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カナダに滞在してちょうど2ヶ月目、日本にいる母から電話があった。「今度パパと西海岸に行く事になったから、向こうで会えへん?」いや、そんな駅前の本屋で待ち合わせ、みたいに言われても…。でも海外旅行なんてすごい贅沢な話だけど、商売下手な父のせいで、火の車のうちの家計でどうやって?話を聞いてみると、うちの父は某県立医科大の軽音楽部の顧問をさせてもらっているのだが、最近、就任20周年記念のパーティーを、卒業生やら、在学生みんなで開いてもらったそうだ。そのパーティーで、父がお祝いの品としていただいたのが、夫婦二人分の旅行券。渡されるとき、もちろん今はお医者様の元教え子から「先生、アメリカにでも行って本場のジャズを満喫してきて下さい」と言われたそうだ。う~ん、さすがはお医者さま、やることがデカイ!という事で、父にとっては初アメリカ、母にとっては初海外、の旅行が決定した。最初がサンフランシスコで、次はロスアンジェルス。その上最後はハワイにまで行くらしい。羨ましい…。付いて行きたい…。「ホテル代は持つから」と母。飛行機代は自腹かい!!なんてひどい親!…でも、たぶんゴージャス料理にもありつけるはず。飛行機代は痛いけど、なんとかするか!食べ物の誘惑につられた私は、学割で安い航空チケットをゲットし、いざ、サンフランシスコへと飛び立ったのだった。(またまた続き物ですみません…)
May 31, 2005
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昨日、娘の頑張ってる姿をしっかりと見に行ってきました。いや、しかし、どこもみな同じですね。自分の子供の晴れ姿を、ビデオに、カメラに、そして自分の目に、しっかりと記憶させよう、と親の方が真剣です。早々と席を取り、自分が出るわけでもないのに、「あ~、なんか緊張してきた!」と汗をかいているお母さん方も沢山いました。うちも例外ではなく、いやそれ以上に熱心だと思われていたでしょう。だって、うちの実家の両親までもが駆けつけてきたんですから。そして、沢山のあつ~い視線に見守られて、本番が始まったのでした。ダンナ様には申し訳ないんだけど、ビデオはパパ担当です。私が撮ると、音楽に合わせて画面も動く、とクレームが多数寄せられたので(笑)それ以来、娘の専属カメラマンはパパなんです。で、私は自分の目でじっくりと見せてもらって…。あ…や、やばいっ…娘の姿がにじんで…。レッスンや駅で本当によく頑張って練習したよな~、なんて色んな事を考えながら見ると、もうダメ。「お~い、ヒップホップ見て泣くなよ~」ダンナ様が、チラッと私の方を見て苦笑いしている。もう、本当に最近涙腺が弱くて困ったもんだ。ダンスは無事に終わり、照明がついて周りが明るくなる前に何事もなかったかのように顔を整えた私は、離れた所に座っていた父母を探しました。あれっ?休憩タイムなので、みんな席を立ったというのに、両親だけがまだ座っています。近付いていくと、父がニヤニヤ笑っていました。「この有り様ですわ」そういう父の隣で、母はハンカチで顔を覆って、ボロボロと涙をこぼしているんです。「もう…あんなに頑張ってる姿…見たら…あかん…」それを見た私は、せっかく涼しい顔に戻したというのに、またまたググ~っと込み上げてきて、同じように母の横に座ってしまいました。やれやれ…。
May 30, 2005
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今月3日にHIPHOPの発表会があった娘ですが、同じ振付でまたまた発表の場をいただきました。明日、隣りの市の「公民館祭り」(のどかなタイトルでしょ~笑)に、一応ゲストとして呼んでもらってます。上手下手は別にして、とにかく踊るのが大好きな娘。張り切っています!今日も夜7時から最寄りの駅で練習です。駅!?と驚かれる方も多いと思います。そう、夜になるとよく見掛けませんか?駅などの公共施設のガラス張りになったところを利用して(鏡代わりに)ストリートダンスを踊っている若者たちを。娘の先生は、10代の時からずっとそうやって踊ってきているので、自分の教室を持った今でも、今回のようなイベントの前になると、駅でダンスを見てくれるんです。もちろん無料で。それって迷惑行為じゃないの?私も最初はすごく戸惑いました。でも、先生は始めに駅員さんと話をし、他人の迷惑にならなければOK、と了承を得ているそうです。だから、出来るだけ人の通りが無い所で、音量は小さく、騒がず、ゴミはしない(持って帰る)、を守って練習しています。隣りでは、大声を張り上げて自作の曲を歌うストリートミュージシャンが。娘のイベントの度に、こうやって駅で練習するのに立ち会っていると、今の若者も捨てたもんじゃない、と思ったりするんです。学校が終わってから、仕事が終わってから、こうして皆ここに集まって、自分の夢のためにすごく前向きで。一生懸命ダンスしたり、歌ったりしている姿を見ていると、何だか応援したくなってきます。ここに来る子達は、みんな礼儀正しいんですよ。見知らぬ者同士なのに、ちゃんと挨拶するんです。「お先に失礼します!」なんて。実は、娘の同級生のお母さん達何人かに「夜の駅で娘にダンスさせている変な親」だと陰口叩かれているんですが、(いつの間にか目撃されているんでしょうね)勝手に噂してくださ~い!て感じ。とにかく、娘が自分の好きな事をしてくれている。これが一番大事なんだよね、うん。
May 28, 2005
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先週の日曜からもうかなり時間も経っているので、そろそろ落ち込みもおさまってきた。書いてみましょう、私の赤面話。その日曜日、もちろん私は結婚式場のお仕事だった。会社に着くと、上司が私にインカムを渡しながら、「今日は○○さん(いつも一緒に仕事しながら色々と教えてくれる先輩)がお休みだから、これ付けてね」と言う。恐れていた事がついに…。インカムを付けると、右耳で従業員同士のやりとりを、左耳でお客様の言葉を聞かないといけない。「何がつらいって、インカム」といつも先輩も言っていた。でも、これを付けないと作業がスムーズに運ばない。今日は先輩の代わりにお客様案内係をする私には、絶対に必要なものだ。お客様が大勢到着すると、まず1階フロントからインカムで3階に居る私に連絡が入る。そしてエレベーター前で待機して、お客様をお迎えし、控室に御案内する。その他にもお客様からの質問やリクエストなどを、すぐその場で式のプランナーに取り次ぐ事も出来る。どんな些細なリクエストでも、3階で解決できないことは必ずプランナーに伝えること、という決まりになっているが、プランナーは館内を走り回っているので、インカムでないとつかまえられないのだ。この日の3階は先輩以外にもお休みしている人が多く、てんてこ舞いの状態で、誰にも余裕が無く、一人一人が自分の仕事をこなすのに必死だった。そして、2件目の式がもうすぐ始まる、という時、新婦の友人らしき女性が一人、泣きそうな顔をして私に近づいてきた。そして、私の耳元で、小さく囁いた。「あのぉ~…、急になっちゃったんですけど、ナプキンなんて、無いでしょうか…?」式はもうすぐ。買いに行く時間なんてもう無い。ものすごく不安そうな女性の顔。「お客様、すぐに御用意させていただきますので、御安心下さい。お席の方で、お待ちいただけますでしょうか」私は出来るだけ冷静に、笑顔で答えた。でも、すぐに「どうしよう!」と青くなった。1階には用意されているのだが、取りに行ってもらえる人がいない。案内係は持ち場を離れてはいけない、と言われている。特に、もうすぐ式が始まる、この時間は…。これ…しかない…か。ものすごい数の従業員が聞いている、このインカムしか。