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2012年03月31日
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チュニジアツアーの3日目。(途中です)チュニジアの旅は続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月30日
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バスでマトマタへと向かう途中、サヒーラ(Skhira)近くのカフェでトイレ休憩があったとこまで書いた、チュニジアツアーの3日目。チュニジアの南西のほうは、リビアに隣接してる。(途中です)チュニジアの旅は続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月29日
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近所の歯科で、健保が負担してくれる歯科検診を受けた。歯垢もほとんどついてなく、歯周病の心配もなく、良好やそうや。ここのところずっと、重曹にシナモンパウダーを混ぜた物と、フッ素コート入りのウエルテック ジェルコートFをつけて磨いてる。そのお陰かな。国立劇場で一谷嫩軍記を観る前に、ニューオータニ美術館へ。山寺 後藤美術館所蔵の「ヨーロッパ絵画に見る永遠の女性美」を5月27日まで開催してる。山形市の山寺にある山寺 後藤美術館は、山形県河北街出身の実業家・後藤季次郎が長年にわって収集したヨーロッパ絵画のコレクションを核として、平成6年に山寺に開館した。フランスを中心とする17世紀から19世紀までの絵画コレクションはわが国有数なもやそうや。そのなかから、女性・少女の肖像画28点と静物画7点を展覧してる。都内にいながら、山形にあるコレクションが観られるとはありがたい。驚いたのは、会場でくれはった展覧会のパンフレット。全作品のカラー画像が載ってる豪華版やった。ヨーロッパ絵画に見る永遠の女性美1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月28日
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国立劇場の一谷嫩軍記3月9日に観たのがよかったので、千穐楽のチケットも取った。「堀川御所」は98年ぶり、「流しの枝」は37年ぶりの上演やそうや。「堀川御所」は、30分ほど。朝敵となった平家の武将 平忠度(たいらのただのり)の「さざ波や志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな」を、三津五郎さんの義経が「千載和歌集」に「詠み人知らず」としてのせてもよいと、撰者である藤原 俊成(ふじわら の としなり)の娘、門之助さんの菊の前に託す。團十郎さんの熊谷には、「一枝を伐らば一指を剪るべし」という弁慶の書いた制札を渡す。「流しの枝」では、團十郎さんは薩摩守忠度のお役。三津五郎さんの岡部六弥太忠澄から、義経が詠歌を「千載和歌集」にのせたいということが伝えられる。武士の情けの場面。「熊谷陣屋」は、入り込みから。人間関係がよくわかる。團十郎さんの熊谷もわかりやすい。通して観ることができるのは、国立ならでは。桜「駿河小町」苗木チャリティーオークションもしてはった。国立劇場開場45周年記念 3月歌舞伎公演並木宗輔=作 国立劇場文芸課=補綴「一谷嫩軍記」(いちのたにふたばぐんき)三幕 -流しの枝・熊谷陣屋- 序 幕 堀川御所の場 二幕目 兎原里林住家の場 三幕目 生田森熊谷陣屋の場熊谷次郎直実/薩摩守忠度:市川團十郎九郎判官義経/岡部六弥太忠澄:坂東三津五郎林の倅太五平/白毫の弥陀六実は弥平兵衛宗清:坂東彌十郎 五条三位俊成娘菊の前:市川門之助 堤軍次:坂東巳之助 梶原平次景高:片岡市蔵菊の前の乳母林:坂東秀調 平大納言時忠:市村家橘 経盛室藤の方:中村東蔵熊谷妻相模:中村魁春1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月27日
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とっても気に入った古都ケロアン(カイルアン)ともお別れ。チュニジアで一番好きやった。また来たいなあ。10時45分にバスは出発。マクロードの名店 BEN SOKRANAで買うたビスケットをツアーのみなさんに配ったら好評やった。バスは次の目的地マトマタへと向かう。窓の外には延々とオリーブ畑が広がってる。ガイドのアハレムさんが、いろいろ教えてくれた。オリーブの実はもちろん、固く丈夫な木材としても使われ、捨てるところがない。2000年の寿命があり、味が濃いのは100年間ぐらい。チュニジアでは、10月から1月末までが、オリーブのみの収穫期。畑の道路際には食用ウチワサボテンが植えられることが多い。実が赤い間は食べられなくて、8月ごろ熟れてくる。サボテンの実のジャムもある。オリーブの木を植える間隔は、5mから10m。その間隔は、その土地の地下の水が多いか少ないかで決まる。アーモンドの白い花も満開やった。12時55分ごろサヒーラ(Skhira)近くのカフェで15分間のトイレ休憩。トイレを使う人はチップを1ディナール(約53円)。カフェで飲物を注文したり、買い物した人は払わなくていい。カレーをはさんだパンを買うた人に聞くと3ディナール(約159円)やったそうや。観光客値段やなあ。お昼ごはんまで、まだまだかかりそうや。チュニジアの旅は続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月26日
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旧市街メディナの聖なる井戸ビル・バルータの水を汲むラクダを見たとこまで書いた、チュニジアツアーの3日目。ケロアン(カイルアン)で、どうしても行きたかったとこがある。時間は10時20分。集合時間までまだ20分ある。何とか行けそうやと、11月7日通り(Av. 7 Novembre)を反対側の出口ショハダ門まで急いだ。いろんな色やデザインのチュニジアの部屋着ジェッバが華やか。オレンジは1000って値段が書いてあるから、1ディナール(約53円)。1kgの値段やろか?別の店では、オレンジ 1600(約85円)、バナナ 9900(約535円)となってた。ガイドのアハレムさんによると、チュニジアではほとんどの果物が採れるけど、バナナだけはできないそうや。それで、バナナは高級な輸入食品。値段も日本と変わらないか、高いぐらいやそうや。デーツ(ナツメヤシの実)も枝についたまま売ってる。ショハダ門を出て、マルティール広場を右に行く。カフェ・サブラ(Cafe Sabra)は、人気やなあ。路上まで満席。八百屋さんでは、レタス、トマト、レモン、葉っぱ、豆、オレンジ、リンゴ、フェンネルなどをきれいに並べて売ってる。私がめざしてるのは、ケロアン名物のお菓子マクロード(Makroud)のお店。セモリナ粉の生地でデーツのペーストを包んで、揚げてシロップをまぶしてあるお菓子。なかなかみつからなくて、若い女性に店名のBEN SOKRANAと言って聞くと、細い路地を入ってお店の前まで連れて行ってくれはった。彼女も、ここのはおいしいって太鼓判を押してた。静かにたたずむ、そっけないぐらいの外観。箱の大きさが、大、小あって、小が500g入るみたいや。職人気質っぽいのご主人に全部の種類を少しずつ箱に入れてもろた。これで2ディナール(約106円)。2箱作ってもろた。それとカウンターの奥にあったビスケット3.5ディナール(約186円)。すごい量が入ってる。このビスケットもフェンネルが入ってて、素朴でおいしかった。日本まで持って帰って、大事に食べた。Makroud集合時間までまだ少し時間があったので、マルティール広場のあたりをうろうろした。近くに学校があるのかな。仲よしの若者さんの写真を撮らせてもろた。ケロアンはええなあ。チュニジアの旅は続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月25日
