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思っていた観音寺ではなく、ただ階段があるばかりなのでした。仕方がない、探す。探す。何十年も前の記憶は肝心の所が全くなく、道路も家もずいぶん変わっただろうことは想像に難くなく、親切な人達が色々教えてくれても・・・やっぱりないのでした。でもまー紅葉の季節だから、間違えて手を合わせに行くのもいいんじゃないでしょうか。 ↓ 安養寺への道 ↓ 岩戸神社入り口行く気はないのに、こういう所にはすぐ行き着きます。どんな大岩か、上まで行こうと思いましたが、今日は履物がカランコロンいうのです。歩くのに適しません。またそのために来たのでもありませんし、後日の楽しみと致しましょう。だけどどうして信貴生駒山麓には、こうも社寺が多いのでしょうか?理由は?あ、そうでした。思い出しました。。ま、なんにせよ日本一なんだそうです。高度経済成長時代には、大勢の神様が山を降りてしまわれたらしいけれども、それでも。「生駒の神々」を書いた宗教社会学の会の人が言っておられました。これでは勝井純がお世話になっていた神武ゆかりの地のお寺も探せないかもしれませんが、次回は東大阪を中心に探してみようと思います。
2014.11.30
年をとるほどに、真に受け継ぐべきものは「農」なんだな~と思う。米、野菜等々。食文化というより、材料そのもの。智恵が詰まっている。
2014.11.30
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近いのにちっとも行かない宝山寺。弘法様の御尊像を朝飾った時、はたと思い出した、歓喜天。天気も良いことだし。菜畑の裏の方から見える瘤の表側が行場だ。私はここがひたすら好きだ。見上げてはいつも思う。大昔はともかくも、ここで修行するなんて素敵だ!と。修行しないもんだから楽しい想像をする。しかし怖いだろうな~とは思う。なんせ高所恐怖症だから。今は、湛海律師なんだろうか、仏様は囲い。カッコイの中。本堂は改修中だから、門前からの正面だけ写真を撮る。いや、ここは文殊様、ここは不動明王と、行く先々、仏像の名を見るや否や真言をすらすらすらすらあげられるご婦人や、祈りのように深い声で頭を垂れておられる方のあって、良い場所でシャッターを切りにくかったのだ。さーしかし帰ろうとして、見えなくてもいいものが目に飛び込んできた。永代供養二億円!あるところにはあるもんだ。一億円、五千万、五千万、五千万、三千万、、、ずっとこんなふうに続く。そして下段に来てようやく五百万だ。この年になるまで、しげしげとそんなものを見ようとは思わなかったが、たいしたもんだ。そういうこともあって、ここはこんなに綺麗に厳かに保たれているのだろう。もし億万長者になったとて、死後なんてどうでもいい私には、不思議な光景であった。帰りはゆっくり断食道場の前を走った。看板が寂れているが、いつ来ても懐かしい。滝泰三がすっからかんになった内臓をおしひらいて、早朝に見た黄金色に輝く八尾平野を私はいつも想像する。異次元の朝だ。こんなに近いのに、ここはいつも懐かしい。
2014.11.25
出来上がったばかりの詩を詠みながら目覚めたのに、起き上がるとすっかり詩は忘れられていた。夢の中の詩は儚い命だった。昨日、大阪の友人から絵手紙が来ていたから見た夢かもしれない。ところで、絵を大きく描くあれを、どうして絵葉書ではなく絵手紙というのだろう?彼女は毎年柿を描く。今年の我が家の柿は、大阪も奈良も全然収穫なしで、彼女にも一個もあげられなかったが、柿の絵手紙は、一番最初私が柿をあげたその年から始まったようだ。手紙の内容からはまだ頑張っているみたいだが、いつ隠退しようかと、その時期を探っているのかもしれない。が、退隠隠退と言いつつ、或いは一生頑張るかもしれない。それもまたいいことである。租谷にも剣にも行こうと言っていたが、一生約束は果たせそうにない。その間、彼女は二回も富士山に登り、私の山はもう眺めるだけのものになってしまった。鉱物採集には行きたいが。。。今朝は良い天気だ。雲間にのぞく朝陽は眩しくて直視出来なかったから、目を閉じてベランダで自己流の体操をしてみた。猫三匹と一緒に寝る日々は、足腰がきしんでしようがないが、体操でつっぱる所を伸ばすと実に快く痛む。彼女をここに呼びたいような気もするが、そうしたら少し面白いことが出来る老後もあると思うが、彼女もママさんも言うだけは色々言っても、住み慣れた所からはきっと離れないのだろう。しかし、人間はあと五年なのか、あと二十年三十年あるのかで随分違うから、私自身は何年であっても生き方がさして変るとも思えないが、死ぬ年が決まっているというのは、なんとなくいいと思うのだ。それにしても今日は本当に良い天気だ。
2014.11.10

底冷えなんだそうです。コタツではありませんが、寒くなると猫は温かそうな場所を見つけてうまく眠るもんです。夏は上手に涼しいところを見つけるし・・・水木の熊楠を描いた傑作『楠猫』じゃありませんが、ほんに猫というのは気楽です。餌は人間が与えてくれるし、自分は季節によって恋愛に勤しむだけでいいのです。寒い朝も布団にくるまっていることのできない人間はほんに気の毒な生き物であります。いやしかし、こういう日が続くと紅葉もいい色になってくれるんで、秋を楽しめる人間も、これはこれで結構な存在です。
2014.11.04
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