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先月も書いたが、私の所属結社「コスモス」には、「この一首」という投稿欄がある。昨日届いた2月号のコスモスの誌上で、「2月10日締め切り分は、1月号のその1集欄から選ぶ」と指定されていたので、今日はまずそれを仕上げる。明日投函すれば間に合うだろう。感想に許される字数は、( )付の自分の名前を入れて60字・・・ということは、正味54字なので、思うほどはかけないけれども、それも勉強。今月、私が「この一首」に選んだのは抱擁を恥と思ひてゐしむかし掌を握るだけで征かせてしまひぬ 菅原ワカ恥と思わずに、抱き合って別れを惜しめばよかった。あまりにも素っ気無い別れだったとの後悔が読み取れて哀しい。 「抱擁は恥ではない。特に、こういう場合の抱擁は神聖でさえある」と、この作者は現在では思っていらっしゃるのだと思う。実際、若い人たちが気持ちに素直に振舞うのを見ていらしたら、「あの時」のことが別世界のように思われたに違いない。「むかし」は、これが「文化」であり「たしなみ」であったのだったのだから、当然と思っていらしたのだろうが、今にしてみると、ご本人も、そして、それを歌われた一首を読む私も、しんみりとする。この方が、作者の愛する方であったのは明らかだが、その後、お元気で作者のもとに帰られらのか、そのままのお別れになってしまったのか・・・願わくば、その後再会されたお二人が、今は、年輪を重ねたご夫婦になっていらして、「あの時は、手を握るだけしかできなかったねえ」とか、お茶でも飲みながら話し合っていらっしゃいますように。そのほかに、最後までどれにしようかと候補に残したのは以下の二首。秋冷は部屋の四隅にひそと来てうどんの湯気を美しくする 加藤和子いつの間にか忍び寄った秋。夏の間は意識に上らなかったうどんの湯気が、ほっと美しく見え秋の到来に気付く。 親を慕ひ三日三晩を泣きゐしが意を決したか子猫は啼かず 手塚寿々枝泣いていた子猫はかわいそうだが、なかなくなった子猫はいじらしい。「意を決したか」と感じた作者の愛が救いだ。また、以下の5首にも心を惹かれた。電子辞書机に威張り古語辞典国語大辞典書架に居眠る 渡部軍治きのふより朝より増して鮮やかに山のもみぢは夕日と遊ぶ 湯本 直童謡を皆で歌ふ教室に異国の園児はぼうと外見つ 勝見寿美子三匹のメダカなれども餌をやれば追われるやつと追うやつがいる 三好専平冴え返る秋の昼なり末の子が結婚すると唐突に告ぐ 宮本君子
January 31, 2006
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所属結社の結社誌「コスモス」の2月号が届いた。まず、自分の歌を見る。今月の選者は、影山一男氏で、掲載されたのは、以下の三首夜半過ぎて屋根打つ激しき雨の音アレグレットのリズムを刻むDuck、dog., Carなど覚えし一歳児 「よいしよ」はいつも日本語で言ふ真夜中の月の光を掬ひとり楓紅葉がひらりと落ちる以下、上の三首についての解説&反省などを書く。夜半過ぎて屋根打つ激しき雨の音アレグレットのリズムを刻む原作は夜半過ぎて屋根に激しき雨の音アレグレットのリズムを刻むであった。そういえば、音を修飾する表現なのだから、「屋根に」よりも「屋根打つ」の方がイメージがはっきりするし、意味も強くなる。なるほど、流石の添削・・・。そのために、第二句が4・4になってしまうのはちょっと残念ではあるけれども、しとしとと降る雨ではなく、アレグレットの雨であれば、4・4のリズムも、それなりに許されそうだ。たとえば、ソナタの第二楽章だったら4・4は入れないけれども、第三楽章にはたまに4・4が入って、ちょっとリズムがくずれてみるのも面白いかな・・という風に。ちなみに、これは、「雨の音アレグレットのリズムを刻む」が先に出来て、いろいろバリエーションを作ったうちの一首。この形に落ち着くすぐ前には昼過ぎて激しさを増す雨の音・・・というバージョンがあったが、外の雨の音に気付くのは、昼間よりも、夜中にふっと起きたときの方が迫真的だと思い、深夜、周囲が静かになったときに変更してみた。しかし、アレグレットという表現は、そういう時間帯の精神状態には陽気すぎる感覚だったかな?・・と、投稿してしまってから、後悔した。昼過ぎて激しさを増す雨の音・・・の方は、バンクーバーの短歌会に出したら、「バンクーバーの雨は、こういう場合が多い」と言ってくださった方があったので、アレグレットの陽気さからみて、やはり「昼過ぎて」の方が正解だったかもしれない。ま、でも、結論としては、ほかの7首に比べれば、救えると思っていただいたというわけだ。 Duck、dog., Carなど覚えし一歳児 「よいしよ」はいつも日本語で言ふこれは原作通りで採用していただいた。作者が英語圏にいて、母国語は英語になりそうな一歳児を見ているという前提がわからないと、あまり意味が通らないのではないか・・・と、投稿前に悩んだけれども、「コスモス」の場合、作品と一緒に作者の住んで居る地域が載るので、その力を頼りに投稿した作品。それにしても、誰か身近に、度々「よいしょ」と日本語で口走る人がいるんですね、この一歳児さんには。一体誰がそんなことを言うかは・・・・内緒。 こういう歌は、私がよく詠むタイプのもの。マンネリにならないように、一ヶ月に一首以上は投稿しないことにしようと思う。真夜中の月の光を掬ひとり楓紅葉がひらりと落ちる実は、今月の詠草の中でこれが一番気に入っていたので、採っていただけてうれしい。 私にしては、少し気障な暗喩を使ったので浮いてしまっているかもしれないと、びくびくしながら出したのだけれども。さて、ここからが勉強。「没になった7首のどこが悪かったか」の検討と推敲をせねば。一応、全部について、すでに心当たりのことはメモしてあるので、2-3日このまま暖めてから、もう一度見直すことにしよう。。
January 30, 2006
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今日は農歴のお正月・・・というか、チャイニーズ・ニュー・イヤー。私の住んでいる町には、中国系の人の多いし、具合のよいことに今年は日曜にあたっているので、いろいろとにぎやかだ。私も、家の近くのショッピングセンターで行われた獅子舞、龍舞を見に行った。氷雨降る冬の最後の活気付けチャイナタウンの獅子舞龍舞開演を待つ舞台裏若者が声かけあひて体操をするストレッチ、ジャンプ、倒立、回転とそれぞれ舞ひの準備に励む白のシャツ鱗模様の長ズボン龍舞たちの今日の制服盛装の市長が龍の目に入れるくつきり大き青の一筆龍の身を支へて坐る走る跳ぶ少女は髪を高く結びて獅子舞は全員男足音を高く立てつつ舞台を走る命得て頭大きく振り回す赤鮮やかな右端の獅子真中の緑と白の大き獅子 他より一歩前にて踊る八頭の獅子が舞ひゐる中を縫ひ龍がするする踊りぬけゆく上半身伸び上がりたる青獅子の口の下には青年の顔シンバルと太鼓のテンポが速くなり龍も獅子らも走りだしたり ああ 2ドルショップ「ダイソー」の前水色の獅子が大きく首を振りたり赤き獅子少し疲れて歩を緩む ベトナム料理のレストラン前警官がデジカメを出し撮りてをり 櫓の上に立つ獅子舞ひを(黄色い上着の人が警官。仕事上の必要による撮影?)赤紙に祝ひの金の文字光る「恭賀新春」「恭喜發財」天井に並び吊るされ灯のともる花の模様の赤き灯篭 (これは香港で書いた日記ではありません。念のため。)
January 29, 2006
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一度でも歌会にでると、いつまでも考えを引きずってしまうのだけれども・・・バンクーバーの歌会で「小母」という字を使った作品があったので、「小母」は「他人の大人の女性」のことかと思って解釈したら、作者から「小母は『母の妹』のことだと辞書に出ていたので、そのつもりで使ったと説明があった。「作者がちゃんと調べた上で、意識的に使った漢字だったら」と納得し、一件落着。ところが、たまたま、今日、MSワードで文章を作っているときに、「伯母」を呼び出す必要があって「おば」と入力。変換をかけたら、伯母、叔母、小母のほかに、「女偏に弟」という字が出てきた。むむ・・女偏に弟という字は、この年になるまで使ったことがない。(ワードの方も、表示だけはしたものの、HTML違反になってブログにUPすることはできないので、滅多に使わない漢字であるにちがいない。) 気になって漢和辞典で調べると、これは(1)いもうと、(2)夫の弟の嫁 だそうだ。「妹」や「夫の弟の嫁」をどうして「おば」と読むのかよくわからないけれども、私にも「夫の弟の嫁」にあたる関係の女性は1名いるので、とりあえず覚えておこう。3月には主人の弟の息子の結婚式があるので、パーティーでの雑談の種くらいにはなるだろう。ついでに、「女偏に似」は「じ」と読み、「兄嫁」のことだそうだ。女に似て非なるもの? まあ、失礼な。とはいえ、特に「女」らしくもしていないので、自分の場合に限り、一応は納得しておこう。隣に目を移すと娥という字があった。「が」とよみ、(1)みめよい、うつくしい。(2)美人 とある。「自分の女は美しいぞ!」と、恋で盲目になった男が作った字に違いない。(?)結婚式でおむこさんをからかうのには、便利そうな字だ。では、女と母が一緒になる字もあるかしらと、目を移すと「姆」は「ぼ」と読み、(1)かしずき、つきそう婦人。うば (2)おんなの教師 のほかに、(3)あによめ。おっと、私は主人の妹たちに「かしずいた」ことなどない! タイヘンだ!(逆に、いつも気を使ってもらっているのに・・・)それにしても、「女に似ている、かしずく人」とは、昔の中国の兄嫁サンは苦労が多かったのですねえ。「では、では・・・」と探し当てたのが、姑夫(こふ)で、(1)父の姉妹の夫、(2)夫の姉妹の夫 だそうだ。父でも夫でも同じというのが気になるが、父も夫も、家庭内では女にとって絶対的権力者であるという点では、同じようなものだったのだろう。何しろ、昔の中国では、「女子と小人」は人間の数に入っていなかったのだから。亡くなった母が妣、亡くなった父が考、その他、血縁関係を表す漢字や、それを組み合わせた熟語が多いのは、昔の中国でそれだけ血縁関係の表現に潔癖だったのかもしれない。辞書にあるこれら言葉の総てが、現在、普通に使われているわけではないだろうけれども、短歌などでは、このあたりの言葉を上手に使うことが、「少ない字数に多くの意味を込める」上での裏技になりそうな気がする。
