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詩篇3:3ー4 しかし、主よ。あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、そして私のかしらを高く上げてくださる方です。私は声を上げて主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。 幸いな人生は、何事があろうとなかろうと、しかし!!と、バットを手に立つことです。空振り三振なし。必ずピットかホームランで、勝利になります。それが真実の人生です。歌わない、運動もしない。72歳の今までに逆立ちもしたことがない。大地は両足で立ち歩く所、小学生、中学時代、先生たちも困っただろうなと思います。できるからやって見よう。。やりなさい。しなければ立っておれ。当たり前。立つための足だ。立っていようと、逆立ちやとんぼがえりするのを眺めていました。16歳でイエス様を信じ、人生は平安と喜びに変わり、不可能は可能になりました。運動はしないけれど、どんなことがあっても、しかし、勝ち得て余りありで、ヒットしホームッランにさえなる日々です。17日の夜、愛する妻が天に召され、ひとり暮らし。けれども3月4日に入院したので、ひとり暮らしの練習も。77日目にもう十分とみて、「て・・・ん・・・ご・・・く」と、握手した手に指文字で書き、その手を上に上げ、安らかに静かに召されました。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。アーメン。 ジャンル:ウェブログ
2015/05/31
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聖書の一言;詩篇119:9-11 どのようにして若い人は自分の道をきよく保てるでしょうか。あなたのことばに従ってそれを守ることです。私は心を尽くしてあなたを尋ね求めています。どうか私が、あなたの仰せから迷い出ないようにしてください。あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました。2013年5月に新幹線車中で、67歳の教会員が召された知らせが入り、新横浜から引き換えし、式等すべてを終えました。コンサルタントであり、健康アドバイサーが召され、何か記念をと願い、創世記1章1節から、聖書の一言と題してブログに書き初めました。ランダムに思い感じるままの、聖書の一言です。けじめ良く、明日6月1日から、新約聖書のことばを書くつもりです。高校1年生の16歳でクリスチャンになり、聖書を読み続けています。聖書を読もうと決めたきっかけとなったのが、今日の詩篇119:9どのようにして若い人は清く保てるでしょうか。自分の求めと同じことばに驚き、あなたのことばに従ってそれを守ることです。聖書を読み、聖書のことばを心に貯え、それを告白し、実行すれば良いと、単純に受け止め、その日から57年間、毎日聖書を読み続けています。目の前には、開かれた聖書が置かれ、書斎だけでなく院長室でも、いつでも聖書を開けるように、大型の聖書があります。新改訳を使っていますが、新共同訳、口語訳、文語訳、フランシスコ会聖書、現代語訳、リビングバイブル訳、英語聖書など。書棚には聖書が多くあります。聖書は旧約聖書39巻、新約聖書27巻があります。その66巻を正典として受け止め信じ、神のことばとして100パーセント、アーメンと受け止めます。聖書の書かれた契約にアーメンと応じるのがクリスチャンです。アーメンはほんとうですと言う意味です。真実の神のことばにアーメンと言えば、神のことばどおりになる幸いを経験しながらの日々です。アーメン=誠=言が成る。今朝から、聖書の約束をしっかりアーメンと応答し、すべての祝福を受けながら、平安で幸せを受け止めましょう。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。アーメン。
2015/05/31
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詩篇1:2-3 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。 幸いな人は、聖書の教えを喜び、昼も夜もその教えを口ずさむ。57年間、その教えに従い、昼となく夜となく、それを小声でささやき、聖書のことばをぶつぶつつぶやいています。ラブレターをもらうと嬉しけれど、愛と全能の神様からの手紙が聖書です。読みきれないほどのその愛の思いと表現を、しっかり受け止めて返事するアーメン人生は、霊的に精神的に平安で幸せです。 同時に聖書に導かれる人生は、カーナビが誤差なく目的地に導くより確実に、永遠の天国へ伴ってくれます。家内は余命一年を宣言されても、生きて天国、死ねば天国と、その事実を真正面に受け止め、4年間生かされ、ありがとう、感謝しますと、平安に静かに、昨年5月17日夜、天に召されました。その生涯は、川のほとりに植えられた木のようでした。いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝する74年。最後まで愛の手に守られ、何をしても栄える日々を、いまはさらに栄え輝く天国です。一人暮らしも一年余りが過ぎましたが、幸いことよ!と、聖書のことばに支えられ、恵みと愛の中に守られ、明日は、鳴門ホープチャペル礼拝説教です。生駒市から、明石大橋、淡路島、鳴門大橋で鳴門市、神学生送迎で往復7時間のドライブ日帰りです。ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした。笑顔輝き孫たちも大喜び、感謝します。
2015/05/30
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聖書の一言;マラキ書4:2 しかし、わたしの名を恐れるあなたがたには、義の太陽が上り、その翼には、癒しがある。あなたがたは外に出て、牛舎の子牛のようにはね回る。朝はいつも5時前に置きます。寝室も書斎も東に面し、矢田丘陵を明るく染めて、朝日がいっぱいに射しこみます。ぐっすり眠るための3の知恵とういうパンフレットが届いた。夜ぐっすり眠るためには、毎日の生活習慣が大切。質の高い睡眠をとれば、あらゆる病を遠ざけることができる。手軽に実践できる3つの知恵。1、 朝日を浴びる=セトロニンを増やすひと工夫=朝起きたら、まずカーテンを開ける。朝日を浴びると脳内でセトロニンが分泌され、自律神経が整う。さらに、日光を浴びた14~16時間後には、睡眠ホルモンであるメラトニンが分泌。眠りに質も高まる。夜10時に就寝したい場合は、朝8時までには日光を浴びる。2、 反復運動をする=自然と寝つきが良くなる=脳内のセトロニンは、反復運動によって活性化。運動と言っても、食事の時によく噛んだり、歩く、階段をのぼるなどの軽い動作を一定のリズムで繰り返せな良い。3、 大麦発光酵素をとる=大麦酵素についての説明。やってはいけない生活習慣寝酒は睡眠の質を下げる=アルコールには覚醒作用があり、飲酒後は眠りが浅くなる。利尿作用で夜中に目が覚めたりで、ぐっすり眠るためには、寝酒を控えるのが賢明。寝る直前に歯磨きはダメ≈歯磨きで歯ぐきが刺激されると、メラトニンの分泌が滞り、寝つきにくくなってします。歯磨きは練る一時間前までには澄ませる。睡眠薬の常用にご注意=飲み続けると本来の自然な睡眠力が阻害され、服用が増える癖になる。聖書の睡眠薬で熟睡=詩篇3:5 私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。4:8 平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます。主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。その翼には癒しがある。神の愛の翼に守られて熟睡。豊かな愛の羽根布団です。眠っている間に癒しがあり、必要は豊に豊かに備えられる。明日のことを思いわずらい心配することなく、恵みの朝に生かされることを信じ、安らかな眠りを今夜。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日です。感謝します。
2015/05/30
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詩篇94:12-13 主よ。なんと幸いなことでしょう。あなたに、戒められ、あなたのみおしえを教えられる、その人は。わざわいの日に、あなたがその人に平安を賜わるからです。 何と幸い!朝ごとに、日ごとに、ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。夜ごとに、ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした!おやすみなさい。安眠と熟眠の幸せです。 15歳のときに、文語訳聖書を手にしました。16歳でクリスチャンになり、その日から聖書のことばに教えられ73歳の今日まで、生かされ続けています。あれがあるから幸せ、ないから不幸ではなく、財布かはからでも、幸せいっぱい。そうするとアドナイ・イルエ、必要も満たされ幸い。左右脳内出血、小脳内梗塞でバランスが良くなり幸せ。健康であることに越したことはないが、病の床であれ幸せ。特に、肺ガン末期余命一年を宣告され、2011年から昨年5月17日、安らかに天に召された家内、延命4年も、幸せでした。強がりでなく無理やり片意地張るのでもなく、イエス様の恵みの中で自然体。2012年運転中脳内出血で、大きな交通事故、入院中の馬場記念病院やペガサス・リハビリ病院でも、幸せで過ごし、看護師、理学療法士、介護士、入院中の方々も、アーメン信じますと祈ってくれました。「ただひとり野原を、歩いてる時にも、イエス様は私の力です。城です」「 主イエスとともに歩きましょう。うれしい時も、悲しい時も、歩きましょう。いつも」日曜学校でよく歌った、子供聖歌を口ずさみながら、今日も8915歩、裏庭を散歩です。わざわいを与えない愛の神、すべての出来事は神のなさる美しいこと。人が災いが来たと思うようなどんな時でも、心を騒がすことなく、豊かな平安を与えられます。ホスピスで平安に静かに召される愛する妻のすがたにも、聖書のことばどおり、真実まことにアーメンです。その平安な姿に接し、その日5人が洗礼。召された日、看護師3人、葬儀社員4名もアーメン信じと、イエス様を受け入れる。召天式前にも5人洗礼。平安にまさる宝なしです。明日も元気で徳島県鳴門市へ。鳴門ホープチャペル礼拝説教。送迎で日帰り往復です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした。平安と幸せ、笑顔で感謝します。
2015/05/29
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聖書の一言;マラキ書4:2 しかし、わたしの名を恐れるあなたがたには、義の太陽が上り、その翼には、癒しがある。あなたがたは外に出て、牛舎の子牛のようにはね回る。8年ほど犬を飼ったことがある。チーフと名前を付け、朝夕の散歩を欠かせず続けた。山へ連れて行き、鎖を外すと喜び走り回り、帰りに鎖につなごうとすると、近くまで来てすぐ飛び退く。自由の喜び、解放される楽しみを満喫する姿に感動したものです。北海道の札幌に行き、郊外のホテルに泊まり、朝近くの牧場を散歩していると、牛舎からでた子牛が跳ね回る姿を見た。種子島では山羊を飼ったことはあるが、牛はいなかったので、とても珍しく眺めたことを思い出す。今朝の聖書のことばのように、朝日の輝きをいっぱい受けて、親牛のまわりを跳ね回る子牛。そのように、イエス・キリストを信じるとき、義の太陽が上るように、罪とがを赦され、消されて義とされる幸い。義人の道は夜明けの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼に至る。踊りまわるだけでなく、その翼にはいやしがある。その十字架の愛の翼が、病をいやし、のろいを消し去り、豊かな平安と喜びに満たし、鷲のように翼をかって上る人生です。ありがとうございます。今日もまた天国の笑顔の一日です。感謝します。
