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新しいメディアの現状レポート、ありがとうございます。花見の場所取りからガード下ダンボール住宅確保まで、共通した状況ですね。私は靖国神社のラジオ体操で40人くらい仲間を作ってから乗り込むことにします。場所を確保したら、シャルドネ。さん、真っ先にご招待いたしますので。(笑)Re:双方向メデアの野蛮(06/29) 杉山巡さん (2008/06/30 10:22:30 AM)特別、ヤフーが悪いというわけではない。ヤフーが、観察の対象として一番典型的なものをもっていると思ったからだ。いまWEB全体で生じていることが、集約的に読み解きできるのではないだろうかと思ったからだ。自分がいま楽天ブログにいるのも、ヤフーにはかねてから疑問を感じることが多かったからだ。これは論ではなく、生理的な直感のようなものに発していたが、ますます強くなる。翻っていえば、楽天ブログはまだまだ不足はあるものの結構これで民主的なのではないかという気がするわけだ。身辺雑記に徹する人もおれば、かなり傾向性を示して政治や経済に向けて発言することもなされているし、自分のように相当怪しい放言もあれば、緻密で誠実な論考を重ねている方もいる。それぞれがそれぞれに個性が発揮されて、発言が直截封殺されるということは一応ない。ほどよい双方向性はあるが、ブログの維持者が一方的に主張をくりかえすことも出来ないことはない。だれも発言を読むものがいなくなれば、ブログは事実上役割を終えたようなものだろうが、それでも排除の論理でつまみ出されるということは余程反社会的な挙動でもなければないだろう。そういう点でみると、双方向というのは意外に食わせ物だという気がしてならない。現状、楽天ブログはスティカムやらMixiに比べて相当見劣りするわけだ。WEBの機能だけを比較して利用するならばそれもよかろう。自分も早晩利用するとは思う。ただ、このWEBの民度や、開明的なシステムであるのか否かというのは結構大きなモチーフだ。非民主的な言論封殺が、いとも簡単に実行できる空間よりは、楽天ブログのようなやや停滞(後退)ぎみなログ中心の空間にいるほうが本当は居心地がいいのかもしれない。最近、つくづくこの世のすべての言説がなんらかのかたちの暴力(実力)で担保されているのだと痛感するようになってきた。
2008年06月30日
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ほぼ2ヶ月近く、Yahooメッセンジャーやブログを観察している。この件、すでに述べた。人間関係の複雑さは、われわれの日常と大差ないのだろう。だがパソコンを中間に介在させていても90年代ネット黎明期の社交とも、次第に相違してきているのではないかという印象がする。その集約として、自分が一番驚いたのは「双方向メデア」に強い積極性を期待していた思いが、ほぼ幻想だったという確信が湧いてきたことだ。かつて、テレビ・ラジオ・新聞のような「巨大一方向メデア」の存在があり、WEBのような「双方向メデア」の出現はそれだけで立派に進歩性だと考えていた。ほかならぬ自分自身が、漠然と考えていたのだ。ところが、対話を成り立たせるはずの「双方向性」が、かならずしも機能していないということに度々驚いた。むしろ現状では、言論の封殺やらお仲間(党派、グループ)の発生とその拡大に寄与しているのではないかとすら思われる。自分の無邪気な未来期待が、いかに子供っぽかったのかを痛感した次第である。
2008年06月29日
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戦前は陸軍向け徴用馬生産農家だった父方は、戦後乳牛畜産生産者だった。子供の頃に父親が、市中に流通する牛乳は水をくわえて不当な利益を得ていると宴会の席で述べて乳牛畜産で実家を継いだ実弟三男が憤慨していたのを記憶している。生産者は、誠実に早朝から激務に耐えているのだ。そう実家側では言明していた。結果はどうだったのだろう。わが父親の言うとうり、流通段階で水を加えるの、賞味期限切れの牛乳が使いまわしされているのと、ほかならぬ当時のトップブランドの雪印が率先してでたらめをやっていた。これは自分の十代から続いていたわけだ。雪印の集団食中毒事件の際にで、相当根が深い問題だろうと感じた。それ以後、でるわでるわ。食肉偽装のオンパレードだ。和牛だ、黒豚だ、ウナギだ、米だときりがない。そもそも食糧自給率が低い国で、これだけ輸入食糧品がわれわれの食卓に届いているのにもかかわらず、みな高島屋だの大丸で最高級品の食材を大量に中元、歳暮しようというのだからどだい帳尻が合わない。百貨店の進物など、ほとんど外装の箱代と商業流通のマージンだろう。つまりブランドと内実に乖離があると考えるのが普通の感覚というものだろう。それを40年も、50年も知らぬ顔をしてきた我々日本人の「ど鈍さ」は、見事だとしか言いようがない。朱子学、陽明学。杉山巡氏がその対比につき述べ一部関心を寄せる方がいる。自分は、近代日本に転じても流通と金融が朱子学的の旧弊を帯び、生産者が陽明学の質実を継承せざるをえなかったという構図を感じる。「地産地消」とはそういう構図にようやく都市部消費者も巻き込み中間流通の病理につき気どり始めたということなのではないかという印象を抱く。
2008年06月28日
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経験主義者が、力をもっていることで良い面と悪い面がある。経験主義というのは、実は「哲学用語」だ。勝手に世間でつかっているが、経験というのも結構定義の難しい現象なのである。経験主義が、世界史に登場したのは言うまでも無く近代科学の台頭が背景にある。客観的な真理との突合せがひとつの実力だと認められたために生じた比較的新しい権威なのである。しかし、ここでこんな話をして致し方ないのだけれども個人的には経験主義が権威と実力を維持できる局面は、限定的だと思っている。人間の精神について、どこの哲学書にもかかれてないひとつの真相をわたしが述べよう。人間の精神は、胃袋の下僕である。胃袋の中は、つねに空っぽで空虚なものだ。だから精神は、過度に構築的で絢爛豪華な思索を産出するのである。分かりやすくいえば、脳は胃袋に依存している。どんなに派手な知性の活動も、コップ一杯の水の前に停止することもある。この恐ろしさを知っている人は、経験主義の述べる一切の実証も精緻な歴史検証も、社会学の賑やかな多弁も虚しいと心得ている。昨今WEB上では経済アナリストやらテクニカル派の「市井の権威者」が、騒がしい。しかし、来るべき恐慌の規模と猛威について言いあてている者は少ない。わたしは数年前あたりから、恐慌が近づいていると言及しているが誰も信じちゃいない。天下泰平である。経験主義者が値を張っていて、これまでなんとも無かったと言いはる。また何とかなるという人もいる。ここから先は、処世観のようなものだから議論は無用なのかもしれない。端的にいって、経験主義は今日支配的だが、突然の有為転変には見事に無力だ。先日のマグニチュード6を越える土石流の前に老舗駒の湯温泉旅館は、瞬時に崩壊した。日本国内の誰一人予想もしていなかった。これはシンボリックな事件。経験主義者は、決定的にカタストローフに弱いのである。
2008年06月27日
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寝る前にシカゴやNYのダウをみていると相場が崩れてきているらしい。この崩れは、およそ2ヶ月近くずれ込んでいるような気がしている。とっくに崩れているべきものを、これまで無理やりひっぱってきた。さんざん売りを仕掛けた連中は、大損をしている。これもみな国策的な吊り上げのせいだ。結果として国民は、知らないところで大損している。あのノバの猿が勝手に従業員から徴収していた掛け金を支払いに回していたのと同じようなものだ。アメリカ経済のご都合にあわせてドレッシング(白粉相場)に向けて知らぬ顔で国民の膏血を注いでいたのだ。しかし、下げにも仕掛けがあって上に向けて高騰している期間にオプション取引といって暴落したときに売り建てする権利などを流通させている。これをたっぷりあらかじめ確保している奴らがいるのだ。今回の暴落を仕掛けている連中である。相場が下に向けて触れるとタダ同然で手に入れたオプションの権利が高騰する。その利益たるや10倍、20倍と化けるのである。こういう市場を用いたギャンブルが、経済に果たすいわゆる「投資行動」の名に値するとは到底思えない。ただの海賊行為だろう。
2008年06月26日
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さいきん、インターネットでは眼をみはるようなWEB存在感を感じることは少ない。そんな中で、ここのところ過去一貫して一本調子で、嫌韓、反中国だったネット右翼諸君たちが圧倒的なYoutube動画やらブログを踏まえて次第に「時代の正体」がキャッシュフローから垣間見えるのだと一部で気づきはじめたような印象がある。これは面白い。いまのところ、極めて一部の感度のいい人たちだけだが、いつまでも騙されているというわけには行かない事態にあるわけだ。あのエンロンを思い出してみよう。エンロンを相似で拡大すれば、いまの日本の株式市場やら株式先物市場で起きていることが分かるような気がする。エンロンは利益を最大に演出するために不正会計を実行した。それは自社株価の吊り上げが目的だった。分かるかな。エンロンの自社株が高くなれば、株式交換という手口でどんどんと他の競合企業の買収を低廉実行できるのだ。これはポイント。つまりインチキをすれば競争社会でありながら、競争をまぬがれて市場を独占/寡占できるのだ。しかも経営者は取得した自社株を高値で売りながらたっぷりと儲けることができる。そして派手な自社株買戻し。発行株数は減り。株単位ごとの利益は増大する。配当を演出できるから、株価吊り上げに貢献できる。自社株買いしたものは自社の金庫保管でもいいのだが、これには配当する必要がないから、また高利回りと演出できて株価は吊り上る。この繰り返しの黒魔術で、エンロンは途轍もなく優良企業として株式市場でロケットのように株価を吹き上げた。これをお手本のように踏襲した企業は多い。たとえばわが国のライブドアだし、はたまた駅前ノバじゃないのか。いずれにせよアメリカの企業の手口は、アメリカの資本主義の「流儀」を強く印象させる。いま日本の株式市場や株式先物市場で行われていることは日本の市場を巧みに操作してアメリカの株価まで吊り上げようという工作と見えて仕方がない。なにせ日本の株式市場を操作するのは赤ちゃんの手をひねるようなものだ。東京証券取引所も、大阪証券取引所もいずれもユダヤ系外資が大株主なのだ。取引規模だけみても凄いが、そもそも証券取引所の存在が誰のためにあるのか。株主の利益のためにあるのだ。いま、世界の株価が暴落の兆しを示しているときに日本の株式市場だけが「独歩高」を示しているのは偶然ではありえない。なにせアメリカのニューヨークや、シカゴが暴落しかけると日本の株式市場が無理やり巨額の長期投資資金、年金などの資金運用として派手な買い支えが繰り返し出動している。分かるだろうか。あのサブプライムローンの問題の本質が、アメリカの極貧層、プワーアメリカンたちに豪勢な住宅ローンを与信でつけたトガであるにもかかわらず、その焦げつきが世界に離散した構図にある。振り込まされるのはつねにアメリカ国外なのだ。そんな財政破綻したアメリカの株価は暴落してあたりまえ。なのに日本の財務当局者らは、日本国民の預貯金やら年金資金が湯水のように高値づかみの買い支えに投じられて平然としているではないか。ああ、年金が破綻してもまだまだアメリカ経済浮揚に注ぎ込むんだね。だって日本国民からは消費税引上げてムシリ取ればいいんだから・・・2008/06/03うそつき合衆国 日本の株式市場が、なんと大阪証券取引所の示す「日経225平均株式先物取引」で演出される傾向があるからです。この指数先物は、なんと90%以上の取引が外資系金融機関。まちがっても大阪府民が取引しているわけではない。証券取引所の株主構成一覧 ●株式会社 ・東京証券取引所 [株主構成] SMBCフレンド証券 2.61% 日本アジアホールディングス 2.61% 三菱UFJ証券 2.39% 藍澤證券 1.74% 極東証券 1.74% ビー・エヌ・ピー・パリバ 1.74% 三菱東京UFJ銀行 1.30% 三菱UFJ信託銀行 1.09% ・大阪証券取引所 [株主構成] CSKホールディングス 5.5% モルガン・スタンレー 4.5% ゴールドマン・サックス 4.4% ジェーピー モルガン 3.7% バンク オブ アイルランド 3.2% 日本マスタートラスト信託銀行 3.0% アールービーシー デクシア 2.9% ステート・S・BT 2.7% 日本トラスティ・サービス信託銀行 1.8% 三 菱UFJ証 券 1.8%
2008年06月25日
