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「うちの国の首相は大バカヤローだあっ!!」通りの真ん中で叫んだ男が逮捕されてしまった。罪状は「国家機密漏えい罪」しかし、これは別件逮捕であった。公安の本当の目的は、他国のスパイではないか?と疑ったのである。「だいたいだね、この国の誰もが知ってることを、わざわざ道路の真ん中で叫ぶってのがおかしい」まあ、このジョークは非常にスタンダードなものです。私が初めて見たのは、東欧のジョーク集でした。そのあと、ユダヤ、アメリカ、ロシア、といろんなところで見られます。「うちの社長」とか「部長」とかに変えれば「会社の機密を漏えい」とかってネタになりますし。正直、何をやればいいのか、政府にはわからないのだと思いますよ。だって、避難所が何カ所あってルートが確保されてるかどうかって、わかってるんでしょうか。原発の対処は、もちろん放射能対策もあります。ただ、私が思うに、東京電力の経営理念をはっきりさせるところからスタートですよ。何年か前のJR西日本の事故の時も、同じことを思った覚えがあります。事業とは何?誰のための満足を提供することで、報酬を得ようとしているのか?自分たちの利益と、安全安心のどちらを優先するのか。ものっすごく酷な言い方をするとですね。想定していなかった強さ・想定していなかった高さ。という発言を聞いた時、違和感を感じました。つまりですね。「想定していない大きさのものがくる」という想定ができていない。自然が自分たちの予想を超えるかもしれない、という謙虚さに欠けている。「絶対安全」の「絶対」って、実はありえないんだよ。人間が完全ではない以上、絶対、ってありえないんだよ。だから「絶対だよ」って、指切りげんまんして約束するんだよ。絶対だったら、宣言なんかすることないんだ。実は。当たり前になるから、大きな声で不安を払しょくする必要もなくなるんだよ。ということは。謙虚さに欠けるという事は。最悪のピンチの予測ができない。予測ができないということは、対策を立てておけない。すぐ怒るやつってのはそうですね。大きな声で、不安を打ち消そうとしてる。怒るってのは、対策を立てて実行してるわけではありません。ということは「原子力」という力に対して、謙虚さを欠いて相対していたのではないか?人間の手に負えないかもしれない力、という事から目を背けていたのではないか?自分たちの実力を過信したとは言わないけれど、、自分たちが扱っている力を過小評価したのではないか?実は、自動車や飛行機でも、人間の手に負えないかもしれない力、なんです。少なくとも、私は飛行機は操縦できないもん。私の手には負えない。我々は、自分たちの手に余るものに囲まれて暮らしてる。余るかもしれないけど、コントロールしている気分で暮らしてる。止まってしまったら、自分たちでは何もできない事に、時々気が付いて、でも、見ないふりをして暮らしてる。
2011.04.24
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時間は何も解決しない。ただ過ぎていくだけ。マキアベリも書いています。「時間はよいこともつれてくるが、同じように悪いこともつれてくる」という理由で私は「明日は必ず来る」っていう言葉が基本的に嫌いです。当たり前だ、ってえのと、やってきたときは「今日」になってるし。赤毛のアンだったかな?「明日は、まだ何も起こっていないから素敵」ってのは好きですけど。少し前も書いたけど「夜明けは必ず来る」→そりゃ日は必ず暮れる、「春は必ずやってくる」→つまり四季は冬も必ずつれてくる。先の事を考えずに、現実逃避をするためのようなセリフに、人を勇気づける力などありません。もっと言えば、人を勇気づけるのは「何をしていくか」「今から何をするか」という具体策なんです。仕事でもそうですよ。「がんばれ」なんて、なんの役にも立ちません。何をどうがんばるのか、がんばれば何が見えるはずなのか。「スローガン」「目標」で、何ができるっていうんだ。あ、言っておきますが、スローガンや目標を並べ立てても意味はありませんが、きちんと使えば大きな意味や効果を持ちます。無駄ではありません。わかりますよね?わからなければ言ってくださいね(^^)bただね、時間は、解決への対策を実行させてくれます。行動を起こすには、時間が必要です。悲しい記憶を解決するのは、続いていく毎日の中で作り続ける新しい記憶です。一瞬を積み重ねて、永遠を紡ぎだす。記憶とはそういうもの。「過去は永遠にそこに立ってる」と書いたのは、北欧神話だったかな?そう、記憶は、その人が生きている限りその人の中に残るもの。永遠にそこに立っているんです。起こってしまった事はなくならない。じゃあですね。