2015/05/28
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詩篇84:5-6 なんと幸いなことでしょう。その力が、あなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。 普通、力がある、勢いがあると働きは成功します。力を列挙すると。 力士、力田=農事に努め励む、力臣、力争,力走、力説、力量、力点、いくらでもあります。思いつくまま、体力、勢力、精力、怪力、眼力、顔力、言力、願力、筋力,金力、視力、資力、指力、死力、尻力、能力、頭力。成功力、説得力、決断力など力をくっつけると、すぐその力と勢いが分かります。ダイナミックな人生は、私たちの憧れです。その力の中で最大最高の力が、神の全能力です。しかも、その力は信じる時、自分の中に与えられるという不思議です。 神から離れたとはいえ、人間は神の能力を受けて生まれて来ます。最大の力は生命力であり、成長力です。30日は、孫寛弥の6歳誕生日。その学習力も激しく、何事にも興味力を発揮し、その学習力はすごいです。 人類の文明史を見るとき、神をも凌ぐような勢いを見るようなこともあります。しかし、人間はいのちを創りだすことも、永遠に生きることもできません。だから挫折や失敗、病や最後は死ぬという結論が待っています。多くの権力者や富豪が不死を求めましたが、得ることはできず死に果ててしまいました。歴史は、英雄豪傑、力あると思って生きた人々の墓場です。 家内は普通に生きましたが、復活のキリストの生命力を持ち、肺ガン末期余命一年を見事に4年も守られ、5月17日、死力に打ち勝ち、平安力に満たされ、輝く勝利力で、涙の谷を多くの泉わく所にし、天国へ召されました。昨日訪れた婦人は、奥さんが天国に行き、いつも見守ってくれるという、信ずる力は素晴らしいいと思います。庭で採れたさくらんぼを持って来てくれました。健康の回復力を祈り、祝福のときでした。ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした。平安で笑顔の交わり感謝します。
2015/05/28
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聖書の一言;マラキ書3:8-18 人は神のものを盗むことができようか。ところが、あなたがたはわたしのものを盗んでいる。しかも、あなたがたは言う。『どのようにして、私たちはあなたのものを盗んだでしょうか。』それは、十分の一と奉納物によってである。あなたがたはのろいを受けている。あなたがたは、わたしのものを盗んでいる。この民全体が盗んでいる。十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。――万軍の主は仰せられる。――わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。わたしはあなたがたのために、いなごをしかって、あなたがたの土地の産物を滅ぼさないようにし、畑のぶどうの木が不作とならないようにする。――万軍の主は仰せられる。――すべての国民は、あなたがたをしあわせ者と言うようになる。あなたがたが喜びの地となるからだ。」と万軍の主は仰せられる。「あなたがたはわたしにかたくななことを言う。」と主は仰せられる。あなたがたは言う。「私たちはあなたに対して、何を言いましたか。」あなたがたは言う。「神に仕えるのはむなしいことだ。神の戒めを守っても、万軍の主の前で悲しんで歩いても、何の益になろう。今、私たちは、高ぶる者をしあわせ者と言おう。悪を行なっても栄え、神を試みても罰を免れる。」と。そのとき、主を恐れる者たちが、互いに語り合った。主は耳を傾けて、これを聞かれた。主を恐れ、主の御名を尊ぶ者たちのために、主の前で、記憶の書がしるされた。「彼らは、わたしのものとなる。――万軍の主は仰せられる。――わたしが事を行なう日に、わたしの宝となる。人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。あなたがたは再び、正しい人と悪者、神に仕える者と仕えない者との違いを見るようになる。聖書の約束は、信じて実行すると物凄い祝福。つまづく者には逆のことが起こります。経済的にだけでなく、すべてのことに10分の一の原則を適応すれば、約束通りの幸せがあふれます。救われるためには。イエス・キリストの十字架と復活をアーメンと受け取るだけです。信仰と恵みによる救いです。神の子とされ、神のことばに従い実行する時、恵みあふれる平安と幸せが継続します。旧約時代は、収入の10分の一を神の管理者としてお返ししました。新約時代は恵みの時代だから、しなくても良いという人もいます。十字架の救いを体験すると、10分の一だけではなく、全てを神のために用いる豊かな人生を生きることができます。コリント人への第二の手紙9:6-15 私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。 「この人は散らして、貧しい人々に与えた。その義は永遠にとどまる。」と書いてあるとおりです。蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたにも蒔く種を備え、それをふやし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます。あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。なぜなら、この奉仕のわざは、聖徒たちの必要を十分に満たすばかりでなく、神への多くの感謝を通して、満ちあふれるようになるからです。このわざを証拠として、彼らは、あなたがたがキリストの福音の告白に対して従順であり、彼らに、またすべての人々に惜しみなく与えていることを知って、神をあがめることでしょう。また彼らは、あなたがたのために祈るとき、あなたがたに与えられた絶大な神の恵みのゆえに、あなたがたを慕うようになるのです。ことばに表わせないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。8:9 あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。ありがとうございます。今日もまた豊かな天国の一日です。平安と喜びの恵みに感謝します。
2015/05/28
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詩篇84:4 なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。セラ山のあなた(カール・ブッセ 上田敏訳)の有名な詩。 山のあなたの空遠く 「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。 噫(ああ)、われひとゝ尋(と)めゆきて、涙さしぐみ、かへりきぬ。 山のあなたになほ遠く 「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。 中学生のころ、片道9キロの山坂通学路で、種子島の前にそびえる宮之浦岳を眺め、空にかかる美しい虹を見ると、あの根元に幸せがあるのかなとも思いました。ほんとうの幸せは、イエス・キリストの十字架に。アーメンと受け入れ信じ種子島の海岸でバプテスマを受けクリスチャンになり57年。山のあなたへと捜し求める幸せでなく、今あるがままでの幸せ、あなたの家=この世界に住む幸い。何事があろうとも=愛する妻を肺がん末期レベル4、余命一年で、5月17日に天へ送りました。綺麗な写真が残るだけです。それでも天国へ行ったらと先に置く幸せでなく、今あるがまますべてのことを感謝し、主を賛美しほめたたえる幸せです。ほんとうの幸せは、イエス・キリストとともに、いつも心の中に、ことばとともに、祈りと行動と、結果も共に。ハレルヤ。 財布が空っぽでも、脳内出血の身体であっても、一人暮らしの自炊生活でも、人から何を言われても、真の幸せがアーメン=誠とともにわがうちに!その十字架と復活の幸せを、出会う人々にも、お別ちできる幸せな一日。今日は、堺駅前うなぎ屋の若大将と握手し、祈りました。ありがとうございます。今日もまた天国の一日。笑顔輝き、幸せ祈れて感謝です。感謝します。
2015/05/27
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聖書の一言;マラキ書2:5-7わたしの彼との契約は、いのちと平和であって、わたしは、それらを彼に与えた。それは恐れであったので、彼は、わたしを恐れ、わたしの名の前におののいた。彼の口には真理の教えがあり、彼のくちびるには不正がなかった。平和と公正のうちに、彼はわたしとともに歩み、多くの者を罪から立ち返らせた。祭司のくちびるは知識を守り、人々は彼の口から教えを求める。彼は万軍の主の使いであるからだ。キリスト教では、イエス・キリストをアーメンと信じたクリスチャンは、みんなが祭司だと教えています。万民祭司です。旧約聖書の時代は、アロン家の系図に連なる子孫だけが祭司を継承しました。祭司とは神と人との仲立ちであり、祭司を通してしか神に近づけません。しかし、イエス・キリストが十字架に死に、3日目に復活してから、すべてが変わりました。イエス・キリストの十字架の救いで、誰でもアーメンと救われ、神に直接近づき祈ることができます。だれかに罪を聞いてもらう懺悔室など不用です。直接、イエス・キリストのお名前で祈り、罪を悔い改めるなら、御子イエスの血がすべての罪からきよめてくださいます。いつも、神の前に自由に近づき祈れる特権です。神の子とされたので、神の相続人です。すべてのクリスチャンが、新約の祭司=万軍の主の使いです。祭司の口が知識を守り、彼の口から教えたように、クリスチャンはしっかり聖書を読み、聖書のことばが口にある、天国人として、生きることができます。今日も天国ことばを口ぐせに、平安で幸せに、笑顔輝く恵みの中に生かされています。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。アーメン。
2015/05/27
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詩篇65:4 幸いなことよ。あなたが選び、近寄せられた人、あなたの大庭に住むその人は。私たちは、あなたの家、あなたの聖なる宮の良いもので満ち足りるでしょう。目覚めとともに、幸い!アシュレーで新しい恵みの日が始まります。罪とがの中にいました。イエス・キリストは十字架にいのちを捨てて救いだし、復活のいのちに生かし、神の子としてくださり、永遠のいのちを与え、聖霊を注ぎ、平安と喜びの人生です。神に選ばれ近寄せられ、あなたの大庭=この世界は神の大庭、神の家、聖なる宮です。良いものだけで信じるものを満たしてくださる幸いです。災いと見えたり、思ったりすることも多い日々です。神とともに行く身に、災いはありません。すべては愛の御手からで、愛の御手の中にあるのです。すべてのことに感謝すると、不思議に神の用意された、驚くような幸せを経験します。ありがとうございます。今日もまた天国の一日。平安と笑顔に感謝します
2015/05/26
