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ワープロ操作は何の抵抗もないのですが、パソコンのほかの操作があまり得意でないわたしたちふたりにとって、ブログを使い始めるときもまったく要領がわかりませんでした。それで、昨年の11月29日に知り合ったばかりののむてつさんに我がアパートに出向いてもらって、黙々と設定の準備をお願いしてもらいました。ですから、このブログの誕生はのむてつさんの手によって生み出されたのです。それでどうにか、一年継続してブログ生活を送ることができています。(400件目の投稿)でも、第一回目の書き出しまでは約10日ほどかかっています。この間は、浦東の農業開発区に出入りする機会やら、学校での研修などありましたから、けっこうハードに動いていて、なかなか書き込むことができなかったように思います。ちょうど、上海タイムズというけっこうメジャーな新聞に取材を受けていたのもこのころで、その突飛な行動が取材記者のかっこうの材料になったのかもしれませんが、少しでも当時を思い返ればひとつひとつの行動とそのときの気持ちがまるでつい最近のごとく思い出されます。上海タイムズの紙面を飾ったタイタイとわたしの台所での作業風景。思いに任せて、動くしかありませんでした。きのう、このような言葉をあるひとからいただきました。・・・苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む。希望はわたしたちを欺くことがありません。タイタイわけあってあるベンチャーキャピタル出資の日本女性不動産会社の若い社長と面談しました。彼女は、主に不動産投資をこの上海で事業にするため、ニューヨークからこちらに移動してきたのですが、それは、上海の可能性に惹かれて、ということがおおきな理由です。また、わたしたちの日本側窓口のSクンへは、昨年今ごろまではまだ、かれ自身の会社の片付けに追われ、中国そのものに対する懐疑もあったのですが、今年3月にわたしの強い要望で、上海に来てもらい、体感してもらいました。その後、かれの周囲も中国の情報を教えてくれ、という問い合わせや事情説明が増えてきたと言います。希望というものは、およそ誰にとっても生きていくには欠かせない要素だと思います。この言葉だけを心に留めて、取ってきた行動の始終がこうして書き記されていけるのはしあわせなことです。希望は闇から始まるのです。闇の中を照らしてくれるのが生まれた希望です。日本のCMをほとんど見ないわたしが一番目にする日本の動画CM。(車えらびドットコム)楽天で日本のニュースなどをチェックするときこればかり目につきます。
2005.11.30

タイタイとふたりだけで、豫園の問屋街へ行きました。これを少し手がけていこうという商材の確保をするためです。路線番号24のバスの始発から乗ることができますので、ゆったり市内を見学しながらの移動になります。このバスは、常徳路のあたりから、約1時間半近くかけて外灘のほうまで行きますから時間の余裕があるときにはたいへん重宝です。主要ポイントに停留所があるし、しかも、料金1元の車両が多いのです。めざす市場は一箇所だけ。ほかに目移りするようなものに入り込んでしまうと、時間も労力もかなりかかってしまいますから。もちろん、いまはクリスマスシーズンを控えたデコレーショングッズの類が山のように陳列されています。タイタイとふたりのときは、わたしが品を選んで、タイタイが価格交渉をするように「させました」。当初は、わたしが交渉をしましたが、ある程度地元の売り買いの相場がわかってきたし、小さい取引の場合の限界はありますから、目処をつけた範囲を予めつけて、タイタイが交渉できます。多少てこずったものの、金額はわたしが事務所で計算していたとおりの額で。さらに、タイタイは2つの商品をサンプルとして無料でゲットしてしまいました。仕入れは成功です。スーパーやマック、さらに公共の交通機関、公共料金以外では、ほとんど値引き交渉の対象になりますから、ある程度の心得をして、やり始めると面白いと思います。帰りも24のバスでそのまま一直線でアパートまでと、思ったらふたりとも完璧に熟睡していて終点まで行き着いてしまいました。近いので、いいのですが・・・。街角でよく売っているかりんとう系のお菓子。これをかじりながら、バスでゆられる小旅行もいいものです。
2005.11.29
さて、予定通りLGタイタイにうながされて、ある日本人の集まりに参加してきました。たいへん勉強になり、また心も安らぐ場でした。話の中に、ユダヤ人ビジネスマンの第一歩の教えのようなものがありました。それは、「光の前にある闇の存在を認知しろ」というような内容のものでした。わたしのいまの状況を言い表しているような気がして、すぐ書き留めました。多くの感激をいただきましたし、これからももちろん、タイタイとともに参加したいと思いました。その参加者のお一人と帰途をともにしました。かれは、上海に来てわずか10日ほど。その前は何をしていたかというと、フランスのクルマ会社R社のお仕事をしていたと言いました。それも、フランスのニースを拠点に7年半も居た、と言います。何で、上海に来たのか、と言いますと、ひとに誘われて、という感じでした。LGネットワークのXサンの紹介で、中国では上場しているGデパートの経理部に在籍したそうです。ただし、かれは中国語はほとんど、何も知りません。彼は、フランスに長く生活していたため、日本社会に復帰適応できないと考えているようで、また本人の意思も彼のキャリアを活かすのなら、上海を拠点に、フランス語圏のアフリカ諸国と関われるような仕事をしたいと、希望していました。かれは、ある時期ルーマニアにも少し居たことがあるようで、わたしはいまでこそ、あまり驚かなくなりましたが、以前だったら、へぇ~~ずいぶんグローバルな日本人の若者がいるもんだ!!と感嘆していたと思います。上海の街並みは、ルーマニアのブカレストに似ている、という意外な意見を聞けました。生前のチャウシェスクが建物などを模倣したらしいのです。さて、タイタイの生徒も負けじと世界を飛び回っています。台湾出身のLサンは、今週から出張。まず、上海から台湾。それから、フランクフルト、イタリア、サウジアラビア、フランクフルト、台湾、上海を2週間で周ってきます。タイタイも、そんな生活に強い憧れを抱いているようです。タイタイこそパワーを感じます。
2005.11.28

Sクンから「地震ダイジョウブですか?至急連絡ください」と3件メールが入っていたのですが、わたしたちはLG宅に行っていたので、何も知りませんでした。すぐに調べてみると、江西のほうでかなり大きな地震があったようで、被害もかなり大きそうです。鳥インフルエンザよりも速攻でダメージがありました。地震こそいつ襲ってくるかわかりませんから、こればっかりはどうしようもありませんね。Sクンからこんどは日本側窓口のパンフレットの試し刷りと、試作品の写真が送られてきました。日本側パンフ。すばらしい出来栄え。カタチだけは上海上陸2年も経たずに何か成し遂げたような堂堂たる構え。試作品の一部。2つとも期待を大きく上回るもので、あらためてSクンの力量の確かさを認識しました。また、LGタイタイが午後よりわがアパートに来て、日本語の重要書類を中国語に翻訳作業してくれました。これも、少しばかり日本語ができるようなひとではカンタンにできないようなことですが、彼女は日本語検定試験1級の試験などの対策委員などもやっていた経験もあるし、ふつうの日本人よりも日本語の正確な文法がわかるうえ、日本のパチンコ屋やてんぷら蕎麦屋さんでアルバイトしていたこともあるくらいだから、応用も利いてすごく人材に恵まれているなぁ、と思っています。きょうは、LGタイタイにまた新しいかたを紹介してもらいます。こんどは、日本のかたです。LGタイタイ曰く、先日の女性画家は、かなり人間的にクセのあるひとで、よっぽどのことがないと見知らぬひとは受け入れないのに、喜んで招待してくれると向こうから言ってきたので、正直驚きました、と告白されました。きょうの日本人は、逆に人間的にほんとうにすばらしいひとなので安心してご紹介できます、と本心を語っていました。タイタイは夜LG宅台所できんぴらごぼう、と日本風サンドイッチを下作りしました。あすのLG友人集会に提供するためです。ダンナはLG子どものお相手をしてクタクタです。40と4歳では、年の差を感じます。つながりが、加速度的に増えている実感があります。
2005.11.27

あなたがたのうちだれが心配したからと言って自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。 (マタイ6-29)LGタイタイとの仕事は着々と進めています。彼女の家に招かれると、きょうは彼女の誕生日だと聞かされました。そんなこととは知らなかったのですが、仕事をつなげた後、食事をいただきました。長寿麺長寿麺(チャンショウミエン)は、中国の誕生日のときに食べるもので、具は餡かけ風で、何度でもかけて食べる・・・つまり何度でも祝う、ということを意味していています。また、ケーキはご覧のようにホワイトチョコレートを周りに取り囲んだスポンジケーキで、先日の結婚式のケーキより味は良かったです。「生日快楽」(お誕生日おめでとう)の文字が輝いています。その後、LGネットワークのひとり人気女性画家の画集をみんなで見ながら、お茶をしていると、そのご本人からちょうど電話があり、いまから家に来るということで、彼女がやってきました。彼女は、じつに不思議な才能の持ち主なのです。3年半前までは、ごく普通のそこらへんの上海のおばちゃんと何ら変わりない生活をしていました。ところが突然、ある日絵筆をとり始め、さささ、と描いた絵がとても素人が描いた絵には思えないのが話題になり、それが評判に評判を呼んで、なんとニューヨークの近代美術館で中国人女性としては、初めてというくらいの快挙の個展を開いたのです。もちろん日本からも何度もオファーがあるようです。彼女は、わたしたちにご自身の不思議な体験をいろいろ熱く語ってくださり、めったなことでは招かないといわれているご自身のアトリエに来週ご招待してくれると言ってくれました。わたしもタイタイも大感激です。この絵、つくづく不思議なんです。写真に写そうとすると、写真に写らないのです。彼女の許可がない限り・・・。また、彼女の作品を目にしたプロの画家は例外なく、恥かしさに襲われると言われます。その後感動で涙が止らなくなると言います。先日の結婚式の新郎だった油絵画家も見た瞬間涙が溢れてきたと言います。彼女は、突然わたしたち夫婦にメッセージを伝えないといけないと感じて、あるパーティーを抜け出して、LG家に現れた、と告げてくれました。わたしたちの存在を知っていたわけではないのに・・・。信じられますか?日本でも近いうちに登場すると思います。