「そこに永遠に立っている」記憶を、とにかく楽しいもので埋め尽くしてしまおう。悲しい記憶はなくならないけれど、楽しい記憶を大きくしていって、悲しい記憶をちいさくしてしまおう。何日、何か月、何年かかるかわからないけれど。たくさんの楽しい記憶が立っていることで、悲しい記憶がその向こう側に見えにくくしてしまうしかありません。ただ、悲しい経験をしてる人に対して、「その気持ちがわかる」とは言えません。出来事はひとつでも、それぞれに感じ方が違う。にんじん嫌いの幼児が、夕飯に出てきたにんじんを前に苦しんでいるところで、ホウレンソウ嫌いの幼児がとなりから、「その気持ちわかる」って言っても、言われた幼児にとってはなぐさめにすらなりません。にんじんがそこにあることは変わらないから。「ぼくは君じゃないから、君のつらさはわからない。でも、少なくとも、同じ目に合うのは避けたい、って思うよ」わかるよ、じゃなくて「予想して共有」ですね。まあ、幼児がこんなこと言うわけはないけど(笑)失恋して落ち込んでるやつには、こんな感じで言いますね。失恋へのなぐさめはもうひとつ。「落ち込んで当たり前だろ。元気なんか出るわけないだろ。落ち込むくらいでなきゃ、恋をしたとはいえないだろう」とかね。まあ、なんちゅうか。なぐさめて現実から目を背けさせるくらいなら、しっかり向き合わせてやろう、っていう…「元気出せ」って、言いたくないんだもん(笑)出せないもんを「出せ」って言われて出るようなら、誰も落ち込んだりしないよ。「考えなきゃいいんだよ」って無理無理。「考えなきゃいい」って考えてる時点で、頭から離れない(爆)えーい、ついで(笑)だんだん、話がずれてきた。私が思うに、最悪なのは、「そんなのたいしたことないよ。私なんかさあ…」「そんなのおまえだけじゃない」ってやつ。これ言ってるの聞いた瞬間に「こいつ人望ねえな」って思います。相手の立場を想像できないんだもん。「電車で立ってるの大変」「立ってるのはあなただけじゃないよ」妊婦さんかもしれない。高齢者かもしれない。実はけがしてるかもしれない。そこまでの想像ができるか?甘えているだけだとしたら、その根拠は?さて、私が時々使うセリフです。効き目がありすぎる時があるので、あまり使いませんが。というか、奥までえぐってとどめを刺す時に使うセリフだね(笑)「忙しい」とか「たいへん」とか、文句が多い奴に。「おまえの実力じゃあ、それくらいで大変になるんだなあ。誰かできるやつが現れたら交代させてあげるから、できるとこまでやってくれ。どこまでならできる?」実は、きちんとできるやつは「どこまでならできる」って言えるんです。できないやつは「全部できない」って言いたがるのね。「そんなの無理」って、言うための理由を探してる。「忙しすぎて無理」って言ってる時は「どれを落とすか」を考えるしかない。10の仕事を、全部50%でするくらいなら、5の仕事を、あるいは(指揮官の立場からしたら)3の仕事を100%でやってくれる方がいい。そして、どの仕事を落とすのか、許可を得てほしい。「ここまでならできます。ここから先は落としてもかまいませんか?」と。そうして、指揮官が許可を出したら、責任は指揮官が取れるんです。あるいは、その優先順位を変えるかもしれない。場合によっては、片付けるためのアイデアや経験を持ってる場合もあります。「いいからがんばれ」なんて言われた時は、自分の不幸を嘆いてかまいませんよ(笑)私も「がんばれ(笑)」って言ってあげるからさ。さて。時間が解決してくれるもの、ありました。何もしなくても、時間だけが解決してくれるもの。…私の腰痛。(汗)朝、立てなかったんです。寝返りすら腰がいたい。起きようとして、四つん這いで止まっちゃう。無理やり立ちましたけどね。夕方、腰がかがむようになりました。今日休みでよかったああああ。
2011.04.24
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くしゃみと同時に「がしっ」とロックがかかりました(汗)動けるのでぎっくりではないと思いますが…過去にも何度かやっております。骨、というよりも背中と腰の筋肉って感じかなあ。背中のそこの部分の筋肉のカバーを腹筋でやる感じです。痛み具合をさぐると、筋肉痛に近い。あー、しばらく椅子から立ち上がるのに手間がかかるなあ(汗)
2011.04.23
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ここんとこ、気力にやや欠けてます。ちゅうか、長時間眠れなくって、早い時間に眠くなってしまうんですよねえ。あくまでも、不眠症とかではありません。寝入るのは早い(笑)寝てる時間と起きてる時間が、以前に比べて短くなってきてるってことです。…じじい、ってこったよな(汗)
2011.04.21
