全4件 (4件中 1-4件目)
1

先週の日曜日、演劇鑑賞会で観たのは、前進座の柳橋物語。あらすじ江戸茅町にある杉田屋の職人、幸太と庄吉は、どちらも腕も良く人柄もいい。研ぎ職人源六の孫娘、おせんは、どちらにも近しさと親しさをもっていた。だが、杉田屋の跡取りは幸太に決まり、失意の庄吉は上方へ修行に旅立つ。 別れ際、「一人前になって帰るまで待っていてくれ」と、おせんに言い、「待っているわ……庄さん」と、答えたその一言が、おせんのそれからの一生を決めてしまった。その後、杉田屋から、おせんを幸太の嫁にほしいと言ってきたが、祖父の源六は断ってしまう。 間もなく源六が卒中で倒れ、江戸は大火事に見舞われる。この時、かけつけた幸太は、源六とおせんを助けようと、必死に力を尽くす…柳橋物語は、作者の山本周五郎の心の叫び、舞台は江戸だけれど、終戦後の焼け跡や人々の生活を重ね合わせ、書かずにはいられなかった作品だという。地震、大火事に洪水、祖父も、守ってくれる人も亡くなり、これでもかというほど次々おせんには、災難が降りかかる。でも、ひとりで泣く赤ん坊を助けて育たり、記憶をなくしたおせんを助けてくれる夫婦がいたり、困難の中にも人情は溢れている。戦後の日本も、こんな風に、人々は助け合って生きて来たのだろう。苦しい生活を耐えながら、待ち続けてきた庄吉なのに、噂話を真に受けて、おせんの言葉を信じず、他の人と結婚してしまう庄吉が腹立たしく、どうしてこんな男を待つのかと思ったけれど、最後には命をかけておせんを守った幸太の真実の愛に気づきほっとした。最後には自立して逞しく生きていくおせんの姿に、清々しいものを感じた。セリフが聞き取りやすく、所作も丁寧で、江戸時代の町民の生活を垣間見るようだった。バックのスクリーンを利用した火事の場面も迫力があり、工夫しているなあと思った。
2018.02.28
コメント(2)

1月13日、この日は8時半にホテルを出発して、世界遺産のシーギリヤロックに行く予定だったので、朝早くから準備をして、レストランへ。レストランは湖のそばにあって、朝の空気がきもちいい。ワッフルを焼いてもらうと、サクサクで美味しかった。8時半にダマワさんが迎えに来てくれて、シーギリヤロックへ。ホテルの周りはあまり建物もなくて、ダマワさんはどこに泊っているんだろうと思うけれど、約束の時間には、必ず遅れずに来てくれる。シーギリヤロックは、5世紀ごろにできた岩の上の空中宮殿で、岩の大きさは南北約400m、岩の高さは約180m。周りに整備されたきれいな公園があり、そこに博物館がある。公園から岩の上までの高さは約300mで、岩の横に細い階段が付いていて、頂上まで行ける。途中には、シーギリア・レディという壁画が描かれたところもある。スリランカへ来たなら絶対に外せない世界遺産だと言うが、健康な人でも片道40分かかると言う階段を上ることはとてもできないので、私たちは、下から見て、博物館を見るだけでいいと言っていた。博物館は、2009年に日本の協力によって作られたもので、シーギリア・レディの実物大のレプリカや、シーギリヤロックの頂上の模型などがあった。宮殿には階段や大きな沐浴場などもあって、5世紀ごろなのに、治水や建築技術が高かったんだなあと思った。行ったことはないけれど、写真で見たマチュピチュにも似ているように思ったし、上から見たら、天空の城ラピタみたいな気分になったかもしれない。上まで登ったら気持ち良かっただろうなあ。健康な若い時に来ておいたら良かったと思った。シーギリヤロックは海外からの観光客だけでなく、地元の人もたくさん行っているようで、校外学習なのか、白い服を着た女学生もたくさんいた。白いワンピースに白い靴、靴下まで一緒で、無料配布されると言うけれど、徹底している。博物館の見学後、公園の横から階段を下りて駐車場に向かった。大満足のスリランカ旅行だったけれど、この時だけちょっと嫌だったことが。公園の中から、二人の男性がずっと付いてくる。このシーギリアロックには、背中を押したり手を持ったりして、登るのを手伝うのを仕事にしている人がたくさんいる。私たちは登らないと言ってるのに、階段の上り下りで、私の足が悪いのに気づいた二人が、ずっと腕を支えに来る。いらないと言ってるのに、しつこく付いてくるのに閉口した。最後に、チップを要求されたけれど、100ルピーずつしか渡さなかった。