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聖書の一言;マラキ書1:2 「わたしはあなたがたを愛している。」と主は仰せられる。聖書は、天地万物の創造者、唯一の真の神が、全知全能、永遠不変の愛で、あなたを私を愛している愛の書です。愛の手紙=ラブレターです。旧約聖書、新約聖書の膨大な分量をギュッと縮めると、ヨハネの福音書3章16節=3:16 神は、実に、そのひとり子=イエス・キリストをお与えになったほどに、世を愛された。それは御子=イエス・キリストを信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。それをさらに短く、ヨハネの第一の手紙4:8 神は愛だからです。愛が分からないなどと言わないように、神はそのひとり子=イエス・キリストを世に遣わし、その方=イエス・キリストによって私たちに、いのちを得させてくださいました。その十字架に、神の愛が私たちに示されたているのです。種子島で16歳の時、その十字架の愛を聞き、アーメンと信じて、今日まで愛され守られ、平安で幸せな日々です。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物=十字架の犠牲としての御子=イエス・キリストを遣わされました。ここに愛があるのです。聖書を開くたびに、神の愛のことばに平安と幸せに包まれます。イザヤ書43:4 わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。エレミヤ書31:3 永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。ヨハネの福音書15:9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。5:13 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。あなたがたはわたしの友です。いつくしみ深き友なるイエスはと歌うのは、イエス・キリストが愛してくださり、友と呼んでくださるからです。いつくしみふかき ともなるイエスはつみ とが うれいを とりさりたもうこころのなげきを つつまず のべてなどかは おろさぬ おえる おもにをいつくしみふかき ともなるイエスはわれらのよわきを しりて あわれむなやみ かなしみに しずめるときもいのりに こたえて なぐさめたまわんいつくしみふかき ともなるイエスはかわらぬ あいもて みちびきたもうよの とも われらを すてさるときもいのりに こたえて いたわりたまわんアーメンありがとうございます。今日もまた豊かに愛されている天国の一日です。笑顔が輝き平安で幸せです。感謝します。
2015/05/26
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人生旅役者どこかで誰かの、呼ぶ声がする何処へなりとも参りやしょう お待ちなせぇと飛んでいく あんたのお役に立てりゃいい一度っきりの人生だ あっしは人生旅役者あしたは東北、南か西か会いたい見たいよ友だちだもの こんなしがねぇ男だが あんたの笑顔に会えりゃいい一度っきりの人生だ あっしは人生旅役者 会うは別れと言わずにおくれ元気でいればいつ又会える呼ばれりゃ何処でも飛んでいく あんたのお側に居れりゃいい一度きりしかない人生だ あっしは人生旅役者 =濱田龍郎自薦詩集=
2015/05/25
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聖書の一言;ゼカリヤ書14:9 主は地のすべての王となられる。その日には、主はただひとり、御名もただ一つとなる。ハレルヤコーラスは、荘厳な雰囲気にあふれハレルヤは第二部を閉じる、高らかに神を賛美する合唱曲です。1743年3月23日にロンドンでの演奏を聴いていた国王ジョージ2世が、 “For the Lord God Omnipotent reigneth(全能の主、我らの神は統べしらすなり)” と歌いだすのを聞いたとき、 感動のあまり思わず立ち上がり、合唱が終わるまで聴衆とともに立ち続けたという話は有名ですね。ハレルヤ × 10回全能の神 統べたもう ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ全能の神 統べたもう ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ全能の神 統べたもうハレルヤ × 14回この世 並(な)べて 並べて神の治(しろし)めす国となりぬ永遠(ときわ)に変わりあらじ 永遠に変わりあらじ 永遠に変わりあらじ主なるわが神 主なるわが神 主なるわが神 わが神永遠に 永遠に 永遠に変わりあらじ 変わりあらじハレルヤ ハレルヤ永遠に変わり 変わりあらじ主なるわが神 主なるわが神永遠に変わりあらじ 主なるわが神ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ天地万物の創造主、唯一の神。全能で愛の神は、イエス・キリストの十字架により、すべての罪や呪い病や貧乏から救い出し、神の子として永遠のいのちと天国を与えてくださいます。復活されたイエス・キリストをアーメンと受け入れれば。すぐ救われます。この方=イエス・キリスト以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名=イエス・キリストのほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。(使徒4:12)全能の神の前に、頭を下げて礼拝する恵みを体験できる幸いに勝る幸いはありません。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。恵みと愛はあふれ、ニコニコ笑顔の喜び、平安と幸せを感謝します。
2015/05/25
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詩篇 40:4 幸いなことよ。主に信頼し、高ぶる者や、偽りに陥る者たちのほうに向かなかった、その人は。幸いな人は、言葉にも幸いが現れます。その原点は主に信頼するからです。幼子の言葉遣いは、まずは親から聞く言葉です。母国語といいます。国際結婚時代、アメリカ人の母親に、日本語と英語のどちらを話しましたかと言うと、ほほえみながらもちろん英語です。それは外国に住む日本人でも同じです。日本語を話します。子どもたちが保育園、幼稚園に行くと、言葉の成長が早いこと、早いこと。孫が4歳1ヵ月過ぎ、教会に来る4歳7か月の子、しっかり話し過ぎるほどです。イエス・キリストを信じる者が、父なる神のことば、母なる神と言う言葉はありませんが、聖霊なる神のことば=聖書に聞き始めるなら、高ぶりやいつ偽りを言わずに、謙遜に真実=誠=言+成る幸せを、アーメンと日々体験できます。余命一年の妻は、4年近く平安に生き、昨年5月17日に天に帰りました。17日召天一年記念礼拝。一人暮らしも1年と1週間。妻のすばらしさは、知り合って50年、結婚49年と3週間、祈りが聞かれないとか、人の悪口など一度と言ってもいいほど聞いたことがなく、神様に祈る=申し上げる人生です。高ぶることも、誇ることもなく、平安で静かな喜びで、あいっされながらの人生でした。余命一年の幸せ、15000冊があと1000冊ほど残るだけになり、多くの方に読んでもらいました。ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした。天国ことばが母国語の恵みを感謝。幸せいっぱいのペンテコステの日です。
2015/05/24
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種子島の母教会はキリストの教会でした。ペンテコステの神学校とは知らずに、生駒聖書学院入学。卒業式の日に、種子島から到着。参加してみて驚いた。大きな声で聖歌を歌い、祈りも大声で賑やか。これは何だろうと思いました。最初のペンテコステの日。120名が聖霊に満たされて異言を語るのを聞き、集まった人々が、驚き怪しんで、これは何事でしょうと言ったのと同じようでした。式が終わると、クート院長は大きな手で握手し、よくいらっしゃいましただよ。と変な日本語で暖かく迎えてくれました。その暖かい手に導かれて、卒業後、学院教師にに任命され、現在に至っております。生駒に来て、いつも聞いたのは、聖書を読むだよ。聖霊に従うだよ。自分で日本語を学んだので、最初は分からない言葉も多かった。でも必ず語尾に、だよ!というのでかえって良く伝わりました。祈るだよ。伝道するだよ。愛するだよ。献金するだよ。聖霊に満たされるだよ。一学期が終る頃、聖霊待望会があり、異言を語っていなかったので、神学生全員が祈ってくれた。そして、異言を語る経験をしました。種子島でイエス・キリストの十字架の救いをアーメンと信じ、海でバプテスマを受けクリスチャンの一歩を踏み出しました。生駒聖書学院で聖霊のバプテスマの経験で異言を語り、新次元に入れられた経験でした。聖霊は助け主として、信じる告白を与えてください、イエス・キリストの救いを与え、共にいてくださるキリストの霊です。その内なる聖霊の満たしを経験できるとは、何と言う幸いでしょう。キリストの最後のことばは、「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります」(使徒1:8)その約束を残して、昇天されました。その十日後が、ペンテコステの日で、120名が聖霊に満たされて異言を語り、300人が信じてキリスト教会が誕生した記念日が今日です。聖霊は、イエス・キリストを証しする宣教の霊です。信じる者に宣教の力を注ぎ、満たしてくださいます。いずこにある島々にも いずこに住む人々にも 喜ばしく宣べ伝えよ 聖霊来たれり (折り返し)聖霊来たれり 聖霊来たれり 天くだりし慰め主 地の果てまで宣べ伝えよ 聖霊来たれり 暗き夜は開け放たれ 嘆く声も今はやみて 目に入るものみな輝く 聖霊来たれり#折り返し 君の君に解き放たれ 自由なる身とせられし者 勝ち歌を高く上げよ 聖霊来たれり#折り返し いとも深き愛と恵み いざ迷える罪人らに 語り告げて神の子とせん 聖霊来たれり#折り返し み使いらも神の民も 無限の愛をほめたたえて 天に響かせ地に満たせよ 聖霊来たれりペンテコステの日が来るたびに、生駒聖書学院に導かれ、聖書の真実と、聖霊の導きを満たしを与えられたことを心から感謝し、30名の神学生共々、宣教の霊に満たされ、福音を伝え続けています。
2015/05/24
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聖書の一言;使徒の働き2:1-4 五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。紀元30年5月24日の日曜日、120名の弟子たちが、五旬節=ペンテコステの日、復活の朝から50日目の朝の出来事。その朝、祈り待ち望む弟子たちの上に、聖霊が降りました。炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまりました。すると、みなが聖霊に満たされ、他国のことば=異言で話し出しました。その激しい物音に驚き集まった人々は、みんなが朝からブドウ酒に酔っていると思いました。しかし、それは終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ごうと言う預言の成就でした。その日、ペテロが語るイエス・キリストの十字架と復活のメッセージを信じて、3000人がバプテスマを受けて、最初のキリスト教会が誕生しました。ペンテコステの日は、キリスト教会誕生記念日です。イースターは、キリストの死からの復活日=死からの誕生日。クリスマスは、キリストの誕生日。誕生日はお祝いの時、クリスマス、イースター、ペンテコステとも、祝いの喜びの時です。生駒聖書学院神学生の時、聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおり、他国のことば=異言を語り、聖霊が臨むとき力を受けて、イエス・キリストの救いを伝える証人として、今日も生かされています。聖霊に満たされ、感謝のあふれて生きる喜びの日です。ありがとうございます。今日も聖霊に満たされた天国の一日です。笑顔が輝き感謝します。
2015/05/24