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私の職場には一人、マニュアルを熟読するタイプの人がいます。そりゃもう、書類のハンコやコメント、記入漏れがあれば即訂正要でかえってきます。マニュアルから外れてるからですね。また、マニュアルの想定している状況が実際に起こりうるか、そこに想定されていない事態が発生する可能性はないのか?「そんな可能性まで考えるの?」ってなくらい。本人も「細かくてすいません」というし、周囲も「すごく細かい人だから」ってな定評がありました。いやいやいや。謝るところじゃないってば。ハンコひとつにも見逃しがない、ということは後から「見逃したかもしれない」というさかのぼってのチェックの必要がない、ってことです。根拠のある条件に沿った「想定」ができるという事は、妄想ではなくて想像です。起こりうるかもしれない、という状況に対して準備ができる、ということです。実際、マニュアルの不備や想定外について、先に対処方法を確立しておけますからね。ある意味、氷山の海面下の大きさを知るようなもので、海面に出ることはまれかもしれませんが、ぶつかる可能性はゼロではない。そこに対して準備ができる人がいる、っていうのは組織の財産だと思うのです。往々にしてこのタイプの方は、自分のミスを棚に上げてしまうところがあるのですが、この方は、自分がミスをした場合、それをしっかりと公表して「こういう可能性があるので気を付けましょう」という事をしてくれます。まあ、ほとんどうっかりミスはしませんけどね(笑)「ここ、ハンコと必要事項が抜けてます。名前も書いてない。誰なんでしょう?」「…あ。それ俺」「…ボスでしたか。…お願いします」「…あ、そこ、俺が相手だからって指摘を遠慮するところじゃないからね(汗)」「あ、はい。細かくてすいません」「だからあ、あやまるところじゃないってば」片付けもしないから、事務員さんから「ボス(^_^メ)」って言われるんだよなあ。最近「想像力」という言葉を重要な言葉として認識しています。一手、二手、もっと先を読む。自分だけ、隣の人、周囲の人、多くの人、の中にいる自分。どれだけおおきな範囲を想像できるか。どれだけ遠い未来までを想像できるか。どれだけ小さなところまで想像できるか。風評被害ってのは、想像力が足りないから起こるんです。想像じゃないですよ。たとえば今の「福島県」に対する風評。「福島県」に反応してるだけですもん。福島県の何に対して何が起こっているのか。何かが起こっているらしい、で想像が止まっちゃう。原発や東電まで想像できる人、放射能と放射性物質の違いまで考える人。政府の対応、原子力行政、原子力発電の成り立ち。だいたい、感情的になった時って、そこで想像力とまりますからね。「怖い」「怒り」とか。思い込みだけが走っていく。自分の感情のエネルギーを補充し続けるために、思い込みを続けさせてしまう。自分が間違っている可能性を認めるわけにはいかないんですから。その人が喜ぶ顔を想像できる。どうすれば、うれしいと思ってもらえるか想像できるって事ですよ。まあ、つまりその逆も、ねらってできるって事だけどさ(笑)
2011.04.18
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被害を金額に直すと、というのが出ていましたね。では、我々、仕事を持つものがすることはまず、まっとうに働くことです。経済活動です。利益がでなければ、税金も払えません。税金あつまらなければ、国家として事業ができません。この国は借金でまわすけどな(笑)どうにもね、利益を出す、ということを「悪者」扱いしたがる風潮があるような気がします。利益を出すことを「もうけ主義」などと揶揄する場合がありますが、利益を出すことが「もうけ主義」というネガティブな言葉であらわされるのではない。はっきり言えば、利益は出さなくちゃいけないんです。利益出さなきゃ、税金も払えない。黒字化が望めない赤字の企業は存続させる意義がありません。給料をきちんと払えなければ、仕入れたものに対して支払いがなされなければ、取引先にもおおきな影響を与えます。たとえば、プロのミュージシャンが、コンサートやってもお客さんが入らなくなったら、CD売れなくなったら、それはもう続けられませんよね。自分の夢を追うのであれば、それはそれでいいけれど、もし、スタッフがいたら。給料を払うべきスタッフに支払えるお金がないとしたら。入ってくるお金が、どこから入ってきているのかを追いかけてみましょう。まだ働いていない人は、自分を育ててくれているお金は、どこから入ってくるのかおいかけてみましょう。会社から、なんてことを言わないでくださいね(笑)その先を探すんですよ。ひとつやふたつじゃありません。もっと奥まで。たとえば、さっきのミュージシャン。