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今日から議会は代表質問。今日は午前中が自民党県議団。午後が「改革・緑新」。日本共産党県議団は、今回政策委員長の岡谷市選出、毛利栄子県議が、明日代表質問。私は、今回、新年度予算案に対する討論をするため、本会議での質問はしない。 私のHPに1通のメールが届いた。要旨次のようなもの。 「私の年齢は40歳です。石坂先生のお力をお借りしたく、メールさせて頂きました。私は30歳前半から心臓を悪くして手術と入院し、今は心臓機能障害で障害者第1種4級と認定されました。心臓の動きが普通の人の6割位の動きなので、力仕事を1日続けることが出来ないです。何とか今の自分で出来る仕事はないかと思い相談しました。(中略) 去年柏崎の両親が震災で家屋全壊で、父親が下敷きになり大怪我をして入院した時、全部を失って落込んでいる父親を入院費の免除などの説明をしてくださって、そのあとも声をかけていただいてる五位野和夫柏崎市議のお話を聞いて感謝しています。 この事で共産党の地域の事を親身に考えている姿に感動しました。もしこのメールをお読みになり、いいアドバイスがありましたら、よろしくお願いします。石坂千穂県議会議員もお身体を大切に、より良い長野になるように導いてください。」 日本共産党の地方議員の皆さんが、全国各地で、立党の精神である「国民の苦難解決のため」がんばっている献身的な姿が目に浮かんでくるメールだ。 この頃、増え続ける生活相談。でも、困難をのりこえて、前向きに生きていこうとする人たちを少しでも応援できるように、私たち議員が、力を合わせていくことが、今まで以上に大切になっていると思う。 早速この方とは連絡を取り、お話を詳しくお聞きしたいと思う。
2008年02月26日
昨夜に続き、朝から大雪。雪かきもそこそこに、長野市内の「もんぜんぷら座」で開かれた「薬害肝炎救済法に関する説明会」に出席。悪天候にもかかわらず、開会前からすでに会場はぎっしりの参加者。 2002年10月の提訴以来5年間の患者の皆さんの苦しいたたかいを経て、ようやく国と製薬企業の責任を認めさせた薬害肝炎訴訟の結果、いわゆる薬害C型肝炎救済法が成立し、今年の1月16日から試行された。原告団の皆さんが、自分たちのことだけでなく、被害者すべての一律救済を求め続けていただけに、今回の法律によって、かなりの被害患者が救済されるものと考えていた私は、今日の説明を聞いて、今回の成果は、大きなことではあったものの、問題の根本的な解決のためには、その大きな一歩にしか過ぎないことを改めて思い知らされた。 この救済法の対象となるのは、妊娠中や出産時の大量出血、手術での大量出血などの際に、特定フィブリノゲン製剤や特定血液凝固第九因子製剤の投与を受けたことによってC型肝炎ウイルスに感染した人とその相続人とされている。 しかし、救済されるためには、まず訴訟を提起し、製剤投与の事実、製剤投与と感染との因果関係を証明し、裁判所がこれを認めなければならない。今日の説明会では、薬害肝炎東京弁護団の石井麦生弁護士が、訴訟の経過と救済法の内容について説明し、会場内の参加者の質問にも丁寧に答えていたが、証明するための材料としては、カルテ、手術記録、出産記録、母子手帳、レセプト、担当医の記憶、証言などが考えられ、医療機関の協力をお願いすることが必要というものの、「担当医がすでに死亡してしまった。」「大量に輸血したという事実は覚えているが、止血剤を使ったのか、それがフィブリノゲン製剤だったのかはわからない。」という質問も多く、大量輸血の事実が証明されただけでは救済されないこともわかった。 予定時間を過ぎても質問者は後を絶たず、全大会が終わってからの個別相談を希望する人の人数も多く、とても今日の限られた時間だけでは対応できないことは明らか。それだけ、被害者が多く、深刻な問題だ。 健康を損ない、高齢化していく患者自身が、自分自身の責任ではない感染の原因について証明するために、時間とエネルギーを費やさなければならないのは、大きな矛盾だ。 幸い、今回の救済法の成立とともに交わされた基本合意書で、恒久対策と薬害再発防止のための継続協議をしていくとされており、今回の救済法を第一歩に、できる限り早い時期に、被害者すべてが救済されるよう、心から願っている。 午後、降り続く大雪の中で、地元の日本共産党後援会と党支部主催の「お出かけパスポート」懇談会。会場の南掘団地集会所は大雪にもかかわらず約30人の参加者でいっぱいになった。 長野市では、70歳以上の高齢者に、100円でバスに乗れる「お出かけパスポート」を発行している。ところが、地元朝陽地区の北堀、南堀には、定期バスが走っていないため、このパスポートが使えない。長野電鉄の電車が利用できるが、このパスポートは電車には使えず、電車賃は長野駅まで15分で片道320円と決して安くないため、以前から、「電車にもお出かけパスポートが使えるようにしてほしい。」