January 28, 2006
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日本歌人クラブの会報150号が届いた。各ブロックの活動状況の報告、『現代万葉集』より感動した一首、優良歌集紹介、作品、諸事務連絡などが柱となった一冊だが、私が真っ先に読んだ記事および広告は3つ。(1) 優良歌集として選ばれた中に、渡邉美智江著『チユレーラの古稀』があったこと。(2) 同じく、渡辺幸一著『日の丸』があったこと。(3) 国際交流大会が11月末にハワイで開催されること。(2)と(3)については、数日中にまた書くとして、今日は(1)に関して。 『チユレーラの古稀』の作者の渡邉さんはコスモスの先輩で、お住まいの宮城県で短歌のお教室を持っていらっしゃると伺っている。そういう実力者でありながら、宮城から東京まで、宮英子先生の月2回の短歌教室に通っていらしたことがあり、「励む」ということはそういうことかと、私は感心したものである。ただ、『チユレーラの古稀』は2004年2月に出された歌集なので、2年近くたって表彰の報告を読むのが、少し意外ではあったけれども。 題名のもとになったのは、ヒマラヤの青き芥子咲くチュレーラの峠に憩ひわが古稀祝ふの一首。青い芥子を訪問ねての旅で、宮英子先生と12名ほど、「缶詰のお茶を飲み合って皆からお祝いの言葉をいただいた。」とあとがきにある。ブータンの青い芥子咲く崖(きりぎし)に古稀を祝ひき脚すこやけくと共に、一生の思い出になる作品だと思う。この歌集から私が上記のほかにラッキーセヴンの7首選に選んだのは、以下の作品である。 夫の供花の紫ふかき風鈴草わが眠る夜を鈴ひびかせよ肩清く合掌なして経を誦す学僧はその祖父の葬儀に声和してモンゴル経典読み進む少年僧はなべてをさなし黒きチャド捨てたきと言ひ走り来て女子学生ら我らと写る籠に跳ね床に跳ねつつ腹太き寒の真鱈に市場賑はふ雨に散るさくら花びら傘にとどめ友登りくる音戸の歌碑へ縫ひ返す衣おだやかな艶持てり蚕飼ひして母が整へくれきところで、当時、青い芥子に魅せられたコスモスの先輩方の作品をしばしば見て、私も、いつか実物を見たいと思っていたら、昨年5月中旬、なんと同じ州内のビクトリアのブチャード・ガーデンを訪れたときに、その花の盛りを見ることができて、うれしかった。(予想よりも、たくましい花だった。) 説明によると、英国陸軍将校のマーシュマン・ベイレイが、ヒマラヤで種を採取し、エジンバラ植物園とブチャード夫人の庭園に届けたのがはじめて、1920年代からここに毎年咲いていたものだそうだ。そのほか、スペインのアルハンブラで見たという人も、北海道や長野や愛媛で見たという人も、新宿の花屋で見たという人もいて、その気になれば、今はあちこちで見られるらしいけれども・・・ そうなると、また本場で見ることのすばらしさが、再認識されるのかもしれない。
January 27, 2006
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「短歌研究 2005年11月号」の「諧謔歌の系譜」で、松平盟子さんのあげられたあんたホホしようむないことしようかいな格子は春の銀色しづく (池田はるみ『妣が国 大阪』) にはびっくりした。上の句の直接話法。「ホホ」の入れ方の巧みさ。ポイントを下げた小さい字というのも、工夫があり、松平さんの書かれたとおり、「小唄風なほわんとした色気」が漂う。こんな言葉で誘われる「あんた」さんは、きっと味のある男性だ。和服の着こなしがよくて、上手に女を甘えさせる、ふところの深い人でなくては、こういう声のかけられかたはしない。(と思う。)松平さんは、「下句の『格子は春の銀色しづく』には、障子で仕切られた和室のしめやかさが彷彿するではないか。四畳半的空間を侵す『しょうむないこと』の不戦勝である。」と書いていらっしゃるが、艶のある歌を詠まれる松平さんにして、このように感じられるのか・・・と、更に感心した。「これが諧謔か?」となると、私には少し疑問が残るが、ほどのよい色気が感じられる一首だと思った。ちなみに、松平さんがこのとき一緒に抽出されたのは、以下の二首である。妻でなきをみなと腕組み街ゆけりなんとわたしとしたことぞ よき (岩田正『リクエルド』)戦略的にいふならば上野千鶴子怖くはなけれ松田聖子怖し (島田修三『晴朗悲歌集』)こちらの作品からは、「粋」なところは感じとれないが、スマートな諧謔に思わず笑いがこぼれる。詠む人、選ぶ人の息があっているのが楽しい。
January 26, 2006
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バンクーバーの短歌会では、地元の週刊邦字新聞「バンクーバー新報」に、不定期的にではあるが、作品を掲載している。作品は、水準を保つために、原則として、コスモスに載ったものか、歌会で互評のあとコスモスの鈴木英夫先生に目を通していただいたものを選んでいる。そのため、季節的にかなりずれてくる場合があるのをどう解決するかが、課題であるけれども。作者名は、本名で出す人と筆名で出す人とがいるが、それぞれの好みにまかせてある。本人を知っている目で筆名を見ると、それぞれ人柄が出ていて、面白い。作品の掲載順は、作者名の五十音順に並べて、毎回一つずつずらせている。たとえば、今回最初になっている「粟」さんは、次回は最後になり、一番最初には「市」さんの作品がのることになり、その次の回では「市」さんの作品は最後にまわり、一番最初には「かずこ」さんの作品を掲載するという具合である。1月19日号掲載の作品は、以下のとおり。〈 〉内は作者名。バンクーバー短歌会会員作品暮れ初めし西の空よりつらなりて飛び渡り来るかりがねの声aa 〈粟〉窓の辺の薔薇の葉一葉一葉揺り朝を大粒の雨降り出でぬaa 〈市〉置時計二つに時刻をセットする一つは日本一つはカナダ aa 〈かずこ〉大空の飛行機雲は途切れてトン・ト・トン・ツー・ツーモールス信号 aa 〈沙羅〉戦時中追はれて住みし田舎町にけふ訪ね来ぬ六十年経て aa 〈すみえ〉ひとり居の時は蝸牛のごとく過ぎ電話も鳴らぬ長き一日aa 〈とみこ〉子の悩み知りつつ何もできぬ我ムッシュムッシュとじやがいもつぶすaa 〈友〉湖の厚き氷の透き通り底ひにゆらり魚影動くaa 〈奈津〉熊本よりそば茶届きぬ「血圧に好し」と嫁ぎし娘(こ)の文添へてaa 〈虹〉「ティンコン」とドアベルの音響き良く子から届きぬバースデーギフトaa 〈希〉楽しくて寂しくて少し厄介な父母の想ひの残るアルバムaa 〈のりこ〉航空写真のコーン畑の迷路にて豆粒ほどの人が手を振るaa 〈ふみ〉チリリリと音を聴きつつ鈴選ぶロシアの旅の母へのみやげaa 〈みき〉笑ふ時日本女性は口に手を何故当てるのかと娘に問はるaa 〈みちこ〉悠久に濁れる水はラプラタの大河を王者のごとく流るるaa 〈むつ〉迫り来る秋の川瀬を寄り添ひて急ぎの鮭は背鰭立てゆくaa 〈淀〉さらさらら金木犀が散りしきる静けき秋を甘やかに散るaa 〈蓮仁〉ガラガラと大きな荷物押しながら大人となりて娘戻りぬaa 〈茜〉西陽射す庭にぱぱんと爆づるがに彼岸花咲くぱぱんぱぱんとaa 〈あき〉 こういう作品を見て、「あ、こんなのなら私でもできる」と思ってくださる方があると楽しいと思っている。
January 25, 2006