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詩篇33:12 幸いなことよ。主をおのれの神とする、その国は。神が、ご自身のものとしてお選びになった、その民は。「いかに幸いなことか/主を神とする国/主が嗣業として選ばれた民は」 主とは、天地万物の創造者。十字架上に死に、3日目の朝に復活されたイエス・キリストは主です。マタ復活のイエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」 日本には象徴天皇があり、帝国憲法を考えた国粋主義者たちは、西洋社会の発展の源にある唯一絶対主権のキリスト教があることを見抜き、その位置に天皇は十全、現人神に祭り上げてしまいました。 日本では、天皇だけが十全であり、神は九全なのです。天皇は男性だが、伊勢神宮=天照大御神が憑依した神であり、同時に日本の祭司長なのです。 平和憲法により、現人神ではなく象徴となりましたが、憲法改正を主張する背景には、その天皇は十全、日本は神国、八紘一宇の国粋主義思想が渦巻いているのです。天皇のために死ねば、靖国に祭るから、国のために死に急がせた戦争は、実は神の国、天皇のために死ねだったのです。お母さん!と言って死ぬよりは、天皇陛下バンザイと教え込んだのです。完全な洗脳コントロール。きけわだつみの声にある学徒動員の若者たちには、まだその精神コントロールが出来上がらないうちに、戦場へ追い立てたのです。再び、戦後70年の平和が破られそうな雰囲気です。 指導者たちは、そのような思想をだしに、自分たちの安心立命と贅沢にうつつを抜かしていたのが、日本の暗部だったのです。その最悪の思想で、平和憲法を改悪しようとし、次々と憲法を守ると言いながら、国を守るためにはと言い続けている現状です。政治家が国のためにと一生懸命言い始める時、国民のことは考えていなくなる時です。 天地万物の創造者、人にいのちを与え、愛し守り天国へ導く、真で唯一の神を、イエス・キリストをアーメンと信じ、真実で誠実な日々を平安と幸せに過ごして下さい。ありがとうございます。今日もまた天国の一日。笑顔と輝きを感謝します。
2015/05/23
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ゼカリヤ書13:1 その日、ダビデの家とエルサレムの住民のために、罪と汚れをきよめる一つの泉が開かれる。尊き泉あり その内より インマヌエルの血ぞ 溢(あふ)れ流る罪に悩む者 潜(くぐり)り入らば 汚(けが)れは洗われ 染(し)みは消されん今わの際(きわ)にて 盗人(ぬすびと)さえ 喜び仰ぎし 泉なれば躊躇(ため)らわで 我も 彼の如く 悉(ことごと)洗われん 汚れをみな殺され給いし 子羊なる 主の血の力に 変わりあらじ世より選ばれし 神の民の 清めの恵みを 受くるまでは主よ汝(な)が傷より 流るる血を 信仰の目を上げて 仰(あお)ぎしより贖(あがな)いの愛は 我が心を 慰(なぐさ)め導く 歌となりぬ回らぬ舌もて 歌いぬれど 栄えの御国に 移されなば心ゆくばかり いとも妙(たえ)に 救いの力を 称(たた)え歌わんその日、罪と汚れをきよめる一つの泉が開かれる。AD30年4月3日(金)に、カルバリの丘の上で、イエス・キリストが十字架上に死にました。その頭にいばらの冠を、背中はムチで39回打ち叩かれ、両手両足を十字架に釘打たれ、兵士の槍で突き刺された心臓からは血がほとばしり流れました。すべての罪と汚れをきよめる泉が開かれたのです。御子イエスの血がすべての罪からきよめ、新しい生まれ変わりの人生の誕生です。生駒聖書学院に入学した時、アコーデオンで聖歌428番、尊き泉ありが演奏課題。できないと言うと、不可能は挑戦となるで暗譜して弾けるまでになりました。回らぬ舌もて 歌いぬれど 栄えの御国に 移されなば心ゆくばかり いとも妙(たえ)に 救いの力を 称(たた)え歌わん雪よりも白く洗われた、平安で幸いな人生を、十字架と復活をアーメンと信じ続けています。ありがとうございます。今日もまた天国の一日。笑顔と喜びを感謝します。
2015/05/23
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詩篇34:8 主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。 食わず嫌いは、食べたことがなく、味もわからないのに嫌いだと決め込むことです。ある物事の真価を理解しないで、わけもなく嫌うことです。 特に、日本人はキリスト教と聞いただけで、外国の宗教と嫌ったり、アーメンは弱虫の宗教だという人もあったり、堅苦しいと思ったり、色々な反応があります。しかし、そのほとんどは食わず嫌いで、聖書を読んでその素晴らしさを味わい、十字架にいのちを捨て、3日目の朝に復活したイエス・キリストを知る=味わう=体験すると、救われて罪とが赦され消され、病や呪い貧乏から解放され、死と滅びから救われ、永遠の天国を確信すると、味わい尽くせない恵みの人生になります。 何があろうとも、イエス・キリストがともにおられる人生。死の間際にも天を見上げつつ、負い迫る死の恐れや苦痛の避け所です。17日に妻・サダ子は、私や息子、娘の掌に指文字で、て・・・ん・・ご・・く・・・とゆっくり書いて、両手を上にあげ、ハレルヤ!アーメンと、主のすばらしさを味わうように、安らかに静かに地上の人生を終え、永遠の天国へ召されました。2011年、主治医に肺がん末期余命一年を通告され、もうすぐ4年目まで、炊事、洗濯、買い物も、そして夫を愛し従いつつ、平安で幸せな74歳を、永遠の天国へ移しました。遺影を眺めつつ、やがて天での再会を楽しみにしています。どんなことがあろうとも、ゆるがない避け所を持つ体験をいかがですか。死を越えて永遠の天国を、アーメン信じますで、予約してください。すばらしい平安と幸せです。珍しい日、バラ園見学に行き、寺の境内でだった、骨折の婦人の癒しをいのり、50代男性、60代着物の絵付師の3人と話す機会があり、寺の中でアーメン信じますの祈り。キリストの香りが、日本中に香るように音が祈る日です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日、笑顔で平安と幸せです。感謝感謝します。
2015/05/22
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聖書の一言;ゼカリヤ書10:12 彼らの力は主にあり、彼らは主の名によって歩き回る。――主の御告げ。――1999年11月19日(金)、東京北区で元気の出る聖会説教。毎月東京での集会も落ち着き、ホテルで休もうとしたら左脳内出血で、救急車で運ばれ、翌日は赤羽の脳内外科病棟集中治療室に移され、リハビリを含めてクリスマスまで。それまでは、頭痛も腹痛も、風邪ひとつ引くこともない健康体でした。教会員から牧師が病を知る人となり感謝しますとの電話を受け、弱さを知り、病も体験できた恵みに感謝しました。2012年7月、運転中に右脳内出血と大交通事故。退院して10月に小脳内梗塞で倒れ入院。左右脳内出血&小脳内梗塞と、バランス良い病。最初の時から病院で奇跡ですと言われ、不自由な体にもならず、牧師としてのメッセージも、生駒聖書学院講義も継続しています。主治医の厳命で杖をついて歩いています。今朝の聖書の一言のように、今までは自分の力ではなく、強くしてくださるイエス・キリストの力により生かされ、歩き回れる恵みに生かされています。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。大きく愛され守られ笑顔輝き感謝します。
2015/05/22
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詩篇32:1-2 幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。 幸いなことよ。主が、咎をお認めにならない人、心に欺きのないその人は。 詩篇は、幸いなことよ=アシュレー!の感嘆語の1篇からで150篇が始まります。キリスト教の原点である幸いです。罪と言う言葉を正面から言われ聞いたのは、種子島でキリスト教会で初めてです。罪と言う言葉は聞かなくても、その意識は小学5年のころからあり、隣の家の縁側にある大人の小説を黙って読み、今のようにエログロナンセンスの雑誌ではありません。でも読んでしまうと、何かしら心が落ち着かず、ザラザラした気持ちになります。そんな時、向かいの屋久島の宮之浦岳(1,936m)の雪がまぶしく、あんな白い心になりたいと思いました。名前がよしユキ、ようし雪よりも白くと思っても、また同じ繰り返し。 高校生の時、神が愛であり、人間には罪がある。義人はいない一人もいない。すべての不安や問題の原因は、人や環境のせいではなく、自分の罪=原罪にあると聞き、その罪を救うために、イエス・キリストは十字架に死なられ、墓に葬られたが、3日目の朝に復活に、アーメンと信じるだけで、罪が赦され消されて、神の子とされ、神=永遠のいのちを与えられ、地上でも天国、肉体の死後は文字通り永遠の天国への凱旋です。生まれた時、死ぬ時もともに、神のなさることはみなその時にかなって美しい! 2011年、主治医より牧師とその奥さまですから、ほんとうのことを言います。肺がん末期余命一年との言葉、そのとき家内はありがとうございます。息子も私もありがとうございます。感謝しますと声に出しました。それから4年目に、家内は湯川胃腸病院ホスピス病棟で、安らかに静かに74年の地上人生を終え、昨年5月17日に永遠の天国へ。19日の召天式は、文字通り、聖書のことばのように、天国を感じる幸いな時でした。あっという間の一年い思いますが、家内は死んだが、信仰によって語っているとの聖書のことば通りです。その体験記、「愛・ありがとう。余命一年の幸せ」は、多くの方に読まれています。ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした!笑顔と喜びを感謝しまします。
2015/05/21
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聖書の一言;ゼカリヤ書10:1 後の雨のときに、主に雨を求めよ。主はいなびかりを造り、大雨を人々に与え、野の草をすべての人に下さる。聖地旅行を楽しみ、カペナウムのペテロの家を訪ねて外へ出た時、突然の大雨、土砂降り。幸い駐車場のバスに駆け込み、少し濡れただけ。スゴイ、後の雨の時期だ。雨よもっと降れ、降れと祈った思い出があります。祈りのグッドタイミングです。求めなさい。そうすれば与えられます。イエス・キリストの名によって祈るとき、約束をされた方は、求めに応えて道を開いてくれます。今日は午前中、奈良市の春日野荘で、奈良ギデオン協会総会があり、短いメッセージと祝祷のため出かけます。1898年秋、アメリカ合衆国ウィスコンシン州ボスコベルの小さなホテルで、見知らぬ青年同士(ジョン・H・ニコルソン、サムエル・E・ヒル)が偶然、相部屋となり、お互いがクリスチャンであることを知り、共に聖書を読み、祈ったことからギデオン協会が生まれまれました。 1899年5月に,3名で発会式。この3名によって、クリスチャンで旅行する実業家たちが互いに交流を持ち、個人的にイエス・キリストを人々に証し、共に主イエスのために労しようとの決意が表明され、旧約聖書の士師記6章~7章に登場する人物ギデオンにあやかって、会の名称を「ギデオン(The Gideons)」と定めました。1950年、日本でも活動が開始され、現在世界中のホテルに、ギデオン贈呈の聖書が置かれています。祈りが、イエス・キリストのお名前でアーメンと祈るとき、必ず聞かれ、グッドタイミングに満たされます。失望しないで祈り続け、愛なる神の豊かな答えを楽しみ待ちましょう。本音で祈ったら、疑わないで、アーメン。ありがとうございます。与えられました。感謝します。答えられた喜びの笑顔で、楽しみに輝き期待です。 ヨハネの第一の手紙5:14-15 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。