日本円が欲しそうだったけれど、持っていないで押し通した。いろいろ気が付くダマラさんだけど、この時だけは彼らに何も言ってくれないのが残念だった。他の観光客を連れてシーギリアロックに登る時は、お世話になる人が多いから仕方がないのかもしれない。シーギリアロックを車の中から眺めながら行くと、途中の道沿いには、観光用か象の乗り場も。30分ぐらいで、着いたところは、ホテルシギリア。中庭にはプールがあって、向こうにシギリアンロックが見えた。ここで、3回目のアーユルヴェーダをしてもらい、昼食の予定。ここでは、アーユルヴェーダの前に医師による診察があった。血圧や脈を測り、ダマラさんの通訳で問診もあった。その後、個室に入って、たっぷり1時間のボディーマッサージ。私は、固定手術をしている左足首の手術の傷あとの周辺や、亜脱臼している右手親指の関節を触られるととても痛い。それを伝えたので、触らないのかなあと思っていたら、そこは丁寧に柔らかくマッサージしてくれて、痛みもほぐしていってくれているようだった。終わってから、横の部屋でシャワーを浴びた。オイルマッサージかなと思うけれど、シャンプーもボディーソープもサラサラで、泡切れもいい。着替えてから別の部屋で髪を乾かし、お化粧した。肌がすべすべになって、お化粧ののりもいい。その後、レストランでアーユルヴェーダランチ。野菜中心のメニューだけれど、カレーの種類もいっぱいだし、食後のフルーツもたくさんあって、ヘルシーなのに食べ応え十分。3時頃、このホテルを出発する時、お土産物を入れていた布袋が、ギザギザに破れているのに気が付いた。ホテルの庭には、いろんなところにリスがいたので、どうもその仕業らしい。コロンボまでは、約4時間の道のりだけれど、飛行機は、夜中の1時半出発とたっぷり時間はある。どこか寄りたいところはありますか?と聞かれたけれど、特にない。でも、スリランカルピーがたくさん残っているし、何か買い物しないと、親切にしてくれたダマワさんに悪いかなと、バティックの工場に寄ることにした。ろうけつ染めで、何回も重ねて染めていく。そこで、40cm四方ぐらいのバティックを1枚買った。来るときは、クラクションを鳴らしながら何台もの車を追い抜いたけれど、帰る時は、たくさんの車に道を譲った。コロンボに着いて、レストランでチャーハンとカレーの食事。ダマラさんには、3才と3か月の二人の子どもさんがいるけれど、私たちのガイドをしてくれている間、一度も家に帰っていない。写真を見せてもらったら、とてもかわいい子どもたちだった。また来た時に、ツアーでなくても案内してもらえるか聞いたら、電話番号とアドレスを教えてくれた。(帰って来てから登録したら、ラインが繋がった)空港に着いたのは、夜の8時半頃。早すぎて搭乗手続きがまだできなかったけれど、早く帰って家族に会いたいだろうから、一緒に写真を撮って、ダマラさんとはお別れをした。10時半ごろやっと搭乗手続きができて、ラウンジで時間をつぶし、飛行機に。帰りは、バンコクでの乗り継ぎ時間は1時間半ほどで、ゲートの移動をするだけで時間が経ってしまった。そして1月14日の15時45分、関空到着。今回の旅行は、毎日新聞に載っていたトランスオービットという会社のツアー。名前を聞いたことがなかったので不安だったけれど、二人だけで、2つの世界遺産を含むガイド付き、3回のアーユルヴェーダ、有名なジェフリー・バワのお弟子さんたちが作った素敵なホテルに宿泊、というだけでなく、飛行機の座席がとても良かった。エコノミーの前から2・3列目で、後ろ10列ぐらいでカーテンで仕切られている。エコノミーよりもゆったりして、プレミアム・エコノミーみたい。旅行の総額は旅行会社にビザもお願いして21万円ぐらいだったけれど、私が現地で使ったのは、おみやげも含めて1万5千円ほど。アーユルヴェーダが気持ちが良くて、また行きたいなと思えた。個人旅行で手配したら、3分の2ぐらいで行けるかな?長々とスリランカ旅行のことを書いてきた。今日は観劇の日で、前進座の「柳橋物語」を観てきた。観劇や映画のことも書いておきたいな。
2018.02.20
コメント(8)