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納期の迫った仕事があったので、今朝は4時過ぎに起床。ブラインドを開けると三日月よりも少し太い月が、まだ真っ暗な空に出ていた。よくみると、欠けている部分にぼんやりと円の輪郭が見える。地球照だ。地球照は、「コスモス」の2005年後期の出版記念会で、朝比奈美子さんが河北笑子さんの歌集『幻視』の紹介をなさったときに引用されてから、ずっと頭を離れなかった現象と言葉なので、その実物にしばし見入った。さて、朝比奈さんの発言のその部分は、以下のようであった。「(前略)・・・・・実際には、地球の影にはいってみえないはずの月の部分を、太陽の光を地球が反射して照らして、かすかに見えるようにしているのが、地球照です。この時、月は自分の影を抱くようにしています。そして、月の見えている部分よりも、見えない部分の方がずっと大きいのです。見えている部分が、実際のできごととすると、見えていない部分は心です。その見えていない部分から見ると、見えている部分は一層光って見えるのです。見えてる部分よりも何倍も大きい「見えていない部分」から「見えている部分」を見るのに成功している歌集が「幻視」です。とてもよい歌集です。・・・(後略)」なかなか奥の深い言葉だと思った。その後数日して、コスモス1月号が到着。その中の、O先生賞選考座談会の最後に小島ゆかりさんが「・・・注文を一つだけ言えば不可視なものを見る力をもっと見たいと思いました。現実を歌う力は皆さんありますので、もっと見えないものを見る歌が欲しいと思いました。」と発言されているのを読んだ。これを私は、三日月の光った部分だけを見て、月が美しい様子を歌うのではなく、地球の影になって見えない部分、そこを歌う力が欲しいのだと解釈した。あの、輪郭がぼんやり見えていても光っていない部分、これは「心」。これを歌うのが短歌。そして、今度は、その見えない「心」に立って、光っている部分(見える部分)を歌うと、光っている部分が一層光って見えて来る。「見えるものの向こうにある見えないものを歌う」とよく言われるのは、こういうことであったように思える。これが、朝比奈さんと小島さんの発言から私が感じ取ったところなのだが、さて、あたっているかどうか・・・ (もうすぐ日の出です。ぐずぐずしていると「明けの地球照」はすぐ消えてしまいます。)
January 24, 2006
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今日は、カナダの総選挙の日である。クリスマスをはさんでの長い選挙戦で、最初は長年続いてきたリベラル(Liberal)がまた政権をとると思われていたが、最近になってにコンサーバティブ(Conservative)が優勢になってきたという報道も多い。選挙運動期間の様子が、日本とはかなり違う。まず、街頭演説がない。選挙カーから、「ご挨拶」を流してあるくことがない。戸別訪問は違反でない。ポスターは、一定の大きさの立て看板形式で個別にポツポツとたっている。選挙は平日に行われるので、会社や官庁では、多少の時差出勤を認めたり、早じまいにしたりするところもある。また、最近はあまり厳格ではないが、少し前までは、酒屋(つい最近、一部だけ民営化したが、まだ多くは官営)は、投票所がしまるまで、店をあけることができなかった。さて、せっかくのチャンスだから、不得意分野の一つ「選挙を詠む」に挑戦することにする。選挙運動中を詠んで:朝毎に立候補者のChanさんが道路の脇で高く手を振る大臣の経験もある候補者が雨にぬれつつ道脇に立つ選挙権なけれど隅まで目を通す立候補者の政見パンフ候補者がショッピングセンター歩きつつ笑顔で握手やハグをして行く呼び鈴に外を覗けば候補者のレイモンドなり立ちて待つのは 候補者が突然ドアのベル鳴らす戸別訪問は違反でなくて夕食の支度の時間は「よろしく」と宣伝電話の多き頃なり新宿や銀座や渋谷の雑踏の街頭演説少し懐かしライバルの悪口よりも政見を聞かせて欲しい 心が荒む公用語二カ国あれば党首たち英語と仏語で討論をする二日目はフランス語なり一日目に英語でしたる党首討論疎外感少し抱きて見るニュース選挙権なき総選挙には55日の運動期間終りたり 新聞に笑顔の写真揃へて選挙当日を詠む:人間は三千百万しかいない広い国土に票が散らばる投票の済むまで選挙に触れさせぬ総選挙の日の報道静かカナダでは「低い数字」と報じらる「ほぼ六割」の投票率は開票は全国一斉にするといふ四時間の時差を持つ広き国私は選挙権がないので、まだカナダの投票場の中を直接は見たことがない。「日本で投票していた頃は、投票日は週末で朝から花火の音がしたなあ」などと思い出すと、静かなカナダの投票日が少し寂しい。私が住んでいた東京都府中市の投票場では、投票についていった子供には風船をくれたので、子供に「早く行こう」とうるさく催促されて出かけたものだったが・・・
January 23, 2006
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昨日の日記のコメントに madamekase さんが、「トルコにも、エーゲ海沿いのある地域で、日本からの移民達が暮らしていた、という話があり、・・・」と書いてくださったのを読んで、2005年10月の短歌会にだされたIさんの二首と、その時に出た話を思い出した。 ・アラスカよりカナダに入るスティキン川鮭を伴なひオミネカに至る・原住のインディアンらの名づけたる女(め)スリンカ男(を)スリンカとふ二川(ふたかは)親しも一首目は、鮭を連れて流れてくるスティキン川を詠むと同時に、第二首への導入としての役目をしている。このスティキン河という名前は、インディアンのスティキン族にちなんでつけられたもので、沿岸は林業・漁業が主な産業。かつてのゴールドラッシュ時代には、上流に金の採掘をしようと人々があつまったこともあるという。二首目については、「このあたりまで釣旅行に行った作者が、車からおりて散歩をしていると、そこはスリンカ川の分岐点で、別れた川の一方には「オスリンカ(Meslincka)」、もう一方には「メスリンカ(Oslincka)」と標識があった。たまたま来合わせたインディアン女性に、「何か特別の意味があるのですか?」と尋ねると、「インディアンの言葉で、オは男、メは女のことですよ」と教えてくれた。作者は「まあ、日本語でもそうなんですよ」と、といいながら、とても懐かしく感じた ・・・という話を作者から聞いた。そういえば、日本語には、男坂・女坂、男時・女時、男体山・女体山とか言うように、二つのものを男女に模して表現する例がいくつもある。「日本語とインディアン語の一致は、この場合、ただの偶然かもしれない。が、アラスカのインディアン(イヌイットとか)は、アジア大陸から来て、アラスカ経由でアメリカ大陸にわたり、南の方に進んでいったといわれることもあり、イヌイットとアイヌの文化が似ていることからも、日本語とインディアン語の間に、断片的に似た単語があってもおかしくない」と、作者は思ったそうだ。 なるほど、そうかもしれない。ところが、出席者の中に、そのあたりに、昔、日本人が住んでいたゴーストタウンがあるのを知っていた人がいて、 「『オ』と『メ』が日本語とインディアン語で同じ意味を持っているというよりも、『オ』と『メ』はその地に住んでいた日本人の人たちが、インディアン語の『スリンカ』という川の名前の上つけて呼び慣らした日本語なのではないか、そしてそれがすっかり根付いているので、現在のインディアンの人たちは、インディアン語だと思っているのではないだろうか。」と言った。 なるほど、それもありえる話だ。(調べてみたら、アラスカと日本の合弁のパルプ会社があって、その地方での最大雇用者となっていた時代もあったので、そこには日本人も居たにちがいないし、私がバンクーバーに来てからも、日本の商社の木材や漁業関係部門では、過疎地にオフィスを持っているところが少なくない。)ただ、作品としては、「そう聞いてから、その川が親しいものに感じられた」という感情をそのままに述べているだけで、言語学・文化人類学などの学術論文を書いているわけではないのだから、そのあたりは、読者の読みにまかせて、これで一首を成立させて一向にかまわないわけであろう。それどころか、読者の間に話題を発展・展開させたというのは、その作品の力だと思った。短歌会としては、歌の批評をしあうという本来の趣旨とは違う話題になってはしまったが、外国に出るのがとても大変であった時代に、アラスカやカナダの自然条件も厳しい過疎地にも日本人が移住していて、インディアン語と言葉が混じるくらい、土地の人たちにもとけこんで暮らしていたのではないかと思い、私はちょっとしんみりしてしまった。いろいろ調べてみたら、イミグラントの先輩たちは、私達が想像している以上に、世界中の本当にいろいろなところで、それぞれの思いを抱え、それぞれの暮らしを営むなかで、有形無形の遺産を残してきたのがわかるではないだろうか。
January 22, 2006
