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友人Aに「あなたは、カナダでは一戸建てに住んでいるの?」と訊ねられて、「いいえ、4年前までは一戸建てだったけど、今は・・・集合住宅。」と答えてから、「我ながらなんだか妙な答え方だなあ」と思った。「仮に『鉄筋だとマンション。木造がアパート』という定義に従うとすれば、私がカナダで住んでいるのは、マンション。しかし、断じてmansionではない。mansionは、門から玄関まで歩いたらWALKINGになるほどの広さの大邸宅。さしずめ先日焼けた大磯の旧吉田邸などは、mansionなのだろう。」と理屈っぽく説明したら友人A:「じゃあ、カナダの英語ではそういう建物をなんていうの?」私:「コンドミニアム(condominium)で、省略してコンド(condo)と言うのが普通かな?」友人B: 「そうか・・・・。」(と、電子辞書をピピピピとひいて)「condominium ってジーニアスには、米語で、分譲マンション(アパート)、略式には コンドとでてるよ。」友人A: 「なんだ、じゃ結局、マンションもアパートもコンドもおんなじなんじゃないの」私:「そうなのか・・・・・ でも、なんだか違うような気がするんだけどなあ・・・」友人C: 「ブラジルではアパートではなく、デパートっていうんだよ。高級マンションはスペインではPiso(ピソ)っていうこともある。」私:「あれ? piso って、『階』のことじゃないの?」友人C: 「うん、高級マンションでは、その階全部が一件ということが多いからね、スペインでは。」私:「あ、じゃあ、英語でいうFLATとおんなじだ。でも、私のところは同じ階に6世帯住んでいるからPISOでもFLATじゃないな。そういうところに住んでいる人も知ってるけれど・・・」友人D:「それにしても、ブラジルでデパートっていうのは本当?」私:「Cさんが言うからには、間違いないとは思うけど、ちょっと失礼!」とスペイン語辞書を引いたら、departamento の第二義に 南米ではアパート(apartamento)という意味が乗っていた。(ちなみに、私の電子辞書にはポルトガル語は入っていない)私:「ねえ、ねえ、スペイン語でもapartamento のことを、departamento っていうらしいわよ!!」ついでに引いたら「PISO」は主にスペインのスペイン語で「階の個々の」マンション とあった。そうか・・・。高級アパートには、一階一世帯が普通なのだ、きっと。きけばきくほどわからなくなるなあ・・・とか思いながら、笑いにごまかして、「固有名詞として建物の名前はMONACOっていうのよ。いばってるでしょ?」とか言って話題を変えた。ところで・・今いる杉並の「マンション」の近くに、[petit mansion]と表示をたてた「マンション」がある。mansionがPETIT ではありえないので、カタカナで「プチ・マンション」と書いた方が良いのではないかしら?また、もう少しはなれたところに、Oak Village という名の堂々としたマンションもある。樫の木でも近くにあるのかと見回したけれども、別にその気配もない。が、Oak Villageという表示のすぐ下に、「所有者:樫村とよ」とあって、納得。よいネーミングではありませんか?
