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国家が死滅するということを、強く期待する思想が存在する。たとえばジョンレノンの歌うイマジンだ。世界的に流布している思想としては、マルクス以上かもしれない。Imagine there's no heavenIt's easy if you tryNo hell below usAbove us only skyImagine all the peopleLiving for today....Imagine there's no countriesIt isn't hard to doNothing to kill or die forAnd no religion tooImagine all the peopleLiving life in peace....You may say I'm a dreamarBut I'm not the only oneI hope someday you'll join usAnd the world will be as oneImagine no possessionsI wonder if you canNo need for greed or hungerA brotherhood of manImagine all the peopleSharing all the world....You may say I'm a dreamarBut I'm not the only oneI hope someday you'll join usAnd the world will live as oneここで国家を述べてはおらず、国境と訳す者もいるが国境を喪失すれば存在しなくなる国家はあきらかにこの歌に反国家的な意図を読むだろう。知られていないがジョンレノンは、れっきとした共産主義者としての活動に痕跡がある。著名なアーティストになってからも彼は共産主義党派に資金支援を続けていた。彼の思想は、いまなお侮りがたく過激なものだ。楽天的で 実現不可能なものを歌っていると思われる方も多数だと思う。しかし冷静に歴史の長い持続を考えたとき、長い時間軸の魔法は彼の歌には一定の迫力があると同意せざるを得ないと私は考える。この歌の実現は、相当困難ではあるとしても国家の死滅、消滅の可能性として言及している点で瞠目できる。たしかに国家は、一部消滅する可能性がある。歴史的国家、民族主義的な国家、地縁的な国家、村落的な自然発生した国家は、しだいに輪郭を失い長い歴史の時間の中で消える可能性は否定できない。だが、「国家社会主義」の登場はそれら歴史的な意味合いでの国家とは少し違っている気がする。これは社会と諸国民がよほどの努力をしなければ自然な手順では消滅しないのではないだろうか。
2008年10月31日
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「国家主義」と「国家社会主義」との違い、相違点はいずれに求められるのだろう。相互に相違だけがあって、相容れないものとはみえないのだが、確実に違いを求められる部分があるはずだ。そう思ってきた。そして、これまで「社会主義」の立場から。その論点から、「国家社会主義」を眺めることを余儀なくされてきたのであるが、これが本当に正しいのだろうか。そう思い始めて以来、気がかりでならない。これについて少しふれてみたいと思う。
2008年10月27日
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内務省 ないむしょう 明治初期から第二次世界大戦終結直後までの75年間にわたって,警察・地方行政・土木・選挙など内政全般を所管した中央官庁。1873年(明治6)に大久保利通らの強い要望によって「国内安寧保護の事務を管理する」ところとして設置された。自由民権運動の高揚につれて,言論・集会・結社の取り締まりを強化して政治警察的側面を強め,1883年,山県有朋が内務卿に就任,その官僚閥形成の拠点となった。1885年の内務省処務条例によって9局に整備され機構が固まり,1947年(昭和22)に占領軍の命により解体されるまで,天皇制官僚機構の中核として君臨した。したがって内務大臣は内閣の中心的地位を占め,地方行政・警察・神社・選挙・土木・衛生・都市計画・地理・出版・著作権・拓殖などに関する事務を管理し,北海道庁長官・府県知事を監督した。また内務省警保局・警視庁・府県警察部を中心に地方制度をその支配下におき,治安警察法,治安維持法など諸種の治安立法の運用を通じて言論・結社の取り締まり,選挙干渉・労働運動・農民運動など大衆運動の弾圧から,各家庭の大掃除,祝祭日の国旗掲揚の督励にいたるまで,国民生活の全般にわたって強力な統制を行った。旧内務省の骨格というものが、現存するかどうかは別にして現在にも命脈を保っている「司法職」の「行政職」に対する圧倒的な指揮指導性については、過去の旧内務省の活動統制の残滓が踏襲的に機能しているように思われてならない。