でも、もう恥ずかしがってる場合じゃない。幸い、プランナーは女性だし。意を決して、インカムのボタンを押しながら、私はプランナーの名前を呼んだ。「すみません、3階の○○です。今お客様から生理用品のリクエストがあったんですが、用意していただけますでしょうか?」「はっ!?」プランナーはそう叫び、私は同じ事を汗をかきながら、よく聞こえるようにゆっくりと繰り返した。その後すぐにプランナーが封筒に入ったそれを持って3階に上がってきてくれ、その女性に渡してくれたが、ムッとした顔は真っ赤で、私には一言も無く下に降りてしまった。たぶん、「そんな事インカムで言わないでよね!」と思ったんだろう。従業員の数にゆとりがある時なら誰かに案内係を代わってもらって下に取りに行けるのだが、今日はそのゆとりが無かった。でも、そんな事情をプランナーは知らないのだ。仕方無いよな…。は~~~~~っ…。よりによって、初インカムの日に、こんな事が起こるなんて…。その時、私の後ろから声がした。「本当にありがとうございました!おかげで、助かりました」あ、さっきの女性だ。安心したような表情。水色のカクテルドレスがよく似合う。まっ、いっか!仕事、がんばろっ!でも、仕事が終わり、下の階に降りていった時、「お疲れさまでしたぁ~」と声を掛けてくれるメンバーが、誰一人私と目を合わせてくれない、というのは、単なる私の気のせいだったんでしょうか…(涙)
May 27, 2005
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うちのダンナ様はアパレルの営業マンです。新商品を出すときは展示会で商談するんですが、今の御時世、わざわざ遠方からお得意様が来て下さることは珍しくなりました。そこで、大きなダンボール箱に商品を詰めて、営業マンは行商の旅(出張のことを、うちではこう言う)に出ます。東京に支店があるので、ダンナ様達大阪本社のメンバーは、西日本を車で走り回っています。今週も火曜日から行商の旅に出ているダンナ様。帰りは金曜の深夜です。で、旅の前、私はちょっと忙しい。大切なダンナ様の宿泊先は、妻である私がインターネットで手配します。だって、宿泊費は幾らまで、と決められているんです。それなら、その制限内で出来るだけ快適な所に泊まってもらいたい、と思うのが家族ってもんでしょう。で、インターネットを駆使して、(してない!してない!)時間をかけて選ぶわけです。すると、普通なら高くて泊まれないようなホテルが、直前予約なら大幅に安くなる、とか別料金を取られるはずの朝食がサービスで付いてくる、とか色んな「お得」を発見できるんですよ。なので、最近ではダンナ様のリクエストもだんだんわがままになってきていて、綺麗、部屋が広い、ベッドが大きい、朝食付き、は当たり前。その上「大浴場あり、できれば温泉」というのが加わったのでもう大変!色んな予約サイトを比較するだけじゃなく、ホテルそのもののホームページも確認します。予約サイトよりも安い料金で提供しているホテルもあるので。で、すったもんだして、やっと予約して、実際に利用したら、写真と違って古いホテルだった、なんて時には、現地のお客様から早速クレームの電話が…。「ごめん!ごめん!」ひたすら謝ります。次からは気を付けます!えっ?どうしてそんなに低姿勢なのかって?そりゃあ、あなた、決まっているじゃないですかぁ~!ダンナ様不在中、うちには娘と二人だけ。早起きして作るダンナ様のお弁当もナシ、実家に御馳走になって食事の支度もナシ、好きなレンタルビデオをじっくり観たり、水曜日のレディースデイには娘と二人で映画館にも行ったりして…。月に一度のパラダイス!いえ、決してダンナ様が居ないほうが良い、なんて言ってません。ただ、楽なだけ…あ!いえいえ!失礼しました!大切なダンナ様の事を思えばこそ、でございます、はい(汗)
May 26, 2005
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今でこそ普通のパン屋さんでも売っているマフィンだけど、私がカナダに行った頃は、日本でマフィンなんて言っても、「何それ?」てな感じだった。だから、リーチ家でほぼ毎日マフィンを焼くことに、最初すごく驚いた。今日はブルーベリー、明日はバナナ、その次はニンジン…という具合。でも、でも、それがものすごく美味しい!私はすぐに病みつきになり、交代制で焼くことになっていたのだが、私だけは毎回参加していた。一番のお気に入りはチョコチップマフィン。今日本で食べるチョコチップマフィンのような控えめなチョコの量じゃなく、リーチ家のはチョコの間から生地が顔を出す、というぐらいの割合で盛大にチョコチップを入れる。ザザ~ッ!と。そんなだから、焼き立てを食べるともう口の周りも手もチョコだらけ。でも、チョコに目が無い私はもう大満足なのだ。マフィンの作り方は信じられないくらいに簡単で、私も一人でよく焼いた。チーズを入れると食事代わりになるので、それをランチとして学校に持っていくことも度々だった。こんな美味しいもの、どうして日本で売っていないのか、とよく疑問に思い、日本に帰ったらマフィン屋さんをしたい、と真剣に思うようになった。きっと当たるぞぉ~!と勢い込んで帰国し、実際に家で同じ材料、同じ温度で焼いてみた。あれっ…?なんだか、中に火が通っていないような…いや、それだけじゃない、味が全然違うじゃないか!オーブンの違いもあるのかもしれない、と思い、温度を変えながら、中身を変えながら、何度も何度も焼いてみた。失敗作がどんどん山になり、家族もそろそろマフィンに飽きてきた頃、ようやく私も諦めた。家で食べる分にはそこそこイケるが、でも別に飛び抜けて美味しいわけじゃない。それから少しして、日本にも「ミセスエリザベスマフィン」というマフィンのチェーン店があると知った。大阪ミナミにも進出してきたというので、わざわざ買いに行ってみた。うん、美味しい。…でも、やっぱり違うんだな~。今でもたまにマフィンを焼くことがあるけれど、でも食べるのは私だけ。ただ、懐かしさを感じたくて。焼く、という行為、その手順を踏むことが、私をあの時に連れ戻してくれるから。もう一度食べたいなぁ~…バンクーバーで。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□下の本は、私がバンクーバーを離れる時にローズマリーがくれたもの。「この本のレシピが、一番うちのに近いから」と。
May 25, 2005
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今日はバンクーバーでの私のお気に入り、について書こうと思う。なんだか話が進んだり戻ったりでややこしいが、バンクーバーに居た時の事は、今でもこんな風に日常生活の中で、断片的に私の目の前に現れる。それも突然に。病気か?うん、ある意味病気。まず、私はスーパー巡りが大好きだった。一番のお気に入りは巨大スーパーの「SAFE WAY」食事はいつもローズマリーが用意してくれていたので本当なら私がスーパーに行く用事は無い。それに、乏しい資金しか持たずにカナダに来てしまった私はそうそう買物なんて出来ない。でも、もう本当に大好きで、週に一度は遊びに行っていた。ただ見ているだけでも楽しくなってくるのだ。初めてローズマリーに連れて行ってもらった時、その品数の豊富さに度肝を抜かれた。あんなに長い陳列棚の端から端までみ~んなポテトチップスだったりする。それが全部味が違うのだ。色々試してみたけれど、サワーオニオンが一番好き。セイフウェイに行くのは大抵ダウンタウンからの帰り、10thのバスに乗り、ブロードウェイに入ってすぐ途中下車する。買いもしないのにカートを押しながら、最低でも1時間くらいはウロウロしている。どう見ても不審者だ。 上の地図は私が実際にバンクーバーで買ったものだけど、もう10年以上前の物なので、変わっているかもと思い、地図とバスの路線図をネットで見てみたら、私がいつも乗っていたUBC行きの10番のバスが見当たらなかった。なんだか、寂しいな。寂しい、といえば、私が住んでいたリーチ家。実は引っ越して、ローズマリーは今、バンクーバーの別のところに住んでいる。新婚旅行の時に訪ねたのだが、2階建てのテラスハウスのようなところで、それはそれでとても素敵だったのだけれど、古くても、私は前に住んでいたあの家が大好きだった。私の部屋は地下にある。といっても、ちゃんと窓があり、窓枠の下の部分が地面、という感じだから半地下、かな。その窓からいつも猫達が進入してくる。で、いつの間にか小さな私の部屋は、猫3匹の昼寝部屋になってしまうのだ。で、私もついつい一緒になってウトウトしてしまう。そんな毎日が私にとって宝物だった。14th&Waterlooこの角から2軒目がリーチ家。この角に立つ案内標識を、私は何度も写真に撮った。そして、今でもうちのリビングに飾っている。
