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成績のよい子とイマイチな子の違いで最も顕著なのは、まず質問をしてくるかどうかって事。で、これはわかりやすいので良いんだけど、質問の内容も気にしてみた。成績のよい子、特に学年トップクラスは意外に基本問題で質問してくることが多い。応用問題になると質問はほとんどしてこない。問題を基本と応用に大別すると、基本は「知識の習得・訓練」にあたり、応用は「基本知識を複雑に絡み合わせての思考」に当たると思う。イマイチの子は、「基本問題は簡単なんだから自分で出来なきゃダメ」と思いこんでいる節があり、だからより一層「こんなもん質問できない」「こんなもんがデキナイ自分はバカ」と思っていたりする。一方で、デキル子は、直感的になのか経験的になのか(どっちも同じようなモノだけど)、「知ってなきゃどうしようもないモノ」については、悩まずにさっさと聞きに来る傾向にあると思う。基本問題は知識の習得が目標であって、裏を返せば「まだ知識をつけていない段階」を対象にしている。つまり、基本問題は知識なんだから「知らなきゃ出来るわけない」のだ。基本問題がデキナイということは、「知っているべき知識を身につけていないから考えてもどうしようもない、だから聞きに行こう」ということだと思う。逆にイマイチの子は、基本問題を延々と時間をかけてグダグダ考える。知らないんだから、考えても仕方ないのに。ただ、ここで重要なのは、デキル子たちというのは、そもそも「自分はちゃんと勉強している」という自信というか自覚をもっている。だから、「オレが知らないってことは、何か意外な、普通は考えつかないような思い違い、知識不足があるに違いない」と確信を持って聞きに来る。しかも基本問題だから、分かったときにはその他既に身につけている知識と相互連絡し、ひとつの体系が一気に組み上がる。謎が氷解し、知識のシナプスが集積回路のように完成する瞬間、これがいわゆる「分かっておもしろい」状態のひとつだろう。「知ってなきゃどうしようもないこと」を時間をかけず聞いてさっさと解決し、「つけた知識をいかにしてくみ上げで問題に挑むか(応用問題)」に時間を割くから、デキル子といまいちな子との差はどんどん開いてしまうのだろう。いまいちな子には、「何を考えて、何を聞くのか」をきちんと指導しないと、どんどん時間が無駄になってしまうので注意が必要だと思う。
Apr 27, 2008
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当塾は8月決算なので、ちょうど半年が経過したところ。大きくは新校舎をつくったことと、講師の採用だ。 このような田舎の辺境の地で塾を始めてしまった のはある方によれば戦略的失敗だそうだ。うん、 その通りだー。でも塾を始めた当初は戦略とか 経営なんて全く考えてなかったし、知りもしなか ったから今さら後悔しても遅い。今ある資源で どうやって結果を極大化していくか考えるしか ない。塾は地域に根ざした産業なので、「地域 特性に基づいた戦略を適用する」必要がある。 それがうまくいけば、「ある戦略をもって、その 戦略が適合する地域選択」をする逆の立場な大手 資本が参入してきても勝てることになる。地域で 強い個人塾とはそうしたものだろう。そんなわけで、当地域での1番店を目指すのであるが(1番手戦略が良いか悪いかといえば、現状このエリアでは良い)、2教室目を出すことと講師の採用は頭の痛い課題であった。要するに「人がいない」ということ。新校舎については300万、講師採用については100万くらい使った。(新校舎については決算上出てくる数字は「償却」なので、帳簿上は100万程度だが、キャッシュアウトが300万だった)普通は借り入れを起こすところだけど、償却費等を見込むキャッシュフローベースでギリギリまわりそうだったので、強引に行った。結果的にはギリでまわった笑 ショートしたら奥の手を繰り出すつもりだったが、その必要はなかった。。。投資の回収に対しては考え方はいろいろだし、どの期間で見ていくかというのもあるので一概には言えないが、少なくとも短期的に見れば一定の成果を得た。年度内における(あくまで決算上の)効果は、2段階と考える。1番いいのは、投資した年度内に全て回収すること。しかしこれは当然激しく大変だ(特に今期は生徒募集の経費も大幅に増額したし)。ので、次の段階として償却費等を考えれば赤字になったとしても、キャッシュフローベースで黒字化するのを目標とした。そしてそれは早々に達成された。これは良かった。逆に言えば設備投資による償却負担が重いってことなんだけど、償却は基本的に定率法でやっているので来期以降大幅に改善される。 「償却」ってなんじゃ?的な方のために。 設備投資など、「何年もにわたって効果が 見込める投資について、お金を出した分が その期に一気に経費となると決算がとてつも なく赤字になってしまうため、期間を決めて 少しずつ経費として落とすことを認める ってな感じのもの。 