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夜になってTV JAPAN をつけたら、「さわやか自然百系」で鹿児島県甑(こしき)島の話をしていた。この島には、淡水、海水、汽水などの池があり、そのように種類の違う水の池が同じ地域にあるのは世界でもめずらしいと言っている。そして、それぞれの池に、その水やその温度にふさわしい魚や貝が住んでいて、池の周りにもその水にふさわしい植物が生育しているそうだ。そこで思い出したのが、前回のバンクーバー短歌勉強会に出された以下の一首潮来れば浮かびて遊ぶ日本鯉真水と潮に分け住むといふ ーステイヴストンの用水路にてー (S.K.)スティヴストン(Steveston)というのは、フレーザー河というかなり大きな河が海にそそぐところにある町で、漁港がある。昔は日本(特に和歌山県)からの漁業移民の多い漁村であった。今でも、桟橋には小さい漁船が停泊して、鮭、海老、ひらめ、まぐろ、にしん、たら、蟹、など、その折り折りに取れた魚類を売っている。それだけの予備知識はある私だったが、一読しただけでは、この作品の言いたいところがわからなかった。鯉は淡水魚であり、少なくとも、自然に海に住んでいる魚ではない。それが「真水と潮を分け住む」という。「分け住む」というと、海水に住むようになった鯉がいるということか?・・・などと、イメージが混乱してしまって。たまたま指名されたので、「汽水域に住む魚」というあたりからとりあえず話し始めたが、「この人は、わかっていないな」と察した作者が、ひきとって説明をしてくださった。いわく:・ スティヴストンは河口にあるので、満ち潮になれば、用水路にも海水が上がってくる。・ 川に海水が上がってくるときには、比重の関係で、海水は下に入り、上の部分が真水になる。・ したがって、淡水魚である鯉は、満ち潮になると、海面近くに浮かび上がってきて真水の中を泳ぎ、引き潮になると自由に底の方にももぐっていく。・ 誰かが放した鯉だろうが、そのように適応していることに対する感動を詠みたかった。なるほど、汽水域に放たれた日本鯉(錦鯉?)は、こうやって生き延びてきたのかと感心した。長いこと漁業に携わってきた作者ならではの観察である。とはいえ、これだけのことが読者にわかるように、一首をまとめるのは容易なことではない。歌会では、あまり時間をとることが出来ないこともあって、どこをどうしたらよいものかについては、うやむやのうちに終わってしまった。「歌枕が通じにくいのが海外詠」と言われるとおりに、スティヴストンというローカルな地名から河口の汽水域に近い漁村のイメージが浮かぶ人の絶対数も少ない。となると、そのあたりも含めた説明も、詞書なり連作仕立てなりで、必要になるのかもしれない。それとも、「浮かびて遊ぶ」の「遊ぶ」イメージが邪魔をしているのか・・・?「潮」と「海水」を使い分けてみたらよいのか・・・?「発見のある」ユニークな歌であるだけに、このままではもったいないと思う。もっとも、「さわやか自然百系」の番組の方も、「甑島の自然には、今もなお謎が残されています」と、未解決の言葉で結ばれていたが。(STEVESTON 埠頭)
January 21, 2006
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実に久しぶりの上天気。あまり天気がよいので、少し散歩に出たら、一対の鴛鴦にであった。「おしどり夫婦」というから、いつもぴったり一緒にいるのかと思っていたら、最初は一羽しかいないように見えるほど、別行動の好きな夫婦だったのが、面白かった。もしかすると「倦怠期のおしどり夫婦」だったりして。川岸まで行って写真をとったのだが、鴨よりかなり小さいのと、あまり近づけなかったのとで、かなりのピンぼけ。青空と白き浮雲水面に写す小川の流れゆるやか鴨たちと少し離れて泳ぎゐる 色鮮やかなをしどり一羽一羽のみ川の半ばに泳ぎゐる何故か相手を連れぬ鴛鴦鴨よりも小さき体のをしどりの羽色鮮やか茶色、白、黒川岸の葦の陰より泳ぎ出る地味で目立たぬ雌のをしどり悠々と川面泳ぐをしどりにピントを合はせズームをセットをしどりの夫婦か付かず離れずに冬陽を返す川面に遊ぶ「ぴつたりと一緒に泳ぐ」にもあらず鴛鴦夫婦のゆるき連帯雄と雌すれ違ふ時をしどりが言葉を交はすがごとく触れ合ふもう少しましな写真が撮りたいと近づくとたん二羽が飛び立つ飛び立てる鴛に続きて鴦もまた水面(みなも)を蹴りて低く飛び行くデジカメのズームを使ひ撮りて来し鴛鴦の写真どれもぼやける
January 20, 2006
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12月22日の欄で桜の花を詠むHAIKUコンテストのことを書いた。まだまだ先のことだと思っていたのに、1月末日の締め切りまでにあと10日ほどになったので、これまでのメモをひっぱりだしてきて、なんとかでっち上げようとしている。狭いアパートの中のことだから、その気配は厭でも伝わるとみえ、「日本語の俳句すら詠んだことがないのに、HAIKUだなんて、やめとけ、やめとけ」と、珍しく筋道の通ったことを主人が言う。そう、絶対に主人の言うことがまともである・・・・と、私も思う。選者に失礼かもしれない。・・・でも、まあ、いいではないですか。お祭りですもの。ホホホ「詠まぬあほうに、詠むあほう」精神もゴメンアソバセッ。というわけで、フェスティバルのホームページを見なおしたら、 About Haiku というサイトに行き当たった。ここでは、HAIKUが何であるか、初めての人にもわかるように説明してある。その定義にいわく「情景や経験を、そのときの深さや密度の高さを示唆しつつ、少ない言葉で捕らえるもの。」、更に「俳句を詠むには、作者の経験からくる感情を、直接に言うのではなく、それとなく示唆しようとするのがよい。」なるほど・・・ 理論としてはわかります。この説明は短歌にもあてはまりそう。俳句を詠むときの注意点にいわく「抽象的、概念的言葉を避けるように心がける」「比喩・韻・詩的にすぎる言葉の使用を避けよ」「もし、情景や音や匂いや味といったものを表現せずに、何かを一般的に述べようとするのであれば、それは俳句ではない」。あ・・・・比喩も韻もだめなんですか!私の試作には、6割くらい比喩が入っているので、これを読んでよかった!そういえば、ちょっと考えて思い浮かぶ俳句の 古池や蛙飛び込む水の音 五月雨や大河を前に家二軒 枯れ枝に烏のとまりけり秋の暮(昔、書道の練習で書いて好きだった句)のどこにもにも、比喩は入っていない・・。考えてみれば、短歌でも、「ごとく」を使うと表現に工夫がなくなるからと言われ、最初五年くらいは「ごとく」を使わないで唄うようにしていましたっけ。あとは、季語と切れ字・・・ とにかく今回は、咲いている桜を実際に見て詠むのと違い、1月に思い浮かべて詠むのであるから、ついつい言葉が地につかずに抽象的になる危険が多い。これらの注意点は、とても参考になるけれども、一応、原案を作ってから読んだのが、私のラッキーなところだった。さもなければ、がんじがらめになってしまって、アイディアが浮かばなかったと思う。さて、これから選んだり推敲したりの、一番楽しい段階が始まる。思えば、ちゃんと勉強したことがないというのも、気楽なものである。 註 俳句について解説の引用は、英語でされているものの試訳である。
January 19, 2006
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「ねえさん」と我を呼ぶのを避けてをり 同じ歳なる義理の弟 バンクーバーの短歌勉強会は、コスモスの長老、鈴木英夫先生に、通信指導をしていただいている。この一首は、先生の添削で以下のようにしていただいて戻ってきた。「ねえさん」と我を呼ぶのを避くるらし 同じ歳なる義理の弟傍に「あまり断定しない方が面白い。」との添え書きもあった。なるほど、両方を比較してみると、断定してしまわない方が、義弟の気持ちがいろいろに想像できて面白い。しかも、実際のところ、私が義弟に質問してみたこともなく、私がそう判断しているだけのことであるから、事実から言っても断定しない方がよい。とはいえ、「おねえさん」と私を呼ばないのは、自分より「姉」の方が一ヶ月くらい若い同い年だから・・・と考えるのは、かなり確実度の高い推定であるから、あるいは断定した私の気持ちを尊重して、推測の助動詞の中でも一番確実性の高い「らし」を使うように、添削してくださったのだと思う。実は、私は「らし」を使うのに苦手意識があり、ついつい避けてしまっている。というのも、「らし」を使ったら、かならずどこかに「論拠」が歌いこまれなくてはならないとされているが、根拠らしいものを入れると、とかく理屈っぽくなりそうで怖いのである。(もともと理屈を言いたくなる性格だし)この歌の場合、その根拠が第四句と第五句 というところだろうが、あまりむき出しでないので、「理屈っぽさ」を免れたのかもしれない。それにしても、いつまでも「らし」は苦手だと威張ってもいられない。この際、用例に注意しながら勉強しなくては・・・。たまたま、鈴木英夫先生の歌集「壁画」をワードに保存してあるので検索をかけてみると、収められている528首の中で「らし」が使ってあるのは、以下の2首だけであった。みどり子が夜半にいくたび覚めて泣き困(こう)じゐるらし若きその母 (鈴木英夫)岩の間の深きに水は湧くらしも底ひの水藻絶えずゆらめく(鈴木英夫)用例の意外に少ない「らし」ではあるが、理屈っぽくならずに、論拠が示されていて良い勉強になる。明治45年生まれの先生が、私たち19人に毎月、これだけの力を貸してくださるのだから、教えていただく側も、いい加減な気持ちで読み流すわけにはいかない。
January 18, 2006