2005.11.26

ここが、こんど内装の仕事に関わる予定のマンションの1室があるマンション群です。T社長とあさいちで再度確認。別件含め大きく3つのお話をいただきました。すべて手がけることができるか、どうかはわかりませんが、お話は全て可能性があることばかりです。少なくともひとつの案件は内定済みです。午後は、LGタイタイとタイタイの3人で「LGタイタイ戦略」を計るべく、さきの結婚式に使用した石門一路のギャラリー「老洋房」へ打ち合わせに向かいました。ここのギャラリーの陶芸家氏の奥さんに用事があったのですが、下の写真をご覧になってください。昨日ご紹介したSクンに見るほど、似ています。薄気味悪いくらい似ています。何も「はげ」だからだとか、いうことでなくて、顔のつややマナコまで「はげ二つ」いやウリ二つです。LGタイタイ戦略がハマるかどうかは、もうしばらく(でも年内中には動きあり)の様子伺いになりますが、この路線は今後のわたしたちの方向性を暗示するものです。帰宅しますと、ぜんぜん思わぬところから、また!!!と思えるような変ったご相談が飛び込んできました。どういうことになるか・・・ちなみにLGさんは武漢(ウハン)に出張中。とても重要な会議ということらしいです。いったい何の集まりなのか???・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・きのう取り上げさせてもらったN社長らのお気に入りの火鍋(ホァグォ:しゃぶしゃぶのような鍋料理)屋さんは「新南華」と言います。このお店はできてわずか6年目です。ですが、いまでは上海随一の人気店としてひとが退きもきらず、わたしたちのアパートの近くには、そのお店が買ったビルが1棟ボーンと建っています。元々「靴の修理屋」さんだったと言われている主人が、火鍋を手がけて、わずか6年には上海の一等地(西康路×長寿路)にビル(ほんとうに立派なビルですよ)を建ててしまうなんて、まさにドリームっていうことですよね。さて、わたしたちはいつかこのようなビルを建てることができるでしょうか?それともかけ声だけで終わってしまうでしょうか?かけ声が出せるくらい元気でないと、ダメかもね。カラ元気でも。ビルでなくてもいいから、とりあえず注文もらわないと・・・。本日よりプロフィール欄に上記陶芸家作品の載せました。神々しく、福々しいお顔がなんか前の皇太后さまのようです。
2005.11.25

日本から上海でマンション内装ビジネスを立ち上げるべく、T社長が上海入りしました。このブログで「仕事になるかも」と題して取り上げたことがあります。予定通りの展開で、準備と打ち合わせを兼ねて、現場を視察しました。現場は、わたしたちが御用達の青果市場のまん前にある高級マンションで、歩いてわずか1、2分のところです。何という奇遇。打ち合わせに、上海ビジネス歴10年のN社長。そして、幕張メッセや各種展示場でも設計施工などを手がけているE社長と初顔合せ。さらにN社長の現地法人総経理30代前半の中国人女性。それに現地の大工さん。E社長の面影が、日本側窓口のSクンにそっくり。そういえば、先日結婚式を行った陶芸ギャラリーのオーナー有名陶芸作家もSクンにそっくり。この風采と体躯でサングラスをかけられたら、周りは退いてしまう、そんなイメージです。日本のSクン。パソコン画面に映っているのはネット販売中のタカラのリカちゃん人形。売っているものがミスマッチのような・・・わたしの周りにはこんな風情のひとばっか集結しています・・・お話は「珍しく」トントン拍子で進んでいって、来月中にも着工。来春節前にも完成を見込んで動き始めます。この仕事は、今後の中国国内のビジネスの取っ掛かりになるかもしれない予感がします。いいビジネスになると思います。打ち合わせ後の昼食事、N社長の25年前のお話はタイヘン盛り上がりました。戦地ベイルートでの15日間。同時期、T社長は南米コロンビアで決死の新規開拓。みんな、修羅場を潜ってきていらしゃるんだなぁ、そういえば・・・わたしは25年前ヨーロッパ強制旅行をさせられていました。いまわたしは上海。妹はいまパリ。そのときの体験は、いまを支えている一因でしょう、きっと。親に感謝。
2005.11.24
久々にスポーツネタ。最新サッカーFIFAランキング。前回取り上げたブログはコチラを参照。日本は15位。ドイツの上です。ベッケンバウアーやゲルト・ミュラーなどに熱心にあこがれていた世代としては、信じがたい順列。ブラジルはダントツ。上位は、あまり変化なし。南米と北欧の総合勢力争いは続くも、日本、イラン、そしてカズの移籍した豪州(49位)も今後は侮れません。ちなみに、中国は69位。
2005.11.24
タイタイが日本に持って帰ったもののひとつにチョッとオシャレな手造りバッグがありました。素材的にはビーズを中心に散りばめたものです。Wさんを通して入手したそのバッグは、デザインがかなりおもしろく、また、けっこうどんな正式な場所でも対応できると思い、すぐチェックしてみました。わたしたちは、バッグを扱うための販売窓口はありませんが、こういうものは身近なひとから売り込むに限ると思い、タイタイのお母さんの知人関係から反応を当たってみることにしました。わたしは、そのバッグを手にしたときに、すぐに中身のガワの部分を確認しました。中の縫製や、仕切りが肝心だし、カタチ大きさは許容範囲でも、取っ手の部分などはまず相手に確認してもらわないとどう対応して良いか具体的にわかりません。これをタイタイは、みごとに全部売り切ってきてしまいました。さらに15個もの追加注文をもらってきました。ただ、ほんとうはこれはあまりいいやり方ではありません。そもそも、そんなにバッチリ商材がハマることなどないし、おおきな商売にはなりません。こんかいは、たまたまです。ここで、錯覚しないように、とWさんやタイタイに注意を勧告しました。Wさんは商売センスを心得た中国人だし、タイタイはわたしが口うるさく助言しているせいか、さいきんやっと何をしてはまずいか、を心得るようになってきました。やる気が空回りしないように、です。モノを見て、比較的瞬時に商売になるかならないか、わかるつもりのわたしでさえ、やっと日中ビジネスの勘所にかすりかけてきた、と思っています。それでもSクンとともに自称「Aプロジェクト」として行うことに決めました。ほんとうの目的は自称「Sプロジェクト」なんですが、リスクを最低にしたAプロジェクトでまず仕掛けて、手がかりを掴んだらSに移行してみようか、と思ったのです。Sクンのエネルギーを日中橋渡し役が翻訳していくわけです。SクンがOKならば、これは成功します。(めずらしく断言)
2005.11.23
Nさんを上海駅まで見送りました。先月タイタイと共にNさんを送ってから、はや一ヶ月。一日が飛ぶように感じられます。その後中山公園のMドーナッツで上海起業ストーリーさんおよびパートナーO女史と新企画の進捗具合の打ち合わせ。約5時間にもおよびつめの協議を行いました。わたしは、コーヒー7杯はお換わりしたのではないかな。何せ、アイデアを新しいビジネスに落とし込むのは、そんなにカンタンなことではありません。が、またこういう会合を重ねて個々の問題点をつぶしていかないと、なかなか具体化されません。お互いに顔をつき合わせないと、できない話もあります。帰宅後、日本側のSクンからもらった連絡は、まさにもっとも産みの苦しみを訴えるような内容でした。これは、ひょっとしたら起業段階の日中ビジネスのキーポイントのひとつなのではないかな、と思えるような内容です。わたしは何もSクンの問題ではないよ、という返信をしましたが、なかなかこれは最初のうちはクリアできにくいことだというのが、わたしやタイタイ、Nさんさらに本日打ち合わせをしたO女史らとの一致した見解でした。それを承知でSクンに委ねる部分が多くて、タイヘンですが、Sクンの期待と努力を無にはできませんので、何としてもフォローと「LGタイタイ戦略」を早急に開始しないといけないと思っています。いまは悩み多き段階ですが、わたしはこの段階を乗り越えてSクンが成功すると思っています。わたし自身への戒め・・・高ぶりは、ただ争いを生じ、知恵は勧告を聞く者とともにある。・・・期待が長びくと心は病む。望みがかなうことは、いのちの木である。 (箴言)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・PR・・・■ 上海オフショア開発交流会!<12月6日(火)>「オフショア開発ベンダーがBPOに着手するいきさつと段取り」日時:2005年12月6日(火) 19:00-21:00 (打上げあり)場所: 東方欣康カルチャーサロン「留学生会館」内 静安区華山路905弄12号申込:本日より申し込みフォームにて受付け開始!!
