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ネイティブアメリカン・ラコタ族には、「ヘヨカ」と呼ばれる、笑いを届けることを専門職とする聖なる道化師がいるという。ラコタ族は、ノースダコタ・サウスダコタに住み、スー族とも呼ばれていた。スーという呼び方は、敵対するオブジワ族が彼らを呼んだ「小さな蛇」という意味の蔑称を略したもので、現在では友人・同胞者を意味する「ラコタ」と呼ばれることが多い。ティピというテントに住み、羽根のついたボンネットをかぶり、馬にのって大平原を駆け回るというインディアンのイメージは、このラコタ族のものである。「ヘヨカ」は、「あまのじゃく」とも呼ばれるが、単なるコメディアンではなく、祭儀や伝統行事で活躍し、日常生活でも生涯にわたって村人を笑わせ、教えに導いていく、メディスンマンの一種と見なされている。「ヘヨカはモカシンを後ろ前に履き、前に進むときには後ずさりして歩き、夏には寒い寒いと毛布にくるまってふるえ、零下の真冬には汗をかき、水着で水浴びに出かける。そうかと思えば、常にハンマーを持ち歩き、鍋でも卵でも丸い物を見るや叩いて平らにしようとするヘヨカもいる。ヘヨカは神聖で、可笑しく、パワフルで、馬鹿げていて、恥ずべき存在で、しかも洞察力と先見の明で人と世を導いている」というラコタの名メディスンマンであるレイム・ディアの思いで話や、ヘヨカの行動が、「アメリカ・インディアンの知恵」(エリコ・ロウ著)には詳しく紹介されている。このような聖なる道化師は、ラコタだけでなく、「あまのじゃく」「聖なる愚か者」「コシャリ」「コエムシ」と呼び名は違っても、笑いと戒めのメディスンで人々を導く人達がいるそうだ。ナバホに近いズニ・プエブロには、「泥頭(どろあたま)」と呼ばれる道化師がいて、春を招く冬のダンスで活躍するという。面と向かって戒めたり、説教するのではなく、愚かな行為をしてみせて、見ている人に“気づき”の機会を与え、導いていく「聖なる道化師」に、私はとても興味をそそられる。いろいろな部族の道化師を、見てみたいものだと思う。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月31日
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「日本人は、アメリカ・インディアンと遠い祖先を同じくするともいわれ、類似点も多いが、両方の文化で決定的に違うのが、“笑い”に対する考え方である」と、エリコ・ロウさんは、「アメリカ・インディアンの知恵」の中で、アメリカ・インディアンの“笑い”について述べている。ここでは、サウス・ダコタのラコタ族を中心に書かれているけれど、その“笑い”の感覚は多くのネイティブアメリカンが持っているものだという。軽口でも、真面目な話の後にでも、ラコタでは「エーッイ」という語尾をつけることが多く、深刻な話の後で黙りこくってしまったような場面でも、「エーッイ」という合いの手によって、きまずい沈黙は破られるという。日本語にすると、「な~んちゃって」という言葉に似た役目があるのではないかと言っている。確かにナバホにいた時は、よく笑った。ただ、私が出逢ったナバホの人は、陽気で気丈なメアリー、真面目なアナ、のんびりしているチャーリーとそれぞれに性格が違っていたし、全体的にはとても真面目な印象が残っていたので、この“笑い”に関する捉え方を読んだ時には、少し驚いた。「疲れたら、笑う。困ったら、笑う。苦しみを笑いで吹き飛ばす。古今東西、部族を問わず、どんな深刻な状況でも、シリアスな儀式の場でも、笑いだけは絶やさないのが、アメリカ・インディアンの独特の生き方。ポジティブな笑いにはどんなネガティブな感情も吹き飛ばすパワーがあり、鬱に落ち込み絶望の淵にある人を一気に確かな足場に引き戻す、強力なエネルギーがある。笑いは、アメリカ・インディアンのサバイバル精神を支えてきた奮発力なのだ」とエリコ・ロウさんは言う。このネイティブアメリカンの“笑い”に関する捉え方は、とても興味深く、もうちょっと知りたいなと思う。「エーッイ!」よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月30日
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おまえが 信じ そして ずっと 思い続けることができるものはいつか 必ず 実現する ローリング・サンダーの言葉 (チェロキー族)よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月28日
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ネイティブアメリカンには、髪の薄い人がいない・・・そうだ。そういえば、私がナバホリザベーションを訪れた時、長い髪を後ろで束ねている人も、現代風の頭をしている人もいたけれど、皆髪は黒々としていて薄い人は見かけなかった。現代では暮らし方が変わってきていて、薄い人もいるようだけれど、私がナバホで出逢った人の中にはいなかった。個人的には、年とともに変わっていく容姿を楽しむのもまた、いいものだと思うけれど、ナバホで使われていたユッカシャンプーが、髪のためにいいと密かに注目を浴びているようなので、今日の話題はナバホの「ユッカシャンプー」。ユッカは先端に針のある常緑の低木で、夏には白い花を咲かせる。 ”ユッカシャンプー”1.ユッカの根のまわりをシャベルで掘る。(古いユッカでは泡立たないので、新しいものを探す)2.堀り上げたユッカを引き上げ、根が姿を現したらシャベルで根を切りとる。 根の土を払い、小さな棒状になったものを持ち帰る。3.ハンマーで硬い皮を砕くと、繊維質のつやつやした石鹸質の白い根が出る。4.お湯をわかし(鍋と手は清潔に)、ユッカの根にお湯をかけ、その根をこすると泡が出て、その泡が石鹸水に変わる。5.石鹸水の中に髪を浸し、ゆっくり洗う。6.髪をすすいだ後は、夏のあつい太陽で乾燥し9月頃に刈り取った草をまとめたブラシで髪をとかす。こうやって、艶やかな髪がうまれるそうだ。ぬくみちほさんの「ナバホの大地」へという本の中に、ナバホのおばちゃんとエリカちゃんという孫がユッカシャンプーを作る様子が、たくさんの綺麗な写真入りで載っている。ここでは、ユッカの根を採取した後、根を大地に戻す時にトウモロコシの粉をまき、「また強い根が伸びていくように」と祈っている。そして砕いたユッカは、10日間夜露に濡れないようにしながら外気にさらし、乾燥させてから、お湯で溶かしシャンプーとして使っている。洗い流す必要もないと書かれている。まるで、日本の梅干しのように、手をかけて作り上げていく。ぬくみみほさんの文章は暖かく、そして写真がとても綺麗で、いつも気持ちを穏やかにしてくれる。「ナバホの大地へ」ぬくみちほ著よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月27日