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上と下両隣より伝ひ来てわがアパートに貰ひ暖房 (自作 コスモス2005年1月号より) 昨年の今頃詠んだ一首である。この「わがアパート」というのは、多少、脚色であって、息子一家が住んでいる集合住宅(日本で言えばマンションか?)を指し、当時、私は週に何度か、ベビーシッターとして通って来ていた。ただし、昨年8月に、息子一家と住まいを交換したので、この「わがアパート」は、今では脚色ではなく本当のことになった。同じくそのころ詠んだ作品に、マイナスの気温が続く昨日今日鴉の声が聞こえなくなる(自作 コスモス2005年1月号より)凍りつき車のドアが開かないマイナス10度今朝の冷え込み(自作 コスモス2005年1月号より)という作品があるくらい、このあたりは、普通、今の時期に冷え込むというのに、今年は、信じられないほど暖かく、たとえば今日の最低気温も、お役所の正式観測によると、5度程度までしか下がっていない。しかし、外の気温がどうであろうとも、この「貰い暖房」がとにかく馬鹿にできない。もう1月半ばすぎだというのに、この冬は、まだ3日間しか暖房を入れた日がないのだ。この冬に入って、一時帰国していて留守だった時期もあるのだが、それにしてもたったの3日(!)間だけである。昨年まで住んでいた一戸建てでは、けしてこんなことはなかった。具体的にはどのくらいの差があるのだろうかと、温度計を二本買いこみ、一本をベランダに、一本をリビングルームに置いた。ベランダには屋根と多少の囲いがあるので、実際の温度より少しはあたたかいかとは思うが、11階で風あたりは強い。リビングルームは家の中心にあり、両隣からの影響が一番少ないと思われる。たった一度の計測で結果を類推する不完全さをあえて承知のまま数字を出すと、午後9時30分現在では、ベランダの温度計は摂氏3度であるのに、リビングルームに置いた温度計は21度をしめしていた。本当にこれがご近所からの熱ばかりであるのかどうかは、わからないけれども、理由が何であれ、冬の暖房費がこんなにかからないですむとは驚きである。
January 17, 2006
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このところ毎日毎日雨が降って、「その日のうちに少しでも雨の降った日」が、一昨日までで27日続いた。これは1953年の記録と同じで、最長タイ記録だそうだ。で、昨日は、「午後10時までに、バンクーバー空港にある観測点で何ミリかの雨が降ればその日は28日目と数えられ、新記録」が生まれる計算であった。「どうせなら新記録を」と私は開き直って、昨日だけは雨を期待してしまった。以下、試作数首雨が降る 二十七日降り続く あと一日で最長記録ハワイより来る暖かき低気圧毎日毎日雨をもたらすパイナップル・エクスプレスと呼びなして真冬のカナダに日々雨が降る波高く鯨の泳ぐ碧海のハワイの記憶を持つ低気圧青空はハワイに置きて渡り来し低気圧なり今日も大雨アウトドア志向の祖父と男孫 雨の戸外に駆け出してゆくシュルシュルと流れて落ちる雨音を樋に耳つけ幼な児が聴く新しき長靴を履き二歳児はわざとピチャンと水溜り踏むひと気なき広き公園鴨たちが嘴鳴らし餌を漁れり「ダック、ダック!」鴨を見るのが楽しみでマークはトットと急ぎ足なり植木鉢の受け皿の中の雨水をひつくり返してマークは“コーオル(Cold)!”ゴルフ場を沼に変へたるその後もまだ降り止まぬ冬の長雨同じ天気がひと月近く続きゐて気象予報士退屈ならむ「ずつと雨」とただそれだけで済むものを気象予報士工夫を凝らす暖かき雨にうつかり咲き揃ふ赤紫のヒースの小花開き直った私の期待にもかかわらず、昨日は、久しぶりに雨が上がって青空も見え、次の雨が降り出したのは、夜の11時半。もう少しのところで、午後10時には間に合わず、記録はタイで終った。長雨の齋れたる今朝は冷えしるく連なる屋根に白き霜置く待ちてゐし雨の合間の青空に飛行機雲がぐんぐん伸びる
January 16, 2006
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ピクセル価の大きカメラの増えしゆゑ写されるより写すのが好き35万画素のカメラくらいだと、少々皺があっても、姿勢さえよくしていれば、そんなに老いは目立たなかった。しかし、500万画素となると、もう現状は覆うべくもない。昔、母がブスに見えない条件として「夜目、遠目、傘の内」という言葉を教えてくれたが、現在ではそれに「30万ピクセル越えるべからず」と付け加えたいところだ。ところで、私の手元には、祖母や父母の古い写真がたくさんある。どれもかなり劣化していて、薄れてセピア色になったりしているので、このあたりでデジタル化して保存しておこうと、少しずつひまを見てはスキャンしている。さて、スキャンして先ず気付くのは、たとえ昭和初期のカメラでとった写真であっても、プロの使うカメラはすばらしいらしく、白黒写真なのに、300KBくらいの大きいファイルになるということだ。当時、家庭で撮った写真には、100KB以下の情報しかないものが多いのに。スキャンしてはつきり分かるカメラの差 プロの写真のファイル大きく年を経て褪せたる黒をそのままに祖父母の写真スキャンしておく遂に我が会ひしことなき祖父にして強きまなざし母によく似る写真には老いて肥満の祖父なれど今の我より五歳も若い直接の記憶にはなき祖母の顔なぜかよく知る人のごとしも子守歌にフランス国歌を唄ひしとふ 少し謎なり祖母なる人は「Marchons!(マルショーン)」と記憶の底より浮かび来る祖母が唱ひしフランス国家 父母の結婚式の写真なり スキャナーにかけディスクに収む礼装の軍服を着る若き父 羽根付き帽子を右の手に持つスキャンして永久保存日本髪花嫁衣裳の母の写真は「三度目の逢ひは結婚式場」とせつかちなりき出雲の神はよく見ればかなりの美男美女である 修正済みの写真の父母か木下さんの「五百万画素」に触発されて写真の歌を詠もうと思ったのに、結局は、デジタル関係の言葉は二の次になってしまった。やはりこのキーワードを使いこなすのはむずかしいということかもしれない。まして、「君を愛する心」をここで詠うのは盗作になりそうで、おそろしいし・・・・ 前途多難なり・・・デス。
January 15, 2006
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君と見し海とじこめてデジカメに五百万画素の記憶をしまう(角川書店『短歌』2005年8月号 「青水無月の眉)より)「君」さんと海を見た作者。その海をデジタル写真にとって、そのメモリーを「しまう」。「デジカメ」と言われてはいるが、真意としては大事な思い出として、作者の心の中のとっておきの場所にしまったのだと思う。それだけのことなのに、作者の心がなんと新鮮にかつ自然に表現されている歌だろうかと感動した。実を言うと、(1)「君と海を見たときに撮った写真」か、それとも、(2)「かつて君と見た海」を後から作者が再訪して撮った写真か、「し」の時制をどこに設定してあるのかの読みに少し迷ったが、「し」以外は全部現在形で詠まれているので、一応(2)と解釈する。何といっても、この一首のキーワードは「五百万画素」という、まだ短歌の中ではそんなに使われていない言葉だろう。 デジカメを扱っていれば、普通に使う言葉だけれども、それを短歌に使ったところの工夫が心にくい。因みに、私が始めてデジカメを買ったのは1998年で、そのカメラの撮影画素35万画素、現在使用中の2005年購入のカメラの撮影画素500万画素。そういえば、私にもある、ある・・ 35万画素の記憶も500万画素の記憶もいろいろ! このところ、他の方の作品に感動ばかりしていて、自分の歌がないので、明日は写真の歌を少しでもUPできるようにしようと思った。(「その歌を読んだ人に、自分も詠みたいと思わせる歌」も、よい歌の一つの条件であると、きかされたことがある。)
January 14, 2006
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月に一度の、バンクーバーの短歌勉強会の日。1月3日の日記に引用した作品大き手が小さき手あまたはねのけて救援物資をしつかり掴む(N.Y.)は、やはり人気があり最高得点歌になった。「歌会の高点歌」というと、とかく「無難な優等生的な歌」というような「良くない意味」でのたとえに挙げられることが多いが、この一首に限ってそのようなことはないと、私は思っている。1月3日の日記の中で私は、「手」の動きに焦点をあてて、救援物資を貰わなければならない窮状に追い込まれた時に表面に出た強者横暴、弱肉強食の人間の本能がきっちりと歌われている。現象を描写した言葉だけしか使われていないのに、事実の哀しさも作者の批判も、実感をもって読者に伝わってくる優れた作品だと思った。報道から再取材して詠まれたであろう作品の弱さも感じられない。と書いたが、歌会で出された誉め言葉も、これと同じようなものだった。ただし、誉めた上で更によく考えたのであろうMさんが「大きな手を持つ強者が、弱い者へのいたわりを持たずに、救援物資を掴み取る」という情景を考えると、ここでは「しっかり」よりも「むんずと」とした方がよいのではないか。・・・・小さい手の方についての表現だったら「しっかり」でよいかもしれないが」と発言した。なるほど、言われればその通りで、「しつかり」を「むんずと」に変えることによって、作者の批判精神が、いっそうはっきり見える一首になったと思う。作者も、発言者も、流石!という次第で、大き手が小さき手あまたはねのけて救援物資をむんずと掴むが、今日の歌会での推敲の産物であった。この変更が作者の意に添うものであるとよいのだけれども・・・。