という要望はとても強い。そのため、数年前にも、有志の高齢者の呼びかけで署名運動にも取り組んだり、地元の長寿会にも申し入れ、当時の長寿会長さんも、「とてもいいことだ。要望は強い。」と、長野市長が出席した「元気な街づくり市民会議」で、この問題を取り上げて発言した。中心市街地の商店街や老人会からも同様の要望が長野市に出されたとも聞いた。 今日の懇談会には、長野市高齢者対策課の山崎課長と野池係長に「出前講座」ということで出席していただき、長野市の取り組みと考え方を説明していただいた。長野電鉄とも、7回ほど協議を重ねているということだが、同じ長野電鉄で、無人駅が多い松代方面のこと、JRやしなの鉄道のことなどもあり、なかなか難しいとのこと。 しかし、長野市の課長さんからいただいた資料でも、平成19年度で、対象者62882人に対し、パスポート交付者は47160人、約1億3千万円の予算が使われている。利用者一人当たりの年間利用回数は平均32回ということで、交付者数も利用回数も年々増えていて、利用できる人には喜ばれている制度であることがわかる。 須坂市や中野市では、年間3000円分の利用券が、70歳以上の人に配布されるということ。同じ長野市内で、資格があっても利用できない人がいる不公平を改善してほしいという願いに答えていくためには、須坂、中野方式も検討に値すると思う。 また、懇談会に参加した障害者の方からは、「障害者手帳を見せれば、割引の切符が買えるのだから、お出かけパスポートを見せれば割引切符が買えるという制度にしたら。」という提案もあった。 「せっかくもらっても、使えないお出かけパスポートなら、たんすで眠ってるだけだから、もう、市役所へ返すしかないよ。」「私が千の風にならないうちに、早く、何とかして。」など、なかなか皆さん活発だ。 1期4年間の市議活動の中で、繰り返しこの問題を取り上げ続けてきた永井みえこ前長野市議。公約を受け継いでがんばっている佐藤久美子長野市議。降りしきる雪の中で、小さな集会所は、長野市の課長、係長が帰ったあとも、活発な話し合いが続いた。今日の懇談会で出された要望や意見、提案が、長野市の施策に生かされていくことを、私も心から願っている。
2008年02月24日
ええーっ!どうしてこうなるの?と、私は思わず心の中で悲鳴をあげていた。 今日、長野市の「ノルテ長野」で開かれた第35回長野県無認可保育所連絡協議会の総会に来賓として出席して、そこでの報告を聞いて、びっくり仰天。 無認可保育所、いわゆる認可外保育所は、公立保育園や認可保育所だけでは対応できない産休明けの乳児保育や、長時間保育などで大きな役割を果たしていて、「この保育所がなかったら、働き続けることはできなかった。」と、多くの働く母親達を支えてきている施設であり、「認可外」「無認可」という名称だから、劣悪な施設と言う意味では、決してない。私自身も、長女が無認可保育所のお世話になり、初めての子育てを、ずいぶん助けていただいた。 現在、長野県では、無認可保育所の果たしている役割を評価し、保育士さんの人件費に補助金を出しているが、なんと中核市として、県と同等の権限を持つ長野市では、昨年からこの補助金を廃止してしまった。そればかりか、厳しい財政運営の中で、必死にがんばっているこれらの無認可保育園に、基準を満たした保育園であると言う証明書を発行しないために、長野市の無認可保育園は、不当にも、消費税の課税対象とされ、ただでさえ少なくなった収入の中から、消費税を徴収されていると言うのだ。その消費税がずっしりと厳しい保育園の財政運営にのしかかり、保育園の存続そのものを脅かしていると言う。 政府が、無認可保育序を消費税の課税対象にするという動きがあったとき、私たち日本共産党長野県議団は、県議会に、営利企業ではない無認可保育所への消費税課税は行なわないようにと言う趣旨の意見書を提案し、長野県議会は、これを全会一致で可決した。その後、無認可保育所は消費税の課税対象としないとの閣議決定がされたと聞き、「良かった。」と喜んでいたので、まさか、足元の長野市で、こんな事態になっているとは夢にも思わなかった。 長野市で、40年以上の歴史を持ち、川中島バスや富士通などの、大手、中堅企業の女性労働者の、不規則、長時間労働を支えて、保育士さんたちは、低賃金に甘んじて多くの子ども達を育ててきた小さいけれども大きな役割を果たしてきた無認可保育所が、なぜ、こんな仕打ちを受けなければならないのだろうか。 長野市は、この無認可保育所に対して、保育園としての基準を満たしていないと「勧告書」を送りつけ、立ち入り検査を行ない、台所が不衛生だからと網戸をつけるよう指示したりして、(私は、この保育所へ何度もお邪魔しているが、決して不衛生な台所ではない。)指摘事項を改善したり、書類で返事を出したにもかかわらず、無しのつぶて。問い合わせると、「認定書は出せません。」と、冷たい返事だったと言う。 長野市内のアパートの一室で、もう8年間も、善意のスタッフ達で運営してきたもうひとつの無認可保育所は、現時点での消費税の滞納が63万円。この滞納額に14%もの利子がついて、ますます払えず、低賃金のスタッフに、せめて社会保険に加入できるようにしてあげたいと思っていたが、とてもそれは望めず、むしろ、スタッフを減らし、期限無しの待機をしてもらい、安い給料をさらに下げても、もう、運営できないかも知れず、いっそ,やめてしまおうかと悩む毎日とか。でも、ここでやめてしまったら、公立保育園にも、認可保育園にも、条件があわずに行くことができないこの保育所の子ども達はどうなるのだろうか、と。 この保育園の経営者のお話では、長野市の「勧告」は、その指摘事項を改善しても、次には、また違う指摘事項の「勧告」をしてくるので、いったい、どのような水準になれば「認定」してもらえるのかが理解できないとのこと。もう、これは、認定しないための口実ではないかと思えてしまう、と。歴史の長い無認可保育所が、認定書を出してもらえれば、自分たちの保育所もがんばろうと希望が持てるのだが、その保育所さえだめならば、もはや、希望はなくなってしまうとも。 長野市が中核市になる時に、私たち長野市選出の県会議員は、中核市が県と同等の権限を持つことになる福祉などの分野を、絶対に後退させないことを条件に、中核市への移行を承認した。でも、それが、こんな形で裏切られるのだとしたら、中核市って、何なのだろう。 中核市でなかったら、今でも長野市内の無認可保育所は、県から人件費の補助金を受けることができ、消費税の課税対象にもならず、働くお母さん達を励ましながら、保育に打ち込むことができたはずだから。 お昼休み。毎週日曜日に党の県委員会と長水地区委員会が合同で行なっている長野駅前の街頭宣伝に参加。中野早苗さん、和田県議、宮崎長野市議、小池長水地区委員長らとともに、沖縄の米軍による少女暴行事件に抗議の訴え。 午後2時からは、若槻団地自治会館で、「県政・市政・日本共産党を語る会」。原田市議とともに、県政、市政、衆議院予定候補の山口のりひささんの活動報告をして、参加者の皆さんと語り合う。あいにくの吹雪の中を約20名の皆さんが参加してくださって、「共産党も政党助成金をもらったら?」「浅川下流の人たちは、本当にダムを望んでいるのか」「飯綱の開発許可はどうなっているのか」、「教育費が高すぎるし、奨学金の制度がまるで高利のローンのようだ。」、米軍の沖縄での少女暴行事件について、医療のこと、雇用のこと、派遣労働の実態を告発した志位委員長の国会質問、中国産冷凍餃子問題と食の安全について等々、2時間の予定のところ2時間半があっという間にすぎて、駆けつけた中野早苗さんのごあいさつで、今日の語る会は終了。 「言いたいこと、語り合いたいことが山ほどある」――そんな語る会だった。
2008年02月17日
恒例の善光寺節分会に今年も来賓として招待され、豆まきに。 まず、参道を入って左手の大本願2階の寿光殿で開会式。昨年までは1階の寒い部屋だったので、私はホッカイロを背中に2つも貼って参加したのだが、今年はリニューアルされたらしいお部屋で暖房もしかっりきいていたし、約600人という年男、年女、天童の皆さんでぎっしりの会場は熱いくらいだった。開会式では、中島道生寺務総長から、改めて善光寺節分会の由来が説明された。善光寺では千年以上前から12月第二申の日を如来ご越年として、この日の行事のひとつとして行なわれてきた追な式が今に受け継がれているのが善光寺節分会とのこと。立春を正月とする考え方では節分はちょうど大晦日にあたるのだとも。 開会式が終わると、本堂までの行列になっての行進。毎年、この行進の道すがら、支持者の方々や知人に声をかけられたり、手を振っていただいたり激励されるのだが、今年も、あいにくの降りしきる雪にもかかわらず、沿道には黒山の人だかり。行進はかなりゆっくり進むので、一緒に記念写真をとっていただいたり、時には握手を求められたり。結構友好的な交流の場となる。我が家のご近所の方にもお会いした。 本堂に着き、本堂内陣で、善光寺大勧進、大本願の住職および一山住職総出仕のもとでの大祈祷が行なわれ、内陣で、まず、渡された福桝の中の福豆を「鬼は―外!福は―内!」とまく。これが終わるといよいよ本堂の廻廊に出て福桝に入れた福豆やお菓子などを花火の音を合図に参拝者にまく。悪天候にもかかわらず、今年の参拝者は約5000人とか。みんな福を願う思いは同じ。 私も今年は年女。参拝者に福豆などをまいて福桝の中が空になっても、後ろに係りの人がいて次々に桝の中に入れてくれるし、大きな段ボール箱にはいっている福豆やお菓子などを自分で福桝に追加して入れることもできるので、私も何度も何度も追加して、ひとりでも多くの人たちに福が行き渡りますように、今年こそよい年でありますように、との願いをこめて、たくさんの福豆やお菓子をまいた。
2008年02月03日
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