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「にじのはし」主催のエポック授業に参加させてもらいました。「にじのはし」主催のプリさんは、わたしが足立区にあったシュタイナーの自主保育に参加させてもらっていたころのご縁です。娘のぽんぽんが小学生になったと同時の素晴らしきタイミングでのエポック授業、見逃す手はありません。七歳までのこどもは夢の中でゆっくりと育つ。そんな教育に憧れながらも娘との密室育児に耐えかねて、三歳からふつーにふつーの幼稚園に通わせてしまいました。それでも幼稚園が、シュタイナー的とはいえなくても、とてもすてきな園だったので、それはそれでよかったと思うけれど、でもでも、シュタイナー教育への憧れはつのるばかり。かつて教職を志した者としては(志しただけで挫折してしまった。理想が高すぎた…)、幼稚園ではガマンできても学校教育に対してはさらにいろいろ言いたい事もあるが、理想論が現実の壁を崩せるわけもない。むなしい…(TT)今回のエポック授業、親は見学させてもらうことができませんでしたが、授業参観の時のざわざわした雰囲気を思えば当然のこと。90分の長い授業を終えてでてきたぽんぽんのニコニコ顔を見れば、うーん、楽しかったんだなーとつくづくと思いました。先生の穏やかな、でも凛とした雰囲気に、ああ、こういう先生のたたずまいを見て育つこどもはシアワセだろうと思いました。最近、ぽんぽんは学校に行くのがいやで、寝る前にさめざめと泣きます。どうやらお隣の席になった男の子がなかなかのやんちゃっ子で、いろいろと困らせられているようです。そして、その子の口癖が「先生に言うからな!」で、その先生がとても怖いのだそうです。ぽんぽんの担任をしてくださっている先生は女性で、おそらく50代のベテランで、親のわたしから見るとごく常識的な先生なのですが、大きな声で怒るのだそうで、ぽんぽんはびくびくしています。幼稚園の先生も(ふつーの幼稚園なので)怒る時は大きな声でしたし、ぽんぽんはそれも怖かったのだけれど、それでも先生たちは、朝登園すれば抱っこしてくれたし、しゃがみこんでぽんぽんの目線でお話を聞いてくれたし、ぽんぽんは絶対的に「好き」でした。でも小学校の先生はそうはいきません。お休みした理由を話そうと思ったら、「はい、もういいです」といわれたのだそうで、先生の意識とぽんぽんの意識の差を考えて、思わず苦笑してしまいました。エポック授業が終わって、ぽんぽんが、「せかいはね、ちょくせんときょくせんでできてるんだよ」と言いました。高校の時の、別のクラスの物理の時間で、先生が教室のドアと廊下の窓をあけて、理科室の蛇口からホースで水の放物線をつくって見せた、という話を聞いたことがありました。そのころは先生が何のためにそんなことをしたのかわからなかったのですが(!)、エポック授業のことを聞きかじってから、やっと自然の摂理に応じた水の曲線の神秘的な美しさを伝えたかったのだとわかりました。それから、ぽんぽんとシャボン玉で遊んでいて、次々に出現する完璧な「球」に感動したり、そこにあらわれるプリズムにみとれたり、飛ぶ様の風のゆらぎに感心したり…わたしもあらためて勉強しなおすような気持ちになったことをあらためて思い出しました。幼稚園の先生は、ひらがなの「お母さん(字母)」のお話をしてくれたのだそうです。「あ」のお母さんはこんな形(安)だよ、と言うふうに。知識を伝えるだけでなく、学びの本来の意味を、そこから知恵につながる本質的な教育を、もっと真剣に考えていきたいものだと、改めて思いました。先生はもちろん、参加させてくださったプリさん、ありがとうございました(^^)こどもたちの授業を待つ間、お母さん方ともいろいろお話できて楽しかったです。みなさん、ありがとうございました。次回の「にじのはし」に期待しちゃおっと(笑)
2008年04月27日
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ゆっくりお風呂に入ってほかほかになったぽんぽん。暑くてパジャマが着られない。「かあちゃーん、キャミソールだけでもいい?」「いいよー。しばらくの間ね」「ふう…ゆであがりはあつくて着られないよ」「…?(なんとなく違和感)」三秒後「それ、ゆあがり」「ああ」でも、あながち間違ってないような気もする。けど…
2008年04月19日
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ある夜…眠っていたぽんぽんが突然、「♪Monky Magic!Monky Magic!」と歌い始めた。ダンナと二人で、「なんだ、なんだ?」と思わず顔を見合わせてしまった。この間は、「うーん、ありがとうね」だった。きのうは、「よしっ!」だった。よし、最近、またいろいろあったけど、わたしもがんばる。 ♪Monky Magic!とたのしげに歌いつつ、感謝の気持ちを忘れず。