January 13, 2006
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「コスモス」の月例詠草をまとめていて、情けない気持ちになった。毎月毎月、違う作品は出しているのだけれども、どうも、雰囲気が同じようで、マンネリというか、自己類型に陥っているというか・・・といって、これが「私らしい作品」とか「年齢のせい」とか思うのも納得がいかない。考えこんでいるうちに、多少旧聞だが、角川「短歌」八月号に、「我がマンネリ脱出法」の特集があり、12名の歌人の方々が、それぞれの考えを書かれていたのを思い出した。どなたも共通に勧められるのが、「他の人の作品を読むこと」。しかも「必ずしも自分の好みでない人の作品も読むこと」である。・・・そうか、なるほど。ついつい、総合雑誌でも所属結社の方々の作品に目が行くのが、そもそもマンネリのもとだったのか・・・納得。そして、とても具体的だったのが塩野崎宏氏の「処方」で、三か条になっている。いわく No.1 マンネリは自分で発見し、自分で療法を研究せよ。(ふむふむ。私はこれは発見した。療法は研究しはじめている。合格、合格!・・・でも研究結果が出ていないのが不合格。)No.2 結社雑誌のほかに、総合雑誌などを毎月一冊精読せよ。(日本の方より少し遅れるが、総合雑誌と結社雑誌は、毎月読んでいる。・・・・が、精読となると、程遠い。実に読みでがあって、すぐに次の月になってしまうのだもの・・・・とすぐ言い訳をしたくなるところが不合格)No.3 マンネリの矯正は可能である。その兆候を自分で発見して、対症療法を開発しなければならない。 (・・・結局は自分で、自分に向いた対症療法は自分が開発するしかない・・・ということですよね。しょうがない、考えるか!)とにかく、日本にいない私の場合は、日本語で話をする相手も限られているので、普通の会話で使う日本語自身ですら、マンネリ気味なのかもしれない。(そういえば、限られた食材でつくる私の和食も、かなりマンネリだなあ!)となると、出発点の基準が低いだけに、対症療法は実行しきれないほどたくさんみつかりそうだ。希望が見えたような、見えないような話ではある。
January 12, 2006
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Shanghaiのまんなかにあるg音をだんだん面倒臭くなつて省けり(大松達知『スクールナイト』より) このg音、静かなようでも、ちゃんと一語の中でしっかりと自己主張している。舌の奥でちょっと気道を塞ぐような感じで息を飲み込んだ、わずかな「間」のような音。音節の最後についている「g」は、表立った音にはならないが、いつも意識の中でちゃんと「発音」されているのが偉いところ。(動詞の現在分詞をつくる「ing」の最後の「g」など、その良い例である。)旅行の最初のうちは、このGをちゃんと発音していらした大松さんが、「だんだん面倒臭くなって省けり」・・・となると、陰影が無く平たい「シャンハイ」になってしまったのかな?それにしても、この「面倒臭くなって」という言葉は、短歌の中では使う人が少ないが、なかなか現実感と人間味があり、しかもとぼけていて面白く、この場面にぴったりくる。余談になるが、KNOW とか KNIFEのように英語の単語の最初にくる「K」も、17世紀まではちゃんと発音されていたのだが、だんだん「面倒くさくなって」省く人が増え、いつの間にか、発音しては「間違い」という音になったのだと、高校時代の教科書で読んだ記憶がある。当時まだ生真面目だった私は、「そうか、昔は knowをクノーとか言っていたのか・・・。じゃあ、クノール・スープはすごいんだ!」と、ひたすら感心していたのだが、現実には、テープレコーダーもボイスレコーダーもなかった17世紀以前の音をどうやって突き止めたのか、不思議な気がしないでもない。もしかすると、昔にも、大松さんのような人がいて、「K」を発音しなくなったいきさつなどを、書き残していたのだろうか。それも、シェイクスピアのような英語で・・・・??? receiptの中のpなどどうでもよしどうでもよくて一点減らす(同じく、大松達知「スクールナイト」より) のように、発音しない音はどうでもよいと思いながらも、「試験である以上」と、抜けていれば一点減らす先生がいらっしゃるから、Shanghai のgも、know やknife のkも、表記の上からも姿を消すには、まだ大分時間がかかるとは思うけれども。大松さんの作品には、このように「言語」を扱ったものがたくさんあって、それに出会う度に、私は何かを思い出したり、考えたり、喜んだりして立ち止まっている。
January 11, 2006
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あれとあれ取りに立ちしをそのあれのひとつを忘れ机にもどる (加藤順二「歳の積り以後」より)加齢と共に記憶力が悪くなったのは争えず、心から感動したと思った歌でも、最近ではすらすらと口に出すことが出来にくくなってきている。でも、この一首だけは特別で、一字一句違えずにすぐ覚えてしまった。まるで、私の家のどこかに監視カメラをしかけた人が、私を監視して詠んだ作品のようであるからだと思う・・・・きっと。加藤氏は既に故人となられたがコスモスの大先輩で、いろいろと功績のあった方と聞く。そういう方でも、こんなことがおありだったのだなあと、俄かに親しみを感じて嬉しくなったりして。出版記念会の歌集紹介では、島田暉氏が「指示代名詞をこんなにうまく使った歌は、他に見ない」とおっしゃったが、私もまったくそう思う。この場合、「あれ」が何を差すかは読者にはわからないのだけれども、作者には「あれ」のことだとちゃあんとわかっているところが、妙におかしい。
January 10, 2006
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旅立ちを悲しむなかれ澄みわたる秋の光につつまれて行く 作者は、12月21日の欄に登場の海野淑恵さんである。その後、海野氏とのメールの往来の中で、教えていただいたところによると、9月20日以降に、口述でご夫君が書き取られた歌が13首、内4首が「辞世の歌」として詠まれている由で、上記は更にその中の一首。亡くなられたのは27日であるから、ほんとうに、お別れが間近に迫ってまで心をしっかりと持たれて、後に残る方々のことを思いやる辞世の歌を残していかれた。下の句のもつ不思議な明るさが、かえって哀しい。よしゑさんは、ご自分の意思の力で立派に病気と戦われ、落ち着いた心境で「幸せでした」と、旅立って行かれたと伺う。いずれは私も旅立つことになるのだが、どうしたらこういう境地に少しでも近付けかと思うと、その道の遠さに途方にくれる思いである。遺歌集を上梓されるべくご夫君がまとめられた草稿が、すでに蒔田さくら子氏の許に届けらているそうだが、しみじみと味わい深い歌集に出来上がるに違いない。最後に、ご療養中に、お花の好きな淑恵さんが詠まれた一首を引く。雑草(あらくさ)の花を撮りきて名を探す病みて知りたるたのしみもある苦しい時にも、「たのしみ」を詠まれた淑恵さんに、とうとうお目にかかるチャンスを失ってしまったのが限りなく悔やまれるが、今となっては、静かにご冥福をお祈りするのみである。
January 9, 2006
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1月1日の日記の中で、2月のバンクーバー短歌勉強会の詠題は「食」なので、1月の会で前もってその詠草を提出することに触れた。それをご覧になったモントリオールのK氏が、今までにご自分が詠まれた「食」についての作品を集めて、私にメールで見せてくださった。男性も女性も、生きている以上「食」との関係は切り離せないわけだけれども、対象に向かう気持ちは随分違うらしく、私の作品にくらべて、K氏の作品はいかにも男歌であるのが興味深い。一口でいえば、K氏の作品は「おおらか」で「旨そう」あるのに、私の作品は「ぬかみそ」くさくて「おいしそう」。しかし、共通点もあり、K氏も私も、食べ物に関連して「母親」を思い出している。毎日、母の作ってくれた食事で育った子供達にとって、これが当然なのかもしれない。(一生懸命働いてくれた、おとうさん、ゴメンナサイ。)私の子供たちも、何かを食べるときに、母である私をふと思い出してくれるような場面があるとうれしいのだが、果たして、母としての私はそれだけのことを成し遂げてこられたかどうか・・・Kさんが送ってくださった11首のうちから、私の好きな3首を以下に引用させていただく。(Kさんの了解済。)瀟洒なるリストランテの魚料理リモナは白きガーゼ被(かづ)きて 注 リストランテ(ristorante)=レストラン(restaurant)のイタリア語、 リモナ(limona)=レモン(lemon)のイタリア語 おしゃれなイタリアンレストランで、ガーゼに包まれた半分切りのレモンが、魚料理の横に添えられて・・・キャンドルの昏い灯が揺れると、グラスの中のホワイトワインがキラッと光り、バックグラウンドには、ボリュームを絞ったバロック音楽・・・あ、ちょっと乗りすぎましたかしら。