March 31, 2009
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囚人の己れが〈(ホームレス)公田)想ひつつ食むHOTMEALを(アメリカ 郷隼人)温かき缶コーヒーを抱きて寝て覚めれば冷えしコーヒー啜る(ホームレス 公田耕一)今朝の朝日歌壇に掲載された作品で、前者は高野公彦氏、永田和宏氏、馬場あき子氏の選、後者は高野公彦氏、永田和宏氏の選に入っている。いろいろ話題になっている二人の作者だが、同時に読むと社会の矛盾がよく現れ、複雑な気持ちになる。特に、郷氏の立場からそれを詠まれているところに、考えさせられる。以前、カナダのニュースで「何か犯罪を犯せば、とりあえず今夜、屋根の下で眠れ、温かい食事も食べられる」と考えて、困った果ての老人が空き巣に入ってわざわざつかまったのを聞いたこともあるし・・・。ただ、その時の報道では、たしか「市の留置場は満員で、その程度の罪では留置してもらえなかった」とあったような気がする。
March 30, 2009
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夕方、ご近所の善福寺川公園に散歩に行ったら、桜が美しくさいていた。ここ何年も、この時期に日本にいたことがないのでよくわからないのだが、花の色が本来よりも少し白っぽい感じがした。「花見の宴」もたけなわで、目刺を焼いているに違いない匂いやら、サバか秋刀魚だろうと思われる肴を焼く匂いがしてくるので、あたりを見回したら、10人ほどのグループがターフの上に座った真中にポータブルのガスコンロをおいて調理の最中。となりのグループは、すき焼きをやっている。両グループとも、そこから1メートルも離れていないところに、「火気使用は禁止です」と黄色い立て札がたっているのなんか、完全無視。まあ、今日は風もないし、気をつければ大丈夫なんでしょうね。やっぱりつめたいお弁当を食べるよりも、そこで調理したものを食べるほうがおいしいし、集合住宅の中では、煙をたてて魚を焼くことなどなかなかできないし・・・ でも、隅田川で屋形舟が、てんぷらの火で火事になったニュースも見たばかりだし・・・お気をつけください。あ、それから、民社党のナントカ氏が、名前入りの幟を持った人たちと一緒に、花の宴の一つ一つに、挨拶をして歩いていました。
March 29, 2009
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わらくずのよごれて散れる水無田に田螺の殻は白くなりけり(斎藤茂吉『赤光』)伊東・新宿ライナーに「水無田」というバス停があるのを、数日前に車の中からみかけた。茂吉の短歌にはあるが、広辞苑(5版)にはみつからない単語である。おそらくは、その反対語であろうと思われる「水張田」は(これも、広辞苑にはないが)田植えの準備が整い水が張られた田の表現として、短歌でもしばしば接するので、「水無田」は、その対語かと思っていた。車内の話題が「水無田」という言葉のことになり、「水張田の対語ではないでしょうか?」と言ってみたのだが、「水張田」という言葉はどうもあまり一般的でないらしかった、「陸稲を育てるための田のことかな」とAさんが言うと、Bさんから「それじゃあ、畑じゃないか?」という発言があった。そうなのかなあ・・・。でも、それならわざわざ「水無田」などと言わずに、簡単明瞭に「畑」と言ってほしい。電子辞書は、車のトランクに入れたバックパックに入っていたので参照できなかったのだけれども、田と畑は、違うような気がする。どちらも、不動産の地目としては「農地」で、一般会話では「田畑(たはた、でんばた)」とひとくくりにすることもあるけれども。で、辞書が手元にあるところで改めてひいてみると、た【田】耕して稲を植える土地。湿田と乾田とがある。かん‐でん【乾田】1)排水良好で、灌漑を止めると田面が乾燥し、畑にしうる田。2)収穫後のよく乾いた田。対語=湿田。しつ‐でん【湿田】排水不良のため、一年中水湿の多い田。対語=乾田すい‐とう【水稲】‥タウ水田で栽培する稲。対語=陸稲おか‐しね【陸稲】畑に栽培する稲。おかぼ。以上を、私的に綜合すると・・・「耕して稲を植える」のが「田」だとすると、耕して陸稲を植えるのも「田」だと思うのだけれども、陸稲は「畑に栽培する稲」となると、そこはちょっと辞書的矛盾か?そこにこだわらなければ、「陸稲を育てるのは畑じゃないか」という同乗者氏の意見は、どうやら正しいらしいが、なんだかすっきりしない。(負け惜しみかもしれないけれども?)そこで、ふたたび「水無田」と「水張田」の比較に戻ると、私は、これは乾田=水無田、と湿田=水張田という区分ではなく、同じ田を、季節的状況で区別している言葉ではないかと思う。たとえば、収穫を前に水を落としてから、次の田植えをの準備を始めるまでの田が「水無田」、苗を植えるために水をはって準備した田、並びに、苗がまだ小さくて水が稲の間から見えている状態が「水張田」で、その間の季節では、とくにどちらとも呼ばれない・・・という仮定はどうだろうか。茂吉の「田螺の螺の殻は白くなりけり」という下の句から見ても、この水無田には、以前のある時期に水が張ってあって、その水に田螺が居たということが推察できるではないか?でも・・・本当のところはどうなのだろう。自分では使いそうもない言葉なので、ま、こだわるまでもないけれども。参考パノラマのごと夏空を映しいる水張田にひとり農夫が浮かぶ(松村正直 短歌往来)
