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随分と更新が遅くなっております。今日をもってブログをお終いにさせて頂きます。書くことは好きなので、またどこかの機会でお寺の様子をお伝えしたいと存じます。大変ありがとうございました。 吉田 慈光
2014.03.27
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あちこち雪のニュースですね。 慈雨と言いますが、慈雪という言葉もあるのでしょうか。良くも悪くも天地は言語道断で、一切に降り落ちます。それが選り好みをしたり気を使いすぎる人間には見事だなあと感じさせられます。 赤い車も白い車も雪を積んで、空き家にも高級住宅にも雪を被らせ、 善人も悪人も問いません。唸りたくなる、降り様です。 先月末、二日間ほど、和尚様と対面の坐禅をさせて頂きました。 常に原点に立ち返らせてもらい、静けさというところを追いかけたら今回は呼吸の大切さに思いが至りました。 どんな人も同じように吐いて吸って、また吐いて吸って。でもその奥の深いこと。 まだまだ一律ということにハッとする、私です。 雪の静けさも取り入れたいですね。
2014.02.14
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年末にたくさんお供えものをいただきました。 なんでも頂くと勝手に開けないで、まず仏様にお供えします。宅急便屋さんがくると、だいたい若者が飛んで出て行き、本堂か観音様のまえでチーン!と鳴らしてきます。 生活の中に仏様がある暮らし、の良さに気づき始めた今日この頃です。なにかお願いごとをしても仏様に感謝し、意見の食い違いがあっても個人が争わず、間に仏様を立てます。ホトケでもカミでも、人間界を離れた存在が必要、それをまた人間が創り出したことに叡智を感じます。 頂いたものの箱を開けると、様々な乾物やお菓子や調味料が出てきて大喜びのみくさん。使うより開けるのが楽しいようです。 いつの間にかビニル風呂敷まで被っていました。
2014.02.07
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日課のように月課というのでしょうか。 冬も托鉢は続きます。 でも雪の期間は、足場も悪く危ないので、ちょっと遠出をしてまいりました。同じ日本でも花が咲いて穏やかな天候に、びっくり。そこは前に修行道場にいた頃の同期の尼僧さんが暮らしていて、お世話になりました。 尼僧さんと言ってもその後10年くらいの間に岐路は様々です。 還俗して結婚した方もあれば、すでに住職としてなられた方も。またそれ以前にこれまで蓄えた私財をなげうってお寺を開かれた方や、自由に坐禅をしたり短期でお寺に逗留したり等、その人の生き方の応じて歩かれています。 私自身交流が多い方ではないのですが、一年に一度くらい連絡したりして 繋がっています。
2014.02.07
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1月7日。久しぶりに書き初めをしました。 火事があってからいつも仮の食堂にいたため、額をかける場所もなく控えていましたが、初めての新しいお寺でのお正月。壁が待っておりました。 額は宗興さんの手作りです。大工さんの技術もだいぶ進んで腕が上がったようでした。和尚様に頼まれてから完成までの時間も早く、四つ角の木の組み具合も正確で、皆、感激。 ちょっと横長なので、三文字に決まり、「放下着」という禅語になりました。 型にはまらない和尚様、昔はポケットに手を入れたままだったり、タバコを加えていたり、振り向いた瞬間に書いたりしておられましたが、そんなオマケもなく、今年は仕上げられました。 後日、宗鑑さんがまたパパッと消しゴムハンコのように、篆刻して石雲禅寺を押印しました。すべて火事で焼けてしまい、気に入っていた朱肉の色を探すのが大変でした。色も一期一会ですね。 「放下着」は放下せよ!ということ、一言でいえば手放せ!ですね。
2014.02.07
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あっと言う間に年越しまして、もう立春ですね。 12月31日の夜は、よそのお寺の除夜の鐘を聴きながら坐禅をしまして、新年を迎えました。 外は吹雪でしたが、内は暖かで、皆揃って元気です。 写真は真夜中にお札などを供養するためにした焚き火です。ちゃんと考えて、一輪車の壊れた舟の中に廃材をまとめてくれました。 向かいの愛宕山を眺めながら、今年は寒くてお詣りに行く人があるのか、雪にぼんやりと灯も霞んで見えました。去年の落慶式に続いて、今年も大切な一年になりそうです。
2014.02.06
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2013年も暮れていこうとしています。 どんな一年だったでしょうか。 先日、クリスマスの頃、里でも今年一年お世話になった方をお招きして、小さな食事会をいたしました。ここはお寺ですので、クリスマスと言わずに、感謝の日と称して。久しぶりに食卓もぎっしりと人で囲まれました。 今年一年の出会いに感謝。そして人や物だけではなく、存在そのものに、大いなるものに感謝です。 食事を終え、一斉に片付けた後改めてティータイムです。 その時に一人一人この一年を振り返り、一言ずつお話ししていただきました。共に暮らす仲間、隠し事などないようですが、それぞれの胸の内はわからないという、この秋の思いがありました。 この一年、大病をされた方もあり、これから新しい場所へ旅立つものや、自分の力でどうにもならなくなって里にたどり着いた方。自分のドモリを治したい人や最近読んだ本の感想。様々でした。 でも、それぞれの目標に向かっているんだなあとわかって、いい時間でした。 今、この目の前のことに留まらず、広い視野と時間的な思索を持って、海原を漕いで行きたい、そう思う今宵です。
2013.12.28
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先日、いつもとは違う方向から里を眺めてきました。ちょうど公園になっていて、姫神山と啄木の石碑が建てられていました。 ふと、僧堂の修行時代を思い出しました。入って半年は敷地からも出ることが出来ず、ただただ新しいことを覚えるのに必死でした。 そんなある日、同じ修行仲間に裏山の存在を教えてもらいました。そして休み時間を利用して駆け上がりました。お稲荷さんがあった気がします。 すると、こんな広い世界が一気に眼前に開けました。いつも坐禅しながら聞いている線路も、車の騒音も、そして暮らすお寺も小さく見えます。 こんな狭い世界の中にいて、悶々と闘っていたのか、と高い空を見て、気が抜け、開放されました。 いつの間にか視野が狭くなっていたんだなあ、と世界の創られようを知り、元気にまた坂を下りていきます。下駄の危なっかしい足取りで。 どんなに行き詰まりを感じても、必ずまだその先の一歩があるはずです。 それを思い出した、一日でした。
