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月曜日発売のジャンプを、今日読みました。いやー。深い。今週のワンピースのセリフです。「己の聖戦が正しくある為、人間(敵)が良いものでない事を願っている」「こいつらの恨みには『体験』と『意志』が欠如している」小学生のこどもが読んでて、わかるセリフではないような気がします。でも、私は思う。作者は、このセリフのためにこのエピソードを書いていたんじゃないかな?って。「キルルクの桜」でキルルクに言わせた「いい人生だった!」「アラバスタ」で、争いがおさまった後で、国民に語りかける国王の言葉。このシチュエーションで、このセリフが言えるだろうか。「何かが」「誰かが」悪いから、ではなく、その先を見ることができるだろうか?つまり、そのことへの準備や対策を考えられるだろうか?「社会主義」を標榜する国家の「革命」という言葉は、資本主義国家に対して発せられます。自由を求める事、利益を求める事、共産党以外を求めることは「革命を妨げるモノ」として、糾弾されます。何から「革命」を起こしているんでしょう?でも「革命」を続けなければならない。独裁、あるいは一党独裁を正当化するためには「革命」の途上でなければならない。その敵の「資本主義国家」は「悪」でなければならない。「木を見て森を見ず」という言葉がありますが「森を見て木を見ない」という事も、往々にしてあります。その森は、ひとつの植物だけで成り立っているわけではない。実は動物もいるし、虫もいる。組織が存在するためには、存在意義、というものが必要です。目的地があること、その目的地へ向かうためのモチベーションがあること。目的地へ向かう必要がなくなった事を認めれば、その組織の存在意義はなくなる。ということは、「己の聖戦が正しくある為、人間(敵)が良いものでない事を願っている」「こいつらの恨みには『体験』と『意志』が欠如している」とうい状態になることは、マンガの中の世界だけでなく、国家だけではなく、ありえる話なのです。組織とは個人の集まりであり、その個人の全うする「仕事」という、自分の存在意義を証明するものが、その組織を動かしている。自分の存在証明を賭けた「仕事」が、実はもう「必要がない」「意味がない」などと、認めたくはないでしょう。それほど人間は強くはなく、また、現在、生活が安定しているならば、その変化を望みません。「変化させること」が「挑戦」であるのは、変化させない事の方が好きだから、ですね。変化をさせてるようで、延長線上にある事の方が多い、と思うのです。もう必要がないものを「必要がある」と信じ続けてる。そうでなければ、自分たちのしてきたことが無意味だったということを、認めなければならない事になる。かつて、国鉄末期に、大掛かりな貨物列車用の基地が整備されたことを子ども心に覚えています。「己の仕事を正当化するため、列車貨物は増え続けると願って」いた、と思うのです。そこにはない(かもしれない)ものに、あおられて、自分で確かめる事をしないと、あるいは片面だけでなく、いろいろな面から見ることをしないと「敵だと思い続ける」ことで、誰かに乗せられ続けるのかもしれません。風評被害、ってのもそういうことですよね。
2011.10.28
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別に、ざぶとんを買いにいくために出かけたわけではなかったのですが…全然、そんな予定はなく、休みの日に今度は犬山方面に向かって走ったのですね。今日は単身赴任先から帰らなかったのですが、ひきこもるにはあまりに天気はいいし、気温も高くなくて、ちょっと出かけてみるか、と。で、走ってる最中に小牧の近くで、カーナビにホームセンターが表示されたのですよ。青い看板のやつ。「そういや、気温も下がってきたし、椅子にもおけるような座布団が必要だな」って思いついたのですね。途中で曲がって、そのホームセンターで買ってきました、座布団2枚。背もたれにも置けるな、ってのと、枕にも使えそうだな、ってんで。低反発クッションというのがあったので、それにしたんですが、なかなか気持ちいいです(笑)色を合わせてないところが自分らしいというかなんと言うか(汗)2階建てのホームセンターで、私の感覚からすると、ものっすごく広いホームセンターでした。1階の奥には、ペットまで売ってる。ペットショップを併設してるお店は珍しくありませんが、自社(?)でペットまで取り扱ってるってすごいなあ、と。その割りに、見えてる限り従業員数がすごく少ない気がしました。いや、ホームセンターって、そんなに従業員数は多い店ではないのはわかります。自分で決めて自分で買う、ってのが基本的ルールですからね。そういうお国柄の土地で発展した店舗形態です。従業員は少なくても、客が自分で選んで買って、自分で持って帰るっていうお店ですから、少なくてもいい。従業員を長時間つかまえてるようなことをするってのは、この手の形態の店では、たとえて言うなら線路に下りて電車を止めてる、ってのに近い場合があります。でもですね。あの広いフロアに、ほんっとに数えるほどしか見なかったのですよ。いくら平日とはいえ、あれは少なすぎないかなー、って。大変そうだな、って思ってしまいました。
2011.10.26
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熱田神宮へ行ってきました。草薙の剣、を祭ってあるそうなのですが…当初は行く予定じゃなかったんですけどね。雨も降ってたし。でも、車で走ってるうちにちょいと道に迷い、導かれるようについてました。広かった(笑)結構、神社やお寺をめぐるのがすきなんです。お城とかもすきだなー。時の流れを感じるのって、大好きなんですよ。
2011.10.22
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もういっちょ。私は、他人に対して「怒る」って事をほとんどしません。あ、ちょっと違うな。表に出さないってだけですね。たぶん、なっちょが証言してくれる(笑)もうひとり元部下も、見てたら証言してくれそう。仕事でも、怒鳴り声をあげる時ってのは、事前に周囲に予告しておいてからやります(笑)感情まかせで怒って大声をあげることはほとんどありません。二十歳の頃は瞬間湯沸かし器と呼ばれましたが(爆)で、怒らないもうひとつの理由は、その事態を予想できなかった自分に腹を立てるから、ってのもあります。「こいつのレベルに期待した俺が馬鹿だった」「これを予想しなかった自分に腹が立つ」って事ね。起こる事態を自分の都合がよいように予想したら、そのとおりに行かなかったら、すべてくずれてしまいます。案内より先に、事態を予測できたら、先に確認がとれる。つまり先回りできます。シャーロックホームズのセリフに「これがうまくいかなかった時のために7つの方法を考えてあった」ってのがあります。7つはともかくとして、うまくいかない、って事態への対処は準備しておきたい。「あいつが悪い」って、そりゃそうかもしれないけど、あいつが「よい」とか「普通」ではない事態を予想できて、あわてずに対処できる自分だったらいいなあ、って思うのですよ。
2011.10.18
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私自身は、少なくとも都会の人ではありません。いろんなところに住んできましたが、たぶん、名古屋市が今まで住んだ中で一番の都市部になると思います。学生時代、山梨県甲府市に住んでいましたが、ここは違和感なかったですねえ。25年前なので、どれくらい変わったかわかりませんが。今度、行ってみようって思ってます。中央自動車道でいけば、ま、そんなにかからないでしょう。…金がかかるか(笑)えー、甲府市も名古屋市も、今、ほんとの家があるところも、一応県庁所在地です。どこにしたところで、県庁所在地を「田舎」とは呼べません。ほんとの田舎からすれば「ケンカ売ってんのか?」ってなもんです。二十歳のやつが「もう年なんで…」などと言うのと同じです。「今の発言は俺たちにケンカを売るわけだな」と、言ってやることにしてますが。一般的イメージでは、大阪は東京にライバル意識を、名古屋はどこか一歩下がるところがある、ような気がします。あくまでイメージです。こういうのを書くと「私はそんなこと思ってない」って言い出す人いるからなあ。あなたがそう思ってないのは認めるけど、ほかの人はあなたじゃない、って事なんです。ただ、勝ちたい相手がいる、自分のほうが優れている、と、ことさらに主張をするのは、自分が劣っているのを認めるようなものです。その主張が、周囲から見れば「そこの優位性をわざわざ言うか?」みたいな場合は特にそうですね。子供が「ぼくってすごいんだよ」っていうのを「へえ、すごいねえ(笑)」って合わせてもらったら、その子はまだ幼児です。「また馬鹿なことをいってるんじゃない」って言われたら「そろそろ分別をつけなさい」っていう小中学生くらいでしょうか。「へえすごいねえ(爆笑)」って笑いをとれたら、それは大人と認められてる。笑いが失笑になったら、それは「いい大人が何をやってるんだよ」ってことですもん。ま、東京の人口は、各地から集まったことによる増加です。地元民じゃなければ、ふるさと自慢なんかしないもんなあ。「負けてる」って言われても、腹も立たない。先日、仕事場での話です。「俺、自分が田舎者ってつくづく思ったことがあるんだよ」「どんなことですか?」「俺の住んでるところの人たちは、運転するときに車の幅さえあれば入っていける」「せまいところ平気、ってことですか?」「そう。でもね。3車線以上になると、どこ走っていいかわかんなくなるんだ」3車線以上あるわ、高速の出入り口は左側じゃないわ、右折専用レーンがふたつもあるわ。ついていくのが大変です(笑)