2008年04月18日
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昨日の「ごーん」を書きながらなんとなく思い出したのだが…ぽんぽんが年少さんだったころの話。担任の先生から電話がかかってきた。「あのー、ぽんぽんちゃんなんですが…」「はあ、なにかありましたか?」「今日、テラスで転んで足をすりむいてしまいまして…」「あらあら(でもそれくらいのことでわざわざ電話?)」「ちょっと泣いちゃって、でもがんばって立ち直って、お外に出ようとしたら友達がぶつかってきて柱に激突して…」「あらまあ」「それでもがんばって泣き止んでお外に出たら、ボールが飛んできて顔にぶつかって…」「…」こらえきれずに噴出してしまった。「そういうわけで、きょうはちょっと落ち込んでるかもしれません。どうもすみませんでした…」いえいえ、こちらこそ、お手数かけました。
2008年04月09日
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日曜日のこと。車で15分くらいのところに川があって、その河川敷がみごとな桜並木だったので、ぽんぽんの入学式のお洋服を買いに行った帰り、パンを買ってそこでお花見ランチをした。決してきれいな川ではないけれど、今日は両岸から散り敷いた花びらで水面も桜色。愛するダンナ、かわいい娘、おいしいパン…ああ、シアワセ、言うことなし。と、いきたいところなのに、なぜか心の中が荒れまくっている。なんだかよくわからないけれど、わけもなくいらだっている。いや、わけもなく、じゃないよなあ。なんか、思い通りに行かないんだよ、何もかも。わたしはみんなのためを思って、いろいろ考えているのに。ああ、またやってる。それがわたしの悪い癖なんだ。ぐつぐつ煮えたぎる胸のうち。おかまいなしに美しい桜。だいたい桜って、なんか腹が立つ。なんか強迫観念が付きまとうのだ。ほんの一週間かそこら、幻のように咲いてさっさと散る。桜に振り回されて、日本人は右往左往だ。「今日見ないと、明日は散っちゃうよ」「ちゃんと見てね。来年までもう咲かないよ」日本人が限定販売に弱いのは、桜のせいなんじゃないか?いらいらの原因が自分にあるとわかっている以上、ダンナや娘に八つ当たりもしにくいので、桜に矛先が向いたのだろうか。こういうときは、とにかく放っておいてくれるとありがたい…。ほんのしばらくでいいから、見逃してくれ。パンを食べ終わり、荷物をまとめて車に戻ることになった。とにかく一人になりたくて、なんとなく足早になる。ダンナが少し遅れて、ぽんぽんは上を向いて降ってくる花びらを捕まえながらなので、もっと遅れてついてくる。ふいに、「うわーーーん」とぽんぽんの泣き声がした。顔を手で押さえて泣いている。「どうした!?」ダンナと同時に叫んで振り返った。今すれ違った自転車とぶつかった?と、ダンナが突然、噴出した。「ポールが揺れてる…」たしかに、ぽんぽんのとなりの駐車禁止の標識のポールが、ゆらゆらと揺れていた。桜を見ながら歩いていて、激突したらしい。いや、ポール君も、さぞ驚いたことでしょう…。近くにいたら、きっとごーんって音がしたんだろうな。「もう、おばかさんだねえ…(^^;」抱っこして、よしよし。もう、小学生なのにね。わたしのイライラも、びっくりした拍子に飛んでいったらしい。
2008年04月09日
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ぽんぽんの卒園式は、涙、涙だった。最近涙腺が異常に緩いというのもあるのだが、最初の園児入場で園児たちが歩いてくる、その堂々として自信に満ち溢れた姿を見るだけで、こんなにりっぱになって、という思いで胸が一杯になり、涙に暮れる。こんなに早く泣くのは私だけかと思えば、隣のママも泣いていた(笑)。同時に、こんなに早く大人にさせられて、という複雑な気持ちもまじってしまうが、それと引き換えにしてもこの園で得た経験は、親子ともどもすばらしかったと、お式の間、涙を拭き拭き思っていた。ぽんぽんの幼稚園は年長児にかける負荷がものすごく大きい。年少、年中と培ってきたことを年長で一気に爆発させ、表現させる。シュタイナー教育に対する憧れから、最初はそれがいやで仕方なくて、年長になったら辞めさせてやるとか息巻いていたのだが、ぽんぽんがちょうど年長になるころ、わたしの精神世界的なものに対するむやみやたらな憧れや現実的なものからの逃避傾向もすこし下火になって、あらためて園と向き合ってみると、ぽんぽん園は先生方の愛がほわほわと一杯に満ち溢れた場所であることにようやく気づいた。