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今更中国製品に何が起きても驚きはしないが、食品に薬物が混入して、人命に関わる食中毒などが起きては、いささかうんざりし腹立たしくもなる。現在の日本では中国産食料品無しには食生活もままならないのが現実であり、国家デベルの由々しき問題と、冷蔵庫と開けて凍りつく思いになる。手にとって見るどの製品のパッケージにも中国産が表示されている。 中国産ギョーザに含まれていたのは、 有機リン系殺虫剤のメタミドホスだという。 日本では使用禁止の薬品だ。 「ひとくち餃子」 「手作り餃子」の、 パッケージがテレビ画面に映し出される。 何日か前に食べた製品に、 思わす身震いするような思いがする人は多いだろう。 大人は何とかなるにしても、 美味しいと勢いよく食べる子供達が、 被害は多くなる。 幸いにまだ犠牲者は出てないが、 業者の対応の早さ被害を防いだと思う。 餃子の生産過程の何処で、 薬品が入ったかの判断は難しそうだが、 最初に思い浮かぶのは野菜の残留農薬の可能性だ。 上座に使われるキャベツなどの、 野菜の残留農薬が最も簡単な推測となる。 さらに考えていくと、 工場での餃子製造過程での毒物の混入は考えにくそうだが、 製造工程での化学薬品などの使用があったなら可能性はありそうだ。 メタミドホスという薬品への知識がある専門家や食品メーカーの関係者には、残留農薬かそれとも製品製造過程での混入かは分かっているのだろう。 ニュースなどから判断すると、 メタミドホスは、 加熱すると分解され、 毒性も弱くなるという。 となると、ややこしくなってくる。 餃子は冷凍する前に加熱処理されており、 残留農薬の可能性は低いとうことになる。 製造過程での混入の可能性が高い事になると、 意図的な混入という事になり、 犯罪という事になる。 この場合毒物を混入製品が限定される。 たまたま、餃子がその製品になった。 当然、 日本の輸入元や販売会社も被害者である。 運悪く中毒した人達の早い回復を願うだけであるが、 私たちにとっては他人事ではない。 冷蔵庫を開けると中国産食品が並んでいるから憂鬱になる。 千葉、兵庫両県警は、メタミドホスは商品のパッケージから検出されているから、「包装段階が最もあり得る」と推測していると言う。故意の可能性の根拠となりそうだが、その方がまだ日本の消費者も販売業者も救われそうだ。残留農薬だと殆んどの野菜を原材料とする製品に疑惑が生まれるが、故意の混入だと一商品と限定され、少しばかり安心もする。 北京オリンピックを控えた中国当局にとっても頭の痛い問題に違いない。厳しい処分や、管理体制が強化される事は当然である。中国政府にとっても、外国からの観光客が安心できる中国のイメージを確立したい矢先である。 個人の犯罪と限定したとき、 悪いやつは何処にもいるのであるから、 中国食品全てに当てはめることなど出来ないし、 やるべきでもないが、 現在の段階ではまだ推測の域を出ない、 悪意による混入である。 中国食品無しには食生活も成り立たないから、 中国の生産者の食品への安全意識が、 高まることを祈るだけである。
2008.01.31
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3月末に期限切れの暫定税率を、 議員立法で5月末まで延長する妙手で奇策の、 「つなぎ法案」は、 衆院財務金融、総務両委員会で、 自民、公明両党の賛成多数で可決した。 与党は午後に本会議を開き、 「つなぎ法案」を、 衆院通過させる予定であった。 「つなぎ法案」が付託された衆院の両委員会は、 反対議員の怒号が飛び交う中で審議であった。 財金委では、開催を阻止しようと、 民主党が理事会室から委員会室に向かう通路に、 中堅から若手議員約30人を集結させ、 「10年間の実質増税を許すな」 「道路利権VS国民生活」などと、 書かれたプラカードを掲げて、 法案審議反対の意思を表明した。 久々に民主党議員も存在感を示し、 国民の為に戦っている姿を見せたことになるし、 民主主義の危機を回避する為に、 働いたことにもなるような気がする。 与野党の幹事長と国会対策委員長は国会内で会談し、 与党側は年度内の参院採決を前提に修正協議に応じる意向を示した。 与党が求めた、 「予算関連法案の3月末までの採決担保」について、 野党側は、 「努力する」との妥協案を示したが、 与党側はさらなる譲歩を求めた。 福田首相に法案提出の経緯を報告した伊吹幹事長が、 「この法案は何かを決めるのでなく、議論する時間を取るための法案」説明し、 首相は、 「よく話し合って国民の目線で良い結論が出るようにして下さい」と答えたと言う。 国民の目線である。 国民の目線はガソリン税に対して、 どんな風に考えているのだろうか。 マスコミから感じられるのは、 国民はガソリンの高値を、 是としているような感覚だ。 道路財源の確保には積極的な理解を示しているのが国民で、 物分りのいい国民だと言う感覚だ。 それに対して小沢代表は、 「日本の議会制民主主義を踏みにじる手法を、政府・与党が数の力を頼んで無理押ししている。断固戦うべし、阻止すべしという考えで一致した」と強気だし、 暫定税率廃止でガソリンの値段を抑えるのが国民の声だというのが民主党だ。 与党は衆院通過さえすれば、その後参議院で採決されなくても憲法59条の再可決で度内成立の考えだ。衆院通過が31日にずれ込んだ場合、野党の抵抗によっては年度内の再議決ができなくなる可能性があり、30日中の採決にこだわったのが自民党であった。 それが一転して与党自民党と公明党は、 「つなぎ法案」の取り下を決めた。 河野洋平衆院議長が暫定税率延長を含む歳入法案について、 「年度内に一定の結論を得ることで同意が得られた場合、つなぎ法案を取り下げる」という内容のあっせん案を、自民、民主など与野党幹事長に提示し、各党とも受け入れたためだ。 再度確認すると、「つなぎ法案」は、 参院で野党が採決に応じなくても、 与党が衆院の3分の2の再議決で成立させ、 暫定税率の期限切れを防ぐのが狙いだったが、 野党は「議論する前に結論を出すようなものだ。国会軽視も甚だしい」と批判し、全面対決する姿勢を示していた。 与野党が合意したあっせん案は、 (1)総予算及び歳入法案の審査にあたっては、 公聴会や参考人質疑を含む徹底した審議を行ったうえで、 年度内に一定の結論を得るものとする。 (2)国会審議を通し、税法について各党間で、 合意が得られたものは立法府で修正する。 (3)両院議長の下で(1)と(2)について、 与野党間で明確な同意が得られた場合、 「つなぎ法案」は取り下げる。 何がどうしてどうなった、 何故抵抗し、 何故合意したか、 トンでちんぷんかんぷんな感じだ。 どうでも良いけど、 ガソリンをとりあえず何とかしてくれが、 国民の共通の願いだ。
2008.01.30
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諏訪湖の湖面が全面結氷した便りがあった。 諏訪湖の全面結氷と御神渡りを見るのはある時期の夢だった。 そんな冬の諏訪湖の湖面を思い描きながら、 夏は小阪観音から諏訪湖を眺め、 正面に見える間欠泉の方へ向かって歩いている神様を想像していた。 諏訪大社の上社から下社へ向かう神の道とは少々方向は違うが、 間欠泉の直ぐ近くの自分のすまいへ向かう手前味噌な御神渡りであった。 全面結氷した湖面に亀裂ができて隆起する「御神渡り」は、 冬の諏訪湖の最大の風物詩だ。 地球温暖化や、諏訪湖周辺の都市化によって水温が上がり、湖面の全面凍結も少なくなり、御神渡りは見られないだろうと言われた時期があったが、周辺住民と行政の努力は御神渡りを復活させたのだろうと勝手の想像している。 諏訪は温泉の町でもあり、 温泉も最後は諏訪湖に流れ込む。 当然諏訪湖の水温は上がる。 そして生活排水の流入と重なって、 諏訪湖は一時期は濁緑の湖になっていた。 その諏訪湖が美しく蘇り、 水温も下がり全面結氷も多くなり、 御神渡りも見られるようになり、 嬉しい限りである。 上諏訪駅の中の温泉を見た時は驚いたが、 その駅の温泉でのんびりし過ぎて、 特急に乗り遅れたこともあった。 各駅停車で小淵沢まで行ったが、 すずらんの里などの駅名に、 感動した記憶も残っている。 観光旅行ではなく、 短期間であっても、 諏訪湖を見ながらの生活は、 諏訪を故郷と思っての生活になっていた。 自然の作り出す神秘的な現象としての御神渡りと、それにまつわる神代からの伝説は、結氷の湖面で新たな要素を加え、新たな物語を産み、新たな伝説となっていく。車さえ通れるといわれた厚い湖面の結氷は望むべくも無いが、ワカサギを釣る風景が湖面のいたるところで見られかもしれない。 ギシギシと音を立てながら御神渡りの道が出来ていくも見る事が出来たと、話してくれた人もいたが、その音は神々の愛の歌とおきかえると、御神渡りにさらに神秘性が増してくるような気もする。 「小阪観音へは由布姫に会いに行った」と言えば、 実に神秘的であり歴史的でもあるが、 仕事の関係で近くまで行く事が多くて、 通りすがりに立ち寄ったと言うのが真実であった。 それでも、由布姫に対する勝手なイメージを作り上げ理想の女性像として何時までも心に残っているから不思議な気もする。八重垣姫が由布姫と共通の熱情で、愛する人に会うため諏訪湖の湖面をひた走る映像さえ思い描くのは、冬の諏訪湖の魔力かもしれないと、馬鹿げたことを考えたりする。そんな馬鹿げたことも諏訪湖の魔力と考えると限がなくなってくる。 間欠泉の近くのベンチに何時間も座り、 小阪観音を正面に眺め、 湖面に浮かぶスワンの遊覧船を、 見ていたことも多かった。 それが私の諏訪である。 前回、御神渡りが出現したのは、 2006年の月だったという。 御神渡りの出現には寒さと同時に、 昼夜の寒暖の差も必要だと言う。 今年も諏訪湖の湖面には、 神々の愛の歌が流れ、 由布姫の思いが流れ、 八重垣姫の熱情が流れているだろうと、 神秘の湖面を思い描いて御神渡りの便りを見ている。
2008.01.30
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「中東の笛」は中東のチームを勝たすための魔法の笛であった。それでは試合の意味がないから、日韓で再試合となった。日韓再試合の女子戦が行われ韓国が勝った。韓国の女子チームは凄く強かった。 個人的な感覚として、 馴染みのないスポーツ、 それがハンドボールであった。 レクレーション的な、どっちボール的な、 休み時間に楽しむ的なスポーツだと思っていた。 「中東の笛」は思わぬ恵みをハンドボールにもたらした。国民的な注目がハンドボールの普及にも大いに貢献するだろうと思われる。テレビで見るハンドボールの試合はスピード感溢れる迫力満点なスポーツであった。素人目には単純と思われたゴールシーンも単純ではなかった。何よりも冴える個人技は魅力的だった。 過去の戦績では4勝35敗1分けと韓国が圧倒的に強いわけだが、韓国は最高のメンバーではない。ヨーロッパでも最高レベルのデンマークリーグ所属の2選手がリーグ戦中で日韓大会には参戦不可能である。日本にとってはラッキー・チャンスだと言うが、それでも韓国は強かった。 日韓の力の差は歴然としていた。 オリンピック銀メダルで、 実力上位の韓国は主力2選手を欠いても、 終始試合を支配した。 まさに肉弾の表現に相応しい選手が躍動していた。 これまで見たこともなく馴染みもないから、 選手の区別もつかなかったが、 凄い破壊力を感じさせる攻撃だった。 日本も個人技の優れた選手は目に付いたし、 負けてもまだオリンピックの夢は残っているようだから、 頑張ってほしいものである。 女性の試合でこの迫力である。 男子の試合の迫力は想像できるが、 テレビニュースには韓国の注目の選手が紹介され、 204センチの大型選手が何度もテレビ画面に登場していたし、 その大型選手よりさらには上の選手がいると聞かされると、 やっぱり韓国は強いのかと舌を巻く思いだ。 思わぬ行幸がハンドボールにもたらされた。そんな思いにもなる「中東の笛」に苦しめられたから、せめてそれぐらいの見返りもあっていいだろうと誰もが思うだろう。切符はすでに完売でプラチナチケットとなっている。 日韓大会が終わっても「中東の笛」騒動は終わりはしないが、スポーツがオイルマネーや政治に支配されるのは情けないし、又オリンピック招致にもそんな力が関係してはなお情けない。
2008.01.29
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時効間近で犯人が逮捕される事はドラマだけ出来事ではなく、一般社会でもよくあることである。よくあるの比率が問題になりそうだが、意外に多いと言った方が良いようだ。 特に近年は未解決事件は多く、 その中から時効を迎える事件も結構多い。 その中のいくつかの事件は時効間近に、 犯人逮捕と言うドラマてきな展開を見せる。 時効間近の犯人逮捕は事件を忘れている一般の人間も痛快な思いにさせ、テレビの刑事ドラマも満更嘘ではないと思わせる。何と言っても悪質な犯罪者への強烈は戒めともなる逮捕劇は、勧善懲悪を旨とする一般市民には痛快な思いになる。まさに水戸黄門の印籠が突然突きつけられ感じであり、悪はいつかは滅びると子供になったような気分で呟いたりもする。 福井県敦賀市で2003年4月12日、 2歳の男の子が乗用車にひき逃げされた事故があった。 その犯人は捕まらずに逃げていた。 そして、時効が迫っていた。 その犯人が捕まったのだ。 福井県警は29日、敦賀市に住む建設作業員を、 業務上過失致死容疑などで逮捕したという。 業務上過失致死罪の時効5年まで、 残すは2ヶ月と15日であった。 同じような事故が奈良県でもあったが時効になった。 2006年に時効となった事故の犠牲になった女児の、 両親の無念の思いが報じられた。 警察の捜査を急展開させたのは、この時効の報道であった。 2006年12月、奈良県広陵町で自転車に乗った女の子がトラックにひき逃げされた事件が時効となり、女の子の両親が「たった5年で時効なんて……」「なぜ死ななければならなかったのか、出てきて話してほしい」と犯人に呼びかけた言葉が、情報提供のきっかけになった。 犯人(容疑者)の周辺の人が以前に聞いたことを思い出した。 「福井でも奈良の時効事件と同じような事件があり、知り合いの建設作業員が敦賀市で子どもをはねて、死なせてしまった」と記憶を蘇らせて警察に知らせた。 その情報に従って、 警察は裏付け捜査開始した。 そして、他の人にも事故を匂わす話しをしていたことを突き止め、さらに複数の証言から、福井市内の解体業者に事故車と同じ車種の車を持ち込んでいたことも判明した。この車は現場に落ちていた部品と同じ右前部の個所が破損していたという。 ここまで来たら何故、警察が解体業者を割り出せなかったかの思いになる。 捜査当局は、現場に残されていた右前部の車幅灯の破片から車種を特定した。それでも、近隣府県の同じ車種数千台を調べたが事故車両にたどりつかなかった。捜査員延べ約3万人を投入しての大捜査を展開してきたが、犯人にたどり着く事は出来なかった。 当然、事故当時の捜査で解体業者も対象になるはずであるから、 何故の疑問はわくが、そんな事は今更関係ない。 兎にも角にも時効間近の犯人逮捕で警察は溜飲を下げているだろう。 幼い子供をひき殺しての逃亡は何とも悪質で、もし応急処置や救急車への早い連絡などで助かったかもしれないとの思いは当然である。親の無念は消える事はないが、せめて犯人逮捕で無念の一片でも晴れればと思うのは人情だ。 時効になって拍手喝采をしたい犯罪も中にはあるが、 幼い子供と殺した犯人だけは、 決して許されないと思う田舎の素浪人である。
2008.01.29
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久々に盛り上がった大相撲は横綱決戦を制した白鳳の優勝で幕をとじた。 懸賞が何と史上最大の133本と言う過熱気味であったが、 朝青龍人気と共に白鳳の風格は、 大相撲の新たな歴史さえ感じる場所だった。 場所前はそれ程期待もしてなかったし、 朝青龍問題にしろ、 時津風部屋の若い力士の変死問題にしろ、 まだ決着のついてない相撲協会への批判が、 相撲への嫌悪感にもなって、 大相撲を見ようとは思わなかった。 しかし、次第に盛り上がっていくにつれ、 ついついニュースで見る様になり、 ついには、千秋楽前の何日かはテレビに噛り付いていた。 横綱決戦は見事な一番であり、 相撲史に残る一番であったと素人でも太鼓判を押すが、 一日たってからも多くのテレビ番組で解説が繰り返されていた。 その結果場所後の横綱審議委員会が、 朝青龍は「使命を果たした」と判断した。 そして、モンゴルへの帰国も許された。 つまり、朝青龍は完全にお構いなしで、 もとの横綱に戻ったことになる。 しかし、何度も言うが相撲協会の偽診断書問題は残っている。 横綱審議委員会はまた、 「横綱としての自覚、プライドが出ていた」と、 優勝した白鵬を高く評価した。 横綱審議委員会も一般ファンも同じ考えである。 願わくばもっと強い大関が出てくることである。 それも日本人大関を期待するが、 それも夢物語のような気もする。 モンゴル勢の活躍に触発され、 他の外国からも次々と外国勢が来るようになると、 いよいよ日本勢の出る幕はなくなるかもしれない。 それにしても、朝青龍は存在感がある。 得意のキャラクターである。 モンゴルでのサッカーのゴールシーンは、 何度でも見たい名場面だ。
2008.01.28