今日知られるキャリア官僚と呼ばれる存在が、国家権力の意思を体言する実働部分である理由も、個別の司法ファシズムを可能としている背景としてあり、平素は「法の下の平等」などと口にするノー天気な国民もしかしてその実態において、けして個々の国民に「法の下の平等」などなんら保証されているものではなく、巨大な官僚機構の「裁量の下の平等」なのだと痛感することになる。卑近な例をいえば、自転車泥棒や放火未遂、刑事事件の可能性を警察窓口で申し出て被害届けなどを提起したいと思う個人に対して警察(行政職)の驚くほどの怠惰、物怖じぶりには呆れるほどだ。そもそも被害届の書式すらけして示されることがない。あなたがなんらかの犯罪に巻き込まれて保護措置を求めて警察に出向くとか、きわめて悪質な犯罪行為を仕掛けられているとの愁訴を警察に訴えても、刑事課の現職が窓口で対応してくれることすらないのに驚かれたことがあるのではないだろうか。たとえば私の場合、大阪市内のある警察署に出向いて具体的な犯罪行為の可能性を示唆し、捜査要請を行おうと出向いた経験がある。しかし、警察署では入り口近くの別部屋へ通されて警察官OB二名が詰めているその部屋で、被害届や捜査要請などということがこの国では個人の発意で実行できるものではない旨、延々と説諭をされたのである。彼らの論は、以下のようなものである。世間の庶民感覚でいえば警察機構は、ひとつの存在かもしれないが畢竟この警察署内部ですら警察署長(司法職)とその組織の末端にある刑事課の個別の刑事などの職員(行政職)のあいだにある気が遠くなる乖離。職権、指揮指導の疎通の悪さは圧倒的なものであって、けしてご希望に沿えるものではないので早々のうちに諦めてご帰宅ください、というのである。ましてや警察機構の外部の、他の省庁に絡んでの捜査依頼など絶望的だとすら言われた。これがこの国の実態である。この稿もふくめて、以下の7月18日からの連続エッセーです。内容の理解のために以下の記事から読み返しくださることを強く推奨します。2008/07/18吉本隆明と「関係の絶対性」
2008年10月20日
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権力の本質を暴力だとする説は、さまざまにみかけた。だが現実に「むきだしの暴力」がそのまま権力の実態だとする考え方は稚拙すぎる。そのような稚拙な考え方が平然と流布していた70年代には、当然社会変革の志の低さが当て占められた。暴力行為が、人々を麻痺させる程度に応じて政治思想が稚拙に旋回するのは無理ならぬことで学生叛乱期に終始嘆息した一部の人たちを自分は散見できたが彼らが、同時に権力の本質を論じて掴みだせていたか否かといえば、これまた疑問が多い。最高権力の所在が、巨大な官僚機構に由来すると信じている人たちは多いが、さりとてこれまた丁寧にこれを実証してみせたという事例も案外すくないはずである。さきに述べた我々に示された「天皇制ボナパルティズム説」は、歴史的な役割を担っていた反面でこの種の避けるべきではない実証作業を一層曖昧なまま放置させた元凶のような気がする。「天皇制ボナパルティズム」とは、言い換えれば「強権的な軍事国家」のような意味あいなのだろうか。では、この権力のスタィルはどのような成立と興亡を示したのか、それが現実のわれわれを取り巻く時代とどのように疎通しているのか、気の遠くなるような実証が必要のような気がする。それではマルクス主義者のご都合に沿ってしまう。そもそも国際金融資本のもつ今日的な暴力の実態を隠蔽してしまいかねない。いまやむしろ扱いに苦慮する厄介な教条を発生するノイズのようにすら印象している。左翼都合としては、「時代について二重権力期だと読み解きしたい動機」がある。つまり叛乱の機運ありと提言したい彼らの謀略的な動機が歴史認識を常に曲げるのである。いずれにせよ権力奪取に国家機構を占有する勢力を想定しているという、ちょっと情けない願望を宿している。その典型がレーニン主義者で、この手の連中はいまもゴロゴロこの国でみかけることが少なくない。レーニン主義とは、その意味で歴史認識を歪めたいという「願望」の共有運動と呼ぶことが可能だと私は思っている。この稿もふくめて、以下の7月18日からの連続エッセーです。内容の理解のために以下の記事から読み返しくださることを強く推奨します。2008/07/18吉本隆明と「関係の絶対性」
2008年10月17日
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わたしは、なんども日本が「法治国家」であることについて疑義を述べてきた。日本国憲法の、第3章 国民の権利及び義務「基本的人権」という箇条に・・・「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」All of the people shall be respected as individuals. Their right to life, liberty, and the pursuit of happiness shall, to the extent that it dose not interfere with the public welfare, be the supreme consideration in legislation and in other governmental affairs. などとあるが、これらの「個人として尊重」される根拠が「法の下での平等」というのだから法が健常に起動せぬ場合にはこの限りではないということは私には自明のように思われた。