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2008年4月30日、 後世の人はその日を何の日と呼ぶだろうかと、 特別な思いを抱きたい4月30日の目覚めであった。 特別の意義のあることかどうかは、 国会次第という事になるのだろうか。 一体どうなるのか予想もつかないと、 無理に国会への期待を抱くのが、 夢も消え失せた日本の国民だと心の中で叫んでみる。 そんな4月30日、 目覚めと同時に新聞を掲げ見るが、 閉塞感が急激に湧き上がり、 新聞を放り投げ窓を開け放った。 陽射しを受ける山肌は薄緑色から黒に近い濃い緑まで無数の緑が綾なしている。 期限切れになりガソリン代の値下げで、 一時的に国民を喜ばせたが、 結局ガソリンスタンドを混乱させただけの、 暫定税率の復活させる再可決が今日だ。 民主党の抵抗も形だけになることはわかっているが、 何かが変わるきっかけは、 起こりそうな予感もあるから期待もする。 内閣支持率2割台とマスコミはこぞって報じる。しかし、その2割が政府を動かしはしない。まだ2割も支持率があると思っているのが自民党かもしれない。国民は自民党に期待もしないが、かと言って民主党も信頼という面ではおぼつかない。 それが国民の共通の認識だ。 道路特定財源の歴史は古い。歴史を手繰り寄せればブルドザー宰相田中角栄まで辿りつく。田中角栄の亡霊に踊らされている日本列島である。田中角栄元総理大臣のひぞっ子と言われたのが小沢一郎民主党代表だという。攻めるも守るも田中角栄がらみであり、田中角栄元総理大臣の怨霊が政界を彷徨っているかのようだ。 国土の均衡ある発展が高速道路建設の精神だという。しかし、道路建設は政治家の力の表象となっていいる。政治力の明確な表現が道路建設であり、××道路とか××橋とか政治家の名前をかぶせた道路や橋が地方には多い。 田中角栄総理大臣以後の政治には高速道路が何よりも優先する政治課題であり、そのためには少々の犠牲は致し方ないというのが道路、道路の大合唱になるようだ。田中角栄元総理大臣が偉大すぎるのか、その後の政治家が情けないのかは兎も角として、ガソリン代は安く必要な道路も造り社会福祉も充実させていく、自民党の伊吹幹事長の言うどうしても解けない、民主党の掲げる三次方程式はないのかと思うのも国民だ。 官僚と政治家の知恵比べが続く。そんな気がする政治風景が続く。官僚支配体制からの脱出などの旗を掲げる政治家には官僚を使うのは不可能だ。現在の国交大臣を見れば分かるように大臣は省庁の広報官である。優秀な官僚は国民の望むところだが、望まないのが天下りである。 国交省は日本の国土全般を掌握している。日本国民は国交省の恩恵にあずかっての生活だ。皮肉ではなく真実である。その国交省が政治で急変することはない。道の駅によるたびに国交省の働きを賞賛したくなる。個人的な国交省には感謝しているし、恩恵にあずかっていると思っている。ち その国交省が道路特定財源を手放すことはない。一般財源化になっても結局は国交省のものだと高を括っている。関係する国会議員もまた同じで一般財源化でも道路はつくると宣言するが、そんな事は当然だ。 今日4月30日の国会の再可決は暫定税率であり、ガソリン税はその一つである。どうなるかは殆ど決まっている。シナリオ通りに進むだろうが、それでもないか期待したい。そして、2008年4月30日はそんな日だったと、歴史の生き証人の感覚で語りたいものである。狂騒といわれても、あの郵政選挙のように国民が政治を身近に感じることが、国民に活力を与えるかもしれないと思う野次馬である。
2008.04.30
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自殺のニュースが続いている。 硫化水素による自殺が増え続けている。 悪臭のするガスを発生させての自殺である。 硫化水素自殺には自殺決行の張り紙で、 近づかないでの気遣いもあるが、 なぜ悪臭に包まれて死ぬのかと言いたい。 綺麗な空気をすって生きることはできるのに、 悪臭を吸って死ぬこともあるまいと言いたいのだ。 そんな硫化水素の自殺が、29日午前大阪府寝屋川市男性の35歳の男性が硫化水素自殺のニュースだ。 近くに住む母親が一人で暮らす息子を訪ねて異臭に気づいた。浴室のドアには「毒ガス発生中、注意」の張り紙があった。異臭騒ぎでマンション住人は避難した。 何とも迷惑な話であるが、 迷惑より何より死ぬことはないと、 重ねて言いたいのだ。 硫化水素は簡単に発生可能と言う事で、 次々と安易な悪臭自殺が増えている。 死ぬ幻想に取り付かれたらどんな方法も考えるが、 そこまで追い詰められてなくても、 硫化水素が簡単に発生させられるから、 安易に自殺を考えるのだろうか。 自殺のニュースは硫化水素だけではなかった。 特別な心中と思われる自殺があった。 警察は、まだ、正式に自殺と断定してないようだが、 状況から自殺以外には考えられない。 29日午前5時半頃のことだった。 前橋市内のマンション内で、2 2人の女性が体は離れないように縛り付け、 手を握り合って倒れていた。 朝の早い事件であり見つけたのは新聞配達の人だ。 新聞配達の男性の通報で病院に運ばれたが1人の死亡が確認された。 一人の女性の身元は判明しているらしい。 遺書があった。 しかも、連名の遺書だった。 そうなれば、心中と断定する他ない。 紛れも無く心中であるが、 若い女性の抱き合っての心中は、 神秘的ではあるが、 20代の若さでの死は何とも、 悲しいものである。 20歳代の女性同士の心中事件は、 悲しい以外には表現の方法を知らない。 関係も共通性もない自殺だ。 35歳の男性も二人の20代の女性の人生も、 その命には神定めた命であり、 両親を始め多くの人々が関わった命である。 どんな事があって神だけが命の長さを決め事が出来るのだ。 一人の命ではなく自分を取り巻く多くの人が関わっている以上、 個人的な都合で命をたつことは許されない。 誰でも孤独ではない。孤独は幻想であり悪夢だ。
2008.04.29
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「ニッポン、セイジカ。、ナニシテイルカ」と、 怒りのメールは悟りの境地に到達間近ではないかと思われるメタボリックな友、メタ友からである。メタポリック健診などの制度のズタートで、自分にも市民権が与えられたと不可解なことを言っていたメタ友は、多くの仲間を国が指定してくれるはずだと嘯く。そのメタ友からのメールは常に怒り気味の言葉だ。どうせ、奥さんへ愚痴に決まっていると思いつつ田舎の叔父さんたちの社交場であるモーニングサービスの喫茶店に向かった。 「日本の政治家は何をしているかと言いたい」 席につく間もなくメタ友は言う。 「日本の外務省は何をしているのかと言いたい」 メタ友の怒りは震源を示す新聞が、これみよがしに置いてあった。 「北朝鮮による拉致被害者家族会の増元照明事務局長らが、 テロ支援国家の指定解除をしないよう訴えるため、 アメリカに向う」と言う記事だ。 一向に進展しない拉致問題の閉塞感と打ち破る為に、 アメリカに頼みに行くのがが真実のようだ。 拉致問題は一向に進展しない。 小泉内閣は拉致問題の糸口を解き、 解決へ向けての期待が高まったが、 その後は北朝鮮のペースで、 核問題を優先するアメリカ主導の六カ国協議では、 日本の拉致問題は蚊帳の外だ。 日本の独自の拉致問題解決への策もない。 抜け穴だらけの経済制裁一辺倒の圧力など、 殆ど意味がないと思うが、 それ以外には策もない日本政府だった。 強硬姿勢の安倍内閣は無策に等しかったし、 福田内閣は六カ国協議以外には考えてもいないようだ。 業を煮やした拉致被害者家族会はアメリカへの直訴と言う事だ。対北朝鮮政策強硬派の韓国李明博大統領の登場で希望が湧いてきた時期に、アメリカのテロ支援国家解除となれば、希望は消えてしまう。そんな思いでアメリカ直訴だ。 「テロ支援国家指定解除」 金正日政権の彼岸である。 「テロ支援国家指定解除」は、 北朝鮮と認めることになる。 北朝鮮を認めることは、 北朝鮮の言い分を認めることになる。 北朝鮮の言い分は拉致はなかったである。 被害者家族一行はヒル国務次官補と面会し、テロ支援国家指定を解除しないよう訴え、更に、共和党の大統領候補、ジョン・マケイン氏にも面会できるよう求めているという。共和党こそが対北朝鮮強行路線であるからだ。 「個人的な意見としては、在日の人に協力を求めたい」 メタ友は言う。 「そんな事で解決するなら、とっくの昔に解決しているよ」 伝票をメタ友の方に押しやりながら言った。 「そうでもないぞ。 以外な事があるのがこの世の中だ。 誰も自ら進んで損な役割はしたくないだけだ。 信頼して頼めばやってくれるものだ」 あくまでも、メタ友の言い分に即した在日の人がいる前提での話である。 メタ友の言い分は、北朝鮮体制中枢への繋がりのある在日の人は多いと言う事だ。朝鮮総連の幹部たちだけでなく、それ以外にも北朝鮮体制に近い人がいると言うが、私はメタ友の幻想だと断じた。 「幻想はないぞ。幻想は。 しかし、この世は幻想と現実の区別のつかないことが多いものだ。 幻想でもいいから日本の政府に動いて欲しいものだ」 「幻想では苦しみ続ける拉致被害者は救われない」 「それはそうだが、幻想と思えることでもやっていかなければ、糸口さえ見つからない」 「現実に拉致被害者は帰ってきた。解決はその延長線上だ」 「その延長線上は閉ざされている。閉ざされた扉と開けるには小泉純一郎の復活しかない」 「それも幻想だ」 「兎に角、日本も政府は、日本の外務省は何をしているか言いたいのだ」 怒りのメタ友は声を潜めるようにケーキを頼む。 押し返されていた伝票をメタともの方へ押して、 「奥さんはケーキは食べても言いといったわけだ。 ケーキはメタボには関係ないのかな。 糖分も関係あると奥さんは仰ってましたが、訊いてみましょうかね」 手を合せてるメタ友は、 「この国は何とも出鱈目が多すぎる。 女の腰周りが太いことを国が認めては、 締め付けられるのは男だけだ」 と、メタ友が嘆きの声だが、 「若いのに何を言うか。おいら達はどうする。後期高齢者だ。 どうせならお迎え間近の厄介者と言えよ。 棺桶を配ればって云うんだよ75歳以上には」 隣の席の秀さんは確かに75歳は何年も前に過ぎている。 関係のない方に話が飛んで、 ゴールデンウィークでも変わらない田舎の社交場は、 愚痴と嘆きの政府批判が渦巻いている。
2008.04.29
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旧長州の山口県、維新の志士たちの活躍が思い浮かぶ長州。明治維新を成し遂げ近代日本の礎となった志士の国長州の山口県は何人も総理大臣を出した。 日本で一番新幹線駅があるとも自慢していた山口県出身の友もいたが、如何にも政治力のたまものといった感じの話である。 明治維新後の長州閥から引き継がれ、戦後も常に権力の中枢にいた山口県出身の政治家である。その山口県で与党候補が敗北した。現職総理大臣と親しいといわれる高級官僚出身の候補者が敗れた。 安倍元総理大臣の候補者を締め出しの、 秘密会合などもあった、 選挙戦前半の面白い光景に、 違和感を感じた有権者も多かったと推察する。 様々な社会事情が絡み合っての与党候補の敗北だが、 安倍総理大臣の応援風景や、 福田総理大臣の岩国市の空港問題などへの発言は、 権力側の驕りが見え隠れしていた。 維新の志士たちの怒りの声が聞こえるようだ。 吉田松陰や高杉晋作と生んだ土地には似つかわしくない、権力側の驕りが選挙結果のような気がする。ガソリンの暫定罪率切れの中で選挙であり、後期高齢者医療制度施行後の選挙であり、負ける要素は多くあったとはいえ、現総理大臣と元総理大臣の応援での敗北は大きな意味がありそうだ。 複数の総理大臣輩出の「保守王国」である。 マスコミは志士ならぬ後期高齢者と呼ばれる年寄りの反乱だという。後期高齢者で括られ切り捨てられたと思った年寄りの怒りの表現だというが、果たしてそうか。確かに告示日の15日に悪評高い後期高齢者医療制度の保険料の年金天引きが始まったし、又、選挙結果がガソリン代を左右するとも言われた。自民党候補にとっては負ける要素が多すぎた。しかし、保守王国といわれる山口県である。政治力の恩恵を最も受けている山口県での敗北だ。 山口県出身の友人が何人かいた以外は山口県と関係ない野次馬の個人的な見解では、候補者締め出しの安倍元総理大臣の会合と、岩国米軍飛行場の共同使用に関しての、福田総理大臣の発言が最大の原因だと思っている。 勝利の民主党も諸手を挙げて喜んではいられないだろう。 喜ぶには喜んでも、民主党も困惑している。 道路特定財源問題でこれ以上の抵抗は出来ないと踏んでいる。 道路特定財源の一般財源化を福田総理が約束した。 ガソリン代は元に戻るだけでなく、 更に高値で復活するだろう。 どうせ元に戻るなら一般財源化しても一般国民には関係なのである。一般財源化は政治家やお役所の予算配分が楽になるだけである。と、一般国民は思うわけである。一般財源化云々は政治家とお役所の問題であると、思うだけである。 何かが起こりそうな4月30日は直ぐだが、 国民は自民党へも民主党へもうんざりしているが、 、、、、、。
2008.04.28
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「曳家工法とだるま落とし」の活字が、 目に飛びこんできた。 曳家工法は何となく分かるが、 だるま落としはトンと見当もつかない。 曳家工法は引越しの工法で、だるま落としは解体工法である。 曳家工法は建物をそっくり曳移動させる引越し方法である。 最近の有名なところでは首相官邸の引越しがあった。 最近といっても03年で小泉純一郎総理大臣当時だった。 新官邸の建設にともなって、移動して公邸に変わった。 ちなみに、旧官邸で1929年建築のアールデコ調建築で旧帝国ホテルの設計者フランク・ロイド・ライトのデザイン的な建築物でイト風と呼ばれ、設計者は外国人かと思われるが、れっきとした日本人の設計である。設計は旧大蔵省官僚であった。2003年10月から約1ヵ月をかけて、総重量約2万トンの建物全体を、東に8度回転させながら南に約50m移動した。そして可能な限り建築当時のように復元させた。 曳家工法は建物のジャッキで持ち上げ、 回転資材を回転用材かませて滑らせる簡単な発想での工法だ。 時には回転ではなくレールを引くこともある。 レールの上を滑らせるのだ。 だるま落としはビルの解体工法である。 ビルの解体は下の会を爆発させるのが主流であった。 ニュースなどでもよく見る下の部分を爆発さるて落とすのを見ると実に子気味いいあっけなさでビルが崩れ落ちる。 問題は埃りであるが、その埃も立たないような工法がだるま落としで、下から切り落としていくが、爆発で崩れ落ちるのではなく、静かに切り落とす感じのようだ。外見からは解体している建物かどうかさえ分からない。養生用の囲いも必要な階だけの囲いで外からは分からないというわけである。 だるま落とし工法は耐震用補強後に柱を切り取り、 ジャッキで支え次第にジャッキを縮めて、 上部を下ろすとという原理は単純なのものだ。 しかし、巨大な重量を支え降ろす技術はすごいものだ。 鹿島建設の20階建て旧本社ビルが3月からの工事で4階分解体された。 1階部分だけの囲いでは解体工事さえ気づかれない。 静かでほこりもたたない工事現場は、 都会の建設現場では不可欠の要素だと、 建設関係の声である。 静かで元気を壊さない解体や引越しは、 日本の誇るべき技術である。