2013.12.02
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最近、Facebookで石雲禅寺を開設しました。そちらも更新していますので、よろしければご覧ください。
2013.11.24
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11月に入って暦の通り、小雪。雪の降る青森県へ托鉢に行ってまいりました。 風もあって真横に雪が飛ばされていきます。寒さに震えじっとしていると手足が痛くなってくるので、ひたすら歩き続けます。 そんな時に思い出すのが、昔見た731部隊の映像でした。詳しくは覚えていないのですが、収容されている捕虜の手を伸ばしているところに水をかけ、どこまで寒さに耐えられるのか、凍傷となって腐るまで研究に使われたものです。あの冷たさは…意識のある人間にそれが行われていたという、それを思い出すと自由な身の自分は言葉を失うのです。 やっぱり歩き続けなくては…と。 峠を過ぎ、お天気も回復しましたが、今度は歩道が溶けた雪と水でぐちゃぐちゃ。草鞋にしみて車道に出たい思いでいっぱい。お腹も空かずに歩きます。そんな時に公衆トイレに入るとほんのり暖かく、気持ちが和みました。 と、小さな田舎道の駅の近くで托鉢していた時のこと。学校帰りの詰襟をきた男の子が側に寄ってきました。「何しているんですか?」「托鉢って聞いたことあるかな?」子供なほど自然体で寄って来ますが、彼もそんな風でひやかしは感じませんでした。すぐに別れたのですが、しばらくしてもう一度くるなり「やっぱり、街でこんな人と会うのは珍しいから話を聞かせてください。」と言って、しばらく付いて歩いたのです。そうして僕も入れていいですかと、半開きのリュックから小銭入れを取り出して入れてくれました。 そのやり取りは、とても私に勇気をくれました。こんな若い子でも、直感的に感じる力を持っているんだなあ、と。 街は閑散として、自分のこと、人生や経済、家族のこと、そんなもので忙しく、大いなるものやこんな異質なものには目がいかない世相です。そんな中でも立ち止まって、何だろうなあと話しかける男の子の存在はかえって稀有に思えました。 どんな大人になるのでしょう。それはまだ未来に希望を感じさせる出会いでした。そして、素直に育てる環境を残して行きたいとも思われるのです。 寒かったけれど、やっぱり良かったと無事に帰路についた私でした。
2013.11.24
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先日、月初めの恒例の話し合いを持ちました。今は和尚様が不在につき、特に火の元管理や気になっているところを話して、里内の風通しをよくしました。 ただ注意事項だけではなく、今回は自分が仕事を辞めたくなって行き詰まった人の生の声も出ましたし、進行する自分の病気の不安から、一睡も眠れなくなった男性もご一緒されました。内容は違いますが、それぞれに抱えている問題を少しでもみんなが分かち合えるようになれば、いくらか軽くなるでしょうか。老若男女が暮らしておりますので、その視点からまた意見が交わされます。 病気の男性には里で共に暮らすことをお勧めしておりますが、その方自身の中に引っかかることがあってなかなか踏み切れません。思いと実行の間にはまたなん段階も あるようです。もう少しギリギリまで…。本人の中では必死でしょうが、周りから伺うには、まだまだ余裕があるようです。 一人暮らしはどうしても孤独感に襲われるのでしょうが、しかし一人で暮らしても集団で暮らしても孤独は孤独です。そこのところの覚悟ができれば、きっと道は開けるはず。 3日、70代の女性が一人暮らしをしているお家に薪割りの手伝いに行ってきました。写真は薪割り上手なみくさん。 竹細工で職人肌の方ですが、やはり女性ですから出来ないことも多く、時々お仕事を頼まれます。7人で伺って、おやつを頂いていた時のこと。ふと話し合いのことを思い出して聞いてみました。「お一人で暮らして、寂しいと思ったことはないですか?」「……一回もないねえ。やりたいことばっかりで困るね。」「今はお元気そうですが、体が動かなくなったらどうしようとか不安はないですか。」「そん時はそん時だ!」うーん、逞しいなあと思いました。強がっている風にも感じられず、花だらけの庭や好きなように生きている暮らしぶりに納得です。 宗教的な生き方や崇高な生き方を問わずとも、せめて自分ぎり、可もなく不可もなしで死を迎えられたら 周りも安心ですし、本人も満足かなあと思いました。 生き様が死に様…毎日学ばされています。
2013.11.08
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久しぶりに喫茶の庭へ草刈りに行ってきました。すると…トコトコポニーがやって来て我が家のように遊んでいます。全く人の土地にと最初は頭から角が出る予定でしたが、あまりの人懐こさに、それも出来ず、みんなで遊んでしまいました。 草刈り機にも逃げず、火も平気、かき集める皆について歩きます。邪魔!と叫ぶ人間と、それも言えず「何で今そこに立つんだよお。」苦い顔をして じっと動くのを待ってるm君。きれいになって広くなった庭を、小躍りして飛び跳ねるポニーを見ながら、一服。急に体をくねってみたり、走ってみたり喜んでいました。 朝はマイナスと寒いですが、日中は晴れて作業には汗ばむほど。里で風邪が流行っていて、少し私もかかり始めでしたが、体を動かすのはいいですね。 二日前にはまた7人で近所の薪割りのお手伝いでした。筋肉痛が消えそうな頃に次のお仕事。どこも冬前の準備です。
2013.11.06