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結婚記念日のディナーやったので、2人ともムニュ・セゾンのおまかせで。だんな様はカンパリソーダ、私は2003年ボルドーの赤ワインをグラスで。活け締め真鯛のカルパッチョ 塩コンブとレモン風味 赤カブの酢漬け添え春の貝(平貝、ツブ貝、ホタテ)の薄切り ガスパチョソース クルトン添えフランス産 ホワイトアスパラの温製 アサリのオランデーズソースブラッドオレンジを丸ごと入れたシャラン鴨のテリーヌホタテのムースのパイ包み焼き アメリケーヌソースローリエのグラニテフランス産 ひな鳥の膀胱包み蒸し ヴァン・ジョーヌソース 伝統菓子シリーズ 第二弾 ガトーバスク苺とリ・オ・レのパフェ リュバーブのコンフィチュール添えサービスのアイスクリーム・シャーベット盛り合わせカプチーノは、うさちゃん。パン・ド・カンパーニュの味が少し変わったと思ったら、配合は同じやけど作る人が変わったんやそうや。シェフがオランデーヌソースを作ってるときの、カシャカシャ泡立てる音がとってもリズミカルやった。テリーヌに入ってるブラッドオレンジは、火が入ってるのにとってもフレッシュでジューシー。ヴェッシー(豚の膀胱)包みは、包んだ状態で見せてくれ、それから切り開いてソースをかけて出してくれた。ヴァン・ジョーヌ(Vin Jaune)は辛口の白ワインやけど、黄色いワインといわれてる貴重な物。特殊な酵母の働きでシェリー に似た独特の風味がある。それとポルト種、鶏のフォンと一緒に鶏を膀胱に詰め込むことで、とっても濃厚なソースになってる。ヴァン・ジョーヌのシャトー・シャロン ジャン・ブルディ (Chateau Chalon Jean Bourdy 2003)も見せてくれはった。デザートが終わったと思ったら、サプライズが。結婚記念日やと伝えてあったので、シャーベットとアイスのプレートを作ってくれはった。全部で1万6033円。春の味わいをたっぷり楽しむことができた。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月24日
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日本堤を通って、吉原大門交差点に着いたとこまで書いた。今はシェルのセルフスタンドが、新吉原へ入口になってる。ここにも見返り柳があるけど、当時の大門は交差点のとこやなくてもっと先にあったそうや。衣紋坂は、土手がなくなってるんで、ほとんど平坦。そこから逆S字の五十間道(ごじゅっけんみち)が約100mほど続く。日本堤から吉原が見えないようにするためらしい。今、吉原交番があるところは、以前松葉屋という有名な引き手茶屋があったところ。このあたりに黒塗り冠木門(かぶきもん)の大門(おおもん)があったそうや。ここからが、メインストリートの吉原中ノ町(仲の町)。歌舞伎の助六や籠釣瓶に出てくるとこや。平日の3時半ごろやからか、ひっそりとしてる。今の住所は、千束3丁目、4丁目になってる。総面積2万763坪(約)6万8000平方m)、全盛期には5000人もの遊女がいたそうや。南北135間(約250m)、東西180間(約330m)の敷地の周囲には、「お歯黒溝(おはぐろどぶ)」と呼ばれる脱走防止用の堀が巡らされてて、出入りは吉原大門からしかできなかった。大門から中ノ町を歩いていって、最初の通りの右側(東)が江戸町一丁目、左側(西)が江戸町二丁目やったとこ。江戸町二丁目には「三浦屋」があった。「入浴料 10,000円税込(80分) 営業時間 日の出~24:00」 「客引き行為は致しません 時間外営業は致しません 交通マナーをまもります」っていう案内が出てた。中ノ町に面して、風流な建物がある。吉原最後の茶屋であった料亭「金村」を「桜なべ中江」が引き継ぎ別館にしてるそうや。3本目の右側は揚屋町通り、左が角町通り、5本目の右側が京町一丁目、左側京町二丁目になる。京町には高尾太夫がいた「三浦屋」があった。中ノ町がお歯黒溝に突き当たるあたりが水道尻(すいとしり 水吐尻)。今は、右手に吉原神社がある。また道がカーブして、右手には立派な台東区立台東病院。その先の左手、弁天池の跡に建つのがNTT東日本吉原ビル。その横に吉原弁財天があって、境内に大きな観音様が立ってはる。1923(大正12)年関東大震災のときに、逃げ遅れた吉原の遊女490人が弁天池に飛び込み溺死したというその遊女たちの供養と建立されたもの。吉原神社弁財天の祠にきれいな弁天様の絵が描かれてた。藝大の学生さんたちが描きはったそうや。こんな試みは、大歓迎やなあ。千束通り商店街からひさご通りに出て、「江戸下町伝統工芸館」をちょっとのぞいた。おもしろい探検やった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月23日
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新橋演舞場で、三月大歌舞伎夜の部。最近、演舞場のお客さんが少なめなのが気になる。平成中村座でもやってるからかなあ。幸四郎さんの佐倉義民伝は、2回目。2008年の十二月大歌舞伎のときも、福助さんのおさん、染五郎さんの徳川家綱やった。今回のほうが、ずっと気持ちが伝わってきた。段四郎さんの渡し守甚兵衛も好きやけど、左團次さんのもええなあ。2階ロビーに、木内宗吾を祀る宗吾霊堂が出開帳されてたので、幕間にお参りした。「唐相撲」は、初めて。狂言を歌舞伎にしたものやそうや。唐へ渡り皇帝に召し抱えられてる日本人の相撲取りが、帰国したいと皇帝に願い出る。皇帝は、名残に相撲を取るように命じる。相撲取りは相手になった官人たちを、みんな負かしてしまう。相撲取りにどんどんお酒を飲ませるんやけど、ふらふらしながらも相変わらず強い。最後に皇帝が相手をすることになる。皇帝が下々の者と直接触れるのは汚らわしいからと、皇帝の体に菰(こも)を着せる。皇帝の顎鬚を菰の下から棒で引き出したりするのも、愉快。皇帝も相撲取りに負けてしまい、相撲取りは褒美の宝扇をもらって、意気揚々とお国に帰る。菊五郎さんが日本人相撲取り。皇帝は左團次さん。めちゃくちゃな中国語が飛びかい、唐人の名前も、ザーサイ、チンゲンサイ、クウシンサイ、ハッポウサイなど。「ラブ注入」もあったなあ。すごく楽しかった。狂言ではどんななんやろう。それも観てみたい。最後は、上方の世話物「小さん金五郎」。これも初めて観る。最初は、大坂天王寺の安井天満宮で、こよりを手にお百度を踏んでる人たち。7人が恋の鞘当を繰り広げる。秀太郎さんの女髪結お鶴だけが、上方らしさを一手に引き受けてはった。関西の役者さんたちで、観てみたいなあ。新橋演舞場 三月大歌舞伎夜の部一、宗吾霊三百六十年 東山桜荘子 佐倉義民伝(さくらぎみんでん)序幕 印旛沼渡し小屋の場より二幕目 東叡山直訴の場まで 木内宗吾:幸四郎 おさん:福助 徳川家綱:染五郎 宗吾長男彦七:金太郎 大名久世大和守:友右衛門 同井上河内守:権十郎 同酒井若狭守:亀三郎 同三浦志摩守::亀寿 同青山伯耆守:松也 同稲葉丹後守:宗之助 同浅野摂津守:萬太郎 同伊丹肥前守:廣太郎 同秋元但馬守:廣松 松平伊豆守:彦三郎 渡し守甚兵衛:左團次 幻の長吉:梅玉二、唐相撲(とうずもう) 日本人:菊五郎 通辞:團蔵 皇后:梅枝 官人:亀三郎 同:亀寿 同:松也 同:萬太郎 通辞夫人:萬次郎 皇帝:左團次三、小さん金五郎(こさんきんごろう) 金屋橋の金五郎:梅玉 芸妓額の小さん:時蔵 太鼓持六ツ八実は木津屋六三郎:松江 芸妓大村屋お糸:梅枝 千草屋娘お崎:右近 千草屋女房お縫:歌江 奈良屋権左衛門:錦吾 広瀬屋新十郎:團蔵 女髪結お鶴:秀太郎1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月22日
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平成中村座を出て、今戸橋を渡る。橋とはいうても、今残ってるのは橋の柱だけで、山谷堀は埋め立てられて山谷堀公園になってる。全盛期には、隅田川から山谷堀に入り、新吉原まで水路を猪牙船(ちょきぶね)で行き来してた。紙洗橋のところで土手通りに出て、キングステーブルで550円のスペシャルミックスサンド(ヒレ・コロッケ・メンチカツ)を買うた。もう、ほとんど売り切れてた。馬道(うまみち)が紙洗橋の交差点のところから、土手通りになる。これが日本堤らしい。地方橋の交差点のところに、東京都下水道局.の日本堤ポンプ所があった。「日本堤」がやっと出てきた。でも、ここの住所は台東区浅草5丁目。その先には、日本堤消防署。次の信号が、吉原大門の交差点になる。「日本堤」というと、「助六」や「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」の土手のお六を思い浮かべる。吉原大門交差点の東側が日本堤1丁目になってた。少し先には、風情のある日本家屋が並んでる。明治22年創業の江戸前の天ぷらの「土手の伊勢屋」と明治38年創業の「桜なべ中江」。天ぷらや馬肉を食べて、精をつけてから新吉原へ向かうたんかなあ。次は、新吉原へ潜入。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月21日
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平成中村座の試演会で、一條大蔵譚と座談会 を楽しんでから、吉原めぐり。歌舞伎を観るようになって、そして浅草に毎月通うようになって、吉原のことをもっと知りたくなった。そんなとき、ブログのお仲間しげやんさんが送ってくださったのが、新人物往来社から昭和50年(1975年)に出版された小林高壽著「史跡江戸の下町 浅草・吉原・向島 」。おもしろくて、夢中になって読んだ。 小林氏は昭和4年(1929年)浅草生まれ。今から50年近く前の様子が書かれてるので、今ともだいぶ違う。そこがまたおもしろい。浅草は江戸より古いこと、猿若三座が移ってきたことなどもおもしろいけど、吉原遊郭のことが一番興味深い。吉原の移り変わりは、駿河なる元吉原宿(現・富士市 発想・計画の段階)→江戸市外の鈴の森(現・品川区鈴が森)→大橋の内柳町(現・千代田区大手町)→日本橋近くの誓願寺前→浅草千束の新吉原となるそうや。遊女の揚銭一覧も載ってる。遊女が「まこと」を表す方法はいろんな種類があって、「放爪」「誓詞」「断髪」「入墨」「指切」「貫肉」など、痛々しくなる。歌舞伎の吉田屋や助六では、遊女屋の亭主はそう悪い人ではないようになってるけど、実際はひどいものやったらしい。実情を知って、歌舞伎の台詞を聞くと、また一味違ってくる。では、今の新吉原へご案内。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月20日
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試演会のチケット、1階前方の松席はあっという間に売切れてしまう。3月は運よく、前方中央の席を取ることができた。松席は平場にお座布団を敷いた座椅子が並べてある。案外ゆったりしたスペースやので、思ったより楽やった。「一條大蔵譚 奥殿」國矢さんの鬼次郎が、かっこよかった。若手さんの頑張る姿には、いつも心打たれる。「おたのしみ座談会」では、最初舞台後ろが開けられて、隅田川越しにスカイツリーがよう見えた。寒いからと、すぐ閉まってしまってちょっと残念。でも、役者さんに風邪ひかれては大変。司会は同じくフジテレビの吉崎典子アナウンサー。下手から新悟さん、猿弥さん、男女蔵さん、勘九郎さん、海老蔵さん、勘三郎さん、仁左衛門さん、扇雀さん、進之介さん、七之助さん、亀蔵さん、笹野高史さんの順。仁左衛門さんが、国立でも4月に若手の研修発表会があると教えてくれはった。さっそく後日チケットを買うた。仁左衛門さんは、鬼次郎のお役があまり好きではないそうや。勘三郎襲名の時には、頼まれたので「しゃあないな」とやったけど、今回の勘九郎襲名では自分から買ってではったそうや。小山三さんのことにも触れてはった。お元気やと思うてたけど、体調が悪いときもあって、楽屋で寝っぱなしで代わりを用意してた日もあったそうや。最後に、勘三郎さんが「ちょっと待って」と下手に引っこみはった。小山三さんを連れてくるのかと思ったら、孫の七緒八クンを抱いて現れた。その姿を仁左衛門さんが携帯のカメラで撮ったりと、舞台の上で役者さんによる撮影会状態。楽しい座談会やった。この後、吉原遊郭を散策する。平成中村座試演会一、一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり) 奥殿 一條大蔵長成:片岡 千次郎 常盤御前:片岡 嶋之亟 八剣勘解由:中村 橋幸 鳴瀬:中村 蝶紫 鬼次郎女房お京:澤村 國久 吉岡鬼次郎:澤村 國矢二、おたのしみ座談会 片岡 仁左衛門 中村 扇雀 市川 海老蔵 中村 勘九郎 中村 七之助 市川 猿弥 坂東 新悟 笹野 高史 市川 男女蔵 片岡 亀蔵 片岡 進之介 中村 勘三郎1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月19日
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ケロアン(カイルアン)の旧市街メディナを楽しく歩いてる途中まで書いた、チュニジアツアーの3日目。チュニス門から入って、11月7日通り(Av. 7 Novembre)を、現地ガイドのアハレムさんと一緒に歩いて行く。通りの半分ぐらいを来た10時15分ごろ、アハレムさんから提案があった。「今からメディアの中を自由行動する時間にします。ここをまっすぐ行ったところにショハダ門があり、それを出るとマルティール広場。そこにバスが停まっているので、バスに10時40分に集合。ここを左に行ったところに、ビル・バルータ(Bir Barrouta) という聖なるらくだの井戸がある。別途チップが1ディナール必要だが、それでもいい人は私と一緒に行きましょう」と。前の晩の食事のとき、らくだの井戸へ行きたいんやけどっていうてたのを、覚えていてくれはったんや。この井戸は、796年アッバース朝第5代カリフ ハールーン・アッ=ラシードの時代に掘ら、メッカにあるザムザム井戸に地下でつながっていると伝えられてる。今ある立派な白い建物は、1690年にムハンマド・ベイ・エル・ムラディ(Mohamed Bey El Mouradi)が造ったもの。階段を上ると、右手にラクダがいるスペースがあった。真ん中に井戸があって、水汲み水車のノーリアがついてる。車輪には、ナブール焼の壺がいくつもくくりつけられてて、車輪が回ると壺に水が入って上がってくる。また車輪が回って壺が逆さになるときに、コップで水を受け手前の水甕に移す。この水車には木の軸棒がついてて、ラクダがこの木を押しながら井戸の周囲を回ると、歯車で水車が回る仕組み。観光客が部屋にいっぱいになると、ラクダ使いのおじさんが、「バン!バン!」と棒で床をたたくと、ラクダがぐるぐる回り始める。この水を飲むとご利益があるという。お腹が心配やったけど、ちょっと飲んでみた。生ぬるくておいしいわけではなかった。幸いお腹はなんともなかった。おじさんにチップの1ディナール(約53円)を渡して、出てきた。ラクダは、朝階段を上って出勤してきて、夕方帰って行くそうや。メディナのことはまだ続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月18日
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近所にあるうなぎの「一二三本店」へ行ってきた。昨年11月末に改築後開店してから初めて。離れがあった場所を売却して、母屋のあったとこに店を建て直しはったみたいや。あの離れや母屋の2階のお座敷の昭和の雰囲気が好きやったのになあ。こぎれいな店内は、10席ほどになってた。一番安いうな重梅(お新香付き)1800円と、きも吸100円を予約してあった。2009年は、松が3200円、竹2700円、梅2200円、並1700円、コースが4800円やったと思う。その後、値上げがあったんかもしれん。今回は、松が3500円、竹2600円、梅1800円、コース5200円。並が梅になったんかなあ。きも吸の肝が大きくてうれしい。ふんわりやわらかい鰻は変わらんかった。電気屋さんで、無線LANルーターも買うた。BUFFALOのAirStation NFINITI WHR-G301Nが売り場では2600円ぐらいやったのを、1880円にしてもろた。定価は3700円に消費税プラス。今まではフレッツ光を有線でつないでたんやけど、無線になってどこにでもPCを持ち運べるので便利になった。だんな様のPCもケータイWi-Fiもつなげられる。もっと早くつけてればよかった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月17日