2015/05/21
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詩篇2:12 幸いなことよ。すべて主に身を避ける人は。 幸いなことよ。ヘブライ語でアシュレー!感嘆のことばです。幸せだなあ!嬉しい気持ちをそのままに表現しています。朝の目覚めとともに、生あくびやしんどいなあではなく、元気いっぱいに目覚める幼児のように、幸せいっぱい、心からの喜びです。 娘が言葉を覚えたころ、早起きの子は、起き上がると幸せに輝き、まだ寝ているとベッドの上によじ登り、腹の上に乗ると、「お父さん。起きよ。光を放て!(覚えた聖書のことば)を叫び、起してくれました。 今は、4歳の息子が朝からにこにこ幸せです。 幼子には、母の胸が、あるいは父の力強い腕が避けどころ。そこへ飛び込めば大丈夫です。しかし、それも束の間、人生の嵐はいつ来るか分かりません。 自然災害、いや今は原子炉を廃炉にしないと、噴火口の上のような日本、日本沈没が小説の上でのことではない、現実になっています。そででもなお、廃炉を言わない政府や美しい国とか、積極平和主義という言葉に酔い、戦争をしたいと言うようにしか聞こえないような発言を繰り返す。値上げを武器に、自分たちの利益だけを考えているとしか思えない電力会社。 節電をしようと報じるなら、真夜中の放送を止めれば、電力の大きな節電になる。それだけで日本は潤います。文化文明は、毒を垂れ流すのではなく、ほんとうの幸せをもたらす豊かさを持ちたいものです。 毎日、天地万物の創造者、全地全能の愛の神を、父とする人は幸いです。その愛が人になり、この世に生まれ、十字架にいのちまで捨ててすべてを赦し、受け入れてくださいます。十字架上に釘づけられたその愛の両手は、復活された今も大きく広げられ、わたしの所に来なさいと、招き続けているのです。その愛こそ避けどころです。個人的に、社会的にも、国家的にも憎しみや怒り、戦争やお金が避けどころになってはいけません。愛と平安の源である真の神を、アーメンと信じ受入れ、アーメン=誠+成ると、避けどころのある幸いを経験したいものです。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日。感謝します。
2015/05/20
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聖書の一言;ゼカリヤ書9:16-17 その日、彼らの神、主は、彼らを主の民の群れとして救われる。彼らはその地で、きらめく王冠の宝石となる。それは、なんとしあわせなことよ。それは、なんと麗しいことよ。穀物は若い男たちを栄えさせ、新しいぶどう酒は若い女たちを栄えさせる。その日とは、一つはイエス・キリストの十字架と復活の日。アーメンと言えば救われ、救われた人生がきらめく宝石のように、平安と幸せに輝く人生。それは今、現在も世界中で起こっている現実です。もう一つのその日は、イエス・キリストが再臨する日です。その日が来る前に、ひとりだけでなく、大勢の人々が救われ、日本も民族としての救いの時を迎えたいものです。今日のその日も、イエス・キリストをアーメンと迎えるだけで、穀物=神のことばである聖書が、若者たちを栄えさせます。若者の心に信仰と希望と愛が輝き、神を愛し、自分も愛し、自分を愛するように隣人を愛する、豊かな平和の器になります。新しいブドウ酒=聖霊に満たされた若い女たちが、きらめく宝石のように、信仰と希望と愛に輝き、平安に満たされて輝きます。見せかけでない真実の愛に満たされ、気高く美しく満たされます。今朝も5時過ぎに、矢田丘陵を染め、太陽が輝いて、生駒聖書学院全体を明るく照らしています。イエス・キリストは死を打ち破り復活されました。聖霊は注がれ、24日(日)は、キリスト教会の誕生日ペンテコステの日です。アーメンと信じて、その救いを今日も現実として、輝きの人生を体験しましょう。ありがとうございます。今日もまた天国の一日、笑顔が輝く日。感謝します。
2015/05/20
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昨年の今日は、家内の告別式300名参列。家内の姉や妹弟が全員揃っているので、納骨式まで行いました。信仰生活60年…地上最後のとき、看護師3人、葬儀社々員4名が、アーメン信じますとの祈り。孫5名が祖母の枕元でバプテスマを受け、天国で祖母と会える確信を。告別式前に、79歳姉、71歳弟、66歳弟、嫁の母75歳も、バプテスマを受け、全員揃ってクリスチャンになり、妻サダ子のすべての式に出席してくれた。妻の祈りがかなえられ、全家族救いの成就でした。あっという間に一年が過ぎた感です。一人暮らしも平安に守られ、多くの祈りと支援で、元気に現役で主に仕えています。夕方には奈良ギデオン協会会長が来訪。22日の奈良ギデオン総会で、最後のショートメッセージと祝祷を依頼され、午前10時から昼食交わり会まで。たまたま講義は説教演習で、いなくてもお互いで実習できる時間で幸いです。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日。感謝します。
2015/05/19
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聖書の一言;ゼカリヤ書9:11-12 あなたについても、あなたとの契約の血によって、わたしはあなたの捕われ人を、水のない穴から解き放つ。望みを持つ捕われ人よ。とりでに帰れ。わたしは、きょうもまた告げ知らせる。わたしは二倍のものをあなたに返すと。望みを持つ捕らわれ人=全人類は罪に捕らわれ、罪の支払う報酬は死であり、滅びに定められています。しかし、イエス・キリストの十字架と復活の事実をアーメンと信じるとき、十字架で流された契約の血に救われます。神の愛は契約の愛。普通契約には条件が付いており、その条件を守る約束で、契約が結ばれます。大阪エリムキリスト教会は、マンションの中にあります。マンション契約は5万円の家賃を支払日まで納入しないと、鍵が閉められ入室はできません。契約を守って期日までに納入すれば良いのです。十字架の救いの契約は、十字架でキリストが血を流し=いのちを捨てて3日目の朝に復活し、そのことをアーメンと信じるだけで救われる愛の契約です。救われるために、アーメンと信じるだけです。アーメンは、契約の実印です。捕らわれから解放され、永遠にとらわれないとりで=救いの中に帰る恵みです。そして、2倍のものが与えられます。地上で幸せに生きるという祝福。そして地上の人生が終わると、天国に生きる、神の賜物は永遠のいのちです。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日です。感謝します。
2015/05/19
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聖書の一言;ゼカリヤ書8:15-16 しかし、このごろ、わたしはエルサレムとユダの家とに幸いを下そうと考えている。恐れるな。これがあなたがたのしなければならないことだ。互いに真実を語り、あなたがたの町囲みのうちで、真実と平和のさばきを行なえ。親は何歳になっても子どもの幸せを考え、どうしたら幸せになってくれるか、それだけが願いの場合もある。昨日お会いした方は84歳。昨年9月不安定狭心症で、救急救命センター入院、九死に一生を得た。11月に2本目の血管にもステント二個挿入。5月6日にまた入院ステントの挿入なく三日で退院。重い物を持ったり、走ったりすると胸に異常を感じるようです。自動車は近場だけ、大阪へは電車で行き、快調だと一駅くらいは歩きます。46歳息子が施設暮らし。土曜と日曜は自分で帰り、礼拝にも一緒に行きます。なんとしてももっと長生きして、息子のことを見守りたいという切なる愛です。奥様と3人で手をつないで、健康が癒され、息子さんが守られ、尊いご活動が守られるよう、イエス・キリストの癒しと守り、祝福を祈ることができました。主は恵みに富み、憐れみ深く、忍耐強く、慈しみに満ちておられます。主はすべてのものに恵みを与え、造られたすべてのものを憐れんでくださいます.詩篇145:8,9大阪の礼拝前、階下の喫茶店で75歳の隣席の客と話しになり、25年前リンパがんで手術。病んで人生観が代わり、短気で怒りの虫だった自分が、やさしく物わかりの良い人間に変わったと話してくれた。握手し幸せを祈ると喜んでくれた。真の愛の神は、イエス・キリストの十字架により、全ての人を愛し、幸せを与えてくださいます。今日も、その幸せを出会う方々と祈る、幸せな牧師人生です。ありがとうございます。今日もまた天国の笑顔人生です。感謝します。
2015/05/18
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奈良市富雄キリスト教会午前礼拝、大阪市浪速区エリムキリスト教会午後の礼拝とも、召天記念1年礼拝でした。朝は、家内(74歳)の召された記念日。午後は教会員母親、91歳がが召された記念日。帰る途中で電話があり、生駒聖書学院で待っているとのこと。20分ほどで帰ると、日本基督教団教会名長老夫妻が待っていた、昨年9月と11月の2回、カテテール手術を行い一命を取りとめた。5月6日に緊急入院したが、手術はしなくて3日間で退院。近場は運転しているが、大阪には電車で出かけているとのこと。奥さまと3人で手をつなぎ、米寿を越え白寿までもと健康を祈りました。 家内が昨年の今日召されたことを覚えてくださり、わざわざお手紙をお訪ねでした。 同時刻、滋賀県と四条畷市からも、学院入学を求めて来訪があり、副院長に応対してもらった。やはり日本基督教団の方たちで、いろいろ質問されたりで、ともに手を取り祈り合う時間でした。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の1日。感謝します。
2015/05/17
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聖書の一言;ゼカリヤ書8:12-13 それは、平安の種が蒔かれ、ぶどうの木は実を結び、地は産物を出し、天は露を降らすからだ。そのように、わたしはあなたがたを救って、祝福とならせる。恐れるな。勇気を出せ。昨日は、小雨続きで裏庭の木々の緑が濃くなり、ジャスミンの香りもほんのり匂う、新緑の一日。そのように、神の愛が聖霊によって注がれ、豊かな平安と幸せの中を、6500歩ほど傘もささずに歩き、程よい小雨が心地よい道です。昨年の今日、5月17日午後9時に、家内は湯川胃腸病院ホスピス病棟で、安らかに天国へ召されました。クリスチャン生活60年、結婚して49年と18日。すばらしい祈りと信仰の器でした。今朝は、ともに開拓伝道でスタートした、奈良市富雄キリスト教会で、召天一年記念礼拝です。あっという間の一年の感です。一人暮らしにも慣れてと言うより、熟睡で目覚めるとすることがあり、時間が足りないくらい。わたしはあなたを救って祝福とならせる。恐れるな。勇気を出せ。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日です。感謝します。愛する妻を思い感謝します。箴言31:10-31 しっかりした妻をだれが見つけることができよう。彼女の値うちは真珠よりもはるかに尊い。夫の心は彼女を信頼し、彼は「収益」に欠けることがない。彼女は生きながらえている間、夫に良いことをし、悪いことをしない。彼女は羊毛や亜麻を手に入れ、喜んで自分の手でそれを仕上げる。彼女は商人の舟のように、遠い所から食糧を運んで来る。彼女は夜明け前に起き、家の者に食事を整え、召使の女たちに用事を言いつける。彼女は畑をよく調べて、それを手に入れ、自分がかせいで、ぶどう畑を作り、腰に帯を強く引き締め、勇ましく腕をふるう。彼女は収入がよいのを味わい、そのともしびは夜になっても消えない。彼女は糸取り棒に手を差し伸べ、手に糸巻きをつかむ。彼女は悩んでいる人に手を差し出し、貧しい者に手を差し伸べる。彼女は家の者のために雪を恐れない。家の者はみな、あわせの着物を着ているからだ。彼女は自分のための敷き物を作り、彼女の着物は亜麻布と紫色の撚り糸でできている。夫は町囲みのうちで人々によく知られ、土地の長老たちとともに座に着く。彼女は亜麻布の着物を作って、売り、帯を作って、商人に渡す。彼女は力と気品を身につけ、ほほえみながら後の日を待つ。彼女は口を開いて知恵深く語り、その舌には恵みのおしえがある。彼女は家族の様子をよく見張り、怠惰のパンを食べない。その子たちは立ち上がって、彼女を幸いな者と言い、夫も彼女をほめたたえて言う。 「しっかりしたことをする女は多いけれど、あなたはそのすべてにまさっている。」と。麗しさはいつわり。美しさはむなしい。しかし、主を恐れる女はほめたたえられる。彼女の手でかせいだ実を彼女に与え、彼女のしたことを町囲みのうちでほめたたえよ。