2008.04.27
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祭りは終わり残ったのは何だろう。 兎にも角にも聖火リレーは終わり、 騒々しい迷惑な祭りは終わった。 これまでは五輪の聖火リレーは何処の国でも歓迎されていた。今年の北京オリンピックが聖火リレーの歴史を変えた。何しろ日本の国内の聖火リレーが中国管理のものだったのだ。走る日本人ランナーは日本人から選ばれた、殆どの日本人から愛されているスター的な人々が殆どであり、そのほかのランナーもスターではなくても誰からも愛され親しまれるランナーだった。 18.7キロの聖火リレーのトップはご存知星野仙一さんで、 最終ランナーもご存知野口みずきさんだった。 日本での聖火リレーにもかかわらず沿道には中国国旗が揺れる。異様な光景が展開する日本のど真ん中長野であった。中国国旗は中国から送られたものだという。勿論全ての国旗が中国本国から送られたものではいないだろう。しかし、多くの中国国旗はインターネットサイトで募金を集めて聖火リレーの行われる国の中国人に送られたという。そしてインターネットサイトは「愛国の模範」と称賛されているという。 「愛国の模範」の模範である。共産主義国家の愛国の模範は他国で中国の国旗を打ち振り自国の主張をすることだろうかといいたくなるが、最近の中国は少し変だ。中国は日本文化の故郷と思っている人は多いだろ。何だかんだ言っても、日本は儒学精神が根底にある国である。徳川幕府幕学も儒学であったし、維新後の修養教育もそうであった。論語は日本の精神文化の根底にある教えである。現在の共産主義国家中国とは関係ないかもしれないが、中国は孔子の国である。 中華思想がいまだに精神文化の中心にあるのかと思いたくなるような「愛国の模範」である。日本でも中国でも愛国は実に厄介だ。何処の国でも愛国を強調するのは実に厄介だ。愛国などは国旗を振りかざして強調しなくても誰でも持っているものである。そんな軽い気持ち持って欲しいものだ。 オリンピックは盛況に終わる方がいいに決まっているが、日本の長野を埋め尽くした赤い中国の国旗には違和感があった。式が始まると中国国旗が振られ中国国歌が長野に響いた。白いTシャツ姿の留学生がスクラムを組み会場を囲み「リレーを守ろう」と叫んいる光景はやはり異様だった。チベット問題の抗議を試みる人も日本人観客さえも中入れないというから恐れ入る。 日本のど真ん中長野は何処の国かと思われるような光景は聖火リレーが終了するまで続いた。抗議の逮捕者が意外に少なかった。勿論個人的な以外である。世界に中国の病原菌を撒き散らしたような聖火リレーで、今まで中国贔屓だった人も中国が嫌になったかもしれない。勿論中国の全ての人とでもないし、巨大な中国の人口からするとごく一部の人間たちの横暴な振る舞いであるが、中国国家を考える上での基準である。 世界各国の聖火リレーへの妨害は、外国で暮らす中国人に愛国心を蘇らせたという人もいる。中国で弾圧を受け体制を嫌って外国に飛び出した中国人に愛国心が蘇ったケースもあるという。蘇った愛国心で団結した各国に住む中国人の聖火リレーに抗議する行動に対しての抗議の行動が中国の国家像もかえる結果になった。 聖火レレーの光景を見て、 「文化大革命」と、 歴史的なキーワードをあげる人もいる。 確かに歴史的キーワードとしての文化大革命と重なる言う人もいるかも知れないが、文化大革命は中国の国内問題だが、聖火リレーは国際社会の繋がる問題だ。 しかし、言論へさえオリンピックと嵩にしての弾圧まがいの事が起きているとのニュースもある。弾圧は国家からのものではなく、愛国的な集団からのものだ。集団ではなく若者を中心とした世論だ。文化大革命も若者が中心の運動だったという。果たして共通性があるかどうかの妙味はないが、北京オリンピック本番は聖火レー的な中国の愛国的な盛り上がりではなく、静かに盛り上がって欲しいもである。
2008.04.27
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オーストラリアから日本へと聖火は引き継がれ、 ついに長野に到着した。 長野で無事リレーが終わると、 次は韓国へと引き継がれる。 日本も韓国もオリンピックの開催された国だ。 アジアの巨大国家中国の、 国家の威信をかけたオリンピック、 複雑な国内事情が絡みつき、 巨大国家は必死の形相だ。 そんな中国の問題は別にして、 聖火は世界を駆け巡り、 日本の長野にやってきた。 日本の聖火リレー第一走者は、 御存知星野仙一日本代表監督だ。 出演したニュース番組で 「腿を高く上げて走るかっこよく走る」と、 第一走者の決意と語っていが、 女子アナウンサーの 「何メートル走りますか」の問いかけには、 「長い距離走るよ」とにやけて、 「250メートルも走るよ。長いだろうと」と言い、 「私には長い距離だ」と付け加えたが、 女子アナは失笑気味に頷くだけだった。 男星野仙一は250メートル聖火を持って走る。 あの青いユニフォームの聖火防衛隊も一緒に走ると言う。 厳重な警戒態勢でその外側を警官隊が固めて一緒に走ると言う。 大量の聖火防衛隊に囲まれて走るよりは、 日本の警察に守られて走る方まだましだと思うが、 聖火ランナーは殆ど見えないかもしれないと危惧する。 聖火リレーそのものが単なる形式的なものになっているから、それはそれで何事も無く聖火が次への引き継がれたら良いと思うより他はない。そんな聖火リレーのあり得ない風景も、オリンピックの競技には影響無さそうだと納得しての聖火リレーという事だろう。 ダライ・ダマさんも北京オリンピックを支持しているから、 これ以上の混乱はチベット問題を、 更に、こじらせることにもなりかねない。 兎にも角にも、長野に聖火は無事に到着した。 冬季オリンピックが開催された長野は、 日本で最も新しい聖火が燃えた土地である。 その長野に聖火はやってきた。 平和の祭典オリンピックの聖火は、 平和のシンボルとして世界を駆け巡り、 長野にやってきたのだ。 長野の人々は冬季オリンピックを思い出すだろう。 又、他の人々はそれぞれに、 東京オリンピックを直ぐに思い出す人も、 札幌オリンピックを思い出す人もいるだろう。 それぞれに楽しい思い出がある聖火リレーである。 青いユニフォームの聖火防衛隊など目もくれないで、 御馴染みの聖火ランナーの姿を見ると、 多くの日本人は思っている。 無事に聖火が韓国へ向かって欲しいというのが日本国民の共通の願いである。
2008.04.25
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よく聞くが見た事がないのが「学校裏サイト」だ。 勿論年齢的なものもあり、学校とは遠く離れたせいでもあるが、 まだ「学校裏サイト」は見た事がない。 「学校裏サイト」に中傷的な書き込みがされ、 精神的なショックで退学した水戸市の女性が、 書き込みをした同級生2人とその両親を相手に、 慰謝料求める訴訟を起こしているという。 訴訟時代であり当然といえば当然だ。 高校生でも中学生でも、 罪は罪として償いの必要を、 教えるには必要だと思う。 無責任と言われれば無責任だが、 目に見えない罪への償いのあることを教え、 自分だけでなく親も共に償うのだということを、 子供に教えるのは大きな意義がありそうで、 無駄なことではないと、やはり無責任な思いである。 それに、広島県光市の母子殺害事件の18歳1か月の犯人に死刑判決があった。犯行当時18歳1か月の犯人は、差し戻し審の法廷では、たかを括っていたような印象もあった。「死刑になどなるわけがない」と居直った感じさえ受けたのは、法廷を埋めた死刑廃止論の弁護士が蠢く異様な法廷風景のせいでもあるが、それでもその言動は、たかを括っていたとしか思えなかった。未成年の特権を振りかざしていた。裏サイトに書き込む中高校生にそんな意識はないだろう。それでも、子供でも、未成年者でも、罪は罪であり罰は罰であると教える必要はありそうだ。 小学校性も持ち、中高校生には携帯が必需品であるなら、匿名でどんなことでも書き込める、誰でも陥る罪の誘惑を断ち切るためには、責任の範囲を広げる必要もありそうだ。言葉は刃物にもなり、時に銃弾にもなるということを教えることは必要だ。そんな事は知っていても、匿名でも書ける悪魔的な誘惑が罪を罪と意識させない言葉の攻撃へと向かわせるのが、裏サイトへの書き込みのようだ。 彼女は05年4月高校入学後、約1週間にわたり携帯電話サイトに、「調子に乗りすぎ」「消えろよ、虫けら」「いい子ぶってると殺すぞ」などと書き込まれた。彼女を自分を名指ししての書き込みに「殺されるかも知れない」と思った。書き込みを読むたびに学校に行けなくなり退学した。 提訴された女性の1人は、 「彼女が学校に行かなくなったことと、 サイトの書き込みに因果関係はない」と、 反論しているらしい。 果たしてどうかは分からないが、 書き込みは認めているわけである。 それから導き出される結論は、 彼女が自殺しなくてよかったと言うことのようだ。
2008.04.24
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ヒラリー・クリントン候補は踏ん張った。 又しても踏ん張ったと驚嘆の声と同時に賞賛の声もあがりそうだ。 元々大本命のヒラリー・クリントン候補の粘りは見事の一言だ。 女性らし粘りだと言えば的外れに表現かもしれないが、 他に適切な言葉が無い。 誹謗中傷合戦のアメリカ大統領候選挙の民主党補指名レースは、 アメリカ国民を白けさせているが、そんな中でも撤退と宣告された状況下でも諦めない、ヒラリー・クリントンの大統領への執念が新たな展開を生み出したようだ。 絶体絶命の崖っぷちのヒラリー・クリントン候補の希望をつなぐ勝利であるが、彼女の置かれている状況は、崖っぷちに変わりはない。 しかし、ここまで来たらヒラリー・クリントンの方に分がありそうだと思うのは、アメリカ最初の女性大統領の誕生を願う者の希望的観測である。民主国家アメリカに女性大統領がいなかったのは不思議な気もするほどだ。だから女性大統領と言うわけではないが、大統領としてのヒラリー・クリントンが元大統領のビル・クリントンを従えての各国訪問の映像なども楽しみにしている。 CNNの23日の集計では、 ヒラリー・リントンが55%、 バラク・オバマ45%をであった。 ヒラリークリントンは、 「あなたがた私の主張に耳を傾け、きょう選択をした」と、 絶妙な言葉で勝利宣言した。 ペンシルベニア州は代議員数187人の大規模州である。 指名レース終盤戦のヤマ場だった。 この大票田を勝ち取ったにしても、 バラク・オバマ1694人、 ヒラリー・クリントン1556人だ。 ヒラリー・クリントンの戦いは最後もまで続くようだが、最後の最後で勝つだろうと個人的には思い続けている。バラク・オバマが嫌いなわけではないし、アメリカの大統領は誰でもかまわない。しかし、あえて言えば、アメリカからはるか離れた日本の田舎の浪人の個人的な夢は女性大統領である。
2008.04.23
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自衛隊員による悪質な事件が続いている。 現在248,647の自衛隊員の事件は、 比率で考えるとそれはきわめて低い比率になるだろう。 警察官やそのほかの公務員の事件と比べるとどうかは、 考えること自体が意味のないことで、 国民は警察官へ信頼と同じくらいに、 自衛隊員も信頼している。 日々訓練し鍛え上げられた肉体で、 武器も自由自在に使える兵隊の持つ狂気は、 一般の国民には恐怖である。 アメリカ兵の犯罪が続いた後は自衛隊員の事件だ。 事件は鹿児島県で起きた。 タクシー運転手が首を切られて殺害されたのだ。 犯人は19歳の一等陸士だった。 昔の軍隊流に一等兵である。 陸上自衛隊練馬駐屯地の1等陸士は 「人を殺して死刑になりたかった。 タクシー運転手をねらったわけではない」との供述だ。 怒りの捨て場も無い嘆かわしさで、 死にたければ勝手に死ねとと叫びたい衝動さえ湧くニュースである。 司法解剖の結果、殺害された58歳のタクシー運転手の死因は失血死であったが、その体には20カ所以上の切り傷があったという。めった刺しという表現も浮かぶ程の残忍さである。恐怖に駆られた臆病者のやり方だ。 東京練馬区の駐屯地から脱走し鹿児島まで逃げた。 何のために鹿児島に言ったかは知らないが、 北海道出身の一等陸士は鹿児島に行った。 誰でもよかったとタクシー運転手をめったざしにして殺し、 返り血を海で洗い流し、携帯などの所持品は海に捨てた。 そして、現場近くの交番から「自分がやりました」と通報した。 石破防衛大臣はインタビューで苦渋に歪んだ顔で謝罪し、 防衛省の幹部が22日午後に鹿児島市役所などへ出向き謝罪した。 一方熊本では、自衛員二人が飲食店の女性店員に乱暴した逮捕された。 逮捕されたのは、陸上自衛隊西部方面隊所属の34歳と35歳の二等陸曹である。 なぜ今頃の疑問が湧くが、事件は2005年12月下旬に起きていた。 自衛隊駐屯地近くの飲食店で、 当時24歳の女性店員に乱暴しようとした疑いだと言うが、 乱暴しようとした疑いなどでは警察は逮捕などしない。 逮捕したにしても立件できない。 逮捕するのは立件可能と踏んだからであり、 普通に言えばやったからであり、 被害者もされそうになったでは、 訴えても無理だと言うことを知っているし、 警察も相手にはしない。 女性が抵抗し未遂で終わり被害届は出てなかった。 そんな事件が立件できるわけはない。 女性が被害届を出したのは先月で、 警察が捜査を始めついに逮捕と言うニュースだ。 ニュースはニュースとしてみても、 警察の逮捕から未遂でもなんでもなく、 女性の受けた屈辱は許し難いものだったに違いない推測する。 二等陸曹二人は容疑を認めているという。 日本の軍隊である自衛隊員が、国民の命と財産を守るのが最大の任務の自衛官が、守るべき国民を殺す。34歳と35歳の陸曹が二人がかりでの女性への乱暴などは、一般社会の悪質な犯罪でもめったに聞かない。そんな事は少年犯罪かせめて大学生犯罪だ。妙な言い方だが大学生犯罪までしか思いつかない。つまり、例え犯罪であっても、大人の言える犯罪者では、起こりえない犯罪と言う事になる。性的欲望にぎらついている少年や大学生なら、、、、。犯罪に大人と言う言葉を被せる事が出来るなら、大人なの犯罪ではない。
2008.04.23
