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「食べてみた~い!」そう言ったのを覚えていて、「おばあちゃんの、食べる?」とMちゃんとNちゃんが持ってきてくれた、“世界一おいしいおにぎり”。その日はいつもと違う時間に集まることになっていて、忙しいお母さんのに乗せてきてもらわないといけないので、途中でお腹がすいたんじゃかわいそうだと、おばあちゃんがおにぎりを持たせてくれたとのこと。私のために残してきてくれた二つ。小さくって、子供の掌にちょこんと乗るサイズ。「こっちは梅で、こっちは葉っぱみたいのが入ってる」(葉っぱ 野沢菜かな・・・)「今日は、中に具が入っているんだね」(前は、「塩だけで握っただけど、おいしい」と言っていた)「梅の方がおいしいよ」「両方食べれば?」とうとうあの世界一のおにぎりが口にできる。(やっぱり、言ってみるもんだ・・・)その前に記念撮影。ごちそうさま。おばあちゃんの孫を思う気持ちと、子供達がおばあちゃんを思う気持ちがいっぱい詰まったおにぎり、おいしかった!よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月31日
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「忘れられた道」(ケント・ナーバン著)の中にで、ひとりのアメリカ・インディアンの老人が語る言葉。どういう意味かもっと聞きたいと思う部分もあるし、心にとめて反芻しながら考えてみたいと思う部分もある。 “・・・議論をしたがる。相手が話し終えるのも待てないんじゃ。いつも人の言うことをさえぎってこう言う。「私が思うに・・・」。インディアンにとって、それはひどく無礼でおろかなことですらある。あんたが話し始めたら、わしはさえぎらずに耳を傾ける。まあ、気に入らんことを言っていたら聞くのをやめるかもしれないが、とくかくさえぎりはしない。話を全部聞いた上で、それに対する評価を下す。・ ・・・・・・言葉で納得させようとしても無駄じゃ。人は心の中で判断を下す。言葉を重ねても、心には触れてこないのだから。 言葉は種のようなものじゃ。まず植えて、沈黙の中で育つのを待つ。年寄りたちが教えてくれた。常に語りかけてくる大地の言葉を聞くために、わたしらは沈黙せねばならんと。” よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月30日
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ブラジル人学校の先生と日本語教師達の職員会が、昨日開かれた。前向きで、子供のことを考えいろいろとプランを考えている学校側と、それに答えるべく一生懸命考え、調べたり、実行に移して行動していく外部講師である日本語の先生達の姿勢はとても気持ちのいいものだった。ブラジル人学校の新学期は2月から。日本語のクラスでは、大きい子は日本語検定合格を目指して勉強を始めるけれど、私が受け持つ小学校低学年と幼児クラスは、ひらがな・カタカナ・簡単な漢字や、挨拶や会話、ものの名前など、生活に必要な日本語を楽しみながら覚えていく。今まで使っていたブラジルの日本語教科書はかなり使いにくかったので、新しく教科書を選ぶことになったのだけれど、なかなか子供向けのテキストがみつからない。日本人の子供向けのひらがな・カタカナドリルのようなものは、たくさん出ているけれど、外国の子供が日本語を学ぶために作られたテキストで、何かいいものはないかと探しています。こんなのを見たことがある、あれがよさそうだ、使ってみていい感じ、そんなものがあったら教えてください。ヒントになるようなことがあったら、小さなことでもいいので、教えてくださいね。よろしくお願いします。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月29日
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肥満や糖尿病の蔓延に苦しむアメリカ・インディアンの人達。まわりには高カロリーで安い食べ物を提供するファーストフード店や、ジャンクフードが並ぶスーパーが立ち並んでいる。 そんな中で、幼少期にしっかりとした食育を行い、生活習慣病予防の心構えを植え付けることが大切だとして、着手されている子供向けの活動について、エリコ・ロウさんは「太ったインディアンの警告」の終わりで紹介されている。文字を持たなかったアメリカ・インディアンの社会では、大昔から子供達は祖父母や村の長老の語る物語で、物事の善悪や人生の知恵などを学んできた。この物語の伝統に目を向けたニューメキシコ州のイースラータ・プエブロ自治区に住むジョージァ・ペレズさんは、オジブエ族の画家パトリック・ロロさんと食育絵本「ワシの目からみると」をつくった。