つまりこの国の「国家社会主義」的な部分が、たとえ少数者であろうと法とその機能(司法機構)を背後で指揮指導することとなれば 基本的人権などがたちまちその指揮系統にとって単なる「裁量」の対象に堕してしまうのは当然だからである。このことが「日本的な国家社会主義の現在」を暗示しているような気がする。かつて日本の少なからぬ規模の大衆に影響を与えた学生叛乱期をなにがしかの感慨を抱いて通過したはずの団塊の世代が、沈黙し立ち尽くしている情けなさ。ひとつには、彼らがこの件を軽侮していたのか、看過してきたからではないのか。この国の司法体制は見事に国家社会主義の護持者たちで固められているという気がしてならない。つまり神山茂夫たちの述べた「天皇制ボナパルティズム」などという直感に響かないフレームを思い起こさずとも、この国のかたちは一種の「司法ファシズム」に壟断されているといことは実体験レベルでも数えあげられる。
2008年10月13日
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実は、毎日この部屋をチェックしている。これまで更新をサボったことは過去にないが、この部屋のアクセスは毎日300を越えている。まったく更新せずでおりながら、わずかながらと言えどアクセスが増加傾向があるのに瞠目している。この話題についてである。いかに、時候を得た話題を展開してきたかであると思う。今日は、なぜ私が「国家社会主義」をこの国に意識するのかについて述べよう。大学の教壇での講義や、淳久堂書店の棚にある書物にはけして書いていない真実だ。かつて、神山茂夫などが述べた「天皇制に関する理論的諸問題」などを中心とする天皇制ボナパルティズム論というものがあって、いまなお団塊世代の一部などにこの論旨を踏襲する者が少なくない。その代表事例をWEBで探してみよう。以下のようなものが代表的だ。(神山茂夫という人物は、共産主義者政治学論議では有名な人で かの吉本隆明にも多大な影響を与えたとされている。なお1954年に日本共産党を除名されていることでも有名。)フランス語の一般的な言葉であったボナパルティズムを政治学の概念にしたのはマルクスで、政治学では『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』に従ってボナパルティズム論が講義される。そこで重要なのは、マルクスがそれを分割地農民を支柱とした独裁権力として把握していたという点だった。講座派経済学は、このボナパルティズム(ナポレオン的観念)の概念を戦前の日本資本主義の分析、いわゆる天皇制ファシズムの構造分析に適用して、「似非ボナパルティズム」の概念で没落する自作農が直接に(救済者として偶像崇拝する)天皇に忠誠を誓う倒錯した構造を析出している。本来、寄生地主の権力である天皇の独裁権力が、観念倒錯によって自作農の権力のように擬制され、没落自作農が逆に天皇制を支える強力な支持基盤となるのである。ナポレオンは分割地農の土地所有を保障したが、戦前の天皇制は昭和恐慌で自作農を没落させた。眼前の「小泉改革」のボナパルティズムは「似非」だろう。小泉政治を考察するにおいては、ファシズムの言葉だけでも十分かも知れないが、例えばマスコミと政権の「束」の現状を表現するにはファシズムだろうが、小泉首相が、没落する中産層に向かって「賛成か反対か直接問いたい」と人差し指を突き立てた途端に、自分が「改革」によって生活の権利を剥奪され、社会のパイの分け前から排除される没落者やその予備軍である事実もすっかり忘れて、社会から疎外されている自分に政治参加の機会が与えられたものと錯覚して、涎を垂らしながら嬉々として小泉首相に一票入れている大衆状況の絵を見ると、これはやはりファシズムの言葉よりも、ボナパルティズム(似非ボナパルティズム)の言葉を使った方が、よりリアルで説得的な構造分析になるのではないかと思われて仕方がないのである。そういう問題意識や政治感覚は、少なくない人間が持ち始めたのではないか。ボナパルティズム論もファシズム論に関連する。政治学者は再びファシズム論をやるべきだ。世に倦む日々2005年9月23日この話題についていけるかどうか、ではない。このような典型的な話題の切り出しかたが、過去現在未来、はたして本当に正しいのかどうか。わたしは、ずっと疑問に感じていた。団塊の世代などを中心に抱かれている、固着したかのようなこの種の国家観についての想念はいちどど洗いざらい総決算してもらいたいものだ。そう思う次第である。この稿もふくめて、以下の7月18日からの連続エッセーです。内容の理解のために以下の記事から読み返しくださることを強く推奨します。2008/07/18吉本隆明と「関係の絶対性」
2008年10月12日
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