March 28, 2009
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コスモスの方々と7名で、青山墓地にある大先輩、等々力亜紀子さんのお墓参りに行った。 生前に、ご自分で買っておかれた青山墓地の一角。 コスモスに入って間もない頃から、なにかと面倒を見てくださった等々力さんは、バンクーバーにも来てくださったことがあり、私たちの会に、10年以上も短歌綜合雑誌を5種類も送り続けていてくださった。お礼に何かお送りしたりすると、「そんなこと私にしないでいいから、もし、ありがたいと思ったら、あとから来る人にできることをしてあげなさい。順送りなのよ」と笑っていらしたものだ。桜咲く青山墓地で、安らかに眠っていらっしゃいますように。
March 27, 2009
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昔々の同級生の方々との一泊旅行2日目。お天気はすっかり回復した。桜は開き始めたばかりだけれども、枝に蕾がついて、やわらかく烟った状態も、なかなか希望があってよろしい・・・と思うのは、「サクラチル」年齢のせいか??帰途に寄った箱根恩賜公園でとった写真が送られてきたので、顔にぼかしをかけたら、なにやら「青い山脈」風ではありませんか!
March 26, 2009
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約50年前の同級生の方々の、伊豆高原一泊お花見旅行に加えていただいた。あいにくの雨模様の中だったが、目的地まで車に乗せていただいての楽々道中。お花見には、本当は少し早かったけれども、久しぶりに会った方達と、行きがけにスーパーで食料を買っての自炊というのが、物珍しくて楽しかった。私も、主婦を45年近くやっているのだから、電気釜でご飯を炊くくらいできるだろうと甘くみて、偉そうに手を出したのだけれども、大失敗!すき焼きをたくさん食べたあとで、ご飯を食べてみると、「ごはん」と言わんよりは、むしろ「米」ではないか!! おかしいなあ、ちゃんと水は同量にしたはずなんだけど、お釜に許容量より多くのご飯を作らそうとしてしまったかしらん!私の他にご飯を食べていたのは料理研究家のKさんだけだったので、「ごはん、失敗ですよね、どうしましょう」と相談したら、慌てず騒がず「今はもうしょうがないけど、残ったら水をたして蒸しておいしくするから大丈夫」とにっこり。心強いこと、さすがにプロ!!まだお酒が進んでいる人もいたが、遠慮なくひと足先に寝かせていただいて、隣室からのおしゃべりを「みんな、結局は昔通り、まじめな人たちなのだなあ」と思いながら聞いているうちに、いつの間にか寝てしまった。私が寝てからご飯を食べたみなさん!ご飯の失敗の犯人は私です。ゴメンナサイ。(これで主婦業45年・・・ということは、一見短気風な夫が実は我慢強かったことの証拠かもしれない。)
March 25, 2009
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WBCの最終戦の日。昨日、テレビを見ていたら原監督が「明日は雌雄を決する日」みたいな言い方をしていた。「あらら、カナダでそんなことを言ったら『雌』さんが黙ってないよね」と言ったら、夫も「会社だったら、おっかなくて言えねえな」と笑った。で、今日はまた、アナウンサーの方達が、あちこちで、たびたび「雌雄を決する」という言葉を使ってオイデニナリマス。もうカビの生えたような熟語を引っ張り出して使って、その意味をあんまり考えないから、「雌雄を決する」というような言葉も出るのだろうが、ちょっとこわい。とはいえ、習慣とは恐ろしいものだから、普通、大多数の人は、この言葉をきいたら、雌=負け、雄=勝ちの図式になるのだろう。どちらのチームが「男になるか」、あと数時間のお楽しみ。(ちなみに、私は、岩隈のファンです。)
March 24, 2009
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ある方から、最近美智子皇后が北島康介選手の「なんも言えねえ」という名セリフをお歌に読み込まれたことがあって、私も新聞か雑誌で目にした事があるのですが、どんなお歌だったか忘れてしまいました。もしご存じでしたら教えていただけませんか。あのセリフはオリンピックの時のものですから、それ以後です。というメールが来た。私は知らなかったので、インターネットで検索してみたのだけれども、ヒットしない。北島選手の「なんも言えねえ」は、本当に感極まる感じでよい言葉だったと思うけれども、美智子皇后のお歌の中にどう当てはめられていたのかと思うと、興味深い。ご存知の方がいらしたら教えてくださいマセ。