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昨日の話題に続くが、火曜日の夜に「ささやかな事件」があった。当事者以外には、誰も知らない。誰からも話題にされないような事件だ。ヤフーメッセンジャーで世代別の「ルーム」と呼ばれる部屋がいくつかある。その中で50人以上あつまってチャットやボイス機能で話題をかわすことになるのだが、いちおうは公共の空間ということになっている。しかし、過日わたしが述べたように空間はつねにラポールの迫度の構造だ。公共の空間すら、利用者の頻度と顔ぶれで「私的占有」されたそれに転じる。ここからが面白いところだ、私的に占有した連中とたんなる公的な空間だと思っている利用者の間で心理的な摩擦が生じる。摩擦は必然的なもののようだ。2008/06/20世界権力も物質交換の手品さ ラポール (rapport) とは臨床心理学の用語で、セラピストとクライエントとの間の心的状態を表す。ただのお遊びのようなチャットルームですら、派手な敵意むき出しの意見交換が延々と続くほど占有意識は強いものだ。数週間の利用者とその日おとずれた通りがかりだけでも大違いなのだが、5年もその空間に居ついているとたんなる遊びとは思えない奥深い執着が発生しているらしい。あくまでも公的な共有の空間にも一部の固定したメンバーの私的な執着心が発生して、共同化する現実。傍観者として観察してあらためて驚くばかりである。これはあくまで個人的な感覚だが、空間の居心地よさをかたちにしているものが、そのまま激しい排除の論理の根拠だ。WEBは、このチャットルームの事例にあるようにどこまでも開かれた公共の空間である。しかし、コンテンツは、物質的、非物質的なることを問わず「ひと」のはたらきかけとその迫度(テンション)で維持されている。異質な構成が同時に表出しているのだ。討議は延々続くが、わたしにはそのいずれにも論理的な趣旨は含まれておらず、排除についての妥当性。妥当性についての確信だけが述べられていると思った。実に、興味深い。
2008年06月24日
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ここのところ自分で、一番考え方が変わったと思うのはインターネットについての個人の果たす役割に大きく期待が失せてきたという傾向がある。当初、パソコン通信でネットワーク生活の面白さや可能性を感じる体験から発しての事。インターネットの中を巡り歩くことは所詮「物見遊山」とはいえ、何かしらのポジティブな要素があるのかという気がしたものだ。ここ数年、楽天ブログにやってきて定位置にして過ごしているとネットがさらに想像以上に拡大してゆくのが次第に空恐ろしくなってきた。WEB(インターネットと呼ぶよりもこのほうが正しそうだ)の世界は、個人に多くの可能性を与えたようにも思えたが、もともと個人は非力で迷妄に反応しやすい。楽天ブログにいついているとあまり気づかないでいるのだが、ヤフーメッセンジャーやヤフーブログを見聞しているとわれと我が眼を疑うほどの野蛮さに驚いた。おそらく野蛮なのはヤフーに留まるものではない。畢竟、楽天ブログ利用者を含めてWEBの世界全体で、まだまだ人々が健やかに新しい時代の生活を甘受できるだけの準備も心構えもないまま、手感触肌感触でおのおの好き勝手に使い込んでゆくうちにササケだって行くような予感がしてきた。なぜ、楽天ブログの外へ出歩いて新奇なものを物色しているのかと言えば過去10年ほどWEB上では新しい空間は、あたらしいサービスの提供を意味していて、それは同時に可能性の拡大という要素があった。それが愉しかった。残念ながら、そういう幸福な時期はWEBについても、それほど長いあいだ続く傾向ではなかったのかもしれない。
2008年06月23日
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質問です 杉山さんのブログにシャルドネさんからコメントいただいていた内容を質問させてください。(杉山さんのコメント欄に間違って書いてしまいました。)以下が内容です。いきなりの依頼で申し訳ありませんが、ぜひ、お知恵を拝借いたしたくよろしくお願いします。ライン-スタッフの教育をプラクティカルに把握する。とても興味深いのです。いまの私の疑問を少なくもとかすっている感覚があります。しかし、あまりにも漠然としているので、なにか手がかりになりそうなことありましたらご教示いただけると嬉しいです。 顧客心を捉える儲かる仕組み請負人さん(2008/03/13 11:21:38 AM) 3月にコメントしたものについて質問を貰い、昨日気づいて話題を確認した。くりかえすが日本という社会は、「法治国家」ではない。「人治国家」であるということを、いいかえれば杉山巡氏のように「朱子学支配の国」と読むこともできる。朱子学に対峙する構図としては陽明学が収まり易いと考えられる。しかし、どちらも理念に依頼する思想だと思うものだ。脱理念の相で世を読み解きすれば原始仏教ほど徹底した思想はない。漠然としているようにかんじるのは、日常に流されているからだ。我々は、日常を完全に忌避するにはよほどのエネルギーと体力、知力が必要となる。わたしは日本を「人治国家」だと喝破したつもりだが、絶対に認めない人たちも存在することだろう。それは、「面々のおはからい」でご自由だと思う。世の中には日本を「法治国家」だという前提に立たねばならない職業もある。それはそれで生涯をまっとうするしかないのだ。朱子学で生まれ育って、朱子学で生き、朱子学で墓におさまるのも人生である。顧客心を捉える儲かる仕組み請負人さん 私の昨日のブログを読んで欲しい。2008/06/21いまの世のすがた 描かれている世界は、派遣労働の位相から三井物産、三菱商事に至るまで貫徹されているおなじみの「運不運の構造」を描いているはずだ。自分は、具体的にそれらを個別に近接して見届けても来た。いまなお朱子学的なナライは、うせてはいない。さもなければ瞬時も組織内でわが身を維持できないからだ。
2008年06月22日
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日本は「法治国家」ではなく、実態で「人治国家」であると述べた。人事権が、明瞭ではなく誰が人事に影響を持っているのか社会の各階層で不明瞭極まりない。えてして高級官僚のような世界ですらその経緯顛末は知らされていなかったりする。普段は埋伏されている人事介入が突然動き出して予想外の組織編制を起こすなどということが時折あるわけだが、それは権力の実態がすがたをあらわす数少ない機会であるにもかかわらず、表立っては誰が意思決定を行ったのかがわからないというようなものが大半だ。加藤智大の事件で派遣労働の話題に脚光があてられている。しかし加藤智大の例は、ちょっと特異であるし、彼の資質固有のものが多々あると思われる。派遣労働の問題を正しく反映をしていないという印象もする。ただ世の派遣労働者が、尋常ではない憤懣を抱きながら就労している可能性は示された。無差別テロのような事件が、この日本でも起きるということ。それもオーム真理教や反社会団体の動きでないことも、世間を動揺させた一因だろう。これについても先日、少し言及した。派遣労働は、企業や社会の人事権のさらに外側。つまりは人を物質扱いするという「制度」の究極の達成だと言われている。これは労働問題にとどまらず、広汎に影響を生じつつある。たまたま職場の「いじめ」に検索をいれたら以下の箇条が読めた。アドバイスのつもりなのだろうが、時代の閉塞感覚を如実に示していて興味深い。ミクロな個々が職場で上司に恵まれなければ、よほど我慢強くなければスピンアウトが始めるだろう。肝心なところで守ってくれるセーフティラインは、有名無実で実態でほぼ無いと考えて良い。法律無料相談だろうか、合同労組だろうか、友人知人だろうが限界がある。よほどの幸運の持ち主でも、最初に離脱した職場よりまともなところに辿りつける強運の持ち主は滅多にいない。このあいだも某ブログで懇意になった方も、nak1さんと同学出身だが、上司との折り合いが毎回再就職先で悪く、先月突然ブログ閉鎖になり再就労先を探して駆け回っている。そんなキャリアですら、ガンダム世代はかなり厳しい。まして正規雇用の経験もなく、派遣労働でのスキルに依存する階層は、「上」を誰につくか。こんなのは、もはや人事部レベルですらない。中国人社会をバカにするWEBの意見が多いが、金をいれればイジメがぴたりと消える社会のほうが過ごし安いという気がすることもある。事実、強盗に盗まれたトラックまでワイロで戻ってくるという社会。それが中国だ。日本では組織が、二重権力、三重権力であるためにラインの層、ボトム階層の庶民にはそのストレスは、はんぱではない。ことしも自殺者が3万人を越えて、すでに10年連続だという。当然だろう。日清戦争での戦没者は2万人弱。日露戦争でも最大で20万人までと思われる。われわれの社会は、過去10年間に30万人を越える自殺者を出している。平和な国だと信じ込むほうが、どうかしている。職場いじめ被害者は、被害を受けている職場いじめについて、直属の上司に相談しなければなりません。 上司に相談する目的は、上司の持つ人事評価権を活用するためです。もっと端的にいうと、上司をあなたの味方につけるためです。上司が味方になると、今後の加害者の処分または人事異動、あるいはあなたの人事異動など、何をするにも都合がよくなります。 ただ、職場いじめ被害者が日頃から上司をないがしろにするような態度をとっていて、職場いじめで困ったときだけ相談するというのではムシが良すぎます。それでは、おそらく上司も不愉快でしょう。 私は、世の中の上司の大半は感情で動いていると思います。凡庸な上司ほどそうです。 ですから、上司に対しては一定レベル以上の態度で接していなければなりません。これは、ゴマをすったほうがよいと言っているのではありません。組織の中で生きる組織人には必須のスキルとして言っているのです。 また、上司というものは、原則として、部下同士の人間関係のトラブルには首を突っ込みたくはない、と思っています。 その理由は、上司自身にとって何も得することはないし、上司が管理する組織としても得することは何もないからです。首を突っ込んでも、時間の無駄、エネルギーの無駄なのです。 以上のような本音をもつ上司に相談するためには、相談する前に、相談できるような上司-部下関係を作っておくことが重要です。 そのための努力を、打算的な表現をするなら「掛け捨て保険を掛けている」つもりで、日頃からしておくとよいでしょう。 この「掛け捨て保険」は、職場いじめ問題だけではなく、その他の職場生活全般についての保障がリターンとして得られます。
2008年06月21日
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ラポール (rapport) とは臨床心理学の用語で、セラピストとクライエントとの間の心的状態を表す。クルマで移動中に、ラポールって看板をみかけた。飲食店なのかと思う。懐かしい記憶が涌いた。まだ心理学が、古典的なままでに愉しまれていた時代に、RAPPORT って一種の精神的な態度の表明だったとされた。繰り返し初等的なテキストに語彙として紹介されていた。フランス語で、RELATION のことなのだろうか?しかし、PORT が語根にあるというのがスペルで分かった。カタカナ表記していると気づかなかったのだ。PORTならば、「港」だろう。出船、入船。ようするに物質交換のことじゃないか。空間というのは、ようするにモノが出る、モノが入るということにつきるのだ。msk222さんのブログで、「共同幻想」などという言葉に遭遇したが共同幻想などとふたたび言い出すとむしろ本質的なことが分かりにくくなる。国家も権力もようするに PORT なのだ。モノの出と入りをきちんと描写すればわかってくる。その程度のものだ。あの馬鹿な思想家気取りの詩人が、「共同幻想」などと言い出して、追随者がそれを踏襲してくださるので国会やら権力の本質に踏み込むよりも、ファンタジーとして勝手に肥大させてしまう傾向があるように思う。国家も、権力も、所詮は一種の「空間性」の占有度の問題である。その占有度は、物質的な出と入りの「迫度」に依存している。それが続かなければ、いかなる強大な権力とても維持できはしない。これは幻想でもなんでもない。物質交換の「空間性」としての必然だ。あのポールソン財務長官が、だしぬけに連邦制度準備委員会FRBの機能強化を言い出した。みな見落としているのだろうか?彼らがすでに強大な権力であることを考えれば、彼らが機能強化をいうのは興味深い。物質交換の限界を越えてしまえば、あとはさしもの地上最強の権力も解体期を迎えざるをえない。彼らが「機能強化」を目指すというのは、そろそろ黒魔術が切れかけているという事ではないのか?さもなければ、我々が総体として滅びに向かい始めることになるだろう。
2008年06月20日