シュタイナー教育のように、こどもたちの魂を覆いの中で守り育てると言う考え方はないけれど、ぽんぽん園はこどもたちにムリな背伸びはさせない。早期教育もしない。ここ数年、小学校からの要請でひらがな教育だけは年長さんから行うようになったけれど、それだって子供たちが自然にひらがなに興味を向けられるように、それはそれは工夫を凝らしている。郵便屋さんごっこが始まると、ぽんぽんは夢中になって字を覚えた。大好きな先生にお手紙を書きたいからだ。字なんかまだまだ覚えなくてよろしい、言葉を操れるようになるとそれだけ世界が狭くなるよ、などという私の思いなんかそっちのけで、毎日せっせとお手紙を書いては先生に渡し、友達に渡す。鏡文字はアタリマエ、右から左に横書きしたり、縦書きで下まで行って上に折り返したり、渦巻きみたいに書いてみたり、でも平気の平左で自信を持って「お手紙」を書いた。いくら先生でもこれは読めないだろう、というものには、ぽんぽんの了承を得て、下のほうに小さく「正解」を書いたりもした。そんな様子を見ていると、この園にはやっぱり40年のノウハウがあって、こどもたちの気持ちや能力をちゃんと知ってて、その力を無理なく引き出すことに心を砕いてるんだなと、しみじみ思い、たかだか一人のこどもを育て、その片手間に数冊の本を読んだだけで、シュタイナーやらモンテッソーリやらに憧れて、園に対して斜に構えていた自分が、とても困った母親のように感じられた。ぽんぽん園名物戦場ヶ原踏破(ぽんぽんのときは荒天で中止だったけど)、運動会の組み立て体操、リレー、お遊戯会の合唱、合奏、マラソン、どれをとっても年長児は「えー、そんなにがんばらせちゃうの?」というくらいがんばらせる。でもその土台が年中までに完全に築かれているのだということに年長になってようやく気づいた。戦場ヶ原踏破に向けて、ぽんぽん園のこどもたちはしょっちゅう園外保育に連れ出され、歩かされていた。年中ともなると片道三十分から一時間、お弁当をはさんで往復する。道の安全や公園でのトイレなど、先生たちにとっても決して楽な保育ではないはずだ。組み立て体操のみごとなフォーメーションの移動は、年少、年中のときから体操の時間にすこしずつとりいれられているのだと、ほかのママに教えてもらった。ぽんぽん園のすごさはつねに土台がしっかり固められていることだ。いったん固まると、先生たちはこどもたちをそこから「よいしょ!」と持ち上げてその上の景色を見せてやる。そしてまた新たな地固めをする。このくらいの山ならみんな登れる、そのためにはこうする、というノウハウが、ぽんぽん園にはきちんとあり、その山登りがなによりこどもたちの自信につながるのだと言うことを、先生たちはよくご存知なのだと思った。このことが一番象徴的に現れているのがぽんぽん園の制服かもしれない。つりスカートにリボンタイ、ブレザーの制服の着づらさに、最初のころは激怒したものだ。なんでもっと着やすく動きやすい制服にしてくれないんだろう、リボンタイなんて一人でできるわけがないし、汚れるのが気になって遊べないじゃないか…。でもあとから伺ってみると、この制服は三年間かけ、一人できちんと着られるようになるための制服のだそうだ。たしかに年少さんのころは先生方が一人一人のリボンを結んでくださっていたっけ。ブラウスの襟にリボンを通さず、直接首を絞めてしまう子がいて「わーっ、まって!先生がやる!先生がやるから!」と叫んでいた先生がいたなあ…卒業式の感想を書くつもりがすっかり長くなってしまった。結局、なにが言いたかったかと言えば、こどもの教育で大事なことって、やっぱり愛なんだよなあ、ということである。ぽんぽん園に対してもっとこうしてほしい、ああしてほしいという思いがないわけでは決してない。お遊戯会の内容、お歌の選び方、もっといえば保育の内容全般、やっぱりこどもを早く大人にしてしまうものだったと思う。もっと「夢の中」で過ごさせてあげられたら良かったとも思う。でもその大人になる過程の子供たちの一歩一歩に、幼稚園の先生方が愛を持って、きわめてじっくりと付き添ってくださったことに、とても感謝している。卒園式の後、年少のときの担任の先生と記念撮影をした。この先生はぽんぽんが年少のときから三年間、クラスは違ったけど、ずっと同じ学年を持ってくださった先生で、先生も三年間見守った学年の卒園がひときわ堪えるらしくて、謝恩会のときから涙、涙…卒園式でもずっとこらえていたけれど、とうとう最後は涙声になってしまった。年少のときのぽんぽんはその先生が大好きで、コバンザメのようにその先生のお尻にくっついていた。「先生を探せばかならずぽんぽんがくっついてましたね」と私が言うと、「そうですね。でも、もう一人で歩けるね」とその先生がおっしゃった。なんだかその言葉が心にしみて、今でも思い出すたびに泣けてくる。もう、一人で歩いていかなければならないんだな。ぽんぽん園の先生方も、私たち親も、それがうれしくて寂しくて、たのもしくて心もとなくて、卒園式の式場を退場していく園児たちの姿を見ながらさらにさらに涙に暮れた。もう夢のようなこども時代が終わってしまう。「希望を胸に」とか「明日へ羽ばたく」とかいろんな言葉が飛び交うけれど、まだまだ未熟な私には、こどもたちが夢の世界からこの地上的世界に突っ込んでいくことが、辛いことのように思えてならない。「…おばちゃんが守ってやるよ」なんの根拠もなくそう思いながら、園児たちの後姿を滂沱の涙で見送った卒園式だった。(いやあ、こんなに泣くとは思わなかったよ…)
2008年04月08日
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ぽんぽんもついに明日から小学生だ。幼稚園には楽しいことがたくさんあった。卒園前にもっといろいろ書いておきたかったのだけど、二月末にダンナがストレスで倒れ、家中がひっくりかえる大騒動になった。結果的にはダンナは会社を辞め、次の人生を模索中。結局これでよかったのだが、その余波を食らって、私も自分の内側を見直す作業に追われ、しばらくなにもできなくなってしまった。その最中、ぽんぽんは幼稚園を卒園した。もう、朝ぽんぽんと幼稚園に通うこともなくなってしまった。年少さんの三学期に先生に、「少しお友達とのかかわりに苦労しているようで、泣くことが多くなりました」といわれ、もと幼稚園の先生だったママ友に、「朝一番で登園させると、お友達とスムーズに遊べるようになるよ」とアドバイスを受けて、一念発起。ぽんぽんが登園に乗っていた青コースのバスは、三コースあるうちの一番最後のバスだったので、幼稚園に着くのが一番遅くなる。で、雨の日以外はバス通園をやめて、自転車もしくは歩きで、一番最初に登園できる赤バスと同じくらいの時刻に登園させるようにした。年少さんのころは幼稚園につくのに一時間くらいかかった。歩くのも遅いが途中ありとあらゆるものに興味が向く。縁石は平均台、車止めは鉄棒、下水溝に石を落として音を聞き、花びらを摘んで虫を捕まえる。そりゃ、時間もかかるわ…年長さんになって、40分くらいで行けるようになった。歩くのも早くなったが、年少さんのころのようにいろいろと気が散らなくなってきた。(それはそれでつまらない)その年、一番早い赤バスのバスコースが変更になって、ぽんぽんと歩いているとときどき途中で赤バスに出会うようになった。バスのS先生は60代くらいの男性で、とてもいかつい強面なのだが、それはそれは優しい先生で、こどもを見るとゴリラみたいな顔をにこにこと崩して笑う。こどもの名前もちゃんと覚えていてくれて、いつだったかぽんぽんが泣きながらバスに乗り込んだときも、ちょうど幼稚園で私と顔をあわせると、「ぽんぽん、どうしたの?いつも機嫌よく乗ってくる子なのに…」と聞いてくれたりした。(そのときは朝飲む漢方薬を飲ませ忘れ、私がバス停で無理やり飲ませたために、口に苦いのが残って泣いたのだった)そのS先生が、歩いているぽんぽんを見つけると満面の笑みで運転席から「おいでおいで」と手招きをして、赤バスに乗せてくれる。ぽんぽんも年長さんともなれば、そういう特別扱いは少し気恥ずかしいらしくもじもじしている。わたしは一応健康と親子のコミュニケーションのために歩かせているので、途中でバスに乗せられるとなんか「意味ないんですけど…」という感じになる。しかし、そういう私たち親子の気持ちもS先生の笑みには勝てはしない。「…S先生、呼んでるよ。乗ったら?」「…うん、そうだね」うれしいような、おかしいような、不思議な暖かい気持ちで赤バスにのるぽんぽんを見送ったことが何度あったろう。夏休みの日光林間保育では、ぽんぽんのグループにS先生がついてくださることになった。ぽんぽんはとてもとてもうれしそうだった。最後の登園の日、ぽんぽんは赤バスのお友達のバス停まで歩いていき、赤バスを待って乗せてもらった。ぽんぽんを見つけた運転席のS先生は、いつものようにゴリラ顔をにこにこさせて、ぽんぽんを乗せてくれた。バスに乗り込んだぽんぽんの後姿が、「どう?あたし、とくべつなの。えっへん!」と誇らしげだった。お世辞にも自然に恵まれているとはいえない土地柄だけど、それでも毎朝の登園で感じた四季の風のうつろいと、ぽんぽんの成長とともに、S先生の「おいでおいで」は、私たちの宝物になった。
2008年04月06日
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