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最近は朝靄の日が多いですね。今日は見事に霜がおりていました。寒〜い!誰かがマイナス二度と言ってたような。風邪気味の人もあって卵酒を作ってもらっていました。 12月までは夜も長く、朝の坐禅に通う道は、星空です。北斗七星やオリオン座でしょうか。とにかく満天の星を見ながら、しかし足早にお寺に入っていく私です。 紅葉に始まって落葉松も舞いまわっています。近所の神社掃除に行った二人は、大変だったと手に豆を作ってきました。 その間、お坊さんと典座さんは托鉢へ。毎日のお粥作りにちっとも工夫がない彼を托鉢に連れて行き、竹箒を握って全く縁のない土地の公園を掃除してもらいました。生きるということを伝えたくて… お粥を作るのも自分勝手で、みんなのお粥、みんなの朝ということを理解できない彼。すぐにピンとくる彼ではありませんが、掃除の後はさっぱりとした顔をしていました。ちょうど近所には、精神的に弱っていて里に相談に来ていた人のお家があり、誘って一緒に掃除をしました。 最後にお母様が手作りのお昼ご飯をご馳走してくれて、帰路につきます。 自分一人では生きていけないと知っているものの、自分が皆の分も働くことには繋がらないようで、なかなか前に進みません。それでも里で愛されて、けろっと変わらず暮らしています。 どこからでも学びたい…落ち葉さえそんな学びの道具になったらいいですね。
2013.11.02
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「慈光さん、すみません、話を聞いてもらえますか?」 夕食後のお茶の時間。最近は順調かと思われていた40代の男性から声がかかった。「えーっと、どこから話せばいいのか。仕事のこともありますし、ここでの居場所も中途半端でして、いっそのこと実家に帰った方がいいかと父に相談している最中なのですが。」 もともと集団が苦手なnさん。これは五分十分で済むことではないなと別室に移動した。「今日いろいろありまして、ついに言っちゃったんですよ。上司に。まあ私は社員、アルバイト、派遣の派遣社員なんですが。私の悪い癖なんですよね、つい偉そうに言っちゃうんです。ずっと我慢してたんですけど。もう仕事も行きたくないです。(中略) 朝は四時過ぎから起きてはいるんですが、ボーッとしてとにかく今日も仕事だと思うと絶望に襲われます。真冬ですね。で、坐禅して掃除の頃もまだボーッとしてます。お粥を食べると少し元気になるんですけど。あ、でも坐禅は好きなんですよ。ここも好きです。帰ってくると、なんかほーっとして、春の芽吹きみたいにこう葉っぱが出て来るみたいな、咲かないですけどね。 土曜日はぐったりしてほとんど寝てます。日曜日は少し散歩したりしてね。 和尚様には、自己中心的だとか、耐える力がないって言われてます。与えられている幸せを忘れてしまうとか。全然自分は自信ないです。 実家に帰って俗にまみれて暮らすのもいいかなあと。ビデオ鑑賞したり、外食したり。結局逃げっていうか虚しいんですけど。 自分がわからないです。どう生きていったらいいのかー。仕事やめてもいいですかね。」 何度目の繰り返しなのだろう。言われることもわかっていて、でも体が動かない。 でも、nさんがこんなに話してくれたのは初めてだった。いつも静かに端に座っていて、どんな心境かわからないままに挨拶したり見送ったり。だから内容はなんであれ、話してくれたことは一歩進んだような気がした。「本当は人が嫌いじゃないでしょ。」と私。自分の中に何もない空っぽだから、人の言葉にここまで翻弄されるのではないだろうか。自分がどうしたいのかわからないという、煮詰めてこなかったのだろう、その場しのぎで来たのかもしれない。逃げ続けて来たのかもしれない。 でも、人はいつからだって新しく出発できる。今のその場所で。いかに謙虚に、素直になれるかで。そう思う。自分で自分を決めつけて呪縛しないように… あと一日頑張れば、週末はおやすみ。 あー、この雑巾掛けをして床がキュッとなる幸せー!幸せだーと喜ぶ女性の傍らで、そんなささやかな喜びを探して欲しいなあと願って別れました。
2013.10.31
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台風のせいか早くも紅葉が散り始めています。赤や黄色と、その隙間をぬって錦を飾る木々たち。すでにこの風景を描いて移植されたこの庭。和尚様の頭の中には、すでに何年先の木が育った光景も見えていることでしょう。将棋盤の上で何手先までも読める方のように、遠いまなざしを持つことはなかなか容易じゃないなあと、自分を通じて思わされます。ましてや百年の大計ともなると… 台風のおかげか本を読む時間があり、ようやく「百年法」上下巻終わりました。たとえ小説とはいえ、そんな不老不死の人間界を想像したことに感心しました。どんな人も健康で長生きを望んでいますが、果たして必ず死ぬということがどんな意味をもたらしているのか、考えもしないのが現実かもしれません。 死なないということによって、どんなことが起こりうるのか、生死を選択できるという、人間が侵すべきではない領域まで入り込んでしまった未来人たち。最後はしかし、新種のウィルスによって、一層早く、必ず死んでしまうのでした。 最近、ハガキの最後に「いい死に方のための、いい生き方を。」と綴っていたみくさん。16歳で、この一文に大人もびっくりです。 「無」という本を読み始め、その影響もあるのでしょうが、聞いてくる言葉がとても高尚なものになってきました。「美徳ってなに?」「言語道断は?」「真髄は?」「一心無宙」使って見てー!と、古い本でもあり、大切な言葉が続々と出てきます。先を行く私は、しっかりと天を仰いで邁進しなければなりません。 何もない中にしっかりと指針を見出して飛ぶ白鳥のように、私たちも時空を凌駕して羽ばたきたいですね。
2013.10.25
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2013.10.25
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2013.10.25
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2013.10.25
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庭もだいぶ色づいてまいりました。石蕗の黄色い花が咲きそうです。 これから北国は葉が落ちる一方で寂しくなるかと思ったら、今のシーズンから顔を出す植物もあるんですね。 「わー、これヒョウ柄だ。」とお掃除をしていたみくさん。ホトトギスのことでした。
2013.10.22