2005.11.22
12月6日(火曜日)開催予定のオフショア開発セミナーのテーマと目次案が決定しました。◆ テーマ「オフショア開発ベンダーがBPOに着手するいきさつと段取り」◆ 概 要 ゲスト講師Y女史(後日紹介)解説日本本社独資で、上海に設立されたシステム開発会社に立上げから携わり、会社運営を任されてきました。当初の方針に従い、JAVA系のWebアプリケーションを中心に本社から開発案件を受託するも、上海法人のコストを下げれば発注側である本社のコストが上がり、本社のコストを下げようとすると、上海法人のコストを上げざるを得ない、というジレンマに陥りました。一方で、オフショア開発で成功しているケースも多々あります。そこには、ある共通する特徴があることに気付きました。オフショア開発の成功案件は、BPOと共通する要素を持っていると考え、BPOに着手するに至りました。BPOを手がける今、BPOの中に多くのオフショア開発成功のヒントがあると感じています。◆ 目 次1.上海のオフショアベンダーの実態と直面する問題2.受注側(中国側)にかかるコストと発注側(日本側)にかかるコスト3.オフショア開発成功案件の特徴4.BPOの発展性5.オフショア開発、BPOの成功に向けて◆ 講師からの言葉発注側、受注側、両方の立場で、どのようなプロジェクトをどのように運営すれば、双方にとってメリットがあるのかということを常に考えてきました。BPO、オフショア開発ともに成功のヒントを得て頂ければと思います・・・。◆ 受講に当たっての必要な予備知識BPO(Business Process Outsourcing)とは・・・「企業が、ルーチンワークや定型的な業務を外部企業に委託して、経営資源の集中とコスト削減を実現する、アウトソーシングの一形態」◆ 受講後の修得知識どのような条件下であればオフショア開発を成功に導けるのか、また、BPOの発展性について知って頂きたいと思います。面接を含め、多くの中国人技術者と直接中国語で交流して知り得た、中国人技術者の考え方、仕事のやり方、本音をご紹介し、プロジェクト成功の勘所をお伝えします。開催日 12月6日(火曜日) 夜7:00 から 場所 上海市 静安区 華山路 「留学生会館」内申し込み方法 近々にアップ または 幸地司氏のメルマガ(まぐまぐ殿堂入り)経由でお問い合わせは お気軽に!
2005.11.21

約2週間の滞在を終えて、Nさんは東京両国に戻ります。ルームシェアをすると、毎日の食事が充実してタイヘン助かります。Nさんも滞在先の余計な心配事がなくて、ラクに感じているようで双方にとっていい感じで過ごせています。何よりも情報をいち早く共有できるのがイイですね。LGタイタイの戦略が口から出てきました。思いもよらなかった合理的な発想に、わたしもタイタイもNさんも思わず頷いてしまいました。また、Sクンからは連日多くの連絡を受けるようになり、今週はさらに忙しくなる感じがします。ポイントは、LGタイタイの具体的な戦略に基づいて次の一歩が進めるか、だと思います。Nさんに華山路界隈を案内がてら、カルチャーサロン会場地の「留学生会館」を訪問しました。しばらくぶりに訪問してみると、周囲の高級建物がますますグレードアップしていて、すばらしい景観に生まれ変わっていました。隣の敷地では、ガーデンウェディングが挙行されていました。初めて訪れたNさん。ここが上海の中心地だとはとても思えない、と驚嘆。何度も足を運んでいたわたしたちでさえ、さらなるグレードアップぶりにしばしため息をついてしまう次第です。このまま、足を静安寺まで運んで、百貨店など見回った後、「翠園」というオシャレなお店でNさんにご馳走してもらいました。味はとても中華とは思えないほどサッパリ系の洗練されたものになっていました。ちょうど、お隣の席に先月ある貿易セミナーで一緒になった女性の方と偶然再会してビックリしました。満腹で夜の南京西路を歩いて、66プラザのバス停へ。ここから24番のバスで帰ると、便利なんです。クリスマス前のしっとりした夜の南京西路の有名ブランド街を目で楽しみながら、とてもリッチな気分に浸ることができました。66プラザ前にて。手前がエルメス奥がカルティエ。上に大きなブルガリの広告。上海のメインストリートのひとつです。
2005.11.21

人生いろいろあります。夫婦の事情もいろいろあります。今回、わたしたちにとって、とてもたいせつな友人の中国人カップルが、結婚式を挙げ、その式にタイタイと招待されました。このブログにもだいぶ前に登場したことのある「ご夫婦」です。「夫婦」?じゃ、何で結婚式をするのか、と言いますと、事情があってしばらく離縁していたのです。ですから、正式には復縁式のようなものです。ですが、わたしたちにとって見れば、中国で初めての結婚式であり、かれらにとってみたら、もう一度気持ちを入れなおして夫婦生活再出発を誓い合うとても新鮮だいじな式です。事情が事情ですし、派手派手の豪奢な結婚式とか披露宴ではないのですが、まったくの手造りパーティーのような感じで、かえって感動しました。会場となったのは、前までわたしたちが住んでいた石門一路のアパートの近くにある「老洋房」という古い洋館でした。古い学校の後をギャラリーに改造している建物。かえってオシャレです。ふだんは、有名陶芸作家のギャラリーとして用いられているところで、展示場を装飾して式場にしました。会場準備中の様子。立派なギャラリーです。司会や進行はもちろん仲間たちで行い、その中心役はLGさんとLGタイタイでした。この会場手配も、かれらの交友関係によるものです。式は教会式で行われ、参加者全員の賛美歌や、友人のプロのビデオカメラマン、プロのシンガーなどによって、大いに盛り上がり、大いに感動しました。式後のお食事会も、引き続き会場内で行われ、持ち寄ったサンドウィッチやケーキ、クッキーなどで質素ながらも楽しめる雰囲気のものでした。参列者のひとり日本に滞在経験のある女性の手造り巻き寿司。大人気でした。タイタイ、仲がいい新婦の姿を見たときから涙があふれて止らず、ハンカチなしにはおさまらない状況でした。ご祝儀などは、なし。みんな結婚をする、ごじぶんたちの招待という形式を取りました。わたしたちにとって、上海での初めての結婚式参加は、LG夫妻とともに、いちばん仲がよく、お世話になっている中国人女性のものであり、わたしたちにとって、これ以上に歓びのない大きな祝福の出来事でした。新郎新婦。たいへんスマートな挙式。もし、こういう挙式に参加されたら、きっと中国への一般的なイメージが崩壊するはず。
2005.11.20
タイタイのパソコンをインターネットに接続するためにルーター(中国語で路由器)を購入してきました。この接続がいともカンタンで、ルーターをかませて、タイタイのパソコンにつなげたら、何の問題もなくすんなりネットにつながってしまいました。知らないとメチャクチャ難しく感じるのがパソコンならば、知ってしまうと、やたらカンタンなこともあるのもまたひとつの真実です。この路由器は150元。徐家匯の美羅城(メイラチェン)という人気のあるショッピングエリアの中の電気街で買いました。有線だと150元から180元が相場。無線だと280元から380元が相場、だということです。きょうパソコンに入っていたメールのひとつが、日本のSクンからのものでした。いわく・・・「パソコン壊れました。」ケータイからのメールです。昨年6月、初めてSクンと日本-上海間でメールをやりとりしたときのことを思い出しました。Sクンのドコモのケータイから発信したメールがわたしのパソコンにつながったとき、お互いにタイヘン感動しました。「中国につながったよ!」って。さて、壊れたら直すか、新しく買ってもらうしか方法がありません。まあ、よくあることです・・・。さいきん、ずっとパソコン画面とにらめっこだったので、目を少し休むのにはいいのでは、ということです。大勢に変りはありません・・・。わたしどもの中国側の正式な会社のロゴマークが完成しました。LGタイタイから披露してもらったのですが、かなり斬新なデザインで、ほのぼのキャラ?の「ダンナ&タイタイ」とはかなり乖離している力と威厳を感じさせるもので、上に引き上げられるような気分になりました。ロゴマークだけはすでに「横綱」っていう感じ。いつか、このブログでもご披露できれば、と思います。――――――――――――――――――PR――今回のカルチャーサロンは12月6日(火曜日) 夜7時から(仮テーマ)「オフショア開発ベンダーがBPOに着手する段取り」詳細は、来週にも公表いたします!!幸地司氏とゲスト講師による共演セミナー。ぜひ、ご活用ください・・・。
2005.11.19
まぐまぐ!殿堂入りをしている幸地司氏のメルマガ「日本最大のオフショア開発専門マガジン」中国ビジネス入門 ~初めてでも失敗しない対中交渉~で本日よりサロンのご案内をお送りしています。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━PR━■上海オフショア開発交流会!<12月6日(火)>(仮テーマ)「オフショア開発ベンダーがBPOに着手する段取り」 日時:2005年12月6日(火) 19:00-21:00(打上げあり) 場所: 東方欣康カルチャーサロン「留学生会館」内 静安区華山路905弄12号 申込:準備中年内最後の交流会、ぜひご予定をお入れください・・・。