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ターコイズネックレスを図柄にした2セント切手が、アメリカで発売されたと、1月19日の日記で紹介させていただきました。2セントの切手ですが、日本に住んでいる私には、遠い遠い存在でした。「いつかこの目で見たいな~」と思っていたら、なんと、このブログを読んでくれているアメリカに住む友人が、その切手を送ってくれました。封筒の中に、その切手を見つけた時には、感激のあまりおもわず涙がこぼれてしまったほどでした。これが 実際の「ナバホジュエリー切手」。黒地に、薄いターコイズカラーのネックレスが描かれています。縁の深い緑色が全体を引き締めていて、とっても綺麗な、ちいさなかわいい切手です。サンタフェのローカル新聞によると、この切手の発売をネイティブアメリカンの人達は、とても喜んでいるそうです。また、この切手ができあがった時、Crownpointというニューメキシコの街で奉納の儀式が行われたとのことでした。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月26日
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モカシンを履いて、大地の上や 大空の下を 歩き、人生という 美しい道を 旅していく。そんなふうに 素晴らしい時を つむぎながら、私たちは 年を重ねていく。 ナバホ族の言葉 Translated by Hanamari よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月25日
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ネイティブアメリカンの間で、昔から楽しまれたゲームで「モカシン」という靴を使ったゲームがあります。夜行性の動物と昼行性の動物が、この世の昼と夜の支配をめぐって争ったのが、このゲームの始まりだと言われています。2つのチームが、4つのモカシンの中にそれぞれボールを隠し、どのモカシンの中に、印をつけたボールがあるか当てるという、内容としては単純なものですが、かつては、あまりに夢中になって、何日にも及んでゲームに興じることもあったそうです。「モカシン・ゲーム」1. 1チーム2人(または3人)ずつの2チームで争う。2. 何かを賭ける。 賭けるものは何でもいいけれど、高価なものを賭けた時は、 勝負をつけるため、ゲームの回数が多くなる。 銃・毛布・ポニーなど高価なものを賭けることもあったようだ。3. ブランケットを広げ、両チームそれぞれが、ブランケットの両端に座る。4. 真ん中に、モカシンを裏返しておく。5. ナイフを投げて、刃の先がむいた方が先行でボールを隠す。 ボールは印のついたものが1つ、その他のものが3つ。大きさはビー玉程度。 かつては、ユッカの根を丸めたり、石を磨いて作ったようだが、 だんだん金属製のものになっていった。6. 先行チームのひとりが、ボールを振るって、ひとつずつモカシンの中に隠す。7. 相手のチームのひとりが、どのモカシンに印のついたボールが入って いるか当てる。 その時に、柳のような弾力性のある長い棒で、強くたたいてモカシンを跳ね上げ、ボールを出す。8. 当たっていれば得点になるが、4つのモカシンには、それぞれ異なった点数がついている。9. 得点は、数え棒によって数えていく。ゲーム自体は単純ですが、得点の数え方は複雑で、最初にいい当てる時に自信があれば、指を2本突き出して「これが当たれば2倍の得点」だとしたり、間違うと点を失うなど、細かいルールがあるようです。モカシンにボールを隠す間、相手のチームの気をそらすため、チームの別の人は歌を歌ったり、太鼓をたたいたりして、ゲームを盛り上げていたようです。Minnesota Duluth 大学のHPで、「モカシン・ゲーム」に興じる昔の人々の写真を見ることができます。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月24日
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北米インディアンが履いている靴のことを総称して「モカシン」というそうですが、気候・暮らし方の違いによって、その形は様々です。モカシンマップ語源は、北米東沿岸、ナラガンセット族の「履物」を意味する「モッカシン」で、鹿・へら鹿・エルク・バッファローなどの、なめし皮が使われていました。一枚の皮で仕立てるものと複数で仕立てるもの、また中央で縫い合わせる型のものとサイドで縫い合わせる型のものに大別できます。カナダの平原インディアン・ブラックフット族のモカシンは、靴底から足の甲まで1枚のバックスキンで覆い、甲上部に縫い合わせたスリッポン式。森の中を音を立てずに歩くのに適しているそうです。 平原に住むスー族、シャイアン族は、固い生皮の靴底に、柔らかいバックスキンを縫い合わせたス二ーカー式。 石や棘の生えた草が多いので、硬い靴底を使用しているそうです。 ナバホ族は、サボテンの針が刺さらないように、くるぶしの上まで覆うブーツタイプ。アパッチ族は、鋭い突起物が刺さって足を痛めないように、つま先が上を向いています。また五大湖地域のオジブワ族の部族名は、「しわの寄った靴をはいた人々」という意味があり、オジブワ族は、つま先にギャザーのよったモカシンを履いていそうです。