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さて、次は山田宗樹『百年法』を読んでいます。 もちろん小説ですが、この地上で不老不死が選択によって可能になる、というとんでもない設定です。しかし途中から法律によって、百年後に安楽死を迎えなければならない、というもの。 まだ上巻の途中ですが、さすが作家だなあと、文章にまとめるのが上手と思う箇所がいくつかありました。 その中で、登場人物の友人が戦場で 真の英雄に出会ったというシーンが出てきます。それを回顧して友人に話して聴かせます。 真の英雄ーー彼の下で戦う兵士たちの目は、恐ろしいほど澄んでいた。そして死を恐れなかった。略 「彼だけにあって、ほかの人間にないもの、それは、圧倒的な自己肯定だ」「自己肯定?」「自分のやることは正しいという絶対的な自信」「 それは、独善ではないのか」「独善に陥るのは、自分の正しさに中途半端な自信しか持てないからだ。自分の誤りを恐れるあまり、周囲の声に耳を塞ぎ、狭い視野でしか物事を判断しなくなる」「その男は違うと」 続く… 天上天下唯我独尊と通じるかもしれません。独善でもなく独尊でもない、だけど己の尊さを信じ、他の尊さも徹底して信じているもの 。でも言葉にすると時に傲慢に聞こえたり、凄い自信と呆れられるとか。 でも私が里に出会って、和尚様に出会って感じたのはこれと同じことです。私にとって里が絶対なものになったのは、独善だったでしょうか?いえ、お寺を訪れた人は皆さん、感激して帰られました。素直になればいいのかもしれません。紙一重で。 全く違う本を読んでいても発見がたくさんあって、面白いですね。
2013.10.18
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台風到来ですね。雨と風に煽られて、一日ぽっかりと時間をもらいました。 久しぶりに読書を。熊谷達也『烈風のレクイエム』を読んでいます。 舞台は函館。明治生まれの潜水夫 、敬介が主人公です。帯にもありましたが、彼は人生のうちで三度、死にそうになります。大火災、大空襲、そして洞爺丸の沈没です。家族と離れ離れになり、血の繋がらない子どもと共に新しい家族を作り、しかしまた次の悲劇に遭遇する。そんな中で仕事の仲間との絆や同じ境遇を持つもの同士の労りや感謝で、生きていきます。 時が交錯して、大震災と重なるシーンが時々出てきました。私にはただ想像しかありませんが、きっと被災した人にしかわからないショックが、そして哀しみがあるとそう思いました。彼は物語の中で、自分が死にそうになった海にまた飛び込み、自分への挑戦を兼ねて、まだ沈んだ船体に遺体を救い出しに行きます。一昨日に乗っていたその場所へ… お寺に被災地に出かけた宗鑑さんの写真がありますが、ちょうど海に向かって後ろ姿で立っているものがあります。合掌して拝む前か、後か。あの光景が蘇ってきました。あの頃、私も被災地に立たせて頂きましたが、そのときに見た無数の声を、何もないありふれた日常に溶けてしまわないように、また 身に刻まれた気がします。
2013.10.16
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今日は市内で托鉢しました。珍しく五人勢ぞろいです。 是非取材させて欲しいと、もう一人ご一緒されました。途中から雨が降り始めてきましたが、そのまま歩き続けます。鉢の中に水が溜まる日は、結構な大雨。頂くお金と同じように、雨の粒もお鉢に受けて歩きます。 そういえば人生は雨の日の托鉢という本があったような気がしますが、あれはどんな意味だったのだろうとふと思い出しました。 ご一緒された方は初めて托鉢をご覧になったようですが、このところ一心になって里で学ばれています。今日は昨日の仕事を終えて泊まられ、朝から共に坐禅をしての出発でした。取材を越えて、自分の体験にされているので、みんなの中に自然に溶けているようです。 雨で、すっかり中までグシャグシャでした。でも誰も嫌な顔ひとつ見せません。逆にとても清しい笑顔を見せていただきました。
2013.10.11
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先日は京都からのお客様でした。80歳を過ぎておられるのに仙台からレンタカーを自ら運転してこられ、大変驚きました。里にとって大変ご縁の深い方なので、私たちも何日も前から庭をお掃除したり、お待ちしました。 火事の後の新しくなった本堂をご覧になられ、大変喜んでくださいました。小一時間ほどいらしたでしょうか。いろいろなお話をされました。亡くなられた三重さんとともに修道生活をされていたこともあり、懐かしい思い出話をうかがうようでありました。 その中でも、その方のお母様のお葬式の話は大変心に残りました。「みんなうちは貧乏だ貧乏だって心配なさるけどね、何もない豊かさを本当に知らないよ。」と口癖のようにおっしゃっていたお母様。せめて最後のお葬式は、故人の遺志通りに弔いたいとの気持ちで、ただ霊堂に花も飾らず、棺だけをポンと置いてその日を迎えられたそうです。そして土に還ることが明日へのお誘いに通じると詠われていただけあって、お葬式の招待状も、ネズミ枠ではなく朱にされたとか。 もちろん周囲の方の反対や批判もあったでしょう。それでもそれを押し通したら、後日参加された方の奥様からこんなお電話をいただいたそうです。「私はある程度大きな会社の社長夫人ですが、私のお葬式に人がたくさん参列してくださったとしても、社長への義理だとかが多いでしょう。人やお金がたくさん集まっても、こんな心温まるお葬式はないでしょう。本当に感動いたしました。」と。 とても素晴らしいお話でした。そして今では笑い話でしょうが、当日の葬儀の司会者が弔電披露と思わず、祝電披露と言っていたとか… あっという間の時間でしたが、とてもいいお話をお聞きしました。 お寺というところに暮らしていますと、いろいろな葬儀のお話を耳にします。ご両親のお葬式のあり方で考えさせられたとか、自分の葬儀の用意をされたいとか。 親子間の思いの中で伝えられるものと伝えられないもの、は哀しいほどにどうしてもなくならないように感じます。それが無常という摂理かもしれません。でも直接的に伝えられなくても、ほかの血のつながらない人へ伝えてもそれは同じことでしょうし、別の形で返すことができると思っています。 血縁だけにしばられずに広く大きな世界観で人々が解放されていけばいいなあと願うところです。
2013.10.09
