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★スピマクロ手前味噌の会のお申込みは今日までです(^^)お待ちしております!さてさて立春ももうすぐですが、ここ数日ずいぶん暖かいですね。早咲きの種類なのか、紅梅があちこちでみられます。和歌で「花」と読まれていたら「=桜」と解釈するのは常識ですが、実は万葉集の時代は「=梅」だったのだそうで、これを聞いたときにはびっくりしました。今では日本の象徴といわれる桜ですが、日本文化といえば「わび、さび」ですから、これには「梅」のほうが似合うかもしれません。ふるびたお寺に姿のいい梅梅が1、2本と、いうのがわたしは大好きですが、このお寺も基本的には極楽浄土を模して極彩色に彩られたものが、いい感じで古くなっていくわけで、極彩色時代は桜のほうが、古びてきたら梅のほうが似合うのかな、などと思ったりしています。だいたい平安時代の貴族や室町時代の歌舞伎者なんかは、色彩感覚がド派手で、わびもさびもあったもんじゃないのに、一方で茶の湯だとか、禅だとか、この両極を文化として持っている日本人って不思議だなあといつも思います。色彩も装飾も、限界まで「有」の世界を拡げておいて、極まったところで一気に「無」におとしこむ。こういうとこ、とってもスピリチュアルで好きです(^^)
2010年01月31日
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ちょっと思い立って、今日の午前中、これまでの日記(楽天とか、一度閉じたサイトのバックアップとかも含む)を読み返してみました。 なんかねー、笑っちゃうくらい同じことが書いてあるの。 まとめて読むと、 「おまえ、進歩ないなあ…」 と、ため息が出そうなくらい。 なんだか一杯一杯です、 毎日を丁寧にくらして立て直します、 ちょっと戻ってきました、 スピリチュアルな友人との出来事、 ダンナのぐち、 ぽんぽんの様子、 子育てで感じたこと、 父との関係、 ときどき言葉のことや本のこと、映画のこと。 また一杯一杯です、 立て直します、 ちょっと戻ってきました… とくに愚痴系の日記は そのときに感じていたつらさとか、 自分に対するもどかしさとか、 そういうのを思い出しても、 その質が似ていて、 ほんと、 「進歩ないなあ…」 って思うのですが、 でも、もうすこしよく思い出してみると、 その似たような迷いの中でも、 その迷い方が少しずつ変化しているような気もしないでもない。 うまくいえないけれど、 自分も他人も傷つけるようなとがった破片が、 とりあえずちょっと切っ先が鈍くなったような、 傷つけるものをもとめて、暴れそうな力が、 すこし弱まってきているような、 かといって、それが健全かというと、 むしろ内側をむしばみそうで不健全で、 でもそれを持ちこたえる力も自分についてきているような、 ついていないような。 似たような毎日の繰言がつづられている日記ですが、 やっぱり少しずつタッチが違ってきているなと思いました。 これを魂の成長というのでしょうか(笑)
2010年01月28日
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二月のTao Houseの予定です(^^)スピお茶会 【日程】2月1日(月)、14日(日)、25日(木) 【時間】10:00~11:30 【参加費】500円 スピマクロ手前味噌の会 【日時】2月5日(金)10:00~13:00 【参加費】2500円(味噌1kg、お茶、お茶菓子付) 【定員】6名 【お申込〆切】1月31日 【講師】えんどうけいこさん 神の使者勉強会 【日程】2月8日(月)、23日(火) 【時間】10:00~12:00 【参加費】800円 タロットで遊ぼう会 【日程】2月9日(火)、22日(月) 【時間】10:00~12:00 【参加費】1000円 2月のニューフェイスはスピマクロの会です。 どんなにスピリチュアルな探求を重ねても、それが実生活の中で 生かされていかなければただの絵に描いた餅… ともすれば理屈だけに走りがちな自分への戒めもこめて、 食事を作る、というもっとも日常に密着した作業を通して 「いま、ここ」にフォーカスして大切にしていくという体験を、 みなさんとシェアできたらと思います。
2010年01月24日