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北国からの桜のニュースに改めて日本は南北に長い国土だと実感する。 札幌でソメイヨシノが開花した。 例年に比べて14日も早い開花だという。 そんなニュースを見ながら窓の外の川辺の桜を見ると、薄緑色の葉叢が濃くなっている。桜色だった風景が濃緑に変わり、背景の山の薄緑色から赤っぽい色まで様々な若葉の模様の中でも浮き上がる程の濃い緑に変わっている。 本州の最北端青森県弘前市の桜祭りのニュースも同時である。 青森県の弘前公園では「弘前さくらまつり」の準備が始まった。桜祭りは23日からだ。こちらは例年より8日早い開花というから、全国何処でも例年より早く地球温暖化の影響と言う事か。桜祭りの本番は23日からでも19日から屋台がお目見えしライトアップが始まった。満開にはまだ間があっても、開花宣言から満開までが最も桜が気になる時期であるし、桜の最も美しい時である。 北国の桜の開花を見ると、 仙台が4月5日で、秋田4月10日 盛岡4月12日 青森4月17日、札幌4月21日だ。 因みに東京が3月22日で、 紀伊半島の南東部3月24日だった。 那覇のヒカンザクラが1月3日である。 年明けと共に始まった桜前線の北上がついに北海道に到着したが、 満開の桜が北海道を染めるのはまだ先だ。 観測開始以来の最早開花日になった札幌の気温は、 何と何と、24.5度であった。その気温は7月中旬並というから驚きである。 4月中旬すぎで桜下記か宣言の日が7月中旬の気温では、 否が応でも地球温暖化を実感する。 桜は花の美しさは当然だが、葉桜もまた美しく、 一年中桜は目をやすめ心和ます木である。
2008.04.22
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北朝鮮のテレビが、李明博と名指し呼び捨てで非難したいたのに驚いたのは、つい先日であった。韓国の北朝鮮政策を太陽政策から一変させ新大統領は、同じ強硬派のブッシュ大統領と強攻策を確認しての帰りの日本訪問である。 日韓新時代の到来と云えるかどうかは別にして、新しいタイプの韓国大統領の訪日だ。韓国株式会社のCEO でありセールスマンだと、自ら宣言するように経済通の大統領と言うのが聞こえてくる李明博大統領の評価である。 余計なことだが、 セールスマンだけで云えば、 宮崎県の東国原知事とも共通性はあるが、 単にセールスマン的なという意味である。 日本と韓国は地理的にも文化的にも最も親しい関係であるはずだ。韓流ブームは一時的ブームではなく、現在も続いている。もうブームではなく当然あるべきものとなっている。そんな日韓の繋がりは普遍のものであり、政治的な問題は日韓関係の一部でしかないが、何時でも政治的に利用され行き違いが生じてきたのも日韓関係である。 福田首相との長い会談で、 北朝鮮問題への日米韓3か国の連携強化などを確認し、 国際貢献での協力方針などを打ち出した、 「共同プレス発表」で日韓新時代をアピールした。 福田首相は日韓関係を、 「国際的な課題に取り組む成熟した、 パートナーシップ関係に格上げしていく」と強調し、 李明博大統領は、 「強い風に揺らがない、 根を深く張った木のような関係を、 作っていかなければならない」と詩的な表現だ。 歴史問題に関し、 「過去にとらわれて未来に向かうのに、 支障があってはならない」と述べた。 天皇陛下の訪韓についても、 「できない理由はない」と述べ、 実現への期待感をにじませた。 日本には多くの在日の朝鮮人がいる。韓国北朝鮮を含めての在日の数は当然ながら、他の外国の数とは比較にならない。地方の参政権がもんだになっているが、なぜいまだにの感が強い。当然であり、遅すぎる感じだ。自分たちの周りには多くの在日の人がいる。外国人と思ったことはない。在日の人も同じだろう。民族の誇りとか先祖への義理とか、色々な理由で国籍は韓国や北朝鮮でも、参政権もそうだが他の保険などの行政サービスも平等に受けるべきであり、受けさせるべきである。二世三世から四世と多くなる、相互の結婚も多くなり、血の融合が進み、いつかは日韓の隔たりもない時代が来るだろう。 兎にも角にも、同じような顔の同じ文化を源にする、いわゆる兄弟国が兄弟喧嘩をしてきたのが日韓関係である。 そんな思い出韓国の新大統領訪日のニュースを見ている。
2008.04.21
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長野市の聖火リレーコースの商店会では、 混乱を未然に防ぐために、 歩道を飾るプランターやのぼり旗などを撤去するという。 商店会はJR長野駅から善光寺参道の通り沿いにある。 聖火リレーのルートは善光寺が出発地辞退で、 その後はまだ決まってないようだ。 変更後も商店会の近くを通ることはかわらないから、 商店会の人々の苦労は続く。 本来なら誇るべき聖火リレーコースであるが、 今年は疫病神である。 街中を花で飾る大型連休の催し、 「善光寺花回廊」の準備も、 聖火リレーが終わってからで、 商店会の人々はリレー後の、 慌ただしさに気も滅入るだろう。 兎に角、早く終わって欲しい聖火リレーだ。 そんな聖火リレーのことで苦慮する長野で、 もう一つの中国関係のニュースは、 レタス農家の労働力としての中国農家の人々だ。 高原レタス生産量日本一の長野県川上村に、 中国東北部の吉林省の農民が多数やってきた。 何と現在の615人だ。 11月まで農業研修生として信州野菜を育てるのだ。 日本人の受け入れ先に負担をかけないというか、 中国的なものに拘らないことを表明したというか、 親しみを表現したというか、 兎に角、日本名を名乗ってのいると言う。 文句を言うわけではないが、 親しさを求めて、日本の受けいれ先の人々を気遣ったと言っても、 自分の名前を伏せて日本名を名乗るのは不自然だ。 中国食品への日本人の疑惑を解く試みかもしれないが、 中国の農家の苦労が分かるような気もする。 受け入れ側の日本の農家にしてみれば、 それは行き過ぎた気遣いであり、 如何に難しくても、 相手の名前を変えろなどを望みはしない。 先祖崇拝の儒教精神が精神文化の根底にあるはずの中国の農家の人々が、自分の姓名を一時的にしろ捨てることになるのだから、複雑な思いは双方にあるだろう。できるなら、そんな事はしないで普通の状態で接してもらいたいものだ。 何度も名前を間違うのも、 面白いし親しさの増すことにもなるのだ。 語学や生活習慣の研修後彼らは畑に出る。 春はレタスの苗を植え、 夏の間は収穫に追われ、 秋はハクサイの栽培だという。 中国の若者が日本向けの野菜を作り、 安全な野菜を宣伝する時が来るだろう。 そして、北京オリンピックの聖火リレーの思いでを、 語る解きも来るだろう。 そんな時のためにも、 聖火リレーは混乱無く終わって欲しいものだ。 しかし、簡単には終わりそうも無い事件が起きた。 聖火リレーの出発地辞退の善光寺で落書き事件が起きた。6カ所に落書きがしてあったのだ。落書きは白いスプレーで円や線の単純なもので勢いだけでの嫌がらせに決まっている。聖火リレー出発地辞退戸の関連性は明確ではないというが、この時期のことであり、真っ先にその関連瀬と疑うのが普通だが、現在のところは何ともいえないようだ。 願わくば犯人は別にいて欲しいと思う。
2008.04.20
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天才プロゴルファーと言うか、 天才高校生プロゴルファーと言った方が、 正確かとその呼び方で戸惑いながら、 石川遼トップの記事を見ている。 石川遼は天才である。 紛れも無い天才で、 神が特別に選ばれた少年である。 「はにかみ王子」と呼ばれていたが、最近はそんな呼ばれ方も少なくなったような気もする高校生ゴルファーが暫定とはいえとトップにたった。 スコアーの伸ばし方が変化に富んでいる。手堅く確実に攻めるなどのゴルフの基本を言い表す言葉を否定するかのような、感覚的なゴルフだ。出入の激しいゴルフといえないことも無いが、見るものを魅了するゴルフである。 そんな事を言うとゴルフを知らない素人と笑われそうだが、ゴルフと野球の違いはあっても、プロ野球のミスターや新庄的なカンピューターと呼ばれる感覚的なプレーヤーの一人だと思う。 実力の裏付けが無ければ感覚的なプレーなど不可能だし、奇抜さだけが目立ち見る人を不愉快にする。しかし、奇抜と思えても、実力に裏打ちされたプレーが決まりスコアーが伸びると自分の流儀となり、特徴ある魅せるプロゴルファーとなる。 タイガーウッズのプレーがそうだと思う。 タイガーの怒りさえファンは感動的な面持ちで見る。 池ポチャでもタイガーのプレーの一つと思う。 壁に当てた跳ね返りを利用してのカップ近くにボールを転がす。 時に壁を越えてとんでもないところに飛んでも、 タイガーのプレーの一つと納得すし、 タイガーで無ければなんなところにうてないと評価する。 タイガーと同じスター性が石川遼プロにはある。 そんな思いでその「はにかみ王子」と呼ばれた微笑みの写真を新聞で見ているとと、広告欄には緒方拳さんの笑顔の写真だ。 緒方さんの笑顔がいい。じつにいい。 文句なしにいいのが、 緒方拳のはにかみ気味の笑顔である。 真一文字に唇は結ばれてはがんに近い笑顔に力強さを滲ませる。目も鼻も口もばらばらにしても笑みは消えないだろうと思い、他を隠し、目の部分だけ、鼻だけ、口だけと見てみるとやはりそれぞれ笑っている。 髪の毛だけ見ても笑っているようなそんな感じがする写真である。 拳を握りゴルフクラブを掲げる石川遼笑顔、グリーン上のボールを指差し念力でも送っているかのような石川遼の笑顔、そして、「おつかれさまと妻は言った。これからですねと、と銀行は言った。」のHAPPY BANK DAYの緒方さんの笑顔が重なり、男の笑顔の新たな魅力を発見したような不可解な思いになる。鏡の前に立ち自分の笑顔はどうかと試してみると、笑顔のつもりが悲しみが滲み出ているようで嫌になり鏡に恨み言を投げかけたくなる。 笑顔の意味を考えるが、そんな事は考えなくても精神的な充実感で自然に魅力的な笑みが浮かぶだろうと屁理屈を考えるが、屁理屈など言っている人間には魅力的な笑顔は浮かばと言うのが結論のようだ。
2008.04.19
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大阪の橋下知事が泣いた。 泣くこと何かには勝てないと言うが、 泣く知事には勝てないと言うだろうか。 市町村の首長との話し合いは、奇妙な風景とも思えた。何年も前に見た風景が蘇った。旅行先の温泉町で4.5台の黒塗りの車から降りてきた明らかにその筋の人間と思える人が、警察官に噛み付いていた。見守る衆目の前で、若い警察官はその人の人達におどおどといて頭を下げっぱなしであった。道路の案内を頼んだが断わり方が気に入らないと言って警察官を糾弾している格好であった。 若い警察官は泣かなかったが野次馬も彼を非難することはしなかった。その筋の人間を恐れたなどとは誰も思っていない。 「応援を呼んで黙らしてやれよ」という言葉は聞こえたが、他は若い警察官への激励の言葉が多かった。 橋下知事の涙は恐らく情けなさの涙だと思うが、衆目の前の警察官とは違い、全国の人が橋下知事の涙を見ている。其の涙に対する思いは様々と思うが、本にも明確には説明できないかもしれない。知事に対して無礼なともう様な発言もあったから、国民は橋下知事の味方だが、市町村長の言い分もスジはあるわけで、辛いところである。 財政赤字に苦しむ大阪府の財政立て直しに真剣に取り組む覚悟の橋下知事は1100億円の歳出削減案を発表をした。府内43市町村の首長たちは、府庁で橋下徹知事への談判に臨んだというわけである。 首長にとっては補助金の削減は死活問題であり、 辛らつな言葉で厳しい批判を浴びせた。 子供を厳しい口調で教え諭すかのような発言には、 橋下知事も絶句したと言うわけで、 その後の涙であるから、 涙の理由も意味も分かる。 確かに涙の訳は分かるが複雑な思いもあるのが大阪府民だろう。 少年のような純粋さで、 財政再建に立ち向かう知事に、 同情的な言葉もかけたい思いだろう。 命令するでもなし断言するでもなく、 橋下知事は涙を流しながら協力を求めたのだ。 世論だけを味方に荒海に漕ぎ出したなどの、 安易な表現などは何の意味もない。 ある首長が言うように、 府政が修羅場となり、 知事は阿修羅となって、 血を流し、一筋縄でいかない、 政治の世界で鍛えられるだろうと、 よその県の野次馬は思っている。 話し合いでもなく、 批判の言葉を浴びせられっぱなしの橋下知事は1時間余りも耐えた。 「財政に余裕がなければいい政治はできない。 住民に我慢をお願いするのも政治家の使命」と、 最後までただ協力をお願いするだけですと言い、 「改革にはタイミングがあり、 このタイミングを逃したら府民の方は我慢をしてくれない」と言うが、、。 どっちにしても、 大阪府は待ったなしの財政立て直しが求められていると言うわけである。 「公務員の人件費は高すぎる。人が多すぎる」と、 庶民感覚の発言をした知事はいない。 「泣きたいのはこっち。泣いてしまったら話が続けられない」と言った、 首長の声は物悲しさを感じるが、 橋下改革は歩き出した。
2008.04.18
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スイス銀行は如何なる権力にも屈しない銀行のイメージであった。 絶対中立で顧客保護を貫く銀行のイメージであった。 例え闇の資金であっても同じだと思っていた。 例え犯罪の収益金であっても、 スイス銀行は保護してくれると言うイメージがあった。 日本の闇金融グループの資金がスイス銀行に預けられ、そして、スイス当局に没収された。闇金融グループの資金の一部が、日本に返還ニュースは被害者にとっては嬉しいニュースだ。 勿論被害額が全額返還される事などありえないが、 例え一部でも返還されると言う事は、 被害者にとっては明るいニュースである。 スイス当局の没収はスイス銀行の独立性が否定されているようだ。犯罪で得た資金が守られることは無いと立証もするが、反面スイス銀行への信頼感も消えるような気もする。 闇金の帝王と呼ばれたグループのリーダーは組織犯罪処罰法違反で裁かれた。 判決は懲役刑と追徴金が94億円だった。 スイスから日本への返還する義務はないという。日本は2006年12月に改正組織犯罪処罰法で犯罪収益を被害者に分配する手続きが定められた。改正組織犯罪処罰法の施行で没収金が被害者に戻る仕組みがで整ったことを受けて、スイスから返還されるらしい。 返還された没収金は改正法に従って被害者に返還される。勿論簡単に被害者の元に届くわけではいないだろう。様々な手続きを経ての返還になるのは当然で、被害者の手元に届くまでには煩雑な手続きが必要であり、かなりの時間がいるのも当然だ。 アル・カポネとエリオット・ネスの戦いは「アンタッチャブル」であるが、日本の闇金融と検察などの法務当局との戦いはどんなドラマが展開され、スイス銀行からの資金没収や其の一部の返還まで辿りついたのだろうと、ドラマ性を考えるが、どうもドラが見えてこない。 検察の勝利であっても被害者の救済ではないという声も聞こえるようだが、大きな意味のある出来事には違いない。闇金融グループの頂点に君臨する方は市民感覚では理解できない学の追徴金でも簡単に支払う資金力には感服する。
2008.04.18