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終わってみればやっぱり橋本弁護士の圧勝であった。 終わってみれば何の事はない大方の予想通りの結果であった。 大阪府知事選挙は盛り上がったか、それとも白けた選挙であったのか、他所の人間には少々判断に戸惑う気もするが、どっちにしても橋下氏勝利に変わりはないし、大方の予想は圧勝であったし、民主党は出遅れたし、小沢党首の採決前の国会抜け出しての応援などのマイナスもあったし、芸能関係者の応援がなかったにしても、勝って当然の結果であった。 自民党の応援も極力抑えての市民派を印象付けた選挙は、 子沢山で頑張る父親のイメージを強調して、 子供を前面に出して成功したという事だろうか。 政党で考えると、 自民党が利ではなく、 民主党が勝手に負けた。 自民党は勝利感が無さそうだが、 民主党は敗北感が強そうだ。 大阪市長選挙が民主党で大阪府が自民党という面白い結果になったが、大阪府民は官僚上がりの政治のプロや学者先生に府政を任せるわけにはいかないと判断した。さすが大阪と誰も思わないし、やっぱり大阪と皆が思う結果と言うことだろう。 それにしても、 民主党は大敗した事になる。 ガソリン税の値下げキャンペーンなどで、風は民主党に吹いていた。しかし、根拠のない風に大阪府民は惑わされなかった。どうなるか分からないガソリン税であり、結局は新テロ特措法も衆議院での再可決で終わったのだから、ガソリン値下げなどの期待もなくなったということだろう。捩れ国会の意味も無くなり、衆議院の解散権も総理大臣がにあるのだから、結局は形だけの反対を繰り返している民主党と国民は思っているし、大阪府民も思っている。そんな感じで民主党候補への期待感がなくなった。 と、民主党へ厳しい判断である。 再度強調すると、小沢代表の新テロ対策特別措置法の採決を棄権しての選挙演説は大きなマイナスとなった。ましてや、賞味期限切れ的な新党日本の田中康夫代表と連れ立っての応援はダブルのマイナスであった。 光市の母子殺害事件の差し戻し裁判での異状とも思える弁護士団への国民の怒りを代弁した若い橋下弁護士の、多くの子供達の父親でもあるは橋下弁護士の、子供たちへの思いが大阪府政にに反映されることを祈るだけである。 個人的には好きではない。 タレント候補の当選も望まない。 しかし、大阪府民の選択で当選したからは、 未知なる力に期待するしかない。 テレビでの印象だけでは知事としての活躍は予想もつかないが、 未知の魅力を秘めている。
2008.01.28
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アメリカ大統領選民主党候補指名争いは形の上では2対2の互角になった。黒人人口の多いサウスカロライナ州で予想通りというか、世論調査の結果通りというか、オバマ候補の勝利であった。 南部の黒人人口の多い州であるから当然といえば当然だが、 あえて言えば、オバマ候補の得票率55%は世論調査の数字を上回った結果であった。 サウスカロライナ州の民主党支持者の約半数の黒人有権者の8割を超える支持を集めたのは予想外であったと、本人も思っていただろうし、黒人に人気の高かった前大統領ビル・クリントンも必死の応援であったヒラリー上院議員のショックも大きそうだ。 2対2の五分で振り出しに戻ったといえないこともないが、 ヒラリー陣営にとってはショックでオバマ陣営には大きな希望となった。 エドワード候補は一人蚊帳の外でオバマとヒラリーの一騎打ちムードはいよいよ激しくなっていくが、エドワード候補も支持率の上ではかなり検討している。エドワード候補は次へのステップと言うことだと思うが、サウスカロライナ出身でもやはり検討していると思う。 オバマ氏の得票率55%は、クリントン氏の27%で、同州出身のエドワーズ候補は18だった。 オバマ候補は勝利宣言し、 勝利したオバマ候補は、 「ありがとう、サウスカロライナ。この選挙は黒人対白人の戦いではない。過去と未来との戦いだ」と、名言を残した。それはアメリカで大統領は人種の枠を超えた存在であることを宣言しているが、同時に人種の枠を超えた選挙戦でなければ勝利などないのがアメリカ大統領選挙だとの認識を協調した言葉でもあった。オバマ候補の勝利は黒人の枠を超えたものではなかった。 人種の枠を超えた支持がなければ、 大統領の椅子へは到達できない。 現在までのオバマ候補の選挙は、 初のアフリカ系大統領への期待の方が、 大きかったのは確かだろう。 人種の枠を超えた支持がなければ勝てないのは当然で、黒人以外のヒスパニックなどの支持も今のところはヒラリー・クリントンがまだ上のようで、これからが本格的な選挙戦になる。 「希望」と「変革」が叫ばれる中、「ありがとう」と何度も手を振るオバマ候補に寄り添う夫人の方が次第に風格を増していくような気もする。そんな思いで見ていると夫人の顔にライス国務長官が重なったりもする。 「この男をワシントンに送ろう」と、言う夫人の顔は慄然として美しかった。 この選挙戦で注目されるのは、 旦那であり奥さんであるが、 元大統領のヒラリー候補の旦那と、 互角の存在感を持つ、 スーパー・レデイーと言うことにもなる、 無名のはずのオバマ夫人である。 「2人のクリントンを相手に戦っているような気がする」と、元大統領の応援に怒りさえ表したオバマ候補だが、テレビのニュースで見る限りオバマ夫人は元大統領以上の存在感を見せている。
2008.01.28
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大阪国際マラソン大会はイギリスのマーラ・ヤマウチ選手が優勝した。 冬の浪速路で繰り広げられた女性の戦いは幾つものドラマを生んだ。 最大のドラマは最初の飛び出しから福士主役で、 最後の最後まで優勝はしない19位の福士が主役であった。 テレビ画面には一人の女性ランナーが走っている。まるで一人のレースかのように一人のランナーだけが走っている。たまに映される、その後の集団が先頭集団かと錯覚する変則的なマラソンだった。画面は直ぐに一人のランナーにかわった。 延々と1時間以上も先頭を走る福士が独占していたテレビ映像が変わり始めてのは34キロ過ぎからであった。先頭の福士はマラソンのペース配分を誤ったと言うより、自ら考えたスピード・マラソンの実践を考えて走った。そんな感じの冒険的な実験走法は終盤になるとさすがに限界になった。気力との勝負か、それとも使命感に引っ張られての走りか、競技場近くになると、何度も倒れこんだ。 リタイアかと思った。やっぱりリタイヤかと思ったが福士は立ち上がった。そして、優勝した選手よりも、2位になった選手よりも、大きな歓声に励まされ競技場へと向かった。 通常なら表彰式が終わり、マスコミも観衆の目も優勝者に独占されているはずの競技場に異変が起きていた。福士の一歩一歩にスタンドの喚声が伴う。福士の一歩一歩がテレビを通じ全国へ放映され、テレビの前にため息がこぼれる。 通常ならペース配分を間違え前半飛ばし過ぎ、先頭から順位を下げた敗北のランナーである。しかし、違っていた。福士はドラマを背負って走っていた。競技場で待つ両親がアップになり、涙ぐみ母親の顔が画面にひろがる。 福士と言う選手がどんな選手とか、どれ位の位置にいる選手かとか、詳しいと事は知らないが、北京オリンピックの選考を兼ねた大会であり、北京オリンピック代表への切符を勝ち取る為に必死だと思っていた。 アナウンサーは将来のことを考えるとリタイヤした方が良いと思うがと言ったが、後の言葉を濁した。果たして後にどんな言葉が続いたか。 スポーツとして、何度倒れても最後まで走る意気込みはどう評価していいかはわからないが、兎に角福士は最後まで走り、ドラマを仕上げた。 信じられない思いになったのは、 倒れだしてからの福士の顔に笑みさえ感じたことであった。 先頭をひた走っていた時でも苦しそうな顔であった。 口を開けて走る姿からは苦しさ以外は感じられなかったが、 一度倒れて起き上がった時から、 その顔には笑みがあると思った。 勿論笑みではないが、 笑みを感じたのは、 テレビを見ていた人の共通の感覚だろうと思う。 再度云うが、 スポーツとしてのマラソンで、 何度も倒れながら、 ゴールまで走ることの意味は分からない。 再度云うが、 福士はドラマを背負って走り、 ゴールしてドラマを完成させた。 そんな感じの大阪国際マラソンで優勝したのは、 日本人の夫を持つ、日本語の達者な、 マーラ・ヤマウチ選手であった。 彼女もまたドラマを背負った選手であった。 そして2位森本選手もドラマを背負い、 あわやの逆転優勝を期待させた。 彼女が北京オリンピック代表になることを期待する。 凄い女性たちが難波路の冬の風景の中を走り、 大阪城さえも霞むかと思われるドラマを見せた。
2008.01.27
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大相撲初場所は後半になって両横綱の充実した土俵が続き、最も理想的な東西横綱の千秋楽決戦となった。13日目の土俵で白鵬は魁皇との大相撲を制した。朝青龍はお得意さん琴光喜をねじ伏せて、千秋楽決戦となった。 優勝が両雄の千秋楽決戦となり、 盛り上がりを見せる大相撲に、 水を差すようなニュースが、 元時津風部屋親方逮捕のニュースだ。 大相撲の時津風部屋の宿舎で、17歳の力士た死亡した事件はまだ決着はついてなかった。そして、ついにと言うか、遅すぎたと言うか、愛知県警は、稽古の名を借りた集団暴行だと判断し、傷害致死容疑で元時津風親方を逮捕する方針だという。逮捕は初場所終了後と言うことだが、事件発生時の不手際が愛知県警を慎重にしているのだろうか。 息子の傷だらけの死体と対面した親の気持ちは、 大相撲協会の理不尽な対応で封じられかけたが、 スポーツとして大相撲を愛するファンは、 時津風部屋の稽古に名を借りたリンチを許せないと思っていた。 若い力士を実質的に殺した部屋を、 相撲協会は残すことにした。 そして、その決定は遺族に対する謝罪よりも優先した。 部屋の後継者に選ばれた現役だった親方は、 まず遺族への謝罪に向かった。 そのニュースの後に、 日本相撲協会の理事長が遺族の謝罪だった。 そして、若い力士が殺された可能性もあるのに相撲協会の執行部は誰一人責任もとらなかった。朝青龍問題は、当事者朝青龍の復帰で盛り上がった初場所の盛況で片付けられるかもしれないが、偽診断書のなどの真実は闇の中だ。それは、今更どうしようもないと言った感じになりそうだし、朝青龍の活躍でうやむやになっても、ファンは仕方ないと思うかもしれない。それはそれで朝青龍のことだから仕方ないにしても、時津風部屋の問題はそうはいかないだろう。 若いの力士の命よりも、 人間の命よりも優先された部屋の存続は、 その部屋が存在する限り相撲ファンは、 人殺しの部屋だと、思い出すことになる。 力士の命より優先し名跡である。 これから先、時津風部屋の力士が土俵に上がるたびに、 ファンは若い力士の死を思い出す。 ファンが忘れないと言う意味では、 時津風部屋の存続は意味があるが、 遺族にとってはそのたびに、 傷だらけの息子の遺体を思い出し無念の思いは蘇る。 時津風部屋がある限り、 大相撲ファンは相撲協会の対応と、 命より優先した名跡の存在を、 許せないと思い続けるだろう。 くどいようだが、繰り返すと、 17歳の力士斉藤さんは、親代わりであり師である親方にビール瓶で額を殴られ、さらに兄弟子から集団暴行を受けた。そして次の日の朝稽古では、リンチ同然の稽古で意識朦朧として倒れこんだ。倒れた斉藤さんは置き去りにされた。そして、救急車で運ばれたが、手遅れだった。病院も警察も国技大相撲の威光に屈した。つまり、権力に屈し、若い力士の死の事件性から目を逸らした。 しかし、傷だらけの息子の遺体は親に訴えた。 協会にとっても警察にとっても病院にとっても、遺族の訴えは迷惑な話であった。それでも、真相究明を訴える続の必死の願いと世論の声が警察を動かした。忘れた頃であっても、元時津風親方の逮捕があるというニュースである。 ぶつかり稽古でも、 兄弟子、 金属バット、 集団暴行、 リンチ、 ビール瓶、、、、。 等などと、時津風部屋の稽古風景から色々なキーワードが出てきては、相撲の伝統だけでは説明もつかないはずだが、大相撲とはそういうものだと必死にテレビで説明していた元力士を思い出す。まだまだ、生温い稽古であったと、口角砲を飛ばす元力士の表情には、遺族への配慮も事件の真相も関係なかった。それは、そのまま相撲協会の執行部の態度であった。 大学の再検査で詳細な検証が行われ、 科学的な立証がなされて、 やがて逮捕される時津風親方は、 どんな思いだろうか。 事件当事者であり部屋の責任者であり、 罪の償いは当然だが、 事件発覚後の見苦しい対応は、 どんな思いで振り返るだろうか。 協会は元時津風親方を解雇した。 解雇する権限のある協会は、 管理責任も当然あるわけだが、 そんな事は考えないようだ。 横綱の千秋楽決戦は、大相撲の醍醐味の一つである。 13日目の白鳳と魁皇は大相撲であり、傷だらけの魁皇が大関の意地を見せた大一番であった。最後は力尽き、あっけなく土俵を割ったが、大関の底力を十分見せてくれた。朝青龍に歯のたたない琴光喜も、あわやの場面もあるほどに必死の相撲であった。 千秋楽決戦へ向けて盛り上がる大相撲に水を差すが、 やはり時津風部屋は無くすべきであり、 現在の執行部は理事長はじめ全員で責任を取って辞めるべきである。 減俸等の生温さで若い力士の命への責任は如何にも無責任だ。 特にモンゴルの虹の話で悦に入っていた朝潮の高砂親方の責任は、 別の意味で大きいだろう。 千秋楽決戦は楽しみであるが、 素直に楽しめないのが多くの大相撲ファンのような気がする。
2008.01.26
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「原田ウイルス」の大学院生は、 素人の想像を超えたウイルスを作っていた。 「原田ウイルス」と聞いても何のことやらと思うが、 ニュースにファイル交換ソフト「ウィニー」が出てくると、 なんとなく分かるような気がする。 だれでも、色々な形でウイルスの被害は受けているという。 知らず知らずにウイルス被害を受け、知らず知らずにウイルスが退治され、知らず知らずにコンピュターが元に戻っていると、指摘されると気楽な素人は、又、何の事やらと思う。 それにしても、凄いと感心するのは素人で、 コンピューター音痴のネット愛好者だろう。 善意のネット愛好者としては関わりたくないのが、 コンピュターウイルスである。 ファイル交換ソフト・ウィニーを介してアニメ画像を無許可使用が著作権法違反容疑に当たるとして、京都府警はウイルス開発大学院生を逮捕して調べていると言う。24歳の大学院生は、約100種類に及ぶ「原田ウイルス」の亜種をつくったと供述していると言う。何のことか分からないが、「多重感染」タイプあると言う。 ウイルスに感染させた他人のパソコンから、デスクトップ画面を大学院生のホームページに転送させ、画面上のデータファイルが刻々と汚染されていく状況を表示させたり、ウイルスを組み込んだアニメ画像に、京都府警などの電話番号を書き込んでいた。感染した際、京都府警の電話番号が画面に表示されるウイルスも確認されているらしい。 因みに京都府警はウィニーの開発者を著作権法違反の幇助容疑で逮捕した経験を持つサイバー犯罪の老舗的な警察だ。警察が老舗と呼べるかどうかは別にして、インターネット関係の捜査実績のあるのが京都府警であると、京都府警関係の警察ドラマファンは拍手も送りたい思いである。京都府警幹部は大学院生が大量のウイルスを流布させて京都府警に挑戦してきたから受けて立ったと如何にも得意満面の発言であったと言う。警察の発言等の真相ははっきりしないが、京都府警の意気込みは分かるような気がする。しかし、ウイルスの見張りは警察には不可能だろう。 因みに「原田ウイルス」は、日本人生まれの3大ウイルスの一つだという。三大ウイルスは「山田ウイルス」「カッキーズ」と「原田ウイルス」だ。 「原田ウイルス」の名前は、 作成者の知人の名前だというから何とも滑稽である。 大学院生の知り合いである原田さんはいい迷惑であるが、 名乗り出てくる事はないようだ。 亜種制作の専用ソフトがあり、亜種は増殖を続けていると言う。 いずれも、一世を風靡したと言うか、 多くの公官庁なども被害にあった、 ファイル交換ソフトウィニーなどで感染を広げている。
2008.01.25
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そんな馬鹿なと思える事件が起きる。 猟奇的な事件は慣れて神経もマヒ状態で、 今や、少々のことでは驚かない。 それでも、麻痺した神経でも驚くほどの事件が起きる。 特に最近は、 「出会い系サイト」を介した信じられない事件は頻発している。 そんな事件の一つだが、 会ったこともない男に貢という、 奇想天外な事実を突きつけられると、 何が起きても不思議ではないと、 自分を納得させる以外にない。 愛知県での事件である。 会社の預金を盗んだ女子社員と、 共犯の男が逮捕された。 容疑は盗みであり、 窃盗容疑という事になる。 その女子社員と共犯者の関係が普通の関係ではなかった。二人は出会い系サイトで知り合った。知り合って貢ぎ、貢がせる関係でも、会った事がないという。会ったこともない二人が共犯の容疑で逮捕されるのもまた不思議なことである。 整理すると、 出会い系サイトで知り合った男の求めに応じて、 女は会ったこともない男に貢いだ。 自分の金で間に合わなくなった女は、 会社の金に手を付けた。 普通ならその辺で男と女は会うはずだが、 この二人は会っていないという。 そして、金額はかさんで1億5300万円だという。 会社の内部調査で事件は発覚し、 会社は二人に損害賠償を求めた。 その法廷で二人が初めて会ったというから, 又、驚きである。 名古屋市内の運送会社の経理課に勤める女は会社の預金口座から勝手に引き出し、又、会社のキャッシュカードを使って金を引き出した。経理課の勤める信用された女子社員であった。その女子社員の心変わりは何だったか知りたいものである。あったことの無い男へ貢のだから、余程の精神的な変化を促すものがあったと思うわけで、それが知りたいと思うわけである。 二人が知り合ったのは大分前であるが、男は自分の写真ではなく、ジャニーズ系と思える知り合いの写真を送っていた。そして、よくあるような情けを引く話で、「親が病気で大変。返すから貸してほしい」と頼んだ。 女は嫌われたくない一心で、 会社の金に手を付けたと、 言っているらしいが、 果たしてそんなことだけだろうか。 それに対して、共犯容疑の貢がせた男は、 「会社の金とは知らなかった」と、 自らの罪を否定しているという。 しかし、貢いだ女は、メールで事情を打ち明けていたと、男の言い逃れを否定した。男が罪を認めたら、あるいは女は男と庇って、嘘をついたかもしれないが、言い逃れようとする男にうんざりした女は、真実を語った。と思いたいが、あるいは今まで写真との夢を見ていた女が、目の前で言い訳する男にがっかりしたかもしれない。そんな馬鹿な、そんな男のためにと思ったのだろう。 男は巧妙な言い訳で会うことをさけ、 メールと電話だけの交際を続けていたと言うが、 そんな事が可能かと疑いたくなる。 果たしてそうかの疑問はつきない。
2008.01.25
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1月23日はテレビの報道番組最終版とも言える滝川クリステルでお馴染みのニュースJAPANまでトヨタ自動車の販売台数が、ついに、アメリカGMを抜いて世界一になったと報じた。そこまでなら、それ程気にもしないで、当然だと思って終わるが、次に日には一転して、トヨタの販売台数は少しだけGM にとどかなかったと先日の報道を訂正し、まだ世界一には少しとどかな方と殆んどの番組が実質的にはトヨタの世界一を確信しているニューアンスであった。 トヨタが販売台数で世界一になっても、 多くの日本人にはなんの関係もない。 それは、本田であって日産であっても同じであるが、 夜が開けらたら訂正されたから面白いし気にもなった。 自動車の販売台数は、自動車を産み育てた、自動車産業の聖地とも言うべきアメリカにとっては、誇りにかけても譲れない数字かもしれない。GMは世界の自動車産業の盟主的な存在で、世界ナンバーワンの座を明け渡すわけにはいかないと思っているかもしれないし、トヨタも販売台数の世界一はそれほど問題にしてないだろうと勝手に思っている。 しかし、自動車の販売台数はそのまま企業の規模を表すことにもなるわけで、世界ナンバーワンの座は企業としては、やっぱり魅力があるのだろう。しかし、現在はトヨタが世界一だと殆んどの日本人は思っているわけで、自動車産業は日本が世界一だと、日本国民の誰もが思っている。かっては、自動車産業はアメリカ・ビックスリーの時代であり、ヨーロッパの国々は特性のある車でアメリカの後を追った。そして、後発の日本は独自の経営理念と技術力で世界市場へ進出し、ついにアメリカを捉えた。しかし、日本の背後には韓国がいて、更に最も怖い中国とインドが続いている。 そんな時代にトヨタの販売台数が世界一になっても、アメリカの誇りに日本の技術が勝ったといえるが、それも一時的な喜びのような気がする。トヨタの販売数が世界一になっても、トヨタ自動車の社員や関連企業の社員にとっては誇りになっても、またトヨタのユーザーにとっても誇りかもしれないが、関係のない人間にとっては何の関係もないし、本来なら、聞き流す程度のニュースであった。それでも、やはり日本が世界一になるのはスポーツであろうと企業であろうと嬉しいものであると言った類のニュースであった。 「詳しい数字では、 GMの去年の販売台数は、936万9524台で、 トヨタは936万6000台だった」と、 言うことらしいが、生産台数ではすでにトヨタが世界一だと、誇らしげに話すニュースコメンターの表情は、多くに日本人の表情だろう。 トヨタユーザでもないから関係はないが、 前日の報道が一転したことの面白さを感じている。 「世界一は逃したトヨタ」とか、 「世界一奪取ならズトヨタ」とか、 「わずかにとどかなかったトヨタ」とか、 ・・・・ トヨタの販売台数世界一にならなかった悔しさを、 マスコミは色々表現するが、 実質的にはトヨタが世界一だと言っているようだ。 関係はないが、面白いし、罪のない語法である。
2008.01.24
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ガソリンは天上知らずで値上がりが続く、 原油高は何時まで続くか予想もつかない、 リッター150円はとっくに超えて、 車で走る元気もなくなって、 道路建設と言われても、 道路が先か車が先か燃料が先か、 国民不在のお祭りが、 国会の内外で始まった。 そんな感じの2008年の年明け国会最大の焦点はガソリン税の暫定税利率の是非である。「ガソリン国会」と民主党が呼ぶ通常国会は政党間の思惑が絡み合い、燃料代の高騰に苦しむ国民の声は聞こえない。 民主党はガソリン値下げ隊での啓発運動を早々と始めたがその後の活動は見えてこない。 政府自民党は早々と暫定税率10年据え置きを決め、道路建設一本やりで高値ガソリンで押し通すつもりだ。各都道府県の知事から議会議員までが参加した決起集会には、全国から500人以上の都道府県議会議員らが集まり、暫定税率の廃止を打ち出している民主党からも3人の国会議員と約20人の地方議員が出席した。 何と石原都知事まで参加していた。 石原都知事と、 他の知事とは、 当然思惑も違うだろう。 その、石原都知事は、 「道路を造らなければ東京オリンピックなど出来ない」と仰る。 その決起集会の民主党の議員の参加が気になった。参加は、暫定税率の維持で民主党の方針と違うからという。「こんなことで国民に迷惑をかける政党は生活者優先の政党ではない。これが伝わらないようでは、まさに我が党はKY政党だ」と辛らつな民主党批判だ。自分の属する政党の批判である。何故、離党しないのかと不可解な思いもする発言には、当然自民党の議員はエールを送る。 思い出すのは郵政民営化の是非が問われた郵政解散で、党の方針に反対した造反議員たちの存在である。 そんな事は兎も角として、如何にも国民の側に立って暫定税率維持を主張して、党を批判している様に思われるが、誰もそんな事を認めるないだろう。党を裏切っても、国民本位の政治と主張しての参加と言うわけでもやはり違和感がある。どんなに口角砲を飛ばして政治家としての信念を主張しても、どんなパフォーマンスで訴えても、いかなる美辞麗句を並べても、裏切り者のそしりは免れない。君主への忠義の為に自分の親を売った故事が思い出されるが、関係ないにしても、同じようなことである。 そして、決起集会では、 「渋滞に苦しむ都市や、 道路整備が道半ばである地方の実情がまったく理解されておらず、 納税者を無視している」と、 暫定税率の維持を求める決議が採択された。 道路問題が地方の最大の問題と、判で押したような発言は理解できないわけではないが、何とも嘆かわしいことでもある。他の県に飛行場が出来ればうちの県もであり、隣の県に高速道路が通ればうちの県もである。 それに、国民の声とはかけ離れた道路論争になりっている。 国民の声は、 せめて原油の値段が正常に戻るまで、 暫定税率を廃止して、 ガソリン高を抑えてくださいと、 願っているのである。 暫定税率にも、道路建設にも、 国民は反対をしているのではない。 親方日の丸の先生方が暫定税率廃止反対の決起集会参加の人々の殆んどである。その人達の中の一人は、反対する人は地方に住んでみろと言う。うちの地方は高速道路がないのだという。 そんな政党の思惑が絡み合うお祭りの中で、政府は租税特別措置法改正案などの税制改正関連法案を閣議決定した。当然、揮発油税などの暫定税率維持を含むから、3月末までに成立しなければガソリンの値段は下がる。一般の国民にとっては望むところだが、国や地方自治体の税収減少は当然だ。 政府与党は、年度内成立を目指すがお祭り国会はそれなりに緊迫して、民主党が覚悟を表明し、福田総理が不敵な笑みを浮かべ、如何にも風雲急を告げている。民主党の反対で、どんな風にも展開可能だ。 何度でも強調親しいのは、 国民は暫定法案にも道路建設にも反対はしない。 反対はしないが、 現在のガソリン高を何とかして欲しい。 繰り返しになるが、 暫定税率廃止反対の決起集会の国会議員も地方の知事たちもリッター何十円のガソリン代の値上げなど関係ない人間たちだ。一般のサラリーマンや、一般の国民ではない。 額賀財務相は臨時閣議で、「国民生活に直結する重要な法案で、年度内に成立しなければ歳入面のみならず、日々の国民生活や経済活動に重大な影響を与える恐れがある。年度内成立がぜひとも必要だ」と、国民生活を人質にとる。そして、衆議院3分の2の多数での再可決の脅しで、自民党には敵はなくなった。 最終的には自民党の思いのままになり、情けない民主党は、党内の異端分子にかき回されて、結局はパフォーマンスで終わるのかと思う国民は不安な日々であり、明日になればガソリン代が幾ら上がっているのだろうかと、夜も眠れない思いである。 もう一度考えてみると、租税特別措置法改正案が年度内に成立しなければ、暫定税率がなくなり、4月からガソリン価格は1リットル当たり25・1円下がる。一方で、中小企業に対する法人税の軽減措置がなくなり、増税となるものもある。問題は増税になるものを無くするため処置であり、それが政治家の考えることである。しかし、それらのことが。道路建設同様に人質になっている。 民主党は暫定税率に変わる財源を明確に示して欲しいと、誰も言っているが、一向に見向きもしないようだ。それが明確に示されれば、圧倒的な国民世論が民主党の支持者に早変わりするだろう。23日の参議院本会議の代表質問で、民主党の代表議員は、「あくまでも暫定税率の延長を強行するのならば、ほかの野党とともにこれを阻止するために徹底的に闘うことを宣言する」と警告し、あくまでも、暫定税率維持に反対する意思を強調した。
2008.01.23
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人気キャスター筑紫哲也さんは癌を公表し現在は闘病中である。 筑紫さんは癌との戦いの途中にも拘らず、 節目節目には病の体を引っさげて番組に登場する。 出演ではなくここでは登場だ。 ジャーナリストの意地とも誇りとも思える行動で、 夏の参議院選挙時と年末の今年の漢字発表時にも登場した。 そして、22日に今年初めての登場であった。 前の二回に比べても、 筑紫さんに病気の影はなかった。 包帯を抑えるメッシュ状の白い帽子を被り、 顔には以前のむくんだ感じではなく、 贅肉を削ぎ落としたような、 精悍さと慄然さを感じるほどだった。 白い帽子の呼び名は知らないが、その病人の被る白い帽子が実に様になっていて、病人を感じさせない不思議さであった。 筑紫さんの登場は、 何か特別な意味があるだろうと思いつつも、 ガソリンの暫定税率で混乱する国会への、 意見具申かと思ったが、そうではなかった。 癌患者としての筑紫さんが、 癌治療のための提言とも思える、 癌患者自らの癌治療を紹介した。 癌の三大治療は手術、放射線、抗癌剤であるが、 その他の代替治療として、色々な治療法があるらしい。 医者の治療、いわゆる西洋医学による治療とは別の、 代替医療の紹介だ。 代替医療は補完医療とか相補医療と呼ばれると言う。 筑紫さんが紹介したのは、登山に癌治療である。 日本の癌患者で作る登山チームはモンブランを制覇した。一人のご夫人はどうせ病室で死を待つなら、山で死んだ方がましと居直っての挑戦であったが、見事に制覇した。また、日米の癌患者400名以上が富士登山に挑戦した。 癌に侵され、あと何年とか、あと何ヶ月とかの命の宣告を受け、癌と戦う人々の精神力は凄いと思う。癌によって与えられた精神力である。そんな言い方は不謹慎かもしれにないが、癌によって与えられた精神力である。 人間には癌細胞が常にいるらしい。 何時でも人間の体は癌細胞が生まれている。 その癌細胞が成長して癌とならないのは、 殺し屋の細胞がいるからだと、 膳場貴子キャスターが説明していた。 がん細胞にとっては殺し屋細胞だが、人間にとっては救いの細胞である。その殺し屋細胞は実にユニークと言うか、独特と言うか、個性的というか、その主の精神状態を反映して活動する。主が笑うと殺し屋細胞の活動が活発になるのである。それが嘘笑いでも同様に活発になるというか面白いし、嘘笑いにも反応するなら精神ではなく、顔面の筋肉に反応するような気もするが、 他のこと、 例えば前出の登山などで、モンブラン制覇の希望を持って喜んで挑戦すると、殺し屋細胞は活発になる。皆と連れ添って癌に侵された体では、冒険であり挑戦である嬉しい登山に向かうのは、期待と希望に導かれ、わくわくする気持ちでの挑戦である。 期待と希望が殺し屋細胞に活力を与える。1年の命と宣告された体が、殺し屋細胞の活発な働きで癌細胞を退治して1年半の命になった。 そんな事例が幾つもあるという。 人間の体が持つ一種の自然治癒であり、 潜在的に備わっている治癒力を活発にして癌と戦うのだ。 なるほどと素直に理解し難いことだが、 あのモンブランを制覇して上気した顔に、 満面の喜びを浮かべていたご夫人からは、 癌は想像できない。 登山によって癌細胞は殺し屋細胞にやられたに違いないと、 思う意外に理解し難い表情である。 癌患者を病院に押し込め、 三大治療で必死に治療するだけではなく、 できるだけ本人が喜び必死になれることが出来るようにして、 自然の治癒力を上げる治療法もあるということを知った。 それにしても、元気そうな筑紫さんは、 癌を克服したかのようであった。 毎日出演可能かもしれないと思いつつ、 筑紫さんの多事争論を久しぶりに聞いた。
2008.01.23
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2007年は東国原宮崎県知事と、安倍元総理大臣の年だったと言っても言いような気もする。 少なくとも参議院選挙までは、二人が日本国の主役であった。一月の宮崎知事選挙はある種の衝撃であったが、心地よい衝撃であった。庶民の圧倒的な支持で知事選に当選し、そのまんま東から東国原に変わった宮崎県知事を多くの人が支持した。一方政界のサラブレットとか、プリンスとか言われた安倍総理大臣への支持は参議院選で急下降し、そんな馬鹿なと思うような自民党の大敗後の安倍総理大臣の政権投げ出しの異変まで起きた。地方の首長の東国原知事と人気を二分した安倍総理大臣が消えても、東国原人気は変わる事がなかった。年末になってテレビ出演の異常さも感じたが、流行語大賞もまでなった東国原知事だったが、それはマスコミの異常さのような気もする。 その東国原知事の一周年記念記者会見があった。 東国原知事は、自らの政治生命でもある、 マニフェストに掲げた、 移住促進や、 企業誘致が、 目標に達していないことについては、 「1、2年でどうこうできるものではない。 足を棒にして歩き回って種をまき、 3、4年で結果が出てくる」と、 自己弁護であったが、 まったくその通りで、 マニフェストと言うよりは、 ある種の理想論であるから、 仕方ないかもしれない。 観光客の増加と宮崎産商品の販売促進は、 「自分を自分で褒めてあげたい」と言う、 東国原知事の仰る通りだろう。 しかし、東国原知事の似顔絵がはられた、 ブランド的宮崎商品は、次第に違和感が出てきた。 一時は興味本位で買ったが、 今は見るのもいやになっている。 そんな人も結構多くなっているし、 そんな声も結構聞こえてくる。 別の角度から見ると、 2007年はそのまんま東で明けて、 東国原知事で終わったとも言える。 朝日新聞によると、公務に限ってもテレビ169回、ラジオ22回、新聞65回、雑誌70回とマスコミ登場であり、それがそのまま宮崎の宣伝になっているから、その宣伝効果というか、広告塔としての役割は十分果たしているだろう。 今後のテレビ出演について、 「県民の声に耳を傾けながらバランスをとって出演していきたい」と本人も十分認識しているようだが、今まで東国原人気で取り入ったマスコミが、一転して総攻撃してくることもあるかもしれない。 今年が正念場だと誰も言うが、 権威になった東国原知事の今年は、 安泰のようであるが、 何が起きるか分からないと、 野次馬はマスコミに叩かれる、 東国原知事を想像している。 異常とも思える東国原現象の、 今年はどうなるか楽しみである。
2008.01.22
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記者ら3人のインサイダー取引疑惑で揺れるNHKで会長は辞意を表明し、コンプライアンス(法令順守)担当の理事と報道担当理事が22日付で辞任すると発表した。三人の記者インサイダー取引は氷山の一角と言う関係者もあり、まだ真相は闇の中である。 インサイダー取引発覚は内部告発ではなく、 証券取引等監視委員会の告発をであった。 証券取引等監視委員会が、 インサイダー取引疑惑に気づいたのは、 日常的な株式市場の値動き監視からだと言うから、 闇は深そうだ。 証券取引等監視委員会が買通常の監視で気づくのは、 株価の大きな変動であるから、 三人の記者が買うぐらいでは、 大きな変化は考えられないと言うのが専門家の意見だ。 勿論、大きな変化はNHK関係以外の買いかもしれないけど、 別のインサイダー取引があったことになる。 でも、証券取引等監視委員会は、 株価の変動の原因を突き止める事が出来る。 買った証券会社から、個人まで断定できると言う。 そうなると、NHKの買いに別の疑問も湧いてくるが、 三人だけではなかったと言う疑問であるが、 ども、野次馬の推測はそれ以上は進まない。 インサイダー取引の発覚となったのは、回転ずしチェーンのカッパ・クリエイト株の不自然な値動きだという。 同社が外食大手ゼンショーのグループ入りするという、株価を押し上げる好材料がNHKの特ダネとして放送されたのは、不自然な値動きのあった日の取引が終わった後の午後3時だった。グループ化が公式に発表されたのは15分後で、サスペンスドラマのような展開である。又、次の日の取引は、前日に比べて出来高で10万株も多い17万1100株であり、その前の2カ月間の1650円前後の値段が終値が1720円に跳ね上がった。 その不自然な株価の変動への疑惑はブログなどで、「インサイダー取引では」と指摘した記事が幾つもあったと言う。 インサイダー取引を疑われた3人がNHKの職員だということは、証券取引等監視委員会は昨年12月に分かっていたが、この日にNHKが特ダネを放送したこととの関連を探っていたのだ。証券取引等監視委員会幹部は「重要な企業情報に早く接する報道関係者のインサイダー取引は、より悪質だ」と怒りの警告で、徹底的な調査をしてきたのだろう。 まだ、まだ、揺れ続けるNHKで、 今度はとんでもない、 考えられない出来事、 いや事件だ。 ドラマ撮影のために人の車に黙って偽のナンバープレートを取り付け、その車が行方不明になった。黙ってナンバープレートをつけたのであるから、行方不明は可笑しな話で、車で何処に行こうが持ち主の自由で、行方不明ではない。 幸いにもその車と架空のナンバープレートが21日夜に見つかったという。 ニュースを見た持ち主が、 警察に連絡したもので、 持ち主も偽のナンバープレートに、 一日中気づかなかったという。 人の車に偽ナンバープレートを、 付けると言う発想が不可解だ。 子供だってそんな事はなしない。 NHKが何と言うことかと、 思う事件続きである。 マスコミへの信頼が、 揺らぐ事件である。 人の車に偽ナンバープレートをつける番組が、 どんな番組かは知らないが、 そんなNHKに視聴料を払ってきた国民は情けない。 因みに、 撮影が行われたのは、 千葉県南房総市の中学校の駐車場だった。 ドラマのスタッフが、 止まっていた3台の乗用車に、 紙でできたナンバープレートを、 許可なしに取りつけた。 その後、 1台がいなくなっていることに気づき、 警察に届けていたと言う。