2015/05/17
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ヨブ記42:9-12主はヨブの祈りを受け入れられた。 ヨブがその友人たちのために祈ったとき、主はヨブを元どおりにし、さらに主はヨブの所有物をすべて二倍に増された。主はヨブの前の半生よりあとの半生をもっと祝福された。最初の人間アダムとイブは、エデンの園=パラダイスに住み、神とともに生きる恵みと愛の中でした。しかし、悪魔の言葉を聞き、神に背を向け、不信と罪に支配され、堕落してエデンの園から、苦難の道を選び、この罪の性質=原罪は、現代に生きるすべての人間に受け継がれています。 聖書は、すべての人は罪人であり、悟りのある人も、神を求める人もいない。すべての人が迷い、無益な者となり、善をを行う者はない。のどは開いた墓で,その舌で人を欺き、のろいと苦さで満ちている。足は血を流すのに速く、破壊と悲惨があり、平和の道を知らない。首相会見を聞くたびに、日本国憲法の元にあるのに、戦争を欲する気持ちがあるのではという思いを持ちます。戦後、全ての内閣が憲法を維持し、戦争をしないで守られてきた70年を、危機を語ることにより、ハーメルンの笛吹男のように、危機にと滅びに国民を導きかねないと思いました。政治家が国のため、国の守るためということばを連発するとき、国民のことを忘れていくという歴史の歩みに、国民は気をつける時代に来ていることを感じます。ヨブ記の苦難の大団円が今日の箇所です。苦難を神のせい、人のせいにして、自分の正当性だけを主張しても、何の解決もなく苦しみ問題は増え広がりるだけ。人を赦し祝福を祈るとき、アーメンと真実、誠の本音の人生が回復します。悪いのは全部、自分だと自らの罪を知り、弱さを認める、真実の神の前に悔い改めるとき、すばらしい祝福が始まります。イエス・キリストの十字架と復活の福音を、アーメンとへりくだって受け入れ、罪とがを赦され、神の子となる永遠のいのちを受け、天国への道を祝福されて歩む幸いを祈ります。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日。感謝します。
2015/05/16
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聖書の一言;ゼカリヤ書8:4-7万軍の主はこう仰せられる。「再び、広場には、老いた男、老いた女がすわり、年寄りになって、みな手に杖を持とう。町の広場は、広場で遊ぶ男の子や女の子でいっぱいになろう。」8:6 万軍の主はこう仰せられる。「もし、これが、その日、この民の残りの者の目に不思議に見えても、わたしの目に、これが不思議に見えるだろうか。――万軍の主の御告げ。――」万軍の主はこう仰せられる。「見よ。わたしは、わたしの民を日の出る地と日の入る地から救う。平和な時代を聖書は約束している。自分が杖をついて歩いているので、杖を持った人が多いのに気付く。昨日の午後も、牧師さんこの頃は、我が家の前を歩かないんですねと、声をかけられた。奥さんも元気ですかと言われて、昨年5月17日に天国へ召されたと言うと驚いて、冊子をお渡しした。種ケ島出身のお方で、時々出会い、種子島の7月収穫のお米をもらったりする。家内の召天を書いた冊子もポスティングしたが、読んでいなかったから知らなかった恐縮された。昨年、お会いして一人娘さんの出産を祈り、男女の双子が生まれ、元気に成長していると、嬉しそうに話してくれた。イエス・キリストの十字架の救いと、神の平和が日本に満ちることを願う朝です。明日は、家内が召されて一年。富雄キリスト教会午前10時に、召天1年記念礼拝です。家内が愛した教会、余命一年を宣告されて4年間、欠かすことなく礼拝と教会奉仕を続けました。3月3日に近大付属奈良病院入院中も礼拝出席を願いながら許可が出ず、ホスピス転院で安らかに、天国の礼拝に召されました。あっという間の一年だったなと思いながら、明日に備えています。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日です。感謝します。
2015/05/16
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ヨブ記42:1-3 ヨブは主に答えて言った。あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。知識もなくて、摂理をおおい隠した者は、だれでしょう。まことに、私は、自分で悟りえないことを告げました。自分でも知りえない不思議を。神の愚かさは、人の賢さよりも聡明です。アンチエイジングや不死を求めたり、クローン人間をさえ考えても、人は必ず死にます。苦難の終局は死、その意味を解明しようと、宗教、哲学、科学のすべてが思考の限りを尽くし続けています。ヨブは、初めて体験的に自らの無知を知り、知恵ある者知恵は滅び、賢い者の賢さもむなしさを知りました。事実、いくら追求し、学者や知恵者が、ああでもないこうでもないと、机上の空論を述べ合う、この世の思想や哲学を、神は愚かにされました。自らの無知と愚かさをすなおに認め、神の知恵をアーメンと受け入れるだけで救われ、平安と幸せを受け、永遠のいのちの喜びで、生きていても天国、死ねば天国を体験できます。 神の知恵とは、宣教のことば=イエス・キリストの十字架と葬り、復活事実=の愚かとも思うようなことを、アーメンと信じ、バプテスマを受けるだけで救われることです。16歳のとき、信じられないような思いでしたが、アーメンと信じバプテスマを受け、その日から57年、平安と幸せな神の子とされ、永遠=神のいのちを持つ者となりました。その日以来、愛の神は全能で何でも知っておられる。この奥義は内におられるキリスト栄光の望み、いつも共におられる友であるイエス様。そのイエス様の愛に愛され、愛する喜び。ハレルヤ。アーメン。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日。感謝します。
2015/05/15
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聖書の一言;7:9-10 万軍の主はこう仰せられる。「正しいさばきを行ない、互いに誠実を尽くし、あわれみ合え。やもめ、みなしご、在留異国人、貧しい者をしいたげるな。互いに心の中で悪をたくらむな」恵み=河野進受けるより 与える恵みを喜ぶより 悲しむ恵みをさばくより ゆるされる恵みを うらやむより 感謝する恵みを仕えられるより 仕える恵みを富むより 貧しさの恵みを健やかさで高ぶるより 病んでへりくだる恵みをかなえられるより さらに祈る恵みを
2015/05/15
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ヨブ記41:10 だから、だれがいったい、わたしの前に立つことができよう。だれがわたしにささげたのか、わたしが報いなければならないほどに。天の下にあるものはみな、わたしのものだ。愛である神は、全能者で天地創造の唯一の神。しかし、世界には神として祭られているものがごまんとある。日本は八百万の神を自慢している。石や木に縄をはり、キツネや白蛇を祭り、太陽や月、珍しいものは何でも拝む。偉大な武将や軍人=ほんとうは人殺し、殺人者なのに、そんなものが国を守ると、壮大や神殿を建て、戦争の虐殺を何とも思わなくほめたたえる。天皇を現人神=あらひとがみとして、恐ろしい殺人国になっても、上に立つ者は、死へ、死へと多くの若者たちを駆り立てた時代の悲劇はまだ終わっていない。死ねば靖国に祭ってもらえるのだ。死ね、死ねと、追い立てた指導者たち。その生き残りが、またその子孫が同じことを言い始めている。宗教の恐ろしさは、教祖の言うとおりにしないと、祟りがある、罰が当たる、呪われると、脅し続ける精神的暴力集団です。さっさと恐れないで、離れてしまう方が賢く幸せな生き方ができるのに。 憲法があるのに、国のため国のためと言う。政治家が国のためと言い始めるとき、国民のことは考えていない。国民を国のためだからと死へ追いやって平気な顔をした時代から、まだ100年も立っていない。 宗教は多くささげたものに、報いをご利益を与えると約束し、その最大の報いが靖国に祭られるだった。今もその思想は変わらない。神社仏閣に並ぶ金額の多い順に並ぶ石柱を見よ。あれをしろ。これをしろ、そうすればご利益があるとの教えに騙されてはならない。聡明で賢明な、日本人の目覚める時が来ている。 指導者たちよ、自ら先頭に立ち、サーバントリーダーとなって欲しい。その模範は、イエス・キリストである。その言葉は今もなお響く。マタイの福音書20:25 そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、言われた。「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者たちは彼らを支配し、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです」ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日。感謝します。
2015/05/14
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聖書の一言;ゼカリヤ書6:15 また、遠く離れていた者たちも来て、主の神殿を建て直そう。このとき、あなたがたは、万軍の主が私をあなたがたに遣わされたことを知ろう。もし、あなたがたが、あなたがたの神、主の御声に、ほんとうに聞き従うなら、そのようになる。」国がバビロンに滅ぼされ、時代がペルシャになり、70年の捕囚から帰帰還し、ゼルバベルの元に神殿建築に取りかかりました。ところが何と20年経過しても、土台はできても神殿か完成されず、失望落胆に支配されていました。預言者ハガイとゼカリヤが立ち上がり、はじめられた良い働きは、必ず完成する。助けと支援は来るとは励ましました。「もし、あなた方が、あなたがたの神、主の御声に、ほんとうに従うなら、そのようになる」アーメンとはほんとうですと言う意味です。本音で祈りアーメンで聞かれます。人間の本音にはたてまえも入ります。アーメン=誠は、言が成ると書きます。自分お本音どおりになると言うより、聖書=神のことばどおりになることを信じて、アーメンと祈ります。親のことばに素直にハイと返事するようんき、神の約束にアーメン=ハイなのです。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日です。感謝します。
2015/05/14