May 24, 2005
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ローズマリーの元旦那様ジョージは、リンダという女性と再婚して、私の滞在していたリーチ家の近くに住んでいた。娘達二人は月に一度か二度、パパの家でディナーを食べていて、私も一緒にどうか、と誘ってくれた。私はこういうシチュエーションに慣れていないので、どうしたものか、と思案したが、せっかく彼女達の父親が誘ってくれているのだから、と行く事にした。ジョージの家まではローズマリーが送ってくれた。そして、ジョージとリンダに愛想良く挨拶を交わし、サラとトレーシー、そして私を残して一人で帰って行くローズマリー。なんだか、その時の彼女の背中が寂しそうに見えたのは私の気のせいだろうか。ジョージは大学で音楽を教えているそうで、私の父がジャズをやっていると話すと、すごく興味を持ってくれ、ジャズのスタンダードナンバーをキーボードで弾いてくれた。気さくで優しい人。見た目はカーネル・サンダースにそっくりだ。リンダもとても洗練された印象で、頭が良く、気が利く感じ。こちらはイーデス・ハンソンか。(知らなかったらごめんなさい)食事も話も楽しく進み、サラとトレーシーもすごくリラックスしていた。そして、もちろん私も楽しかった。でも、どうしてもさっきのローズマリーの背中が頭から離れず、家で一人食事する彼女の側に居てあげたい、とずっと思っていた。その夜、すっかり遅くなり、ジョージの車で帰宅した時にはローズマリーはもう寝ていて会えず、次の朝、私はいつもより早く起きてローズマリーのお茶の用意をして待っていた。彼女お気に入りのクラシックのCDを小さい音量でかけ、ものすごく濃い紅茶にミルクをたっぷり。二日前にローズマリーと一緒に作ったブルーベリーマフィンも用意して。「Morning, Mayo」と後ろから声がする。ローズマリーだ。私も挨拶しながら、ダイニングテーブルの方を指差した。ローズマリーは驚いて、そして本当に嬉しそうな顔をしてくれた。いつものように、クラシック音楽を聴きながらの朝食。でも、なんだかいつもと違うのは、私の心の中の、小さな小さな後ろめたさのようなもの。ローズマリーを放っておいて、ジョージとリンダの家で、すごく楽しい時間を過ごしたことへの。別れた夫が新しい妻と一緒に住む家に、自分と暮らす子供たちが頻繁に遊びに行く。そして、自分も元夫とその妻と、良い関係を続けていく。こんなの、こっちでは当たり前の事かもしれない。でも、私は何となく、みんなどこかで無理してるんじゃないかな、と思ったりしていた。日本人とカナダ人の違い、と言われたら仕方無いけど、でも、同じ人間だもん。気分悪いとこは気分悪いんじゃないの?嫌な事は嫌なんじゃないの?二人が離婚した理由なんて知らないけれど、ジョージのローズマリーに対する態度には違和感が無いのに、ローズマリーの方が、何となく頑なな印象を受けた。すごく、無理している感じ。ちょっと一緒に暮らしただけの私になんて何も分からないけれど、でも、きっとみんな色々あるんだな。私も日本でギリギリのところまで来て、もうダメ!と思ってここに逃げてきた。そんな私を家族のように可愛がってくれるローズマリーに、何か出来る事は無いだろうか。「今日の晩ご飯、私が作ろうと思うんだけど」と私が言うと、「本当!?じゃ、巻き寿司作ってくれる?私お寿司大好きなのよ!今日マグロとサーモン買ってくるわね」ひえ~っ!!寿司飯って、どうやって作るのぉ~!(mayonnaise流巻き寿司のお話は、また今度…)
May 23, 2005
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私がカナダでお世話になった、ホストファミリーのリーチ家には男性はいない。リーチ家は母ローズマリーと娘二人の母子家庭だった。ローズマリーの上の娘サラは勉強もよく出来るいわゆる優等生タイプ。その上、美人で背も高く、プロポーションも抜群だ。面倒見がよく、誰からも好かれていた。下の娘トレーシー。彼女は学校の勉強はあまり好きじゃない。私がいた頃はカメラマンになりたい、と言って、写真の学校に通っていた。好き嫌いがハッキリしていて、感情の起伏が激しく、いつも些細なことでローズマリーと衝突していた。姉同様、綺麗な顔立ちをしているのだが、服装にもヘアスタイルにも全く気を使わないので、いつも少年のような印象だった。私と同い年という事もあって、サラは本当に親切で、色々と気を遣ってくれた。でも、どうしてか私は、最初から無愛想なトレーシーの方に好感を持っていた。イギリスから大人になって移住してきたローズマリーのクィーンズイングリッシュをそのまま受け継いだサラの発音は本当に綺麗で聞き取りやすかったが、トレーシーのカナダ訛りの英語が私は好きだった。どうしてそんなにトレーシーに好感を持ったのか。出来すぎた姉にコンプレックスを持ち、母も姉の方ばかり頼りにする状況にイライラしている彼女に、共感したのかもしれない。サラは自分の弱みを外に出さないタイプなので、彼女は彼女なりに沢山の悩みを持っていただろうけれど、それを私なんかに見せることはない。でも、トレーシーは私の前でも平気でローズマリーに大声で怒鳴ったり泣いたりする。そんな時、サラは「こんな所見られたくない」という顔をした。妹のことが恥ずかしい、と顔に書いてある。私は家族の問題に足を突っ込む気なんて毛頭無いので、いつも知らん顔をしているが、そんな母娘のいさかいが何度あっても、私はトレーシーを避けることもせず、むしろ積極的に話し掛けたり、宿題を見てもらったりしていた。リーチ家の三人には、それぞれ可愛がっている猫がいて、ローズマリーの猫がジェフリー、サラのがタイ、そしてトレーシーのがラビット。ラビットはものすごく警戒心の強い猫で、トレーシー以外には近付かない。私は毎日学校から帰ると、ラビットの定位置である窓枠から数メートル離れたソファに座り、ただじーっとラビットを見つめながら、ストレス解消も兼ねて、日本語で色々と話し掛けていた。二ヶ月ほどそんな馬鹿げたことを続けていたある日、「ラビットぉ~、今日やばかってん。自由発表で単語でてけーへんかって汗かいたわぁ~」なんて言っていると、ラビットがいつもの細ーい目で私を見た後、のそっと起き上がり、窓枠から床に飛び降り、そして、私の足元まで来たかと思うと、トン!と膝の上に飛び乗ってきた。そのまま、また居眠りを始めるラビット。と、そこへトレーシーが。「Hi!」と通り過ぎようとした彼女の足が止まった。ゆっくりと振り向いた彼女の顔が、だんだんと驚きの表情に変わってゆく。「Oh My GOD!!」トレーシーは本当にビックリして、走り寄ってきた。「抱っこしたら引っ掻かれるのに、どうやって!?」と聞く。「ラビットから来てくれたよ」と私が言うと、しばらくしてから、「ラビットは、Mayoの事が好きになったようね」と言ってくれた。トレーシーの顔のそばかすがハッキリと見えるくらい顔を近付けて、私達は笑いあった。短い間だったけど、少しは心通じ合えた…かな?私、あなたの真っ直ぐで飾らないところが大好き。今でもそのままでいてくれていると信じてる。きっと、また会おうね。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□そうそう。ローズマリーに無視されながらも行ったPrinceのコンサート(3/4)の後、トレーシーだけはこっそり「Prince、どうだった?」と聞いてくれたっけ。
