2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全2件 (2件中 1-2件目)
1
映画を観たのは3月11日の午前中。思い返してみれば…何の不安も怖れもなく、のんきに過ごしていられた最後の時間でした。近くの映画館では上映していなかったので隣町まで足を延ばして観に行きました。もし、観ている最中に地震が起きていたらと思うと…その日はなかなか家に帰りつくことが出来なかったかもしれない。想像するだけで怖いです。アカデミー作品賞受賞作、というだけでなく柊はコリン・ファースが好きなのでどーしてもこの作品は観ておきたかった。観ておいて良かった。こういう事態になってしまったから、よけいにそう思います。映画を観て思ったのは気持ちを言葉にする、それを誰かに伝えるってなんて難しいことなんだろうということ。英国王が抱えている事情とは異なるかもしれないけれど、喉元からなかなか言葉がつっかえて出てこない苦しさ、もどかしさは観ていてとても理解出来るような気がしました。今、被災地では自分の今の気持ちを言葉にすることが出来ず苦しい思いをしている人がたくさんいるように思います。「つらい」「かなしい」「くるしい」そうはっきりした言葉で、気持ちを外に吐き出せたらどんなにいいか。でも、上手く言えないのですが、柊自身、今自分が「つらい」のか「かなしい」のか「くるしい」のか正直わからないんです。自分の気持ちが、今をどう感じているのか自分のことなのにわからない。わからないから言葉に出来ない。言葉に出来ないなら、出来ないままでも構わないのだけれど、そうしているとどんどんわだかまるものが溜まってきて、気持ちだけじゃなく体まで重たくしていくみたいで…。言えない、というのは他の理由もあります。柊の場合は幸いなことに、ライフラインさえ復旧してしまえば、ほとんど以前と変わらない生活がおくれています。だから、津波の被害にあわれたり、大切な人を失ったり、家を壊されたりした方達が間近にいるのに、自分自身が多少の不便さを不満に感じたりしたらいけない、それを口にしたらいけないという想いがあります。恐らくは、自分なんかが「つらい」「かなしい」「くるしい」と言っちゃいけないと思って、そう思って耐えて、むしろ何も感じていないように、自分は苦しいなんてちっとも思っていないようにふるまっている人が、たくさんいるように思います。今朝読んだ新聞記事に胸が痛みました。津波で大勢の生徒、教師が犠牲になった学校があります。子供が行方不明のままで、今も探し続ける親たちがいます。その一方で、生き残った子供達、その家族も家に閉じこもるようにしてつらい気持ちで過ごしているそうです。「生きててごめんね。」って…そんな気持ち、自分にわかってあげられるだろうか。自分の子供が生き残ってくれて、嬉しくても、喜べない、そんな気持ちあっていいんでしょうか。言葉に出来ない気持ちが、苦しさが今、ここにはたくさんあるような気がして、たまらないです。「英国王のスピーチ」、印象に残っているのは実は最後のスピーチの場面じゃなくてラストに流れていたベートーヴェンの音楽だったりします。スピーチの場面で、背景に流れていたのは交響曲第7番の第二楽章、葬送行進曲。続いて流れたのはピアノ協奏曲第5番「皇帝」。きれいな、旋律だったなあ…。観ながらどうしてここで「葬送行進曲」を使ったんだろうって思ってたけど。今それを思うとまるで暗示だったように思えてやりきれません。 *映画の公式HPは→こちら
2011.04.24
コメント(14)

想いがたくさん詰まったパンのおはなしです。先日Pastoral Louiseさんより、手作りのパンとお菓子が手渡しで届けられました。Pastoral Louiseさんとは地震以後、rose_chocolatさんの橋渡しにより、知り合うことが出来ました。地震のあと、食料の備蓄が尽きたらどうしよう…という状態にあったときから、ずっと心配して気にかけてくださってご自身も被災し、不自由な生活を強いられているのに、柊の家のために手作りのパンとお菓子を焼いて、届けて下さいました。パンを焼くために必要な材料や、ガソリンを入手するにも大変なときなのに…。ありがとうございます。家族みんなで「美味しいね!」って頂きました。是非是非、Pastoral Louiseさんの、地震以後に綴られた日記を、その後どんな活動をされているかを読んでみて下さいませんか。得意なことがあって、それで人の気持ちを救うことが出来るなんて、すごいことだなあと思います。それが、自分自身が大変な時に行うことなら尚更です。パンが届けられる前には、家にあった材料で失敗なく作れるピザ生地のレシピをメールで教わり、ツナ缶やコーン缶を使ってピザを焼いたりもしました。レトルトのごはんや缶詰でなんとかやりくりしていたとき、家にあった小麦粉で「まさかあったかいピザが焼けるなんて~!」ってどれだけ柊が感激したか…想像してみてください。Pastoral Louiseさん、rose_chocolatさん、本当にどうもありがとうございました。パンにまつわるおはなしをもう一つ。地震(3.11)の翌朝、柊は職場がどんな状態になったのか心配で見に行きました。そうしたら、職場の近くにパン屋さんがあるのですが、お店の人が前日に焼いたパンを「無料で配布してます!」って呼びかけてたんです。びっくりしました。その頃はまだ、それ以後何処の店舗も閉まったままでいつ食料が買えるか、手に入れられるかわからない不安な状態におかれるなんて全然柊は実感していなかったんですね。取り敢えず…なんてそのときは軽い気持ちで柊は食料を手に入れるための最初の、行列に並びました。並んだけど、柊の順番が来る頃にはもうパンはなくて、ラスクが数種類残っているくらい。お店の人、「すみません、すみません。もうパンはなくて…」って。あやまられるなんて。むしろ無償でラスクを頂けるだけでも、とてもありがたいことと思えるのに。そのラスクがその後貴重な糖分摂取になったことは言うまでもなく。こういう出来事が地震の直後にあったから、柊は地震の後も気持ちが荒まないで済んだのかなあ…なんて思います。地震で怖い思いもしたけれど、今回柊は人の気持ちの温かさにいっぱい触れたことの方が体験として大きかったです。幸いなことに、柊は自宅が大きな被害にあわず、家で避難していられましたがそうなるとほとんどと言っていいほど周りの情報がはいってきません。携帯は即、バッテリーが切れて充電も停電中は出来なかったし。(車でバッテリー充電できるやつを買っておくべきだったと深く後悔。しかし、その後車でバッテリー充電した揚句、ガソリンを空にしてしまったという車があったらしいです…。電池で充電できるものを用意しておくのがベストかしら。)そんなときは自分たちだけが家で孤立しているんじゃないかって不安感に押しつぶされそうでした。インターネットが全然繋がらなくて駄目だったとき、携帯でtwitterが見れるようになった時。地震以前に、日常で言葉を交わしていた方々とお話しできたとき。どれだけ、柊がほっとしたことか。励まされたことか。インターネットに繋がれるようになったときは、皆さまから寄せられたメッセージをようやく、読むことが出来て、すごくすごく、嬉しかった。お水や生活物資を送りたいと申し出てくれた方もいて、本当に涙が出るほど嬉しかったです。言葉をやりとりすることが、それが出来たことが、一番しんどかったときの柊を支えてくれました。みなさん、本当に、本当にどうもありがとう。どんなふうに、感謝の気持ちをお返ししていけばいいのかわからずにいる柊ですが…こんな柊ですが…どうぞ、これからもよろしくお願い致します。
2011.04.06
コメント(14)
全2件 (2件中 1-2件目)
1


![]()