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団塊の世代が特別に注目されだしたのは何時ごろからだろうか。 日本の第二次世界大戦後の復興の歩みと共に生まれ育った大集団は、 成長過程でも常に注目され、 団塊の世代と言う称号が与えられてから、 いよいよ注目度を増した。 社会制度が其の世代を対称にして、 整えられるといった感じであった。 そんな感じの団塊の世代が定年退職に差し掛かると、 様々な意味で注目度が増した。 そして、ついにと言うかそこまでもというか後期高齢者医療制度も団塊の世代の75歳への到達を前提にしての制度という。この評判のかんばしくない後期高齢者医療制度のその次には、やはり団塊の世代が到達するであろう終末医療へと医療制度も移っていくようだ。終末医療がどういうものを示すかさえ判断できないが、大量の人間が同じような死に方と要求されているようで違和感もある。死んでいく人間の医療の問題は、如何に楽に死なせるかだけのような気もする。終末医療の名の下に集団安楽死などの悲劇も起こりそうな予感は、被害妄想的だろうか。後期高齢者していの行き着く先には、そんな事も考えられそうだ。 さて、後期高齢者とは関係ないが、 団塊世代の注目の一つが浮かび上がった。 団塊世代の大量退職で、 東京や大阪の大都市の教育委員会が、 九州での新人教員の争奪戦を繰り広げそうだと言う。 大量の団塊の世代の定年退職で、 募集人員が増加し競争倍率が下がった。 競争倍率が下がれば、 教師の質の低下は当然ついて回る。 教師の質の低下が言われて久しいが、 更に拍車を掛けることになり、 学校がらみの事件や、 学校裏サイトなどの活発化さえ懸念される。
2008.04.17
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自衛隊のイラク派遣に反対する市民グループが、 派遣が憲法違反との確認を求めた訴訟の控訴審判決は、 「派遣そのものはイラク特措法に照らして合憲でも、 活動地域を非戦闘地域に限定したどう特措法に違反しているし、 また、憲法9条に違反する活動を含んでいる」と言う、 画期的なものだった。 それでも、1審の名古屋地裁判決同様に訴えが不適法だとして控訴を棄却した。 裁判は04年2月に最初の提訴で以後次第に原告が多くなり3237人が原告として名を連ねた。名古屋地裁は06年4月に派遣差し止めを却下し、慰謝料請求を棄却、憲法判断を避ける判決であった。そして、1122人の原告が参加した控訴審だった。 「イラク派遣は戦争放棄を定めた憲法9条に違反するほか、 憲法前文に掲げられた平和的生存権を侵害され、 精神的苦痛を受けた」と派遣の差し止めや、 違憲確認と損害賠償を求めていた裁判だ。 多国籍軍と武装勢力との武力紛争が行われているイラクで、 航空自衛隊が、 「多国籍軍の武装兵員を戦闘地域である、 バグダッドに輸送するのは、 武力行使を行ったと言われても仕方ない」と、 名古屋高等裁判所は判断したのだ。 「イラク特措法に違反し、 憲法9条に違反する活動を含んでいる」と高裁が判断したのだ。 控訴は却下されたが憲法違反の判断である。 「憲法9条に違反する活動が含まれている」という、 裁判所の判断が今までの自衛隊訴訟であったかどうかはわからないが、 自衛隊の海外活動の中での、憲法違反であり、9条違反である。 日本の誇りとも言える憲法9条へのの違反を指摘する、 司法の判断は意義があるだろう。 控訴は却下されても、 勝ったというのが原告側の考えかもしれない。 憲法9条が自衛隊の活動を否といったのだ。 憲法9条は日本の誇りである。
2008.04.17
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田舎暮らしだと散歩コースは幾つもある。 幾つもある散歩コースの一つはトメ婆さんの畑の側を通る。 80歳になったトメさんは自慢の野菜をよく恵んでくれる。 そのトメ婆さんは憂鬱な日々を送っている。 5歳年上の夫祐造は若い時の不節制が祟って最近は寝たきりだ。 若い時は無茶もしてトメ婆さんを苦しめたこともあった祐造さんは殆ど休むことなく働いた。少々の無茶は働く祐造さんの姿を見ると許せたとトメ婆さんは言う。農家の跡取りであったが長距離の運転手として日本国中を走り回り、家業の農業も怠りなくこなした。二束のわらじを見事に履きこなしたとトメ婆さんは誇らしげに言う。だから、少々の無茶は我慢できたと繰り返す。 トメ婆さんは祐造爺さんの話をすると、時間を忘れるほどだ。 トメさんの憂鬱は祐造爺さんが、 「俺が死ねばいことだから」と、うわごとの様に言い出したことだ。 「まだ、自分で死ねるからな。お前に苦労をかけたくないから」と、 自分を気遣う祐造爺さんが愛おしくてならないトメ婆さんである。 散歩の途中でトメ婆さんの畑の側を通ると、 「あんたのとこはレタスは食べなさるかね」 畑から出てきたトメ婆さんは、袋いっぱいに詰め込まれたレタスを指差し、 「うちは爺さんと二人で食べきれないからね」と言う。 「こんなに貰ったら無人市に出さなければならないよ」 片手で掲げるには重すぎるくらいのビニール袋一杯のレタスを掲げ見ながら言うと、 「食べてくれたら私は嬉しいよ。うちに爺さんは惚けてはいても野菜をあなたにやれと言っているよ」 トメ婆さんは畦に座って帽子をとって話始めた。 「桜も散ったね。今年は桜の花もあっけない感じだね。それにしても年寄りは死ねというのかね」 憂鬱な日々のトメ婆さんは積もりに積もった話は簡単には終わらない。 それにしても、後期高齢者の制度はどうなっているのか。これほど悪い精度は滅多にないというテレビのコメンターの言葉を借りれば、最悪の制度という事だろう。悪い制度だと、医師も病院もお年よりも言っている最悪の制度に、 福田総理大臣が、 「理解できるように丁寧に説明していくい必要がある」と、 言ったことに対して、 説明など聞きたくないとトメ婆さんは怒り心頭である。 トメ婆さんは祐造爺さんの長距離運転手としての経験から判断して、高速道路のトラックからタイヤが外れてバスに衝突したし、バスの運転手が死亡した事故にも言及し、祐造爺さんの時代と現在の運転手の意識の以外を指摘し、明らかな整備不良だと言う。それは何ともいえないが、トメ婆さんの憂鬱な日は続きそうだ。
2008.04.15
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偶然かも知れないが、 北朝鮮関係のニュースが、 続いて目に留まった。 その一つはよど号事件の犯人たちのニュースであった。 よど号ハイジャック事件は1970年3月に起きた日本最初のハイジャック事件であり、犯人は日本赤軍であった。武装闘争を続けるハイジャック犯日本赤軍のメンバーの行き先は北朝鮮であった。赤軍メンバーの求めたのは共産主義国家であり、ある意味ではユートピアーを求めての犯罪とも言えた。ユートピアと犯罪のつながりは相矛盾するが、共産主義への無知蒙昧的な憧憬が北朝鮮へと向かわせた。 その北朝鮮は幻想の国家であり、ユートピアとは反対に位置する独裁国家であった。その国での彼らは犯罪者となった。彼らは夢見たユートピアとは遠く離れた国で、生きる為にのみ生きた。自分たちが夢見たのは幻想であった知っても、認める訳にはいかなかった。 日本人拉致に関与したかどうかはわからないが、 彼らは北朝鮮についたその日から、 日本に帰ることを願って生きてきたのだと思う。 そのよど号事件の犯人が3月に北朝鮮訪問をしたEU議会の議員と会談した。 その一人で国際指名手配の犯人の一人という事になる若林盛亮容疑者は、 「日本人を拉致する必要もないし、理由もない」と話していたと言う。 もう一人の小西隆裕容疑者は、 「亡命ではなく、日本での闘争の一環として北朝鮮に来た。 そして、武装訓練をしていつか日本に帰る」と言ったという。 いまだに日本での闘争を夢見るとすれば悲劇の一つにもなるが、ある意味では寝言や戯言にも聞こえる。彼らの帰国の条件は拉致の実態を明らかにすること以外ないような気もするし、彼らが大きく関与したとは思えないが、実態は知っている様な気がする。 よど号関係のそんなニュースを聞いていると、他の北朝鮮関係のニュースだ。 北朝鮮の強制収容所の解体を目指す団体が発足して初の集会を開いたニュースである。ある意味では活気的な活動かもしれないが、果たしてそんな活動が可能だろうかの疑問もある。北朝鮮の強制収容所の存在はわかっても、国家全体が強制収容所のような国である。その実態を予想するのは難しくは無いが、活動は難しそうである。 その団体は「NO FENCE IN NORTH KOREA」で、1987年の大韓航空機爆破事件当時外務省の事務官だった砂川昌順さんら発足した団体だという。砂川代表は挨拶で、「人間として、知らなかったふりや見て見ぬふりをすることなく、日本からアクションを起こしたい」と述べた。「人間として、、」は、ある意味では他の日本人への批判にも聞こえるが、今まで黙っていたのは何だったかと問いたい気持ちになる。しかし、活動には大いに賛同する。 更にもう一つのニュースが蓮池透さんの発言だ。 日本政府は拉致問題の進展がない経済制裁の半年間延長を閣議決定した。一向に進展し拉致問題の起爆剤として自分が北朝鮮訪問の意思があることを表明したという。 北朝鮮訪問である。 拉致被害者の家族の一員の訪問である。 当然、北朝鮮が受け入れることはないだろう。 蓮池透さんは13日に放送された「日テレNEWS24」の「プラネット・Viewスペシャル」に出演し、経済制裁の延長よりも、「可能な限りの手段で、交渉していくべきだ」と主張し、交渉の突破口の一つとして、「拉致被害者家族という立場から訪朝し、真相究明したい」と述べた。 小泉元首相の訪朝から約6年たち、拉致被害者家族は北朝鮮に対し、厳しい姿勢で臨んできたが、目に見える進展はなく、今回の透さんの訪朝希望の表明は、新たな動きとも言える。 確かに拉致問題は一向に進展していない。 経済制裁の効果は殆どないかも知れないと思うが、 しないよりはした方が北朝鮮が困るのは当然だが、 北朝鮮の態度を変えさせるだけの決定的な効果はなかった。 しかし、別の効果はあった 日本国内における北朝鮮関係組織の弱体化である。 北朝鮮の経済的な支柱として中国への門戸が開かれている。北朝鮮に対しての経済制裁での決定的な効果は期待できない。日本の経済制裁は北朝鮮国民を苦しめるだけのような気もする。 蓮池さんの北朝鮮訪問が起爆剤の要素になり得るかどうかは、結果を見るほかないが、仰る通り可能な限りの手段を講じるということで、北朝鮮の意向を聞くという方法は無いだろうか。そんな事は北朝鮮の関係のニュースがあるたびに何度も思ったが、拉致事件を政治問題だと考えないで、単なる誘拐事件として解決する方法である。 誘拐事件なら人質の安全な救出が第一条件で、犯人を刺激しないように犯人の要求をのむのが事件解決の第一歩である。どんな理不尽な要求も人命救出の為には聞くしかなく、先ずは人質の無事な救出の為に全力を尽くすのはテレビドラマや映画などでもお馴染みであり、そこからスタートすべきだと思う。 誘拐犯人である北朝鮮の要求を先ず聞くことからはじめる。国としての外交とかの問題は別問題として、先ずは誘拐犯人に要求を聞くのが先決である。要求は聞き入れるから、人質の無事の確認以外には北朝鮮に何も求めない。要求は何でも聞き入れる。例えそれが一人頭の金額が要求されても、例え自衛隊の艦船や航空機でも、要求どおり聞き入れる以外には無い。人質と交換して後処理が政治問題だ。 短絡的で幼稚な考えであるが、 そんな事でしか解決しそうに無い。 拉致問題は誘拐拉致であり、 政治問題以前に犯罪である。 蓮池さんが言うように、拉致問題は一向に進展しない。 それは、帰国した拉致家族にとっても心の痛いことであり、 自分たちだけ幸せに暮らしていくことへの、 罪悪感にもなるだろう。 それは他の拉致被害者との面識があったという前提である。 北朝鮮問題は、 その根が日本の朝鮮半島支配とか、 よど号事件なども絡んで複雑に展開するが、 真実は犯罪である。 犯人の要求を聞き入れ、 人質の救出をする以外に無いと思う。
2008.04.14
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橋下徹知事直轄の改革プロジェクトチーム(PT)は、 08年度予算で総額1100億円の歳出削減を、 目指す財政再建案を発表した。 そんなニュースに、 「へえ、意外とやるもんだ。 茶ばつだった橋下さんは」と、思っている人は多いだろう。 意外とやるが本当の思いだ。 やるとは思わなかったが真実の気持ちだ。 その橋下知事の命を受けた改革プロジェクトチームは、 改革プログラムを、11日午前の部長等意見交換会で明らかにした。 橋下知事は、 「サイは投げられた」とあいさつしたが、 各部長からは、 「削減ありきで理念がない」と、 批判が飛び交った。 「理念を打ち出していなかったのは私の責任」と橋下知事は認めるが、マスコミが入っていただけに真っ向から吠え立てる職員はいなかった。 やるもんだと思った。改革、改革といっても本格的に改革に乗り出すとは思わなかった。仮に本格的な改革に乗り出すにしても、幾つかの目に余ることを改める程度だと思っていた。 恐らく橋下知事の発言を苦々しく聞いていた幹部職員も、改革を唱えたところで、取るに足らないと高を括っていただろう。そんな幹部職員は改革プログラムを突きつけられて、腹が煮えくり返っていただろう。しかし、会議室にマスコミが入っていては、強気の反対も出来ないし、困ったものだと思っているだろう。それでも、「若造が何を吠えている」としか考えて無かっただろう。 プロジェクトチーム(PT)は「収入の範囲内で予算を組む」という知事の方針のもと、9年連続の赤字から脱却する目標を掲げ、借金返済を先送りしてきた「赤字隠し」の手法もとらないとした。 理念がないというのが理解できないが、 小泉改革の当初の目標と同じような気がする。 小泉元総理も改革へのエールと送っているという。 大阪が変わりそうな気がする。 水の都と言われ、天下の台所とも言われた大阪が、 変わろうとしていると思う人も多いだろうし、 変わる必要のない独自の文化のあるのがm 大阪と主張する人もいるだろう。 天下の大阪が財政赤字に苦しむ自治体とは考えにくいが、現実は夕張一歩手前などの言葉もあったほどで、財政赤字は凄いという。 プロジェクトチーム(PT)の発表した改革プログラムで、 何といっても総額238億円の医療費助成事業の見直しは抵抗があるだろう。 高齢者や障害者、 ひとり親家庭、 乳幼児を対象にした 助成について原則として、 月1千円の自己負担額を、 1割負担とすることなどで、 計13億6千万円を削減する案を提示したのだ。 また、27の府立施設の見直しでは8施設を廃止し、民営化や統合なども含めて6億5千万円を削減するという。46の出資法人では、16法人を統廃合するなどして補助金や委託料計36億8千万円を減らす。具体的な名前などでなくても、多くの府施設の廃止や、統廃合なども発表され、削減額なども明示されては、高を括って入られないのが関係者である。 味方は世論だが、文化的な施設の廃止や統合への抵抗は世論も味方ではないかもしれない。勿論敵ではないが、かといって味方でもないといった感じだろう。 職員は当然に敵となる。 しかし、全ての職員が敵ではない。 多くの味方もすぐに出来る。 府議会もテレビ中継されると、いよいよ府民の関心も高まるだろう。今までも議会あっただろう。しかし、大阪限定の放送であった。これからは、全国中継となれば話が違う。インターネットは当然で、議会の模様がライブ中継だとわかりやすい。 最近のテレビでは各県出身者による県自慢番組が多いが、何といっても独特の雰囲気と言語がある大阪は、他の近畿の各県にとっては脅威である。しかし、元気な大阪は他の県の励みにもなるだろう。 関係ない方へと進むが、橋下知事は意外とやるものだが大阪府民であってもなくても、多くの国民の声だろう。小泉改革が経済問題の根源のように言われ批判されるように、橋下改革も批判されることが多いだろう。安穏としていた府職員は高を括って入られないといった按配かもしれない。特権階級であった地方公務員が一般市民に戻るだけで、大きな改革となるだろう。