このように、「モカシン」と一言でいっても、住んでいる場所や暮らし方によって、様々な形のモカシンがあります。また、お祭りのダンスの時などに見かけるモカシンには、靴全体にビーズがほどこされていますが、普段履くモカシンにもビーズ刺繍をして楽しんでいたようです。ただし、ナバホやプエブロ族のブーツ型のモカシンには、ビーズ刺繍はされていません。こちらで、いろいろなモカシンを楽しめますビーズ刺繍入りモカシン、モカシン、mocasins of Northeastナバホの人達は、このモカシンを使った「モカシン・ゲーム」というのを楽しんだそうですが、これは後日紹介しますね。私の手作りモカシン。実用的なモカシンは、できあがった時に縫い目が見えないように表を裏にして縫うそうです。補強のため、裏返してからさらに細い糸で周りをかがります。これは、簡単に作るため外のかがり糸だけで作ったものです。また中がゴロゴロしないよう、糸の結び目は外側につくります。楽天のかわいいベビーモカシン よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月23日
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アメリカ合衆国で、糖尿病にかかっている20歳以上の人の割合は、9.6%。アフリカ系アメリカ人の患者の割合も多く、また最近ではアジア系アメリカ人の間でも、糖尿病にかかる人が増え問題になっているという。ネイティブアメリカンの糖尿患者は、15.1%で、中でもアリゾナ南部のネイティブアメリカンの罹患率は27.8%にもなるという。(2005年の統計) また、アリゾナ州でのネイティブアメリカンの、糖尿病での死亡率は、全米の454%だという数字(アリゾナ州ヘルスデパートメントによる統計)もある。ナバホでも、糖尿病は大きな問題になっていて、町役場のような場所・チャプターハウスでの健康相談でも、近くのヘルスセンターの医師が、たくさんの図を掲げたブースで、訪れる人の相談にのっていた。このようなネイティブアメリカンの間での糖尿病患者の増加は、伝統的な糖質中心の食生活が、現代アメリカ人が好む脂肪の多い食事へと急激に変化したことが大きな原因のようだ。アリゾナ州のメキシコとの国境近くに住むピマ族は、世界一の糖尿病罹患率であり、35歳以上の糖尿病罹患率が50%にものぼるという。このピマ族と白人との食事における実験が行われたそうだが、白人の方がピマ族より脂質代謝が良いという、明確な人種差が認められたそうだ。このように、伝統的な高糖質/低脂肪食を食べてきたネイティブアメリカンは、現代アメリカ人の典型的な低糖質/高脂肪食には、体質的に適応できずに、糖尿病にかかる割合が増えてしまうようだ。ナバホへの旅の中で、食事の後にはインシュリンを打たなくてはいけない人にも会った。その人は、糖尿病による視力の低下を心配していた。どこのレストランのテーブルでも見かけた「ノンカロリー甘味料」は、現代アメリカの食生活の歪みを象徴しているのだろうか。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月22日
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あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。 よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月21日
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赤ちゃんが産まれた時に切る「へその緒」。日本では、乾燥させて小さな桐の箱に入れ、大切に保管しておきます。最近では、へその緒をくれない病院も増えているようですが、へその緒を大切にするのは、日本独自の風習とも言われています。ところが、どうやらナバホの人達も、「へその緒」を大切に思っていたようです。ナバホでは、赤ちゃんが産まれると、そのへその緒を丁寧に包み、魔よけのトウモロコシの花粉を振りかけて、ナバホの人にとって大切な動物である羊の囲いの中に埋めるという習慣があったそうです。そこに埋めると、羊の囲い雌羊や子羊の暖かさに守られて、寒い思いもしなくてすむ。また、毎朝囲いを出て、山や谷をさまよっても夜になれば必ず群に戻る羊のように、大人になっても、宇宙の中心である我が家に戻ってくるようにと願ってのことだそうです。「へその緒」ではありませんが、ニュー時ランドのマオリ族が、胎盤をとっておき、苗木(Birth Tree)と共に植えたり、宗教的な場所へ埋めたりする習慣があるそうですが、多くの文化の中では「へその緒」は捨てられてしまうのが一般的なようです。ナバホの人々を取り巻く現代アメリカ社会では、出産に父親が立ち会うことが多く、「へその緒」を切るのは父親の重要な仕事ですが、出産後48時間で退院しなくてはいけないので、へその緒はついたまま退院し、自宅で処理しているようです。このようなアメリカ文化の中で、現在のナバホの人達は、「へその緒」をどうしているのでしょうか、興味のあるところです。ちなみに日本では、その子が重い病気にかかった場合、へその緒をけずって飲ませると、一度は必ず治る。へのそ緒を紛失すると、その子の運命が弱くなる、病弱になる、物覚えが悪くなる。などの言い伝えがあり、へその緒は生命力の象徴として大切にされているようです。また、へその緒は、「魔除け」や「お守り」になるといわれる地域もあるようです。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月20日