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ヨブ記40:10 さあ、誉れ、気高さで身を装い、尊厳と威光を身につけよ。ヨブは、7人の息子、3人の娘、羊7千頭、らくだ3千頭、牛5百くびき、雌ろば5百頭、それに非常に多くのしもべも、一朝にしてすべてを失いました。また、足の裏から頭のてっぺんまで、身体全体を悪性の腫物で覆われ、愛する妻からも神を呪って死になさいと言われました。 災いを聞いて駆け付けた3人の友人は、慰めのことばもなく、7日7夜座り込み、一言も話しかけることもできず泣くだけ。若者エリフは途方にくれ、その姿を眺めるだけでした。 大試練、大患難の中で、なぜ災いが臨むのか、幸せが瞬時にして不幸に変わるかの論争が続きます。そんな中に、神の声が響きます。 「さあ、誉れ、気高さで身を装い=尊厳と誇りで身を飾り。尊厳と威光=栄えと輝きで身を装うがよい。さあ、男らしく、勇士のように腰に帯を締めよ」カラ元気を出せとか、見栄を張れではなく、アーメンと本気で人生に取り組ませてくださる、真実の神のことばです。試練に出会って真=誠の人生が輝き始めるのです。美しい63歳の女性は、20代で乳飲み子を抱え、子どもとともに大きく羽ばたき、二人の可愛い孫にも恵まれ、世のため人のため、目当てをさらに高く生きています。イエス・キリストを信じるアーメン人生こそ、病があれ、離婚、破産、死を前にしても、ハレルヤと神を賛美し、気高く生きる日々です。そして、自分のためだけでなく、ノーブレス・オブリージュに生きる幸せです。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の1日。感謝します。
2015/05/13
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聖書の一言;ゼカリヤ書4:6-10 すると彼は、私に答えてこう言った。「これは、ゼルバベルへの主のことばだ。『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。』と万軍の主は仰せられる。大いなる山よ。おまえは何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ。彼は、『恵みあれ。これに恵みあれ。』と叫びながら、かしら石を運び出そう。」ついで私に次のような主のことばがあった。ゼルバベルの手が、この宮の礎を据えた。彼の手が、それを完成する。このとき、あなたは、万軍の主が私をあなたがたに遣わされたことを知ろう。だれが、その日を小さな事としてさげすんだのか。70年のバビロン捕囚が終わり、神殿建設着手しまし、土台は据えられたが、20年かかっても完成しないままでした。指導者のゼルバベルにとって、大いなる山=大困難で押せども引けども、どうにもならない状態です。ゼカリヤは、その山が平地になり、神殿建築は成功し完成すると宣言しました。その神のことばに励まされて、ゼルバベルの神殿は完成し、多くの希望と勇気を与えました。成功の秘訣は、権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。偉大な神の聖霊が働くとき、想定外の奇跡が起こります。大いなる山が平地となります。そのように必ず不可能は可能となり、完成します、今できないからと言って、座り込んだり、投げ出したり、失望しないで、聖霊の助けを願い、信じ告白し実行するなら、それは完成します。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日です。感謝します。
2015/05/13
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ヨブ記40:3-5 ヨブは主に答えて言った。ああ、私はつまらない者です。あなたに何と口答えできましょう。私はただ手を口に当てるばかりです。一度、私は語りましたが、もう口答えしません。二度と、私はくり返しません。ヨブ記は苦難の書、なぜ試練や苦しみがあるかについての論争の書物です。ヨブの三人の友エリファズ、ビルダテ、ツォファル、若者エリフが、あらゆる面からなぜ苦難があるのかについて論じ、ヨブのもがくような反論のくり返し。 最後に、神の言葉で論争に終止符が打たれ、そのヨブの告白のことばです。人はだれでも自分が正しいと主張します。幼児から高齢者まで、悪いのはだれかで、正しいのは自分、自己主義、自分中心の塊が人間。論じ合うことで解決があれば、人生に苦労はありません。論争は不信仰のしるしです。アーメンと信じ、愛なる神へ信頼しつつ、平安で守られるよう祈ります。人生には、生まれてから死ぬまで??があります。不思議なことにヨブ記に、なぜ苦難があるかについての答えを見つけようとすると、ジレンマに陥りそうになります。苦難は説明で分かるようなものではなく、なぜ?と問うのではなく、ありがとうございます!感謝しますと、正面から受け止めて、神を賛美することです。神のなさることがみな時にかなって美しいと分かります。最近もさまざまな出会に、その恵みを感動しています。 今日、47歳の男性と祈り、小冊子とマンガを快く受け取ってくれました。今夜も健康と平安、幸せな日々を心から祈っています。いつか会える日があると思います。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日でした。感謝します。
2015/05/12
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聖書の一言;ゼカリヤ書2:10 シオンの娘よ。喜び歌え。楽しめ。見よ。わたしは来て、あなたのただ中に住む。――主の御告げ。――台風接近予報の中、3月に104歳長寿で召された塩谷竹雄兄の納骨式。京都仁和寺の墓地で家族16名と賛美し祈り納骨でした。広大な墓地で宗派を問わずとのこと。讃美歌の歌声が流れ、主の祈りが祈られ、祝祷が響くうちに、雨も降りだし無事納骨式終了。京都御室佐道に懐石料理が用意され、ご家族との良いお交わりが与えられました。佐道は、京懐石にフランス料理を組み込んだ、和洋折衷で、四季の彩りと味を愉しむランチタイム。 午前8時50分に聖書学院までの送迎で墓地まで、1時間も早く着き到着を待ち、予定時間通りに全員揃いでの納骨式。佐道で懐石料理をご馳走になり、土砂降りの中を出発。雨も止んだ午後3時15分生駒聖書学院到着。小冊子や漫画11冊を店や郵便局員に手渡しでした。今日も平安の時間を過ごしています。
2015/05/12
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ヨブ記38:41 烏の子が神に向かって鳴き叫び、食物がなくてさまようとき、烏にえさを備えるのはだれか。七つの子(ななつのこ)を思わず、口ずさんでいます。 からす なぜなくの からすはやまに かわいいななつの こがあるからよ かわいい かわいいと からすはなくの かわいい かわいいと なくんだよ やまのふるすへ いってみてごらん まるいめをした いいこだよ種ケ島では、海も見えないような山の中で、小鳥たちの声に包まれた山の中暮らし。何と生駒聖書学院でも、ウグイス、目白、ホトトギス、ヒヨドリ、百舌鳥の鳴き声で目覚めます。その中でもひときわ高く、カアーカアーの声。 何を着ようか、何を食べようかと心配するな。空の鳥を見なさい。蒔かず刈らず倉に納めず、天の神が養い育てると、イエス様は衣食住がすべてであるかのように思う人に、心配するのは信仰がないからだと喝破しました。厳しい言葉です。でも心配しても何も起こらず、変わらないなら、心配せず、愛である神に感謝して祈り、ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。すべては備えられました。感謝します。それだけで、自分も周りにいる家族も、アセリ、イライラ、怒りや不平不満から解放されます。すべてのことに感謝し、聖書のことばを考え、口にするだけで、今の幾倍も平安になり、天使の笑顔で喜びの日々です。夕食は、東生駒駅前和食の鼓庵。アルバイトの大学生店員と初めての出会い。握手しアーメン信じますと祈ってくれた。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日。感謝します。
2015/05/11
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聖書の一言;ハガイ2:23 その日、――万軍の主の御告げ。――わたしはあなたを選び取る。――主の御告げ。――わたしはあなたを印形のようにする。わたしがあなたを選んだからだ。――万軍の主の御告げ。――」私たちは印鑑証明書を持っています。契約書や公用文書には、全部実印を押します。宅急便は認めでもOKですが。愛の神様は、私たちを印形のように選んでくださいました。あなたはわたしの目に高価で尊い。わたしはあなたを愛している。いつも大きな愛の翼で守り支えてくださいます。イエス・キリストをアーメンと信じ、心にお迎えし天国に帰るその日まで、永遠に見離し見捨てられることもなく、いつも共におられます。祈るとき、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメンと祈るとき、祈りは聞かれます。ありがとうございます。祈りは聞かれました。感謝します。黙示録1:5-6 イエス・キリストは私たちを愛して、その血によって私たちを罪から解き放ち、また、私たちを王とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。キリストに栄光と力とが、とこしえにあるように。アーメン。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日です。感謝します。
2015/05/11
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ヨブ記23:13-14 しかし、みこころは一つである。だれがそれを翻すことができようか。神はこころの欲するところを行なわれる。神は、私について定めたことを、成し遂げられるからだ。このような多くの定めが神のうちにある。 仕方がない運命だと、物事を諦めるか、愛の神の摂理と信じて、望みの忍耐で天国を見上げるかで、人生は大きく変化し続けて行く。みこころをアーメンと信じ、思い煩わず心配せず、安心して委ね、感謝するとき、神は定めたことを成し遂げ、グッドタイミングで天に召してくださる。 神様からのプレゼントの永遠の今日というすばらしい一日。何もクヨクヨ心配しないで、すべての願いを感謝して祈り、豊かに聞かれ答えられたと受け止めるとき、人知をはるかに越えた、神の平安が心と思いを満たします。神の最善のみこころを、アーメンと信じます。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日。感謝します。ピリピ人への手紙4:6-13 何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。あなたがたが私から学び、受け、聞き、また見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。私のことを心配してくれるあなたがたの心が、今ついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜んでいます。あなたがたは心にかけてはいたのですが、機会がなかったのです。 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。
2015/05/10