学校の教室などで先生が子供に、「母なる大地が育ててくれた赤いイチゴ・オレンジ色の果物・緑色の野菜・黄色いコーン・紫色のナス・・・と虹の七色の食べ物を食べ、野をかけるウサギのように動いていれば、母なる大地が力を授けてくれる・・・・」と語りかける。アメリカ・インディアンの糖尿病対策に力を入れ始めたCDC(米防疾センター)のアメリカ・インディアン糖尿病対策局が出版と流通を引き受け、全米の自治区に配布が始まったのだそうだ。伝統的生き方の価値を見直すことは、アメリカ・インディアンの人達が見失いがちなアイデンティティ意識や民族の誇りを再発見することにもつながる。誇りと自身のある社会ほど、人々は前向きになれ、問題解決への取り組みにも強くなると、著者のエリコ・ロウさんは言っている。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月28日
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「インディアンの時間とは なんだかわかるかね?」「それはな、 『自分で、よし準備ができたぞ』 というときなんだ」 「忘れられた道」(ケント・ナーバン著)より よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月25日
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ネイティブアメリカンの居留地で2004年夏に行われたナバホワークキャンプに参加した時にも、ナバホの人達にとって糖尿病や飲酒が大きな問題であると感じたけれど、エリコ・ロウさんの「太ったインディアンの警告」を読むと、糖尿病やそれを引き起こす肥満の深刻さが伝わってくる。コチティ族の長老の妻が糖尿病で亡くなった、というところから話は始る。第二次世界大戦前まではアメリカ・インディアンの社会では皆無に近かった肥満や糖尿病が、50年代、60年代に増え初め、70年代後半にはその蔓延は疑いない事実となり、民族別にみた糖尿病発祥率では、アメリカ・インディアンはアメリカ国内のみならず、世界の民族の中でもトップであるという。55歳以上の罹患率は33%、中でもアリゾナのピマ族は人口の半数が糖尿病にかかっているそうだ。その大きな原因は、食生活とライフスタイルの変化だとエリコ・ロウさんは言っている。ナバホを例にとってみれば、1910年頃までは、コーンミールのお粥かパンケーキ、またはコーンブレッドに野生のセロリやタマネギで、時々それにウサギの肉が加わる程度という伝統的な食生活であったものが大きく変わったのは、アメリカ連邦政府に設立されたインディアン衛生局が栄養失調気味のナバホ族の実態に気づき、1958年から小麦粉、コーンミール、米、ドライミルクを定期的に配給するようになった時点だという。1961年からはラード、ピーナッツバター、乾燥豆、ひき肉、チーズ、バターも追加され、1965年にはナバホの60~70%の人がこうした配給食糧を頼り、栄養素摂取量の45%がこれが担うようになっていったそうだ。そんな西洋食が広がっていくと共に、それらを白人のように効率よく分解することのできない体質のネイティブアメリカンの間に、肥満、糖尿病が広がっていったと書かれている。本の中盤は、もっぱらアメリカが肥満社会になってしまった要因などについて書かれている。ネイティブアメリカンについてたくさんの著書のあるエリコ・ロウさんだが、この本は肥満・糖尿病についてとても詳しく取材されて、いろんな方面から書かれている。エリコ・ロウさんは、まじめな“ジャーナリスト”なんだな~と感じる一冊。ネイティブアメリカンの話からアメリカの肥満社会に話が及び、どこまで行くのかと思っていたら、最後に始まりも終わりもない円の巡りを尊ぶアメリカ・インディアンの伝統に敬意を表してということで、再び最初の長老の話に戻っていくという嬉しい終わり方だった。肥満や糖尿病の蔓延をどうにかしなければと、子供に向けた生活習慣改善教育が行われ始めているそうだが、この民族の伝統を尊重したやり方が、なかなかいい。このことは次回に。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月25日
