おやじのブログ

おやじのブログ

PR

×

Profile

iwana07

iwana07

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

kopanda06 @ Re:甲斐國一宮・三峯神社・奥宮参拝 Day2 「三峯神社」(07/07) 白い三輪鳥居に、狼達。 その他どれをとっ…
iwana07 @ Re[1]:三十一番割観音堂 (港区明正1)(05/28) kopanda06さんへ コメントありがとうござ…
kopanda06 @ Re:三十一番割観音堂 (港区明正1)(05/28) セメント像、頭部は作り直したのかもと思…

Free Space



アウトドア&フィッシング ナチュラム



楽天市場




楽天トラベル

イオンショップ

HP Directplus -HP公式オンラインストア-

ロフトネットストア

楽天市場
2026.08.01
XML
カテゴリ: 神社仏閣・御朱印
前回掲載した五番札所 延命山 地蔵寺、西参道から一路北に向かい、県道23号線末広交差点を目指します。

寺から北に進み、前屋敷、中屋敷と城の名残を感じさせる住宅街を抜けると、写真のように稲田が広がる長閑な田園風景となる。
 舗装化された街中のうだる暑さから、水が張られた田んぼを吹き抜ける風は実に心地いい。

写真は県道に出る少し手前で見かけた地蔵堂。
 内部には三体の石仏が安置され、左に地蔵尊、中央は馬頭観音か、右側に一体の石仏が安置されていました。
近付いて見ていないので、年代や像容など見ていません。

末広交差点から右に向かい、10分程進んだ県道沿いに小さな地蔵堂が立っています。
 以前訪れた際に像を写真に収めたものの、表情や年代は読み取れなかった記憶があります。
今回も拝ませていただいたが、やはり年代や像容はよく分からなかった。

県道は交通量が多く、歩道も整備されておらず、道路を歩く歩行者をかすめるように走り去っていく、・・・・・・教習所で何を学んできたのかと首をかしげたくなる。
 そんな危険な県道を離れ、地蔵堂から右の田畑の中に続く農道を進み、正面の小高い丘に鎮座する万願寺の「圓通寺」を目指す。
正式ルートでは歩道のない主要道を歩くこともあり、コースアウトばかりするのはそうした道を避けたい思いもある。

地蔵堂から10分程、共和町小仏地内の小高い丘の上に鐘楼堂の屋根が見えてくる。
 この先には「知多四国霊場第八十八番札所・満願霊場」と刻まれた石標が建っています。

前回訪れた時は本堂の新築工事と重なり、本堂は見られず、この鐘楼堂と弘法堂だけしか見られなかった。

令和五年(2023)に200年振りに本堂が再建され、火灯窓が象徴的な本堂と左の弘法堂を結ぶ渡り廊下も刷新され見違えるほど美しくなった。
 落慶の年には、大府市指定文化財で平安時代に行基菩薩の手彫りとされる本尊 木造馬頭観音菩薩も御開帳されたという。

圓通寺の開創は729年(天平元年)、行基菩薩が馬頭観音・子安准胝観音の両本尊を刻んだことに始まると伝えられる。
 開創以来、法相宗・真言宗・臨済宗へと幾度も改宗し現在は曹洞宗の寺院。
往時は七堂伽藍を有していたが、幾度も兵火に見舞われ、衰退していくが、1348年(貞和4)夢窓国師が中興開山、1593年(文禄2)昌山秀繁和尚が中興開基、1810年(文化7)の知多新四国開創に伴い、満願霊場88番札所に列する古刹。

本堂は入母屋瓦葺の木造建築で、大きな向拝の先に掲げられた「圓通寺」の寺号額も新調されたもののようです。

中央の本尊木造馬頭観音菩薩は脇侍に木造毘沙門天立像、木造不動明王立像を安置しています。


瓦の葺き替えなどの改修を受けた渡り廊下。

弘法堂は寄棟瓦葺で向拝が付く。

尾州瑞木山圓通寺観音縁起。
『当寺は天平元年(729)、行基菩薩が六十二歳のとき、馬頭観音と子安観音の二尊を彫刻し、伽藍を建立して瑞木山圓通寺を創建したと伝えられています。
 天慶二年(939)の平将門の乱では堂塔が焼失しました。
嘉暦二年(1327)には堂宇の再建が始まり、観音開帳の法要が営まれるようになりました。
 建武二年(1335)の兵乱により、堂舎は再び焼失しました。
貞和四年(1348)、夢窓国師が七十四歳のときに伽藍を再建し、中興開山となりました。
 応永八年(1401)には、小笠原尾張守道久禅定門が寺領布金の地に観音宝殿を建立しました。
延徳年間(1489~1492)には、檀越であった浜島氏次郎左衛門が一族を率いてこの地へ移り住み、寺の外護に尽くしたと伝えられています。
 弘治年間(1555頃)には、氏を山口と改めました。
文禄二年(1593)、昌山秀繁和尚が諸堂を修復・整備し、中興開基となりました。
 文化七年(1810)には知多新四国霊場第八十八番札所となり、満願霊場として広く信仰を集めるようになりました。
当山は開創以来長い歴史を重ね、その間に法相宗・真言宗・臨済宗・曹洞宗へと法灯が受け継がれ、今日まで観音大士の霊験あらたかな寺として篤い信仰を集めています。』

堂前の五色の紐は弘法大師と繋がっており、外陣に重軽石、重軽菩薩などが安置されています。
瑞木山の山号額は以前同様かすれています。

外陣天井は草花の絵が描かれていますが、退色と破損も当時のままで、弘法堂にも修復の手が入る日が遠くないのかもしれない。

写真は圓通寺境内から南側を見下ろした先に鎮座する瑠璃山良徳禅寺。

現在は無住の寺院で、こちらも圓通寺で管理されているようで、御朱印も圓通寺で頂けます。
 曹洞宗禅ナビによると、『嘉永四年(1851) 、山口徳左衛門の娘ひさ(徳応妙久大姉)が、私材を投じて薬師堂を創庵。
その後、三世の良貫尼和尚が伽藍を再興する。
 1960年良貫尼和尚の「良」と開基戒名の「徳」を以って、「良徳寺」に改称した。
2016年10月、伽藍整備に伴い、現在に至る。』とある。
 「山口」の姓は、縁起に見える浜島氏が弘治年間に改姓した山口氏との関係を思わせるが、その関連については今後調べてみたい。



圓通寺で配布された梵字カード。これで全てのカードを揃えることができた。
 第十六巡目を十七回で巡ったきましたが、次回は最終目的地 八十七番札所の長寿寺になります。

第十七回 歩いて巡拝 知多四国 八十八番札所 瑞木山 圓通寺
宗派 / 曹洞宗
本尊 / 馬頭観世音菩薩、子安准胝観音
開創年 / 729年(天平元年)​​
開創 / 行基
中興年 / 1348年(貞和4)
中興開山 / 夢窓国師
札所 / 知多四国霊場 八十八番札所、知多西国観音 二十五番札所、知多西国三十三所霊場25番、知多百観音札所2番
所在地 / ​大府市共和町小仏67番地 
2.3km・32分ほど​ ​。
参拝日 / 2026/06/22
関連記事
・第十七回 歩いて巡拝 知多四国 七社之社(富木島町)
・第十七回 歩いて巡拝 知多四国 長草天神社
・第十七回 歩いて巡拝 知多四国 五番札所 延命山 地蔵寺
過去記事
・​ 知多四国霊場 八十八番札所「瑞木山圓通寺」
・​ 「全国餃子まつり2018in中京競馬場」に行ってきました





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026.08.01 00:00:09
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: