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世界一為になるなら読んでみねば!とひろげてみた『神の革命』。多様な価値観は産業革命以来だと駿河屋助次郎はその著書の中に書く。いつの時代でも 愚かなる人々の説得は 神より悪魔の方が上手である正義の真剣は いつのまにやら通俗な邪剣にすりかえられる 産業革命は価値観の植え込み作業の本格化みたいなことだったと私は捉えている。世間が多く使っている価値観という言葉は実は好き嫌いの話だ。技術の発達は枝葉末節を生きねば立ち行かない世をつくるが、騙されなければ本当の価値観は実は一つに決まっている。どこまで考えるのか、真の答をどこにみつけるかと問われた時、普遍まで、その普遍を生きるということが答ならそれはそうなる。迷妄による技術の進歩。多種多様な価値観を植え付けられた者達が喜びそうなものを入れ替わり立ち代り生産する。なんの本だったか、奴隷の話の時にあったな~。奴隷制度なんて廃止してもなんてことはないよ。高い賃金払ってもなんてことはないよ。だって払った分かそれ以上もの分をまた使わせるように考えりゃいいのさ。一生形を変えた奴隷ってわけだ~だったかな。ベトナムのフンさん、ベトナムにはフンさんだらけなんだけど、そのエリートのフンさんが言ってた。今やベトナムに帰ると腹が立つんだって。日本人勤勉、ベトナム人怠け者。日本人時間守る。ベトナム人ルーズ。日本人綺麗好き。ベトナム人不潔。果ては気候も、日本清清しい、ベトナム暑くて生ぬるい。なぜ怠け者なの?だって暑いからあまり立派な家でなくてもいいんですよ、ほったて小屋でも。魚は手掴み出来るくらい川にうじゃうじゃいるし、果物もあっちこっちになってるから勝手にもいで食べてもいいし~~あら~いい環境!だから昼ごはん食べに家に帰ったらそのまま寝て、もう昼からの作業が出来なかったり、ね。それはそれでいいんじゃないの~?それこそそういう価値観でいいんじゃないの~羨ましい環境だと今の私は思ってしまうが、憧れの日本に住んで、日本に慣れて、自国の発展を担うエリート技術者としてはじくじくたるものがあるのは容易に理解出来る。若いしね、それでいいとも思う。地球は行かざるを得ないように出来てるし・・・要はどこで降りるかって漱石の話でもあるんだ。世界一為になるこんな話は、子供の頃にそれとなく植えつけておくもんだ。そうするとバランスのとれた世の中になる。何かの為、誰かの為、自分の為、死ぬことの出来た人の生を慈光さんが書いていたが、その人が産まれた時持たされた最高の武器。エネルギーの使いどころ。尊い生のあり方は、子供の頃 心に刻ませておくもんだ。どんな本でも、それが心に刻まれたら、それが最高の世界一自分のためになる本。
2011.01.27
♪白地に赤く日の丸染めて~急カーブの手前で小高い山に日の丸を見つけて、すっかり忘れていた歌を突然思い出した。嗚呼、美しい!とは思わなかったが、風に翻っている日の丸に目を奪われてしまった。あれは・・・ここが阪奈の最初の急カーブを曲がった所で・・・もしかしてあれが饒速日山か?向うからは鉄塔の向こう少し下。あの山はこちらから見るとあのように見えるのか?しかし確かめようにもここはどこにも車は止められない。急カーブを又曲がる、また曲がる。日の丸が見える。違うものも見える。明かりだ。樹木に遮られて見にくいがいっぱいの灯りだ。なんの?電球ではない、松明でもない、なんの?いよいよ車を止めたくなるが、いくら近年交通量が減ってるとはいってもここは昔暴走族が好んで逆行していたヘアピンカーブなのだ。とめるわけにはいかない。少しゆっくり走って振り返る。けれどそれ以上は確認出来ない。饒速日山か?それとも春日神社の大きな磐座横の階段を一番上まで登って更に登りつめたら饒速日山に行く手前であのようになっているのか?