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アメリカの郵便料金の最低額が、この1月8日に37セントから39セントに上がったのを期に、2004年に出されたナバホジュエリー図柄の2セント切手が、追加販売されたそうです。この2セント切手、20億枚全米で用意されているそうです。ターコイズと銀細工でできたネックレスを図柄にした、こんな素敵な切手が、2セントで手にはいるなんていいですよね。ナバホでは有名な、「スクワッシュ ブラッサム ネックレス」を元に描かれた切手とのことですが、この「スクワッシュ ブロッサム デザイン」というのは、スペイン系メキシコ人がズボンにつけていた飾りで、ザクロの花をデザイン化したものが原型になっているそうです。黄色くてラッパのように広がっている、実際のスクワッシュの花とは、どうやら関係がないようですが、何故このデザインが「スクワッシュブロッサムデザイン」と言われるようになったのかは、今の時点ではわかりません。スペイン人から伝わってくる間に、伝言ゲームのように言葉が変わってしまったり、他のデザインと名前が入れ替わってしまったのでしょうか。ちなみにこの切手の図案の元になっているネックレスは、1940年代あるいは50年代に作られた物で、個人所有になっているものだそうです。こちらは古い切手で、ナバホのラグが図柄になっています。22セント切手でしょうか。 よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月19日
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ナバホのタブー: 軽々しく 人に 自分の年を 告げるな。 教え: すぐに 年をとってしまう! 「ナバホ・タブー」よりよかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月18日
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ネイティブアメリカンのことを漠然と捉えていた時、家といえば皆「ティピ」という円錐形のテントに住んでいるのだと思っていた。けれども、アメリカ全土を見ると、気候も暮らし方も違い、住んでいる家も様々だ。ティピという移動可能な家には、平原インディアンのように狩猟をしながら移動する部族が暮らし、とうもろこしの栽培や木の実などの採取をしていた多くの部族は定住型の家に住んでいた。主な住居は、「ウィグワム」東部移動をしない住居。地面にお碗を伏せた土まんじゅうのような竪穴式で、細い若木を地面に差してアーチ型に曲げ、先端を樹皮で束ねて作った楕円形の建物。「ウィキャップ」南西部 ウィグワムを草葺でつくった住居。「ロングハウス」北東部森林地帯気の竿で枠組みを作り、屋根と壁には平らにのした楡の樹皮を張り、屋根は切妻またかまぼこ型の、ビニールハウスのような形の住居。 「ティピ」平原から北西部狩猟をしている部族に多く、バファローの移動とともに夏と冬で移動。場所が変わる部族に多く見られます。 昔はバッファローの皮をなめしたものだったが、バッファローの乱獲以降はキャンバス地を仕様。 これはインディアンカジノを持っているホテルの前のティピ展示品なので、実物ではありません。 「ホーガン」ナバホ 六角形の住居。 ナバホワークキャンプで作っているのが、このホーガン。 ホーガン「プエブロ」南西部石と日干し煉瓦(アドビ)で造る住居で、壁の厚さは60cmから120cmあり、外気を遮断するので、寒暖の差が大きい砂漠地帯に最適。プエブロはスペイン語で「村」という意味。 アドビー造りのタオスプエブロ「プランクハウス」北太平洋沿岸 雨と温暖な気候によって、大木に恵まれたこの地域では、これらの木を製材して、堅固な家を建てた。家の前には、その家の紋章であるトーテムポールが立てられている。「チッキー」湿地地帯 木で柱と切妻の屋根を組み、ヤシの葉で屋根を葺いたもの。壁はなく、高床式住居。 またアラスカの冬期の家「イグルー」など、ひとことでネイティブアメリカンといっても、様々な家、様々な暮らしぶりがある。 NATIVE AMWEICANのサイトで、ネイティブアメリカンのいろいろな家の写真や絵が見られます。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月17日
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全米ネイティブアメリカン・コミュニティーに、1927年と1928年、750kmを7日半に渡って駆け抜けるという、マラソンレースの参加を呼びかけるビラが届けられた。西海岸沿いに走るハイウェイ101の開通を祝っての行事とのこと。賞金は1000ドルとビュイックの新車。当時としては、かなりの高額だ。最初のレースには、11人のネイティブアメリカンが応募。そのほとんどは北カリフォルニアのカルク族(8人)とニューメキシコのズニ族。この部族は対照的で、非インディアン族に溶け込んでいるカルク族に対し、ズニ族は昔ながらのしきたりを忠実に守っていた。それぞれの走者には応援の車が一台と、水や食料の補給と夜間の寝る場所が提供された。参加者は、本番の前に、朝スエット・ロッジで過ごし、その後凍り付いた川を泳ぎ、丘を駆け上がりまた駆け下りるという訓練を、一定期間受けたそうだ。時期は6月。参加者は、ボクシングショーツにランニングとボクシングシューズという、当時流行のいでたちだったようだ。サンフランシスコのグランド・アベニューを出発し湾の端まで走り、そこからフェリーで対岸に運ばれ、対岸についたら海岸線をたどって北上し、オレゴン州のグランツパスまで走るというもの。多くの走者が棄権した中、完走した人の中には55歳のズニ族の人もいたという。27年、28年ともに優勝したのは、カルク族の人だった。27年のレースは、優勝者ジョニー・サザートと28年に優勝したヘンリー・トーマスの一騎打ちのようなレースだったという。27年の勝者ジョニーは、「何が最後まで走り続けさせたのか」という晩年のインタビューに、「どうしても、奴の鼻っ柱をへし折ってやりたくてな」と答えたそうだ!「風のささやきを聴け」ハーディング・祥子訳参照 Grace Hudson museum のサイトにおじゃますると、27年にジョニー・サザートがゴールをきった貴重な写真が見られます。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月16日