March 23, 2009
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自然のままで「昔ながらの」といった雰囲気の、小さな、青みがかった菫を見た。最近、美しくて華やかな花は沢山見るのだけれども、こういう花はなかなか見かけなかったので、懐かしかった。 写真にとると、大きさがわからないので、普通のパンジーと区別がつかないけれども、メモリースティックくらいの小さい一株が、雑草に負けないで咲いている姿は、なかなかよいものだ・・・。山路来て何やらゆかしすみれ草と芭蕉が詠んだ菫は、もしかしたら、こんな風にひそやかに咲いていた菫かもしれない。「パンジーが野生化したものではないかしら?」というご指摘があったので、改めて見ると、形が確かに「パンジーと区別がつかない」のではなくて「パンジー」。wikipedia でみると、すみれは「花は独特の形で、ラッパのような形の花を横向きかやや斜め下向きにつける。5枚の花びらは大きさが同じでなく、下側の1枚が大きいので、花の形は左右対称になる。」ということだし。しかも、山菜としても利用されている。葉は天ぷらにしたり、茹でておひたしや和え物になり、花の部分は酢の物や椀ダネにする。ただし他のスミレ科植物、例えばパンジーやニオイスミレなど有毒なものがあるため注意が必要である。そうだから、口に入れれば無毒VS有毒で大違。改めて菫の写真を見ると、やはり芭蕉の句にあったのは、いくら可憐でも野生になったパンジーではないのがよくわかる。 訂正!
March 22, 2009
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籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのゑひざめ) 花魁(おいらん)の玉三郎(やまとや)出でて艶(えん)深きこゑ(高野公彦 『歌壇』2月号)あ、これ12月に観た!お囃子をバックに、ゆっくりと八文字を踏み道中する華やかな花魁姿を、舞台の明るい照明の中に観て、ほぼ初めての歌舞伎見物に、うっとり&ぼーっとしていた私は、短歌にすることを思いつきもしないで「なさけないじゃあ、ありんせんか」。そうそう、玉三郎は本当に「艶深きこゑ」だったっけ。(高野氏と自分を比べてみてもしかたがないのだけれども。)でも、負け惜しみを言ってよいのなら、もし、この演目を観ていないで、何の予備知識もなくこの一首を読んだら、「籠釣瓶花街酔醒」という七文字の漢字から、あの舞台は目に浮かばないのだろうから、やはり観ただけのことはあった・・・かな?
March 21, 2009
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高校時代に、Wordworth の ”Daffodils”の好きな英語の先生がいらして、なんどか朗読を聞かせていただいた。よい短歌を読んでもなかなか覚えられない私だけれども、高校時代に覚えてしまったものは、今でもだいたい思い出すことができ、水仙がたくさん咲いていたりすると、つい口ずさんでしまう。今年も、東京にはそういう季節が来た。"Daffodils" (1804)I WANDER'D lonely as a cloudThat floats on high o'er vales and hills,When all at once I saw a crowd,A host, of golden daffodils;Beside the lake, beneath the trees,Fluttering and dancing in the breeze.Continuous as the stars that shineAnd twinkle on the Milky Way,They stretch'd in never-ending lineAlong the margin of a bay:Ten thousand saw I at a glance,Tossing their heads in sprightly dance.The waves beside them danced; but theyOut-did the sparkling waves in glee:A poet could not but be gay,In such a jocund company:I gazed -- and gazed -- but little thoughtWhat wealth the show to me had brought:For oft, when on my couch I lieIn vacant or in pensive mood,They flash upon that inward eyeWhich is the bliss of solitude;And then my heart with pleasure fills,And dances with the daffodils.By William Wordsworth (1770-1850).