今回の新校舎については、300万を手持ち のお金から支払ったんだけど、帳簿上は毎年 7~80万位ずつ経費として計上していく。 逆に言えば、お金を本当に払ったのは今年だけ なので、来年からは「実際にはお金は出て いないのに、帳簿上払っていく」ことになる。 これが、来期「キャッシュフローベースで 手元に現金が残っていく」ということになる。ま、そんなわけで、今期の投資は割と早い段階で目に見える成果が出たので良かったとしよう。講師採用は未だ継続中であり、校舎数・生徒数から考えると正社員比率は高く、人件費率も高くなっているが、今後の展開のためには必要なものだから今が耐えどき、ということだ。2年後、当塾の主力層である高校2年生が卒業する。その中からアルバイトを確保できる体制ができあがれば、今後正社員講師の採用を抑えながら展開することが可能になる。そのための布石。ま、それまで塾が持てば、ってことですが笑
Apr 24, 2008
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今年は、昨年末から問い合わせが入り始めて1月から入塾が続き、4月になった今でもご入塾をいただいている。なんだかんだで、前年度下半期の落ち込みに対して実に180%くらいの入塾をいただいたことになる。心配されたが、前年度末より増え、最高生徒数を更新して終了できた。イロイロな勉強をしながら、何をしたらいいのか模索しながら、これはもう受験生とかわらん。チラシの書き方、DMの書き方(うちはDMはやらないが)、美容院経営の仕方、ホスピタリティ、、、関係が少しでもありそうなら手当たり次第読んで、いらなかったら即ポイして、そんな感じ。どんなお店に行っても、内装やら外装やら、客の回転率やらを考える。幸いにして前職の職業柄、業態ごとの原価率やらがだいたい分かっているので、最近は流行っている店の流行る理由が少し分かるような気がしてきた。(気がしてきただけかもしれないけど)毎日が学ぶことの連続。おぉすり切れる~
Apr 19, 2008
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生徒たちの成績を考えて目標を設定するとき、どうしても「入試まであと1年」とか、「期末まで1ヶ月」とか考える。僕らは「生徒がこのままだとどういった結果になるか」を知っているので、締め切り(期限)に間に合わせるために宿題量を増やしたり、授業時間を多くしたりといった無理をしがちだ。小中学生の場合、無理をさせることはどっちに転んでもあまり良い結果になるとは思えない。生徒に無理な宿題や授業を課すと、結果は二つに分かれる。ひとつは耐えきれずにギブアップするケース。もう一つは耐えきって本当に成績をアップしてくれるケース。僕は、どちらも良いことだとは思えない。前者は非常にわかりやすい。塾の場合は退塾なりなんなりという目に見える「失敗」があるからだ。本当にその子のことを考え、成績アップさせたいのなら、ギブアップしてしまうようなカリキュラムを課してはダメだ。目標までの距離、残りの時間を考慮して「ここに行きたいならこれだけやらなきゃ無理だ!」というのは確かに事実ではあるけれども、それがその子にとって耐えられなければ意味がない。遂行して結果を出してこそ、計画。デキナイのであれば、それは計画か目標に無理があったと言わざるを得ない。 大学入試は別。目標と意志があるのなら、何が 何でもやらせるというのは有りだと思う。この場合、「失敗だった」「やめやった」というのは簡単だが、その子に与える精神的・時間的ダメージは非常に大きい(もちろん金銭的にも、だが)。取り返しのつかない結果となってしまうこともあり得る。後者の「耐えきって結果を出す」場合、そのまま人間が変わって突き進むケースは稀ではないだろうか。中2の終わりまでろくに勉強する習慣が付いていなかった子が、ものすごい勢いで走ってたまたま良い結果(途中経過)を手にしたとしても、そもそもきちんと積み上げてきた子の集団の中に放り込まれて、そこで脱落していくケースは非常に多いと思う。「燃え尽き症候群」みたいな。むちゃくちゃな量を与えて、「できねーやつはヤメロ!」ばりにやらせて生き残った者だけが結果を生み出すというシステムは、塾側都合の非常に危険なやり方だと思う。僕らは「ついてこれなくてやめた子」と思えばそこで時間が止まるが、本人の時間は永遠に流れ続ける。「塾でボロボロになった」という苦しい記憶と共に。例えば自分の子どもに、そんなリスクの高い勉強法をさせるだろうか?他人の子どもだからそんなことができるのではないか?勉強は生活だ。生活は思想・思考と密接に関係している。それらを変えるには、人生が180度変わるような衝撃的な出来事でもない限り、少しずつの持久戦になる。体がそれに慣れるために、かなりの時間がかかる。特に子どもは親の影響を多大に受けているので、「子どもの生活」=「親の生活」であることが多い。だとすれば、やはり子どもの生活自体を変えることは相当の時間がかかるはずなのだ。強制力を持って急激に他人の生き方を変えるのは、やはり不具合が生じる。それをダマシダマシやっても、どこかで無理が出てくる。無理が出て結局破綻するようでは、その子の人生を棒に振ってしまうことになりかねない。だから、少なくとも大学入試を最終目標としている僕らは、目先だけにとらわれることなく見ていかなければならない。