2008.04.12
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各国で妨害行為が続いている北京オリンピックの聖火リレーは日本では長野で走る。聖火リレーでランナーをガードするように走る青いユニフォームのランナーは、中国から派遣だという。ガードランナーという呼でそうだが、その呼び方が適切かどうかは別にして、中国派遣の屈強なガードマンには違いない。 そんな聖火リレーであるが、 IOCでは聖火リレーについて討議され、 計画通り実施すると確認しただけのようだ。 またIOCのロゲ会長は、10日の記者会見で、「オリンピック招致に際し、人権問題を含む中国の社会的課題が前進すると考えた」と暗に中国を批判しているが、今後の中国の対応は期待できそうにない。 中国の考えは政治と五輪は切り離しである。オリンピック精神は政治に左右されないスポーツの祭典と言う事だが、自由世界は人権に関しては別問題と考えている。 開会式不参加を表明した国もあり、 EU議会は開会式不参加を選択肢に含めた形で、 中国政府を非難する決議を採択した。 EU加盟国の殆どの国が、 開会式には参加しないかもしれない。 そんな中で、 チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は、 アメリカ訪問の途中で日本に立ち寄った。 記者会見では、 ジェスチャーを交えての、 ユーモラスな話し方であったが、 記者団からは笑声は少なかった。 「中国政府は私を悪魔にしようとしているが、 私は悪魔でもなく、角も生えていない」と、 両人差し指を頭に立てて見せ、 「私が悪魔かそうでないか、 皆さんが判断してください。 私は角は持ってないのは皆さんがご承知です」と続けた。 ダライ・ラマ14世はこれまで通りに、 「オリンピックを支持しています。 これは私の中国の皆さんへのメッセージです」と言い、 「チベットは独立を主張しているのではなく、 明確な自治を主張しているのです」と主張する。 そして、チベット人には、 「中国政府の強権的なチベット統治に抗議する権利があり、 自分には言論による抗議をやめさせる権利はない」として、 非暴力の抗議活動を訴えた。 「チベットで問題が起きるのは 言論の自由がないからだ。 だから我々は意識的に民主主義を、 浸透させようとしているのです」と言い、 「チベット人と中国人が平和的に共存できるよう、 現実的な解決方法をとるべきだ」と、 中国政府へのメッセージも付け加えた。 ダライ・ラマ14世はこれまで何度も「中国のオリンピックを支持する」と言ってきたが、中国政府からの反応はない。アメリカのカルフォルニアでもアメリカらしくないコースを変更しての聖火リレーで、しかも距離も大幅に短縮した形式的なものだった。聖火リレーは日本の長野にもやってて来る。長野は青いユニフォームの中国派遣のランナーガードマンは要らないと表明している。日本だけでも聖火リレーの成功を祈りたいものである。
2008.04.11
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映画「靖国」の上映中止問題は、単に右翼の街宣車云々のもんだではなく、国会議員たちが暗躍する明らかな言論弾圧のようである。ついにと言うか、そこまでと言うか、映画の登場人物を映像から消すと言うことまでやるにいたっては、言論の国日本の旧時代への逆戻りの感じさえする。 主な登場人物の一人高知県在住の刀匠は苦渋の表情を浮かべ、 語るに語れない自分への怒りさえ感じているようだった。 勿論テレにニュースと通じての感想であるが、 テレビの画面から伝わる、 老いた刀匠の表情には苦渋が滲み出ていた。 刀匠としての誇りは政治の駆け引きに翻弄され、 支える妻は私達に構わないでと言っているようだ。 一途に歩いてきた日本の匠が、 その誇りをかけてあえて出演したと思われる、 映画の映像を消してくれと言っている。 刀匠としての極みに達した人が、 完成した映画の重要な構成要素である、 自分の映像を自ら消せなどとは言わない。 完成した作品は、刀であれ映画であれ、 取り払うべきものはないし、 消していい要素はない。 そんな事は十分承知であえて言う苦しさは、刀に魂を打ち込んできた刀匠には耐え難いものがあるのだろう。刀匠として一流であり、その道を極めて人間国宝級の匠であっても、社会的には決して高い身分にはいない。前時代的な表現になるが、身分は決して高くなくい。自分の腕と魂で極めた匠の頂点であって、政治的な主張は待ち合わない。自分の作品が全てでありる。一人の匠であり芸術家であり、魂の表現者である。 日本の誇りでもある刀匠が政治の駆け引きに弄ばれている。 つい先日判決のあった、 大江健三郎さんの「沖縄ノート」裁判と、 同じものがありそうだ。 老いた守備隊長は、 作品である「沖縄ノート」を読んだこともないのに、 著者大江健三郎さんと訴えた。 今度の映画「靖国」騒動は自民党の女性議員の存在感争いだと個人的には思う。 始まりは80人以上の国会議員による検閲紛いの試写会だ。 それを主催し注目を集めたのは女性議員だった。 そして、今度は刀匠に電話をして、柔軟な圧力をかけて注目さるのが有村治子参議院だ。その電話で、老刀匠の誇りはずたずたにされた。強力な圧力の言葉など必要ではない。国会議員の名前だけで十分の圧力だ。国家の中枢にいるお偉い先生からの問い合わせだけで、一途に生きたきた刀匠には自らが許せない。国会議員の名前は国家として老刀匠に襲い掛かる。映画になど、出演するんじゃなかったと自らを責める。 刀匠としての頂点と極めた人が、 完成した作品へのクレームなど考えるわけがない。 お国をたてにする圧力は、現在大きな問題となっている中国のチベットへの圧力と変わりはしない。民主国家日本の真実の姿ではない。真実の姿であってはならない。個々個人の魂に優先する国家の意思等あってはならないと、多くのジャーナリストが抗議に声を上げるが、真実は女性議員のヒステリックな争いのような気がするのが、半夢人である。 自民党の有村治子参院議員が国会で取り上げた。 国会で取り上げること自体が間違っているだろう。 国会が論じるべき問題ではない。 国民は検閲官を国会に送ったのではない。 表現の自由を侵す力として国会議員を選出したのではない。 国会で取り上げられた時、 答弁にたった閣僚などは、 表現の自由を指摘しなかったのだろうかの疑問も湧く。 優秀な先生方が国家の為に論戦を展開する国会で、表現の自由が侵される前触れ的な事が起きても、誰も指摘しない日本の危うさがうかがえる問題だ。完成した映画の出演者を消せと国会で問題にするとは、凄い国になりつつある日本を感じる。 ナチス・ドイツでもあり得なかった事かも知れない。 李纓監督は10年にわたって撮り続けたという。 「変心した理由がわからない」というのは当然だ。 ニュースでも 刀匠の魂が燃え上がるような場面が流れ、 刀匠の意思が感じられた。 それがある日突然心変わりとは考えられない。 一本の刀を完成させる為の苦労も、 その課程も、 また全ての要素に、 重要な意味があることも承知の刀匠である。 作品への冒涜とも思える事を言うわけがない。 有村議員は3月27日、参院内閣委員会で「刀匠は自分の映像を一切外して欲しいと希望している」と取り上げた。有村議員はその前々日に刀匠本人に確認を取ったという。 国会議員の確認が圧力になる。 靖国刀の最後の刀匠へ、 中国人監督の反日的な映画に出演したとの、 ニューアンスの言葉は耐え難い屈辱となる。 「 国会で審議している」云々の電話を国会議員から受けたら、 お国に対して申し訳ないと、 昔気質の職人なら思うのは当然だ。 何度も言うが、 日本の国会は映画の内容を審議する場ではない。 見せることを阻むのだから、 チベット問題の中国当局と変わらない。 刀匠は、「靖国刀の伝統技術や価値を後世に伝えてくれるものと思っていた。靖国問題と結びつけるとは思っていなかった。違う趣旨で映画が作られ、靖国問題に巻き込まれた」と話したという。 靖国問題とは、要するに政治的駆け引きでしかない。 自虐史観などという言葉があるが、 自虐史観は当然である。 そんな自虐的な自問がなく、 正当性だけの主張なら、 国家は永遠に戦争を続けることになる。 李監督は10日東京都内で記者会見した。田原総一郎さんたちジャーナリストが共に記者会見に臨んだ。李纓監督は刀匠との話し合いの内容を説明した。 今年2月に刀匠を訪ねて話した。刀匠夫婦は上映に不安を感じている様子だったが、じっくり話し合った。最後は、刀匠がチラシに自身の写真と登場人物に名前があるのを見て、『上映頑張ってください』と言ったという。 3月上旬には、1カ月前には、 公開パンフレット用メッセージとして 「誠心誠意」という言葉をもらったのだ。 だから、信じられない思いで、 「刀匠の場面がないとこの映画は成立しない。 国会議員がどんな話を刀匠にしたのか。 出演者を変心させていいのか」と、 表現の自由を封殺し、 右翼の街宣車以上に見えな圧力で、 映画を潰しにかかった国会議員先生に、 言論の自由を訴える。
2008.04.11
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鳩山法務大臣が3度目で10人目の死刑執行命令書にサインしたと言うニュースである。 死刑が執行されたのは、82年に大阪で宝石商の夫婦を殺害して現金を奪った中元勝義死刑囚、89年に滋賀県で元同僚の男性2人に、睡眠薬を飲ませて殺害した中村正春死刑囚、89年に東京・杉並区で資産家の女性ら2人を殺害した秋永香死刑囚、2002年に群馬県で16歳の女子高生を車で連れ去り、首を絞めて殺害した坂本正人死刑囚の4人だ。 鳩山法務大臣になって3度目の死刑執行で、 合計10人の死刑執行である。 死刑執行にこだわる鳩山法務大臣は粛々とサインをしている。法務大臣としての優秀さが死刑執行とは関係ないと思うが、鳩山法務大臣はそうは思ってないようである。その心の中は見えないが、死刑囚への怒りの気持ちがありそうだ。誰かがやらなければの思いもあるかもしれない。兎に角、その在任中に死刑囚の数が一気に減りそうだ。死刑囚の名前や事件等の情報が公開されたのも鳩山法務大臣になってからである。 改めて言うと、 法務省は10日午前に4人の死刑を執行したと発表した。 鳩山法務大臣は記者会見で、 「これからも、粛々とやらせていただく」と淡々と語った。 残る死刑囚は104人だという。 現在の鳩山法務大臣の記録は、 前任の長勢法務大臣と並んで10人だ。 前大臣は4カ月に1度だったが、 鳩山大臣は2カ月に1度の間隔で、 執行命令へのサインで、 鳩山法務大臣がナンバーワンとなった。 死刑執行に当たる、刑務官らには死刑執行手当2万円が支給されるという。振り込みだと家族に気付かれる可能性があるから、手渡しで支給されるという。自分が押したスイッチに電流が流れ、死刑執行のための機器が動いた確立は5分の1であるから、確率的にもそれ程精神的負担いはならないと思うのは、野次馬的考えである。5分の1でも自分のスイッチで殺したかもしれないとの思いは持ち続けるだろう。 丸山健二の小説「夏の流れ」にそんな刑務官が描かれている。 日本の死刑方式は絞首刑だという。死刑台は絞罪器械図式で明治6年太政官布告第65号に定められているというから、かなり古い方式が続いているわけである。拘置所長の合図により、5人の刑務官により同時にそれぞれの担当するボタンを押す。刑務官の精神的負担は5分の1というわけである。その死刑執行の様子は一切公表されないし、立会いも行政府に属する者に限定されている。 これまでは法務大臣が辞任間際に死刑執行命令がなされるのが普通であった。普通の言い方は適切ではないかもしれないが、在任中にはサインする法務大臣は少なかった。やめる間際にサインするのだ。それはたとえ死刑囚でも自分の意思で殺すという罪悪感が法務大臣なあったからであるが、誰かがしなければならにとの意識もあるだろう。死刑廃止論の法務大臣が続けば死刑囚は多くなるわけである。 国会中には司会執行は無いなどの今での常識は否定され、 前の長勢法務大臣の 07年4月27日国会開催中での執行で、 07年12月7日、 臨時国会開催中の執行は鳩山法務大臣であった。 その時、 初めて死刑執行者の名前、 犯罪事実や執行場所が公表された。 粛々とサインする鳩山法務大臣は、 その後何人の死刑執行をするだろうか。
2008.04.10
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4月から始まった後期高齢者医療制度は何とも評判の悪い制度だ。 75歳以上の高齢者を後期高齢者として切り捨てるかのような印象さえある。 制度の始まりで、幾つかの深刻の問題は浮き彫りになるのは仕方ないとしても、深刻な問題もあるようだ。又トラブルの発生も当然あるだろう。年金から保険料を天引きするのだから当然だ。殆どのお年よりは制度を理解してはいないと思われる。そんな事を言うと怒られるかもしれないが、理解してないと思う。今までどおりが最適であるはずだ。 予想していた以上のトラブルが発生しているのは、 都市部の低所得者層のようである。 低所得者層には保険料額が大幅に増える人がいる。 保険料負担がゼロから最悪は5倍増のケースもあるという。 皮肉な結果であるが、 低所得者層の首を絞める 制度という事を証明し、 切り捨てられた怒る、 おじいちゃんたちの声も理解できる。 75歳以上の高齢者の殆どの人が市区町村の国民健康保険加入だった。税を投入して加入者の保険料負担を軽減したり、低所得者や高齢者向けに減免したりと、小回りの利く救済処置が取れた。新制度は都道府県が運営主体で、市区町村の軽減措置はとれなくなった。保険料だけは社会保険庁で15日に年金から天引きされるらしい。社会保険庁である。社会保険庁と聞いただけで、欺瞞性を感じるのは日本国民の常識で、どうもいかがわしい感じがする。 例えば、名古屋市では、収入から公的年金控除120万円などを引いた後の所得が一定以下の世帯は保険料を免除していたし、住民税が非課税の人は3割減額していたが、新制度では、それが出来なくなった。優遇処置が出来なくなり、低所得者はいよいよ苦しくなってくる。新制度の始まりは低所得者層の高齢者の受難の始まりである。インフラからデフレに変わり、食って生きていくだけも精一杯な老後という事になる。全額免除だった年金収入153万円の単身者は、1万2千円を支払うことになる。168万円では4700円支払っていたのが2万3100円と約5倍に跳ね上がる。逆に高所得者層はこれまでより負担が減るという。 ほかの都市でも問題は起きるわけで、 都会の年寄りも辛くなるし、 田舎の年寄りも辛くなっていくわけである。 75歳以上のお年寄りを後期高齢者特別ならぬ、差別すると言うお年寄りの怒りは、多くの人が直ぐに直面する問題で、他人事ではない。運転免許証の自主返納の勧めなどの言葉からも、高齢者への風当たりは強くなるばかりと錯覚されるが、満更錯覚でも無さそうである。敬老の日には形式的祝いがあっても、敬老の意識は次第に薄れているような気もする。 そんな思いがする。 本来老は偉大であった。 老は尊敬用語であった。 老は神へ近づいた証拠であった。 後期高齢者になれば、 全てのわずらわしさから開放され、 自由気ままに生きる事が出来る、 そんな社会がくることを望むものである。 後期高齢者には、 国はあげても、取るなである。