2005.11.18
「カルチャーサロン」(正式呼称:東方欣康カルチャーサロン)は、タイタイが事務局をつとめています。上海市政府関係者のご協力によって、カルチャーサロンを行っている会場は、上海でも屈指のエレガントな街路である華山路にあります。また、これからは今までの形式にとらわれないさまざまな趣向を行う予定でおります。いままでも、いくつかの引き合いをいただいていたのですが、諸条件が整いましたので、これからはもっと多くの方々にこのサロンを有効利用していただきたいと考えております。サロンにご興味のあるかた、上海でセミナーなどを開かれたい方、お気軽にお問い合わせください。事務局へお問い合わせは、こちらのブログの書き込み欄やメールからでOKです。★★★ 次回 カルチャーサロン開催予定 ★★★⇒ 12月6日 (火曜日) 夜7時より 詳細は、近日中にお伝えします
2005.11.18

恒例になったカルチャーサロンの第5回目の日時が決まりました。12月6日(火曜日)場所は、いままでと同じ華山路の留学生会館。6時半開場。7時から9時まで。テーマは「オフショア開発」。メイン講師は、このサロン4回目の幸地司氏。ゲスト講師は、才色兼備のY女史を予定。年内最後の上海オフショア交流会。ぜひぜひ、ご関心のある方、ご来場ください。詳細は、後日アップいたします!!会場前の日本庭園石灯籠。上海なのに枯淡の境地に浸れます・・・。
2005.11.17
かなり冷え込んできました。ここで油断すると、速攻で風邪をひいてしまいます。幸いなことに、連日充実した食生活を送れていますし、何も心配はないのですが、くれぐれも体調をくずさないように万全の準備をしようと気を引き締めています。日本サイドのSクンから連日オファーをもらうようになってきましたので、ここで最初の突破口を見つけたいですね。少しずつですが、細い糸が織り込まれて太い糸になればという状況でしょうか。一方、久しぶりにカルチャーサロン開催の予定を組み込むことができそうです。ことしいっぱい追いかけてきたテーマのひとつ「オフショア開発」のテーマで年内最後のサロンの締めくくりになりそうです。Nさんが帰国される前日までにもひとつ、ふたつ新しい情報がまだ蓄積されそうです。Nさんにとっても、今回はけっこう多くの刺激をもたらせそうな流れになってきました。さらに、上海起業ストーリーさんらとの新企画の打ち合わせをつめていくアイデアもおろそかにできません。一度にいろいろできないとは思いますが、いままで蒔いてきたタネが刈り入れ時が一挙にくるかはわかりませんが、もう少しはっきりしたカタチにできれば、といえます。
2005.11.17

いきなりアパートの前で物品販促のための小コーナーが設けてありました。よくよく眺めてみると、何だか見たことのあるような「オネエサンオバサン」(お姉ちゃんではないけど、おばさんでもない、微妙なお年頃)たちが、小さなパンフレットを手に何やら説明をしようとしてきます。⇒渡されたパンフレットこの島倉千代子っぽいタレントが微笑んで手にしている商品は、乳酸菌飲料です。タレントは、いま中国でも大流行している韓流ドラマ「大長今」の主役女優で、韓国人。見た瞬間、思わず小柳ルミ子の♪ジョア~ ジョア~ 誰のもの~、と口ずさんでしまいそうになりました。これは、まさにヤクルトジョアなのではないか、と思いましたが、じつは聞いたことのない、上海のローカルブランド。牛乳配達は、意外に普通に普及していましたし、こういう商品を宅配するような段階になってきています。じつは、本家のヤクルト。ここ最近ですが、かなり積極的に広告などをコンビになどでするようになりましたし、先日カルフールでは、コーナーで売り場が設けてありました。ヤクルトにじつに似た商品は以前からありましたが、本物のヤクルトが積極的に売られ始めたのはここ最近ですね。ヤクルトは中国語で養楽多(ヤンラドウ)。いいネーミングだと思います。中国人が意外に好きなのが、この乳製品。牛乳は、特別飲むわけではないですが、ヨーグルトや乳酸菌飲料は、印象的に日本人の倍は飲みますね。しかも、ドロドロ系のよりも飲むヨーグルトが好きですね。もともと食文化的にチーズやヨーグルトを好む民族だったようで、だからこそでしょうか、「光明」「伊利」「蒙牛」などの乳製品の会社はいまや中国を代表する食品会社になっています。わたしの好きな森永マミーは、まだ見かけませんが、中国人が好む味だと思います。
2005.11.16
新刊案内が送られてきました。『円、元、消滅!』一橋総合研究所 通貨戦略部会 (著) 出版社/著者からの内容紹介 ・・・アジアの通貨統合を説く話題の書。 円、元、消滅から、アジア通貨統一へ。一国一通貨である必要がなくなった今、日本円消滅と同時に中国元消滅を要請し、統一通貨「圓(ゥイァン)」の創設を提案。ドル、ユーロ、圓の世界3大通貨時代の到来を説く。20年後までに円・元を消滅させ、統一通貨「圓(ゥイァン)」を実現できれば、100年以上のサイクルで、日本国をはじめとするアジア全体の長期継続的な経済発展と平和維持につながると本書は提唱する・・・。最近、あまり日本のビジネス・金融関係の本をじっさいに手に取ることがないので、タイトルから「読んだつもり」で済ませることが多いです。統一通貨「圓(ゥイァン)」。何か団子みたいなイメージです。経済の大勢からすると、こういう流れが自然なのかもしれませんね。・・・タイタイ、仕事帰りにわざわざ以前通っていた美容室へ行って整髪。やはり、行きつけの美容室の方が安心して任せられるとか。切ってもらうだけですが、ただの5元(75円)。この間は6元に値上がりしていましたが、強烈な安価美容室競争のためか、またもとの5元に戻っていました。それにしても、安いでしょう。上海屈指のオシャレスポットの茂名南路のすぐそばでですよ。遠回りする甲斐があるのでしょうね。タイタイに、もし万一山形に戻ったら、髪を切るためだけにわざわざ上海の「行きつけの」その美容室に行くのか?と冗談で訊ねたら、傍らのNさんが、そういうバカなこともするだけでもおもしろいのよ、と口をはさんでいましたが、そういう感覚が持てればいいですね。たしか、MLOSさんは韓国においしい焼肉か何かを食べるためだけに渡航する、と当たり前のような顔をして話していたような記憶がありますが、それもありですよね。ちなみに、ダンナはそのタイタイに切ってもらっていますから、タダです。
2005.11.15

“つっちーの『おもしろすぎるぜ 中国で農業』“を濃密に執筆しているつっちーさんから楽天日記を勧められて、昨年の暮れから開始したこのブログ。上海での一歩一歩を書き記してくることができました。新しい出逢いや、刺激を得られるきっかけにもなっていますし、住み慣れた環境から離れて、孤独と不安にあったわたしたちには、無くてはならないツールになっています。いままでたくさんの方に訪問していただいて、かなり多くの方が継続してお読みになっていただいています。これから、この上海での起業ストーリーは、序章から第一章に入るところになります。この日記は、そんなに順風に物事が進まない中で書かれていますので、きっと大半の方々にとっていずれ意外と参考になるのではないか、と思っています。カンタンにいくような物語は、おもしろくないでしょうし。ふつういかないのだと思います。でも、このブログの3万番目の訪問者が、つっちーさんだったのは、なんとも「おもしろすぎるぜ」ということでしょうか。ブログの向こうに顔が見える関係になって、ああ、元気にやっているようだ、とかどうなんだろうか、とかいろいろ気に留めたりするわけです。日曜日でしたが、朝から外出の用事。夜、LGタイタイの友人でシンガポールマジック界の巨匠が上海の江寧路にある「美(王其)大劇院」で公演するというので、招待されました。劇場は梅龍鎮伊勢丹の裏手にあります。先のシンガポール旅行(7月)のときにもそのマジシャンに会ってきたようですが、LGご夫妻の交友関係はほんとうに顔が広くて、ついぞ伸びきってしまうのではと思うようなバラエティの富みようです。開演前の劇場内の様子。約1500席はすべて埋まってしまいました。タイタイとふたりでマジックを見るのなんて初めてだし、LGタイタイから気分転換という意味で招待されたのですが、マジックって生で見ても同じように仕掛けがわかりませんね、まったく。マジックネタは、「マギー審司以上プリンセス天功以下」という感じでしたが、日テレの「世界丸見え」のナレーション広中雅志の声が突っ込みで出てきそうな驚きの演出でした。本格的なイリュージョンマジックを特等席で見ることができて、ラッキーでした。さて、これからわれわれ4人のビジネスイリュージョンがどう演出されるか・・・。3万アクセスありがとうございました。
2005.11.14