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「あなたの態度は傲慢です。気に入らない。だから私はここを出て行く…」先日、名指しでそう言われました。「暑い日に窓を開けてカラオケしようと言ったのに、一蹴して、閉めたままだったこと、百万円拾ったら、警察に届けずに、里のために使うと言った。まあ、これは一例だけど。」 「里は里の利益しか考えず、この里のためにしか動かないのだ。それはおかしい。自分は世のため人のために恩返しをしようと思ってきたが、違ったようだ。」とのこと。 言葉だけ聞くと凄いのですが、声を震わせて、やっと言えたという感じがありました。9人で一人のお話を聞いたのですが、反応もそれぞれ。「内容は別として、それだけのことを人前で言えるのは凄いことだと思う。感心した。」や、「人はこんなにもいろんな見方があるんだなあ。」とか。 「どこに行ったって一緒だよ。」とも。 でも、結局自分はここに学びに来るという気持ちがなく、曖昧なまま来てしまったということが今回わかりました。という気づきにいたりました。 学びのないものは、行き詰まります。天からの人員整理です。でも、彼はもう一度 ゼロから考え直すことにしました。 こちらも言葉が足りなかったことや、感情に動かされるような行動に気をつけなければなりません。反省ですね。 去年から住み始めたみくさんが、今、難しい本を読んで猛烈に言葉を覚え始めました。和尚様が生まれたのは、江戸時代?と言っていたみくさん。「敢え無い、存在ですね。」早速覚えたての言葉を使われました。
2013.10.04
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いよいよ10月ですね。 昨日は恒例の愛宕神社掃除と、理由もなく餅つきでした。初めて二日前からお米を水に浸けてやってみると、大成功、美味しく出来ました。これまで一晩しか置きませんでしたが、これは二日かけるといいようです。 一昨日夕飯を支度していたら、作務中の宗鑑さんがやって来ました。「今日一人、ご飯追加です。一宿一飯お願いします。」とのこと。聞いてみれば70歳くらいの自転車で旅の人が坂を上がってきたとか。どこかで聞かなければ絶対にたどり着かないこのお寺。誰かに紹介されたのでしょう。私たちも托鉢にでかけると よく街の人々にお世話になりますから、今度はいいお返しのチャンスです。 驚いたことに女性でした。63歳で福島と繋がろうというような目的で、神戸からいらしたとか。髪は真っ白でしたが、その体力に感心しました。 次の日は、朝の五時から一緒に坐禅をされ、借りた作務衣も着て、お似合いでした。旅の方にはすでに次の目的地があるので、普段あまり深く関わらない私ですが、一通り、諸行無常、諸法無我とお話ししてお見送りしました。 みんなと握手して颯爽と姿を消しました。 今の日本は、外国よりも安全で親切な方も多いでしょう。前も60代の方でバイクで来て一ヶ月ほど住んだ男性もありました。一期一会を思いながら、安全をお祈りしました。
2013.10.02
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2013.10.02
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落慶式を終えて、みんなで厳美渓に行ってきました。確かに景観もいいし、ガラスパークも楽しみでしたが、一人が「だんご、だんご、だんご!」と花より団子でして…。 その人気の団子屋さんは川向こうにありまして、するすると渡ってくる籠にお金を入れると、また綱が引かれて、今度はダンゴが三本と紙コップのお茶が届きます。もちろん、歩いてダンゴ屋さんにも行けるのですが、その綱渡りのダンゴが行列です。 お相伴いたしました。 一通り愉しんでお腹を満たした後は、一行は平泉の中尊寺と毛越寺へ。初めての人も何度目の人も。驚いたことに、中尊寺にとある画家のご婦人が描いた絵で、雪中に祈る僧侶の姿が寄贈されておりました。 そう、あの時の宗鑑さんの写真からです。 その日は宗鑑さんは留守番をしていなかったのですが、早速連絡先をお聞きしました。 そして、有名な毛越寺へ。 世界遺産にもなった岩手の観光名所ですが、しかし正直がっかりして帰ってきました。一言でいえば、ちっとも心に響かないのです。あまりに一生懸命庭造りをしてきた私たちは、目が肥えてしまったのかもしれません。 その始めから和尚様は何でも慣習通りにすることがお嫌いでした。それが常であり、お寺作りに終始流れていることでした。庭を作るにもただ、その辺にあるような人真似は絶対にしない、ととても強いものでした。平凡な私はいつもその発想に驚かされました。 でも、私たちも油断なりません。常に工夫して磨いていかなければ、このお寺も色あせ、がっかりされてしまうでしょう。ただ豊かになってその流れに乗っているだけでは、廃れていくでしょう。 今が一番旬ですが、そうあり続けることが大切で、そうそう容易ではないぞと心したところです。
2013.09.30
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2013.09.30
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落慶式も無事に終わり、早くも九月が終わろうとしています。 和尚様も20年来の願を成就されて、しばらくもうすることがないと気が抜けた様子でした。それでも、感激してまたお客様をお連れしていらっしゃる方や、相談の方もあり、流れる水のごとく、月日もするすると過ぎていきました。 28日、今度は和尚様も九州へ出発。里はいよいよ静かです。 落慶式を終えてお客様が帰られ、昔の禅堂は卓球室に早変わり。また一つの和室も静寂の部屋に作りかえられました。 そこは通称「侘の間」。 里に貢献され、すでに亡くなられたお二人の写真が飾られています。居心地のいい上質のリクライニングチェアが二台。白檀の香が漂い、昼間でもカーテンが閉められてうす暗くなっている、その部屋はもちろん私語も飲食も読書も禁止、メモもダメです。ただ想いを巡らす、そのための部屋です。 和尚様はずっと前からそんな部屋を作りたいと仰っていて、ようやく叶いました。誰もが写真を飾られるのでもありません。いまは二人だけです。 そこにお供えされた大きな柱時計が永久の時を刻んでいます。里にまた大事な場所が増えました。
2013.09.29
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落慶式までもう少し。今日は待望の滝が音をたてました。 ちょうど一年前に一度流れてから冬を越し、今か今かと金魚が留守番をしていた滝です。それからまた苔や小石やシダやいろんな植物が植えられ、帰ってきました。 ちょうど今日からお客様がいらっしゃいまして、篝火の小さなもの、トーチが幽玄な世界を醸し出しています。と言っても飲み干した空き缶を黒く着色し、灯油を詰めたもの。とてもキレイです。 さあいよいよ、始まります!