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なんだかよくわからないタイトルになりましたが…(しかも長いね~!) 『杜子春』は、いわずと知れた芥川龍之介が子どものために書き下ろした名作。 この世に嫌気が差し、仙人に弟子入り志願をした杜子春は「どんなことがあっても声を出してはならん」といわれます。ありとあらゆる誘惑や苦痛に耐えてそれを守りますが、最後の最後、地獄の責め苦に苦しむ母の姿に、ついに「おかあさん」と声を上げてしまい、すべておじゃんに…。仙人は「おまえがもしこれを見ても声を上げないようならば、殺してしまおうと思った」と杜子春につげ、人間としてまっとうに生きるように、と桃の花に囲まれた小さな家と畑を与えて消えていきます。 ところで、これには中国の『杜子春伝』という原作があるそうです。 こちらでは、杜子春は母の姿にも声を上げませんが、女に転生して子を産み、その子が夫に石臼に叩きつけられて殺されるのを見てついに声を上げます(怖いなあ、中国伝奇…)。仙人は実は感情のない人間を材料に仙薬を作ろうとしており、 「そなたは、喜・怒・哀・懼・悪・欲については、すべて忘れ去ったが、愛だけは忘れられなかった。仙人の才能は得がたいものだ」 と子への愛に負けて声を上げた杜子春に激怒し、下界に追いやってしまいます。 芥川の『杜子春』のテーマは親への愛、原作『杜子春伝』のテーマは仙人修行の厳しさだといわれています。 ところで何で私が『杜子春』の話を書き始めたかというと、数日前にぽんぽんが『杜子春』を読みながら、 「わかんないなあ…」 とつぶやいたのです。 「どこが?」 と聞いたら、なんで母親が苦しむ場面で声を上げてしまったのかがわからない、と。 「だって、夢なんでしょう?」 「…」 最近、入院生活が長引いている父や、やはり年老いた母を見るにつれ、とても切ない気持ちになることが多いのです。この世界が夢で、両親も夢で、私の身体も夢で、何の意味もないと頭がわかっていても、その、夢の身体が泣くのです。どんなに神様を信じようと思っても、世界はない、身体はない、と思っても、そんなつらさを赦しても、やっぱり涙が出るのです。杜子春もこのリアルさに負けたんだな、と思うと、なんとも言えない共感を感じてしまいました。 『杜子春』は発表当時、同世代の作家に「あまりにありきたりの道徳観を押し付けている」と酷評されたり、「少年少女向けのものであれば当然だろう」と肯定されたり、いろいろな反響を及ぼしたようです。わたしが今ちょっと読んだ方の作品論では、芥川自身が俗世を離れ純粋な芸術の世界で生きられたら、という自らの欲求に疑問を呈する形で、杜子春に俗世を選ばせたのではないかと書かれていました。 でもわたしは、この日記を書こうとしているうちに、なんとなく芥川が「愛(love)」について語りたかったのではないかという気がしてきました。 原作『杜子春伝』の中でてくる「愛」という言葉は「love」に対応する言葉でなく、情愛、とか愛執とかに対応する言葉です。杜子春が仙人に求められたのは「無」なのでしょう。 非人間的になることで人間の業から逃れる、ということでしょうか。 しかしこれはとてもつらい…。人間はやっぱりどこかで「love」を分かち合いたいのだろうと思います。「love」と「情」を混同して「love」まで否定すると、とても不安になるような気がします、っていうか、わたしはなります。ACIMでは、夢の世界が消え去って「無」になるのではなく「love」だけが在ったのだという気づきが残ります。 わたしは今、この「愛だけがある」あるいは「God is.」というACIMの教えに、かろうじて救われている感じがあります。 芥川がこどもたちに向けて『杜子春伝』の何かを変容させて伝えたい衝動をもったとしたら、それは作品に対する酷評にあるような「親を大事にするのはいいことです」みたいな「ありきたりの道徳観」ではなく、杜子春に「無」ではなく「love」を選ばせることだったのではないかな…とふと妄想しています。「love」が母親への情で表現されることで求道の妨げとなる「愛執」と重なってしまうので混沌としてしまうのですが、芥川は、ことに少年少女に向けた作品をものすという自分の中のもっともピュアな部分に向き合う過程で、世界が「無」であるという感覚に無意識に耐えられなかったのではないかと思うのです。 だからこそ、仙人が杜子春に与えた家が桃に囲まれたユ-トピア(=桃源郷)だったのではないかな、なんて…。 まあ、妄想なんですけどね…。 (でも書いちゃった…)