黒塚の鬼女もかくやとオマールのからくれなゐを引き裂きて食う 注 オマール(homard) = ロブスター(lobster)のフランス語 まあ、大胆な比喩ですこと!でも、お行儀を考えていたら、ロブスターだの蟹だのはおいしく食べられませんしね。夢中になって食べながら、ふとご自分を客観視されたら、そういう感じがなさったのでしょう。苦笑していらっしゃるのか、開き直っていらっしゃるのか。何と言っても、カナダの大西洋側は、ロブスターの本場ですものね。どんなにおいしかったことでしょう!日本の安達ケ原伝説と、フランス語のオマールと、韓から渡来した紅の「からくれなゐ」の言葉の組み合わせも不思議に調和しているし、「引き裂きて」に鬼女の仕草をリアルに想像させられて、ちょっと笑ってしまいました。賞味期限過ぎて六月のらあめんを喜寿の私はためらはず食ふ 「喜寿」がきっと意味を持つのですね。食料の豊かでない時代を経験した年代は、乾物の賞味期限のことぐらい、気にするのは嫌い・・・ですよね。「らあめん」が平仮名になっているのは、作者の工夫だろうと思いました。以上、書きたい放題ですけれども・・・・Kさん、どうもありがとうございました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・後日談1月17日に、K氏から自解のメールをいただいた。中で、第二首目の「からくれなゐ」について、以下のような説明があった。<オマール>のからくれなゐは三十年ほど昔に市川猿之助(二代目)一行がモントリオールで上演安達ヶ原の鬼姥からの連想に因りますがからくれないは本來唐或は韓くれなゐですが私としては殻(ロブスターの真紅の殻)も懸けております。「韓くれなゐ」と「殻くれなゐ」をかけてあったとは、気付かず、作者には失礼なことをした。もし、私がこの一首を音読していればすぐ気がついたであろうに。音読の大事さは、知識としては知っているのだけれども、なかなか実行していないことを反省。・・・・勉強になりました。 (1月18日記)
January 8, 2006
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「大学の同窓生が、バンクーバーにも何人かいるので集まりましょう」と声をかけていただいたので、一学年上であった夫と一緒に参加。国立だが小規模な大学であるし、昨今、駐在員の数が減っていることもあり、集まったのは7名。寂しいといえば寂しいが、みなで話しをするには丁度よい人数でもある。いろいろな話が出たが、中で「ヴ」と「ブ」の表記の話も、もりあがった。これは、仕事は翻訳業、楽しみは短歌という私にも、特に関心の深いところであった。いわく、「最近の日本語表記では、ヴ が認めらているが、日本人が日本語で発音するときに、V とは発音しないものを、どうして、ヴ と表記する必要があるのか? これは混乱を招くだけな、無駄なことである。」実は、私も以前からそう思っていた。ヴの表記を認めたのは、国語審議会と聞いているので、「官」の決定だと思うが、そういう場合、せめて官庁に関する表記くらいは統一してほしいと思う。たとえば、当地、ヴァンクーヴァーの領事館などでも、領事館のウェブページのトップの見出しには「在バンクーバー総領事館」と書いてあるのに、そのメルマガは「在ヴァンクーヴァー総領事館」から来る。もっと言えば、その「在バンクーバー総領事館」と書いてあるトップぺージの一番上欄外には、「在ヴァンクーヴァー 日本国総領事館 ホームページ」と書いてあるのだ。こういう差異には、他人様にお金をいただいて和訳をする立場としては、かなり拘る。もともと、日本語を話す人の殆どが「V」と発音していないのに、「原文に忠実」風に、ヴ の表記を採用するから、この混乱は起こるべくして起こっているのではないだろうか。昔は区別して発音していた「い」と「ゐ」、「え」と「ゑ」も、発音に区別が無くなったのが原因で、「い」と「え」になったにちがいない。・・・・・・ただし、私にも、多少いい加減なところがあるから、いくら音に区別がなくなったからとは言え、「私は」を「私わ」に、「貴女を」を「貴女お」として、「を」という字を使わないようにせよと言われたら、おおいに困惑するに違いないのだけれども。
January 7, 2006
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突然、けたたましい音でアラーム(火災報知器)がなった。たとえテストの時でもびっくりする嫌な音だ突然にウワウウワオと絶叫す常は静かな火災報知器リビングにベッドルームにキッチンにキュンキュンキュウウウウ火災警報鳴りだして鳴り続けまだ鳴り止まず ファイヤーアラーム今が出番だ!font>私の住まいは11階。ベランダに出てみると、他のいくつかのベランダでも様子を見ている人がいるが、誰も、「また誰かが間違えてどこかに触ったのだろう」のような、のんびりとした様子で、視線が合うと肩をすくめあったりしている。「ウワウウワウ」火災報知器喚けども「狼少年」相手にされず脅かしの警報なりとも外に出む 頭痛しさうな報知器の音「持ち出し」はハードディスクと防寒着財布鍵束ケイタイとするアラームの鳴り響く中うろうろと無駄に動きて身支度をする階段を声交はしつつ下りてゆく 火災報知のサイレンの中 八階まで降りて来しとき身を包む空気が急に暖かくなる「Hot Water! Not a fire!」と聞こえくる 先を下り行く人の声らしOh, Water! パイプの破裂か階段を沢のごとくにお湯が流れる外に出て見上げる七階ベランダに煙と紛ふ湯気が溢れる火事ならば命危ふし いくつかの窓に残れる人々の影水を撒かず水を吸ひゆく消防車を初めてみたり パイプ破裂にもういつ死んでもよいと思っている筈の私だが、どうも、本当は命が惜しいらしく、胸がどきどきしたことが、後になってみるとおかしい。それにしても、私を含めて、マンションの人たちはとても反応が遅かった。少なくとも、私はその場で、「何を持ってでようか」とうろうろしたし、本気になって出ていくまでに随分時間がかかった。11階に住むという覚悟が、ちゃんとできていないことに、おおいに反省。この建物の警報システムには誤報が多いのが、その原因の一つだとは思うが、もしこれが火事だったら、消防士さんの英雄的働きに命を助けられなければならない人が何人も出たにちがいない。また、今回の件の原因はまだ知らされていないが、一階ロビーにもポツポツと天井から水が落ちてきたところをみると、下に住んでいる人たちには相当な迷惑がかかったと思う。昼間の出来事だったが、勤務を終わって夜帰宅し、自分の家が水浸しだった人たちは、どんな思いだっただろうか。夜になっても、FLOOD RESTORATION とボディ―に書いた車が、何台も建物の前にとまって、モーターを回していた。それと・・・私が短歌形式にまとめようとすると、なんと緊迫感が消えた歌になってしまうことか!命には別条が無いからどうでもよいようなものとはいえ、情けないことである。
January 6, 2006
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「1月4日の夕刊に小島ゆかり、なおさん親子が和服姿で載りました。『ケータイ文化』という記事の中でなおさんがケータイを歌作のメモ帳にしていること、ゆかりさんがネット短歌の指導をしている、などの内容でした。」と、先輩からのメールに書いてあった。早速検索をかけたら、朝日新聞のニッポン人脈記、ケータイ文化」シリーズの中の「短歌が小説が生まれるが見つかった。(写真をここに借用しいところだが、多分それは違反だと思うので、LINKをはるだけに止める。)写真では、赤い振袖姿のなおさんが、両手で持った細長い小さいものを見て、母娘でにこにこしておいでだ。「この和服にこの四角いもの」というと、もしかして短冊?・・・いえいえ、それがこの記事の主題の「ケータイ」。なおさんの場合、朝、自転車を見かけて歌心がわき、「自転車」とケータイにいれて保存。それだけで放課後になると、冬の陽(ひ)をまぶしいくらいに反射してりんと冷えおり朝の自転車 という一首ができてしまう。なおさんに使われる携帯電話は、ケイタイ冥利につきるだろうなあ・・・それにしても、日本の若い人たちは、電車の中などでも実によくメールを打っている。大人でも、ケータイのアドレスからメールを送ってくる人も少なくない。PCは扱わないが、ケータイメールならするという人もかなりいるようだ。それに引き換え、カナダでは、ケータイ電話自身は日本と同じくらい普及していて、私も重宝してはいるが、どういうわけか、ケータイでメールを打っている人はあまりみかけないし、私もメールはPCを使う。私のアドレス帳でも、ケータイのメールアドレスは、日本に住んでいる人ばかりだ。小島なおさんは、「電車の中でメモ帳を出して短歌を書いてたら、目立っちゃって恥ずかしい。ケータイに打ってると自然でしょ」とおっしゃっているが・・・・そうか、日本では「自然」なのか!なのに、なぜカナダではケータイメールが普及しないのだろうか?