2013.09.12
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池の向こうに見えるのが、円形の床几。その曲線が何とも言えません。大工さん泣かせの一品です。 先日、雨水の貯まった池を覗いたら、ボウフラがうようよ。大変だ!と金魚を50匹放しました。途中で何匹が浮いていましたが、すいすい楽しそうにしています。集団で行動するんですね。 床几には毛氈(赤いカーペットですが)を敷き、野点傘を立てる予定です。夜にはきっと、篝火が…でも随分肌寒くなってきて、本格的に楽しむのはもう一年我慢かもしれません。
2013.09.01
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周りはぐるっと黒塀にかこまれています。 玄関をくぐらないと庭にたどり着けません。中からはサンダルで歩けるようになるそうです。 この石は、川原から拾ってきました!この夏はちょっと腕のたるみが減ったようです。
2013.09.01
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深閑とした杉林、何千年の歴史街道をくぐりぬけ、長い石段を登り切ると、そこに始めてお寺の屋根が見えました。「やっと、来れたー。」 なんて小説にありそうな、ただ歩くだけで心が鎮まるそんなお寺を目指して、今日は石段を作りました。
2013.09.01
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歩きたい小道にするのに、なんかないかなあとやってきたところです。遠くに見えるのは岩洞湖という人造湖です。 亡くなった三重さんが大好きだった場所でしたが、久しぶりに来ました。前はしょっちゅう八幡平や網張、姫神と出かけました。
2013.08.29
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落慶式まであと半月。新しい本堂でお経を読んだり、禅堂で坐禅をしたり、体が慣れるまで、もう少しかかりそうです。 今日は川に行って石拾いでした。ちょうど表情豊かな石が多い川原で、あ、これもいい、こっちも持って帰りたいと進んで、最初の場所から随分離れておりました。これで、庭の階段やせせらぎを本物同様に飾ります。 火事ですっかり更地になったところからのこの変わり具合。和尚様はその一連を次の代の若者たちに見せたかったようです。こうして家が建つんだよ、と。 最近は蝶々が遊びにくるようになりました。 さあ、楽しみもあと少し です。
2013.08.29
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みんなで坐禅をしてから、一通りのお経を読み上げ、最後のお勤めが終わりました。
2013.08.29
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北国もようやく暑い毎日を迎えました。暑いのは空模様ばかりではなく、落慶を迎える人々の気持ちも熱く、汗だくになって土仕事の日々です。 一方、室内には畳が入りました。いい匂い!でもどうやら上等の畳はい草ではなく紙をよって作られるそうで、本堂は違った匂いがしています。しかし、素晴らしい。 お見せしたいのですが、写真の天地がどうしてもひっくり返り、今回は諦めました。また作業の合間に写してみます。 あとは仏様の移動を待つばかり。 みんな腕も足腰も逞しくなりました。私も昨日セメントを買いに行きました。運んでくれたお店の人がだんだん面倒になったのか、二袋いっぺんに持って、少々乱暴に車に積んでくれました。 想定外にびっくり。ちょっと試しに、車から下ろす時に真似して見たら、重ーい。紙の袋は滑るし、叫んでしまいました。「昔はセメントだって、米だって60kgだったんだ。今は何でも少量になって。中学生の頃、先輩に60kg二つ背負わされたよ。」と和尚様が仰います。 60kg、二つ…。聞いただけで重かったです。25kgが軽くなりました!