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ヤフーメッセンジャーというソフトが、ここ数年でどんどん進化しているという話をした。いぜんのチャットという遊び方を、メッセンジャーの機能に収容してボイス機能を付加しているので軽敏ながらスカイプなどの会議室を小規模開催するのにはメッセンジャーが気軽なのかもしれない。これも状況的に付加されている印象だ。しかし、チャット文化というものには距離を置いていたので不思議な世界だと思う。個別に意見を聞くと、パソコン生活の大半をチャットに費やしているという人たちが結構多い。彼らは、ブログに生活と意見を綴るというブロックや携帯電話でインターネットという層とは、完全に分離した存在のようだ。それもチャット歴10年以上という豪な方々が珍しくない。インターネットの世界を一筋縄では占えないと思った次第だ。彼らの人間関係は、希薄で淡いと思いきやオフ会やら直接電話、スカイプなどで個別にグループ化を遂げていてその背景は窺いしれない。この運動性で、経済分析やら株式投資の討議をやっている一部の連中も存在しているのだと印象した。彼らがひとたびブログなどに登場すると、見事に言論統制されている。恐ろしいことに、非公開の掲示板の発言内容にまで介入して削除依頼する奴がいる。つまりオフミーティングの人間関係で発言を壟断するのだ。彼らが、公開されているパブリックなチャットルームに居ついて多くの一般参加者を睥睨している姿は見苦しい。彼らの背後には、おのずとなんらかの組織が絡んでいると思わずにはいられない。
2008年06月19日
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日本円は、どう考えても管制誘導されている。毎回108円あたりまで来ると下がってくる。これは日米で取り決めがある証左だ。変動相場制というタテマエの背後で、事実上ドルと円は交換レートが一定幅で収まるように意思が働いている。世界の株価が下降していても、アメリカの株価をつりあげるために大阪証券取引所が大株主の外資系の望みどうり現物株価を誘導するように不自然なプライスキーピングに動く。日経平均指数先物がガンガンと暴騰するのだ。なにせ取引の90%は、大株主と同様の外資系なのだ。もうすでに一ヶ月以上も前から日本株は暴落して不思議ではない事態にある。乖離は、はでに振れているが一向にさがらない。こういう時期には、次にくる暴落を踏まえて下側の相場推移で売りを権利売買するオプション取引で「狙いすませて」待ち構えている。タダ同然のオプションを静かに手に入れている。当然、今回の株価吊り上げしている連中だ。そして、ある日突然のように株価がさがってくる。この暴落の前に日本の株価吊り上げに協調しているのが、なんとわれわれの年金資金なのだから話にならぬ。年金が破綻するのは当然だろう。だから消費税をあげるというわけだ。笑うしかない。日本の政権与党の「親米派」を一度徹底してブタ箱にぶち込むべきだと思う。
2008年06月18日
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宮崎勤が死刑になったらしい。死刑廃止論者は、宮崎勤も救えという徹底した論なのかもしれない。人権派は、今回の秋葉原無差別殺人の加藤智大も救いたいという動機なのだろうか。自分は、国が復讐を禁じておいてしかも被疑者たちの生命を守るという「戦後的」な感覚にはよく理解がついてゆかない。加藤智大について、自分は庇護するつもりは皆無だ。死刑どころか、ハムラビ法典やらイスラムの古式にのっとり群集が撲殺するぐらいでいいと思っている。皇居前広場で、みんなで石を投げて公開処刑するぐらいでいい。そんな気分だ。ただ、彼らのようなキャラクターがこれからも澎湃と姿をあらわすという事だけは覚悟して身構えていたほうがいいとは思う。人間の脳は、視床下部やら脳幹までゆけばアルマジロやらクロコダイルと大差はないらしい。そんな人間を、みなでよってたかって「透明な存在」にしてしまえば、そりゃあもう猟銃で退治するしかないような存在が露出してしまうのだ。法だ、治安だと言ってみても人間が人間ではなくなる瞬間を迎えるのである。そうしちまった我々の社会が、アルマジロやらクロコダイルを庇護する必要はないが、それらに噛まれてしまっても諦める覚悟があるかどうか。本当の論の焦点は、そこだと俺は思っている。
2008年06月17日
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今月、世界中の株価が下降を示しているにもかかわらず日本株だけが異様に暴騰している。経済的には、アメリカの属国そのものだとかねてから指摘されているとうりアメリカの株価を吊り上げる目的で、日本経済の指標を操作できるという「現実」を如実に示している。一ドルが108円を越えてすら、まだドル買い介入ができるというアメリカの腹をくくったデタラメ(以前、黒魔術だと述べた)を考えると福田政権も延命のためにポールソン財務長官に諾々ひれふしている印象だ。ここで日本株が流れにそって降下すれば小沢の仕掛けよりもはるかに厳しい政権交代の督促と映るだろう。支持率低迷の福田政権を、アメリカの黒魔術団がまんまと利用し取り込んでいるという構図である。なにしろ市場で売りがはいれば、わが国の年金などを中心とする「公的資金」で派手に買いがはいる。あなたや私へ向けて準備されているはずの年金を破綻させるリスクをもおそれず相場に手をだしているのだ。そりゃあ市場などと呼べる内容とは思えない。そんな中であのゴールドマンサックスが空前の利益をまたぞろ発表するそうだ。いってみれば通貨をおもちゃにしたギャンブルである。いよいよ現物の信頼感を大切にする必要が生じてきていると肌身で感じる。
2008年06月17日
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東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、加藤智大(ともひろ)容疑者(25)=殺人未遂で現行犯逮捕=は、事件3日前の5日に派遣先の工場で、自身の作業服が見あたらなかったことに怒って早退し、それ以降出社していなかったことが9日、分かった。 派遣先である関東自動車工業富士工場(静岡県裾野市)によると、5日朝に加藤容疑者が出社した際、更衣室に自らの作業服が見つからなかったことに激高して、そのまま帰宅した。同社が調べた結果、実際は作業服はあったという。 同日夜に派遣元の日研総業担当者が電話した際、「もう1日考えさせてください。休みたい」と説明し、翌6日から欠勤したという。 製造業で支給される作業着は、せいぜい2着だろう。冬服2着、夏服2着。長く勤務している者ならば、さらに屋外用のコートを支給されるような例も見聞したが、いずれにせよシーズンごとに2着も支給されていれば良いほうだ。実は、6月7日に大矢かおるさんのブログにコメントを書いた時に自分は本当に不吉な予感で胸騒ぎがあったのだ。いや、加藤智大の「凶行」を予知したのではない。この感覚的なギャップ。どうしてもブログの読み手の大多数には、けっして通じないだろうという予感が生じたこと。その事に不吉なもの。胸裏にドカンと感じたのだ。作業着の件は、昨年の秋から滋賀のハイテク工場を見聞したこともあって、自分には相当踏み込んだ関心事だ。作業着とは、生産労働の現場ではもはや労働者の「自我の一部」なのである。これは現場で見てきたものの報告としてレポートしたつもりだったが、理解はされないだろうとう諦観のようなものも同時に涌いた。 この前ボクが出ている時にたまたまテレビがついており、それを見ていたところ、報道人がボクの名を読み違えて「鬼薔薇」(オニバラ)と言っているのを聞いた 人の名を読み違えるなどこの上なく愚弄な行為である。表の紙に書いた文字は、暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りないボクの本命である。ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたいこともちゃんと決まっていた。しかし悲しいことにぼくには国籍がない。今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。もしボクが生まれた時からボクのままであれば、わざわざ切断した頭部を中学校の正門に放置するなどという行動はとらないであろう やろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりと殺人を楽しむ事もできたのである。ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中でだけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない だが単に復讐するだけなら、今まで背負っていた重荷を下ろすだけで、何も得ることができない そこでぼくは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人に相談してみたのである。 すると彼は、「みじめでなく価値ある復讐をしたいのであれば、君の趣味でもあり存在理由でもありまた目的でもある殺人を交えて復讐をゲームとして楽しみ、君の趣味を殺人から復讐へと変えていけばいいのですよ、そうすれば得るものも失うものもなく、それ以上でもなければそれ以下でもない君だけの新しい世界を作っていけると思いますよ。」 その言葉につき動かされるようにしてボクは今回の殺人ゲームを開始した。 しかし今となっても何故ボクが殺しが好きなのかは分からない。持って生まれた自然の性としか言いようがないのである。殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである。 最後に一言 この紙に書いた文でおおよそ理解して頂けたとは思うが、ボクは自分自身の存在に対して人並み以上の執着心を持っている。よって自分の名が読み違えられたり、自分の存在が汚される事には我慢ならないのである。今現在の警察の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、わざとらしくそれを誤魔化しているようにしか思えないのである。ボクの存在をもみ消そうとしているのではないのかね ボクはこのゲームに命をかけている。捕まればおそらく吊るされるであろう。だから警察も命をかけろとまでは言わないが、もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ。今後一度でもボクの名を読み違えたり、またしらけさせるような事があれば一週間に三つの野菜を壊します。ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。 ―ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている―酒鬼薔薇聖斗 「声明」酒鬼薔薇少年の「透明」というキーワードを、加藤智大にとっての「作業着の離脱」に外挿すれば気づきが生じるように思う次第だ。派遣労働者に限らず生産現場での就労者にとって、作業着は文字どうり自我そのものだとする指摘がどこかに存在するだろうか。夏場、就労先から身につけた作業着を翌日までに間に合うよう連日洗濯して清潔に維持せよなどと事実上強いられるなどする現実は、村八分、衆目環視の下でなされるある種の虐待と紙一重だ。加藤智大が、作業服のトラブルを直接の誘引として犯行に踏み込んで行くなどとは・・・私はその「消息」を聞き及び、息を呑み込むほどのリアリティを感じてしまった。
2008年06月16日
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定例で届く村上龍のJMM連載「冷泉彰彦のUSAレポート」を読んでみた。今回は、あの秋葉原の「凶行」について取り上げている。村上龍のJMMは、かなり以前から届いている。だが自分はけして丁寧に読んでいる読者とはいいがたい。とりわけ、冷泉のエセーは自分とは感覚的な隔たりが大きすぎて共感を抱いて読むという内容ではない。論というのは、前提に共感がどの程度含有されているのかが死命を決すると思う。論には、異論や対論がつねにあるわけではなく共感できなければ論の水路がいかに整備されていて、妥当であっても疎遠なままだ。今回、秋葉原の事件についての所感も、むしろ述べられている中に、妥当性を感じる部分を読み解くよりも違和感を感じるほうに心を動かされる。冷泉が間違っているとか、いないとかに興味があるのではない。「それ」も論、「われ」も論。いつも常に交差する必要は、かならずしも無い。(前略)そんなわけですから、先週の日曜日に発生した秋葉原での無差別殺傷事件に関しては、アメリカでは大きく報道されました。時差の関係で同じ8日の日曜日には、各局のニュースでNHKの配信した生々しい映像が流れほぼトップニュース扱いでした。ですが、週明けの翌日月曜日以降は特に「続報」ということはなく、またNYタイムスなどでの扱いも小さかったことから、それほど大きな反響は呼んでいません。結果的に「アキハバラ」のイメージダウンということには、それほどはなっていない、ということは言えると思います。「アメリカから見たアキハバラ」アメリカ人が、秋葉原について抱く好感度を削がないまでも無差別通り魔殺人が実行されたということは暴力が蔓延しているアメリカというイメージがイコール銃社会ということを一義で意味しないという風に利用されるかもしれない。そう冷泉は示唆する。なにせあの日本でも人を殺傷する目的だけでつかわれるナイフを持ち歩く青年が存在するではないか。まあ、そういう感覚がアメリカ人に涌いてくるとするのなら、諸国それぞれに事情があるという事だというしかない。確かに日本人のなかにも、われわれの社会が治安がよく穏やかな社会だという認識は後退してきていると思う。