January 5, 2006
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昨夜、インターネットで日本の新聞を読んでいた主人が、「こんな料理がでてるよ。今なら材料が全部うちにあるから作ってみれば?」と言う。書いてあるのを見て料理をするのが大嫌いな彼にしては、結婚以来、初めての提案である。「これはやらなくてはならない」と、寝る前に、黒豆の煮汁とワインにもち米をつけておき、今日の昼前に蒸かした。黒豆の煮汁に染まる黒き米を蒸篭に入れて何か違和感赤ワインと黒豆煮汁を吸ひ込みて暗き色なり「黒豆おこは」正月の黒豆入りの「おこは」なり 味見の舌に甘味が残るキッチンに「おこは」の蒸気立ち始めデパチカのやうな匂ひが籠もる「黒豆の赤ワインおこは」の試作品 和菓子と思へばこれでよからう滅多には作らぬだらう「黒豆の赤ワインおこは」を写真に残す娯楽の少ない老夫婦の「お正月ゲーム」としては、それなりの成功を収めたものの・・・・・でも・・・・料理研究家の河合真理先生、ごめんなさい。たしかに、お書きのように「ワインの風味と黒豆の甘みがアクセント」にはなっていましたし、これはこれで、椿餅や桜餅のようでよかったのですけれど、私にはあまりピンときませんでした。香りがあまりよくなかったのは、安物のワインを使ったせいかもしれません。責任を感じたのか、主人はせっせと食べてくれましたが。
January 4, 2006
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雨、雨、雨の今年になって初めて、美しい「日の出」を見ることが出来た。こんな日の私は、いつもより上機嫌で一日のスタートを切る。今日出会ったのは、大き手が小さき手あまたはねのけて救援物資をしつかり掴むバンクーバー短歌勉強会の1月例会に出される詠草のうちの一首。作者は、仲間の誰かであるには違いないが、今の段階では特定できない。この一首、「手」の動きに焦点をあてて、救援物資を貰わなければならない窮状に追い込まれたときに表面に出た強者横暴、弱肉強食の人間の本能がきっちりと歌われている。(きっと、日本のことではありませんよね)現象を描写した言葉だけしか使われていないのに、事実の哀しさも作者の批判も、実感をもって読者に伝わってくる優れた作品だと思った。報道から再取材して詠まれたであろう作品の弱さも感じられない。日本語圏外にいて、普段は英語で暮らしている同士なのに、これだけ少ない、平易な言葉で、これだけのことを言い得る仲間と一緒に勉強できるのは、有難く誇らしい。もちろん、私はこの一首には、まっさきに一票を投じるつもりだが、さて、これが誰の作品であるか、私のほかに誰が票を入れるか、またどんな批評が誰から出るか、そして、私がこれをすばらしいと感じた判断は、はたして妥当なものかどうか、・・・ そんな種明かしが、歌会に出席する楽しみの一つである。(この「種明かし」については、13日の夜、歌会から帰って書くことにする。)
January 3, 2006
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花を見て私の心も花になる(小三、長澤和佳奈)明日からカナダは平日。飾ってあったクリスマスカードも、もう一度目を通しながら仕舞い、私のお祭り気分も一区切り。上の句は、仕舞おうとした中の長澤重夫氏から戴いたカードに書かれていたお孫さんの句である。「9月17日の日系文芸祭で小さい方の孫が佳作賞をとりました。」の説明と、ご家族揃っての、表彰式会場での写真を添えて。俳句のわからない私が見ても、本当に素直で何の計らいもなく優しい句だと思った。「生(なま)の感情を美に昇華し、対象物と自分を一体化する」という経過が、たくまずして見事に具現されている。この表彰式には私も出席していてよく覚えているのだが、賞状を授与の時、司会の富田さん(ハワイのRADIO K-JAPAN) の「俳句をどなたに習っていますか?」との質問に、和佳奈さんは、はっきりと「おじいちゃんのおかあさん!」と答えたのだ。富田さんは、一瞬の「え?」というような間の後ですぐにっこりして、「あ、じゃあ、ひいおばあちゃまね?」とおっしゃったが、和佳奈さんはちょっと怪訝な顔をしたまま、肯定も否定もしなかったのが一層かわいらしかった。和佳奈さんにとって「おじいちゃんのおかあさん」はあくまで「おじいちゃんのおかあさん」であって、「ひいおばあちゃん」でも、「お父さんのおばあちゃん」でもないに違いない。しかも、和佳奈さんの「おじいちゃんのおかあさん」は、ただの人ではない。「女人短歌」でご活躍をなさり、平成四年には宮中歌会始めの召し人も努められ、昨年99歳で他界された長澤美津さんである。大歌人の長澤美津さんに、こんなにかわいらしい俳句のお弟子さんがいらしたかと思うと、お幸せなご晩年であったと想えてうれしい。長澤美津さんが詠まれた花の短歌を二首引用する。花無幻夢無限なり花びらはわが肩にとまり掌かすむる寒きうちに咲く花の持つ透明度きらりきらりと紅梅白梅そして、頼もしい作品も一首。いくつになりても新しくきはめたきことのありて心ときめく
January 2, 2006
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日本より17時間遅れの元旦。あいにく天気が悪くて初日の出は見られないが、雨が降ったり止んだりの合間に、ほんの少しの時間だけ山が見えた。ここのところ、暖かくて山の雪も少ない。「曹洞宗」の夫もお正月は祝うので、なんとなく賑やかな一日となった。バンクーバーの歌会に今月提出する作品の詠題が「食」なので、今日は食関連の歌を数首。年一度作るのみなる栗きんとん 今日で四十二度回目となる 結婚して42年たちました。OH ! 「作るのみなる」がごたごたした感じなので、これから推敲。カリフォルニアの芋で練りたるきんとんに中国産の栗を入れたり カナダでの和食は、食材的には国際食です。煮しめから蒟蒻を選り食べてをりダイエット志向の息子の妻は 太らなくて、無カロリーで歌の友に「つきたてです」と頂きし丸餅の焼けぷうと膨らむ 感謝をこめて。伊達巻を今年初めて作りたり 昔の料理の本をひろげて 新しい料理の本には、伊達巻の作り方はなかなか出ていないのでは?ふつくらと煮えてまろやか日本より持ち帰り来し丹波黒豆 正確には、丹波篠山の大黒豆。 因みに、昨日の日記の「丹後黒豆」は間違いで、以下のように訂正。 ふた晩をかけてふつくら煮ふくめる 母の好みし丹羽黒豆 「ふ」の繰り返しは意図的。生きていればよが・・・SMELTを公魚として使ひたる南蛮漬けは我の自己流 SMELTの日本語は「キュウリウオ」と辞書に出ているが、実際にはそういう魚は聞いたことがない。が、和英で「わかさぎ」をひくと「a pond smelt」と出ているので、見場も似ているし、代用品としては上等・・ということにしている。
January 1, 2006
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