2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全8件 (8件中 1-8件目)
1
昨日(8月20日)に放送された「集まれ!未来の科学者たち(KKT)」をVTRで見た。科学の祭典(熊本大会)の1日目の様子が放映された中で、本年度の新しい取り組みとして、小・中・高生のよる実験ブースが紹介された。その小・中・高と3つの学校のなかで、私のクラスが中心に取り上げられた。(もちろん、せっぱ詰まった取材に対応できたためであるが。)その私のクラスが取り上げられた場面は、次の通りである。(1)夏休み中に本校の理科室で実験演示の練習をしている様子と子どもたちのインタビュー(2)科学の祭典1日目の子どもたちの様子(3)私へのインタビュー計5分ほどであった。私へのインタビューの内容は「どうしたら、子どもたちが科学を好きになるか」というものであった。もちろん、いろんな要素があるはずであるが、今回の科学の祭典に参加したことをふまえて、次の2つのことが大切であると答えた。○理科の学習のなかで学習で学習したことが、今回の「科学の祭典」での実験演示のように「誰かにおもしろがられる」「何かの役に立つ」という経験を多くすること。○大学の先生や大学生、小中学校の教師といっしょに、今回の「科学の祭典」のようなイベントや仕事などを成功させる(達成させる)経験を多くすること。テレビの放映後、私自身「科学の祭典」に積極的な教師だと見られているようだ。しかし、単に科学の祭典の実験を楽しむだけでは、あまり効果はないと考えている。「科学が好き」になるには、興味・関心だけでは不十分である。
2005.08.22
コメント(0)
8月21日(日)、科学の祭典(熊本大会)の2日目である。2日目に参加した子どもは10名。前日とは違う子どもたちで、人数も半分以下である。(1日目に小中学生向けの講演があり、そちらに子どもたちを参加させるということで、このような人数配分になったのだが・・・・。)また、1日目の来場者数が2万2千人に対し、2日目は、なんと3万6千人だったとのこと。ローテーションを組んでいたものの、昼食時間以外は、ほとんど休憩もとれない状態になってしまった。しかし、この「過酷」な状態が子どもたちの様子を変えることになる。全員が忙しいため、人に頼っていられないのである。そんな中、「磁石レントゲン」のブースを担当している子どもの様子が目にとまる。「磁石レントゲン」で起こる現象を説明するために、道具箱に入っていた棒磁石(たまたまは入っていたもの)を取り出したのである。何をするのか見ていると、棒磁石の極にクリップを付け、またそのクリップにもう一つにクリップを付けたのである。その子どもは、「磁石に付けた鉄が、その鉄も磁石になる」ことを説明したかったのである。もちろん、このクリップを棒磁石に付ける実験は、3年生のときに授業のなかでやったものである。「学習するしたことが生かされる」場面であった。
2005.08.21
コメント(0)
8月20日(土)、科学の祭典(熊本大会)の1日目である。1日目に参加した子どもは23名。今回、子どもたちが実験(演示・説明)したのは、「磁石レントゲン」と「積み木ふりこ」の2つである。科学の祭典で、子どもたちに実権講師をさせるのははじめてであるが、開会前に、簡単な説明をしただけで、あとは「ほったらかし」にする。すると、授業では見えない子どもの様子が見えてくる。せっかく会場に来た子ども(観客)たちには悪いのだが、初対面で、なおかつ、幼児から大人まで幅広い年代の人々の前で実験するのは難しく、なかなかうまくいかない。実験のおもしろさやふしぎさを伝えられなければ、お客は集まらない。実際、他のブースでは人だかりができているものの、「積み木ふりこ」のブースには、なかなか人が集まらなかった。そこで、「積み木ふりこ」のブースでは、準備していた実験の順番や説明の「修正」が必要になる。子どもたちが行った主な「修正」は次の2つであった。(1)実験演示のはじめは、簡単なクイズにすること。(2)「積み木ふりこ」のしくみを説明するときには、ボードに貼られていた「図」を使うこと。もちろん、相手に応じて使う「言葉」や「予想のさせ方」などを変えるようになっていった。本校理科の研究でめざす「説明活動」とは、このようなものである。単なる発表会ではなく、相手に応じて「分かりやすく」説明すること。このことにより、自分の考えの不十分さに気づき、見方や考え方をより科学的なものに変えることができる。1学期に追究した「積み木ふりこ」。自信満々の子どもたちであったが、今回の科学の祭典で「分かったつもり」だったことに気づくことができたであろう。