2013.08.08
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最近、小中学生の発達障害の相談が続きました。 現在里で学ぶものの中にIQの値が平均値以下の人が4人います。でも、その彼らが一番里の作業を支えています。もちろん大人は自分が稼ぐことに忙しく、日中に作務出来るのは、休みの日ぐらいかお坊さんです。お金に関係のない労働を一生懸命にする彼らは本当に美しい汗を流します。 その中の一人は、きた頃は豆腐一丁切るにもまず30分かかりましたし、別の40代の彼はご飯のしゃもじの持つ方を水にさしたり、 箸やスプーンが上手く持てないでいます。それでも今日はみんなと一緒に舗装の作業をして、怒鳴られながらトンボを持って地ならしをしました。 その意は、生命に覚醒せよ!と届けているのかなと思っています。そして日常の力をつけよと。 相談にきた子供たちは、親が話している間、外でみくさんとノコギリを使ったりインパクトで遊んだりして工作をしました。またゲームばかりの男の子も家でゲームを取り上げられたら、外で火を熾すために鍬用の柄を削っていた話をしていました。 どんな子どもでもその可能性を信じ、その子らしくのびる環境を整えたいと思いました。相談に来た親御さんに「預けるとなったら、あんたらも覚悟して学びなさい。朝早くきて坐禅したり、同じ体験をして子どもたちと共通の話題を持ちなさい。そして家に帰ってもお寺での話ができるように…」 と言われると、尻込みしてなかなか前に進まないのでした。
2013.07.24
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今日は雨。掲示板は19度をさしておりました。でも急遽川に石を拾いに行くことになり、三トンダンプとトラックで岩手山の麓へ出かけました。 最近は雨の合間に、庭の小径をアスファルトに舗装しました。いろんな作業をしますが、アスファルトは初めてです。 和尚様の「他の人間に出来てわしにできないことがあるもんか!」と力強い お言葉についていきます。笑って、根拠のない自信!とおっしゃいますが。 しかし素人なので、初めてのことがたくさんです。あんなに素材そのものが熱を持っていることも知りませんでした。踏んであるく長靴の底の熱いこと!そして圧縮する機械にハンドルがないので、操作は力に頼るのみ。太陽と地面の熱で和尚は汗だく。そしてレーキで均す私たちも、一輪車で運ぶ若者も必死です。 でも、そのあとのかき氷の美味しかったこと。 こうして苦労しながら、工夫しながら、毎日が過ぎていきます。 もう少しお天気が続く見込みがあれば、失敗をもとに駐車場に取りかかる予定です。 雨の合間に、庭仕事。庭仕事の合間に、悩む家族の来訪を受け、その合間に、お昼寝です。
2013.07.22
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ちょうど先の一ヶ月ほど、以前里に住んでいた方が襖絵を描きにいらしておりました。その方はすでに九州で住職をされているのですが、お互いに出家する前からの知り合いなので、気を使うこともなく、といって修行を競うこともなく、共に暮らしました。 山門をくぐって本堂に向かい最初に目に入る側は、一面、滝の絵です。またその裏、祭壇の側は達磨大師が四パターンで描かれました。 ちょうど、安倍龍太郎 の「等伯」を読んだばかりでもあり、間近に見れる日本画に久しぶりにワクワクしました。 手伝って、まず下地作りから。そして5mほどのキャンバスに一点を書きいれる前の緊張感。この真っ白い紙が一番美しいなどという絵描きさんの言葉を耳にして、次に足を踏み入れた時は、かなり下書きが進んでおりました。そして水音がまだ聞こえない絵に、あっという間に飛沫が入り、一気に水の流れが見え始めてくるとき。また、左右のバランスがとられ、和尚様の喝が入って、一ヶ月で完成しました。「今はまだ建物は新しく、絵は古びた感触があり、お互いに違和感があるが、これが年月を経て、建物にも時間が立った頃、ちょうどいい具合になる。」 と和尚様。それは日々たのしみです。一体どんな変化をもたらすでしょうか。「とにかくお前は絵を描け。」と里を離れても将来像に指導を頂く絵描きさん。絵描きさんのお坊さんです。 お披露目まであと約二ヶ月。これから建具屋さんが板から剥がして襖に張り替える予定です。
2013.07.19
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早く梅雨が開けないかなあと、窓の外を眺めてばかりおりました。今は毎日、九月の落慶法要に向けて準備です。 帰られた和尚様も早く庭仕事に取りかかりたい様子。私は今のうちに、と回廊にかける五色幕をミシンでチャカチャカ縫いました。大変ですが、手作りすればお金もかからず愛着がわきますね。それから餅屋さんに注文を出したり、デパートに出かけたり、雨の日の仕事がありました。 ようやく雨の上がった昨日からは、ランマーとローラーをレンタルして道作りです。今日はアスファルトを自分たちで作りました。長靴を履いても足の裏がアッチッチでした。 今からお客様を迎えるのが楽しみです。 ( 下の写真は震災も時に新聞に掲載された宗鑑さんの写真をもとに、とある方がテラコッタ でつくってくれたものです。)
2013.07.17
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岩手山の麓にある自衛隊の駐屯地でイベントがあり、初めて見に行ってまいりました。 予想以上の車の列と人だかりにまずビックリ。こんなに人々の関心を集めているんですね。 いつもは遠くでドーンドーンと響いている音の正体を間近にして、またびっくりしました。「耳を塞いでください!」と放送も聞こえるのですが、もう終わったかなという頃にまたズドーン!凄い衝撃波でした。戦争を垣間見た気がして、これは実際に行かれていたお年寄り方はどんな気持ちでこの音を聞かれるのだろうと、胸が痛みました。 共に暮らすおじいちゃんはもう86歳。前に一度、新聞で戦争のDVDが通販されていて、欲しがられました。 でも観た後にこう仰るのです。「日本が負けたりやられたりしている映像は、見たくない!」と。必ず勇ましく撃って撃ってうちまくる日本国であって欲しいのでした。 また訓練があり、ヘリコプターからロープで人が降りてくるのも見せて頂きました。「ここに税金が使われているんだね。」そう話しながら、帰ってまいりました。 喜んだ子供たち、勉強になった大人たち。暑い一日でした。
2013.06.16