2008.01.22
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福田首相の施政方針演説に対する各党代表質問が始まった。 首相はガソリン税の暫定税率延長問題について、「道路整備など必要な対策を実施するために財源確保が必要だ」と定型句をならべ、暫定税率を維持すると強調し、ガソリンの異常な値上がりにはそれ程こだわらないと言明している。「国会のねじれ状況でも予算や税制、法制定を着実に実施し、国民生活に影響がないようにするのは政治の責任だ」と国民、国民と、やたらに国民と国民生活を強調し、あくまで民主党に協力を求めている。 自民党幹事長息吹文明さんの代表質問は、福田首相の低姿勢に対した、強気の民主党批判であり、小沢批判であったが、自らの弁術に酔っているかのように、又青年の主張的で持ち時間も時間オーバーした熱弁であった。 代表質問としては面白い首相に代わっての首相答弁的な内容で、民主党に喧嘩を売った、 いや、民主党というよりは、元自民党幹事長小沢一郎に喧嘩を売った。 それで黙っていたら、 小沢民主党には、 政権担当能力はないといわざろうえない様な、 伊吹文明自民党幹事長質問であった。 大雑把な伊吹質問をみてみると、 ガソリンの値段など考えるに足りない市場の動向で、一時的な物の値段に一喜一憂しては大局を誤ると言うわけで、政治は現物評価だと言う。現物である。その政治現物論が最も自己陶酔した言葉と思われるが、安倍総理大臣の参議院選挙演説を思い出す熱弁であった。 その伊吹質問に答える福田首相の答弁時に、一時的に手の震えを感じたが、あるいは目の錯覚だろうか。もし震えたとしたらどんな言葉が原因だろうかと、野次馬的な思考はいらぬ詮索をするのであるが、これまでにも何度か国会の質疑応答は見たが、初めて経験する熱気の帯びた青年の主張的な質問であった。 福田首相が述べる定型句とも思える暫定税率維持の理由は、 「道路の建設から維持管理に至る道路関連財源」だからであり、 「地球温暖化との関係であり、国際的な流れに逆行していく」と、 何とも意味不明なことまで付け足していく。 ガソリンが値下がりするれば、 排出にCO2が増えると言う、 不可解な論理で、 曖昧な国際社会との関係が、 国民生活よりも優先する考えのようだ。 ガソリンが値下がりすれば、 国民は車を乗り回すから地球温暖化の原因になるというわけである。 「地球温暖化対策で欧州主要国がガソリン税を引き上げている状況で、これに逆行することは国際的な理解が得られない」と、税率維持が環境対策につながると強調した。 解散・総選挙については、 「解散より政策を各党と議論し、国民のために最善の結論を得るよう努力することが肝要だ」と言うが、やっぱり国民である。 何かと国民を持ち出すが、 ガソリン代値上げで苦しむ国民に対しては、 過去にもガソリンが異常な値上がりをした事があったと、 それ程気にはしてないようである。 政治は言葉ではなく、 現実であり結果であると、不敵な笑いで鳩山民主党幹事長に答えた福田総理は、民主党が今国会を「ガソリン国会」と位置づけていることについて、「国民の不安を駆り立てるような名前だ。そういう名前を聞き、国民の方は安心するだろうか」と、これまた国民である。 国民がガソリンが高いと言うのは、 民主党に煽られたからではないと、 福田首相は考えないようだ。
2008.01.22
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「ローズマリーの赤ちゃん」やフランクシナトラとの結婚で有名だったアメリカの女優ミア・ファロさんが20日、カンボジアの首都プノンペンのトゥールスレン政治犯収容所跡周辺で、ダルフールの虐殺に中国が加担していると抗議デモを行ったが、カンボジア警察に阻止されたという。 1945年生まれのミア・ファロは、 現在62歳だと思うから、 まだまだ健在振りを見せている。 現在は博物館になっている、 カンボジア政治犯収容所は、1970年代にクメール・ルージュと呼ばれた、ポル・ポト派の拷問や殺害が行われた、カンボジアの暗黒の時代の歴史的な場所である。 ファローさんは、20万人が虐殺されたとされるスーダン紛争への、 中国の関わりを非難してきた。 北京五輪を「ジェノサイド(大虐殺)・オリンピック」と批判し、 協力者としてスピルパーク監督へも抗議を続けてたきた。 昨年8月から、大規模な虐殺を経験したルワンダや、アルメニア、ドイツ、ボスニアなどで「もう一つの聖火リレー」と言う聖火デモを行って、中国へ抗議してきた。 その中国は、かつてポルポト派を擁護していた。ポル・ポト派の罪が今も渦巻くカンボジアでの抗議活動は中国への痛烈な批判が込められていたのは当然だ。デモには、ポル・ポト派の虐殺の犠牲者の遺族も参加した。しかし、収容所跡地での聖火でもは警察官に制止された。 現在のカンボジア政権にとっても、反中国的な行動は疎まれる。 中国の経済力は、かっての軍事力以上の力で東南アジアやアフリカの国々を脅かしているのだ。 その中国への抗議は難しいものがあるだろう。 2百万とも、3百万人とも言われるポル・ポト派の虐殺が背景にあっても、 カンボジア政府は現在の中国と仲良くしたいのだし、 過去を穿り返すなという事だろう。 黒柳節子さんと同じユニセフの親善大使でもあるミア・ファローは、 1945年、女優のモーリン・オサリヴァンと監督はジョン・ファローの間に生まれた。幼い頃に小児麻痺を患ったが、1959年「JOHN PAUL JONES」で映画デビューした。その後、ニューヨークで演技とバレエと音楽を学んだ。 1963年オフ・ブロードウェイの初舞台を踏んだ。 1964年、テレビシリーズ「ペイトン・プレイス物語」のアリソン・マッケンジー役に抜擢される。そして、数々の賞を総なめした「ローズマリーの赤ちゃん」でスターダムにのし上がった。 1966年21歳のファローは50歳のフランクシナトラと結婚するが2年後に離婚している。その後、1970年に作曲家アンドレア・プレヴィンとも結婚した。妻帯者のアンドレア・プレヴィンとの結婚は色々な問題があったが、3人の子供と三人の養子が二人の子供で、1979年に離婚して後も、二人の関係は続いていた。 ミア・ファローは貧困地域の障害のある子供を養子に迎えた。15人の子供のうち、10人が養子であった。子供の権利獲得の為に積極的な活動を続け、自らも幼い時に患い苦しめられたポリオ根絶のために活動した。ユニセフの親善大使でもあり、慈善活動にも積極的に参加している。特にアフリカの子供たちのための活動に熱しで、ダルフールの難民保護にも関わってきた。 蛇足ながらフランクシナトラは、 「帝王」とか、 「ザ・ヴォイス」と呼ばれ、 その影響力は芸能界のみならず、 政界にまで及んだと言われ、 ジョン・F・ケネデイ大統領、ドナルド・レーガン大統領や、 マフィアとも深いつながりのあった、スーパー・スターであった。 「マイ・ウェイ」は、あまりにも有名で、今なお歌われ続けている。 ニュージャージーで、 イタリア移民の子として生まれたシナトラは、 難聴のため兵役が免除された。 第二次世界大戦への参戦はアメリカ合衆国の誇りであった。国家の誇りのために多くの若者は志願した。若い兵士たちは自由と平等を掲げる国家の誇りと自らの誇りをかけて戦ったという自負を持っていた時代だった。そんな時代に血気盛んな愛国者シナトラは、後方支援の慰問歌手としてしか戦争に参加できなかった。一兵士としての参加よりも人気歌手としての慰問の方が大きな力となったと思われるが、シナトラにとっては屈辱的なことだった。多くの若者が戦場で命を賭して戦っている時の歌手活動は、シナトラには耐え難いことだっただろう。戦場へ馳せる思いは歌手シナトラを大きくした。 しかし、スパースター、フランク・シナトラにも挫折を味わうと気がやってきた。喉の手術で歌手として挫折し、イタリア系のマフィアとの関係で社会的な制裁も受けた。 社会的にも葬られたかと思われたシナトラが蘇ったのは、 「地上より永遠に」の脇役であった。 アイドル的なスーパースターであり、 多くの映画で、 華々しい活躍をしてきたシナトラにとって、 屈辱的な脇役であった。 後にゴットファーザーでその映画出演の経緯は詳細に描かれているが、 そんな事は兎も角として、 その映画で、その脇役で、 シナトラはあらたな才能を開花させた。 アカデミー賞の助演男優賞に輝き、 才能の多様さと凄さを見せ付け、 奇跡の復活を果たした。 そして、シナトラ一家は芸能界に君臨した。 サミー・デービス・ジュニア、 デイーン・マーテーン、 ピーター・ローフォードが、シナトラ一家のメンバーであった。 黒人歌手でサントリーの宣伝でも同じ身になったサミー・デービスとの関係は、 人種差別の残る社会では、特別の意味を持った。 ラスベガスのカジノ・ホテル「サンズ」がシナトラ一家の拠点であった。 勿論ホテルはシナトラの所有であった。 強いアメリカの象徴的レーガン大統領とは特別の関係であり、 そのレーガン大統領から大統領自由勲章が与えられた。 参考は、Sinatra
2008.01.21
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大相撲初場所は中日で横綱白鵬は小結琴奨菊を引き落として全勝で勝ち越した。朝青龍は栃乃洋を上手投げで下し勝ち越しまで後一番だ。魁皇は琴光喜下し5勝3敗は老体に鞭打ってのできで、上出来という事だろう。それにしても琴光喜は5敗目では情けない。カド番の琴欧洲は稀勢の里を破り5勝3敗で何とか格好がついたようだが、千代大海は休場し、何とも不甲斐ない大関陣には違いなく、毎度のこと舞場所のことである。平幕の旭天鵬は市原を破り朝青龍と並んで1敗で中日を切り抜けた。 朝青龍はなんだかんだで人気は凄いもので、ヒールとか言われながらも、大相撲を盛り上げている。二日目にあっけない負け方をして、そのままずるずるいくかと思ったがそうではなかった。中に土俵から飛んで、相撲に負けて勝負に勝ったような取り組みもあったが、上手く切り抜けて一敗を守っている。 白鳳の強さは本物のようで、 全勝での中日勝ち越しだ。 モンゴル勢だけが勝ったのではと、 思われる日もあったりで、 情けない思いも毎場所のことである。 朝青龍問題も時津風部屋問題も解決してないから、大相撲は見ないようにしているが、朝青龍の話題性に惹かれて、ついつい見てします。それにしても面白いのは、朝青龍を負けろと応援しているファンの多きことだ。負けろの応援が大相撲人気を復活させたといっても過言ではないが、なんだかんだで絵になる横綱とも言えそうだ。 朝青龍が話題になる度に見せられる、モンゴルでのサッカーの試合での、ゴール・シーンは何ともいえない魅力的な映像である。 面白い相撲があった。 出島と安馬の相撲である。 立会いの瞬間に安馬が出島の背後に回った。しかし、朝青龍対稀勢の里での迫力満点の送り倒しに比べたら、雲泥の差のある決着だった。あっけないほど簡単に背後に回った安馬が、何もしないのに出島がひざをついたような決まり方だった。後味が悪いというか、味気ないというか、面白くないとはいえない変わった決着だったが、大相撲を見た感じはしない。 結局白鳳と朝青龍の千秋楽決着になりそうで、 横綱同士の優勝争いは、 理想的な展開ではあるが、 やはり日本勢がいないだけに寂しい思いである。 懸賞金の多さが人気のバロメーターなら、 今場所の人気は凄いといえそうだ。 白鳳も朝青龍も片手では取れないような感じで、 両手で取っている。
2008.01.21
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朝日新聞に新連載される小説は島田雅彦だ。 その島田雅彦が、「携帯小説に意欲」の見出しに引かれて、 新聞の第一回の連載を読んでみたが、携帯では読んでいない。 新聞小説は目覚めと同時に読める楽しみがある反面、何日か読まなくなると読む楽しみも意欲もなくなり、結局は読まないで終わってしまうのが毎回のパターンだ。 携帯小説にもなるというから、両方読んでみたいと思っている。「憂鬱王子」「徒然王子」が、今年の流行語大賞になるかもしれないと思い、今年こそは新聞小説を完全に読むと決心しているわけで、勿論携帯もともに読む覚悟である。 第一回を読んでいくうちに、 主人公が王子ではなく、 普通の人間だったら自分と生き写しだと、 情けない思いなっている。 勿論始まったばかりでどう展開していくかも分からないし、「生きてきたこと以外には何もしてない」という王子は、将来、奇跡的な活躍も期待できる。それに、神話の時代から続く王家の末裔の「徒然王子」は、王位につくこともあるわけであるから、平民の凡人の私とは明らかに違うし、「徒然王子」は王子であるからまだ若いわけで、それに比べて私は若くはなく、未来もあるのかないのかも分からない。そんな事を考えると、結局生き写しは「生きてきたこと以外は何もしてない」ことだけで、何とも空しい思いになったりしている。 気になるところを抜粋してみると、 「神話の時代から続く王家の末裔だが、殆んど天然記念物のように扱われ、首都の森の屋敷で、殆んど幽閉状態で暮らしていた。権力者たちからはないがしろにされ、国民からはいてもいなくても同じといわれ、妃も恋人もおらず、前例を踏襲するだけの日常に甘んじていた。誰にも意味の分からない儀式を行い、外国からの使者を接待するのが王子の仕事だった。」 「このままでは深い憂愁に囚われて滅んでいくだけだった。」 「自分はこの世に生まれてくる以外の事はまだ何もやっていなかったに等しいと。王子には一緒に笑ったり、笑ったり、泣いたりする友もおらず、悩みを相談する相手にも恵まれず、未来への漠然たる不安を一人で抱え込んでいた。」「権力は腐敗し、社会は混乱を極め、人々は隋落し、世界は老いてゆく。」「それは何時の時代も変わらなかった。しかし、今まで人々が生き延びているのは、滅び行く世界を再生していく者がいたからだ。国家存亡の危機が迫ると、王は退位してでも、危機を回避し、仮の王を王座につけ、その間さすらいの旅に出た。」 と、 何か現在社会とも思えるが、 兎にも角にも次が楽しみであり、 携帯用の圧縮小説が楽しみである。
2008.01.20
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暖冬で小春日和の日が続いたこの冬でも、 冬の寒さは大寒を忘れてはいなかった。 大寒にあわせるかのように、 寒気が日本列島を包み込んだ。 世界遺産合掌造りの白川郷では、 ライトアップが始まった。 ライトに浮かび上がる雪の白さを見ていると、 気候の妙とも言うべきかと、 感慨にふけり、テレビ画面に見入っていた。 寒気に包まれても、 晴れ渡った冬空に誘われて、 部屋を飛び出した。 寒さに震えながらも、 大寒を忘れずにやってきた寒気に、 何と無く感じる温もりは、 地球温暖化の影響による、 不都合な真実とではない、 真実の冬がやってきたとの思いであった。 暖冬でも、やっぱり節気を違えない、地球の普遍性への信頼の気持ちである。別のことばで言えば地球の優しさであり、長い歴史を踏まえ幾多の先人たちが作った季節観への賞賛でもある。 寒の入り、小寒、大寒と冬は確かにその足跡を残し春へと向かう。南国のこの地には梅は咲き蕗の薹も目に付く小春日和の日が続いていた。 しかし、寒気は大寒を待っていたかのようにやってきた。寒さが有難く感じる初めてのことだと、面白い感情に浸りながら寒風の中に飛び出ると、柔らかな冬の日差しが心地言い温もりをくれる。 大寒やなだれて胸にひゞく曲(石田波郷) 雲厚き 冬空狭し 鳶回る 小春日だ 昨日も今日も 紀の冬は かもめさん 震えていると子が笑い
2008.01.20
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政治不振は日本だけではない。 政治家の汚職は何処の国でもあることで、 政治の腐敗は国際的に共通する各国民の苦悩だ。 と、大げさな国際的苦悩と嘆いてから、 イタリアの汚職のニュースである。 収集政党が多く、 政治的には、 日本と色々な面で似ている、 イタリアの政治腐敗もなくならない。 かっては汚職で高速道路の工事が途中でストップし、 天国への入り口のように宙に浮いていたこともあったイタリアは、 政治倫理が厳しく戒められているが、日本同様に政治不振は続いている。 そのイタリアのマステラ法相は16日、カンパーニア州議会議長である妻の汚職疑惑で辞任を表明した。マステラ法相は欧州民主同盟を率いてプロディ連立政権を支えてきただけに政権への打撃は大きい。しかし更に政権への大打撃はマステラ法相本人への疑惑浮上では、辞任もやむなしで、プロディ首相が法相を兼務するという。 マステラ氏は同日の記者会見で、自ら率いる「欧州民主同盟」が連立政権を離脱し閣外協力に回ることを表明した。 一方、プロディ首相は汚職疑惑捜査でマステラ氏らの無実が証明されると法相に復帰すると、捜査の結果次第では法相復帰もあると表明した。「欧州民主同盟」の協力がなければ、与党は上院で過半数を確保できず、政局が不安定化する可能性があるから、仕方ないともいえるが、苦しい政権運営は日本と同様のようだ。 当然、野党は首相の辞任を求める。 そのイタリアで、 政治の腐敗にうんざりした、 アーチストの珍しい形の抗議があった。 ローマの観光名所・スペイン広場にある「スペイン階段」に、約50万個のカラーボールが放たれた。カラーボールは6色で、スペイン広場は6色の運河となり、有名な「船の噴水」も埋まった。観光名所だけに講義の効果も大きかったのではと思うが、市の観光課の職員や、清掃員にとってはいい迷惑である。 自称「芸術家兼活動家」が助手3人と共謀して、 階段の上から6色のプラスチックボールをまき散らしのである。 「芸術家兼活動家」は昨年10月には、 あの有名な「トレビの泉」に、 赤い工業用染料を投げ入れ、 「トレビの泉」を真っ赤にさせた確信犯でもあるが、 「これは今日イタリアが抱える問題を表現する芸術活動だ」と、 イタリア政治への抗議であり、社会的な主張だと説明し、 無数のカラーボールは、 左右両派の政治家の「うそ」の象徴だと嘯いた。 何処の国も、何処の国民も、政治腐敗には苦労すると、 日本の田舎の素浪人もイタリアを憂いているのであるが、 日本はもっと、もっと、凄そうだ。
2008.01.19
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何故そうなるのと言いたい対応というか、迷走というか、 民主党の小沢代表はダボス会議への出席を断念したと発表したが、 その理由は「国会情勢の緊迫が予想されるため見送った」だった。 一夜開けて一転しダボス会議への参加を発表した。 一夜にして国際情勢が変化したのかと皮肉も言いたいが、 小沢さんが行くのだから、 マア、良いかという事になりそうだ。 23日出発しで潘基文(パン・ギムン)国連事務総長らと会談、 27日帰国予定だという。27日は大阪知事選の日だ。 鳩山由幹事長は、「すでに参加で決まっていたから、 行かないと関係者に迷惑がかかる。 国会は緊迫するが、 27日に帰れば大きな影響はないと判断した」と言ったが、 何とも釈然としないのが国民だ。 やっぱり、マア、小沢さんだもので、 済ますより他はないかもしれない。 ダボス会議には福田首相も仲良く出席することになり、異国での大連立の話は邪魔もなくいいかもと皮肉も言いたいほどだ。鳩山幹事長は更に、「サミットが日本で開かれる年に、首相より強烈でたくましいメッセージを発出してほしい」と小沢さんに出席を要請していたという。 なら、前日の出席断念発表は遊びだったのか聞きたいくらいだ。 今一つ盛り上がりに欠ける大阪知事選挙は、現在の状況も分からないが、小沢さんの分析は気になるところだ。楽勝と踏んで日本を離れるのか、それとも諦めて日本を離れるのかと、色々勘ぐりたくなる小沢さんの行動である。
2008.01.18
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インサイダー取引で大儲けのNHK職員がいた。三人が直接関係する情報ではなかった。一人は情報担当当事者であるが他の二人は関係ない支局の職員であった。三人は同じ情報を離れ離れの局で得たことになる。 「高い倫理観が求められる報道に携わる者が、報道目的のための情報を自己の利益のために悪用したことは許されない」。退陣間近のNHK会長が深々と頭を下げた。 首脳三人による謝罪会見はマニュアル的な風景だ。 おなじみの謝罪会見と言った方がいいだろう。 毎度お馴染みの謝罪会見は、三人の首脳の出席で、あるいは4人の出席の時もあるが、謝罪の言葉を述べるのはトップだけで、他の人達は殆んど座っているだけだ。他の人達の重要な発言はミーとホープの何回目の謝罪会見で、父親の言い訳を諌める息子と、船場吉兆の息子へ発言を口移し的に一語一語指示する母親だった。トップが事件の真相を知らないのは当然で、緊急に説明を受けて記者会見に臨んでいるから、サポート役として参加するのだと理解もするが、脇を固めるように複数での記者会見は他にも意味がありそうだ。その一つに、謝罪会見に重量感を与える効果の狙いがあるのかと野次馬は考える。又、大勢のマスコミへの謝罪側の気後れを払拭する力にもなるだろう。 そんな事を考えながら見る謝罪記者会見は、何ともしおらしい感じがする。 インサイダー取引で大儲けした三人のNHK職員に面識はなかった。三人はべつべの局に勤務していた。と言う事は極端に言えば、NHKのどの局でもインサイダー取引に関係する情報が入手可能だったことになる。それはネットワーク社会の弊害の一つかもしれないが、天下のNHK が何をしているのかの思いは、国民にも、他のマスコミにもあるだろう。 勿論、他のマスコミは鬼の首を取った思いで怒りの報道だが、 テレビ局の報道番組関係者や、新聞社の経済担当者は、 明日はわが身かと思って身を引き締めているだろう。 三人の利益は十万単位の発表だ。 放送前に自宅に帰っての購入と言うことらしいが、 自宅に帰らないでもネットでの購入も可能だし、 携帯でも購入可能である。 また、24時間株の購入は可能だから、 取引所が開くまでは、 時間的余裕はあったことになる。 と考えられるのは、 株の購入額と利益額の少なさであるが、 そんな疑問は意味がないだろうか。 額の問題ではないと言われそうでもある。 常識的には報道番組は情報の伝達番組だ。 一般の視聴者より情報が早いし情報収集能力は大きい。 世俗的な言い方をすれば情報を売るのが商売である。 三人の行為は販売商品を販売前に盗んだということだ。 しかし、単純に割り切れないのは、 NHKだからではない。 マスコミだからである。 単純な話がややこしくなっていくが、 販売前の自社製品を盗んで大儲けをしたのだ。 そして、 放送倫理や、 マスコミの良識や、 NHKの良心などの言葉が踊る。
2008.01.18
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民主党の小沢一郎代表はインド洋給油法を再可決直前の衆院本会議の途中退席と採決棄権への批判を意に介することもなく、「党首として優先順位を判断してやっている」と言った。批判される謂れはないとばかりの発言で、「数合わせの本会議でしかなく、結果は目に見えて分かっていた」事だと主張したが、それも居直りでしかないような気もする。 確かに数合わせで採決される事は分かっていても、本会議に出席は衆議院議員の責務だし、他の野党議員は無駄なことをした事になる。 しかし、その論理は民主党執行部をはじめ、他の議員が出席していたから、退席しての大阪知事選応援だったで片付きそうだ。 小沢代表の自信に満ちた発言はいかにも尤もらしく納得してしまいそうだが、待てよ少し違うのではと思ったりもする。 年明けから小沢さんは何度も不退転の決意を述べ、 事あるごとに幾度も最後の戦いと言っている。 しかし、それは小沢さん個人の最後であって、 民主党の最後でもないし、 日本の最後でもない。 さて、 その小沢代表の民主党と福田自民党の第二の決戦はガソリンだ。インド洋上での給油活動の為の新旧のテロ特措法が第一の決戦で、続く第二の決戦もガソリン税などの油関係の課題だけに、油まみれの福田内閣などの標語が踊るのも当然だ。 長かった臨時国家奇は終了し直ぐに通常国会開催だ。 日本列島改造論に従っての、列島高速網構想の実現のために必要だった道路特定財源のための暫定税率が3月で期限切れになる。田中内閣以来道暫定税率が揮発油税に乗ってきた。暫定的な道路建設のための税金は田中角栄総理大臣の列島改造論が根拠の税であった。その道路関連の為の暫定税率がガソリンで1リットル25円乗っている。原油高が続きガソリンが値上がりすると、その税が問題になる。必要か否かを論じると必要に決まっている。原油高の現在はどうかが問題で、なくすると当然ガソリンは値下げする。 150円が125円になる。 民主党は「ガソリン値下げ隊」を結成した。 その団結式での「頑張ろう」三唱は、 緊張感のないお祭り的なものだったと、 皮肉るコメンターもいたが、 それには官代表代行の「ガソリン値上げ隊」との、 言い違いが2回もあった事もあるだろう。 確かにお祭り的な締りのない感じは否めないが、 そんな批判は結果次第で吹き飛ぶ。 自民党は参議院での一人区の地方敗北に懲りて、 地方優遇策を次々と打ち出し、 小泉改革でペースが落ちた、 高速道路建設計画のてこ入れも万全だ。 そのためには暫定税率の維持は絶対条件となっている。 全ての原因を高速道路に求める地方の首長は、 当然自民党を応援する。 一般のユーザと運送関係企業は暫定税率の廃止を望むが、問題は自動車業界である。自動車業界にとっては道路関連予算は必要だと考えるのが常識的だが、ユーザーが車に乗らなくなっては何の意味もなくなるし、運送業などが船や鉄道へ比重を移していくと、トラックなどの需要も少なくなってくる。エコ燃料の開発などで、又電気自動車の開発で、ガソリンへの依存度が少なくなる。色々と問題は複雑になる。 しかし、現在必要かが問題で、 暫定税を暫定的になくして、 原油が安くなれば又元に戻すのが理想的だという、 エコノミストもいるから、 それが最良の選択肢しかもしれない。 しかし、それもこれも、暫定税率を10年据え置きを決めた自民党と対決しなければ解決はしない。全て民主党にかかっているといっても過言ではないが、さて、どうなることだろうか。衆議院の解散はいつかよりも、ガソリンの値段しだいで政権交代もありうるかもと、つまり衆議院の解散総選挙がサミット前の可能性もガソリンの値段しだいではあるかもしれないと思う田舎の素浪人である。 そんな民主党は揮発油税などの暫定税率廃止の街宣活動を展開して世論にアピールする作戦だ。「値上げ隊」と言い間違えた「値下げ隊」は、当選1、2回の議員らが6班で構成しているという。まずは党大会後に横浜市内で街頭演説だった。 山岡国会対策委員長は「値下げ隊」の結成式で、 「通常国会でガソリン解散にする」と言い、 「租税特別措置法改正案の年度内成立」を阻止すると宣言した。 民主党に国民が凭れ掛かれないのは、 暫定税率の廃止による財源が明確でないからだ。 道路建設財源に対する地方の懸念は明確な財源の説明以外に説明できない。 さて、直ぐに通常国会は召集される。
2008.01.17
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鯨の肉は好きだった。和歌山県太地町には年に何回か行く。鯨博物館を見て鯨料理を食べるのが好きだ。だから捕鯨のニュースは気になる。鯨料理が好きで捕鯨のニュースが気になる。そんな人も多いだろうし、あるいは純粋に鯨の絶滅を心配して捕鯨のニュースが気になる人もいるだろう。捕鯨のニュースと言うか調査捕鯨のニュースと言うか、、、、。 その名は「シー・セパード」と言う。 米国の環境保護団体の名称である。 海の番犬が出動した感じであり、 日本の捕鯨調査船2人のメンバーが乗り込んだ。 環境保護団体のメンバーが捕鯨調査船に乗り込む目的は抗議に決まっている。船に乗り込んで暴れたら拘束するのは当然である。当然身柄は拘束された。安全に返されるのもまた当然だが、現在はまだ身柄引取りのために環境保護団体「シー・シェパード」は動いていないようだ。それと言うのも、捕鯨船側が無理に拘束軟禁していると言う形を作るためのようだ。環境保護団体と捕鯨船の駆け引きは長い間続いている。特にシー・シェパードは、髑髏をシンボルマークとする過激派だ。 日本政府は二人の引き取りに「シー・シェパード」側から何の反応もないというコメントを発表したが、「シー・セパード」側は日本の調査船にメンバー2人が人質に取られているとホームページで発表していると言う。 「シー・セパード」は攻撃的な抗議活動を展開しているニュースは過去に何度もあった。非暴力直接行動のグリーンピースは「シー・セパ-ド」の暴力的な活動に反対の声明を出している。 グリーンピースとは関係ないシー・セパードは、元々グリンピースの活動家ポール・ワトソンがより攻撃的な抗議活動の為に設立した過激グループだ。 国際機関から認められた調査捕鯨に対しての抗議は色々な思惑があり、一概にその背景も限定的には言えない。今回のシー・シェパードの調査捕鯨への抗議の背景にはオーストラリアの政権交代が関係しているようだ。鯨に対する愛情や環境問題を視野に入れての抗議ではなく政治が絡んでの抗議だと鯨が泣区と言いた思いだ。 純粋に環境問題を考慮してとか、 鯨の絶滅を危惧しての捕鯨への反対ならば、 抗議は尊重されるべきだし、 捕鯨も正当性があれば認められるべき。 国際機関の認めた科学的な根拠のある調査捕鯨であれば当然尊重されるべきだ。そんな調査捕鯨で鯨が絶滅の危機に瀕することも無いだろう。もし、正当性のある抗議であっても調査捕鯨船への体当たり的攻撃や、化学薬品の詰まったビンを投げつけたりは完全な犯罪行為だ。海上での体当たり戦闘的攻撃だと思うし、科学薬品の詰まったビンは爆発物と同じだ。 オーーストラリアが領有権を主張する南極で日本の調査捕鯨船がクジラを不法に捕獲したとして、環境保護団体「ヒューマン・ソサエティー・インターナショナル(HSI)」がオーストラリア連邦裁判所に提訴していた。その判決が日本の調査捕鯨の停止であった。南極海の領有権は国際的には認められていないから強制力はないのは当然だが、その判決が環境保護シー・シャパードの行動をさらに助長させた。 オーストラリアのテレビニュースを見て驚いた。 日本のテレビニュースとして報道される、 オーストラリアのテレビ報道は、 日本の報道とは正反対であり、 日本の捕鯨船が完全な悪者である。 オーストラリアのマスコミ報道では、 オーストラリアの人々は日本に、 悪感情と抱くのは当然だ。 シー・シェパードの過激さもNGO間の勢力争い的な側面が大きく、 オーストラリアの政権交代とも関係して政治色も強くては、 いささかうんざりである。 オーストラリアの政権交代を歓迎した人は日本にも多かったし、 世界の多くの国々が歓迎した。 それが裏切られた思いがする。
2008.01.16
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秋田のなまはげがホテルの大浴場に乱入ししたのは記憶に新しいが、 なまはげとよく似た行事が東北には他にもあった。 それは岩手県の太平洋沿岸地方に伝わるスネカである。 秋田のなまはげと違って、 岩手のスネカは包丁や刀の武器を持っている。 木の面に藁の蓑の装いでまではなまはげそっくりだが、 手に武器を持っているところが違うようだ。 それぞれに特色のある重要無形民俗文化財であるが、 子供たちへの戒めが目的の教育的行事である。 聞き分けの無い子供を戒める為に現れるという点では、 なまはげもスネカも目的は共通する。 スネカは小正月の行事である。 東北の寒い冬は子供達は火の側から離れない。 火の側にだけいると脛に火の斑点が出る。 その脛の斑点は動かない怠け者の証であり、 そんな怠け者を懲らしめるがスネカの目的だ。 スネカの謂れは脛にできた斑点である「スネ皮たくり」だ。 スネカはそれぞれ違う表情の面に、 藁の装束で怠け者を入れる俵を背負っている。 腰に鮑の殻をつけ、手にキリハと呼ばれる包丁を持っている。 こんな格好の「スネカ」が「泣ぐワラス(こども)、いねァ~が~」と、 大声で家に入ってくると子供は驚き慌てふためく。 子供を戒め、また怠け者を懲らしめると同時に、 災禍をはらい五穀豊穣を願い家内安全を願う。 それが小正月のスネカの行事であり、大船渡市の吉浜地区のスネカは国の重要無形民俗文化財に指定されている。 同じようで、どこか違うなまはげとスネカであるが、 原点は同じで教育的鬼である。
2008.01.16
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久しぶりの山歩きは何時の通っていながら気づかなかった林道からの上り口かだった。 何度も通っているはずの道路で気づかないはずは無いが気づかなかったものに、ある日突然気づき驚く事は、誰でも経験があるだろう。そんな有り触れた驚きの体験であった。 ある林道での事だった。 都会の人には林道と聞いてもピンと来ないと思うが、 田舎では幹線道路のようなものある。 林道の基点から峠のトンネルまでの距離は4kmであった。トンネルの上にはかっての峠越えの山道が残っている。林道が整備されトンネルが貫通する前までは、海側から山奥へ向かう重要な道であったと思われるが、今では忘れ去られ、夏には繁茂する草が道を覆い隠しているが、草も冬枯れで山道を隠すものは無い。苔むした石畳の熊野古道等の巡礼道とは違った趣の道は、山歩きを趣味とするものには魅力的な道だ。 そのトンネルの上の山道を歩く為にトンネル口に向かって、林道を車で走っていると、今まで気づかなかった登り口に気づいた。木の枝に結ばれ風に揺れるビニールーテープが山道への入り口を示している。恐らく夏の間は草木の茂りで消えてしまう入り口の目印のテープだ。 単純な方向感覚でトンネルの上に向かうと思ったが、そうではなかった。山道の方向は何時でも予想とは違う方へ向かう気がする。右に向かうと思う山道の方向が左へと回っていく。左から回って最終的には右の峠へ行くと自分は納得しても、道は一向に右に回り込んでは行かない。そのまま山の背に出ると、右と左側の分岐点であった。左側は道らしい道も無い。白いスプレーの目印があり道に迷う事は無いにしても、巨岩が幾つも山肌にそそり立つ厳しさが待っている。右側に行けばトンネルの上に間違いなくいけると思って右側を選択した。しかし、20分も登ると伐採作業中の明るい山が現れた。遠くの方では微かなチューンソーの音がして、伐採作業は続いている。 結局引き返して、巨岩のそそり立つ険しい道なき道を登っていくと、思わぬ構造物の出現に驚いた。巨大な電波塔は海岸線の国道からも見えるがその一つが現れた。しかも、最初は下の基礎部分のコンクリートだけが見えたから、宇宙船の基地とは思わないが、最初はアンテナも見えず何の為のコンクリーの構造物かと驚いた。電波塔なら毎日見ているわけで驚くはずも無いが、アンテナに気づかなかったし、そんなに近くにあるとは思わなかった。 電波塔が幾つもある長尾山へは何回も登っている。電波塔工事の為に整備された道路で頂上まで車でいけるようになっていた。道路が整備されてから車でも何度も登った。予期さぬ出来事のように、初めて気づいた山道の登り口から、逆の方へと回ったような山道で到着したのは、遠くの山と思っていた電波塔の山だった。しかも思わぬ短時間での到着であった。 何でもないことだと言えばそれまでだが、そんな単純なことで感動して見る山頂の風景は、はじめて見るかのような新鮮さを感じた。