2005.08.20
コメント(0)
科学の祭典(熊本大会)に向けた取り組みがテレビ局(KKT)に取材された。科学の祭典(熊本大会)の宣伝も兼ねた30分番組を製作するそうである。夏休み中に、子どもたちに準備や練習させる予定はなかったのだが、番組の構成上、学校での様子を取材したいとのこと。急きょ、参加する33名のうち、12名を学校に呼び出し、練習させることにした。撮影のためだったのだが、結果、練習させてよかったというのが本音である。集まった子どもたちが少人数だったせいか、その様子がよく分かり、アドバイスができる。また、テレビの取材ということで、「緊張感」のあるなかで練習できる。また、いろんなリポーターの質問に「臨機応変」に答える。当日の番組には、科学の祭典本番の様子も放送される。テレビ番組のための取り組みではないが、放送が楽しみである。放送(KKT)は、8月21日(日)10:55~番組名は、「集まれ!未来の科学者たち~青少年のための科学の祭典」である
2005.08.12
コメント(0)
東京での研修も最終日(4日目)、初等理科教育中央会講座2日目である。今日は、筑波大附属小の佐々木先生の授業を見る。単元は5年生の「てこ」。実験用てこを用いた発展的な学習であった。普通、実験用てこは棒の中心に支点があり、その左右につるしたおもりの「重さ×支点からの距離」が等しくなるときつり合う(「てこのきまり」)という学習である。しかし、今回の授業では、実験用てこの支点が棒の中心からずれているものを用い、「てこのきまり」はあてはまるかという展開である。つまり、これまで無視していた棒の重さまで含めて考えなければならなくなるのである。このような教材(学習内容)を取り入れることは、基本的に賛成である。高校までの力学は、「質点」での考え方であるが、身の回りの現象は、実際には「剛体」としてのふるまいをする。これまでは、実験装置などを工夫し、なるべく「質点」の状態に近づけて学習を進めてきた。今回のような教材(学習内容)を取り上げることは、子どもたちにはむずかしく「タブー」とされてきたのである。しかし、「剛体」としてふるまう現象を取り上げるからこそ、「質点」で思考するよさが実感できるのではないか。また、このような教材(学習内容)は、より具体的な(定量的)思考を促し、見方や考え方の科学的な変容に迫ることができると考える。佐々木先生は、この授業の中で、「演繹的な思考」(本実践では、「てこのきまり」があてはまるかどうかを計算で求めていくこと)を主張された。私たちは、これまで理科学習の中で「帰納的な思考」にこだわりすぎてきたのではないかと考えさせられるものであった。本校の研究でも「帰納的な思考」と「演繹的な思考」を往き来する問題解決の在り方を模索する上で、大きなヒントとなるものであった。
2005.08.05
コメント(0)
東京での研修も3日目、初等理科教育中央夏期講座に参加する。2日間の講座であるが、1日目は分科会(各支部からの発表)と講演であった。講演の講師は、文部科学省教科調査官の日置先生であった。毎年、この講座で話を聞いているが、私自身、少しずつ理解できるようになっていることに気づく。今回の講演は、PISA2003とTIMSS2003の結果からものであったが、その中で印象に残ったのは「日本型エラー」と「日本の弱点」である。「日本型のエラー」として例にあげられたのが、太陽の日周運動に関する問題である。大洋の位置とかげのできかたの関係は、ほぼ理解できているものの、「太陽は西から昇る」と答える子どもが多いということである。これらを受けて「日本の弱点」として、次の2点をあげられた。(1)観察・実験のねらいを明確にした指導。特に、結果の整理・考察・まとめ(結論)。(2)既習知識・技能の活用や日常生活との関連を図った指導。特に、子どもたちがもっているメタファの問題。例えば、空気でっぽうの手応えを表現するとき、「ゴムのような」や「バネのように」という表現がなくなってきているとのこと。「日本型のエラー」について聞き、私自身耳が痛かった。そんな間違いが起こるような授業を確かにしている。「日本型のエラー」と「日本の弱点」。これから、つねに意識して研究・実践を進めていかなければならないであろう。また、「『学び』とは、ハウスモデル(積みあげ)ではない。広く全体(ネットワーク)的に分かることであり、学び返し・学び直しである」という言葉も、今後の本校の研究に大いに参考となった。