(中略)───アメリカでの同種の事件は、高校から大学といった年代の学生の犯行が多いが、日本の場合は何らかの形で社会に出て働き出してからが多い。恐らくアメリカでは「格差と選別」を教育システムの中で見える形で行うのに対して、職業に就いた後はそれぞれの職業について、少なくとも表面的には自分たちも周囲も「誇り」を認める(というお約束の)文化が残っているのかもしれない。日本の場合は、格差と選別の痛みは教育システムの中では隠蔽されているが、社会に出てから全人格の否定につながるようなヒエラルキーシステムに直面することになる。───勿論、アメリカの場合でも「解雇への逆恨み」という事件は良くあり、少しでも本人の反発が予想されるような場合は、解雇通告や職場からの退去に際して、人事担当者は武装したガードマンと一緒に対処するというような陰鬱な文化がある。解雇された人間は、暴れないにしても、一つの段ボール箱に私物を詰めて誰に挨拶するでもなく職場を去って行く。終身雇用を崩壊させるということは、そうした光景に耐えるだけの「強さ」を「切る側」にも「切られる側」にも要求する。「アメリカから見たアキハバラ」冷泉の眼からみても、日本社会は成長期の進学競争時代には「隠蔽」されてはいるが、本質的に「全人格の否定につながるようなヒエラルキーシステム」が存在するということになる。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒の冷泉には、勝者としてそのシステムを見下ろしている自覚はあるのだろうか。その階層秩序を認める立場にも、積極的に認める向きと改善のテーマとして認識している場合とがある。しかし、概してこのような改善のテーマは、システムの勝者側が思いつくものであって、「全人格の否定」を被っているものが改善を提起することはありえないわけであるから、冷泉は暗に今回の凶行には必然的に生じる可能性を時代状況が孕んでいたとする論点をもちあわせているのかもしれない。(中略)───それは、もしかしたらアメリカと日本は「技術革新のフロンティアも、社会全体としての成長神話も」消えてしまった成熟社会だということなのかもしれない。成熟という言葉が曖昧なら、経済が縮小過程に入り、パイの奪い合いが始まっているという感覚、その中で「負けて行く」ことへの恐怖や絶望があるのではないだろうか。仮に日本とアメリカだけということなら、そうとでもしか言う他ない。───アメリカの「格差社会」を導入したから日本の雇用環境が閉塞したというのは実は間違っている。少なくとも、アメリカの場合は「フルタイム」と「パートタイム」、「直接雇用」と「派遣」の間で、時給換算の給与水準の格差はない。だから「ワークシェリング」という話も現実味がある。ちなみに、アメリカの「派遣」というのは、雇用主が小規模なので「人事関係の事務手続きコスト」が払えないとか、「時々変わっても良いから有能な秘書がコンスタントにいて欲しい、でも採用広告などの一時的なコストは払いたくない」という「ニーズ」に応える形で発達しているものだ。勿論「人件費削減」という動機のものもあるし、逆に「常に技術的に最先端の知識のある人材を(入れ替えながら)維持したい」というものもある。だが、派遣というのはあくまで「ニッチ」であって、全体としては日本と比べれば堂々と直接雇用して、直接雇用の中で格差をつけ、必要なら解雇するという形になっており、派遣や偽装請負を使って人件費逃れをするような慣行はない。日本と比べればもっと冷酷だが、陰湿さはない。「アメリカから見たアキハバラ」注目するのは、日本の企業の風土が「派遣や偽装請負を使って人件費逃れをするような慣行」が看過されて基調となっているが、ドライなアメリカ社会ではそのような陰湿な仕儀はないという意見だ。実に、微妙な言い回しだが派遣労働者へのイジメや虐待は日本社会の固有のものであるとする、冷泉の視点が検証なしの仮説提起として述べられている。彼も連載投稿に際して、十分な根拠を踏まえてはおらず私的感慨を述べているのだろう。この点では自分などがこのブログで以前から述べてきたアメリカ側の経済政策として日本社会に向けて官民あげて強要してきた。そんな介入のありかたを阻止するという感覚は存在していないようだ。ここが、自分と冷泉の大きな違いだろう。───それにしても、犯人を紹介する際に「25歳の派遣社員」という言い方は何とかならないのだろうか? この男は塗装工であって、派遣うんぬんというのは、契約上の雇用主が契約上の発注者との間で派遣契約を行っているだけのことであって、本人は立派な給与所得者であり、同時にやっていることは塗装工というプロフェッショナルの仕事のはずだ。それでも、社会的に「派遣社員25歳」という紹介がされるのは、月曜日版で水牛健太郎氏が指摘していたように、「身分制」があることの証拠だろう。それにしても、全国に何百万といる「派遣社員」はこうした呼称に対して真剣に怒っても良いのではないか?「アメリカから見たアキハバラ」彼は、今回の加藤智大の事件報道に世の派遣労働者の立場を斟酌して蔑称同然に「派遣労働者」を取りざたされることに痛みを感じているようだ。実は、冷泉は蔑称どころではないという、いまの日本の現実を知らない。蔑称というのは、人が他者を侮蔑するという意味だ。現実には、派遣労働者など人事部マターではない。派遣労働者は、えてして物資資材調度購買マターなのだ。つまりボルト、ナット、ファスナー、クレーンなどの「物的消費財」を扱う企業部門が、派遣労働会社と折衝する。おおむね物質として扱われている、特殊な資材なのである。彼らは雇用されるというよりも、購買部の仕入れがなされる「資材品」扱い。侮蔑などというような域にすらない。これが現実だ。実のところ、村上龍が人選したJMMの論者たちは冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)のみに限らず毎回ほぼ一致してアメリカが日本の企業や中央官界に対して強い影響行使を行っていることをとぼける。知らぬ顔をする。または、けして口外しないという暗黙の前提を持ち合わせた人たちのようだ。そう自分は推量している。雇用関係や労働条件などに陰陽に介入してきていることを指摘することへの躊躇や抵抗を宿している論者の主張や観察意見をWEBにリリースすることが、村上龍のJMM配信の「主務」なのではないかと疑っている。良心的な論者であるかのような、冷泉などの語りが実はもっとも警戒を要する。───そもそも凶悪な犯行を犯したのだから、その社会的背景を批判するというのは犯人の肩を持つことになるし、犠牲者に対して失礼だ。だから社会的背景を論ずるのは控えよう……そんな「空気」があるようだ。社会的背景に言及しているほとんどのコメントが、自分は犯罪は憎んでいるという断り書きを入れているのがその証拠だ。だが、それは違うのではないか? そうではなくて、社会的背景があっても、それを正当な方法で告発できるはずなのに暴力に走った、だから犯罪を許さない、という論法は立てられないのだろうか? 逆に、多くの人間が心の底で「正当な方法での告発が可能」だということは全く信じておらず、このような暴発を内心不可避だと思っているとしたら、そのこと自体にも問題がある。───そう言えば、前の内閣で「再チャレンジ」というプロジェクトがあったが、雲散霧消してしまった。プロジェクトの中で出てきた議論はずいぶんと焦点がボケていたが、少なくとも日本は「セカンドチャンス」のない社会だということには、誰も異論はなかったようだ。にもかかわらずプロジェクトが雲散霧消したのはどうしてなのだろう。少なくとも安倍晋三前総理、山本有二前大臣には今回の事件に関して(勿論、犯行を憎むコメントが入るのは当然としても)何らかのコメントを求めても良いのではないか?「アメリカから見たアキハバラ」これにはおそれいった。冷泉は、「現にいま」ここでアメリカに暮らしている意味を露出しているという印象が涌く。
2008年06月14日
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厚生労働省キャリアらがアメリカの意向を受けて「対米追従」しているとなぜ私が、確信しているのかについて多少言及したい。自分は、90年代の第三次ベンチャーブーム期に西日本で「急成長期待型事業モデル」のシーズ企業(および企業化提案者)として奔走した時期に、当時の通産局や自治体商工部職員関係者から、支援制度メニューを横断的にすべてに近いほど消費した男と言われた。これが事実としてある。実は、彼らが知らないだけで彼らの知っている制度メニューの軽く数倍規模の資金調達法にトライした。当時の名刺入れを有識者らに見せると腰を抜かす。通産局の係長やら、自治体幹部などが知っているメニュー程度であの時代を切り抜けられたという事例はマレだ。凄腕の裏ワザ使いの一匹狼たちが、すべて惜しげもなくワザを投じてくれてさえ倒産など日常茶飯事。それがあの90年代後半だったと思う。だから日本でユダヤ金融がどういう動きをしていたかも、壁一枚へだてて耳にしている。当時の三和銀行、富士銀行、第一勧業銀行らのファンド担当者の動静もキャピタル側やら地銀関係者、競合金融機関側からもかなり正確に耳にしたものだ。それどころか関経連外郭団体からイスラエル経済担当公使にまで「鉄砲玉」のようにぶつけられてプレゼンテーションを3時間やったこともある。定性情報だけで推断しているわけではなく、肌と骨を剥きだしにしての体験学習を実行しているのだ。だから、蘇る金狼氏のような経営者すら瞠目する知見を俺は持っているつもりだ。ただ単に自負しているだけではないつもりだ。旧三和銀行(現在のUFJ銀行)のベンチャー支援担当者が全国に何人いてそのうち関西には何人いるのかも聞いている。オフ会か、スカイプならば当時の仰天の話題をいくらでも開示するつもりだ。ほかならぬ三和銀行が誰何した、堀場雅夫に赤坂プリンスで旧三和銀行担当者の挙動を耳にしたこともある。世間で知られた大物たちも、所詮は定性情報だけで物事を判断している。ビッグネームだからと言ってもほとんど無能なものだと痛感した。思い込みだけで老醜を晒している。だから、「ほんとうの事」は実戦経験者としての踏み込みの程度に応じてのみ正確な全体状況が掴めるのだと言い切れる。実は、あんな悲惨な時代にベンチャー支援を標榜してファンド形成を標榜した組織が実態無きまま喧伝されていた。ほかならぬ人材派遣業界だ。その実態は、申し訳ないが詐欺のようなものだった。そんな勿体つけただけの怪しい奴らの元に何度も紹介者の圧力もあって致し方なく実際出向いた。今思い返してもハラワタが煮えくり返るような扱いを何度も受けた。なぜ彼らがあのように尊大で、人を人とも思わぬ体質なのかと怪訝な思いが涌いたものだった。いまにして思えば、彼らの背後に星条旗、そして労働族との癒着が前提にあるのだと今ならば読み解きできる。そして、いわゆる国際会計基準という奴。あれが、日本の労働市場をゆがめた元凶だと思う。楽天ブログにいる、普通の人たちが私の言っていることにスルスルと理解に届かないのは仕方がない。わたしのように血飛沫あげて得た知見というものは、そうそう簡単には理解できないのだ。だから、日本の「親米売国勢力」は見事に温存されて根をはり、この国の迷走はまだまだとめどなく続くことだろう。
2008年06月14日
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桝添要一厚生労働大臣が、全国の派遣労働者の実態調査を命じたという。そして、そそくさと「日雇い派遣禁止」と来た。今回の秋葉原の事件などのような「きっかけ」を欲していたということを、印象する。見事なまでにまったなしで実行したという風に印象する。そもそも労働者派遣会社、派遣型就労がこれほど隆盛になった理由は厚生労働省の主導が背景になければありえない。つまりは、国のマッチポンプなのだ。加藤智大の「凶行」とは別に、この事は冷静に考えられなければならないと思う。以前、厚生労働キャリアらがハーバード大卒の対日文化政策担当者からの影響行使を被った可能性をブログで指摘した記憶もある。そして、なによりも労働者派遣業界に対して厚生労働OBが天下りを行い待遇面で配慮を。しかと存在することを忘れないようにしよう。大変残念なことに、今回の加藤智大の「凶行」を歓迎するなどとい極端な声がWEB上で散見される。厚生労働省という官庁は、まったくもって亡国の日本売り尖兵最前線。吸血官庁だとしか言いようがない。トヨタ、日産が若者からクルマの購買意欲が払底しているとの危惧が生じるほど、可処分所得を低徊させた。所得格差も、これほど露骨に生じさせれば結果的に「凶行」を支持するような不穏当な感覚が蔓延してしまうのも避け難い。二重、三重に酷い話だと思う。日雇い派遣を原則禁止、厚労相が法改正案提出を表明 舛添厚生労働相は13日の閣議後記者会見で、「日雇い派遣については、やめるような方向でやるべきだと思っている」と述べ、秋の臨時国会に日雇い派遣の原則禁止を盛り込んだ労働者派遣法改正案の提出を目指す考えを明らかにした。 舛添厚労相は会見で、「メーカーなどでは常用雇用が普通で、基本的には日雇い派遣はいかがなものか」とし、通訳などの専門的な業種は除いた上で、製造業などへの日雇い派遣を原則禁止したいとの考えを表明。 「日雇い派遣はあまりに問題が多い。かなり厳しい形で考え直すべきで、労使の意見も聞いた上で、秋には法律の形できちんと対応したい」と述べた。 労働者派遣法をめぐっては、厚労省の労働政策審議会の部会で改正案が論議されたが、規制強化を求める労働側と、さらなる規制緩和を主張する経営側との溝が埋まらず、昨年12月に議論をいったん中断。日雇い派遣についても、禁止を求める労働側と継続を主張する経営側が対立していた。 部会での議論が中断後、厚労省は日雇い派遣について、労働時間や賃金などの労働条件を労働者に書面で示すことや派遣料金の公開を派遣元に求める指針を出す一方、識者の研究会で派遣のあり方を検討している。民主党は日雇い派遣の原則禁止を盛り込んだ改正案を作成。自民党も派遣法改正について検討している。 派遣については、今月6日に開かれた政府の社会保障国民会議で、福田首相が「派遣労働者を守る制度が空洞化することは絶対に回避しなければならない。さらなる取り組みを直ちにお願いしたい」と述べ、舛添厚労相に早急な対策強化を指示していた。 日雇い派遣をめぐっては、日雇い派遣大手「グッドウィル」が違法派遣を繰り返していたとして事業停止命令を受けたほか、「ワーキングプア」の温床と指摘されるなど社会問題化しており、労働組合などから規制強化を求める声が高まっていた。(2008年6月13日13時53分 読売新聞)