2010年01月22日
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昨年末、お友達のえんどうけいこさんが、Tao Houseに来てくれました。けいこさんはマクロビオティックにとても詳しい方なので、その日も酵素玄米でつくったおはぎを持ってきてくださって、ふたりでまったりとお茶を飲みながらいろいろとおしゃべりをしてました。 「結局、スピリチュアルって、日常なんですよねえ…」 「ええ、マクロも日常なんですよ…」 「スピも、気だとかオーラだとか言う前に、日常をいかに丁寧に生きるかですし」 「そうそう、マクロも、陰陽とか手当てとか、あまりそういうことにこだわってると偏っちゃいますよね」 ということで意気投合して、日々の食生活を通して、丁寧に生きることを味わう、というコンセプトで、お料理に関係することをしながらみんなでおしゃべりする会を催そう、ということになりました。 そして第一弾として、Tao Houseで味噌作りをやることにいたしました! 日程は2/5(金)10:00から13:00です。 寒仕込っていうくらいで、味噌の仕込みは本当は寒のうちにやると雑菌が繁殖しなくてよいとのことでしたが、わたしがうかうかしていて立春過ぎてしまいました。ま、「春は名のみの風の寒さよ~」で、寒さ的には十分だということで、ご勘弁ください。 料金は2500円。1キロのお味噌をお持ち帰りいただけます。 お茶、お茶菓子付ですので、お味噌を作ったあと「丁寧に生きる日常」について、ゆっくりみなさんで話し合ってみたいと思っています。 ご参加をお待ちしております! あ、19日、24日のスピお茶会もよろしくね~!! 【スピマクロ手前味噌の会@Tao House】 日時:2月5日(金)10:00~13:00 料金:2500円(お持ち帰り味噌1kg、お茶、お茶菓子付) 講師:えんどうけいこさん定員:6名お申し込み締め切り:1月31日【スピお茶会】 1月19日10:00~11:30 1月24日10:00~11:30
2010年01月18日
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今朝コースを読んでたら、お祈り風のパラグラフの最後に 「アーメン」 と書いてあって、 「そういえばアーメンってどういう意味だろう」 と思って、 「Amen」 で調べてみたら、 《★【解説】 キリスト教で祈祷(きとう)の終わりに唱える語で,so be it (かくあらせたまえ)の意》. 2 《口語》 [同意・賛成を示して] よし,よろしい,そうだ. という意味だそうです。 陰陽師の「急急如律令」みたいなもの…? ちょっとちがうか。 口語の使い方はなんだかかっこいいな。 ちなみに、発音は アーメンとエイメンと二通りあるようです。 わたしはなぜか「エイメン」と読むのがとても好きです。 なぜだろう、とかちょっと深読みしたくなります。 わりと知ってるつもりできちんと知らないことってたくさんあるよなと、しみじみと思った朝でした。小学生の頃、日曜学校に通っていたこともあるのにな。 みんなが幸せでありますように Amen
2010年01月12日
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四つ年上のいとこがアイススケートが好きだったので、私が小学生の頃おじちゃんがいつも一緒にスケートに連れて行ってくれました。習ったわけではないので、ターンはおろか止まる事すらできないのですが、闇雲にすべりまくったのでスピードだけはあります(あぶないっての…)最後に滑ったのは少なくとも10年以上は前ですが、今日はぽんぽんの熱心なリクエストにお応えして神宮のリンクに行ってきました。10年ぶりのスケート、どうなることかと思いましたが、わりと滑れましたね…って言う以上に、身体の使い方が以前よりうまくなってる、わたし[m:76]ってっちょっと感動してしまいました。どこに力が入っているか、どこがバランスが悪いかがわかるので、修正が早い。10年ぶりのくせに、「このスケート靴、左がバランス悪い…」などと、靴に注文をつける余裕っぷり。それにしてもとにかくすごい込みようで、ぽんぽんも滑り始めて30分もしないうちに、わりとスピードをだして曲がってきた男性に突っ込まれて転倒、ひどく痛がると思ったら、相手のスケート靴がひざにあたってすこし切れていました。立ち直るまでに小一時間を要しましたが(痛いのに弱いんだよね…)、お昼代わりにリングサイドでカップラーメンをたべて復活(スケートにはこれがないとね!)。そのあとがんばってかなりすべれるようになりましたが、とにかく小さい子がすごく多い!ちっこいのが目の前でころころ転ぶので、大人があわててよけようとして転ぶ…というアクシデントが続出。「ぽんぽん、これはあぶないよ。怪我するから帰ろう…」「うん、そうだね」と、やや不完全燃焼で切り上げて帰路につきました。でもひさびさの、太極拳とかヨガとか、そういう「自己鍛錬」系とは無関係のスポーツにかかわり、とても楽しかったです。またつきあってね、ぽんぽん
2010年01月10日
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そろそろ一月の予定を立てなきゃねーって、もう三分の一過ぎてますねー(^^; 昨年の三月からはじめたおしゃべり会ですが、今年から「スピお茶会」と名前を改めることにいたしました。ま、基本的には何もかわらないんですが、「おしゃべり会」だとなにを喋るんだか、あまりにも漠然としすぎてわかんないなと思ったのと、会の内容が徐々にスピリチュアル系にシフトしつつあるので、趣旨をはっきりしたほうがいいな、と思ったので…。もちろん、自然育児やマクロやホメや、そういうお話もどんどん続けていきたいと思っていますが、ま、主体はスピ、ということでしょうか。 今月は19(火)、24(日)にやりまーす。 時間は10:00~です。 詳しくは本店HPでね。 http://www.adachi.ne.jp/users/an-non/ ずっと平日に続けていたのですが、土日にこられる方ももしかしたらいらっしゃるかしら、と思い、今回は日曜日も設定してみました。 パパとお子さんといっしょ、も大歓迎です。 お申込み、おまちしてまーす。
2010年01月09日
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今日は年明け初めてのヨガのお稽古の日でした。 ヨガの先生は、茶道も教えていらっしゃいます。 物知らずな私は、年中叱られてばかり。靴のそろえ方、ご挨拶の仕方、和室の座り方…毎回冷や汗物ですが、この年になっていろいろ教えていただけるのはありがたいことです。 で、いつもお稽古の後に簡単にお茶を立ててくださるのですが、 今日は新年でもあり、お茶室で本格的にいただくことに… いやあ、茶室って、寒いのね~(^^; もちろん炉が切ってあって、炭が起こしてあるのですが、超ひえびえ~。さらに全員お茶の心得がないので、かちんこちんに緊張してしまいました。 そして出されたお菓子は「花びら餅」という裏千家のお正月のお菓子だそうです。 すてきな羽子板型のお皿に乗せてお出しいただいたのですが、なにしろ大きい上にもっちもち。 「き、切れない…」 「先生、ムズカシイです…」 先生、にっこりわらって、 「がんばって切ってください」 むむむ… なんとか切って口にいれてむぎゅむぎゅと食べる。 ああ、お茶はまだですか? しかもなんかへんな味がすると思ったら、このお菓子ごぼうが入ってる!? なんでお菓子にごぼうなんか入れんのよ!?←ごぼう嫌い そして先生に教えていただきながらなんとか無事にお点前をいただき、茶室を出て、隣のヨガのお稽古部屋に戻ってみんなでいっせいに、 「…さ、寒かったね~!!」 「緊張したあ…!」 と騒いでいたら、先生が笑ってふすまを開けて、 「千利休は鬼が逃げ出すほど寒々しい茶室を理想としていたんだそうですよ」 と。 「何でだろうね」 「冷え性じゃなかったのよ」 とみんなでウワサしながら帰りました。 40過ぎて、お茶の心得がまったくないのも恥ずかしいなと思っていたので、ほんとうにいい機会をいただいたと思います。ま、せいぜい冷や汗かきつつ、精進いたしましょう。
2010年01月06日