March 20, 2009
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学校での「いじめ」が問題になっているのは、日本だけではない。カナダでも新聞を見ていると、よくBULLING(いじめ)が問題になって取り上げられている。ちなみに、ジーニアス英和で「BULLY」とひくと「弱い者いじめをする人」「いじめっこ」が第一義ででていて、「BULLING」は「いじめ」とされている。ところで・・夫に言われて気づいたのだが、井の頭通りにあるご近所の洋品屋さんは、春らしい明るい色のブラウスやセーターや小物をならべたお洒落なお店なのに、ガラス戸に、「BULLY」とイタリックのサインが入っているし、 緑色の日よけにも、白で「BULLY」と入っているから、どう見てもこれは店の名前。 なぜそんな名前をつけたのだろうか。誰かにからかわれたのを本気にしてしまったのかしら。それとも、何もかもわかってのJOKEかしら・・・????もし、何も疑わない店主をからかって、そういう名前のお店をださせたのだとしたら、それこそほんとのBULLY!このあたり、英語系の外人もかなり多く住んでいるから・・・ひょっとすると???
March 19, 2009
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引き続き東京にいるおかげで、「コスモス」4月号のバンクーバー作品を、仲間よりも一足先に読むことができた。4月掲載は、以下のとおり。粟津三寿赤き実をあまたつけたる一本の柿の木が立つ都府楼の跡カナダにて想ひ描きし都府楼の厚き礎石をしかと踏みたり万葉の恋の男女が手を取りし檜隈川を一飛びに越ゆ奥山和子軽がると舞ふ粉雪が一晩で大樹を倒す重みとなりぬコヨーテの足跡残る雪道に少し小さく兎の跡も木枯しの荒ぶ睦月に母逝きて法事は常に寒に晒さる佐藤紀子ジャリジャリと車の底を雪が擦りハンドル持つ手すぐに汗ばむ雪マークあと四日ほど続きをりテレビの週間天気予報に雪はもうたくさんなのに暦にもEメールにもテレビにも見る元旦の雑煮は夫の自信作山男風具だくさんなり菅原美知子日本より戻りし我が家大雪に埋もれてありサアー大変なり積雪の屋根の登りて雪下ろす達者な夫は八十三歳しんしんと雪降る夜は故里の教へ子たちをふたりで語る田中澄江クリスマス降り積りたる大雪に娘の家に行けずパーティーお流れ元旦は雪降り止みてカナダ晴長女の家に集まり祝ふ美味しいとほめて呉れたり孫の友我が作りし子芋の煮染め鳴海登志子リビングの窓より向ひの奥さんと手を振り交す大雪の朝ともかくもシャベルに雪掻き道作り朝刊を待つ郵便を待つ大寒波つづくひすがら六篇の「菜の花の沖」に嵌つてしまふ(今月は金さんはお休み・・・になってしまった。年の初めに郵便料金が値上げになったのを知らずに、料金不足の切手を貼って投函してしまったら、ずーっと時がたって、締め切りを2週間もすぎてから、「料金不足」で返送されてきたのだそうだ。これまで病気の時でもがんばってだして来たのに」と残念がっていらしたが・・・・。)
March 18, 2009
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夕方5時頃、浜田山駅に近い細い道を通ったら、小学校低学年らしい子供たちが10人くらい、それぞれの親(らしき人)達と一緒にいた。「なんだろう」と思ってみると、商店の脇のほんの人一人が通れるくらいの細い道の奥に、算盤塾の看板がでていた。ちょうど、中からも小学生が出てくるところで、道路の脇の駐車場に半分車を乗り入れた車や、子供の席のついて自転車に乗った「おとな」にそれぞれ引き取られていく。ちょうど、クラスの入れ替わりの時間らしい。ここに算盤塾があるのも知らなかったけれども、今の時代に、子供に算盤を習わせる親たちがまだまだいること自体に、ちょっとびっくりした。この子供たちの親の世代迄で、算盤は終りかと思っていたのは、どうやら誤解だったらしい。
March 17, 2009