2008年06月14日
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たまたまリンク先の大矢かおるさんのブログでふとしたことでコメントした内容は、個人的には相当切実なテーマだと自分では思っている。さて、そろそろ意見を述べさせてもらいます。あなたの感覚は、私の年代にはきわめてポピュラーです。事実として私もそのように育っています。両親は農業生産県の出身ですしね。しかしね、ご自身PC使ってませんか?液晶テレビは?いま普通に生活されておれば、半導体文化の恩恵に浴することがない生活などありえないですよ?あなたのPCのモニター、携帯電話、日常利用する自動車、手元で使われている消費財どれひとつとして、ハイテク製品でないものなど日本ではいまや考えられません。私自身は、そんなハイテク半導体メーカーや、下請け工場をまわって実務として無菌の空調室で、何時間も半導体基盤検査の実際を実体験したことがあります。あなたのお部屋にシャープ亀山モデルがあるないは単なる偶然に過ぎません。不眠不休で想像を絶する派遣労働者が、完全無菌を目指して生産労働を実行しております。すでにあなたはそのようなバクテリアを制御する衛生学的な思想に包囲され、その恩恵に不可避なほど浴しているのです。いま使われているPCがまさしく無菌徹底の思想で産出される財なのです。つまり、親からさずかった感覚を言葉にして放つ瞬間になんらかの偽善を生じてしまう。(笑)それが残念ながらいまの時代の日本人なのです。ばい菌だらけのタオルを持参して、そんな職場に就労できるとほんとうに思っておられるのならばそれは浮世離れしたはなしです。最近はブルーカラーでも基幹的な生産拠点では、身辺の清潔なることを職制から徹底して追求を受けますよ。装置の誤作動、からはじまりチームから廊下を移動する際に放つ体臭まで指摘される日常です。適応という意味では、その俳優さんはやはり「時代」に同伴されていると思います。(June 7, 2008 05:48:16)大矢かおるさんご自身は、この話題は日常のなにげない関心事に発したものとして提供されただけだろうと思う。しかし、自分にとってはこの話題。侮り難い重いものなのだ。滋賀は生産県である。自分は、東レのハイテク下請け工場にも潜り込んだ。他のメーカーでも、派遣労働者。そういま、現実にテレビでくりかえし話題になっている派遣労働者を至近距離で、観察してきている。驚愕の連続なのだ。あの秋葉原無差別殺傷事件で、ようやく広く世間の関心事に急浮上してきたのだけれども派遣労働者たちの日常、窺い知れるのがこのタオルの話題からも透かしみられる。派遣労働者たちの大多数は、毎日作業着を持ち帰り洗濯して翌朝就労先に持参するという例が多くなっている。汗臭いなどと就労先でいわれることは死活問題なのである。そのように見聞先で耳にした。最初、自分の耳目を疑ったが、どうやら本当のようだ。長期で就労している派遣労働者たちは、まず間違いなく毎晩洗濯し、翌朝までに脱水乾燥させて出勤するものらしい。タオルが臭うとか、そんな馬鹿なことは「派遣先」「所属派遣労働会社」「派遣社員の同僚相互」が、多重に監視関与している。永く円満な人間関係を維持したければ、体臭を周囲に放ったまま就労し続けるなどというのは、よほどの作業スキルや技量があっても難しいようだ。ハイテク工場内部で派遣労働者らと通路ですれちがうと、みなとりどりにパフュームなどを使っている現実に気づく。臭いについての関心の高さには、驚くばかりだ。彼らの個々からは、やはり敵を一人でもつくりたくないという必死さを感じた。加藤智大の「凶行」から、派遣労働者の存在について話題にのぼることが増えているが、わたしの述べるエピソードからもう一度考えて見てもらいたい。いかに彼らが弱い立場なのかが、みてとれると思う。
2008年06月13日
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加藤智大の「凶行」は、極左団体やカルト教団のテロよりも遥かに始末が悪い。昨日いただいたコメントにも述べたが、社会の安寧秩序の総体に対する挑戦であるだけではなく、我々が近代社会以前から持ち越している「家族」「父子」「母子」「兄弟」という人倫の基底にある普遍的な関係に対しても「疎遠なもの」を持ち込み破壊しようと目論見した可能性がある。そこまで思慮が及んではいなかったということはあるにせよ、結果としてそのような効果を生じている。そこにテレビの登場だ。あの1988年「幼女連続殺人事件」出思い起こす。実行犯だった宮崎勤のふたりの妹にも長らく手厳しい打撃が及んだと聞く。事件の被害者のご家族の悲惨さと動揺に近親者にもこの種の事件は強烈な余波が生じるものだ。今回は、加藤智大自身がその「強烈な余波」をも想定して犯行に及んだ可能性も濃厚にある。まさに、この故に反社会的団体や極左、カルトの「破壊活動」よりも遥かに深刻なのだ。
2008年06月12日
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先週木曜日、埼玉の事件ではわたし自身相当なショックを感じた。2008/06/05WEBを駆使して粗暴犯 [ お山に雨が降りまして ] 車内立てこもり男を逮捕=1人は頭撃ち自殺図る-2人組、強盗関与か・埼玉県警2008年6月3日(火)14:30 事件のアウトルックを知って、背後にインターネットの影が感じられたからだ。自分は、無邪気な楽観論者。なんだかだといってWEBを最終的には肯定すべきだと思って暮らしているし、そのように生きてきた。90年代には、たった一人で「会社四季報ベンチャー版東洋経済新報刊」に収載された経験もある。すべてインターネットを含む通信というマジックを無邪気に使い込んだが故だと思う。個人的にはバカな真似をしたと思っているが、一方で味をしめた人たちも大勢いることを知っている。そんな自分の楽観論は、ここのところ大幅に後退しつつある。いまや、地上波放送で「硫化水素」が登場しない日が珍しい事態になっているがこれもWEBが社会に与えている衝撃のひとつだろう。WEBの罪作りは、ありとあらゆる局面で広がっている。5月の連休から、ヤフーメッセンジャー、スティッカム、そして各種のブログ、WEBコンテンツを観察することを試みた。自分が常駐している楽天ブログの外からWEB利用の現在をもう一度眺めてみようと思ったからだ。・・・・結論から言えば、自分の漠然とした楽観論(楽観趣味というべきかもしれない)は、ありとあらゆる箇所で打ち砕かれた。つまり、どこに行ってもササケ立っているのだ。善意でWEBコンテンツを盛り上げようとしている人たちのそれにすら、自分は狂気を感じることさえあった。静かに観察している場合と、積極的に飛び込んで交流する場合と、いずれに場合にも不定愁訴がつのる。自分のようにパソコン通信以来、15年も使い込んでいて、いまだに使いこなせている意識に達しない。絶句だ。そこで、自分的には珍しいことだがやや悲観的なニュアンスを漏らし始めた。これは、ほんとうに自分の過去現在では珍しいことになる。手放しで肯定してきた自分が、「あれ」という気分だった。2008/06/06匿名な群集の奔流 [ お山に雨が降りまして ] そこに秋葉原の事件だ。2008/06/10家族に何ができたのだろうか? [ お山に雨が降りまして ] <秋葉原通り魔>「本当に申し訳ありません」 容疑者両親、謝罪 母は崩れ落ちる6月10日21時12分配信 毎日新聞われわれにとって、希望と再生を託す回廊だったはずのインターネットは残念ながらむしろ我々については必ずしも肯定的なものばかりではない。いや、それどころかむしろ否定的で全般的な破局を早く招きよせるようなインパクトになりなねないのかもしれない。我々を、どうにもこうにも生きづらくするばかりなのかもしれない。
2008年06月11日
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<秋葉原通り魔>「本当に申し訳ありません」 容疑者両親、謝罪 母は崩れ落ちる6月10日21時12分配信 毎日新聞謝罪会見をする父と、その横で泣き崩れる母=青森市内で10日午後7時25分 父は深く頭を下げ、母は泣き崩れた--。秋葉原7人殺害事件で、加藤智大容疑者(25)の両親が10日夜、青森市の実家前で事件後初めて記者会見。父親(49)は「息子が重大な事件を犯し、亡くなられた方、そしてけがをした方、本当に申し訳ありませんでした」と謝罪した。 午後7時25分、住民や報道陣約100人が囲むなか、両親はタクシーで帰宅。玄関前で会見に臨んだ。父親は「社会に与えた不安もかなりあったと思っております。本当に申し訳なく思います」と頭を下げた。そして「本日警視庁の事情聴取が終了しました。皆様にお答えできる内容はかなり難しいと思いますが、おわびだけ申し上げます」と毅然とした表情で述べた。 秋葉原の無差別殺傷事件の悲惨さは、並み大抵ではない。その悲惨さは地下鉄サリン事件と衝撃度において大差ないという感じがする。犯行に及んだ、加藤容疑者の両親の心痛についても想像して余りある。こういう場合、両親に責め咎が行くのは避け難いという気がする。だがさりとてこの両親に一体なにができたのだろう。親に無限責任が課せられても酷な気がしてしまう。政治党派やイズムで実行されたものは、どんなに陰惨でも支持するようなグループがいたりするが、これは個人でなされた社会秩序への挑戦だ。同情の余地のない救いの無い事件だが、両親には息子の罪に弁明も、釈明も、庇いたてしたいという「動機」も「理由」もあってよい。これは私の考えというよりも、それが人間の固有の関係というものの本来の姿だろう。個人的な考え方かもしれないが、こういう事件の際に家族をテレビカメラの前に引きづり出すのは酷な気がする。「とんでもない事件をしでかした息子ですが、私達には良い子でした」と言わせてあげられないものだろうか?無理なのだろうか。もし、それが出来ないのならばテレビや、およそメデアたるものは「家族というもの」に近づくべきではないと思う。
2008年06月10日
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いつから原子力発電、核燃料サイクルが地球温暖化阻止に貢献度が高いなどという「大嘘」に日本国民が諾々と騙されるようになったのだろうか。80年代、まだしもそんな大嘘には異議申し立てするという機運があったと思う。当時、広汎な市民が政治的な立場を越えて、こういう嘘の本質を見抜いていたと個人的には感じていた。その後、バブル経済がやってきて今の40代あたりを中心に政治的な脱力感が支配的となって、環境問題はどんどん怪しい利権創生の謀略的な蠢動の場となってきている。ゴアの「不都合な真実」などが権威化するなど、いまや暗黒中世を笑えない情けない事態である。そもそも温暖化阻止を目的とするのであれば、地球環境への「排熱規制」を第一義とするのが基本中の基本だ。こんなもの小学生だって分かる話だろう。ところが、温暖化に媒介する「温室化」などという、ほとんど根拠もなさげな仮説を挿入して、温暖化ガス削減などというわけのわからない利権化が前面にでてきて、NHKあたりは毎日のように喧伝している。ばかばかしくてやっていられない。こともあろうに地球温暖化の「主犯格」である原子力機関が、なんと温暖化阻止の旗手のようなデタラメきわまりない吹聴がテレビから垂れ流しである。メデアとしてテレビはもはや歴史的役割をすませた。個人的には、もうテレビをほとんど見ないことにしている。きわめてわずかだが、わたしと同じ感覚を維持している人士も存在しているので紹介しておきたい。気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板 [877]原発は最悪の選択 投稿者:崎谷 博征投稿日:2008/06/04(Wed) 17:11:22 ○原子力発電を推進している英・仏などの国でのCO2削減は認められていない。しかも英仏での再処理工場付近では小児白血病が多発している。英国再処理工場のあるセラフィールドでは、子供の歯からプルトニウムが検出されている。○そもそも原発建設には多大な石油エネルギーを必要とする。放射性廃棄物の処理に関しても膨大な石油エネルギーが要する。○原発で作りだされる蒸気の熱量のたった1/3しか電気として活用できない。そのうえ、原発から大都市への送電線を介して送るエネルギーのロスが大きい。つまり、エネルギ―効率が非常に悪い。残りの膨大な熱は温排水として海に排出される。これによって海水温度が上昇し、海洋生物に悪影響を与えている。○出力コントロールしにくい原発は調整用のガス・石油火発を必要とする。○ウラン埋蔵量は少ない。燃えるウランはウラン鉱石のなんと0.7%しかない。これでは膨大なウラン残土が作りだされ、環境破壊や重篤な健康被害を引き起こす。○放射性廃棄物、使用済み核燃料が副産物として残るが、高熱と高いレベルの放射能を出す高レベル廃棄物の処分地や方法が決まっていない。○再処理によって、放射能の多大な垂れ流しが起こる。原発1年分の死の灰をたった1日で垂れ流す。○地震、台風などの自然災害が多い日本では、脆弱な送電線に頼った発電は極めて危険である。加えてテロの標的となりやすい。中国でも原発基の建設ラッシュ予定があるようですが、四川大地震はこの「悪だくみ」を木端微塵に打ち砕いてくれたように思います。