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あんなに意気込んで読み始めたハリーポッター第七巻なのに、半分もいくかいかないかで疲れて、ついつい他の本に目がいってしまっていた。いったん離れると何ヶ月も積読状態。主要人物の一人が死んでしまう・・・という噂もあり、いったい誰が死んでしまうのか気になって、一週間ほど前から読書再開。「いったい誰が・・・」それを知りたくて、最後の最後の最後の最後の・・・・まで読み進み、とうとうハリポタ7巻を今夜読了!「子供向けだから辞書なしでも読めます」という帯に踊らされて、第一巻を買ったのはいつのことか・・・私の英語力じゃ、とても辞書なしでは読めない。その上、話が魔法のことになったら、内容すらもなんだかよくわからなくっていく・・・・本はだんだん厚くなる・・・・「も、もうダメ・・・。意味不明・・・。まだこんなに残ってる・・・・」そう思うことも何度もあったけれど、今夜とうとう私の中でハリポタ完結。日付が変わらないうちに、苦楽をともにした辞書と一緒に記念撮影!内容もさることながら、マラソン選手じゃないけれど、この厚さを読み終えた自分を褒めてあげたい・・・よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月24日
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Rememberthat failure is an event,not a person. 覚えておきなさい。失敗というのは出来事であって、人そのものではない。ジグ・ジグラー (アメリカのモチベーター)よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月24日
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ウツにならない、メゲない、キレない子供の思考法を説いたセリグマン博士の著書「つよい子を育てるこころのワクチン」には、自分の考えを冷静に分析するABC思考法が紹介されている。A: adversity (うまくいなかい状況)B: belief (考え方や思い)C: consequence (結果)に沿って考えてみる。例えば、A: ダンスパーティで「踊らない?」と声をかけるが、断られる。という同じ状況でも、受け取り方は様々だ。B-1: 自分は魅力のないダメな人間だから断られるのだ。いつもそうだ。B-1: 私の感じがあまりよくなかったのかもしれない。次はもっと親しみを込めて誘ってみよう。等等。と考えたふたりの次の行動はC-1: ベンチに腰を下ろし、「もう誰もダンスになんか誘わない」と思っている。C-2: より感じよく話しかけるように心がけ、次の相手を誘う。同じ状況でも、それが「永続的」であると思うのか、「一時的」なものと思うのか。原因は自分にあると考えるのか、他にあると考えるのか。自分にあるとした時には、性格の自己批判をするのか、その行動に対する自己批判をするのか。漫画の描かれたワークシートなどを使って、両方の考え方をしてみたり、それはどうかと考えてみたりしながら、落ち込まないような思考法を学んでいく。「パイゲーム」というのもとても興味深い。困ったことが起きた時、原因をこれだとひとつに限定する(パイは円い大きなものひとつだと考える)のではなく、原因の可能性をいくつかにわけ(パイを切り分け)、その中に可能な原因を書き込んでいく。そしてそれに対して質問などをして、どうしたらいいかを考えさせていく、というものだ。このように、視覚に訴える方法でのプログラムもあり、とてもわかりやすい。詳しいことは、本を読まれるとより具体的な方法を学ぶことができる。本の端っこに出ている原書の英語と思われるものと日本語訳を比べると、日本語に翻訳者の方の思いが随分入っているようにも思うので、英語が得意な方は原書”The Optimistic Child”を読まれるのもいいかもしれない。 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月23日
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ナバホで先生をしているデミさんがブログで、子供を“うつ”から守ることを目的にしたプログラムのこと、それを開発したアメリカの心理学者マーティン・セリグマン氏のことを紹介されていたので、翻訳されたものを読んでみた。過酷な状況の中でも、人によって心の持ち方がずいぶん違うこと、どうやって心の均衡を保っていくのか崩れていくのかは、「夜と霧新版」などから学ぶことができるけれど、それは持って生まれた考え方のせいか、あるいは生まれた後に習得した考え方によるのなら、どうやってそれを身に着けることができるのか・・・ということは、長い間とても興味深い事柄だった。アウシュビッツのような特異な環境ではなく、身近な環境の中でも同じ状況なのに、乗り越えていける人と落ち込んでいってしまう人とがいるし、どういう考え方をしていたら心の均衡を保っていけるのか、そういう考え方とはどういうものなのか、あるいは持って生まれたものに拠るところが大きいのか・・・・を知りたいと思っていた。一般的にも”楽天思考は人生をいい方向に向ける”とよく言われているけれど、どうやって楽天的になったらいいのかわからないし、単なる楽天思考には落とし穴もあると思うし・・・“The Optimistic Children”という英語の題の本は、「つよい子を育てるこころのワクチン・メゲない、キレない、ウツにならないABC思考法」という題で翻訳されている。あまりにも題名が違っていたので、同じものだとは気づかなかったけれど、これをシンクロニシティーというのかどうか、偶然にも最近よく読んでいる枝廣さんが翻訳されたものだった!具体的な考え方の方法が示されていて、実践され結果をだしているプログラムでとても興味深い。子供向けのプロジェクトだけれど、意外と落ち込みやすい私にも、こう考えればいいのか~!と目からウロコの部分がたくさんあった。その考え方の紹介は、また次回。 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月22日
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カナダ・インディアンの昔話。狩の上手な若者ウォーピーは、ある日けものを追って森のはずれまで来てしまいました。すると、目の前に野原が広がり、草原の上には輪のような跡がついていました。不思議に思ってそっと隠れて見ていると、空から美しい歌声が聞こえてきます。12人の娘達を乗せた、小枝で編んだかごが降りてきたのです。娘達は地面に着くと、輪に沿って踊り始めました。ウォーピーは、一番年下の白い服を着た娘が気に入りました。しばらく見ていましたが、どうしてもその娘を捕まえたくなり、ウォーピーは飛び出しました。すると、娘達はさっとかごに駆け戻り、あっという間に空の上に上がって見えなくなってしまいました。どうしても忘れることのできないウォーピーは、次の日ふくろねずみに姿を変え、魔法の輪のところで娘を待ちました。けれども、ウォーピーが近づくと、娘達はまたかごに乗って空へと昇っていってしまいました。次の日、ウォーピーはねずみの家族が住む切り株をみつけ、それを輪の側に運び、自分もねずみに姿を変えました。空から降りてきた娘達は切り株に近寄ると、驚いたねずみの家族は逃げ出しますが、娘達はそのねずみを追っては踏みつけます。とうとうウォーピーねずみだけになってしまいました。あと一歩で踏みつけるという時、ウォーピーは人間の姿に戻り、その娘をしっかり腕の中に抱きしめました。他の娘達は、かごに乗って空へと昇っていきました。残った娘はしくしく泣き出しましたが、ウォーピーの優しさにいつしか星の世界のことを忘れてしました。やがてふたりの間に男の子が産まれました。ある日娘は、その子を連れて歩いているうちに、あの輪をみつけました。輪の中に入ると、星の国のことを思い出し、皆に会いたくてたまらなくなりました。むすめは草でかごをあみ、子供と一緒にかごに乗り昔歌った歌を歌うと、かごは浮かび上がり空に上っていきました。狩の途中でそれを見つけたウォーピーは叫びましたが、かごは見えなくなってしまいました。ウォーピーは、身を投げ出して泣きました。ふたりはウォーピーのことを忘れて星の国で幸せに暮らしていましたが、ある日息子が地上のお父さんに会いたいと言い出しました。星のおじいさんは、「この子に生まれ故郷を見せてあげなさい。子供の父親をつれて帰りなさい。そして地上に住むすべての鳥とけものの体の一部を持ってくるように」と言いました。むすめが言いつけどおりにすると、おじいさんはたいそう喜んで宴を開きました。皆は地上からの贈り物の中から、好きなものをひとつずつ選びました。すると、選んだ動物の姿に生まれ変わりました。ウォーピーが白い鷹の羽を選ぶと、妻と息子も同じものを選びました。すると、3人は美しい3羽の白い鷹の姿になりました。3羽は地上にある高い木のてっぺんに巣を作り、星の国と人間の国の間、天と地上の間の空を飛びながら、いつまでも幸せに暮らしました。 「ほしのむすめたち」再話マーガレット・ベミスターよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月21日
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子供の頃に読んだ物語で、心に残っているものはどんなものですか?灰色ウサギ0646さんがコメントして下さった中の、「小さい時にどんな本を読んだ」かという言葉で、自分の小さい頃のことを思い出していた。小さい時は、今よりもっともっと田舎に住んでいた。本屋さんはずっと遠い街にしかなく、小さい時に本屋さんに行ったという記憶がどうしてもない。記憶にあるのは、透き通った川の中で泳いだこと、めだかをとったこと、おたまじゃくしの卵を見たこと等々、自然の中で遊んでいたことばかり。けれどうちには子供向けの本がたくさんあった。土地も財産のないからせめて教育だけは・・・という両親の思いだったのだと思う。でも本屋さんもなければ、今のように通販で本を買えるなんてこともなかった時代に、どうやって本を手に入れていたのか、どうしても思い出せない。図書館もなかったと思う・・・・一緒に住んでいたわけではないけれど、おばあちゃんが布団の中で話してくれた「ももたろう」は、抑揚まで今で思い出せる。小学生になってから好きだったのは、「長くつしたのピッピ」と「怪盗ルパン」。ホームズの本はたくさん出版されていたので、数でいくとルパンよりはホームズの方がたくさん持っていたけれど、好きだったのはなんたって”ルパン”!どうも昔から、優等生からちょっと外れているのが好きだったようだ。皆さんは、どんな本が好きでしたかどんな本が、記憶に残っていますかよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月20日
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「今日ね、お父さんに会った♪」あれ、お父さん単身赴任じゃなかったような気がしたけど・・・数年前の寒天ブームの頃、大きな寒天メーカーに勤めているお父さんたちは真夜中にうちに帰り、お風呂に入って仮眠をとり、そして早朝再び出勤するという時期があった。そんな頃には、子供達が起きている時間にお父さんに会うのは何日ぶりなんてこともよくあり、こんな言葉を子供達から聞くことがあった。を疑うような破格のボーナスも出たと聞くから、いいこともあったんだろうけど。そんな大きなメーカーとは違い、個人で寒天を天日にさらして作っている寒天農家(っていうのかな)もたくさんある。血糖値・コレステロール・便秘対策やダイエットなどに有効とされる、天然成分ノンカロリーの和の食材、寒天。最近は、屋外で作る「天然寒天」の人気が急上昇しているんだとか。天草を煮溶かし、細長く小分けしたものを屋外の干し場で寒気にさらす。3日間で芯まで凍らせるのがベストの状態だそうだ。夜の冷凍と昼の乾燥を繰り返し、2~3週間で昔なつかしの角寒天が出来上がる。このところの冷え込みで、その天然寒天作りは真っさかり、2月の半ばまで最盛期が続くそうだ。 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月19日
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世によく知られているシンデレラ物語に似た話は各地にあるようで、アメリカ先住民にも「インディアン・シンデレラ」と呼ばれる物語があるそうだ。サイラス・マコーッミクの再話が有名だそうだが、このサイラス氏、草刈機を開発した発明家と同じ名前だけれど、私にはどういう人物かは今のところ不明。― インディアン・シンデレラ ―<強風>という名の自由自在に人の目にはみえなくなることができ、いつも正義の味方として活躍する戦士が主人公で、姉と二人で世界をさ迷い歩きながら奇跡を起こしていく。<強風>がそろそろ結婚しようと思ったとき、姉は弟に最もふさわしい女性を決めるための試験を計画し、国中の花嫁候補を呼び集めた。それは、<強風>の姿が見える人を結婚相手に選ぼうというもの。<強風>は自在に自分を見えなくすることができるので、見るためには特別な能力が必要であり、見えないときには「見えない」という正直さが必要である。正直さも立派な力であるとみなされていたわけである。立派な戦士と結婚したいと娘たちの長い列ができるが、皆「<強風>が見える」という。けれど、どんなふうに見えるかと尋ねると、<強風>の姿とは異なった姿を言う。それでは試験は不合格である。そして族長の娘である三姉妹の番がやってきた。意地悪な二人の姉と、その姉達にひどいめにあわされている妹。一番下の娘はぼろを着て、長い黒髪は短く切られ、顔は人から恐れらるように石灰で焼かれている。姉二人は試験を受けるが失敗。妹が試験を受けたいといったが、バカにして笑うが、<強風>の姉がその妹に優しく接し、「戦士の姿が見えますか?」とたずねる。彼女は、「見えません」と正直に答える。初めて「見えない」と答えた娘が現れたことに喜んだ<強風>は、娘に姿を見せることにした。それから「そりはなんでひいていますか?」「虹です」等と素直に答えていった末娘は試験に合格。<強風>の隣に座ることを許され、ふたりは結婚しました。 「365日のベッドタイム・ストーリー」参照よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月18日
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昨日書いた枝廣淳子さんの本「朝2時起きで、なんでもできる!」を初めて読んだのは、ずいぶん前になる。「フツーの主婦が同時通訳者に!」という文句に惹かれて読んだのが、枝廣淳子さんは東大の大学院修士課程を修了している主婦だ。「ちっともフツーじゃないじゃん」そこであれこれ考えた。「主婦っていったい何者」「フツーってどういうこと」・・・広辞苑によると、「一家の主人の妻。一家をきりもりしている婦人。女あるじ」のことを主婦という。普通じゃない主婦ってのは、どんな人家事をあんまりしてなくても、でかけることが多くても、家族で家事分担していても、一家にひとりだけ成人女性がいれば、一般的には主婦って呼ばれているし。でも、同時通訳者、翻訳者、環境問題をはじめシステム思考などたくさんの本を書き、ワークショップやセミナーをする会社も設立している枝廣さんは、今はもう絶対「フツーの主婦」とは呼ばれないに違いない。じゃ、「フツー」っていったいどういうこと行動形態や基本的条件が、まわり70%の人とほぼ似通っているってこと?自分と同じくらいってことかな??とりたてて特徴づけられるものを持っていない、あるいは見せないことかな?見ていて安心できるってことかな?それとも、あれこれ自己主張しない人のこと?「フツー」っていったい何・・・・・よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月17日
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異文化ビジネスコンサルタントS氏を招いてのワークショップ第二弾に参加した。得るものはたくさんあったのだけれど、なかでも一番驚いたのは、今まで“寄せ鍋”あるいは“やみ鍋”状態、いろんなものがいっしょくたんになっていた頭の中を整理し、前に進む具体的な方法が組めるような思考法があるのを知ったこと。問題の把握、その細分化、目的、ゴールの設定、それを細ぎれの行動計画、期日の決定等等等・・・、学校では教わってこなかった考え方がある。ネイティブアメリカンの自然と一体となった考え方、ユングの潜在意識の向こうではみんながつながっているというような考え方にも関心があるけれど、一方でこういうシステマチックな考え方もとてもおもしろいと思う。こういう思考方法をいったん身につければ、いろんなことに当てはめて考えることができるに違いない。人の頭はこんな小さいのに、その中で繰り広げられる思考というのは遠大で、ほんとうに面白い。それがまた他とつながりを持つと、さらに大きな宇宙になっていく。そんなふうに考えていたら、昨日予約をしていたタオの思想家加島祥造さんの「もとめない」を借りに寄った図書館で、「朝2時に起き」同時通訳で環境問題に取り組んでいる枝廣淳子さんの本を久々に読んでみようと借りた「細切れビジョンで、なんでもできる!」にも、枝廣さんのビジョンのひとつとして「日本にシステム思考を広げたい」というのが書いてあった。日本人には新しい思考方法なのか、少なくとも私のところにはまだ届いていなかった。今度、枝廣さんの「入門!システム思考」を読んでみよう。システマチックな思考法を身につけ、煮詰まる前に整理され、次のステップにつなげていけるか、この寄せ鍋あたま。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月16日
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八ヶ岳山麓の朝。雪もなくいい天気だったのに、車が凍ってドアの鍵が開けられなくなっていた。どうにか開いた助手席側からドアを開ける。時刻は11時。決して早い時間ではない。八ヶ岳の麓には大小さまざまな温泉施設がある。その中の、日本の三大遺跡ともいわれる尖り石遺跡の近くにある温泉へ。まだ午前中だというのに、たくさんの人がお湯に浸かっていた。お年寄りが多かったけれど。しっとりしたお湯に浸かり、お肌もつるつるになった後には、スウェーデン料理のお店で、北欧料理を楽しむ。新鮮な空気を吸って、温泉に入って、美味しい食事を楽しんだ、シアワセな新年のスタート。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月14日
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睡眠時間をめぐって話をしている時、 「あなたのように 朝遅くて、夜早いと大変ね」 私 褒められた よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月12日
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”おほほっ”! 秋にはブドウだった"おほほっ”の中身が、冬は苺になってました。美味しい・・・・よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月08日