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去年、ことわざカレンダーというのをトイレにかけておきました。3日に一度、新しいことわざに変わり、めくるのは自然とぽんぽんのお仕事になっていました。Tao Houseにいらしたことのある方はご存知かと思いますが、うちはわりと広めのLDKと、6.5畳の寝室だけしかありません。その寝室に、わたしの脱ぎ捨てた洋服が山盛りになっていて、ある日、それを片付けながらそばにいたぽんぽんに、「いやあ、脱いだらすぐ片付ければいいんだけど、なんだか気ぜわしくて、つい後回しにしちゃうのよね…」と苦しい言い訳したら、「『泥棒にも三分の理』だね」とさらっと言われて、ぐうの音もでませんでした。で、わりと面白いなと思って、今年もう一度ことわざカレンダーをかけようかと思いましたが買いそびれ、結局四字熟語をかけることになりました。元旦の最初のページは「大願成就」。ちなみにことわざカレンダーの最後のページは「終わりよければすべてよし」でした。トイレ用カレンダーにもいろいろ種類があって、一番面白そうなのは雑学カレンダー。読みでがあって面白そう。英会話のもいいななんていってたら、ぽんぽんは韓国語のがほしいそうです。いやいや、そんなにいろいろかけたらトイレからでられなくなってしまう。過ぎたるは及ばざるが如し。おあとがよろしいようで…。
2010年01月04日
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昨夜は見事な満月@蟹座でした。 茨城の家にいたら、この月光、すごかったんだろうな。 (茨城の家は月の名所なんですよ~) さてさて、年末の日記に書いたように、 今年のテーマは「本気」です。 以前にも書いたような気がしますが、 99%ソフトクリーム(by Vijay師匠)、というたとえ話がありまして、 ここにソフトクリームがあります。 99%ソフトクリームで、残りの1%う○こが入っています。 あなたは食べられますか? …んなもん、たべられるか、ぼけええっ!! って感じなんですが、このたとえ話の意味は、 99%愛していても1%の恐怖(エゴ)が残っていたら、これはまったく無意味なものになるってことなんですね。 もちろんわたしなんぞ、まだまだ1%どころか数十%エゴなわけですが、 目指すポイントが、100か99かで、まるでモチベーションが違ってくるような気がするのです。 もうだいぶ前から頭ではそう理解していたはずなのに、どこかで愛を突き詰めることが怖くて1%の「遊び」を自分に残していたと、年末実感しました。1%くらいう○こがまざってたって、ほぼソフトクリームならソフトクリームとして通用するんじゃ…?と。そしてこの1%の足がかりを残して、そこの中に自分のエゴの核心を封じ込めることができる。これを目標にしていたんじゃ、かなり性質が悪い気がします と、勢い込んで年が明けましたが、 まあ、年が明けたからって人格が豹変するわけでもなく、 元日からわりーと今までどおりに、ダンナや娘や両親や義母・義兄、身近な投影に振り回されております(^^; ごくふつーにお正月だからねえ。 でも、それを引きずることが少なくなってきているようにも思います。 二世帯で両親と同居、ダンナの実家も至近、そして子育て中という、ごくはっきりした投影をじっくり眺めるという絶好のシチュエーション、 これに巻き込まれることなく、ゆっくり眺めて赦して委ねて、そして祝福して。 …ああ、けっこう大変そうと思ってしまったわたしを赦します(^^; あとひとつ、今年の目標。 きちんとピアノを習おうと思います。 まあたのしければいいや、といい加減に触り続けて、 なかなか一曲一曲がものにならず…。 やっぱり、ちゃんと弾けるようになりたい。 いま先生を探しているところです。 「やっぱり習おうかなあ」と何かの弾みで思ったとき、 自分の内側がぱあっと喜びに溢れるのを感じました。 すごくはっきりした感覚で、インナーチャイルドが喜ぶって、 こういう感じなんだな、と実感しました。 太極拳も復帰できるといいのですが… これは状況が変わるのを待たないと。 ほんとはねー お茶とお習字、着付けもやりたいんだけど、 これはちょっと後回しかなあ。 やりたいことがいっぱいあるって、幸せだわ(^^)
2010年01月02日
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