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平成中村座へ行く前に、白金の畠山記念館へ。3月18日まで、冬季展「畠山即翁の茶会-光悦雪峯茶碗を中心に-」を開催。昭和26年1月に、即翁の古稀の祝いと、新席「翠庵」の披露をかねて行われた茶会に登場した茶道具約40点が展示されてる。懐石の器には実際に料理を盛った写真が添えられてて、ちょっと招かれたお客さんの気分やった。本阿弥光悦作の赤楽茶碗「雪峯(せっぽう)」も、この席で初お披露目されたそうや。ころんとした丸い胴の大火割れが金漆で埋められてて、存在感がすごい。これでお茶といただいたら、お茶碗の中に吸い込まれていきそう。次郎左衛門雛も飾られてた。丸いお顔に引目鉤鼻がかわいらしい。いつものように、展示室の中にあるお茶室でお抹茶をいただく。この展覧会中のお菓子は、特別に即翁の故郷金沢にある森八の「長生殿」。おおらかな宗峰妙超墨跡「孤桂号」を眺めながら、至福のひとときやった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月16日
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平成中村座での中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露 三月大歌舞伎 夜の部。今回も桜席やけど下手の左2列目。なんと開始時間を間違えて、30分遅れての観劇。平成中村座の夜の部は、開始時間がいろいろなんやもん。傾城反魂香は、仁左衛門さんの又平、勘三郎さんのおとく。仲がいいのが伝わってくる。手水鉢の表に絵が抜け出るのは、黒子さんが手水鉢の中に入って描いてはるんや。そんな裏の事情もわかって、桜席はおもしろい。「口上」は、2月の新橋演舞場のときもよかったけど、それ以上に温かい雰囲気。中央の勘九郎さんの上手側に勘三郎さん、我當さん、進之介さん、海老蔵さん、仁左衛門さん。下手側は七之助さん、笹野高史さん、亀蔵さん、扇雀さんと並んではる。進之介さんって、我當さんの長男さんなんや。七之助さんが、口上の背景の襖絵を父(勘三郎襲名口上)の時と同じ金子國義さんが描いてくれたと言うてはった。演舞場だけやなかってんなあ。「御所五郎蔵」が始まる前に、スタッフが舞台に噴霧器で水を撒いてる。わらじなどを履いた役者さんが、滑らないようにするためやろう。舞台裏でいろいろと手間がかかってることが、桜席やとようわかる。幕が開くと、上手客席通路に仮花道が作られてた。本花道から海老蔵さんの土右衛門一行、仮花道からは勘九郎さんの五郎蔵一行がやってくる。この芝居小屋で両花道があると迫力満点でかっこよかった。五郎蔵の妻で花魁になってる皐月は扇雀さん。五郎蔵への退き状を、その場ですらすらと書いていきはる。普通は墨で書くふりをして、下にしのばせてあったすでに書いてあるものを出すのがほとんどやのに、すごいなあ。七之助さんの逢州も、品格がある。皐月だと思い込んだ五郎蔵に殺される場面も美しかった。最後は、海老蔵さんと勘九郎さんの立ち廻りから、突然二人並んで坐って「切り口上」。「次は所作事」やったかな。「元禄花見踊」は、ひさしぶりの鶴松さんが楽しみ。福助さんとこの児太郎さん、扇雀とこの虎之介さん、橋之助さんとこの国生さん、宜生さんと、18歳から10歳まで全員10代の舞踊。みんなどんどん大人になっていく。中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露平成中村座三月大歌舞伎夜の部一、片岡十二集の内 傾城反魂香(けいせいはんごんこう)土佐将監閑居の場 浮世又平後に土佐又平光起:仁左衛門 土佐将監光信:亀蔵 土佐修理之助:新悟 狩野雅楽之助:猿弥 又平女房おとく:勘三郎 二、六代目中村勘九郎襲名披露 口上(こうじょう) 勘太郎改め勘九郎 幹部俳優出演三、曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ) 御所五郎蔵 御所五郎蔵:勘太郎改め勘九郎 星影土右衛門:海老蔵 傾城逢州:七之助 梶原平蔵:亀蔵 新貝荒蔵:男女蔵 秩父重介:国生 二宮太郎次:猿弥 花形屋吾助:笹野高史 傾城皐月:扇雀 甲屋与五郎:我當四、元禄花見踊(げんろくはなみおどり) 元禄の衆:児太郎 同:虎之介 同:鶴松 同:宜生 同:国生4月の世田谷アートフリマに出展が決まったとメールが来た。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月15日
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ケロアン(カイルアン)の絨毯屋さん Tapis Cherif でミントティー を飲んだとこまで書いた、チュニジアツアーの3日目。またバスに乗って、9時55分から楽しみにしてたメディナの散策。メディナは旧市街のこと。高さ8m、厚さ2mの城壁に囲まれ、東西1.3km、南北1.7kmある。北側になるチュニス門から入って、11月7日通り(Av. 7 Novembre)を歩いて行く。11月7日は亡命したベン・アリ氏の大統領就任記念日。祝日ではなくなったけど、ここの通りの名前は変わってないようや。道の両側には、お店やみやげ物の民芸品屋さん、飲食店などが軒を連ねてる。最初にあったのは、クスクスの粒を揃えるためのふるいやネズミ捕り、錆びてそうなハサミなどを置いてる店。さらに城門をくぐる。土曜日だからか、子どもたちもお手伝いしてる。クスクスのふるいには、カラフルなのもある。頭髪を覆い隠すためのスカーフのような布ヒジャブの店でも、男の子がお手伝い。トルココーヒーの店の前では、男性がくつろいでる。ケロアンの名物菓子「マクルード」を山積みにしてる店もある。セモリナ粉の生地にデーツのペーストを包ん揚げ、蜜に浸した甘いお菓子。1キロ1.7ディナールや1.8ディナール(約90円から95円)と安い。こんなにきれいに山積みしてるのが、全部売れるんかなあ。下の方のは、ずいぶん前に作ったもんやったりして。革製の室内履きバブーシュもいろいろ。チュニジアにはラクダの革のもある。色鮮やかな陶器は、ナブールのかな。店先で真鍮のお皿に彫金してるおじさん床屋さんが真剣な表情で剃刀で髭剃り中。Mosqu?e Al Beyの前で、くつろぐおじさん。メディナの中のトイレでは、手前のおじさんに使用料を払う。歩いてるだけで楽しくなる露地。メディナはまだ続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月14日
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新橋演舞場で三月大歌舞伎を観た後、銀座三越の地下2階菓遊庵へ。銀座店では月曜日に日本橋長門のお菓子を置いてる。菓遊庵前から気になってたお店。江戸時代の創業で、徳川八代将軍吉宗のころお菓子を献上してたんやそうや。わらび粉く寿もち 850円を買うた。本わらび粉を用いたわらび餅なんやけど、名前は「く寿もち」。ねっとりとしてて、口に入れるととろっととろけていく。案外甘い。甘味も強い。きな粉にも少しお砂糖は入ってるみたいやし。そういいながらも、1人で全部ぺろっと食べてしもた。今度は、切り羊かんも食べてみたい。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月13日