2008.04.10
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日本人メジャーリーガーの活躍は目覚しく、 メジャーが日本の球団かと思ったりするといえば、 少々オーバーだが、 そんな錯覚さえ覚える活躍である。 イチローや松井や松坂といった、 真実のメジャーリーガの活躍は当然として、 新入福留の活躍が目覚しく、 中日も勝ち進んでいるから、 共に万々歳である。 福留が活躍し中日が低迷する福留は複雑な気持ちだろう。自分が抜けた後も同じ強さは信じたくないだろう。自分に変わる補強などしてないのに自分が抜けても変わらないのは納得がいかないと思ったりしないかと、いらぬ事を考え、福留の活躍に眼を見張る思いである。 一流の選手は何処にいっても一流に違いなく、サッカーでも日本のトップクラスはヨーロッパのチームでもやっていけるわけで、野球ではアメリカに次ぐ歴史の日本が、アメリカに次ぐメジャーリーガーがいても可笑しくはないと、勝手な理屈を並べるが、何と言っても日本人大リーガーのパイオニア野茂が復活したのはうれしい。 現在はロイヤルズの野茂が3年ぶりのメジャー昇格を果たしたのだ。個人的には限界と思っていた。太り気味の体を見るともういいだろうと思った。野茂は元々太り気味の体質でありそれこそ要らぬ心配であった。 野茂は 「上がれて、 すごくうれしいし、 球団に感謝している。 チームの勝利に貢献したい」と、 ぼそぼそと抱負を語っていた。 勿論テレビのインタビューだ。 中継ぎとか敗戦処理とかだと思うが、 それでもメジャーである。 メジャーで投げているのである。 背番号91で3年ぶりに、 メジャーのマウンドに、 立てるだけでも凄いのである。 インタビューでも恥じらい気味な控えめな言葉だが、 メジャーのマウンドにまた立つのである。 それだけでも凄いことだ。 「バッターを抑えて得点をゼロにすることでは先発も中継ぎも一緒」と凄みも見せるし、「やってみないとわからない」と居直り気味な発言も出てくる。そうだ、野茂は居直り気味な挑戦だと、近鉄時代からひたすら野茂ファンであった人間はどんな言葉を聞くより、マウンドのトルネードが待ち遠しし、面白いのである。 スポーツニュースも日本の全球団のニュースと、 大リーグのニュースが同じ位の時間になっていくような気がする。 松井も結婚し怪我を心配していたファンも多かったと思うが、さすがにスーパースターは違う。素晴らしい活躍で自分で結婚祝いそしているようだ。 イチローはオープン戦ではあわや無安打のとてつもない記録樹立の一歩手前まで行きながら、リーグが始まると帳尻を合わせてスタートをきった。張本勲の日本記録は目標ではなく抜くのだと軽くいなしていた。その張本さんは、イチローは日米通産の記録だ。日本記録は自分だと言い張る。それは真実に違いない。一流選手がある時期からメジャーに行く現在以後は、張本さんの記録は不滅の記録となるだろう。 今年もまた、メジャーリーグが日本のファンを虜にしそうだ。
2008.04.09
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信じられないニュースがあった。 何があっても驚かないと思っていても、 驚くべきニュースがある。 そんなニュースがあった。 凶悪犯罪などではないが、 驚くべきニュースがあった。 民主主義のはずの日本で時に時代を疑うような事が起きる。例えば右翼団体の街宣車の活動予想だけで日教組を締め出した東京の一流ホテルだったり、上映前の映画を集団での検閲紛いの試写会の国会議員や、その映画の上映をプリンスホテル同様に街宣車の圧力予想で上映中止にした映画館が、一般客や周辺への配慮などの尤もらしい理屈をつけことなどである。 そんな事とは少々趣が違う時代錯誤は、 山口県周南市の私立山口県桜ケ丘高校であった。 教育者とは何かを問われそうな出来事であるが、 最近教育者の、特に理事長や校長や教頭などの、 反社会的な犯罪が頻発しているから、 今更驚きはしないが、 校長に挨拶しなかったから解雇は、 些か腑に落ちない出来事である。 48歳の男性教諭が校長にあいさつしなかったから解雇されたのだ。そのことを不当だと山口地裁に起こした労働審判で勝訴した。学校側は異議を申し立てたと言うから又驚きだが、申し立てを取り下げて和解したというニュースがあった。 4月8日昨日ののことだ。 学校側は職場復帰や、 未払い賃金を支払う、 和解案を示した。 16日にも和解が成立するという。 詳しい内容は分からない。 報道されるニュースからの判断であるが、 それでも挨拶しなかったというの言いがかりのようだし、 そんな理由での解雇があったことが凄いことだ。 挨拶はしたけど気づかなかったとか、 又、個人的な確執のため挨拶をしなかったとか、 色々理由もありそうだ。 そんな事で解雇されるのは、 現在ではありえない。 そんな独裁者が教育者でも、 学校が個人的な経営だと、 何も言えないのだろう。 問題の発端を見てみると、始業前に学校の近くで、生徒の交通誘導をしていた時、校長が車で通り過ぎたことに気付かなかった。それで、学校側から「あいさつをしなかった」として自宅待機を命じられた。約半年後、学校側に呼び出された際「校長の命令に従えるか」と審問され「不安がある」と答えたところ、再度自宅待機を命じられ、昨年7月に解雇されたという。 疑問はある。 半年の自宅待機であり、 半年後の自宅待機からの、 呼び出しである。 半年間、先生はなぜ黙って自宅待機を続けていたのか。 また、学校側には校長の命令に疑問を感じた幹部はいなかったのか。 色々疑問はある。 校長は学校法人山口県桜ケ丘学園の理事兼理事長代理だ。 先生は校長が理事を務める市民団体への協力を拒否した事があったと言う。 ここまで来て、 成る程と思うようになる。 成る程そうかと思う。 その独裁者である校長は退任し、 現在は中学校長を務めているらしい。 そんな校長のいる学校で、 校長に挨拶しない生徒はどうするだろうか。 挨拶しないなら退学と言うのだろうか。 私立の中学校には退学があるのだろうかと、 いらぬことも考える。 素晴らしい国日本、 平和な国日本、 そんな日本で、 時代は先に行ったり後戻りしたりする。 過疎地でさえ外国人がはたらき、 多くの外国人が憧れる国でもある日本だ。 そんな日本で、 時代は行ったり来たりする。 英国の世界的なマスコミの調査で、 世界にいい影響を与える国として、 ドイツに次ぐ2位の日本で、 時代は行ったり来たりしている。
2008.04.09
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聖火が消えた。 聖火が消えるなど考えもしなかったが、 聖火が消えた。 ギリシャのアテネの女神によって点火された聖火が、 世界をめぐって北京に到着するはずが、 聖火が途中で消えた。 勿論消えても点火すれば同じ火だし、 予備の火もあるというから問題はないが、 しかし、アテネの女神によって点火された火が、 消えたことには違いない。 そんな思いでパリの聖火リレーを見ていた。 聖火ランナーが走る沿道では、中国政府への抗議をする人権団体などが待っている。聖火ランナーが近づくと抗議の声を上げ妨害活動にでる。そんな抗議のために聖火は消え、途中で聖火リレーは中止となった。そして、消えた聖火をバスで運ぶことになったという。果たしてそんな事で意味があるのかどうかは何ともいえないが、アテネで女神によって点火された聖火が、消えることなくランナーからランナーへ手渡されていくから意味もありそうだが、消えた聖火をバスで運んでの聖火リレーはオリンピックの意義を否定さえしそうだ。 フランスはオリンピックの父クーベルタン男爵の国である。その国での聖火リレー妨害はそれなりの意義もあるかと考えるが、クーベルタン男爵の国と言う事は関係なさそうである。ヨーロッパの国々の人権意識かもしれない。 また、NGOの活動が政治的な色彩を感じるのは、捕鯨戦への抗議のシーセパードの抗議などが意識にあってのことでもある。 それに、チベットのダライ・ラマ14世は北京オリンピックに反対などしなし、むしろ成功を願っていると言う。しかし、人権団体はチベットへの弾圧やその後の中国政府の対応を許せないというわけである。確かに、チベット取材ツアーなどは如何にも欺瞞性にとんでいたが、北京オリンピックとは結びつけるのは逆の効果しかないような気もする。 チベット問題への抗議は当然であるが、オリンピックは別だというのが一般的な捉え方だ。しかし、反面チベット問題を世界に知らせるには、オリンピックが最高の効果がある。 しかし、またまたしかしであるが、 オリンピックと政治は別にして欲しいのが、 多くの日本人の考えだ。 中国政府を必要以上に刺激して逆効果になる可能性もある。ソ連のアフガニスタン侵攻へ抗議してのモスクワオリンピックのボイコットとは、基本的に違うというわけである。かといって、ロンドンやパリの抗議活動を完全に否定することも出来ない複雑さが、現在の世界にはある。 警察当局はリレーを妨害した28人を一時拘束した。ロンドンに続きパリも颯爽とした自由と平和の祭典に向けての聖火リレーではなかった。車椅子の聖火ランナーが苦労していたのは、抗議活動への抗議さえ起こりそうな情景だった。 くりかえすが、 エッフェル塔展望台を出発した聖火リレーは妨害のため何度も中断した。 聖火は4度消えたと言う。その都度点火したのだ。 80人の聖火ランナーのうち、 一部のランナーが抗議の意味として、 「より良い世界のために」と記した、 バッジを胸につけて走った。 パリ市当局も「パリは人権を擁護する」の、 横断幕を市庁舎に掲げた。 妨害ではなく、そんな抗議でいいだろうと、 日本の野次馬は思うのである。 「より良い世界のために」と記したバッジを胸に、 聖火ランナーが走り続ける映像が世界に流される。 それこそ、中国政府には効果的かもしれない。 暴力を否定する非暴力的抗議が最も効果があると思うのである。 聖火リレーはアメリカに渡り9日にサンフランシスコで行われるという。 どんな混乱が待て受けているか知らないが、 聖火はこれ以上消えないことを祈る。 そして、聖火は北朝鮮でもリレーされる。 どんなリレーになるかと不安も感じるが、 国家統制の国だから抗議活動などはないし、 安全なリレーが行われるのは間違いないだろう。 しかし、聖火は自由と平和の火をリレーするのではない。
2008.04.08
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森進一が歌う「おふくろさん」は、日本を代表する道徳歌謡の一つである。 そんな事を言うと、道徳歌謡などの言葉が意味をなさない言われるかもしれない。 しかし、道徳演歌よりは道徳歌謡といった方が、 川内康範先生は喜んでくれそうだ。 二度と歌わせないと怒りの、 川内康範先生が目に浮かぶのは、 川内康範先生が亡くなったニュースに触れたときである。 川内先生の怒りの意味は良く分からなかった。 あるいは森昌子との離婚が気に入らなかったのかと、 時期的な一致で考えたが、 そうでもないらしいと直ぐに気づいた。 「おふくろさん」騒動の真相は、 歌い始め、つまり曲の頭の部分に、 森進一が勝手にセリフをつけていたのだ。 しかも、川内先生に許可なしでだ。 それまで黙っていた川内先生が突然、 「もう歌わせない」と怒りとしたのだ。驚いた森進一は、川内先生の機嫌取りに奔走した。 しかし、川内先生は。 「森は嘘八百をならべている。そんなヤツと会ってもしかたない」 「解決策は無い」と言いながらも、 川内先生は、 「訴訟などで争うつもりはないが、 僕の歌を歌ってはいけない」と言っていた。 そして、森進一は、 「先生の会見を見て、 あんなにご立腹だとは思わなかった。 できるだけ早く先生にお会いして、 自分の気持ちを伝えたい」 と、 青森の川内先生の自宅へも行ったがね 会えなかったのどの報道もあった。 川内先生が怒ったセリフは、 「いつも心配かけてばかり いけない息子の僕でした 今ではできないことだけど しかってほしいよ もう1度」と、 死んだ母親を偲ぶ息子のセリフだ。 著作権法的には川内先生に分が悪いというが、 そんな事は関係ないのが道徳歌謡であり、 「おふくろさん」であると、勝手に規定する。 この騒動の詳しい過程は、 石橋春海著「封印歌謡大全」に詳しいという。 「封印歌謡全集」は、 いわゆる封印され表に出る事のない歌謡曲を、 石橋春海氏がまとめたものだ。 そんな事は兎も角として、昭和の特別の味のあった作詞家であり、又作家であった。政治家との関係も強く、最も新しい記憶では亀井静香先生への歌の指導風景が印象的だった。「亀井ちゃん」と呟くような川内康範先生は、天国で呟いているようでもあった。 多くの曲の中でもね 「伊勢佐木町ブルース」は、 特別な存在感のある曲であった。 青江美奈のハスキーな声も、 あの歌詞とマッチし、 特別の歌謡曲として歌い継がれている。 「月光仮面」の原作者と知って驚くが、 更に驚くのは月光仮面の仏教的な意味である。 薬師三尊の月光菩薩からね 月光仮面の名前が考えられたと言うのは感動的だ。 機動隊の応援歌を作り、 政治家の派閥への応援歌があったり、、 グリコ・森永事件で犯人の「かい人21面相」にね 犯行中止を呼びかけたりして、 何とも魅力的な人であった。 「亀井ちゃん」、 「亀井ちゃんよう」 「もっと心を込めて歌わなければ駄目だよ」 狐に摘まされたようなね 大政治家亀井静香の表情が目に浮かぶ。
2008.04.08
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桜のピークは昨日日曜日であった。咲き誇る桜が風を呼び、ひとひらひとひらと散り始めたのが昨日であった。桜の最も美しいのは、咲き誇ったときでもなく、桜吹雪となって散るときでもない。美しさを惜しむかのように、ひとひらひとひら散り始めたときである。そんな風に考えると、昨日が最も美しかったことになり、今年の作輪も終わった感じになる。窓から見る川辺の桜は、確かに昨日から散り始めている。どんよりとして風もない今日は散ることもない思いながらも、桜を愛でる心で、川辺に下りた。桜の命は短かった。そんな思いになったのは、夕べのうちに散った花びらの上を通ったときである。桜はまだまだ散ってはいないが、若葉が花の間から見え始めている。そんな桜の花を見ながらも、桜井外の春の息吹をもとめて、山間を歩いてみた。段々の田んぼ、棚田のあぜの花名も知らぬ 花に見惚れて 春高し棚田のあぜには小さな可憐な花が多い春の野に 競い競いて 花は咲き春だ 芽吹きだ春の有り触れた花でも可憐に見える空を見ながらの散歩で山間の神社まで1時間近く歩いた。歩き過ぎた感はあっても汗ばむ体に疲労感はない。神社の前には、参拝客を出迎えるかのように、桜をはじめ春の花々が咲き誇っている。咲き誇る花は何種類か鳥居も春の花と競い合う桜色の花の饗宴雑草の貴公子と呼んで梅の実つきはじめた柿の木雑草でも凛々しいく春先になると、狸や猫が轢かれる事が多いが、山間部の道路では狸の被害が多い。今年始めてみる狸の死骸だが、車にひかれたのではないらしい。多くの毛が落ちていたのは、理解に苦しむが、ほかの動物の毛も多く落ちていたから喧嘩の後に車にひかれたと思う。