新会社の董事長LGタイタイはいまは新しい小さな会社をわたしたちと立ち上げたばかりですが、もともとかの中国トップクラスのB大学出身の超エリート。おとといまで知りませんでした。努力家のおばちゃんぐらいにしか思っていませんでした。(こんなこと書いたら怒られるか)こどものときから、天才少女とウワサされ、共産党の期待と看板を一手に背負って生きる時代を経験してきた最後段階の世代です。ちなみに年齢はわたしより3つ下。ご主人のLGさんは、さらに上をいく華やかな職歴を歩まれた経験をもっています。弱冠30代で解放経済下、江沢民国家主席直属の党の経済部門の政策論文を担当していました。このお二人が偶然日本で知り合い、運命をともにすることになるのですが、そういう共産国家のエリートメンバーだったことなど微塵も感じさせない、温厚で自由な考えをもっているふたりです。いまのように市井の一般的な生活ぶりを見ていると、そういうことはまったく想像できませんが、超エリート意識、プライドで大変な傲慢な人生を歩んでいた、と振り返っています。病気や思わぬ不幸が、かれらを襲い、ほんとうの幸せを知るようなきっかけを得たのが日本。そのため、日本と日本人を心から敬愛しています。きょうのわたしのブログをご覧になった方々には少しだけお得なお話を書きましょう。イスラエルで話題になったお話です。世界には、百年で変る国と、十年で変る国と、一年で変る国と、一週間で変る国と一時間で変る国と、一分で変る国と、一秒で変る国が、時代に沿って出てくるそうです。アメリカの独立戦争だとか、フランス革命だとか、イギリス名誉革命、日本の明治維新とか、歴史の大きな曲がり角はもちろん、台風や大地震、たとえば9.11の同時多発テロやインドネシアの津波など。歴史的な事件や天災などは、上記の時間単位でかなり正確にそれまでの局面を変える出来事で収拾される、というのです。9.11同時多発テロの場合、ニューヨークのツインビルに飛行機がぶつかった瞬間から崩壊するまで、じつにぴったり1時間。アメリカは、あのときから変りました。こういう検証をしていくと、では、一秒で変る国とはどこか、という話で、すぐにピンときてしまいますね。世界各国150以上もの国や地域から集まったその会議で、ささやかれたのも、それは「中国」。いまも中国は、ものすごいスピードで変化していますが、共産党が実質独裁の国家です。中国は、もっと変ります、しかも一瞬のうちに、というのが専らの見方なようです。どう変るのかはわかりませんが、一秒で違う世界が現れるその準備が、いまの高速スピードなのでしょう。あわただしい急激な経済の改革解放は、人民の意識の調整を担っています。
2005.11.13

劇的に食生活が変りました。数日前までのインスタントラーメンオンリーの生活から、家庭でのおいしい生活。昼は、LGさん宅で、タイタイの帰国報告。タマゴとトマトのスープを絡めたおそばとカニ料理など。大切なひとが家から離れるときは、水餃子。戻ってきたときは、おそばというのが、中国の伝統的な食の習慣です。会社のロゴマークをLGさんの友人で、アメリカ出身の有名デザイナーに依頼。無償提供です。持つべきものは友。ちょっと期待しちゃいます。いよいよ本格始動の合図です。タイタイとその後市場へ。食材に目がないタイタイ、久しぶりの青物市場で生き生きとお買い物。夕食は、Nさんとタイタイの共同作業。ピータンは、アヒルのたまごを塩・草木灰、万灰、泥につけたもので、豆腐とあわせて冷菜(前菜のようなもの)としてよく中華料理に出ます。でも、わたしは熱いスープに入れた食べ方が好きです。濃厚な黄身が口に広がり、ゼラチン質の周りがプルプルしていて楽しめます。皮蛋(ピータン)のスープは、貝柱と干し海老のだしの効いた超極上の味。この貝柱はNさんの仕入れ。とても高いです。高いはずです、うまいもの。千葉から持ち帰ってきたサンマの甘露煮と、ピーマンの炒め物、豚の角煮に、イカの塩辛とたくあんに漬物。新米で、ご飯が進む進む。デザートにオリーブの甘漬け。そんなに豪勢ではなくても、この取り合わせはなかなか幸せを感じます。日本じゃとても高い食材と、中国じゃ高い食材をうまく取り合わせた家庭料理。これは、すばらしき上海生活の一面ですね。日本窓口のS代表からおもしろい案件が立て続けに入ってきます。確実にフォローしていきます。
2005.11.13
午前中よりNさんと古北(グベイ)のカルフールに行きました。久しぶりに入った古北のカルフールはさらに商品の品揃えが良くなっていました。テナントとして中に入っているお店もグレードアップしているのが感じられます。ここは、やはり上海の定点観測スポットとして外せないところでしょう。さて、日本に一時帰国していたタイタイを迎えに浦東の国際空港へ。ゲートから、湧き出てくるひとひとひと・・・なかなか、現れませんでしたが、精悍な顔をしたタイタイがひょっこり出てきました。何かはずかしいですね、久々に会うと。でも、まあ無事に戻ってきてホッとしたのが実感です。タイタイによると、上海に近づいてきて機上から上海の夜景を見たとき、ああ、じぶんのふるさとに戻ってきたなぁと感激でこみ上げてきたと言います。気分が落ち着くというのです。ほんとうに満足げな表情でした。お土産は、いろいろ。五目御飯や、魚の煮付け、それにイカの塩辛。手作りのバナナケーキ。アパートで夕食を用意して待っていただいていたNさんとともに帰国の会食。カルフールで買ってきた食材と日本から持ち運んだ食材で、久しぶりに充実した食事を味わいました。タイタイ、日本で購入した最新式のノート型パソコンを携え、さぁこれからどんどんやるぞ!という意気込みで、さらにパワーがアップした気がします。うん、これは完全に逆転夫婦だ、と思いました。いや、パートナーなのでしょうね、ほんとうの。夫婦とは、2つの半分になるのではなくて、1つの全体になることです (ゴッホ)
2005.11.12
タイタイよりひと足はやく上海に来たNさん。彼女が引っ越す前のアパートに行ったらびっくり。もう人が入居していました。ほんとうは、きょうまではNさんが契約をしていたのにです。もちろんNさんの荷物も少しありました。「ええーっ!!どういうことーー?。」とクレームをつけるも、話が面倒なので、そのままこちらに来られました。さすが、上海のヤリテ大家さん。かなり傲慢ですが。日本ではあり得ないことをいともカンタンにやってしまいます。ふと、Nさんに上海へ来ることへの情熱について話し合いました。直前、なぜか「Nさんの情熱」についてアタマによぎったからです。いままで1年間定期的に来られていて、上海でのじぶんの時間を有効に使われているのは変りがありませんが、人間ってたとえ些細なことでも飽きがきたり、熱意が薄れることってあるのです。ましてや、上海のように容赦なしに変り行く都市では、いくら刺激などを受けるとはいえ、わたしは必ずそのことだけでは続かないと感じるのです。Nさんは正直に、じつはそれはわたしも感じてるのよ、と告白してくれました。わたしたちにとってNさんはたいへんユニークな存在(たいせつな存在)だし、精神的にも物質的にもお世話になっているわけだから、フェードアウトされてしまうのは寂しいのですが、(その予定はありませんが)でも人生意気に感じて進めてきたことで、そのエネルギーがなくなっているのを察すると、ここでさらに広く状況をとらえる必要があるのではないか、と思ったのです。Nさんとふたりっきりで、明け透けに心内を話せたのは良かったです。じぶんを駆り立てている掛け替えのない個性。これを愛するべきです。・・・目に見える望みは、望みではありません。(ローマ人への手紙)
2005.11.11
光、暖かさ、健康、力はすでにもう存在しているのですから、スイッチを入れさえすればよいのです。電線そのものは別に何でもありません。絶縁された二、三本の銅線にすぎないのです。しかし、その線の中をプラスとマイナス二つの電流が流れると、すべてが変わってきます。暗黒は失せ、冷気はなくなり、仕事もたやすくできるようになります。 (トーマス・エジソン)(LG邸にて)先日は珍しい黄ミドリのさとうきびを食べたと思ったら、きょうはスイカのタネを食べました。このスイカは小さなスイカで中身の部分は食べないで、タネだけを火であぶったものです。ひまわりのタネほどの大きさです。甘辛くて、食べ始めると止らなくなるようなおやつでした。ひとつの仕事の話が来ると、あっ、あれはあのひとに聞いてみよう、とかそういうことが少しずつですが、出てきました。昨年のいまころは、このような状態にはなりませんでした。それほどのひとを知りませんでしたし、スタート地点にさえ立っていなかったですし、ブログも書いていませんでした。ひとつのことを始めると、ほんとうに関連性というものを感じてきます。何の気なしに聞いていた話もこの話がつながるためにあったんだ、と思い知らされるときがあります。ですので、きのうの続きではありませんが、探していたチャンスが活かされるのも放置されるのも、「スィッチを入れた」本人の意識次第ということなのでしょう。すべては関連しています。
2005.11.10