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歌舞伎座のビルがずいぶん高くなってきた。この週の歌舞伎座工事の作業工程は、「地上躯体工事 地下躯体工事 諸機資材搬出入有、コンクリート打設」で、土曜日まで同じ。日曜日にも「トレーラーによる資材搬入、仮置」がある。夜間作業工程は、「残土搬出、諸機資材搬出入有」で、日曜だけ全休。先月とまったく同じ。新橋演舞場の三月大歌舞伎 昼の部。染五郎さんの荒川の佐吉よかった。亀鶴さんの大工辰五郎もぴったり。子役さんもうまかった。泣けたなあ。4月の演舞場が、仮名手本忠臣蔵の通し。その前触れ?の九段目 山科閑居。藤十郎さんの戸無瀬が圧倒的やけど、時蔵さんのお石も迫力があった。新橋演舞場 三月大歌舞伎昼の部一、江戸絵両国八景 荒川の佐吉(あらかわのさきち)序幕 江戸両国橋付近出茶屋岡もとの前の場より大詰 長命寺前の堤の場まで 荒川の佐吉:染五郎 丸総女房お新:福助 隅田の清五郎:高麗蔵 大工辰五郎:亀鶴 極楽徳兵衛:宗之助 お八重:梅枝 鍾馗の仁兵衛:錦吾 成川郷右衛門:梅玉 相模屋政五郎:幸四郎 二、仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)九段目 山科閑居 戸無瀬:藤十郎 大星由良之助:菊五郎 小浪:福助 大星力弥:染五郎 お石:時蔵 加古川本蔵:幸四郎 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月12日
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東日本大震災から1年。短かったような、長かったような。政府主催の「東日本大震災1周年追悼式」が、前々日に歌舞伎を観てた国立劇場大劇場であった。午後2時46分に黙祷した。ケロアン(カイルアン)の床屋さんのモスク シディ・サハブ廟(Zaouia Sidi Sahab)を見たとこまで書いた、チュニジアツアーの3日目。そこから歩いて、5分もかからんとこに絨毯屋さんのTapis Cherifがあった。ツアーの買い物っていうのは、もちろん買い物が目的でもあるけど、トイレ休憩のためでもある。きれいな水洗トイレがどこにでもあるわけではないので、ガイドさんはトイレの確保も大事な仕事。トイレの隣の部屋で、女性が絨毯を織る実演をしてた。横には、炭火の上にのったホーローのポットが。マイ・ミントティーが入ってるんやろうなあ。絨毯屋さんの店内に入ると、周囲のベンチに腰掛ける。目の前に、ヘナの花やオリーブの木、ジャスミンの花などの柄が織られた、何枚ものカラフルな絨毯が広げられていく。買う気はないので、サービスのミントティーを飲みながら、のんびりと眺めてた。買い物した人の話やと、日本までの送料込みで安い物だと1万円、カシミールウールだと3万円。それが交渉で8000円と24000円になったようや。9時半ごろ、お祈りの呼びかけのアザーンが流れてきた。ここにいたのは、25分ほど。9時45分にバスに集合し、次はメディナの散策。チュニジアの旅、続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月11日
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ケロアン(カイルアン)のグランド・モスク(シディ・ウクバ・モスク)に感銘を受けたとこまで書いた、チュニジアツアーの3日目。またバスに乗って5分ほど、シディ・サハブ廟(Zaouia Sidi Sahab)へ8時50分ごろ到着。シディ(Sidi) は聖人につける称号、サハブ(Sahab)は友人と言う意味。預言者ムハンマドの同志で聖者のアブ・ザマエル・ベラウィ(Abou Zamaa al-Balaoui)の霊廟。ベラウィ聖者はムハンマド専属の床屋さんでもあったそうで、常に持ち歩いていたムハンマドのあごひげ3本も一緒に埋葬されてるそうや。それで、床屋さんのモスク(Mosqu?e du Barbier)とも呼ばれてる。17世紀になって、巡礼者のための宿、モスク、中庭、ミナレット、神学校が付け加えられて、今のような姿になった。アラベスク模様などのタイルや漆喰装飾で美しく飾られていて、マグレブでもっとも美しい霊廟といわれてるそうや。華やかやけど、色は黄色、青、黄緑、青緑の4色しか使うてないみたいや。中庭の奥に廟があって、ムスリム((イスラム教徒))でない人は入れない。でも、廟の前に座ってたおじさんが、チップ1ディナール(約53円)で希望者のカメラを預かって、廟の中の写真を撮ってくれる。手馴れたもんで、どんなカメラでもカシャカシャカシャと手早く写していく。「これは高級だねえ」と、ツアーの人のカメラの評価までしてはった。ここは、男の子が割礼をしに来るのでも有名なとこみたいや。さらに奥にも中庭があった。礼拝堂はシンプル。絵葉書と切手をセットにしておじさんが売ってた。チュニジアでは、旅行者が切手を買える場所がそんなにないので、これはええアイデアやなあ。シディ・サハブ廟にいたのは、25分ほど。そこから歩いて絨毯屋さんへ向かう。チュニジアの旅、続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月10日
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半蔵門にある蕎麦小路 さわらびで、昼限定の鴨汁せいろ 1500円を食べた。合鴨を炭火焼で焼いてあって、鴨の濃い旨みと炭火の香りがあいまっておいしい。ちょっと太めの蕎麦に、鴨汁がよう合う。その後、国立劇場へ。国立劇場開場45周年記念特別座談会 映像でたどる国立劇場の歌舞伎 その3 ~平成9年から同23年まで~ 。三回目は團十郎さんと三津五郎さんが登場。私が歌舞伎を観始めたのは、平成19年の11月から。観たことのあるのは「象引」だけやったけど、それでも今回が一番わかりやすい。冨十郎さんのお姿が、懐かしかった。この企画おもしろかったなあ。3回全部観ることができて、よかった。その後続けて、3月歌舞伎公演「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」。座談会と同じに日にしたかったので、今回は3階の2等B席2500円になった。前のほうに外国人の団体さんがいはった。文部科学省の事業「ジャパン・スタディ・プログラム」の42カ国の参加学生さんやった。「東日本大震災以降、我が国への留学に対する懸念が未だ払拭できていないため、我が国への留学(特に大学院)を検討している海外の大学生(約220名)を招へいし、東京と東北地方において、政府、大学及び自治体からの説明、被災地の方々や日本人学生及び日本で学んでいる留学生などとの交流、各種視察等を行うことにより、我が国と大学の現状について正しく理解してもらう機会を提供するもの」で、3月8日~3月18日まで11日間の滞在。そのうちの東京プログラムの一つが、この日の歌舞伎観劇やった。幕間に2階のお食事処「十八番」に行ったら、参加学生さんが幕の内弁当を食べてはったんやけど、上手にお箸を使うてる人が多かった。3月の国立劇場開場45周年記念フラワーアート展示の作品名は、「繋ぐ(つなぐ)」。桜をメインにツツジ、アセビ、割竹、根木を使うてはる。「一谷嫩軍記」がすごくよかったので、別の日にもう一度観ることにした。歌舞伎のことは、次に観た日に。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月09日