May 20, 2005
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今日は友人とパン食べ放題ランチに行って、もう恥ずかしくて二度とこの店には来られない、という位パンを大量に食べてしまい、食べ過ぎで死にそうなので日記はお休みしようと思っていた。でも、メールの確認だけしなくちゃ、とパソコンを見てみると英語で書かれたメールが一通届いていた。ローズマリーからだ!アドレスが変わったこと、上の娘が家を買ったこと、下の娘がカイロプラクティックの学校を卒表すること、などが書かれていた。娘の名前とダンナ様の名前も書いて、「みんな元気?」と聞いてくれている。あ~、会いたいなぁ~…。と言う事で、明日からまたまたカナダ滞在記を、いや、新婚旅行でバンクーバーに帰った時のこと?まてまて!ウィスラーずっこけスキー旅行?それともカナディアンロッキー珍道中にしようか…。え~いっ!気が向いたのから書く!以上、予告だけ。おなか気持ち悪い~っ!
May 19, 2005
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今日は実家の父の胃カメラ検査の日。先週あたりからずっと胃の調子が悪い、と気にしているところに空き巣に入られたりしたので精神状態もすこぶる悪く、そのせいでますます胃痛がひどくなったのかもしれない。どんな些細なことでも気になるとすぐに病院に飛んで行く父は、痛みには極端に弱いが、痛くない検査は平気どころかむしろ好きなようで、自分の事を「検査名人」だと自負していた。で、ご近所さんが初めてバリウムを飲む、と聞けば「今のは昔と違って随分飲みやすくなっているんですよ~。味も色々と選べるんですけどね、僕のお勧めは…」と、勝手にアドバイスを始め、煙たがられている。そんな父だから、胃カメラももう何度となく飲んでいる。私が今朝、心配して電話した時も父は落ち着いていた。「昔の胃カメラは大きくてな、そりゃあもう辛い検査やった。おまえなんて、きっと我慢できずに逃げ出すよ。今のはもうメチャクチャ小さくてな、ヘのカッパや」と電話でまた妙な自慢をしていたので、私も安心して、「じゃ、検査の結果が分かったらまた電話してよ」と言って電話を切った。それから数時間後、母から電話が入った。「パパ、寝込んでるわ」「えっ!?結果悪かったん?」「いや、結果は異常無しやけどな」「じゃ、どうしたん?」「胃カメラが上手く飲めなかったらしくて、かなりキツかったみたいやで。病院から帰ってきた時、重病人みたいな顔して、もう寝るわ、って一言で」先生の腕が悪い、とは言えない。前にも一度検査してもらって、その時に、「あの先生の腕は確かや。あんなに楽にカメラ入れられる先生は居らん」と自分で合格させてしまっていた先生だったし。みんながヒーヒー言って辛がる検査を自分は上手に受けられる。全然平気。という父の自信が、ガラガラと音を立てて崩れていったのだろう。そんな自信持ってたからどうなんだ!持つんなら、自分の健康に自信を持ってよ!お父さん!しばらくベッドから出てこなかった父。でも、結果異常無しで本当に良かったね。
May 18, 2005
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娘は、小学校1年生の時から自分の部屋のベッドで一人で寝ています。15匹の犬と、トラとシカとパンダと一緒に。彼らは娘の枕の横で寝ているんですが、あんまり大所帯なので、仕方無く山のようになって折り重なって寝ています。ディズニー映画「トイストーリー」の大ファンの娘は、その映画を見た時からずっと、オモチャも生きている、と信じていたのですが、小学校に行きはじめてから、何となく怪しいんじゃないか、と思い始めているようでした。そんなある朝、娘が自分の部屋から大きな声で私を呼んでいるので、何事かと思って行ってみると、「ママ!ママ!たっくんがこんなとこに居る!」と目を丸くして私に訴えるのです。見てみると、ミニチュアダックスフンドのたっくんが、娘の足元で、ベッドから落ちそうになっていました。「そんな事もあるよ。だって君、寝相ムチャクチャ悪いんやもん。いつもママが君の下敷きになってる可哀想な犬君たちを、まだ君が寝ている間に元の位置に戻しておくんやもん」とはバラさず、大袈裟に悲しそうな顔をしながら、「あのさぁ~…。ママ、ちょっと前から言おうと思ってたんやけど、最近君、シーちゃんだけすごい可愛がってるやん?それ、たっくんすごい寂しかったと思うねん…。で、もしかしたらこの窓から家出しようと思ったんかも…」たっくんのちょうど真上に窓があります。シーちゃんとは、その数日前に行った奈良の東大寺で買った、シカのぬいぐるみです。鹿せんべいをあげたりして、すっかりシカ好きになってしまった娘は、そのシーちゃんを特に可愛がっていたんです。「そんなん言うてもママ、ぬいぐるみはぬいぐるみやろ?動くワケないやん。トイストーリーは映画やし。ママ、ウソ言うてるんやろ?」娘は必死に聞いてきます。こりゃまだイケるわ、と思った私は、「じゃ、そう思ってたらいいやん。でも、ママいつも家にいるけど、時々○○の部屋から犬の鳴き声聞こえてくるねんで。誰か散歩に連れてきてるんかな、と思って窓の外見ても誰も居れへんし。それにさ、何でたっくん、ここに居るわけ?ここまでどうやって来たん?ママ、それがすごい不思議やねんけど…」娘はそのまま何も言わず、情けない顔をして学校に行く準備をし始めました。その夜、いつものように娘の部屋で娘にお休みのキスをして廊下に出たら、娘のボソボソと話す声が聞こえてきました。「ごめんな、たっくん。たっくんの事も大好きやねんで。みんな、大好きやねん」よしよし、私の演技もまんざらでもなかったか。それ以来、私はわざと、ぬいぐるみ達が娘の寝相の悪さのせいで散乱しているのを放っておく事にしました。すると、娘はよく朝から部屋でぬいぐるみ達と話しています。「ピーちゃん、あかんや~ん!もうちょっとで落ちるとこやったで~。危機一髪やで~」
May 17, 2005
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兄は今、熱烈恋愛中。お相手は10以上も年下だそうで、兄いわく、結婚を迫られているらしい。(迫ってるのは兄なんじゃないか、と家族全員疑っている)妹の私が言うのも変だけど、兄は女性からよくモテる。決して容姿が良いとかじゃなく、雰囲気でモテるタイプだと思う。中学時代まで、本当に冴えない男の子だったのに、私立の高校に入って遊び始めてから、彼のその辺(どのへん?)の才能が開花した。私は兄と仲が良いので、よく彼女を紹介してもらったが、その度に、「あ~、この人が私のお姉さんになってくれたら良いな~」とか、「この人はちょっとキツいぞ~」なんて、妹なりに色々と喜んだり、心配したりしたものだ。でも、兄がある年齢を超えてから、「もう結婚はしない」と言い始めたので、誰か素敵な人を「お姉さん」と呼べる日は来ない、と諦めていた。そんな時、今回の年下彼女が出現した。その彼女の前の何人も、同じように年の差がある彼女ばかりだったので、(兄の年が年なので)いつもと何も変わらないつもりだった両親は、「彼女と会ってくれへん?」と兄に言われ、ものすごく狼狽えていた。実は兄は以前、婚約までした彼女がいた。