この数年のうちに世の中の条件はずいぶん変化したように思います。ここのところ、PC前で仕事の準備をすることが多くなってきました。店をやっていたときは長時間監視カメラのモニターを眺めていたものですが、いまはネットを通じていろいろ学ぶ機会が多いことに気づきます。日本側のネットがうまくつながらないので、タイタイへ国際電話。いきなりもめましたが、最後のほうで、だんだん寂しくなってしまいました。やはり上海でというよりも、10年以上二人三脚でここまで来ているわけだから、寂しくないというのがウソになります。やっぱりひとりだとダメですね。傍らにいる安心感で保っていることもありますね、じっさいのところ。夜LGさんとLGタイタイが独居へご訪問。KとK(わたしとタイタイ)はひとつになって進まないとダメですよ、とご忠告。そうなんです。この2人は、とくにわたしはひとりになって何かできるようなひとじゃないんです。とくにこういうわけのわからない場所ですし。今回はいつものやさしいだけのことばではなくて、かなりはっきりわたしの直さなければいけない点をLG夫妻は指摘しました。「1年半でこういう精神的なゆらめきを経験することはまったくフツウのこと」だから「夢と現実を区分けして、ひとつ目の前の問題を乗り越えましょう」とフォローしてくれました。よる、広島のKさんから気になっていた生き方をしているひとの本を案内してくれるご連絡をいただきました。すぐにブログとサイトでそのひとの生きざまを確認してみました。いまではかなり話題になっているひとだとおもいますが、わたしは知りませんでした。しごとに立ち向かう刺激に麻痺しかけていたわたしにとって、かなりインパクトのある生き様にうつりました。現代版ロッキー青木でしょうか。・・・自分のいつもの行動範囲ではチャンスは見えずらい。未知の地域へ足を運び、いろいろな人と出会い、コミュニケーションをとり、様々な体験をし、はじめてチャンスが見えるのだ。チャンスは誰でも持っていると私は思う。チャンスは向こうから寄ってこない。チャンスは自分で探すもの。 (ヒロ・ナカジマ)
2005.11.09
わたしの前の仕事は古本屋経営でした。正確にいうと、「リアル」の、と冠をつけたほうがいいような時代になりましたね。もちろん、古本だけでは店を維持するだけには至りませんでしたので、ビデオとかDVDとか、いろいろなオモチャとかアメニティグッズなども扱っていました。ところで、いまはどちらかというと自称「ビジネスプロデュース」の位置づけで上海におります。いまはブログで、ほんとうにいろいろなことがわかります。ちょっと前までは、数名の友人からいただくメールや電話などで、ベテランの経験則に基づいた意見交換などで情報収集をしていましたが、いまは逆に素材が集まりすぎて、どうまとめたらいいのか、その方法にとまどってしまうくらいです。オークションというブログランキングのジャンルに立ち寄ったら、「せどり」という言葉でにぎわっていました。「せどり」とは、業界用語でしょうが、古本の転売のことです。たとえば、他の古本屋さんで100円で仕入れたものをネットで1500円で売るとか、そういう商売です。これは、わたしがそれもやっていたので、詳しいのですが、うまくいけば、かなり面白い商売です。というか、商売の本質のような。目利きとか、センスの部分が多分にありますが、わたしならヘタに就職するよりは、いざとなったらコレだけで、糊口はしのげるのではないかな、と以前感じていました。ただ、ほんとうに巧くやらないと在庫を積むことになりかねませんが。これは一種の小遣い稼ぎで、影のブームのようにもなっているようですね。利回りで考えた場合、100円のものがひと月以内に10倍で買われると想定すると、どれだけ古本パワーがあるか、想像できますでしょう。何も古本に限ったことではありませんが。これはきわめてニッチな国内貿易みたいなもので、わたしはそれと同じようなことを今度は日中間でできないかなぁとだけ考えているんです。ですが、それは単なる国際貿易だということになりましょう。つまりどれだけリスクを取ってペイできるか、それを考えると物品の販売は本当に容易ではないですね。ですので、ある程度絞り込まないと。しかし、いまはネットとかブログとかがあります。上海という「せどり」の宝庫でいかに、商材を仕入れられるか、もしくは商品開発できるか、それをネット等を利用して提供できるか。リアルの小売で鍛えたノウハウをこんどはネットとグローバルな環境で吐き出せるようにガンバリマス!!ここまでも勉強代相当かかっています。タイミングと呑み込みが悪いので・・・。
2005.11.08
先日のタイタイとの電話のやりとり。昨年の今ころ、ちょうど同じようなシーンを日本語学校の入っているビルのロビーで目撃したことがあります。日本から送り込まれた駐在員が携帯電話で話をしていました。どうやら本社とのやりとりのシーンです。「・・・あのさ、○○さん、じゃあなたがこっち(上海)に来て、やってみてよ。ボクは、どんなことを言われても構いませんよ。いいですから、ボクのせいでも。ですから、あなたが言い出しっぺなんだから、あなたが上海で開拓してくださいよ!!」けっこうナマナマしい会話でした。「だから、あそことあそこには話が伝わってありますから、そういう状況ですから。もし、そんなことも理解してくれなかったら、もうボクこのプロジェクト下りますから。いいですよ、もう!!」ひとは、恐怖心で動くことがあります。希望で動くときと、恐怖心から突き動かされるのでは結果がまるきり違ってくるような気がします。たとえば、ひとつの山を越えたかと思ったら、また大きな山が立ちはだかっていた。そういう状態がずーっと続くと、見えているあの山を越えたら、下り坂をラクラク転がると期待している場合、かなり精神的な疲労となってきます。ですが物事は、あともう数センチの辛抱というところで結果が違ってしまうことって多々あります。あともう少しの努力とか歩き方が違うだけで出てくる結果が違ってきます。それに向かって、いろいろ模索してつないでいるのです。昨年聞いたあの会話はナマナマしくも他人事でした。しかし、いまはちょうどあのやりとりと同じだな、と思い出したのです。タイタイはOL時代から「使える」社員として重宝がられ、じぶんでお店を持っては仕入れから販売から、帳簿付けから、果ては雪かきまで、休むことなく切り盛っていましたので、いっそうのこといまのように結果がすぐ目に見えない状況は、歯がゆさを通り越しているわけでしょう。ただ、大きな仕事に発展する可能性を求めるのなら、仕事のやり方から見直す必要はあるだろうし、それができないのならば、部分的には歩調は合わさない方が賢明でしょう。状況や条件が変った場合の、夫婦でチャレンジする今回の難しさはここに現れてきます。
2005.11.07
中国の歴史ドラマを見ていると、寝床は昔からベッド、と決まっていますね。昨年夏、上海博物館でいくつか室内装飾や大掛かりな寝具を見たときも、こういう文化なんだなぁ、といちおう理解しました。せんべい布団という言葉があるように、日本人の寝床は、旧来タタミに布団を敷く、というのがふつうでした。しかし、中国ではごく普通にベッドで寝る習慣があるようです。それにともない、ベッドで用いる枕がとんでもなく大きかったり、長かったりします。もはや、ベッド馴れした日本人ならこれは何も違和感はないですが、日本の枕は普通アタマをささえる程度の大きさで、手で抱え込むくらい大きいわけではないものでした。それで、昨年来、日本風の枕は中国でどうなんだろうか、と調べていましたら、どこのスーパーにも「日式枕」が少しずつでも置かれていて、利用するひとはいるようです。昨年暮れにある大手商社に別件で訪問したとき、日本人が多く訪れる上海のIデパートでは、ひと月○○個日本のマクラ(それも高いヤツ)が売れるんですよ、と教えてもらいました。そんなにマクラだけでも、けっこうな取引高になるんだ、と思ってマクラパワーは引き続きアタマの片隅に入れておきました。6月に日本に帰ったときに、こんなに怪しげこの上ないチラシはないぞっ!!ていうほどスゴイ、「やせるマクラ」の広告を見つけました。その広告のモデルの水着の女性のやせ方がゾウがキリンに変身したような劇的さだったので、イチもニもなくそのチラシを上海に持ち帰りました。どうやら、先日報道されたのはその会社のようでした。誇大広告とは言いますが、広告は誇大でもなければいまさら見てくれない、ということだし、この程度の広告なら中国で朝から夜中まで日本と同じように永遠にやっているようなテレビ通販のあごを強引に引っ張って「身長が伸びる」器械とか、足裏に貼り付けて脂肪を取るような韓国式「足裏ダイエットシール」などはモデル自体が元々いいわけであて、どう見ても誇大に相当する広告です。基本的にマクラは売れる。。。やせたいのは女性の基本的願望。。。これを掛け合わせると、夢のダイエットマクラ。それを強調しすぎると、業務停止をくらう。でも、中国ではいけそうな感じがしますね。誇大表現が的を得る場合もある土地柄ですしね。受験競争の激しい中国社会。「眠っている間に暗記ができる」とかいったマクラが昔あったなぁ。あれもいけるかも!!