2008.01.15
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1月14日は成人の日だった。晴やかな若者の姿が街を彩る。 晴やかな若者の姿は、何時見ても心が若やぐ。 「若者は幻を見、老人は夢を見る」 晴やかな若者の姿を見ると、そんな言葉を思い出す。 「成人式はトラブルも無く」とかの見出しは、 成人式会場で酒を飲んで暴れる事件が、 全国的に広がっていたからで、 今年はそんなトラブルが無かったというわけだ。 成人式での傍若無人の振る舞いは、 祭り気分に違いないが、 何ともいかがわしい若者らしくない振る舞いで、 見るものに不快感を与える酔っ払い以下の行動であった。 あんな行動にどんな意味が有るか、 今でも不可解な思いである。 成人式が始まったのは1948年からで、戦後の混乱期であり、日本の復興への期待を背負う若者の社会への門出を国家でベルで祝う意義があった。当時の社会状況では、成人式も大きな意味があったかもしれないけど、現在社会での必要性はそれ程感じない。むしろ行政単位での成人式など廃止し、休日として新成人の門出を祝す程度でいいのではないだろうか。こどもの日のように自分たちで祝う成人式である。 も一つこじ付け的な意見は、1948年はねずみ年で、そして今年が還暦であり、団塊の世代と呼ばれる1948年生まれは定年退職の年でもある。とすれば、同じ年の制定である成人式もその役を果たし定年にってもいいような気がする。つまりもういらないというわけである。 毎年減り続ける新成人の数は今年は最も少なく、少子高齢化の時代を反映している。毎年、会場での乱闘騒ぎなどがあった年も含めて、新成人の意気込みとか心構えとか聞くと、大したものだと思う。青年の主張的な優等生的回答ではなくても、しっかりした人生指針を持ち、社会的な責任を見極めているような発言には頭が下がる主がした。今年も同じように、新成人たちの発言はしっかりしたものが多かった。 「今時も若い者は」とは、高慢な大人の常套句だが、 「今時の若い者」は、予想以上にしっかりしているし、 「今時の若いもの」もつらいのである。 酒やタバコにこだわる若者はいない。そんなものはもう若者の心を捉えはしない。若者は何時でも幻を見る。恋も夢も幻である。若者は幻の中に未来をみて、幻の中で恋をする。若者は幻の中から未来を引き寄せ、幻の中で恋をみのらせる。若者の心は幻を現実に引き寄せる。 社会への反発、そんなもの小さすぎる。 大人への反発、やはり小さすぎる。 若者の見る幻は、 もはや大人には、 見えないし、 分からない。 だから、自由の飛べる若者の時代が到来だ。 纏まりの無い若者へのメッセージは、 君たちは「自由に飛べる」だ。
2008.01.15
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衆議院本会議まさに新テロ特措法が可決されようとして時間であった。民主党小沢代表の退席を何人もの議員が見ていたし、多くのマスコミ関係者も気づいていた。テロ特措法に延長した野党第一党の党首としてはいささか無責任な退席は否めないが、これまでの小沢流と言ったところであり、これまでは問題なることもなかったが、この逼迫した政治状況下では問題になるのは当然であるが、意外に波紋が大きく民主党の執行部は戸惑い気味だ。 鳩山幹事長の謝罪は如何にも苦しげで、謝罪にもなってないが、給油継続法案への民主党の最終的な対応を含めて、国民は大きな失望感にとらわれている。民主党に参議院の過半数を与え、捩れ国会になって初めて主権在民を証明した選挙の意味を知った。選挙によって政治が動くことを知った。民意の政治への影響力を知り、政治への関心が増し政治参加を決意した国民は又裏切られた思いになり、いよいよ政治不信になるだろう。 薬害肝炎訴訟を和解へ導いたのは、厚労大臣でもなく総理大臣でもなく民意であった。福田内閣の支持率低下が訴訟原告団の力となった。それが民意である。 インド洋上での給油活動を支持する世論は半々である。世論は二分し、賛成、反対が50パーセント前後を上下しているが、最近は反対が多くなっている。それが世論であった。反対の先頭には民主党があり小沢さんがいた。 改めて考えると、小沢さんの反対は政治駆け引きの為の反対であり、テロ特措法へも自衛隊の海外派兵へも基本的には反対ではなかった。自衛隊派遣の恒久法や、そのほかの活動への自衛隊の参加を目論む小沢さんは大連立でその道筋を作りたかった。それがテロ特措法の延長反対だったのだろう。 小沢さんの責任は大きいと、 マスコミをはじめ、 当然民主党内からも、 批判の声が上がる。 その批判の声に対して鳩山幹事長は、 「公務として大阪に向かい、再可決という暴挙を大阪府民に訴えている」と、 訳の分からない釈明をした。 そんな言い訳が通るわけも無く、 あらためて苦心惨憺の言い訳で謝罪も、 誰も納得はしない。 その言い訳は、 「衆議院本会議で給油継続法案の採決の前に退席したのは大阪府知事選の応援のため」で、 「私からも国民にお詫びしなければいけない。国会議員の責務を果たすべきであった」で、 あった。 小沢代表の途中退席への批判の声は予想以上に強まってきた。 自民党を追い込める最終段階での民主党の、 相次ぐ失態はこれまでも繰り返され、 今更、国民は驚きもしないが、 大連立騒動から続く小沢代表の大きな失態は、 如何ともし難い思いである。 大連立の段階で小沢さんは引退すべきだった、 と思う田舎の素浪人である。
2008.01.13
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日本列島には様々な祭りがある。奇祭、勇祭、蛮祭、危祭、鬼祭、、と色々分類も出来そうだが、三大祭とか、三大夜祭とか、三大何々祭り結構多い。全国的な三大から、地域三大例えば北海道の三大祭とか、東北の三大祭などもあり、又県単位、例えば東京三大祭りと三大何々祭りとか、静岡三大祭とか、色々あるし、日本はお祭り列島でもある。 その中で三大奇祭などは、特に興味が魅かれる。 そんな奇祭である秋田のなまはげの場外ニュースがだ。 なまはげは秋田県男鹿半島の人気キャラクターであり、 なまはげ祭りは日本三大奇祭の一つだという。 日本三大奇祭は色々な基準があって、 他にも色々あるようだが、 最もポピュラーな三大祭が、 諏訪の御柱祭り、富士吉田の火祭り、そして秋田のなまはげだ。 他の基準では、 岡山市西大寺観音院の西大寺会陽、 岩手黒石寺の蘇民祭、 大阪四天王寺のどやどやを、 日本三大奇祭と言う分類もある。 三大奇祭色々あるのは日本文化の多様性を現している。日本各地で神話や伝説が産んだ祭りを気候風土が育み地域性豊かな独特の祭りへと発展したのだ。南北に長い日本列島は文化的多様性に富んでいるのは当然であり、北の北海道と南の沖縄では気候も大きく違い、生活様式もまるっきり違うわけであるから、風習の総結集的祭りも違うのは当然である。 秋田が誇る奇祭なまはげは日本で最も有名なキャラクター登場の祭りだろう。ねぶたもあると言うかも知れないが、ねぶたは動けるキャラクターではない。鬼に関する祭りも各地にあるが、なまはげほど個性豊かなキャラクターはいない。何処にいてもいいような素朴さは見事である。 元々はその姿かたちから判断しても鬼に類する。鬼は悪の象徴であるが、必ずしも鬼イコール悪ではない。面容は悪くて恐れられても親しまれる鬼は多いのだ。その代表がなまはげであり、子供たちの教育的な戒めの為に活躍する。「親のいうことを聞かない悪い子はいないか」が全てを説明しているし、、祭りのなまはげを見ると、彼の目的と立場が分かるわけで、大浴場に迷い込んで女性に悪さをするなどは、なまはげの所業ではない。 秋田県男鹿市で昨年の大みそか、 大浴場に「なまはげ」が侵入し、 女性数人の体を触っていたことが分かったというが、 なまはげとは関係ない行為である。 偶々なまはげの面を被っていただけでと、いうことでおさめて欲しい出来事である。大浴場に乱入したなまはげの肩を持つわけではないが、大勢の女性が入浴中の大浴場への乱入は酒のせい以外には無いのだし、いやな思いをした女性に謝るくらいでいいのではないか。 聞き分けの無い子供たちを戒めるなまはげだが、中には聞き分けの無い子供なまはげがいても不思議ではないと考えたら簡単であるし、まさにそうで未熟ななまはげ役だ。 酒のせいはいえ、少々悪ふざけが過ぎたなまはげさんであるが、秋田県のなまはげは国の重要無形民俗文化財であるから、その自覚も持ってもらいたいと、他のなはげの戒めをうけるしかいようだ。大浴場乱入のなまはげのチームは温泉郷での3年間の行事参加禁止だという。 もう一度言うと、秋田のなまはげの悪さ事件である。 若いなまはげさんが振る舞い酒に酔っ払い、 女性客のいる大浴場に侵入した。 正確には前後不覚で乱入した顛末である。 奇祭の余興といってしまえばそれまでだが、 少々酒に飲まれたなまはげさんであった。 頑張れなまはげと励ましの言葉を送りたいものだ。
2008.01.12
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去年の参議院選挙前からの最大の課題だったインド洋上の給油活動継続の為の特措法の期限切れと、延長に伴う自民党と民主党の攻防は参議院選挙の民主党の圧倒的な勝利で捩れ国会になり、特措法の延長も出来ずに、期限切れで自衛隊も引き上げてきた。そこまではよかった。選挙で、政治が動くと日本国民は実感した。 その後の自民党が新テロ対策特別措置法提出し、民主党も形ばかりの法案を提出していた。そして、国会承認も軽々しくなった新テロ特別措法は予定通りに参議院で否決され衆議院の3分の2で可決成立した。衆議院では民主党提出の法案も一応はと言う格好で可決する禁じ手のような妙技を自民党は見せた。 参議院での否決法案が衆議院の3分の2での再可決での成立は、実に57年ぶりだという。まだ占領下にあった1951年6月のモーターボート競走法以来だというからすごい。めったにない歴史的な出来ごとであり、後にも先にも今回で二回目だという。 憲法59条の「3分の2」条項での法案可決が意味するものはなんだろう。 参議院の否定ではないかとかんがえるが。 憲法59条第1項は、 「両院で可決したとき」が法案成立の条件としているが、第2項では、衆参の意思が異なった場合、衆院が出席議員の3分の2以上で法案再可決で衆議院が優先されるとも規定している。 あくまでも衆参両院の意思が原則である。 それにしても民主党の頑なな反対は何だったのだろうか。反対するなら反対を貫き通し、賛成するなら賛成するで自民党と真っ向から論議して欲しかった。修正事項とか削るべきこととか色々あったと思う。反対も次第の焦点がぼやけて、何をやっても間に合わない段階での法案提出でであった。誰もが政治的駆け引きとわかるやり方での幕引きであり、国際貢献のあり方やアフガニスタン復興支援への民主党の独自案なども意味が無くなった。 上にも書いたが、面白いのは民主党提出の法案も衆議院で可決されたことで、 通常国会でどんな展開を見せるか見ものでもある。 新テロ法も時限立法である。そのため、その度に法案を作るのは面倒くさいから恒久法の制定をの声が高らかになりつつある。自衛隊を海外に出す為の法律が面倒くさいから恒久法で何時でも何処でも出せるようにしておこうというわだが、確か小沢民主党代表もそんな事を言っていた。その法がどんな禍根を残すことになるかは、論議さえ始まってない現在でも分かりそうな気がする。衆議院の3分の2条項で法案成立の妙薬を手中にした自民党は、どんどん法案を提出し成立さえるだろう。 薬害肝炎問題の解決で支持率もうなぎ登りになる可能性もでてきたから、押せ押せになるだろう。防衛省問題から年金問題と自民党は爆薬と抱えている状態に変わりは無いが、爆薬に点火する事は無いと踏んでいる。 なにしろ、民主党の政権奪取の覚悟は見えてこない。 法案可決前の衆議院本会議場から小沢代表の姿が消えて、自民党から小沢代表の姿がないと野次が飛んだ。小沢さんは国会の本会議場を抜けて大阪府知事選挙の応援だという。 国会の話題は次の通常国会へと移り、 マスコミの関心、 世論の話題は大阪府知事選挙へ移る。 どうなるか知らないが、 小沢さんでは民主党の野望は達成できないし、 小沢さんに代わる誰かは見当たらない。 それが民主党の現実のようで、 衆議院の解散は自民党同様に民主党もいやなのだろう。 国民の選択肢は無くなった。 そんな感じがしないでもないが、、、、。
2008.01.12
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大阪府知事選が10日に告示され、オール新人で5人が立候補した。共産党推薦の弁護士、自民党推薦、公明党支持の弁護士、民主党、社民党、国民新党推薦の元大学院教授、が有力3氏である。 現在のところ大本命はいない。 本命らしき候補者はいるが、 まだ本命と言えるほどでもないようだ。 橋下弁護士が500パーセントの出ないなどの、 あやふやな発言なしで、 すんなり立候補していれば、 あるいは大本命だったかもしれないが、 出るの出ないので騒動で選挙戦は面白くなった。 橋下弁護士の功績は白け選挙をなくして、 大阪を白熱した選挙戦にさせただけも、 十分だと思うのは、勿論、野次馬的な視点である。 さて、野次馬的にいけば、 東京都知事選の元宮城県知事の役目であるが、 黒川紀章さん役はいるだろうか。 梅田章二さんは前回も立候補した。 「梅田発で大阪を変える」と梅田で第一声だった。 橋下 徹さんはイメージチェンジはマイナスだ。 「無駄な事業が多すぎる」 「中学生でも財政再建できる」と、 府政を批判していたが府庁前では、 「皆さんの知恵を借りて、府政を立て直したい」と、 職員のご機嫌取りだったと言う。 熊谷貞俊さんは、まず熊手購入し必勝祈願だ。 「票をかき集める」と熊手を購入。必勝も祈願した。 「チームおおさかの監督になりたい」と、 府の職員に語りかけた。 注目は何と言っても橋下さんである。「行列の出来る法律相談所」出身の弁護士タレントである。丸山弁護士が都知事選へも色気を出しながら、その後の参議院に立候補して当選している。丸山弁護士の野武士的な正義感は人気の秘密だが、子沢山の橋下弁護士の方が人気では上だったような気もする。しかし、政治家としての期待となるとどうか判断できない。 広島県光市の母子殺害事件の差し戻し審の弁護士への国民の怒りの代弁者として一躍脚光を浴びたが、その後の対応がはっきりしなかった。そのため、評価も二分した。それに、府知事選への立候補が早くから取りざたされながら、差し迫ってから立候補を否定した。その否定の仕方が人を食っているようで顰蹙を買った。その影響が無ければ圧倒的な票差で当選も可能だったが、現在は当選も危ぶまれているのが現実のようだ。 だから面白くなった府知事選挙だ。 ちゃらちゃらしているが極めてまじめな男で、政策を自ら真剣に考え、育児支援など17の重点事業を掲げたと、支援者と言うか関係者の一人は強調する。 応援団は、友人や芸能プロダクションの職員らの素人集団だというのが前宣伝だが、推薦の自民、支持の公明両党の応援も大きいわけで素人集団ではないだろう。問題は芸能関係者である。それはマイナスになりそうだ。多くの府民は芸能関係者には飽きているのではないだろうか。大阪人気質では芸能関係者は大うけでも、知事となるとどうだろう。横山ノックさんがしくじったと言う訳でない。府民はノックさんがしくじったと思っているだろうか。それに、どうせ府の予算を無駄食いされるなら、何処から来たか分からないような官僚上がりの知事よりは、馴染の大阪のノックさんの方がよかったと思っているだろう。矛盾しているがノックさんはいい知事だった。しかし、現在の東国原ブームでうんざり気味である。大阪には通用しない事は分かっているし、多くの芸能関係者が東国原知事を念頭において応援するのはやめてほしいと思っているだろう。大阪府民はそんなことで動きはしないと、少々怒り気味だと思うが、果たしてどうだろうか。 大阪府民でもないから関係ないけれど、 東京同様に大阪は日本人全てと関係がある。 だから、大阪は何時でも、 元気で憧れの都会で面白い街であってほしいのだ。
2008.01.11
