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敬老の日100歳のお年寄りの元気な姿を紹介する番組をいくつか目にした。私は100歳まで元気で生きたいと思っているので常々、回りの人にもそう話している。人が大勢集まった場所でその話をするとほとんどの反応が「嫌!」と言う反応なのだ。したい事があるから元気で100歳まで生きたい。姿はみっともなくなるだろうし誰からも相手にされなくなるだろうけれど何か発見があるんじゃないかな?100年生きてみなくちゃいいも悪いもわからない。100年かかっても読みきれないくらい本はいっぱいあるからねえ。ああ、今日も命がある。ありがたいね。
2010.09.21
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私自身高校時代に無利息の奨学金を借りて進学をした。弟は運よく返済不要の奨学金をもらって高校進学をした。妹は低金利の奨学金を借りて高校進学をした。大学卒業後、私と妹は働いて繰上げ返済をした。弟はたまたま返済が必要な奨学金を受けられなかったために予備校の実施している奨学金制度の恩恵を受け返済が不要だった。それぞれ大学は自分で働いたお金と授業料減免制度を活用させてもらった。家庭が貧しく収入が少ない場合授業料減額かもしくは免除制度があるが高校の先生はその事を一切教えてくれなかった。奨学金を受けているからそれで授業料はまかなえるんだから・・・ということだったのかもしれない。でも高校時代の私はと言えば授業に必要な辞書さえ買ってもらうのをためらう程で安心して高校に通っていられるなんて言う状態ではなかった。追加の問題集や参考書を買うお金は無く塾に行けるはずも無い。高校入学当初の私は落ちこぼれだった。進学校に進学してしまったけれど大学進学なんて夢にも考えられない状態だった。先生の助言をいただいて2部の外国語学部に進学をしたが仕事と学校の両立で半年で10キロやせた。ずっと風邪をひいていた。貧乏な家で進学できたんだから幸せだ。感謝することしかないはずだ。と言われれば確かにそうだが、あきらめた事がたくさんあるのも事実だ。人生をもう一度やり直せるなら高校時代をと思う。幸せな高校生を見るとうらやましいなあ。いいなあと今でも思う。貧乏であるという事の不幸はお金が無い+時間の余裕が無い+知恵が無い。豊かな人々が経験するすばらしい経験さえ遠ざけられている。豊かな人はどんどん豊かになる知恵をもらい貧乏な人は知恵も何も無い。資産も無い。時間も無い。という負のスパイラルから抜け出せない。奨学金の返済滞納が増えているというのを聞くと返したくても返せない状況も多々あるだろうと察せられる。自分だけでなく家族の生活を支えなくてはならない状況がある。ルーズで返さないだけの人もいるかもしれない。返さなくては、また次の世代の困っている子供の奨学金に支障が出るのも事実だ。子供の教育は国や社会の資産でもある。そう思うと返済の必要のない奨学金制度がもっと増えてほしいと思う。貧しい国の子供たちが働くために学校に行けないというのは豊かな国日本でも例外ではない。貧しい家庭に生まれたというだけで家庭が貧しくなってしまったというだけで教育のチャンスが失われているというのは事実だ。家が貧しくて勉強をあきらめている子供たちもあきらめさせられているだけかもしれない。貧乏から脱出するには学ぶ必要が絶対ある。なのに教育を十分に受けられないのだとしたらあきらめるしかないのかな?私はあきらめるなんて嫌だな。
2010.09.07
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