記憶を辿るが、山は傍で見たのと離れて見るのとでは随分違うから判りようがない。しかし・・・あそこが春日神社の裏山ならそこは昔 天王山と呼ばれていた所に違いなく、御神火は春日神社からそこに運ばれていた筈だ。なんとかいう祭の儀式に使うものをまだ春日神社から納めなければ枚岡神社の祭祀が行われなかった頃の話。たしか写真入りで枚岡市史に載っていたと記憶するが・・・やっぱり饒速日山=天王山はでしょ?なんて、あんな誰もいない、樹木と岩肌以外は何も見えない崖横の日の丸。十幾つくらいあろうかと思われる灯火。あんなことをするのは古代史ファンか、それとも天王山での祭は今も行われているのか。遂に車を停めるチャンスもなく考えるだけで通り過ぎてしまった。二十年、三十年と阪奈は走っている筈なのに、初めてあんな所に日の丸を見た。今度またいつか春日から上に行ってみようと思うが、春日に誰かいたら、それとも樋口さんかな、ああいう人に聞いたら、日の丸と灯りの意味はわかるのかしらん?あそこがその近くに出来た動物霊園ならただのお笑いだ。けれどま、こちらからはあんな急峻な所にそれはないでしょ。そうだ、そういえば去年は元山上口に行く手前の生駒線のレールが川沿いを走り出す所にある踏み切り付近、あれは竜田川なんでしょ、その川に両側からひっぱたように注連縄がしてあったのだけど・・・今年はなかった。。。私はあれは毎年しているもんだと思い込んだが・・・違った。なんだろう、あれも誰か土地の人にでも聞いてみないとさっぱり判らない。わからないことだらけだな~。わかってもどうということもないけれども。
2011.01.26
今朝になってひょいと『伊勢神宮とトコヨの神』を思い出して検索すると・・・あるではないか!以前は絶版で探してもなくて、あっても読みたい所は何箇所かだけでネットでは大方読めてしまうのに高すぎて、仕方が無いから三重の県立図書館にたのもうかと思っていたのだけどなんだかだんだん面倒になってきて、司書の方には親切にしていただきながら、御礼だけ言ってそのまま放置していたのだった。早速注文。明日か明後日にはもう届く。便利な世の中になったもんだ。反対の届くまでの楽しみというものがなくなったが。それにしても伊勢自動車道だけでなく紀勢自動車道も無料実験区間なんだ。滝原まではすぐだ。一度は行きたい滝原宮。伊勢でのお鏡の最初の御鎮座地。高木の神の地。地図を見ていて面白いことに気付く。滝原、大紀、多紀、玉城、これは大昔は皆同じ呼び名だったんだと思う、多分。桜井から向こうの初瀬川、長谷寺、泊瀬部皇子、これらは皆漢字以前は同じだものね。松田先生、河内長野、桜井、大宇陀、伊勢、伊勢神島、これらの地理学、地名研究やっておられたのはいいけれど、ざらばん紙の上のHBでの小さな小さな大量の書き込みは読めない。おまけに達筆。近頃こんな小さな字は眼鏡なしでは読めないな~。
2011.01.22
墓参りを終えて、四天王寺まで歩いて薔薇の苗を買って、さて、ここから待ち合わせの日本橋までどうやって行こうか・・・地下鉄に乗るか、歩くか・・・こんな場合、私は大抵歩いてしまうわけで、時折通ったヨガナンダジの瞑想会の場所も、たまに立ち寄った喫茶店も横目に見ながら、信号向うの地下鉄への階段も通り過ぎてすぐ、何気なく首を向こうに向けると、目に飛び込んで来た文字が〔一元の宮〕。あ、こんな所にあったのか・・・と、思わず立ち止まった。子供の頃、信貴山に鳥獣保護区域の看板を見たことはあったが、今はそれがどこだったかさっぱり思い出さず、夕陽丘に一元の宮見たことなく、すっかり記憶から忘れ去られていたような宗教だが、予言が外れたからと自殺を図った教祖なんて珍しくて、割合気になっていた時期があったのだった。どんな本殿か少し興味がわいて道を折れてみた。