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スキー場から撮ったアルプス。月曜日の朝、まだ、いや「もう」かな、スキー客はまばら。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月07日
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「なんだそれ?とうじせいはくおんって読むのかな?」初めて見る言葉。俳句っていったいなんだろうと知りたくて、入門の入門書とうたっている金子兜太さんの「俳句のつくり方が面白いほどわかる本」を読んでいる。 その中に、「日本人は自分の気持ちを相手に強く訴えるときには、言葉のかたまりで伝えた」という一文があり、その理由のひとつが「日本語が、等時性拍音である」ということだと書いてある。(等時性拍音ってなに?初めて聞くわ・・・)日本語は一字一音であり、「わ・た・し・は・あ・な・た・が・す・き・で・す」と、一音ずつの時間の間隔がみな同じ・・・というのが、等時性ということ。そのために、「トン・トン・トン」と太鼓をたたいているようでメリハリがなく聴こえ、いくら口で「好きです」と言っても太鼓が鳴っている感じで、相手に気持ちが伝わりにくい。そこで相手に心から気持ちを伝えるためには、言葉のかたまりにして伝えると効果的で、特に奇数のかたまり(奇数拍音)が最も効果的であり、そのなかでも五七のかたまりが良かったために、詩歌は七五調で作られたといわれているそうだ。日本語には、そういう特徴があったのか・・・と日本語を再確認した。この本は、超素人にも俳句のことがわかりやすく書いてあって、俳句の魅力ってのは、ただ五七五の言葉あわせではないんだな、「日本の文化って結構いいじゃん!」と思わせてくれるなかなか面白い本だ。 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月06日
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日本人は表情が乏しいと言われるけれど、ほんとうにそうだろうかと時々思う。欧米の人のように、感情を相手にアピールすることは確かに少ないし、この平面的な顔面の筋肉が多少動いてもあまり大きく変化をしないかもしれない。何人かの子供が集まれば、いろんな言葉が行き交い、そのたびに子供達の顔や体から発する表情は変わっていくので、言葉に出さなくても微妙な変化は結構気になる。ビジネスマンといわれる人達があまり表情を変えないのかもしれないし、手振り身振りを交えて話すことも少ないのかもしれない。それに初めて出会う人の表情の変化は、確かに読み取りにくいかもしれない。でも、顔の造りが平面的で凹凸が少なく、感情をアピールすることが少ないので、欧米の人はこの微妙な日本人的変化が読み取れないだけなんじゃないかな・・・と思ったりする。けれど、悲しい時、嬉しい時、困った時、照れた時、確かに日本人の顔もとりどりに変化すると私は思う。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月05日
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ちょっとばかり関心があることがあると、それを話題に接点を持てることがある。物静かであまり話がはずまないアメリカ人の女の子と、どうやってコミュニケーションをとろうとかと困っていた時、本箱を見ていた彼女が、「これ私も読んだ」と指したのがこの本。共通項が見つかってから、彼女が八分の一ネイティブアメリカンであること、フォーコーナーズに遺跡を掘りに行ったことがあることなどがわかり一挙に氷が解けたような気がした。この本は、私がナバホに行った時に、「ナバホのことを知るのにいいよ」と紹介してもらった本。「いろんなネイティブアメリカンが出てくる本があるけれど、文化的背景がおかしいものも多い。けれどこれは、比較的よくナバホのことを描いている」と勧められ、日本に帰ってから買ったものだ。そういえば少し読み始めたけれど、そのまま本箱に納まったままだった。今年はまたナバホに行きたいと思っているので、いろんなことを勉強していこうと思う。会話がすすまないとせっかくの機会を充分に生かせないから、英語ももっと勉強したいと思うので、英語で情報を得ることはとても有効だ。いろんなことを学んで知識もたくさん持って、そして驚いたり感じたりする余白のスペースもいっぱい持って、ナバホの大地に立ちたいと思う。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2008年01月04日
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