2011.10.18
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武士のプライド、サムライの気概。ヨーロッパで言えば騎士のプライド。男のプライド、とか言いますね。沽券に係わるとか。「女が口を出すな」とかってセリフは、「口を出されるとプライドが崩されてしまうから怖くって」という裏返しだったりします。口を出された時に、それに対してきちんと対処する自信がないのですね。武士が刀持ってるのは「刀持ってるんだから怖がれ」って言ってるようなもんではないかと。地位や権力を背中に横柄な態度をとる、ってのも同じですね。「それを怖れている」という態度をとっていてもらわないと、不安でしょうがない。さて。ふと思ったのですよ。あ。ここから想像です。プライドってのは「誇り」「矜持」と日本語にできる言葉です。そのために命を賭けてもいい、と思えるモノ、ですね。武士の誇りのためなら切腹をする。敵の中に切り込んでいく。負けとわかっていても、約束や誓いは守る。人として生きる上で、生きるための心の柱となるもの、でもあります。現代であれば、いくらなんでも切腹などというのも穏やかではありませんが、自分の仕事に誇りをもつ、などというのは、とっても大事な事だと思うのですよ。地位とか役職にプライドを持つ、って場合もありますが…その地位を守るためなら命を賭けてもいい、とか。ま、このあたりは書き始めると長くなるので割愛(笑)とりあえず横柄な態度を「プライドが高い」などと言いますが、プライドとはそんな安っぽいものではありません。(私に言わせれば、単に横柄な態度は「虚勢」と呼ぶものだと思います)さて。武士の誇り、プライドを賭けて戦った、といえば思い浮かぶのは誰でしょう。私、一番にイメージするのは真田幸村なんですよ。あと、前田利家。伊達政宗とか信玄、謙信とかもそんな気がしますね。では、天下をとった三人。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。この3人は「武士の誇り」なんて、どうでもよかったのではないかと思うのですね。いや、ちょっと違うな。武士の誇りの大切さは知っていた、と思います。周囲のサムライが大切にしているものである、という事はわかっていたと思います。が、自分自身がそれに左右されていたかというと、利用方法は知っていたけど、特にそのために命をかけてはいなかったのではないかと。彼らにとって、天下を取る、ということが誇りであったとするならば「武士の誇り」がその「天下を取る」という事より大事になるわけがない。目指すものが、はるか遠くに見えている。足元の道が少々悪くても、いちいち気にしてはいられない。天下を見据えていた、という事は遠くまで見ようとしていた、ということです。隣国と戦を始めるのは簡単だけど、その先にどういう事態がおこるのかを予測できるのか。プライドにさわったから、と切りあっているやつに天下はとれません。そんなやつに天下をとらせたら、危なくってしょうがない。だって、すぐに争いを始めようとするんだもん。あ。でも、周囲が目の前の争いを避けるためだけに、見て見ぬふりで逃げてたら、いつのまにかそいつが権力をにぎってるかもなあ。ずるをしたり、相手を貶めたりして、プライドを満足させると(これがまた満足度は高いんだろうなあ・笑)そこから動けなくなりますからね。気が付くと、それまで足を引っ張って貶めていたのに、いつのまにやら足すらつかめないほど相手が高い位置に行ってるかもしれません。
2011.10.18
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私の同僚の話です。夜9時過ぎに仕事を終えて、家に帰るまでの間に空腹になったので、深夜までやってる定食屋に入ったそうです。ひとりで。36歳独り身。女性。パッと見は結構かわいい。夜10時過ぎの定食屋、ひとりで入れます?他の客は、全員男だったそうな。しかも「ひとりで食べてたのは私だけでした(笑)」視線、集めたろ。「何者だ?ってな目で見られました(笑)何より、店員さんの、口には出さないけど『かわいそうに』って視線が痛かった(^_^;)」前から思ってたんだよ。何気に深夜のラーメン屋とかに詳しいなあって。
2011.10.08
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有料の市営駐車場に車を停めました。初老の係員の方に料金を支払い「制限時間はありますか?」と聞いたら「あ、大丈夫です。平日はノータイムですから!(^^)!」…おいおい(汗)
2011.10.08
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