向うから三人連れの若い人達が来て前を歩いて行った。と、その一元の宮に入るほん手前に石碑があった。「夕日岡(夕陽丘)命名の地」とある。しかし誰が命名したものなのか、石碑を読んでもわかり辛い。 契りあれば 難波の里に宿りきて 波の入り日を拝みつるかな鎌倉時代の歌人 藤原家隆は自分の小庵を『夕日庵』と名付けたほどに、そこは沈む夕日の美しい所だった。その家隆を尊敬し、死んだら家隆の傍で眠りたいと言った伊達宗広の墓所は本人の希望通りとなった・・・が、そういう謂れのある地ではあるらしいが、誰がそのように名付けたのか。。。ここにはいつぐらいまでか、小松帯刀の墓もあったという。私は、聖徳太子がこの日出る国は海の中の小国ではあっても、大陸にひけをとらぬ国だということを示すべく、その頃は目の前が大海のこの上町台地に、遠く船上からも堂々たる姿の四天王寺の赤い鳥居を建てたのだという話がいたく気に入っていたが、なるほど、ここからの夕陽の美しさは想像に難くない。我が家からの夕暮れ時の大阪湾方面、瀬戸方面に沈む夕陽は、毎日絵を描いて暮らしたいと思うほどに心打たれるものがあり、時に時間の経つのも忘れて呆けていることがあるくらいだもの。。。子供の頃憧れた夕陽丘の名の由来をこの年になって知り、衰退して小さな建物しか残っていないような一元の宮にお参りしている三人の若者を見、なに考えるとも考えずともなく日本一へと歩をすすめた。実は日本橋電気街に行く前には必ずといっていいほど『丸福』に寄るのだ。京、出町柳のカミヤはなくなったけれども、織田作も田辺聖子も愛した『丸福』珈琲店は今も昔よく通っていた頃とほとんど何も変わらず・・・今は北浜にも寝屋川にもあるが、やっぱり本店には敵わない。今日はそのあと日本橋で充電用バッテリーを買って恵比寿町まで歩いて、ついでに通天閣まで行って、しかし昔馴染みのぜんざい屋には入らず、新世界をじゃんじゃん横丁の方に行った。ついでのついでだから行きたい店があったのね。気がつけばなんのこっちゃ。墓のある天王寺からほぼ一周。新年二日目は結構歩きました。
2011.01.05

左に剣。右に鏡。小さくて愛らしいので思わず笑みがこぼれます。勾玉は宮中なんですよね。 長弓寺で一等いいのはここでしょう!私はここが断然いいと思います。素通りなさる方がほとんどですが。天明?年? 風化して読めない文字が多いのですが。根っこがどこからともなく這って張って来て、倒れかけてるのもあるんですけれども。
2011.01.02
私はいつも空に抱かれているような気分で寝ていますから、初日の出は布団の中で見る元旦です。今年は新年早々から 日本列島 豪雪のニュースです。大阪なんて一年に一回雪が降ったらいい方です。今年はどんなもんでしょう。元旦は風強かったですが、大阪は思った通り 晴れ! でした。例年通りです。私は、どんな予報が出ていようと、正月は晴れると、何時ごろからか、なんとなく決め付けております。年をとる毎に、そう思うようになりました。折角の快晴でしたから、あちらこちら、参拝に行ってまいりました。実は御開帳の時、行ってみたい処があったので、ついでと行ってはなんですがニ三。一番行ったらいい宝山寺は満杯でしょうから行かずじまいでしたが。年末年始は猫が四匹顔を揃えますので、その牙を向いてばかりいる猫が一匹いると部屋割りなんかが大変で、私はぐったりしております。~~まー色々、うるさいのが苦手な私は威嚇する猫の声と、図体ばかり大きい男どもの多い正月は胃が痛んでくるのでした。今日はこれから墓参りです。帰りに日本橋に行こうと思うのですが、電気屋街は開いてるんでしょうか?丸福あいてたら嬉しいな~。
2011.01.02
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