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Aさんと待ち合わせてたので駅の近くに行ったら、どこからか、元気のよい「さとうさあん!」という声が聞こえた。Aさんの声だと思うのだが、いつもより元気のよい声だし、姿が見えない・・・と思いつつ、ぐるーっとあたりを見まわすと、みずほ銀行の宝籤売り場の前で、手を振っていらっしゃるAさんの姿が!いそいでそちらに行くと、「ねえ、ねえ、あたったんです」とのこと。宝籤売り場で「あたった」と言えばそれは当選のことなのに、とっさのことで、私はそこが結びつかずに、一瞬ぼんやり。(いかにこれまであたったことがないかの証明です。)「あのね、末等だと思って『300円ですけど』と見せたら、『当たってますよ』と言われて」との説明があって、やっと「まあ、おめでとうございます」という始末。売り場の人が、「それも、名前がいいんですよ。『春の訪れ賞』なんです。」とにこにこ。めぐりの悪い私も、その頃までには、Aさんに、1万円の幸運が訪れたことをしっかりと理解して、おそまきながら興奮して「まあ、よかったですねえ!」とか言ったりして。(にぶいっ!)先週はお孫さんがT大に合格したし、今週は1万円があたったし、来週もきっとよいことがあるに違いない。Aさんは、表情がいつもあかるいから、よい事の方から転がり込んでくるのだろう。金額だって、あまり大きい金額があたるとなんだか恐ろしいし、かといって、300円ではあまりうれしくないし、1万円くらいがちょうどよいではありませんか。
March 16, 2009
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低気圧と前線の影響で、荒れ模様の朝。まだ緑にはなっていないが、茶色の芽吹きをみせているユリノキも大揺れをしているし、窓ガラスにも雨が吹きつけている。土曜日だから、目の下の井の頭通りの交通量もいつもより少ないが、それでも、強風のもと、自転車に乗って傘を差している人が何人かいて、はらはらする。自転車に乗るのも、傘を差すのも、どちらかだけでも、むずかしいのに。
March 14, 2009
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コスモスの鈴木英夫先生、97歳のお誕生日祝いを、もと座間勉強会のメンバーの方々がなさって、私もお仲間にいれていただいた。ケーキには、長い蝋燭が9本と短い蝋燭が7本! 先生もみなさんも楽しそうにしていらしたので、うれしかった。 なんだか、先生よりも一世代若い私の方が、体力がないような・・・・疲れた顔をしていたりして。
March 12, 2009
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「NHK短歌」を見た。高野公彦講師の最終回で、ゲストは笑顔が明るい駒田晶子さん。(とても感じのよい方だと思った)で、その最後に高野講師は、「これからも短歌をつくることを楽しんでいくように。が、「楽しむ」にもいろいろあり、たくさん作るよりも、時間をかけてじっくり作ることを心がけた方がよい。たとえば、20首つくるよりも、よく考えた5首を作ったほうがよい」という主旨のことを言われた。昔、母が「あんたは下手な鉄砲をむやみに撃ち続けるだけだから・・・」と嘆いていたのをふと思い出したりして、耳が痛い。考えることは嫌いではないのだが、「老いては道の急がるる」の心境に近づいてきたのか、どうやら、最近はよけいせっかちになったようで、反省をさせられる言葉であった。
March 12, 2009
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佐賀のホテルのロビーに、八女のお雛様が飾られていた。弓形の眉をして、口の小さい、生真面目なお顔立ちのお雛様たちだ。 母の故郷で、祖父母の墓のある八女。母も昔は八女のお雛様を持っていたと聞いていたので、あれこれ想像したり考えたりしながら、じっくり見せていただいた。
March 9, 2009