コンサートに来てくれる人が払ってくれる入場料。買ってもらったCDの売り上げからくるお金。事務所からの給料。CM等の契約金。とか、そんなところが思い浮かびます。じゃあね。その入場料を払うために、買った人はどこからお金をもらっているの?CDを買った人の、そのお金はどこから来たの?たとえばコンビニのアルバイトで得た収入だったとしましょう。給料は、コンビニの会社からもらいました。じゃあ、そのコンビニの会社が給料払うために、どこからお金を手に入れてるの?お客さんが買い物をしてくれるからですよね。買い物をしてもらった売り上げの中から、電気代とかの必要経費とならんで給料分があるわけですよ。その売り上げは、どうやって作られるのか。商品を仕入れるわけです。商品を納入してくれる会社があるんです。売るものなくちゃ、誰もお金を出してくれません。そして、納入しにきてくれる運送会社の人がいてくれます。自分で運びに行ったら大変ですよ。そして注文する時は、何を使ってるでしょう?ファックス?ネット?つまり、その環境を支えてる人たちがいる。当然、電気を供給してくれる仕事をしてくれる人もも必要です。ジュースを作ってる会社は、ペットボトルは自分のところで作ってるわけじゃないだろうから、ペットボトルの会社がなければコンビニで販売するジュースが作れません。こんな調子でずーっと追いかけていったら、どこまで広がるでしょう?小学校の授業でやりそうですけどね(笑)さて、何が言いたいか。ひとりひとりが仕事をする、働く、お金を手に入れる、使う、ということは、ことほどさように経済を支える、ということなのです。経済を支える、つまり仕事をするということは、社会の動きをスムーズにする、ってことですよね。前にも書いたけど、今の日本で「一人で生きていく」なんてのは、不可能なんです。自給自足じゃないでしょ。お店に人がいなければ、食べるものすら買えないんだから。前向きに生きる、ってえのはね。自分が今できることを、やっていくってことだと思うのですよ。生きてるだけで精いっぱい、だったら、まず精いっぱい生きるってところからです。
2011.04.14
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原発問題の東電と政府の対応というのは…たとえばですが、BBC(イギリスの放送局ね)のワールドニュースの中でやってる天気予報って見たことありますか?「ロンドンは晴れ、上海は雨、東京は晴れ…」ってな感じでやるんですよ。各国の主要都市の天気予報をやるわけですね。あれって役に立つのかなーって思います。東京でも場所によって微妙に天気違いますよね。実際に東京の天気予報が知りたい方は、自分の知りたい場所の天気予報を見ると思います。たとえば、イギリスから日本へ旅行に行く人が、あの天気予報を見て関空とかに降りたら、天気予報なんて意味ありませんよね(笑)何が言いたいのかというと。東電と政府の原発事故の対応は、この精度の低い天気予報が当たるという前提で、しかも自分の希望する天気に近くなる、という条件を集めて気象予報図を作り、その天気予報で傘を用意するかどうかを決めてる…ような気がします。最悪を予測して最善を尽くす、というのがリスク管理でしょう。予算やかけたくない手間に合わせてリスク予想をしていたら、そりゃいきあたりばったりになるわ。「ここまでのことが起こるかもしれない」ではなくて「ここまでの対応しかできないから、予想はそこに合わせておこうねー」てな感じがありありと見えます。これを繰り返してるとしか思えない。「ここで食い止められないと、もっと大変なことになるから、ここで止まるだろう」マキアベリは言っています。改革は小出しにするな。始めたなら一気にやってしまえ。小出しにしてると、民衆は「まだ何かあるんじゃないか?」ってずっと思いつづけています。って、世界が思ってるんだよなあ。海外メディアの論調は「日本人はすばらしい」しかし。政府・東電については、もはや「本当のことを言おうとせずに、世界を破滅にみちびこうとしている」くらいのことを言われてるのではないでしょうか。
2011.04.09