2008年06月09日
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ここのところ、楽天ブログに興味が遠のいてきたこともありスティッカムやヤフーチャットを観察している。いずれも手放し礼賛できるものではないにしても、WEBの新しい流れが感じられる点で、愉しい。ただ、ふりかえって文字でなされている地味なブログの価値を改めて感じることも少なくない。やはり数年も続けているブログでしか成り立ち得ないような境地もあるように感じるからだ。さて、楽天ブログを眺めていると政治的な話題が次第に増えてきている印象がある。正直いって「床屋政談」のようなものが大半で、知りえる情報の質やサイト情報のコラージュという意味では、わたしのブログ内容と大差ないわけだ。しかし自分が楽天にやってきたときにはこれほど多くはなかったような気がする。社会は、あきらかに政治の季節への予兆がつのっているのだろろう。つまり、大きく社会は流動化しつつあるのだ。ただ、気づくことは反中国論調、嫌韓論調が、想像以上にうすっぺらで性急な結論を導いているものが多い傾向にあるという事だ。その理由は、一体なんだろう。ビジネスで中国と絡んでいる人たちは、当然中国の現状にはいやおう無しに接している。好き嫌いではなく、利益を得るために格闘しているわけだ。だが、楽天にかぎらずブログで中国叩きを行っている人たちの一番の理由は、たんに中国人社会の中華思想を嘲笑しているだけのように思える。そして、その典型が江沢民派の残存勢力と胡 錦濤らのあいだで今なおはげしい角逐があることを適正に言及する声が少ない。つまり、中国嫌いという自身の情緒的なポジションの都合にあわせて事実や論拠をどこからかひっぱってきているだけである。これでは真に日本社会の現在と将来にわたる開かれた視野にはたどり着けそうにないと思う。さらに、中国の日本に対する軍事的脅威について踏み込んで言及しているものが極めて少ないという印象がある。いま、優先して中国について考えなければならないのは胡 錦濤らの施策に個別に揚げ足とりを行うことではなく、むしろ日本にとり警戒を解けない最大の問題を、軍事緊張と位置づけ胡 錦濤らにどれだけ妥協を迫れるのかという事に課題を設定するべきだと私は思っている。中国の軍事費14兆円超す 06年、英戦略研が分析 【ロンドン31日共同】英国の有力シンクタンク国際戦略研究所(IISS)は31日、各国の軍事力や地域情勢を分析した報告書「ミリタリー・バランス2007」を発表し、2006年の中国の軍事費が前年比18・4%増の推定約1220億ドル(約14兆7900億円)に達したと指摘した。 中国が昨年の国防白書で発表した06年の国防支出額(見通し)は約2838億元(約4兆4400億円)。IISSの推定額はその3倍以上で、日本の防衛費(約411億ドル)をはるかに上回った。中国の人工衛星破壊実験の懸念が広がる中、急速な軍事費増大に日本など周辺国の警戒が高まるとともに、軍事情報の透明性向上を求める声も強まりそうだ。 また、報告書は昨年の北朝鮮の核実験やイランのミサイル開発、イラク情勢についても言及した。 2007/01/31 13:20 【共同通信】 総額としては、日本の防衛予算は中国を越えているかたちにはなっている。しかしご存知のとうり、日本の防衛費は人件費のかたまりだ。結果的には、中国の軍事装備が急速に近代化しつつある。彼らは、中国の支配的な為政者らは国内政治においても、国際政治においても、打つ手に窮したときに、最終的には軍事的実力に依存せざるをえないと踏んでおり、それゆえに中国のGDP成長率をはるかに上回る軍事費を突出させて増大しているのだ。これは次第に、日本や近隣諸国にボディーブローで効いて来るだろう。中国経済が日本に依存していることと、この事はまるで別である。さもなければ軍事費をGDP成長率の3倍の規模で急伸させたりはしないだろう。日本に経済的に依存しているがゆえに、彼らは日本に対する強い軍事的な実力での凌駕を目論見、地勢学的リスクを低減するために画策するのだ。胡 錦濤が、まだ自国内で江沢民一派を完全封殺しきれていない。これが今後どのようにわが国の脅威に成長するものか、予断を許さないと思う。江沢民一派が、いかに人民解放軍内部に隠然と力を養っているのかを考えれば、日本の対中国政策のありかたは所謂ネット右翼諸君のような一本調子で済むはずがないと理解できるだろう。
2008年06月08日
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いまIEが使いづらいと思っている人は多いと思う。最近、LUNASCAPEというのをダウンロードして使っている。便利だ。「お気に入り」の引継ぎは瞬時だが、ネットを移動するのは極めて楽になった。便利な補助的なアプリケーションも整っている。パスワード管理するソフトも、付録的についてくる。膨大なWEBのコンテンツをIEの「お気に入り」で管理するのは不可能だ。LUNASUCAPE4に変えて、まったく不便はない。逆に、あまりにWEBの利用がしやすくなって眼からウロコだ。
2008年06月07日
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YAHOOメッセンジャーをつかって遊んでいる。かつてパソコン通信時代に、チャットというメニューを知った時代と違い、昨今は音声での参加もできるためにチャット文化に奥行きが生じているのは分かる。より参加者の像が、際立ってくるのだ。見えない相手に、中間的な情報の取得が可能になってきたことで、濃墨から淡墨まで水墨画が描ききるようにチャットだけでも、そうとう濃密な人間関係が築ける余地が生じてきたということは言えるように思う。ただ、これは大変危険なリスクが一層肥大しているという事と裏腹だとも思う次第だ。アラシは、あいかわらず多い。むしろボイス参加者を収容できるようになったWEBコンテンツの充溢はアラシ側にも交流の場を破壊するワザを増やしたのだ。今日、秋葉原の惨劇を報道で聞き及び、WEBで生じている日常のそれが、われわれの具体的な社会にも示現しているという戦慄を感じた。動機なき殺人というものの、われわれは繁華街に出る際にすら「見えない脅威」に身構えなければならない時代なのだ。WEBの匿名性高い世界では、一層このリスクが高い。そう常に考え続けたたほうがよいと思う。
2008年06月06日
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車内立てこもり男を逮捕=1人は頭撃ち自殺図る-2人組、強盗関与か・埼玉県警2008年6月3日(火)14:30 3日午前1時25分ごろ、埼玉県川越市小仙波の路上で、車に乗った男2人が職務質問しようとした県警の警察官に向け、車内から発砲した。2人は逃走し、拳銃を所持したまま、南東に約3キロ離れた同市今泉の駐車場に車を止め立てこもった。県警は車から出た1人を公務執行妨害の現行犯で逮捕。残る1人も午前11時40分ごろ、身柄を確保し、銃刀法違反の現行犯で逮捕した。 男は警察官が説得中に、拳銃で頭を撃って自殺を図り、負傷。病院に搬送されたが、容体は不明という。事件で人質はいなかった。 この事件、けっこう関心が涌いた。刑務所ぐらしの果てに、パチンコ店の強盗。そして失敗、逃走、そして包囲、立てこもり。銃による自殺。この男とは、年代的に近い。なんだか、70年代の狂い咲きモードだと思った。あの時代は、この男のようなパターンが常套的だった。時代とからむことができなかった不器用な奴という気がする。しかも、この男はインターネットは使いこなし銃を手に入れ、共犯者を募っている。WEBは、なんでも求めるものの志次第で手にはいる空恐ろしいほどの存在だ。アラジンのランプのようなものだが、使い方には教養が露骨にも前面に出てしまうようだ。
2008年06月05日
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2月のブログ記事を、再録しておきます。---------京都の小浜市って、原子力発電所の多い海水浴場のある地域がアメリカの大統領候補をえらく熱心に声援を送っているらしい。無邪気なものだ。アメリカ初のアフロアメリカン候補っていうのに、胸キュンというわけなのだろうが・・・ちょっと冷静に、今日の英文解釈の御勉強をお願いしたいと思う。---そして、彼はこの3月、親イスラエルロビー(アメリカのイスラエルPublic Affairs委員会)の集会を彼の大統領の立候補の最初の外国の施政方針演説をするために選びました。Obama and the Jews By RON KAMPEAS, JTA In his first run for the Illinois Senate in 1996, he sought the backing of Alan Solow, a top Chicago lawyer. Eight years later, running for the U.S. Senate -- long before he became the shoo-in, when he was running in a Democratic field packed with a dozen candidates, including some Jews -- one of his first meetings was with Robert Schrayer,a top Jewish philanthropist in Chicago.When he launched his campaign for the Democratic presidential nomination in late 2006, he named as his fund-raising chief Alan Solomont, the Boston Jewish philanthropist who helped shepherd Sen. John Kerry (D-Mass.) to the Democratic candidacy in 2004.And he chose a gathering of the pro-Israel lobby, the American Israel Public Affairs Committee, last March to deliver his presidential candidacy's first foreign policy speech.Obama and the Jews By RON KAMPEAS, JTA Friday, 04 January 2008 WASHINGTON- Ask about Barack Obama's natural constituencies, and you might hear that he's the first black with a viable shot at the White House; or about his Kenyan father and his childhood in Indonesia; or the youthfulness of his followers; or the millions of Oprah junkies swooning over his candidacy. What you might not hear is that the Illinois senator, who made history Thursday by winning the Democratic caucus in Iowa, has made Jewish leaders an early stop at every stage in his political career.In his first run for the Illinois