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書評は書けないが、途中で読むのをやめた本が何冊かある。良い作品かどうかとか面白いかどうかということではなく、最後まで読む気にはなれなかった小説は、ジャンル的に恋愛物の小説に集中している。言いたいことはただ一点、恋愛小説は好きではないということだ。しばらくは何かきっかけがないと手には取らないつもりだ。具体的には、以下の作品を途中で興味が失われ読むことを中断した。・村山由佳 「ダブル・ファンタジー」(文藝春秋、2009.1)・辻 仁成 「幸福な結末」(角川書店、2005.5)・朝倉かすみ「ほかに誰がいる」(幻冬舎、2006.9)・桜庭一樹 「私の男」(文藝春秋、2007.10)半分程度まで読んだもの、1/3程度まで読んだもの、さわりだけでほとんど読んでいないものが混じっているが、途中でやめたことは共通である。理由は自分でも本当は良く分からないが、結果だけからすれば好き嫌いは明確かもしれない。
2011.11.06
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著 者=本多孝好(ほんだ・たかよし)書 名=正義のミカタ ~I'm a loser~発行所=双葉社発行年=2007.5評 価=★★★☆☆【送料無料】正義のミカタ高校3年間を筋金入りのいじめられっ子で過ごした主人公が、自分を変えるため進学した大学の「正義の味方研究部」に入部し、仲間とともに大学内で発生する事件を解決していく話である。筋や登場人物の設定は申し分ないとは思うが、途中から「正義とは何か」について主人公や周りの関係者が考え始める所から少々脱線していく。というより、内容自体が全く面白くなくなるし、それまでの設定が何だったのと思われるような違和感に苛まれる。マイケル・サンデル教授の白熱教室じゃあなけど、どうも「正義について語ろう」とすると、何かこみ上げる醜悪な感情が出てくる。方や正義感、方や一体何が悪なのか、個人個人基準は違うし、そもそも「正義って何」なんて正面切って言えるほど純粋無垢でもない。それでもしったかぶりの浅薄な考えで語ろうとする人間を、無意識に蹴りたい・叩きのめしたいような感じだ。これは例えば、電車の優先座席付近で立っていた時、かかってきた携帯に出た際に、前に座った白髪の上品そうな老人に「切れ、ここをどこだと思っている」と怒鳴られた状況を考えてみよう。老人の言うことはもっともで正義感に溢れている。ただ、当たり前のマナーを知らないかのように黙って怒鳴られる程、気弱でもない。すると、湧きあがる感情は、恐らくどれだけ正義を語る人に対しても、蹴りたい・ぶん殴りたいだろう。しかし、結構面白い著者もまだまだいるものだ。別の作品も見てみたい。
2011.11.06
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著 者=真山仁(まやま・じん)書 名=マグマ 小説国際エネルギー戦争発行所=朝日新聞社発行年=2006.2評 価=★★★★☆【送料無料】マグマ真山氏の作品は、最近はエネルギー問題を扱う場合が多い。本作品は、地熱発電所を取り上げ、日本で地熱エネルギーのポテンシャルが多いにもかかわらず、政治的理由(国定公園に存在)・地域的理由(温泉業者の反対)・エネルギー種別の政策順位(原子力推進)で進まなかったエネルギー源が、一人の外資系ファンドマネジャーの活躍で今後大きく進む予感を抱かせる仕上がりになっている。もちろんこれは「小説」であり、事実や真実ではない。現実と本書の主張を混同してはいけない。例え、2011.3.11以降、再生可能エネルギーに対する大きな順風で地熱発電に今脚光が浴びているとしても、問題の解決手法はあくまで小説であり混同してはいけない。また、筆者に先見の明があったとかエネルギー問題に詳しい専門家とか、持ち上げてもいけない。あくまで小説なのであり、冷静に対処しなくてはいけない。そう言った点を割り引いても、ぐいぐいと惹きこまれるしとても面白い内容であることは間違いない。惜しむらくは二つ減点ポイントを指摘したい。一つ目は、なぜ主人公が「再生ファンドマネジャー」でなくてはならなかったのかよく分からない点である。多分、その職業の描写が筆者にとって身近なものであったが理由であろうが、逆に無理やり筋を作っている感も出てきしまっているのが残念である。例えば、一体全体、何がそしてどこが「国際エネルギー戦争」なのかさっぱり分からない点である。二つ目は、わざわざ、表題の副題に「小説国際エネルギー戦争」と言わざるを得ないように、おそらく多くの部分で、本当の事実関係を織り交ぜていることは間違いない。全体がフィクションでなく、かといって全体がノンフィクションでもない、このような中間的な作品は、資料原典や取材・インタビューは小説を描くのには十分に行っているのではあろうが、それ以上でもそれ以下でもなく、それゆえたちが悪い。逆に言うと、わざと見る人が見れば分かるようにしか変えていない事実に、事実ではないことを織り交ぜてもっともらしく・小説として面白くしたが、その点からの非難を避けるための弁解に、敢えて「小説」と表題に明言しなくてはならなかった「ずる賢さ」を感じることである。とはいえ、今のエネルギー政策に関して国民みんなが、なにがしかの意見を持つようになっているが、こんな「小説」をベースに、考え方や態度を決める輩が出ないことを心から祈っている。
2011.11.06
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著 者=綿矢りさ(わたや・りさ)書 名=蹴りたい背中発行所=河出書房新社発行年=2003.8評 価=★★★☆☆【送料無料】蹴りたい背中第130回(2003年下半期)芥川賞受賞作品である。内容は、学校で新たな友達もできず、少し大人びた考え方を持つ主人公が過ごす高校生活の日常である。過去10年間分の芥川賞受賞作品は全て読んだが、その中でも筆者の才能と将来性を最も感じた。こういった純文学は、なにげない言葉やしぐさをいかに洗練された言葉で表現し、なにげに読者を惹き込むことが極めて重要であり、その点、本作品は該当するとともに、非常に読みやすい文体となっている。今の世の中、活字をまともに読む人間はそう多くはない。DeNAの社長が志願者に対し入社説明会に言ったと言われているように、既に若者の大多数は活字を離れ・携帯ゲームで遊び、その人達は高学歴の人ではない。そうではなく、昔から本を読む習慣がある・あるいは少なくとも苦痛ではない人は、若かりし時、恐らく周りから少し浮いていて、友達をバカにする訳ではないけれど周りの人たちのことをバカだなあと思っていたはずだ。そういった、必然的に高学歴の人・あるいは高学歴に憧れる人に支持される作品であろう。
2011.11.06
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