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これ、情けをかけるのはその人のためにはならない、という意味ではなくて「自分のためなんだよーん」という意味だってのはご存知のことと思います。人に親切にしてあげる、ってのは巡り巡って自分のところにやってくる。横柄な態度をとっていたら、その人が自分の好きな人の友人で、ものすごく悪い評判を吹き込まれた、なんてことにもなりかねません。私に実際にあった話ですが、従業員募集に応募してきた方の、どこかのお店でしていた振る舞いを見ていた従業員がいて「そりゃやめとこう」ってんで、採用を見送ったこととかあります。さて。話は少し違いますが。自分自身への反省もこめたお話です。若いころ、かわいい女の子の仕事は、手伝ってあげるものでした。女の子は守ってあげるもの。なるべく負担を軽くしてあげるもの、と思ってました。大間違いでしたね。かわいくて大事にされてる女の子も、20年たてばアラフォーです。今、アラフォー女性は正社員でなくても、パートで経済活動の最前線に立ってる方は多いはずです。小売店のレジとかを見てれば、それだけでもわかりますよね。私の職場でも、メインの戦力はその世代の女性のみなさんです。メインの戦力、ってことはですね。仕事の内容についてはパートだから、女性だから、ってえのは考慮しない、って事なんです。そりゃ熟練度とか、家庭の事情ってのは考慮しますよ。だからこそパートで働いていただいてるわけなのですから。でも、仕事の内容が「パートだから甘くてもいい」なんてことはない。フルタイム働ける社員の方が、結果的には役職者が多くなりますけどね。役職も何もない正社員より、ベテランのパートの方が権限がある。権限がある、ってことは義務も責任も背負ってもらう、ってことです。当然、背負える人と背負えない人がいるわけですよ。個人の実力差ってのは厳然として存在します。…若いころにかわいくて男の子に人気があったんだろうなあ、って方で。…その頃に甘えてきたんだろうなあ、って方は。仕事をまかせられたもんではありません。ミスった時に「でもー」とか「私じゃなくて」って言い出すんです。私は逃がしませんけどね。責任から逃げようとする。とりあえずその場を切り抜けようとする。あ、言っときますけど、いわゆる外見がきれいな方がみんなそうだ、ってわけではありません。年齢を重ねてくれば、そこまで自分をみがいてきたかどうか、って話になるんです。若いころの写真より、今の方がきれいじゃないか、なんて方も見えます。義務と責任から逃げない方、つまり、自分の責任について話をする時に誰かに責任を押し付けようとしない方は、その自分を支える気力が自らの輝きやきれいさを支えているような気がします。経験的なことですけどね。500人近い主婦パートのみなさんと仕事をしてきて、いわゆる「きれいな人」ってのは、自分の仕事は自分でこなし、周囲まで見渡せる人だな、って思います。要はね、仕事で頼りになる人は、凛として美しいんです。てえことはですね。よく思われたいばっかりに仕事を手伝って、甘やかしてあげた人たちは、今大丈夫だろうか?って思うわけですよ。手伝ってあげたぶん、自分の実力は上がりました。そりゃそうだ。人の分まで取り上げて仕事を身につけたようなもんです(笑)女の子を手伝ってあげたいがために、その女の子の仕事もこなせるようになり、手伝うための時間をひねり出すために、自分の仕事を早く確実に片付ける方法を身につける。デートの時間を作り出すためには、仕事を迅速に確実に行えるに越したことはない(笑)管理職をやるようになってからです。個人としてこなすべき仕事は、なるべく手伝ってはいけないんだ。手伝いを頼むことも含めて仕事の段取りと、こなす能力なんだ、って。手伝いを頼むってのはコミュニケーションの能力であり、相手の譲歩を引き出す力です。どこまで手伝ってもらうか、ってのも仕事のコントロール能力です。いわゆるマネジメント能力ですね。さっきの続きですけど、忙しい、って言ってるだけではマネジメントにならない。自分自身の力も含めて、マネジメントできるか。できる人、って結構います。それから、40歳超えてからいきなり変われる人もいます。ほんとですよ。3年前、初めて会った時は、若さと外見をたもつことだけに力を入れてた人が、ものっすごく頼りになる柱になりましたから。そしたら、きれいさに磨きもかかりました。結局、責任感が自分を磨くのかもしれませんね。
2011.04.08
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がんばる人が影響力を持つと、その集団の多くががんばる。足を引っ張る人が影響力を持つと、足の引っ張り合いを始める。文句をいう人が影響力を持つと、それぞれが文句を言うようになる。なぜか、っていうと簡単な話でね。会話ってのは同じテーマや話題で盛り上がるんです。「がんばる」がテーマだったら、がんばる方法が話題になる。「足を引っ張る」がテーマだったら、引っ張られないための労力と、引っ張り返す労力が必要になる。「文句」がテーマだったら、うわさも含めてよってたかって文句の羅列になる。でもってですね、話してるうちに「私の方がすごい」って意思表示をしたくなるんですよ。会話ってやつは。噂がはしり、人の口に戸は立てられないってのはそういう理由ですね。ということはですね。忙しい、って言ってる人のところには誰も手伝いにはこないんです(笑)なぜか。「忙しい忙しい」を繰り返す人の声が大きいと、みんなが忙しいことになります。「忙しい」がテーマになるから、「忙しい」のが当たり前になるんですね。たいしたことなくても忙しくなければおかしい、って思ってしまう。忙しいって考えてるから、考える時間すら惜しくなる。忙しいを理由にして行き当たりばったりになる。段取りが悪くなるしロングスパンで考えられなくなるから、仕事の進捗状況が把握できなくなり、優先順位がくるってくる。それに「忙しい」っていうようになると、人は「忙しそうで大変ですね」って言ってもらいたいんだよ(笑)で、さっきの通り人は「私の方がすごい」「そんなのたいしたことない、私の方が」って言いたいものなんです。そうすると、誰かが「忙しい」って言い出すと「私の方が…」ってなるわけですね。そうすると、みんなが忙しくなるわけですよ。みんなが忙しくなるということは、自分の事で手いっぱいな人だけになります。だって、自分の仕事以外の事をしてたら、他が手伝えるほど「ヒマ」だ、って事になるわけですもん。でもって、よしゃあいいのに「私の方が忙しいから、あなたヒマそうでいいわね」なんて事を口走ったりするやつがいるわけです。こんなことを誰かが言い出そうものなら、そんなこと言われたくないからそりゃ誰も自分のこと以外しませんわな。ということは。……特に、声に出して「忙しい」って言ってる人のところへは、誰も進んでは手伝いに来ない。自分だけが忙しい、って勘違いしてるんじゃないの?忙しい、大変、って自分の周囲には言わない方がいいのですよ。忙しい自慢をしてる、ってのは「自分のキャパシティの小ささの自慢」だと思いましょう。私は、ほんとかウソかはともかくとして「俺のキャパはそんなに小さくないから大丈夫」って言ってます。やせ我慢に見えてんのかなあ…細かいことをしてると、みんなが手伝いにきてくれるんだよなあ…今の職場の私の部下のみなさんは、パートさんも含めて「忙しい」からって仕事がこなせないのはカッコ悪いって思ってるようです。私も「できない」っていうな、とは言ってます。「できない」って言うな。「どこまでならできる」って言いなさい。ってね。
2011.04.08
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さて、ひとつ前の続きから入ります。彼女の高校からは、何年かぶりでの国立大学合格で、母校の希望の星。高校の関係者からすれば「合格者が出た」ってのは実績ですよね。百万の言葉より合格実績の方が効果が高い。彼女のおかあさんから、がんばり具合は聞いていました。まじめで明るくていい娘です。たとえて言うとどうなんだろう?県大会ベスト4くらいを目標にしていたチームが甲子園に行った感じ、でいいのでしょうか?別に強化チームを組んだわけでもないけれど、自分たちのがんばりで行けた、ような。おかあさん曰く「あの子、自分で決めて自分で勉強して進んでいったのよ。国立へ行くのが当たり前、っていう環境じゃないところで頑張るってのは大変だったと思うのよねー」これ、すっごい大変だと思いますよ。意思の力が強い、っていう証明です。おかあさんをよく知ってるけど、明らかに子どもの受験なんざ子どもまかせだったし(笑)で、職場に置き換えた話をいたしましょう。人は、環境に流されます。周囲に流されます。「風土つくり」ってのが大切なのは、ここに理由があります。「そうするのが当たり前」という雰囲気をしっかりと作れば、その組織はその方向に動いていきます。逆に、いい加減でオッケーという風土を作れば、立て直すのは大変です。負けるのが当たり前で、悔しくもないチームは、勝とうとしないんです。つまり、勝つために何ができるかを考えない。どこかへ行く、という時に初めて人は道順、交通機関、所要時間などを考えるのです。その必要がなければ誰もそこへいく方法など考えません。つまり「勝つ」というゴールを思わなければ、そこへ行く道順など考えることなどなしないものなのです。でもって、日々のゴールというのは、周囲の雰囲気や環境に流されて設定しているものなのです。「まあこんなもんでいいじゃないか」「そんなの無理」「そこまでしなくっても」「よくがんばってるよ」「君の個性は君一人のものだから」人の周りには、掲げる目標を下ろそうとする誘いがいっぱい。そんな中で、高い目標を掲げて維持し続けるのは大変な意志力がいるわけです。職場にスローガンや目標がペタペタと貼られるのはそういう事なのですよ。ペタペタ貼って、目標があることを確認したい。でも、そこの目標へたどりつこうという意思がなければ、誰もそこへ行く道など考えない。ヨーロッパ旅行のパンフレットがあっても、行く気がなければ中身の確認もしないでしょ。そこに置いてあるのを見て「ヨーロッパ旅行か。いいなあ、行ってみたいな。