でも、準備が進むにつれて兄の気持ちがどんどん冷めていき、土壇場でキャンセルしてしまった。その時、相手の女性を深く傷つけてしまったことを今でも気にしている両親は、兄の言葉を素直に喜べないでいたようだ。すぐに両親から連絡をもらった私も驚いたが、考えてみたら、今がやっと兄にとって結婚を真剣に考えられるタイミングかもしれない、と思う。「そんなにビックリしないで、気持良く会ってきてあげてよ」と、私は両親にお願いした。そして兄と彼女、うちの両親が御対面!次の日、早速母から報告の電話があった。結果から言うと、残念ながら、父母にはあまり気に入られなかったようだ。うちの両親に会うために、わざわざ服を買ったらしいのだが、胸元が深く開いていて、谷間もバッチリ見え、両親が目のやり場に困るような服に、ネイルアートを施した美しく長い爪。その美しい手を、食事中も食事後も、ずっと兄の手に絡めていた、というのだ。うちの両親の前で。10以上年下、と言っても、社会に出て随分経つと聞いているので、もっと落ち着いた人を想像していた両親は、「まるで女子大生」みたいだった、と言っていた。だからといって結婚に反対するような両親じゃないので、後はすべて兄に任せることになるんだろうけど、「なんだかなぁ~」という雰囲気は隠せない様子だった。自分の目で見たわけじゃないけれど、「お姉さん」とは呼べそうにない…だろうなぁ~。
May 16, 2005
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って、計画も何も、コレ単なる夢なんですけどね、私達夫婦の。正直、私は移住するならバンクーバーです、やっぱり。私の第2の故郷、と勝手に思ってる。でも、ハワイでも良いよ、と折れてあげたので、今のところ、夫婦の移住先第一希望はハワイという事になっています。(どーでも良いって?泣)新婚旅行で私がカナダを、ダンナ様がハワイを譲らず、結局両方行く事になったのが、私の初ハワイ(その後ナシ)なんですが、やっぱり良かったです!ハワイ!ダンナ様はもう何度もハワイに行っているので、オアフ島の事なら結構詳しい方です。…いや、それも会社がまだ景気の良かった10年前くらいまでの事かな。毎年慰安旅行はハワイだったんですよ、彼の会社!浮かれてそんな事してるから、今とんでもない状況になってるんですけどね(涙)何日か前の日記でウィンドサーフィンの事を書いたら、急にハワイの事を思い出してしまいました。もう12年前の事なのに、あの海の美しさは鮮明に覚えています。ウィンドサーフィンをするのが一番の目的だった私達は、毎日決まったビーチに行っていました。それは、カイルアビーチ。そのビーチの綺麗な事!近くにはよくカレンダーの写真なんかに使われているラニカイビーチがあって、どちらも、これぞ「楽園」という感じのビーチです。私達が行った時は日本人は私達だけ、という状態でしたが、最近はかなり増えているそうです。駐車場もあるし、これだけ綺麗だと当たり前か。近くの「ナッシュ・ハワイ」でボードをレンタルし、透き通ったエメラルドグリーンの海にボードを下ろした時の、何とも言えないあの感覚!忘れられません。ここに住みたい~!と二人で毎日叫んでました。私はスポーツとしてのウィンドサーフィンを知りません。早さや技を競うのが当たり前なのに、私のウィンドサーフィンは全然違うものです。ただ、静かに沖に向かって進んでいき、好きな所でセールをわざと落とし、ボードに座って足をチャプチャプさせながら、まわりの景色を楽しんでボーッとする。これをするために、運動音痴の私が長年ウィンドサーフィンを続けてきたんです。ウィンドサーフィンをしてます、なんて言うと叱られそうですね。でも、私流のウィンドサーフィンだったら、本当に幾つになっても続けられそうです。「おじいさん、今日は良い風が吹いてますよ。ちょっと行きませんか」なんてダンナ様に声を掛けたりする。そういうの、夢ですね。そこがハワイなら、もう最高!なんですけど。
May 14, 2005
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小梅*さんの日記を読ませてもらって、2年前の思い出が蘇ってきました。で、今一つよく分からないままトラックバックに挑戦して、同じ話題で書かせていただきます。娘が2年生になったばかりの春、毎年恒例のクラス役員を選ぶ運命の日がやって来ました。娘のクラスには、娘と同じ幼稚園だった子が一人しかいなくて、その上その子とは別のクラスだったので、結果私の知り合いのお母さんは誰一人居ず、とりあえず皆知らない人に投票する、というのを聞いていた私は、「もしかしたら…」という気持ちもあって、役員選出の集まりに出席したんです。役員選出はいつも授業参観の後に行われるので、この日も結構沢山のお母さんが出席して、開票の行方を見守っていました。で、結果は…。トップ当選~!パチパチパチ!なんと、22票獲得!この票数、後でベテランお母さん方に聞いたら、「ありえない」との感想をいただきました。平均10~15票がトップ当選の獲得票数らしいです。そうかい!そうかい!私の事がそんなに嫌いなのか!自分の名前の下に延々と続く「正」の字を、途中から私は苦笑いで見つめていました。もう、役員がイヤだとか、決まったらどうしよう、とか、そんなのどこかへ飛んでしまってました。ほんと、ヤケクソ状態です。(笑)で、開票がすべて終わり、担任の先生から、「じゃあ始めに、一番票数の多い○○さん、お願いできますか?」と聞かれ、もう逃げも隠れもしないぞ!という気分で、「はい、私で良かったら」と答えました。ピシッ!と。問題は次の方。2番目に票数の多かったお母さんも出席していたんですが、同じように先生から尋ねられると、ものすごく恐い顔で、発言し始めました。「困るんです。私、仕事がありますから。私の仕事はキッチリと時間が決まっているようなお仕事じゃないんです。それに、私、営業所を任される立場にありますし、出張なんかも頻繁にあるんですよね。だから、お断りしたいんですけど」いや、分かります。お仕事しているお母さんは、お昼の時間に集まりなんかあっても出席できない、ということ。でも、今のあなたの言い方は、ちょっと?な感じでした。この場合、営業所を任されている、とか出張がある、とかは関係無いんじゃないでしょうか。それに、子供を預けている学校の役員を、決められた方法で選出した結果、皆があなたを選んだんです。「お仕事」が理由では免除にならない、というのは事前に説明されていたはず。ここは、潔く諦めた方がいいですよ。でも、彼女は引き下がりません。「私、ただの一度も会議に出られませんから。一年間、一度も出ませんから。それでも良いんですね」でも、参観日や運動会には来られるのか~。結局、次に多い票数の人が受けてくれるならその人に、という事になりました。粘り勝ちか~。そんなのアリぃ~?今の時代、働くお母さんの方が多い。あなたが断れば、誰か別の人があなたの変わりに引き受けざるをえない。でも、自分じゃなければ、自分さえ良ければ、OKなんですね。なんだかとても後味の悪い一日でした。で、役員を一年間やってみた私の感想は、「結構楽しかった」です。朝、通学路の横断歩道に立って、黄色い旗を持って交通指導もしましたが、私が「おはよう!」と声を掛けると、恥ずかしがりながらも皆「おはようございます」と答えてくれたこと。文化祭で役員総出でバルーンアート教室をした時も、「おばちゃん、すごく楽しかったよ」と、参加した子供たちに言ってもらったこと。仕事を持つお母さんが役員さんの中にも沢山居て、会議の出席率もすごく悪かったんですが、でも、その時その時にやれる人だけで何とか助け合って一年間乗り切りました。一年のうち、たった一日でも良いんです。役員として何かに参加して、何かを見て、何かを感じるだけで、それでも良いんじゃないかと私は思うんですが…いかがなもんでしょう?