Senate in 1996, he sought the backing of Alan Solow, a top Chicago lawyer. Eight years later, running for the U.S. Senate -- long before he became the shoo-in, when he was running in a Democratic field packed with a dozen candidates, including some Jews -- one of his first meetings was with Robert Schrayer,a top Jewish philanthropist in Chicago.When he launched his campaign for the Democratic presidential nomination in late 2006, he named as his fund-raising chief Alan Solomont, the Boston Jewish philanthropist who helped shepherd Sen. John Kerry (D-Mass.) to the Democratic candidacy in 2004.And he chose a gathering of the pro-Israel lobby, the American Israel Public Affairs Committee, last March to deliver his presidential candidacy's first foreign policy speech."Some of my earliest and most ardent supporters came from the Jewish community in Chicago," Obama told JTA in 2004, after his keynote speech galvanized the Democratic convention in Boston.Three years later, addressing the National Jewish Democratic Council's candidate's forum, he made the same point when he was asked about his ties with Arab Americans and Muslim Americans in Chicago."My support within in the Jewish community has been much more significant than my support within the Muslim community," Obama said at the April forum, adding: "I welcome and seek the support of the Muslim and Arab communities."His Jewish followers are fervent, distributing "Obama '08" yarmulkes early in his campaign.His rock-star status as well as the relationships Obama has built in the community have helped avoided murmurings about his otherwise notable divergences from pro-Israel orthodoxies.In his AIPAC speech, for example, Obama favored diplomacy as a means of confronting Iran's suspected nuclear weapons program. "While we should take no option, including military action, off the table, sustained and aggressive diplomacy combined with tough sanctions should be our primary means to prevent Iran from building nuclear weapons," he said.AIPAC does not oppose diplomacy in engaging Iran, but dislikes it as an emphasis, believing that talks could buy the Iranian regime bomb-making time. But his words did not stop the Chicago hotel ballroom packed with 800 AIPAC members from cheering Obama on.A few weeks later, Obama drew more rubberneckers than any other candidate attending AIPAC's policy forum in Washington -- drawing away onlookers from Sen. Hillary Rodham Clinton (D-N.Y.) although she outpolls Obama among Jewish voters. No one winced when he said that Palestinian needs must be considered in working out a peace deal, although that's hardly standard AIPAC pep talk.He made the same point at the NJDC event."It is in the interests of Israel to establish peace in the Middle East," he said. "It cannot be done at the price of compromising Israel’s security, and the United States government and an Obama presidency cannot ask Israel to take risks with respect to its security. But it can ask Israel to say that it is still possible for us to allow more than just this status quo of fear, terror, division. That can’t be our long-term aspiration."Early in his campaign, he handily killed an Israel-related controversy in its early stages. At a chat he had said that "no one has suffered more than the Palestinians."Blame the leadership was what he meant, he later explained: "What I said was, nobody has suffered more than the Palestinian people from the failure of the Palestinian leadership to recognize Israel, to renounce violence and to get serious about negotiating peace and security for the region," Obama said during an MSNBC debate.Obama tempers his deviations from pro-Israel orthodoxy by going an extra mile in areas where he agrees with groups such as AIPAC.He has led the effort in the Senate to pass legislation that would assist U.S. states that choose to divest from Iran. His top Middle East adviser is Dennis Ross, who had the job during the Clinton administration and who has since principally blamed the Palestinian leadership for the failure of the Oslo peace process.And in recent speeches, Obama tweaked his pro-Israel rhetoric to echo the recent drive by the Israeli government and pro-Israel groups to insist on recognition of Israel as a Jewish state."I think everyone knows what the basic outlines of an agreement would look like," he said in a speech redistributed by his campaign. "It would mean that the Palestinians would have to reinterpret the notion of right of return in a way that would preserve Israel as a Jewish state. It might involve compensation and other concessions from the Israelis, but ultimately Israel is not going to give up its state."On domestic issues, Obama is savvy about Jewish social justice commitments, and is on a first name basis with two of the top Jewish religious lobbyists in Washington -- Rabbi David Saperstein of the Reform movement and Nathan Diament, who represents the Orthodox Union.But that connection is not enough to supplant Clinton among Jewish voters. In a recent American Jewish Committee poll, his favorable rating was 38 percent, while hers was 53 percent.Clinton also has most of the Jewish congressional delegation backing her. Her years as first lady and as senator have made her a more familiar presence among Jews. Public policy groups are likelier to favor her uncompromising approach to pushing universal health care, as opposed to Obama's appeal to build consensus on the issue.Obama's appeal is in his broader vision, according to Solomont."This election will be about change: a change in government and the way politics is conducted," he told JTA last May. "There is a connection between gridlock and the smallness of our politics."