でも無理だな」ってのと一緒で「今期の目標・利益倍増給料倍増」なんて書いてあっても「利益倍増給料倍増か。いいなあ、なってみたいな。でも無理だな」ってなもんで、どうすれば達成できるかなんて考えもしないんです。たどりつける目標ですら、たどりつけない目標にしてしまう。たどりつけない目標であることにして揶揄し軽視するのです。なぜか。たどりつけないってわかってる目標なら、道順すら調べない。手間をかけない。つまり努力をしない。…無駄な努力であればする必要がない。努力などしない。努力って、大変なんですよ。その努力をしなくて済むようにしてしまうわけですね。自分への言い訳を含めて。国立へ行くのはむずかしい、というどころか「君じゃがんばっても無理」という雰囲気の中で、ずっとがんばり続けた彼女はほんとうに大したもんだと思います。彼女が、この受験で手に入れた一番大きなものは、この「流されない力」だと思うなあ。これさえあれば、今はなくても手に入れられるものは多いはずです。ただ、彼女のこの意志力。結婚してて子どももいる、20歳以上歳の離れた私にプロポーズしたわけですよ(爆)どこまで本気か、ってのはともかくとして、答えを焦って「今は無理でも」あきらめたらそこで終わりになるだけ、っていう考え方がそこ此処に出てる…。おいおい(汗)
2011.04.08
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今日は、うちの3人が通っている大学の入学式です。去年とおととしとだったんだよなあ。うちは誰もいかなかったんだけど(笑)我が家のこどもの扱いなんてそんなもので。だいたい「受験勉強してたのか?」という感じだったので、特に親としては特別な思い入れはなかったのですね。一応、合格した時はハイタッチくらいはしましたが…さて、何度かブログにも書いた「私にプロポーズした娘(!)」は、今日が入学式です。学部は違うけれど、息子と同じ大学に通う事になりました。休みだからお祝いに行ってもいいんだけどさ。自分の子の入学式いってないのに、他人の娘の入学式にいくのは明らかにおかしい(笑)でもまあ、私のことを「師匠!」と呼ぶので、弟子への送る言葉。ということでメールでおめでとうにしました。言うまでもないけれど、入学はゴールではない。弟子の10年後に期待してるからね。師匠なんざ、軽く超えてくれ。では、胸をはっていっといで。
2011.04.08
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トントン。外からはカギがなければ開かない部屋(重要書類等の保管室)で仕事をしていたところ、ノックの音が聞こえました。「ボス、〇〇を取りにきたので開けてください」「誰?」「名乗るほどのもんじゃあございません」…そこでずっと立ってろ(-_-;)
2011.04.06
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4月が始まり、新しく仕事につく人もいるでしょう。おおきなアドバイスはひとつ。これだけは覚えておきましょう。とりあえず「責任感」をしっかりと。さあて。話が長くなるぞ(笑)ひとつ、っていいながら脱線するんだきっと。でも、新社会人はぜひわかっておいてほしい。まかされた仕事は、どんな小さな仕事でも最後までこなしましょう。それは、仕事の品質であり、期日であり、完成させられること。もし、それらが基準に達しないのであれば、それはあなた個人のリスクではなく、会社のリスクとなります。どんな小さな仕事でもね。なぜかというと、そのまかされた仕事がなんであれ、それが出来上がることを条件として組織は動くからなのです。仕事は、学校の部活動ではありません。努力した、がんばった、できなかった、という場合、部活動であれば、試合に負けるだけの話です。が、会社の場合、そこで働く人すべてがリスクを負う場合があるのです。だって。一人で出来上がるべき仕事が、出来上がらなければ、誰かがカバーしなければならない。そこには予定外の人件費がかかる。カバーした人の仕事はきちんとできあがるだろうか?君の信用は大丈夫だろうか?「こいつはまかせられない」って事になってないか。野球でたとえていうなら「レフトを守れると思ったけど、凡フライもとれないってことは、外野は実質二人で守ることになるなあ」本人は「僕は新人だから~」みたいな言い訳を考えてないか。最大のリスクは「完成しない仕事」でも、仕事として認められるという意識を持つという事です。仕事は完成させなければならない。そりゃ、職種によって、仕事によっていろいろあります。しかし、仕事には必ず「発注者・購入者・依頼人」つまり顧客が存在します。あたりまえですよ。でなきゃ、誰がお金を払うっていうんですか?直接的に支払われることはなくても、お金を出す人がいるから、報酬・月給・時給は支払われるんです。