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「ナショナル」が消える。 松下電器の社名変更のニュースだが、 部外者で関係ない人間でも日本人なら、 或いは世界のナショナル製品愛用の人には、 驚きと同時に寂しいニュースである。 経営の神様と言われ松下幸之助さんの名前が消えるわけで、 寂しくなるのは当然かもしれない。 今更言うまでもないが、 松下幸之助さんほど、 国民的な知名度があり、 又、国民に親しまれた、 経営者はいないだろう。 社会活動も熱心で幼児教育から、 政治家育成までその名をとどめた。 松下政経塾出身の若い国会議員はすっかりお馴染みであり、日本の国政への影響力も増している。そんな多大な業績のある松下幸之助さんの名前が消えるわけで、やはり寂しいと言うしかない。 その松下が社名から消え、 「ナショナル」も消える。 蛇足だが、 「ナショナル」が消えると、 「水戸黄門」の時間を告げる音楽も変わるのだろうか。 寂しい事が色々とおきそうだ。 国際市場戦略のための社名変更だという。 新社名は「パナソニック」だと言う。 外国では松下よりもパナソニックが知名度がある。 だから「パナソニック」が、 世界企業の社名には相応しいと言うわけで、 ソニーの社名などもそんな意味では理想的だったのだろう。 社名変更に部外者の感傷的な思いは関係ないが、 寂しい思いはどうしようもない。 本田自動車の本田宗一郎さんが、本田の社名を後悔しているなどと言ったことを聞いた記憶があるが、あるいは同じ意味だったかもしれないと思いつつ、松下電器の社名変更のニュースを見ている。 現在的な感覚、 多国籍企業的社名、 世界ブランド、 世界戦略と、 キーワードが並ぶ。 政界戦略では、日本的な創業者の名前では親しみがもてないだろう。日本人なら誰でも知っていた、経営の神様松下幸之助さんも世界的な知名度はそれ程無かった。当然のことだし、それはそれで分かるが、やはり日本人には寂しい思いがする。 それにしても、 これまで不思議にナショナル製品は使ってない。 だから関係ないと言えば関係ない。 しかし、何故か科寂しい思いがする。 同じ思いの人は以外に多いかもしれない。 「パナソニック」はどんな意味がありだろう。 横文字の名前は面白い付け方も多いようで、 タイヤのブリジストンは経営者名前石橋さんの、 石と橋の英語訳で決まったと言うのは有名な話である。 さて、パナソニックは、あまねくのPANと、音のSOINGの組み合わせだと言う。元は輸出用スピーカに使われたらしいが、日本国内ではなく外国で松下のブランド名となったという。 松下でもナショナルでも日本国内では分かるが、パナソニックだと製品名のような感じである。社名変更後も国内では、ナショナルも松下も使われ続けていくだろう。「パナソニック」の店へとか、製品をとか日本でスムーズに使われるには時間がかかるだろう。 社名変更で多くの人が寂しい思いをするのは、やはり国民企業だからだ。優良企業とともに日本人は世界へと羽ばたいた。だから一企業の社名変更ではなく国家的な出来事である。そんな
2008.01.11
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国民は期待していたかどうかは何とも言えないが、 久々の党首討論が行われた。 福田総理大臣と民主党小沢代表の党首討論が行われた。 福田政権発足初の党首討論は、 あの大連立騒動が記憶に新しい国民にとっては、 最初から白け節想定の期待があったかもしれないと、 わけの分からない事が思いつく。 予想通り熱気のない党首討論はその背景には国民を欺く、 大連立を目論んだもの同士の、蟠りが見え隠れしていた。 「お伺いします」の小沢代表に、 「私も同じ思いです」の福田総理で、 終始一貫して白け気味だった。 党首会談のモデルはイギリスの国会である。 机一つ挟んでのイギリス国会の党首討論は、 まさに角つき合わせての口角砲を唾し合う、 喧嘩さながらの討論だ。 記憶にあるのはサッチャー首相当時の党首討論である。 さすがに鉄の女で太刀打ちできつ相手はないほどに、 「役立たず、間抜け」とかの言葉は罵り合いのようでもあった。 日本の党首討論でも、 小泉総理大臣当時は菅直人民主党代表に、 社民党の土井たか子党首など党首討論は、 白熱したものがあった。 兎にも角にも福田総理と小沢代表の討論には、 熱気が感じられないばかりか白けが先にあった。 年金問題で小沢さんは「おわびでは済まない」と言い、 福田さんは「国民におわびするしかない」とこたえる。 公約違反との指摘に、 「世間がどういう風に認めるかだ」と、 少々熱気も帯びたかに見えても直ぐに、 持ち主の特定作業を進める方針を強調した。 大連立に合意した二人に政策的な違いでの討論は出来ないかもしれないと野次馬的な感想は正しいだろう。そんな感じの党首討論であった。党内かノーを突きつけられ辞意表明までいたった小沢さんが、大連立の相棒である福田さんを責める事は難しいだろう。温和な小沢さんに柔和な福田さんの党首会談であった。 政権奪取に意欲を燃や民主党のはずが、 「火の玉となって何が何でも衆院で過半数を実現する」と、 宣言した小沢代表のはずだが、 何が何でもの熱気は感じられなかった。 火の玉宣言の民主党は年金問題と、ガソリン税の暫定税率延長阻止で衆院解散の戦略をまで追い詰めると言うが、果たしてそこまでの覚悟あるだろうかと疑いたくなる。 新テロ特措法は参議院で否決され衆議院で可決されるのは確実だ。衆議院の三分の二条項での可決だが、その3分の2の勢力は郵政選挙での当選者である。郵政民営化反対で離党した人達も復党し、次の総選挙では郵政選挙の落とし子小泉チルドレンの公認問題まで揉めているのに、その3分の2で参議院で否決された法案の可決である。結局インド洋上の給油活動は再開され、民主党の必死の反対は何の為だったかも分からなくなってくる。情勢は変わってきた。パキスタンは内戦状態になり、アフガニスタンのテロの本元アルカイダはウサマ・ビンラビンの健在振りを示す動画をインターネットで公開した。そんな状況の変化はアメリカでさえ論じれているのに、新テロ特措法の日本では問題にもされず、兎に角インド洋上の給油活動だ。 「解散が遠のけば民主党は息切れし、 小沢氏の求心力は弱くなる」と言う自民党幹部もいたと言う。 「徹底的な抱きつき戦術」と言う民主党議員もいた。 どっちも、言い得て妙といわざろうえない感想だと思う。 衆議院の解散は7月の洞爺湖サミットが終わってからが、最初からの福田総理大臣の予定だと思うのは国民の常識だ。実績の欲しい福田内閣は薬害問題や中国残留孤児問題で実績はあるはずだが、後手後手の対応であったし、実績を消し飛ばす年金問題は次々と新たな問題を浮かび上がらせる泥沼だ。福田政権で選挙に勝てる状況と判断しての総選挙を目論んでいるだろうが、ただ選挙に勝つためが先に立っては、負けるだろう。 与党が半世紀ぶりに衆議院での再議決となるだろう歴史的瞬間を迎えようとしている。新特措法案の衆議院での可決は半世紀ぶりの3分の2可決だ。 もう少し党首討論の内容を見てみると、 自衛隊の海外派遣の原則について、 「憲法解釈を含めて考えが聞きたい」と小沢代表が訊けば、 「国際社会への貢献でやっている訳で、憲法を持ち出すまでの話じゃない」と福田総理。 さてどうなるか今年の国会は?。
2008.01.10
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アメリカ大統領選挙の民主党候補者指名ニューハンプシャー大会は、ヒラリー・ クリントンが勝利した。前日は選挙戦の最中に涙ぐむシーンもあったが、涙が効果的だったような気もする巻き返しであった。 同情票が集まったのかという思いもあるが、 必ずしもそうでもなく、 元々ヒラリー候補が有利であったのだから、 元に戻りつつあると言った方が適切かもしれない。 アイオワでまさかの敗北で、ニューハンプシャーでも不利が伝えられたヒラリー候補だった。アイオワでの敗北後の言動には悲壮感さえあった。マスコミはオバマ候補よりの発言が多く全国世論調査でもオバマ候補に並ばれ、オバマ候補支持へ雪崩現象が起きると思われた。 或いはヒラリー候補もそんな予感があっただろう。 なにしろ、ニューハンプシャーの世論調査では圧倒的なオバマ候補が優勢だったし、天候もまたオバマ候補へ有利と報じられた。必死のヒラリーと余裕のオバマと言った印象がテレビ映像からも感じられた。 そんな状況下で、ヒラリー候補はなりふりかまわずに有権者の元へ足を運んでの選挙戦を展開した。日本のマスコミが、どぶ板選挙と報じた選挙戦展開中のことだった。喫茶店での主婦との会話の途中で涙ぐんだのだ。その後に諧謔的ニューサンスのマスコミみの涙についての質問に「私も感情がある」と、弱い女の一面を見せた。 その涙は「嘘涙」と言ったマスコミもあった。 しかし、終わってみればあの涙の効果は大きかったのだ。 そして、ヒラリー・クリントン候補は事前の予想を覆し、 逆転勝利を収めた格好だ。 絶体絶命の崖っぷちで踏ん張ったと言えるような、 また、それ程でもないともいえそうな勝利であった。 ヒラリー候補は「私の思いを受け止めてありがとう。 皆の励ましましの声を忘れないで、アメリカのために頑張る」と、 晴やかな顔で勝利宣言した。 敗れても余裕の感じられるオバマ候補は、 「クリントン候補にお祝いを申し上げる」と言っていた。 世論調査の結果が逆に作用した結果でもあるだろう。オバマ候補は今までの演説とニューアンスの違いがあった。それは世論調査の支持率の高さを踏まえての自信の表れでもあったが、何と無く驕りも感じられたと、個人的な思うアメリカの大統領選挙の民主党候補者指名大会だ。日本の自民党総裁選挙でも関心を示さない人も、ちょっと気になると言った感じだ。 オバマ候補はアイオワ州での勝利の勢いを保ち、投票日前日までの世論調査では幾つものマスコミの調査でリードしていた。それがあだとなったともいえる現象がおきた。絶対有利が一夜開ければ逆転していた。ワシントンポストは、「現代アメリカ政治の中で、最も大きなカムバック、復活だ」と称えているという。その驚きは、或いはアメリカの多くのマスコミの驚きだろう。 初の女性大統領を目指すヒラリー・クリントン候補が味わう元との屈辱と有権者の力だったに違いないアイオワ・ショックは、女性有権者動かしたのだと言う声もある。向こう岸の住人であったヒラリー候補が涙ぐみ女性として自分たちと同じ岸に立っている。女性有権者の心理を分析する専門家も衣類が、いよいよ面白くなってきたともいえそうだ。
2008.01.09
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酔っ払い運転の車が奪った幼い3人の命へ償に、 刑の軽重は関係ないような気もするが、 刑の重さしか遺族の気持ちを癒すものはない。 気持ちを癒すことの出来ることなどないが、 せめてという思いの表現で、 あえて癒すと言う言葉を使うと、 遺族の心を癒すのは重刑しかない。 福岡県福岡市東区の「海の中道大橋」で起きた3児死亡事故の福岡地裁の判断は、「危険運転」ではなく「過失」である。 福岡地方裁判所の判決は、危険運転致死傷罪ではなく業務上過失致死傷罪の適用での判決だ。量刑は道路交通法違反罪と合わせての懲役7年6カ月だという。 刑の重さでどうにかなるものではないが、 3人の幼い命を奪う事故を起こし、 事故後の見苦しい保身的行があり、 その後も、許し難い物言いがあった犯人への、 遺族の怒りを多くの人が共有していたのが、 この交通事故である。 刑が軽ければ「私が殺しに行く」と言っていた、 若いお母さんの怒りが思い出される。 幸いにもお母さんは、 新しい命に恵まれ、 前向きに生きる事が出来る。 減刑を主張した犯人は自分主張が正しいと思っているのだろうか。 ある意味では、減刑で早めの社会復帰後の人生は厳しいものだろう。 どんな厳しいものかは想像もできないが、 むしろ自ら重刑を望むのが、 人間的にも認められ社会復帰も容易だろうと思う。 減刑に成功し裁判での勝利であったにしても、三人の幼子を殺しながら、罪の意識よりも自らを守る為に悪足掻きし男として生きることになる。或いはその方が犯人への戒めになるかもしれないが、それも犯人に罪悪感があればこそである。殆んど居直ったような裁判での主張や、事故後の隠蔽工作などを考えると、判決は納得できないし、違和感があるというのが多くの人の意見だろう。 交通事故被害者の遺族はやりきれない思いで判決を見ていると思う。普通の過失事故であっても納得できない判決である。まして逃れようのない泥酔状態での事故である。 3人の子どもの遺影が傍聴席の両親と共に判決を見守っていた。お母さんは、事故後に生まれた赤ちゃんを胸に抱いていた。そんな風景に犯人が目を向けたかどうかは知らないが、普通の神経なら刑の軽さに身を切られる思いになるだろう。そして、自ら望んで重い刑を求めるだろう。 危険運転致死傷罪が適用されれば最高刑は懲役25年だという。 しかし、地裁による訴因変更命令で刑は軽くなると予想されていた。 それにしても、 「懲役7年6カ月」は、 遺族にとってはあってないような刑だろう。 法の非常さであり、 裁判の空しさである。 遺族の憤りは消える事はない。 遺族の心から怒りは消えない。 遺影を抱く親の気持ちが癒される事はない。 「私たちや子どもたちの未来を壊したんだと改めて感じた」と父親は言い、 、 「被告の表情がないことに違和感を覚えた。3人の命を奪ったことをどう感じているのか。彼が事故後に自己保身に動いている中で子どもたちが亡くなったことを考えると、たまらなくなった」と母親は言った。自己保身のために子供がなくなった。 検察が控訴する可能性もあるが、 控訴しなければ刑は確定する。 7年6ヶ月の刑期を終えて、 法では裁けなかったつみの重さを背負って、 自己保身のために三人の子供を殺した男は、 どんな思いで生きていくのかと考えると、 早い社会復帰での罪の償いがあるように気もする。 事故直後両親は、 「なぜ子どもたちを助けることができなかったのか」と自分たちを責めたという。しかし、犯人は自己保身の反省もない。事故は事故としても、その後は逃げることしか考えずに、その後も隠蔽工作での自己保身に走った犯人は更に自己保身のために様々な主張を繰り返し、三人の子供の両親は、自分たちを責めた。 そんな矛盾も感じない男のような気がする。 第三者でしかない者に、 何も言う資格もないが、 身近には交通事故の後遺症に悩む友人がいる。
2008.01.08
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薬害C型肝炎被害者の「全員一律救済」の為の法案が2008年年明けと同時に日の目を見ることなる。「薬害C型肝炎感染被害者救済特措法案」は8日の衆院本会議で各党が賛成して可決することになった。 政治の力を感じ一律救済であり、国の責任を認めたのであるから、画期的な出来事が始まったと言っても過言ではなさそうだ。原告団の顔も晴れやかではあるが、本当の戦いはこれからだとも言う。 和解条件を決める「基本合意書」を15日に結ぶことになりそうだ。 救済の対象外の患者も多く、 その救済のための付帯決議などああるようで、 真実の一律救済のためには、 まだまだ問題は多い。 原告団は全ての被害者が参加しているわけではないという。 一体どれだけの被害者がいるかと驚くばかりだ。 法案は特定のフィブリノゲン製剤と、 血液凝固第9因子製剤による、 感染者を救済対象とするという。 「肝硬変・肝がん・死亡」、 又、「未発症」まで、 4000万~1200万円の、 給付金が支払われる。 費用は国が設ける200億円規模の基金でまかない、 製薬会社にも基金への負担を求める。 救済法案での国の責任と謝罪は、 前文で、 「政府は、感染被害者の方々に甚大な被害が生じ、その被害の拡大を防止し得なかったことについての責任を認め、感染被害者及びその遺族の方々に心からおわびすべきである」と書かれた。 原告団の山口代表は「被害が生じ、感染を防止しえなかった責任に触れるなど、私たちの意見が全面的に採り入れられた。全面解決への土台が固まった」と笑顔で言い、 原告団の福田さんはまだ350万にもいると言われる被害者の救済も訴えることを忘れなかった。 和解条件の基本合意書がまとまれば、係争中の裁判は意味が無くなり、訴訟の和解手続きが取られる。政治の力と、日本の司法の限界を否が応でも知る結果となった。 それもこれも捩れ国会と言うか、参議院での民主労の圧勝の政であり、又福田内閣の支持率急落を表明した世論の力である。 現在国民は自分たちの声で政治が変わると実感している。 選挙に新しい波が起こりそうだ。 薬害肝炎の被害者の一律救済で明ける政治の年が、2008年のねずみ年という事になりそうだ。福田首相もねずみ年生まれの年男だと言う。年男の総理大臣に期待もするし、民主党にもはっぱをかけたいのが今年の国民の声だ。まだまだ、大連立などの話もくすぶり続けているようだが、そんな事は国民への裏切りである。 緊張した政治が、国の歪を取り払い、国民集権の政治本来の姿へともなっていく。一党独裁的な大連立などとんでもないと、教える薬害肝炎訴訟の和解である。
2008.01.07
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山口県で男性3人に女性1人の計4人の死体が発見された。 ダム管理事務所の駐車場にあった車の中での練炭による二酸化炭素中毒による自殺だ。 車の中で練炭を燃やしての原始的方法が特別の意味があるとは思えないし、 最も簡単な方法を選んだだけのような気も知るが、死ぬまでの苦しみは大きそうだ。 車は久留米ナンバーだと言う。 4人の身元は判明しているようだ。 4人とも現住所は福岡県であり、 死後1週間以上もたっていた。 覚悟の自殺には違いないが、 不自然と言えばドアはロックされていなかったし、 エンジンキーが付けっぱなしだった。 しかし、自殺と断定するのに必要な複数の遺書が残されていた。 遺書が残されていたのだから自殺と断定するしかないが、 何故4人で、 何故男は3人で女性は1人かは謎である。 謎の解明にまず浮かぶのは自殺サイトで募った偶然の人員年齢構成である。 40台の女性に20代の男性が二人に30代の男性が一人の組み合わせであるが、その年代的な組み合わせも偶然だと説明も簡単だ。 それでも、一人の女性を中心に展開した男女の情愛劇の行き着く先が自殺だったのかと、野次馬の不謹慎な興味は尽きないが、それにしても4人の自殺は謎である。 誰でも死んだ方がましと思う事はあるだろう。誰でも死を最大の選択肢と考えることもあるだろう。しかし、死ぬとの考えるのは違う。何故死までいきつくかは、やはり謎である。推測可能な理由は幾つもあるだろうし、精神的な云々の精神医学的な論理での説明も可能だろう。しかし、あくまでも生きている人間の解釈であり説明である。 自殺サイトで募った自殺希望者が会って、 どんな会話をするのだろうか。 死を前提にしての共有する時間は、 どんな話題で過ごすのだろうか。 話題が過去のことになることもなさそうだし、 かといって未来はないのである。 未来は天国についてか、 極楽についてか、 浄土についてか、 まさか地獄について語るまい。 毎年毎年増え続ける自殺サイトで知り合っての自殺は、死への恐怖と取り払う仲間が寄り集まって、安易に集団で死んでいくような気がする。死のうと思った事は何度もあるが、死なずに生きてきたものとしては、死ぬ前に話がしたかったとか、メッセージが欲しかったとか思うのである。 死ぬなと、どんな馬鹿らしくても死ぬなと、どんなに惨めったらしくても死ぬなと、例え全人類から嫌われても死ぬなと、俺を見ろと、私でも生きているのだと、今はただ言いたいのだ。 死後には何も残らない。生きても何も残らなくても命だけは残っている。値打ちなどなどどうでもいい。人生など価値あるものではない。 人生は生きていれば十分だ。
