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2026年07月06日
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テーマ: 国宝(2)
カテゴリ: 写真撮影(県内)
同じ国宝ってことで、小野市の浄土寺の浄土堂に行きました
浄土寺 境内案内
浄土寺 境内案内 posted by (C)きんちゃん
同じ国宝ってことで、ついでに小野市の浄土寺まで足を延ばしました。
参拝の入口は、左右の階段からはいります。


浄土寺 浄土堂_01
浄土寺 浄土堂_01 posted by (C)きんちゃん
まずは、お堂そのものが国宝の浄土堂へ。
灯篭が真ん中に一本というのは、古い形式でしょうか。


浄土堂(阿弥陀堂)
鎌倉時代の初頭は、浄土宗、浄土真宗、禅宗などの新宗振がつぎつぎと起り、宗教界に清新の気風を注入した時代ですが、それと同時に、仏寺建築においても、唐様・大仏様(天竺様)が伝えられはなはだ多彩となった時代です。中でも、大仏様(天竺様)建築は、構造力学的な原理に即した合理性を尊重し、それに徹しようとするものであったため、建築の美を実用に求め、真の建築美を構造の合理性に発見しようとする近代建築観とは、最も符合するものといえます。浄土寺の国宝、浄土堂は奈良の東大寺南大門と並んで、大仏様(天竺様)建築を代表する最も大切な建物です。
この浄土堂は、桁行三間、梁間三間、単層、屋根宝形造、本瓦葺の堂々とした建物で、柱間の隔りは二〇尺という広いものです。
鎌倉時代のはじめ、東大寺の再建工事が始められた際、大勧進職となった俊乗房重源上人は、領所として与えられた大部荘に壮大な寺院を興しましたが、そのときのままに残っているのがこの浄土堂です。創建の建久3年(1192)から昭和32年までの770年の風雪に耐え、一度も解体されずに持ちこたえて来ただけでも偉大です。つくり方が大仏様(天竺様)という特異な様式で、東大寺南大門とともに全国にただ二つしかない点も重要です。我が国建築史の上から、かけがえのない大切な建物とされているのもそのためです。雄大な円柱から何本も突き出ている挿肘木、木鼻と、この挿肘木とを結ぶボリュームに富んだ虹梁、天井を張らずに化粧屋根裏を高いところまで見せている雄大さ、重源上人の雄渾な気魄と、大陸風のおおまか雰囲気に、見る者は圧倒されてしまうほどです。柱にエンタシスをもっていること、斗の下に皿を付けていること、棰の配りかたが四隅だけ扇棰としていること、棰鼻に鼻隠板をうちつけていることなど、純粋な天竺様の建築手法は、この浄土堂の研究に俟たねば、到底解明されません。
昭和32年3月より始められた解体修理工事は、3500万円の工費と、2年半の歳月を経て、34年秋、めでたく竣工しました。修理前の荒廃していた姿を知っている者でも、創建省初の美しい姿に復原されたこのお堂の前に立つとき、源上人建立告時のはつらつとした意気と感激を覚えずにはいられないでしょう。
背面の透かし蔀戸からさし込む西陽が化粧屋根裏につかえんばかりの阿弥陀三尊様を西方極楽浄土よりの来迎の姿として浮かび上がらせる、まさに浄土思想の建築的表現の究極と魄でもいうお堂でもあります。