2008.04.07
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アメリカの俳優チャールトン・へストン死去のニュースだ。 「チャールトン・へストンはアメリカであった。 アメリカを代表する俳優ではなくアメリカだった。 アメリカそのものだった」と、 「ベンハー」は元々小説であった。 あの「風邪と共に去りぬ」に破られるまではアメリカのナンバーワンのベストセラー小説であった。「キリストの物語」が副題だった「ベンハー」は、ユダヤ貴族の物語だっだ。友情と裏切りの果てに罪人として囚われたべンハーは、軍艦であるガレー船の漕ぎ手としての労役を強いられた。人間扱いされることのない、奴隷以下の扱いであった。それは、罪人として捕らえられたベンハーの試練であった。一度落ちたら二度と復帰などおぼつかないガレー船の中で、ベンハーは司令官の命を救う幸運で社会復帰を果たす。「十字架を背負ったベンハーがゴルタゴの丘を登っていく。照りつける陽射しは容赦なく体力を奪っていく。汗が噴出し喉が焼け付く。体力の限界が迫っている。もう歩けないと思った時、一人の男がベンハーに水を差し出した。ベンハーは誰が差し出したかも知らないで水を飲む。お礼を言おうと思って顔を上げると、男は前の方を歩いている。髪の長い男の後姿を見たとき、ベンハーははっと気づき、「あなたは」と呟く。イエス・キリストがベンハーに水を差し出したのだ。小説には「イエス・キリストの物語」の副題がついている。小説は読んでないが、ベンハーはそう思ったに違いない。しかし、「イエス・キリストかどうかは問題ではなく、ベンハーがイエス・キリストと思った事が問題だ」だと言う評論も記憶にはある。記憶にはある記憶は正確さに欠く。いわゆるあやふやである。 「十戒」の主役はモーゼだ。 モーゼを演じるのがチャールトン・ヘストンだ。 聖書の出エジプト記14章15節である。 モーゼはイスラエルの民を引き連れエジプトを出発する。後からはエジプト軍が追ってくる。追い詰められ紅海を前にして立ち往生する。怯むイスラエルの人々を叱り付けたモーゼは神に祈る。神はモーゼの祈りを聞いた。神がモーゼの為に紅海に道をつくった。海が割れて波が壁を作り海の中に道ができた。その道をモーゼは悠然と進んでいく。追ってきたエジプト兵に波が襲いかかる。海を渡ったモーゼは神の召しにより出かける。そして「十戒」を授かった。 因みに十戒は聖書出エジプト記20章である。 1.私のほかに神があってはならない。 2.偶像をつくってはならない 3.あなたの神、主のみ名をみだりに唱えてはならない。 4.安息日を心にとどめ、これを聖別せよ。 5.あなたの父母を敬え 6.殺してはならない 7.姦淫してはならない 8.盗んではならない 9.偽証してはならない 10.隣人の財産を欲してはならない 「ベンハー」も「十戒」もキリスト教のメッセージである。そして、同時に壮大なスケールの娯楽映画である。アメリカの誇りをかけた映画であった。70mmの大画面の感動はそのままアメリカの凄さだった。 その主役がチャールトン・へストンであった。 アメリカの凄さの主役がチャールトン・ヘストンだった。 俳優、チャールトン・ヘストン死去した。84歳だった。 アルツハイマー病のニュースを聞いた記憶もあるが、 詳しいことは知らなかった。 最近の情報には触れてなかった。 「十戒」は鮮烈な記憶として残っている。 「ベン・ハー」ではアカデミー賞主演男優賞を受賞した。 そして、アメリカの銃関係の事件が起きくるたびに、 クローズアップされる全米ライフル協会の会長であった。 その事が、チャールトン・ヘストンがアメリカと言う、 もう一つの理由でもあった。 銃規制には常に反対していた。
2008.04.06
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「日米地位協定」に「思いやり予算」は、日米安保による日本と米国の主従関係を示すといっても過言ではない。 主従関係の表現は異論も当然あるが、 日米安保は平等の上平和条約ではなく、 アメリカの軍事力特に核の傘の下で、 日本の安全が保障されるという条約であり、 日本はそれに見舞うだけの対価を支払うというわけである。 対価の一つが米軍へ基地の提供であり、 住環境の整備から、光熱費や交通費まで 事細かに「思いやり予算で支払われる。 そして刑事事件などに対応する方的な事が荷に米地位協定により決められている。米兵がらみの犯罪捜査は常に米軍基地の治外法権に阻まれてきた。基地の中は日本の捜査権は及ばない。そんな理不尽さを解消する為に日米地位協定がある。犯人が基地に逃げ込み、米軍の保護下に置かれ引渡しも拒否されることは日米地位協定制定後の最近でも無くなったわけではない。捜査当局や日本国民の苛立ちをよそに、日本政府は日米地位協定で十分に日本の主権国家の誇りが守られていると主張する。 政府の主張は兎も角として、 日本の捜査権はまだまだ及ばない不合理はあっても、 現在は捜査段階での犯人引渡しなども行われている。 沖縄で起きた女子中学生への海兵隊員の暴行未遂事件でも、世論の声に押されて犯人の引渡しが行われた。そんな中で起きた神奈川県横須賀市のタクシー運転手殺害事件では、神奈川県警は3日、米海軍横須賀基地所属のナイジェリア国籍の1等水兵の容疑者を強盗殺人の疑いで逮捕した。一等水平は容疑者は犯行を認めたようだ。 この事件では、事件発覚直後から米兵による犯行は明らかで、犯人が残したと思われるカードなどから容疑者の特定も早かったが、日米地位協定の壁は当然のように立ちはだかった。そして、容疑が固まり犯人の引渡しが行われたと言うわけである。 世論を気にする米国は、国大使をはじめ米軍幹部たちの謝罪などもあり、またアメリカ国防総省も謝罪を発表して、一応の誠意を表明した。 「日米地位協定の最もいい例」と米国大使は言う。 つまり容疑の固まった犯人の引渡しが、 スムーズに行われたという意味での、 いい例という事だろう。 さらに、米国務省のケーシー副報道官は3日、神奈川県横須賀市のタクシー運転手殺害事件に関して「米兵が関与する犯罪や不適切な行動が多数起きており、大変残念に思う」と表明し、「彼らは米政府の方針や、米国が日本に示したい側面を代表していない。これらの事件では公正な裁きが行われることが重要だと考えており、日本側の当局と協力を続けていく」と語った。 「米国が日本に示したい側面」とは、 考えてお仕方ないが、 兎に角、特異な事件だというわけで、 日本の捜査当局への全面的な協力を表明している。 「日米地位協定のいい例」を強調する為である。 しかし、「日米地位協定のいい例」の論議は兎も角として、この事件は、多くの問題を浮き彫りにした。今まで知らなかった米兵の現状がわかった。ナイジェリア籍の米兵の身分には驚いた。イラク戦争には日本も参加しているという現実と共に、米国の度重なる増派兵の現実も知ることになった。 そんな中で又新たな問題は基地の島が沖縄だ。 沖縄県沖縄市で3月にタクシー運転手が襲われ現金が奪われた事件で、強盗致傷の疑いで逮捕された米軍人家族の二少年人が、共犯は5人で憲兵隊員(21)がリーダだと供述をしていることが分かった。憲兵は軍の警察である。21歳と若くても憲兵に変わりはなく、その憲兵が夜間外出禁止中に起こした事件であり、リーダーとして少年たちを指揮していたのだから問題は深刻だ。 ナイジェリヤ国籍の米国兵によるタクシー強盗殺人事件に、 アメリカ軍憲兵による集団タクシー強盗事件である。 沖縄の事件はまだまだ、米側の協力が得られず、事情聴取も進んでいないという。日米地位協定のどんな例になるか分からないが、事件解決へ向けて沖縄県警は慣れているとはいえ、アメリカ軍の鉄条網を恨めしげに見ているのだろう。 少年2人は基地内に居住しており、県警が身柄を拘束できない。日本の警察はひたすら米軍に協力を求めるだけである。 タクシー運転手強盗朗殺害事件では容疑者を基地から横須賀署に移した逮捕した。起訴前に身柄が引き渡されるようになった95年から5件目である。今後は日本の刑法で裁かれることになる。しかし、米軍から日本警察で身柄引き渡しがなされた凶悪事件の取調べに米軍司令部代表者の立ち会いが認められている。この事件の容疑者の取り調べには在日米海軍の法務官が立ち会うという。 日本の問題だろうか。 アメリカの問題だろうか。 イラク戦争は果てしなく続き、 大統領選挙も果てしなく続き感じのアメリカの、 問題と言う気がする米兵の犯罪だ。
2008.04.05
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第80回記念選抜高校野球大会は沖縄尚学が優勝した。 先日の準決勝での逆転劇とは逆の大味な試合だった。 沖縄尚学の良いところが全て出て、 埼玉聖望学園の悪いところが全部出た試合であった。 沖縄尚学の準決勝戦の対戦は東洋大姫路であったが、 試合は完全に東洋大のペースであった。 7回までの試合展開では東洋大姫路の佐藤の、 見事なピッチングに手も足も出なかった沖縄尚学打線だった。 8回にはいつの間にか逆転していたという感じの試合が、 準決勝の東洋大姫路戦であった。 しかし、決勝戦は最初から得点を重ねていった。 聖望の投手陣の自滅気味な感じもあったが、 沖縄尚学打線が爆発した試合でもあったと、 決勝戦の感想だ。 注目されるのは沖縄尚学の比嘉公也監督である。 第71回大会の優勝投手である。 優勝投手と優勝監督の両方の栄冠である。 過去に優勝投手の優勝監督の経験者がいるかどうかは知らないが、26歳ではいないのは確かだ。 慄然として気品があると先日褒め称えたが、 今日は更に品格まで付け加えたいほどだ。 インタビューでも言葉少なで、 選手を称えることしか言わない若い監督は、 試合前のインタビューで、 不思議な気がするといった。 不思議なのは決勝戦を、 待つ自分のことである。 選手が自分をつれてきたという監督は、 朴訥とした品格が感じられた。 朴訥とした品格である。 比嘉公也監督は静である。動ではなく静である。 サインを出していることさえ忘れてしまうほどの静である。 試合開始から終了まで同じ格好で立っているだけかと思える静である。 しかし、色々な作戦が繰り出されている。 バントかと思ったらヒットエンドランであったり、 ランエンドヒットであったり、 盗塁であったりと複雑だった。 選手はそれにこたえる能力がある。 選手の能力は十分すぎる練習量であり、 妥協しない信念であり、 監督への信頼と自信が、 選手を動かす。 マニュアル化されていた高校野球が変わったような気がする。 決まったことを適切にやるのも高校野球の面白みなら、 冒険的な作戦も高校野球の面白みかもしれない。 沖縄尚学は素晴らしいチームであり、 監督比嘉公也は素晴らしい。 そんな選抜高校野球大会であった。
2008.04.04
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去年の今頃は宮崎県の東国原知事の奮闘が話題を独占した。 今年は大阪府の橋下徹知事の奮闘振りマスコミが賑わう。 これまでの権威主義や秘密主義に、 真っ向から立ち向かう橋下知事の、 改革精神は大きな対抗を受けることは必至だ。 現在は府民が見方の、 世論しか味方のいない感じである。 改革を前面に打ち出す知事には、 政党を全て敵にまわしても、 府民の立場での改革を進めて欲しいと、 望むのが大阪府民だろう。 橋下改革には府職員意識が第一の敵となり、 反撃と言うか対抗の表明的に、 女性職員の噛み付きにあった。 仮にも雇い主であるはずの知事に「あなたはも現場も知らないで、、、、」などの発言をした愚かさは兎も角として、庶民感覚と言うか、府民感覚というか、一般社会感覚を無視しての、公務員の特別待遇を求める職員感覚を証明して見せた。大阪府の職員が如何に楽しく、のんびりとした仕事をしているかがわかっただけでも、女性職員のかみつきには意味があったと、皮肉ではなく正直に思うのである。 兎にも角にも橋下知事は改革プログラムを示して、 財政再建に向けて歩き出した。 それが「大阪維新プログラム案」だという。 プログラム案は 「財政再建」「政策創造」「府庁改革」の3本柱で構成されている。 「財政再建」を見ても、 「予算編成過程の公表」 「年度末に余った予算を使い切る慣習の是正」 「病気休暇の厳格化」「弔慰やお祝い金の知事交際費全廃」 など、すぐに出来る事が色々ありそうだ。 また、 「分かりにくいことはやめる」とか、 「甘えない、サボらない」を徹底したいとか、 日常的な何でも無いようなことから、 はじめようという事だ。 それらが、 「新しい自治体経営の姿」ということになるらしい。 病気休暇の年間90日間ついても見直すというから、職員の反発は当然かもしれない。しかし、やはり庶民感覚では特別の優遇が感じられる。病気休暇の年間90日間は兎も角として、7日未満は診断書不要とは驚きである。 それとは別に、1日30分の休息時間の廃止がある。休憩時間は必要と思うがどうだろう。勿論、就業時間との関係での判断だ。何時から何時までが府職員の勤務時間かで判断が異なるだろう。朝礼なども時間内で無ければ反対する公務員の勤務時間は、庶民感覚では判断できないということで、世論は橋下提案を支持するだろう。 また、橋下知事は、「府民サービスを削減する1100億円の財政再建に匹敵する府庁改革をやらなければ、府民は納得してくれない」と言った。 新しい政治意識と言ってもいいかも知れない。 理屈をこねれば当然のことだともいえるが、 今までの政治家からね 「財政再建に匹敵する府庁改革」などの言葉をね 聞いた事が無い。 痛みの伴う改革はね 小泉改革で十分すぎるほど味わっているが、 その痛みは漠然としたものであった。 しかし、1100億円削減の痛みに匹敵する改革をすると言う。 1100億円の削減でカットされたサービスは痛みは現実にあるのだから、 それに見合う改革であり、目に見えるものを示さなければならない。 府民から1100億円分のサービスを取ってしまったら、 その分の改革を示すというのである。 そんな中で抵抗の一つかどうか知らないが、地方独立行政法人「大阪府立病院機構」が運営する府立5病院の院長の基本給を最高で月額10万円増額するという。その意味は分からないが、民間なら御自由のどうぞと言うところだ。お医者さんや看護師への報酬アップなら兎も角、トップの報酬のアップは何とも嘆かわしいような、権威主義が蔓延る地方行政の闇が見えてきそうなニュースだ。 これから先、どういう風に進むか他都道府県の人間も感心がある。
2008.04.04