May 13, 2005
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被害に遭ったのは、私の実家。今朝、地底深くから聞こえてくるような暗い声で母が電話してきてその事を知った。昨日、父は夜遅くまで仕事で不在、母は日本画のお稽古の日だったので午前中から出掛けていた。で、お稽古が終わって帰宅したのが夕方。その後、夕飯を一人で食べ、新聞を読み、お風呂に入ろうとしてお湯を入れる為に風呂場に行った。そこで、母は異変に気づいた。網戸の位置がおかしい。そして、綺麗に洗ったはずなのに、黒い水滴が風呂場の床に。ブルブル震えながら、母は家中の「これは」と思うところを調べてみると、見事に無くなっていた…現金だけが。母はすぐに父に連絡し、警察に連絡し、その後の事は何だかもう夢のようで、気が付くと一睡も出来ずに朝を迎えていた、と言っていた。金額は大したことはなかったが、とにかくもう母のショックは相当なもので、特に自分がお風呂場の窓の鍵をかけなかった事をすごく悔やんでいた。そんな母を「ドロボウとかち合って大変な事にならなくて良かったよ」と励ましながら、本当にホッとしていた。もし父や母に何かあったら、と思うとゾッとする。両親ももうすっかり年を取り、老人になってしまっている。その二人暮らし。きっと空き巣に狙われやすい家なんだろう。小さく背中を丸めて落ち込んでいる母。はーっ、と溜め息をつく父。今までは、色んな面でずっとこの二人に守られてきたけれど、これからは守ってあげなきゃ、と強く思った。
May 12, 2005
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プロウィンドサーファーの飯島夏樹さんの死後、彼のお葬式や、彼が逝ってしまってからの家族の様子などを収めた番組を観てから、たまらなく海に行きたくなってきた。飯島夏樹さんの骨は海に還り、奥様が、「これからは、いつでも海に行けば主人に会える」と笑顔でおっしゃってたのが印象的だった。その番組を一緒に観ていた娘が、「そうか、海に行ったら、いいじまなつきさんに会えるんや~。そしたらママ、ウィンド教えてもらえるやん」と嬉しそうに言ったので、私は今まで泣ながら番組を観ていたことも忘れ、なんだかすごく清々しい気持ちになった。で、すぐ影響されるこの性格。もう海に行きたくて行きたくて仕方が無い。去年の春、私の持ってる道具の古さを見かねたウィンドサーフィンの師匠が、彼女用に、と取っておいたが、なかなか使ってくれる人が見つからないので、とその道具一式を泣く泣くプレゼントしてくれたのだが、主人の仕事が忙しくてなかなか日が取れず、やっと行ける、と思ったら雨、と不運続きで結局昨シーズンは一度も海に行けなかった。今年は行くっ!絶対行くっ!しかし、毎年感じるのだが、ビーチにそぐわぬ自分の年齢。海上で他のボードに近付いて行くと、大抵のウィンドサーファーは珍しく女の子が来た、と思って愛想よく笑いかけてくる。でも、だんだん距離が縮まってきて、とうとうすれ違う時、ほとんどの男の子が「えっ!?」という顔をする。失礼なヤツらだ(怒)スポーツに年齢制限なんてあるもんか!こうなったら「ボードの上で還暦祝い」を目指してやるぅ~!
May 11, 2005
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午前中、友人と電話で話していて、衝撃的なことを聞いた。その友人が、知り合いのママ友達にお金を貸して、と言われ、貸してしまったこと。その額が十万円単位だということ。そして、その返済が最近遅れがちになっていて困っていること。私はあまりにビックリして、しばらく何も答えられなかった。だって、私には考えられないことだったから。まず、ママ友達にお金を借りようと思う事。そういう人に貸してしまう事。そして、借りたお金をちゃんと返さない事。私はとにかく人に気軽にお金を借りる事が信じられない。なので、もし自分がそれまでどんなに長く付き合ってきた人でも、「お金貸してくれない?」と言われたら、もちろん即断るし、その後、表面的には付き合いは続くかもしれないが、精神的な繋がりはその瞬間スパッと切れる。私の中の大事な人リストから消去されるのだ。それくらいお金の貸し借りには神経質だ。でも…これって、普通じゃないの?友人にお金を借りた人の事を私も知っているが、本当にごくごく普通のお母さんで、逆にしっかりした人というイメージなので、本当に意外だった。「貸したら…あかんやろ~」とやっと声を出すと、友人は困ったようにこう言った。「だって、同じ町内会で、パパ同士も子供同士も仲良しだし、あの人、このあたりじゃ主婦のボス的存在だから断れなくて…」友人の住む町は古くから住んでいる家ばかりで、お嫁さんも近所から嫁いできた人が多く、そのせいで他所から嫁に来ると、なかなか馴染めないらしい。友人もその一人で、結婚したばかりの時は結構つらかったようだ。そんな時、仲間に入れてくれたのが、その借金を申し込んだママ友達だった。「旦那さんには内緒にしてね」とそのママ友達は言ったそうだ。 人の弱みにつけ込んで…と私は腹が立ったが、友人を取り巻く環境を思えば、仕方が無い事なのかもしれない。でも、私が友人なら、断ったと思う。学生の頃、人にお金を借り、それをコロッと忘れてしまう同級生がいた。 百円や千円単位なので、みんなあまり気にしてなかったようだ。私も何度か貸したことがあるのだが、一度も返してもらえなかった。「返して」と言えば、返してもらえたかもしれなかったのだが、私はどうしてもそれを言えなかった。言う事にものすごくストレスを感じるのだ。そんなストレスを感じさせるその同級生が嫌で仕方がなかった。その感覚が、きっと私は普通よりもキツイんだと思う。お金を失って、その上こんな思いをするくらいなら、いくらケチだと思われようと、一切貸さないようにしようと心に誓った。友人は、返してもらえない、という今の状況に、ホトホト困り果てていた。金額も金額だし。あなたなら、どうします?