明治34年3月27日国宝指定
昭和27年3月29日新国宝指定


浄土寺 浄土堂_02
浄土寺 浄土堂_02 posted by (C)きんちゃん
鐘楼とセットで撮りました。
あいにくの雨で、撮影条件は悪かったですね。


浄土寺 浄土堂_03
浄土寺 浄土堂_03 posted by (C)きんちゃん

浄土寺 鐘楼堂
浄土寺 鐘楼堂 posted by (C)きんちゃん
鐘楼堂です。

浄土寺 不動堂
浄土寺 不動堂 posted by (C)きんちゃん
その奥にある、不動堂。
左わきから、四国八十八ケ所霊場めぐりができるようです。


浄土寺 薬師堂
浄土寺 薬師堂 posted by (C)きんちゃん
本堂の薬師堂。
桁行五間、梁間五間、単層、屋根宝形造、本瓦葺。浄土堂とほぼ同形同大の建物で、浄土堂と相対し、浄土寺の根本道場となっています。もと浄土堂と同様に、重源上人によって建立され、天竺様の堂々とした姿を示していましたが、室町時代の中頃に焼失し、その後、永年14年(1517)に再建されたのが今の建物です。したがって、天竺様の建て方をしていても浄土ほどの純粋性がなく、和様や唐様の手法を混じているのを惜しまれています。
明冶34年3月27日国宝指定
昭和27年3月29日重要文化財指定


浄土寺 開山堂
浄土寺 開山堂 posted by (C)きんちゃん
開山堂。
開祖の重源上人を祀っているのでしょうか。


浄土寺 経堂
浄土寺 経堂 posted by (C)きんちゃん
経堂です。

阿弥陀三尊立像
阿弥陀三尊立像 (C)きんちゃん
木造阿弥陀如来及両脇侍立像(三躯)
浄土堂の本尊で、浄土堂創建当時につくられ、安置されたものです。阿弥陀如来の高さ530センチメートル、観音・勢至の両菩薩はそれぞれ370センチメートルあり、鎌倉初期の名仏師快慶の作であります。丈六の坐像は諸地方に多く残っていますが、立像は珍しくその上、安定に細心の注意を払い、特殊な据え付け方をしています。
作風を見ると、鎌倉初期の写実風がかなり濃厚にあらわれ、且つ、雄潭な気塊に満ちています。しかし、宋朝風の影響も見のがすことはできません。これも、堂宇と同様、当初より大きな修理をせずにいる優秀なもので昭和39年春新国宝に指定されました。
いつれも雲形の台座に立たれ朱色の屋根裏いっぱいまでの重量感で西陽に浮かび上がる来迎の御姿は重源上人や仏師快慶そして多くのお弟子様達の阿弥陀信仰の篤さを物語っているかのようです。
明冶34年8月2日国宝指定
昭和39年5月26日新国宝指定

浄土堂の堂内は撮影禁止でしたので、パンフの写真です。


重源上人座像
重源上人座像 posted by (C)きんちゃん
開山の重源上人
重源上人は、もともと、紀季重の子として保安2(1121)に生まれ、俗名を刑部左衛門尉重定といました。13歳のとき、山城の上醍醐に入り、名を重源と改め、真言の修行に専念されました。同時に建築、工芸支度等の造旨も深く中国(省時は宋朝)には早くから渡り、明州の阿育王山が建立されるときは、周防の国から材木を渡し、重層で中央間の広さ3丈(9・1メートル)という大規模な舎利殿を建てたこともありました。
上人が単に宋文化の愛好者であったばかりでなく、その技術についても習熟していたことは、大いに注目せねばならぬところであり、この技術に対する自信が、東大寺再建にあたって天竺様という新しい建築犠式を採用する根底となり、東大寺再建の大事業を成し遂げられたのでした。重源上人のこの新技法を最もよく残した建物として、広く、内外から注目されています。
建永元年6月4日(1206)、上人は東大寺浄土堂において、86歳の生涯を閉じられました。活動家であった上人の興された寺院は、夥しい数にのぼったことと思いますが、東大寺念仏堂・高野山新別所・播麿浄土寺・醍酬旧住道場・伊賀大仏道場・大阪渡辺道場・備中道場・周防阿弥陀寺は、特に念仏道場として、その後も長く巣えました。


あいにくの雨で、浄土堂の堂内は暗くて、阿弥陀如来立像などは良く見えませんでしが、存在感は圧倒的でした。
また、お天気のいい日に、それも夕方に訪れてみたいと思いました。





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最終更新日  2026年07月06日 20時59分54秒
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