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聖書の一言;ハガイ書2:4-9 しかし、ゼルバベルよ、今、強くあれ。――主の御告げ。――エホツァダクの子、大祭司ヨシュアよ。強くあれ。この国のすべての民よ。強くあれ。――主の御告げ。――仕事に取りかかれ。わたしがあなたがたとともにいるからだ。――万軍の主の御告げ。――あなたがたがエジプトから出て来たとき、わたしがあなたがたと結んだ約束により、わたしの霊があなたがたの間で働いている。恐れるな。まことに、万軍の主はこう仰せられる。しばらくして、もう一度、わたしは天と地と、海と陸とを揺り動かす。わたしは、すべての国々を揺り動かす。すべての国々の宝物がもたらされ、わたしはこの宮を栄光で満たす。万軍の主は仰せられる。銀はわたしのもの。金もわたしのもの。――万軍の主の御告げ。――この宮のこれから後の栄光は、先のものよりまさろう。万軍の主は仰せられる。わたしはまた、この所に平和を与える。――万軍の主の御告げ。――」時は、紀元前400年代、586年にバビロン捕囚になっていたが、預言者エレミヤの預言=まことに、主はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ」の通りに、ペルシャ王クロスは、帰還命令を発布しました。帰還したユダヤ人は、喜び勇んで神殿再建に取りかかったが、主意の反対、経済的資金不足もあって、再建への意欲も衰え、20年間も経過しても何もできない状態。そのとき立ち上がったのが、預言者ハガイ。短期間の活動からかなり高齢と思われる。中断されていた神殿再建工事を再開する、信仰と勇気を人々に与え、神殿は再建された。どんな仕事も、楽しいことばかりではない。壁につき当たったり、苦しい思いをするのは 当たり前。しかし、そこで投げ出さずに、継続し続ければ、必ずその先には、すばらしい祝福が待っている。イエス・キリストをアーメンと信じるクリスチャン生活は、神の契約が与えられている。 「わたしがあなたがたと結んだ約束により、わたしの霊があなたがたの間で働いている。恐れるな」恐れず、おののかず、勇気をもって取り掛かるとき、わたしの霊=聖霊様の大きな助けがあり、四面楚歌であっても、敵をも愛する無敵な日々、心配も思い煩いもなく、与えられた使命を全うできる。毎日、情熱を持って、神を愛し、自分を愛し、人々を愛して過ごしている牧師生活。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日です。感謝します。過ごせているか どうかです
2015/05/10
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ヨブ記22:21-23 さあ、あなたは神と和らぎ、平和を得よ。そうすればあなたに幸いが来よう。神の御口からおしえを受け、そのみことばを心にとどめよ。あなたがもし全能者に立ち返るなら、あなたは再び立ち直る。最高の平和は、神との平和。神との平和は平安。だれも不安と言う重荷に喘いでいる。健康がすぐれない。お金がない。学歴がない。友達がいない。助けがない。反対に財産も学歴も健康も、門閥学閥、経営もうまくいき、セレブと言われ気取っていても、いつ死ぬかもしれないという不安の怯えて、周りに当たり散らし、虚勢を張って不安を見せないようにしている。 真=誠=の神、イエス・キリストの十字架は、すべての不安の原因=罪、病、呪い、貧乏、死と地獄、根本的な原罪=を贖い、3日目の朝に復活することにより、主であり、救い主の神が、永遠の友として、地上の歩みを幸せで満たし、聖書で語りかけ、祈りに答えてくださる。世の終わりまで共におられる。アーメン信じますと、素直になればそこから神の子としての人生が始まります。万歩計は10500歩。今日元気で、も良く歩きました。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日。感謝します。
2015/05/09
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食欲は神様がくださった贈り物です。今日は、教会員のマンションで、東京から料理指導者が来て、特殊な料理講習会。その方は音声指導のプロとのことで、12時からのランチをご馳走になり、発声指導も受けられそうなので、小阪駅まで出かける。一人暮らしも長くなり、食べる喜びは祝福です。昨年は一年間、甘い物を一切食べず、今年は普通に食べている。昨日も生駒の銘菓、宝山最中をいただき、御霊の実の自制がないと全部食べてしまいたくなるほど美味しい最中だったので、神学生などのおすそわけ。今日は、東京から月一度指導に来るくらいだから、どんな料理か、興味を持って出かける。幸い、明日の礼拝説教準備もでき、健康ライフスタイルの模範食生活を教えてもらおうとも思いつつです。自動車が正常に走るために、良質のオイルやガソリンが必要なように、全能の愛の神様の許して下さる生活の中で、バランスの取れた栄養分も不可欠です。栄養面には、病院理長や副院長が、気をつけていてくれるので、取り過ぎにならないよう自制している。クリスチャンの食生活は信仰告白。欠食、過食、偏食、貪食、暴食ではなく、健全な食生活を心がけよう。何を食べようかと思い煩うこともしないで、元気に生かしていただこう。テモテへの第一の手紙4:1-5 しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。それは、うそつきどもの偽善によるものです。彼らは良心が麻痺しており、結婚することを禁じたり、食物を断つことを命じたりします。しかし食物は、信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られた物です。神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。神のことばと祈りとによって、聖められるからです。
2015/05/09
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聖書の一言;ゼパニア書3:19-20 見よ。その時、わたしはあなたを苦しめたすべての者を罰し、足の不自由を直し、救い、散らされた者を集める。わたしは彼らの恥を栄誉に変え、全地でその名をあげさせよう。その時、わたしはあなたがたを連れ帰り、その時、わたしはあなたがたを集める。わたしがあなたがたの目の前で、あなたがたの捕われ人を帰すとき、地のすべての民の間であなたがたに、名誉と栄誉を与えよう、と主は仰せられる。その時=それはいつか。第一に終末的な救いです。天国があることを知っている幸い。第二に、現実のこの世での変化です。今のままの状態が続くのではなく、必ず良くなるその時が来る。今は分からない、一寸先に光を見る。朝の来ない夜はない。太陽はいつも雲の上に。いつでも平安で幸せ。第三に、瞬間的な今、時間はいらない。アーメン信じます。と永遠を今の時と受け止めれば、神のなさることはみなその時にかなって美しい。あせらず、慌てず、恨まず、ねたまず、呪わず、的確な判断と行動力が与えられます。イエス・キリストの救いは、現実を解決し、希望を与え、乗り越えさせるいのちと力です。スタンレー・ジョーンズは、インド宣教7年、失意落胆しアメリカへの帰国を決断。ヒマラヤのふもとに打ち沈んでいました。一羽のワシがお空高く飛翔する姿をぼんやり眺め、途中まで空高くく飛べない鷲に、自分の姿を見る思いでした。ところが何べんも試みていた鷲が、大空高く舞いかけるのに感動。乱気流に乗ったのです。自分の弱さや失敗、周りの反対や敵対者もある。乱気流が渦巻いても、それに乗れば高く舞うことができる。その乱気流は聖霊の風、失意の中から生まれたのが、聖書に聞くアシュラム運動。聖書と聖霊に満たされて、恵まれた福音宣教を続ける幸い。ありがとうございます。今日もまた天国の笑顔の一日です。感謝します。
2015/05/09
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ヨブ記16:19-21今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。その方が、人のために神にとりなしをしてくださいますように。人の子がその友のために。証人がいる、しかも、真実で正直に事実を見聞きし、知っている証人。冤罪の場合、間違った証言がその原因となる。証人が嘘を言う、誤解したり、最悪は罪に落そうとして間違っているのに、わざと見聞きしたかのように証言する。人の言葉ほど当てにならないことはない。ヨブの友人たちは、多くの間違い、勘違いでヨブの苦難を慰めているうちに、ヨブを非難し精神的な苦しみを与えている。ヨブは、あなたがたは皆、煩わしい慰め手だという。そして、神を見上げる。この箇所は、やがて来るメシア=救い主預言。神が人間と同じ姿になって、とりなしてくださる。しかも友として来てくださる。イエス・キリストが馬小屋で生まれ、十字架上で死に、3日目に復活し、今も、いつくしみ=愛=深い友として生きておられる。アーメン。信じます。と幼子の心で迎えるとき、永遠の友として助け守り、真実を証言してくださる。 全部を分かり受け入れ、平安と幸せに、そして永遠の天国にまで、いつも友として伴ってくださる恵み。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日。感謝します。
2015/05/08
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ガラテヤ人への手紙6:7-9 思い違いをしてはいけません。神は、人から侮られることはありません。人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになるのです。自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、霊に蒔く者は、霊から永遠の命を刈り取ります。たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取ることになります。住まいの裏庭は、タンポポの花盛りが過ぎ、クローバーの真っ白な花が庭を埋めています。家の前の花壇もきれいです。自然の法則で,、種を蒔けば花が咲き、実がなり刈り取ります。カボチャの種を蒔けばカボチャが取れます。人生の法則も同じです。豊かに蒔くと豊かに刈り取ります。良い種を蒔くと良い果実を刈り取ります。健康についても同じです。45歳の男性の場合、禁酒禁煙、節制、週3回30分運動。この3つの感嘆な健康法を「実践するだけで、しない場合より11年寿命を延ばせるそうです。正しい健康感を持ち、健康習慣を形成し、神の栄光のために、天国に帰る日まで、身体と心の健康にも気をつけて、元気に福音に仕えたいと願う朝です。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔の一日です。感謝します。
2015/05/08
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聖書の一言;ゼパニヤ書3:14-17 シオンの娘よ。喜び歌え。イスラエルよ。喜び叫べ。エルサレムの娘よ。心の底から、喜び勝ち誇れ。主はあなたへの宣告を取り除き、あなたの敵を追い払われた。イスラエルの王、主は、あなたのただ中におられる。あなたはもう、わざわいを恐れない。その日、エルサレムはこう言われる。シオンよ。恐れるな。気力を失うな。あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。喜び歌い、喜び叫ぶ。心の底から喜び誇る。何という幸い。敵は追い払われ、主が共におられる。もう災いを恐れなくてよい。元気も失わず、勇気が満ちる。共におられる方が、愛してくださる。その愛によって、安らぎいつも平安。新しくされ、愛が消えることはなく、常に活き活きと生きる。恵みと愛は朝毎に、新しい。それが現実の喜びで仕える。今朝は、納骨堂前で、毎年訪れる教会員と二人での記念礼拝。もう30年も前、両親が離婚し、母親と三重県に。19歳の看護師学生の頃、父親との連絡が取れない。夜遅く大阪市大正区までいっしょに行き、父親が酒を飲み、孤独死の現実。その姿を見て泣き出すが、恐れることはない。わたしがあなたの右手を握り、助ける。イエス様がともにいるから、大丈夫と祈る。110番した後、彼女は死後の処理を全部自分で行い、翌日、富雄キリスト教会で葬儀を行い、毎年納骨堂前で礼拝。時は流れ、今は幸せな5人家族。その幸せの中で、看護師として多くの病む人の力になっている。主われを愛す、主は強ければ、われ弱くとも、恐れはあらじ。わが主イエス、わが主イエス。わが主イエス、われを愛す。アーメンとの歌声が、新緑に包まれた納骨堂の前に響く。ありがとうございます。今日もまた天国笑顔一日です。感謝します。
2015/05/07
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