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2026.02.20
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カテゴリ: 鈴木藤三郎
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ルビ補注「伊藤七郎翁伝」鷲山恭平撰 その2



二 境遇の変遷

翁は名門に生まれ武辺に育ち、文武両道の訓育をうけ、剛健の資性はますます潤沢の光を放ちて、武士の典型として恥じざる人格を琢磨せり。伊藤家は代々山田村金井氏と共に皆川家の代官たれば、天保15年、翁

16歳の時より、父と共に出仕し、父老衰に及んでその職を襲いけり。翁ある時慨然として おも ここ に170年に至り、君恩賞に浅しとせず。しかるに兵馬の間に出入して生死を賭せしにあらず。学術技芸をもってその君を顕わすにあたわず。区々たる刀筆の技、実に恩禄を かたじけの うするに足らず。願わくは良法を得て 采地 さいち 〔領地〕の庶民を撫育し、君をして仁かつ徳あるの賢君たらしめ、民をして義かつ方あるの良民たらしめ、もって 素餐 そさん 〔功績も才能もないのに高い位にいて報酬を受けること〕の せめ を免れんと。一念ここに発して 旱霓 かんげい 〔大旱の雲霓を望むがごとし:ひでりに雨の前兆である雲や虹
を待ちこがれる〕の思いをなし事久し。 偶々 たまたま 相州の人、安居院庄七先生駿遠二州に遊んで、二宮先生の教義を唱えてその道を弘む。 ここ において安居院氏につき教えを聞き、その至教に感激し、深く発明する所あり。まず安政5 戊午 つちのえうま 年〔1858〕より将来10か年における自家の分度を確立し、度外の善種金を産出し、これを君家の 大夫 たいふ はか りて、更に方法を講じて 采地 さいち 村々の荒蕪を開き、窮民を救済せんと欲す。安政の某年、領地一言村の西部に西揚と称する数町歩の荒蕪地あり。 古昔 こせき 、天竜川出水のため、荒廃に帰して蘆花〔あしの花〕生じ、その間水流交わりて魚族も棲息し、領主数代何ら手を下すことなく 放擲 ほうてき されしを、翁は君侯に うて開墾に着手し、農夫玉水弥太郎ほか数戸の窮民を招き、家屋並びに農具を給与して移住せしめ、率先耒鋤〔すき〕を手にして開拓 耕耘 こううん の法を教え、 拮据 きっきょ 〔忙しく働く〕経営遂にその事業を成功せしめたり。更に文久の末年に至りて同村高地の原野を開墾して茶樹を栽植す。是れ同地付近茶園の 嚆矢 こうし 〔物事の始まり〕にして、当時翁は将来の外国輸出を予想してその範を示したりと伝えらるる所なり。かくして翁は着々勧業上に献策し、二宮大人の富国安民法を実行する所あらんとせしが、時 あたか も維新の政変に際し、士民は 兵馬 へいば 倥偬 こうそう 〔戦乱であわただしいさま〕の間に 東奔 とうほん 西馳 せいち してその に安んぜず。主君皆川庸徳君は慶応3年〔1867〕3月をもって京地に引揚げ、次いで同8月には西京に転じたれば、翁もまた随行してこれを たす く。幾干ならずして政府より皆川君を下太夫に拝し本領安堵の令ありしが、同12月に至りて駿遠二州は更に徳川氏の領地となりしをもって皆川君再び東京に移住し、明年5月翁また旧来地引渡しの事務を終えて東京に至る。このごと君侯境遇の変化は積年経画〔組み立てておしはかる〕せし采民撫育の良法にも波及して中止の止むなきに至り、翁また時勢の推移を洞察して、仕を辞し、家族と共に墳墓の地なる豊田郡深見村に かえ る。これより帯刀に換うるに 耒耜 らいし 〔すき〕をもってし、爾来甘んじて稼穡の業に服せり。しかれども人生の行路は平々坦々にあらざるごとく、これよりして翁の行路は波乱屈曲して、災禍しばしば起こりて運命は翻弄の波間に漂揺せり。ある時は太田川の 堤塘 ていとう 決潰 けっかい して田圃を覆えし、ある時は疾病の家人を襲うあり。ことに翁をして困危に陥らしめたるは、家事を託せし家人の家政を誤り一家をして負債累積の崖下に投ぜしめたるにありき。 ここ に至って翁や猛然 蹶起 けっき して再び自ら家政を掌り、田圃山林住宅より被服什器に至るまで悉皆売却して債主に償い、なお不足は漸次償却を約してその局を結ぶに至る。翁の境遇やもっとも同情を表すべきなり。この間一難を排すれば更に一難を加え、禍害ますます出でてその前途を 杜塞 とそく す。その操持の堅固なる豪邁の士にあらずんば、誰か行路難の嘆声を発せざらんや。この点において吾人は彼の孟子の警句を想起せずんばあらず。曰く、天の大任をこの人に下さんとするや、必ずまずその心志を苦しめ、その体膚を飢やし、その身を空乏にし、その為す所を払乱すと。けだし翁の逆境に沈淪する。また大任の士の享受すべき予定の条件にほかならざりき。しかりしかしてこの難境に処し、泰然として惑わず恐れず、その向かう所を誤まらざらしめし所以のものは、何物か翁の信条として仰ぐべきものあるにあらずんば、けだし不可能の事に属す。しからば翁の奉持する所の信条とは何物ぞ。曰く報徳の道是れなり。翁は二宮大人の天理人道論を咀嚼せり。またよく人生生活の意義を覚れり。至誠もって事にあたり、勤勉もって世に処し、分度もって一家の基礎を樹立するの教義は、けだし一直線に驀進すべき経路なり。翁や一心 ここ に決定して不動山の如く、一意専心この主義に準拠して運命の回転を試み、天を咎めず人を怨みず、飽くまで精力主義を発揮して妖雲を一掃せんとす。これけだし、翁の不撓不屈の精神と深く斯道を崇敬する信念とに依るにあらずんば、到底期求しあたわざる所たり。(報徳土台金知足鑑)






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最終更新日  2026.02.20 07:00:13


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