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庭にスズメが来るようになりました。口に枯れた茅のようなものを加えています。巣作りでしょうか。 だいぶ前に本屋大賞になった百田尚樹の本を読みましたが、熱も覚めた頃、今度は「風の中のマリア」を手に。しばらく枕元に積んであったのですが、開くと一気に読んでしまいました。 http://www.amazon.co.jp/dp/4062153645 ハチが主人公のお話です。 実家で父が、ニホンミツバチに魅かれて話していたのは知っていましたが、それほど興味は持っていませんでした。でも本を読んでみるとハチの世界も、なるほど魅力的です。 前はオオカミの世界を読みましたが、動物たちも弱肉強食の中を闘って生き抜いているんだなあと改めて教えられました。やはり見事なのは世代交代です。そして死んでいくものに情を抱かず、どんどんと捨てられていきます。そして残ったものはただ一戦士に徹して、己が使命を全うしていきます。 「ニホンミツバチは熱でやっつけるんでしょう。」「そう。普通のハチは40度までしか耐えられないが、ニホンミツバチは42度まで耐えられるんだ。その2度の差に賭けるんだ。」「そうそう!でもそのニホンミツバチもセイヨウミツバチにはやられちゃうんでしょう?」「セイヨウミツバチが蜜を盗みにやって来ても、ニホンミツバチはただ黙って見ているから、やがて涸れて飢餓で全滅するんだ!」たった今本で習い覚えたことを、そのまま話す父に驚く私。 「今年は一升瓶に10本くらいになるかもしれないぞ。」と父。あの小さな一匹一匹が集めた 貴重な蜜です。「蜜もすごいが、あのハチの生態を観察しているだけでも面白いぞ。そっちでやって見たらどうだ。箱はあげるから…」 お寺にニホンミツバチがくるようになるのも時間の問題でしょうか。 人間の観察が主な私ですが、こうしていろんな仲間たちを知ることで、何か大きなヒントを頂くような気がしています。
2013.06.15
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あちこちの田んぼも苗が育ち始めました。 私たちの畝もトウモロコシや枝豆、ルッコラなどといろんな芽が出ています。後待つのはオクラ。ジャガイモは小さく切りすぎたのか土の中で腐ってしまったのが多いようです。その年によって違いますね。 短い人生ながら、生きていれば本当に 様々あるなあと思わされる毎日です。 今日は托鉢で、綺麗な青空の下、信号待ちをしていました。何だか人間が作った建物や色賑やかな看板、それらが一つのいたの上の模型のように見えました。そして上には大きな空が広がっています。はるか高いところからみればこの地上もおもちゃのように見えることでしょう。 そんなところを、今渡ろうとしている私がいました。でも決して醜い訳でもありません。とある今日の世界観でした。
2013.06.14
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今日は大根の間引きに行ってきました。 間引きと言っても意味がわからない人もいます。とりあえずやって見て、こうして一つおきに抜くんだよと教え、私はナスの方へ。支柱を立て紐で結びます。夢中になってやりました。 数分して、 そろそろ終わったかなと大根の方へ。あれ?何だか緑色がまだらに見えています。 近寄って見て納得。途中まで一つおきに間引いていたのに、なぜか途中からuターンして、また抜いていたようです。一つおきに間引いたところをさらに一つおきに。それで残っているのは、3つおきの大根… 「あー!抜きすぎだよ。」危うくいつまでも抜かれるところでした。 ついて作業しないと、こんなことになりますね。ショックと反省です。 気を取り直して、 間引きの葉を下ゆでして炒め、きんぴら風に味付けして、おかずにすることにしました。「最悪の状況からでも、最上の良さを見出す力をつけなさい」は和尚様のいつかの言葉です。 改めて、どこからでも学びなんだと確認 しました。残りの大根はしっかり日を浴びるでしょう!
2013.06.13
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ご縁あって、水力発電所に見学にいってまいりました。 簡単なビデオでの説明をお聞きしてから、ヘルメットを被り地下300メートルまで降りて行きます。山の麓に発電所があるのは知っていましたが、今は無人にもなっていていつも素通りしていました。 ここは高低差を利用した効率良い発電所のようで、同じ水で二回も発電していて驚きました。 岩手山の麓を開拓する時にまず水が必要でしたが、近い北上川が鉱山の影響で水が赤くて使えず、今の湖を利用した場所になったとのこと。また今の時期は8月くらいまで、農業用水が必要なので発電用の水もそっちに回しているとか。他にもいろいろと勉強になりました。 自分の使っている電気がどんな風に作られているか、いい機会ですね。
2013.06.07
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しばらく托鉢に出かけておりました。 あっという間に6月です。畑が気になっておりました。トウモロコシをそろそろ蒔かないと…と。 写真は畝を作りに行った時に側の栗の木に登っている二人の若者です。 去年はトウモロコシの品種を何にするかで悩み、担当の人も初心者でわからず、思ったほどの甘みが出ませんでした。お中元にするのに近所の農家に相談に行ったところ、とにかくたくさん味見をさせてくれました。 それからもう一年。とりあえずJAに行って、売れ残っていた大袋を購入してきました。まずは2000粒。 今はだいぶ発芽率も良くなっているようで、言われるままに一つの穴に一粒蒔きました。しかしなかなか種が減らない…昨日は最後の方で二つずつ入れました。 四人の若者でワイワイ言いながらまいたのですが、みんなの手も、種の消毒ですっかりピンクになりました。 でも、こうして汗をかきて蒔いた種がちゃんと出てくれるといいのですが。そして狸軍団に、烏の連中にいたずらされないことを祈ります。待つこと約87日。9月に入ることでしょう。 明日ももう一度続きます!
2013.06.03
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緑生い茂る美しい五月ですが、朝晩は涼しく、まだまだ長袖です。 動けばあったかくなると元気に畑へ出かけます。十時のおやつの時間、「あれー、おやつ足りない!」大騒ぎです。トラックの中にも落ちていないし、一生懸命探すみくさんです。でも、どこにもありません。「カラスじゃない?」 が結論でした。庭に用意して皆が車に乗り込む前に、恐らくカラスが咥えていったのでしょう。気をつけていないとビニール袋に入ったゴミも散らかします。「もうー、なんでそんなに食べたいんだー!!でも、どこかのカラスがお腹いっぱいになったからいいかー。」とみんなの声でした。 写真は、新しい禅堂から見える一円窓です。 禅の世界にはよく一切を◯△◻で表すことがありますが、この窓も天地一切を含んでいます。ここで坐る日が 待ち遠しいですね。
2013.05.25
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畑に行ってきました。 これは、キタアカリの印ですー。あとは、インカのめざめ、メークイーン、とうや。それから残っていた種もまいてしまいました。何の芽が出るか楽しみです。 「死にたくても死ねないんだよね。」 と、今日のお客様。 生まれるも死ぬのも、天のみぞ知ると、共通語でしょうか。
2013.05.21
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早朝の禅堂。 ケーンケーン ホー、ホー、ホケキョ。 ちょうど近くに来ていたのか、とても響き渡る美声を 聴かせてくれました。 テッペンカケタカ! テッペンカケタカ! 今年初めてです。 最後はギャアギャアっと。 何者?と思うようなカラスでした。 合間には、ゴーっと大型トラックが通り過ぎていきますー。
2013.05.18
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