Apr 13, 2008
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悩む。てか悩んでる場合じゃないんだけど。明らかにフォローの風が吹いている。今日も体験申し込みが2人?3人?○~塾長が書いていらっしゃったが、4月でもまだ動くって感じ。前回チラシを入れてから、もう3週間が経過していると言うのに・・・4月中にいれときますか?チラシ。でも時間割的に厳しい。さてどうしたものか。人手不足は深刻ですわ。定員で制限?しません。うちは定員制だけど、定員で断るくらいなら無理してでもクラスを分割する。このまま一気に200名に達したい所だけど・・・う~ん。。。
Apr 9, 2008
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子どもの目線に立つとはよく言うが、それはどういう事だろう?腰をかがめて子ども目線になる。物理的に。まぁ確かにそれもそうだけど、もちろんそれだけじゃない。自分がどれくらい子ども目線に立てているかわからないけど、出来るだけ「自分が子ども時代の記憶を呼び戻す」ようにしている。例えば小学生の子どもたちに対して一人称が「オレ」というのは、小学生にとってはかなりのとまどいではなかろうか。小学生に話しかける立場にある大人というのは思ったより少なく、親・学校の先生以外に大人と話さない小学生もとても多いと思う。そんな中で、僕らが「オレはさぁ」とか言うと、結構な衝撃なのではないだろうか。それが良いか悪いかということではなく。とはいっても、一人称というのはなかなか変えにくいもの。僕は僕自身を「先生はね、」といって話すのが嫌いなので一度もやったことがない。僕は「オレ」といっている。(変な日本語だな)巨大な組織になれば、「一人称は【先生】に統一する」ということが必要になってくるだろうか、今みたいな小規模の場合は一人称なんて正直なんでもよい。むしろ「お。学校とは違うな」と思ってくれたり・・・しないかな。 正直言うと、子どもたちの間では学校の先生と塾の 先生は明らかに別物。子どもたちからすれば「お前ら ホントの先生じゃねーじゃん」って感覚かな。 僕が子どもの頃そんなことを子ども同士で話した 記憶もあるし、子どもたちがそれに近いことを言って いるのを聞いたこともある。それを聞いても僕はな~んと も思わないし、ホントの先生だと思う気もない。 とはいえ、子どもの感覚がそうならば、塾の講師が自分を 「先生」と呼ぶのはちょっと滑稽かもしれないとも 思ったりする。 ここら辺はあくまで主観だし、逆に立場をハッキリさせる 意味で「先生」と称し、呼ばせることが必要であるという スタンスもすごく分かっている。規模がもし拡大すること があれば、僕は自塾の講師に「先生」を強制するだろう。最終的には僕は自分を「オレ」と言いたいので、雑談などがノって来たときにさりげなく「オレ」を投入する。そして少しずつ慣れてもらう。そんな感じにしている。あぁ、あと僕の場合は、小学生と、中高生はあいさつの仕方を変えるようにしている。小学生には半オクターブくらい上げて、まる~いあいさつの仕方。「こんにちはっ」(with 作り笑顔)って感じ?伝わらん(笑)。野太い声は出来るだけ避けるようにしている。高校生にはかる~いノリで「こんちは~っ」って感じ。伝わらんなぁ。スミマセン。まぁ、これくらいは当たり前だろうけど、自分的には意識していないとなかなか出来ないことのひとつであった。あと、これは結構経験している人も多いんじゃなかろうか?お菓子とかあげるときに、みんなが遠慮する状態。大人からすれば「あげるって言ってるから素直にもらっときゃーいーじゃん」って感じだけど、子ども目線だとたぶんかなり違う。なんつーか、「遠慮すべき」みたいな、「ほしい」ということが卑しいみたいな、そんな感じ。でも「あげるって言ってくれてるし、、、困ったな」って感じ。子どもは子どもなりに気を使っているワケで、こちらの論理はなかなか素直には通らないのはやはり事実。「あげようか?」って言われると子どもの立場からすれば困るワケで、だからお菓子をあげるときは強制的に配る。子どもを困らせないために。もう配給状態(笑)。そのあとに、「こういうときは、ほしくなくてもほしいって言えばいいんだよ!そしたら、あげたひともうれしいからね!いらなかったらもって帰れば良いだけだし」なんて、大人の理屈をそっと教えてあげる。いずれにせよ、子どもを自分の世界に引き込むには理屈じゃない、すこ~しの目線変更と時間が必要だと、つくづく思う。相変わらず尻切れ。
Apr 8, 2008
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