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「俺たちを隔離するつもりか」 メールはメタポリック症候群の友、メタ友からであった。 何時でもオーバーな表現の彼の言葉が、 どんな過激な言葉にも驚きはしない。 それに、メタポリック事情の嘆きを聞かされているから、 どうせ、そんなところだろうと予想して、 田舎の叔父さんたちの社交場、 モーニングサービスの喫茶店に向かう。 メタ友が田舎暮らしを始めたのは新世紀になって直ぐだから8年目である。彼が理想に燃えての田舎暮らしを味わったのはほんの僅かな時間であった。都会のわずらわしさから解放されて、好きな釣りと囲碁に明け暮れるために田舎に引っ込んだ彼は、一時的なストレス障害に陥 った。何日か入院したが、その病院で強く指摘されたのは「メタポリック症候群」であった。極端に言えば彼の肥満は生活習慣病の見本であった。 「長生きしたければ」の医者の言葉に奥さんの愛は刺激され、愛が行動のエネルギーになり、彼は奥さんの管理下におかれることとなった。 何度も「太り過ぎだ、運動しろ」と忠告していた私には、喜ばしいことであり、歓迎すべきことだが、それ以後のメタ友に自由はない。好きな肉は制限され、汗をかくのはおいしいビールを飲むためだけと言うほどに好きなビールも当然制限されての管理生活になった。しかもその管理は次第に強くなっていく。 2年前には行政の「メタボリック撲滅キャンペーン」のポスターに人権違反だと噛み付いた程で、メタ友はメタポリック問題にはデリケートになっている。 メタボリックに関係ない、 先祖代々痩せ型体質の私も、 友の苦難の一旦は分かるわけで、 最近の彼は、 「家出を考えている」と、 無謀なことも言っている。 趣味悠々の田舎暮らしは、 メタ友の言葉を借りれば、 「長生きの為の牢獄」と言うわけである。 しかし、友としての立場で見れば嘆くことはなく、 奥さんに寄りかかっての二人三脚は羨ましい限りである。 「メタボリック・シンドローム」の規定が変わり、 また、4月1日から「特定健診・保健指導」が始まった。 勿論、メタボリック・シンドローム防止強化が目的だ。 「メタボ業界」ともいえる医薬品や健康食品業界は「メタボ予防」を合言葉のように唱える。業界としては当然である。メタボ産業がメタボ防止のために活発になるのは、またまた、当然だ。 私は、「メタボリック・シンドローム」とは関係ないが、友と呼べる友は全て「メタボリック・シンドローム」である。そんな中でも特別の友は明らかなメタボリックで、本来の表現を借りれば肥満体だ。 男性で85センチ以上、 女性で90センチ以上の、 腹回りの基準には、 我がメタ友も異議を申してるわけで、 日本人の成人男性の90パーセントが、 メタポリック症候群だと言っている。 逆に女性85cmで、 男性90cmが妥当のような気もするが、 友の言うことも理解できるが、 どっちにしろ太り過ぎだと思うのは、 メタポリックと関係ない気楽さからである。 しかし、食生活の改善などの保健指導が義務付けられるとこわい。 厚労省は、これで脳卒中や心筋梗塞などの生活習慣病を減らし、年間2兆円の医療費の削減を目論んでいるらしいが、獲らぬ狸の皮算用どころか、多くのメタポリック・シンドロームの人が増え、我がメタ友が言うように、日本人の成人男性90パーセントとが保健指導を受ける結果となりかねない。勿論90パーセントはオーバーだが、多くの人が保健指導を受けることになり、その結果食事制限や身体改造と言うことになって、その対策のために医薬品や健康食品、また健康器具が必要となるし、医者の世話になる機会も増えそうだ。 「これ以上は従えない」 メタ友は、コーヒーではなくミルクを飲みながら言う。 「それは奥さんにか、それとも国ににか」 「両方だ、とんでもない。長生きする為の人生など望まない」 メタ友は人生問答をはじめる。 そして、 「これ以上は従えない」と繰り返す。 メタ友は反乱を宣言しているが、 そんな事をまともに聞く暇は無い。 去年は奥さんの健康料理の為の山菜取りに明け暮れていたから、今年も結局そうなるのだろう。そして、国家から奨励される健康生活を営むことになる。 しかし、「長生きだけが人生か」と現在は精神的な反乱である。 メタ友の反乱に加担などで出来ないし、 賛成もしないが、 彼が言うように、 「これ以上は従えない」が、 現在のメタポリック行政の現実のような気もする。 多くの人が余計なお世話といっているが、 メタポリック行政の恩恵も受けているわけで、 関係ない人間には何とも言いようがないが、 メタ友が健康で頑張っていることだけは確かだ。 去年も健康食のために山菜取りの励んでいたから、 今年もメタ友は健康のため、奥さんと山菜採りに励むだろう。
2008.04.03
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諏訪湖周辺はかっては製糸業で賑わい、 また東洋のスイスなどと呼ばれた、 精密機械産業地帯でもあったし、 現在もそうである。と、 諏訪湖周辺の紹介をしようとは思わないが、 諏訪の好きな人間には諏訪のニュースは気になる。 何と芸者学校のニュースに感動する。 諏訪湖湖畔の間欠泉を目の当たりに見る湖岸通りに住まいがあった。散歩コースは諏訪湖を正面して右にいくか左にいくかで決まる。右に向かえば下諏訪へ左に向かえば上諏訪であった。仕事が下諏訪であったから散歩は迷うことなく上諏訪に向かった。上諏訪駅や大手門通りに行くには上諏訪温泉街を通る訳で、時には三味の音に耳を済ませたこともあった。そんなわけで諏訪は大好きな地方である。 特別な思いではないが、 今でも旅行はと考える先ず諏訪が浮かぶ。 海外も含めても先ず諏訪を考えるから不思議である。 その諏訪地方は最盛期にはは約300人以上の芸妓がいた。それが現在は5人とも10人ともいうが、どっちにしろ極端に少なくなっている。 芸者の少ないのは上諏訪に限ったことではなく、熱海などの温泉街を始め、東京や京都の花街でも芸妓は少なくなっている。現役の芸者がいなくなっては、日本の文化的衰退とばかりに、上諏訪温泉の芸者が奮起したようだ。 現役芸者組合設立が去年で、 「諏訪大手見番邦楽学園」の設立計画がスタートした。 芸者が講師で、 芸妓希望者に、 三味線や長唄などの、 芸を仕込むのではなく、 教えるという。 仕込むのではなく教えるのが学校である。 時代といえばそれまでだが、 見て覚え、叱られ怒られ、叩かれて、 仕込む時代ではなく、 教える時代である。 そして、4月2日ついに芸者学校が上諏訪温泉で開校した。 学校名は計画通り「諏訪大手見番邦楽学園」である。 地元の小学生と会社員など5人が入校した。 何とも面白いのは、入校者の小学校生と会社員である。 同学園では、三味線を教える「初級コース」、 長唄が中心の「特別コース」、 芸者を目指す「芸妓コース」がある。 これから多くの芸妓希望者の入学で、 「諏訪大手見番邦楽学園」卒業の芸妓が、 活躍する日を楽しみにしている。
2008.04.02
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北朝鮮国営テレビの民族衣装のアナウンサーは、 すっかり世界的な顔と思うが、 名前を知っている人は少ないだろう。 そう思うのは自分が知らないからであるが、 国家感情をそのまま表現する報道は、 実に妙味のある放送だ。 国家の意思を伝えるのであるが、 相手国の政府高官を名指しにして、 批判とも脅しとも取れる文言は、 時には身の震える思いをする事がある。 男性アナウンサーも同じニューアンスの、 報道をすると思うが、女性アナウンサーほどのインパクトはない。 北朝鮮強硬派の安倍元総理大臣の名指しの批判は何度も聞いたが、今度は韓国の新大統領への名指し批判だ。テレビ報道で見るテレビ報道場面で見ると、春らしい桜色の民族衣装は華やかさと共に柔和さもを感じさせるが、そんな感じとは裏腹に報道は新大統領へ批判を通り越して脅しのようだ。 李明博新大統領の北朝鮮政策を真っ向から批判する言葉は、どう聞いても一般社会の脅しである。李明博大統領は金大中大統領から始まった太陽政策の転換を表明し、北朝鮮の核廃絶が全ての問題の最低条件だと宣言している。アメリカと完全に歩調を合わせた新政権への北朝鮮の怒りはミサイル発射の軍事的なパフォーマンスまでになった。 朝鮮日報でも当然批判が繰り返されている。その一部を抜粋すると、 「正義と平和の盾である核抑止力を、おとなしく手放す我々ではなく、まして親米の手先の李明博ごときが騒ぎ立てても駆け引きの対象にはならない」である。 「正義と平和の楯」は見事な表現である。 南北統一省への新たな提言をした李明博大統領の強硬路線は、北朝鮮ペースで進んできたと太陽政策以後の南北関係の180度転換である。北が黙ってはいないことは分かっても、関係ない遠くの国の国民が見ても、新政権の方が理にかなっているようだ。 朝鮮半島問題は、 北朝鮮の民主化への道であり、 真実の民族国家への道であり、 世界唯一の分断国家の統一への道である。 将軍様の存在はドラマでは面白いが、現実の社会では必要ない。そんな思いがする近くて遠い国北朝鮮の報道である。北朝鮮の強気の報道を見るのは楽しみでもあるが、多くの脱北者報道と絡むと、味気なくなってくる。アメリカの北朝鮮問題のエキスパート的なヒルさんは韓国入りしたニュースは韓国と米国の更なる蜜月振りをアピールし、北朝鮮の怒りも増してきそうだ。 日本の拉致問題は一向に進展の兆しも見えず、小泉政権下での一部の拉致被害者の帰国だけにとどまっている。実数さえ不明な拉致問題への日本政府の対応は、小泉政権終了とともに消えてしまったようだ。老いていく拉致被害者の親や親族の一日も早い帰国の願いは、政治の闇で空しくなっていく。 「正義と平和の楯」は、核兵器ではなく国民の心だ。北朝鮮国民が望むのは、「正義と平和の楯」ではなく「正義と平和」だと、近くて遠い国日本の平和ボケ気味の浪人は思うのである。身近にいる在日の知人たちはいたって冷静で冷ややかである。勿論個人的な感想である。冷静さは真実を見る目となり、現実離れの政治的な掛け引けにかまってはいられないのが現実だろう。 北朝鮮の核廃絶も当然だが、 最優先されるべきは拉致問題だ。 対話路線とか強硬路線とか言っている場合でもないと思う。多くの関係者の老いは待ってはくれないし、例えば13歳の娘の面影を持ち続ける横田めぐみさんの両親は、老いの域に達した娘との再会となる。 出来るだけ早い再会を望むのは、拉致被害者の家族や親族同様に、多くの国民の願いだ。政治の駆け引きでしか進展しない拉致問題が、その掛け引きの中に埋没しているのが現在の状況だ。アメリカ主導でしか成り立たない日本のアジア外交ともいえるが、アジアの一員であり、姿かたちも同一の、ある意味では儒教や漢字の同一文化圏の隣国関係が、肌色の違う異文化のアメリカ経由では情けない。 テレビ画面の満開の桜の風景の後でみる、 北朝鮮のテレビ報道は、 アナウンサーの民族衣装が桜色だけに、 その内容が味気ない灰色を感じさせる。
2008.04.02
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ガソリンが値下がりした。 エイプリルフールではない。 ガソリンが値下がりした。 早速さスタンドに向かうのも何となく気が引ける。 昨日までに入れなかったのは値下がりを、 待ってのことだと思われたくない思いがどこかにあるのだろう。 先に燃料補給を済ませた知人は、昨日は山に行っていたガソリンを入れるのを忘れていたと、訳の分からないことを行っている。かといって今日値下がりの確約があったわけではなかったが、運よくガソリン値下げに遭遇したといいたいのだろう。 ガソリン税などの道路特定財源の暫定税率が期限切れとなったおかげの値下げだが、今月中には再びもとの値段に戻るのも確定的では一時的な目くらまし的な値下げだ。道路特定財源の一般財源への以降も政治的な重要性はあっても政治的な恩恵は無い。道路財源確保を別の方法で求める事が政治に課せられた課題と思うが、全て丸く治まると主張した民主党は財源の根拠も示していない。又、道路を続けるのが国の第一の役目だと思っている政治家たちの、道路以外のことを考えてほしいものである。日本の産業構造で6人に一人は土木関係にかかかわっているとう。だから重要だという。 確かに重要である。 しかし、道路を作るだけが土木業ではない。 産業転換などの言葉が踊ったのは小泉内閣だった。 土木は日本の国土を維持する為に重要であるが、 破壊と再生と、 そして維持の産業でもある。 破壊の前提にある国土は狭すぎた。 破壊の動脈でもあった高速道路や新幹線は、 特別の緊急性を必要としないほどに整備されている。 あわてることはないというのが一般国民の考えだ。 破壊と再生が繰り返され、そして再生の為の破壊が繰り返される。そこから誕生した土木技術は高い。高度な土木技術は新産業へと転換されると予想もつかない産業が生まれるだろう。道路建設が目的ではなく、目的の為に道路をつくる時代になったと思う。 目的の為の道路だと、 紀伊半島一周道路は待ち遠しい道路である。 そんな事を言う土地のエゴになりそうだが、 特別の高速道路などではなくても、 大雨で完全に閉鎖される箇所が幾つもある、 機関道路が整備されればと願っている。 直ぐにガソリンは値上がりする。 与党は暫定税率を維持するための租税特別措置法改正案を4月末に衆院で再議決し復活させるつもりだ。ガソリン値下げの損失補てんなどの支援策や地方の財源不足対策も当然検討されるだろう。自民党は踏んだり蹴ったりの国会運営が続くが、当分は民主党の存在感の主張のために、迷走国会は続くわけで、ある意味では民主主義の醍醐味とも言える。一党独裁に近い戦後日本の政治体制ではじめて示される民意の反映ともいえるが、今のところ婚らい以外に民意の反映を実感できるものは無い。 道路建設に反対の国民はいない。 土木業の活気は、国土の活気でもある。 災害時には何時でも土木業の恩恵を受ける。 土木業イコール道路建設ではないし、 必要な道路建設や、 事故のないような道路の改良から維持は、必要である。 だからといって、暫定税率を何時までも続けるなが、 国民の声であり、 とりあえずガソリンは値下げのままで、 ほかの財源、例えば埋蔵金などの掘り出しに、 頑張ってほしいと国民は思っている。 福田首相記者会見し、国民におわびをした。 「地方財政や国民生活の混乱を防げなかったのは残念。政治のツケを国民に回す結果になったことについて、心よりおわび申し上げます」 そして、 「この国と子どもたちの将来のために、暫定税率の維持をお願いしたい」と、 暫定税率復活まで約束した。 世論調査ではガソリン値下げを支持する意見が多い。 暫定税率復活が福田内閣の終焉を意味するのかは現在のところ誰も知らない。サミット前に日本の総理大臣が変わると、毎年違う総理大臣の出席で、世界は驚くだろう。新鮮味があっていいという意見は殆んどやけくそだ。 ガソリン税の暫定税率は日本列島改造論のブルトーザー宰相田中角栄総理大臣が74年に導入し、5年ごとの法改正で延長を繰り返してきた。 日本はまだ田中角栄元総理大臣の嗄れて声に踊らされている感じがする。
2008.04.01
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