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ケロアン(カイルアン)のアグラブ朝の貯水池をみたとこまで書いた、チュニジアツアーの3日目。バスに乗って1キロほど南東にあるグランド・モスク(シディ・ウクバ・モスク)へ向かう。朝8時ごろのブラヒム・ベン・ラグレブ通りはひっそりとしてた。チュニジアには猫が多い。イスラーム教の開祖ムハンマドが猫好きやったからかな。チュニジアンブルーのきれいな扉と猫はよう似合う。ローズ・ド・サハラ(サハラの薔薇)を売ってるお兄さんが、小さいのを1つプレゼントしてくれた。グランド・モスク(シディ・ウクバ・モスク)は、670年に建てられたアフリカ最古のもの。創建者のウマイヤ朝の将軍ウクバの名をとって シディ・ウクバ・モスクとも呼ばれる。 ここに7回訪れると、メッカに1度巡礼するのと同じ価値があるそうや。外から見た壁は、レンガ造りで無骨なほどシンプルで要塞のよう。メインゲートをくぐると、大理石の広い中庭が現れる。90m×72mある。左手には31.5mの高さの礼拝の呼びかけ(アザーン)をするのに使われる塔、ミナレット。ミナレットの一番下の部分は、728年に造られた当時の、イスラム世界最古のものなんやそうや。ラテン語の碑文が刻まれた石も使われてる。中庭は、中央の排水溝に向かってゆるい傾斜があり、雨水が地下の貯水槽にたまるようになってる。井戸やろ過装置、日時計まであった。右手には、ドーム屋根ののった礼拝堂。現在ある建物の原型はアグラブ朝のズィヤーダ・アラーフ1世(Ziyadat Allah I )によって836年に改築、イブラーヒーム2世(Ibrahim II ibn Ahmad)の代までかけて造営されもの。中庭を囲む回廊の列柱は、ローマ・ビザンチン遺跡から持ってきたものが使われてる。コリント式の柱頭が華麗な雰囲気。礼拝室正面には、レバノン杉に彫刻した17の扉がある。礼拝堂の中へはムスリムしか入ることができないけど、外から写真は撮らせてくれた。遺跡から持ってきた大理石や花崗岩などの柱が414列が並ぶ列柱ホールには、お祈り用絨毯が敷き詰められてる。最奥には、聖地メッカの方向に設けられるアーチ形の壁の窪み(壁龕)ミフラーブが見える。金属のようにきらめく139枚のラスター彩タイルで飾られたミフラーブは9世紀後半のものがそのまま残ってるそうや。バグダッドから贈られたものか、現地で作られたものか、専門家のなかでも論争があるみたいや。ミフラーブの下のほうには、透かし彫りの28枚の大理石のパネルが貼られてる。その右には、説教台(ミンバル)も見える。床だけやなく柱にもお祈り用のゴザが置かれてた。礼拝堂の前で番をしてるおじさんは、とても気のええ人で写真も撮らせてくれはった。今回のチュニジアの旅の中で、一番好きな建物がここやった。派手さはないけど、歴史と風格と誇りを感じた。またバスに乗ってケロアン観光を続ける。チュニジアの旅、続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月08日
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六代目中村勘九郎襲名披露 平成中村座 三月大歌舞伎の昼の部を観た後、竹橋へ向かう。小雨模様のこの日、スカイツリーの上半分ぐらいが靄のなかに隠れてた。東京国立近代美術館で、休館日の月曜に「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」の特別内覧会があった。5月6日まで開催してる。ジャクソン・ポロックは1912年にアメリカのワイオミング州に生まれ、1956年に44歳で飲酒運転による自動車事故で亡くなってる。20歳ごろに描いた自画像から、亡くなる前の作品まで64点を年代順に展示。5人兄弟の末っ子としてポロックが生まれると、貧しかった一家はすぐカリフォルニア州サンディエゴやアリゾナ州フェニックス、カリフォルニア州チコやロサンゼルスなどを転々とする。1930年、18歳のときに兄たちについてニューヨークに出てきたポロックは、美術専門学校アート・スチューデンツ・リーグで学び、トーマス・ハート・ベントンに師事する。世界恐慌による大不況のなか、1935年にWPA(公共事業促進局)が失業者救済のために芸術家支援計画「フェデラル・ワン」を始める。このなかの「連邦美術計画」壁画部門にポロックも採用される。1937年ごろから、重度のアルコール中毒から脱するため、医師ジョセフ・L・ヘンダーソンから精神分析の治療を受けている。このときの、ドローイングも展示されてた。1941年までが、展示構成の「Chapter 1 1930-41年 初期 自己を捜し求めて」。1941年ごろの作品「Birth 誕生」は、ぐじゃぐじゃしてるけどまだトーテムポールのような顔が描かれてる。メキシコ壁画やネイティブ・アメリカンの芸術・シャーマニズム、ピカソのキュビスムなどの影響を受けてたそうや。同じころの「Untitled 無題」は、唯一のモザイクタイルによる作品。1942年からが「Chapter 2 1942-46年 形成期 モダンアートへの参入」。ポロックは、1942年からポーリング(pouring 流し込み)やドリッピング(dripping 滴らし)の技法を取り入れ始める。ネイティブ・アメリカンのナホバ族の砂絵、シケイロスの実験工房、シュルレアリスムのオートマティズム(自動書記法)などが、きっかけになったそうや。1943年の「Composition with PouringII ポーリングのある構成II」では、ポーリングが必要不可欠な要素に見えてくる。1941年から画家リー・クラズナーと暮らし始め、1945年リーと結婚、ニューヨークから東に約160kn離れたたロングアイランドのイースト・ハンプトンに移り住む。1946年、豊かな自然のなかで、川の名前をとった「アカボナック・クリーク・シリーズ」という8点の連作を描いてる。そのなかの「星座 Constellation」が展示されてた。やさしい感じの作品やった。1947年から「Chapter 3 1947-50年 成熟期 革新の時」。キャンバスを床の上に広げ、全面的に均質に描くオールオーヴァーのポード絵画(allover poured paintings)が誕生する。「ナンバー11, 1949(Number 11, 1949)」と「ナンバー7, 1950(Number 7, 1950)」は、1951年の第3回読売アンデパンダン展に出品されて注目されたそうで、60年ぶりの来日になるそうや。私は、余白を残して、銀色のアルミニウム塗料が印象的なナンバー7と、エンコースティック(Encaustic 蜜蝋に顔料を溶かしたもの)で描いたナンバー25(Number 25, 1950)が好きやなあ。「インディアンレッドの地の壁画(Mural on Indian Red Ground)」 は、個室に展示されてた。1950年にロングアイランドのバートラム・ゲラー邸の壁画として制作されたもので、縦183cm、横243.5cmの大作。1976年にパーレビ王朝時代のイランのコレクションになり、3年後のイラン革命でイスラム革命勢力に没収され、テヘラン現代美術館に収納、門外不出となっていた作品。ポロック絶頂期の最高傑作の一つで、評価額は200億円ともいわれてるそうや。すごいけど、どこか技巧的にも感じる。ハンス・ネイマス(Hans Namuth)とポール・ファルケンバーグ(Paul Falkenberg) がこの年に、ポロックの制作風景を「ジャクソン・ポロック 51」という映画にしてる。この映像も上映されてた。タバコをくわえながらポーリングを始めたポロックは、途中からタバコを投げ捨て、取り憑かれたように動き始める。オートマティズムのように。この撮影が終了すると、ポロックは絶っていた酒を呑み始めたという。カット・アウト(Cut Out)という大原美術館所蔵の作品はユニーク。オールオーヴァーのポード作品の真ん中が、人の形に切り抜かれてる。ポロックが試行錯誤している最中に亡くなってしまい、妻のリーが他の作品を裏に貼り付けて完成させたものなんやそうや。これを観てると、ポロックは事故で亡くならなければ、いつか彫刻を手がけてたのではないかと思うた。1951年から、「Chapter 4 1951-56年 後期・晩期 苦悩の中で」。ブラック・ポーリングやステイニング(Staining 染め込み)など、新しい手法に向かったポロックを世間は退行とみなす。「緑、黒、黄褐色のコンポジション(Composition on Green, Black and Tan)」なんか、ええと思うんやけど。1954年ごろにはアトリエに行っても描けないことも多くなり、飲酒運転の自動車事故のために44歳で死んでしまう。若いファッションモデルの愛人ルース・クリグマン(Ruth Kligman)とその友人が同乗してて、ルースは生き残ったけど、友人も死亡したそうや。会場を出たところに、アトリエが再現されてた。ここは、撮影が可能。色が飛び散った床は複製されたものやったけど、壁の棚に置かれた絵の具やペンキは実物なんやそうや。感慨深かった。生誕100年 ジャクソン・ポロック展1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月07日