May 10, 2005
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昨日、新しく出来た温泉ランドに行った。3月から始めた仕事は一日中ずっと立ちっぱなしで、いくら週に一日だけでも足の疲れが激しく、歳のせいか、その疲れがいつまでも残ってしまうので温泉ランドでスッキリとその疲れをとってしまおう、と思って。こじんまりとした建物の中に色んな種類のお風呂が満載で、GW最終日ということもあり、風呂場はかなりの混雑。そんな中、ひとつだけ誰一人入っていないお風呂が。冷水のお風呂だろう、と思って近付いてみると、 死海の湯 塩分濃度が非常に高いお風呂で、 身体がプカプカ浮きます。と、若い女の子が水着を着て浮いている写真付きで、説明書きがあった。私の中の好奇心がウズウズしている。「浮いてみたい」でも…どうして誰も入ってないんだろう。こんなに楽しそうなのに。説明書きの「注意」の中で、 肌の弱い方、キズのある方はご遠慮下さい。と書かれているからだろうか。でも、私は好奇心を抑えることが出来なかった。そろそろと入ってみる。両腕を下に付いたまま、まず足を浮かせてみる。おお~っ、浮く浮く!そして…ゆっくりと腕を風呂の床から離していく…。浮いてるぅ~っ!!面白いようにプカプカと浮くのだ。私はあまりの感動に、大きな声で娘を呼んだ。「ほらほら!入っといでよ!メチャクチャ楽しいから!」娘は他人を見るような目で私を見てから、「私はいいよ」と言いながら、露天風呂に方にスタスタ行ってしまった。イイ!これ本当に面白い!しばらくプカプカ浮くことを楽しんだ私は、ふと我に返った。少し離れた露天風呂の方から、沢山の視線が私に注がれている。子供の目、大人の目。みんな笑っている。そうか…私は説明書きのお姉ちゃんのように、水着を着てないん…だ。スッポンポンの…丸裸…。で、天井向いて…プカプカと…。「さて…っと」何事も無かったかのようにその風呂を出て、少しヒリヒリする身体をお湯で流しながら、「死海の湯」に浸かっていないはずなのに、私の顔は真っ赤っかだった。
May 9, 2005
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今日は私達夫婦の結婚記念日です。12年前の今日、大阪市内の小さな教会で私達は結婚式を挙げました。反対されての結婚だったので、ほとんどが友人の、本当にささやかな式でしたが、私は嬉しくて嬉しくて、ずっと泣きっぱなしでした。式のことを思い出す時、いつも私は牧師様のことを想うんです。実は、私には式を挙げるならここ!と決めていた教会が他にありました。ですが、その教会の空いている日と私達の決めた日が合わなくて、日を変えるか、それとも別の教会でするか、と迷っている時に、とりあえず見に行った教会が島之内教会でした。この教会を見た時、私の中で、何かズン、と来るものがありました。日曜日だったので、そのまま日曜礼拝に出席し、その後の食事会のかやくごはんを食べながら、牧師様とお話をしたんです。どうしてその時、私のせいで結婚を反対されている事をお話ししようと思ったのかはいまだに分かりません。でも、優しい牧師様の目に見つめられて、自然と話してしまったんです。というより、この人に聞いてもらいたい、と心から思いました。話しているうちに、涙が次から次へと溢れ、かやくごはんのお茶碗を持ちながら、私は小さい子供のように泣きながら話していました。それを、牧師様は微笑みながら聞いて下さり、私が話し終わると、「よく、話して下さいましたね」と言って、笑いかけて下さいました。その時、もう私は決めていました。「この教会で、この牧師様に認めてもらって結婚しよう」私もダンナ様もクリスチャンではありません。ただ、教会は本当に祝福の気持ちがあれば、式当日にたまたま前を通りがかった見知らぬ人でも、式に出席してもらえるそうで、その祝福の気持ちが何よりも欲しかった私は、教会での式を望んだのでした。教会で式を挙げる2人は、式の前に何度か教会で「勉強会」を受けなければいけません。その会では、毎回牧師様が命の尊さ、愛の必要性、などを聖書を読みながら教えて下さるのですが、それが私にはとても楽しく、牧師様の話がいつも脱線してどんどんおかしなところに行ってしまうのを、止めるどころか、一緒になって話を進めて行ったりしていました。何度目かの勉強会で、いつもは何組か一緒に勉強するのに、その日は私達2人だけだったことがありました。いつものように楽しくて、心に響くお話を聞いた後、牧師様が、私に向かってこう言われたんです。「いのちの電話、知ってますか?」「自殺しようとする人がかけてくる…あれですか?」「ええ。うちの教会でやっているんですけどね。あなた、手伝っていただけませんか?」「えっ!?私なんて無理ですよ、牧師様!」「あなたなら、きっと大丈夫。私はそう思いますよ」結局、私の病気の事を話し、子供を望んでいることを話すと、牧師様は、「子供さんが手を離れてからでも良いんです。考えておいて下さいね」とおっしゃったんです。何年か後、新聞で牧師様が関東の教会に行かれることになった、と知りました。新聞には、今までの牧師様の色んな活動が取り上げられていました。島之内寄席と銘打って落語会を催したり、音楽コンサートを開いたり、若い芸術家に発表の場を広く提供していて、今、活躍している笑福亭鶴瓶も若手の頃、ここで腕を磨いた、と書いてありました。結婚後に何度か2人で礼拝に行かせてもらいましたが、子供が生まれてからは育児に追われ、全くお目にかかってなかったので、私は急いでお礼の手紙を書きました。でも、それが牧師様の手元に届いたかどうかは分かりません。今でも、あの時牧師様がどうして私に「いのちの電話」の事を話して下さったのかは分かりません。でも、ずっと心に残っています。牧師様の沢山の言葉で私はものすごく救われました。だから、誰かの一言が、とても大事な事だと知っています。いつか、こんな私でももしその「誰か」になれたら、言葉で少しでも助けてあげられたら、と思っています。私の将来の夢、のようなものでしょうか。
May 8, 2005
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昨日の朝、Mちゃんママから相談され、その後、私の日記を読んで下さった皆さんからアドバイスをいただいて、Mちゃんママを励ましながら、私も色々と考えていたのですが、その後、意外な展開になりました。昨日、Mちゃんがいつもよりずっと遅い時間に学校から帰ってきたそうです。理由を聞くと、K先生がMちゃんと消しゴムを隠した男の子2人を放課後に残したらしいんです。そして、その男の子にどうして意地悪をしたか理由を聞き、もう絶対にいじめはしない、と約束させ、男の子は帰らせたそうです。その後Mちゃんと2人きりになった先生は、急に悲しそうな顔をして、「先生、どうしたらいい?これでいいん?」とMちゃんに聞いたそうです。Mちゃんいわく、先生は泣きそうだった、と。Mちゃんママによると、先生との話し合いの中で、「あまり時間のことで締めつけられるので、娘が先生のことを怖がっています」と言ったことを気にしているんじゃないか、それと、K先生は感情の起伏が激しく、すぐヒステリックになる人で、Mちゃんママとの話し合いの時にも、かなりヒートアップしていたので、言い過ぎた事を後悔しているのかもしれない、という事でした。いや、それより放課後はたまたま「良い先生」モードだったのかもしれないし、校長先生に言いつけられたら困る、と思ったのかも…。話し合いの時とは全く違う先生の行動にMちゃんママも驚き、それよりももっと戸惑ったのはMちゃんでした。「先生、泣きそうで可哀想やった。私、先生に迷惑かけてるんかな?」と、言って気にしているそうです。今までは怖くて何も言えない、今度は迷惑かけられないから、と何も言えない。どちらにしても、Mちゃんは救われないんです。何なんだ、あの先生は!子供の気持ちを全く理解してない、理解してあげようともしない、そんなの先生失格だ。来週、家庭訪問があります。その時の先生の対応次第で、次からは旦那さんに掛けあってもらう、とMちゃんママは言ってました。何か進展があり次第、また日記に書いていきたいと思います。皆さん、沢山の助言をありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