タンブッラに着いて行ったのは、世界遺産の山の上にある石窟寺院。山のふもとには、黄金大仏のある寺院もあって、ダマラさんに「そこも行きますか?」と聞かれたけれど、私たちは「別にいいです」と答えた。石窟寺院までは、かなり階段を上っていかないといけないようで、そこ以外では、歩くのを極力避けたい。石窟寺院は高さ約150メートルの岩山の上にあって、階段は300段ほど。何通りか登る階段があるそうだけれど、手すりが欲しいと言うと、段差が低くて、一番登りやすそうな階段を選んでくれた。駐車場に車を停め、ダマラさんがチケットを買いに行っている間に、少しずつ石段を登り始めた。私は、階段を上る時、どこかにつかまりながら、左足からでないと上がれない。一緒に行ったTさんも、膝の調子があまりよくないので、何度も休憩しながら、ゆっくり登っていった。他の人を気にしなくてもいいし、二人だけのツアーで本当に良かったと思った。山の中腹、平らなところに建てられた寺院に着くと、靴を脱いで預けて中へ。門を入るとこんな感じに、5つの石窟が並んでいた。一番最初に建てられたのは、紀元前1世紀。その頃、追放された王様がこの洞窟の中に身を隠し、15年後にまた復帰したそうで、寺院として整備されていったそうだ。一番古い手前の石窟の中には、大きな涅槃像が。足の裏にも、模様があった。2番目の石窟の天井や壁には、きれいな壁画が描かれていて、周りにはずらっと仏像が並んでいた。ここでは、天井から滴る水を集めているところがあった。石を削って、水道の原型になるような技術も持っていたそうだ。奥の石窟へ行くほど年代が新しくなっていっている。涅槃像や仏像もたくさんあったけれど、やはり1番目と2番目の石窟が素晴らしいなあと思った。見学を終わって周りを見ると、こんなのどかな風景。雨雲が近づいてきて、急いで下りることにした。私は上り坂は登れないけれど、下り坂は下りられる。それで、帰りは緩やかな階段と、坂道の多い階段を通ることに。下りていく途中、Tシャツを売っている人がいた。前と後ろに面白い象のデザイン。値切って2枚1000円でお買い上げ。日本円が欲しかったみたいだ。そこからまた1時間ほど車で移動して、その日のホテルへ。泊ったのはジェットウイングレイクホテル。湖に近くて、プールもあって素晴らしい景色のようだけれど、着いたのが遅くて、翌日の出発も早かったのでゆっくり見られなかった。遅い夕食は、ホテルの中のレストランでバイキング料理。サックスの生演奏もあって素敵な雰囲気だった。疲れたのか、Tさんはすぐに寝てしまったけど、翌日出発が早いので、私はお風呂に入ることに。シャワーで髪を洗った後、ちょっと離れたバスタブまで移動してゆっくり浸かった。階段の上り下りで疲れていたので、気持ちが良かった。
2018.02.10
コメント(2)

今日は長年続いている近所の食事会だった。年2回、もう37年続いている。一番最高齢だったUさんが、去年から施設に入り、今日は9人。今日は、ニュージョイブルというところでステーキランチ。前菜のエビとホタテのグリルポタージュスープタラのグリル、メインのステーキとサラダチャーハン座席を移動して、デザートとコーヒー。以前は日曜の夜だったけれど、数年前から土曜のランチ。でもみんなでビールも飲んで、いろいろ話ができて楽しいひと時だった。以前はいつも食事会のことを書いていたのに、最近はほとんど書いていなかった。でも、ずっと続いている。今週の水曜日は、敦賀へ。湖西道路を通る途中から雪道で、凍り付いた坂道では、スタッドレスタイヤでもちょっと横滑りした。敦賀は去年の12月21日以来で、インフルエンザに罹ったこともあって、間が空いてしまった。とそんな気持ちで行ったのに、施設の入り口には「面会禁止」の張り紙が。インフルエンザの流行のためということ。次からは、行く前に電話しよう。喫茶店でちょっと休憩して、帰ってきた。最近、中1の一番上の孫と小5の真ん中の孫が、2週間ごとにうちに来ている。一番下の孫は小1で、男3人揃うと、ガチャガチャうるさくて、勉強に集中できないらしい。それと、携帯を持ちだした長男が、すぐゲームをしてしまうと言うのも、ママの悩みの種。うちへ来れば、携帯を置いて別の部屋で勉強する。1時間したら15分休憩、というパターンを繰り返す。それで明日も来る予定。塾へ通うよりは、お金がかからないし、私たちも、老化防止で一石二鳥。これで、成績も伸びてくれるといいんだけれど。と最近のことを書いたけれど、スリランカの続きも書かなくっちゃ。
2018.02.04
コメント(10)
全4件 (4件中 1-4件目)
1