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図書館で借りて読んだ本。道化師の蝶 円城塔著 第146回芥川賞の受賞作。難解やっていう評判やったけど、すごくおもしろかった。道化師の蝶では、モロッコのフェズで現地のお婆さんから、表と裏が同じような仕上がりになるフェズ刺繍を習う場面が出てくる。黒い布に縫い取った同じような手法のホルバイン・ステッチ((ダブル・ランニング・ステッチ)の唐草模様をお婆さんに見せ、実際に木枠の布に刺しながら教えてもらう。その間にもお婆さんはずっと世間話を続ける。海外で現地の人が話してる言葉はわからないのに、なんとなく意味が伝わってくる感覚が蘇る。日本にいても、日本語はわかっても、会話の意味が伝わってくるかというと、そうでもないことも多い。タッティング・シャトルやボビンのレースも出てくる。「手芸を読む」っていうのも、わかるなあ。大型旅客機の飛行中に、乗客の頭に浮かんできた様々な着想が体を離れ、機内を浮かんでいるというのも、そうやなあと思うた。速度が問題なんやと思う。時間と空間をめぐる旅をしてるような作品やった。「松ノ枝の記」も変わったお話。こちらは工芸品が出てくる。手の記憶が人類の記憶につながっていく。奥アマゾンのヤノマミのような蟻塚の話や、250万年前に生息した巨大な獣エレモテリウムまで登場。こちらの時間旅行は、人類誕生の時まで遡る。手芸と旅好きの私には、ぴったりの本やった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月06日
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平成中村座の昼の部。お昼にサンドイッチを買うて行った。浅草駅から馬道(うまみち)をずーっと1kmほど行って、紙洗橋交差点のちょっと先にあるキングステーブル。先月隣に座った人が食べてはったのがおいしそうで、教えてもろた店。小さな店の前に、ショウウィンドーがあってそこにサンドイッチが並んでる。男爵コロッケサンド 380円スペシャル エビフライサンド 750円スペシャル ヒレカツサンド 500円メンチサンド(黒毛和牛) 350円スペシャル ミックスサンド(ヒレ・エビ・コロッケ) 550円スペシャル ミックスサンドを買うた。ボリュームがあって、ちゃんと作られてておいしかった。このお値段でほんまにええのかなあ。山谷堀を埋め立てた山谷堀公園を通って、今戸橋のところにある平成中村座へ。木戸を入ると六代目中村勘九郎さんのパネルと祝樽が。小屋に入ると桜の吊り枝が下がり、その上には勘九郎のお役の3枚の羽子板が。「中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露 平成中村座 三月大歌舞伎」やので、中村屋さんの後援会「若鶴会」からの襲名祝幕がかかってる。2月の演舞場のと似たデザインやけど、こちらは銀杏の葉をくわえた鶴が3羽。地色は若草色と金色で、勘九郎さんによう合うてる。お大尽席の後ろの絵も桜と松と鶴の絵になってた。3月のチケットは、チュニジア旅行の間に発売されたので、ドバイの空港のラウンジからネットで取った。幕の内側の桜席やけど初めての左側(下手)、それも2列目。花道はほとんど見えへんけど、これはこれでおもしろかった。海老蔵さんの「暫」は、すごく近いので大迫力やった。中村座で「暫」が観られるなんて最高。中村屋と成田屋の家紋の入った提灯が交互に並び、紅白梅の吊り枝が襲名公演の幕開けを彩る。海老蔵さんの顔って優しそうなんやなあ。「一条大蔵譚」で勘九郎さんが登場。仁左衛門さんが、なんと吉岡鬼次郎。そのうえ、小山三さんが鳴瀬。勘九郎さんの作り阿呆は、ちょっと固かったな。勘九郎さんを盛り立てていこうという、まわりの役者さんたちにも恵まれ、こちらまでうれしくなる。最後の「舞鶴雪月花」が、一番おもしろかった。上の巻「さくら」は、七之助さんの桜の精が、清楚で華やか。中の巻の「松虫」は、仁左衛門さんが松虫になる。千之助くんは子どもの松虫。ほほえましくって、しんみりとさせてくれた。下の巻「雪達磨」で、勘三郎さんが雪達磨の後ろに隠れてお出まし。白い着物に白い顔、目のまわりを炭団のように黒く塗り、鼻と口は四角くて、オバQみたい。頭と腰には縄を巻いてる。ユーモラスに踊ってたんやけど、朝日が射してくると雪が溶ける始める。あわてて雪を貼りつける仕草がおもしろい。でもどんどん溶けてぐにゃぐにゃになって、セリが下がる。大きなお日様が昇り、舞台の後ろが開いてスカイツリーが見えてたはず。最後にセリが上がって、白い着物と縄だけが出てきて、雪達磨は溶けちゃった。これを楽しく見せて踊れる勘三郎さんは、さすがやなあ。中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露平成中村座 三月大歌舞伎昼の部一、歌舞伎十八番の内 暫(しばらく) 鎌倉権五郎:海老蔵 那須九郎妹照葉:七之助 鹿島入道震斎:猿弥 桂の前:吉弥 成田五郎:男女蔵 加茂次郎:進之介 清原武衡:我當二、一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり) 檜垣 奥殿 一條大蔵長成:勘太郎改め勘九郎 常盤御前:扇雀 八剣勘解由:亀蔵 鳴瀬:小山三 鬼次郎女房お京:七之助 吉岡鬼次郎:仁左衛門三、舞鶴雪月花(ぶかくせつげっか) <上の巻 さくら> 桜の精:七之助 <中の巻 松虫> 松虫:仁左衛門 同:千之助 <下の巻 雪達磨> 雪達磨:勘三郎1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月05日
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2月に行ったお店のこと書き忘れてた。人気で予約がなかなか取れない、三宿にあるフレンチのレストランオギノが、2月代官山にターブル・オギノ(table ogino)を開店しはった。「体にいい安心できる食材を手間暇かけて料理したスロウフードをパパッとファーストフード感覚で」をコンセプトにしたお店。代官山駅から5分ほどの静かな場所にある。明るく清潔感のある店内は、1階が販売、2階がフリーサービスのイートインスペースになってる。先に2階の席を取ってから、買うとええみたいや。9時から7時半までが営業時間。11時からプレートメニューが始まる。だんな様は、プラドジュール(本日のプレート)1260円 。自家製ソーセージとお任せデリ1品 、フォカッチャ(白米か玄米も選べる)、ドリンクSサイズ がつく。ドリンクは、コーヒー(アイス・ホット)、紅茶(アイス・ホット)、カフェオレ(アイス・ホット)、ハーブティー(ホット)、茜茶(アイス・ホット)から選べる。私は、海老のキッシュ780円、鴨のクリームコロッケ180円、ペンネサラダ380円。それに塩マロンタルト460円。お会計を済ませると、温める物は温めて、後で持ってきてくれはる。焼きたてのソーセージは、肉汁がしたたり、ピュレ・ド・ポム・ド・テール(マッシュポテト)も。サラダはきのこと大豆のバルサミコマリネ。海老のキッシュはアメリケーヌソースも入ってるみたいやった。レストランの素材なども使いながら、レストランではできないデリの味になってる。他にも、鴨のコンフィプレート、仔牛カレープレート、パテデリプレートなどもある。パパッとでものんびりとでも、お昼の時間を過ごすのに最適の場所。シャルキュトリー類も充実してる。ソーシッソン・ド・パリ(パリ風ソーセージ)530円を買うて帰った。原材料の表示を見ると、豚もも肉、豚背脂、白胡椒、ナツメグ、キャトルエピス(黒胡椒・ジンジャー・ナツメグ・クローブ)だけ。こんなソーセージ、めったにお目にかかれない。それがこのお値段。だんな様もとっても気に入って、また買いに行こうっていうてはる。帰りは、なんとなく歩いて家まで帰った。歩けるもんやなあ。ターブル・オギノ1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月04日