May 7, 2005
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今朝、いつも娘と一緒に学校に行っているMちゃんのお母さんから電話がありました。娘達はもうとっくに登校していたので、どうしたのかな、と思いました。お休みする時以外は電話なんてかかってきたことがないんです。「ちょっといいですか?」と言うお母さんの声は沈んでいます。「実は、K先生のことで、ちょっとお聞きしたくて」K先生は2年生の時の娘の担任の先生でした。そして、今はMちゃんの担任の先生です。Mちゃんのお母さんは、静かに話し始めました。Mちゃんが給食を食べるのも、図工やお習字の作品を仕上げるのも、他の子よりもすごく遅いこと。それを先生にいつも叱られ、Mちゃんが一時登校拒否になってしまったこと。個人懇談の時にも勉強の話は一切無く、遅いのをどうにかして下さい、集団生活なんですから、とそればかり言われること。そして、最近Mちゃんがある男の子にいじめられていることを話してくれました。先生にその事を相談すると、先生は「私はMちゃんがいじめられてた、とは知りませんでした。うちのクラスでは終わりの会で、何か嫌な事をされたりしたら発表(告発)させてるんですが、Mちゃんは何も言いませんでしたよ。それよりも、Mちゃんはその男の子の事を叩いてましたよ、お母さん」叩いてた、というのはこういう状況だったそうです。男の子のいじめが最近エスカレートして、はじめは言葉だけだったのが、その日は消しゴムを隠されたそうです。でも、その後の時間でテストがあったので、消しゴムは絶対に必要です。Mちゃんは必死に「返して!」と訴えましたが、男の子は返してくれません。我慢できなくなったMちゃんは、泣きながらその男の子に突っかかっていったそうです。その、最後の部分だけを先生は見ていた、という訳です。でも、Mちゃんが泣いているんです。せめて何があったか聞いてあげてもいいんじゃないでしょうか。Mちゃんのようなおとなしい子が、終わりの会で発表できないのは当たり前だし、そんな事をしたら仕返しされるかもしれません。最後に、先生はこう言ったそうです。「Mちゃんの方にも、原因はあるんじゃないですか」多分、K先生は自分のクラスの統率を乱す生徒が嫌いなんでしょう。うちの娘の事も好きじゃないな、と感じることがよくありました。実は、Mちゃんと同じようにうちの娘も何をするのもすごく遅くて、K先生の担任の時には随分叱られました。それで、一時は本当に先生の事を怖がり、学校に行くのを嫌がりました。それで私は毎日学校に迎えに行ったりして(居残りでいつも一人で帰ってくるので)何とか一年を過ごしたのですが、もう二度とあの先生のクラスは嫌だ、と思っていたので、Mちゃんとお母さんの気持ちは良く分かります。まるで軍隊のようなんです。キッチリと同じようにみんなが終わることを目標としているようで、それがただ一人のために出来ない、となると、その子をすごく責めるんです。「みんなに迷惑がかかるでしょう!」と。集団生活ですから、もちろんそれは大事な事です。でも、その子その子の個性によって、出来る事、出来ない事もあるんじゃないでしょうか。だから3年生の担任の先生が、「遅くても良いんです。給食は出来るだけ待って、時間内に食べられないようなら残しても仕方が無いし、図工は次の日の休み時間にでもやればいいんですから。要は、本人が頑張っているかどうかじゃないですか」と言ってくれた時は本当に嬉しかった。娘も3年生になってから、ノビノビとしていました。先生に当たり外れがあるなんて、おかしいですよね。でも、あるんです。本当に嫌になるくらい…。
May 6, 2005
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近所のゲームソフト屋さんで、会員限定のセールをやっていました。「毎日変わる!10円ソフト!」ダンナ様は即購入。今日の10円ソフトは「アメリカ横断ウルトラクイズ」さっそく家に帰ってやってみました。司会はもちろん福留功男、留さんです。ドームでの○×クイズ。「ニューヨークに行きたいかぁ~っ!」と言う掛け声。あぁ~っ!懐かしいっ!これって何年前までやってたのかな~。途中、司会者が交代して、それをきっかけに観なくなったっけ。十代の頃、この番組に参加するのが夢でした。自分なりに答えを出して、無事に全問正解で成田空港まで行けたりすると、「あ~、今回参加しとけばなぁ~!」なんて悔しがったりしたもんです。実現できなかった夢を、せめてゲームの中だけでも!ええ~っ!、これ○じゃないのぉ~!?国外脱出も危ういな…これじゃ…(泣)
May 5, 2005
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明日、娘のダンス発表会です。ヒップホップなので、衣装にはほとんどお金がかかりません。今回も白のリーバイス501にラルフローレンの白のポロ。これ、全部古着です。だけど、スニーカーだけは合うのが無く、どうせ後々まで使えるし、購入することになりました。今小学校4年生の娘は小学校に入ってからグングンと身長が伸び、それに伴って靴のサイズもすぐに変わるので、すごく不経済です。なので、大きめを買って中敷を入れることにしました。で、今のサイズは…。ええ~っ!22センチ!?じゃあ大きめ買うならママと同じサイズじゃん!ここで、私は思い出した。今私が履いているアディダスのカントリーが、もうボロボロなことを。だけど、最近立て続けに服を買ってしまったので、スニーカーまで買う余裕が無い。もし買ったら、ダンナ様に「ずるぅ~!」って言われてしまう。いえいえ、私のは買いません!あくまでも、娘のスニーカーですから!え~っと、白の上下の腰に赤のバンダナを吊るす、という衣装なので、白に赤ラインのスニーカーが良いよね。あ、これこれ。アディダスのスーパースター。これ、ママが前から欲しいって言ってたよね~!あんた、要らんこと言わなくていいからっ!ということで、アディダス好きの娘も気に入ってくれました。(汗)中敷もセットして、準備OKです。で、明日一日娘が履いて、それ以降はジャストサイズになるまで、お母さんが活用してあげますからねっ!いやぁ~、子供が大きくなるって、こんなに嬉しいことなのね~!
May 2, 2005
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