2005.11.06
日本のタイタイへ電話しました。労をねぎらうまもなくケンカ。どうしようもありません。とうぜん、わたしがいけないのですが・・・。帰ってくるまでにやっておいて、と言われていたことが、ほとんどカタチになっていないのがその理由です。しかし、そっち(わたしのこと)はアタマでばっかり考えていて何も行動しない、と言われたので、ガチャン!!と切ってしまいました。おそらく今のままだと、こちらに戻ってきても、ケンカしか起こらないのではないか、という気配です。気持ちが入っていても、感情的になってケンカすることほど愚かなことはないのですが、焦りがないことはありませんから、それがつい相手が身内だとバッと出てしまうのです。いまのタイミングでは、なるべく一緒にいない方が得策のような気がしてきました。わたしは、わたしなりにやれるようなことから、やっているつもりです。それが、計画性がないとか、無謀だとかは、どうでもいいのです。じぶんで決定しているか、どうかが問題なのです。ただし、家庭を守る側のタイタイは、もう目の前がぜんぜん見えないような状況がずっと続いていますから、気持ち的には相当たいへんでしょう。ですが、いったん敷かれていたレールを飛び出して、新たにじぶんのレールを敷く作業ということをしているので、こんなことは当たり前なのです。でも、奥さんよく我慢しているな、と思われますが、そのくらいのことを耐えられなくて未知の世界を突破する資格はない、と言えます。ましてや大競争時代突入の上海です。わたしはタイタイだったら、この先もダイジョウブ、と信頼しているので、つい声を上げてしまうのです。わたしは、すぐにウマくはいかないかもしれないけれども、じぶんの道を信じて、生きている限り残り1%の確率に陥っても賭けます。店を開いたり、会社を立ち上げてからっと言って、必ずしもすぐうまくいくはずはないのです。それをまず維持して、少しでも発展させていくことができる段階であっても、またその進むべき道は新しい未知の世界です。いろんな波乱や恥をかいて乗り切っていくのです。格好はつけたいのが人間の心理ですが、格好よくはいかないことも、自然の人間のするうちです。そういう覚悟がないうちは、まだダメなような気がします。「どうだ生活するのって、けっこうたいへんだろ。」わたしのオヤジが社会人になってからわたしに向かって昔からよく言っている言葉です。じぶんの理想とか欲とかもろもろと葛藤して生活を築いていくことはそうそう容易いものではありません。そういう段階でもがいていることをこの際、最後にしたいですが・・・。この国で、もし食えるレールを敷けるようになったら、いままでの苦心が宝に変るはずです。・・・ひとは栄誉を受ける前には、試練を受けなければならない。(ソロモン)
2005.11.05
時間をつくってあたらしい見聞を深めようとビジネスセミナーにも参加しています。先日は、Uさんと、上海起業ストーリーさんとで落ち合って、中国におけるネットビジネスについてのセミナーに参加してみました。じっさいのネットビジネスの手法というより、ネット普及具合のデータや検索エンジンサイトの利用法などの話が中心でしたので、いますぐわたしたちの仕事には役立つような内容ではありませんでした。こういう場所では、やはり知った方にお会いしますよね。ちょうど、となりには上海なシャンプーさんとバッタリ。休憩時には、斜め前からジャンヌダルクさんが歩いてこられ、しばしのご挨拶。たまたま隣のかたが渋谷ビットバレーの会社の女性技術者でした。その後、わたしが上海起業ストーリーさんに話をつけたかった人材派遣会社のコンサルタント氏が、ひょっこり名刺を出してきました。これは、すぐにO女史につなげました。ひとって、磁石だという見方もあるようですが、さいきん何かを真剣に思ったりしていると、それに関係する出来事がポッと出てくることが続いています。いまは、引き寄せられるものはなんでも引き寄せてしまえるような錯覚にさえ気持ちが高揚することが続いているのかもしれません。セミナー途中で、実際のじぶんたちの仕事の打ち合わせ時間に鞍替えしました。いろいろ、立案、落としていこうとすると、おもしろそうなアイデアもまた出てきます。着実にアイデアが具体化する手前にいるような気がします。このときの産みの苦しみというのが、あたらしい仕事に取り組むときの一種の洗礼ですよね。あとは、コンコンと閉ざされたドアを叩いていくような作業がしばらく続きます。これがひとつでも開かれれば、案外スムーズに広がるかもしれないのだ、と期待と希望をもって取り掛かります。ほんとうに環境を味方にできるか、どうかが分かれ道なのかもしれません。・・・目標に近づくほど、困難は増大する (ゲーテ「親和力」)
2005.11.04
LGさんのお子さん愛称MONMONクンは、ウルトラマンが大好きです。たしか4歳になったばかりです。ウルトラマンのお面を被って、スペシウム光線など放つアクションを好むのは、じぶんの子どものときと同じですね。あれをカッコいいと自然に感じるのがフシギですよね。子どもにいくら京劇を見せても、見栄を切ったり、甲高い声で叫んだりはしないのに、ウルトラマンだとそのマネをする。基本は同じ勧善懲悪なのに。同じく、日光江戸村とかでお土産に買ってきた水戸黄門のスペシウム光線ともいえる印籠をたとえ子どもに渡しても、控えーっ!とはあまりしませんものね。倒す相手が怪獣だといいんでしょうかね。ちなみにそのウルトラマンのお面も中国独特のペニャペニャに柔らかいプラスティック容器と同じで、異常に薄っぺらでした。それは、そうとそのMONMONクン。アイ(家政婦さん)っ子で、必ず食事をするときに、食べ物をいつも口に入れてもらっていました。わたしでさえ、さいきんはタイタイに口に食べ物を運んでもらったことなどないのにです。こんなんで大丈夫なのかな、とタイタイとも口をそろえて心配していたんです。甘やかされて育てられているのが現在の中国家庭教育の問題点ですからね。ところが、11月1日に訪問したさい、夕食時彼は「とつぜん」箸を使おうとして、箸でおかずをつまみ始めたのです。両親、アイ(家政婦さん)、オバアチャン、わたしの見守る中、ついに箸を使って初めてじぶんの手で食事をするようになったのです。いつもより多くまわっていますーって染のスケ染太郎じゃないですけど、いつもより多くご飯をたべていました。これはやはり拍手です。101匹目のサルの観察ほど大げさではないでしょうが、とつぜんあたらしい動きを目撃するというのは、けっこう嬉しいものですね。
2005.11.03

LGさんの奥さん(以下LGタイタイ)と会社の最後の申請段階を行うために、上海のやや郊外に位置する南翔(ナンシアン)というところへ行ってきました。まず、家からそう遠くない、会社の登録申請を代行してもらっていた会社へ行きまして、そこで提出書類の確認と、不備がないか確認してもらいます。そこから、今度は家からけっこう遠い南翔までギリギリバス(スクラップ間近そーなバス)で約1時間。ケツイタ。激しく変る上海郊外の景色を眺めながら同行しました。なぜ、ここの一帯で会社の申請処理をするかといいますと、上海の市内中心で申請するよりも検査があまい、また早く処理されるという利点があるようで、上海に拠点を構えるローカル企業もかなりの企業がわざわざここで会社を作っています。つまり、ここのエリアもそのことによって街が成り立っているというわけで、会社ができれば、ここにまずお金が落ちるような場所なのです。また、ここに来て一度で済むわけではありませんので、何度も足を運ばなければイケマセン。「経済城」とは、税金などを報告処理するためのいわばお役所のようなもので、このようにたいへん大きな建物の中です。しかし、主に売られているものは、ズバリ領収書です。LGタイタイが幾枚もの申請書類にどんどん文字を書き込みます。提出作業は肉体的にけっこうハードで、お疲れ気味の中、一生懸命に書き込んでいるのを見ると、後ろから抱きしめたくなってしまいました、いや、ウソ、ガンバって仕事を作り出そう!!という気持ちになりました。幾枚もの紙に判子をついたり、コピーしたものを添付したりとやはり中国企業なら会社なんて簡単につくれるよ、とは聞いていても、きょう正式に領収書や帳簿などを受け取るまでには約2ヶ月はかかりました。(4者会談などしたり、資金調達など、ゼロの状態からは半年ほど)営業許可書はもらっていましたが、これでようやくわたしたちの会社は正式に始動できることになります。(売上を立ててもいいという意味で)ひとまずホッとしています。この帰りにバスの中でLGタイタイからイスラエルでの経験話をいろいろ聞きました。イスラエルというのは歴史的にも民族的にもいろいろある国です。誤解を招きかねない話も含まれていましたから、この話はブログで伝えることはいまのところ控えましょう。夜、義烏系日本人さんが、出張で上海に来られたので、中山公園で待ち合わせて、探し当てた大衆食堂で会食しました。たまたま入った食堂ですが、氷山のような店で、入り口からの見た目はわずか三席くらいしかないのに、地下が無駄にだだっ広いヘンな店でした。ある意味、上海のような底知れなさのような。味つけは濃い目で、ご飯がマジうまく、ガンガンいけましたので義烏系さんは、「けっこう舌が若いですね。」と漏らしていましたが、そんなに14歳も歳が離れているからといって、(意味深)わたしをポリデント扱いしないで下さいよ。かれは、これからその中国語の実力と問題意識の高さ、それに謙虚さを売りに、これから上海と義烏をブリッジするエキスパートとしておおいに活躍されるでしょう。帰り何となく適当なバスに飛び乗ったら、とんでもないところまで行ってしまいました。心に羽が生えてしまったのかしら・・・。単なる酔っ払いか・・・。若くてヤル気に溢れた若者を見ると、俄然上海でこの先わたしも前進あるのみだ、と思ったのでした。