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ネイティブアメリカンのシャイアン族という平原インディアンのお話。北山耕平さんという、環太平洋のネイティブピープルに関する本を、たくさん出版されている方の再話で読みました。ジャンピング・マウスヘェメヨースツ・ストームの「セブン・アロー」という、シャイアン族の一族の戦いの道と精神世界におけるスピリチャルなものを、探求し小説化したネイティブ・アメリカンの文学の最高峰ともいわれる物語があります。その中で、一族に伝えられた重要な「自己発見と内的成長の教えの物語」として挿入されているのが、この「ジャンピング・マウス」です。忙しく動き回っていた一匹のネズミが、ある日「ゴーゴー」という音を聞く。仲間のネズミに「君にも聞こえるよね?」と尋ねるけれど、「そんな音は聞こえないよ。くだらないこと言ってる暇があるなら、さっさとやることをやれよ」とあしらわれてしまう。仕方がないので、音の事など二度と気にすることはやめようと自分にいいきかせる。しかし、その音は確かに聞こえてくる。かすかにではあるが、聞こえてくる。そしてそのネズミは、その音を確かめようと森の外にでていくことを決心する。途中出逢ったカエルに「ジャンプしてごらん」といわれ、思いっきりジャンプしたネズミは、「聖なる山」を目にし、その山を見ようとさらに旅を続けていく。その旅の中で、ネズミはいろいろな者に出逢う。タイミング良くある道程の間だけ自分を導いてくれる者、森の外に自分と同じように出てきたけれど、前より暮らしやすい場所をみつけてそれ以上成長しようとしない者、自分の力を必要としている者、自分を庇護しながら導いてくれる者。そしてまたネズミは、その旅の中でシャイアン族に伝えられた「自分を与え尽くすこと」を学んでいく。このネズミは、水に映った自分の顔をみて、本当の自分というものはなかなか見えないということに気づく。聖なる山も見えるものと見えないものがいる、聖なる山を見ていても、それが聖なる山であることに気づかないものがいることを知る。両目を見開いていても見えないものがある、こころの目を通してだけ見えるものがあることを学ぶ。このネズミの旅をシャイアン族の習慣・考え方を解説し、また北山耕平さんが自らの生き方と交差させながら書いているのがこのジャンピング・マウス。北山さんの解説入りの「物話り」が先にあり」、「物語り」だけがまた最後に載っています。解説は詳しくとてもわかりやすく、またまだ誰もネイティブピープルに興味を示さない頃に、日本を飛び出しアメリカに渡った北山さんの話はとても興味深い。けれど、最初に「物語り」だけを読んで、自分なりに感じてから、解説を読めばよかったかなとも思います。またこの「ジャンピング・マウス」は、語り手の“古屋和子”さんとインディアンフルートの“のなかかつみ”さんで、各地でストーリテリングが行われています。夏には、私が住んでいる小さな街でもそのイベントが予定されているようなので、今からとても楽しみにしています。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓ナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月15日
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過去を忘れ、こころから怒りを消し去れ。どんな強い人間もそんな重荷に耐え続けることはできない。 チェロキー族の言葉 「アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉」(エリコ・ロウ著)よりよかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月14日
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若者のバイク・車による死亡事故も多いけれど、自殺でも、ネイティブアメリカンの平均は、全米の平均を大きく上回っている。ある本によれば全米平均の4倍、また少し古いけれど1997年から1998年の統計をみると、約3倍にも及んでいる。それも若い層に多い。15-24,25-34歳のグループでは、死因の第2位。10-14歳までのグループでは3位。男の子だけをみると、これらの全グループで2位となっている。男子は、全体の8割を占めているという統計もある。ちなみに全米男子をみると、自殺は死因の8番目(2003年)になっている。ネイティブアメリカンの中でもアラスカでの割合は非常に高く、ナバホの3倍近い。全体としては、北部平原インディアンが多いが、何故かアリゾナのTucsonも平原インディアンに近く、ナバホの2倍以上になっている。西南部インディアンのアパッチ、プエブロ、ナバホを比べると、この順番で多いそうだ。ナバホは、クランという家族制度のようなものが今でも続いており、またネイティブアメリカン最大の部族で、独自の文化が充分成り立つ規模にあるため、このような結果になっているともいわれている。そのナバホでさえ、全米の約2.5倍近い自殺率である。何故こんなに若い人、それも男の子たちが自ら命を絶つのだろう。原因は様々で、挫折・喪失・孤独など一般社会と同じものも多いと思うけれど、何故これだけネイティブアメリカンの人達の割合が高いのだろう。飲酒などの習慣が高じておこすこともあり、身近な人の自殺行為に同調していしまうようなこともあるようだ。自分たちのすぐ側にあるアメリカ社会の魅力に惹かれて、いったんは外に出てみるけれど、立ちはだかる学歴や文化の壁を前に、大きな挫折感を感じるのだろうか。アメリカ社会の中に溶け込もうとして、アイデンティティーを確率しないまま育ってきたティーンエイジャーは、自分の存在をどう受け止めていいのかわからなくなってしまい、解決を死に求めるのだろうか。そんな若者を救う教育なども、各地で進められているという。また、そんな自殺・飲酒・暴力に走る若者達が、自分の核となるアイデンティティーを確立できるように、ネイティブアメリカンとしての文化・生き方を説くような動きも盛んになってきているようだ。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月13日
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荒野に広がるまっすぐな幹線道路を車で走っている時、時折花をあしらった十字の板を見かけた。ずっと気になっていたので、聞いてみた。「日本では事故で人が亡くなると、その路肩に花を供える習慣があるけれど、あの十字架は何?」「同じだよ。この道路は、ニューメキシコ州の中で2番目に死亡事故が多い道路だ。一番多いのは、これと平行に走っている道路だけれどね」とチャーリーが言った。この写真のように周りにはなんにもないし、間違っても衝突しようがない。きっと運転しているうちに退屈になって、睡魔に襲われるのが原因だろうと思った。「居眠り運転のせい?」と聞いてみた。けれど「飲酒運転が原因さ」とチャーリーは言う。アメリカは州によって、飲酒と車の運転の規定が決まっていると思ったけれど、酩酊運転が許されるような州はないように思う。もう一度聞いてみたけれど、やっぱり「飲酒」が死亡事故の一番の原因だという。アリゾナ州では、車やバイク事故でのネイティブアメリカンの死亡率はアメリカ平均の363%で、なかでも若者が事故を起こす数は、大人の2倍だというアリゾナ州ヘルスデパートメントの統計がある。私が走っていた道路は、ニューメキシコにあるけれど、きっと数値は高いに違いない。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月12日
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ナバホのタブー: 葬儀を手伝ってくれた人に 感謝をするな教え: 次に、その人が死んでしまう 誰かが亡くなったら、その人の所有物をすべて処分することがナバホの大切なしきたりである。名前も故人が残すもので、軽々しく口にしてはいけない。昔、ナバホの人々にとって、「どうぞ」とか「ありがとう」という言葉は、社交辞令のようにしょっちゅう使うものではなかったそうだ。そのような言葉は、心の底から感情を伝えたいときに、惜しみながら使われるものだったらしい。また、ナバホでは、葬式で感謝の言葉を言わない。お礼の言葉によって、悪霊を呼び寄せてしまうと考えられているからである。 「ナバホ・タブー」よりよかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓ナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月11日
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昨日の日記に、この詩はプエブロ族のものと書いたけれど、これは、タオス・プエブロ族の生き方に共感した、ナンシー・ウッドという自称「白人女性」の詩なので、訂正します。どんな日が「今日は死ぬのにもってこいの日」なのだろう。よく晴れ渡った空気の澄んだ日なのか、自然との調和を深く感じた日なのか、自然に帰る時が来たと思う老人にとっては、毎日が「死ぬのにもってこいの日」なのだろうか。年老いた者の死とともに、また新たな生が始まる。そういった生命の円環を祝福している詩だという。ただ、死ということに対してタブーがいろいろあり、死ということを忌み嫌っているようにも感じることもあるので、このあたりが私にはすっきりと理解できない。スピリットは自然に帰る。スピリットが帰った後の肉体は、ただの物として忌み嫌うのだろうか。日本人のように、亡くなった後の亡骸や骨にも思いを残すということはないのだろうか。輪廻転生的な思想を表しているとも言われるが、ほとんど人がキリスト教に改宗しているプエブロインディアンの人達は、この円を描く生命の思想とキリスト的直線の思想をどう融合させているのだろうか・・・・Today is a very good day to die.Every living thing is in harmony with me.Every voice sings a chorus within me.All beauty has come to rest in my yes.All bad thoughts have departed from me.Today is a very good day to die.My land is peaceful around me.My fields have been turned for the last time.My house is filled with laugher.My children have come home.Yes, today is a very good day to die.今日は死ぬのにもってこいの日だ。生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。すべての声が、私の中で合唱している。すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。今日は死ぬのにもってこいの日だ。わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。わたしの畑は、もう耕されることはない。わたしの家は、笑い声に満ちている。子どもたちは、うちに帰ってきた。そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。 「今日は死ぬのにもってこいの日」よりよかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月10日