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今年はお雛様飾らんかったなあ。ローズ・ベーカリーの日替わりランチセットを食べて、日本橋の三井記念美術館へ。4月8日まで、「茶会への招待-三井家の茶道具-」併設「初公開-新町三井家の新寄贈品から」を開催してる。三井家のお茶道具はこれまでにも何回か観てる。今回も、志野の「卯花墻」、黒楽の「俊寛」、朝鮮の御所丸茶碗(チラシ掲載のお茶碗)などが展示されてた。興味深かったのは、展示室4の「茶事の取合せ」。お茶の心得がない私にも、一つ一つの道具や器の使い方の説明がついてるのでわかりやすかった。「正午の茶事」を想定して、「初座」「中立ち」「後座」の順に沿って、それぞれに用いられる道具を順番に展示してある。懐石の器には、お料理を盛り付けた写真も一緒にあった。展示室7では、併設として、新町三井家・三井依子氏からの新寄贈品が展示されてる。中国唐の白居易の詩文集「白氏文集(はくしもんじゅう)」の金沢文庫本巻二十三と三十八は新発見なんやそうや。渡辺始興の「鳥類真写図巻(ちょうるいしんしゃずかん)」は、17mを超える巻紙に63種の鳥類が細かく描かれてる。円山応挙がこの図を模写した部分の東京国立博物館所蔵の「写生帖(しゃせいじょう)」のパネルもあった。茶会への招待-三井家の茶道具-1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月03日
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三菱一号館美術館で「ルドンとその周辺 夢見る世紀末」展を観る前と後に食べた物。三菱一号館美術館がある同じブリックスクエアの1階にある、エシレ・メゾン デュ ブール。フランスのA.O.C.発酵バター「エシレ」の世界初の専門店やそうや。本家フランスにもないお店。さらにフランスにはないエシレブランドのクロワッサンやお菓子まで売ってる。エシレを輸入してる片岡物産とVIRONの西川隆博さんのコラボレーションで生まれた日本ならではのモノ。フランスの老舗製粉メーカーのMINOTERIES VIRON社のブランドのパンもフランスにはないので、VIRONも日本ならではのモノ。クロワッサン・エシレ50%ブール ドゥミ・セル399円を買うて、その場ですぐ食べてみた。原材料の半分がエシレ・バターという究極のクロワッサンやそうや。食塩不使用バターを使うたのが「ドゥー」、スティックの半分を有塩バターにしたのが「ドゥミ・セル」で、どちらも値段は同じ。紙のような霞みを食べてるような感じで、たまにバターのじゅわっとしか味が広がる。もうクロワッサンではないような。高そうな包装代も、料金に含まれてるんやろうなあ。エシレ・メゾン デュ ブールもう1件は、Rose Bakery。英国出身のローズ・カラリーニさんが、2002年にパリに開業して人気になった「ビオ(オーガニック)のデリカフェ」の日本1号店。パリ市内に3店舗、ロンドン、ソウル、日本には丸の内と吉祥寺、銀座の3店ある。日本での運営はロイヤルホストなどを展開するロイヤルグループの一つアールアンドケーフードサービスが手掛けてるそうや。アールアンドケーフードサービスは、サラダバー&グリル「シズラー」、ピザレストラン「シェーキーズ」、ベーカリーカフェ「カフェクロワッサン」をやってるとこ。丸の内のお店があるのは、コムデギャルソンの店内。川久保玲さんのご主人の妹さんがローズさんなんやそうや。日替わりのランチセット「Special of the day」 1100円を注文した。祝日を除く月曜から金曜の12時から3時まであって、日替わり野菜スープボウルと日替わりプレート、コーヒーまたは紅茶がつく。プラス200円で小さなデザートもつけることができる。同じような内容のランチボックスも800円。こちらは、日替わりデリ、グリーンサラダ、パン、デザート。この日のスープは、ヒヨコ豆とレモングラス。コクがあるけど、さっぱりしてる。メインは、スコッチエッグ。懐かしいような味やった。トマトソースがおいしい。コーヒーは濃いめやからと小さなカップにお湯が入ったのも一緒に出てきた。テイクアウトにしようと思うて買うてたキャロットケーキ 550円も食後に食べることに。上にクリームチーズがのってて、素朴な味わい。体が喜びそうなご飯やった。でも、油の匂いとかが洋服につかないのかとちょっと心配になった。Rose Bakeryこの後、もう1軒美術館へ。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月02日
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オディロン・ルドンは、私の一番好きな画家さん。三菱一号館美術館で3月4日まで、「ルドンとその周辺 夢見る世紀末」を開催。昨年の6月パリに行ったとき、グラン・パレでちょうどオディロン・ルドン展を開催してた。絵画やパステル画、木炭画、素描、版画、リトグラフなど170点ほどが展示されてて、夢のような展覧会やった。Odilon Redonそのなかに、ルドンの大作「グラン・ブーケ」もあった。ブルゴーニュ地方ヴェズレーにあるロベール・ド・ドムシー男爵の城館の大食堂を飾る装飾絵画がルドンに依頼された。グラン・パレではその大食堂の壁面を再現して16点の作品が展示されてた。15点はオルセー美術館所蔵、1点「グラン・ブーケ」だけが三菱一号館美術館の所蔵になっててびっくりした。「グラン・ブーケ」だけは、110年間男爵家の食堂に残されたままやったのを、2010年に三菱一号館美術館が購入したそうや。日本に持ってくる前に、フランスでお披露目されてたんやなあ。その「グラン・ブーケ」が、海を渡ってきた。一緒に展示されてるのは、岐阜県美術館のルドン・コレクション139点。岐阜県美術館が改修工事のため休館している間、浜松市美術館、美術館「えき」KYOTOと巡回して、東京にやってたもの。グラン・パレの回顧展では、岐阜県美術館所蔵の「オリヴィエ・サンセールの屏風」も展示されてた。オリヴィエ・サンセールの屏風これは、今回の展覧会には出てなくて残念。ルドンの「黒」の作品もええけど、大好きなのはパステル画。5点あった。翼のある横向きの胸像(スフィンクス)ポール・ゴビヤールの肖像青い花瓶の花々黒い花瓶のアネモネそして、グラン・ブーケ油彩の作品にも、パステルで描かれたのかと思うようなタッチのもあった。「ルドンの周辺」の画家の作品も展示。ルドンの版画の師ロドルフ・ブレスダンのリトグラフ、象徴主義の画家でルドンに影響を与えたモローの油彩、ゴーギャンの木版、ムンクのリトグラフ。「グラン・ブーケ」は2階の専用の部屋に展示されてた。縦248.3cm、横162.9cmというパステル画としては絵画史上最大級やという。作品の保存のために照明を抑え、ドムシー城の食堂に飾ってあった当時の状況に可能な限り近づけてての展示やそうや。グラン・パレの回顧展では、見上げるように高い位置に展示されてように思うけど、今回は目の前に掛けられてるのでよく見える。薄暗い中にパステルの花々が浮かび上がり、とっても幻想的。日本に来てくれてうれしいなあ。作品保護のため、次の公開は、2012年9月からを予定してるそうや。ルドンに影響を受けたナビ派のモーリス・ドニやエミール・ベルナールなどの作品もあった。今回は1階展示室も使われてて、ポール・セリュジエやルドンの油彩「眼をとじて」なども。当時を再現した建物が特徴の三菱一号美術館は、靴音が響くのが気になってつい避けてしまうんやけど。利用案内にも書かれてるように、ヒールでない靴で来て欲しいなあ。いつか、南仏にルドンをめぐる旅をしてみたい。三菱一号館美術館さんは、今回裏面が違う4種類のチラシを作ってはる。掲載作品だけではなく、文字の色やフォントまで違ってて、ごちゃごちゃしてる。北川一成さん(GRAPHヘッドデザイナー)が、デザインしはったそうや。ルドンとその周辺-夢見る世紀末1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年03月01日
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