2005.11.03
ひとり暮らしになって、寒くなってきたこともあり、やはり食事を作るのは億劫になってしまいます。家に篭っているときは、もっぱらインスタント食品か冷凍食品ですませます。この前インスタントラーメンを作ってみたら、麺の割合に比べてスープが大量に余ってしまい、捨てるのは惜しいので、それにお米を入れて煮込んでみました。どう考えてもヘンリー王子とかはしそうにない行為ですよね。出来上がってみると、ゆうに3日は持ちそうなくらいな分量に仕上がってしまいました。しかも、見た目は犬の飯(犬に失礼ですが)のようで、あまり美味そうではなかったのですが、口に入れてみたら、意外にイケて、あっ!そうだこれはリゾットなのだ、とネーミングしてみたら、口の中でオシャレな味付けに変ってしまいました。パセリかなんか微塵切りしてパラパラまぶせれば、どうでしょういきなり食卓が豊かになってしまったかのようです。(アタマの中での想像ですが)きょうもこんどは違うインスタントラーメンをつくってみて、余ったスープにまた同じようにおコメを入れて煮込んだら、「上海風ヘルシー雑炊」なんてイメージでしたよ、まさに。まぁ、先日もAさんたちと話しているとき、起業家、起業家って言っているけれども、早い話「求職者」だよね、って言ったら、笑っていましたけれどもね。でも、そういう認識の置き換えって自作自演かもしれないのですが、力んだ気持ちをほぐす意味でも、けっこう力の源で、わたしはけっこう好きです。でも、こんな屁理屈若いうちから身につけられてしまったら、厄介ですよね。でも、こういう「遊び」の部分があるのとないのとでは、ほんとうに精神的に違いますね。・・・要するに、タイタイ不在の上海でのひとり生活、インスタントラーメンだけでは空しい、ということを言いたかっただけです。「はやくきてくたされはやくきてくたされ」(by 野口シカ)
2005.11.02
イスラエル、バンコク、深センを周遊して戻ってきたパートナーLGさん夫妻と会合しました。ほんとうは、イスラエル旅行記をゆっくり聞きたかったのですが、会社始動の本題にすぐ入りました。その席で、めずらしいモノを食べました。サトウキビです。みなさんは、食べたことがありますか?わたしは、生まれて初めてサトウキビというものを直に食べました。竹のような節の周りを口で裂いて、中身の白い部分を噛みました。なんかオランウータンの食事のようなイメージでした。なかなかほどよい甘さと噛み応えで、けっこうな量を食べました。この食べたサトウキビは、上海産で皮の色がミドリです。ふつう中国の南方で取れるサトウキビは赤茶色っぽくて、これはおそらく沖縄の久米島あたりのもそうでしょうが、上海独特のサトウキビらしいのです。浦東で採れると言っていました。道端ではよくサトウキビジュースを売っていますが、あれもサオダケみたいですが、赤茶色ですよね。LGさんたちと、具体的に目の前にある課題を進めることを確認しました。そして、LGさんの奥さんはほぼ毎日自分のお友だちなどから仕事の情報を集めているのですよ、と伝えてくれました。じっさい、わたしたちが把握している内容と、彼らとの情報の温度差はほとんどなく、単に(中国独特の)手続きなどの問題で少しクリアしなければいけないことがあるということで、話し合いついでにきょう奥さんと南翔の経済城に会社の諸手続きの一部をしに行くことにしました。あともう少しで点と点が線で結ばれる、ような雰囲気になってきました。LGさんたちも同じような気持ちでいるようです。先日は意外な点と点も結ばれることを経験したばかりですが、こんどのラインはわたしたちにとっての本題ですからね。タイタイ、Sさん近日中にGOサインを出しますよ!!・・・あせることは何の役も立たない。 後悔はなおさら役に立たない。 前者はあやまちを増し、 後者は新しい後悔を作る。 (ゲーテ)
2005.11.02
この間も書きましたが、日本側で窓口業務を担当してくれるSさんは、現在本業準備の傍らネットオークションもやっています。その内容は、細かいものが中心でマニアックなものが多いです。いま出品しているものは笑っちゃいました。ひとつは切手シートです。レスラーのような体躯をしていてスキンヘッドの彼が切手を集めていたわけがない。(偏見ですが)あの太い腕の、肉厚の指先でピンセットを使って、切手シートを整理していると想像しただけで、笑えます。どこから引っ張ってきたんだか。また、それに加えて「ドラゴンボールの消しゴムたくさん」は壮観ですね。西安市郊外にある兵馬傭のような陳列ですね。多すぎて、面倒になっちゃたんでしょうか。下のほうは雑然としています。業者さんが買うかもね。アメリカに持っていくとか。こういう日本のマニアックなおもちゃもけっこう中国でもこれからはブームになるかもしれませんね。何しろ、収集癖はどこの国のひとも共通の部分がありますからね。じゃ、やっぱもとの仕事を上海でやるんじゃん?と思われそうですね。上海駅や人がたくさん来そうなところで、フィギュアの店はけっこう増えてきていますよ。ガシャポンコーナーとかも。路上での毛沢東グッズ売りよりも人気はありますね。なんかそういうマニア系の店って案外なくならないんですよね。カタチを変えて。豫園の近くにあるモデルカーの問屋さんなんか行っても、品はそろっていますものね、すでに。Yさん。アキバ系のレンタルコスプレ○○○ショップ中国でやりますか????
2005.11.01

Sさん(Sというひとが多いな)からいつもいつも言われている兵法は、一点突破の姿勢です。じつに、これに尽きるんではないだろうかというくらい大事な知恵です。たとえば、こちらに来て、いままでのわたしが執着しているのは、ただひとつ中国でビジネスを成功させる、という一点だけです。Sさんのきわめて明確な攻め方とは違って、じつにゾーンが広い曖昧かつ不明瞭な目標なのですが、その一点だけに関しては、あまり疑いを持ったことはないのです。ですが、その戦略とか戦術とかは、あまり深く考えていません。ところが、漠然とそう考えているだけでもけっこうそのための情報とかは集まってくるもので、(じぶんの独り善がりかもしれませんが)ヘタな考え休むに似たりで、考えないように努力しています。これは努力ではなくて性格の問題ですか。もし一回だけ魔法のランプに好きなことがお願いできるのならば、永久に何度でも好きなことがお願いできる魔法のランプが欲しい、と考えるような性格ですから、しつこいと言えば、しつこい性格だなと最近感じるようになりました。まだ起業して間もないわけなので、あまり贅沢言えないどころか、いままでの縁をたいせつにして、もっと深くじぶんの足元を掘っていかないといけないと思っています。あと、新規にビジネス用のブログかサイトを立ち上げるべくいま準備しています。とは言っても、わたしのテクニックですので、あまり画期的な内容ではありませんが。二兎を追うものは一兎をも得ないと言いますが、一石二鳥という言葉もあります。(わたしの知り合いには一度に好きなものを2つゲットしてしまった若き女性経営者もいます!!恐縮でーす!!)神がかったカリスマ的な経営者は、じぶんでじぶんの都合よいほうに物事を解釈してしまう能力が長けているのではないでしょうか。二兎でも十兎でも、取れるように伝家の一刀を磨いていきたいものです。ところで、上述したその魔法のランプとはじつは誰にでもある「じぶんのこころ」だと、感じるようになりました。さすがアラジン。・・・森の奥深くに進めば、進むほど多くの薪が取れる(ロシアのことわざ)この意味は極めて深いですね。
2005.11.01
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