2005.08.04
コメント(0)
東京での研修の2日目、草加市の鏑木先生を訪ねる。鏑木先生が編集を担当された月刊初等理科教育の6月号に「先行学習の有効性」という主題で原稿を書く機会があり、今回の訪問でも、この「先行学習」のことが話題の中心となった。「先行学習」は鏑木先生が提案されているのだが、初等理科教育の6月号がきっかけとなって論争が生まれ、「反論」が7月号から掲載されている。私も、原稿を書いた一人であるから、「批判」される立場になっているということであろう。鏑木先生からは、その「批判」が私に及ばないようにといわれたが、私自身「先行学習」について、しっかりと「咀嚼」しているつもりであるから、「批判」は全くかまわないのだが。「批判」されることで、自分の考えがより確かなものになる。「反論の反論」を書きたいのだが、blogなので控える。ただ、鏑木先生との話の中でもあったのだが、「先行学習」に対する「批判」は、感情的なものが多い。「先行学習」、知識をまず与えるということに理科の教師は抵抗があるのであろう。私が2年前に提案した、ITを活用して観察・実験の前に映像をみせるということを、なかなか受け入れてもらえなかったのと似ている。しかし、この抵抗は理解できないものではない。なぜなら、私自身、そうであったからである。やはり、多くに理科の教師が「観察・実験ありき」の考えに陥っているということであろう。「観察・実験ありき」を問題にすること。もちろん、観察・実験の重視を否定しているのではない。次の2つの問題点を指摘しているつもりである。(1)日常的な自然体験と授業での観察・実験の混同。(2)観察・実験のなかで、子どもたちは同じものを「見る」という錯覚。私自身、この問題点が中学校段階から始まる「理科離れ」につながっていると考えている。また、「協同的な学び」をめざすという立場から考えても、「知識」は必ずしも一人一人が発見するものではない。徒弟制のなかでは、最低限の「知識」は熟達から与えられるものである。約2時間半の訪問であったが、これまでの私の実践も鏑木先生にみていただくことができた。「熟達」とかかわることは、やはり「学び」が多い。充実した研修になった。
2005.08.03
コメント(0)
東京での研修の1日目である。今日は、「科学の祭典 全国大会」を視察する。その目的は次の2つである。(1)8月に子どもたちが参加する熊本大会との「違い」を知るため。できれば、子どもたちの全国進出も・・・。(2)「発展的な教材」のヒントを得るため。残念ながら、(2)の目的は達成されなかった。(5年生にあった教材という意味でであるが。)理由は、熊本大会との内容的な違いが感じられなかったためであろう。つまり、(1)についても、あまり「新しさ」や「レベルの高さ」、「規模の大きさ」は感じられなかったということである。このメリットとして、熊本大会で実験演示ができれば、本校の子どもたちでも全国大会に出る可能性があること。デメリットとして、地方大会から全国大会への「ステップアップ」として捉えにくいことがあげられる。(もちろん、「全国大会」「東京」ということだけで十分なのだが・・・。)私自身、今のところ、大きな目標ができたというよりも、アピールをしてチャンスをうかがうという気持ちである。ただ、熊本大会よりも落ち着いた感じがした。もちろん、会場の違いも大きいであろう。しかしながら、次の2つの違いも大きく関係しているであろう。○実験演示者に高校生が多いこと。(ほとんどが、教員のアシスタントとして参加であった。)○観客に、大人(もちろん保護者も含む)や高校生が多いこと。この点は、やはり東京の方が文化的に「成熟」しているということか。
2005.08.02
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1