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今日は、佐賀にいる。Y子さんが電話で教えてくださったので、朝8時からNHK、「佐賀いずむ」で、1月に26歳の若さで他界された笹井宏之さんを偲ぶ番組を見た。笹井さんのことは、昨日の熊本日日新聞の文芸欄でも、川野里子さんが「彗星のように通りすぎた才能」として書かれているのを読んだばかりだ。番組では、新聞投稿作品や、その新聞を楽しみに読んだいた人々の偲ぶ声などとともに、作品がいくつか紹介された。おおいそぎでメモしたのが、そのうちの冬ばってん「浜辺の歌」ば吹くけんねばあちゃんいつもうたいよつたろの一首。(表記が正確でないかもしれない。)昨日もY子さんが口ずさんでいらした一首だ。方言を生き生きと使って「ばあちゃん」への愛情を表現したうたい方は、とても魅力的で、「ばあちゃん」のにこにこ顔も目に浮かぶよう。孫がこんなことを言って、フルートを吹いてくれたら、いいなあ・・・。新聞でこの歌を読んだという、笹井さんのおばあちゃんではない年配の女性も、「自分の孫の歌を読むようで、新聞の歌壇を見るのが楽しみだった」と話していらした。新聞には、こういう解りやすい歌を出していらした笹井さんだが、私が題詠BLOGでお見かけしていた作品は、もうちょっと、抽象的で難しかったような気がする。結社誌にはどういう作品を出していらしたのか・・・幅広い年齢の人に、また、短歌への関り方もそれぞれの人たちに愛されていた笹井さんを偲び、とても暖かく構成されていたこの番組、東京にいたらおそらく見られなかっただろうし、まして、カナダにいたら絶対に見られなかったことだろう。寝たきりに近かった笹井さんということだが、歌会のお仲間とのお祝い会の写真では、前列ににこにこと笑っていらっしゃる。その後ろに写っていたピンクのスーツのY子さんも、楽しそう。とてもよい会だっただろうと察せられる。
March 8, 2009
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鹿児島県出水市て、飛来している鶴を見た。もう丹頂鶴の多くは北に帰ってしまい、残っているのは多く真鶴。どうやって数えるのか、「本日の真鶴の総数 12,058(正確な数は忘れたが、とにかく1万2千以上で、一桁までの数字が書いてあった)」といったように、丹頂ツル(200羽以上)とカナダ鶴(二桁きりの少数)の3種類について、数が掲示してあった。カナダ鶴とは始めて聞いたのだが、消去法でいくと、少し茶色かかった羽をしているごく少数の鶴がそれらしい。(近くにこなかったので、写真にはとれなかった)飛来地の田に、市が半年の使用料を払って、餌を撒いているとのこと。鶴たちは特にそこに多く集まって、餌を食べている。見ていると、首の長い鶴たちは、下を向いて地面にある餌を口にいれると、今度はすぐに上を向いて、喉をまっすぐ伸ばして餌を飲み込むので、少しの餌を食べるのにも、たいへんな首の運動だ。それが群れをなしてやっているとなると、めまぐるしい。それも、黙って食べればよいのに、飲み込むたびに大声を出すのだから、大騒ぎ。(おなじ首がながい生き物でも、きりんなどは、高いところの餌を取って、そのまま噛んで飲み込むので、食事の動作が落ち着いて見えるのに、鶴は本当にたいへんだ。) カナダで私が毎年みているスノーギースは、もう少し首が短いし、体と首の色のコントラストが真鶴ほどは強くないので、もう少しのんびりした感じがする。ただ、喉の構造が似ているせいか、群れとしての鳴き声はとてもよく似ている。満腹した鶴は、大混雑のところを少し避けて、静かに一家団欒?ちょっとの距離を飛ぶのにも、鉤や矢の隊列をつくるスノーギースとちがって、鶴はご近所をとぶには特に隊列を作らなくてもよいらしい。一羽、二羽、三羽と空をとぶ姿は、やはり美しく、年賀状によく使われるだけのことはある。 願わくば、北帰行が見たかったので早朝に行ったのだが、曇り空のもとでは出発しないのだそうだ。残念!以前、犬養孝博士のカセットテープで、「万葉の頃には、鶴は日本のいろいろなところに飛来していた。その名残として鶴の名前のつく地名は各地に多い」と聞いたことがあるが、その頃には、わざわざ絵付けをして観光資源にしようとするような土地はなかったのだろうな・・・。出水のJRの駅の駅舎には、鶴の絵のステンドグラスが使ってあったし売店にも、鶴のグッズがたくさんあった。 でも、北帰行の絵葉書が欲しくて、訊ねてみたのだけれども、「ありません」とのこと。このたびの私は、よほど北帰行にご縁がないと見える。
