやなあ」と、母は言ったそうです。どろどろお粥の上にかつおふりかけを掛けて、持って行った梅干しで3匙ほど食べました。140グラムのお粥とは、3日絶食の人にはメタクチャな量です。「いっぺんにこんなようけ食べたら、おなか痛とうなるわ」と母は言って、どろどろの緑色(ホーレン草)とどろどろの赤(ニンジン)とべたべたの黄色いもの(南京)を1匙づつ食べました。 姉は毎日病院へ行っていました。いつものように、また元気になって退院するだろうと思って、私は2日か3日おきにしか行きませんでした。 物置部屋へは、2度行きました。 廊下をぐるっと歩いてみた姉は、「3人部屋に、おかあちゃんの名前があった」と言いました。「あの部屋へ移してください、って頼んだよ。大きな窓があって、ええ部屋や。カーテンで仕切ってるけど、ベッド三つとも窓があるねん」 母は16日の夕方に、物置部屋から3人部屋に移して貰いました。 17日に私が病院へ行くと、母は個室に入っていました。「夜中に歌、うとうてんてえ。ほかの人に迷惑やから、また移動させられた。謝りに行ったら、『難しい歌、3番まで上手に唄うたはりましたよ』言うてはった。なに考えてんねんやろ」
2012.04.19
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入院3日目 「巻き寿司一切れと、カステラをちょっと食べた。飴はのどに詰めたらあかんから、スルメ、しゃぶってる。美味しい、て...。カンゴフさんは、お茶もあかん言うてはるねんけど」「なんで?」「誤飲するから、て」「年訊いたら、あたまからボケてると思てはる。なんのための絶食?」「絶食点滴、お医者さんのじょうしき」 それで、「今夜から食事出してください」と看護師さんに言いました。「先生に訊いてみます」 昔住んでいた近所に、お腹痛でも頭痛でも風邪でも腰痛でも、まず注射をして、「お風呂はやめて、当分、お粥さんに梅干しですね」と言うお医者さんがいました。お腹痛と風邪以外の患者さんは、言われた通りにはしませんでした。 母は部屋が気に入らなくて、「家へ帰った方がええと思うわ」と言いました。「間違うたなあ。やっぱり病院はあかん。明日帰ってもええか、センセに訊いて」 私達は、ドクターに訊きに行きました。「それは無理です」「治療も検査も要りませんから、ここにいても仕方ないと思いますけど」「今日か明日かという重体ですよ」「えー? どこも苦しいないと言うてますし、絶食はイヤ、おむつはイヤ、と言うてますよ。誤飲なんかする筈ありませんのに、食事もお茶もダメというのはおかしいと思います」「この状態で誤飲したら、危険です」「窓が無い部屋で暑い暑い、言うて嫌がってますし」「あそこは一番いい部屋なんですよ」「ええ部屋とは思えません」「ええ部屋なんです。では、今夜から重湯出しましょう」「はい。ボケ扱いしはる、言うて怒ってます。耳が遠いだけなんですけど」「あはは。そうですか。明日、トイレは車椅子で連れて行って貰いましょう」 今日明日知れない重体で、ドクター方針そこまで譲歩できますか? 昨日今日なったお医者さんみたいです。
2012.04.16
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