支払ってくれる人がいなくなれば、それは会社がつぶれます。まかり間違っても、会社が払ってくれる給料は、会社が営業されてなくてもお金が入ってくるわけではありません。つまり、顧客の期待に応えることが仕事の目的です。目の前の作業を「忙しい」って言いながらこなしてるのは確かなんだけど、そこより先を見据えてほしい。見据えられる人だけが、期待に応えることができるんだから。たとえ事務職だってそうですよ。ぺーぺーの新人がコピーを頼まれたとしましょう。そのコピー、誰に配られるものでしょうか?いつ配られるものでしょうか?社外秘?それとも経費の無駄遣い?(笑)別に、それを考えてどうこうということではありません。仕事では考えるクセをつける、ということです。「このコピーは社外秘ですか?それなら一部ずつ封筒に入れますか?」この質問ができるやつに、次の仕事はまわってきます。つまり、もっと言えば、自分のまかされている仕事が、組織の中でどこに位置していて、どういう効果があるのかを深いレベルで理解できる…つまり想像できることがあなたを成長させます。会社員として、だけではありませんよ。社会人として、です。これはね、個人の考え方もあるので、こうしてくれ、という話ではありません。「仕事はあまり責任をもたされずに楽に早く帰りたいの」って人もいるでしょうから。それはそれで止めません。今は良くても、将来的にあんまりおススメはできないけどね。想像できるという事は、その仕事をおろそかにしない。おろそかにしないやつに、次のレベルの仕事をまわします。「できるかな?」とか思いながらでも、回します。きちんと出来上がるという安心感は、仕事を任せる側からしたら「まかせられる」という安心感なのです。評判のいい歯医者さん、美容師さんにお客様は集まるでしょ。つまり、仕事が集まる、ということです。評判がいい、ということは、そこにきている人たちの期待に応えている、という事です。虫歯が治るとか、きれいに仕上がるとかね。お客様が集まるってことは、毎日技術は磨かれるわけです。仕事が集まるってことは、それを毎日こなさなくちゃいけないから、技術は上がっていくのです。新しい要望や、新しい仕事にトライする機会も増えます。新入社員が研修を終えて、現場に入り、やがて新しい仕事にトライしていく機会が増えるのと同じです。歯医者さんや美容師さんが「簡単な、低価格な作業だから」っていい加減な処置や仕事をしていたら、高度な治療やサービスを顧客側が依頼すると思いますか?ちゅうか、これを読んでる方、簡単なレベルの仕事がきちんとできないところで、さらに高いレベルの仕事を依頼しようと思いますか?上司も同じです。つまり、仕事は「できるところに集まる」ちゅうか「できるところに集める」そいつをこなしていくやつは、こなしていくわけだからレベルが上がる。仕事の難易度に応じて、報酬は要求できる。もしそうでなくても、こなせる難易度も上げずに報酬はあがりません。2軍選手の年棒が低くて、1軍のレギュラーの年棒が高いのは、お客様(つまり観客)の期待にどれだけこたえられるか、ってことですよ。イチローの年収がうらやましい、なんてバカな事を言っちゃいけません。彼の一打席をどれほど多くの人が見ようとしているのか。つまりどれほど多くの人が期待をするのか。そして、イチローというプレーヤーはどれだけのレベルで答えているのか。…確かに、打者という仕事は7割近く失敗しても「一流」です。周囲は8割近く失敗するからね。失敗を6割台でおさめられるのは、一部の選手だからこそ、彼の打者としての実力には価値がある。いろいろ批判的な記事もありますけどね。批判される対象である、ということもすごさのうちです。記事を書くだけの価値がある、って認めてるわけですから。たとえばセパタクローの一流選手の記事を日本で書いても、あんまり価値ないもんね(笑)一人の人の仕事に、どれだけの人が期待をするのか。そして応えるのか。それが報酬の大きさだと思います。…応えられなければ、その地位からおりなければならない。それは役職問わずだと思います。…地位が上になるほど、降りない気がするけど(笑)「心」が「心遣い」とか「思い」が「思いやり」とか。結局ね、その先が想像できるかどうか。仕事でも同じです。それでね。経験上、あんまり表立っては言わなくても、多くの人は仕事できる人の方が好きなんです。普段、明るくきちんと返事してくれたらいう事ありません。ほんとの実力は想像力を基盤にして伸びる。つまりですね。思いやりも心遣いもできるやつ、って事なんだもん。余談。思いやりや心遣いができて、やさしい人に見えるのであれば、ほんとにやさしくいい人である必要はありません(笑)
2011.04.03
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