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文化による死に対する考えかたの違いには、とても興味がある。ネイティブアメリカン・ナバホ族の人達の死に対する考え方も、ずっと知りたいと思っていた。「今日は死ぬのにもってこいの日」という詩は、あまりに有名だけれど、これはナバホに近いプエブロ族の詩だったと思う。では、ナバホはどうなのだろうと思っているときに、ひとつの絵本にであった。「アニーとおばあちゃん」ミスカ・マイズル著・北面ジョーンズ和子訳という絵本だ。黒・茶・黄緑というか黄土色というのか、その3色だけで描かれている絵本だけれど、ナバホの人の暮らしがよくわかる。ホーガンという家、ラグを織るおかあさん、銀細工をするお父さん。羊の世話をするアニー。かぼちゃや、とうもろこし。砂漠の風景や遠くに見えるメッサ等々、細かく描かれている。そんな中で、ある日おばあちゃんは静かに、「今織っているじゅうたんができあがるころには、わたしは、母なる大地に帰っていく」と皆に言う。アニーは、絨毯ができあがるのを邪魔すれば、おばあちゃんの死を遅らせることができだろうと、いろいろといだずらをするのだけれど、誰もそのいたずらをとがめることもなく受けとめていくので、アニーの思ったようにことがすすまない。そんなアニーにおばあちゃんは言う。「おまえは、時間をもどそうとしているんだね。でも、それはできないんだよ」「お日様は、朝、大地からのぼり、夕方、大地にしずんでいく。生きているものはすべて、大地から生まれて、大地へ帰っていくんだよ」人は大地に生き、大地の一部であるとことを受け入れたアニーは、おばあちゃんの機織りスティックを形見として受け取り、機織り始めるというお話。人もまた自然の一部であり、その調和を保つということを大切にしているナバホの人にとって、死もまた自然の中に帰ることであり、生まれて死んでというサイクルによって、宇宙全体の調和を保っていると考えるのだろうか。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月09日
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歩いた足跡で ひとは 永遠に知られる ダコタ族の言葉 「アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉」(エリコ・ロウ著)よりよかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月08日
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今日は、日本でもできるメキシコ料理に挑戦してみました。西南部のネイティブアメリカンやメキシコ全域で、日常的に食べられている伝統的な薄焼きパン、トルティーヤを日本で簡単に手に入る材料で焼いて、タコスを作ってみました。タコスが倒れて、チーズが飛び散り撮影に失敗。トルティーヤの材料と作り方は「癒しの料理法・ネイティブアメリカンからの贈り物」を参考にしました。表紙のとても素敵な本ですが、残念ながら画像がないので本の名前だけ。フラワートルティーヤ材料(4人分):強力粉・・・・2カップ塩・・・・・・小さじ1ベーキングパウダー・・・小さじ1サラダ油・・・・・大さじ3(と書いてありますが、これをどこでいつ使うか????)温水・・・・・1/2カップ作り方1. 強力粉はベーキングパウダーを合わせて振るい、ボウルに入れておく。2. ボウルに塩を入れ少しずつ温水を入れていき、木べらで混ぜる。3. 手でこねる。4. 生地がまとまってきたら、それから5分こね続ける。 5. 4の生地を乾燥させないように布をかけておき、30分休ませる。6. 生地を12等分にして、乾燥しないように布をかぶせておく。7. 1つずつまるめてのばし、棒で直径15センチ、厚さ2ミリくらいにのばしていく。8. よく熱した(中火)フライパンで片面を焼き、プクプク膨らんできたら裏返して10~15秒焼く。 このとき、フライパンに油は絶対にしかないこと!焼くときに、クッキングシートを使うとうまく焼けます。残ったトルティーヤは、ラップをして冷蔵庫に入れれば1週間位もち、食べる前にフライパンで両面温めればOKとか。次に、「トルティーヤにはさむ牛肉フィリング」材料:牛ひき肉…150gオリーブオイル・・・・少々タマネギのみじん切り…1/2個分ニンニクのみじん切り…1片分トマトジュース…1カップチリパウダー…大さじ1コンソメ<顆粒タイプ>…小さじ1塩…少々作り方:1. 鍋にオリーブオイルを入れて熱し、タマネギとニンニクのみじん切りを透き通るまで炒める。2. 牛ひき肉も加えてパラパラになるまで炒めたところに、トマトジュース、チリパウダー、コンソメ、塩を加えて汁けがなくなるまで煮こむ。トルティーヤの上に、この牛肉フィリング、細切りにしたレタス、ざく切りトマト、細切りチーズをのせてタコスのできあがり!!よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月07日
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「日本の男達は、女をなぐったりする?」とアナに聞かれた時、「ドメスティック・バイオレンスということが、最近日本でも話題になっている」となんとも曖昧な返事をしてしまった。「ナバホの男は、すぐに手をだす」もちろん、私が出会った人達は皆おっとりした人ばかりだったので、一部の人の事だと思う。ナバホの女性の現状をとても知りたいと思ったけれど、信仰と同じで、あまり立ち入るようなことは聞けないな、と話はそれで終わってしまった。でもそれからずっと、生身の人間に起こっている社会現象を知りたいと思ってきた。日本でもネイティブアメリカンの崇高な言葉や考え方を記した本がたくさん出版されている。インディアンジュエリーをはじめ、素晴らしい工芸品もたくさん紹介されている。そして私も文化を知るために、たくさんのそうしたものごとをここで紹介させていただいている。けれども、それだけを見て彼らを神秘的な特別な存在としてだけみるのは、見方がとても偏ってしまっているように思う。異文化というものを対峙して感じるのではなく、アメリカという国の中で、アメリカという巨大な異文化の渦の中で、飲み込まれそうになりながら、どう生きていくのか、どう自分たちの文化を継承していくのか・いかないのか、どのようにアメリカ文化を受け入れ折り合いをつけていくのか、葛藤が続いていると思う。そんな中で今、飲酒・自殺・暴力・貧困など、様々な問題も起こっているという。現在進行形の事柄なので、本を読んで伝えるということもなかなか難しく、なにか手段はないものかと思っているところだけれど、そんな現状もいつかお伝えできたらと思っている。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月06日
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ナバホのタブー: 誰かが おならをしても 笑うな 教え: あっというまに 小ジワができる! 「ナバホ・タブー」よりよかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月05日
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初笑いの次の節目は成人式で、男の子は声変わり、女の子は初潮を迎えると成人と見なされるようだ。女の子の成人式は、キナアルダ(kinaalda)と呼ばれ、一時は衰退していたが、最近盛んになってきているそうだ。キナアルダは、聖女ホワイト・シェル・ウーマンが初潮を迎えた時に、それを太陽に伝えるために行ったのが始まりだ。女の子はこのホワイト・シェル・ウーマンを真似た特別の衣装を身にまとい、ホーガンの中で髪を首のあたりで、鹿のバックスキンで結んでもらう。このとき、額の前に髪の一部を垂らしておき、儀式の間これを掻き上げてはいけない。この垂らした髪は、大人になって出くわす様々な困難を象徴し、掻き上げないことで、それに耐えられることを周囲の人に示すのだそうだ。メディスン・マンの歌にあわせて家族が歌い、それが終わると少女は横になり、母親が「健康で美しい女になるように」と祈りながら娘の体をもむ。そして今度は、娘が参加者たちを、その聖なる手でさわることで祝福していく。それが終わると、少女は外に出て東に向かって全速力で走る。これをファースト・ランという。戻ってきたら、トウモロコシの粉・小麦粉・ベーキングパウダーを混ぜたものを、ホーガンの中にある穴で焼く。この大きなケーキを焼くには時間がかかる。夜中に火を絶やさないように、火の面倒を見る人が必要になる。そしてメディスン・マンは、精霊ひとりひとりに少女を紹介する歌を一晩中歌い続ける。少女は静かに座り続け、家族はメディスン・マンを介助する。そして夜明けが近づくと、女の子は再び東に向かって走り、日の出の太陽と挨拶をかわす。どちらのランニングも、他の人がついて走ると祝福が受けられるということだ。もちろん、少女より先に走ってはいけない。このセカンド・ランが終わると、ケーキを切り分け、少女が参加者ひとりひとりに手渡し、その後は宴会となる。大量のとうもろこしの粉を挽くところから始めるこの儀式は、昔は5日間にも及んでいたそうだが、今は学校が休みになる2日で終わるようにしているところが多いようだ。 (風の民参照)この女の子の成人式は、ネイティブアメリカンの中でも、アパッチ族のようにひとりでティピに寝泊まりするもの、ヌートカ族のようにひとり海の中の島に取り残され、岸まで自力で泳ぎ帰らなくてはならないものなど、儀式の形は様々だ。またお赤飯を炊いて祝う日本、同族の女達が歌を歌い、女性の力(female power)と身体が変化し女になったのだということを少女に教える儀式をするオーストラリアのアボリジニーなど、様々な文化で形は異なるけれど、初潮は大きな節目として祝われている。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月04日
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初笑いと言っても、お正月のお笑いとは違って、ネイティブアメリカン・ナバホ族で行われる、あかちゃんが初めて笑ったのをお祝いする儀式です。The Navajo First Smile Ceremony とも First Laugh Ceremony とも言われています。ナバホでは、まだ人の言葉を話さない赤ちゃんは、“聖なる人”と特別な関係を持ち、"聖なる言葉"だけを話していると考えるようです。そして、そんなあかちゃんも人の言葉を話し始めると、聖なる人との特別な関係から離れると考えるそうです。そしてまた、伝統的な両親は、あかちゃんが充分言葉を話すまでは、あかちゃんの髪の手入れをしなかったようです。髪は聖なる人につながる道。そのつながりを切ってしまわないように、髪を切ったりしなかったとのことです。 生まれて数ヶ月のあかちゃんが見せる笑顔。これはあかちゃんが言葉を話し始めるサインであり、聖なる世界から一般の世界へ仲間入りする印であり、自分達の世界へようこそという意味でお祝いをするそうです。そのあかちゃんの、幸せと長寿を願うという意味も持っているようです。お客さんはそれぞれに、ナバホの流儀であかちゃんの右手をにぎり、自分たちの世界への訪れを祝い、あかちゃんからは、気前のいい人に育つようにと甘いお菓子を、そして出し惜しみをする人にならないようにと、ロックソルトが渡されます。身内でのお祝いのようですが、あかちゃんが初めて笑ったのを見た人は、そのお祝いに招かれ、たっぷりとご馳走をしてもらえるそうなので、あかちゃんが笑い始める頃になると、周りの人があかちゃんを笑わせようとする微笑ましい様子が見られるそうです。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月03日
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少しずつ 少しずつ 行けるところまで 進む クロー族の言葉 「アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉」(エリコ・ロウ著)より私の座右の銘です。今年も あきらめず 投げ出さず 少しずつでもいいから 前を向いて歩いて行きたいと思います。よかったら クリックしてくださいね! ↓ ↓トップページへナバホリザベーションの様子は、画面左側「カテゴリ」「ナバホワークキャンプ 2004年」からご覧下さい。
2006年01月02日
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