2008.01.07
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今更と言う思いもあるが、 インターネット選挙運動が解禁されそうだ。 自民公明の与党と最大野党民主が共に公職選挙法の改正案を提出される見通しだと言う。 インターネットでの選挙運動は当然解禁され自由であるべきだと思う。ヨーロッパなどではとっくに始まっているし、アメリカの大統領選挙でもユーチューブでの公開討論会で盛り上がっていた。 与党の自公と民主党はホームページの利用を解禁する為に、 他の野党にも呼びかけて次期衆院選からの実施を目指すという。 公職選挙法142条は、 法定のはがき、ビラ、マニフェストを除き、 「文書図画」の頒布を禁じている。 ホームページは文書図画だという。 文書図画に分類されるから、 選挙期間中は候補者も政党も、 ホームページは更新はできない。 インターネット選挙が解禁になると、 候補者や政党は公約を、 音声や動画でも発表可能となる。 選挙期間中も更新が可能となれば、 運動結果の分析に従っての重点的な選挙運動が可能で、 情勢分析によってホームページの重点事項の変更も可能になり、 時にはまるっきり変わったホームページに、 なったりするかもしれない。 有権者は自由な時間に見れるわけである。 応援メッセージなどもメールで自由な時間に送れる。 インターネット選挙に関しては、民主党が飛躍的に進歩的であった。2006年6月には4度目となる議員立法を国会に提出した実績がある。提出の実績だけであったが、ホームページ、電子メール、ブログのすべてを解禁すると言った画期的なものだった。 勿論選挙運動だから、 氏名とメールアドレスの表示の義務は当然である。 偽者や嫌がらせや成りすましを防ぐ為には、 氏名や事務所の住所表示は当然で、 違反した場合の罰則規定も当然だ。 一方の与党自民党は消極的であったが、昨年12月に選挙制度調査会が論点整理を行い、ネット利用解禁に向けて動き出した。民主党のように全ての解禁には消極的でも、ホームページの解禁の必要性は認識している。電子メールやメールマガジンの解禁には否定的だが、一方を解禁した一方を禁止しても効果は半減するだろう。 どっちにしても、 いずれは全て解禁されるし、 遅いか早いかの差でしかない。 将来は自宅からの選挙も可能となるだろう。そして、リアルタイムに全ての候補者の得票集が表示され、有権者数や、投票率などから計算された当選確実が、マスコミの出口調査と競い合う当確競争もあるかもしれないと思うし、他にも楽しい事が考えられ、今までと違った選挙戦の模様が展開されるかもしれないと期待する。
2008.01.06
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今日は1月6日で、当たり前だが2008年が開けて6日目だ。 そんな当たり前のことと言うのは、 2008年になって初めて、 カラスの声を聞いたからである。 カラスの習性に冬を越すための渡り性があるとは思えないが、冬になってからカラスの声を聞くのが少なくなったような気がする。朝からガア、ガアと煩かったカラスの声が聞こえなくなって喜ばしいはずだが、聞きなれた声が聞こえない寂しさがあるのも否めない。それに、カラス対策が万全なごみ収集場も無駄なことをしているような感じさえする。あれだけの群れが移動するには何らかの決まりごとがあるだろう。群れを統率する決まりごとは、カラスだけに与えられた生きていく為の自然の掟であり、それがどんな事であるかは、専門の研究者しか分らないような気もする。他に知る人は、カラスと接触が多い職業の人だろう。そんな人達には当然のことでも唯カラスが煩く、気色悪いだけの人間にとっては驚く事が多い。 渡り鳥なら時期になったらやってくる。 それは鳥の本能であり、 時には気候や環境の変化で変わる事があっても、 多くの場合不変の法則にしたがっている。 先祖から引き継いだ生きる為の基本的な習性は、 DNAに組み込まれ子孫へと引き継がれる。 冬になって姿も声も聞かないカラスは南のほうに移動したのだろうか。しかし、年末には夥しい数のカラスの群れが電線に止まっていたのは見た。という事は、何処かで寒さをしのぐ為に隠れているのかもしれないと思ったりと、朝からカラスに刺激され、あれこれ考えていると、おばさんが車のキーを探して騒いでいる。よくあることだから、特に気にもしない。年末には冷蔵庫の中で見つかった。冷蔵庫から鍵が出てきた原因はまだ謎である。おばさんは冷蔵を開けると思い出し、変な気分なるとか言うが、傍から見るとそんな風にも見えない。 今日はいよいよ時間が切羽詰って深刻である。 時間が無いようだからスペアーを探した方が早いだろうと助言すると、 「その手があったわね」と、 喜んでいたのもつかの間、 ドアーは開いたがエンジンがかからないと騒ぎ出す。 こうなった目的地まで自分の車で乗せていった方が早い。車で10分ぐらいの距離であるから問題はない。川沿いの道を走っていると、カラスの群れが水浴びをしている。雨が暫く降ってないから川底の玉石が浮き上がっている。その玉石と見紛うほどのカラスの群れが川をうめている。何匹かが水浴びをして羽ばたき、反対側の無人の道路に上がる。変わって何匹かが水に入る。いかにルールがあるような繰り返しだ。 「別に驚く事は無いわ、よく見る光景よ」 カラスは冷たさを感じないのかと驚きの声を上げると、素っ気無いおばさんの声である。 おばさんの話を総合すると、 カラスは毎日いたことになり、 今年初めてカラスの声を聞き、 今年初めてカラスの姿を見た、 私の感想は無に解するわけであるが、 一人だけカラス絡み話せれていたとは思えない。 しかし、そんな事はおばさんにとっても、 カラスにとっても問題ではないだろうと思い、 話を打ち切った。 黒いだけがカラスかと思ったらそうではなかった。 日本では12種類のカラス科の鳥がいると言う。 カラス科には、黒いカラスも当然入るわけで、 黒いカラスもカラス科の鳥の仲間だと言えば、 上手く納まりそうだ。 しかし、なんだかんだ言っても、 やっぱり黒いのがカラスであり、 白いカラスも見る事があるのは、びっくりニュースなどである。 カラスの色々な知識の為に検索したら、柴田自然研究所(シバラボ)のホームーページが開いた。このホームページで十分間に合いそうだが専門的な本も書かれていると言う。興味ある人にとってはどうしても読んでみたい本だろう。 柴田自然研究所のホームページから、「ハシブトガラスやハシボソガラスは、夜間、大きな森に集まって集団で眠る習性がある。特に冬の時期には大集団を作って眠る。繁殖期である春から夏にかけては、子育てをしている成鳥は、営巣木で眠るが、若鳥は1年中集団ねぐらで眠る。ちなみに集まるカラスたちには秩序だった群れとか血統などはない。烏合の衆である。東京都心にカラスがたくさん住むことができる理由の一つが、この集団で眠ることのできるカラスのねぐらに適した森があるからだ。では、どうして集まらないと眠れないのだろうか。実は、集団で眠るのはカラスだけではなく、多くの鳥がそのような習性を持っている。しかし、その理由はハッキリとはわかっていない。いくつか仮説が立てられているが証明されていない。」
2008.01.06
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餌を待つスズメ 官庁の仕事始めである。 テレビでは福田総理大臣の年始の挨拶があった。 特に何かを語ったわけでもなく、内閣改造も否定的で、 洞爺湖サミットを強調しているのは、 それまでは解散はしないと言っているようでもあった。 総理大臣の年始の挨拶で、今年も動き出したと思い、街に出てみると消防の出初式で商店街を消防車が三台も連なり、消防士が後ろから小走りについている。通行人は殆んど無く、出初式のための貸切かと思われる商店街だ。 成人式も正月中に祝うと言うが、新成人の華やかな姿も見えない。駅には華やぎもあるかと思って行ってみると、客待ちのタクシーが動く気配も無い駅前広場で、乙女の像だけが冬の陽射しを浴びて、命の息吹を漲らせていた。 賑やかなはずの正月が静かに過ぎて、 仕事始めの役所が動き出した。 本来なら仕事始めと同時に慌ただしく動き出すはずだが、街には動き出した実感は無い。それもそのはずで、正月に華やかさが消えて、正月と平日の境さえなくなっては、正月が終わったなどの実感は湧き上がらない。 過疎地である。 過疎地らしい静かな正月であった。 それでも正月らしいと感じるのは、ごみ収集が始まり、ごみ収集場所の夥しいごみの山である。カラスも恐れをなしたのか上空を舞い飛び降りてこない。ごみを漁っているのが当然となったカラスの無関心を装う空中の舞は、不気味ささえ感じさせる。 もう一つ気になるのは郵政民営化後初の年賀状配達であったが、何も問題も無かった。民営化と関係ないだろうが、郵便屋さんの動きは活発になった様な気がする。 宅急便のサービスも本格化してきたが、 郵便屋さんの存在感は薄れはしないだろう。 まだまだ、民営化の実感は無い。 又、完全な民営化でもなく、 職員は役人気質を捨てる事は出来ないだろう。 一朝一夕で長い習慣が変わるわけも無い。 思えば去年、民営化による民間気質のサービス精神に期待して、私書箱の使用申し込みをしたら、個人情報を聞かれ、幾つも申込用紙を書かされ、何回も呼び出されて結局は無しのつぶてである。インターネットで殆んど数分しかかからない私書箱のレンタルは、やがて一年になるが返事は来ないのだ。 社会保険庁の問題も、 薬害肝炎のリスト問題も、 理解できる役人気質であり、 民営化後もその気質は続くわけで、 正月に年賀状を配る為に、 寒風の中を走り回る郵便屋さんとは違うのである。 街や村々の隅々まで走り回る郵便屋さんには民営化等に捉われない使命感がある。民営化など関係ない使命感といってもいいかもしれないが、郵便屋さんは町の村の風景のようなものである。その使命感も社会意識も変わりはしない。しかし、郵便局の職員は違うだろう。私書箱の申し込みで、ありえない扱いを受けたとしても、そんな事は役所仕事ではよくある事で、郵便局も民営化も関係はない。 正月からくどくどと文句を言うわけではないが、 やはり正月はある程度の華やぎを期待しているわけで、 何と無く寂しい思い出2008年の、 一歩を踏み出した田舎の素浪人である。
2008.01.04
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正月の最大のスポーツ風物詩ともいえるのが箱根駅伝大会は、 東京箱根間を往復する箱根駅伝は217.9キロを10人で走る。 往路優勝は早稲田大学であったが、 復路は往路2位の駒澤大学が、 早稲田大学を抜いての、 逆転で総合優勝を飾った。 正月の季語にさえなった箱根駅伝だが、 今年ほどドラマのあった年は無かったと、 言うのがもっぱらの評判だ。 評判という言い方が適切な表現とは思えないが、 アナウンサーの話し方から、 そんな表現が浮かんできた。 感動的な事が幾つも起きて、 予想も付かない展開が、 スポーツの醍醐味でもあるが、 今年の箱根駅伝は想像を絶する事が、 起こり過ぎたというのが、 やっぱり評判と言えそうだ。 予想もつかいから無心で見る以外にない。そんな箱根駅伝であったが、長時間の競技を完全に見るのは関係者以外では難しく、何処のチームに応援するわけでもない多くのファンにとっては長時間みる事はなくても、可能ならば長時間通して見たい、目の離せない面白さであった今年の箱根駅伝大会は、関係者にとっては悲壮感漂うランナーと共に苦しむ大会でもあった。 何と言っても最大の悲劇は前年の覇者順天堂大学の脱落であった。順天堂大学の天国から地獄への急展開が第一区で始まった。1区の選手が右足に痙攣を起こし、出だしから暗雲に襲われた。そして決定的な悲劇は山上りの5区であった。昔から箱根の山は天下の険とうたわれた、まさにその天下の険でで起きた。しかもゴールまで残り500メートルでランナーの足が止まり、監督が駆け寄って手を差し伸べて途中棄権となった。その前に何度も走り出してはとまり、又走り出す光景があった。その姿は余りにも痛々しく、ランナーの執念を感じ感動する場面でもあった。第一区の出だしでの躓きは山上がりで一気に取り返したかに思われた。18位から一気に11位まで順位を上げたランナーの凄まじい走りであった。そのままたすきを繋ぐ事が出来たら奇跡であった。しかし、奇跡は逆の方へと向かった。前年の覇者の連覇の目論みが潰えた瞬間であった。 箱根駅伝の名物の一つがケニア勢の活躍だ。 二区で15人抜きの快走をみせたのは、 日大のケニア選手だった。 ケニア勢といえば山梨学院大かと思ったが、 他の大学にもいたのだ。 二日間にわたる長時間のドラマは、 色々な模様を見せてくれた。 特別に応援するチームもないから、 気が向いた時に見る程度であったが、 それでも感動的な場面は何度も見た箱根駅伝であった。 来年もまた感動的な場面が展開されるだろう。 悔しい思いのチームは来年に向けて走り始めるだろう。
2008.01.03
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厚労省の人口統計調査は、 年間死者数が110万6000人で、 年間出生数が109万人であった。 単純に考えても、 「自然増」に転じたかに見えた人口は再度、 「自然減」となったようだ。 単純に計算しても1万6000人の減少である。 日本は本来が人口が多すぎるから別に問題もないと、 これまた単純に思うが、 社会的には人口減は好もしくはなく、 国の衰退に繋がりかねないと言う、 単純な懸念がある。 交通事故死者数は5,743人と、 54年ぶりに5,000人台にとどまったという。 2007年に交通事故死亡者数は、 前年度より609人少ない5,743人であった。 交通戦争と言われた時代には、3万人以上の交通事故による死亡者の数であったが、道路交通法の罰則強化はもとより、技術的な進歩、性能の向上や事故防止機能の強化といった車の進化によって、交通事故による死者数は減ったわけだが、不幸にも3万人以上の自殺者が続いている。 正月早々のニュースとしては、 好ましくない、 出生数の減少や、 死亡者数のなどの、 統計ニュースである。 多少の人口の増減は一喜一憂する必要もないだろう。 交通通事故による死亡者数が減り、 自殺者数が減ることを願う。 そんなニュースがあって、穏やかな天候の続くこの紀南地方は、 正月日和と強調したい柔らかな冬の日差しに包まれている。 そんな陽気に誘われて、足は自然に海岸に向く。海岸は細石の御浜海岸で海はなだたる荒海熊野灘だ。しかし、正月日和の熊野灘は荒涼さとは程遠い穏やかな表情である。御浜海岸のざわめきも、遊泳禁止で人を寄せ付けない荒波の咆哮ではなく語りかけるような囁きの声だ。そんな波の声に誘われて渚近くまで歩いていく。 穏やかな海面は小刻みな波が戯れている。寄せる波も返す波も溶け合い膨れることもなく渚に寄せてくる。砕けた波と寄せる波が溶け合い白く泡ぶき、白い小動物のように渚を駆けていく。 めったにない穏やかな冬の風景の中には人影もなかった。 心の中では、人影のない海岸の風景を独占する幸せと、 穏やかな風景の中に人がいない寂しさが交差する。 そんな心の風景を見つめまがら、細石の上に座ると、 冬の陽射しを蓄えた石の温もりにが体を包み込む思いがする。 いるはずの釣り人の姿もないが、 水平線には幾艘もの船影が見えと、 透明感のある風景の中に新たな発見があったような喜びを感じる。 何かを見つけたわけではないが、 何か見つけたような思いになって目を凝らす。 何かが加わったわけではない。 何かを発見したわけでもない。 しかし、新たな発見をしたようは新鮮さが、 透明感のある風景にはある。 だから、又、心の目を凝らす。 そんな、紀南の地の正月2日である。
2008.01.02
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日の出前の三重県熊野市木本海岸三重県熊野市木の本海岸7時20分 2008年の幕は切って射落された。12年に一度の亥年は混乱の年といわれるが、まさに混乱の年であたった2007年から、もう2008年へと変わった。 2008年は子年である。 十二支でのねずみ年の特徴は特にないと思われるが、 それは動物のねずみの特徴がまず浮かぶ。 浮かんだところでどうとも言えないが、 今年も去年の延長でしかない。 それが国内事情であり、又地球規模のことでもある。 しかし、人間個人としては、 去年とは、去年までとは、 違う自分への変化を、 夢見ることも可能だ。 さあ、何はともあれ、 一年の計は元旦ありで、 今年こそはと、気負っての新年である。 おめでとう 今年こそはで 見る日の出
2008.01.01
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