2008年06月04日
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5月の米製造業景況感指数、4カ月連続で50割れ 【ニューヨーク=米州総局】米サプライマネジメント協会(ISM)が2日発表した5月の製造業景況感指数は49.6となり、前月より1.0ポイント上昇した。事前予想の48.5を上回ったが、好不況の判断の境目となる50を4カ月連続で下回った。 内訳では、輸出や生産が堅調だった一方で、雇用情勢の悪化が続いている。農産物や化学製品の価格の急激な上昇など、企業業績の悪化への懸念も広がっている。NYダウ続落、一時170ドル超下げ 【ニューヨーク=米州総局】2日のニューヨーク株式相場は続落し、ダウ工業株30種平均は一時、前週末比170ドル超下げた。正午(日本時間3日午前1時)現在、149ドルちょうど安い1万2489ドル32セント。米銀大手のトップ更迭などを受けて金融株中心に売りが広がった。5月の米製造業景況感指数がふるわなかったことも売り材料。ひるがえってわが日本ですが、日経平均株価は3月17日の11600円からなんとほぼ2800円の上昇相場。これみな外資、いや「害資」、すなわちユダヤ人が吊り上げてきたものです。これだけ物価があがり、原油が高騰し、国民が後期高齢者問題で将来不安を感じているにもかかわらず、日本の株式市場は福田政権に対してさながら声援を送るかのような右肩あがりの相場形成を「演出」してきました。なぜそんなことができるのか?日本の株式市場が、なんと大阪証券取引所の示す「日経225平均株式先物取引」で演出される傾向があるからです。この指数先物は、なんと90%以上の取引が外資系金融機関。まちがっても大阪府民が取引しているわけではない。嘘つき合衆国に、経済植民地日本が「馬の足」を演じている構図。この高騰も暴落もすべて彼らの自由自在なのである。「外資系13社寄り付き前注文動向の構成社名 」この連中が、日本の証券市場、日経先物、TOPIXを操り、さも日本経済であるかのようにでたらめにもて遊びまくっているやからだ!米国系・メリルリンチ(米)・ゴールドマン・サックス(米)・J・P・モルガン(米)・モルガン・スタンレー(米)・リーマン・ブラザーズ(米)・インスティネット(米)欧州系・UBS(スイス)・クレディ・スイス(スイス)・ドイツ(ドイツ)・HSBC(イギリス)・ジェフリーズ(イギリス)その他・日興シティグループ(日・米合弁)・マッコーリー(ケイマン諸島)証券取引所の株主構成一覧 ●株式会社 ・東京証券取引所 [株主構成] SMBCフレンド証券 2.61% 日本アジアホールディングス 2.61% 三菱UFJ証券 2.39% 藍澤證券 1.74% 極東証券 1.74% ビー・エヌ・ピー・パリバ 1.74% 三菱東京UFJ銀行 1.30% 三菱UFJ信託銀行 1.09% ・大阪証券取引所 [株主構成] CSKホールディングス 5.5% モルガン・スタンレー 4.5% ゴールドマン・サックス 4.4% ジェーピー モルガン 3.7% バンク オブ アイルランド 3.2% 日本マスタートラスト信託銀行 3.0% アールービーシー デクシア 2.9% ステート・S・BT 2.7% 日本トラスティ・サービス信託銀行 1.8% 三 菱UFJ証 券 1.8%
2008年06月03日
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自分は、大体YAHOOが嫌いだ。携帯は、自分はいまもドコモだ。去年は、判官びいきが過ぎてNTT株を買って大損した。(笑)いまAU携帯とか、ソフトバンク携帯使っている連中は、やっていることが「日本売り」であって結局ユダヤの手先となり自分の首をしめているのに気づくことはないだろう。当然、検索エンジンはGoogle酷使。Yahooで調べものなどしたことがない。掲示板も嫌いで、Yahooの掲示板なんかの見苦しい書き込みを読んでいると胸くそが悪くなる。2ちゃんねるも、大体ユダヤ系外資の金融機関や証券会社のアナリストらが流しているリークを早稲田やら慶応の兄ちゃんが手下を駆使して情報操作しているってイメージだな。だから、毎晩Yahooメッセンジャーを使って全国のチャットファンがわいわいと盛り上がって遊んでいるのを目撃しているのは我ながら宗旨替えが酷いもんだと思う。ただ、ほんとうに面白い。チャットだけやっているインターネット利用者も、年季がはいっている連中はこの状況を本当に純粋消費する達人だと思う。愉しければ死んでもいいみたいなニヒルなものすら感じる。
2008年06月02日
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父親は、嘘つきだった。大小数かぎりなく嘘をついたが、ピアニッシモからフォルテッシモに至るまでそのバリエーションは数え切れなかった。いつも男たちや女たちを周囲に寄せていたが、その「関り」はどういうものだったのだろうか。とりわけ振り切れるような一部の嘘には、自分も軽く20年ぐらい振り回されたものもある。棺桶を閉じて発覚したのは、嘘の全容があまりに法外でありえないもののように思えたので、愕然とするよりも笑えた。妹が言うには、葬儀に参列した顔ぶれをみて、父親があてがったものにくらべて取り巻いていた男たちや女たちの馳せてくる者の少なさがその「貧相な関係」の内実を示しているのだという。なるほど、と納得したものだ。父親の公認会計士の言によれば、父親は生前にビルを2棟は建てられるほど飲み食いに使ったのだという。それについても妹が、ついに家族で旅行することも一度もなかったと語る。なるほど、そういわれてみればそういう試みすら企図したことすらなかった家族であるのに気づいた。そもそも、そのようなプランを和気藹々と愉しむ家族という構図が存在していなかったのである。これも言われてみて、そういうものなのだと改めて気づくほど。われながら鈍い男である。空気を吸って吐くように展開した父親の嘘については、いまだに動機を考える気持ちが湧かない。それは最初からそういうものだったのだ。そんな風に子供の頃から思っていた。ようやく最近、なぜそのような特異なキャラクターだったのかと推量できるようになってきた。だが、あまりにも尋常ではない父親の実家の家族関係が、父親を歪めたのだろうか。これもよく分からない。ただ、不思議にまっすぐなところがある人で、その嘘が詐偽的な犯罪に直結するようなものは見事になかった。たぶん本人の中では、吐いた言葉の嘘と自身の誠実さに絶妙の距離感が成立していたのだろう。そんな気がする。ただ、妹やら自分には理解はできても迷惑千万な気がする。葬儀に際しては、正直ほっとした。エイリアンから解放されたような気分が自分にも妹にもあった。たぶん、同様の感慨は大なり小なり母親にも共有されていただろう。ただ、父親を中心に考えてみてどれぐらいその魂を救済できるだろうか。父親からすれば、結果として何十年もエイリアンに化体してまで妻、子らを守りきったというような気分も持ち合わせていたのではないか。そんな気がする。ここが滑稽なことなのだが、嘘をつく相手を選びながらついた嘘があった。妹と母親が、動転するような大嘘をついたことがあって冷静な妹が瞬時にその嘘と現実の不整合に気づき絶妙のタイミングで処置を行ったので大事にいたらなかったが、普通の家庭では持ち込まれないような犯罪的なまでの大嘘だった。しかし笑えるのだが同じ嘘を息子である自分には流さなかった。それは息子の自分に愛情が深かったからではなく、逆で相手にならんと無視していたのだろうと思う。つまり、父親は反目し、不快に感じながらも母親や妹には、嘘を試す対象とみえた。ところが、息子の自分はかりに嘘を流しても予想される普通の反応が戻ってはこないと最初からはずしていたらしい。つまり、一時の激情でいやがらせの嘘を流したというわけでもなかったのだ。あきらかに母親と妹に、愉快犯のように動転させ試みることを目的で仕掛けた。たぶん息子である自分は、動転するどころか冷酷に父親の挙動を黙殺するだろうと踏んだのだろう。また自分は正確にそのように反応したというような気がする。父親も子供をよく見抜いていたのだ。こういう面々が、家族だと世間的に呼ばれているのは大変不思議な気がする。つくづく思うのは、「男と女」「夫と妻」「父と子」「母と子」という関係が「家族」というパッケージへなにげに収まっているのは相当稀有な奇跡のようなことなのだ。一般社会通念的にそのようなものだと思われているが、それはそのようなものだと意思的に社会がタテマエしてきたから治まっている。しかし、本来構造的に同じ時空に封じ込められるようなものでは無かったのではないか。原野の肉食哺乳類などの実態でも、その4要素は偶有的なもので、構築的に組み立てなければ瞬時に散開するものだと観察されている。人間だって同じなのだ。これら異質な4フェーズを結合させているものは、これまで社会の健常とされてきた「合意」「通念」のようなもので、そのような結合力を排除してしまえば脆くも要素に分離してしまうだろう。きわめて状況的なものなのだと考えている。そこでやはり基本となる「男と女」の結合力に注目したい。「男と女」の結合力である、いわゆる性愛をはじめとする一連のおなじみの強い力だ。あえて色恋とは言わない。だがこれは侮り難く大切なものだと思う。また、同時にその結合力そのものが、じつはそれぞれの男女の出自である「家族」から授けられたなんらかの迫度に依存していると思う。家庭環境。家風。なんとでも呼べばよい。つまり毀れた家族から発した個々の男と女が強い結合力を示現させることはありえない。父親の絢爛豪華、複雑怪奇な嘘。しかしそれぞれ個々には緻密に狙いすませた傾向的な虚言癖。その責任の一旦は本人の外にも因があった筈だ。母方にもそれを増幅させたエネルギーが存在したのだろう。やはり男と女の組み合わせは、軽はずみで生起するものではありながらなかなか侮り難く罪深いもののようだ。THE STRAGERWell we all fall in love / But we disregard the dangerThough we share so many secrets / There are some we never tellWhy were you so surprised / That you never saw the strangerDid you ever let your lover see / The stranger in yourself?人々は恋に落ちる / その危険も顧みずにたくさんの秘密を分かち合いはするけれど / いくつか明かさない事もある何をそんなに驚いているんだい / ストレンジャーに会ったことがないって君の恋人は知らせなかったのかい / 君の中にいるストレンジャーの存在をOnce I used to believe / I was such a great romancerThen I came home to a woman / That I could not recognizeWhen I pressed her for a reason / She refused to even answerIt was then I felt the stranger / Kick me right between the eyesかつて僕は信じていた / 自分はステキなロマンチストだとところがある日、家に帰ると / 見知らぬ女が待っていたなぜここにいるのか、僕は彼女に問いただした / だけど彼女は答えもしなかったその時、感じたのさ / ストレンジャーが僕の顔面を打ちのめしたかのようにYou may never understand / How the stranger is inspiredBut he isn't always evil / And he isn't always wrongThough you drown in good intentions / You will never quench the fireYou'll give in to your desire / When the stranger comes along君には決してわからないかもしれない / ストレンジャーがどうして現れるのかだけどそいつはいつも悪いとは限らない / 間違っているとは限らない正しい徳の中で、もがき苦しんでいるけれど / 決してその炎を消す事はできないストレンジャーが現れるとき / それは君が欲望に負けた時なのさ
2008年06月01日
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