March 6, 2009
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熊本に来ている。古本屋さんに案内してもらったら 初井しづ枝自選歌集「白瑠璃」を見つけ、すぐ買ってしまった。(300円) 初井しづ枝さんのは、コスモスでは先輩方に常に深い尊敬をもって語られる方で、初井さんに指導を受けた優秀な方々の話もよく聞くのだが、作品を読んだことがなかったので、この際、丁寧に読んでみたい。さすが熊本だけあって、歌集では安永蕗子さんのものがたくさんあったし、柳川に近いせいか、北原白秋の本も、鍵のかかったガラスケースに入って、うやうやしく売られている本屋さんだった。
March 5, 2009
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孫が喜びそうなものを見ると、健全な家計を守ろうという気持ちがふっとんで無駄使いしてしまう人・・・って私だけではないのだと思うのだけれど・・・まことに良くない。子供の教育を真剣に考えている親からみて、そういう祖母の存在は、マイナス効果だ・・・・とは知りながら、今日も無駄使いしてしまった。 このおすし、実は、消しゴム。消しゴムなら単純な形が一番使いやすいし、価格も安い。なのに、なんだか財布の口が開いてしまった。
March 3, 2009
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都庁にパスポート申請に行った。申請をする人がかなりたくさんいるのだが、さすがに大東京。きびきびと手際よい応対で気持ちがよかった。10年有効と5年有効と2種類のパスポートがあるうち、何の迷いもなく10年有効の方を申請して疑問も持たなかったのだが、帰り道にふと「10年後も元気で動きまわるつもりなのだわ、ワタシは。」と気づき、苦笑してしまった。そういえば、受付の女性に「10年でよろしいんですね」と確認されて、「はい」なんて簡単に答えたけれども、もしかすると、あの質問、もう少し深い意味があったのかもしれない・・・なんて、ひがんだりして。なんだかんだと健康に不満はありつつ、結局は楽天的なワタクシであった。(夫に話したら「天国に行くビザが出ないだけだろう」と言われたが・・・そういうビザの申請は、もう少し、この世の中で良い事をしてからでないと、気恥ずかしくてできない。)
March 2, 2009
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「父の23回忌並びに母の13回忌」ということで、文京区の大圓寺でお経をあげていただいた。いつもはご住職一人でお経をあげてくださるのだが、今回は、もうお一人加わって、二人でお経をあげてくださった。ご住職のお経も立派だけれども、ご住職より3度くらい低い声で唱和してくださるお坊さんがいらっしゃると、美しく響いてなかなかよいものである。その後、お墓に参ってまた本堂に戻るときに、「お経がお二人になると、やっぱりいい響きになるわねえ」と、娘の夫に言ったら、「ええ。それに、日本語もなかなかお上手でしたね」との返事。あれ? どういう意味だろう・・・と思って聞いてみたら、その若いお坊様は、白人だったと言う。「日本語が母国語でないのはあきらかだった」と主人も言ったが、私は「お経をはじめます」と「どうぞご焼香を」という言葉の他には、お経を聞いただけだったせいか、あるいは、そういうことを気にしなくなっているせいか、あるいは、ただ、ぼーっとしていたのか、まったく気が付かなかった。もっとも、歩き方が少々「荒い」とは思ったのだけれども、体が大きいからだろうと勝手に納得していた。禅宗は、欧米の人たちにもアッピールするところがあるらしいが、それでもあんな立派な読経をなさるのには、人一倍の努力が察せられる。彼岸の父や母も、「時代が変わったなあ」と思っていたかもしれない。
March 1, 2009
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